Title: Kokin wakashu
Author: Anonymous
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Title: Kokin wakashu
Author: Anonymous
Publisher: [See Editorial Note.]



やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける、世中にあ る人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを見るものきくものにつけていひい だせるなり、花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの いづれかうたをよまざりける、ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬ おに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心 をもなぐさむるは、うたなり

このうた、あめつちのひらけはじまりける時よりいできにけり、あまのうきはしのした にて、め神を神となりたまへる事をいへるうたなり、しかあれども、世につたはること は、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり、したてるひめとは、あめわか みこのめなり、せうとの神のかたち、をか、たににうつりてかかやくをよめるえびす哥 なるべし、これらはもじのかずもさだまらず、うたのやうにもあらぬことども也、あら かねのつちにしては、すさのをのみことよりぞおこりける、ちはやぶる神世には

うたのもじもさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし、ひとの世となり て、すさのをのみことよりぞみそもじあまりひともじはよみける、すさのをのみこと は、あまてるおほむ神のこのかみ也、女とすみたまはむとて、いづものくにに宮づくり したまふ時に、その所にやいろのくものたつを見てよみたまへる也、<やくもたついづ もやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを>、かくてぞ花をめで、とりをう らやみ、かすみをあはれび、つゆをかなしぶ心ことば、おほくさまざまになりにける、 とほき所もいでたつあしもとよりはじまりて、

年月をわたり、たかき山もふもとのちりひぢよりなりて、あまぐもたなびくまでおひの ぼれるごとくに、このうたもかくのごとくなるべし、なにはづのうたは、みかどの おほむはじめなり、おほさざきのみかどの、なにはづにてみこときこえける時、東宮を たがひにゆづりて、くらゐにつきたまはで、三とせになりにければ、王仁といふ人のい ぶかり思ひて、よみてたてまつりけるうた也、この花は梅のはなをいふなるべし、あさ か山のことばは、うねめのたはぶれよりよみて、かづらきのおほきみをみちのおくへつ かはしたりけるに、くにのつかさ、事おろそかなりとて、

まうけなどしたりけれど、すさまじかりければ、うねめなりける女の、かはらけとりて よめるなり、これにぞおほきみの心とけにける、<あさか山かげさへ見ゆる山の井のあ さくは人をおもふのもかは>、このふたうたはうたのちちははのやうにてぞ、手ならふ 人のはじめにもしける、そもそもうたのさまむつなり、からのうたにもかくぞあるべ き、そのむくさのひとつには、そへうた、おほさざきのみかどをそへたてまつれるう た、<なにはづにさくやこの花ふゆごもり

いまははるべとさくやこのはな>といへるなるべし、ふたつには、かぞへうた、<さく 花におもひつくみのあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて>といへるなるべし、こ れはただ事にいひて、ものにたとへなどもせぬものなり、このうたいかにいへるにかあ らむ、その心えがたし、いつつにただことうたといへるなむこれにはかなふべき、みつ にはなずらへうた、<きみにけさあしたのしものおきていなばこひしきごとにきえやわ たらむ>といへるなるべし

これはものにもなずらへて、それがやうになむあるとやうにいふ也、この哥よくかなへ りとも見えず、<たらちめのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるかいもにあはず て>、かやうなるやこれにはかなふべからむ、よつにはたとへうた、<わがこひはよむ ともつきじありそうみのはまのまさごはよみつくすとも>といへるなるべし、これはよ ろづのくさ木とりけだものにつけて心を見するなり、このうたはかくれたる所なむな き、されどはじめのそへうたとおなじやうなれば、すこしさまをかへたるなるべし、 <すまのあまのしほやくけぶり風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり>、この哥など やかなふべからむ、

いつつにはただことうた、<いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれし からまし>といへるなるべし、これはことのととのほりただしきをいふ也、この哥の心 さらにかなはず、とめうたとやいふべからむ、<山ざくらあくまでいろを見つるかな花 ちるべくも風ふかぬよに>、むつにはいはひうた、<このとのはむべもとみけりさき草 のみつばよつばにとのづくりせり>といへるなるべし、

これは世をほめて神につぐる也、このうたいはひうたとは見えずなむある、<かすがの にわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ>、これらやすこしかなふべから む、おほよそむくさにわかれむ事はえあるまじき事になむ、今の世中いろにつき人の心 花になりにけるより、あだなるうた、はかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへ に、むもれ木の人しれぬこととなりて、まめなるところには花すすきほにいだすべきこ とにもあらずなりにたり、そのはじめを

おもへばかかるべくなむあらぬ、いにしへの世世のみかど、春の花のあした、秋の月の 夜ごとに、さぶらふ人人をめして、ことにつけつつうたをたてまつらしめたまふ、ある は花をそふとてたよりなき所にまどひ、あるは月をおもふとてしるべなきやみにたどれ る心心を見給ひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ、しかあるのみにあらず、さざ れいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ、よろこび

身にすぎ、たのしび心にあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ、松虫のねにともを しのび、たかさごすみの江のまつもあひおひのやうにおぼえ、おとこ山のむかしをおも ひいでてをみなへしのひとときをくねるにも、うたをいひてぞなぐさめける、又春のあ したに花のちるを見、秋のゆふぐれにこのはのおつるをきき、あるはとしごとにかがみ のかげに見ゆる雪と浪とをなげき、草のつゆ水あわを見て

わが身をおどろき、あるはきのふはさかえおごりて時をうしなひ世にわび、したしかり しもうとくなり、あるは松山の浪をかけ、野なかの水をくみ、秋はぎのしたばをなが め、あかつきのしぎのはねがきをかぞへ、あるはくれ竹のうきふしを人にいひよしの河 をひきて世中をうらみきつるに、今はふじの山も煙たたずなり、ながらのはしもつくる なりときく人は

うたにのみぞ心をなぐさめける、いにしへよりかくつたはるうちにも、ならの御時より ぞひろまりにける、かのおほむ世やうたの心をしろしめしたりけむ、かのおほむ時に、 おほきみつのくらゐかきのもとの人まろなむうたのひじりなりける、これはきみもひと も身をあはせたりといふなるべし、秋のゆふべ竜田河にながるるもみぢをば、みかどの おほむめににしきと

見たまひ、春のあしたよしのの山のさくらは人まろが心にはくもかとのみなむおぼえけ る、又山の辺のあかひとといふ人ありけり、うたにあやしくたへなりけり、人まろはあ かひとがかみにたたむことかたく、あか人は人まろがしもにたたむことかたくなむあり ける、ならのみかどの御うた、<たつた河もみぢみだれてながるめりわたらばにしきな かやたえなむ>、人まろ、<梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれ ば>、<ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ>、

赤人、<春ののにすみれつみにとこし我ぞのをなつかしみひと夜ねにける>、<わかの 浦にしほみちくれば方をなみあしべをさしてたづなきわたる>、この人人をおきて又す ぐれたる人もくれ竹の世世にきこえ、かたいとのよりよりにたえずぞありける、これよ りさきのうたをあつめてなむ方えふしふとなづけられたりける、ここにいにしへのこと をもうたの心をもしれる人

わづかにひとりふたりなりき、しかあれどこれかれえたるところ、えぬところたがひに なむある、かの御時よりこのかた、年はももとせあまり、世はとつぎになむなりにけ る、いにしへの事をもうたをも、しれる人よむ人おほからず、いまこのことをいふに、 つかさくらゐたかき人をば、たやすきやうなればいれず、そのほかにちかき世に、その 名きこえたる人は、すなはち

僧正遍昭は、うたのさまはえたれどもまことすくなし、たとへばゑにかけるをうなを見 ていたづらに心をうごかすがごとし、<あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにも ぬけるはるの柳か>、<はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむ く>、さがのにてむまよりおちてよめる、<名にめでてをれるばかりぞをみなへしわれ おちにきと人にかたるな>、ありはらのなりひらはその心あまりてことばたらず、しぼ める花のいろなくてにほひ

のこれるがごとし、<月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にし て>、<おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの>、<ねぬる よのゆめをはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな>、ふんやのやすひでは ことばはたくみにて、そのさま身におはず、いはばあき人のよききぬきたらむがごと し、<吹からによもの草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ>、深草のみか どの御国忌に、<草ふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれしけふにやはあら ぬ>、宇治山のそうきせんは、ことば

かすかにしてはじめをはりたしかならず、いはば秋の月を見るにあかつきのくもにあへ るがごとし、<わがいほはみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり>、よ めるうたおほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず、をののこまちは、いに しへのそとほりひめの流なり、あはれなるやうにてつよからず、いはばよきをうなのな やめる所あるににたり、つよからぬはをう

なのうたなればなるべし、<思ひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざら ましを>、<いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける>、<わびぬれ ば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ>、そとほりひめのうた、 <わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも>、おほともの くろぬしは、そのさまいやし、いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごと し、<思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや>、<かがみ山 いざたちよりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると>、

このほかの人人その名きこゆる、野辺におふるかづらのはひひろごり、はやしにしげき このはのごとくにおほかれど、うたとのみ思ひてそのさましらぬなるべし、かかるにい ますべらぎのあめのしたしろしめすこと、よつの時ここのかへりになむなりぬる、あま ねきおほむうつくしみのなみ、やしまのほかまでながれ、ひろきおほむめぐみのかげ、 つ

くば山のふもとよりもしげくおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとま、 もろもろのことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをもわすれじ、ふりにしこと をもおこしたまふとて、いまもみそなはし、のちの世にもつたはれとて、延喜五年四月 十八日に大内記きのとものり、御書のところのあづかりきのつらゆき、さきのかひのさ う官おほし

かふちのみつね、右衛門の府生みぶのただみねらにおほせられて、万えふしふにいらぬ ふるきうたみづからのをもたてまつらしめたまひてなむ、それがなかにむめをかざすよ りはじめて、ほととぎすをきき、もみぢををり、雪を見るにいたるまで、又つるかめに つけてきみをおもひ人をもいはひ、秋はぎ夏草を見てつまをこひ、あふさか山にいたり て

たむけをいのり、あるは春夏秋冬にもいらぬくさぐさのうたをなむえらばせたまひけ る、すべて千うた、はたまき、名づけてこきむわかしふといふ、かくこのたびあつめえ らばれて、山した水のたえず、はまのまさごのかずおほくつもりぬれば、いまはあすか がはのせになるうらみもきこえず、さざれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべ き、それまくら

ことば、春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、か つは人のみみにおそり、かつはうたの心にはぢおもへど、たなびくくものたちゐなくし かのおきふしは、つらゆきらがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをな むよろこびぬる、人まろなくなりにたれど、うたのこととどまれるかな、たとひ時うつ り

ことさり、たのしびかなしびゆきかふとも、このうたのもじあるをや、あをやぎのいと たえず、まつのはのちりうせずして、まさきのかづらながくつたはり、とりのあとひさ しくとどまれらば、うたのさまをもしり、ことの心をえたらむ人は、おほぞらの月を見 るがごとくにいにしへをあふぎて、いまをこひざらめかも







1

在原元方

ふるとしに春たちける日よめる

としのうちに春はきにけりひととせをこぞとやいはむことしとやいはむ


2

紀貫之

はるたちける日よめる

袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ


3

よみ人しらず

題しらず

春霞たてるやいづこみよしののよしのの山に雪はふりつつ


4

二条のきさきのはるのはじめの御うた

雪の内に春はきにけりうぐひすのこほれる涙今やとくらむ


5

よみ人しらず

題しらず

梅がえにきゐるうぐひすはるかけてなけどもいまだ雪はふりつつ


6

素性法師

雪の木にふりかかれるをよめる

春立てば花とや見らむ白雪のかかれる枝にうぐひすぞなく


7

よみ人しらず

題しらず

心ざしふかくそめてし折りければきえあへぬ雪の花と見ゆらむ


ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみの 哥なり


8

文屋やすひで

二条のきさきのとう宮のみやすんどころときこえけ る時、正月三日おまへにめして、おほせごとあるあひだに、日はてりながら雪のかしら にふりかかりけるをよませ給ひける


春の日のひかりにあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき


9

きのつらゆき

ゆきのふりけるをよめる

霞たちこのめもはるの雪ふれば花なきさとも花ぞちりける


10

ふぢはらのことなほ

春のはじめによめる

はるやとき花やおそきとききわかむ鶯だにもなかずもあるかな


11

みぶのただみね

はるのはじめのうた

春きぬと人はいへどもうぐひすのなかぬかぎりはあらじとぞ思ふ


12

源まさずみ

寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた

谷風にとくるこほりのひまごとにうちいづる浪や春のはつ花


13

紀とものり

花のかを風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる


14

大江千里

うぐひすの谷よりいづるこゑなくは春くることをたれかしらまし


15

在原棟梁

春たてど花もにほはぬ山ざとはものうかるねに鶯ぞなく


16

よみ人しらず

題しらず

野辺ちかくいへゐしせればうぐひすのなくなるこゑはあさなあさなきく


17

かすがのはけふはなやきそわか草のつまもこもれり我もこもれり


18

かすがののとぶひののもりいでて見よ今いくかありてわかなつみてむ


19

み山には松の雪だにきえなくに宮こはのべのわかなつみけり


20

梓弓おしてはるさめけふふりぬあすさへふらばわかなつみてむ


21

仁和のみかどみこにおましましける時に、人にわか なたまひける御うた


君がため春ののにいでてわかなつむわが衣手に雪はふりつつ


22

つらゆき

哥たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる


かすがののわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ


23

在原行平朝臣

題しらず

はるのきるかすみの衣ぬきをうすみ山風にこそみだるべらなれ


24

源むねゆきの朝臣

寛平御時きさいの宮の哥合によめる

ときはなる松のみどりも春くれば今ひとしほの色まさりけり


25

つらゆき

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る


わがせこが衣はるさめふるごとにのべのみどりぞいろまさりける


26

あをやぎのいとよりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける


27

僧正遍昭

西大寺のほとりの柳をよめる

あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにもぬける春の柳か


28

よみ人しらず

題しらず

ももちどりさへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふり行く


29

をちこちのたづきもしらぬ山なかにおぼつかなくもよぶこどりかな


30

凡河内みつね

かりのこゑをききてこしへまかりにける人を思ひて よめる


春くればかりかへるなり白雲のみちゆきぶりにことやつてまし


31

伊勢

帰雁をよめる

はるがすみたつを見すててゆくかりは花なきさとにすみやならへる


32

よみ人しらず

題しらず

折りつれば袖こそにほへ梅花有りとやここにうぐひすのなく


33

色よりもかこそあはれとおもほゆれたが袖ふれしやどの梅ぞも


34

やどちかく梅の花うゑじあぢきなくまつ人のかにあやまたれけり


35

梅花たちよるばかりありしより人のとがむるかにぞしみぬる


36

東三条の左のおほいまうちぎみ

むめの花ををりてよめる

鶯の笠にぬふといふ梅花折りてかざさむおいかくるやと


37

素性法師

題しらず

よそにのみあはれとぞ見し梅花あかぬいろかは折りてなりけり


38

とものり

むめの花ををりて人におくりける

君ならで誰にか見せむ梅花色をもかをもしる人ぞしる


39

つらゆき

くらぶ山にてよめる

梅花にほふ春べはくらぶ山やみにこゆれどしるくぞ有りける


40

みつね

月夜に梅花ををりてと人のいひければ、をるとてよ める


月夜にはそれとも見えず梅花かをたづねてぞしるべかりける


41

はるのよ梅花をよめる

春の夜のやみはあやなし梅花色こそ見えねかやはかくるる


42

つらゆき

はつせにまうづるごとにやどりける人の家に、ひさ しくやどらで、ほどへてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむや どりはあるといひいだして侍りければ、そこにたてりけるむめの花ををりてよめる


人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔のかににほひける


43

伊勢

水のほとりに梅花さけりけるをよめる

春ごとにながるる河を花と見てをられぬ水に袖やぬれなむ


44

年をへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらむ


45

つらゆき

家にありける梅花のちりけるをよめる

くるとあくとめかれぬものを梅花いつの人まにうつろひぬらむ


46

よみ人しらず

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

梅がかをそでにうつしてとどめてば春はすぐともかたみならまし


47

素性法師

ちると見てあるべきものを梅花うたてにほひのそでにとまれる


48

よみ人しらず

題しらず

ちりぬともかをだにのこせ梅花こひしき時のおもひいでにせむ


49

つらゆき

人の家にうゑたりけるさくらの花さきはじめたりけ るを見てよめる


ことしより春しりそむるさくら花ちるといふ事はならはざらなむ


50

よみ人しらず

題しらず

山たかみ人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我見はやさむ


又は、さととほみ人もすさめぬ山ざくら

51

やまざくらわが見にくれば春霞峯にもをにもたちかくしつつ


52

さきのおほきおほいまうちぎみ

そめどののきさきのおまへに花がめにさくらの花を ささせ給へるを見てよめる


年ふればよはひはおいぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし


53

在原業平朝臣

なぎさの院にてさくらを見てよめる

世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし


54

よみ人しらず

題しらず

いしばしるたきなくもがな桜花たをりてもこむ見ぬ人のため


55

そせい法し

山のさくらを見てよめる

見てのみや人にかたらむさくら花てごとにをりていへづとにせむ


56

花ざかりに京を見やりてよめる

みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける


57

きのとものり

さくらの花のもとにて年のおいぬることをなげきて よめる


いろもかもおなじむかしにさくらめど年ふる人ぞあらたまりける


58

つらゆき

をれるさくらをよめる

たれしかもとめてをりつる春霞たちかくすらむ山のさくらを


59

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る


桜花さきにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲


60

とものり

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

み吉野の山べにさけるさくら花雪かとのみぞあやまたれける


61

伊勢

やよひにうるふ月ありける年よみける

さくら花春くははれる年だにも人の心にあかれやはせぬ


62

よみ人しらず

さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人の きたりける時によみける


あだなりとなにこそたてれ桜花年にまれなる人もまちけり


63

なりひらの朝臣

返し

けふこずはあすは雪とぞふりなましきえずはありとも花と見ましや


64

よみ人しらず

題しらず

ちりぬればこふれどしるしなき物をけふこそさくらをらばをりてめ


65

をりとらばをしげにもあるか桜花いざやどかりてちるまでは見む


66

きのありとも

さくらいろに衣はふかくそめてきむ花のちりなむのちのかたみに


67

みつね

さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人 によみておくりける


わがやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき


68

伊勢

亭子院哥合の時よめる

見る人もなき山ざとのさくら花ほかのちりなむのちぞさかまし










69

よみ人しらず

題しらず

春霞たなびく山のさくら花うつろはむとや色かはりゆく


70

まてといふにちらでしとまる物ならばなにを桜に思ひまさまし


71

のこりなくちるぞめでたき桜花ありて世中はてのうければ


72

このさとにたびねしぬべしさくら花ちりのまがひにいへぢわすれて


73

空蝉の世にもにたるか花ざくらさくと見しまにかつちりにけり


74

これたかのみこ

僧正遍昭によみておくりける

さくら花ちらばちらなむちらずとてふるさと人のきても見なくに


75

そうく法師

雲林院にてさくらの花のちりけるを見てよめる

桜ちる花の所は春ながら雪ぞふりつつきえがてにする


76

そせい法し

さくらの花のちり侍りけるを見てよみける

花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ


77

そうく法し

うりむゐんにてさくらの花をよめる

いざさくら我もちりなむひとさかりありなば人にうきめ見えなむ


78

つらゆき

あひしれりける人のまうできてかへりにけるのちに よみて花にさしてつかはしける


ひとめ見し君もやくると桜花けふはまち見てちらばちらなむ


79

山のさくらを見てよめる

春霞なにかくすらむ桜花ちるまをだにも見るべき物を


80

藤原よるかの朝臣

心地そこなひてわづらひける時に、風にあたらじと ておろしこめてのみ侍りけるあひだに、をれるさくらのちりがたになれりけるを見てよ める


たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり


81

すがのの高世

東宮雅院にてさくらの花のみかは水にちりてながれ けるを見てよめる


枝よりもあだにちりにし花なればおちても水のあわとこそなれ


82

つらゆき

さくらの花のちりけるをよみける

ごとならばさかずやはあらぬさくら花見る我さへにしづ心なし


83

さくらのごととくちる物はなしと人のいひければよ める


さくら花とくちりぬともおもほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ


84

きのとものり

桜の花のちるをよめる

久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ


85

ふぢはらのよしかぜ

春宮のたちはきのぢんにてさくらの花のちるをよめ る


春風は花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふと見む


86

凡河内みつね

さくらのちるをよめる

雪とのみふるだにあるをさくら花いかにちれとか風の吹くらむ


87

つらゆき

ひえにのぼりてかへりまうできてよめる

山たかみみつつわがこしさくら花風は心にまかすべらなり


88

大伴くろぬし

題しらず

春雨のふるは涙かさくら花ちるををしまぬ人しなければ


89

つらゆき

亭子院哥合哥

さくら花ちりぬる風のなごりには水なきそらに浪ぞたちける


90

ならのみかどの御うた

ふるさととなりにしならのみやこにも色はかはらず花はさきけり


91

よしみねのむねさだ

はるのうたとてよめる

花の色はかすみにこめて見せずともかをだにぬすめ春の山かぜ


92

そせい法し

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

はなの木も今はほりうゑじ春たてばうつろふ色に人ならひけり


93

よみ人しらず

題しらず

春の色のいたりいたらぬさとはあらじさけるさかざる花の見ゆらむ


94

つらゆき

はるのうたとてよめる

みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらむ


95

そせい

うりむゐんのみこのもとに、花見にきた山のほとり にまかれりける時によめる


いざけふは春の山辺にまじりなむくれなばなげの花のかげかは


96

はるのうたとてよめる

いつまでか野辺に心のあくがれむ花しちらずは千世もへぬべし


97

よみ人しらず

題しらず

春ごとに花のさかりはありなめどあひ見む事はいのちなりけり


98

花のごと世のつねならばすぐしてし昔は又もかへりきなまし


99

吹く風にあつらへつくる物ならばこのひともとはよぎよといはまし


100

まつ人もこぬものゆゑにうぐひすのなきつる花ををりてけるかな


101

藤原おきかぜ

寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた

さく花は千くさながらにあだなれどたれかははるをうらみはてたる


102

春霞色のちくさに見えつるはたなびく山の花のかげかも


103

ありはらのもとかた

霞立つ春の山べはとほけれど吹きくる風は花のかぞする


104

みつね

うつろへる花を見てよめる

花見れば心さへにぞうつりけるいろにはいでじ人もこそしれ


105

よみ人しらず

題しらず

鶯のなくのべごとにきて見ればうつろふ花に風ぞふきける


106

吹く風をなきてうらみよ鶯は我やは花に手だにふれたる


107

典侍洽子朝臣

ちる花のなくにしとまる物ならば我鶯におとらましやは


108

藤原のちかげ

仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとてしける 時によみける


花のちることやわびしき春霞たつたの山のうぐひすのこゑ


109

そせい

うぐひすのなくをよめる

こづたへばおのがはかぜにちる花をたれにおほせてここらなくらむ


110

みつね

鶯の花の木にてなくをよめる

しるしなきねをもなくかなうぐひすのことしのみちる花ならなくに


111

よみ人しらず

題しらず

こまなめていざ見にゆかむふるさとは雪とのみこそ花はちるらめ


112

ちる花をなにかうらみむ世中にわが身もともにあらむ物かは


113

小野小町

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに


114

そせい

仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとしける時 によめる


をしと思ふ心はいとによられなむちる花ごとにぬきてとどめむ


115

つらゆき

しがの山ごえに女のおほくあへりけるに、よみてつ かはしける


あづさゆみはるの山辺をこえくれば道もさりあへず花ぞちりける


116

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

春ののにわかなつまむとこしものをちりかふ花にみちはまどひぬ


117

山でらにまうでたりけるによめる

やどりして春の山辺にねたる夜は夢の内にも花ぞちりける


118

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

吹く風と谷の水としなかりせばみ山がくれの花を見ましや


119

僧正遍昭

しがよりかへりけるをうなどもの花山にいりて ふぢの花のもとにたちよりてかへりけるに、よみておくりける


よそに見てかへらむ人にふぢの花はひまつはれよえだはをるとも


120

みつね

家にふぢの花のさけりけるを、人のたちとまりて見 けるをよめる


わがやどにさける藤波たちかへりすぎがてにのみ人の見るらむ


121

よみ人しらず

題しらず

今もかもさきにほふらむ橘のこじまのさきの山吹の花


122

春雨ににほへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花


123

山ぶきはあやななさきそ花見むとうゑけむ君がこよひこなくに


124

つらゆき

よしの河のほとりに山ぶきのさけりけるをよめる


吉野河岸の山吹ふくかぜにそこの影さへうつろひにけり


125

よみ人しらず

題しらず

かはづなくゐでの山吹ちりにけり花のさかりにあはまし物を


この哥は、ある人のいはく、たちばなのきよとも が哥なり


126

そせい

春の哥とてよめる

おもふどち春の山辺にうちむれてそこともいはぬたびねしてしか


127

みつね

はるのとくすぐるをよめる

あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくもおもほゆるかな


128

つらゆき

やよひにうぐひすのこゑのひさしうきこえざりける をよめる


なきとむる花しなければうぐひすもはては物うくなりぬべらなり


129

ふかやぶ

やよひのつごもりがたに山をこえけるに、山河より 花のながれけるをよめる


花ちれる水のまにまにとめくれば山には春もなくなりにけり


130

もとかた

はるををしみてよめる

をしめどもとどまらなくに春霞かへる道にしたちぬとおもへば


131

おきかぜ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

こゑたえずなけやうぐひすひととせにふたたびとだにくべき春かは


132

みつね

やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女 どもを見てよめる


とどむべき物とはなしにはかなくもちる花ごとにたぐふこころか


133

なりひらの朝臣

やよひのつごもりの日あめのふりけるに、ふぢの花 ををりて人につかはしける


ぬれつつぞしひてをりつる年の内に春はいくかもあらじと思へば


134

みつね

亭子院の哥合のはるのはてのうた

けふのみと春をおもはぬ時だにも立つことやすき花のかげかは










135

よみ人しらず

題しらず

わがやどの池の藤波さきにけり山郭公いつかきなかむ


このうた、ある人のいはく、かきのもとの人まろが 也


136

紀としさだ

う月にさけるさくらを見てよめる

あはれてふ事をあまたにやらじとや春におくれてひとりさくらむ


137

よみ人しらず

題しらず

さ月まつ山郭公うちはぶき今もなかなむこぞのふるごゑ


138

伊勢

五月こばなきもふりなむ郭公まだしきほどのこゑをきかばや


139

よみ人しらず

さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする


140

いつのまにさ月きぬらむあしひきの山郭公今ぞなくなる


141

けさきなきいまだたびなる郭公花たちばなにやどはからなむ


142

きのとものり

おとは山をこえける時に郭公のなくをききてよめる


おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる


143

そせい

郭公のはじめてなきけるをききてよめる

郭公はつこゑきけばあぢきなくぬしさだまらぬこひせらるはた


144

ならのいその神でらにて郭公のなくをよめる

いその神ふるき宮この郭公声ばかりこそむかしなりけれ


145

よみ人しらず

題しらず

夏山になく郭公心あらば物思ふ我に声なきかせそ


146

郭公なくこゑきけばわかれにしふるさとさへぞこひしかりける


147

ほととぎすながなくさとのあまたあれば猶うとまれぬ思ふ物から


148

思ひいづるときはの山の郭公唐紅のふりいでてぞなく


149

声はして涙は見えぬ郭公わが衣手のひつをからなむ


150

あしひきの山郭公をりはへてたれかまさるとねをのみぞなく


151

今さらに山へかへるな郭公こゑのかぎりはわがやどになけ


152

みくにのまち

やよやまて山郭公事づてむ我世中にすみわびぬとよ


153

紀とものり

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

五月雨に物思ひをれば郭公夜ふかくなきていづちゆくらむ


154

夜やくらき道やまどへるほととぎすわがやどをしもすぎがてになく


155

大江千里

やどりせし花橘もかれなくになどほととぎすこゑたえぬらむ


156

きのつらゆき

夏の夜のふすかとすれば郭公なくひとこゑにあくるしののめ


157

みぶのただみね

くるるかと見ればあけぬるなつのよをあかずとやなく山郭公


158

紀秋岑

夏山にこひしき人やいりにけむ声ふりたててなく郭公


159

よみ人しらず

題しらず

こぞの夏なきふるしてし郭公それかあらぬかこゑのかはらぬ


160

つらゆき

郭公のなくをききてよめる

五月雨のそらもとどろに郭公なにをうしとかよただなくらむ


161

みつね

さぶらひにてをのこどものさけたうべけるに、めし て郭公まつうたよめとありければよめる


ほととぎすこゑもきこえず山びこはほかになくねをこたへやはせぬ


162

つらゆき

山に郭公のなきけるをききてよめる

郭公人まつ山になくなれば我うちつけにこひまさりけり


163

ただみね

はやくすみける所にてほととぎすのなきけるを ききてよめる


むかしべや今もこひしき郭公ふるさとにしもなきてきつらむ


164

みつね

郭公のなきけるをききてよめる

郭公我とはなしに卯花のうき世中になきわたるらむ


165

僧正へんぜう

はちすのつゆを見てよめる

はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆを玉とあざむく


166

深養父

月のおもしろかりける夜、あかつきがたによめる


夏の夜はまだよひながらあけぬるを雲のいづこに月やどるらむ


167

みつね

となりよりとこなつの花をこひにおこせたりけれ ば、をしみてこのうたをよみてつかはしける


ちりをだにすゑじとぞ思ふさきしよりいもとわがぬるとこ夏のはな


168

みな月のつごもりの日よめる

夏と秋と行きかふそらのかよひぢはかたへすずしき風やふくらむ










169

藤原敏行朝臣

秋立つ日よめる

あききぬとめにはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる


170

つらゆき

秋たつ日、うへのをのこどもかものかはらにかはせ うえうしけるともにまかりてよめる


河風のすずしくもあるかうちよする浪とともにや秋は立つらむ


171

よみ人しらず

題しらず

わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋のはつ風


172

きのふこそさなへとりしかいつのまにいなばそよぎて秋風の吹く


173

秋風の吹きにし日より久方のあまのかはらにたたぬ日はなし


174

久方のあまのかはらのわたしもり君わたりなばかぢかくしてよ


175

天河紅葉をはしにわたせばやたなばたつめの秋をしもまつ


176

こひこひてあふ夜はこよひあまの河きり立ちわたりあけずもあらなむ


177

とものり

寛平御時なぬかの夜、うへにさぶらふをのこども、 哥たてまつれとおほせられける時に、人にかはりてよめる


天河あさせしら浪たどりつつわたりはてねばあけぞしにける


178

藤原おきかぜ

おなじ御時きさいの宮の哥合のうた

契りけむ心ぞつらきたなばたの年にひとたびあふはあふかは


179

凡河内みつね

なぬかの日の夜よめる>

年ごとにあふとはすれどたなばたのぬるよのかずぞすくなかりける


180

織女にかしつる糸の打ちはへて年のをながくこひやわたらむ


181

そせい

題しらず

こよひこむ人にはあはじたなばたのひさしきほどにまちもこそすれ


182

源むねゆきの朝臣

なぬかの夜のあかつきによめる

今はとてわかるる時は天河わたらぬさきにそでぞひちぬる


183

みぶのただみね

やうかの日よめる

けふよりはいまこむ年のきのふをぞいつしかとのみまちわたるべき


184

よみ人しらず

題しらず

このまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋はきにけり


185

おほかたの秋くるからにわが身こそかなしき物と思ひしりぬれ


186

わがためにくる秋にしもあらなくにむしのねきけばまづぞかなしき


187

物ごとに秋ぞかなしきもみぢつつうつろひゆくをかぎりと思へば


188

ひとりぬるとこは草ばにあらねども秋くるよひはつゆけかりけり


189

これさだのみこの家の哥合のうた

いつはとは時はわかねど秋のよぞ物思ふ事のかぎりなりける


190

みつね

かむなりのつぼに人人あつまりて秋のよをしむ哥よ みけるついでによめる


かくばかりをしと思ふ夜をいたづらにねてあかすらむ人さへぞうき


191

よみ人しらず

題しらず

白雲にはねうちかはしとぶかりのかずさへ見ゆる秋のよの月


192

さ夜なかと夜はふけぬらしかりがねのきこゆるそらに月わたる見ゆ


193

大江千里

これさだのみこの家の哥合によめる

月見れはちぢに物こそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど


194

ただみね

久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやてりまさるらむ


195

在原元方

月をよめる

秋の夜の月のひかりしあかければくらぶの山もこえぬべらなり


196

藤原忠房

人のもとにまかれりける夜、きりぎりすのなきける をききてよめる


蟋蟀いたくななきそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる


197

としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合のうた

秋の夜のあくるもしらずなくむしはわがごと物やかなしかるらむ


198

よみ人しらず

題しらず

あき萩も色づきぬればきりぎりすわがねぬごとやよるはかなしき


199

秋の夜はつゆこそことにさむからし草むらごとにむしのわぶれば


200

君しのぶ草にやつるるふるさとは松虫のねぞかなしかりける


201

秋ののに道もまどひぬ松虫のこゑする方にやどやからまし


202

あきののに人松虫のこゑすなり我かとゆきていざとぶらはむ


203

もみぢばのちりてつもれるわがやどに誰を松虫ここらなくらむ


204

ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬと思ふは山のかげにぞありける


205

ひぐらしのなく山里のゆふぐれは風よりほかにとふ人もなし


206

在原元方

はつかりをよめる

まつ人にあらぬ物からはつかりのけさなくこゑのめづらしきかな


207

とものり

これさだのみこの家の哥合のうた

秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらむ


208

よみ人しらず

題しらず

わがかどにいなおほせどりのなくなへにけさ吹く風にかりはきにけり


209

いとはやもなきぬるかりか白露のいろどる木木ももみぢあへなくに


210

春霞かすみていにしかりがねは今ぞなくなる秋ぎりのうへに


211

夜をさむみ衣かりがねなくなへに萩のしたばもうつろひにけり


このうたはある人のいはく、柿本の人まろが也と


212

藤原菅根朝臣

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

秋風にこゑをほにあげてくる舟はあまのとわたるかりにぞありける


213

みつね

かりのなきけるをききてよめる

うき事を思ひつらねてかりがねのなきこそわたれ秋のよなよな


214

ただみね

これさだのみこの家の哥合のうた

山里は秋こそことにわびしけれしかのなくねにめをさましつつ


215

よみ人しらず

おく山に紅葉ふみわけなく鹿のこゑきく時ぞ秋は悲しき


216

題しらず

秋はぎにうらびれをればあしひきの山したとよみしかのなくらむ


217

秋はぎをしがらみふせてなくしかのめには見えずておとのさやけさ


218

藤原としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合によめる

あきはぎの花さきにけり高砂のをのへのしかは今やなくらむ


219

みつね

むかしあひしりて侍りける人の、秋ののにあひて物 がたりしけるついでによめる


秋はぎのふるえにさける花見れば本の心はわすれざりけり


220

よみ人しらず

題しらず

あきはぎのしたば色づく今よりやひとりある人のいねがてにする


221

なきわたるかりの涙やおちつらむ物思ふやどの萩のうへのつゆ


222

萩の露玉にぬかむととればけぬよし見む人は枝ながら見よ


ある人のいはく、この哥はならのみかどの御哥なり と


223

をりて見ばおちぞしぬべき秋はぎの枝もとををにおけるしらつゆ


224

萩が花ちるらむをののつゆしもにぬれてをゆかむさ夜はふくとも


225

文屋あさやす

是貞のみこの家の哥合によめる

秋ののにおくしらつゆは玉なれやつらぬきかくるくものいとすぢ


226

僧正へんぜう

題しらず

名にめでてをれるばかりぞをみなへし我おちにきと人にかたるな


227

ふるのいまみち

僧正遍昭がもとにならへまかりける時に、をとこ山 にてをみなへしを見てよめる


をみなへしうしと見つつぞゆきすぐるをとこ山にしたてりと思へば


228

としゆきの朝臣

是貞のみこの家の哥合のうた

秋ののにやどりはすべしをみなへし名をむつまじみたびならなくに


229

をののよし木

題しらず

をみなへしおほかるのべにやどりせばあやなくあだの名をやたちなむ


230

左のおほいまうちぎみ

朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける


をみなへし秋のの風にうちなびき心ひとつをたれによすらむ


231

藤原定方朝臣

秋ならであふことかたきをみなへしあまのかはらにおひぬものゆゑ


232

つらゆき

たが秋にあらぬものゆゑをみなへしなぞ色にいでてまだきうつろふ


233

みつね

つまこふるしかぞなくなる女郎花おのがすむのの花としらずや


234

女郎花ふきすぎてくる秋風はめには見えねどかこそしるけれ


235

ただみね

人の見る事やくるしきをみなへし秋ぎりにのみたちかくるらむ


236

ひとりのみながむるよりは女郎花わがすむやどにうゑて見ましを


237

兼覧王

ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうゑたり けるを見てよめる


をみなへしうしろめたくも見ゆるかなあれたるやどにひとりたてれば


238

平さだふん

寛平御時、蔵人所のをのこどもさがのに花見むとてまかりたりける時、かへるとてみな哥よみけるついでによめる


花にあかでなにかへるらむをみなへしおほかるのべにねなましものを


239

としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合によめる

なに人かきてぬぎかけしふぢばかまくる秋ごとにのべをにほはす


240

つらゆき

ふぢばかまをよみて人につかはしける

やどりせし人のかたみかふぢばかまわすられがたきかににほひつつ


241

そせい

ふぢばかまをよめる

ぬししらぬかこそにほへれ秋ののにたがぬぎかけしふぢばかまぞも


242

平貞文

題しらず

今よりはうゑてだに見じ花すすきほにいづる秋はわびしかりけり


243

ありはらのむねやな

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

秋の野の草のたもとか花すすきほにいでてまねく袖と見ゆらむ


244

素性法師

我のみやあはれとおもはむきりぎりすなくゆふかげのやまとなでしこ


245

よみ人しらず

題しらず

みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける


246

ももくさの花のひもとく秋ののを思ひたはれむ人なとがめそ


247

月草に衣はすらむあさつゆにぬれてののちはうつろひぬとも


248

僧正遍昭
仁和のみかどみこにおはしましける時、ふるのた き御覧ぜむとておはしましけるみちに、遍昭がははの家にやどりたまへりける時に、 庭を秋ののにつくりて、おほむ物がたりのついでによみてたてまつりける


さとはあれて人はふりにしやどなれや庭もまがきも秋ののらなる








249

文屋やすひで

これさだのみこの家の哥合のうた

吹くからに秋の草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ


250

草も木も色かはれどもわたつうみの浪の花にぞ秋なかりける


251

紀よしもち

秋の哥合しける時によめる

紅葉せぬときはの山は吹く風のおとにや秋をききわたるらむ


252

よみ人しらず

題しらず

霧立ちて雁ぞなくなる片岡の朝の原は紅葉しぬらむ


253

神な月時雨もいまだふらなくにかねてうつろふ神なびのもり


254

ちはやぶる神なび山のもみぢばに思ひはかけじうつろふ物を


255

藤原かちおむ

貞観御時、綾綺殿のまへに梅の木ありけり、にしの 方にさせりけるえだのもみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどものよみける ついでによめる


おなじえをわきてこのはのうつろふは西こそ秋のはじめなりけれ


256

つらゆき

いしやまにまうでける時、おとは山のもみぢを見て よめる


秋風のふきにし日よりおとは山峯のこずゑも色づきにけり


257

としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合によめる

白露の色はひとつをいかにして秋のこのはをちぢにそむらむ


258

壬生忠岑

秋の夜のつゆをばつゆとおきながらかりの涙やのべをそむらむ


259

よみ人しらず

題しらず

あきのつゆいろいろごとにおけばこそ山のこのはのちくさなるらめ


260

つらゆき

もる山のほとりにてよめる

しらつゆも時雨もいたくもる山はしたばのこらず色づきにけり


261

在原元方

秋のうたとてよめる

雨ふれどつゆももらじをかさとりの山はいかでかもみぢそめけむ


262

つらゆき

神のやしろのあたりをまかりける時にいがきのうち のもみぢを見てよめる


ちはやぶる神のいがきにはふくずも秋にはあへずうつろひにけり


263

ただみね

これさだのみこの家の哥合によめる

あめふればかさとり山のもみぢばはゆきかふ人のそでさへぞてる


264

よみ人しらず

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

ちらねどもかねてぞをしきもみぢばは今は限の色と見つれば


265

きのとものり

やまとのくににまかりける時、さほ山にきりのたて りけるを見てよめる


たがための錦なればか秋ぎりのさほの山辺をたちかくすらむ


266

よみ人しらず

是貞のみこの家の哥合のうた

秋ぎりはけさはなたちそさほ山のははそのもみぢよそにても見む


267

坂上是則

秋のうたとてよめる

佐保山のははその色はうすけれど秋は深くもなりにけるかな


268

在原なりひらの朝臣

人のせんざいにきくにむすびつけてうゑけるうた


うゑしうゑば秋なき時やさかざらむ花こそちらめねさへかれめや


269

としゆきの朝臣

寛平御時きくの花をよませたまうける

久方の雲のうへにて見る菊はあまつほしとぞあやまたれける


この哥は、まだ殿上ゆるされざりける時にめしあげ られてつかうまつれるとなむ


270

きのとものり

これさだのみこの家の哥合のうた

露ながらをりてかざさむきくの花おいせぬ秋のひさしかるべく


271

大江千里

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

うゑし時花まちどほにありしきくうつろふ秋にあはむとや見し


272

すがはらの朝臣

おなじ御時せられけるきくあはせに、すはまをつく りて菊の花うゑたりけるにくはへたりけるうた、ふきあげのはまのかたにきくうゑたり けるによめる


秋風の吹きあげにたてる白菊は花かあらぬか浪のよするか


273

素性法師

仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる

ぬれてほす山ぢの菊のつゆのまにいつかちとせを我はへにけむ


274

とものり

菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる

花見つつ人まつ時はしろたへの袖かとのみぞあやまたれける


275

おほさはの池のかたにきくうゑたるをよめる

ひともとと思ひしきくをおほさはの池のそこにもたれかうゑけむ


276

つらゆき

世中のはかなきことを思ひけるをりにきくの花を見 てよみける


秋の菊にほふかぎりはかざしてむ花よりさきとしらぬわが身を


277

凡河内みつね

しらぎくの花をよめる

心あてにをらばやをらむはつしものおきまどはせる白菊の花


278

よみ人しらず

これさだのみこの家の哥合のうた

いろかはる秋のきくをばひととせにふたたびにほふ花とこそ見れ


279

平さだふん

仁和寺にきくのはなめしける時に、うたそへてたて まつれとおほせられければ、よみてたてまつりける


秋をおきて時こそ有りけれ菊の花うつろふからに色のまされば


280

つらゆき

人の家なりけるきくの花をうつしうゑたりけるをよ める


さきそめしやどしかはれば菊の花色さへにこそうつろひにけれ


281

よみ人しらず

題しらず

佐保山のははそのもみぢちりぬべみよるさへ見よとてらす月影


282

藤原関雄

みやづかへひさしうつかうまつらで山ざとにこもり 侍りけるによめる


おく山のいはがきもみぢちりぬべしてる日のひかり見る時なくて


283

よみ人しらず

題しらず

竜田河もみぢみだれて流るめりわたらば錦なかやたえなむ


この哥は、ある人、ならのみかどの御哥なりとなむ 申す


284

たつた河もみぢば流る神なびのみむろの山に時雨ふるらし


又は、あすかがはもみぢばながる

285

こひしくは見てもしのばむもみぢばを吹きなちらしそ山おろしのかぜ


286

秋風にあへずちりぬるもみぢばのゆくへさだめぬ我ぞかなしき


287

あきはきぬ紅葉はやどにふりしきぬ道ふみわけてとふ人はなし


288

ふみわけてさらにやとはむもみぢばのふりかくしてしみちとみながら


289

秋の月山辺さやかにてらせるはおつるもみぢのかずを見よとか


290

吹く風の色のちくさに見えつるは秋のこのはのちればなりけり




291

せきを

霜のたてつゆのぬきこそよわからし山の錦のおればかつちる


292

(朱書「僧正へんせうイ」)

うりむゐんの木のかげにたたずみてよみける

わび人のわきてたちよるこの本はたのむかげなくもみぢちりけり


293

そせい

二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風 にたつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる


もみぢばのながれてとまるみなとには紅深き浪や立つらむ


294

なりひらの朝臣

ちはやぶる神世もきかず竜田河唐紅に水くくるとは


295

としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合のうた

わがきつる方もしられずくらぶ山木木のこのはのちるとまがふに


296

ただみね

神なびのみむろの山を秋ゆけば錦たちきる心地こそすれ


297

つらゆき

北山に紅葉をらむとてまかれりける時によめる

見る人もなくてちりぬるおく山の紅葉はよるのにしきなりけり


298

かねみの王

秋のうた

竜田ひめたむくる神のあればこそ秋のこのはのぬさとちるらめ


299

つらゆき

をのといふ所にすみ侍りける時もみぢを見てよめる


秋の山紅葉をぬさとたむくればすむ我さへぞたび心ちする


300

きよはらのふかやぶ

神なびの山をすぎて竜田河をわたりける時に、もみ ぢのながれけるをよめる


神なびの山をすぎ行く秋なればたつた河にぞぬさはたむくる


301

ふぢはらのおきかぜ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

白浪に秋のこのはのうかべるをあまのながせる舟かとぞ見る


302

坂上これのり

たつた河のほとりにてよめる

もみぢばのながれざりせば竜田河水の秋をばたれかしらまし


303

はるみちのつらき

しがの山ごえにてよめる

山河に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり


304

みつね

池のほとりにてもみぢのちるをよめる

風ふけばおつるもみぢば水きよみちらぬかげさへそこに見えつつ


305

亭子院の御屏風のゑに、河わたらむとする人のもみ ぢのちる木のもとにむまをひかへてたてるをよませたまひければつかうまつりける


立ちとまり見てをわたらむもみぢばは雨とふるとも水はまさらじ


306

ただみね

是貞のみこの家の哥合のうた

山田もる秋のかりいほにおくつゆはいなおほせ鳥の涙なりけり


307

よみ人しらず

題しらず

ほにもいでぬ山田をもると藤衣いなばのつゆにぬれぬ日ぞなき


308

かれる田におふるひつちのほにいでぬは世を今更に秋はてぬとか


309

そせい法し

北山に僧正へんぜうとたけがりにまかれりけるによ める


もみぢばは袖にこきいれてもていでなむ秋は限と見む人のため


310

おきかぜ

寛平御時ふるきうたたてまつれとおほせられけれ ば、たつた河もみぢばながるといふ哥をかきて、そのおなじ心をよめりける


み山よりおちくる水の色見てぞ秋は限と思ひしりぬる


311

つらゆき

秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる

年ごとにもみぢばながす竜田河みなとや秋のとまりなるらむ


312

なが月のつごもりの日大井にてよめる

ゆふづく夜をぐらの山になくしかのこゑの内にや秋はくるらむ


313

みつね

おなじつごもりの日よめる

道しらばたづねもゆかむもみぢばをぬさとたむけて秋はいにけり










314

よみ人しらず

題しらず

竜田河錦おりかく神な月しぐれの雨をたてぬきにして


315

源宗于朝臣

冬の哥とてよめる

山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば


316

読人しらず

題しらず

おほぞらの月のひかりしきよければ影見し水ぞまづこほりける


317

ゆふされば衣手さむしみよしののよしのの山にみ雪ふるらし


318

今よりはつぎてふらなむわがやどのすすきおしなみふれるしら雪


319

ふる雪はかつぞけぬらしあしひきの山のたぎつせおとまさるなり


320

この河にもみぢば流るおく山の雪げの水ぞ今まさるらし


321

ふるさとはよしのの山しちかければひと日もみ雪ふらぬ日はなし


322

わがやどは雪ふりしきてみちもなしふみわけてとふ人しなければ


323

紀貫之

冬のうたとて

雪ふれば冬ごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞさきける


324

紀あきみね

しがの山ごえにてよめる

白雪のところもわかずふりしけばいはほにもさく花とこそ見れ


325

坂上これのり

ならの京にまかれりける時にやどれりける所にてよ める


みよしのの山の白雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり


326

ふぢはらのおきかぜ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとぞ見る


327

壬生忠岑

みよしのの山の白雪ふみわけて入りにし人のおとづれもせぬ


328

白雪のふりてつもれる山ざとはすむ人さへや思ひきゆらむ


329

凡河内みつね

雪のふれるを見てよめる

ゆきふりて人もかよはぬみちなれやあとはかもなく思ひきゆらむ


330

きよはらのふかやぶ

ゆきのふりけるをよみける

冬ながらそらより花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ


331

つらゆき

雪の木にふりかかれりけるをよめる

ふゆごもり思ひかけぬをこのまより花と見るまで雪ぞふりける


332

坂上これのり

やまとのくににまかれりける時に、ゆきのふりける を見てよめる


あさぼらけありあけの月と見るまでによしののさとにふれるしらゆき


333

よみ人しらず

題しらず

けぬがうへに又もふりしけ春霞たちなばみ雪まれにこそ見め


334

梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば


この哥は、ある人のいはく、柿本人まろが哥なり


335

小野たかむらの朝臣

梅花にゆきのふれるをよめる

花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく


336

きのつらゆき

雪のうちの梅花をよめる

梅のかのふりおける雪にまがひせばたれかことごとわきてをらまし


337

きのとものり

ゆきのふりけるを見てよめる

雪ふれば木ごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし


338

みつね

物へまかりける人をまちてしはすのつごもりによめ る


わがまたぬ年はきぬれど冬草のかれにし人はおとづれもせず


339

在原もとかた

年のはてによめる

あらたまの年のをはりになるごとに雪もわが身もふりまさりつつ


340

よみ人しらず

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

雪ふりて年のくれぬる時こそつひにもみぢぬ松も見えけれ


341

はるみちのつらき

年のはてによめる

昨日といひけふとくらしてあすかがは流れてはやき月日なりけり


342

きのつらゆき

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る


ゆく年のをしくもあるかなますかがみ見るかげさへにくれぬと思へば










343

よみ人しらず

題しらず

わが君は千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで


344

渡つ海の浜のまさごをかぞへつつ君がちとせのありかずにせむ


345

しほの山さしでのいそにすむ千鳥きみがみ世をばやちよとぞなく


346

わがよはひ君がやちよにとりそへてとどめおきては思ひいでにせよ


347

仁和の御時僧正遍昭に七十賀たまひける時の御哥


かくしつつとにもかくにもながらへて君がやちよにあふよしもがな


348

僧正へんぜう

仁和のみかどのみこにおはしましける時に、御をば のやそぢの賀にしろかねをつゑにつくれりけるを見て、かの御をばにかはりてよみける


ちはやぶる神やきりけむつくからにちとせの坂もこえぬべらなり


349

在原業平朝臣

ほりかはのおほいまうちぎみの四十賀、九条の家に てしける時によめる


さくら花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まがふがに


350

きのこれをか

さだときのみこのをばのよそぢの賀を大井にてしけ る日よめる


亀の尾の山のいはねをとめておつるたきの白玉千世のかずかも


351

ふぢはらのおきかぜ

さだやすのみこのきさいの宮の五十の賀たてまつり ける御屏風に、さくらの花のちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる


いたづらにすぐす月日はおもほえで花見てくらす春ぞすくなき


352

きのつらゆき

もとやすのみこの七十の賀のうしろの屏風によみて かきける


春くればやどにまづさく梅花君がちとせのかざしとぞ見る


353

そせい法し

いにしへにありきあらずはしらねどもちとせのためし君にはじめむ


354

ふしておもひおきてかぞふるよろづよは神ぞしるらむわがきみのため


355

在原しげはる

藤原三善が六十賀によみける

鶴亀もちとせののちはしらなくにあかぬ心にまかせはててむ


この哥は、ある人、在原のときはるがともいふ

356

そせい法し

よしみねのつねなりがよそぢの賀にむすめにかはり てよみ侍りける


よろづ世を松にぞ君をいはひつるちとせのかげにすまむと思へば


357

内侍のかみの右大将ふぢはらの朝臣の四十賀しける 時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた


かすがのにわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ


358

山たかみくもゐに見ゆるさくら花心の行きてをらぬ日ぞなき


359


めづらしきこゑならなくに郭公ここらの年をあかずもあるかな


360


住の江の松を秋風吹くからにこゑうちそふるおきつ白浪


361

千鳥なくさほの河ぎりたちぬらし山のこのはも色まさりゆく


362

秋くれど色もかはらぬときは山よそのもみぢを風ぞかしける


363


白雪のふりしく時はみよしのの山した風に花ぞちりける


364

典侍藤原よるかの朝臣

春宮のむまれたまへりける時にまゐりてよめる

峯たかきかすがの山にいづる日はくもる時なくてらすべらなり










365

在原行平朝臣

題しらず

立ちわかれいなばの山の峯におふる松としきかば今かへりこむ


366

よみ人しらず

すがるなく秋のはぎはらあさたちて旅行く人をいつとかまたむ


367

限なき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは


368

をののちふるがみちのくのすけにまかりける時に、 ははのよめる


たらちねのおやのまもりとあひそふる心ばかりはせきなとどめそ


369

きのとしさだ

さだときのみこの家にて、ふぢはらのきよふがあふ みのすけにまかりける時に、むまのはなむけしける夜よめる


けふわかれあすはあふみとおもへども夜やふけぬらむ袖のつゆけき


370

こしへまかりける人によみてつかはしける

かへる山ありとはきけど春霞立別れなばこひしかるべし


371

きのつらゆき

人のむまのはなむけにてよめる

をしむからこひしき物を白雲のたちなむのちはなに心地せむ


372

在原しげはる

ともだちの人のくにへまかりけるによめる

わかれてはほどをへだつとおもへばやかつ見ながらにかねてこひしき


373

いかごのあつゆき

あづまの方へまかりける人によみてつかはしける


おもへども身をしわけねばめに見えぬ心を君にたぐへてぞやる


374

なにはのよろづを

あふさかにて人をわかれける時によめる

相坂の関しまさしき物ならばあかずわかるる君をとどめよ


375

よみ人しらず

題しらず

唐衣たつ日はきかじあさつゆのおきてしゆけばけぬべき物を


このうたは、ある人、つかさをたまはりてあたらし きめにつきて、としへてすみける人をすてて、ただあすなむたつとばかりいへりける時 に、ともかうもいはでよみてつかはしける


376


ひたちへまかりける時に、ふぢはらのきみとしによ みてつかはしける


あさなげに見べききみとしたのまねば思ひたちぬる草枕なり


377

よみ人しらず

きのむねさだがあづまへまかりける時に、人の家に やどりて、暁いでたつとてまかり申ししければ、女のよみていだせりける


えぞしらぬ今心みよいのちあらば我やわするる人やとはぬと


378

ふかやぶ

あひしりて侍りける人のあづまの方へまかりけるを おくるとてよめる


雲ゐにもかよふ心のおくれねばわかると人に見ゆばかりなり


379

よしみねのひでをか

とものあづまへまかりける時によめる

白雲のこなたかなたに立ちわかれ心をぬさとくだくたびかな


380

つらゆき

みちのくにへまかりける人によみてつかはしける


しらくものやへにかさなるをちにてもおもはむ人に心へだつな


381

人をわかれける時によみける

わかれてふ事はいろにもあらなくに心にしみてわびしかるらむ


382

凡河内みつね

あひしれりける人のこしのくににまかりて、としへ て京にまうできて、又かへりける時によめる


かへる山なにぞはありてあるかひはきてもとまらぬ名にこそありけれ


383

こしのくにへまかりける人によみてつかはしける


よそにのみこひやわたらむしら山の雪見るべくもあらぬわが身は


384

つらゆき

おとはの山のほとりにて人をわかるとてよめる

おとは山こだかくなきて郭公君が別ををしむべらなり


385

ふぢはらのかねもち

藤原ののちかげがからもののつかひに、なが月の つごもりがたにまかりけるに、うへのをのこどもさけたうびけるついでによめる


もろともになきてとどめよ蛬秋のわかれはをしくやはあらぬ


386

平もとのり

秋霧のともにたちいでてわかれなばはれぬ思ひに恋ひや渡らむ


387

しろめ

源のさねがつくしへゆあみむとてまかりけるに、山 ざきにてわかれをしみける所にてよめる


いのちだに心にかなふ物ならばなにか別のかなしからまし


388

源さね

山ざきより神なびのもりまでおくりに人人まかり て、かへりがてにしてわかれをしみけるによめる


人やりの道ならなくにおほかたはいきうしといひていざ帰りなむ


389

藤原かねもち

今はこれよりかへりねとさねがいひけるをりによみ ける


したはれてきにし心の身にしあれば帰るさまには道もしられず


390

つらゆき

藤原のこれをかがむさしのすけにまかりける時に、 おくりにあふさかをこゆとてよみける


かつこえてわかれもゆくかあふさかは人だのめなる名にこそありけれ


391

藤原かねすけの朝臣

おほえのちふるがこしへまかりけるむまのはなむけ によめる


君がゆくこしのしら山しらねども雪のまにまにあとはたづねむ


392

僧正遍昭

人の花山にまうできて、ゆふさりつかたかへりなむ としける時によめる


ゆふぐれのまがきは山と見えななむよるはこえじとやどりとるべく


393

幽仙法師

山にのぼりてかへりまうできて、人人わかれけるつ いでによめる


別をば山のさくらにまかせてむとめむとめじは花のまにまに


394

僧正へんぜう

うりむゐんのみこの舎利会に山にのぼりてかへりけ るに、さくらの花のもとにてよめる


山かぜにさくらふきまきみだれなむ花のまぎれにたちとまるべく


395

幽仙法師

ことならば君とまるべくにほはなむかへすは花のうきにやはあらぬ


396

兼芸法し

仁和のみかどみこにおはしましける時に、ふるのた き御覧じにおはしましてかへりたまひけるによめる


あかずしてわかるる涙滝にそふ水まさるとやしもは見るらむ


397

つらゆき

かむなりのつぼにめしたりける日、おほみきなどた うべてあめのいたくふりければ、ゆふさりまで侍りてまかりいでけるをりに、さか月を とりて


秋はぎの花をば雨にぬらせども君をばましてをしとこそおもへ


398

兼覧王

とよめりけるかへし

をしむらむ人の心をしらぬまに秋の時雨と身ぞふりにける


399

みつね

かねみのおほきみにはじめて物がたりして、わかれ ける時によめる


わかるれどうれしくもあるかこよひよりあひ見ぬさきになにをこひまし


400

よみ人しらず

題しらず

あかずしてわかるるそでのしらたまを君がかたみとつつみてぞ行く


401

限なく思ふ涙にそほちぬる袖はかわかじあはむ日までに


402

かきくらしごとはふらなむ春雨にぬれぎぬきせて君をとどめむ


403

しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道と迷ふまでちれ


404

つらゆき

しがの山ごえにて、いしゐのもとにてものいひける 人のわかれけるをりによめる


むすぶてのしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな


405

とものり

みちにあへりける人のくるまにものをいひつきて、 わかれける所にてよめる


したのおびのみちはかたがたわかるとも行きめぐりてもあはむとぞ思ふ










406

安倍仲麿

もろこしにて月を見てよみける

あまの原ふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも


この哥は、むかしなかまろをもろこしにものならは しにつかはしたりけるに、あまたのとしをへてえかへりまうでこざりけるを、このくに より又つかひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとていでたちけるに、めいし うといふ所のうみべにてかのくにの人むまのはなむけしけり、よるになりて月のいとお もしろくさしいでたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる


407

小野たかむらの朝臣

おきのくににながされける時に、舟にのりていでた つとて、京なる人のもとにつかはしける


わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと人にはつげよあまのつり舟


408

よみ人しらず

題しらず

都いでて今日みかの原いづみ河かは風さむし衣かせ山


409

ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く舟をしぞ思ふ


このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が哥也


410

在原業平朝臣

あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひてい きけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたりけるに、その河のほとりにかきつばた いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじを くのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる


唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ


411

むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみ だ河のほとりにいたりて、みやこのいとこひしうおぼえければ、しばし河のほとりにお りゐて思ひやれば、かぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わた しもりはや舟にのれ、日くれぬといひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人も のわびしくて京におもふ人なくしもあらず、さるをりにしろきとりのはしとあしとあか き、河のほとりにあそびけり、京には見えぬとりなりければみな人見しらず、わたしも りにこれはなにとりぞととひければ、これなむみやこどりといひけるをききてよめる


名にしおはばいざ事とはむ宮こどりわが思ふ人はありやなしやと


412

よみ人しらず

題しらず

北へ行くかりぞなくなるつれてこしかずはたらでぞかへるべらなる


このうたは、ある人、をとこ女もろともに人のくに へまかりけり、をとこまかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へかへり けるみちに、かへるかりのなきけるをききてよめるとなむいふ


413

おと

あづまの方より京へまうでくとて、みちにてよめる


山かくす春の霞ぞうらめしきいづれみやこのさかひなるらむ


414

みつね

こしのくにへまかりける時しら山を見てよめる

きえはつる時しなければこしぢなる白山の名は雪にぞありける


415

つらゆき

あづまへまかりける時みちにてよめる

いとによる物ならなくにわかれぢの心ぼそくもおもほゆるかな


416

みつね

かひのくにへまかりける時みちにてよめる

夜をさむみおくはつ霜をはらひつつ草の枕にあまたたびねぬ


417

ふぢはらのかねすけ

たじまのくにのゆへまかりける時に、ふたみのうら といふ所にとまりて、ゆふさりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人のうたよ みけるついでによめる


ゆふづくよおぼつかなきを玉匣ふたみの浦は曙てこそ見め


418

在原なりひらの朝臣

これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あ まの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでに、みこのいひけら く、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみて、さかづきはさせといひければよ める


かりくらしたなばたづめにやどからむあまのかはらに我はきにけり


419

きのありつね

みここのうたを返す返すよみつつ返しえせずなりに ければ、ともに侍りてよめる


ひととせにひとたびきます君まてばやどかす人もあらじとぞ思ふ


420

すがはらの朝臣

朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山に てよみける


このたびはぬさもとりあへずたむけ山紅葉の錦神のまにまに


421

素性法師

たむけにはつづりの袖もきるべきにもみぢにあける神やかへさむ










422

藤原としゆきの朝臣

うぐひす

心から花のしづくにそほちつつうくひずとのみ鳥のなくらむ


423

ほととぎす

くべきほどときすぎぬれやまちわびてなくなるこゑの人をとよむる


424

在原しげはる

うつせみ

浪のうつせみればたまぞみだれけるひろはばそでにはかなからむや


425

壬生忠岑

返し

たもとよりはなれて玉をつつまめやこれなむそれとうつせ見むかし


426

よみ人しらず

うめ

あなうめにつねなるべくも見えぬかなこひしかるべきかはにほひつつ


427

つらゆき

かにはざくら

かづけども浪のなかにはさぐられで風吹くごとにうきしづむたま


428

すもものはな

今いくか春しなければうぐひすもものはながめて思ふべらなり


429

ふかやぶ

からもものはな

あふからもものはなほこそかなしけれわかれむ事をかねて思へば


430

をののしげかげ

たちばな

葦引の山たちはなれ行く雲のやどりさだめぬ世にこそ有りけれ


431

とものり

をがたまの木

みよしののよしののたきにうかびいづるあわをかたまのきゆと見つらむ


432

よみ人しらず

やまがきの木

秋はきぬいまやまがきのきりぎりすよなよななかむ風のさむさに


433

あふひ、かつら

かくばかりあふ日のまれになる人をいかがつらしとおもはざるべき


434

人めゆゑのちにあふ日のはるけくはわがつらきにや思ひなされむ


435

僧正へんぜう

くたに

ちりぬればのちはあくたになる花を思ひしらずもまどふてふかな


436

つらゆき

さうび

我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり


437

とものり

をみなへし

白露を玉にぬくやとささがにの花にも葉にもいとをみなへし


438

あさ露をわけそほちつつ花見むと今ぞの山をみなへしりぬる


439

つらゆき

朱雀院のをみなへしあはせの時に、をみなへしとい ふいつもじをくのかしらにおきてよめる


をぐら山みねたちならしなくしかのへにけむ秋をしる人ぞなき


440

とものり

きちかうの花

秋ちかうのはなりにけり白露のおけるくさばも色かはりゆく


441

よみ人しらず

しをに

ふりはへていざふるさとの花見むとこしをにほひぞうつろひにける


442

とものり

りうたむのはな

わがやどの花ふみしだくとりうたむのはなければやここにしもくる


443

よみ人しらず

をばな

ありと見てたのむぞかたきうつせみの世をばなしとや思ひなしてむ


444

やたべの名実

けにごし

うちつけにこしとや花の色を見むおく白露のそむるばかりを


445

文屋やすひで

二条の后春宮のみやすん所と申しける時に、めどに けづり花させりけるをよませたまひける


花の木にあらざらめどもさきにけりふりにしこのみなるときもがな


446

きのとしさだ

しのぶぐさ

山たかみつねに嵐の吹くさとはにほひもあへず花ぞちりける


447

平あつゆき

やまし

郭公みねのくもにやまじりにしありとはきけど見るよしもなき


448

よみ人しらず

からはぎ

空蝉のからは木ごとにとどむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき


449

ふかやぶ

かはなぐさ

うばたまの夢になにかはなぐさまむうつつにだにもあかぬ心は


450

たかむこのとしはる

さがりごけ

花の色はただひとさかりこけれども返す返すぞつゆはそめける


451

しげはる

にがたけ

いのちとてつゆをたのむにかたければ物わびしらになくのべのむし


452

かげのりのおほきみ

かはたけ

さ夜ふけてなかばたけゆく久方の月ふきかへせ秋の山風


453

真せいほうし

わらび

煙たちもゆとも見えぬ草のはをたれかわらびとなづけそめけむ


454

きのめのと

ささ、まつ、びは、ばせをば

いさざめに時まつまにぞ日はへぬる心ばせをば人に見えつつ


455

兵衛

なし、なつめ、くるみ

あぢきなしなげきなつめそうき事にあひくる身をばすてぬものから


456

安倍清行朝臣

からことといふ所にて春のたちける日よめる

浪のおとのけさからことにきこゆるは春のしらべや改るらむ


457

兼覧王

いかがさき

かぢにあたる浪のしづくを春なればいかがさきちる花と見ざらむ


458

あほのつねみ

からさき

かの方にいつからさきにわたりけむ浪ぢはあとものこらざりけり


459

伊勢

浪の花おきからさきてちりくめり水の春とは風やなるらむ


460

つらゆき

かみやがは

うばたまのわがくろかみやかはるらむ鏡の影にふれるしらゆき


461

よどがは

あしひきの山べにをれば白雲のいかにせよとかはるる時なき


462

ただみね

かたの

夏草のうへはしげれるぬま水のゆくかたのなきわが心かな


463

源ほどこす

かつらのみや

秋くれば月のかつらのみやはなるひかりを花とちらすばかりを


464

よみ人しらず

百和香

花ごとにあかずちらしし風なればいくそばくわがうしとかは思ふ


465

しげはる

すみながし

春がすみなかしかよひぢなかりせば秋くるかりはかへらざらまし


466

みやこのよしか

おきび

流れいづる方だに見えぬ涙河おきひむ時やそこはしられむ


467

大江千里

ちまき

のちまきのおくれておふるなへなれどあだにはならぬたのみとぞきく


468

僧正聖宝

はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけて時のう たよめと人のいひければよみける


花のなかめにあくやとてわけゆけば心ぞともにちりぬべらなる










469

読人しらず

題しらず

郭公なくやさ月のあやめぐさあやめもしらぬこひもするかな


470

素性法師

おとにのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし


471

紀貫之

吉野河いは浪たかく行く水のはやくぞ人を思ひそめてし


472

藤原勝臣

白浪のあとなき方に行く舟も風ぞたよりのしるべなりける


473

在原元方

おとは山おとにききつつ相坂の関のこなたに年をふるかな


474

立帰りあはれとぞ思ふよそにても人に心をおきつ白浪


475

つらゆき

世中はかくこそ有りけれ吹く風のめに見ぬ人もこひしかりけり


476

在原業平朝臣

右近のむまばのひをりの日、むかひにたてたりける くるまのしたすだれより女のかほのほのかに見えければ、よむでつかはしける


見ずもあらず見もせぬ人のこひしくはあやなくけふやながめくらさむ


477

よみ人しらず

返し

しるしらぬなにかあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ


478

みぶのただみね

かすがのまつりにまかれりける時に、物見にいでた りける女のもとに、家をたづねてつかはせりける


かすがののゆきまをわけておひいでくる草のはつかに見えしきみはも


479

つらゆき

人の花つみしける所にまかりて、そこなりける人の もとに、のちによみてつかはしける


山ざくら霞のまよりほのかにも見てし人こそこひしかりけれ


480

もとかた

題しらず

たよりにもあらぬおもひのあやしきは心を人につくるなりけり


481

凡河内みつね

はつかりのはつかにこゑをききしより中ぞらにのみ物を思ふかな


482

つらゆき

逢ふ事はくもゐはるかになる神のおとにききつつこひ渡るかな


483

読人しらず

かたいとをこなたかなたによりかけてあはずはなにをたまのをにせむ


484

夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人をこふとて


485

かりこもの思ひみだれて我こふといもしるらめや人しつげずは


486

つれもなき人をやねたくしらつゆのおくとはなげきぬとはしのばむ


487

ちはやぶるかもの社のゆふだすきひと日も君をかけぬ日はなし


488

わがこひはむなしきそらにみちぬらし思ひやれどもゆく方もなし


489

するがなるたごの浦浪たたぬひはあれども君をこひぬ日ぞなき


490

ゆふづく夜さすやをかべの松のはのいつともわかぬこひもするかな


491

葦引の山した水のこがくれてたぎつ心をせきぞかねつる


492

吉野河いはきりとほし行く水のおとにはたてじこひはしぬとも


493

たきつせのなかにもよどはありてふをなどわがこひのふちせともなき


494

山高みした行く水のしたにのみ流れてこひむこひはしぬとも


495

思ひいづるときはの山のいはつつじいはねばこそあれこひしき物を


496

人しれずおもへばくるし紅のすゑつむ花のいろにいでなむ


497

秋の野のをばなにまじりさく花のいろにやこひむあふよしをなみ


498

わがそのの梅のほつえに鶯のねになきぬべきこひもするかな


499

あしひきの山郭公わがごとや君にこひつついねがてにする


500

夏なればやどにふすぶるかやり火のいつまでわが身したもえをせむ


501

恋せじとみたらし河にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも


502

あはれてふ事だになくはなにをかは恋のみだれのつかねをにせむ


503

おもふには忍ぶる事ぞまけにける色にはいでじとおもひし物を


504

わがこひを人しるらめや敷妙の枕のみこそしらばしるらめ


505

あさぢふのをののしの原しのぶとも人しるらめやいふ人なしに


506

人しれぬ思ひやなぞとあしかきのまぢかけれどもあふよしのなき


507

思ふともこふともあはむ物なれやゆふてもたゆくとくるしたひも


508

いで我を人なとがめそおほ舟のゆだのたゆだに物思ふころぞ


509

伊勢の海につりするあまのうけなれや心ひとつを定めかねつる


510

いせのうみのあまのつりなは打ちはへてくるしとのみや思ひ渡らむ


511

涙河何みなかみを尋ねけむ物思ふ時のわが身なりけり


512

たねしあればいはにも松はおひにけり恋をしこひばあはざらめやは


513

あさなあさな立つ河霧のそらにのみうきて思ひのある世なりけり


514

わすらるる時しなければあしたづの思ひみだれてねをのみぞなく


515

唐衣ひもゆふぐれになる時は返す返すぞ人はこひしき


516

よひよひに枕さだめむ方もなしいかにねし夜か夢に見えけむ


517

恋しきに命をかふる物ならばしにはやすくぞあるべかりける


518

人の身もならはし物をあはずしていざ心みむこひやしぬると


519

忍ぶれば苦しき物を人しれず思ふてふ事誰にかたらむ


520

こむ世にもはや成りななむ目の前につれなき人を昔とおもはむ


521

つれもなき人をこふとて山びこのこたへするまでなげきつるかな


522

ゆく水にかずかくよりもはかなきはおもはぬ人を思ふなりけり


523

人を思ふ心は我にあらねばや身の迷ふだにしられざるらむ


524

思ひやるさかひはるかになりやするまどふ夢ぢにあふ人のなき


525

夢の内にあひ見む事をたのみつつくらせるよひはねむ方もなし


526

こひしねとするわざならしむばたまのよるはすがらに夢に見えつつ


527

涙河枕ながるるうきねには夢もさだかに見えずぞありける


528

恋すればわが身は影と成りにけりさりとて人にそはぬ物ゆゑ


529

篝火にあらぬわが身のなぞもかく涙の河にうきてもゆらむ


530

かがり火の影となる身のわびしきは流れてしたにもゆるなりけり


531

はやきせに見るめおひせばわが袖の涙の河にうゑまし物を


532

おきへにもよらぬたまもの浪のうへにみだれてのみやこひ渡りなむ


533

あしがものさわぐ入江の白浪のしらずや人をかくこひむとは


534

人しれぬ思ひをつねにするがなるふじの山こそわが身なりけれ


535

とぶとりのこゑもきこえぬ奥山のふかき心を人はしらなむ


536

相坂のゆふつけどりもわがごとく人やこひしきねのみなくらむ


537

相坂の関にながるるいはし水いはで心に思ひこそすれ


538

うき草のうへはしげれるふちなれや深き心をしる人のなき


539

打ちわびてよばはむ声に山びこのこたへぬ山はあらじとぞ思ふ


540

心がへする物にもがかたこひはくるしき物と人にしらせむ


541

よそにしてこふればくるしいれひものおなじ心にいざむすびてむ


542

春たてばきゆる氷ののこりなく君が心は我にとけなむ


543

あけたてば蝉のをりはへなきくらしよるはほたるのもえこそわたれ


544

夏虫の身をいたづらになすこともひとつ思ひによりてなりけり


545

ゆふさればいとどひがたきわがそでに秋のつゆさへおきそはりつつ


546

いつとてもこひしからずはあらねども秋のゆふべはあやしかりけり


547

秋の田のほにこそ人をこひざらめなどか心に忘れしもせむ


548

あきのたのほのうへをてらすいなづまのひかりのまにも我やわするる


549

人めもる我かはあやな花すすきなどかほにいでてこひずしもあらむ


550

あは雪のたまればがてにくだけつつわが物思ひのしげきころかな


551

奥山の菅のねしのぎふる雪のけぬとかいはむこひのしげきに










552

小野小町

題しらず

思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを


553

うたたねに恋しきひとを見てしより夢てふ物は憑みそめてき


554

いとせめてこひしき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる


555

素性法師

秋風の身にさむければつれもなき人をぞたのむくるる夜ごとに


556

あべのきよゆきの朝臣

しもついづもでらに人のわざしける日、真せい法し のだうしにていへりける事を哥によみてをののこまちがもとにつかはしける


つつめども袖にたまらぬ白玉は人を見ぬめの涙なりけり


557

こまち

返し

おろかなる涙ぞそでに玉はなす我はせきあへずたきつせなれば


558

藤原としゆきの朝臣

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

恋ひわびて打ちぬる中に行きかよふ夢のただぢはうつつならなむ


559

住の江の岸による浪よるさへやゆめのかよひぢ人めよくらむ


560

をののよしき

わがこひはみ山がくれの草なれやしげさまされどしる人のなき


561

紀とものり

よひのまもはかなく見ゆる夏虫に迷ひまされるこひもするかな


562

ゆふされば蛍よりけにもゆれどもひかり見ねばや人のつれなき


563

ささのはにおく霜よりもひとりぬるわが衣手ぞさえまさりける


564

わがやどの菊のかきねにおくしものきえかへりてぞこひしかりける


565

河のせになびくたまものみがくれて人にしられぬこひもするかな


566

みぶのただみね

かきくらしふる白雪のしたぎえにきえて物思ふころにもあるかな


567

藤原おきかぜ

君こふる涙のとこにみちぬればみをつくしとぞ我はなりぬる


568

しぬるいのちいきもやすると心見に玉のをばかりあはむといはなむ


569

わびぬればしひてわすれむと思へども夢といふ物ぞ人だのめなる


570

よみ人しらず

わりなくもねてもさめてもこひしきか心をいづちやらばわすれむ


571

恋しきにわびてたましひ迷ひなばむなしきからのなにやのこらむ


572

紀つらゆき

君こふる涙しなくは唐衣むねのあたりは色もえなまし


573

題しらず

世とともに流れてぞ行く涙河冬もこほらぬみなわなりけり


574

夢ぢにもつゆやおくらむよもすがらかよへる袖のひちてかわかぬ


575

そせい法し

はかなくて夢にも人を見つる夜は朝のとこぞおきうかりける


576

藤原ただふさ

いつはりの涙なりせば唐衣しのびに袖はしぼらざらまし


577

大江千里

ねになきてひちにしかども春さめにぬれにし袖ととはばこたへむ


578

としゆきの朝臣

わがごとく物やかなしき郭公時ぞともなくよただなくらむ


579

つらゆき

さ月山こずゑをたかみ郭公なくねそらなるこひもするかな


580

凡河内みつね

秋ぎりのはるる時なき心にはたちゐのそらもおもほえなくに


581

清原ふかやぶ

虫のごと声にたててはなかねども涙のみこそしたにながるれ


582

よみ人しらず

これさだのみこの家の哥合のうた

秋なれば山とよむまでなくしかに我おとらめやひとりぬるよは


583

つらゆき

題しらず

秋ののにみだれてさける花の色のちくさに物を思ふころかな


584

みつね

ひとりして物をおもへば秋のよのいなばのそよといふ人のなき


585

ふかやぶ

人を思ふ心はかりにあらねどもくもゐにのみもなきわたるかな


586

ただみね

秋風にかきなすことのこゑにさへはかなく人のこひしかるらむ


587

つらゆき

まこもかるよどのさは水雨ふればつねよりことにまさるわがこひ


588

やまとに侍りける人につかはしける

こえぬまはよしのの山のさくら花人づてにのみききわたるかな


589

やよひばかりに物のたうびける人のもとに、又人ま かりつつせうそこすとききてつかはしける


露ならぬ心を花におきそめて風吹くごとに物思ひぞつく


590

坂上これのり

題しらず

わがこひにくらぶの山のさくら花まなくちるともかずはまさらじ


591

むねをかのおほより

冬河のうへはこほれる我なれやしたにながれてこひわたるらむ


592

ただみね

たきつせにねざしとどめぬうき草のうきたるこひも我はするかな


593

とものり

よひよひにぬぎてわがぬるかり衣かけておもはぬ時のまもなし


594

あづまぢのさやの中山なかなかになにしか人を思ひそめけむ


595

しきたへの枕のしたに海はあれど人を見るめはおひずぞ有りける


596

年をへてきえぬおもひは有りながらよるのたもとは猶こほりけり


597

つらゆき

わがこひはしらぬ山ぢにあらなくに迷ふ心ぞわびしかりける


598

紅のふりいでつつなく涙にはたもとのみこそ色まさりけれ


599

白玉と見えし涙も年ふればから紅にうつろひにけり


600

みつね

夏虫をなにかいひけむ心から我も思ひにもえぬべらなり


601

ただみね

風ふけば峯にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か


602

月影にわが身をかふる物ならばつれなき人もあはれとや見む


603

ふかやぶ

こひしなばたが名はたたじ世中のつねなき物といひはなすとも


604

つらゆき

つのくにのなにはのあしのめもはるにしげきわがこひ人しるらめや


605

手もふれで月日へにけるしらま弓おきふしよるはいこそねられね


606

人しれぬ思ひのみこそわびしけれわが歎をば我のみぞしる


607

とものり

事にいでていはぬばかりぞみなせ河したにかよひてこひしきものを


608

みつね

君をのみ思ひねにねし夢なればわが心から見つるなりけり


609

ただみね

いのちにもまさりてをしくある物は見はてぬゆめのさむるなりけり


610

はるみちのつらき

梓弓ひけば本末わが方によるこそまされこひの心は


611

みつね

わがこひはゆくへもしらずはてもなし逢ふを限と思ふばかりぞ


612

我のみぞかなしかりけるひこぼしもあはですぐせる年しなければ


613

ふかやぶ

今ははやこひしなましをあひ見むとたのめし事ぞいのちなりける


614

みつね

たのめつつあはで年ふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ


615

とものり

いのちやはなにぞはつゆのあだ物をあふにしかへばをしからなくに










616

在原業平朝臣

やよひのついたちよりしのびに人にものらいひての ちに、雨のそほふりけるによみてつかはしける


おきもせずねもせでよるをあかしては春の物とてながめくらしつ


617

としゆきの朝臣

なりひらの朝臣の家に侍りける女のもとによみてつ かはしける


つれづれのながめにまさる涙河袖のみぬれてあふよしもなし


618

なりひらの朝臣

かの女にかはりて返しによめる

あさみこそ袖はひつらめ涙河身さへ流るときかばたのまむ


619

よみ人しらず

題しらず

よるべなみ身をこそとほくへだてつれ心は君が影となりにき


620

いたづらに行きてはきぬるものゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ


621

あはぬ夜のふる白雪とつもりなば我さへともにけぬべきものを


この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が哥也

622

なりひらの朝臣

秋ののにささわけしあさの袖よりもあはでこしよぞひちまさりける


623

をののこまち

見るめなきわが身をうらとしらねばやかれなであまのあしたゆくくる


624

源むねゆきの朝臣

あはずしてこよひあけなば春の日の長くや人をつらしと思はむ


625

みぶのただみね

有りあけのつれなく見えし別より暁ばかりうき物はなし


626

在原元方

逢ふ事のなぎさにしよる浪なれば怨みてのみぞ立ち帰りける


627

よみ人しらず

かねてより風にさきだつ浪なれや逢ふ事なきにまだき立つらむ


628

ただみね

みちのくに有りといふなるなとり河なきなとりてはくるしかりけり


629

みはるのありすけ

あやなくてまだきなきなのたつた河わたらでやまむ物ならなくに


630

もとかた

人はいさ我はなきなのをしければ昔も今もしらずとをいはむ


631

よみ人しらず

こりずまに又もなきなはたちぬべし人にくからぬ世にしすまへば


632

なりひらの朝臣

ひむがしの五条わたりに人をしりおきてまかりかよ ひけり、しのびなる所なりければかどよりしもえいらで、かきのくづれよりかよひける を、たびかさなりければあるじききつけて、かのみちに夜ごとに人をふせてまもらすれ ば、いきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける


ひとしれぬわがかよひぢの関守はよひよひごとにうちもねななむ


633

つらゆき

題しらず

しのぶれどこひしき時はあしひきの山より月のいでてこそくれ


634

よみ人しらず

こひこひてまれにこよひぞ相坂のゆふつけ鳥はなかずもあらなむ


635

をののこまち

秋の夜も名のみなりけりあふといへば事ぞともなくあけぬるものを


636

凡河内みつね

ながしとも思ひぞはてぬ昔より逢ふ人からの秋のよなれば


637

よみ人しらず

しののめのほがらほがらとあけゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき


638

藤原国経朝臣

曙ぬとて今はの心つくからになどいひしらぬ思ひそふらむ


639

としゆきの朝臣

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

あけぬとてかへる道にはこきたれて雨も涙もふりそほちつつ


640


題しらず

しののめの別ををしみ我ぞまづ鳥よりさきに鳴きはじめつる


641

よみ人しらず

ほととぎす夢かうつつかあさつゆのおきて別れし暁のこゑ


642

玉匣あけば君がなたちぬべみ夜ふかくこしを人見けむかも


643

大江千里

けさはしもおきけむ方もしらざりつ思ひいづるぞきえてかなしき


644

なりひらの朝臣

人にあひてあしたによみてつかはしける

ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな


645

よみ人しらず

業平朝臣の伊勢のくににまかりたりける時、斎宮な りける人にいとみそかにあひて、又のあしたに人やるすべなくて思ひをりけるあひだ に、女のもとよりおこせたりける


きみやこし我や行きけむおもほえず夢かうつつかねてかさめてか


646

なりひらの朝臣

返し

かきくらす心のやみに迷ひにき夢うつつとは世人さだめよ


647

よみ人しらず

題しらず

むばたまのやみのうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり


648

さ夜ふけてあまのと渡る月影にあかずも君をあひ見つるかな


649

君が名もわがなもたてじなにはなるみつともいふなあひきともいはじ


650

名とり河せぜのむもれ木あらはれば如何にせむとかあひ見そめけむ


651

吉野河水の心ははやくともたきのおとにはたてじとぞ思ふ


652

こひしくはしたにをおもへ紫のねずりの衣色にいづなゆめ


653

をののはるかぜ

花すすきほにいでてこひば名ををしみしたゆふひものむすぼほれつつ


654

よみ人しらず

たちばなのきよきがしのびにあひしれりける女のも とよりおこせたりける


思ふどちひとりひとりがこひしなばたれによそへてふぢ衣きむ


655

たちばなのきよ木

返し

なきこふる涙に袖のそほちなばぬぎかへがてらよるこそはきめ


656

こまち

題しらず

うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをよくと見るがわびしさ


657

限なき思ひのままによるもこむゆめぢをさへに人はとがめじ


658

夢ぢにはあしもやすめずかよへどもうつつにひとめ見しごとはあらず


  

659

よみ人しらず

おもへども人めづつみのたかければ河と見ながらえこそわたらね


660

たきつせのはやき心をなにしかも人めづつみのせきとどむらむ


661

きのとものり

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

紅の色にはいでじかくれぬのしたにかよひてこひはしぬとも


662

みつね

題しらず

冬の池にすむにほ鳥のつれもなくそこにかよふと人にしらすな


663

ささのはにおくはつしもの夜をさむみしみはつくとも色にいでめや


664

読人しらず

山しなのおとはの山のおとにだに人のしるべくわがこひめかも


この哥、ある人、あふみのうねめのとなむ申す

665

清原ふかやぶ

みつしほの流れひるまをあひがたみみるめの浦によるをこそまて


666

平貞文

白河のしらずともいはじそこきよみ流れて世世にすまむと思へば


667

とものり

したにのみこふればくるし玉のをのたえてみだれむ人なとがめそ


668

わがこひをしのびかねてはあしひきの山橘の色にいでぬべし


669

よみ人しらず

おほかたはわが名もみなとこぎいでなむ世をうみべたに見るめすくなし


670

平貞文

枕より又しる人もなきこひを涙せきあへずもらしつるかな


671

よみ人しらず

風ふけば浪打つ岸の松なれやねにあらはれてなきぬべらなり


このうたは、ある人のいはく、かきのもとの人まろ がなり


672

池にすむ名ををし鳥の水をあさみかくるとすれどあらはれにけり


673

逢ふ事は玉の緒ばかり名のたつは吉野の河のたきつせのごと


674

むらとりのたちにしわが名今更にことなしふともしるしあらめや


675

君によりわがなは花に春霞野にも山にもたちみちにけり


676

伊勢

しるといへば枕だにせでねし物をちりならぬなのそらにたつらむ










677

よみ人しらず

題しらず

みちのくのあさかのぬまの花かつみかつ見る人にこひやわたらむ


678

あひ見ずはこひしきこともなからましおとにぞ人をきくべかりける


679

つらゆき

いその神ふるのなか道なかなかに見ずはこひしと思はましやは


680

ふぢはらのただゆき

君てへば見まれ見ずまれふじのねのめづらしげなくもゆるわがこひ


681

伊勢

夢にだに見ゆとは見えじあさなあさなわがおもかげにはづる身なれば


682

よみ人しらず

いしま行く水の白浪立ち帰りかくこそは見めあかずもあるかな


683

いせのあまのあさなゆふなにかづくてふ見るめに人をあくよしもがな


684

とものり

春霞たなびく山のさくら花見れどもあかぬ君にもあるかな


685

ふかやぶ

心をぞわりなき物と思ひぬる見る物からやこひしかるべき


686

凡河内みつね

かれはてむのちをばしらで夏草の深くも人のおもほゆるかな


687

よみ人しらず

あすかがはふちはせになる世なりとも思ひそめてむ人はわすれじ


688

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

思ふてふ事のはのみや秋をへて色もかはらぬ物にはあるらむ


689

題しらず

さむしろに衣かたしきこよひもや我をまつらむうぢのはしひめ


又は、うぢのたまひめ

690

君やこむ我やゆかむのいさよひにまきのいたどもささずねにけり


691

そせいほうし

今こむといひしばかりに長月のありあけの月をまちいでつるかな


692

よみ人しらず

月夜よしよよしと人につげやらばこてふににたりまたずしもあらず


693

君こずはねやへもいらじこ紫わがもとゆひにしもはおくとも


694

宮木ののもとあらのこはぎつゆをおもみ風をまつごときみをこそまて


695

あなこひし今も見てしか山がつのかきほにさける山となでしこ


696

つのくにのなにはおもはず山しろのとはにあひ見むことをのみこそ


697

つらゆき

しきしまややまとにはあらぬ唐衣ころもへずしてあふよしもがな


698

ふかやぶ

こひしとはたがなづけけむことならむしぬとぞただにいふべかりける


699

よみびとしらず

三吉野のおほかはのべの藤波のなみにおもはばわがこひめやは


700

かくこひむ物とは我も思ひにき心のうらぞまさしかりける


701

あまのはらふみとどろかしなる神も思ふなかをばさくるものかは


702

梓弓ひきののつづらすゑつひにわが思ふ人に事のしげけむ


この哥は、ある人、あめのみかどのあふみのうねめ にたまひけるとなむ申す


703

夏びきのてびきのいとをくりかへし事しげくともたえむと思ふな


この哥は、返しによみてたてまつりけるとなむ

704

さと人の事は夏ののしげくともかれ行くきみにあはざらめやは


705

在原業平朝臣

藤原敏行朝臣の、なりひらの朝臣の家なりける女を あひしりてふみつかはせりけることばに、いままうでく、あめのふりけるをなむ見わづ らひ侍るといへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける


かずかずにおもひおもはずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる


706

よみ人しらず

ある女の、なりひらの朝臣をところさだめずありき すとおもひて、よみてつかはしける


おほぬさのひくてあまたになりぬればおもへどえこそたのまざりけれ


707

なりひらの朝臣

返し

おほぬさと名にこそたてれながれてもつひによるせはありてふものを


708

よみ人しらず

題しらず

すまのあまのしほやく煙風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり


709

たまがつらはふ木あまたになりぬればたえぬ心のうれしげもなし


710

たがさとに夜がれをしてか郭公ただここにしもねたるこゑする


711

いで人は事のみぞよき月草のうつし心はいろことにして


712

いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれしからまし


713

いつはりと思ふものから今さらにたがまことをか我はたのまむ


714

素性法師

秋風に山のこのはのうつろへば人の心もいかがとぞ思ふ


715

とものり

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

蝉のこゑきけばかなしな夏衣うすくや人のならむと思へば


716

よみ人しらず

題しらず

空蝉の世の人ごとのしげければわすれぬもののかれぬべらなり


717

あかでこそおもはむなかははなれなめそをだにのちのわすれがたみに


718

忘れなむと思ふ心のつくからに有りしよりけにまづぞこひしき


719

わすれなむ我をうらむな郭公人の秋にはあはむともせず


720

たえずゆくあすかの河のよどみなば心あるとや人のおもはむ


この哥、ある人のいはく、なかとみのあづま人がう た也


721

よど河のよどむと人は見るらめど流れてふかき心あるものを


722

そせい法し

そこひなきふちやはさわぐ山河のあさきせにこそあだなみはたて


723

よみ人しらず

紅のはつ花ぞめの色ふかく思ひし心我わすれめや


724

河原左大臣

みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれむと思ふ我ならなくに


725

よみ人しらず

おもふよりいかにせよとか秋風になびくあさぢの色ことになる


726

千千の色にうつろふらめどしらなくに心し秋のもみぢならねば


727

小野小町

あまのすむさとのしるべにあらなくに怨みむとのみ人のいふらむ


728

しもつけのをむね

くもり日の影としなれる我なればめにこそ見えね身をばはなれず


729

つらゆき

色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはおもほえなくに


730

よみ人しらず

めづらしき人を見むとやしかもせぬわがしたひものとけわたるらむ


731

かげろふのそれかあらぬか春雨のふる日となればそでぞぬれぬる


732

ほり江こぐたななしを舟こぎかへりおなじ人にやこひわたりなむ


733

伊勢

わたつみとあれにしとこを今便にはらはばそでやあわとうきなむ


734

つらゆき

いにしへに猶立ち帰る心かなこひしきことに物わすれせで


735

大伴くろぬし

人をしのびにあひしりてあひがたくありければ、そ の家のあたりをまかりありきけるをりに、かりのなくをききてよみてつかはしける


思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人しるらめや


736

典侍藤原よるかの朝臣

右のおほいまうちぎみすまずなりにければ、かのむ かしおこせたりけるふみどもを、とりあつめて返すとてよみておくりける


たのめこし事のは今はかへしてむわが身ふるればおきどころなし


737

近院の右のおほいまうちぎみ

返し

今はとてかへす事のはひろひおきておのが物からかたみとや見む


738

よるかの朝臣

題しらず

たまほこの道はつねにもまどはなむ人をとふとも我かとおもはむ


739

よみ人しらず

まてといはばねてもゆかなむしひて行くこまのあしをれまへのたなはし


740

閑院

中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍りける 時、よみてやれりける


相坂のゆふつけ鳥にあらばこそ君がゆききをなくなくも見め


741

伊勢

題しらず

ふるさとにあらぬ物からわがために人の心のあれて見ゆらむ


742


山がつのかきほにはへるあをつづら人はくれどもことづてもなし


743

さかゐのひとざね

おほぞらはこひしき人のかたみかは物思ふごとにながめらるらむ


744

読人しらず

あふまでのかたみも我はなにせむに見ても心のなぐさまなくに


745

おきかぜ

おやのまもりける人のむすめにいとしのびにあひて ものらいひけるあひだに、おやのよぶといひければ、いそぎかへるとてもをなむぬぎお きていりにける、そののちもをかへすとてよめる


あふまでのかたみとてこそとどめけめ涙に浮ぶもくづなりけり


746

よみ人しらず

題しらず

かたみこそ今はあたなれこれなくはわするる時もあらましものを










747

在原業平朝臣

五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に、ほ いにはあらでものいひわたりけるを、む月のとをかあまりになむほかへかくれにける、 あり所はききけれどえ物もいはで、又のとしのはる、むめの花さかりに月のおもしろか りける夜、こぞをこひてかのにしのたいにいきて、月のかたぶくまであばらなるいたじ きにふせりてよめる


月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして


748

藤原なかひらの朝臣

題しらず

花すすき我こそしたに思ひしかほにいでて人にむすばれにけり


749

藤原かねすけの朝臣

よそにのみきかまし物をおとは河渡るとなしに見なれそめけむ


750

凡河内みつね

わがごとく我をおもはむ人もがなさてもやうきと世を心見む


751

もとかた

久方のあまつそらにもすまなくに人はよそにぞ思ふべらなる


752

よみびとしらず

見ても又またも見まくのほしければなるるを人はいとふべらなり


753

きのとものり

雲もなくなぎたるあさの我なれやいとはれてのみ世をばへぬらむ


754

よみ人しらず

花がたみめならぶ人のあまたあればわすられぬらむかずならぬ身は


755

うきめのみおひて流るる浦なればかりにのみこそあまはよるらめ


756

伊勢

あひにあひて物思ふころのわが袖にやどる月さへぬるるかほなる


757

よみ人しらず

秋ならでおく白露はねざめするわがた枕のしづくなりけり


758

すまのあまのしほやき衣をさをあらみまどほにあれや君がきまさぬ


759

山しろのよどのわかごもかりにだにこぬ人たのむ我ぞはかなき


760

あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ


761

暁のしぎのはねがきももはがき君がこぬ夜は我ぞかずかく


762

玉かづら今はたゆとや吹く風のおとにも人のきこえざるらむ


763

わが袖にまだき時雨のふりぬるは君が心に秋やきぬらむ


764

山の井の浅き心もおもはぬに影ばかりのみ人の見ゆらむ


765

忘草たねとらましを逢ふ事のいとかくかたき物としりせば


766

こふれども逢ふ夜のなきは忘草夢ぢにさへやおひしげるらむ


767

夢にだにあふ事かたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするる


768

けむげい法し

もろこしも夢に見しかばちかかりきおもはぬ中ぞはるけかりける


769

さだののぼる

独のみながめふるやのつまなれば人を忍ぶの草ぞおひける


770

僧正へんぜう

わがやどは道もなきまであれにけりつれなき人をまつとせしまに


771

今こむといひてわかれし朝より思ひくらしのねをのみぞなく


772

よみ人しらず

こめやとは思ふ物からひぐらしのなくゆふぐれはたちまたれつつ


773

今しはとわびにし物をささがにの衣にかかり我をたのむる


774

いまはこじと思ふ物から忘れつつまたるる事のまだもやまぬか


775

月よにはこぬ人またるかきくもり雨もふらなむわびつつもねむ


776

うゑていにし秋田かるまで見えこねばけさはつかりのねにぞなきぬる


777

こぬ人を松ゆふぐれの秋風はいかにふけばかわびしかるらむ


778

ひさしくもなりにけるかなすみのえの松はくるしき物にぞありける


779

かねみのおほきみ

住の江の松ほどひさになりぬればあしたづのねになかぬ日はなし


780

伊勢

仲平朝臣あひしりて侍りけるを、かれ方になりにけ れば、ちちがやまとのかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける


みわの山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじと思へば


781

雲林院のみこ

題しらず

吹きまよふ野風をさむみ秋はぎのうつりも行くか人の心の


782

をののこまち

今はとてわが身時雨にふりぬれば事のはさへにうつろひにけり


783

小野さだき

返し

人を思ふ心のこのはにあらばこそ風のまにまにちりもみだれめ


784

業平朝臣、きのありつねがむすめにすみけるを、 うらむることありて、しばしのあひだひるはきてゆふさりはかへりのみしければ、よ みてつかはしける


あま雲のよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆる物から


785

なりひらの朝臣

返し

ゆきかへりそらにのみしてふる事はわがゐる山の風はやみなり


786

かげのりのおほきみ

題しらず

唐衣なれば身にこそまつはれめかけてのみやはこひむと思ひし


787

とものり

秋風は身をわけてしもふかなくに人の心のそらになるらむ


788

源宗于朝臣

つれもなくなりゆく人の事のはぞ秋よりさきのもみぢなりける


789

兵衛

心地そこなへりけるころ、あひしりて侍りける人の とはで、ここちおこたりてのちとぶらへりければ、よみてつかはしける


しでの山ふもとを見てぞかへりにしつらき人よりまづこえじとて


790

こまちがあね

あひしれりける人の、やうやくかれがたになりける あひだに、やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける


時すぎてかれゆくをののあさぢには今は思ひぞたえずもえける


791

伊勢

物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに野火の もえけるを見てよめる


冬がれののべとわが身を思ひせばもえても春をまたまし物を


792

とものり

題しらず

水のあわのきえてうき身といひながら流れて猶もたのまるるかな


793

よみ人しらず

みなせ河有りて行く水なくはこそつひにわが身をたえぬと思はめ


794

みつね

吉野河よしや人こそつらからめはやくいひてし事はわすれじ


795

よみ人しらず

世中の人の心は花ぞめのうつろひやすき色にぞありける


796

心こそうたてにくけれそめざらばうつろふ事もをしからましや


797

小野小町

色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける


798

よみ人しらず

我のみや世をうくひずとなきわびむ人の心の花とちりなば


799

そせい法し

思ふともかれなむ人をいかがせむあかずちりぬる花とこそ見め


800

よみ人しらず

今はとて君がかれなばわがやどの花をばひとり見てやしのばむ


801

むねゆきの朝臣

忘草かれもやするとつれもなき人の心にしもはおかなむ


802

そせい法し

寛平御時御屏風に哥かかせ給ひける時、よみてかき ける


忘草なにをかたねと思ひしはつれなき人の心なりけり


803

題しらず

秋の田のいねてふ事もかけなくに何をうしとか人のかるらむ


804

きのつらゆき

はつかりのなきこそわたれ世中の人の心の秋しうければ


805

よみ人しらず

あはれともうしとも物を思ふ時などか涙のいとなかるらむ


806

身をうしと思ふにきえぬ物なればかくてもへぬるよにこそ有りけれ


807

典侍藤原直子朝臣

あまのかるもにすむむしの我からとねをこそなかめ世をばうら見じ


808

いなば

あひ見ぬもうきもわが身のから衣思ひしらずもとくるひもかな


809

すがののただおむ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

つれなきを今はこひじとおもへども心よわくもおつる涙か


810

伊勢

題しらず

人しれずたえなましかばわびつつもなき名ぞとだにいはましものを


811

よみ人しらず

それをだに思ふ事とてわがやどを見きとないひそ人のきかくに


812

逢ふ事のもはらたえぬる時にこそ人のこひしきこともしりけれ


813

わびはつる時さへ物の悲しきはいづこをしのぶ涙なるらむ


814

藤原おきかぜ

怨みてもなきてもいはむ方ぞなきかがみに見ゆる影ならずして


815

よみ人しらず

夕されば人なきとこを打ちはらひなげかむためとなれるわがみか


816

わたつみのわが身こす浪立ち返りあまのすむてふうらみつるかな


817

あらを田をあらすきかへしかへしても人の心を見てこそやまめ


818

有そ海の浜のまさごとたのめしは忘るる事のかずにぞ有りける


819

葦辺より雲ゐをさして行く雁のいやとほざかるわが身かなしも


820

しぐれつつもみづるよりも事のはの心の秋にあふぞわびしき


821

秋風のふきとふきぬるむさしのはなべて草ばの色かはりけり


822

小町

あきかぜにあふたのみこそかなしけれわが身むなしくなりぬと思へば


823

平貞文

秋風の吹きうらがへすくずのはのうらみても猶うらめしきかな


824

よみ人しらず

あきといへばよそにぞききしあだ人の我をふるせる名にこそ有りけれ


825

わすらるる身をうぢはしの中たえて人もかよはぬ年ぞへにける


又は、こなたかなたに人もかよはず

826

坂上これのり

あふ事をながらのはしのながらへてこひ渡るまに年ぞへにける


827

とものり

うきながらけぬるあわともなりななむ流れてとだにたのまれぬ身は


828

読人しらず

流れては妹背の山のなかにおつるよしのの河のよしや世中










829

小町たかむらの朝臣

いもうとの身まかりける時よみける

なく涙雨とふらなむわたり河水まさりなばかへりくるがに


830

そせい法し

さきのおほきおほいまうちぎみを、しらかはのあた りにおくりける夜よめる


ちの涙おちてぞたぎつ白河は君が世までの名にこそ有りけれ


831

僧都勝延

ほりかはのおほきおほいまうち君、身まかりにける 時に、深草の山にをさめてけるのちによみける


空蝉はからを見つつもなぐさめつ深草の山煙だにたて


832

かむつけのみねを

ふかくさののべの桜し心あらばことしばかりはすみぞめにさけ


833

きのとものり

藤原敏行朝臣の身まかりにける時によみてかの家に つかはしける


ねても見ゆねでも見えけりおほかたは空蝉の世ぞ夢には有りける


834

紀つらゆき

あひしれりける人の身まかりにければよめる

夢とこそいふべかりけれ世中にうつつある物と思ひけるかな


835

みぶのただみね

あひしれりける人のみまかりにける時によめる

ぬるがうちに見るをのみやは夢といはむはかなき世をもうつつとはみ ず


836

あねの身まかりにける時によめる

せをせけばふちとなりてもよどみけりわかれをとむるしがらみぞなき


837

閑院

藤原忠房がむかしあひしりて侍りける人の身まかり にける時に、とぶらひにつかはすとてよめる


さきだたぬくいのやちたびかなしきはながるる水のかへりこぬなり


838

つらゆき

きのとものりが身まかりにける時よめる

あすしらぬわが身とおもへどくれぬまのけふは人こそかなしかりけれ


839

ただみね

時しもあれ秋やは人のわかるべきあるを見るだにこひしきものを


840

凡河内みつね

ははがおもひにてよめる

神な月時雨にぬるるもみぢばはただわび人のたもとなりけり


841

ただみね

ちちがおもひにてよめる

ふぢ衣はつるるいとはわび人の涙の玉のをとぞなりける


842

つらゆき

おもひに侍りけるとしの秋、山でらへまかりけるみ ちにてよめる


あさ露のおくての山田かりそめにうき世中を思ひぬるかな


843

おもひに侍りける人をとぶらひにまかりてよめる


すみぞめの君がたもとは雲なれやたえず涙の雨とのみふる


844

よみ人しらず

女のおやのおもひにて山でらに侍りけるを、ある人 のとぶらひつかはせりければ、返事によめる


あしひきの山べに今はすみぞめの衣の袖はひる時もなし


845

たかむらの朝臣

諒闇の年池のほとりの花を見てよめる

水のおもにしづく花の色さやかにも君がみかげのおもほゆるかな


846

文屋やすひで

深草のみかどの御国忌の日よめる

草ふかき霞の谷に影かくしてるひのくれしけふにやはあらぬ


847

僧正偏昭

ふかくさのみかどの御時に、蔵人頭にてよるひるな れつかうまつりけるを、諒闇になりにければ、さらに世にもまじらずしてひえの山にの ぼりてかしらおろしてけり、その又のとし、みなひと御ぶくぬぎて、あるはかうぶりた まはりなどよろこびけるをききてよめる


みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ


848

近院右のおほいまうちぎみ

河原のおほいまうちぎみの身まかりての秋、かの家 のほとりをまかりけるに、もみぢのいろまだふかくもならざりけるを見てよみていれた りける


うちつけにさびしくもあるかもみぢばもぬしなきやどは色なかりけり


849

つらゆき

藤原たかつねの朝臣の身まかりての又のとしの夏、 ほととぎすのなきけるをききてよめる


郭公けさなくこゑにおどろけば君を別れし時にぞありける


850

きのもちゆき

さくらをうゑてありけるに、やうやく花さきぬべき 時に、かのうゑける人身まかりにければ、その花を見てよめる


花よりも人こそあだになりにけれいづれをさきにこひむとか見し


851

つらゆき

あるじ身まかりにける人の家の梅花を見てよめる


色もかも昔のこさににほへどもうゑけむ人の影ぞこひしき


852

河原の左のおほいまうちぎみの身まかりてののち、 かの家にまかりてありけるに、しほがもといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる

君まさで煙たえにししほがまの浦さびしくも見え渡るかな


853

みはるのありすけ

藤原のとしもとの朝臣の右近中将にてすみ侍りける ざうしの、身まかりてのち人もすまずなりにけるを、秋の夜ふけてものよりまうできけ るついでに見いれければ、もとありしせんざいもいとしげくあれたりけるを見て、はや くそこに侍りければむかしを思ひやりてよみける


きみがうゑしひとむらすすき虫のねのしげきのべともなりにけるかな


854

とものり

これたかのみこの、ちちの侍りけむ時によめりけむ うたどもとこひければ、かきておくりけるおくによみてかけりける


ことならば事のはさへもきえななむ見れば涙のたぎまさりけり


855

よみ人しらず

題しらず

なき人のやどにかよはば郭公かけてねにのみなくとつげなむ


856

誰見よと花さけるらむ白雲のたつのとはやくなりにし物を


857

式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるを、 いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこすみける帳のかたびらのひも にふみをゆひつけたりけるをとりて見れば、むかしのてにてこのうたをなむかきつけた りける


かずかずに我をわすれぬ物ならば山の霞をあはれとは見よ


858

よみ人しらず

をとこの人のくににまかれりけるまに、女にはかに やまひをして、いとよわくなりにける時よみおきて身まかりにける


こゑをだにきかでわかるるたまよりもなきとこにねむ君ぞかなしき


859

大江千里

やまひにわづらひ侍りける秋、心地のたのもしげな くおぼえければよみて人のもとにつかはしける


もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり


860

藤原これもと

身まかりなむとてよめる

つゆをなどあだなる物と思ひけむわが身も草におかぬばかりを


861

なりひらの朝臣

やまひしてよわくなりにける時よめる

つひにゆくみちとはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを


862

在原しげはる

かひのくににあひしりて侍りける人とぶらはむとて まかりけるを、みち中にてにはかにやまひをして、いまいまとなりにければ、よみて京 にもてまかりて母に見せよといひて、人につけ侍りけるうた


かりそめのゆきかひぢとぞ思ひこし今はかぎりのかどでなりけり










863

よみ人しらず

題しらず

わがうへに露ぞおくなるあまの河をわたる舟のかいのしづくか


864

思ふどちまとゐせる夜は唐錦たたまくをしき物にぞありける


865

うれしきをなににつつまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを


866

限なき君がためにとをる花はときしもわかぬ物にぞ有りける


ある人のいはく、この哥はさきのおほいまうち君の 也


867

紫のひともとゆゑにむさしのの草はみながらあはれとぞ見る


868

なりひらの朝臣

めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬをお くるとてよみてやりける


紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける


869

近院右のおほいまうちぎみ

大納言ふぢはらのくにつねの朝臣の、宰相より中納 言になりける時、そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる


色なしと人や見るらむ昔よりふかき心にそめてしものを


870

ふるのいまみち

いそのかみのなむまつが宮づかへもせでいその神と いふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはれりければ、よろこびいひつか はすとてよみてつかはしける


日のひかりやぶしわかねばいその神ふりにしさとに花もさきけり


871

なりひらの朝臣

二条のきさきのまだ東宮のみやすんどころと申しけ る時に、おほはらのにまうでたまひける日よめる


おほはらやをしほの山もけふこそは神世の事も思ひいづらめ


872

よしみねのむねさだ

五節のまひひめを見てよめる

あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめのすがたしばしとどめむ


873

河原の左のおほいまうちぎみ

五せちのあしたにかむざしのたまのおちたりけるを 見て、たがならむととぶらひてよめる


ぬしやたれとへどしら玉いはなくにさらばなべてやあはれとおもはむ


874

としゆきの朝臣

寛平御時うへのさぶらひに侍りけるをのこども、か めをもたせてきさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを、 くら人どもわらひて、かめをおまへにもていでてともかくもいはずなりにければ、つか ひのかへりきて、さなむありつるといひければ、くら人のなかにおくりける


玉だれのこがめやいづらこよろぎのいその浪わけおきにいでにけり


875

けむげいほうし

女どもの見てわらひければよめる

かたちこそみ山がくれのくち木なれ心は花になさばなりなむ


876

きのとものり

方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのき ぬをきせたりけるを、あしたにかへすとてよみける


蝉のはのよるの衣はうすけれどうつりがこくもにほひぬるかな


877

よみ人しらず

題しらず

おそくいづる月にもあるかな葦引の山のあなたもをしむべらなり


878

わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月を見て


879

なりひらの朝臣

おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの


880

きのつらゆき

月おもしろしとて凡河内躬恒がまうできたりけるに よめる


かつ見ればうとくもあるかな月影のいたらぬさともあらじと思へば


881

池に月の見えけるをよめる

ふたつなき物と思ひしをみなそこに山のはならでいづる月かげ


882

よみ人しらず

題しらず

あまの河雲のみをにてはやければひかりとどめず月ぞながるる


883

あかずして月のかくるる山本はあなたおもてぞこひしかりける


884

なりひらの朝臣

これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やど りにかへりて夜ひとよさけをのみ、物がたりをしけるに、十一日の月もかくれなむとし けるをりに、みこゑひてうちへいりなむとしければよみ侍りける


あかなくにまだきも月のかくるるか山のはにげていれずもあらなむ


885

あま敬信

田むらのみかどの御時に、斎院に侍りけるあきらけ いこのみこを、ははあやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを、そのことやみ にければよめる


おほぞらをてりゆく月しきよければ雲かくせどもひかりけなくに


886

よみ人しらず

題しらず

いその神ふるからをののもとかしは本の心はわすられなくに


887

いにしへの野中のし水ぬるけれど本の心をしる人ぞくむ


888

いにしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりは有りし物なり


889

今こそあれ我も昔はをとこ山さかゆく時も有りこしものを


890

世中にふりぬる物はつのくにのながらのはしと我となりけり


891

ささのはにふりつむ雪のうれをおもみ本くだちゆくわがさかりはも


892

おほあらきのもりのした草おいぬれば駒もすさめずかる人もなし


又は、さくらあさのをふのしたくさおいぬれば

893

かぞふればとまらぬ物を年といひてことしはいたくおいぞしにける


894

おしてるやなにはの水にやくしほのからくも我はおいにけるかな


又は、おほとものみつのはまべに

895

おいらくのこむとしりせばかどさしてなしとこたへてあはざらましを


このみつの哥は、昔ありけるみたりのおきなのよめ るとなむ


896

さかさまに年もゆかなむとりもあへずすぐるよはひやともにかへると


897

とりとむる物にしあらねば年月をあはれあなうとすぐしつるかな


898

とどめあへずむべもとしとはいはれけりしかもつれなくすぐるよはひ か


899

鏡山いざ立ちよりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると


この哥は、ある人のいはく、おほとものくろぬしが 也


900

業平朝臣のははのみこ長岡にすみ侍りける時に、な りひら宮づかへすとて、時時もえまかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりにははの みこのもとより、とみの事とてふみをもてまうできたり、あけて見ればことばはなくて ありけるうた


老いぬればさらぬ別もありといへばいよいよ見まくほしき君かな


901

なりひらの朝臣

返し

世中にさらぬ別のなくもがな千世もとなげく人のこのため


902

在原むねやな

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

白雪のやへふりしけるかへる山かへるがへるもおいにけるかな


903

としゆきの朝臣

おなじ御時のうへのさぶらひにてをのこどもにおほ みきたまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる


おいぬとてなどかわが身をせめきけむおいずはけふにあはましものか


904

よみ人しらず

題しらず

ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年のへぬれば


905

我見てもひさしく成りぬ住の江の岸の姫松いくよへぬらむ


906

住吉の岸のひめ松人ならばいく世かへしととはましものを


907

梓弓いそべのこ松たが世にかよろづ世かねてたねをまきけむ


この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が也


908

かくしつつ世をやつくさむ高砂のをのへにたてる松ならなくに


909

藤原おきかぜ

誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに


910

よみ人しらず

わたつ海のおきつしほあひにうかぶあわのきえぬ物からよる方もなし


911

わたつ海のかざしにさせる白砂の浪もてゆへる淡路しま山


912

わたの原よせくる浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも


913

なにはがたしほみちくらしあま衣たみのの島にたづなき渡る


914

藤原ただふさ

貫之がいづみのくにに侍りける時に、やまとよりこ えまうできてよみてつかはしける


君を思ひおきつのはまになくたづの尋ねくればぞありとだにきく


915

つらゆき

返し

おきつ浪たかしのはまの浜松の名にこそ君をまちわたりつれ


916

なにはにまかれりける時よめる

なにはがたおふるたまもをかりそめのあまとぞ我はなりぬべらなる


917

みぶのただみね

あひしれりける人の住吉にまうでけるによみてつか はしける


すみよしとあまはつぐともながゐすな人忘草おふといふなり


918

つらゆき

なにはへまかりける時、たみののしまにて雨にあひ てよめる


あめによりたみのの島をけふゆけど名にはかくれぬ物にぞ有りける


919

法皇にし河おはしましたりける日、つるすにたてり といふことを題にてよませたまひける


あしたづのたてる河辺を吹く風によせてかへらぬ浪かとぞ見る


920

伊勢

中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはじめて あそびける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、ゆふさりつかたかへりおはしまさむ としけるをりによみてたてまつりける


水のうへにうかべる舟の君ならばここぞとまりといはまし物を


921

真せいほうし

からことといふ所にてよめる

宮こまでひびきかよへるからことは浪のをすげて風ぞひきける


922

在原行平朝臣

ぬのびきのたきにてよめる

こきちらす滝の白玉ひろひおきて世のうき時の涙にぞかる


923

なりひらの朝諏

布引の滝の本にて人人あつまりて哥よみける時によ める


ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせばきに


924

承均法師

よしののたきを見てよめる

たがためにひきてさらせるぬのなれや世をへて見れどとる人もなき


925

神たい法し

題しらず

きよたきのせぜのしらいとくりためて山わけ衣おりてきましを


926

伊勢

竜門にまうでてたきのもとにてよめる

たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山姫のぬのさらすらむ


927

たちばなのながもり

朱雀院のみかどぬのびきのたき御覧ぜむとてふん月 のなぬかの日あはしましてありける時に、さぶらふ人人に哥よませたまひけるによめる


ぬしなくてさらせるぬのをたなばたにわが心とやけふはかさまし


928

ただみね

ひえの山なるおとはのたきを見てよめる

おちたぎつたきのみなかみとしつもりおいにけらしなくろきすぢなし


929

みつね

おなじたきをよめる

風ふけど所もさらぬ白雲はよをへておつる水にぞ有りける


930

三条の町

田むらの御時に女房のさぶらひにて御屏風のゑ御覧 じけるに、たきおちたりける所おもしろし、これを題にてうたよめとさぶらふ人におほ せられければよめる


おもひせく心の内のたきなれやおつとは見れどおとのきこえぬ


931

つらゆき

屏風のゑなる花をよめる

さきそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色のつねなる


932

坂上これのり

屏風のゑによみあはせてかきける

かりてほす山田のいねのきたれてなきこそわたれ秋のうければ










933

読人しらず

題しらず

世中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふはせになる


934

いく世しもあらじわが身をなぞもかくあまのかるもに思ひみだるる


935

雁のくる峯の朝霧はれずのみ思ひつきせぬ世中のうさ


936

小野たかむらの朝臣

しかりとてそむかれなくに事しあればまづなげかれぬあなう世中


937

をののさだき

かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人 につかはしける


宮こ人いかがととはば山たかみはれぬくもゐにわぶとこたへよ


938

小野小町

文屋のやすひでみかはのぞうになりて、あがた見に はえいでたたじやといひやれりける返事によめる


わびぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ


939

題しらず

あはれてふ事こそうたて世中を思ひはなれぬほだしなりけれ


940

よみ人しらず

あはれてふ事のはごとにおくつゆは昔をこふる涙なりけり


941

世中のうきもつらきもつげなくにまづしる物はなみだなりけり


942

世中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらず有りてなければ


943

よのなかにいづらわが身のありてなしあはれとやいはむあなうとやい はむ


944

山里は物の惨慄き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり


945

これたかのみこ

白雲のたえずたなびく岑にだにすめばすみぬる世にこそ有りけれ


946

ふるのいまみち

しりにけむききてもいとへ世中は浪のさわぎに風ぞしくめる


947

そせい

いづこにか世をばいとはむ心こそのにも山にもまどふべらなれ


948

よみ人しらず

世中は昔よりやはうかりけむわが身ひとつのためになれるか


949

世中をいとふ山べの草木とやあなうの花の色にいでにけむ


950

みよしのの山のあなたにやどもがな世のうき時のかくれがにせむ


951

世にふればうさこそまされみよしののいはのかけみちふみならしてむ


952

いかならむ巌の中にすまばかは世のうき事のきこえこざらむ


953

葦引の山のまにまにかくれなむうき世中はあるかひもなし


954

世中のうけくにあきぬ奥山のこのはにふれる雪やけなまし


955

もののべのよしな

おなじもじなきうた

よのうきめ見えぬ山ぢへいらむにはおもふ人こそほだしなりけれ


956

凡河内みつね

山のほうしのもとへつかはしける

世をすてて山にいる人山にても猶うき時はいづちゆくらむ


957

物思ひける時、いときなきこを見てよめる

今更になにおひいづらむ竹のこのうきふししげき世とはしらずや


958

よみ人しらず

題しらず

世にふれば事のはしげきくれ竹のうきふしごとに鶯ぞなく


959

木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしにわが身はなりぬべらなり


ある人のいはく、高津のみこの哥也

960

わが身からうき世中となづけつつ人のためさへかなしかるらむ


961

たかむらの朝臣

おきのくににながされて侍りける時によめる

思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは


962

在原行平朝臣

田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまとい ふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける


わくらばにとふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ


963

をののはるかぜ

左近将監とけて侍りける時に、女のとぶらひにおこ せたりける返事によみてつかはしける


あまびこのおとづれじとぞ今は思ふ我か人かと身をたどるよに


964

平さだふん

つかさとけて侍りける時よめる

うき世にはかどさせりとも見えなくになどかわが身のいでがてにする


965

有りはてぬいのちまつまのほどばかりうきことしげくおもはずもがな


966

みやぢのきよき

みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかう まつらずとてとけて侍りける時によめる


つくばねのこの本ごとに立ちぞよる春のみ山のかげをこひつつ


967

清原深養父

時なりける人の、にはかに時なくなりてなげくを 見て、みづからのなげきもなくよろこびもなきことを思ひてよめる


ひかりなき谷には春もよそなればさきてとくちる物思ひもなし


968

伊勢

かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へり ける御返事にたてまつれりける


久方の中におひたるさとなればひかりをのみぞたのむべらなる


969

なりひらの朝臣

紀のとしさだが阿波のすけにまかりける時に、むま のはなむけせむとて、けふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふ くるまで見えざりければつかはしける


今ぞしるくるしき物と人またむさとをばかれずとふべかりけり


970

惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらお ろしてをのといふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、ひえの山 のふもとなりければ雪いとふかかりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをがみける に、つれづれとしていと物がなしくて、かへりまうできてよみておくりける


わすれては夢かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君を見むとは


971

深草のさとにすみ侍りて京へまうでくとて、そこな りける人によみておくりける


年をへてすみこしさとをいでていなばいとど深草のとやなりなむ


972

よみ人しらず

返し

野とならばうづらとなきて年はへむかりにだにやは君がこざらむ


973

題しらず

我を君なにはの浦に有りしかばうきめをみつのあまとなりにき


この哥は、ある人、むかしをとこありけるをうな の、をとことはずなりにければ、なにはなるみつのてらにまかりてあまになりて、よみ てをとこにつかはせりけるとなむいへる


974

返し

なにはがたうらむべきまもおもほえずいづこを見つのあまとかはなる


975

今更にとふべき人もおもほえずやへむぐらしてかどさせりてへ


976

みつね

ともだちのひさしうまうでこざりけるもとによみ てつかはしける


水のおもにおふるさ月のうき草のうき事あれやねをたえてこぬ


977

人をとはでひさしうありけるをりにあひうらみけれ ばよめる


身をすててゆきやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり


978

むねをかのおほよりがこしよりまうできたりける時 に、雪のふりけるを見て、おのがおもひはこのゆきのごとくなむつもれるといひけるを りによめる


君が思ひ雪とつもらばたのまれず春よりのちはあらじとおもへば


979

宗岳大頼

返し

君をのみ思ひこしぢのしら山はいつかは雪のきゆる時ある


980

きのつらゆき

こしなりける人につかはしける

思ひやるこしの白山しらねどもひと夜も夢にこえぬよぞなき


981

よみ人しらず

題しらず

いざここにわが世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもをし


982

わがいほはみわの山もとこひしくはとぶらひきませすぎたてるかど


983

きせんほうし

わがいほは宮このたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり


984

よみ人しらず

あれにけりあはれいくよのやどなれやすみけむ人のおとづれもせぬ


985

よしみねのむねさだ

ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけ るをききてよみていれたりける


わびびとのすむべきやどと見るなへに歎きくははることのねぞする


986

二条

はつせにまうづる道に、ならの京にやどれりける時 よめる


人ふるすさとをいとひてこしかどもならの宮こもうきななりけり


987

よみ人しらず

題しらず

世中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞやどとさだむる


988

相坂の嵐のかぜはさむけれどゆくへしらねばわびつつぞぬる


989

風のうへにありかさだめぬちりの身はゆくへもしらずなりぬべらなり


990

伊勢

家をうりてよめる

あすかがはふちにもあらぬわがやどもせにかはりゆく物にぞ有りける


991

きのとものり

つくしに侍りける時にまかりかよひつつごうちける 人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける


ふるさとは見しごともあらずをののえのくちし所ぞこひしかりける


992

みちのく

女ともだちと物がたりしてわかれてのちにつかはし ける


あかざり袖のなかにやいりにけむわがたましひのなき心ちする


993

ふぢはらのただふさ

寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍りける時 に、東宮のさぶらひにてをのこどもさけたうべけるついでによみ侍りける


なよ竹のよながきうへにはつしものおきゐて物を思ふころかな


994

よみ人しらず

題しらず

風ふけばおきつ白浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ


ある人、この哥は、むかしやまとのくになりける人 のむすめに、ある人すみわたりけり、この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひ だに、このをとこかうちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆき けり、さりけれどもつらげなるけしきも見えで、かふちへいくごとにをとこの心のごと くにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたが ひて、月のおもしろかりける夜かふちへいくまねにて、せんざいのなかにかくれて見け れば、夜ふくるまでことをかきならしつつうちなげきて、この哥をよみてねにければ、 これをききてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむいひつたへたる


995

たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく


996

わすられむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬあとをとどむる


997

文屋ありすゑ

貞観御時、万葉集はいつばかりつくれるぞととはせ 給ひければよみてたてまつりける


神な月時雨ふりおけるならのはのなにおふ宮のふることぞこれ


998

大江千里

寛平御時哥たてまつりけるついでにたてまつりける


あしたづのひとりおくれてなくこゑは雲のうへまできこえつがなむ


999

ふぢはらのかちおむ

ひとしれず思ふ心は春霞たちいでてきみがめにも見えなむ


1000

伊勢

哥めしける時にたてまつるとてよみて、おくに かきつけてたてまつりける


山河のおとにのみきくももしきをはやながら見るよしもがな












短哥


1001

よみ人しらず

題しらず

あふことのまれなるいろにおもひそめわが身はつねにあまぐものはるる時なくふじのねのもえつつとはにおもへどもあふことかたしなにしかも人をうらみむわたつみのおきをふかめておもひてしおもひはいまはいたづらになりぬべらなりゆく水のたゆる時なくかくなわにおもひみだれてふるゆきの けなばけぬべく おもへども えぶの身なればなほやまずおもひはふかしあしひきの山した水のこがくれてたぎつ心をたれにかもあひかたらはむいろにいでば人しりぬべみすみぞめのゆふべになればひとりゐてあはれあはれとなげきあまりせむすべなみににはにいでてたちやすらへばしろたへの衣のそでにおくつゆのけなばけぬべくおもへどもなほなげかれぬはるがすみよそにも人にあはむとおもへば


1002

ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながう た


ちはやぶる神のみよよりくれ竹の世世にもたえずあまびこのおとはの山の はるがすみ思ひみだれてさみだれのそらもとどろにさよふけて山ほととぎすなくごとにたれもねざめてからにしきたつたの山のもみぢばを見てのみしのぶ神な月しぐれしぐれて冬の夜の庭もはだれにふるゆきの猶きえかへり年ごとに時につけつつあはれてふことをいひつつきみをのみちよにといはふ世の人のおもひするがのふじのねのもゆる思ひもあかずしてわかるるなみだ藤衣おれる心もやちくさのことのはごとにすべらぎのおほせかしこみまきまきの中につくすといせの海のうらのしほがひひろひあつめとれりとすれどたまのをのみじかき心思ひあへず猶あらたまの年をへて大宮にのみひさかたのひるよるわかずつかふとてかへりみもせぬわがよどのしのぶぐさおふるいたまあらみふる春さめのもりやしぬらむ


1003

壬生忠岑

ふるうたにくはへてたてまつれるながうた

くれ竹の世世のふることなかりせばいかほのぬまのいかにして思ふ心をのばへましあはれむかしべありきてふ人まろこそはうれしけれ身はしもながらことのはをあまつそらまできこえあげすゑのよまでのあととなし今もおほせのくだれるはちりにつげとやちりの身につもれる事をとはるらむこれをおもへばけだもののくもにほえけむ心地してちぢのなさけもおもほえずひとつ心ぞほこらしきかくはあれどもてるひかりちかきまもりの身なりしをたれかは秋のくる方にあざむきいでてみかきよりとのへもる身のみかきもりをさをさしくもおもほえずここのかさねのなかにてはあらしの風もきかざりき今はの山しちかければ春は霞にたなびかれ夏はうつせみなきくらし秋は時雨に袖をかし冬はしもにぞせめらるるかかるわびしき身ながらにつもれるとしをしるせればいつつのむつになりにけりこれにそはれるわたくしのおいのかずさへやよければ身はいやしくて年たかきことのくるしさかくしつつながらのはしのながらへてなにはのうらにたつ浪の浪のしわにやおぼほれむさすがにいのちをしければこしのくになるしら山のかしらはしろくなりぬともおとはのたきのおとにきくおいずしなずのくすりがも君がやちよをわかえつつ見む


1004

君が世にあふさか山のいはし水こがくれたりと思ひけるかな


1005

凡河内躬恒

冬のなかうた

ちはやぶら神な月とやけさよりはくもりもあへずはつ時雨紅葉とともにふるさとのよしのの山の山あらしもさむく日ごとになりゆけばたまのをとけてこきちらしあられみだれてしも氷いやかたまれるにはのおもにむらむら見ゆる冬草のうへにふりしく白雪のつもりつもりてあらたまのとしをあまたもすぐしつるかな


1006

伊勢

七条のきさきうせたまひにけるのちによみける

おきつなみあれのみまさる宮のうちはとしへてすみしいせのあまも舟ながしたる心地してよらむ方なくかなしきに涙の色のくれなゐは我らがなかの時雨にて秋のもみぢと人人はおのがちりぢりわかれなばたのむかげなくなりはててとまる物とは花すすききみなき庭にむれたちてそらをまねかばはつかりのなき渡りつつよそにこそ見め




旋頭哥


1007

よみ人しらず

題しらず

うちわたすをち方人に物まうすわれそのそこにしろくさけるはなにの花ぞも


1008

返し

春さればのべにまづさく見れどあかぬ花まひなしにただなのるべき花のななれや


1009

題しらず

はつせ河ふるかはのべにふたもとあるすぎ年をへて又もあひ見むふたもとあるすぎ


1010

つらゆき

きみがさすみかさの山のもみぢばのいろ神な月しぐれのあめのそめるなりけり




俳諧哥


1011

よみ人しらず

題しらず

梅花見にこそきつれ鶯の人く人くといとひしもをる


1012

素性法師

山吹の花色衣ぬしやたれとへどこたへずくちなしにして


1013

藤原敏行朝臣

いくばくの田をつくればか郭公しでのたをさをあさなあさなよぶ


1014

藤原かねすけの朝臣

七月六日たなばたの心をよみける

いつしかとまたく心をはぎにあげてあまのかはらをけふやわたらむ


1015

凡河内みつね

題しらず

むつごともまだつきなくにあけぬめりいづらは秋のながしてふよは


1016

僧正へんぜう

秋ののになまめきたてるをみなへしあなかしかまし花もひと時


1017

よみ人しらず

あきくればのべにたはるる女郎花いづれの人かつまで見るべき


1018

秋ぎりのはれてくもればをみなへし花のすがたぞ見えかくれする


1019

花と見てをらむとすればをみなへしうたたあるさまの名にこそ有りけれ


1020

在原むねやな

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

秋風にほころびぬらしふぢばかまつづりさせてふ蟋蟀なく


1021

清原ふかやぶ

あすはるたたむとしける日、となりの家のかたより 風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける


冬ながら春の隣のちかければなかがきよりぞ花はちりける


1022

よみ人しらず

題しらず

いその神ふりにしこひの神さびてたたるに我はいぞねかねつる


1023

枕よりあとよりこひのせめくればせむ方なみぞとこなかにをる


1024

こひしきが方も方こそ有りときけたてれをれどもなき心ちかな


1025

ありぬやと心見がてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞこひしき


1026

みみなしの山のくちなしえてしかな思ひの色のしたぞめにせむ


1027

葦引の山田のそほづおのれさへ我をほしてふうれはしきこと


1028

きのめのと

ふじのねのならぬおもひにもえばもえ神だにけたぬむなしけぶりを


1029

きのありとも

あひ見まく星はかずなく有りながら人に月なみ迷ひこそすれ


1030

小野小町

人にあはむ月のなきには思ひおきてむねはしり火に心やけをり


1031

藤原おきかぜ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた

春霞たなびくのべのわかなにもなり見てしかな人もつむやと


1032

よみ人しらず

題しらず

おもへども猶うとまれぬ春霞かからぬ山もあらじとおもへば


1033

平貞文

春の野のしげき草ばのつまごひにとびたつきじのほろろとぞなく


1034

きのよしひと

秋ののにつまなきしかの年をへてなぞわがこひのかひよとぞなく


1035

みつね

蝉の羽のひとへにうすき夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ


1036

ただみね

かくれぬのしたよりおふるねぬなはのねぬなはたてじくるないとひそ


1037

よみ人しらず

ことならば思はずとやはいひはてぬなぞ世中のたまだすきなる


1038

おもふてふ人の心のくまごとににたちかくれつつ見るよしもがな


1039

思へどもおもはずとのみいふなればいなやおもはじ思ふかひなし


1040

我をのみ思ふといはばあるべきをいでや心はおほぬさにして


1041

われを思ふ人をおもはぬむくいにやわが思ふ人の我をおもはぬ


1042

ふかやぶ

思ひけむ人をぞともにおもはましまさしやむくいなかりけりやは


1043

よみ人しらず

いでてゆかむ人をとどめむよしなきにとなりの方にはなもひぬかな


1044

紅にそめし心もたのまれず人をあくにはうつるてふなり


1045

いとはるるわが身ははるのこまなれやのがひがてらにはなちすてつゝ


1046

鶯のこぞのやどりのふるすとや我には人のつれなかるらむ


1047

さかしらに夏は人まねささのはのさやぐしもよをわがひとりぬる


1048

平中興

逢ふ事の今ははつかになりぬれば夜ふかからでは月なかりけり


1049

左のおほいまうちぎみ

もろこしのよしのの山にこもるともおくれむと思ふ我ならなくに


1050

なかき

雲はれぬあさまの山のあさましや人の心を見てこそやまめ


1051

伊勢

なにはなるながらのはしもつくるなり今はわが身をなににたとへむ


1052

よみ人しらず

まめなれどなにぞはよけくかるかやのみだれてあれどあしけくもなし


1053

おきかぜ

なにかその名の立つ事のをしからむしりてまどふは我ひとりかは


1054

くそ

いとこなりけるをとこによそへて人のいひければ


よそながらわが身にいとのよるといへばただいつはりにすぐばかりなり


1055

さぬき

題しらず

ねぎ事をさのみききけむやしろこそはてはなげきのもりとなるらめ


1056

大輔

なげきこる山としたかくなりぬればつらづゑのみぞまづつかれける


1057

よみ人しらず

なげきをばこりのみつみてあしひきの山のかひなくなりぬべらなり


1058

人こふる事をおもにとになひもてあふごなきこそわびしかりけれ


1059

よひのまにいでていりぬるみか月のわれて物思ふころにもあるかな


1060

そゑにとてとすればかかりかくすればあないひしらずあふさきるさに


1061

世中のうきたびごとに身をなげばふかき谷こそあさくなりなめ


1062

在原元方

よのなかはいかにくるしと思ふらむここらの人にうらみらるれば


1063

よみ人しらず

なにをして身のいたづらにおいぬらむ年のおもはむ事ぞやさしき


1064

おきかぜ

身はすてつ心をだにもはふらさじつひにはいかがなるとしるべく


1065

千さと

白雪の友にわが身はふりぬれど心はきえぬ物にぞありける


1066

よみ人しらず

題しらず

梅花さきてののちの身なればやすき物とのみ人のいふらむ


1067

みつね

法星にし河におはしましたりける日、さる山のかひ にさけぶといふことを題にてよませたまうける


わびしらにましらななきそあしひきの山のかひあるけふにやはあらぬ


1068

よみ人しらず

題しらず

世をいとひこのもとごとにたちよりてうつぶしぞめのあさのきぬなり










1069

おほなのびのうた

あたらしき年の始にかくしこそちとせをかねてたのしきをつめ


日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに

1070

ふるきやまとまひのうた

しもとゆふかづらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆるかな


1071

あふみぶり

近江よりあさたちくればうねののにたづぞなくなるあけぬこのよは


1072

みづくきぶり

水くきのをかのやかたにいもとあれとねてのあさけのしものふりはも


1073

しはつ山ぶり

しはつ山うちいでて見ればかさゆひのしまこぎかくるたななしをぶね




神あそびのうた


1074

とりもののうた

神がきのみむろの山のさかきばは神のみまへにしげりあひにけり


1075

しもやたびおけどかれせぬさかきばのたちさかゆべき神のきねかも


1076

まきもくのあなしの山の山人と人も見るがに山かづらせよ


1077

み山にはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり


1078

みちのくのあだちのまゆみわがひかばすゑさへよりこしのびしのびに


1079

わがかどのいたゐのし水さととほみ人しくまねばみくさおひにけり


1080

ひるめのうた

ささのくまひのくま河にこまとめてしばし水かへかげをだに見む


1081

かへしもののうた

あをやぎをかたいとによりて鶯のぬふてふ笠は梅の花がさ


1082

まがねふくきびの中山おびにせるほそたに河のおとのさやけさ


この哥は、承和の御べのきびのくにの哥

1083

美作やくめのさら山さらさらにわがなはたてじよろづよまでに


これは、みづのをの御べのみまさかのくにのうた


1084

みののくに関のふぢ河たえずして君につかへむよろづよまでに


これは、元慶の御べのみののうた

1085

きみが世は限もあらじながはまのまさごのかずはよみつくすとも


これは、仁和の御べのいせのくにの哥

1086

大伴くろぬし

近江のやかがみの山をたてたればかねてぞ見ゆる君がちとせは


これは、今上の御べのあふみのうた



東哥


1087

みちのくのうた

あぶくまに霧立ちくもりあけぬとも君をばやらじまてばすべなし


1088

みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも


1089

わがせこを宮こにやりてしほがまのまがきのしまの松ぞこひしき


1090

をぐろさきみつのこじまの人ならば宮このつとにいざといはましを


1091

みさぶらひみかさと申せ宮木ののこのしたつゆはあめにまされり


1092

もがみ河のぼればくだるいな舟のいなにはあらずこの月ばかり


1093

君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山浪もこえなむ


1094

さがみうた

こよろぎのいそたちならしいそなつむめざしぬらすなおきにをれ浪


1095

ひたちうた

つくばねのこのもかのもに影はあれど君がみかげにますかげはなし


1096

つくばねの峯のもみぢばおちつもりしるもしらぬもなべてかなしも


1097

かひうた

かひがねをさやにも見しがけけれなくよこほりふせるさやの中山


1098

かひがねをねこし山こし吹く風を人にもがもや事づてやらむ


1099

伊勢うた

をふのうらにかたえさしおほひなるなしのなりもならずもねてかたら はむ


1100

藤原敏行朝臣

冬の賀茂のまつりのうた

ちはやぶるかものやしろのひめこまつよろづ世ふともいろはかはらじ












巻第十物名部


1101

ひぐらし

そま人は宮木ひくらしあしひきの山の山びこよびとよむなり


在郭公下、空蝉上

1102

勝臣

かけりてもなにをかたまのきても見むからはほのほとなりにしものを


をがたまの木、友則下

1103

つらゆき

くれのおも

こし時とこひつつをればゆふぐれのおもかげにのみ見えわたるかな


忍草、利貞下

1104

をののこまち

おきのゐ、みやこじま

おきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまべのわかれなりけり


から事、清行下

1105

あやもち

そめどの、あはた

うきめをばよそめとのみぞのがれゆく雲のあはたつ山のふもとに


このうた、水の尾のみかどのそめどのよりあはたへ うつりたまうける時によめる 桂宮下




巻第十一


1106

奥菅の根しのぎふる雪、下

けふ人をこふる心は大井河ながるる水におとらざりけり


1107

わぎもこにあふさか山のしのすすきほにはいでずもこひわたるかな




巻第十三


1108

こひしくはしたにを思へ紫の、下

いぬがみのとこの山なるなとり河いさとこたへよわがなもらすな


この哥、ある人、あめのみかどのあふみのうねめに たまへると


1109

うねめのたてまつれる

返し

山しなのおとはのたきのおとにのみ人のしるべくわがこひめやも




巻第十四


1110

思ふてふことのはのみや秋をへて、下   そとほりひめのひとりゐてみかどをこひたてまつりて


わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも


1111

つらゆき

深養父、こひしとはたがなづけけむ事ならむ、下

みちしらばつみにもゆかむすみのえの岸におふてふこひわすれぐさ



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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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