Title: Shoku shui wakashu
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Title: Kokka taikan
Author: Anonymous
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Title: Library of Congress Subject Headings
13th century Japanese fiction poetry masculine/feminine LCSH 11/2002
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11/2002
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續拾遺和歌集

續拾遺和歌集卷第一
春歌上

前大納言爲家

春立つ心をよみ侍りける


あら玉の年は一夜をへだてにて今日より春と立つ霞かな




後京極攝政前太政大臣

千五百番歌合に


おしなべて今朝は霞の敷島や大和もろこし春をしるらし




皇太后宮大夫俊成

久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時、春の始の歌


春立つと空にしろきはかすが山峯の朝日の景色なりけり




従二位家隆

題志らず


天の原かすみてかへるあら玉の年こそ春の始めなりけれ




參議雅經

建保四年後鳥羽院に百首の歌奉りける時


久方のあまぎる雪のふりはへて霞もあへず春はきにけり




正三位知家

初春の心を


深雪ふる尾上の霞立ちかへりとほき山邊に春はきにけり




萬里小路右大臣

寳治元年十首歌合に、早春霞


今もなほ雪はふりつゝ朝霞立てるやいづこ春はきにけり




順徳院御製

題志らず


降りつもる松の枯葉の深ければ雪にもおそき谷のかげ草




從二位家隆


しがらきの外山のこずゑ空さえて霞にふれる春のしら雪




太上天皇

人々に百首の歌めされしついでに


かすめどもまだ春風は空さえて花待ちがほにふれる沫雪




前内大臣


庭の面は積りもやらずかつ消えて空にのみふる春の沫雪




前關白左大臣一條

殘雪の心を


春なれど猶風さゆる山かげにこほりて殘る去年のしら雪




院少將内侍

建長六年三首の歌合に、鶯


白雪はふるすながらも鶯の鳴く音に春やあらたまるらむ




源具親朝臣

千五百番歌合に


春風や梅の匂ひをさそふらむ行くへ定めぬうぐひすの聲




權大納言長家

障子に山里の梅に鶯書きたる所をよみ侍りける


梅がえに鳴く鶯やしるべして花のたよりに人のとふらむ




太上天皇

位におましましける時うへのをのこども雪中梅といへる心をつかうまつりけるついでに


折りてこそ花もわかるれ梅がえにおなじ色そふ春の沫雪




前大納言良教

おなじ心を


咲きにける垣根の梅は色見えてかつちる雪に春風ぞ吹く




西園寺入道前太政大臣

建保四年百首の歌奉りけるとき


春風やなほさむからし梅の花咲きそふ枝に雪はふりつゝ




西行法師

題しらず


けふは唯忍びもよらで歸りなむ雪の降積むのべの若菜を




千五百番歌合に

前中納言定家


消えなくに又やみ山を埋むらむ若なつむ野も淡雪ぞふる




後鳥羽院御製

若菜をよませ給ひける


しろたへの袖にぞまがふ都人わかなつむ野の春のあわ雪




前内大臣

寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、澤若菜を


石上ふる野の澤の跡しめて春やむかしとわかなつみつゝ




讀人しらず

題しらず


今よりは春になりぬとかげろふの下もえ急ぐのべの若草




土御門院御製

野外霞


春のきる霞のつまや籠るらむまたわか草のむさしのゝ原




前中納言定家

建保二年内裏の詩歌を合せられ侍りける時、おなじ心を


立ちなるゝ飛火の野守おのれさへ霞にたどる春の明ぼの




西園寺入道前太政大臣

洞院攝政の家の百首の歌に、霞


神代よりかすみもいくへ隔てきぬ山田の原の春の明ぼの




從三位行能


あづさゆみ矢野の神山春かけて霞は空にたなびきにけり




前大納言爲氏

文永四年内裏の詩歌を合せられ侍りし時、春日望山


はるかなる麓はそことみえわかで霞の上にのこる山のは




右兵衛督基氏

春の歌の中に


雲居より長閑にかすむ山の端のあらはれ渡る春の明ぼの




前大納言爲家


佐保姫の名におふ山もはるくればかけて霞の衣ほすらし




山階入道左大臣

文永二年七月白河殿にて人々題をさぐりて七百首の歌つかうまつりける時、瀧霞を


水上は雲のいづくも見えわかずかすみて落つる布引の瀧




僧正行意

名所の百首の歌奉りける時


伊勢の海はるかにかすむ浪間より天の原なるあまの釣舟




道因法師

たごの浦にまかりてよみ侍りける


田子の浦の風ものどけき春の日は霞ぞ波に立ち代りける




源俊頼朝臣

海邊霞と云ふ こと

春霞たなびく濱はみつしほに磯こす波のおとのみぞする




藤原隆信朝臣

霞隔浦といへる心を


與謝のうらの霞晴れ行く絶間より梢ぞ見ゆる松の村だち




藤原爲世朝臣

題志らず


立ちわたるかすみに波は埋もれて磯邊の松にのこる浦風




中務卿宗尊親王


浦とほき難波の春の夕なぎに入り日かすめるあはぢ島山




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、霞を


見るまゝに波路遙になりにけりかすめばとほき浦の初島




院辨内侍

建長二年詩歌を合せられ侍りける時、江上春望


漕ぎかへるたなゝしを舟見えぬ迄おなじ入江に霞む春哉




前關白左大臣一條

夾路柳繁と云ふ事を


枝かはす柳がしたに跡絶えて緑にたどるはるのかよひぢ




西園寺入道前太政大臣

建保四年内裏の百番歌合に


青柳の糸を緑によりかけてあはずば春になにを染めまし




鎌倉右大臣

雨中柳といへる心を


青柳の糸よりつたふしら露をたまとみるまで春雨ぞふる




六條入道前太政大臣

題しらず


梅の花こゝろをそむる程ばかり匂は袖にとまりやはする




後嵯峨院御製

建長六年三首の歌合に、梅


袖ふれば色までうつれくれなゐの初花染にさける梅が枝




前大納言隆季

春の歌の中に


朝霞梅のたち枝はみえね共そなたの風にかやはかくるゝ




山階入道左大臣

家に十首の歌よみ侍りけるに梅風といへる心を


梅が香は花なき里も匂ふらし垣ねつゞきのはるの夕かぜ




前中納言資平

建長六年三首の歌合に、梅


梅の花匂ふあたりの春風やまづ人さそふしるべなるらむ




藻壁門院少將

題志らず


槇の戸を明けて夜深き梅が香に春の寐覺を問ふ人もがな




月花門院

里に出でたる人のおそく參りければ梅の花折りてつかはすとて


色香をもしる人なしと思ふらむ花の心をきてもとへかし




鎌倉右大臣

故郷梅といふ心をよみ侍りける


誰にかもむかしをとはむ故郷の軒端の梅も春をこそしれ




藤原信實朝臣

曉歸鴈といへる こと

明けて見ぬたが玉章を徒らにまだ夜をこめてかへる雁金




洞院攝政左大臣

光明峯寺入道前攝政の家の歌合に、霞中歸雁


跡絶えて霞に歸る雁金のいまいく日あらばふるさとの空




入道二品親王性助

百首の歌奉りし時


立ちわたる霞へだてゝかへる山きてもとまらぬ春の鴈金




入道親王尊快

歸鴈を


春雨につばさしをれて行く鴈の雲にあとなき夕暮のそら




按察使公通

尋山花といへる心を


今日みずばあすも尋ねむ山櫻夜のまの程に咲もこそすれ




藤原清輔朝臣

花の歌の中に


少女子が袖ふる山をきてみれば花の袂はほころびにけり




院少將内侍

冷泉太政大臣北山の花さきなばとたのめて後おとづれず侍りければつかはしける


契りしにあらぬつらさの山櫻獨りはえこそ尋ねざりけれ




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りける時、花


白雲の色はひとつをさくら花さきぬとにほふ春の山かぜ




順徳院御製

題志らず


櫻花咲くと見しまに高砂の松をのこしてかゝるしらくも




參議雅經

建保四年百首の歌奉りける時


立ち返り外山ぞかすむ高砂の尾上のさくら雲もまがはず




西園寺入道前太政大臣

道助法親王の家に五十首の歌詠侍りけるに、山花


櫻さく山はかすみにうづもれてみどりの空にのこる白雲




後久我太政大臣

建保三年五首の歌合に、春山朝


山姫のかすみの袖や匂ふらし花にうつろふよこ雲のそら




前内大臣

花の歌の中に


雲間より峯の櫻をいづる日のそらもうつろふ花の色かな




雅成親王


紅のうす花ぞめの山ざくら夕日うつろふくもかともみゆ




光明峰寺入道前攝政左大臣


櫻花かすみあまぎる山のはに日もかげろふの夕暮のそら




中務卿宗尊親王

暮山春望と云ふ事を


花の香はそこともしらず匂ひきて遠山かすむ春の夕ぐれ




前内大臣

山階入道左大臣の家に十首の歌よみ侍りけるに、寄霞花といへる心を讀みてつかはしける


おのづから風のつてなる花の香のそこ共しらず霞む春哉




前大納言良教

文永四年内裏の詩歌合に春日望山


風薫る木のした風は過ぎやらで花にぞ暮すしがの山ごえ




藤原隆祐朝臣

前大納言爲家の家に百首の歌よみ侍りけるに


暮れぬとてながめもすてじ櫻花うつろふ山にいづる月影




土御門院御製

大納言通方藏人頭に侍りける時内より女房ともなひて月あかき夜大炊殿の花見にまかりけるを聞召してつかはされける


尋ぬらむ梢に移るこゝろかなかはらぬ花を月に見れども




京極前關白家肥後

題しらず


春の夜は梢に宿る月の色を花にまがへてあかず見るかな




後鳥羽院御製


哀知るひとはとひこで山里の花にかたぶくあたら夜の月




續拾遺和歌集卷第二
春歌下

從二位家隆

題志らず


春くれば櫻こきまぜ青柳のかつらき山ぞにしきなりける




皇太后宮大夫俊成

千五百番歌合に


白妙にゆふかけてけりさかき葉に櫻さきそふ天の香具山




守覺法親王の家に五十首の歌よみ侍りける時


吉野山花のさかりやけふならむ空さへ匂ふ嶺のしらくも




藤原隆祐朝臣

花の歌の中に


山ざくら折られぬ岸もなかりけり雲の衣のはな染のそで




權中納言公守

山階入道左大臣の家の十首の歌に、寄露花


折る袖もうつりにけりな櫻花こぼれてにほふ春の朝つゆ




藤原光俊朝臣

文永二年七月白河殿にて人々題をさぐりて七百首の歌つかうまつりける時、花留人と云ふことを


木のもとにおくる日數のつもりなば故郷人や花を恨みむ




後嵯峨院御製

題志らず


吹く風の誘ふ匂ひをしるべにて行くへ定めぬ花の頃かな




平忠盛朝臣


いづくとも春はすみかぞなかりける心を誘ふ花に任せて




平泰時朝臣


ほの%\と明け行く山の高嶺より霞ににほふ花のしら雲




皇太后宮大夫俊成女

寳治元年十首の歌合に、山花


春はまた花のみやことなりにけり櫻に匂ふみよし野の山




前大納言爲氏

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、おなじ心を


吉野山幾代の春かふりぬらむ尾上の花をくもにまがへて




權大納言經任

百首の歌奉りし時


今もまた昔ながらの春にあひて物おもひなく花を見る哉




前大納言資季

内より八重櫻をめされけるにそへて奉りける


九重のまぢかき宿のやへざくら春を重ねて君ぞ見るべき




光明峯寺入道前攝政左大臣

前中納言定家のもとへ八重櫻につけてつかはしける


徒らに見る人もなきやへ櫻やどから春やよそに過ぐらむ




中務卿具平親王

見花日暮といへる心を


春は猶こぬ人またじ花をのみ心のとがにみてをくらさむ




後鳥羽院御製

題志らず


昔誰れあれなむ後のかたみとて志賀の都に花をうゑけむ




前内大臣


散らぬまは尾上の櫻行きて見ぬ人もしのべと匂ふ春かぜ




院辨内侍


おのづから風のやどせる白雲のしばしと見ゆる山櫻かな




西行法師


年をへて待つもをしむも山櫻花にこゝろを盡すなりけり




平重時朝臣


さゞ波やながらの櫻長き日に散らまく惜しき志賀の浦風




參議雅經

道助法親王の家の五十首の歌に、山花


あだなりといひはなすとも櫻花たが名はたゝじ峯の春風




藤原爲世朝臣

百首の歌奉りし時


風通ふおなじよそめの花の色に雲も移ろふみよしのゝ山




[1]從二位家隆

建保四年内裏の百番歌合に


初瀬山うつろはむとや櫻ばな色かはり行くみねのしら雲




從二位行家

文永四年内裏の詩歌合に、春日望山


見渡せば色の千さぐに移ろひてかすみをすむる山櫻かな




前中納言雅言

建長六年三首の歌合に、櫻


わかざりし外山の櫻日數へてうつればかはる峯のしら雲




正三位知家

花の歌の中に


山たかみうつろふ花を吹く風に空に消え行く峯のしら雲




從二位成實

暮山花といへる心を


櫻色の雲のはた手の山風に花のにしきのぬきやみだれむ




參議雅經

題志らず


霞立つ春のころものぬきをうすみ花ぞ亂るゝよもの山風




前大僧正慈鎭

建仁元年五十首の歌奉りける時


末の松山もかすみの絶え間より花の波こす春はきにけり




藤原基俊

雲林院の花をみて


人しれず我やまちつる山櫻見るをりにしも散り始むらむ




式子内親王

百首の歌の中に


吹く風ものどけき御代の春に社心と花の散るは見えけれ




信實朝臣

西園寺入道前太政大臣の家の卅首の歌に


雲よりもよそになり行くかつらきの高間の櫻嵐吹くらし




前大納言爲家

建長三年吹田にて十首の歌奉りけるに


立ちまよふおなじ高間の山櫻雲のいづこに花の散るらむ




前中納言匡房

春の歌の中に


夕されば覺束なしや山櫻散りかふはなの行くへ見えねば




權中納言通俊

行路落花といへる心を


散りかゝる花故今日は暮ぬれば朝立つ道もかひなかり鳬




澄覺法親王

山路落花


誰故にあくがれそめし山路とて我をばよそに花の散る覽




太上天皇

庭落花といへる心をよませ給うける


今はとて散るこそ花のさかりなれ梢も庭もおなじ匂ひに




入道内大臣源道成大納言道方男

西山なる所に花見にまかりて詠み侍りける


山櫻ちるをも何かをしみけむおなじ梢にかへすはるかぜ




前左兵衞督教定

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に


根にかへる花ともみえず山櫻あらしのさそふ庭のしら雪




春宮大夫實兼

百首の歌奉りし時


尋ねこむ春より後のあともがな志がのみこやの花の白雲




皇太后宮大夫俊成女

寳治二年百首の歌奉りけるに、落花


けふとても櫻は雪とふるさとの跡なき庭を花とやはみる




權中納言經平

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、庭上落花


訪ふ人のまたれし物を庭の面にあとをしむまで散る櫻哉




大納言俊明

堀川院の御時鳥羽殿にて池上花といへる心を講ぜられけるに


打ちよする波に散りかふ花みれば氷らぬ池に雪ぞ積れる




順徳院御製

建保二年詩歌合に、河上花


吉野河雪げの水の春のいろにさそふともなき花の下かぜ




從二位行家

春の歌の中に


吉野河瀧のうへなる山ざくら岩こすなみの花と散るらし




侍從雅有

百首の歌奉りし時


筑波ねの嶺の櫻やみなの河ながれて淵と散りつもるらむ




常磐井入道前太政大臣

建保四年内裏の百首の歌合に


泊瀬河花のみなわのきえがてに春あらはるゝ瀬々の白波




後久我太政大臣


山川に春ゆく水はよどめども風にとまらぬ花の志がらみ




後鳥羽院御製

題志らず


散花にせゞの岩間やせかるらむさくらにいづる春の山川




從二位行家


足引のみ山がくれに散る花をさそひていづる谷川のみづ




入道二品親王道助


吹く風は宿りも志らず谷川の花の行くへをゆきて恨みむ




藻壁門院少將


移ろふも目も見ぬ風のつらさにて散ぬる花を誰に喞たむ




院辨内侍


咲きまがふ花の仇名はふりはてゝ雲にとまらぬ春の山風




肥後

京極入道前關白宇治にて霞隔殘花といへる ことをよませ侍りけるに

立ちかくす霞ぞつらき山櫻かぜだにのこす春のかたみを




前大納言公任

花山院花御覽ぜられける御ともにまゐりて尋花といへる心を人々讀み侍りける時


見る儘にかつ散る花を尋ぬれば殘れる春ぞ少なかりける




順徳院御製

百首の歌よませ給ひける中に


雪とのみふるの山邊は埋もれて青葉ぞ花の志るし なりける


前大納言爲氏

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、春月を


春の夜の霞の間より山の端をほのかにみせていづる月影




後嵯峨院御製

文永二年七月白河殿にて人々題をさぐりて七百首の歌つかうまつりけるついでに、浦春月


所から光かはらば春のつき明石のうらはかすまずもがな




前關白左大臣一條

深夜春月といへる心を


晴れ間待つ心計りを慰めてかすめる月に夜ぞ更けにける




常磐井入道前太政大臣

題志らず


惜むべき雲のいづくの影もみずかすみて明る春の夜の月




從二位家隆

苗代を


春くればうき田の森に引く志めや苗代水のたよりなる覽




光俊朝臣


をちこちの苗代水にせきかけて春行く河は末ぞわかるゝ




正三位知家

道助法親王の家の五十首の歌の中に、河山吹


吉野河折られぬみづにそでぬれて浪にうつろふ岸の山吹




惟明親王

おなじ心を


折りてみむ ことだに惜しき山吹の花の上こすゐでの川なみ


讀人志らず

題志らず


散りぬべき井出の山吹けふこずば花の盛や人にとはまし




鎌倉右大臣


玉もかるゐでの川風吹きにけりみなわにうかぶ山吹の花




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りける時、山吹を


ちればかつ波のかけたる柵や井出こすかぜの山吹のはな





僞の花とぞみゆる松山のこずゑをこえてかゝるふぢなみ




後嵯峨院御製

寳治二年百首の歌めしけるついでに、松上藤


深みどりいろも變らぬ松が枝は藤社春の志るしなりけれ




土御門院小宰相


いかにして常磐の松の同じ枝に懸れる藤の花に咲くらむ




前中納言定家

土御門内大臣の家の歌合に、雨中藤花


志ひて猶袖ぬらせとや藤の花春はいくかの雨にさくらむ




前内大臣

寳治二年百首の歌奉りけるに、暮春


里わかずおなじ夕にゆく春を我れぞ別れと誰れ惜むらむ




前中納言定家

おなじ心を


つれもなく暮れぬる空を別にて行く方志らず歸る春かな




[1] Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa shoten, 1983, vol. 1; hereafter cited as SKT) assigns poem number 95.




續拾遺和歌集卷第三
夏歌

後嵯峨院御製

寳治二年百首の歌めしけるついでに、首夏の心を


新玉のとしをかさねてかへつれど猶ひとへなる夏衣かな




山階入道左大臣


今日とてや大宮人の白妙にかさねてきたる蝉のはごろも




赤染衛門

遲櫻につけて人のもとにつかはしける


山がくれ人はとひこず櫻花春さへすぎぬたれに見せまし




衣笠内大臣

題志らず


時鳥忍ぶ比とは志りながらいかにまたるゝ初音なるらむ




後徳大寺左大臣


我はまだ夢にもきかず時鳥待ちえぬ程はぬるよなければ




平政村朝臣


子規ねぬ夜のかずは思ひ志れたが里分かずねをばなく共




前大納言爲家


時鳥まつとばかりの短夜にねなまし月のかげぞ明け行く




源兼氏朝臣

待郭公と云ふ ことをよみ侍りける

有明の月にぞ頼むほとゝぎすいひしばかりの契ならねど




中務卿宗尊親王

おなじ心を


待ちわびて今宵も明ぬ時鳥たがつれなさにねを習ひけむ




右近大將通基


尋ねきてけふも山路にくれにけりこゝろ盡しの時鳥かな




右兵衞督基氏


古への誰がならはしに郭公またでは聞かぬ初音なるらむ




後法性寺入道前關白太政大臣

右大臣に侍りける時家に百首の歌讀み侍りけるに杜鵑を


宿ごとに誰かはまたぬ時鳥いづこを分きて初音鳴くらむ




大納言經信

夏の歌の中に


待たで聞く人もやあらむ時鳥鳴かぬにつけて身社志らるれ




和泉式部


待たねども物思ふ人はおのづから山郭公まづぞきゝつる




從二位家隆


白妙のころもほすよりほとゝぎすなくや卯月の玉川の里




光俊朝臣


知る志らず誰れきけとてか時鳥綾なくけふは初音鳴く覽




信實朝臣


一聲のおぼつかなきに郭公われもきゝつといふ人もがな




藤原隆博朝臣

聞郭公と云ふ こと

一こゑのあかぬ名殘を時鳥きかぬになして猶やまたまし




源道濟

遙聞時鳥といへる心を


遙なるたゞ一聲にほとゝぎす人のこゝろを空になしつる




醍醐入道前太政大臣

題志らず


時鳥たゞひとこゑと契りけりくるれば明くる夏の夜の月




後鳥羽院御製


時鳥雲のいづくにやすらひて明けがた近き月に鳴くらむ




後京極攝政前太政大臣

文治六年女御入内の屏風に


思ひ志れ有明方のほとゝぎすさこそは誰もあかぬ名殘を




俊惠法師

後法性寺入道前關白右大臣に侍りける時家に百首の歌詠み侍りけるに、郭公


訪問れむ事をぞ待ちし時鳥かたらふまでは思はざりしを




寂超法師

夏の歌の中に


山がつとなりても猶ぞ郭公鳴く音にあかで年はへにける




從三位頼政


時鳥おどろかすなりさらぬだに老の寐覺は夜ふかき物を




能因法師

卯月のつごもりがたに津の國にまかりてよみ侍りける


五月まつなにはの浦の時鳥海士のたくなはくり返し鳴け




前中納言雅具

菖蒲を詠み侍りける


あやめ草一夜ばかりの枕だに結びもはてぬ夢のみじかさ




太上天皇

百首の歌めされしついでに


菖蒲草いつの五月に引きそめて長き例のねをもかくらむ




前大納言隆房

正治二年後鳥羽院に百首の歌奉りける時


穗に出む秋をけふより數へつゝ五百代小田に早苗とる也




前中納言定家

建保三年五首の歌合に、夕早苗


新玉の年ある御代の秋かけてとるや早苗にけふも暮つゝ




前内大臣

百首の歌奉りし時


橘のかげふむ道はむかしにて袖の香のこる世々のふる郷




右近大將通忠

寳治元年十首の歌合に 五月時鳥


橘の匂ふ五月のほとゝぎすいかに忍ぶるむかしなるらむ




如願法師

題志らず


暮れかゝる志のやの軒の雨のうちにぬれて言とふ時鳥哉




前關白左大臣一條


時鳥ふり出でゝなけ思ひ出づる常磐の森の五月雨のそら




權僧正實伊


見渡せばかすみし程の山もなし伏見のくれの五月雨の頃




春宮大夫實兼

百首の歌奉りし時


晴れやらぬ日數をそへて山の端に雲も重なる五月雨の空




衣笠内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、五月雨を


濡れてほす隙こそなけれ夏がりの芦屋の里の五月雨の頃




前大納言爲家

洞院攝政の家の百首の歌に、おなじ心を


滿つ汐のながれひるまもなかりけり浦の湊の五月雨の頃




藤原忠資朝臣

題志らず


名のみして岩波たかく聞ゆなりおとなし川の五月雨の頃




侍從雅有

百首の歌奉りし時


五月雨はふる川のべに水越えて波間にたてる二もとの杉




皇太后宮大夫俊成

前右近中將資盛の家の歌合に、五月雨


五月雨は雲間もなきを河社いかにころもを篠にほすらむ




後嵯峨院御製

鵜河をよませ給うける


夕闇にあさせ白波たどりつゝみをさかのぼる鵜かひ舟哉




權大納言公實

閏五月朔日ごろに詠み侍りける


またさらに初音とぞ思ふ郭公おなじ早月も月しかはれば




太上天皇

百首の歌めされしついでに


あづまやのまやの軒端の短夜に餘り程なき夏のよのつき




按察使高定


凉しさにあかずもある哉石間行く水に影見る夏のよの月




修理大夫顯季

依月夏凉といへる心を


詠むればすゞしかりけり夏の夜の月の桂に風や吹くらむ




源有長朝臣

大納言通方人々すゝめて八幡宮にて歌合し侍りけるに、夏凉月


夏深きみつのゝまこも假寢して衣手うすき夜はの月かげ




藻壁門院但馬

寳治百首の歌奉りける時、夏月


手にならす扇の風も忘られて閨もる月のかげぞすゞしき




法印覺寛

人々に七十首の歌よませて侍りける時、夏の歌


更けぬ共思はぬ程のうたゝねに軈て明け行く夏の夜の空




入道二品親王道助

寳治百首の歌奉りける時おなじ心を


夏草に混るさ百合はおのづから秋にしられぬ露や置く覽




前大納言資季


石上ふるの中道いまさらにふみ分けがたくしげる夏ぐさ




信實朝臣

承久元年内裏の歌合に、水邊夏草


おのづから野中の清水知る人も忘るばかりにしげる夏草




土御門院御製

題志らず


夏草のふかき思ひもある物をおのればかりと飛ぶ螢かな




中務卿宗尊親王

家に百首の歌詠み侍りけるに


夜は燃え晝は消え行く螢哉衛士のたく火にいつ習ひけむ




如願法師

浦螢と云ふ こと

埋れぬこれや難波の玉がしは藻にあらはれて飛ぶ螢かな




正三位知家

題志らず


芦のやの蜑のなはたく漁火のそれかとばかり飛ぶ螢かな




土御門院御製

螢火亂飛秋已近といへる心を


小笹原しのにみだれてとぶ螢今いく夜とか秋を待つらむ




前内大臣

寳治百首の歌奉りける時、夕立


あはぢ島夕立すらしすみよしの浦のむかひにかゝる村雲




寂蓮法師

おなじ心を


谷河の流れをみてもしられけり雲こす峰のゆふだちの空




前關白左大臣一條


掻き曇る程こそなけれあま雲のよそになりゆく夕立の空




後鳥羽院御製


夕立の晴れ行く峰の木の間より入日すゞしき露の玉ざゝ




式乾門院御匣

百首の歌奉りし時


[2]白雨のなごりの露ぞおきまさる結ぶばかりの庭の夏ぐさ




前右兵衛督爲教

夏の歌の中に


露ふかき庭のあさぢに風過ぎて名殘すゞしき夕立のそら




參議雅經


露まがふ日影になびく淺ぢふのおのづから吹く夏の夕風




前大納言爲氏

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、杜蝉


折りはへて音に鳴きくらす蝉のはの夕日も薄き衣手の杜




前大僧正慈鎭

建仁元年五十首の歌奉りける時


夕されば野中の松のしたかげに秋風さそふ日ぐらしの聲




順徳院御製

納凉の心を


夏深き板井の水のいはまくら秋風ならぬあかつきぞなき




前中納言定家

建保四年内裏の百番の歌合に


夏はつる御秡もちかき川風に岩波たかくかくるしらゆふ




西園寺入道前太政大臣

同じ年百首の歌奉りけるとき


御秡する幣も取敢へず水無月の空に知られぬ秋風ぞふく




[2] SKT reads 夕立の.




續拾遺和歌集卷第四
秋歌上

太上天皇

人々に百首の歌めされしついでに


今朝變る秋とは風の音羽山音に聞くより身にぞ志みける




光明峯寺入道前攝政左大臣

初秋の心を


けさはまた草ばの玉の數そひて露吹きむすぶ秋の初かぜ




太宰權帥爲經

寳治百首の歌奉りける時、早秋


蝉の羽の梢に薄き夏ごろもかはらずながら秋はきにけり




從三位行能

道助法親王の家の五十首の歌に、おなじこゝろを


風の音もいつ變るらむ秋は來てまだ淺茅生のをのゝ篠原




後鳥羽院御製

題志らず


いつしかと荻のうは葉も音づれて袖に志をるゝ秋の初風




院少將内侍

光明峯寺入道前攝政の家の秋の卅首の歌の中に


芦の葉の音にもしるし津の國のこや吹き初むる秋の初風




後嵯峨院御製

初秋の心をよませ給うける


さらでだに夏をわするゝ松陰の岩井の水に秋はきにけり




右近大將通忠

寳治元年十首の歌合に、初秋風


岡のへやいつ共わかぬ松風のみにしむ程に秋はきにけり




前内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、早秋


いそのかみふる野の松の音までもむかしを殘す秋の初風




前大僧正隆辨

秋の歌の中に


いつしかと風渡るなり天の河うき津の波に秋やたつらむ




權中納言經平

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、七夕を


織女の雲のころもの秋風にあふたのみとや今宵待つらむ




堀河院中宮上總

七月七日いかにいひたる契りなるらむと申しける返事に


契りけむ心の程もひこ星の行きあひの空に誰れかしるべき




權大納言實家

七夕のこゝろを


あさからぬ契とぞ思ふ天の川あふせはとしの一夜なれ共




修理大夫隆康


年に待つ習ひぞつらき天の河逢瀬はちかき渡りなれども




後鳥羽院御製

百首の歌よませ給うけるに


彦星のかざしの玉やあまのがは水かげ草の露にまがはむ




待賢門院堀川

久安百首の歌に


重ねてもあかぬ思ひや増る覽今朝立ち歸る天の羽ごろも




法橋顯昭

七夕後朝の心を


立歸る今朝のなみだに七夕のかざしの玉の數やそふらむ




津守國助

入道二品親王の家に五十音の歌詠み侍りけるに、秋の歌


今よりの露をばつゆと荻の葉に泪かつちる秋かぜぞ吹く




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、荻


荻の葉に風まつ程の夕暮をおとづれかへて人のとへかし




修理大夫顯季

鳥羽院の御時、前栽合に


秋の夜は人まつとしもなけれども荻の葉風に驚かれぬる




順徳院御製

題志らず


狩人の入野の露のしらま弓すゑもとをゝに秋かぜぞ吹く




名所の百首の歌めしけるついでに


少女子が玉ものすそやしをるらむ野島がさきの秋の夕露




皇太后宮大夫俊成女

建保三年五首の歌合に、行路秋


虫の音も我身ひとつの秋風に露分け侘ぶるをのゝしの原




前關白左大臣鷹司

秋の歌の中に


夕暮は我身ひとつの秋にしもあらぬ物ゆゑぬるゝ袖かな




澄覺法親王


心からながめて物を思ふかなわがために憂き秋の空かは




皇太后宮大夫俊成

述懷の百首の歌の中に


藤ばかま嵐たちぬる色よりもくだけて物は我れぞ悲しき




長覺法師

題志らず


から衣すそ野に匂ふ藤ばかまきてみぬさきに綻びにけり




讀人志らず


いづかたに心をよせて女郎花秋風吹けばまづなびくらむ




藤原隆祐朝臣

行路薄といへる心を


袖かへる遠かた人は分け過ぎてのこる尾花に秋風ぞふく




順徳院御製

建保四年百番の歌合に


夕霧の籬の秋のはなずゝきをちかたならぬ袖かとぞ見る




從二位家隆

秋の歌の中に


秋山のすそのゝすゝき打ち靡きくれ行く風に鶉鳴くなり




前内大臣

建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、野草花


萩がはな誰にか見せむ鶉鳴くいはれの野べの秋の夕ぐれ




權中納言公守

萩露と云ふ こと

さらぬだに心おかるゝ萩がえに露もあだなる秋の夕かぜ




土御門院御製

題志らず


萩がはなうつろふ庭の秋風に下葉をまたで露は散りつゝ




藤原範永朝臣

野花移庭と云ふ こと

心ありて露やおくらむ野べよりも匂ひぞまさる秋萩の花




太上天皇

萩をよませ給うける


宮城野の木の下露も色見えてうつりぞまさる秋萩のはな




從三位忠兼

野鹿といへる心を


宮城のゝもと荒の小萩今よりや移ろふ色に鹿の鳴くらむ




春宮大夫實兼

入道二品親王の家に五十首の歌讀みける時


色かはる小萩がもとは露散りて秋の野風にを鹿鳴くなり




津守經國

風前鹿と云ふ こと

かた岡のすそのゝ暮に鹿鳴きて小萩色づく秋かぜぞ吹く




蓮生法師

秋の歌の中に


秋萩の咲きて散りぬる夕露に猶たちぬるゝ鹿ぞ鳴くなる




基俊


妻こふる鹿のなみだや秋萩にこぼるゝほどにおける白露




院少將内侍


いかに吹く秋の夕の風なれば鹿のねながら身にはしむ覽




從三位光成


夜を寒み狩場のをのに鳴鹿のなれは勝らぬ妻をこふらし




後鳥羽院御製

建保四年百首の歌めしけるついでに


露にふすのべの千草の曙におきぬれて行くさを鹿のこゑ




皇太后宮大夫俊成女

題志らず


秋風に外山の鹿はこゑたてゝ露吹き結ぶ小野のあさぢふ




入道右大臣

建長三年九月十三夜十首歌合に、暮山鹿


秋されば山のをのへに聲たてゝ鹿も夕べは物やかなしき




祝部成良

夜鹿と云ふ ことをよめる

高砂の松の嵐は夜さむにて月に更けぬるさをしかのこゑ




入道内大臣

建長二年九月詩歌を合せられける時、山中秋興


足引の山風さむき月かげにさ夜更けぬとや鹿の鳴くらむ




後鳥羽院御製

題志らず


色かはるみを秋山に鳴く鹿のなみだもふかき峯のあさ霧




權大納言公實

承暦二年内裏の歌合に、鹿


霧深き山の尾上にたつ鹿はこゑばかりにや友をしるらむ




藤原爲頼朝臣

初雁を


秋霧の空に鳴くなる初鴈はかすみし春やおもひいづらむ




前大納言爲氏

弘長元年百首の歌奉りし時、おなじ心を


今よりの衣かりがね秋風にたが夜寒とか鳴きてきぬらむ




覺仁法親王

秋の歌の中に


今よりは雲居の鴈も聲たてゝ秋風さむくなりまさるらむ




太上天皇

暮天聞雁といへるこゝろを


遠ざかる聲ばかりして夕暮の雲のいづくに鴈の鳴くらむ




藻壁門院少將

題志らず


夕さればきり立つ空に雁鳴きて秋風さむしをのゝしの原




信實朝臣


雁鳴きて夕霧たちぬ山もとの早田をさむみ秋やきぬらむ




權僧正實伊

百首の歌奉りし時


村雨の雲のたえまに雁鳴きて夕日うつろふ秋のやまのは




普光園入道前關白左大臣

題志らず


見渡せば山の裾野に霧はれて夕日にむかふ松のむらだち




堀川右大臣


とへかしな夕霧うすき杉のはのたえ%\殘る秋の山もと




藤原爲世朝臣

百首の歌奉りし時


東雲のよこ雲ながら立ちこめてあけもはなれぬ峰の秋霧




常磐井入道前太政大臣

秋の歌の中に


伏見山ふもとの霧の絶間よりはるかにみゆるうぢの川波




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りし時、霧


朝ぼらけあらしの山は峰晴れてふもとをくだる秋の川霧




中務卿宗尊親王

題志らず


船よするをちかた人の袖見えて夕霧うすき秋のかはなみ




前中納言定家

百首の歌の中に


ほの%\と我住むかたは霧こめて蘆屋の里に秋風ぞ吹く




式乾門院御匣

文永二年八月十五夜歌合に、未出月


待つほどの空に心をつくせとや猶出でやらぬ秋の夜の月




正三位知家

秋の歌の中に


かたしきの袖の秋風さ夜更けて猶出でがての山の端の月




院少將内侍

建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、月前風


山の端を出でゝさやけき月になほ光をそへて秋風ぞふく




後鳥羽院御製

題志らず


天のはら雲吹きはらふ秋風に山の端たかくいづる月かげ




中納言教良


出づるより雲吹き拂ふ松風にやがてくまなき山の端の月




春宮大夫實兼

九月十三夜五首の歌に、山月


足曳の山の端きよく空すみて雲をばよそにいづる月かげ




平時村

題志らず


村雲のかゝるとみゆる山の端を遙にいでゝすめる月かげ




前中納言資實

秋の頃法輪寺にてよみ侍りける


眺むればみやこの空の浮雲をへだてゝ出づる山の端の月




後嵯峨院御製

秋依月勝といへる心を


わきてこの心盡しは秋ぞとも木のまの月の影よりぞしる




冷泉太政大臣

建長三年九月十三夜十首歌合に、名所月


年をへて光さしそへかすがなる山はみかさの秋の夜の月




中務卿宗尊親王

月の歌の中に


よそまでは何か厭はむかつらぎや月にかゝらぬ峰の白雲




從二位行家

文永二年八月十五夜歌合に、停午月


今こそは板井の水の底までも殘るくまなく月はすみけれ




右大臣

題志らず


昔より名におふ秋の半とて月はこよひぞすみまさりける




後嵯峨院御製

駒迎を


年をへて雲のうへにてみし秋のかげも戀しき望月のこま




正三位知家


夕暮の月よりさきに關こえて木の下くらききりはらの駒




前大納言爲家

前關白一條の家の百首の歌に、關月


相坂や鳥のそら音の關の戸もあけぬと見えてすめる月影




左京大夫顯輔

關路月といへる心を


逢坂の關の清水のなかりせばいかでか月の影をとめまし




續拾遺和歌集卷第五
秋歌下

信實朝臣

題志らず


月影も夜さむになりぬ橋姫のころもやうすきうぢの川風




太宰權帥爲經


橋姫のかたしく袖も夜やさむき月にさえたるうぢの河波




太上天皇

人々題をさぐりて歌つかうまつりしついでに月前眺望といへる心をよませ給うける


嵐山そらなる月はかげさえて河瀬の霧ぞうきてながるゝ




前大納言爲氏

文永五年九月十三夜白河殿の五首歌合に、河水澄月


影やどす月のかつらもひとつにて空よりすめる秋の川水




侍從能清

題志らず


散りつもる紅葉ならねど立田川月にも水の秋はみえけり




典侍親子朝臣

文永五年八月十五夜内裏の歌合に、河月似氷


立田河岩こす波の凍るかとまだきなき名の月にみゆらむ




前大僧正慈鎭

月の歌の中に


照る月の光とともにながれきて音さへすめる山川のみづ




後久我太政大臣

建保二年秋十首の歌奉りけるとき


石ばしる瀧つ岩根の秋の月やどるとすれど影もとまらず




野宮左大臣

千五百番歌合に


せきとむる岩間の水にすむ月や結べばとくる氷なるらむ




平政村朝臣

題志らず


み船こぐ堀江の蘆におく露の玉しくばかり月ぞさやけき




惟宗忠景


夜舟漕ぐ由良の湊の汐かぜにおなじとわたる秋の月かげ




平清時


思ひやる浦の初島おなじくばゆきてや見まし秋の夜の月




右衛門督實冬

文永七年八月十五夜内裏の三首の歌に、海月と云ふ こと

さゝ島や夜わたる月の影さえて磯こす波に秋かぜぞ吹く




前大納言爲氏

弘長三年同じ百首の歌奉りし時、浦月


須磨の浦や關の戸かけて立つ波を月に吹きこす秋の汐風




後堀河院民部卿典侍

光明[3]

寺入道前攝政の家の八月十五夜の歌合に、名所月

清見がた月の空にはせきもゐずいたづらに立つ秋の浦波




登蓮法師

月の歌の中に


清見がた月すむ夜はの村雲は富士の高嶺のけぶりなり鳬




衣笠内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、月を


夜さむなる生田の杜の秋風にとはれぬ里も月や見るらむ




從二位行家

文永五年八月十五夜内裏の歌合に、田家見月


稻葉吹く蘆の丸やの秋風に寐ぬよをさむみすめる月かげ




前内大臣

建長三年九月十三夜十首の歌合に、田家月


獨りすむ門田の庵の月影にわがいねがてを問ふ人もなし




安嘉門院四條

題志らず


風の音も吹き増る也さらでだに我が寢がての秋のよの月




前攝政左大臣


月見ても秋や昔と忍ばれて本の身ながらみこそつらけれ




前大納言爲家


秋をへて遠ざかり行く古へをおなじ影なる月に戀ひつゝ




後嵯峨院御製

建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、月前風


古への風もかはらぬ我宿はすみなれてこそ月も見るらめ




皇太后宮大夫俊成

老の後月をみてよみ侍りける


詠むれば六十の秋もおぼえけり昔をさへや月は見すらむ




式子内親王

月の歌とて


詠むれば我心さへはてもなく行くへも志らぬ月の影かな




衣笠内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、月


鵲のとわたるはしもしろたへの初霜いそぐ秋のつきかげ




後京極攝政前太政大臣

月の五十首の歌讀み侍りけるに

さらぬだに更くるは惜しき秋の夜の月より西に殘る白雲




後久我太政大臣

建保百首の歌奉りける時


月に行く遠山ずりのかり衣しをるゝ露に夜は更けにけり




左兵衛督信家

建長三年吹田にて十首の歌奉りける時、秋の歌


ながしとも何思ひけむ山鳥のをのへにかゝる秋のよの月




法印定圓

題志らず


呉竹のは山の霧の明けがたになほよをこめて殘る月かげ




如願法師


鐘のおとも明け離れ行く山のはの霧にのこれる有明の月




後京極攝政前太政大臣

家の六百番歌合に


山とほき門田の末はきり晴れてほなみにしづむ有明の月




光俊朝臣

光明峯寺入道前攝政の家の秋の卅首の歌の中に


秋の田のほむけかたより吹く風に山本みえてはるゝ夕霧




前内大臣

寳治百首の歌奉りける時秋田を


夕日さす門田の秋のいな莚わさ穗かりしき今やほすらむ




前大納言爲氏

山階入道左大臣の家の十首の歌に、田家秋寒


露霜のおくてのいなば色づきてかり庵さむき秋の山かぜ




權大納言家長

秋の歌の中に


小山田の庵もる賤が衣手は露も夜すがらおきあかしけり




順徳院御製

擣衣の心を


更科の山のあらしも聲すみて木曾のあさ衣月にうつなり




後京極攝政前太政大臣


歸るべきこしの旅人待ちわびてみやこの月に衣うつなり




入道二品親王性助


おきあかす露さへさむき月影になれて幾夜か衣うつらむ




右近中將經家

題志らず


秋風の身にしみそむる里人やまづおとづれて衣うつらむ




洞院攝政左大臣

光明峯寺入道前攝政の家の歌合に、風前擣衣


なべてふく賤がさゝやの秋風をおのが夜寒とうつ衣かな




祝部成賢

濱擣衣と云ふ こと

波よするみつの濱べの浦風にこよひもさむく衣うつなり




權僧正實伊

秋の歌の中に


浦風やなほさむからし難波人あし火たく屋に衣うつなり




津守國平


衣うつ音ぞ夜ふかくきこゆなる遠里をのゝ風のたよりに




按察使高定

野亭擣衣といふ こと

秋萩のうつろふ野べの假庵にたれいねがての衣うつらむ




前内大臣

題志らず


いかにせむ濡れぬ宿かす人もなき交野のみのゝ秋の村雨




常磐井入道前太政大臣

建長三年吹田にて [4]十首て歌奉りけるとき

うらがるゝ芦の末葉に風過ぎて入江をわたる秋のむら雨




前中納言定家

千五百番歌合に


さを鹿のふすや草村うら枯れて下もあらはに秋風ぞ吹く




前内大臣

秋の歌の中に


みしまのゝ淺茅がうは葉秋風に色づきぬとや鶉鳴くらむ




從二位行家

光明峯寺入道前攝政の家の秋の卅首の歌に


あかず見し花のさかりは早過ぎて下葉かれゆく庭の秋萩




西行法師

題志らず


秋風に穗末なみよるかるかやの下葉に虫の聲よわるなり




太宰權帥爲經

虫といへる心を

虫の音もかれ%\になる長月の淺ぢが末の露のさむけさ




内大臣


草の原初霜まよふ月かげを夜さむになして虫や鳴くらむ




後嵯峨院御製

白河殿の七百首の歌に、水邊菊


汲みて社千歳も豫てしられけれぬれてほすてふ菊の下水




光明峯寺入道前攝政左大臣

題志らず


露霜のおきあへぬまに染めてけり端山が裾の秋の紅葉ば




岡屋入道前攝政太政大臣

建長六年龜山殿にて始めて五首の歌講ぜられけるに、初紅葉と云ふ こと

おく露や染め始むらむ秋山の時雨もまたぬ峯のみみぢば




前中納言資平


嵐山けふのためとや紅葉ばの時雨もまたで色に出づらむ




山階入道左大臣

秋の歌とてよみ侍りける


吹き萎るむべ山風のあらし山まだき木葉の色ぞしぐるゝ




後嵯峨院宮内卿

文永五年九月十三夜白河殿の五首歌合に、紅暮山葉


時雨れゆく雲のよそなる紅葉ばも夕日にそむる葛城の山




權中納言公雄

百首の歌奉りし時


紅葉ばによその日影は殘れども時雨にくるゝ秋の山もと




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、紅葉を


夕づくひうつろふ空の雲間より光さしそふ峰のもみぢば




衣笠内大臣


立田姫今やこずゑのから錦おりはへ秋のいろぞしぐるゝ




藻壁門院少將

洞院攝政の家の百首の歌に、おなじ心を


立田山木葉色づくほどばかり時雨にそはぬ秋かぜもがな




藤原景綱

題志らず


時雨ふる生田の杜の紅葉ばゝとはれむとてや色増るらむ




前右兵衛督爲教

建長二年九月詩歌合に、山中秋興


三室山秋の木葉のいくかへり下草かけてなほしぐるらむ




太上天皇

紅葉をよませ給うける


紅葉ばを今一しほとことづてむしぐるゝ雲のすゑの山風




前中納言定家

承久元年内裏の歌合に、庭紅葉


もる山も木の下までぞしぐるなる我袖のこせ軒の紅葉ば




後嵯峨院御製

紅葉盛といへる心を


枝かはすよその紅葉に埋もれて秋は稀なる山のときは木




左京大夫顯輔

贈左大臣長實の家の歌合に


秋ごとに誰か染むらむ主しらぬからくれなゐの衣手の杜




後徳大寺左大臣

秋の歌の中に


山姫の戀のなみだや染めつらむくれなゐふかき衣手の杜




後京極攝政前太政大臣

正治百首の歌に


立田河ちらぬ紅葉の影みえてくれなゐこゆる瀬々の白波




千五百番歌合に


苔の上 嵐吹敷くからにしきたゝまく惜しき杜の蔭かな


中原師光朝臣

題志らず


手向山ぬさは昔になりぬともなほちり殘れ峯のもみぢば




前大僧正道玄

平親世人々に歌よませ侍りけるによみつかはしける


紅葉ばのまだ散果てぬ木の本を頼む蔭とや鹿の鳴くらむ




順徳院御製

名所の百首の歌めしける次でに


龍田山木葉吹きしく秋風に落ちていろづく松のしたつゆ




常磐井入道前太政大臣

建保四年内裏の百番歌合に


紅葉ちる川瀬の霧のおのれのみ浮きて流れぬ秋の色かな




三條内大臣

紅葉浮水といへる心をよみ侍りける


水よりや暮れ行く秋はかへるらむ紅葉流れぬ山河ぞなき




入道二品親王性助

百首の歌奉りし時


となせ河紅葉をかくるしがらみも淀まぬ水に秋ぞ暮行く




前大納言爲氏

暮秋の心を


さを鹿のこゑより外もをぐら山夕日の影に秋ぞ暮れ行く




前關白左大臣一條

光明峯寺入道前攝政の家の秋の卅首の歌に


秋はつる色の限りとかつみてもあかず時雨のふる涙かな




衣笠内大臣

題志らず


とゞめおく露の形見は袖ぬれてゆくかたしらぬ秋の別路




左近中將公衡

西行法師すゝめ侍りける百首の歌の中に


夜もすがら惜む袂の露のみや明けなば秋の名殘なるべき




式子内親王

正治百首の歌に


思へども今宵ばかりの秋の空更けゆく雲もうち時雨つゝ




[3] SKT reads 峰.

[4] SKT reads 十首歌.




續拾遺和歌集卷第六
冬歌

後鳥羽院御製

初冬の心を


冬の來て紅葉吹きおろす三室山あらしの末に秋ぞ殘れる




院辨内侍


冬のくる神なび山の村時雨ふらばともにと散る木葉かな




正三位知家

道助法親王の家の五十首の歌に、朝時雨


冬きぬとけさは岩田の柞原音にたてゝも降るしぐれかな




土御門内大臣

千五百番歌合に


時雨ともなにしかわかむ神無月いつもしのだの杜の雫は




小侍從


音づれて猶過ぎぬるかいづくにも心をとめぬ初時雨かな




春宮大夫實兼

百首の歌奉りし時


吹きまよふ風に任せて山の端にしぐるゝ雲は跡も定めず




侍從雅有

題志らず


明くる夜の外山吹越す木がらしに時雨てつたふ峯の浮雲




如願法師

前大納言爲家の家の百首の歌に


今日も又暮れぬと思へば足曳の山かき曇りふるしぐれ哉




前關白左大臣一條

冬の歌の中に


晴れくもりおなじ空なる浮雲の重なる方は猶しぐれつゝ




順徳院御製


山風に時雨やとほくなりぬらむ雲にたまらぬ有あけの月




菅原在匡朝臣


染めのこす木葉もあらば神無月猶も時雨の色は見てまし




寂蓮法師


神無月しぐるゝ儘に晴れ行くや梢にたへぬ木葉なるらむ




平政村朝臣


とまるべき物とも見えぬ木葉哉時雨にそへて嵐吹くなり




左近中將家教


嵐吹く木葉に音をさきだてゝしぐれもやらぬ村雲のそら




太上天皇

百首の歌めされしついでに


神無月曇らでふるや槇の屋の時雨にたぐふ木葉なるらむ




藤原爲世朝臣


村雲のうきてそら行く山風に木葉殘らずふるしぐれかな




中務卿宗高親王

落葉


村雲の跡なき方もしぐるゝは風をたよりの木葉なりけり




式乾門院御匣


木枯しの風に亂るゝ紅葉ばや雲のよそなる時雨なるらむ




從三位忠兼


立田山秋はかぎりの色とみし木葉は冬のしぐれなりけり




前大納言爲氏

弘長元年百首の歌奉りし時、おなじこゝろを


紅葉ばの秋の名殘のかたみだにわれとのこさぬ木枯の風




太上天皇

人々題をさぐりて歌つかうまつりしついでに、落葉浮水といへる心を


大井川ゐぜきに秋の色とめてくれなゐくゝる瀬々の岩波




源具親朝臣

名所の歌奉りけるに


紅葉ばのふりにし世より大井河絶えぬ御幸の跡をみる哉




土御門院御製

題志らず


橋姫のたもとや色に出でぬらむ木葉流るゝうぢの網代木




後京極攝政前太政大臣


古里のはらはぬ庭に跡とぢて木のはや霜の下に朽ちなむ




平政長


見し秋の露をば霜におきかへて花のあとなき庭の冬ぐさ




前右兵衛督爲教女


色みえぬ枯野の草のあとまでも露の名殘とむすぶはつ霜




前大納言資季

百首の歌奉りし時


今よりは草葉におきし白露もこほれる霜と結びかへつゝ




前中納言定家

惟明親王の家の十五首の歌に


神無月くれやすき日の色なれば霜の下葉に風もたまらず




順徳院御製

題志らず


み室山秋の時雨に染めかへて霜がれのこる木々の下ぐさ




前關白左大臣一條


さらぬだに枯行く宿の冬草にあかずも結ぶ夜はの霜かな




土御門院御製


人めより軈てかれにし我宿の淺茅が霜ぞむすぼゝれ行く




讀人志らず


霜ふかき庭のあさぢの志をればに朝風さむし岡のへの里




小侍從


霜枯の淺茅色づく冬野には尾ばなぞ秋のかたみなりける




後京極攝政前太政大臣


秋の色のはては枯野となりぬれど月は霜こそ光なりけれ




常盤井入道前太政大臣

建保四年内裏の百番歌合に


紅葉せしよもの山べはあれはてゝ月より外の秋ぞ殘らぬ




權大納言長雅

冬月を


さゆる夜も淀まぬ水のはやせ河こほるは月の光なりけり




藤原基綱


篠のはのさやぐ霜夜の山風に空さへこほるありあけの月




冷泉太政大臣

寳治百首の歌奉りし時、豐明節會


山藍のをみのころもで月さえて雲居の庭に出づるもろ人




後嵯峨院御製

百首よませ給うけるに


少女子が袖志ろたへに霜ぞおく豐の明も夜や更けぬらむ




土御門院御製

題志らず


松さむきみつの濱べのさ夜千鳥干潟の霜に跡やつけつる




京極院内侍

夕千鳥といへる心を


夕さればくだけて物や思ふらむ岩こす波に千鳥鳴くなり




後京極攝政前太政大臣

冬の歌の中に


照月の影にまかせてさ夜千鳥かたぶく方に浦づたふなり




權律師公猷


夜を寒み須磨の入江に立つ千鳥空さへこほる月に鳴く也




俊惠法師


汐風に與謝の浦松音さえて千鳥とわたる明けぬこの夜は




寂蓮法師


さゆる夜のうきねの鴨のこも枕氷やかねて結び置くらむ




宜秋門院丹後


かたしきの霜夜の袖におもふかなつらゝの床の鴛の獨寐




西園寺入道前太政大臣


山がはの紅葉のうへの薄氷木の間もりくる月かとぞ見る




前大納言忠良

千五百番歌合に


冴えゆけば谷の下水音絶えてひとりこほらぬ峰の松かぜ




平宣時

題志らず


さゞ波や志がのからさき氷る夜は松より外の浦風もなし




大江頼重


岩まもる波の志がらみ懸けとめて流れもやらず氷る山河




正三位知家

洞院攝政の家の百首の歌に、氷を


せきあまる波の音さへ淀む なり今朝は氷のゐでの志がらみ


冷泉太政大臣

建長四年三首の歌に、河氷


風わたる宇治の河波さゆる夜に氷をかくるせゞの網代木




權中納言具房

霰をよみ侍りける


さえくれて霰ふる夜のさゝ枕夢をのこさぬ風のおとかな




權僧正實伊

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に


霰ふる三輪の檜原の山風にかざしの玉のかつみだれつゝ




參議雅經

建保五年四月庚申に、冬夕といへるこゝろを


霰ふる正木のかづらくるゝ日の外山に移る影ぞみじかき




從三位爲繼

冬の歌の中に


明けわたる峯のうき雲たえ%\に山風さむみ霰ふるらし




前大納言爲氏

弘長元年百首の歌奉りし時、雪


さゆる夜の嵐の風に降り初めて明くる雲間につもる白雪




前大僧正慈鎭

名所の歌奉りける時


しがの浦や志ばし時雨の雲ながら雪になりゆく山颪の風




參議雅經

建保五年内裏の歌合に、冬河風


この比は時雨も雪もふるさとに衣かけほすさほの河かぜ




順徳院御製

百首の歌よませ給うけるに


山川の氷も薄き水の面にむら/\つもる今朝のはつゆき




前大僧正慈鎭

題志らず


今朝は又かさねて冬をみつる哉枯野の上にふれるしら雪




正三位知家

承久元年内裏の歌合に、杜間雪


秋の色をはらふとみつる木枯の杜の梢はゆきもたまらず




九條左大臣

雪の朝右衛門督忠基がもとに遣しける


今朝は猶雪にぞ人はまたれけるとはぬ習を思ひしれども




常磐井入道前太政大臣

洞院攝政の家の百首の歌に、雪を


今日だにも道踏分けぬ白雪のあすさへ降らば人も待れじ




光俊朝臣

冬の歌の中に


自づからとふにつらさの跡をだにみて恨みばや庭の白雪




藻壁門院少將


跡惜むたがならはしの山路とて積れる雪を問ふ人のなき




藤原教雅朝臣


跡はみなもとよりたえし山里の木の葉の上をうづむ白雪




左近中將公衡

西行法師すゝめ侍りける百首の歌に


三輪の山夜のまの雪に埋れて下葉ぞ杉の志るしなりける




前大納言爲家

雪の歌とてよみ侍りける


矢田の野のあさぢが原も埋れぬいくへあらちの峯の白雪




道洪法師


つもれども氷らぬ程は吹きたてゝ風にあまぎる峯の白雪




寂蓮法師

守覺法親王の家の五十首の歌に


山風の音さへうとくなりにけり松をへだつる嶺のしら雪




藤原隆博朝臣

文永十年七月内裏の七首の歌奉りし時


まつとせし風のつてさへ絶果てゝ因幡の山につもる白雪




賀茂氏久

かんだち雪の朝忍びて御幸ありける後によみ侍りける


神山の松も友とぞ思ふらむふりずば今日の御幸みましや




從二位行家

弘長元年百首の歌奉りける時、雪を


高圓のをのへの雪に跡たえてふりにし宮は人もかよはず




從二位頼氏

寳治百首の歌奉りける時、積雪の心を


眞柴かる道や絶えなむ山賤のいやしきふれる夜はの白雪




信實朝臣

建保五年内裏の歌合に、冬海雪


田子の蜑の宿まで埋む富士のねの雪も一つに冬はきに鳬




平政村朝臣

冬の歌の中に


伊勢島や浦の干潟に降る雪の積りもあへず汐やみつらむ




法性寺入道前關白太政大臣

雪中遠情といふ事を


かきくらし降る白雪に鹽竈のうらの煙も絶えや志ぬらむ




後嵯峨院御製

白河殿の七百首の歌に、濱邊雪


八百日ゆく濱の眞砂地はる%\と限もみえずつもる白雪




正親町院右京大夫

題志らず


ふる雪にいくのゝ道の末まではいかゞふみ見む天の橋立




周防内侍

だいばん所の壷に雪の山つくられて侍りける朝よみ侍りける


あだにのみ積りし雪のいかにして雲居に懸る山となり劔




院少將内侍

寳治百首の歌奉りける時、積雪


九重といふ計にやかさぬらむ御垣のうちの夜はのしら雪




前中納言定家

正治百首の歌に


詠めやる衣手さむく降る雪にゆふやみ志らぬ山の端の月




前大納言隆房

中將に侍りける時雪の夜月あかゝりけるに内より女房あまたともなひて法勝寺にまかり侍りけるついでに源師光いざなひて夜もすがら遊びて朝に遣しける


逢はでこそ昔の人は歸りけれ雪と月とをともに見しかな




從三位通氏

大納言通方八幡宮にて歌合し侍りけるに、冬冴月


山の端はそれとも見えず埋れて雪にかたぶく有明のつき




如願法師

後鳥羽院に冬月の五首の歌奉りけるに


いたづらに今年も暮れぬとのへもる袖の氷に月を重ねて




後花山院入道前太政大臣

弘長元年十二月内裏の三首の歌に、河氷


年月はさても淀まぬ飛鳥川ゆくせの浪のなにこほるらむ




法院覺寛

人々に七十首の歌よませ侍りける時


冬の空日影みじかき頃なればいとゞ程なく暮るゝ年かな




覺助法親王

百首の歌奉りし時


つもりゆく月日の程を思ふにもこし方をしき年の暮かな




祝部成仲

題志らず


暮行くを惜む心の深ければわが身に年はとまるなりけり




皇太后宮大夫俊成

年の暮によみ侍りける


行く年を惜めば身には止るかと思入れてや今日を過ぎまし




基俊


いづくにも惜み明さぬ人はあらじこよひ計の年と思へば




續拾遺和歌集卷第七
雜春歌

衣笠内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時初春の心を


あふさかの關の杉村雪きえて道ある御代と春はきにけり




俊頼朝臣

同じこゝろを


いつしかと今朝は氷も解けにけり爭で汀に春を知るらむ




雅成親王

春の歌の中に


池に生ふる水草の上の春の霜あるにも非ぬ世にもふる哉




前大納言顯朝


雪は猶冬に變らずふる里に春きにけりとうぐひすぞ鳴く




式乾門院右京大夫

山里にて鶯のおそく鳴きければよみ侍りける


そむきにし身にはよそなる春なれど猶鶯の聲ぞ待たるゝ




源兼氏朝臣

山階入道左大臣の家の十首の歌に子日松と云ふ事を


谷かげや子日にもるゝ岩ね松誰にひかれて春を志らまし




皇太后宮大夫俊成

四位の後崇徳院の還昇いまだ許されざりける頃百首の歌部類して奉りけるついでに


雲居よりなれし山路を今さらに霞へだてゝなげく春かな

是を聞し召して還昇仰せられけるとなむ。




後嵯峨院御製

寳治百首の歌めしけるついでに、山霞


今はまた霞へだてゝおもふかな大うち山の春のあけぼの




前大納言爲家

白河殿の七百首の歌におなじ心を


山の端のみえぬを老に喞てども霞みにけりな春の明ぼの




從二位家隆

建保三年内裏の歌合に、江上霞


なには江や霞の志たの澪標春の志るしやみえて朽ちなむ




平親清女

題志らず


汐かぜのおともたかしの濱松に霞みてかゝる春の夕なみ




八條院高倉

春の歌の中に


みても又たれか忍ばむ故郷のおぼろ月夜ににほふ梅がえ




兵部卿隆親

世をそむきて外に移りゐ侍りにけるに人のもと住みける所の梅を見てよみ侍りける


折りてだに見せばや人に梅の花ありし色香を忘果てずば




前大納言爲家

康元元年二月の頃わづらふ事ありて司奉りてかしらおろし侍りける時よみ侍りける


數ふれば残る彌生もあるものを我身の春に今日別れぬる




天台座主公豪

歸雁を


雁がねは秋と契りてかへるとも老の命をいかゞたのまむ




藤原隆祐朝臣


秋風にあひみむ事はいのちとも契らでかへる春の雁がね




右近中將經家

前關白一條の家に百首の歌よみ侍りけるに、歸雁幽


あさぼらけ霞のひまの山の端をほのかに歸る春の雁がね




前中納言定家

建保百首の歌奉りけるとき


花の色にひと春まけよ歸る雁ことし越路の空だのめして




月花門院

初花の心を


咲きにけりまやの軒端の櫻花あまり程ふる詠めせしまに




土御門院小宰相

花の歌の中に


便あらば問へかし人のあるじとて頼む計の花ならねども




右近中將師良


今さらに春とて人も尋ねこずたゞ宿からの花のあるじは




藤原仲敏

前大納言爲家住吉の社にて歌合し侍りけるに、野花


かへるさは遠里をのゝ櫻がり花にやこよひ宿をからまし




如圓法師

題志らず


吹きおくる嵐を花のにほひにて霞にかをる山ざくらかな




源時清

河邊花といへる心を


散らぬまの浪も櫻にうつろひぬ花のかげ行くやま川の水




藤原基政

春宮帶刀にて侍りけるを思ひ出でゝよめる


いにしへの春のみ山の櫻花なれし三とせのかげぞ忘れぬ




權少僧都嚴雅

故郷花といふ事をよみ侍りける


いにしへのあるじ忘れぬ故郷に花も幾たび思ひ出づらむ




前大僧正道玄

おなじ心を


見ずしらぬ世々の昔もしのばれて哀とぞ思ふ志賀の花園




兵部卿隆親

東山に花見にまかりてよみ侍りける


思ひいでの春とや人に語らまし花に泪のかゝらざりせば




前内大臣

花の歌の中に


ふりまさる齡を花にかぞへてもあかぬ心はたえぬ春かな




衣笠内大臣


年毎に後の春とも知らざりし花にいく度なれて見つらむ




信實朝臣


いつまでか雲居の櫻かざしけむをり忘れたる老の春かな




法印公朝


四十迄花に心を染めながら春をしらでも身こそ老いぬれ




京月法師


長らへて八十の春に逢ふことは花見よとての命なりけり




眞願法師

世を遁れてのち花を見てよめる


春きてぞ心よわさも知られぬる花になれゆく墨ぞめの袖




前大僧正慈鎭

後京極攝政の家の花の五十首の歌に


かく計へがたき物を月よりも花こそ世をば思ひしりけれ




土御門院御製

題志らず


咲きて散る花をもめでじ是ぞこの嵐に急ぐあだし世の中




前中納言定家

花盛に西園寺入道前太政大臣の許より音づれて侍りける返事に


大方の春に知られぬならひゆゑ頼む櫻もをりや過ぐらむ




蓮生法師

花をみてよみ侍りける


あだにのみ思ひし人の命もて花をいくたび惜みきぬらむ




中原行範

雲林院にて花の散りけるをよめる


命をもたがためとてか惜みこし思ひ志らずも散る櫻かな




平長時

落花をよめる


さらでだに移ろひやすき花の色に散るを盛と山風ぞ吹く




藤原景綱


ありて世ののちはうくとも櫻花さそひなはてそ春の山風




靜仁法親王


花は皆詠めせしまに散りはてゝ我身世にふる慰めもなし




源光行

大内の花み侍りけるに人のもとよりあらぬさまの事を申して侍りける返事に


尋ねきてふみ見るべくもなき物を雲居の庭の花のしら雪




法眼宗圓

返し


誘はれぬ今日ぞ知りぬるふみ通ふ跡まで厭ふ花の雪とは




讀人志らず

題志らず


櫻花いまや散るらむみよしのゝ山したかぜに降れる白雪




藤原泰綱

水邊落花といへる心を


吉野河みねの櫻のうつりきて淵瀬もしらぬ花のしらなみ




法印憲實


散りかゝる影もはかなく行く水に數かきあへぬ花の白浪




平長季


散りかゝる花の鏡と思ふにも見で過ぎがたき山の井の水




前關白左大臣一條

春の歌の中に


たき川の落つとはみえて音せぬは峯の嵐に花や散るらむ




藤原宗泰


嵐吹く木ずゑ移ろふ花のいろのあだにも殘るみねの白雲




祝部忠成


櫻色にうつろふ雲のかたみまで猶あともなき春風ぞ吹く




平義政


身にうとき春とはしらぬ月影やわが涙にも猶かすむらむ




中務卿宗尊親王


めぐり逢ふ春も昔の夜はの月かはらぬそでの涙にぞみる




前内大臣

寳治百首の歌奉りける時、春月


詠めきて年にそへたる哀とも身にしられぬる春の夜の月




前大僧正隆辨

百首の歌奉りし時


老らくの心もいまはおぼろにて空さへかすむ春の夜の月




澄覺法親王

藤花年久といへる心を


住吉の松のしづえの藤のはな幾とし波をかけて咲くらむ




皇太后宮大夫俊成

五社に百首の歌よみて奉りける頃夢の告あらたなる由志るし侍るとて書きそへ侍りける


春日山たにの松とは朽ちぬとも梢にかへれきたの藤なみ




前中納言定家

其後年をへて此かたはらに書きつけ侍りける


立ちかへる春をみせばや藤なみは昔ばかりの梢ならねど




前大納言爲家

同じくかきそへ侍りける


言のはのかはらぬ松の藤浪に又立ちかへる春をみせばや




前大納言爲氏

三代の筆の跡を見て又かきそへ侍りし


春日山いのりし末の世々かけて昔かはらぬ松のふぢなみ




八條院高倉

法印覺寛よませ侍りける七十首の歌の中に


身はかくて六十の春を過しきぬとしの思はむ思出もなし




後法性寺入道前關白太政大臣

家に百首の歌よみ侍りける時、鶯を


聞くたびに名殘をしくぞなりまさる春くれがたの鶯の聲




從二位成實

洞院攝政の家の百首の歌に、暮春


歸る雁しばし休らふ方もなし暮れゆく春や空にしるらむ




光俊朝臣

題志らず


ながらへて今いくたびと頼まねば老こそ春の別なりけれ




院辨内侍

さはる事ありて彌生の暮つかた里に出でけるによみ侍りける


神まつる卯月の後と契りおきて我さへいそぐ春の暮かな




和泉式部

彌生の晦日に大貳三位糸を尋ねて侍りければ申し遣しける


青柳の糸も皆こそ絶えにけれ春の殘りは今日ばかりとて




大貳三位

返し


青柳の春とともには絶えにけむまた夏引の糸はなしやは




讀人志らず

題志らず


ゆふかけて卯月に祭る神山のならの木陰に夏はきにけり




皇太后宮大夫俊成

述懷の百首の歌の中に


神山に引き殘さるゝ葵草ときに逢はでも過ぎにけるかな




平泰時朝臣

世を遁れける人の卯月の頃詣できて申す事侍りける後つかはしける


こひ/\て初音は聞きつ郭公ありしむかしの宿な忘れそ




從三位行能女

夏の歌の中に


過ぬとて恨みもはてじ時鳥まつらむ里もみにしられつゝ




前關白左大臣鷹司

關白の表奉りてのち郭公をきゝて


待ちなれしおほうち山の時鳥今は雲居のよそに聞くかな




法印公朝

題志らず


楢の葉の名におふ宮の時鳥よゝにふりにしこと語らなむ




靜仁法親王

百首の歌奉りし時


しる人もみにはなき世の郭公かたらひあかせ老の寐覺に




前大納言爲氏

寢覺時鳥といふ事を


時鳥なく音をそへて過ぎぬなり老の寐覺の同じなみだに




徳大寺入道前太政大臣女

曉時鳥


つれもなき別はしらじほとゝぎす何有明の月に鳴くらむ




前右兵衞督爲教女

夏の歌の中に


菖蒲草けふとていとゞ影そへついつ共分かぬ袖の浮寐に




鎌倉右大臣


いにしへを忍ぶとなしに古郷のゆふべの雨に匂ふたち花




土御門院御製


百敷や庭のたちばな思ひ出でゝ更にむかしの忍ばるゝ哉




天台座主公豪

夜盧橘といふ事を


橘はたが袖の香とわかねども老のねざめぞむかし戀しき




藤原景家

河五月雨


淺き瀬はあだ波そへて吉野河ふちさへさわぐ五月雨の頃




侍從雅有

中將を望み申して年久しくなりにけるに五月雨の頃人のもとに遣はしける


いかにせむ我身舊り行く梅雨に頼む三笠の山ぞかひなき




源親行

郭公をよめる


さみだれの雲ゐるやまの時鳥晴れぬ思の音をや鳴くらむ




法眼慶融


郭公み山にかへる聲すなり身をかくすべき事やつてまし




山階入道左大臣

家に十首の歌よみ侍りける時、夏草を


草深き夏野の道に迷ひても世のことわりぞ更に志らるゝ




法橋春撰

題志らず


きぶね川山した陰の夕やみに玉ちる浪はほたるなりけり




大僧正道寳

ある所に久しく籠りゐて後勸修寺に歸りてよみ侍りける


立ちかへりあつめし窓にきて見れば昔忘れず飛ぶ螢かな




入道内大臣

百首の歌奉りし時


御祓する麻のゆふしで浪かけて凉しくなりぬかもの川風




前大納言爲家

六月祓を


みそぎ河ゆくせも早く夏くれて岩こす浪のよるぞ凉しき




續拾遺和歌集卷第八
雜秋歌

前左兵衛督教定

初秋の心をよみ侍りける


ふかき夜の老の寐覺の枕より露おき初めて秋はきにけり




光俊朝臣


詠めつゝ又いかさまになげゝとて夕の空に秋のきぬらむ




藤原季宗朝臣


袖の上にいつともわかぬ白露の草ばに結ぶ秋はきにけり




僧正聖兼

初秋風と云ふ こと

今よりは凉しくなりぬ片岡の志のゝ葉分の秋のはつかぜ




荒木田延成


ごとに移ろひゆかばいかゞせむなびくあさぢの秋の初風


前大納言爲家

文永十二年七月七日内裏に七首の歌奉りし時


天の河八十ぢにかゝる老の波又たち歸りけふにあひぬる




醍醐入道前太政大臣女


かきながす涙ながらぞ手向けつる物思ふ袖のつゆの玉章




靜仁法親王

題志らず


荻のはの露の外なるなみださへ袖にくだけて秋風ぞふく




前内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、荻を


荻のはに昔はかゝる風もなし老はいかなる夕べなるらむ




前大納言爲家


古はおどろかされし荻のはに吹きくる風を寐覺にぞまつ




高階宗成

荻風驚夢といへる心を


秋のよの露より外の夢をだに結びも果てぬ荻のうはかぜ




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、露


かりねする草の枕の秋風になみだよりちる野べの白つゆ




前大納言基良

秋の歌の中に


思ひおく涙の露はいく秋か ことのはごとにかずつもるらむ


山階入道左大臣

常磐井入道前太政大臣の家の十五首の歌に


いかなりし秋に涙の落初めて身はならはしと袖のぬる覽




左近中將具氏

中務卿宗尊親王の家の歌合に、秋夕


身のうさを志らずば秋の習とて夕べばかりや袖濡さまし




後嵯峨院御製

題志らず


おく露は色もかはらぬ夕べかなわが身一つのすみ染の袖




前攝政左大臣


數まさるうれへは秋の夕べとて千々にくだくる袖の露哉




從三位忠兼


いつ迄と思ふに物のかなしきは命まつまの秋のゆふぐれ




平親清女妹


何ゆゑにかゝる露ぞと思ふにも袖さへつらき秋の夕ぐれ




藤原景綱


草ばのみ露けかるべき秋ぞとは我が袖志らで思ひける哉




讀人志らず


ゆふされば玉ぬくのべの露ながら風にかつ散る秋萩の花




源親行


夕されば涙やあまるさをしかの入野のをばな袖ぞ露けき




安嘉門院四條


よそにきく雲居の鴈の玉章も我が涙をやかけてきつらむ




前内大臣


河水にと渡る鴈のかげみえてかきながしたる秋の玉づさ




土御門院小宰相

建長三年九月十三夜十首歌合に、霧間雁


志るらめや霧立つ空に鳴く雁も晴ぬ思のたぐひ有るみを




藤原隆博朝臣

おなじ心を


晴れずたつ峯の秋霧分けきても思つきずや雁の鳴くらむ




中原行實

海邊霧


今は又たごのうら浪うちそへてたゝぬ日もなき秋の夕霧




淨助法親王

三井寺にて月の歌よみ侍りけるに


雲はるゝみかみの山の秋風にさゞ波とほくいづる月かげ




藤原時明

田家月と云ふ こと

庵結ぶ伏見のを田は名のみしてねられぬ月に秋風ぞ吹く




藤原長景

月前述懷と云ふ心を


身のうさを月に慰さむ秋のよに誰がため曇る涙なるらむ




法印禪助


せめてなど月みる夜はも身の程のうきは數そふ泪なる覽




澄覺法親王


身のうさの忘やすると詠めつゝ今宵も月の更けにける哉




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りける時、月を


身のうさのさのみは如何増るぞと又廻りあふ月やみる覽




前關白左大臣一條

秋の歌の中に


月だにも老の涙のへだてずばむかしの秋の友とみてまし




如願法師

建保二年秋の十首の歌奉りける時


物思ふ秋はいかなる秋ならむあらしも月もかはる物かは




前大納言爲家

題志らず


みし ことの皆かはり行く老の身に心ながきはあきのよの月


西行法師


ごともかはりのみ行く世の中に同じ影にてすめる月かな


高辨上人


秋のよも常なるべしと思ひせば長閑にみまし山のはの月




法印公朝


身のうさもかはらぬそらの月をみて何か昔の秋は戀しき




兵部卿隆親

建長三年九月十三夜十首の歌合に、名所月


年をへてみしも昔になりにけり里はみなせの秋のよの月




鷹司院帥

月の歌とて


月ならで又誰にかは ことゝはむみぬ世の秋のむかし語りを


皇太后宮大夫俊成女


詠むれば空やはかはるあきの月みしよをうつせ袖の涙に





秋毎の月を雲居のかたみにてみしよの人のかはる面かげ




二條院讃岐


もろ共になれし雲居は忘れぬに月は我をぞしらず顏なる




藤原長綱

藏人おりて後よみける


雲の上の月みし秋を思ふにはあけの衣のいろもうらめし




前大納言爲家

常磐井入道前太政大臣の家にて月の歌よみ侍りける中に


つかふとてみるよ無りし我宿の月には獨ねぞなかれける




前中納言定家

洞院攝政の家の百首の歌に、月


昔思ふ草にやつるゝ軒ばより有りしながらの秋のよの月




和氣種成朝臣

松門到曉月徘徊と云ふ ことをよめる

松の戸の明方ちかき山のはにいかでやすらふ秋のよの月




前關白左大臣一條

圓明寺にて、山月と云ふ こと

山ふかく心のうちに契りてもかはらでみつる秋のよの月




光俊朝臣

題志らず


世をばさて何故捨し我なればうきに止りて月をみるらむ




法眼源承


そむきても浮世はなれぬ秋をへて同じ涙に月をみるかな




道洪法師

世をそむきて後、月をみてよめる


月は猶みしに變らぬ秋ながら身社うき世の外に出でぬれ




定修法師

本山の事を思ひ出でゝよみ侍りける


またすまむ山里ありと思ひきやわがたつ杣の秋の月かげ




法印覺宗

月の歌の中に


今はまた身によそへてもしたふ哉半過ぎ行く秋のよの月




信實朝臣


しばし猶月をもみむと思へども老いて殘の秋ぞすくなき




前大僧正道玄


月をみる山路の秋の苔の袖ぬれてほすべき露のまもなし




順徳院御製

名所の百首の歌めしけるついでに


伊駒山雲なへだてそ秋の月あたりのそらは時雨なりとも




良暹法師

題志らず


晴れゆけば光ぞ増る秋の月しばし志ぐるゝ程はうけれど




源家長朝臣

建保二年秋の十首の歌奉りけるに


數ふれば四十餘りの秋の霜みのふりゆかむ果をしらばや




前内大臣

百首の歌の中に


靜なる秋の寐覺のみになくば老のつらさもしられざらまし




讀人志らず

題志らす [5]

長き夜の寐覺の床のきり%\す同じ枕にねをのみぞなく




平忠時


住みなるゝ床はくさばの蛬霜にかれゆく音をや鳴くらむ




法印公朝


蛬鳴くを我が身のたぐひにてしらぬ思ひを哀れとぞきく




覺助法親王


まどろまぬ程を知せて夜もすがら物思ふ人や衣うつらむ




前大納言良教

百首の歌奉りし時


老が世の寐覺かさなる恨みとも思ひしらでや衣うつらむ




藤原隆博朝臣

少將に侍りける比よみ侍りける


いくとせかかざしきぬらむみかさ山同じ麓の秋の紅葉ば




院辨内侍

長月の例幣に神祇官にまゐりて侍りけるに錦おり出ぬよし申しける折しも時雨のふりければ


夕時雨木のはを染る時しもあれなどおりあへぬ錦成らむ




法眼慶融

紅葉をよみ侍りける


わきて又立寄る袖もほしやらず紅葉の陰は猶時雨れつゝ




式乾門院御匣

秋の暮の歌


思ひやる方こそなけれめぐりあはむ命もしらぬ秋の別は




從三位爲繼

寳治百首の歌奉りける時、初冬時雨といふ こと

冬のくる嵐をさむみ神なびのみ室の山やまづ時雨るらむ




藤原重名朝臣

題志らず


かねてだに木葉しぐれし神なびのみ室の山に冬はきに鳬




寂蓮法師


よそにのみ嵐の聲はおとづれて窓うつ物は木葉なりけり




前中納言資宣


[6]ぬるゞ袖哉




土御門院御製


柞原しぐるときけば我が袖のかひなき色ぞまづ變りける




前中納言資平

百首の歌奉りし時


五十餘り老曾の杜の神無月しぐれ/\てみこそふりぬれ




靜仁法親王

冬の歌の中に


神無月ふりそふ袖の時雨哉さらでももろき老のなみだに




前大僧正隆辨


幾度か袖ぬらすらむむら時雨ひとりふりぬる老の寐覺に




荒木田延季


袖ぬらす物とはきけど槇のやに過ぐるはをしき初時雨哉




定意法師


うき身には涙も袖にふる物を時雨ばかりとくもる空かな




法印公朝


世にふればいとゞ歎きの色そへて時雨に似たる我が涙哉




權少僧都圓勇


神な月しぐるゝ空を詠めてもいたづらにふるみを歎く哉




澄覺法親王


我ならでまた徒らにふり行くはをのへの松の時雨也けり




平義宗


嵐吹く峯のうきぐもたえ%\に時雨れてかゝる葛城の山




中務卿宗尊親王

入道二品親王高野山にこもり侍りける頃つかはしける


いか計高野のおくのしぐるらむ都は雲のはるゝまもなし




入道二品親王性助

返し


しぐるらむ都の空におもひしれ高野は雪の雲ぞかさなる




心圓法師

古寺鐘と云ふ こと

高野山曉をまつ鐘のおともいくよの霜にこゑふりぬらむ




選子内親王

神無月の頃曉いたく霜さえければ里に出でたる人につかはしける


露霜とおきふしいかであかすらむならはぬ旅の草の枕に




蓮生法師

冬の歌の中に


流れゆく紅葉をむすぶ山川のこほりぞ秋の色をとゞむる




權律師仙覺


こやの池のあしまの水に影さえて氷をそふる冬のよの月




皇太后宮大夫俊成

永治元年讓位の後籠りゐ侍りけるに新甞會の日皇后宮の御かたに侍りける人につかはしける


珍しき日影をみても思はずや霜枯れはつる草のゆかりを




源義氏朝臣

霰を


霰ふる雲の通路かぜさえてをとめのかざし玉ぞみだるゝ




上西門院兵衛

雪の降りけるをみてよめる


世中にふれどかひなき身の程は溜らぬ雪によそへてぞみる




讀人志らず

題志らず


里人の通ふ計りの道をだにまだふみ分けぬ今朝の白ゆき




典侍親子朝臣


たが通ふ道の關とかなりぬらむよひ/\ ごとにつもる白雪


平時茂


まつ人のとはぬ日數やつもるらむ跡たえはつる庭の白雪




前關白左大臣鷹司


跡つけて問れぬ庭の雪みれば世にふりにける程ぞ知るゝ




左近中將師良

野徑雪と云ふ心をよみ侍りける


春日野に舊にし世々の跡とめて雪踏分くる道を知らばや




前大納言良教

雪の歌とて


誰も皆同じ世にこそ降る雪の我れ獨りやは道なかるべき




前大納言爲家

建長三年吹田にて十首の歌奉りける時


立返り又つかふべき道もがな年ふりはつる宿の志らゆき




松雪と云ふ こと

冬きては雪の底なる高砂の松をともとぞいとゞふりぬる




讀人志らず

題志らず


よそにみる老曾の杜に降雪の積る年さへ身に知られつゝ




後堀河院民部卿典侍

年の暮によみ侍りける


ゆくすゑを遙に待ちし慰めの頼だになきとしのくれかな




從二位家隆

前大納言爲家の家に百首の歌よみ侍りけるに


思ふ事まちよわり行く七十のあまりかなしき年の暮かな




[5] SKT reads 題志らず.

[6] SKT reads ぬるるぞそでかな.




續拾遺和歌集卷第九
羇旅歌

二條太皇太后宮大貳

旅にまかりける人につかはしける


ことわりに君こそ急ぐ道ならめ惜しむ泪はなどかとまらぬ


藤原顯綱朝臣

つくしにまかりける人に


とまらじと思ふ物から別路の心づくしになげかるゝかな




光俊朝臣

題志らず


惜みかね涙をぬさと手向けなば旅行く人の袖や志をれむ




津守國經

こしにまかりける人につかはしける


逢ふ ことをいつとかまたむ歸る山ありと計の名を頼めども


如願法師

源光行あづまにまかりけるにつかはしける


旅衣きてもとまらぬものゆゑに人だのめなる逢坂のせき




藤原景綱

都にのぼりて程なく歸り侍りける時よめる


かつこえて今日は別の道なれど又逢坂の名をやたのまむ




讀人志らず

不破の關屋に書きつけて侍りける歌


都をばそなたとばかり返りみて關こえかぬるみのゝ中山




藤原頼景

物へまかりける道にてよめる


行末の空はひとつにかすめども山もとしるく立つ煙かな




如願法師

道助法親王の家の五十首の歌の中に、旅春雨


忘れずばしをれて出でし春雨の故郷人もそでぬらすらむ




前大納言資季

旅の心を


しながどりゐなのさゝやの假枕短き夜はも臥しうかり鳬




前大納言爲家

羇中秋と云ふ こと

移りゆく日數しられて夏草のつゆわけごろも秋風ぞふく




津守國助

あづまの方にまかれりけるに思ひの外に日數つもりて秋にもなりにければよめる


白河の關までゆかぬ東路も日かずへぬれば秋かぜぞ吹く




觀意法師

題志らず


夕暮はころもでさむき秋風にひとりやこえむ白河のせき




權中納言具房


立ち別れ都へだつる衣手にあかつきおきの露ぞかさなる




法印


露ふかき山わけ衣ほしわびぬ日影すくなきまきのした道




前大僧正道玄


行き暮らす野原の秋のくさ枕我よりさきに結ぶつゆかな




大江頼重


草まくらかりねの袖に露散りて尾花吹きしく野べの秋風




皇太后宮大夫俊成女

寳治元年十首の歌合に、旅宿嵐


露けさを契りやおきし草枕あらしふきそふ秋のたびねに




中務卿宗尊親王

さやの中山にてよみ侍りける


露拂ふ朝げの袖はひとへにて秋風さむしさやのなかやま




前大納言爲家

題志らず


詠めつゝ思へばおなじ月だにも都にかはる佐夜のなか山




藤原泰綱


こえかゝる山路の末はしらねども長きを頼む秋の夜の月




平時村


露むすぶ野原の庵の篠まくらいく夜か月の影になるらむ




權大納言實家

旅宿月と云ふ こと

宵々の旅寐の床はかはれどもおなじ月こそ袖になれぬれ




前大僧正行尊

修行し侍りけるに月をみて


月みればまづ古さとぞ忘られぬ思ひ出もなき都なれども




入道二品親王道助

家に五十首の歌よみはべりけるに、野旅


草まくらひと夜の露を契にて袖にわかるゝ野べの月かげ




從三位爲繼

羇旅の心を


さらぬだに夜ふかく急ぐ旅人をさそひていづる有明の月




中務卿宗尊親王

濱名の橋を過ぐとてよみ侍りける


立ちまよふ湊の霧のあけがたに松原みえて月ぞのこれる




光明峯寺入道前攝政左大臣

題志らず


明けぬとて山路にかゝる月影にかはりていづる秋の旅人




祝部成茂


朝霧のたちにし日より旅衣やゝはださむく雁もなくなり




西行法師

秋の暮つかた修行に出で侍りける道より權大納言成通のもとにつかはしける


嵐ふく峯の木葉にともなひていづちうかるゝ心なるらむ




前右兵衞督爲教

寳治元年十首の歌合に、旅宿嵐


かり枕夢もむすばずさゝのやのふしうき程の夜はの嵐に




民部卿成範

物へまかりける道にて九月晦日によみ侍りける


草枕こよひばかりの秋風にことわりなれや露のこぼるゝ




正親町院右京大夫

題志らず


ぬれてほす山路の末の旅ごろも志ぐるゝ袖に秋風ぞ吹く




行圓法師


しぐれゆく山分衣けふも又ぬれてほすべき宿やなからむ




道信朝臣

十月晦日の日物へまかりけるに時雨のしければ


時雨するこよひばかりぞ神無月袖にもかゝる泪なりける




權律師定爲

羇中夕といへる心を


旅びとの宿かりごろも袖さえて夕霜むすぶをのゝしの原




正三位知家

建保五年内裏の歌合に、冬夕旅


冬の日の行く程もなきゆふぐれに猶里遠きむさしのゝ原




清輔朝臣

行路初雪と云ふ事を


初雪に我とは跡をつけじとてまづあさたゝむ人を待つ哉




後京極攝政前太政大臣

旅の歌の中に


わけ暮すきそのおもかげたえ%\に行く末遠き峯の白雲




光明峯寺入道前攝政左大臣

家の歌合に羇中松風


あまの原日も夕汐のからごろもはる%\きぬる浦の松風




野宮左大臣

守覺法親王の家の五十首の歌に、旅を


夕汐のいそこす浪を枕とて風にとまりの日かずをぞふる




從二位家隆

旅泊の心を


沖つ浪よする磯邊のうき枕とほざかるなり鹽や滿つらむ




大藏卿有教

寳治百首の歌奉りける時、おなじ心を


とへかしなゆらの湊のかぢ枕行方もしらぬ波のうきねを




祝部成賢

題志らず


こぎくるゝ浮寢の床の浪枕よるとて夢もえやはみえける




信實朝臣

洞院攝政の家の百首の歌に、旅


道遠み思ひしよりも日は暮れて更行く宿はかす人もなし




從三位光成

羇中途遠といへる心を


越えやらで今日は暮しつ足柄の山かげ遠きいはのかけ道




平長時

題志らず


あしがらの山の麓にゆきくれて一夜宿かる竹のしたみち




權律師玄覺

あづまのかたにまかりける時よみける


行くすゑをいそぐ心にねざめして鳥の音またぬ曉もなし




藤原親朝

むろの八島見にまかりける人のさそひ侍りけるにさはる事ありて申しつかはしける


煙なき室の八島と思ひせば君がしるべにわれぞたゝまし




鎌倉右大臣

素暹法師物へまかり侍りけるにつかはしける


沖つ浪八十島かけてすむ千鳥心ひとつにいかゞたのまむ




素暹法師

返し


濱千鳥八十島かけて通ふとも住み來し浦をいかゞ忘れむ




覺仁法親王

昔かつらき修行しける時のそとばの殘りたりけるをみてよみ侍りける


分け過ぎし昔の跡の絶えせねば今みる道の末もたのもし




法印良寳

大峯にてよみ侍りける


今も猶むかしの跡をしるべにて又尋ねいるみよし野の山




平行氏

題志らず


かへりみる跡に重なる山の端のとほき雲居や都なるらむ




權大納言經任

白河殿の七百首の歌に、羇中山


都出でし日數のみかは旅衣越え行く山もかさなりにけり




大藏卿行宗

旅の歌の中に


都出でゝ立ちかへるべき程遠み衣の關をけふぞ越え行く




衣笠内大臣


旅びとの衣の關のはる%\と都へだてゝいくかきぬらむ




普光園入道前關白左大臣

旅夢といへる心を


立ちわかれ都を忍ぶ草まくら結ぶばかりの夢だにもなし




前大僧正隆辨

すゞか河にてよみ侍りける


七十の年ふるまゝにすゞか河老の波よるかげぞかなしき




小辨

伊勢にまかりける人に


ふりはへて斯ぞ尋ぬる鈴鹿山こゆる人だに音づれねども




安嘉門院甲斐

遠き所にまかりける人の歸りて後とはず侍りけるにつかはしける


きても猶かひこそなけれ旅ごろもたちし別を何恨みけむ




左近大將朝光

題志らず


いそぎつる ことをばしらで古郷にまつらむ人や心つくさむ


洞院攝政前左大臣

家に百首の歌よみ侍りけるに、旅の心を


都人月日を空に數へてもいくめぐりとかわれを待つらむ




續拾遺和歌集卷第十
賀歌

太上天皇

建治二年八月龜山殿にて、はじめて松色浮池といへる題を講ぜられ侍りしついでに


よろづ代と龜の尾山の松かげを移してすめる宿の池みづ




攝政前太政大臣


池水に松の千とせをうつしても君に二たび逢ふが嬉しさ




冷泉太政大臣

寳治二年鳥羽殿にて、池上松といへる心を


行末をかぎらぬ松の世々をへてかげ長閑なる庭の池みづ




前大納言爲家


池水のたえず澄べき御代なれば松の千年もとはに逢見む




徳大寺入道前太政大臣

同年正月松色春久と云ふ事を講ぜられける時序を奉りて


千枝にさす松の緑は君が代に逢ふべき春の數にぞ有ける




前大納言顯朝

正元元年 [7]月西園寺の一切經供養に行幸し侍りけるに春宮中宮おなじく行啓ありて次の日人々翫花と云ふ心をつかうまつりけるに

例なき數多御幸の今日に逢ひて花は八千世の色に出づ覽




山階入道左大臣

弘長三年二月龜山殿に行幸ありて花契遐年と云ふ事を講ぜられけるに序を奉りて


今年より御幸にちぎる山ざくら思ふも久しよろづ代の春




冷泉太政大臣


かめのをの山のかひある山櫻萬代ふべきためしとぞみる




權大納言經任


名にたてゝ萬代ふべき龜のをの山の櫻はけふ咲きにけり




萬里小路右大臣于時右大將

建長六年三首の歌合に、櫻を


待たれこしみかさの山の櫻花久しき春のかざしにぞさす




富家入道前關白太政大臣

嘉承二年鳥羽殿にて、池上花といへる事を


千世をへて澄べき池の水なれば映れる花の陰ものどけし




常磐井入道前太政大臣

寳治百首の歌奉りける時、松上藤


咲きつゞく藤榮えむと春日山松にぞ君をいはひかけつる




兵部卿隆親

文永八年七月院忍びて鷲尾に御幸し侍りける時女房の中より、君すめば心ありてや末遠く千世まつむしの聲聞ゆらむと侍りける返事に


昔より君がためなる宿なれば我も千とせをまつ虫のこゑ




前大納言爲氏

弘長三年九月十三夜内裏の十首の歌奉りし時、月前祝


君が住むおなじ雲居の月なれば空にかはらぬ萬代のかげ




山階入道左大臣

家に十首の歌よみ侍りけるに、秋祝


雲の上に影をならべて久方の月ぞ千とせの秋もすむべき




權中納言俊忠

寛治八年鳥羽殿にて翫池上月といへる心を


のどかなる光をそへて池水に千世もすむべき秋の夜の月




正三位經朝

寳治元年十首の歌合に、海邊月


わかの浦や昔にかへる波のうへに光あまねき秋の夜の月




從二位行家

同二年鳥羽殿の五首の歌に、月前祝


君が世に光をそへよ末とほき千とせの秋の山の端のつき




左大臣

月與秋久と云ふ題を講ぜられ侍りし時


いく秋とかぎらぬ月の光こそ君が御影のためしなりけれ




前中納言資宣

文永五年八月十五夜内裏の歌合に、田家見月


民やすき田面のいほの秋風にいなばの雲は月もさはらず




宇治入道前關白太政大臣

從一位倫子の七十賀によみ侍りける


君が爲千世を重ねてきくの花ゆく末遠くけふこそはみれ




式子内親王

百首の歌の中に


結ぶべき末もかぎらじ君が世に露のつもれる菊の下みづ




太宰權帥爲經

菊花秋久と云ふ事を


いか計老いせぬ秋をかさぬらむ千世のかざしの白菊の花




前大僧正慈鎭

正治百首の歌に、祝


千とせまで積れる年の志るしとて雪をかさぬる鶴の毛衣




法成寺入道前攝政太政大臣

題志らず


葦田鶴齡しあらば君が世の千年の數はかぞへとりてむ




常磐井入道前太政大臣

寄海祝といへる心を


海原や風をさまれる波のうへに思ふもとほし御代の行末




後花山院入道前太政大臣

文永三年三月、續古今集の竟宴の歌


數々にみがく玉藻のあらはれて御代靜かなるわかの浦浪




前中納言定家

建仁三年十一月和歌所にて釋阿の九十賀たまはせける時よみ侍りける


君にけふ十年の數をゆづり置きて九かへりの萬代やへむ




前中納言範光


限なきはこやの山のかげなれば千年の坂も猶こえぬべし




大藏卿有家


老らくのさかゆく道を照すなりはこやの山の峯の月かげ




冷泉太政大臣于時内大臣左大將

建長五年七月三首の歌に


かげ靡く光は身にもあまるらむのぼる三笠の山の端の月




權大納言長家

祝の心を


大原や小鹽の松ぞ君が代のいつも變らぬためしなるべき




參議雅經于時左中將

建暦二年とよのみそぎ二たび行はれける次の日前中納言定家のもとに遣しける


君待ちて二たびすめる河水に千世そふ豐の御祓をぞ見し




兵部卿隆親

今上の御元服の時大納言に歸りなりて上壽つとめ侍りて思ひつゞけ侍りける


年たけて思ひもよらず君が代に又仕ふべき道のありとは




前中納言資實

建久九年大甞會の主基方の御屏風に備中國神島有神祠所を


神島の波の白ゆふかけまくも畏き御代のためしとぞみる




前參議爲長

仁治三年大甞會の悠紀方の風俗歌、朝日山


あきらけき御代の始の朝日山あまてるかみの光さしそふ




前中納言家光

嘉禎元年大甞會の悠紀方巳日の樂破近江國眞木村


常磐なる影は變らじ眞木の村あまの露霜いくよふるとも




民部卿經光

文應元年大甞會の悠紀方の御屏風の歌、玉井


凉しさに千とせをかねて結ぶかな玉井の水の松の下かげ




[7] SKT reads 三月.




續拾遺和歌集卷第十一
戀歌一

皇太后宮大夫俊成

正治百首の歌奉りけるに、戀の歌


戀衣いかに染めける色なれば思へばやがて移るこゝろぞ




土御門院御製

初戀の心を


ひまとめて爭でしらせむ玉簾けふよりかゝる心ありとも




衣笠内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、おなじ心を


知せても猶難面くば如何せむいはぬを咎に人や戀ひまし




内大臣

題志らず


戀しさをいつならひける泪とていはぬ先より袖の濡る覽




前攝政左大臣


まなく散る袖の白玉誰ゆゑにみだれそめぬる泪とかしる




後法性寺入道前關白太政大臣

家に百首の歌よみ侍りけるに、初戀


君にかく亂れそめぬとしらせばや心の内に忍ぶもぢずり




前大納言兼宗

千五百番歌合に


いつ迄か思亂れてすごすべきつれなき人を忍ぶもぢずり




前右兵衛督爲教

建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、忍戀


水隱りの玉江の葦のとにかくに思ひ亂るゝ程はしられじ




常磐井入道前太政大臣

洞院攝政の家の百首の歌に、おなじ心を


沖つ風吹き志くうらの芦の葉の亂れて下に濡るゝ袖かな




後鳥羽院御製

題志らず


小山田の庵もるかひの夕けぶりむせぶ思をやる方ぞなき




春宮少將


知られじなくゆる煙の絶えずのみ心にけたぬ思ありとも




萬里小路右大臣

建長三年九月十三夜十首の歌合に、寄煙忍戀といへる心を


知られじなたく藻の煙下にのみ咽ぶ思のせめてうき身は




太上天皇

百首の歌めされしついでに


我ばかり忍ぶる中にもるものはおさふる袖の泪なりけり




春宮大夫實兼


難波がた芦の篠屋の忍びねに濡るゝ袖さへほす隙ぞなき




前大納言爲家

戀の歌の中に


濁江の水草隱れのうきぬなは苦しとだにも知る人はなし




後嵯峨院御製

寳治百首の歌めしけるついでに、寄湊戀


同じくばもろこし船もよりなゝむ知る人もなき袖の湊に




前大納言爲氏

寄月戀


山の端に更けて出たる月影のはつかにだにも爭で知せむ




從三位經朝


宵のまにうはの空行く三日月のかげ計見し人に戀ひつゝ




土御門院小宰相

おなじ心を


めには見て雲居のよそに行く月の便も知らぬわが思かな




後嵯峨院 [8]御


いとせめて忍ぶる夜はの泪とも思ひも志らで宿る月かな




忍戀のこゝろを


わが泪露も洩らすな枕だにまだ志らすげの眞野の秋かぜ




參議雅經

道助法親王の家の五十首の歌に、寄枕戀


知られじな我袖ばかり敷妙の枕だにせぬ夜はのうたゝ寐




從二位行家

題志らず


歎くとも誰かは知らむ思ひ寐の我ばかりみるゆめの枕を




前左兵衛督教定


うつゝには語る便もなかりけり心のうちを夢にみせばや




前大納言爲氏

忍久戀の心を


いばで思ふ心ひとつの頼みこそ知られぬ中の命なりけれ




正三位知家

前大納言爲家の家の百首の歌に


年ふとも誰かは知らむかくれぬのしたに通ひて思ふ心を




前内大臣

寳治元年十首の歌合に、忍久戀


人志れず思ひ志をれて朽ちねとや袖に年ふるわが泪かな




院辨内侍


思ふ事いはで心のうちにのみつもる月日を知る人のなき




兵部卿隆親

建長二年九月十三夜三首の歌合に、戀の歌


偖も又いはで年ふる言の葉はいづれの秋か色に出づべき




入道二品親王性助

題志らず


高砂のをのへの松の夕しぐれ色にぞ出でぬ年はふれども




前中納言定家

建仁元年五十首の歌奉りけるに、寄雲戀


知られじな千入の木葉焦る共しぐるゝ雲の色し見えねば




如願法師

戀の歌の中に


袖の色を偖のみ人に知せずば心にそめしかひやなからむ




前大納言基良

寳治百首の歌奉りけるに、寄衣戀


せく袖の泪の色やくれなゐの千志ほの衣染めて朽ちなむ




藤原爲世朝臣

文永七年八月十五夜内裏の三首の歌に、忍戀


いかにせむ包む人めにせきかねて泪も袖の色に出でなば




今出河院近衛

題志らず


思ひせく袖より落つる瀧つせはいつの人まの泪なるらむ




春宮大藏卿


もらすなよ人めせかるゝ思河つらさにまさる泪なりとも




從二位行家


せく袖にもらばうき名も立ちぬべし身をも思はぬ我泪哉




中務卿宗尊親王


いはぬをば知らぬ習と思ひしに泪ばかりのなどかゝる覽





年へてもかひなき物は人志れず我のみなげく思なりけり




皇太后宮大夫俊成

未對面戀といへる心を


人志れぬ心やかねてなれぬらむあらまし事の面影に立つ




正三位知家

洞院攝政の家の百首の歌に


年をへて繁さまされど筑波ねの峰は歎きの程も志られじ




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りけるに、忍戀


いかにせむ戀は果てなき陸奥の忍ぶ計に逢はでやみなば




高階宗成

寄雲戀といへる心を


いはでのみ忍ぶの山にゐる雲や心のおくを猶たづぬらむ




前大納言隆房

戀の歌の中に


さもこそは身にあまりぬる戀ならめ忍ぶ心のおき所なき




前大納言經房

女のもとに文を遣したりけるに取りはいれながら上を更に包みて返して侍りければ遣はしける


上ばかり包むと見ゆる玉章は返すにつけて頼まるゝかな




藤原則俊朝臣

題志らず


あぢきなく包みもはてじ誰ゆゑと色には出でぬ袖の泪を




九條左大臣女


今は唯もらしやせまし泪河たれゆゑ忍ぶうき名ならねば




侍從雅有


泪川逢ふ瀬は淵と淀む共うき名洩らさぬ志がらみもがな




前大納言兼宗

千五百番歌合に


もらさじと思ふ心やせきかへす泪の川にかゝる志がらみ




前大納言爲氏

戀の歌の中に


思兼ね猶世にもらばいかゞせむさのみ泪の咎になしても




萬里小路右大臣

大將に侍りける頃文遣しける人のちらすなと申したりける返事に


三笠山さしも洩さぬ言の葉に仇にも露のかゝるべきかは




前大納言爲家

山階入道左大臣の家の十首の歌に、寄關戀


心こそ通はぬ中の關ならめなどかなみだの人めもるらむ




後法性寺入道前關白太政大臣

家に百首の歌よみ侍りける時、忍戀


戀すとは泪に志るし今はたゞ君てふことを忍ぶばかりぞ




刑部卿頼輔


人志れず思ふ心をちらすなと今日ぞいはせの杜の言のは




僧正行意

名所百首の歌奉りける時


おのづからかけても袖に知すなよいはせの杜の秋の下露




皇太后宮大夫俊成

題志らず


洩しても袖や志をれむ數ならぬ身をはづかしの杜の雫は




太上天皇

寄杜戀といへる心をよませ給うける


よしさらば言の葉をだに散さばやさのみ岩手の杜の下風




典侍親子朝臣

戀の歌とて


人志れず思ひし物をいかにして見えぬ心の色に出づらむ




西行法師


みさをなる泪なりせば唐衣かけても人に志られざらまし




後京極攝政前太政大臣

千五百番歌合に


荒磯の波よせかくる岩根松いはねどねには顯はれぬべし




題志らず


鳰鳥のかくれも果てぬさゞれ水下に通はむ道だにもなし




後鳥羽院御製


せき返し猶も色にぞ出でにける思ひに弱る袖の志がらみ




[8] SKT reads 御製.




續拾遺和歌集卷第十二
戀歌二

前關白左大臣一條

題志らず


人問はゞよその思といひなさむ藻しほの煙風にまかせて




常磐井入道前太政大臣


みるめなき浦よりをちに立つ煙我をばよそに何こがす覽




從三位行能

名所の百首の歌奉りけるに


煙だに思ひばかりは志るべせよいそまの浦の蜑の藻汐火




按察使高定

戀の歌の中に


おのづから靡く心もありなまし哀れたく藻の煙なりせば




前攝政左大臣


下もえにむせぶ思の夕煙はてはむなしき名にや立ちなむ




前大納言爲氏


徒に立つ名計りや富士のねのならぬ思のけぶりなるらむ




權中納言公雄


かひなしや及ばぬふじの夕煙立つ名ばかりに思消えなば




權大納言忠信

寳治百首の歌奉りける時寄煙戀といへる心を


たぐへても志らじな富士の夕煙なほ立ち昇る思ありとは




[9]卿有教女

題志らず


煙たつ淺間の嶽にあらねども絶えぬ思に身をこがすかな




源親長


いたづらに立つや煙のはてもなしあふを限ともゆる思は




源親行


徒らに思ひこがれて年もへぬ人をみぬめの浦の藻しほ火




常磐井入道前太政大臣


よと共に海士のなはたく漁船うきて思のこがれてぞふる




院少將内侍


我戀はなだかの浦のなびきもの心はよれどあふ由もなし




前中納言雅言

文永二年七月白河殿の七百首の歌に、寄網戀


いせの海の網のうけ繩わが方に心もひかぬ人に戀ひつゝ




俊頼朝臣

いかなりける時にか女に遣しける


まどろむに戀しき事の慰まば寐覺をさへは恨みざらまし




前右大將頼朝

題志らず


まどろめば夢にもみえぬ現には忘るゝ程の束のまもなし




前右兵衛督爲教

百首の歌奉りし時


ぬるが内も現の儘のつらさにて思ふ方にはみる夢もなし




後鳥羽院御製

千五百番歌合に


現こそぬるよひ/\も難からめそをだにゆるせ夢の關守




按察使高定

題志らず


さめてこそ後うき物と思ふとも戀しき人を夢にだにみむ




藤原伊信朝臣


あふとみばさても思の慰まではかなき夢は猶ぞかなしき




藤原景家


あふとみて頼むぞ難きうたゝねの夢てふ物は誠ならねば




平時村


ぬるが内にげに逢事もなき夢はいかにみしより頼初め劔




平宣時


ぬるがうちに暫し慰む心かな覺めては夢と思ひしれども




侍從雅有

入道二品親王の家の五十首の歌に


わが袖の泪のいろの露ならばときはの杜も猶や染めまし




權僧正實伊

戀の歌の中に


わが袖に數かくばかり行く水やはかなき戀の泪なるらむ




前大納言忠良

千五百番歌合に


戀をのみしづやのこ菅露深みかりにも袖の乾くまぞなき




大藏卿有家


山賤のおりたつ澤の眞菰草かりにのみこそ袖もぬるらめ




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りし時、不逢戀


風荒きすさの入江の波こえてあぢきなき迄ぬるゝ袖かな




中納言家成

家に歌合し侍りけるに


あさりする海士の衣にあらねども汐垂れまさる袖の上哉




土御門院御製

題志らず


いくよとか袖の志がらみせきもみむ契りし人は音無の瀧




常磐井入道前太政大臣

寳治百首の歌奉りける時、寄瀧戀


ぬきとめよあはずば何をかた糸の亂れておつる瀧の白玉




光明峰寺入道前攝政左大臣

題志らず


年へぬるならの小川に御祓して祈りしせをも猶すぐせとや




常磐井入道前太政大臣

洞院攝政の家の百首の歌に、不遇戀


消えぬべしさのみはいかゞ思ひ川流るゝ水の哀とも見よ




前大納言爲氏

弘長三年内裏に百首の歌奉りし時、寄池戀


根蓴のねぬなはかけてつらさのみ益田の池の自らぞうき




賀茂重保

戀の歌の中に


うらやまし誰れ逢坂の關こえて分るゝ鳥の音を歎くらむ




和泉式部


みな人を同じ心になしはてゝ思ふ思はぬなからましかば




正三位經家

正治の百首の歌に


知るらめやてびきの糸の一筋にわくかたもなく思ふ心を




讀人志らず

題志らず


思ひわびつれなき中はながらへて戀を命と猶やたのまむ




光俊朝臣

文永十年七月内裏の七首の歌奉りし時


ながらへて逢見む事は命とも思はぬ人や身にはかふらむ




從三位顯氏

戀の心を


頼めおく人の心もみるばかりうきに死にせぬ命ともがな




式乾門院御匣

百首の歌奉りし時


契りおく情ばかりを僞のなき世になしてたのみけるかな




平行氏

題志らず


契りしはうゑもとほらぬわすれ水頼むや淺き心なるらむ




藤原爲世朝臣

契隱戀と云ふ事を


今は又あかず頼めし影もみずそことも知らぬ山の井の水




兵部卿隆親

戀の歌の中に


逢ふことのいつを限と頼まねば我泪さへ果てぞ知られぬ




從二位行家


逢ふことは風にわかるゝ浮雲の行末とだにえこそ頼まね




源俊平

寳治の百首の歌奉りける時、寄橋戀


戀ひわたる心は空にかよへども逢ふはよそなる鵲のはし




津守國助

入道二品親王の家の五十首の歌に


さのみやはさのゝ舟橋同じ世に命をかけて戀ひ渡るべき




院辨内侍

建長三年吹田にて十首の歌奉りけるに


逢ふ迄の命を人に契らずばうきにたへてもえやは忍ばむ




典侍親子朝臣

戀の歌とて


逢ふことに誰かはかへむ惜からで我だに今はすつる命を




前大納言爲家

山階入道左大臣の家の十首の歌に、不遇戀


たのまじな逢ふにかへむと契るとも今いく程の老の命は




平時直

題志らず


あふ事にかへぬ命も限あれば戀死ぬとてや人のつれなき




中務卿宗尊親王


思ふにもよらぬ命のつれなさは猶長らへて戀やわたらむ




平義政


逢事をいつとも知らずながらへて命にそふは思なりけり




藤原基頼


逢迄の命とだにも頼まれず人のつらさのはてを志らねば




平政長

久戀のこゝろを


おなじ世を頼む計やつれなくて戀にたへたる命なるらむ




覺助法親王

百首の歌奉りし時


今は又あす志らぬ身もなげかれず此世に頼む契ならねば




中務卿宗尊親王家小督

戀の歌の中に


かくこひむ報を人の思はでや後の世志らずつれなかる覽




信實朝臣


こりざらむ心のはての強面さも身を存へて猶やみせまし





戀死ぬるはてをば志らで逢ふ迄の命を惜しく思ひける哉




左近中將具氏


たがをしむ命なればか死ぬ計なげくに猶もつれなかる覽




山階入道左大臣

常磐井入道前太政大臣の家に十五首の歌よみ侍りけるに


思はずにあはれつれなき命哉いけらば後の頼みばかりに




從二位行家

文永二年九月十三夜五首の歌合に、不逢戀


いける日のつらさに換て逢事をまたぬ命と戀や志なまし




侍從能清

戀の歌の中に


いける身のかひは無れど戀死なば同世をだに猶や別れむ




安嘉門院高倉

寳治の百首の歌奉りける時、寄原戀


戀死なむ命は人のためなればあさぢが原の露をだにとへ




宜秋門院丹後

題志らず


戀死なばうき名計やとゞまらむ我身は苔の下に朽つとも




後徳大寺左大臣

女の許に遣しける


戀死なむ行方をだにも思ひ出よ夕の雲はそれとなくとも




[9] Kanji in our copy-text here is illegible. SKT reads 藏.




續拾遺和歌集卷第十三
戀歌三

參議雅經

千五百番歌合に


かけてだに頼めぬ波のよる/\を松も強面きよさの浦風




待賢門院堀河

久安の百首の歌に


つれなさをいかに忍びて過しけむ暮まつ程もたへぬ心に




三條院女藏人左近

左近大將朝光小將に侍りける時わづらふ ことありて今は限りなり、な頼みそと申したりける返事にくれまつにつけて

君により暮待つ草に置く露のかゝらぬ程はいかゞ頼まむ




中務卿宗尊親王

待戀といへる心を


待ちわびて獨ながむる夕暮はいかに露けき袖とかは知る




安嘉門院四條

夕戀と云ふ事を


せめてわが心ひとつの慰めにたのめぬ暮も猶や待たまし




前右兵衛督爲教女

百首の歌奉りし時


傚ひこしこぬ夜數多にこりもせで又夕暮と頼むはかなさ




前大納言爲家

山階入道左大臣の家の十首の歌に、待戀


さり共と思ふかひなきよな/\の僞をだに頼みはてばや




院辨内侍

おなじ心を


はかなしや我心なる槇の戸をさゝぬ頼みに人の待たるゝ




前攝政左大臣

寄船戀といへる心を


つらしなほ葦分小舟さのみやは頼めし夜はの又障るべき




權大納言經任

文永五年九月十三夜白河殿の歌合に、深夜待戀


頼めても空しく更る程みえてよそなる月の影さへぞうき




眞昭法師

前左兵衞督教定中將に侍りける時歌合し侍りけるに、寄月戀


こぬ人の面影さそふかひもなし更くれば月を猶恨みつゝ




前大納言資季

題志らず


待侘びてひとり有明の月影は別れしよりも猶うかりけり




法橋行濟

入道二品親王の家の五十首の歌に


頼むぞといひしばかりを契にてありあけまでの長月の空




中務卿宗尊親王

戀の歌の中に


今こむと頼めし人のいつはりをいく有明の月に待つらむ




山階入道左大臣


今こむとたのめぬ夜はの月をだに猶待ちいづる有明の空




權律師玄覺


待ち出づる影さへつらし頼めても人はこぬ夜の有明の月




平頼泰

待空戀といへる心を


こぬ迄も待つは頼みのある物をうたて明け行く鳥の聲哉




法印憲實


頼めても問はぬは人の習にて待つや憂身のとがとなる覽




待賢門院堀河


僞にならはざりせばゆく末も頼むる ことになぐさみなまし


典侍親子朝臣

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に


夢にだに待つとはみえじ僞にこりぬ心はわれさへぞうき




前關白左大臣鷹司

題志らず


契りしを夢とだに猶わかぬかな思ひあはする現なければ




藤原爲行

寄夢戀といへる心を


くるゝ夜の夢をぞ今は頼みける人のちぎりも現ならねば




式子内親王

戀の歌の中に


束の間のやみの現もまだ志らぬ夢より夢に迷ひぬるかな




前中納言定家


名取河いかにせむともまだ知らず思へば人を恨みける哉




高階宗成


遂に又うき名や立たむ逢事はさてもかたゞの浦のあだ浪




權中納言公雄

文永五年九月十三夜白河殿の歌合に、根不逢戀


つれなしとかつ恨みても逢事は渚の松のねこそなかるれ




藤原道經

嘉應二年法住寺殿の殿上の歌合に、來不遇戀といへる心を


手枕をかはすばかりの契にも猶とけがたき夜はの下ひも




津守國基

題志らず


逢見ての心長さを思ひやれつらきにだにも忘れやはする




近衛關白左大臣


歎きつゝ思ひ亂れしならひとや逢見ても猶袖のぬるらむ




普光園入道前關白左大臣

寄紐逢戀といへる心を


行末をかねてぞ結ぶ下紐のとけて逢ふよの中のちぎりに




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りける時、初遇戀


手枕に結ぶすゝきの初尾花かはす袖さへつゆけかりけり




衣笠内大臣


月草のはなだの帶はとけ初めぬ返らぬ色を誰に問はまし




相摸

夜ふけてきたりける人の立ちかへりける道の遠さも思ひやられてよみ侍りける


なほざりに行きて歸らむ人よりも送る心や道にまどはむ




惟宗忠景

寄關戀と云ふことを


あふ坂や別をとむる關ならばゆふつけ鳥の音をも恨みじ




從二位行家

弘長元年百首の歌奉りける時、曉別戀


死ぬばかりをしき別のあかつきや命にかへし報なるらむ




前中納言定家

洞院攝政の家の百首の歌に、後朝戀


はじめよりあふは別と聞きながら曉しらで人を戀ひける




太上天皇

弘長三年九月十三夜十首の歌めされしついでに月前別戀といへる心を


きぬ%\の名殘を月にかこちてもうしとぞ思ふ有明の空




前攝政左大臣

題志らず


つれなくて別るゝほどの月影も猶いひしらぬ有明のそら




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りけるに、曉別戀


別路の有明の月のうきにこそたへて命はつれなかりけれ




道洪法師

戀の歌の中に


今ぞみるつらしと聞きしあり明の月をわかれの袖の泪に




典侍親子朝臣


まだいつと頼まぬ物の現とも夢ともなくて別れぬるかな




鷹司院帥

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に、戀の心を


まどろまぬ程にみしかば今朝は又憂を夢共思ひなされず




平清時

契別戀と云ふ事を


契りおく後を待つべき命かはつらきかぎりの今朝の別に




皇太后宮大夫俊成

後法性寺入道前關白の家の百首の歌に、後朝戀


別れつる泪のほどをくらべばや歸る袂ととまるまくらと




隆信朝臣


床の上におきつる今朝の露よりも歸る我身ぞ先消ぬべき




二條院讃岐

正治の百首の歌に


露けさはおきわかるらむ床よりも詠め侘びぬる有明の月




後嵯峨院御製

戀の心を


わが泪あふをかぎりと思ひしに猶いひしらぬ袖の上かな




權中納言定頼

人のもとより歸りて遣しける


心にもあらぬ旅寐のまどろみにほのみし夢を人に語るな




中原行實

戀の歌の中に


さだかなる夢とや猶も頼まゝしやみの現の行方しらねば




京極院内侍


うつゝとも誰か定めむはかなくて惑ふもつらき夢の通路




光明峯寺入道前攝政左大臣

建保の百首の歌奉りけるとき


うたゝねの夢ともさらばまぎれなでみしや現に殘る面影




後鳥羽院下野

寳治元年十首の歌合に、逢不會戀


驚かす人しなければ今はたゞみしは夢かと誰に問はまし




平行氏

題志らず


あふ事をたえぬる夢と思ふにも殘るつらさは現なりけり




行念法師


人はいさ思ひも出でぬ夜な/\も我心より夢や見ゆらむ




前攝政左大臣


今は又たが夢路にか通ふらむ思寐にだにみる夜はもなし




後鳥羽院御製


うしとみる夢よりのちの心をも現ながらにいかで語らむ




中務卿宗尊親王

家に百首の歌よみ侍りけるに


いかにして現のうさとなりにけむ見しや昔のゆめの通路




權中納言經平

稀會戀の心を


夢ぞとも思ひなしてや止みなまし忘れぬ程に驚かさずば




前中納言雅言

百首の歌奉りし時


さゝ竹の一夜ばかりの契にも忘れぬふしの何のこるらむ




平親清女

題志らず


最せめてつらき契のいかなれば流石にたえぬ年もへぬ覽




藤原隆博朝臣

文永七年九月内裏の三首の歌に、契戀


心にもあらぬ月日は隔つ共いひしに違ふつらさならずば




和泉式部

時々文おこせける男の扇を見せければ月かきたる所に


雲居ゆく月をぞたのむ忘るなといふべき中の別ならねど




安嘉門院四條

戀の歌の中に


おのづからいかなりしよの形見とか雲まの月も思出づ覽




後嵯峨院御製


中々に面影さらぬ形見にて今はあだなる夜はのつきかな




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、曉別戀


うしとても今はあだなる名殘かは忘れがたみの有明の月




入道二品親王性助

百首の歌奉りし時


はかなしやいひしばかりの形見だに面影つらき有明の月




按察使高定

月前戀といへる心を


つらかりし影にかたみや殘るらむ猶うとまれぬ有明の月




右近大將通基母


たのめしも忘れぬ物を有明の月やつれなき形見なるらむ




典侍親子朝臣


有明の猶ぞ悲しきあふ迄のかたみとてこそ月はみれども




大納言通具

千五百番歌合に


めぐりこしよゝの契にそで濡れてこれも昔のうき泪かな




續拾遺和歌集卷第十四
戀歌四

常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、逢不遇戀といへる心を


同じ世にまた夕暮を歎くかなこりぬうき身の心よわさは




前大納言爲家

題志らず


わするべき今はわが身の泪だに心にかなふ夕ぐれぞなき




前内大臣


今はたゞ忘れむと思ふ夕暮をありしよりけに松風ぞ吹く




平親清女


さりともと暫しは待ちし夕暮も今はよそなる身の契かな




從二位行家

文永二年九月十三夜の歌合に、絶戀


たのめしは人の昔になりはてゝ我身にのこる夕ぐれの空




前大納言良教

九月十三夜五首の歌に同じ心を


あふさかの道やはかはる年ふれば人の心ぞ關となりける




權中納言具房

寄關戀と云ふ事を


うき物と思ひもはてぬ鳥のねにまた逢坂の往來をぞ待つ




藻壁門院少將

洞院攝政の家の百首の歌に、遇不逢戀


逢事の絶間がちなるつらさかと思ひし程の契りだになし




戀のこゝろを


見し人を思ひ出づるも悲しきに夕は月の待たれずもがな




太上天皇

文永五年八月十五夜の歌合に、月驚絶戀


何と又思ひ絶えても過ぐる身の月みるからに袖のぬる覽




權中納言長方

家に歌合し侍りけるに


待ちしよに思ひよそへて幾返り山のは出づる月を見つ覽




祝部成茂

寄月戀


いかにせむ月のとがとは思はねどうき面影におつる泪を




道生法師

おなじ心を


こひ/\て仄かに人を三日月のはてはつれなき有明の空




正三位顯家

後法性寺入道前關白の家の歌合に、戀依月増と云ふ事を


詠むれば戀こそまされ我妹子がつらき心や月にそふらむ




土御門院御製

題志らず


うらみこし人の心もとけやらず袖の氷にはるはきぬれど




藤原爲兼朝臣


忘れずよ霞のまよりもる月のほのかに見てし夜はの面影




讀人志らず


わが戀はまだ雪消えぬ若草の色にぞ出でぬ下にもえつゝ




典侍親子朝臣


あかざりし袖かと匂ふ梅が香におもひ慰むあかつきの空




前中納言定家

春の頃物申しそめける人の梅の花を折りてさしおかせ侍りける又の年おなじ所にてよみ侍りける


心からあくがれそめし花の香に猶もの思ふ春のあけぼの





我のみやのちも忍ばむ梅の花にほふ軒端のはるの夜の月




前中納言匡房

かたらひ侍りける男に忘られにける女にかはりて


うき身をば忘れはつとも古郷の花の便はおもひ出でなむ




前中納言雅言

寄山吹戀といふ心を


山吹の花さへつらし口なしの色にはなどか思ひそめけむ




源有長朝臣

戀の歌の中に


志らせばや神の志るしの葵ぐさ名をのみかけて頼む心を




祝部成茂

みあれの日人のもとに葵にそへて遣しける


葵てふ其名はさこそかけず共けふのかざしの印とは見よ




右衞門督實冬

夏夜戀


夏の夜と何か恨みむいつとてもあふ人からにあかぬ習は




皇太后宮大夫俊成女

建仁二年戀の十首の歌合に、夏戀


はかなしや夢も程なき夏の夜の寐覺ばかりの忘れ形見は




實方朝臣

四月ばかりに物いひそめける人の早月まで忍びけるに遣しける


忍びねのほどは過ぎにき郭公何につけてか今はなかまし




後嵯峨院御製

白河殿の七首の歌、寄沼戀


隱沼に生ふる菖蒲の我なれや繁きうきねも知る人ぞなき




赤染衛門

男に忘られにける人の五月五日枕に菖蒲をさして置きたりけるを見て


乾くまもなき獨寐の手枕にいとゞ菖蒲のねをやそふべき




周防内侍

あだなりける男の許に五月六日人にかはりて遣しける


さもこそは假初ならめ菖蒲草やがて軒端に枯れにける哉




前左兵衛督教定

戀の歌の中に


夏草の下ゆく水のありとだにむすばぬ中は知る人もなし




源家長朝臣


とぶ螢それかあらぬか玉の緒のたえぬばかりに物思ふ頃




法眼慶融


つゝめども我さへ身にぞ餘りぬる螢よりけにもゆる思は




丹波尚長朝臣

寄蝉戀といへる心を


夏衣をりはへ蝉の音にたてゝうすくや中の遠ざかりなむ




讀人志らず

題志らず


恨みてもかひなき物は夏ごろも我身にうすき契なりけり




殷富門院大輔

寄七夕戀といふ事を


織女にたえぬ思は變らねど逢ふ夜は雲のよそにこそきけ




權中納言顯基

七月七日女に遣しける


かつ見ても戀しき物を七夕の秋のためしと何ちぎりけむ




讀人志らず

題志らず


逢事はけふもかた野の天の川この渡こそうきせなりけれ




前中納言資平

人の許に遣しける


かけてだに思ひも志らじ淺茅生の小野の朝露消え返る共




光俊朝臣

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に


風吹けばたゞよふ雲の空にのみ消えてもの思ふ秋の夕暮




醍醐入道前太政大臣

題志らず


頼めとや思ひ絶えぬるよひ/\を猶秋風の松にふくらむ




紫式部

方たがへにまうできたりける人の覺束なきさまにて歸りにける朝に朝顏を折りて遣しける


覺束なそれかあらぬかあけ暮の空おぼれする朝がほの花




讀人志らず

返し


いづれぞと色わく程に槿のあるかなきかになるぞ悲しき




前中納言定家

建保百首の歌奉りける時


初雁のとわたる風のたよりにもあらぬ思を誰につたへむ




前攝政左大臣

戀の歌の中に


うかりける人の心の秋風に萩のした葉のいろもうらめし




權大納言長雅

百首の歌奉りし時


眞葛原下葉ばかりの秋ならば思ひかへして恨みざらまし




安嘉門院四條

山階入道左大臣の家の十首の歌に、寄秋風戀


秋風の吹くにまかせて眞葛原われとは人を恨みやはする




前内大臣

寄秋月戀


身を秋の泪ばかりをたよりにてかたみもつらき袖の月影




讀人志らず

題志らず


秋はきぬ人は強面し今よりの長き夜寒み待ちつゝや寐む




從二位家隆


音にのみきくの濱松した葉さへ移ろふころの人は頼まじ




正三位知家


うつろはむ物とやひとの契り置きし後瀬の山の秋の夕露




藤原永光


大方のことの葉までもいろかはる秋や生田のもりの下露




信實朝臣

弘長元年百首の歌奉りけるに、逢不會戀


言の葉も秋にはあへず移ればや變るつらさの色を見す覽




光明峯寺入道前攝政左大臣

家の戀の十首の歌合に、寄枕戀


しぐれゆく紅葉の下のかり枕あだなる秋の色に戀ひつゝ




光俊朝臣

題志らず


今ぞ志る我をふるせる時ぞともしぐれてかはる秋の夕暮




順徳院御製


言のはもわが身時雨の袖の上に誰を忍ぶの杜の木がらし




光明峰寺入道前攝政左大臣

建保百首の歌奉りける時


言のはのとはぬに深き色見ても袖の時雨はほす隙もなし




東三條入道前攝政太政大臣

右近大將道綱の母の、もとよりしぐるゝ空もわりなくなど申し遣したりける返事に


思ひやる心の空になりぬれば今朝や時雨と見ゆるなる覽




前中納言匡房

十月許に女に遣しける


獨ぬる寐覺の床のさむければ時雨の音をたえず聞くかな




曾禰好忠

題志らず


ひとりぬる風の寒さに神無月しぐれふりにし人ぞ戀しき




安嘉門院高倉


誰か又ふるき枕に思ひ出む夜な/\霜の置きわかれなば




院少將内侍

寳治百首の歌奉りける時、寄鳥戀といへる事を


いかにせむ同じえならぬ契のみ憂名を鴦のね社なかるれ




參議雅經

建保五年内裏の歌合に、冬夜戀


泪せく袖の氷をかさねても夜はのちぎりは結びかねつゝ




續拾遺和歌集卷第十五
戀歌五

春宮大夫實兼

百首の歌奉りし時


行く年の空しき袖は波こえて契りし末の待つかひぞなき




太上天皇

位におはしましける時うへのをのこども寄海戀といふ事を仕うまつりけるついでに


思ひ餘り袖にも波はこえにけりありしにかはる末の松山




九條左大臣

題志らず


逢ふ事はかけてもいはじあだ波のこゆるに易き末の松山




後嵯峨院大納言典侍


波こさばいかにせむとか頼めけむつらき乍らの末の松山




從二位家隆

建保二年内大臣の家の百首の歌に、名所戀


はかなしな三津の濱松おのづからみえこし夢の波の通路




後京極攝政前太政大臣

建仁二年戀の十五首の歌合に、古郷戀


すゑまでも契りてとはぬ古さとに昔がたりの松風ぞふく




權大納言長雅

百首の歌奉りし時


忘らるゝ身はならはしの夕暮もよそにはきかぬ庭の松風




安嘉門院四條

互疑戀といへる心を


こと浦に靡く煙のつらさをも我身の方の名に立てよとや




法印憲實

恨絶戀


なびくかとみえし藻汐の煙だに今はあとなき浦風ぞ吹く




前大納言爲家

建長三年吹田にて十首の歌奉りけるに、戀の歌


かひなしないひしに變るおなじ世にあればと頼む命計は




平親清女妹

題志らず


見せばやなありしにかはる獨寐のわが手枕にかゝる涙を




從二位家隆


君ゆゑは床の山なる名もつらしいざや變らぬ心とも見ず




眞昭法師


よそにのみ鳴海の浦の空せ貝誰れあだ人に名をしらせ劍




紫式部

磯邊に波はよせずとやみしと申し遣したりける人の返事に


返りては思ひしりぬや岩角にうきてよりける岸のあだ波




九條左大臣女

題志らず


變り行く契の程のうきをだに恨むばかりの逢ふ事もがな




式乾門院御匣


何ゆゑと心のとはむこともうしつらきをしたふ袖の泪は




前中納言資平

白河殿の七百首の歌に、寄月草戀


月草のうつろひやすき心をもかつしりながら猶恨むらむ




西園寺入道前太政大臣

道助法親王の家の五十首の歌の中に、寄草戀


月草にうつろはむとや染めおきし人の心も色かはりゆく




後嵯峨院御製

文永二年九月十三夜五首の歌合に、絶戀


妹とわれ花田の帶の中なれや色變るかと見れば絶えぬる




光明峰寺入道前攝政左大臣

戀の歌の中に


移り行く花田の帶の結ぼゝれいかなる色に絶えは果つ覽




權大納言長雅

百首の歌奉りし時


馴れしよのかたみの衣恨みわび泪かさなる袖をみせばや




前參議忠定

寳治百首の歌奉りける時、寄關戀


跡絶えて人も通はぬひとりねの衣の關をもるなみだかな




光明峰寺入道前攝政左大臣

題志らず


年へぬる淀の繼橋夢にだにわたらぬ中と絶えやはてなむ




醍醐入道前太政大臣女


別れにしまゝの繼橋中絶えてふみ通ふべき道だにもなし




大納言雅忠


はかなしや誰心よりとだえしてみるよもしらぬ夢の浮橋




前關白左大臣一條

文永二年九月十三夜五首の歌合に、絶戀


はかなしや我のみかよふ思寐の夢路ばかりの絶えぬ契は




權中納言公守

山階入道左大臣の家の十首の歌に、同じ心を


知られじな絶えにし中の忘水われのみ人を思ひ出づとも




仁和寺二品親王守覺

題志らず


通來し野中の清水かきたえてくまぬにしもぞ袖は濡ける




讀人志らず


いつまでか人のつらさの僞をこゝろづくしに猶頼みけむ




權律師圓範


いつまでのなさけなりけむ僞の言のはさへぞ今は戀しき




光俊朝臣

文永二年九月十三夜五首の歌合に、絶戀


うきながら暫しはみえじ面影もいつの月日か限なりけむ




藤原伊長朝臣

題志らず


逢事は思ひたえにし年月のつもるにつけて忘れやはする




後嵯峨院大納言典侍


あひ見しは遠ざかり行く年月を忘れずなげくわが心かな




鷹司院帥

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に


忘れては戀しき物をあひ見じといかに誓ひし心なりけむ




前大納言資季

白河殿の七百首の歌に、寄河戀


年へぬるふる河のべにたつ杉のいつかは人に又は逢見む




式乾門院御匣

戀の歌とてよみ侍りける


絶えはつる契惜みて同じ世に又あひ見むと思ひけるかな




大炊御門内大臣


存へて又逢ふ迄の玉のをよたえぬしもこそ苦しかりけれ




後堀河院民部卿典侍


かひもなしとへど白玉亂れつゝこたへぬ袖の露の形見は




新陽明門院兵衛佐


ありし世を思ひ出でける心こそ憂身をさらぬ形見とはなれ




權中納言公雄

山階入道左大臣の家の十首の歌に、寄涙戀


よしさらば己が物から形見とてほさじや袖の泪ばかりも




從三位行能

題志らず


ます鏡映りし物をとばかりにとまらぬ影も形見なりけり




從三位光成

寄鏡恨戀


つらしとて曇りなはてそます鏡我だに人のかげを忘れじ




土御門院御製

戀の心を


山鳥のをろの鏡にあらね共うき影みてはねぞなかれける




衣笠内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、逢不會戀


見せばやな袖の別のそのまゝに泪ばかりのこゝろ長さを




後鳥羽院御製

題志らず


偖も猶面影絶えぬ玉かづらかけてぞ戀ふる暮るゝ夜毎に




前中納言資宣

百首の歌奉りし時


さのみやはつらき命の玉かづら年月かけて長らへもせむ




前關白左大臣鷹司

戀の歌の中に


忘られぬその面影を身にそへていつを待つまの命なる覽




源兼泰


うしと見し人よりも猶つれなきは忘らるゝ身の命 なりけり


權少僧都圓勇


偖も猶限ある世のならひとてうきにまけぬは命なりけり




近衛關白左大臣

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、寄草戀


軒ばにはたが植ゑ置きて忘草今はたつらきつまとなる覽




權大納言實家

九月十三夜五首の歌に、絶戀


かひもなしとはで年ふる蓬生のわれのみ忍ぶもとの心は




入道内大臣源道成公

文永二年九月十三夜五首の歌合におなじ心を


年ふれど戀しきごとに袖ぬれてもの忘れせぬわが泪かな




鷹司院按察

戀の歌とて


いかにして契りし事を忘まし頼むより社つらさをもしれ




前關白左大臣一條


おも影をいかに忘れぬ心こそつらしと思ふ折もありしか




津守國基

女に遣しける


かねてより人の心のつらからば契りし事を頼まゝしやは




藤原爲綱朝臣

題志らず


いかにせむ袖のみぬれて石見潟いはぬ恨は志る人もなし




後嵯峨院御製

寄海戀と云ふ事をよませ給うける


憂事は津守の海士の朝夕に恨むとだにも志らせてしがな




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、逢不會戀


歎かじよ袖のうら波立ちかへり思へばうきも契なりけり




前大納言資季

光明峯寺入道前攝政の家の戀の十首の歌合に、寄船戀


漕ぎいづる沖つ波まの海士小舟恨みし程に遠ざかりつゝ




中原行範

戀の心を


恨みても幾よになりぬ住吉の松はつれなき色に戀ひつゝ




光俊朝臣

中務卿宗尊親王家の歌合に


今さらに何か恨みむ忘れねといひしに叶ふ人のこゝろを




前關白左大臣一條

題志らず


僞となにしか人をうらみけむ忘れずとだに今はいはねば




賀茂氏久


折々にうきは我が身と思ふにも人を恨みむ言のはぞなき




參議定經

被厭戀の心を


誰をかは身より外には恨むべき憂を厭はぬ人しなければ




前右兵衛督爲教

戀の歌の中に


よしさらば我身の咎に云做さむつらさを人の思出にして




從二位頼氏


身の咎に人のつらさを思ふこそ忘らるまじき心なりけれ




正三位重氏


年ふれど憂きを思の知べにて身に馴れぬるはつらさ なり


九條前攝政右大臣

恨戀の心を


恨むべき言のはもなく成に鳬つらしと云ふも限こそあれ




今出河院近衛

題志らず


後の世のつらき報を思ふにも人の爲までうきわが身かな




正三位知家


おちたぎつ吉野の河やいもせ山つらきが中の泪なるらむ




續拾遺和歌集卷第十六
雜歌上

西園寺入道前太政大臣

建保百首の歌奉りける時


いかばかり昔を遠くへだてきぬその神山にかゝるしら雲




正三位知家

題志らず


神代より年の幾とせつもるらむ月日をすぐす天のかぐ山




藤原道經


年ふ共吉野の瀧の白糸はいかなる世にも絶えじとぞ思ふ




光明峯寺入道前攝政左大臣

百首の歌よみ侍りけるに


宮瀧のたきの水上たづねみむふるき御幸の跡やのこると




後嵯峨院御製

白河殿の七百首の歌に名所瀧といへる事をよませ給ひける


今もまた行きても見ばや石の上ふるの瀧つせ跡を尋ねて




典侍親子朝臣

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に


泪とてからぬ時さへきてみれば袖にぞかゝる瀧のしら玉




前大納言爲家

山階入道左大臣の家の十首の歌に、名所松


我みても昔は遠くなりにけりともに老木のからさきの松




法印良覺


往來には頼む陰ぞと立寄りて五十ぢ馴れぬる志がの濱松




前大納言爲氏


かひなしや因幡の山のまつとても又歸りこむ昔ならねば




右衛門督忠基

題志らず


いかにせむわが身にこゆる白波の末の松山まつ事もなし




前參議忠定


高松の松もかひなし誰をかもあはれ歎きの志る人にせむ




前關白左大臣一條


われのみかとけぬ恨は古のよゝにもありといはしろの松




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、關


昔よりかよひし中の跡とめてこゝろ隔つなあしがらの關





聞渡る長柄の橋も朽にけり身のたぐひなる古き名ぞなき




光明峯寺入道前攝政左大臣

題志らず


徒らに消えかへりつゝ山河のあはれ何れの世を頼むらむ




前左兵衛督教定


いかにせむみをはや乍ら思河うたかた計あるかひもなし




安嘉門院大貳

賀茂の社に詣でゝよみ侍りける


みたらしや身は沈む共永き世に名を流すべき泡沫もがな




藻壁門院少將

みづからの歌を書きおき侍るとて


思ひ出でゝ誰か忍ばむ濱千鳥いはねがくれの跡の儚なさ




法橋顯尋

入道二品親王の家の五十首の歌に、述懷の歌


いにしへの跡をばつげよ濱千鳥昔にかへる浪のたよりに




藤原泰朝

おなじ心を


わかの浦に昔を忍ぶはま千鳥跡思ふとてねをのみぞ鳴く




權律師定爲

前大納言爲氏玉津島の社にて歌合し侍りし時、浦月


和歌の浦の浪の下草いかにして月に志らるゝ名を殘さまし




前參議教長

廣田の社の歌合に、海上眺望


波の上に浮ぶ木葉を見ゆる哉漕ぎ離れ行くあけのそぼ舟




俊頼朝臣

題志らず


わび人の泪はうみの波なれや袖師の浦によらぬ日ぞなき




藻壁門院但馬


數ならぬ水屑にまじるうつせ貝拾ふにつけて袖ぞ萎るゝ




嘉陽門院越前

千五百番歌合に


捨てやらぬ我身の浦のうつせ貝空しき世とは思ふ物から




山階入道左大臣

述懷の歌の中に


儚くもおほの浦なし君が代にならばと身をも頼みける哉




藤原爲綱朝臣


難波なる同じ入江の芦のねも浮身のかたや沈み果てなむ




前中納言資平


何かその難波の芦のかりの世にうき節とても思ひ亂れむ




前内大臣


よと共に浮節志らぬ芦のやの蜑の袖だにほしぞかねける




紫式部

津の國にまかれりける時都なる女ともだちの許に遣しける


難波がたむれたる鳥の諸共に立ちゐる物と思はましかば




源兼氏朝臣

題志らず


澤にのみいく年つきをかさぬらむ雲居へだつる鶴の毛衣




好忠


夢にても思はざりしを白雲のかゝる浮世に住ひせむとは




俊頼朝臣


我が心身にすまはれて古郷をいく度出でゝ立ち歸るらむ




前大僧正覺忠


かきこもる宿のよそめは靜にて哀れ心のいとまなきかな




前關白左大臣一條

樂天を


世の中をくるしきものとのがれきて草の庵や心すむらむ




權僧正圓經

大隱在朝市といふ事を


世を厭ふ心はさてもすぎぬべし必ず山のおくならずとも




讀人志らず

題志らず


さても猶あり果つまじき山里を浮世の外と何いそぐらむ




前左兵衛督教定


人はいさ世のうき外の山とても我心からえやはすまれむ




平重時朝臣


うしといひて山路に深く入りぬれど猶も此世の月をみる哉




法眼良珎

山里に籠り居てよみ侍りける


うき世をば出でゝ入りぬる山陰に心をかへて月をみる哉




法印公澄

題志らず


我ばかりすむと思ひし山里に月もやどるか苔のさむしろ




法印最信


奧山の岩間がくれの埋水ありとばかりはすむかひもなし




前參議忠定

寳治百首の歌奉りける時、山家水


山ふかく世にすみかぬる埋水やるかたもなきわが心かな




近衛關白左大臣

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、山家夢


おのづから都にかよふ夢をさへまたおどろかす嶺の松風




覺盛法師

秋の頃山寺にこもりて出で侍りける曉よめる


山ふかみ松のあらしに聞きなれて更に都や旅ごゝちせむ




惟明親王

建仁元年歌合、山家暮嵐


住みわびぬ人はおとせぬ柴の戸に嵐ばかりの夕ぐれの空




法印行清

題志らず


おのづからとひこし人もかれ%\に跡絶果つる宿の道芝




右兵衛督基氏


とはれぬは岩根の苔に顯はれて道絶えはつる山かげの庵




前大僧正道玄

無動寺に住み侍りけるに前大僧正慈鎭、おほけなくうき世の民におほふかな我が立つ杣にすみ染の袖とよみて侍りける ことを思ひ出でゝよみ侍りける

祈りおきしすゑをぞ頼むいにしへの跡には今も墨染の袖




從三位光成

新日吉社の松屋のまへの楓の木は右兵衛督光能植ゑ置きて侍りけるに競馬の事おこなふとて思ひつゞけ侍りける


植ゑおきし昔をさらに頼むかな殘る木ずゑのけふの下陰




侍從雅有

參議雅經はやう住み侍りける家にまりのかゞりの柳二もと殘りて侍りけるをみてよみ侍りける


ふる里の朽木の柳いにしへの名殘は我もあるかひぞなき




前關白左大臣一條

題志らず


いかにせむ昔のあとを尋ねてもおよばぬ道を猶歎きつゝ




慈助法親王


我山のさかゆく道をたづねつゝいかで昔の跡をふまゝし




前内大臣

山階入道左大臣の家の十首の歌に秋述懷といへる心をよみて遣しける


をしへ置く言のはにのみ語るかな昔の庭の露のなごりは




西行法師

高野山に侍りける頃皇太后宮大夫俊成千載集えらび侍るよし聞きて歌をおくり侍るとてかきそへ侍りける


花ならぬ言のはなれど自から色もやあると君ひろはなむ




皇太后宮大夫俊成

返し


世を捨てゝ入りにし道の言のはぞ哀も深き色ぞみえける




道信朝臣

前大納言公任書きおきたる歌どもをかたみにせむと契りて後、かくばかりふる事かたき世の中にかたみに見する跡のはかなさと申し遣したりける返事に


ふる事は難くなるとも形見なる跡は今こむ世にも忘れじ




皇太后宮大夫俊成

崇徳院に書きて奉りける御草子のつゝみ紙に


數ならぬ名をのみと社思ひしか斯る跡さへ世にや殘らむ




崇徳院御製

御返し


水莖のあと計していかなれば書き流すらむ人はみえこぬ




前中納言定家

西行法師みづからの歌を合せて判の詞しるし付くべきよし申し侍りけるを書きて遣すとて


山水のふかゝれとてもかきやらず君に契を結ぶばかりぞ




圓嘉法師

從二位家隆千載集かゝせ侍りけるを遣すとてつゝみ紙に書き付け侍りける


跡とめて訪るゝかひもなからまし昔覺ゆるすさび なりせば


從二位家隆

返し


いにしへの流れの末のたえぬかな書き傳へたる水莖の跡




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りけるとき、述懷


わかの浦におひずば爭で藻汐草浪の所爲もかき集めまし




道洪法師

皇太后宮大夫俊成前中納言定家書きて侍りける草子をはからざるに傳へたりけるを夢の告ありて爲氏が許に送り遣すとて


たえもせじ昔の代々の跡とめて立ち歸りぬるわかの浦浪




中納言教良

中將にて年久しく志づみ侍りける頃よみ侍りける


さしもなど跡ある道に迷ふらむ三笠の山の名さへ變らで




前右兵衛督爲教

建長五年七月三首の歌に、述懷


さしのぼる跡とは見れど三笠山仕ふるほかの道は頼まず




藤原隆祐朝臣

洞院攝政の家の百首の歌に、おなじ心を


位山ふもとばかりの路をだに猶わけがたくかゝるしら雲




前中納言定家

承元の頃述懷の歌あまたよみ侍りける中に


なきかげの親のいさめは背きにき子を思ふ道の心弱さに




藤原爲綱朝臣

範親、少納言にて豐明節會に日影をつけて侍りけるを見てよみ侍りける


契あれば身の思ひでの日影草この世をかけて又結ぶかな




殷富門院大輔

參議定經はじめて辨官になりて侍りける朝に申し遣しける


嬉しさをかさぬる袖の數ごとに染め増す色の心にぞ志む




藤原長景

非違使になりてよみ侍りける

嬉しさも泪なりけりわが袖はうき時ばかりぬるゝ物かは




源兼泰

身をうれへてよめる


ふりはつる同じみどりの袖の上におちて泪の色變りぬる




丹波經長朝臣

建長元年勸賞仰せられけるを志るし置くとてよみける


仕へこし身は志も乍ら我道の名をや雲居のよゝに留めむ




藤原爲兼朝臣

百首の歌奉りし時


つかへこしよゝの流れを思ふにも我身にたのむ關の藤河




前大納言良教

夜述懷といへる心を


仕へつゝ家路急がぬよな/\の更行く鐘を雲居にぞ聞く




前大納言爲氏

弘長元年百首の歌奉りし時、曉を


鳥の音ぞ曉ごとになれにける君につかふる道いそぐとて




前中納言定家

洞院攝政の家の百首の歌に、述懷


はからずよ世に有明の月に出でゝふたゝび急ぐ鳥の初聲




常磐井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りし時、おなじ心を


唐土もたぐひやあると尋ねばや三たび逢ひみる秋の宮人




續拾遺和歌集卷第十七
雜歌中

前中納言定家

題しらず


七十ぢの空しき月日數ふればうきにたへたる身の例し哉




左近中將公衡


ゆく末の覺束なさや立ちかへり此世にとまる心なるらむ




後京極攝政前太政大臣


立歸り道ある世にはなりぬれどおもふ思の末やまよはむ




前大納言爲家

述懷の心を


おもふほど心を人にしられねばうしといふにも理はなし




平泰時朝臣


たづぬれば理はなしとにかくに人の歎を我がうれへつゝ




權中納言經平

庄子、知其愚非大愚の心を


愚なる我身といかでしりぬらむ思ひわくべき心ならぬに




式乾門院御匣

題志らず


かゝらずば思もしらでやみなまし我身より社憂世 なりけれ


赤染衛門


ありはてぬ身だに心に叶はぬに思のほかの世にもふる哉




藤原公世朝臣


哀など身にまかすべき心さへはてしらぬ世の習なるらむ




平親清女


とにかくに憂は此世の習ぞと思へば身をも恨みやはする




入道二品親王性助

百首の歌奉りし時


はかなくぞ憂は此世の習ともことわりしらで猶歎きける




平宣時

題志らず


數ならぬ身は理とおもへども猶うき時は世をぞうらむる




惟宗忠景


大方のならひにのみや慰めむ我身ひとつの浮世ならねば




平時遠


我袖はほすまもあらじ世の中のうきに任する泪なりせば




藤原則俊朝臣


さても猶つきせぬ物は數ならで我身世にふる泪なりけり




權少僧都嚴雅


憂き物と思ひとりにし身の程をしらで落つるは泪 なりけり


從二位家隆


しらざりき袖に流るゝ泪川うきて思ひのかゝりける世を




按察使高定

寢覺述懷といふ事を


何と又さらに泪のこぼるらむうきは我身の寐覺のみかは




侍從能清

述懷の歌とて


何とかは人にも今は語るべき身のうき程はよそにみゆ覽




前内大臣


世やはうき人やはつらき大方の身を思はぬは心なりけり




前關白左大臣一條


恨むべき人は宛ら昔にて世にもしられぬ身とぞなりゆく




右兵衛督基氏


身の上を思ひ慰む程ぞうき人をみるにもためしやはある




九條前攝政右大臣


なに事もよゝの報と思ふにぞ人のつらさも忘られにける




常磐井入道前太政大臣


さきの世の報悲しき身の程をしらずがほにや又歎くべき




衣笠内大臣


ありとても今いく程の行末に我身ひとつを思ひわぶらむ




俊惠法師

後法性寺入道前關白の家の百首の歌に


思置く事だになくばとにかくに惜しかるべくもなき命哉




前内大臣

題志らず


何事も思ひ捨てたる身ぞやすき命ばかりに世をば任せて




從三位忠兼


何事を世には待つべき命とて長くもがなと身を思ふらむ




式乾門院御匣


限ある命ならずば世のうさにたへても物を思はざらまし




惟宗行經


長らへていけるを今は歎くかな憂は命のとがならねども




法印教範


身の程の憂をもしらでつれなきは猶長らふる命なりけり




心圓法師


待つ事のとにも斯にもあらば社存へばやと身をも思はめ




源兼朝


今は我れ年の殘をさりともと頼めし程のなぐさめもなし




藤原時景


行末を頼みてよをもすぐす哉憂をばよそに思ひなしつゝ




權大僧都乘雅


行末も猶こしかたに變らずばうきにそへてや老を歎かむ




法印公朝


數々に待たれし事は空しくて老ぞ身を志る始めなりける




靜仁法親王


老いぬとてもろき涙は曇れども心は月にすみまさりけり




信實朝臣


いかにせむ慰む月のなさけだに又身に厭ふ老となりぬる




常盤井入道前太政大臣

弘長元年百首の歌奉りける時


老いぬとて身をも歎かじ有明の月も盛のころは過ぎにき




前大僧正隆辨

述懷の歌の中に


みるまゝに老の影こそかなしけれ六十ぢ餘りの有明の月




藤原長綱


うき物と老の寐覺を聞きしかどかくてぞ見ける有明の月




信實朝臣


聞きわかぬゆふ付鳥のこゑよりも老の寐覺ぞ時は定むる




前關白左大臣一條


哀なり老の寐覺の鳥の音に今いくたびか夜をのこすべき




後嵯峨院御製

題志らず


いつとなく今はならひの寐覺にて老いて志らるゝ曉の空




後徳大寺左大臣

老後述懷といふ事を


老らくのかゞみの山の面影はいたゞく雪の色やそふらむ




源仲業

同じ心を


うき事はもとの身にして老らくの影のみ變るます鏡かな




平時廣

寄鏡述懷


影うつすかゞみを何と恨むらむ老はわが身にかはる姿を




基俊

堀河院に百首の歌奉りける時


老らくのかげ見るたびにます鏡なほ昔こそ戀しかりけれ




正三位知家

述懷の心を


さりともと昔は末を頼みきて老ぞ歎きのかぎりなりける




侍從能清

百首の歌奉りし時


行く年のつもるばかりと思ひしに老は泪の數もそひけり




道圓法師

題志らず


立ちよれば袖こそぬるれ年へぬる身さへ老蘇の杜の下露




前大僧正承澄


老いにける六十ぢの年を數へても殘なき身を猶歎くかな




藤原秀茂


かくて世に惜しからぬ身ぞ年經ぬる憂や強面き老となる覽




靜仁法親王

述懷の歌の中に


うし迚も心一つに捨てやらで世に惜まれぬ身社ふりぬれ




普光圓入道前關白左大臣


大方の憂世はよしや厭はれず身のつらさにぞ袖はぬれける




常磐井入道前太政大臣


志り乍ら厭はぬ世こそ悲しけれ我爲つらき身を思ふとて




中務卿宗尊親王家右衞門督


いくたびか心のうちに背くらむ誠にすてぬ此世なれども




權少僧都澄舜


あればうく背けば惜しき世の中をいつ一かたに思定めむ




藤原長綱


歎くまに月日ぞ過ぐる背きても身を隱すべき浮世ならねば




大江頼重


何と又背かれぬ世のうきたびにまづ歎かるゝ心なるらむ




源兼氏朝臣


思ふ事せめて空しきはては又心なるべき世をぞそむかぬ




衣笠内大臣

百首の歌よみ侍りける時


其事に心とまるとなけれども背くとならば世をや惜まむ




丹波尚長朝臣

題志らず


心から歎きけるこそ悲しけれうきは習ひの世をば背かで




平政村朝臣


捨遣らぬ心からにや出でざらむ憂世の關はもる人もなし




中納言教良

述懷の心を


憂き度に惜しからずとは厭へ共捨遣られぬは我身也けり




土御門院御製


つらしとて人を恨みむゆゑぞなき我心なる世をば厭はで




前大納言基良


さらでだに有るにも非ぬ身の程をなきになしても猶や厭はむ




寂蓮法師


あぢきなやたれ又身をば思へとて心にさへも厭ひはつ覽




權中納言公雄

百首の歌奉りし時


憂身ぞと思ひそめつる心より袖の色さへあらずなりぬる




藤原爲顯

出家の後よみ侍りける


いかに我が結び置きける元結の霜より先に變りはつらむ




入道内大臣

百首の歌奉りし時


年つもる老とは何か歎きけむ憂世を厭ふしるべなりけり




信實朝臣

題志らず


老てこそ世を背くとは思ひしにさてしも年の猶積るかな





僞のなからむ世をぞ背くべき家を出づるもま ことならねば


從三位忠兼


そむかばと昔思ひし世中のなほうき時ぞなぐさめもなき




三條入道左大臣

守覺法親王の家の五十首の歌に


位山さかゆきこえて後にこそやすくは道に思ひいりしか




續拾遺和歌集卷第十八
雜歌下

式乾門院御匣

懷舊の心を


立歸る昔ならねば思ひいでのなきにつけても猶ぞ戀しき




從二位家隆


おのづから猶ながらへて年ふとも何を昔の身とか忍ばむ




雅成親王


侘びぬればありて憂世ぞ惜まるゝ忍ぶ昔の名殘ばかりに




中務卿宗尊親王


憂身こそかはりはつとも世中の人の心のむかしなりせば




信實朝臣

題志らず


我身から遠ざかり行く昔かと思ふにつけて老ぞかなしき




源兼氏朝臣


老ぬれば忍ぶべしともしらざりし我古へぞさらに戀しき




法印源惠


忍ぶべきものともしらで過してし月日ぞ今は昔なりける




平政村朝臣


こしかたぞ月日にそへて忍ばるゝ又廻りあふ昔ならねば




藤原爲成


忍ぶれどかへらぬ物をなにと又昔を今におもひ出づらむ




平義政


曉の寐ざめに何のさそふらむ我はみぬ世の遠きむかしを




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りける時、懷舊


見しことのたゞ目の前に覺ゆるは寐覺の程の昔なりけり




前大納言伊平

おなじ心を


つかへこし世々の昔をおのひ寐の曉つぐる鳥の音もうし




權大納言經任


つかへても折々袖のぬるゝかなむかしの御代を忍ぶ泪に




皇太后宮大夫俊成

近衛院の御時御物忌にこもりて侍りける夜遣水に月のうつれるをみて思ひ出づる事おほくてよみ侍りける


古への雲居の月はそれながらやどりし水の影ぞかはれる




信實朝臣

題志らず


昔をば面がはりして思へども見しよ忘れぬ月のかげかな




素暹法師


ねぬにみし昔の夢の名殘とて老のなみだにのこる月かげ




侍從能清


夢とてや今は人にも語らましいたづらにのみ過ぎし昔を




前内大臣

愁ひにしづみて後最勝金剛院の八講にまかりてあしたに前中納言定家のもとにつかはしける


數ならで年ふる夢に殘る身は昨日の朝をとふかひもなし




前左兵衛督教定

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に


けふといひ昨日とくらす夢の内に五十ぢ餘の過ぐる程なさ




大僧正道寳

夢を


五十ぢ餘我世ふけぬと思ふにもなほ驚かぬ夢ぞつれなき




花山院御製


長き世の始め終りもしらぬまに幾世の事を夢に見つらむ




藤原隆博朝臣


思寐の身のあらましにみる夢をいける限りの現ともがな




從三位光成


みる程は思ひもわかぬ轉寐の夢は覺めてぞ儚なかりける




衣笠内大臣

題志らず


まどろまぬほどを現と思ひしは夢の世しらぬ心なりけり




澄覺法親王


現にも夢にもあらぬ幻のありてなき世をなになげくらむ




僧正聖兼


おのづから驚くひまもあらば社夢の世とだに思ひ合せめ




源親長


轉寢の夢にもうとくなりにけりおやのいさめの昔語りは




從二位顯氏

徃事如夢といふ こと

別をば一夜の夢と見しかども親のいさめぞ絶えて久しき




藤原公世朝臣

黄鐘調の調子をひき侍りけるに思ひ出づる事ありてよみ侍りける


垂乳根の親の諌めの形見とて習ひし琴の音をのみぞなく




從二位能清

題志らず


垂乳根のあらばあるべき齡ぞと思ふにつけて猶ぞ戀しき




前大納言爲家


名を殘す苔の下共待もせずある世ながらに埋れぬる身は




鴨長明


いかにせむつひの煙の末ならで立昇るべき道もなき身を




皇太后宮大夫俊成女


身をかへてあらぬ命の消ぬまをなき數にだに誰か忍ばむ




前大僧正慈鎭

文集の逝者不重廻存者難久留といへる心を


此世には二たびあはぬ別路に留まる人のなきぞかなしき




前大納言光頼

長恨歌の心を


形見とて折々ごとに見るものは泪の玉のかざしなりけり




圓融院御製

御心地れいならずおはしましける時四條太皇太后宮に奉らせ給ひける


今來むといひだにおかで白露の假の宿りを別れぬるかな




權大納言長家

法成寺入道前攝政かくれ侍りける又のとしの春上東門院より御せをそこありける御返事に


めづらしき春の光を今日みても雪ふる年の袖はかはかず




藻壁門院少將

信實朝臣身まかりて後春の比かの墓所にまかりたりけるに草のあをみわたりけるをみてよみ侍りける


年々の春の草にもなぐさまでかれにし人の跡を戀ひつゝ




なき人の植ゑ置きて侍りける梅の花の咲きたりけるを


色も香も哀れはしるや亡き人の心とゞめし宿のうめが枝




讀人志らず

題志らず


春ごとに馴れこし人の面影をまた忍べとや花のさくらむ




權中納言俊忠

堀河院かくれさせ給ひてあまたの春をへだてゝ後花見侍りける女車より歌を送りて侍りける返事に


思ひきやちりにし花の影ならで此春にさへあはむ物とは




普光園入道前關白左大臣

九條左大臣身まかりて後花をみてよみ侍りける


あだにちる花によそへてなき人を思へばおつる我泪かな




權中納言國信

題志らず


又くべき春を何とて惜むらむありし別れよいつか忘れむ




後堀河院民部卿典侍

藻壁門院かくれさせ給ひて又の年の五月五日大納言通方、結びたる花を佛の御前にとて民部卿典侍がもとにつかはしたりけるをその由光明峯寺入道前攝政のもとに申しつかはすとて


思ひきやかけし袂の色々を今日は御法のはなと見むとは




光明峯寺入道前攝政左大臣

返し


今日迄に露の命の消えやらで御法の花とみるぞかひなき




大納言通方

此由を聞きて民部卿典侍につかはしける


今更によそのなみだの色ぞそふ御法の花の露のことの葉




前内大臣

藤原忠季朝臣身まかりて後植ゑ置きて侍りける撫子をみて


露消えし後しのべとや植ゑおきて泪色そふなでしこの花




九條前攝政右大臣

籠り居て侍りける頃光明峰寺入道前攝政の墓所にてよみ侍りける


哀なり草のかげにも白露のかゝるべしとは思はざりけむ




近衞關白左大臣

秋の比人の身まかりけるをなげきてよみ侍りける


いつまでか秋の習ひと思ひけむうき泪にぞ袖はぬれける




皇太后宮大夫俊成

諒闇の年の秋鳥羽殿に美福門院おはしましける比前栽に蘭のしをれてみえけるを折りて人につかはしける


なべて世の色とは見れど蘭わきてつゆけき宿にもある哉




法印定圓

光俊朝臣身まかりて後人のとぶらひて侍りける返事に


思へたゞ消えにしあとの秋風に泪かずそふよもぎふの露




讀人志らず

題志らず


なき人を忍ぶの露に袖ぬれてあれ行く軒の月をみるかな




僧正實瑜

道助法親王かくれ侍りにける比經乘法師がもとより音づれて侍りける返事に


形見とてながむばかりの心だにあらばぞ月の影も曇らむ




權中納言俊忠

堀河院かくれさせ給ひての秋、月あかき夜權中納言師時がもとにつかはしける


此秋は馴れし御影の戀しくて其夜に似たる月をだにみず




權中納言師時

返し


君戀ふる泪に月は見えねども面影のみぞ立ちもはなれぬ




法成寺入道前攝政太政大臣

九月ばかりに四條太皇太后宮にまゐりあひて前大納言公任につかはしける


君のみや昔をこふるそれながら我が見る月もおなじ心を




前大納言公任

返し


今はたゞ君が御影を頼むかな雲がくれにし月を戀ひつゝ




權大僧都定縁

秋の暮母身まかりけるによみ侍りける


今も猶しぐるゝ袖はほしやらずみし夜の夢の秋の別れに




右近大將通忠女

人のなき跡にて時雨をきゝてよみ侍りける


袖ぬらすむかしながらの古郷に泪あらそふ夕しぐれかな




堀河院中宮上總

堀河院かくれさせ給ひて後五節に殿上人引きつれて皇后宮にまうでたりけるによみ侍りける


哀れにも尋ねけるかな有し世にみし諸人の面がはりせで




權中納言師時

返し


あらぬ世の豐の明にあふ人はみし面影を戀ひぬ日ぞなき




堀河

待賢門院かくれさせ給ひける御いみの程に八幡の行幸と聞えける日雪のふりけるにさき%\まゐる人もみえざりければ三條内大臣左衛門督に侍りける時だいばん所よりとてかのもとにつかはしける


誰も皆けふの御幸に誘はれて消えにし跡を問ふ人ぞなき




前大納言爲家

九條左大臣かくれ侍りてほかにうつし侍りにける朝雪ふかく積りたりけるに右衛門督忠基のもとにつかはしける


いつのまに昔の跡となりぬらむたゞよの程の庭のしら雪




右衛門督忠基

返し


思はずよ唯夜の程の庭の雪に跡をむかしと忍ぶべしとは




藤原基隆

父基綱身まかりて後雪のふりける日かの墓所にてよめる


ふりまさる跡こそいとゞ悲しけれ苔のうへまで埋む白雪




良心法師

雪の朝に父が墓所にまかるとてよめる


雪深き苔の下にも忘れずばとふべき人のあとやまつらむ




信實朝臣

從一位倫子身まかりにける年の暮に中原行範がもとにつかはしける


世の常の年の暮とぞをしまゝし夢の裡なる日數ならずば




前大納言忠良

女の思ひにてよみ侍りける


覺めやらで哀れ夢かと辿るまに儚く年のくれにけるかな




權大納言長雅

ともなへりける女の身まかりにけるときよみ侍りける


時のまも立ちやはなれし今はとてそはぬ煙の果ぞ悲しき




藻壁門院少將

少將の内侍身まかりにける比よみ侍りける歌の中に


夢ぞとは思ひながらも覺めやらぬ心ぞ長き迷ひなりける




三條入道左大臣

世の中はかなく聞えける頃權大納言實國のもとにつかはしける


あすしらぬ我身のうさは驚かで哀をよそに聞くぞ儚なき




權大納言實國

返し


誰れもげに憂世の夢と知りながら驚かでのみ過ぐる儚さ




久我内大臣

美福門院の御 ことの後皇太后宮大夫俊成にあひて日數の過ぐるも夢のやうなる ことなど申して又の日つかはしける

定めなきこの世の夢の儚さをいひあはせても慰めしかな




皇太后宮大夫俊成

返し


かなしさの猶さめがたき心にはいひ合せても夢かとぞ思ふ




權僧正永縁

親の身まかりにけるをとはざりける人のおや又なくなりにければつかはしける


我身にて習はざりせば歎くらむ人の心をいかでしらまし




法印定圓

題志らず


埋もれぬ名のみ殘してなき人のいづくにつひの宿定む覽




禪空上人

後嵯峨院かくれさせ給ひて又の年の春御はてにあたりける日詠み侍りける


めぐりきて形見とならば慰まで同じ月日は猶ぞかなしき




清輔朝臣

美福門院かくれさせ給ひける頃素服の人あまた參りあひたりけるをみて皇太后宮大夫俊成がもとにつかはしける


人なみにあらぬ袂はかはらねど泪は色になりにけるかな




皇太后宮大夫俊成

返し


墨染にあらぬ袖だにかはるなりふかき泪の程はしらなむ




祝部成茂

[10] 仲身まかりにける頃社のならひにて着服せぬ ことをなげきてよめる

限りあれば我れとはそめぬ藤衣涙の色にまかせてぞきる




前大僧正慈鎭

題志らず


儚なさに爭でたへましこれぞ此世の理りと思ひなさずば




後堀河院民部卿典侍

藻壁門院かくれさせ給ひける頃人のとぶらひて侍りけるに


夢の世に別て後の戀しさをいかにせよとて君になれけむ




安嘉門院大貳

從三位爲繼身まかりにける頃人のもとよりいかばかりなる心のうちにかと申して侍りける返事に


悲しさは又も類ひのあらばこそいか計り共人にしらせめ




常磐井入道前太政大臣

冷泉太政大臣身まかりにける後よみ侍りける


面影を忘れむと思ふ心こそわかれしよりも悲しかりけれ




前中納言定家

八條院の御忌日に蓮花心院に參りて侍りけるに思ひ出づる事おほくておなじく參りあひたりける女房の中にさしおかせ侍りける


老らくのつらき別れは數そひて昔見しよの人ぞすくなき




前大納言基良

なき人のふみを經のれうしになすとて


形見とて今は泪の玉章をかきやるかたもなく/\ぞみる




法印澄憲

公守朝臣母身まかりて後朝夕手なれける鏡に梵字をかきて供養し侍りける導師にまかりて又のあした後徳大寺左大臣のもとに申しつかはしける


見し人の影もなければます鏡空しきことを今やしるらむ




法印覺源

父前中納言定家すみ侍りける家に年へて後歸りまうできて昔の事を思ひいでゝよみ侍りける


面影はあまた昔の古郷に立ちかへりても音をのみぞなく




平親清女妹

父身まかりて後よめる


今日迄もながらふべしと思ひきや別しまゝの心なりせば




津守國助

仁助法親王三井寺にてかくれ侍るよし聞きていそぎかしこに行くとて相坂山にてよみける


思ひきやよそに聞きこし相坂を別の道にけふ越えむとは




蓮生法師

信生法師ともなひてあづまのかたにまかりけるにうつの山の木に歌を書き付けて侍りける後程なく身まかりにければ都にひとりのぼり侍るとてかの歌のかたはらにかきそへ侍りける


うつの山現にて又越え行かば夢とみよとやあと殘しけむ




寂蓮法師

あづまのかたに侍りける頃同じ旅なりける人の都なる女の身まかりにけるを聞きて歎き侍りけるにつかはしける


言とはで思ひしよりも都鳥聞きて悔しきねをや鳴くらむ




讀人志らず

返し


都鳥きゝて悔しき夢のうちを驚かすにぞねはなかれける




和泉式部

彈正尹爲尊親王かくれて後つきせず思ひ歎きてよみ侍りける


かひなくて流石にたえぬ命かな心を玉のをにしよらねば




同じ頃雨のいみじう降りける日いかにととぶらひて侍りける人の返事に


いつとても泪の雨はをやまねどけふは心の雲間だになし




[10] SKT reads 允身.




續拾遺和歌集卷第十九
釋教歌

後嵯峨院御製

花嚴經の心をよませ給ひける


谷の戸はまだあけやらず思ふらむ高き峯には日影さす也




選子内親王

法華經序品、未甞睡眠の心を


ぬる夜なく法を求る人もあるを夢の内にて過る身ぞうき




後京極攝政前太政大臣

十如是の心をよみ侍りける中に、如是性を


さま%\に生れきにける世々も皆同じ月社胸に澄みけれ




本末究竟等


末の露もとの雫をひとつぞと思ひ果てゝも袖はぬれけり




前中納言定家


淺茅生やまじる蓬の末葉までもとの心のかはりやはする




選子内親王

止宿草庵


草の庵に年へしほどの心には露かゝらむと思ひかけきや




前大僧正慈鎭


いかにして都の外の草の庵に暫しも止る身となりにけむ




皇太后宮大夫俊成

無上寳聚不求自得


迷ひける心もはるゝ月かげにもとめぬ玉や袖にうつりし




祐盛法師

五百弟子品


立歸りとかずばいかゞ唐衣うらにかけたる玉もしらまし




天台座主公豪


あつめおく窓の螢よいまよりは衣の玉のひかりともなれ




少僧都源信

人記品


古はおのがさま%\ありしかど同じ山にぞ今はいりぬる




藤原伊信朝臣

柔和忍辱衣


我がためにうきを忍ぶのすり衣みだれぬ色や心なるらむ




後嵯峨院御製

寳塔品


古へも今もかはらぬ月かげを雲のうへにて詠めてしがな




前中納言定家

提婆品


求めける御法の道のふかければ氷をたゝく谷がはのみづ




權大僧都乘雅

我不愛身命


消えやすき我身にかへて尋ねみむ妙なる法の道しばの露




法眼源承

壽量品


世々ふりて絶えぬ誓ひのある數に積れる塵の程ぞ久しき




西行法師


鷲の山曇る心のなかりせばたれもみるべきありあけの月




思順上人

我實成佛已來久遠


末遠くながれし水に水上のつきせぬ程をしらせつるかな




前大僧正慈鎭

如是展轉教


傳へゆく五十ぢの末の山の井に御法の水を汲みてしる哉




光俊朝臣

寳積經、無有小罪我能加汝自作自來と云ふ心を


一枝も我やは花に手もふれしをのへの櫻さけばこそ散れ




蓮生法師

きさらぎのなかばの比八十の賀し侍るついでに、釋教の心を


法の道跡ふむかひはなけれども我も八十ぢの春に逢ぬる




圓空上人

雙林入滅


二月やたき木盡きにし春をへて殘るけぶりは霞なりけり




前大僧正慈鎭


いかにせむその望月ぞ曇りぬる鶴の林の夜はのけぶりに




赤染衛門

舍利ををがみ奉りて


別れけむ昔にあはぬ泪こそなほざりならず悲しかりけれ




後京極攝政前太政大臣

舍利講のついでに


吹きかへす衣のうらの秋風にけふしも玉をかくる志ら露




權僧正實伊

金剛般若經、不應取法不應取非法の心を


人の身も我身も空し空蝉のたが憂世とて音をば鳴くらむ




法印公譽

一切賢聖皆以無爲法而有差別


飛鳥川おなじ流の水もなほ淵瀬はさすがありとこそきけ




光俊朝臣

應無所住而生其心


あはれなり雲居を渡る初鴈も心あればぞねをば鳴くらむ




讀人志らず

三論三假相續假の心を


待出でゝ幾度月を眺むとも思ひはれずばかひやなからむ




參議雅經

檀浪羅蜜を


里わかずながむる人の袖ごとに影もをしまぬ山の端の月




按察使隆衡

心月輪の心をよみて心海上人につかはしける


胸のうちの曇らぬ月にうつしてぞ深き御法を心とは志る




心海上人

返し


胸のうちにすむ月影のほかにまた深き御法の心やはある




慶政上人

釋教の歌の中に


胸の裡にあり共志らぬ昔だにあだにやはみし秋のよの月




大僧正道寳

佛身法身猶如虚空應物現形如水中月といへる心を


水の面に光をわけてやどるなりおなじみ空の秋のよの月




讀人志らず

譬如淨滿月普現一切水の心を


影は又あまたの水に映れどもすみける月は二つともなし




法印覺源

本源清淨大圓鏡の心を


曇りなく心のそこにうつるらむもとよりきよき法の鏡は




法印良覺

妙觀察智


晴れくもる人の心のうちまでも空に照してすめる月かげ




法印


思ひわく六の心をはなれてはまことを覺る道やなからむ




前内大臣

慶政上人住み侍りける法花山寺にて人々歌よみ侍りけるに


今はまた佛のために手折るかな老のかざしの秋の志ら菊




法印良守

法文の心を四季によせて歌よみ侍りけるに、諸佛如來從一之身現無量阿僧祇佛刹といへる心を


色々にかはる梢の紅葉ばも時雨ならでは染むるものかは




前權僧正宗性

法界唯心


色も香も心のうちにある物を惜むにいかで花の散るらむ




前大僧正道玄

空即是色の心を


春秋の花も紅葉もおしなべて空しき色ぞまことなりける




法印定圓

二乘成佛の心を


あやなくもあらぬみ山と思ふ哉此奥にこそ花は咲くなれ




衣笠内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、釋教


思ひとく深き江にこそ志られけれ水の外なる氷なしとは




後嵯峨院御製

觀無量壽經、水想觀


水の面にうつりうつらぬ影に社澄み濁りける心をば志れ




權中納言經平

定散等廻向速證無生身


窓の月軒ばの花のをり/\は心にかけて身をやたのまむ




圓空上人

在世韋提滅後凡夫同被照攝取光明の心を


くもり行く人の心のすゑのよを昔のまゝにてらす月かげ




禪空上人

九品の歌よみ侍りける中に、下品下生を


夕日影さすかと見えて雲間よりまがはぬ花の色ぞ近づく




信生法師

彌陀他力の心をよみける


よしさらば我とはさゝじ海士小舟導く汐の波にまかせて




法眼俊快

日本徃生傳をみてよめる


浮世には名を留めじと思へども此人數にいかでいらまし




少僧都源信

月をみて


羨ましいかなるそらの月なれば心のまゝに西へゆくらむ




法印定圓

安養即寂光の心を


西にのみすむとないひそ靜なる光へだてぬありあけの月




蓮生法師

忙々六道無定趣の心を


六の道あるじ定めぬ物ゆゑにたれ故郷といひはじめけむ




法眼源承

十界の歌よみ侍りけるに、人界を


うけがたき報いの程のかひもなしま ことの道に又惑ひなば


行圓法師

高辨上人のもとにまかりて後につかはしける


尋きてまことの道に逢ひぬるも迷ふ心ぞしるべなりける




藻壁門院少將

釋教の心を


古への水のみなかみいかにしてひとつ流のすみ濁るらむ




藤原則俊朝臣


藻刈船たゞ同じ江のよしあしを分くるぞよゝの迷 なりける


天台座主公豪


暗くともさすが光もありぬべしひとかたならぬ法の燈火




後嵯峨院御製

寳治百首の歌めしける次でに、夜燈


長き夜の心のやみもしるべせよなほのこりける法の燈火




前大僧正隆辨

あづまにて雨の祈り志侍りけるに程なくふり侍りにけるを人のもとよりしるしあるよし申したりける返事に


祈りつる泪にかへて老が身の世にふる雨を哀れとはみよ




祝部充仲

後白河院かくれさせ給ひて又の年法花堂にまゐりて聞法年久と云ふ ことをよみける

法の雨ありし昔に變らねば千年ふるともたえじとぞ思ふ




法印聖憲

累代のあとかはらず御導師に參り侍りける事を思ひてよみ侍りける


朽ちのこる法の言の葉末迄も捨てぬ惠にいかであふらむ




前權僧正成源

一流の書を書き置き侍るとて


谷河のわが一流かきとめて絶えざりけりと人にしらせむ




法印公澄

後に是をみてよみ侍りける


かきとむる我が一流末うけてたえずつたへむ谷がはの水




前大納言爲家

十戒の歌の中に、不偸盜戒


主しらで紅葉は折らじ白波の立田の山のおなじ名も憂し




信實朝臣

不邪婬戒


山の井のあかぬ影みる外に又あまれる水を汲みは濁さじ




續拾遺和歌集卷第二十
神祇歌

後鳥羽院御製

千五百番歌合に


朝夕にあふぐこゝろをなほてらせ波もしづかに宮川の月




大藏卿有家


跡垂れて幾世になりぬ神風やいすゞの河のふかき流れは




衣笠内大臣

弘長元年百首の歌奉りける時、神祇


神風や内外のみやの宮ばしら千度や君が御代にたつべき




ト部兼直

題志らず


いさぎよきしたつ岩根の朝日影みがける物は玉ぐしの露




荒木田延成


にごりなき御代の流の五十鈴河波も昔に立ちかへるらし




荒木田延季

社頭月と云ふ事を


跡垂れて幾世へぬらむあさぐまやみ山を照らす秋の月影




前大僧正隆辨

神祇の歌の中に


神代よりひかりをとめてあさぐまの鏡の宮にすめる月影




法印行清


男山跡たれそめし袖のうへのひかりと見えてうつる月影




權中納言長方

石清水の社の歌合に、社頭月を


神垣やよゝに絶えせぬ石清水月もひさしき影や澄むらむ




後嵯峨院御製

題志らず


男山老いてさか行く契あらばつくべきつゑも神ぞきる覽




正三位知家


そのかみやふりまさるらむ男山よゝの御幸の跡を重ねて




太上天皇

石清水の社に御幸ありし時よませ給ひける


いはし水たえぬ流は身にうけつ我世の末を神にまかせむ




入道内大臣

寳治元年十首の歌合に、社頭祝


君のみや汲みてしるらむ石清水きよき流れの千世の行末




肥後

寳治三年四月京極入道關白、後二條關白内大臣に侍りけるをあひともなひて賀茂の社にまうでける時よみ侍りける


諸葉草ひき連ねたる今日こそは長き例しと神も知るらめ




賀茂氏久

本社にさぶらひて思ひつゞけゝる


君が代に影をならべて榊葉の色かはらじと神や植ゑけむ




後土御門内大臣

中納言に侍りける時賀茂の社にまうでゝ侍りけるついでに榊の枝を折りて歌講じ侍りける後程へて賀茂季保がもとにつかはしける


ちはやぶる神に頼みをかけ置きし榊の枝のをりぞ忘れぬ




賀茂季保

かえし


神垣に祈りおきてし榊葉のときはかきはゝかげ靡くまで




賀茂久世

社頭花といへる ことをよめる

神垣に咲きそふ花をみてもまづ風治まれと世を祈るかな




後京極攝政前太政大臣

題志らず


千早振わけいかづちの神しあれば治まりにける天の下哉




後鳥羽院御製


思ひ出づる神にぞ影はやどりけるその神山のあり明の月




從三位行能

光明峯寺入道前攝政の家の八月十五夜の歌合に、名所月


春日山嶺の榊葉ときはなるみよのひかりも月にみえつゝ




中臣祐賢

神祇の歌よみけるに


くり返し三笠の杜に引く志めのながき惠をなほ祈るかな




前内大臣


三笠山あふぐしるしに春雨のふりぬる身さへ猶頼むかな




前内大臣


神だにも哀をのこせ三笠山花のよそなる我が身なりとも




前攝政左大臣


くもらじと思ふにつけて頼むかなみかさの山の秋の月影




内大臣

弘安元年十月春日の社に始めて御幸ありし時まゐりて奏し侍りける


時雨だにもらぬ三笠の松がえに君が御幸ぞ色はそへける




中臣祐茂

春日の若宮の神主にて久しくつかへまつる事を思ひてよめる


霜雪をいたゞく迄に仕へきて六そぢ三笠の山にふりぬる




山階入道左大臣

神祇の歌の中に


千早振をしほの山の峯に生ふる松ぞ神代の事はしるらむ




周防内侍

大原野の祭にまゐりてよみ侍りける


木がらしも心して吹けしめのうちはちらぬ梢ぞ大原の山




後徳大寺左大臣

社頭花といへる心を


住吉の濱松がえの絶間よりほのかにみゆる花のゆふしで




後法性寺入道前關白太政大臣

家の百首の歌の中に、神祇


波たてばしらゆふかゝるすみ吉の松こそ神の榊なりけれ




西行法師

住吉にまうでゝよめる


住吉の松がねあらふ波のおとを梢にかくるおきつしほ風




前大納言良教

弘長三年内裏にて名所松と云ふ事を人々つかうまつりけるに


住吉のきしかたとほき松が根に神代をかけて寄する白波




津守國平

御卷數を松の枝につけて大宮院に奉りけるに女房にかはりて常磐井入道前太政大臣歌をつかはしたりけるをみて後によみてさしおかせ侍りける


住吉の松に結びしことのはに祈る千とせを神やうけゝむ




權大納言長家

上東門院住吉の社にまゐらせ給ひける御ともにてよみ侍りける


住吉の岸に心をとめつれば千とせをそふる御幸なるべし




後嵯峨院御製

日吉の社に御幸の時よませ給ひける


道あれど我世を神に契るとてけふ踏初むる志賀の山ごえ




山階入道左大臣

前大僧正道玄おなじき社にて人々にすゝめ侍りける廿一首の歌の中に


天降る神を日吉にあふぎてぞ曇りなかれと世を祈るかな




天台座主公豪

うれふる事侍りける比よみ侍りける


日吉とて頼む蔭さへいかなれば曇りなき身を照さゞる覽




澄覺法親王

神祇の歌の中に


曇りなき日吉の蔭を頼まずばいかで憂世の闇を出でまし




祝部成茂

心のほかの事によりて社のまじらひもせず侍りけるに [11]あらまたりて後社頭にまゐりてよめる

いさぎよき心をくみて照すこそくもらぬ神の光なりけれ




權少僧都良仙

大宮によみて奉りける歌に


かすみにし鷲の高嶺の花の色を日吉の影に映してぞみる




讀人志らず

客人の宮にて花の散りけるを見てよめる


古への越路おぼえて山ざくら今もかはらず雪とふりつゝ




祝部成良

文永元年十月後嵯峨院本社に御幸ありける日雪のふりければよみ侍りける


神垣やけふの御幸の志るしとてをひえの杉はゆふ懸て鳬




祝部國長

三宮の本地の心を


すゑの世の塵にまじはる光こそ人に志たがふ誓なりけれ




賀茂氏久

題志らず


老が世を神やうくらむ御志め繩思へばながき我が命かな




紀淑文


舊りにける御垣に立てる松がえに幾世の風の神さびぬらむ




入道右大臣

寳治元年十首の歌合に、社頭祝


神垣の葛の志た風のどかにてさこそ恨のなき世なるらめ




太上天皇

神祇の心をよませ給ひける


今も猶久しく守れちはやぶる神のみづがき世々を重ねて




前攝政左大臣

題志らず


國やすく民ゆたかにと朝夕にかけてぞ祈る神のゆふしで




右兵衛督基氏


千早振神のみ室に引く志めのよろづ世かけていはふ榊葉




後嵯峨院御製


榊とりますみのかゞみかけしより神の國なる我國ぞかし




前大納言爲家

弘長元年百首の歌奉りける時、神祇


榊葉のかはらぬ色に年ふりて神代ひさしきあまのかぐ山




花山院御製

熊野にまゐらせ給ひける時いはた河にてよませ給うける


いはた河渡る心のふかければ神もあはれと思はざらめや




[11] SKT reads 事あらたまりて.






續拾遺和歌集終
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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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