Title: Shin chokusen wakashu
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Title: Kokka taikan
Author: Anonymous
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Title: Library of Congress Subject Headings
1232 Japanese fiction poetry masculine/feminine LCSH 10/2002
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10/2002
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新勅撰和歌集

新勅撰和歌集序

すべらぎのみ ことのりを承りてわが國の大和歌を撰ぶ こと、みづがきの久しき昔より始まりてすがの根の永き代々に傳はれり。いはゆる古今、後撰の二つの集のみにあらず。公ごとになずらへて集め記されたるためし、昔といひ今といひその名多く聞ゆれど、九重の雲の上に召されて久方の月に交はれる輩、この事を承り行へる跡はなほ稀なり。白河の畏き御世 ことわざ繁き政に臨ませたまひてなゝそぢあまりの御よはひ保たせたまひしはじめ、後拾遺を撰べる一たびなむありける。然るにわが君天の下知ろしめしてよりこの方、十年餘りの春秋四方の海立つしき浪も聲靜かに、七つの道民の草葉も靡き悦べり。苅菰の亂れしを治め、秋草の衰へしを興させ給ひき。秋津島又更に賑ひ天つ日嗣二たびさかりなり。たゞ延喜天暦の昔、時すなほに民豐かに悦べりし政を慕ふのみにあらず。又寛喜貞永のいま、世治まり人安く樂しき ことの葉を知らしめむために殊更に集め撰ばるゝならし。定家、濱松の年積りかは竹の世々に仕うまつりて、七十の齡に過ぎふた品の位を極めて、志もの事を聞きて上にいれ、上の事をうけて下にのぶるつかさを給はれる時にあひて、たらちねの跡を傳へ古き歌の殘をひろふべき仰せ事を承るによりて、春夏秋冬折節の言の葉を始めて、君の御世をいはひ奉り、人の國を治めおこなひ、神を敬ひ、ほとけに祈り、己が妻をこひ、身の懷を述ぶるにいたるまで、部をわかち卷を定めて、濱の眞砂の數々に浦の玉藻かき集むるよし、貞永元年十月二日これを奏す。名づけて新勅撰和歌集とすといふ こと志かり。

新勅撰和歌集卷第一
春歌上

御製

うへのをのこども年の内に立つ春といへる心を仕うまつりける次でに


あら玉の年もかはらでたつ春は霞ばかりぞ空に志りける




皇太后宮大夫俊成

立春の歌とてよみ侍りける


天の戸をあくる氣色も靜にて雲ゐよりこそ春は立ちけれ




紀貫之

延喜七年三月内の御屏風に元日雪ふれる日


けふしもあれみ雪しふれば草も木も春てふなべに花ぞ咲ける




讀人志らず

題志らず


冬過ぎて春はきぬらしあさ日さす春日の山に霞たなびく





久かたの天のかぐ山このゆふべ霞たなびく春たつらしも




京極前關白家肥後

春の始雨ふる日草の青み渡りてみえ侍りければ


いつしかとけふ降りそむる春雨に色づき渡る野べの若草




大中臣能宣朝臣

題志らず


わが宿のかきねの草の淺みどりふる春雨ぞ色は染めける




貫之

三條右大臣の家の屏風に


とふ人もなき宿なれどくる春はやへ葎にも障らざりけり




權中納言師俊

法性寺入道前關白の家にて十首の歌よみ侍りけるに鶯をよめる


鶯の鳴きつるなべにわが宿の垣ねの雪はむらぎえにけり




源俊頼朝臣

鶯花を告ぐといへる心をよみ侍りける


春ぞとは霞みに志るし鶯は花のありかをそことつげなむ




待賢門院堀川

久安六年崇徳院に百首の歌奉りける、春の歌


霜がれはあらはにみえし芦の屋のこやのへだては霞 なり


前參議親隆


松島やをじまが崎の夕霞たなびきわたせあまのたくなは




皇太后宮大夫俊成

後徳大寺左大臣十首の歌よみ侍りけるに遠村霞といへる心をよみ侍りける


あさ戸あけて伏見の里に眺むれば霞にむせぶうぢの河浪




覺延法師

守覺法親王の家に五十首の歌よみ侍りけるに、春の歌


住吉の松の嵐もかすむなりとほざとをのゝ春のあけぼの




源師光


山のはも空も一つにみゆる哉これやかすめる春の明ぼの




式子内親王

百首の歌に


にほの海や霞のをちにこぐ船のまほにも春の景色なる哉




八條院六條

後京極攝政、左大將に侍りける時百首の歌よませ侍りけるに


月ならでながむる物は山のはによこ雲わたる春の明ぼの




曾禰好忠

題志らず


さほ姫の面影さらすおるはたの霞たちきる春の野べかな





木のめはる春の山べをきてみれば霞の衣たゝぬ日ぞなき





卷もくの穴師の檜原春くれば花か雪かとみゆる木綿しで





朝なぎにさをさすよどの川長も心とけては春ぞみなるゝ




山邊赤人


山本に雪はふりつゝ志かすがにこの川柳もえにけるかも




伊勢

柳をよみ侍りける


青柳の枝にかゝれる春雨はいともてぬける玉かとぞみる





淺みどり染めてみだれる青柳の糸をば春の風やよるらむ




中務

天暦の御時御屏風の歌


吹く風に亂れぬ岸の青柳はいとゞ浪さへよればなりけり




二條院讃岐

千五百番歌合に


百敷や大宮人のたまかづらかけてぞなびくあを柳のいと




按察使隆衡

春の歌よみ侍りけるに


おしなべて木のめも今は春風の吹くかたみゆる青柳の糸




内大臣

寛喜元年十一月、女御入内の屏風の繪、山人家柳をよみ侍りける


うちはへて世は春ならし吹く風も枝をならさぬ青柳の糸




正三位知家


[1]




鎌倉右大臣

春の歌とてよみ侍りける


[2]霞たなび





このねぬる朝げの風にかをるなり軒ばの梅の春のはつ花




九條右大臣

梅の花を折りて中務がもとに遣しける


いと早も霜にかれにしわが宿の梅を忘れぬ春はきにけり




山上憶良

筑紫にて梅の花をみてよみ侍りける


春されば先さく宿の梅の花ひとりみつゝや今日を暮さむ




凡河内躬恒

題志らず


孰れをかわきてをらまし梅の花枝もたわゝにふれる白雪




貫之


やまかぜに香をたづねてや梅の花にほへる里に鶯のなく




坂上是則

亭子院の歌合に


きつゝのみ鳴く鶯の古郷はちりにし梅の花にぞありける




式子内親王

題志らず


たが垣ねそこともしらぬ梅が香の夜はの枕に慣にける哉




權大納言家良


玉ほこの道のゆくての春風にたが里知らぬ梅の香ぞする




殷富門院大輔


誰れとなくとはぬぞつらき梅の花あたら匂を獨り詠めて




正三位家隆


いくさとか月の光も匂ふらむ梅咲く山のみねのはるかぜ




後京極攝政前太政大臣

春の歌とてよみ侍りける


難波津に咲くやむかしの梅の花今も春なるうら風ぞふく




覺延法師

守覺法親王の家の五十首の歌よみ侍りけるに


春のよの月にむかしや思ひ出づる高津の宮に匂ふ梅かも




皇太后宮大夫俊成


梅が香も身にしむ頃は昔にて人こそあらね春のよのつき




大貳三位

高陽院の梅の花を折りて遣して侍りければ


いとゞしく春の心の空なるに又花の香を身にぞしめつる




宇治前關白太政大臣

返し


空ならば尋ねきなまし梅の花まだ身にしまぬ匂とぞみる




前關白

家の百首の歌に夜梅といふ心をよみ侍りける


梅が香も天ぎる月にまがへつゝそれともみえず霞む頃哉




宜秋門院丹後

後京極攝政の家の歌合に曉霞をよみ侍りける


春の夜のおばろ月夜やこれならむ霞にくもる有明のそら




權中納言師時

百首の歌奉りけるとき歸鴈をよめる


歸るらむ行方もしらず鴈が音のかすみの衣たち重ねつゝ




大納言師氏

題志らず


久かたのみどりの空の雲間より聲もほのかに歸る鴈がね




前大納言資賢


立ち返り天の戸わたる鴈がねは羽風に雲の波やかへらむ




讀人志らず


白妙の浪路わけてや春はくる風ふくまゝに花もさきけり




藤原基俊

中納言の家なる歌合し侍りけるに山寒花遲といへる心をよみて遣しける


みよしのゝ山井の氷柱結べばや花の下ひも遲くとくらむ




修理大夫顯季

題志らず


霞しく木のめはるさめふる ごとに花の袂はほころびにけり


權中納言長方


花ゆゑにふみならすかなみ吉野の吉野の山の岩のかげ道




久我太政大臣

寛治七年三月十日白河院北山の花 [3]御覽じおはにしましける日處々尋花といへる心をよませ給うけるに

山櫻かたもさだめずたづぬれば花よりさきにちる心かな




右衞門督基忠


春は唯ゆかれぬ里ぞなかりける花の梢を志るべにはして




皇太后宮大夫俊成

崇徳院近衛殿に渡らせ給ひて遠尋山花といふ題を講ぜられ侍りけるによみ侍りける


面影に花の姿をさきだてゝいくへこえきぬ峯の志らくも




後京極攝政前太政大臣

家に花の五十首の歌よませ侍りける時


昔たれかゝる櫻のたねをうゑて吉野を春の山となしけむ




寂蓮法師


いかばかり花さきぬらむよしの山霞にあまる峯の志ら雲




藤原成宗

おなじ家に女房の百首の歌講じ侍りける日五首の歌よみ侍りけるに


花なれや外山の春のあさぼらけあらしにかをる峯の白雲




入道前太政大臣

家に三十首の歌よみ侍りけるに、花の歌


志ら雪の八重山ざくら咲きにけり所もさらぬ春の明ぼの




式子内親王

百首の歌に


高砂のをのへの櫻尋ぬればみやこのにしきいくへ霞みぬ





霞みぬるたかまの山のしら雲は花かあらぬか歸る旅びと




前關白

家の歌合に雲間花といへる心をよみ侍りける


まがふとも雲とは分かむ高砂のをのへの櫻色かはりゆく




關白左大臣


立ちまよふよし野の櫻よきてふけ雲にまたるゝ春の山風




典侍因子


さかぬまぞ花ともみえし山櫻おなじたかねにかゝる白雲




中宮少將


絶々にたなびく雲のあらはれてまがひもはてぬ山櫻かな




後徳大寺左大臣

文治六年女御入内の屏風に


花盛わきぞかねつるわが宿は雲の八重たつ峯ならねども




後京極攝政前太政大臣

家に百首の歌よませ侍りけるに


春はみな同じ櫻となりはてゝ雲こそなけれみよし野の山




俊惠法師

清輔朝臣の家に歌合し侍りける、花の歌


みよしのゝ花の盛としりながらなほしら雲と誤たれつゝ




皇太后宮大夫俊成

正治二年百首の歌奉りける、春の歌


雲やたつ霞やまがふ山ざくら花よりほかも花とみゆらむ




正三位家隆

千五百番歌合に


けふみれば雲も櫻もうづもれて霞かねたるみよし野の山




[1] A character here is illegible. Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa shoten, 1983, vol. 1; hereafter cited as SKT) reads 青柳の糸.

[2] SKT reads 霞たなびく.

[3] SKT reads 御覧じにおはしましける.




新勅撰和歌集卷第二
春歌下

光孝天皇御製

みこに坐しましける時の御歌


山櫻立ちのみかくす春霞いつしかはれてみるよしもがな




山邊赤人

題志らず


かみさびてふりにし里にすむ人は都に匂ふ花をだにみず




貫之


梓弓はるの山べにゐる時はかざしにのみぞ花は散りける




源重之


色寒み春やまだこぬと思ふまで山の櫻をゆきかとぞみる




橘俊綱朝臣

山花未落といへる心をよみ侍りける


まだちらぬ櫻なりけり古郷のよしのゝ山のみねのしら雲




和泉式部

月のあかき夜花にそへて人に遣しける


いづれ共わかれざりけり春のよは月こそ花の匂なりけれ




藤原顯仲朝臣

尋花遠行といふ心をよみ侍りける


かへりみる宿は霞にへだゝりて花の所にけふもくらしつ




百首の歌奉りける時


高砂の麓の里はきえなくに尾上のさくらゆきとこそみれ




權中納言俊忠

堀川院の御時女房東山の花尋ねに遣しける時よみ侍りける


けふこずば音羽の櫻いかにぞとみる人 ごとに問はまし物を


權中納言師時


立ちかへり又やとはまし山風に花ちる里の人のこゝろを




藤原教兼朝臣


駒なべて花のありかを尋ねつゝよもの山べの梢をぞ見る




讀人志らず

その日逢坂こえて尋ね侍りけるに花山のほどに誰ともしらぬ女車の花を折りかざして侍りける道のかたはらに立ちて上達部の車にさしいれさせ侍りける


朝まだき尋ねぞきつる山ざくらちらぬ梢の花のしるべに




權中納言國信

同じ御時中宮の女房花みに遣しける日花爲春友といへる心をよみ侍りける


花さかぬ外山の谷の里人にとはゞや春をいかゞくらすと




中納言實隆

同じ御時鳥羽殿に行幸の日池上花といへる心をよませ給ひけるに


櫻花うつれる池の影みれば波さへけふはかざし折りけり




基俊

法性寺入道前關白の家にて雨中花といへる心をよみ侍りける


やま櫻袖の匂やうつるとて花のしづくに立ちぞぬれぬる




讀人志らず

寛平の御時きさいの宮の歌合の歌


春ながら年は暮れなむ散る花を惜しと鳴くなる鶯のこゑ





色深くみる野べだにも常ならば春はすぐ共形見ならまし




貫之

延喜六年月次の御屏風、三月田返す所


山田さへ今は作るをちる花のか ごとは風におほせざらなむ


大貳三位

左兵衛督朝任花見にまかるとて文遣して侍りける返しに


誰もみな花の盛は散りぬべきなげきのほかの歎やはする




大納言師忠

後冷泉院の御時月前落花といへる心をよませ給ひけるに


春のよの月もくもらでふる雪は梢にのこる花やちるらむ




六條入道前太政大臣

建暦二年の春内裏に詩歌を合せられ侍りけるに山居春曙といへる心をよみ侍りける


月影の梢にのこる山の端にはなもかすめる春のあけぼの




權中納言定家


名も志るし峯の嵐も雪とふる山さくらどをあけぼのゝ空




藤原行能朝臣

暮山花といへる心をよみ侍りける


あすもこむ風靜かなるみ吉野の山の櫻はけふ暮れぬとも




後京極攝政前太政大臣

五十首の歌奉りけるに花下送日といへる心を


故郷のあれまく誰か惜むらむわが世へぬべき花の陰かな




關路花


相坂の關ふみならすかち人の渡れどぬれぬ花のしらなみ




西行法師

題志らず


風吹けば花の白浪岩こえてわたりわづらふ山がはのみづ





哀わがおほくの春の花をみて染めおく心たれにつたへむ




權中納言長方


春風のやゝふくまゝに高砂のをのへにきゆるはなの白雲




右衞門督爲家

前關白の家の歌合に雲間花といへる心をよみ侍りける


立ち殘す梢もみえず山櫻はなのあたりにかゝる志らくも




藤原隆祐


葛城や高嶺の雲をにほひにてまがひし花の色ぞうつろふ




中宮但馬


たづねばや嶺の白雲晴れやらでそれともみえぬ山櫻かな




大納言定通

建暦二年大内の花のもとにて三首の歌仕うまつりけるに


歸るさの道こそ知らね櫻花ちりのまがひにけふは暮しつ




源師光

太宰大貳重家歌合し侍りけるに花をよめる


櫻花年の一とせ匂ふともさてもあかでやこの世つきなむ




鎌倉右大臣

題志らず


櫻花ちらばをしけむ玉ほこの道行ぶりに折りてかざゝむ




内大臣


さもこそは春は櫻の色ならめ移りやすくも行く月日かな




參議雅經


春の夜の月も有明になりにけりうつろふ花に詠せしまに




藤原行能朝臣


うつろへば人の心ぞあともなき花のかたみは峯の志ら雲




藤原信實朝臣


山櫻咲きちる時の春をへてよはひも花のかげにふりにき




殷富門院大輔


櫻花ちるを哀といひ/\ていづれの春にあはじとすらむ




前大僧正慈圓

花の歌よみ侍りけるに


花ゆゑにとひくる人の別まで思へばかなしはるの山かぜ





ちる花の故郷とこそなりにけれわが住む宿の春の暮がた




後京極攝政前太政大臣


花はみな霞の底にうつろひて雲に色づくをはつせのやま





高砂の尾上の花に春暮れてのこりし松のまがひ行くかな




入道前太政大臣

建保六年内裏の歌合に、春の歌


恨むべき方こそなけれ春風のやどり定めぬ花のふるさと




權大納言公實

題志らず


山櫻春の形見にたづぬればみるひとなしに花ぞちりける




按察使兼宗

後京極攝政の家の歌合に遲日をよみ侍りける


斧のえもかくてや人はくたしけむ山ぢ覺ゆる春の空かな




周防内侍

堀川院の御時あさがれひのみづに櫻の造り枝にまりをつけてさゝげ給へりけるを見てよみ侍りける


長閑なる雲居は花もちらずして春のとまりに成にける哉




正三位家隆

寛喜元年女御入内の屏風、海邊網引く所


浪風も長閑なる世の春にあひて網の浦人立たぬ日ぞなき




本院侍從

里に出でゝ侍りける頃春の山を詠めてよみ侍りける


雲ゐにもなりにけるかな春山の霞立ち出でゝ程やへぬ覽




大江千里

歳時春尚少といへる心をよみ侍りける


年月に増る時なしと思へばや春しも常にすくなかるらむ




二條院讃岐

千五百番歌合に


春の夜の短きほどをいかにして八聲の鳥の空に志るらむ




入道前太政大臣

春の暮の歌


白雲にまがへし花はあともなし彌生の月ぞ空にのこれる




貫之

亭子院の歌合に


散りぬともありとたのまむ櫻花春は果てぬと我に知すな




讀人志らず

參議顯實が家の歌合に


みぬ人にいかゞ語らむくちなしのいはでの里の山吹の花




皇太后宮大夫俊成

故郷山吹といへる心をよみ侍りける


ふりぬとも芳野の宮は川きよみ岸の山吹かげもすみけり




鎌倉右大臣

題志らず


玉藻刈るゐでの志がらみ春かけて咲くや川瀬の山吹の花




入道二品親王道助

暮春の心を


忘れじな又こむ春をまつの戸に明けくれ馴れし花の面影





花散りてかたみ戀しきわが宿にゆかりの色の池の藤なみ




俊頼朝臣

雨中藤花といへる心をよみ侍りける


雨ふれば藤のうらばに袖かけて花に萎るゝ我身と思はむ




嘉陽門院越前

五十首の歌奉りけるに


吉野河たぎつ岩ねの藤の花手折りてゆかむ波はかくとも




前關白

百首の歌の、春の歌


立ちかへる春の色とはうらむともあすや形見の池の藤浪




關白左大臣

家に百首の歌よみ侍りける暮春の歌


なれきつる霞の衣立ち別れ我をばよそにすぐるはるかな




内大臣


けふのみとをしむ心もつきはてぬ夕ぐれかぎる春の別に




皇太后宮大夫俊成

久安百首の歌奉りける時三月盡の歌


行く春の霞の袖を引きとめて志をるばかりや恨かけまし




新勅撰和歌集卷第三
夏歌

相模

題志らず


霞だに山路に志ばし立ち止れ過ぎにし春の形見ともみむ




二條太皇太后宮大貳

夏衣たちかへてける今日よりはやま時鳥ひとへにぞ待つ





二條院皇后宮常陸

夏のはじめの歌とてよみ侍りける


今日はまづいつしか來鳴け郭公はるの別も忘るばかりに




前關白

家の百首の歌に首夏の心をよみ侍りける


けふよりは浪にをりはへ夏衣ほすや垣根のたまがはの里




讀人志らず

題志らず


千早振賀茂の卯月になりにけりいざ打群れて葵かざゝむ




後徳大寺左大臣

文治六年女御入内の屏風に


幾返りけふのみあれにあふひ草頼をかけて年のへぬらむ




權中納言定家

寛喜元年女御入内の屏風に


久方のかつらにかくるあふひ草空の光にいくよなるらむ




讀人志らず

中納言行平の家の歌合に


すむ里は忍のもりの時鳥この志たこゑぞ志るべなりける




田原天皇御製

題志らず


神なびのいはせの森の郭公ならしの岡にいつかきなかむ




祐子内親王家紀伊


聞きてしも猶ぞまたるゝ時鳥なく一聲にあかぬこゝろは




法性寺入道前關白太政大臣

時鳥の歌十首よみ侍りけるに


よしさらばなかでもやみね時鳥きかずば人もわする計に




大藏卿行宗

題志らず


いつのまに里なれぬらむ時鳥けふを五月の始とおもふに




參議雅經

建保六年内裏の歌合、夏の歌


郭公なくやさ月の玉くしげ二こゑ聞きて明くる夜もがな




前關白

寛喜元年女御入内の屏風、五月沼江菖蒲宴の所


深き江にけふあらはるゝ菖蒲草年のをながき例にぞ引く




入道前太政大臣


幾千世といはがき沼の菖蒲草ながき例にけふやひかれむ




讀人志らず

寛平の御時きさいの宮の歌合の歌


おしなべてさ月の空をみわたせば水も草葉も緑なりけり




貫之

題志らす


郭公こゑきゝしより菖蒲草かざす五月と知りにしものを




正三位家隆

時鳥の歌よみ侍りけるに


ほとゝぎす去年宿かりし古里の花たちばなに皐月忘るな




祝部成茂


今ははやかたらひつくせ郭公ながなく比の皐月きぬなり




源師賢朝臣

白河院の御時うへのをのこどもきさいの宮の御方にくだ物申しけるたまふとて上に花橘を折りておかれたりける箱のふた返しまゐらすとてよみ侍りける


郭公こよひ何處にやどるらむ花たちばなを人にをられて




康資王母

返し


ほとゝぎすはな橘の宿かれて空にや草のまくらゆふらむ




大炊御門右大臣

久安百首の歌奉りけるに、夏の歌


覺束なたれ杣やまの時鳥とふになのらですぎぬなるかな




皇太后宮大夫俊成


さらぬだにふす程もなき夏の夜をまたれても鳴く郭公哉




右兵衛督公行

十首の歌奉りける時


小夜ふかみ山郭公名のりして木の丸どのを今ぞ過ぐなる




後徳大寺左大臣

文治六年女御入内の屏風に


時鳥雲の上よりかたらひてとはぬになのるあけぼのゝ空




右衛門督爲家

寛喜元年十一月女御入内の屏風に郭公をよみ侍りける


永き日の杜のしめ繩くり返しあかず語らふほとゝぎす哉




權中納言長方

故郷郭公といへる心をよみ侍りける


あれにけるたか津の宮の時鳥たれとなにはの事語るらむ




皇太后宮大夫俊成

後法性寺入道前關白百首の歌よませ侍りける時五月をよめる


降初めて幾日になりぬ鈴鹿川やそせも志らぬ五月雨の比




後徳大寺左大臣

五月雨をよみ侍りける


五月雨にむつ田のよどの河柳うれこす波や瀧のしらいと




六條入道前太政大臣

五月雨にいせをの海士の藻汐草ほさでも頓て朽ぬべき哉





前右近中將資盛


五月雨の日をふる儘にひまぞなき蘆の志のやの軒の玉水




左近中將公衡


さみだれの比もへぬればさはだ川袖つく計淺き瀬もなし




源家長朝臣


うちはへていく かへぬる夏引の手引の糸の五月雨の空


春宮權大夫良實

題志らず


橘のしたふく風や匂ふらむむかしながらのさみだれの空




藤原光俊朝臣

一本關白左大臣の家の百首の歌よみ侍りけるに


五月雨の空にも月は行くものを光みねばや志る人のなき




相摸

宇治入道前關白の家の歌合に


五月は雨あかでぞすぐる郭公夜深く鳴きし初音ばかりに




前大僧正慈圓

題志らず


郭公きゝつとや思ふ五月雨の雲のほかなるそらの一こ志




橘俊綱朝臣

時鳥の歌あまたよみ侍りけるに


ほとゝぎす聞くともなしに足引の山路に歸る明ぼのゝ聲




源師賢朝臣


たが里にまたできつらむ時鳥こよひばかりの五月雨の聲




後京極攝政太政大臣

百首の歌に


郭公いま幾夜をか契るらむおのが五月のありあけのころ




祐盛法師

前中納言師仲五月の晦日人々さそひて右近の馬場に罷りて郭公まち侍りけるに


今日ことに聲をばつくせ時鳥おのがさ月も殘りやはある




權中納言師時

堀川院の御時きさいの宮にて閏五月郭公といふ心をよみ侍りける


雲路よりかへりもやらず時鳥猶さみだるゝ空のけしきに




俊頼朝臣

題志らず


やよや又きなけみ空の時鳥五月だにこそをちかへりつれ




覺盛法師


みな月の空ともいはじ夕立のふるからをのゝならの下影




讀人志らず


草ふかきあれたるやどの燈火の風に消えぬは螢なりけり




入道二品親王道助

家に五十首の歌よみ侍りけるに、江螢


しら露の玉江のあしのよひ/\に秋風ちかく行く螢かな




參議雅經


難波めがすくも焚く火の深き江に上にもえても行く螢哉




祭主輔親

法成寺入道前攝政の家の歌合に


夏の夜の雲路は遠くなりまされ傾ぶく月のよるべなき迄




正三位顯家

夏月をよみ侍りける


夜もすがら宿る清水の凉しさに月も夏をやよそにみる覽




如願法師

題志らず


明けぬるか木間もりくる月影の光もうすき蝉のはごろも




藤原實方朝臣

石山にて曉ひぐらしの鳴くを聞きて


葉を志げみ外山の陰やまがふらむ明くるも志らぬ蜩の聲




正三位知家

寛喜元年女御入内の屏風、杜邊山井流水ある所


夕ぐれは夏より他をゆく水のいはせの森のかげぞ凉しき




正三位家隆

海邊松下行人納凉の所


夏衣ゆくてもすゞしあづさ弓いそべの山の松のしたかぜ




後京極攝政前太政大臣

六月祓の心をよみ侍りける


早き瀬の歸らぬ水に御秡してゆく年波のなかばをぞしる




前關白

寛喜元年女御入内の屏風


吉野川かは浪早く御秡して志らゆふ花のかずまさるらし




正三位家隆


風そよぐならの小河の夕暮は御祓ぞ夏の志るしなりける




新勅撰和歌集卷第四
秋歌上

曾禰好忠

初秋の心をよみ侍りける


久方の岩戸の關もあけなくに夜半にふき志く秋のはつ風




大納言師氏


鵲のゆきあひの橋の月なれば猶わたすべき日こそ遠けれ




大納言師頼


昨日には變るとなしに吹く風の音にぞ秋は空に志らるゝ




西行法師

題志らず


玉にぬく露はこぼれてむさしのゝ草の葉むすぶ秋の初風




正三位家隆


暮行かば空の氣色もいかならむ今朝だにかなし秋の初風




右衞門督爲家


音たてゝいまはた吹きぬわが宿の荻の上ばの秋のはつ風




藤原資季朝臣

うへのをのこども初秋の心をつかうまつりけるに


足引の山志た風のいつのまに音ふきかへて秋はきぬらむ




關白左大臣

家に百首の歌よみ侍りけるに早秋の心を


夏すぎてけふや幾日になりぬらむ衣手すゞし夜はの秋風




内大臣


天つ風そら吹き迷ふ夕ぐれの雲のけしきに秋はきにけり




藤原信實朝臣


よる浪の凉しくもあるか志きたへの袖師の裏の秋の初風




宜秋門院丹後

千五百番歌合に


眞葛原うらみぬ袖の上までも露おきそむる秋はきにけり




菅原在良朝臣

法性寺入道前關白中納言中將に侍りける時山家早秋といへる心をよませ侍りけるに


山里は葛のうら葉をふき返す風のけしきに秋をしるかな




土御門内大臣

殷富門院大輔三輪の社にて五首の歌人々によませ侍りけるに、秋の歌


秋といへば心の色もかはりけり何故としも思ひそめねど




[4]曾彌好忠

題志らず


櫻麻のかりふの原を今朝みればと山かたかけ秋風ぞ吹く




鎌倉右大臣


ゆふぐれは衣手すゞし高圓のをのへの宮の秋のはつかぜ





ひこぼしのゆきあひをまつ久方の天の河原に秋風ぞ吹く




殷富門院大輔


鵲のよりはの橋をよそながら待渡る夜になりにけるかな




法印猷圓


天の川わたらぬさきの秋風に紅葉の橋のなかやたえなむ




崇徳院御製

百首の歌めしける時


天の川八十瀬の浪もむせぶらむ年まち渡るかさゝぎの橋




藤原敦仲

清輔朝臣の家に歌合し侍りけるに七夕の心をよみ侍りける


あまの河うきつの波に彦星のつまむかへ舟今やこぐらし




前中納言基長

後三條院の御時上のをのこども齋院にて七夕の歌よみ侍りけるに


思へ共つらくもある哉七夕のなどか一夜と契りそめけむ




菅原在良朝臣

法性寺入道前關白の家にて七夕の心をよみ侍りける


天の川ほしあひの空もみゆ計たちなへだてそ夜はの秋霧




權大納言經輔

宇治入道前關白の家にて七夕の歌よみ侍りけるに


織女のわが心とやあふことを年に一たびちぎりそめけむ




正三位家隆

百首の歌よみ侍りける、秋の歌


草の上の露とるけさの玉章に軒端のかぢは元つ葉もなし




權中納言伊實

七夕後朝の心をよみ侍りける


七夕の天の川浪立ちかへりこの暮ばかりいかでわたさむ




藤原清輔朝臣


天の川みづかげ草におく露やあかぬわかれの涙なるらむ




八條院高倉


むつ ごともまだつきなくに秋風に七夕つめや袖ぬらすらむ


前大納言隆房


たまさかに秋の一夜をまちえても明くる程なき星合の空




式子内親王

百首の歌の中に


秋といへば物をぞ思ふ山のはにいざよふ雲の夕ぐれの空




二條院讃岐


今よりの秋の寐覺をいかに共荻のはならで誰かとふべき




入道二品親王道助

秋の歌とてよみ侍りけるに


荻のはに風の音せぬ秋もあらば涙のほかに月はみてまし




入道前太政大臣


をぎのはにふきと吹きぬる秋風の涙さそはぬ夕暮ぞなき




相模

題しらず


いかにして物思ふ人の住かには秋よりほかの里を尋ねむ




大納言師氏


志ら露と草葉におきて秋のよを聲もすがらにあくる松虫




左近中將公衡

秋の歌とてよみ侍りけるに


よひ/\の山のはおそき月影をあさぢが露に松虫のこゑ




藤原教雅朝臣


かれはてゝ後は何せむあさぢふに秋こそ人を松虫のこゑ




權中納言隆親

うへのをのこども隣庭萩といへる心をつかうまつりけるに


へだて來し宿のあしがきあれはてゝ同じ庭なる秋萩の花




讀人志らず

題志らず


白露のおり出す萩の下紅葉ころもにうつる秋はきにけり





この比の秋風さむみ萩の花ちらす志ら露おきにけらしも





飛鳥河往來の岡の秋はぎはけふ降る雨にちりか過ぎなむ




柿本人丸


志ら露と秋の花とをこきまぜてわく ことかたきわが心かな


祐子内親王家小辨


さを志かの聲聞ゆなり宮城野のもとあらの小萩花盛かも




大藏卿行宗

白河院にて野草露繁といへる心ををのこども仕うまつりけるに


狩衣萩の花ずり露ふかみうつろふいろにそぼちゆくかな




鎌倉右大臣

家に秋の歌よませ侍りけるに


道のべの小野の夕霧立ちかへりみてこそ行かめ秋萩の花





古里の本荒の小萩いたづらにみる人なしに咲きかちる覽




藤原基綱


白すげのまのゝ萩原咲しより朝立つ鹿のなかぬ日はなし




權中納言師時

雲居寺の瞻西上人歌合し侍けるに


未明たをらでをみむ萩の花うは葉の露のこぼれもぞする




按察使公通

權中納言經定歌合し侍りけるによみて遣しける


女郎花志め結ひ置きしかひもなく靡きに鳬な秋の野風に




二條院讃岐

題志らず


尋ねきて旅寐をせずば女郎花獨や野べにつゆけからまし




讀人志らず

菅家萬葉集の歌


名にしおはゞ強ひてたのまむ女郎花人の心の秋はうく共




三條右大臣

式部卿敦慶のみこの家に人々まうできて遊びなむどし侍りけるに女郎花をかざしてよみ侍りける


をみなへし折る手にかゝる白露は昔のけふにあらぬ涙か




左京大夫顯輔

久安百首の歌奉りける時、秋の歌


わぎもこが裾野に匂ふふぢ袴露は結べどほころびににけり




權中納言長方

題志らず


さらずとてたゞにはすぎじ花薄まねかで人の心をもみよ




參議雅經


花薄くさの袂をかりぞなくなみだの露やおきどころなき




源具親朝臣


心なき草のたもとも花ずゝき露ほしあへぬ秋はきにけり




藤原信實朝臣

閑庭薄といへる心をよみ侍りける


まねけとてうゑし薄の一本にとはれぬ庭ぞ茂りはてぬる




藤原成宗

閑庭荻をよめる


いく秋の風のやどりとなりぬらむ跡たえはつる庭の荻原




前大僧正慈圓

題志らず


主はあれど野となりにける籬かな小萱が下に鶉なくなり




讀人志らず


おぼつかな誰とか知らむ秋霧のたえまにみゆる朝顔の花




後京極攝政太政大臣

月の歌あまたよみ侍りけるに


白雲の夕ゐるやまぞなかりける月をむかふる四方の嵐に




大炊御門右大臣

權中納言經定、中將に侍りける時歌合し侍りけるによみて遣はしける、月の歌


天つ空うき雲はらふ秋風にくまなくすめる夜はの月かな




正三位家隆

題志らず


さらしなや姨捨山のたかねより嵐を分けていづる月かげ




源公忠朝臣

延喜の御時八月十五夜月の宴の歌


古もあらじとぞ思ふ秋のよの月のためしは今宵なりけり




權中納言定家

養和の比ほひ百首の歌よみ侍りし、秋の歌


天の原思へばかはる色もなし秋こそ月のひかりなりけれ




關白左大臣

家に百首の歌よみ侍りける、月の歌


あしびきの山の嵐に雲きえてひとり空ゆく秋の夜のつき




藤原資季朝臣

月の歌とてよみ侍りける


見るまゝに色變りゆく久方の月のかつらの秋のもみぢ葉




寐超法師

八月十五夜よみ侍りける


天つ空こよひの名をや惜むらむ月にたなびく浮雲もなし




寂蓮法師


數へねど秋の半ぞ志られぬる今夜に似たる月しなければ




權中納言定家

後京極攝政、左大將に侍りける時月の五十首の歌よみ侍りけるによめる


あけば又秋の半も過ぎぬべし傾ぶく月の惜しきのみかは




左近中將基良

月の歌よみ侍りけるに


山の端のつらさばかりや殘るらむ雲より外にあくる月影




權律氏公猷


いづくにか空ゆく雲の殘るらむ嵐まち出づる山のはの月




中原師季


待ちえても心やすむる程ぞなき山のはふけて出づる月影




眞昭法師


袖のうへに露おきそめし夕よりなれていく夜の秋の月影




藤原頼氏朝臣

關白左大臣の家の百首の歌よみ侍りける、月の歌


わけぬるゝ野原の露の袖の上にまづ志る物は秋の夜の月




正三位家隆

入道二品親王の家に、五十首の歌よみ侍りけるに、山家月


松の戸をおし明方の山かぜに雲もかゝらぬ月をみるかな




後京極攝政前太政大臣

文治六年女御入内の屏風に、駒迎の所


あづまよりけふ相坂の山こえて都にいづるもち月のこま




小侍從

和歌所の歌合に海邊秋月といへる心をよみ侍りける


沖つ風ふけひのうらによる浪の夜ともみえず秋のよの月




前關白

百首の歌に、月の歌


むら雲の峯にわかるゝ跡とめて山のはつかに出づる月影




御製

うへのをのことも海邊月といへる心をつかうまつりける次でに


わかの浦芦べのたづのなく聲に夜わたる月の影ぞ寂しき




正三位家隆

秋の歌奉りけるに


須磨の蜑の間遠の衣よや寒きうら風ながら月もたまらず




藤原光俊朝臣

名所月をよめる


明石潟あまのたく繩くるゝより雲こそなけれ秋の月かげ




權中納言宗通

白河院鳥羽殿におはしましけるに田家秋興といへる心ををのこども仕うまつりけるに


賤の男の門田の稻の假にきてあかでもけふを暮しつる哉




藤原道信朝臣

題志らず


最ど志く物思ふやどを霧こめて眺むる空もみえぬけさ哉




前大僧正慈圓


夜はにたくかひやが煙立ちそひて朝霧ふかし小山田の原





藻鹽やく煙もきりに埋もれぬすまのせきやの秋の夕ぐれ




正三位知家

海霧といへる心を


煙だにそれともみえぬ夕霧に猶志たもえの蜑のもしほ火




正三位家隆

題志らず


ふみわけむ物ともみえず朝ぼらけ竹のは山の霧のした露




西行法師


をぐら山麓をこむる夕霧にたちもらさるゝさを志かの聲




[4] SKT reads 曾禰.




新勅撰和歌集卷第五
秋歌下

讀人志らず

寛平の御時きさいの宮の歌合の歌


秋の夜のあまてる月の光にはおくしら露を玉とこそみれ




能因法師

九月十三夜の月をひとり眺めて思ひ出で侍りける


さらしなやをば捨山に旅寐してこよひの月を昔みしかな




小野小町

題志らず


秋の月いかなる物ぞわが心何ともなきにいねがてにする




選子内親王家宰相

九月月あかき夜よみ侍りける


秋のよの露おきまさる草村にかげうつりゆく山のはの月




道信朝臣

隈なき月を眺めあかしてよみ侍りける


いつとなく詠めはすれど秋のよのこの曉は ことにもある哉


菅原在良朝臣

對月惜秋といへる心をよみ侍りける


月ゆゑに長き夜すがら詠むれどあかずも惜しき秋の空哉




侍從具定母

秋の歌よみ侍りけるに


うき世をも秋の末葉の露の身におきどころなき袖の月影




按察使兼宗


有明の月の光のさやけさはやどすくさ葉の露やおきそふ




左近中將伊平


三室山した草かけておく露に木のまの月の影ぞうつろふ




後京極攝政前太政大臣

百首の歌の中に


槇の戸のさゝで有明になりゆくを幾夜の月ととふ人もなし




參議雅經

建保二年秋の歌奉りける時


身を秋の我世や痛くふけぬ覽月をのみやは待となけれど




正三位家隆


限あれば明けなむとする鐘の音に猶長き夜の月ぞ殘れる




權大僧都有果

入道二品親王の家にて秋月の歌よみ侍りけるに


風さむみ月は光ぞまさりける四方の草木の秋のくれがた




小侍從

後京極攝政百首の歌よませ侍りけるに


いくめぐり過行く秋にあひぬらむ變らぬ月の影を眺めて




八條院六條


秋の夜は物思ふ ことのまさりつゝいとゞ露けきかたしきの袖


京極前關白家肥後

秋の夜人々もろ共に起きゐて物語し侍りけるに


秋の夜を明かしかねては曉の露とおきゐてぬるゝ袖かな




右衛門督爲家

うへのをのこども秋十首の歌つかうまつりけるに


片岡の杜の木の葉も色付ぬわさ田のをしね今やからまし




讀人志らず

寛平の御時きさいの宮の歌合の歌


唐衣ほせど袂のつゆけきはわが身の秋になればなりけり




人丸

題志らず


秋田もるひたの庵に時雨ふりわが袖ぬれぬほす人もなし




躬恒


秋深き紅葉の色のくれなゐにふり出つゝ鳴く鹿の聲かな




俊子

兵部卿元良の御子しがの山越の方に時々かよひ住み侍りける家をみにまかりて書き付け侍りける


狩にのみくる君待つと振出つゝ鳴く志賀山は秋ぞ悲しき




中納言家持

題志らず


秋萩の移ろふをしとなく鹿のこゑ聞く山は紅葉しにけり




鎌倉右大臣


雲のゐる梢はるかに霧こめて高師のやまに鹿ぞ鳴くなる




前大僧正慈圓


むべしこそ此頃ものは哀なれ秋ばかりきくさをしかの聲




前參議經盛

歌合し侍りけるに鹿をよみ侍りける


峯になく鹿の音近く聞ゆなり紅葉吹きおろす夜はの嵐に




八條院高倉

建保六年内裏の歌合、秋の歌


我庵は小倉の山の近ければ憂世をしかとなかぬ日ぞなき




權中納言實守

鹿の歌とてよみ侍りける


大江山遙におくる鹿の音はいく野をこえて妻をこふらむ




六條入道前太政大臣

建保五年四月庚申五首の歌、秋朝


大かたの秋をあはれと鳴く鹿の涙なるらし野べのあさ露




正三位知家

澗底鹿といふ心をよみ侍りける


さを鹿のあさ行く谷の埋れ水影だにみえぬ妻をこふらむ




如願法師

題志らず


さを鹿の鳴く音もいたく更けにけり嵐の後の山のはの月




大貳三位

後冷泉院御子の宮と申しける時梨壺の御前の菊面白かりけるを月あかき夜いかゞと仰せられければ


いづれをかわきて折るべき月影に色みえまがふ白菊の花




權大納言長家

旦に參りて侍りけるに此歌の返しつかうまつるべきよし仰せられければよみ侍りける


月影に折りまどはるゝ白菊は移ろふ色やくもるなるらむ




天暦御製

康保三年内裏の菊合に


かげ見えて汀にたてる白菊はをられぬ浪の花かとぞみる




右兵衛督公行

崇徳院月照菊花といふ心をよませ給うけるに


月かげに色もわかれぬ白菊は心あてにぞ折るべかりける




按察使公通


月影もかをるばかりをしるしにて色はまがひぬ白菊の花




鎌倉右大臣

月前菊といふ心をよみ侍りける


ぬれて折る袖の月かげふけにけり籬の菊の花のうへの露




入道二品親王道助

題志らず


わが宿の菊のあさ露色もをしこぼさでにほへ庭の秋かぜ




權大納言忠信

秋の歌よみ侍りけるに


なく/\も行きてはきぬる初雁の涙の色をしる人ぞなき




鎌倉右大臣


渡の原八重のしほ路にとぶ雁のつばさの浪に秋風ぞ吹く




如願法師


月になく雁の羽風のさゆる夜に霜をかさねてうつ衣かな




眞昭法師


嵐ふく遠山がつのあさ衣ころも夜さむのつきにうつなり




曾禰好忠

擣衣の心をよみ侍りける


衣うつ砧のおとをきくなべに霧立つそらに雁ぞ鳴くなる




貫之


から衣うつ聲きけば月きよみまだ寐ぬ人を空にしるかな




皇太后宮大夫俊成

久安百首の歌奉りける秋の歌


衣うつ響は月のなになれや冴えゆく儘にすみのぼるらむ




入道前太政大臣

百首の歌奉りける秋の歌


風さむき夜はの寐覺のとことはになれても寂し衣うつ聲




前大納言隆房


今こむと頼めし人やいかならむ月になく/\衣うつなり




承明門院小宰相

題志らず


月のいろも冴えゆく空の秋風にわが身ひとつと衣うつ なり


後京極攝政前太政大臣

月五十首の歌よみ侍りけるに


獨寐の夜さむになれる月みれば時しもあれや衣うつこゑ




權大納言家良

秋の歌よみ侍りけるに


しろたへの月の光におく霜をいく夜かさねて衣うつらむ




正三位家隆


白妙のゆふつけ鳥も思ひわびなくや立田の山のはつしも




建保六年内裏の歌合、秋の歌


手向山紅葉の錦ぬさあれど猶ほ月かげのかくるしらゆふ




前關白

百首の歌の中に、秋の歌


置きまよふ篠のは草の霜の上によをへて月の冴え渡る哉




正三位家隆

千五百番歌合に


秋の嵐吹きにけらしな外山なる柴の下草いろかはるまで




藤原信實朝臣

題志らず


日をへては秋風寒みさを鹿のたちのゝ眞弓紅葉しにけり




入道前太政大臣

百首の歌奉りけるに、秋の歌


秋の色の移ろひ行くを限とて袖に時雨のふらぬ日はなし




參議雅經


秋の行く野山の淺茅うら枯れて峰に分るゝ雲ぞしぐるゝ




鎌倉右大臣

題志らず


雁なきて寒きあさげのつゆ霜にやのゝ神山色づきにけり




西行法師


山里は秋のすゑにぞ思ひしるかなしかりけり木枯のかぜ





限あればいかゞは色の増るべきあかずしぐるゝ小倉山哉




藤原伊光


紅のやしほの岡の紅葉ばをいかにそめよと猶しぐるらむ




内大臣

建保二年秋の歌奉りけるに


みなと川秋ゆく水の色ぞこきのこる山なく時雨ふるらし




參議雅經


足引のやまとにはあらぬ唐錦たつたの時雨いかでそむ覽




僧正行意


我宿はかつちる山の紅葉ばにあさ行く鹿の跡だにもなし




皇太后宮大夫俊成

後法性寺入道前關白の家の歌合に紅葉をよみ侍りける


志ぐれ行く空だにあるを紅葉ばの秋は暮ぬと色にみす覽




式子内親王

百首の歌の中に


秋こそあれ人は尋ねぬ松の戸を幾重もとぢよ鳶の紅葉ば




權中納言定家

關白左大臣の家の [5]百首○よみ侍りけるに

時雨つゝ袖だにほさぬ秋の日にさ杜三室の山は染むらめ




從三位範宗


露時雨染めはてゝけり小倉山けふやちしほの峯の紅葉ば




中宮但馬


幾年かふるの神杉志ぐれつゝ四方の紅葉に殘りそめけむ




權中納言隆親

うへのをのこども秋十首の歌つかうまつりけるに


志ぐれけむ程こそみゆれ神なびの三室の山の峯の紅葉ば




法印覺寛

題志らず


染め殘す梢もあらじむら時雨猶あかなくの山めぐりして




正三位家隆

建保四年右大臣の家の歌合故郷紅葉をよめる


故郷のみかきが原のはじもみぢ心とちらせ秋の木がらし




後法性寺入道前關白太政大臣

文治六年女御入内の屏風に


すそ野より峯の木ずゑにうつりきて盛久しき秋の色かな




後徳大寺左大臣


木のもとに又咲きかへせから錦大宮人にみまし志かせむ




權中納言經忠

左京大夫顯輔歌合し侍りけるに紅葉をよみて遣しける


嵐吹くふなぎの山の紅葉ばゝ時雨のあめに色ぞこがるゝ




關白左大臣

家に百首の歌よませ侍りけるに、紅葉の歌


龍田川みむろの山の近ければ紅葉を浪に染めぬ日ぞなき




小侍從

後京極攝政百首の歌よませ侍りけるに


おきて行く秋の形見やこれならむ見るも仇なる露の白玉




禎子内親王家攝津

秋の暮の歌


行く秋の手向の山のもみぢ葉はかたみ計やちり殘るらむ




權中納言實有


木枯の誘ひはてたる紅葉ばをかは瀬の秋と誰れ詠むらむ




參議雅經

秋はけふくれなゐくゝる立田川ゆくせの浪も色變るらむ





入道前太政大臣

九月盡によみ侍りける


明日よりは名殘を何にかこたましあひも思はぬ秋の別格




八條院高倉


すぎはてぬいづら長月名のみして短かりける秋の程かな




[5] SKT reads 百首歌.




新勅撰和歌集卷第六
冬歌

大伴池重

題志らず


神無月時雨に逢る紅葉ばのふかば散りなむ風のまに/\




相摸


いつも猶ひまなき袖を神無月濡しそふるは時雨なりけり




在原元方


わび ごとや神無月とはなりにけむ涙のごとくふる時雨かな


俊子

大納言清蔭亭子院御賀のため長月の頃俊子に申し付けて色々に營みいそぎ侍りける事過ぎにける神無月のついたち申し遣しける


千々の色に急ぎし秋は過ぎに鳬今は時雨に何を染めまし




曾禰好忠

題志らず


露ばかり袖だにぬれず神無月紅葉は雨とふりにふれども




前中納言匡房


から錦むら/\殘る紅葉ばや秋の形見のころもなるらむ




權大納言宗家


殘しおく秋のかたみのから錦たちはてつるは木枯のかぜ




右近大將通房

後朱雀院の御時うへのをのこども大井川に罷りて紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに中將に侍りける時


水の面に浮べる色のふかければ紅葉を浪とみつる今日哉




九條太政大臣


大井川うかぶ紅葉のにしきをば波の心にまかせてやたつ




中納言資綱

後冷泉院の御時殿上の逍遙に同じ心をよみ侍りける


紅葉ばの流れもやらぬ大井川かはせは浪の音にこそきけ




橘俊綱朝臣

白河院の御時うへのをのこども月前落葉といへる心をよみ侍りけるに


久方の月すみ渡る木がらしにしぐるゝ雨は紅葉なりけり




入道二品親道助

題志らず


木がらしの紅葉ふき志く庭の面に露も殘らぬ秋の色かな




大藏卿有家

千五百番歌合に


霜おかぬ人目も今はかれはてゝ松にとひくる風ぞ變らぬ




正三位家隆

建保五年内裏の歌合、冬山霜


かさゝぎの渡すやいづこ夕霜の雲居に志ろき峰のかけ橋




藤原信實朝臣

冬關月


須磨のうらに秋をとゞめぬ關守も殘る霜夜の月はみる覽




權中納言師俊

法性寺入道前關白内大臣に侍りける時家の歌合に


露結ぶ霜夜の數のかさなれば耐へでや菊の移ろひぬらむ




延喜御製

延喜十二年十月御前のやり水のほとりに菊植て御遊び侍りける次によませ給うける


水底にかげをうつせる菊の花浪のをるにぞ色まさりける




源公忠朝臣


おく霜に色染め返しそぼちつゝ花の盛は今日ながら見む




上東門院小少將

里に出でゝ時雨しける日紫式部に遣しける


雲間なく詠むる空もかきくらしいかに忍ぶる時雨なる覽




紫式部

返し


理りの時雨の空は雲間あれど詠むる袖ぞかわくよもなき




源師賢朝臣

山路時雨といへる心をよみ侍りける


袖ぬらす時雨なりけり神無月いこまの山にかゝるむら雲




右衛門督爲家

冬の歌よみ侍りけるに


冬きては志ぐるゝ雲の絶間だに四方の木葉のふらぬ日ぞなき




正三位知家


時雨にはぬれぬ木葉もなかり鳬山は三笠のなのみふりつゝ




源兼昌

法性寺入道前關白の家の歌合に


夕づく日いるさの山のたかねより遙にめぐる初時雨かな




藤原公重朝臣

前參議經盛歌合し侍りけるに


山のはに入日の影はさしながら麓の里は志ぐれてぞ行く




平經正朝臣


村雲の外山の峯に懸るかとみれば志ぐるゝ志がらきの里




前内大臣

建保六年内裏の歌合に冬歌


神無月志ぐれにけりなあらち山行きかふ袖も色變るまで




前大僧正慈圓

題志らず


み山木の殘りはてたる梢よりなほ志ぐるゝは嵐なりけり





月におもふ秋ののこりの夕暮に木陰ふきはらふ山颪の風




前大納言忠良


秋の色はのこらぬ山の木がらしに月の桂の影ぞつれなき




殷富門院大輔


空さむみこぼれておつる白玉のゆらぐ程なき霜がれの庭




正三位家隆


ふる里の庭の日影もさえくれてきりの落葉に霰ふるなり




千五百番歌合に


夕づく日さすがにうつる柴の戸に霰吹まく山おろしの風




兵部卿成實

百首の歌よみ侍りける冬の歌


さゆる夜はふるや霰の玉くしげみむろの山の明方のそら




前關白

建保四年百首の歌の中に、冬の歌


岩たゝく瀧津かはなみ音さえて谷の心やよざむなるらむ




式子内親王

題志らず


ふきむすぶ瀧は氷にとぢはてゝ松にぞ風の聲もをしまぬ





おちたぎつ岩きりこえし谷水も冬はよな/\ゆき惱む なり


中宮但馬

關白左大臣の家の百首の歌よみ侍りけるに氷をよめる


ねや寒き寐くたれ髮のながき夜に涙の氷むすぼゝれつゝ




西行法師

題志らず


風さえてよすればやがて氷りつゝ返る浪なき志賀の唐崎




内大臣

寛喜元年女御入内の屏風湖邊氷結


志賀の浦や氷のひまを行く船に波も道あるよとやみる覽




宜秋門院丹後

千五百番歌合に


冬の夜はあまぎる雪に空さえて雲の浪路にこほる月かげ




二條院讃岐


打ちはへて冬はさばかり長き夜に猶殘りける有明のつき




皇太后宮大夫俊成

久安百首の歌奉りける時、冬の歌


月きよみ千鳥鳴くなりおきつ風ふけひのうらの明方の空




權中納言國信

千鳥をよみ侍りける


友千鳥むれて渚にわたるなり沖の志らすに汐やみつらむ




源顯國朝臣


風ふけば難波のうらの濱千鳥あしまに浪の立居こそなけ




源具親朝臣

千五百番歌合に


小夜千どり湊吹きこす鹽風にうらより外の友さそふなり




鎌倉右大臣

題志らず


風寒み夜の更けゆけばいもが島かたみの浦に千鳥鳴く也




前關白

寛喜元年女御入内の屏風、山野雪朝


年さむき松の心もあらはれて花さくいろをみする雪かな




内大臣


あらはれて年ある御代の印にや野にも山にもつもる白雪




權中納言長方

題志らず


敷島やふるの都はうづもれてならしの岡にみ雪つもれり





宮木ひく杣山人はあともなしひばら杉はら雪ふかくして




正三位家隆


たかしまやみをの杣山あとたえて氷も雪もふかき冬かな




賀茂重政


卷もくの檜原の山も雪とぢて正木のかづらくる人もなし




西行法師

高野に侍りける時寂然法師大原に住み侍りけるに遣しける


大原は比良のたかねの近ければ雪ふる程を思ひこそやれ




刑部卿範兼

題志らず


玉椿みどりの色もみえぬまでこせの冬野は雪ふりにけり




清輔朝臣


雲居より散りくる雪は久方の月のかつらの花にやある覽




前關白

百首の歌の雪の歌


いる人のおとづれもせぬ白雪のふかき山路を出づる月影




關白左大臣


少女子の袖ふる雪の白妙によしのゝ宮はさえぬ日もなし




左京太夫顯輔

冬の月をよみ侍りける


雪ふかき吉野の山のたかねより空さへさえて出づる月影




後京極攝政前太政大臣

冬の歌とてよみ侍りける


寂しきはいつも詠めの物なれど雲間の峯の雪のあけぼの





志もとゆふ葛城山のいかならむ都も雪はまなくときなし




鎌倉右大臣


山たかみあけはなれゆく横雲のたえまにみゆる峯の白雪




正三位家隆


あけわたる雲間の星の光まで山の端さむし峯のしらゆき




八條院高倉

建保五年内裏の歌合、冬海雪


里のあまの定めぬ宿もうづもれぬよする渚のゆきの白浪




正三位家隆


わたの原やそ志ま白くふる雪のあまぎる浪にまがふ釣舟




康資王母

高陽院家歌合に


ふみ見ける鳰のあとさへをしきかな氷の上にふれる白雪




曾禰好忠

題志らず


千早ぶる神なび山のならの葉を雪ふりさけて手折る山人




基俊

堀川院に百首の歌奉りける時


奧山の松の葉志ろきふる雪は人だのめなる花にぞ有ける




入道前太政大臣

建保六年内裏の歌合に冬の歌


爪木こる山路も今やたえぬらむ里だにふかき今朝の白雪




參議雅經


かり衣すそ野もふかしはしたかのとかへる山の峯の白雪




兵部卿成實

關白左大臣の家の百首の歌よみ侍りけるに雪の歌


はし鷹のとかへる山の雪の内にそれともみえぬ峯の椎柴




中宮大夫通方

古溪雪をよみ侍りける


谷ふかみ雪のふる道跡たえてつもれる年を志る人ぞなき




前關白

家の歌合に暮山雪といへる心を


くれやすき日影も雪もひさにふる三室の山の松の下をれ




嘉陽門院越前

歌合に寒夜爐火といへる心を


板間より袖に志らるゝ山おろしにあらはれ渡る埋火の影




藤原隆信朝臣

後京極攝政の家の歌合に


いかなれば冬に志られぬ色乍ら松しも風の烈しかるらむ




鎌倉右大臣

題志らず


ものゝふの八十氏川を行く水の流れてはやき年の暮かな




入道二品親王道助

五十首の歌よませ侍りける時惜歳暮といふ心を


とゞめばや流れてはやき年なみのよどまぬ水は柵もなし




正三位家隆


つらかりし袖の別のそれならで惜むをいそぐ年の暮かな




如願法師


飛鳥川かはる淵瀬もある物をせくかた志らぬ年の暮かな




大納言師氏

題志らず


百敷の大宮人もむれゐつゝ去年とやけふを明日は語らむ




貫之


ふる雪を空に幣とぞ手向つる春のさかひに年のこゆれば




新勅撰和歌集卷第七
賀歌

前關白

貞永元年六月きさいの宮の御方にて始めて鶴契遐年といふ題を講ぜられ侍りけるに


鶴の子の又やしは子の末までも古き例をわが世とやみむ




關白左大臣


久方の天とぶ鶴の契りおきし千代の例の今日にもある哉




周防内侍

寛治八年八月高陽院の家の歌合に、月の歌


常よりも三笠の山の月かげの光さしそふあめのしたかな




藤原行家朝臣

祝の心をよめる


天のした久しき御代の志るしには三笠の山の榊をぞさす




後法性寺入道前關白太政大臣

百首の歌よませ侍りける時、祝の歌


八千代へむ君がためとや玉椿はがへをすべき程は定めじ




太宰大貳重家


席田に群居る田鶴の千世もみな君が齡にしかじとぞ思ふ




富家入道前關白太政大臣

堀川院の御時竹不改色といへる心をよませ給うけるに


色變へぬ竹のけしきにしるき哉萬代ふべき君がよはひは




藤原長能

長徳五年左大臣の家の歌合に


君が世の千年の松の深みどりさわがぬ水に影はみえつゝ




實方朝臣

題志らず


枝かはす春日の原の姫小松いのるこゝろは神ぞ志るらむ




清原元輔

天徳二年右大臣の五十賀の屏風


我宿の千代のかは竹ふし遠みさも行末のはるかなるかな




中納言兼輔

勅使にて齋宮に參りてよみ侍りける


呉竹のよゝの都と聞くからに君は千年のうたがひもなし




公忠朝臣

一品康子内親王裳き侍りけるに


皆人のいかでと思ふ萬代のためしと君をいのる今日かな




中納言朝忠

天暦の御時御子たちの袴き侍りけるに


大原や小鹽の小松葉を志げみいとゞ千年の影とならなむ




讀人志らず

題志らず


嬉しさを昔は袖に包みけり今夜は身にもあまりぬるかな




權中納言顯基

長元六年關白志ら川にて子日志侍りけるに


千とせまで色やまさらむ君がため祝ひそめつる松の緑は




大炊御門左大臣

永治二年崇徳院攝政の法性寺の家にわたらせ給うて松契千年といへる心をよませ給うけるに


移しうゑて志めゆふ宿の姫小松幾千代ふべき梢成るらむ




權中納言長方

後白川院の御時八十島の祭に住吉に罷りてよみ侍りける


神垣やいそべの松に事とはむ今日をば世々の例とやみる




權中納言兼光

仁安三年攝政閑院の家にて對松爭齡といへる心をよみ侍りける


うつし植うる松の緑も君が代もけふ社千代の始なりけれ




前左大臣

建仁三年正月松有春色といへる心ををのこどもつかうまつりにけ

常磐なる玉松が枝も春くれば千代の光やみがきそふらむ




權大僧都良算

御祈つかうまつりて思をのべ侍りける


俯して思ひ仰ぎて祈る我君の御代は千歳に限らざるべし




入道前太政大臣

老の後春の始によみ侍りける


春はまづ子日の松にあらず共ためしに我を人や引くべき




堀河右大臣

天喜四年閏三月中殿に翫新成櫻花歌


今日ぞ見るたまのうてなの櫻花のどけき春にあまる匂を




權大納言信家


常よりも春ものどけき君が代にちらぬ例の花をみるかな




前關白

寛喜元年十一月女御入内の屏風京花人家元日かきたる所


初春の花の都に松を植ゑて民の戸とめる千代ぞ志らるゝ




入道前太政大臣

江山人家柳ある所


名にしおはゞ志くや汀の玉柳いり江の浪に御舟こぐまで




正三位知家

池邊藤花


春日さす藤のしたかげ色みえてありしにまさる宿の池水




内大臣

四月山田早苗


御田やもり急ぐ早苗に同じくば千代の數とれわが君の爲




前關白

八月山野に鹿たてる所


今ぞこれ祈りしかひよ春日山思へばうれしさをしかの聲




人家翫月


わが宿の光をみても雲の上の月をぞ祈るのどかなれとは




田家西收興


年あれば秋の雲なすいな莚かり志く民のたゝぬ日ぞなき




入道前太政大臣


秋をへて君が齡のあり數にかり田の稻もちづか積むなり




小野宮右大臣

圓融院の御時中將公任と碁つかうまつりてまけわざに銀の籠に虫入れて弘徽殿に奉らせ侍りける


萬代の秋を待ちつゝ鳴きわたれ岩ほに根ざす松虫のこゑ




紫式部

九月九日從一位倫子菊の綿を給ひて老のごひすてよと侍りければ


菊の露わかゆばかりに袖ふれて花の主人に千代は讓らむ




元輔

菊をよみ侍りける


わが宿の菊の志ら露萬代の秋のためしにおきてこそみめ




康資王母


長月に匂ひそめにし菊なれば霜も久しく置けるなりけり




權大納言長家

後冷泉院の御時、殘菊映水といへる心を人々つかうまつりけるに


神無月のこるみぎはの白菊は久しき秋の志るしなりけり




大宮右大臣

承保三年大井河に行幸の日よみ侍りける


大井川ふるき御幸の流にてとなせの水も今日ぞすみける




前中納言伊房


おほ井川けふの御幸の驗にや千代に一たびすみ渡るらむ




入道前太政大臣

寛喜元年女御入内の屏風十一月江邊寒蘆鶴立


千代ふべき難波の芦のよをかさね霜のふりはの鶴の毛衣




權中納言定家

泥繪屏風石清水臨時祭


散りもせじ衣にすれるさゝ竹の大宮人のかざすさくらは




前中納言匡房

承保元年大甞會主基の歌丹波國かつらの山


久かたの月の桂の山人もとよのあかりにあひにけるかな




寛治元年悠紀の歌近江國三村の山


時雨ふる三村の山の紅葉ばはたがおりかけし錦なるらむ




宮内卿永範

仁安三年悠紀の風俗歌


天地をてらす鏡の山なればひさしかるべき影ぞみえける




正三位家衡

貞應元年悠紀の歌玉野


色々の草ばの露をおしなべて玉野のはらに月ぞみがける




權中納言頼資

同じ主基の風俗歌いはや山


ふか緑玉松が枝のちよまでもいはやの山ぞ動かざるべき




御屏風の歌いはくら山


足引のいはくら山の日影草かざすや神のみことなるらむ




讀人志らず

題志らず


月も日も變り行けどもひさにふる三室の山のとこみや所




西三條右大臣

延喜六年日本紀竟宴の歌譽田天皇


年へたる古き浮木をすてねばぞさやけき光とほく聞ゆる




貞信公

豐御食炊屋姫天皇


堤をば豊浦の宮につきそめてよゝをへぬれど水は洩さず




井手左大臣

天平十八年正月雪深くつもりて侍りけるあしたみこたち上達部ひきゐて太上天皇の中宮西院に參りて雪はらはせ侍りける御前にめして大御酒給ひける次でに奏し侍りける


ふる雪の白かみ迄に大君に仕へまつれば貴くもあるかな




聖武天皇御製

右大臣の左保の家に御幸せさせ給うける日


青丹善奈良の都の黒木もて造れる宿はをれどあかぬかも




新勅撰和歌集卷第八
羇旅歌

大納言旅人

太宰帥に侍りける時府官らひきゐて香椎の浦に遊び侍りけるによめる


いざや子等香椎のかたに白妙の袖さへぬれて朝菜摘てむ




中納言家持

越中守に侍りける時國のつかさふせの湖に遊び侍りける時よめる


ふせの海の沖津白浪あり通ひいや年のはにみつゝ忍ばむ




額田王

飛鳥川原の御時近江に御幸侍りけるによみ侍りける


秋の野に尾花かりふき宿れりし宇治の都の假庵しぞ思ふ




天皇御製

芳野宮にみゆき侍りける時


みよし野の山下風の寒けくにはたやこよひもわが獨ねむ




田原天皇御製

慶雲三年難波の宮にみゆきの日


葦邊行くかものはがひに霜ふりて寒き夕の ことをしぞ思ふ


讀人志らず

題志らず


何くにか我がやどりせむ高島のかちのゝ原に此日暮しつ





苦くもふりくる雨か三輪が崎さのゝ渡に家もあらなくに




辨基法師


待乳山夕こゑ行きていほざきのすみだ河原に獨かもねむ




大納言昇

亭子院の宮の瀧御覽じにおはしましける御供につかうまつりてひぐらし野といふ所をよみ侍りける


日暮し野行過ぎぬ共かひもあらじ紐とく妹もまたじと思へば




謙徳公

瓜生山をこえ侍るとて


行く人を止め兼てぞうりふ山峯立ちならし鹿も鳴くらむ




惠慶法師

大島の鳴門といふ所にてよみ侍りける


都にといそぐかひなく大島の灘のかけぢは鹽みちにけり




伊勢大輔

藤原惟規が越後へ下り侍りけるに遣しける


けふやさは思ひたつらむ旅衣身にはなれねど哀とぞ聞く




和泉式部

題志らず


こし方をやへの白雲隔てつゝいとゞ山路の遙かなるかな




藤原清正

みちの國へまかりける人に


かり初の別と思へどたけぐまの松に程へむ ことぞくやしき


左京大夫顯輔

宇佐の使の餞に


立ち別れ遙にいきのまつほどは千年を過す心地せむかも




道因法師

題志らず


志ぬ計けふだに歎く別路にあすは生くべき心地こそせね




入道前太政大臣

羇中曉といへる心をよみ侍りける


旅衣立つあかつきの鳥の音に露よりさきも袖はぬれけり




源家長朝臣

別の心をよみ侍りける


別路をおしあけ方の槇のとにまづさきだつは涙なりけり




藤原親繼


別れ行くかげもとまらず石清水相坂山は名のみふりつゝ




藤原兼高

土佐國に年へ侍りける時歌あまたよみ侍りけるに


曉ぞなほうきものとしられにし都を出でしありあけの空




藤原信實朝臣

權大納言忠信歌合し侍りけるに旅の戀をよめる


くれにもといはぬ別の曉をつれなく出でし旅のそらかな




前中納言匡房

旅の歌とてよみ侍りける


まだしらぬ旅の道にぞ出でにける野原篠原人に問ひつゝ




權大納言長家

宇治關白ありまの湯見にまかりける道にて秋の暮を惜む歌よみ侍りけるに


神なびの杜の方りに宿はかれ暮行く秋もさぞとまるらむ




權中納言通俊

齋宮群行のすゞかの頓宮にて旅の歌よみ侍りけるに


急く共けふはとまらむ旅寐する葦の假庵に紅葉散りけり




權大納言公實

關路曉雪といへる心をよみ侍りける


鳥の音に明けぬときけば旅衣さゆともこえむせきの白雪




皇太后宮大夫俊成

久安百首の歌奉りける旅の歌


わが思ふ人にみせばやもろ共にすみだ河原の夕ぐれの空





遙かなるあしやの沖のうきねにも夢路は近き都なりけり




後徳大寺左大臣

後法性寺入道前關白の家の百首の歌よみ侍りけるに旅の心をよみて遣しける


草まくらむすぶ夢路は都にてさむれば旅のそらぞ悲しき




後京極攝政前太政大臣

百首の歌奉りける時


うき枕風のよるべも白浪のうちぬるよひは夢をだにみず




式子内親王


荒磯の玉藻の床にかりねしてわれから袖を濡しつるかな




源師光


てる月のみち行く汐に浮寐して旅の日數ぞ思ひ志らるゝ




鎌倉右大臣

題志らず


世のなかは常にもがもな渚こぐ蜑の小船の綱手かなしも




法印幸清

入道二品親王の家に五十首の歌よみ侍りけるに、海旅


暮れぬとてとまりにかゝる夕浪の こと浦志るき海士の漁火


權中納言頼資

旅泊の心をよみ侍りける


夜を重ねうきねの數のつもれども浪路の末や猶殘るらむ




正三位知家


なみ枕夢にもみえずいもが島なにを形見の浦といふらむ




參議雅經

旅の心をよみ侍りける


たち返り又もやこえむみねの雲跡もとゞめぬ四方の嵐に




眞昭法師


月のいろもうつりにけりな旅衣すそ野の萩の花の夕づゆ




八條院高倉

都を離れて所々に詣でめぐり侍りける頃よみ侍りける


世をうしとなれし都は別れにきいづこの山を泊ともなし





白雲の八重たつ山をたづぬとも眞の道はなほやまどはむ




六條入道前太政大臣

建暦二年内裏の詩歌合羇中眺望といへる心をよみ侍りける


こえわぶる山も幾重になりぬらむ分けゆく跡を埋む白雲




前内大臣

建保二年内裏の歌合秋の歌


暮れば又わがやどりかは旅人のかち野の原の萩の下つゆ




蓮生法師

世をのがれて後修行の次でに淺香山をこえ侍りけるに昔のこと思ひ出で侍りてよみ侍りける


古の我とは志らじ淺香山みえし山井のかげにしあらねば




前大僧正慈圓

旅の心をよみ侍りける


歸りこばかさなる山の峯毎にとまる心を志をりにはせむ




禎子内親王家攝津

みちの國に下り侍りける人をおくりて粟津に泊りてよみ侍りける


東路の野路の草葉の露繁み行くもとまるも袖ぞ志をるゝ




業平朝臣

惟喬のみこの狩しけるともに日頃侍りてかへり侍りけるを猶とゞめ侍りければよみ侍りける


枕とて草引き結ぶこともせじ秋の夜とだに頼まれなくに




置始東人

難波にみゆき侍りける時よめる


大伴のたかしのはまの松がねを枕にぬれど家しおもほゆ




新勅撰和歌集卷第九
神祇歌

中納言當時

延喜六年日本紀竟宴の歌、下照姫


からごろも下照姫の妻戀ぞあめに聞ゆるたづならぬ音は




中納言維時

天慶六年内竟宴の歌、國常立尊


天の下をさむる始むすびおきて萬代迄に絶えぬなりけり




源公忠朝臣

月夜見尊


月讀の天にのぼりて闇もなく明らけき世をみるぞ樂しき




橘仲遠

天兒屋根尊


朝な/\てる日の光ます毎にこやねの尊いつかわすれむ




神樂のとりものゝ歌


さゝわけば袖社やれめとね川の石は踏む共いざ河原より





弓といへば志なゝき物を梓弓まゆみつき弓ひと品もなし




二條太皇太后宮大貳

堀河院の御時宮いでさせ給へりける時うへのをのこども參りてわざとならぬ物の音など聞え侍りけるに内の御遊に宮人うたはせ給ひけるを思ひ出でゝよみ侍りける


ゆふしでや神の宮人玉さかにもり出し夜はゝ猶ぞ戀しき




[6]A子内親王家宣旨

庚申の夜御神樂の次でに女房歌合し侍りけるに


ゆふしでゝいはふ齋の宮人は代々に枯れせぬ榊をぞとる




京極前關白太政大臣

閏三月侍りける年齋院に參りて長官めし出て女房の中に遣しける


春はなほ殘れるものを櫻花しめの内には散りはてにけり




法成寺入道前攝政太政大臣

賀茂の臨時の祭をよみ侍りける


いかなれば挿頭の花は春ながらをみの衣に霜の置くらむ




貫之

同じ心をよみ侍りける


山藍もてすれる衣のあかひもの長くぞ我は神につかふる




三條入道左大臣

道因がすゝめ侍りける廣田の社の歌合に社頭雪をよみ侍りける


山藍もてすれる衣にふる雪はかざす櫻のちるかとぞみる




兵部卿成實

臨時の祭の還立の御神樂をよみ侍りける


立ち返る雲居の月もかげそへて庭火うつろふ山あゐの袖




大納言通具

神樂をよみ侍りける


ありあけの空まだ深くおく霜に月影さゆるあさくらの聲




正三位家隆

建保三年百首の歌奉りけるに、三室山


榊とりかけし三室のます鏡そのやまの端と月もくもらず




後京極攝政前太政大臣

百首の歌よみ侍りけるに


すゞか河八十瀬白浪分けすぎて神路の山の春をみしかな





春日山もりの下道ふみ分けて幾たびなれぬさを鹿のこゑ




僧正行意

建保六年内裏の歌合の秋の歌


春日山やま高からし秋ぎりのうへにぞ鹿の聲はきこゆる




前大僧正慈圓

日吉の社垂跡の心をよみ侍りける


志賀のうらにいつゝの色の波たてゝ天くだりける古の跡





朝日さすそなたの空の光こそ山陰てらすあるじなりけれ





うけとりき憂身なりとも惑はすな御法の月の入がたの空




述懷の歌よみ侍りけるに


わが頼む神もや袖をぬらすらむはかなくおつる人の涙に




祝部成仲

社頭にて八十賀つかうまつるによみ侍りける


數ふれば八十の春になりに鳬しめの内なる花をかざして




土御門内大臣

千五百番歌合に


やほよろづ神の誓もまことには三世の佛の惠みなりけり




參議雅經

葵をよみ侍りける


かけて祈る其神山の山人と人もみあれのもろかづらせり




祝部忠成

社頭に奉りける述懷の歌


霜やたび置けど緑の榊葉にゆふしでかけて世を祈るかな




寂延法師

題志らず


紅葉ばのあけのたま垣いく秋の時雨の雨に年ふりぬらむ




賀茂重政

祝の心をよみ侍りける


かみ山の榊も松もしげりつゝ常盤かきはのいろぞ久しき




荒木田延成

述懷の歌よみ侍りけるに


やへ榊しげき惠の數そへていやとしのはに君をいのらむ




平泰時

駿河國に神拜し侍りけるにふじの宮によみて奉りける


千早ふる神代の月の冴えぬれば御手洗河も濁らざりけり




卜部兼直

寛喜三年伊勢の勅使たてられ侍りける當日まで雨はれ難く侍りけるに宣旨承りて本宮にこもりて祈請し侍りけるによみ侍りける


天津風あめのやへ雲吹き拂へ早や明らけき日の御影みむ

うまの時より雨はれ侍りにけり。




法印慶算

神樂をよみ侍りける


里かぐら嵐はるかに音づれてよその寐覺も神さびにけり




惠慶法師

題志らず


霜枯や楢の廣葉をやひらでにさすとぞ急ぐ神のみやつこ




能因法師


みづ垣にくちなし染の衣きて紅葉にまじる人やはふりこ




[6] The kanji in place of A is not available in the Shift-JIS code table. The kanji is Morohashi's kanji number 24776. Tetsuji Morohashi, ed., Dai Kan-Wa jiten (Tokyo: Taishukan shoten, 1966-68).




新勅撰和歌集卷第十
釋教歌

弘法大師

土佐國室戸といふ所にて


法性の室戸といへどわがすめば有爲の浪風よせぬ日ぞなき




空也上人

蓮露をよみ侍りける


有漏の身は草葉にかゝる露なるを頓て蓮に宿らざりけむ




大僧正行基

伊駒の山の麓にてをはりとり侍りけるに


法の月久しくもがなと思へ共さ夜更けにけり光かくしつ




千觀法師

題志らず


法の身の月は我身を照せども無明の雲のみせぬなりけり




大僧正觀修

尼の戒うけ侍りけるに


念ごろに十の戒めうけつれば五のさはりあらじとぞ思ふ




大僧都深觀

大僧正明尊山階寺の供養の導師にて草木成佛のよしとき侍りけるを聞きてあしたに遣しける


草木まで佛の種と聞きつればこのみとならむ ことも頼もし


大僧正

返し


たれも皆佛の種ぞ行はゞこのみながらもならざらめやは




錫杖の心をよみ侍りける


六のわを離れて三世の佛にはたゞ此杖にかゝりてぞなる




權大納言行成

法性寺入道前攝政の家に法花經廿八品の歌よませ侍りけるに、序品


昔みし花の色々散りかふはけふのみ法のためしなるらむ




法成寺入道前攝政太政大臣

五百弟子品


きて作る人無りせば衣手に斯る玉をも知らずやあらまし




少僧都源信

二十八品の歌よみ侍りけるに、同じ品


袖の上の玉を涙と思ひしはかけゝむ君にそはぬなりけり




京極前關白家肥後

依釋迦遺教念彌陀といふ心をよみ侍りける


教へおきて入にし月の無りせば西に心をいかでかけまし




瞻西上人

提婆品の心をよみ侍りける


法の爲になふ薪に ことよせて即てこのよをこりぞはてぬる


冷泉院太皇大后宮

觀音院に御封よせさせ給ひける時の御歌


けふたつる民の烟の絶えざらば消えて儚き跡を問はなむ




選子内親王

發心和歌集の歌 般若心經


世々をへて説きくる法はおほかれど花ぞ眞の心なりける




普賢十願請佛住世


みな人の光をあふぐ空のごと長閑にてらせ雲がくれせで




藥王品、盡是女身


まれらなる法を聞きつる道しあれば憂を限と思ひぬる哉




式子内親王

百首の歌の中に大悲代受苦の心を


けちがたき人の思に身をかへて仄かにさへや立増るらむ




皇太后宮大夫俊成

待賢門院中納言人々すゝめて法華經二十八品の歌よませ侍りけるに譬喩品、其中衆生悉是吾子の心をよめる


孤子と何歎きけむ世の中にかゝるみ法のありけるものを




隨喜功徳品


谷河の流の末をくむ人もきくはいかゞは志るしありける




美福門院極樂六時讃を繪にかゝせられ侍りてかくべき歌つかうまつりけるに虚空界をとび過ぎて觀喜國をさしてゆかむ


手折りつる花の露だにまだひぬに雲の幾重を過ぎてきぬ覽




白銀光さかりにて普賢大士來至す


白妙に月か雪かと見えつるはにしをさしける光なりけり




前大僧正慈圓

舍利報恩講といふ ことを行ひ侍りけるに

けふの法は鷲の高嶺に出でし日の隱れて後の光なりけり





さとり行く雲は高嶺に晴にけりのどかに照せ秋の夜の月




金剛界の五部をよみ侍りける佛の部


今はうへに光もあらじもち月と限るになれば一きはの空




塵點本の心をよみ侍りける


ゐる塵の積りて高くなる山の奧より出でし月をみるかな




後法性寺入道前關白太政大臣

家に百首の歌よませ侍りける時、五智の大圓鏡智の心を


曇なくみがきあらはす悟こそまどかにすめる鏡なりけれ




藤原隆信朝臣

阿含經


ありとやは風待つ程を頼むべきを鹿鳴く野に置ける白露




藤原盛方朝臣

安樂行品


山深みまことの道に入る人は法の花をや志をりにはする




法印慶忠

法華經提婆品の心を


法の爲身を志たがへし山人にかへりて道の知べをぞする




權大納言宗家

紫式部のためとて結縁經供養し侍りける所に藥草喩品をおくり侍るとて


法の雨に我もや濡れむむつまじきわか紫の草のゆかりに




八條院高倉

廿八品の歌よみ侍りけるに、壽量品


身を捨て戀ひぬ心ぞうかりける岩にも生ふる松は有世に




陀羅尼品


天津空雲のかよひ路それながら少女の姿いつかまちみむ




寂然法師

勸發品、受持佛語作禮而去


散々にわしの高嶺をおりぞ行くみ法の花を家づとにして




殷富門院大輔

[7]A王子の心をよみ侍りける

身をすつる衣かけゝる竹の葉のそよいか計悲しかりけむ




後京極攝政前太政大臣

百首の歌よみ侍りけるに、十界の歌人界


夢の世に月日儚く明け暮れて又は得難き身をいかにせむ




菩薩


秋の月もちは一夜の隔てにてかつ/\影ぞ殘るくまなき




源季廣

十二光佛の心をよみ侍りけるに、不斷光佛


月影は入る山の端もつらかりき絶えぬ光をみる由もがな




也法師

如來無邊誓願仕の心をよめる


かず志らぬ千々の蓮にすむ月を心の水にうつしてぞみる




信生法師

中道觀の心をよみ侍りける


ながむれば心の空に雲消えてむなしき跡にのこる月かげ




寂然法師

悲鳴 [8]B咽痛戀本群といへる心をよめる

立ちはなれ小萩が原に鳴く鹿は道踏みまどふ友や戀しき




寂超法師

自惟孤露の心を


とことはに頼む影なくねをぞ鳴く鶴の林の空を戀ひつゝ




法眼宗圓

十戒の歌よみ侍りけるに不殺生戒


今日よりは狩にも出づな雉子鳴く交野のみのは霜結ぶ なり


不偸盜戒


こえじ唯同じかざしの名もつらし龍田の山の夜はの白波




不慳貪戒


苔の下に朽せぬ名社悲しけれとまればそれも惜む習ひに




蓮生法師

經教如鏡の心をよめる


後の世をてらす鏡の影を見よ志らぬ翁はあふかひもなし




寂然法師

十如是の心をよみ侍りける本末究竟等


小笹原有るか無きかの一ふしに本も末葉も變らざりけり




後京極攝政前太政大臣

後法性寺入道前關白舍利講の次でに人々に十如是の歌よませ侍りけるに如是躰の心を


春の夜の烟に消えしつきかげの殘る姿も世をてらしけり




二條院讃岐

如是性


すむとても思ひも志らぬ身のうちに慕ひて殘る有明の月




殷富門院新中納言

大輔人々に十首の歌すゝめて天王寺に詣でけるによみ侍りける


とゞめける形見を見てもいとゞしく昔戀しき法の跡かな




郁芳門院安藝

天王寺の西門にてよみ侍りける


障りなくいる日をみても思ふ哉是こそ西の門出なりけれ




後白河院京極

老の後天王寺にこもり居て侍りける時物にかきつけて侍りける


西の海いり日を志たふ門出して君の都にとほざかりぬる




高辨上人

無き人の手にものかきてと申しける人に光明眞言をかきて送り侍るとて


かきつくる跡に光の輝けばくらき道にもやみは晴るらむ




何事かと申したりける人の返事に遣しける


清瀧やせゞのいはなみ高尾やま人も嵐のかぜぞ身にしむ





夢の世の現なりせばいかゞせむ覺め行程をまてば社あれ




住房の西の谷にいはほあり、定心石と名づく。松あり、繩床樹と名づく。もと二枝にして座するにたよりあり正月。雪ふる日少しひまあるほど座禪するに松の嵐はげしく吹きて墨染の袖に霰の降りつもりて侍りけるをつゝみて石の上をたつとて衣重明珠のたとひを思ひいでゝよみ侍りける


松のした巖根の苔にすみぞめの袖のあられやかけし白玉




[7] The kanji in place of A is not available in the JIS code table. The character is New Nelson 1027 or Nelson 1087.

[8] The kanji in place of B is not available in the JIS code table. The character is kanji number 3437 in Morohashi Tetsuji, ed., Dai Kan-Wa jiten (Tokyo: Taishukan shoten, 1966-68).




新勅撰和歌集卷第十一
戀歌一

讀人志らず

題志らず


夢にだにまだみぬ人の戀しきは空に志めゆふ心ち社すれ





古はありもや志けむ今ぞ志るまだみぬ人をこふる物とは





かすが山朝居る雲のおぼつかな志らぬ人にも戀ひ渡る哉





あしわかの浦にきよする白浪の志らじな君は我思ふとも





石見がた恨ぞ深き沖津なみよする玉藻にうづもるゝ身は





難波江のこやに夜更て蜑のたく忍びにだにも逢由もがな





朝な/\蜑のさをさすうら深み及ばぬ戀も我はするかな




業平朝臣

女に遣しける


いへばえにいはねば胸に騷がれて心一つに歎くころかな




權中納言敦忠

始めて人に遣しける


くも居にて雲居に見ゆる鵲の橋をわたると夢にみしかな




讀人志らず

返し


夢ならばみゆるなるらむ鵲はこの世の人のこゆる橋かは




忠義公

下臈に侍りける時本院の侍從に遣しける


色に出でゝ今ぞ知らする人志れず思ひ侘びつる深き心を




中納言朝忠

中將に侍りける時おなじ女に遣しける


いはでのみ思ふ心を志る人はありやなしやと誰かとはまし




本院侍從

返し


知る人や空になからむおもふなる心のそこの心ならでは




太宰帥敦道親王

和泉式部に遣しける


打ち出でも有りにし物を中々に苦しきまでも歎くけふ哉




和泉式部

返し


けふのまの心にかへて思やれ詠めつゝのみすぐす月日を




藤原高光

人のむすめと物語し侍りけるを女のおや聞きつけて諸共にゐあかし侍りにける旦に遣しける


戀やせむ忘やしなむぬともなくねず共なくて明しつる哉




道信朝臣

題志らず


いつまでと我世中も志らなくにかねても物を思はする哉




相摸


いかでかは天津空にもかすむべき心のうちにはれぬ思を




藤原義孝

五節の頃舞姫のさし櫛をとりて返し遣はすとて


人志れぬ心ひとつに歎つゝつげのをぐしぞさす空もなき




太宰大貳高遠

五節の所に侍りける女いみじう見えぬと申しけるあしたに日かげにつけて遣はしける


日かげさす少女の姿みてしよりうはの空なる物を社思へ




躬恒

題志らず


山陰に作るわさ田のみ隱れてほに出ぬ戀に身をや盡さむ




業平朝臣

女に遣しける


袖ぬれて蜑の苅ほす渡つみのみるをあふにて止まむとやする




讀人志らず

返し


巖間より生るみるめしつれなくば潮ひ潮滿ちかひや有りなむ




小町

題志らず


湊入の玉つくりえにこぐ船の音こそたてね君をこふれど





みるめ苅る蜑の往來の湊路に勿來の關もわが据ゑなくに




讀人志らず


いとへども猶すみの江の浦にほす網のめ繁き戀もする哉





戀ひ渡る衣の袖は潮みちてみるめかづかぬ浪ぞたちける




權大納言公實

堀河院艷書の歌を人々にめして女房のもとに遣はして返歌をめしける時よみ侍りける


年ふれどいはでくちぬる埋木のおもふ心はふりぬ戀かな




康資王母

返し


ふかゝらじみなせの河の埋木は下の戀ぢに年ふりぬとも




神祇伯顯仲

戀十首よみ侍りけるに


戀の山志げきをざゝの露分けて入そむるよりぬるゝ袖哉




待賢門院堀河

久安の百首の歌奉りけるに


斯とだにいはぬに繁き亂芦のいかなる節に知せ初めまし





袖ぬるゝ山井の清水いかでかは人め漏さで影をみるべき




皇太后宮大夫俊成


ちらばちれいはせの杜の木枯に傳へやせまし思ふ言の葉





涙河袖のみわたにわきかへり行く方もなき物をこそ思へ




清輔朝臣


おのづから行合のわせを假初にみし人故やいねがてにせむ





我戀をいはで知する由もがな漏さばなべて世にも社しれ




權大納言宗家

二條院の御時戀の歌めしけるに


人目をば包むと思ふにせきかねて袖に餘るは涙なりけり




前大納言資賢

百首の歌よみ侍りけるに忍戀の心を


思ひやる方こそなけれおさふれど包む人めにあまる涙は




後法性寺入道前關白太政大臣

[9] 家に首の歌よみ侍りけるに

紅の涙を袖にせきかねてけふぞおもひのいろにいでぬる




皇嘉門院別當


思河岩間によどむ水ぐきをかきながすにも袖はぬれける




宜秋門院丹後


袖の上の涙ぞ今はつらからぬ人にしらるゝ始めと思へば




皇太后宮大夫俊成

戀の歌よみ侍りけるに


みしめ引く卯月のいみをさす日より心にかゝる葵草かな




刑部卿頼輔歌合し侍りけるによみて遣しける忍戀の歌


いかにしてしるべなく共尋ねみむ忍ぶの山のおくの通路




西行法師

題志らず


東路や忍のさとにやすらひて勿來の關をこえぞわづらふ




正三位家隆


人しれず忍ぶの浦にやく鹽の我が名はまだき立つ煙かな




宜秋門院丹後

百首の歌奉りける戀の歌


いはぬまは心ひとつにさはがれて煙も浪も胸にこそたて




源師光


我心いかなる色に出でぬらむまだみぬ人を思ひそめつゝ




權中納言定家


松が根をいそべの浪の打つたへに顯れぬべき袖の上かな




前中納言匡房

堀河院に百首の歌奉りける時忍戀


春くれば雪の下草したにのみ萠出づる戀を知る人ぞなき




藤原仲實朝臣


逢事のかた野のをのゝしの薄ほに出ぬ戀は苦しかりけり




基俊


浪まより明石の浦に漕く船のほには出ずも戀ひ渡るかな




清輔朝臣

久安百首の歌奉りけるに、戀の歌


年ふれどしるしも見えぬ我戀や常磐の山の時雨なるらむ




大納言通具

題志らず


人しれず思ひそめつゝ知らせばや秋の木の葉の露計だに




寂蓮法師


紅の千しほもあかず三室山いろに出づべき言の葉もがな




參議雅經


まさきちる山の霰の玉かづらかけし心やいろに出づらむ




右衛門督爲家


奧山の日蔭の露の玉かづら人こそしらねかけてこふれど




御製

うへのをのこども未見戀といへる心をつかうまつりける次でに


山の端を分出づる月のはつかにも見て社人は人を戀ふなれ




大納言實家

戀の歌よみ侍りけるに


踏みそむる戀路の末にあるものは人の心の岩木なりけり




正三位經家


筑波山端山しげやま尋ねみむ戀にまされる歎きありやと




入道前太政大臣

入道二品親王の家の五十首の歌よみ侍りけるに寄烟戀


富士の根の空にや今はまがへまし我身にけたぬ空し煙を




前關白

百首の歌よみ侍りけるに、忍戀


我戀のもえて空にも紛ひなばふじの烟といづれたかけむ




關白左大臣


わが戀は涙を袖にせきとめて枕のほかにしるひともなし




八條院六條

題志らず


わが床の枕もいかに思ふらむ涙かゝらぬ夜半しなければ




二條院讃岐

千五百番歌合に


蛙なく神なび河に咲く花のいはぬいろをも人のとへかし




殷富門院大輔

戀の歌よみ侍りけるに


打ち忍び落つる涙の白玉のもれこぼれても散りぬべき哉




權大納言家良


忍びかね涙の玉の緒をたえて戀のみだれぞ袖にみえ行く




正三位家隆

前關白の家の歌合に寄絲戀


誰が爲に人のかた糸より懸て我玉のをの絶えむとすらむ




後京極攝政前太政大臣

家の歌合に


芳野川はやき流をせく岩のつれなき中に身をくだくらむ




藤原頼氏朝臣

戀の歌あまたよみ侍りけるに


つれなさの例はありと吉野川いはとがしはをあらふ白浪




藤原盛方朝臣

前參議經盛歌合し侍りけるに


隅田河せぎりに結ぶ水の泡のあはれ何しに思ひそめけむ




法性寺入道前關白家三河

左京大夫顯輔の家の歌合に


人志れず音をのみなけばころも河袖の柵せかぬ日ぞなき




源有房朝臣

平經正朝臣の歌合侍りけるに、戀の歌


涙河そでの柵かけとめてあはぬうき名をながさずもがな




道因法師


つらきにも憂にも落つる涙河いづれの方か淵瀬なるらむ




平重時

題志らず


こがれ行く思をけたぬ涙河いかなるなみの袖ぬらすらむ




如願法師

百首の歌奉りけるに、戀の歌


山河の石まの水のうすごほりわれのみ下にむせぶ頃かな




權大納言忠信

建保六年内裏の歌合に、戀の歌


卷向のあなしの河のかは風になびく玉藻の亂れてぞ思ふ




侍從具定母

題志らず


流れての名をさへ忍ぶ思川あはでも消えね瀬々のうたかた




正三位家隆


思川みをはや乍ら水の泡の消えてもあはむ浪のまもがな




權中納言長方

戀の心をよみ侍りける


落ちたぎつ早瀬の河も岩ふれて志ばしは淀む涙ともがな




皇太后宮大夫俊成


世とともに絶えずも落つる涙かな人は哀れもかけぬ袂に




[9] SKT reads 家に百首の歌.




新勅撰和歌集卷第十二
戀歌二

讀人志らず

寛平の御時きさいの宮の歌合の歌


夏虫にあらぬ我身のつれもなく人を思ひにもゆる頃かな





夏草の志げき思はかやり火の下にのみこそもえ渡りけれ





年をへてもゆてふ富士の山よりも逢はぬ思は我ぞ勝れる




清愼公

下臈に侍りける時女に遣しける


誰にかは數多思もつけそめし君より又は知らずぞ有ける




伊勢

題志らず


山河の霞へだてゝ仄かにもみしばかりにや戀しかるらむ





み山木の陰の小草は我なれや露しげゝれど知る人もなき




謙徳公

女をみて遣しける


譬ふれば露も久しき世の中にいとかく物を思はずもがな




とばりあげの女王

返し


明るまも久してふなる露の世は假にも人を知じとぞ思ふ




東三條入道攝政太政大臣

神無月のついたちに女に遣しける


歎きつゝ返す衣の露けきにいとゞ空さへ時雨れそふらむ




本院侍從

題志らず


にはたづみ行方志らぬ物思にはかなき泡の消えぬべき哉




道信朝臣


年をへてもの思ふ人の唐衣袖やなみだのとまりなるらむ




讀人志らず


かた糸もてぬきたる玉の緒を弱み亂や志なむ人の知べく





戀侘びぬ蜑の刈藻に宿るてふ我から身をも碎きつるかな





筏おろす杣山河のみなれ棹さしてくれどもあはぬ君かな





宮木引く泉の杣に立つ民のやむ時もなく戀ひわたるかな





遠つ人かりぢの池にすむ鴦の立ても居ても君をしぞ思ふ





朝柏ぬるや河べの志のゝめの思ひてぬれば夢に見えつゝ





さを鹿の朝ふすをのゝ草若み隱ろへかねて人に志らるな





白山の雪のした草われなれや下にもえつゝ年のへぬらむ




廣河女王


戀草をちから車になゝくるまつみて戀ふらくわが心から




九條右大臣


富士の嶺に烟たえずと聞きしかど我が思ひには立後れ鳬




權中納言敦忠

無き名たち侍りける女に遣しける


鹽たるゝ海士の濡衣同じ名を思ひかへさできる由もがな




右近大將道綱

つれなかりける女に遣しける


さ衣のつまも結ばぬ玉緒の絶えみ絶えずみ世をや盡さむ




讀人志らず

題志らず


相坂の名をば頼みてこしか共隔つる關のつらくもある哉





君に逢はむ其日をいつと松の木の苔の亂れて物をこそ思へ





いかばかりもの思ふ時の涙河からくれなゐに袖の濡る覽




秋と契りて侍りけるにえ逢ふまじき故侍りければ業平朝臣に遣しける


秋かけて云し乍もあらなくに木葉降敷くえに社ありけれ




修理

兵部卿元良親王ふみ遣しける返しによみ侍りける


たがく共何にかはせむ呉竹の一夜二夜のあだのふしをば




堀河院中宮上總

堀河院、の女房の艷書をめしけるによみ侍りける


つらし共いさやいかゞは石清水逢瀬まだきにたゆる心は




大納言俊實

返し


世々ふともたえじとぞ思ふ神垣や岩ねをくゞる水の心は




大炊御門右大臣

久安百首の歌奉りける、戀の歌


[10]逢見てしが




左京大夫顯輔


年ふともなほ岩代の結び松とけぬものゆゑ人もこそ知れ




權中納言國信

堀河院に百首の歌奉りける時


くりかへし天てる神の宮柱たてかふるまで逢はぬ君かな




藤原爲忠朝臣

戀の歌よみ侍りけるに


住吉の千木のかたそぎ我なれや逢はぬ物故年をへぬらむ




入道前太政大臣

建仁元年八月歌合に、久戀


待ちわびて三年も過ぐる床の上に猶かはらぬは涙なり鳬




御製

うへのをのこども忍久戀といへる心をつかうまつりける次でに


よそにのみ思ひふりにし年月の空しき數ぞ積るかひなき




權中納言定家

建保五年四月庚申久戀といへる心をよみ侍りける


戀死なぬ身のをこたりぞ年へぬるあらば逢夜の心強さよ




參議雅經


つれなしと誰をかいはむ高砂の松もいとふも年は經に鳬




源有長朝臣

建保三年内大臣の家の百首の歌よみ侍りけるに名所戀といへる心をよめる


高砂の尾上にみゆる松のはの我もつれなく人を戀ひつゝ




源家長朝臣

庚申久戀歌


いたづらにいく年波の越えぬらむ頼めかおきし末の松山




如願法師


あだにみし人の心のゆふ襷さのみはいかゞかけて頼まむ




殷富門院大輔

題志らず


逢見てもさらぬ別のある物をつれなしとても何歎くらむ




崇徳院御製

百首の歌めしける時


愚にぞ言の葉ならばなりぬべき云でや君に袖をみせまし





さきの世の契ありけむと計も身をかへて社人に知られめ




權大納言隆季


相坂のせきの關守こゝろあれや岩間の清水影をだにみむ




典侍因子

前關白の家の歌合に寄鳥戀といへる心をよみ侍りける


よそにのみゆふつけ鳥の音をぞ鳴く其名も知らぬ關の往來に




殷富門院大輔

戀の歌よみ侍りけるに


また越えぬ相坂山の石清水むすばぬ袖を志ぼるものかは




中宮少將


いかにせむ戀路のすゑに關すゑてゆけども遠き相坂の山




祝部成茂


逢坂の山は往來の道なれどゆるさぬ關はそのかひもなし




勝命法師

賀茂重保社頭にて歌合し侍りけるに戀の心をよめる


戀路にはたが据ゑ置きし關なれば思ふ心を徹さゞるらむ




藤原伊經朝臣


戀路にはまづ先に立つ我涙思ひかへらむ志るべともなれ




權中納長方

題志らず


伊勢の海をふの恨を重ねつゝ逢事なしの身をいかにせむ




寂蓮法師


をふの海の思はぬ浦にこす鹽のさてもあやなく立つ烟哉




參議雅經

入道二品親王の家の五十首の歌、寄烟戀


恨みじな難波のみつに立つ烟心からやくあまの藻しほ火




正三位知家


恨みてもわが身のかたにやく鹽の思ひは志るく立つ煙哉




源家長朝臣

關白左大臣の家の百首の歌、忍戀


志らせばや思ひ入江の玉がしは舟さす棹の下にこがると




藤原行能朝臣

戀の歌よみ侍りけるに


數ならぬ三島がくれにこぐ船の跡なきものは思なりけり




寂蓮法師


春霞たなゝし小船いり江こぐ音にのみ聞く人を戀ひつゝ




殷富門院大輔


憂かりけるよさの浦浪懸てのみ思ふにぬるゝ袖をみせばや




皇太后宮大夫俊成

崇徳院の御時うへのをのこども忍戀の歌つかうまつりけるに


わが戀は浪こすいその濱楸しづみ果つれど知る人もなし




權中納言國信

堀河院の御時殿上にて題を探りて十首の歌よみ侍りけるに鹽がまをよみ侍りける


恨むとも君は知じな須磨の浦にやく鹽がまの煙ならねば




後法性寺入道前關白太政大臣

家百首の歌よみ侍りけるに不遇戀の心を


我戀はあはでの浦のうつせ貝むなしくのみもぬるゝ袖哉




入道前太政大臣

百首の歌奉りける時、戀の歌


石見がた人の心は思ふにもよらぬ玉藻のみだれかねつゝ




高松院右衞門佐

後京極攝政の家に百首の歌よませ侍りけるに、戀の歌


磯菜つむ蜑の志るべを尋ねつゝ君をみるめにうく涙かな




藤原隆信朝臣


よと共にかわくまもなきわが袖や汐ひもわかぬ浪の下草




正三位家隆

題志らず


春の浪のいり江に迷ふ初草のはつかに見えし人ぞ戀しき




前大納言隆房

女に遣しける


人しれぬ憂身に志げき思草おもへば君ぞたねは蒔きける




左近中將公衡

女のゆかりを尋ねて遣しける


傳へてもいかに知らせむ同じ野の尾花が本の草の縁りに




前中納言國道

題を探りて歌よみ侍りけるに思草をよめる


下にのみいはでふる野の思草靡く尾花はほに出づれども




藤原頼氏朝臣

戀の心をよみ侍りける


さしも草もゆる伊吹の山のはのいつ共わかぬ心なりけり




關白左大臣

百首の歌よみ侍りけるに、不遇戀


いつまでかつれなき中の思草むすばぬ袖に露をかくべき




入道前太政大臣

百首の歌奉りける時、戀の歌


逢ふ迄と草を冬野に踏みからし往來の道の果を知らばや




參議雅經


み芳野のみくまが菅をかりにだにみぬ物からや思亂れむ





消えぬとも淺茅が上の露しあらば猶思ひ置く色や殘らむ




正三位知家

建保六年内裏の歌合、戀の歌


人目もるわが通路の志の薄いつとか待たむ秋のさかりを




[10] SKT reads あひ見てしかな.




新勅撰和歌集卷第十三
戀歌三

實方朝臣

今日と頼めける女に遣しける


大井河ゐせきに淀む水なれやけふ暮がたき歎きをぞする




[11]郁芳門院安藝

女に遣しける人に代りてよみ侍りける


こえばやな東路ときくひたち帶のか ごとばかりの相坂の關


崇徳院御製

百首の歌めしける時


戀ひ/\て頼むるけふの呉機織あや憎に待つ程ぞ久しき




皇太后宮大夫俊成

後法性寺入道前關白の家に百首の歌よみ侍りける初遇戀


思侘び命たへずばいかにして今日と頼むる暮を待たまし




皇嘉門院別當


嬉しきもつらきも同じ涙にて逢夜も袖はなほぞかわかぬ




基俊

法性寺入道前關白の家の歌合に


かつみれど猶ぞ戀しき我妹子がゆつの妻櫛いかゞさゝまし




謙徳公

題志らず


悲しきも哀もたぐひ多かるを人にふるさぬ言の葉もがな




京極前關白家肥後


人目もる山井の清水結びても猶あかなくにぬるゝ袖かな




土御門内大臣

後朝の心を


きぬ%\になる共きかぬ鳥だにも明行く程ぞ聲も惜まぬ




八條院高倉


逢事を又は待つ夜もなきものを哀もしらぬ鳥のこゑかな




關白左大臣

家に百首の歌よませ侍りけるに


名にしおはぬ木綿附鳥の鳴き初てあくる別の聲も恨めし




中宮少將


己がねにつらき別はありとだに思もしらで鳥や鳴くらむ




源有長朝臣


歸るさをおのれ恨みぬ鳥の音も鳴きてぞつぐる明方の空




權大納言家良

戀の歌よみ侍りける中に


うかりけるたが逢事の習ひよりゆふ付鳥の音に別れけむ




相摸

有明の頃ものごしにあひたる人に遣しける


明方に出でにし月も入りぬらむ猶なか空の雲ぞみだるゝ




讀人志らず

陽成院の歌合に


をしと思ふいのちにかへて曉の別の道をいかでとゞめむ




題志らず


明けぬとて千鳥しば鳴く白妙の君が手枕未だあかなくに




後京極攝政前太政大臣

家の歌合に


わすれじの契をたのむ別かな空行く月のすゑをかぞへて




鎌倉右大臣

曉戀の心をよみ侍りけるに


狹莚に露のはかなく置きていなば曉ごとに消えや渡らむ




八條院高倉

戀の歌よみ侍りけるに


忘れじのたゞ一言を形見にて行くもとまるもぬるゝ袖哉




内大臣


なほざりの袖の別の一言をはかなくたのむ今日の暮かな




權大納言忠信


契りおくしらぬ命をうらみても曉かけてねをのみぞ鳴く




左近中將基良


今はとて別れしまゝの鳥の音を忘れがたみの東雲のそら




中宮少將

前關白の家の歌合に寄鳥戀といへる心をよみ侍りける


あかつきのゆふ付鳥も白露のおきて悲しき例しにぞ鳴く




侍從具定母

千五百番歌合に


暮れなばと頼めても猶朝露のおきあへぬ床に消えぬべき哉




京極前關白家肥後

堀河院に百首の歌奉りける時、後朝戀


杣河の瀬々の白浪よるながら明けずば何か暮を待たまし




皇太后宮大夫俊成

後法性寺入道前關白の家の百首の歌


となせ河岩間にたゝむ筏士や浪にぬれても暮をまつらむ




太宰大貳重家

二條院に百首の歌奉りける時、後朝戀


逢見てもかへる旦の露けさは笹分けし袖に劣りしもせじ




源家長朝臣

關白左大臣の家の百首の歌、後朝戀


きぬ%\のつらき例にたれなりて袖の別を許し初めけむ




法印幸清

別戀といふ心をよめる


逢坂のゆふ付鳥も別路を憂きものとてや鳴きはじめけむ




藤原隆祐

懇切戀といふ心をよみ侍りける


いかにせむ暮を待つべき命だに猶頼まれぬ身を歎きつゝ




西行法師

題志らず


消返り暮待つ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども




讀人志らず


現とも夢ともなくて明けにけり今朝の思はたれ勝るらむ




權大納言實國


現とも夢ともたれか定むべき世ひともしらぬ今朝の別は




謙徳公

女の許より歸りて遣しける


露よりもいかなる身とかなりぬ覽置所なき今朝の心地は




伊勢

題志らず


逢見ても包む思の悲しきは人まにのみぞ音はなかれける




中納言兼輔


東雲の明くれば君は忘れけりいつともわかぬ我ぞ悲しき




源宗于朝臣


白露の置くを待つ間の朝顏はみずぞ中々あるべかりける




業平朝臣

女の [12]許まり歸りて遣しける

我ならで下ひもとくな朝顏の夕影またぬ花にはありとも




延喜御製

題志らず


あかでのみふれば なり鳬逢はぬよも逢夜も人を哀とぞ思ふ


太宰帥敦道親王

朝に遣しける


戀といへばよの常のとや思ふらむ今朝の心は類だになし




和泉式部

返し


世の常の ことともさらに思ほえず始めて物を思ふ身なれば


[13]

題志らず


夢にだにみで明しつる曉の戀こそこひのかぎりなりけれ




謙徳公


鳥の音にいそぎ出でにし月影の殘おほくて明けし空かな




後京極攝政前太政大臣

家の歌合に、夜戀の心を


みし人の寐くたれ髮の面影に涙かきやる小夜の手まくら




大藏卿有家

晝戀


雲となり雨となるてふ中空の夢にも見えよ夜ならずとも




中納言親宗

戀の歌とてよみ侍りける


轉寐のはかなき夢の覺めしより夕の雨をみるぞかなしき




小侍從

後京極攝政の家の百首の歌よみ侍りけるに


雲となり雨と成ても身に添はゞ空しき空を形見とやみむ





いかなりし時ぞや夢にみし ことは其さへに社忘られにけれ


從三位頼政

戀の歌とてよみ侍りける


君こふと夢のうちにもなく涙覺めての後もえこそ乾かね




清輔朝臣


いかにして覺めし名殘の儚さぞ又も見ざりし夜はの夢哉




堀河

久安百首の歌奉りける戀の歌


夢の ごと見しは人にも語らぬにいかにちがへて逢はぬ成覽


前關白

百首の歌奉りける戀の歌


見るとなき闇の現にあくがれて打寢る中の夢や絶えなむ




權大納言忠信


わが心やみの現はかひもなし夢をぞ頼む暮るゝ夜ごとに




藤原永光

題志らず


さりともと頼むもかなしうば玉のやみの現の契ばかりを




藤原隆信朝臣

師光歌合し侍りけるに戀の心をよめる


戀死なむ後の浮世は知らね共生きてかひなき物は思はじ




俊惠法師

後法性寺入道前關白家の百首の歌


曉の鳥ぞ思へばはづかしきひと夜ばかりに何いとひけむ




讀人志らず

題志らず


玉の緒の絶えて短き夏の夜の夜半になる迄待つ人のこぬ




二條院皇太后宮常陸


問へかしな怪しき程の夕暮のあはれすぐさぬ情ばかりに




建禮門院右京大夫


忘れじの契たがはぬ世なりせば頼みやせまし君がひと言




高松院右衛門佐

内にさぶらひける人の今夜は必ずと申しける返事に遣しける


是も亦僞ぞとは知りながら懲りずや今日の暮を待たまし




中宮少將

戀の歌よみ侍りけるに


僞とおもひとられぬ夕こそはかなきものゝ悲しかりけれ




後京極攝政前太政大臣

百首の歌めされける時


涙せく袖に思やあまるらむながむる空もいろかはるまで





浮舟のたよりも志らぬ浪路にもみし俤の絶えぬ日ぞなき




式子内親王


我妹子が玉藻の床による浪のよるとはなしにほさぬ袖哉




前内大臣

建保六年内裏の歌合の戀の歌


松島やわが身のかたに燒く鹽の烟のすゑをとふ人もがな




權中納言定家


來ぬ人を松尾の浦の夕なぎに燒くや藻鹽の身も焦れつゝ




權中納言長方

題志らず


戀をのみすまの汐干に玉藻刈る餘りにうたて袖な濡しそ




正三位家隆


心からわが身こす浪うきしづみ恨みてぞふる八重の汐風




平忠度朝臣


頼めつゝ來ぬ夜積りの恨みても待つより外の慰めぞなき




源家長朝臣


漕ぎかへる袖の湊のあま小舟里の志るべを誰かをしへし




眞昭法師


石見潟なみ路隔てゝ行く船のよそにこがるゝ蜑の藻鹽火




正三位家衡

百首の歌奉りけるに二見の浦をよみ侍りける


我戀は逢夜も志らず二見がた明けくれ袖に浪ぞかけゝる




鎌倉右大臣

題志らず


志らま弓いそべの山の松の色の常盤にものを思ふ頃かな




前關白

内大臣に侍りける時家に百首の歌よみ侍りけるに名所戀といふ心を


わくらばに相坂山のさね葛くるを絶えずと誰かたのまむ





むさし野や人の心のあさ露につらぬきとめぬ袖のしら玉




權中納言定家


暮るゝ夜は衞士のたく火を其とみよ室の八島も都ならねば




正三位家隆


岩の上に波こすあへの島津鳥憂名にぬれて戀つゝぞふる




[11] SKT assigns number 786 to this poem.

[12] SKT reads もとより.

[13] SKT assigns number 827 to this poem.




新勅撰和歌集卷第十四
戀歌四

柿本人丸

題志らず


夕されば君きまさむと待し夜の名殘ぞ今も寢がてにする





足引の山下かぜは吹かねども君がこぬ夜はかねて寒しも




小野小町


來ぬ人を待つと詠めて我宿のなどかこの暮悲しかるらむ





頼まじと思はむ迚はいかゞせむ夢より外に逢夜なければ




在原滋春


忘れなむと思ふ心の悲きは憂もうからぬ物にぞありける




讀人志らず


さり共と思ふ覽こそ悲けれ有るにもあらぬ身を知ずして




謙徳公

女に遣しける


思へばや下ゆふ紐のとけつらむ我をば人の戀しものゆゑ




延喜御製

題志らず


しぐれつゝ色増りゆく草よりも人の心ぞ枯れにけらしな




九條右大臣


むさし野の野中をわけて摘みそめし若紫の色はかぎりか




讀人志らず


梓弓末野の原にとかりする君がゆづるのたえむと思へや





あづさ弓引きみひかずみ昔より心は君によりにしものを





伊勢の蜑の朝な夕なに潜くてふあはびの貝の片思ひして





ゆふだゝみ志ら月山のさね葛のちも必ず逢はむとぞ思ふ





逢坂の關は夜こそ守り増れ暮るゝをなどてわれ頼むらむ




兵部卿元良親王

女に遣しける


淺くこそ人は見るとも關河のたゆる心はあらじとぞ思ふ




平中興女

返し


關川の岩間をくゞる水を淺み絶えぬべくのみ見ゆる心を




讀人志らず

題志らず


櫻あさのをふの下草露しあらば明してゆかむ親は志る共





露霜の上とも志らじ武蔵野の我はゆかりの草葉ならねば





今はとて忘るゝ草のたねをだに人の心にまかせずもがな




人丸


玉鉾の道行きつかれいな莚志きても人をみるよしもがな




讀人志らず


夕されば道たど/\し月待ちて歸れ我背子其間にもみむ




額田王


君待つとわが戀ひをれば我宿の簾うごかし秋かぜぞ吹く




壬生忠岑


脆く共いざ白露に身をなして君があたりの草に消えなむ




躬恒


侘びぬれば今はとものを思へども心志らぬは涙なりけり




采女明日番

采女まちにて右近のつかさのざうしにまかり出づる人を待ち侍りけるに行き過きながら立ち寄らざりければ

三笠山きてもとはれぬ道のべにつらき行手の影ぞ強面き




右近

后宮の御方に候ひける時里にいで侍るとて九條右大臣頭少將に侍りけるに遣しける


逢見ずば契りし程に思出よそへつる玉を身にもはなたで




式部卿敦慶親王家大和

清愼公少將に侍りける時遣しける


戀しさの外に心のあらばこそ人のわするゝ身をも恨みめ




孚子内親王

忍びてもの思ひ侍りける時


露しげき草の袂をまくらにて君まつ虫の音をのみぞ鳴く




中務


身の上も人の心も志らぬまは ことぞ共なき音をのみぞ鳴く



ありしより亂れ増りて蜑のかる物思ふ身共君は知らじな




二條太皇太后宮大貳

題志らず


風吹けば空にたゞよふ雲よりもうきて亂るゝわが心かな





あらじかし此世の外を尋ぬとも泪の袖にかゝるたぐひは




周防内侍

堀河院に艷書の歌めしける時


人志れぬ袖ぞ露けき逢事のかれのみまさる山のかげぐさ




大納言忠教

返し


奥山の下陰草はかれやする軒端にのみはおのれなりつゝ




權中納言俊忠

同じ艷書とてよみ侍りける


三島江のかりそめにさへ眞菰草ゆふ手に餘る戀もする哉




前關白

百首の歌よみ侍りける名所戀


涙河みなわを袖にせきかねて人のうきせに朽やはてなむ





うしと思ふ物からぬるゝ袖のうら左みぎにも浪や立つ覽




侍從具定母

題志らず


ほし侘びぬ蜑の刈藻に鹽たれて我から濡るゝ袖のうら浪




前大納言隆房


蜑の刈るみるを逢ふにてありしだに今は渚によせぬ浪哉




宜秋門院丹後

後法性寺入道前關白の家の百首の歌よみ侍りけるに


みるまゝに人の心は軒端にて我のみ志げるわすれ草かな




俊惠法師


忘るなよ忘れじとこそ頼めしか我やはいひし君ぞ契りし




二條院讃岐

逢不遇戀の心を


目の前にかはる心を志ら露のきえばともにと何思ひけむ




入道前太政大臣

題志らず


忘るなよ消えばともにと云ひ置きし末野の草に結ぶ白露




鎌倉右大臣


我戀はあはでふる野の小笹原いく夜迄とか霜の置くらむ




前大納言隆房


辿りつゝわくる袂にかけてけり行きもならはぬ道芝の露




寂蓮法師


花薄ほにだに戀ひぬ我中の霜おくのべとなりにけるかな




藤原行能朝臣


長月の時雨にぬれぬ言の葉もかはるならひの色ぞ悲しき




宮内卿


問へかしなしぐるゝ袖の色に出て人の心の秋になる身を




八條院高倉


吹くからに身にぞ志みける君はさは我をや秋の木枯の風




俊惠法師


我妹子をかた待つ宵の秋風は荻の上葉をよきて吹かなむ




入道前太政大臣

秋戀といふ心をよみ侍りける


萩のうへの雁の涙をかこつとも戀に色こき袖やみゆらむ





紅葉せぬ山にもいろやあらはれむ時雨にまさる戀の涙を




内大臣


諸人の袖まで染めよ立田姫よその千入をたぐひともみむ




侍從具定母

題志らず


なれ/\て秋に扇をおく露のいろもうらめし閨の月かげ




中宮但馬


月草のうつろふ色の深ければ人のこゝろの花ぞ志をるゝ




藤原教雅朝臣


おもかげはなほ有明の月草に濡れてうつろふ袖のあさ露




藤原資季朝臣


白妙の我衣手をかたしきてひとりや寐なむ妹を戀ひつゝ




民部卿成範

戀の歌あまたよみ侍りけるに


思ひきやまだうら若き初草の秋をも待たで枯れむ物とは




侍從具定母


問へかしな淺茅吹きこす秋風にひとりくだくる露の枕を




法印幸清


よしさらば茂りもはてねあだ人のまれなる跡の庭の蓬生




寂蓮法師


恨みわび思ひたえてもやみなましなに俤の忘れがたみぞ




俊惠法師


死なばやと仇にも云はじ後の世は俤だにも添はじと思へば




左近中將公衡


契りしにかはる恨も忘られてその面影はなほとまるかな




前大納言忠良


世のうさや聞えこざらむ面影は巖の中におくれ志もせじ




みあれの宣旨

題志らず


大空に戀しき人も宿らなむながむるをだに形見と思はむ




和泉式部


見えもせむ見もせむ人を朝毎におきては向ふ鏡ともがな





塵のゐる物と枕はなりにけり何のためにか打ちも拂はむ




權中納言定頼母

九條太政大臣中將に侍りける時たえ侍りて後枕に松かきたるを見侍りて


心には忍ぶと思ふを志きたへの枕にてこそ松は見えけれ




藤原恒興女

亭子院に奉りける


わくらばにまれなる人の手枕は夢かとのみぞ誤たれける




藤原高光

女に遣しける


片時も忘れやはするつらかりし心の更にたぐひなければ




藤原惟成

題志らず


かたしきの衣をせばみ亂れつゝ猶つゝまれぬ袖のしら玉




和泉式部


逢事を玉緒にする身にしあれば絶ゆるをいかゞ哀と思はむ





緒を弱み亂れて落つる玉とこそ涙も人の目には見ゆらめ




讀人志らず


逢ふことを今は限と思へども涙はたえぬ物にぞありける





よしさらば戀しき ことを忍びみて耐へずは耐ぬ命と思はむ



梓弓ひきつのべなるなのりそのたれ憂物と知せそめけむ





別れての後ぞ悲しき涙河そこもあらはになりぬと思へば





にほ鳥の沖中河はたえぬとも君に語らふこと盡きめやは





行く船の跡なき浪にまじりなば誰かは水の泡とだに見む





立ちて思ひ居てもぞ思ふ紅のあか裳たれひきいにし姿を





呉竹のしげくも物を思ふかな一夜へだつる節のつらさに




新勅撰和歌集卷第十五
戀歌五

業平朝臣

みちの國に罷りて女に遣しける


忍ぶ山しのびてかよふ道もがな人の心のおくも見るべく




謙徳公

頭中將に侍りける時忍ぶ草の紅葉したるを文の中に入れて女の許に遣しける


戀しきを人にはいはでしのぶ草忍ぶに餘る色を見よかし




讀人志らず

返し


いはで思ふ程にあまらば忍草いとゞひさしの露や滋らむ




題志らず


君みずて程の古屋のひさしには逢事なしの草ぞ生ひける





いへばえに深く悲しき笛竹の夜聲はたれと問ふ人もがな





六の緒のよりめ毎にぞ香は匂ふ引く少女子の袖や觸つる





玉緒をあわ緒によりて結べれば絶ての後もあはむとぞ思ふ





逢事は玉の緒ばかり思ほえてつらき心の長くもあるかな





人はいさ思ひやす覽玉かづら面影にのみいとゞ見えつゝ





ながからぬ命の程に忘るゝはいかにみじかき心なるらむ




光孝天皇御製


月のうちの桂の枝をおもふとや涙の時雨ふるこゝちする




湯原王


めには見て手には取られぬ月の内の桂の如き妹をいかにせむ




貫之


來ぬ人を月になさばやうば玉の夜毎に我は影をだにみむ




和泉式部


さもあらばあれ雲居乍も山の端に出で入る宵の月をだに見ば




赤染衞門


頼めつゝこぬ夜はふ共久方の月をば人の待つといへかし




太宰大貳高遠


思ひやる心も空になりにけりひとり有明の月をながめて




道信朝臣


物思ふに月みる ことはたへねども詠めてのみも明しつる哉


讀人志らず

頼めたりける女に遣はしける


逢事をたのめぬとだに久方の月をながめぬ宵はなかりき




相摸

返し


詠めつゝ月に頼むる逢事を雲居にてのみ過ぎぬべきかな




堀河院中宮上總

法性寺入道前關白内大臣に侍りける時家に歌合し侍りけるによめる


こひ渡る君が雲居の月ならば及ばぬ身にも影はみてまし




皇太后宮大夫俊成

月前戀といへる心をよみ侍りける


戀しさの詠むる空にみちぬれば月も心のうちにこそすめ




二條院讃岐

千五百番歌合に


更けに鳬是や頼めし夜半ならむ月をのみ社待べかりけれ




嘉陽門院越前

建保六年内裏の歌合に


あだ人を待つ夜更けゆく山の端に空だのめせぬ有明の月




正三位家隆

題志らず


あま小舟はつかの月の山の端にいざよふ迄も見えぬ君哉




殷富門院大輔


待つ人は誰と寐まちの月影を傾ぶくまでにわれ眺むらむ




權大納言家良


長らへて又やは見むと待宵を思ひもしらで更くる月かな




藤原隆信朝臣

後京極攝政の家の歌合に待戀をよめる


來ぬ人を何に喞たむ山の端の月は待出て小夜更けにけり




正三位家隆

建暦二年廿首の歌奉りける戀の歌


池にすむおし明がたの空のつき袖の氷になく/\ぞみる




大藏卿有家

旅戀といふ心をよみ侍りける


たび衣かへす夢路はむなしくて月をぞみつる有明のそら




式子内親王

百首の歌に


いかにせむ夢路にだにも行きやらぬ空しき床の手枕の袖




大納言實家

題志らず


打歎きいかにねし夜と思へども夢にも見えで頃も經に鳬




左近中將公衡


思ひねの我のみかよふ夢路にもあひ見てかへる曉ぞなき




參議雅經


歎き侘びぬる玉の緒の宵々は思ひもたえぬ夢もはかなし




正三位家隆


いかにせむ暫し打ちぬる程もがな一夜計の夢をだにみむ




殷富門院大輔


いかにせむ今一度の逢事を夢にだにみて寐覺めずもがな




法橋顯昭


つらきをも憂をも夢になしはてゝ逢夜ばかりを現共がな




道因法師


夢にさへ逢はずと人のみえつれば眠ろむ程の慰めもなし




二條院讃岐

千五百番歌合に


哀れ/\はかなかりける契かな唯うたゝねの春の夜の夢




藤原重頼女

戀の歌よみ侍りけるに


契りしもみしも昔のゆめながら現がほにも濡るゝ袖かな




按察使兼宗

夏夜戀といふ心をよみ侍りける


夏蟲もあくるたのみのある物をけつかたもなき我思かな




權大納言家良

題志らず


鹿の立つ端山の闇に燈す火のあはで幾夜をもえ明すらむ




權中納言定家

建保六年内裏の歌合の戀の歌


逢ふ事は忍ぶの衣あはれなどまれなる色に亂れそめけむ




從三位範宗


いかにせむ音を鳴く蟲のから衣人もとがめぬそでの涙を




從三位顯兼

題志らず


己れ鳴く心がらにや空蝉のはにおく露に身をくだくらむ




正三位知家

前關白の家の歌合に山家夕戀といへる心をよみ侍りける


はし鷹の外山の庵の夕暮をかりにもとだに契りやはする




藤原信實朝臣

建保三年内裏の歌合に


あづま路の富士の志ば山暫しだにけたぬ思に立つ烟かな




大宮入道内大臣

心ならず中たえにける女に遣しける


こと浦の煙のよそに年ふれど猶こりはてぬ海士の藻鹽木




後京極攝政前太政大臣

家の歌合に顯戀といへる心をよみ侍りける


そでの浪むねの烟は誰もみよ君がうき名の立つぞ悲しき




左近中將公衡

題志らず


夕烟野べにも見えばつひにわが君にかへつる命とをしれ




大納言忠教

京極前關白の家の歌合に戀の心を


戀死なば君故とだに知られでや空しき空の雲となりなむ




土御門内大臣

題志らず


定めなき風に志たがふ浮雲のあはれ行方も志らぬ戀かな




前大僧正慈圓

後京極攝政の家の歌合寄雲戀の心を人にかはりてよみ侍りける


戀死ぬる夜はの烟の雲とならば君が宿にや分きて時雨む




正三位家隆

寄木戀


思ひかね眺むれば又夕日さす軒端のをかの松もうらめし




按察使兼宗

千五百番歌合に


人ごゝろ木葉ふり志くえにしあれば涙の河も色かはり鳬




大炊御門右大臣

百首の歌奉りける時


つく%\と落つる涙の數志らず逢見ぬ夜はの積りぬる哉




皇太后宮大夫俊成


いかにせむ天のさか手を打返し恨みても猶飽ずもある哉




待賢門院堀河


疑ひし心のうらのまさしきは問ぬにつけて先ぞ知らるゝ




從三位範宗

題志らず


遙なるほどは雲居の月日のみ思はぬ中に行きめぐりつゝ




菅原資季朝臣

戀の歌あまたよみ侍りけるに


僞の言の葉なくば何をかは忘らるゝ世のかたみともせむ




宮内卿

千五百番歌合に


津の國のみつとないひそ山城のとはぬつらさは身に餘る共




源具親朝臣


後の世を頼むたのみもありなまし契かはらぬ別なりせば




藤原永光

題志らず


後の世といひてぞ人に別れましあす迄とだにしらぬ命を




津守經國


逢事の今いく年の月日へて猶なか/\の身をもうらみむ




賀茂季保


同じ世に猶ありながら逢事の昔がたりになりにけるかな




淨意法師

稀會戀といふ心をよみ侍りける


せきかぬる涙の露の玉のをの絶えぬもつらき契なりけり




下野

右衞門督爲家の百首の歌よませ侍りける戀の歌


かた糸のあはずばさてや絶えなまし契ぞ人の長き玉の緒




從三位範宗

關白左大臣の家の百首の歌遇不逢戀


年を經て逢ふことは猶かた糸のたが心より絶え始めけむ




權中納言定家

戀十首の歌よみ侍りけるとき


誰もこの哀みじかき玉のをに亂れてものを思はずもがな




後京極攝政前太政大臣

百首の歌よみ侍りけるに、遇不逢戀


うつろひし心の花に春暮れて人も木ずゑに秋かぜぞ吹く




前關白

建保六年内裏の歌合に


目の前に風も吹きあへず移り行く心の花も色は見えけり




讀人志らず

中納言定頼心のうちを見せたらばと申して侍りければよめる


仇人の心の内を見せたらばいとゞつらさの數やまさらむ




謙徳公藏人少將に侍りける時臨時の祭の舞人にて雪のいたく降り侍りければ物見ける車の前に打寄りてこれ拂ひてと申しければ


何にてか打ちも拂はむ君こふと涙に袖はくちにしものを




本院侍從

同じ人舞人にて近くたちたる車の前を過ぎ侍りければ


すり衣きたる今日だにゆふ襷かけ離れてもいぬる君かな




天暦御製

雪のふり侍りける夜按察更衣に遣しける


冬の夜の雪と積れる思をばいはねど空に知りや志ぬらむ




更衣正妃

御返し


冬の夜の寐覺に今はおきてみむ積れる雪の數をたのまば




中納言朝忠

女に遣しける


流れての名にこそありけれ渡河逢瀬ありやと頼みける哉




光孝天皇御製

題志らず


山河のはやくも今はおもへども流れてうきは契なりけり




法性寺入道前攝政太政大臣

夜更けて妻戸を叩き侍りけるに明け侍らざりければ旦に遣しける


終夜水鷄よりけになく/\ぞ槇の戸口にたゝき侘びぬる




紫式部

返し


たゞならじと計叩く水鷄故明けてはいかに悔しからまし




相摸

題志らず


我も思ひ君も忍ぶる秋の夜はかたみに風の音ぞ身にしむ




貫之


花ならで花なる物は志かすがにあだなる人の心なりけり




新勅撰和歌集卷第十六
雜歌一

選子内親王

春のはじめ鶯のおそく鳴き侍りければ


山ざとの花のにほひのいかなれや香を尋ねくる鶯のなき




禎子内親王家攝津

題志らず


雪ふかきみ山の里にすむ人はかすむ空にや春を知るらむ




式子内親王


雪きえてうら珍しき初草のはつかに野べも春めきにけり




入道二品親王道助

若菜をよみ侍りける


かすが野にまだもえやらぬ若ぐさの煙みじかき荻の燒原




前大僧正慈圓


武藏野の春の景色も知られけり垣根にめぐむ草の縁りに




殷富門院大輔

題志らず


命ありて逢ひみむ事も定めなく思ひし春になりにける哉




二條院讃岐

千五百番歌合に


咲かぬまは花とみよとやみ芳野の山の白雪消がてにする




按察使隆衡

題志らず


霞志くわがふる里にさらぬだに昔の跡は見ゆるものかは




權大納言家良


み芳野の山のかすむ春ごとに身はあら玉の年ぞふりゆく




中宮少將

關白左大臣の家の百首の歌よみ侍りけるに霞をよめる


さびしさの眞柴の煙そのまゝにかすみをたのむ春の山里




土御門内大臣

壽永の頃ほひ梅花をよみ侍りける


九重にかはらぬ梅のはな見てぞいとゞ昔の春はこひしき




源信定朝臣

前關白内大臣に侍りける時百首の歌よませ侍りけるに庭梅をよめる


宿からぞ梅の立枝もとはれける主人も知らず何匂ふらむ




下野

題志らず


有明の月は涙にくもれどもみし夜に似たる梅が香ぞする




行念法師


梅が香のたが里わかず匂ふ夜はぬし定らぬ春かぜぞ吹く




侍從具定

百首の歌よみ侍りけるに春の歌


春の月かすめるそらの梅が香に契もおかぬ人ぞ待たるゝ




承明門院小宰相

土御門院の歌合に春の月をよみ侍りける


大方の霞に月ぞくもるらむもの思ふ頃のながめならねど




前大納言忠良

東山にこもりゐて後花を見て


思ひすてゝわが身ともなき心にも猶むかしなる山櫻かな




入道前太政大臣

西園寺にて三十首の歌よみ侍りける春の歌


山櫻峯にもをにも植ゑおかむ見ぬよの春を人やしのぶと




祝部成茂

古郷花といへる心をよみ侍りける


春をへて志賀の花ぞの匂はずば何を都のかたみならまし




如願法師

題志らず


あだなりと何恨みけむ山櫻はなぞみしよの形見なりける




前大納言光頼

世を遁れては室といふ山里に籠りゐて侍りけるに花みてよみ侍りける


いさや猶花にもそめじ我心さてもうき世に歸りもぞする




藤原隆信朝臣

二條院の御時殿上のふだ除かれて侍りける頃臨時の祭の舞人にて南殿の花をみて内侍丹波がもとに遣しける


忘るなよなれし雲居の櫻花うき身は春のよそになるとも




皇太后宮大夫俊成

世をのがれて後栖霞寺に詣でゝ歸り侍りけるに大内の花の梢さかりに見え侍りけるを忍びて窺ひ見侍りて頼政卿のもとに遣しける


古の雲居の花に戀ひかねて身をわすれてもみつる春かな




從三位頼政

返し


雲居なる花も昔を思ひ出でば忘るらむ身を忘れしもせじ




宋延法師

淨名院といふ所の主身まかりにける後花を見てよみ侍りける


うゑ置きて昔語りになりにけり人さへ惜しき花の色かな




平重時

花を見てよみ侍りける


年ごとにみつゝふる木の櫻花わが世の後は誰かをしまむ




源光行


身のうさを花に忘るゝ木のもとは春より後の慰めぞなき




藤原頼氏朝臣

題志らず


志がらきのそま山櫻春毎にいく世宮木にもれて咲くらむ




前大僧正慈圓

花の歌よみ侍りけるに


吉野山猶しも奥に花さかば又あくがるゝ身とやなりなむ




入道前太政大臣

落花をよみ侍りける


花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆく物はわが身なりけり




按察使兼宗

閑居花といへる心をよみ侍りける


いとゞしく花も雪とぞ古里の庭の苔路はあと絶えにけり




侍從具定母

題志らず


めぐりあはむ我が兼ね言の命だに心にかなふ春の暮かは




藤原信實朝臣


暮れて行く空を彌生の暫しとも春の別はいふかひもなし




京極前關白家肥後

太皇太后宮大貳四月に咲きたる櫻を折りて遣し侍りければ


春はいかに契置てか過ぎにしと後れて匂ふ花にとはゞや




藤原顯綱朝臣

四月祭の日葵に付けて女に遣しける


思ひきやそのかみ山の葵草かけてもよそにならむ物とは




相模

題志らず


あと絶えて人もわけこぬ夏草のしげくも物を思ふ頃かな




上東門院小少將

夕月夜をかしき程に水鷄の鳴き侍りければ


天の戸の月の通路さゝねどもいかなる浦にたゝく水鷄ぞ




紫式部

返し


槇の戸もさゝでやすらふ月影に何をあかずも叩く水鷄ぞ




右近大將道綱母

養ひ侍りけるむすめの五月五日くす玉奉らせ侍りけるに代りてよみ侍りける


隱沼におひそめにける菖蒲草深きした根にしる人もなし




東三條院

御返し


菖蒲草ねに顯るゝ今日社はいつかと待ちしかひも有けれ




權中納言定頼

思ふ こと侍りける頃

五月雨の軒の雫にあらねども憂夜にふれば袖ぞぬれける




藤原行能朝臣

五月雨をよみ侍りける


三島江の玉江の眞菰かりにだにとはで程ふる五月雨の空




藤原親康

夏月をよめる


忘れては秋かと思ふ片岡のならの葉わけて出づる月かげ




祝部成茂

初秋の心をよみ侍りける


吹く風に荻の上葉の答へずば秋たつ今日を誰かしらまし




權少僧都良仙


世を厭ふ住處は人にしられねど荻の葉風は尋ねきにけり




藤原信實朝臣

民部卿成實よませ侍りける荻風と云ふ心を


等閑のおとだにつらき荻の葉に夕をわきて秋かぜぞ吹く




源季廣

題志らず


雁がねの聲せぬ野べをみてしがな心と萩の花はちるやと




人志らず

實方朝臣承香殿のおまへの薄を結びて侍りける誰ならむとて女のよみ侍りける


秋風の心もしらず花ずゝきそらにむすべる人はたれぞも




實方朝臣

殿上人返しせむなど申しける程に參りあひてよみ侍りける


風のまにたれ結びけむ花ずゝきうは葉の露も心おくらし




按察使朝光于時右大將

圓融院御出家の後八月ばかりに廣澤にわたらせ給ひ侍りける御供に左右大將つかうまつり一つ車にて歸り侍りける


秋の夜を今はと歸る夕ぐれはなく虫の音ぞ悲しかりける




左近大將濟時于時左大將

返し


虫の音に我涙さへおちそはゞ野原の露のいろやまさらむ




菅原孝標女

後朱雀院の御時祐子内親王藤壺にかはらず住み侍りけるに月くまなき夜女房昔思ひいでゝながめ侍りける程梅壷の女御まうのぼり侍りけるおとなひをよそにきゝ侍りて


天の戸を雲居ながらもよそに見て昔の跡をこふる月かな




仁和寺二品法親王守覺

五十首の歌よみ侍りける時


昔おもふ涙のそこにやどしてぞ月をば袖のものと知ぬる




鎌倉右大臣

題志らず


あさぢ原ぬしなき宿の庭の面に哀いく夜の月かすみけむ





思ひ出でゝ昔を忍ぶ袖の上にありしにあらぬ月ぞ宿れる




入道前太政大臣

月前懷舊と云へる心をよみ侍りける


眺めつる身にだにかはる世中にいかで昔の月はすむらむ




入道二品親王道助

家に五十首の歌よみ侍りける秋の歌


この里は竹の葉わけてもる月の昔の世々の影を戀ふらし




權中納言定家

元暦の頃ほひ賀茂重保人々の歌すゝめ侍りて社頭歌合し侍りけるに月をよめる


忍べとやしらぬ昔の秋を經て同じかたみにのこる月かげ




高辨上人

秋座禪の次でに夜もすがら月を見侍りて里わかぬ影も我身一つの心地し侍りければ


月影は何れの山とわかず共すますみねにや澄み増るらむ




法印超清

後にこの歌を見せ侍りければよめる


いかばかり其夜の月の晴れにけむ君のみ山は雲も殘らず




參議成頼

世を遁れて高野の山にすみ侍りける時よめる


高野山奥まで人のとびこずばしづかに峰の月はみてまし




西行法師

題志らず


あらはさぬ我が心をぞうらむべき月やはうとき姨捨の山




法印慶忠


身に積る老ともしらで詠めこし月さへ影の傾ぶきにけり




正三位家隆


老いぬればことし計と思ひこし又秋の夜の月をみるかな




源家長朝臣


忘れじのゆく末かたき世のなかに六十なれぬる袖の月影




寂延法師


幾秋をなれても月のあかなくに殘り少なき身を恨みつゝ




侍從具定母


はらひかね曇るもかなし空の月つもれば老のあきの涙に




殷富門院大輔


今はとて見ざらむ秋の空までも思へば悲し夜半のつき影




源光行

樂府を題にて歌よみ侍りけるに陵園妾の心を


閉ぢはつるみ山の奧の松の戸を羨ましくも出づる月かな




素性法師

巫陽臺の心をよみ侍りける


わきてなど夕の雨となりにけむ待つだに遲き山のはの月




法印道清

故郷月といへる心をよめる


高圓のをのへの宮の月の影たれ忍べとてかはらざるらむ




如願法師

題志らず


此里はしぐれにけりな秋の色の顯はれそむる峯の紅葉ば




藤原基綱


さほ山の柞の紅葉いたづらにうつろふ秋はものぞ悲しき




行念法師


立田山紅葉の錦をりはへてなくといふ鳥の霜のゆふしで




藤原永光

明年叙爵すべく侍りける秋うへのをのこども藤壺の紅葉見侍るにまかりてよみ侍りける


人はみな後の秋ともたのむらむ今日を別とちる紅葉かな




建禮門院右京大夫

高倉院の御時藤壺の紅葉ゆかしき由申しける人にむすびたる紅葉を遣しける


吹く風も枝に長閑き御代なれば散らぬ紅葉の色を社みれ




源有長朝臣

前關白内大臣に侍りける時家に百首の歌よみ侍りける暮秋の歌


紅葉ばのちりかひ曇る夕時雨いづれか道と秋のゆくらむ




權大納言忠信

建保三年五月の歌合に曉時雨といへる心をよみ侍りける


曉と恨みし人はかれはてゝうたてしぐるゝあさぢふの宿




高階家仲


むら雲はまだ過ぎはてぬ外山より時雨にきほふ有明の月




源泰光朝臣

題志らず


かくてよに我身時雨はふりはてぬ老曾の杜の色も變らで




相摸

冬の歌よみ侍りけるに


木葉ちる嵐のかぜの吹く頃は涙さへこそおちまさりけれ




[14]前大納言公任

歎く事侍りける頃紅葉の散るをみてよみ侍りける


紅葉にも雨にもそひてふるものは昔をこふる涙なりけり




紫式部

冬の頃里に出でゝ大納言三位に遣しける


うき寐せし水の上のみ戀しくて鴨の上毛にさえぞ劣らぬ




從三位廉子


うち拂ふ友なき頃の寐覺にはつがひし鴛ぞ夜はに戀しき




相模

題志らず


冬の夜を羽根もかはさず明すらむ遠山鳥ぞよそに悲しき




康資王母

六條右大臣小忌宰相にて出で侍りにける朝に遣しける


小忌衣かへらぬ物と思はゞや日かげの葛けふはくるとも




六條右大臣

返し


歸りてぞ悔しかりける小忌衣その日影のみ忘れがたさよ




中納言家持

新甞會をよみ侍りける


足引の山した日かげかつらなる上にやさらに梅を忍ばむ




式子内親王

百首の歌に


あまつかぜ氷をわたる冬の夜の少女の袖をみがく月かげ




讀人志らず

五節の頃權中納言定頼内にさぶらひけるに遣しける


日かげさす雲の上にはかけてだに思ひも出でじ古里の月




左近中將公衡

歎くこと侍りてこもりゐて侍りける雪の朝皇太后宮大夫俊成のもとに遣しける


冬籠り跡かき絶えていとゞしく雪のうちにぞ薪つみける




伊勢大輔

題志らず


忘られて年くれはつる冬草のかれ果てゝ人も尋ねざり鳬




選子内親王家宰相

年の暮に琴をかき鳴らして空も春めきぬるにやと侍りければ


琴の音を春の調とひくからに霞みて見ゆる空めなるらむ




選子内親王

返し


琴の音の春のしらべに聞ゆれば霞たなびく空かとぞ思ふ




殷富門院大輔

題志らず


仄かにも軒端の梅の匂ふ哉となりをしめて春はきにけり




法印覺寛

入道親王の家にて冬の花といふ心をよみ侍りける


今日よりや己が春べと白雪のふる年かけてさける梅が香




寂延法師

年の暮の心をよみ侍りける


筏士のこす手に積る年浪の今日の暮をもしらぬわざかな




行念法師


行く年をしらぬ命に任せてもあすをありとや春を待つ覽




寂超法師


雪つもる山路の冬を數ふれば哀わが身のふりにけるかな




相模

題志らず


數ふれば年の終になりにけり我身のはてぞいとも悲しき




[14] SKT assigns number 1106 to this poem.




新勅撰和歌集卷第十七
雜歌二

題志らず

業平朝臣


我袖は草の庵にあらねども暮るれば露のやどりなりけり





思ふ こと爭で唯にぞやみぬべき我とひとしき人しなければ


讀人志らず


朝なげによの憂き事を忍ぶとて歎せしまに年ぞへにける




和泉式部


更に又物をぞ思ふさならでも歎かぬ時のある身ともがな





いかにせむ天の下社住憂けれふれば袖のみまなく濡つゝ




相模


淺茅原野分にあへる露よりも猶あり難き身をいかにせむ





戀ふれども行きも歸らぬ古に今は爭でかあはむとすらむ




俊頼朝臣


戀しともいはでとぞ思ふ玉きはる立歸るべき昔ならねば




基俊

堀河院に百首の歌奉りける時


古を思ひいづるのかなしきはなけども空にしる人ぞなき




成尋法師母

成尋宋朝に渡り侍りにけるを歎きてよみ侍りける


歎きつゝ我身はなきになりはてぬ今は此世を忘にし


鎌倉右大臣

述懷の心をよみ侍りける


思出でゝ夜はすがらに音をぞなく有し昔の世々の
[15]ふる ごと



世にふればうき言のはの數毎にたえず涙の露ぞ置きける




惟明親王

百首の歌の中に、述懷


なべて世の習と人や思ふらむうしといひてもあまる涙を




前大納言忠良

題志らず


かすが山今ひとたびと尋ねきて道みえぬまでふる涙かな




皇太后宮大夫俊成


春日山いかにながれし谷水のすゑを氷のとぢはてつらむ





四方の海を硯の水につくすとも我思ふ こと書きもやられじ


源師光


行末に斯らむ身共志らずして我垂乳根のおほしたてけむ




前大僧正慈圓

年わかく侍りける時始めて百首の歌よみ侍りける述懷の歌


さし離れ三笠の山を出しより身をしる雨に濡ぬ日ぞなき




大僧正行尊

題志らず


かばかりと思ひ出でにし世中に何ゆゑとまる心なるらむ




僧正行意


徒に四十のさかを越えにけり昔もしらぬながめせしまに




如願法師


涙もてたれかおりけむ唐衣たちてもゐてもぬるゝ袖かな




藤原光俊朝臣


しのぶるも我が理といひながらさても昔をとふ人ぞなき




後徳大寺左大臣

壽永の頃ほひ思ふゆゑや侍りけむ、人に遣しける


荒き風ふきやをやむと待つ程にもとのこゝろの滯りぬる




後法性寺入道前關白太政大臣

右大臣に侍りける時百首の歌よみ侍りける、述懷


古の戀しきたびにおもふかなさらぬ別はげにうかりけり




左近中將公衡

述懷の心をよみ侍りける


身の果よいかにかならむ人しれぬ心にはづる心ならずば




後京極攝政前太政大臣

題志らず


さてもさはすまば住むべき世中に人の心の濁りはてぬる




寂蓮法師


さても又いくよかはへむ世中にうき身一つのおき所なき




藤原行能

文集、天可渡の心をよみ侍りける


わたつうみの鹽干にたてる澪標人の心ぞしるしだになき




法印聖覺

しばし世を遁れて大原山いな室の谷などにすみわたり侍りける頃熊野御幸の御經供養の導師のがれかたちもよほし侍りて都に出で侍りけるに時雨のし侍りければよ河の木蔭に立ちよりてよみ侍りける


諸共に山邊をめぐる村時雨さてもうき世にふるぞ悲しき




平泰時

題志らず


世中にあさはあとなくなりにけり心のまゝの蓬のみして




西行法師

高倉院の御時つたへ奏せさする事侍りけるにかきそへて侍りける


跡とめて古きを慕ふ世ならなむ今もありへば昔なるべし





頼もしな君きみにます時にあひて心の色を筆に染めつる




中原師季

醍醐の山にのぼりて延喜の御願寺を見てよみ侍りける


名をとむる世々の昔にたえね共すぐれし跡ぞみるも畏き




前關白

内大臣に侍りける時家の百首の歌に述懷の心を


河浪をいかゞはからむ舟人のとわたる梶の跡はたえねど




御製

をのこども述懷の歌つかうまつりける次でに


くり返し賤のをだまき幾たびも遠き昔を戀ひぬ日ぞなき




内大臣

述懷の心をよみ侍りける


いかさまに契置きてし三笠山かげ靡くまで月を見るらむ




權中納言定家母

定家少將になり侍りて月あかき夜悦申し侍りけるを見侍りてあしたに遣しける


三笠山みちふみそめし月影にいまぞ心のやみは晴れぬる




二條院讃岐

千五百番歌合に


影たけて悔しかるべき秋の月やみ路近くもなりやしぬ覽





後の世の身をしる雨のかき曇り苔の袂にふらぬ日ぞなき




道信朝臣

源爲相一臈藏人にてかうぶりの程ちかくなり侍りけるによみ侍りける


雲のうへの鶴の毛衣ぬぎすてゝ澤に年へむほどぞ久しき




謙徳公

頭中將に侍りける宰相になりて内よりいで侍りて内侍のかみの許に遣しける


おりきつる雲の上のみ戀しくて天つ空なる心地こそすれ




藤原相如

藏人にてかうぶり給はりていかゞ思ふと仰事侍りければ


年へぬる雲ゐ離れて芦鶴のいかなる澤に住まむとすらむ




圓融院御製

聞しめして仰せられ侍りける


葦鶴の雲の上にしなれぬれば澤にすむとも歸らざらめや




内大臣

行幸に參りて大將にて年久しくなりぬる ことを心のうちに思ひ續け侍りける

忘れめや使のをさをさきだてゝ渡るみはしに匂ふたち花




權中納言定家

老の後年久しくしづみ侍りてはからざるほかに官給はりて外記のまつり事に參りて出で侍りけるに


をさまれる民のつかさの御調物二たびきくも命なりけり




關白左大臣の家の百首の歌よみ侍りける眺望の歌


百敷のとのへを出づる宵々はまたぬにむかふ山のはの月




參議雅經

建保四年百首の歌奉りけるに


嬉しさも包みなれにし袖に又はては餘りの身をぞ恨むる




正三位知家

日吉の社にて述懷の心をよみ侍りける


あふ坂の木綿附島もわが如やこえ行く人の跡に鳴くらむ




前中納言匡房

曉の歌とてよみ侍りける


まどろまで物思ふ宿の長き夜は鳥のね計うれしきはなし




按察使隆衡


鐘のおとをなにとてむかし恨みけむ今は心も明がたの空




參議雅經


身の上にふりゆく霜の鐘の音を聞きおどろかぬ曉ぞなき




藤原宗經朝臣


あかつきの鐘ぞ哀を打ちそふるうき世の夢のさむる枕に




入道二品親王道助

遠鐘幽といへる心を


初瀬山あらしの道の遠ければいたりいたらぬ鐘の音かな




正三位家隆

曉述懷の心をよみ侍りける


思ふ ことまだつきはてぬ長き夜のね覺にまくる鐘の音かな


法印覺寛


身のうさを思ひつゞけぬ曉に置くらむ露の程を知らばや




俊頼朝臣

題志らず


何となく朽木の杣の山くたしくたす日暮は音ぞ泣れける




寂然法師


つく%\とむなしき空を眺めつゝ入相の鐘にぬるゝ袖哉




法橋行賢


つく%\と暮るゝ空こそ悲けれあすも聞べき鐘の音かは




前參議俊憲


あすもありと思ふ心に謀られて今日を空しく暮しつる哉




源光行


あすもあらば今日をもかくや思出む昨日の暮ぞ昔 なりける


入道品親王道助

家の五十首の歌、閑中燈


これのみと伴なふ影もさ夜ふけてひかりぞうすき窓の灯




從三位範宗


ながき夜の夢路たえゆく窓のうちに猶のこりける秋の灯




侍從具定

述懷の歌の中によみ侍りける


あつめこし螢も雪も年ふれど身をばてらさぬ光なりけり




上西門院武藏

方磬をうち侍りけるが老の後すたれておぼえ侍らざりければよめる


更けにける我世の程の悲しきは鐘の聲さへうち忘れつゝ




相模

題志らず


月影を心のうちに待つほどはうはの空なる眺めをぞする





霜氷る冬の河瀬にゐる鴛鴦のうへした物を思はずもがな




俊頼朝臣


難波潟あしまの氷けぬがうへに雪ふりかさぬ面白の身や





流れ蘆のうき ことをのみ三島江に跡留むべき心地こそせね


權大僧都經圓

僧正圓玄病に沈みて久しく侍りける時よみ侍りける


法の道をしへし山は霧こめてふみみし跡に猶やまよはむ




尊圓法師

文治の頃ほひ父の千載集撰び侍りしとき定家がもとに遣すとてよみ侍りける


わが深く苔の下まで思ひおくうづもれぬ名は君や殘さむ




荒木田成長

同じ時よみ侍りける


かきつむる神路の山の ことのはの空しく朽ちむ跡ぞ悲しき


平行盛

壽永二年大方の世しづかならず侍りし頃よみ置きて侍りける歌を定家がもとに遣すとてつゝみ紙に書き付けて侍りし


流れての名だにも止れ行く水の哀はかなき身は消えぬ共




法眼宗圓

題志らず


和歌の浦にしられぬ蜑の藻汐草すさび計に朽や果てなむ




行念法師


藻汐草かき置く跡やいかならむ我身によらむ和歌の浦浪




皇太后宮大夫俊成

西行法師自歌を歌合につがひ侍りて判の詞あつらへ侍りけるに書きそへて遣しける


契りおきし契の上にそへおかむわかの浦路の蜑のもしほ木




西行法師

返し


わかの浦に汐木重ぬる契をばかけるたくもの跡にてぞみる




[16]從一位麗子

源氏の物語をかきて奥に書き付けられて侍りける


はかもなき鳥の跡とは思ふ共わがすゑ%\は哀とも見よ




和泉式部

題志らず


春やくる花や咲くともしらざりき谷の底なる埋木の身は




貫之


春やいにし秋やはくらむ覺束な陰の朽木と世を過す身は




後京極攝政前太政大臣

歎くこと侍りける時、述懷の歌


數ならば春をしらましみ山木の深くや苔に埋れはてなむ





曇りなき星の光を仰ぎてもあやまたぬ身を猶ぞうたがふ




鎌倉右大臣

ひとり懷を述べ侍りける歌


山はさけ海はあせなむ世なり共君に二心わがあらめやも




[15] SKT reads ふること.

[16] SKT assigns number 1201 to this poem.




新勅撰和歌集卷第十八
雜歌三

法性寺入道前攝政太政大臣

世を遁れて後四月一日法眼袈裟を見侍りて


今朝かふる夏の衣は年をへてたちし位のいろぞことなる




從一位倫子

返し


まだ志らぬ衣の色は截ち變へて君が爲にとみるぞ悲しき




天暦中宮

少將高光横河にのぼりて出家し侍りける時ふすまてうじて給はせける御歌


つゆ霜のよひ曉におくなれば床にや君がふすまなるらむ




東三條入道攝政太政大臣

高光横河に侍りけるにとぶらひ罷りてよみ侍りける


君が住むよ河の水やまさるらむ涙の雨のやむよなければ




大納言師氏女高光妻

同じ時恒徳公兵衛佐に侍りけるかはりの少將になり侍りて喜びに大納言の許にまうできて侍りけるを見てよみ侍りける


それと見る同じ三笠の山の井の影にも袖のぬれまさる哉




一條左大臣室

右近中將成信三井寺に罷りて出家し侍りけるに裝束つかはすとて袈裟に [17]結ひ付け侍りける

今朝のまもみねば涙も止らず君が山路にさそふなるべし




右近大將道綱母

母の病重くなり侍りていむ ことうけ侍りけるにきせて侍りける袈裟を身まかりて後見つけてよみ侍りける

蓮葉の玉となるらむと思ふにも袖ぬれ増るけさの露かな




中務

伊勢集を書きて人のもとに遣すとてよめる


なき人の言のは寫す水莖のかきもやられず袖ぞ濡れける




大納言清蔭

俊子と物語して世のはかなき事など申してよみ侍りける


いひつゝも世は儚きを形見には哀といはで君にみえまし




權大納言長家

後一條院の后の宮かくれさせ給ひにける年の暮かの宮に參りてよみ侍りける


春立つときくにも物の悲しきは今年の去年になれば なり


出羽辨

返し


新しき年にそへても變らねば戀ふる心ぞかたみなりける




藤原高光

九條右大臣かくれ侍りにける年新甞會のころ内の女房に遣しける


霜がれの蓬の門にさしこもりけふの日影をみぬが悲しさ




内大臣

後高倉院かくれさせ給うて後參議雅清出家し侍りて多武の峯 住み侍りけるあからさまに京に罷り出でたる由聞きて遣しける

心こそうき世の外にいでぬとも都を旅といつならふらむ




左近中將雅清

返し


迷ひこし夢路のやみを出でぬれば色こそよその墨染の袖




權中納言國信

壽永の頃ほひあけくれ思ひ歎きてよみ侍りける歌の中に


君こふと草葉の霜のよと共に起てもねてもね社なかるれ





恨とて薪つきにし野べなれば淺ぢ踏分けとはぬ日ぞなき





朝夕に歎きを須磨にやく鹽のからく煙におくれにしかな




堀河院讃岐典侍

同じ頃香隆寺に參りて紅葉を見てよみ侍りける


古を戀ふるなみだに染むればや紅葉も深き色まさるらむ




九條右大臣

貞信公かくれ侍りて後かの家に罷りてよみ侍りける


ゆき歸り見れば昔の跡ながら頼みし影ぞとまらざりける




天暦八年おほきさいの宮かくれさせ給うて五七日御誦經せさせ櫛のはこのかけごの下にいれて侍りける


夢か迚あけて見たれば玉櫛笥今は空しき身に社ありけれ




中納言兼輔

式部卿敦慶のみこかくれ侍りにける春よみ侍りける


咲きにほひ風まつほどの山櫻人の世よりは久しかりけり




大納言忠家

後冷泉院の御ぶくに侍りける頃花橘を女房のもとに遣しける


いとゞしく花橘のかをる香にそめし形見の袖はぬれつゝ




貫之

題志らず


昨日まで逢見し人の今日なきは山の雪とぞた靡きにける




人丸


み吉野の御舟の山にたつ雲の常にあらむと我思はなくに




謙徳公

内わたりのさうじにのべといふ童に傳へて文など遣しけるにのべ身まかりにける秋よみ侍りける


白露はむすびやすると花薄とふべき野べも見えぬ秋かな




相摸

題志らず


朝顏の花にやどかる露の身はのどかに物を思ふべきかは




後京極攝政前太政大臣


をはり思ふすまひ悲しき山陰に玉ゆらかゝる朝がほの花




入道前太政大臣


早瀬河わたる舟人かげをだにとゞめぬ水のあはれよの中




前大僧正慈圓


とりべ山夜半の煙のたつたびに人の思やいとゞそふらむ




俊惠法師


鳥部山こよひも煙立つめりといひて眺めし人もいづらは




源有房朝臣


程もなくひまゆく駒を見ても猶哀ひつじの歩みをぞ思ふ




正三位家隆


[18]過きし心ならひに




前大納言忠良

なき人の鏡を佛に鑄させ侍りけるに


悲しさは見るたび毎に増鏡影だになどかとまらざるらむ





歎くなよこれは憂世のならひぞと慰め置きし ことぞ悲しき


入道前太政大臣

從三位能子かくれ侍りにける秋月を見てよみ侍りける


哀れなど又とる影のなかるらむ雲がくれても月は出で鳬




八條院高倉

なき人々を思出でゝよみ侍りける


數々にたゞめの前の面影のあはれいくよに年のへぬらむ




大納言實家

公守朝臣の母身まかりにける時左大臣のもとに遣しける


偖も猶とふにもさめぬ夢なれど驚さではいかゞやむべき




後徳大寺左大臣

返し


おもへたゞ夢か現かわきかねてあるかなきかに歎く心を




大納言通具

參議通宗朝臣身まかりて後常にかきかはし侍りける文を母のこひ侍りければ遣すとてよみ侍りける


身にそへて是を形見と忍ぶべき跡さへ今はとまらざり鳬




後法性寺入道前關白太政大臣

皇嘉門院かくれさせ給ひにける後の春高倉院の御喪はて過ぎ侍りにける後俊成卿の許に遣しける


問へかしな世の墨染は變れども我のみ古き色やいかにと




内大臣

母の思ひにて北山に侍りける時よみ侍りける


志ら玉はから紅にうつろひぬ木ずゑも志らぬ袖の時雨に




周忌はてゝよみ侍りける


名殘なきけふは昨日を忍べ共たつ面影ははるゝ日もなし




賀茂重保

病に沈み侍りける頃新少將身まかりぬと聞きて素覺法師がもとに遣しける


朝顏の露の我身を置きながらまづ消えにける人ぞ悲しき




藤原親康

後京極攝政かくれ侍りにける時よみ侍りける


現のみ夢とは見えておのづからぬるが内には慰めもなし




覺盛法師

賀茂重保身まかりて後つねに歌よみ侍りける者どもあとに罷りあひて遇友戀友といへる心をよみ侍りけるによめる


うち群れてたづぬる宿は昔にて面影のみぞ主人なりける




藤原親盛

世を遁れて後水邊述懷といふ心をよみ侍りける


變りゆく影にむかしを思ひ出でゝ涙をむすぶ山の井の水




前大納言光頼

題志らず


行人のむすぶに濁る山の井のいつ迄すまむ此世なるらむ




法印覺寛

老の後母の身まかりにけるによみ侍りける


とまりぬる身も老らくの後なればさらぬ別ぞ最ど悲しき




平信繁

後高倉院かくれさせ給うて年々過ぎ侍りぬる事を思ひてよみ侍りける


後れじと歎きながらに年もへぬ定なき世の名のみ なりけり


能蓮法師

老の後述懷の歌よみ侍りけるに


おくれゐて死なぬ命を恨みにてあはれ悲しきよの別かな




左近中將基良

入道大納言の思ひに侍りける時よみ侍りける


ごとに忘れ形見をとゞめ置きて泪のたゆむ時のまもなき


法印圓經

僧正範玄身まかりてあとに侍りける者ども頼む方なきよし申して罷りちり侍りける時


いかにせむ頼む木蔭のかれしより末葉にとまる露だにもなし




法印昭清

小侍從身罷りにける時よみ侍ける

恨むべき齡ならねど悲しきは別れてあはぬ憂世なりけり




中院右大臣家夕霧

大神基賢が身まかりにける時誦經せさせ侍りけるによみ侍りける


別れにし日は幾かにもならねども昔の人といふぞ悲しき




藤原信實朝臣

八條院かくれさせ給うて御正日八月十五夜にあたりて侍りけるに雨ふり侍りければよめる


闇のうちも今日を限りの空にしも秋の半はかき暮しつゝ




平泰時

父身まかりての後月あかく侍りける夜蓮生法師がもとに遣しける


山のはに隱れし人は見えもせで入にし月はめぐりきに鳬




蓮生法師

返し


隱れにし人のかたみは月をみよ心のほかにすめる影かは




八條院高倉

文集、親愛自零本無落存者仍別離といふ心をよみ侍りける


飛鳥河けふの淵瀬もいかならむさらぬ別は待つ程もなし




行念法師

題志らず


定なきよに古里を行く水の今日の淵瀬もあす かはらむ


前大僧正慈圓

報恩講といふ こと行ひ侍りけるに人の名を書きつらねてよみ侍りける

もろ人の埋れし名を嬉しとや苔の下にも今日は見るらむ




[17] SKT reads むすびつけ.

[18] SKT reads すぎし.




新勅撰和歌集卷第十九
雜歌四

中納言兼輔

亭子院大内山におはしましける時勅使にて參りて侍りけるに麓より雲の立ちのぼりけるをみてよみ侍りける


志ら雲の九重にたつ峯なれば大内山といふにぞありける




讀人志らず

題志らず


山城のくせのさぎ坂神代より春はもえつゝ秋はちりけり




久邇の都のあれにけるを見てよみ侍りける


みかの原くにの都はあれにけり大宮人のうつりいぬれば




皇太后宮大夫俊成

春日の社に百首の歌よみて奉りけるに、橋の歌


都いでゝ伏見を越ゆる明方はまづうちわたすひつ河の橋




内大臣

百首の歌よみ侍りけるに、早秋の歌


吹きそむる音だにかはれ山城のときはの森の秋のはつ風




僧正行意

建保四年百首の歌奉りける時


山城のときはの森の夕時雨そめぬみどりに秋ぞ暮れぬる




寂身法師

名所の歌よみ侍りけるに


志た草もいかでか色の變るらむ染めぬときはの松の雫に




眞昭法師


飛鳥河かはせの霧も晴れやらでいたづらに吹く秋の夕風




讀人志らず

題志らず


世中はなど大和なるみなれ河見馴れそめてぞあるべかりける




中納言家持


千鳥なく佐保の川瀬の清きせを駒うち渡しいつか通はむ




入道前太政大臣


春は花ふゆは雪とて志ら雲の絶えずたなびくみ吉野の山




正三位家隆


いにしへの幾世の花に春くれて奈良の都の移ろひぬらむ




源家長朝臣

前關白の家の歌合に名所月


何處にもふりさけ今や三笠山もろこしかけておつる月影




後京極攝政前太政大臣

百首の歌よみ侍りける


久かたの雲ゐに見えしいこま山春は霞のふもとなりけり




讀人志らず

題志らず


いとまあらば拾ひに行かむ住の江の岸によるてふ戀忘貝




和泉式部


住吉の有明の月をながむればとほざかりにし影ぞ戀しき




一條右大臣

亭子院の御供に仕うまつりて住吉の濱にてよめる


住吉の浦に吹きあぐる白浪ぞ汐滿つときの花と咲きける




太宰權帥公頼

同じみゆきに難波の浦にてよみ侍りける


難波潟志ほ滿つ濱の夕暮はつまなきたづの聲のみぞする




讀人志らず

謙徳公に遣しける


[19]はし橋ふりぬる身こそ悲しかりけれ




正三位家隆

名所の歌奉りける時、あしの屋


短夜のまだふしなれぬ蘆の屋のつまも顯はに明くる東雲




藤原行能朝臣

布引瀧をよめる


布引の瀧の白糸わくらばにとひくる人もいくよへぬらむ




入道前太政大臣

百首の歌に紅葉をよみ侍りける


下葉まで心のまゝにそめてけり時雨にあまる神なびの森




安貴王

伊勢國に御幸の時よみ侍りける


伊勢の海おきつ白浪花にがも包みていもが家づとにせむ




正三位家隆

戀の歌よみ侍りける中に


いせの海の蜑のまてがたまて暫し恨に浪の隙はなくとも




大藏卿有家

名所の歌奉りけるに、鈴鹿山


秋深くなりにけらしな鈴鹿山紅葉は雨と降りまがひつゝ




家長朝臣

春浦月といへる心をよみ侍りける


梓弓いちしの浦の春の月海士のたくなはよるも引くなり




中務

志かすがのわたりにてよみ侍りける


ゆけばあり行ねば苦し志かすがの渡りにきてぞ思たゆたふ




正三位家隆

前關白の家の歌合に名所月をよみ侍りける


光そふ木のまの月におどろけば秋もなかばのさやの中山




藤原光俊朝臣


すみわたるひかりも清し白妙の濱名のはしの秋のよの月




讀人志らず

題志らず


戀しくば濱名の橋を出でゝ見よ下ゆく水に影やとまると




大中臣能宣朝臣

平兼盛するがのかみになりて下り侍りける時餞し侍るとてよめる


ゆき歸り手向するがの富士の山煙も立たぬ君を待つらし




仁和寺二品法親王守覺

家の五十首の歌


富士の嶺はとはでも空に知られ鳬雲より上にみゆる白雪




從三位範宗

名所の百首の歌奉りける時よめる


よと共にいつかは消えむ富士の山烟になれてつもる白雪




相摸

題志らず


いつとなく戀するがなる有渡濱の疎くも人になり増る哉




後京極攝政前太政大臣

百首の歌に


足柄の關路こえゆく志のゝめに一むらかすむうき島が原




小町

題志らず


武藏野のむかひの岡の草なればねを尋ねても哀とぞ思ふ




讀人志らず


葛飾のまゝの浦まをこぐ舟のふな人さわぐ浪たつらしも




前大僧正慈圓


かつしかの昔のまゝのつぎ橋をわすれずわたる春霞かな




能因法師

常陸にまかりてよみ侍りける


よそにのみ思ひおこせし筑波ねの峯の白雪けふみつる哉




清原元輔

天祿元年大甞會悠紀方の御屏風の歌


唐崎の濱のまさごの盡くるまで春の名殘は久しからなむ




前大僧正慈圓

山にのぼりける道にて月をみてよみ侍りける


大たけの峯ふく風に霧はれてかゞみの山の月ぞくもらぬ




鎌倉右大臣

題志らず


春きては花とかみえむおのづから朽木の杣にふれる白雪




參議雅經


花さかでいくよの春にあふみなる朽木のそまの谷の埋木




後京極攝政前太政大臣

伊勢の勅使にて甲賀のうまやにつき侍りける日


遙なるみかみの島をめにかけていくせ渡りぬやすの河浪




讀人志らず

題志らず


今更にさらしな河の流れてもうき影見せむ物ならなくに




寂蓮法師


とくさ苅るきその麻衣袖ぬれて磨かぬ露も玉と置きけり




源有教朝臣

信濃國に罷りける人にたき物おくり侍りける


忘るなよあさまのたけの煙にも年へて消えぬ思ありとは




讀人志らず

題志らず


陸奥にありといふなる玉河の邂逅にだ 逢ひ見てしがな


源信明朝臣

陸奥守に侍りける時忠義公のもとに申しおくり侍りける


あけくれは籬の島をながめつゝ都戀しき音をのみぞ鳴く




讀人志らず

題志らず


つらきをも岩での山の谷に生ふる草の袂ぞ露けかりける




清輔朝臣

名所の歌あまたよみ侍りけるに


ふる里の人にみせばや白浪のきくよりこゆる末のまつ山




祝部成重

題志らず


心ある海士の藻汐木たきすてゝ月にぞあかす松がうら島




寂延法師

寄露戀をよめる


忍山木の葉志ぐるゝ下草にあらはれにける露のいろかな




平政村

題志らず


宮城野の木のしたふかき夕露も涙にまさる秋やなからむ




信明朝臣

天暦の御時、屏風の歌


昔より名にふりつめる白山の雲居の雪は消ゆるともなし




大納言師頼

百首の歌奉りける、雪の歌


かき暮し玉ゆらやまずふる雪のいくよ積りぬこしの白山




讀人志らず

題志らず


朝毎に石見の河のみを絶えず戀しき人にあひ見てしがな




内大臣

前關白の家の歌合に名所月といへる心を


夕なぎに明石のとより見渡せば大和しまねを出づる月影




大納言旅人

題志らず


鞆の浦のいその室の木みる毎に逢見し妹は忘られむやは




後京極攝政前太政大臣


浪高きむしあけの瀬戸に行く船のよるべ知せよ沖つ汐風




入道前太政大臣


春秋の雲居の雁もとゞまらずたが玉章のもじのせきもり




讀人志らず


妹がため玉を拾ふときの國の由良のみ崎にこの日暮しつ





藻刈舟沖漕來らし妹がしまかたみの浦にたづかけるみゆ




正三位家隆


時しあれば櫻とぞ思ふ春風のふきあげの濱にたてる白雲




前參議教長

名所の歌よみ侍りけるに


浪よする吹上のはまの濱風に時しもわかぬ雪ぞつもれる




權中納言國信

堀河院に百首の歌奉りける時、山の歌


淺みどり霞わたれる絶間よりみれどもあかぬ妹脊山かな




入道前太政大臣

百首の歌に眺望の心をよみ侍りける


和田の原なみと一つにみくまのゝ浦の南は山のはもなし




七條院大納言

題志らず


みくまのゝ浦わの松の手向草いくよかけきぬ浪の白ゆふ




寂蓮法師

後京極攝政の家の百首の歌に草の歌十首よみ侍りける


風吹けば濱松がえの手向草いく代までにか年のへぬらむ




中院入道右大臣

家に十首の歌よみ侍りけるに晩霞隔浦といへる心をよみ侍りける


淡路島とわたる舟やたどるらむ八重たちこむる夕霞かな




前内大臣

和歌所の歌合に海邊霞をよみ侍りける


あはぢしま志るしの煙みせわびて霞をいとふ春の舟びと




讀人志らず

題志らず


志賀の蜑の煙やきたてやく鹽のからき戀をも我はする哉





志賀の蜑のめかり鹽やき暇なみ櫛笥の小櫛とりもみなくに




前大僧正慈圓


霞志く松浦の沖にこぎ出でゝもろこし迄の春を見るかな




正三位知家

秋山鹿といへる心をよみ侍りける


あさぢ山色かはり行く秋風にかれなで鹿の妻を戀ふらむ




[19] SKT reads はしばしら.




新勅撰和歌集卷第二十
雜歌

源俊頼朝臣

源政長朝臣の家にて人々歌よみ侍りけるに初冬述懷といへる心をよめる


やまざとは 冬こそことに かなしけれ 峯吹きまよふ 木がらしの 戸ぼそを叩く こゑ聞けば やすき夢だに むすばれず 時雨とともに かたをかの 正木のかづら ちりにけり 今はわが身の なげきをば 何につけてか なぐさめむ 雪だにふりて しもがれの 草葉のうへに つもらなむ 其につけてや あさゆふに わがまつ人の われを待つらむ




返し歌


幾返り起きふし志てか冬の夜の鳥の初音を聞きそめつ覽




皇太后宮大夫俊成

久安百首の歌奉りける長歌


志きしまや やまと島ねの かぜとして 吹き傳へたる ことの葉は 神の御代より かはたけの 世々に流れて 絶えせねば 今もはこやの やまかぜの 枝もならさず しづけさに むかしの跡を たづぬれば 峰の木ずゑも かげしげく よつの海にも なみ立たず 和歌のうら人 かずそひて 藻汐のけぶり 立ちまさり 行く末までの ためしをぞ 島のほかにも きこゆなる これを思へば きみが代に あふくま河は うれしきを みわだに懸る うもれ木の しづめる ことは からびとの みよ迄あはぬ なげきにも 限らざりける 身のほどを 思へばかなし かすがやま 峯のつゞきの まつがえの いかに指ける すゑなれや きたの藤なみ かけてだに 云にもたらぬ しづえにて した行く水の こされつゝ いつゝの品に としふかく 十とてみつに へにしより よもぎの門に さしこもり みちのしば草 おひはてゝ 春のひかりは こととをく 秋はわが身の うへとのみ つゆけき袖を いかゞとも とふ人もなき まきの戸に 猶ありあけの つきかげを まつ ことがほに ながめても 思ふこゝろは おほぞらの 空しき名をば おのづから 殘さむことも あやなさに なにはの ことも 津のくにの 葦のしをれの 刈りすてゝ すさびにのみぞ なりにしを きし打つ浪の たちかへり かゝるみ ことも かしこさに 入江のもくづ かきつめて とまらむ跡は みちのくの 忍ぶもぢずり みだれつゝ 忍ぶばかりの ふしやなからむ


返し歌


山川のせゞのうたかた消えざらばしられむ末の名社惜けれ




清輔朝臣


あしねはふ うき身の程や つれもなく 思ひもしらず すぐしつゝ ありへける社 うれしけれ 世にも嵐の やまかげに たぐふ木葉の ゆくへなく 成なましかば まつが枝に 千世に一だび 咲くはなの 稀なることに いかでかは 今日は近江に ありといふ くち木の杣に くちゐたる 谷のうもれ木 なにごとを 思ひいでにて くれたけの 末の世までも しられまし うらみを殘す ことはたゞ とわたる船の とりかぢの 取もあへねば 置くあみの しづみ思へる こともなく 木の下がくれ 行くみづの 淺きこゝろに まかせつゝ かき集めたる くちばには 由もあらぬに 伊勢の海の あまのたく繩 ながき世に とゞめむ ことぞ やさしかるべき


上西門院兵衞


はるははな 秋はもみぢの いろ/\に 心にそめて すぐせども 風にとまらぬ はかなさを 思ひよそへて なにごとを むなしき空に すむつきの 浮世にめぐる ともとして あはれ/\と みるほどに つもれば老と なりはてゝ おほくの年は よるなみの かへる水屑の かひなきは はかなく結ぶ 水のおもの うたかたさへも 數ならぬかな




俊頼朝臣

權中納言通俊かつらの家にて旋頭歌よみ侍りけるに戀の心をよめる


つれなきを思ひ明石の怨みつゝ蜑のいさりにたく藻の煙おもかげにたつ




藤原顯綱朝臣

家に人々まうできて旋頭歌よみ侍りけるに旅の心をよめる


草枕ゆふ露はらふ旅ごろも袖もしをゝにおきあかす夜の數ぞかさなる




清輔朝臣

百首の歌奉りける、旅の歌


松が根のしもうちはらひめもあはで思ひやる心やいもが夢にみゆらむ




伊勢

物名

りうたむをよみ侍りける


風寒みなく雁がねの聲によりうたむ衣をまづやかさまし




しをに


うけとめむ袖をし緒にて貫かば涙の玉のかずはみてまし




躬恒

たなばだ


年にあひ稀にきませる君を措てまた名はたてじ戀は死ぬ共




ひともと菊


あだ なりと人もときくか物からに花の方りは過がてにする


二條太皇太后大貳

くつわむし


數ならぬかゝるみくづはむしろだの鶴の齡も何か祈らむ




すだれかけ


風にゆく雲をあだにも我はみずたれか煙を遁れ果つべき




權中納言定頼

わかぐり


立變りたれならすらむ年をへてわがくりかへし行歸る道




俊頼朝臣

はぎの花


常盤木のはなれて獨見えつるは類なしとや身をば知る覽




この島のみやしろ


あなしにはこの島のみや白妙の雪に紛へる浪は立つらむ




大炊御門右大臣

久安百首の歌に、たき物


大井川くだす筏の隙ぞなきおちくる瀧ものどけからねば




左京大夫顯輔

ときのふだ


つらけれど昨日頼めし言の葉に今日迄いける身とは知ずや




清輔朝臣

からにしき


睦言も盡きてあけぬと聞くからに鴫の羽根掻恨めしき哉




花薗左大臣家小大進

かゝげのはこ


霜ふればなべて枯れぬる冬草も岩ほが陰のはこそ萎れね




從三位頼政

から錦をよみ侍りける


うば玉のよるはすがらにしき忍ぶ涙の程を志る人もなし




基俊

みつながしはをよめる


ちる紅葉なほ柵にかけとめよ谷の下みづながしはてじと




後徳大寺左大臣

物名の歌よみ侍りけるに、やまとごと、かぐら


湊山とことはに吹く汐かぜにゑじまの松は浪やかくらむ




殷富門院大輔

きむのこと


狩衣志かまのかぢに染めてきむ野毎の露に歸らまく惜し




源有仲

錦のふすまをよめる


昔見し外山のさとは荒れにけり淺茅が庭に鴫のふすまで




鴨光兼

志きり羽の矢といふことを人のよませ侍りけるに


隔てこし霧は野山にはれねどもゆく方志るくを鹿鳴く なり


俊頼朝臣

春つれ%\に侍りければ權大納言公實の許に遣しける


儚しなをのゝ小山田作り兼てをだにも君はてをふれずや

返しはせで頓てまうできていざゝは花尋ねむなどさそひ侍りける。




權中納言俊忠

堀河院の御時藏人頭にて殿上にさぶらひける朝出させ給ひてこいたじきときのふだをくつかうぶりによめと仰せ言侍りければ仕うまつりける


こし袂いとらひがたき旅のよの白露拂ふ木々のこのした




橘廣房


この里はいはねど志るき谷水の志づくもにほふ菊の下枝




藤原行能朝臣

清見がた、富士の山をよみ侍りける


君しのぶよな/\分けし道芝のかはらぬ露や絶えぬ白玉




二條太皇太后大貳

庚申の夜あやめ草を折句によみ侍りける


あな戀し八重の雲路にめも合ず暮るゝ夜な/\騷ぐ心か




同じ文字なき歌とてよみ侍りける


あふ ことよ今はかぎりの旅なれや行末志らで胸ぞもえける


大僧正親嚴

春の始に定家にあひて侍りける次でに僧正聖寶はをはじめ、るをはてに、ながめをかけて春の歌よみて侍る由をかたり侍りければその心よまむと申してよみ侍りける


初子日摘める若菜か珍らしと野邊の小松に傚へとぞ見る






新勅撰和歌集
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