ふるとしに春たちける日よめる
はるたちける日よめる
題しらず
二条のきさきのはるのはじめの御うた
雪の木にふりかかれるをよめる
ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみの 哥なり
二条のきさきのとう宮のみやすんどころときこえけ る時、正月三日おまへにめして、おほせごとあるあひだに、日はてりながら雪のかしら にふりかかりけるをよませ給ひける
ゆきのふりけるをよめる
春のはじめによめる
はるのはじめのうた
寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
仁和のみかどみこにおましましける時に、人にわか なたまひける御うた
哥たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる
寛平御時きさいの宮の哥合によめる
哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る
西大寺のほとりの柳をよめる
かりのこゑをききてこしへまかりにける人を思ひて よめる
帰雁をよめる
むめの花ををりてよめる
むめの花ををりて人におくりける
くらぶ山にてよめる
月夜に梅花ををりてと人のいひければ、をるとてよ める
はるのよ梅花をよめる
はつせにまうづるごとにやどりける人の家に、ひさ しくやどらで、ほどへてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむや どりはあるといひいだして侍りければ、そこにたてりけるむめの花ををりてよめる
水のほとりに梅花さけりけるをよめる
家にありける梅花のちりけるをよめる
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
人の家にうゑたりけるさくらの花さきはじめたりけ るを見てよめる
又は、さととほみ人もすさめぬ山ざくら
そめどののきさきのおまへに花がめにさくらの花を ささせ給へるを見てよめる
なぎさの院にてさくらを見てよめる
山のさくらを見てよめる
花ざかりに京を見やりてよめる
さくらの花のもとにて年のおいぬることをなげきて よめる
をれるさくらをよめる
やよひにうるふ月ありける年よみける
さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人の きたりける時によみける
返し
さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人 によみておくりける
亭子院哥合の時よめる
僧正遍昭によみておくりける
雲林院にてさくらの花のちりけるを見てよめる
さくらの花のちり侍りけるを見てよみける
うりむゐんにてさくらの花をよめる
あひしれりける人のまうできてかへりにけるのちに よみて花にさしてつかはしける
心地そこなひてわづらひける時に、風にあたらじと ておろしこめてのみ侍りけるあひだに、をれるさくらのちりがたになれりけるを見てよ める
東宮雅院にてさくらの花のみかは水にちりてながれ けるを見てよめる
さくらの花のちりけるをよみける
さくらのごととくちる物はなしと人のいひければよ める
桜の花のちるをよめる
春宮のたちはきのぢんにてさくらの花のちるをよめ る
さくらのちるをよめる
ひえにのぼりてかへりまうできてよめる
亭子院哥合哥
ならのみかどの御うた
はるのうたとてよめる
うりむゐんのみこのもとに、花見にきた山のほとり にまかれりける時によめる
うつろへる花を見てよめる
仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとてしける 時によみける
うぐひすのなくをよめる
鶯の花の木にてなくをよめる
仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとしける時 によめる
しがの山ごえに女のおほくあへりけるに、よみてつ かはしける
山でらにまうでたりけるによめる
しがよりかへりけるをうなどもの花山にいりて ふぢの花のもとにたちよりてかへりけるに、よみておくりける
家にふぢの花のさけりけるを、人のたちとまりて見 けるをよめる
よしの河のほとりに山ぶきのさけりけるをよめる
この哥は、ある人のいはく、たちばなのきよとも が哥なり
春の哥とてよめる
はるのとくすぐるをよめる
やよひにうぐひすのこゑのひさしうきこえざりける をよめる
やよひのつごもりがたに山をこえけるに、山河より 花のながれけるをよめる
はるををしみてよめる
やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女 どもを見てよめる
やよひのつごもりの日あめのふりけるに、ふぢの花 ををりて人につかはしける
亭子院の哥合のはるのはてのうた
このうた、ある人のいはく、かきのもとの人まろが 也
う月にさけるさくらを見てよめる
おとは山をこえける時に郭公のなくをききてよめる
郭公のはじめてなきけるをききてよめる
ならのいその神でらにて郭公のなくをよめる
郭公のなくをききてよめる
さぶらひにてをのこどものさけたうべけるに、めし て郭公まつうたよめとありければよめる
山に郭公のなきけるをききてよめる
はやくすみける所にてほととぎすのなきけるを ききてよめる
郭公のなきけるをききてよめる
はちすのつゆを見てよめる
月のおもしろかりける夜、あかつきがたによめる
となりよりとこなつの花をこひにおこせたりけれ ば、をしみてこのうたをよみてつかはしける
みな月のつごもりの日よめる
秋立つ日よめる
秋たつ日、うへのをのこどもかものかはらにかはせ うえうしけるともにまかりてよめる
寛平御時なぬかの夜、うへにさぶらふをのこども、 哥たてまつれとおほせられける時に、人にかはりてよめる
おなじ御時きさいの宮の哥合のうた
なぬかの日の夜よめる>
なぬかの夜のあかつきによめる
やうかの日よめる
これさだのみこの家の哥合のうた
かむなりのつぼに人人あつまりて秋のよをしむ哥よ みけるついでによめる
これさだのみこの家の哥合によめる
月をよめる
人のもとにまかれりける夜、きりぎりすのなきける をききてよめる
はつかりをよめる
このうたはある人のいはく、柿本の人まろが也と
かりのなきけるをききてよめる
むかしあひしりて侍りける人の、秋ののにあひて物 がたりしけるついでによめる
ある人のいはく、この哥はならのみかどの御哥なり と
是貞のみこの家の哥合によめる
僧正遍昭がもとにならへまかりける時に、をとこ山 にてをみなへしを見てよめる
是貞のみこの家の哥合のうた
朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうゑたり けるを見てよめる
寛平御時、蔵人所のをのこどもさがのに花見むとてまかりたりける時、かへるとてみな哥よみけるついでによめる
ふぢばかまをよみて人につかはしける
ふぢばかまをよめる
仁和のみかどみこにおはしましける時、ふるのた き御覧ぜむとておはしましけるみちに、遍昭がははの家にやどりたまへりける時に、 庭を秋ののにつくりて、おほむ物がたりのついでによみてたてまつりける
秋の哥合しける時によめる
貞観御時、綾綺殿のまへに梅の木ありけり、にしの 方にさせりけるえだのもみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどものよみける ついでによめる
いしやまにまうでける時、おとは山のもみぢを見て よめる
もる山のほとりにてよめる
秋のうたとてよめる
神のやしろのあたりをまかりける時にいがきのうち のもみぢを見てよめる
やまとのくににまかりける時、さほ山にきりのたて りけるを見てよめる
人のせんざいにきくにむすびつけてうゑけるうた
寛平御時きくの花をよませたまうける
この哥は、まだ殿上ゆるされざりける時にめしあげ られてつかうまつれるとなむ
おなじ御時せられけるきくあはせに、すはまをつく りて菊の花うゑたりけるにくはへたりけるうた、ふきあげのはまのかたにきくうゑたり けるによめる
仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる
菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる
おほさはの池のかたにきくうゑたるをよめる
世中のはかなきことを思ひけるをりにきくの花を見 てよみける
しらぎくの花をよめる
仁和寺にきくのはなめしける時に、うたそへてたて まつれとおほせられければ、よみてたてまつりける
人の家なりけるきくの花をうつしうゑたりけるをよ める
みやづかへひさしうつかうまつらで山ざとにこもり 侍りけるによめる
この哥は、ある人、ならのみかどの御哥なりとなむ 申す
又は、あすかがはもみぢばながる
うりむゐんの木のかげにたたずみてよみける
二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風 にたつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる
北山に紅葉をらむとてまかれりける時によめる
秋のうた
をのといふ所にすみ侍りける時もみぢを見てよめる
神なびの山をすぎて竜田河をわたりける時に、もみ ぢのながれけるをよめる
たつた河のほとりにてよめる
しがの山ごえにてよめる
池のほとりにてもみぢのちるをよめる
亭子院の御屏風のゑに、河わたらむとする人のもみ ぢのちる木のもとにむまをひかへてたてるをよませたまひければつかうまつりける
北山に僧正へんぜうとたけがりにまかれりけるによ める
寛平御時ふるきうたたてまつれとおほせられけれ ば、たつた河もみぢばながるといふ哥をかきて、そのおなじ心をよめりける
秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる
なが月のつごもりの日大井にてよめる
おなじつごもりの日よめる
冬の哥とてよめる
冬のうたとて
ならの京にまかれりける時にやどれりける所にてよ める
雪のふれるを見てよめる
ゆきのふりけるをよみける
雪の木にふりかかれりけるをよめる
やまとのくににまかれりける時に、ゆきのふりける を見てよめる
この哥は、ある人のいはく、柿本人まろが哥なり
梅花にゆきのふれるをよめる
雪のうちの梅花をよめる
ゆきのふりけるを見てよめる
物へまかりける人をまちてしはすのつごもりによめ る
年のはてによめる
仁和の御時僧正遍昭に七十賀たまひける時の御哥
仁和のみかどのみこにおはしましける時に、御をば のやそぢの賀にしろかねをつゑにつくれりけるを見て、かの御をばにかはりてよみける
ほりかはのおほいまうちぎみの四十賀、九条の家に てしける時によめる
さだときのみこのをばのよそぢの賀を大井にてしけ る日よめる
さだやすのみこのきさいの宮の五十の賀たてまつり ける御屏風に、さくらの花のちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる
もとやすのみこの七十の賀のうしろの屏風によみて かきける
藤原三善が六十賀によみける
この哥は、ある人、在原のときはるがともいふ
よしみねのつねなりがよそぢの賀にむすめにかはり てよみ侍りける
内侍のかみの右大将ふぢはらの朝臣の四十賀しける 時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた
夏
秋
冬
春宮のむまれたまへりける時にまゐりてよめる
をののちふるがみちのくのすけにまかりける時に、 ははのよめる
さだときのみこの家にて、ふぢはらのきよふがあふ みのすけにまかりける時に、むまのはなむけしける夜よめる
こしへまかりける人によみてつかはしける
人のむまのはなむけにてよめる
ともだちの人のくにへまかりけるによめる
あづまの方へまかりける人によみてつかはしける
あふさかにて人をわかれける時によめる
このうたは、ある人、つかさをたまはりてあたらし きめにつきて、としへてすみける人をすてて、ただあすなむたつとばかりいへりける時 に、ともかうもいはでよみてつかはしける
ひたちへまかりける時に、ふぢはらのきみとしによ みてつかはしける
きのむねさだがあづまへまかりける時に、人の家に やどりて、暁いでたつとてまかり申ししければ、女のよみていだせりける
あひしりて侍りける人のあづまの方へまかりけるを おくるとてよめる
とものあづまへまかりける時によめる
みちのくにへまかりける人によみてつかはしける
人をわかれける時によみける
あひしれりける人のこしのくににまかりて、としへ て京にまうできて、又かへりける時によめる
こしのくにへまかりける人によみてつかはしける
おとはの山のほとりにて人をわかるとてよめる
藤原ののちかげがからもののつかひに、なが月の つごもりがたにまかりけるに、うへのをのこどもさけたうびけるついでによめる
源のさねがつくしへゆあみむとてまかりけるに、山 ざきにてわかれをしみける所にてよめる
山ざきより神なびのもりまでおくりに人人まかり て、かへりがてにしてわかれをしみけるによめる
今はこれよりかへりねとさねがいひけるをりによみ ける
藤原のこれをかがむさしのすけにまかりける時に、 おくりにあふさかをこゆとてよみける
おほえのちふるがこしへまかりけるむまのはなむけ によめる
人の花山にまうできて、ゆふさりつかたかへりなむ としける時によめる
山にのぼりてかへりまうできて、人人わかれけるつ いでによめる
うりむゐんのみこの舎利会に山にのぼりてかへりけ るに、さくらの花のもとにてよめる
仁和のみかどみこにおはしましける時に、ふるのた き御覧じにおはしましてかへりたまひけるによめる
かむなりのつぼにめしたりける日、おほみきなどた うべてあめのいたくふりければ、ゆふさりまで侍りてまかりいでけるをりに、さか月を とりて
とよめりけるかへし
かねみのおほきみにはじめて物がたりして、わかれ ける時によめる
しがの山ごえにて、いしゐのもとにてものいひける 人のわかれけるをりによめる
みちにあへりける人のくるまにものをいひつきて、 わかれける所にてよめる
もろこしにて月を見てよみける
この哥は、むかしなかまろをもろこしにものならは しにつかはしたりけるに、あまたのとしをへてえかへりまうでこざりけるを、このくに より又つかひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとていでたちけるに、めいし うといふ所のうみべにてかのくにの人むまのはなむけしけり、よるになりて月のいとお もしろくさしいでたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる
おきのくににながされける時に、舟にのりていでた つとて、京なる人のもとにつかはしける
このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が哥也
あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひてい きけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたりけるに、その河のほとりにかきつばた いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじを くのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる
むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみ だ河のほとりにいたりて、みやこのいとこひしうおぼえければ、しばし河のほとりにお りゐて思ひやれば、かぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わた しもりはや舟にのれ、日くれぬといひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人も のわびしくて京におもふ人なくしもあらず、さるをりにしろきとりのはしとあしとあか き、河のほとりにあそびけり、京には見えぬとりなりければみな人見しらず、わたしも りにこれはなにとりぞととひければ、これなむみやこどりといひけるをききてよめる
このうたは、ある人、をとこ女もろともに人のくに へまかりけり、をとこまかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へかへり けるみちに、かへるかりのなきけるをききてよめるとなむいふ
あづまの方より京へまうでくとて、みちにてよめる
こしのくにへまかりける時しら山を見てよめる
あづまへまかりける時みちにてよめる
かひのくにへまかりける時みちにてよめる
たじまのくにのゆへまかりける時に、ふたみのうら といふ所にとまりて、ゆふさりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人のうたよ みけるついでによめる
これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あ まの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでに、みこのいひけら く、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみて、さかづきはさせといひければよ める
みここのうたを返す返すよみつつ返しえせずなりに ければ、ともに侍りてよめる
朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山に てよみける
うぐひす
ほととぎす
うつせみ
うめ
かにはざくら
すもものはな
からもものはな
たちばな
をがたまの木
やまがきの木
あふひ、かつら
くたに
さうび
をみなへし
朱雀院のをみなへしあはせの時に、をみなへしとい ふいつもじをくのかしらにおきてよめる
きちかうの花
しをに
りうたむのはな
をばな
けにごし
二条の后春宮のみやすん所と申しける時に、めどに けづり花させりけるをよませたまひける
しのぶぐさ
やまし
からはぎ
かはなぐさ
さがりごけ
にがたけ
かはたけ
わらび
ささ、まつ、びは、ばせをば
なし、なつめ、くるみ
からことといふ所にて春のたちける日よめる
いかがさき
からさき
かみやがは
よどがは
かたの
かつらのみや
百和香
すみながし
おきび
ちまき
はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけて時のう たよめと人のいひければよみける
右近のむまばのひをりの日、むかひにたてたりける くるまのしたすだれより女のかほのほのかに見えければ、よむでつかはしける
かすがのまつりにまかれりける時に、物見にいでた りける女のもとに、家をたづねてつかはせりける
人の花つみしける所にまかりて、そこなりける人の もとに、のちによみてつかはしける
しもついづもでらに人のわざしける日、真せい法し のだうしにていへりける事を哥によみてをののこまちがもとにつかはしける
やまとに侍りける人につかはしける
やよひばかりに物のたうびける人のもとに、又人ま かりつつせうそこすとききてつかはしける
やよひのついたちよりしのびに人にものらいひての ちに、雨のそほふりけるによみてつかはしける
なりひらの朝臣の家に侍りける女のもとによみてつ かはしける
かの女にかはりて返しによめる
この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が哥也
ひむがしの五条わたりに人をしりおきてまかりかよ ひけり、しのびなる所なりければかどよりしもえいらで、かきのくづれよりかよひける を、たびかさなりければあるじききつけて、かのみちに夜ごとに人をふせてまもらすれ ば、いきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける
人にあひてあしたによみてつかはしける
業平朝臣の伊勢のくににまかりたりける時、斎宮な りける人にいとみそかにあひて、又のあしたに人やるすべなくて思ひをりけるあひだ に、女のもとよりおこせたりける
たちばなのきよきがしのびにあひしれりける女のも とよりおこせたりける
この哥、ある人、あふみのうねめのとなむ申す
このうたは、ある人のいはく、かきのもとの人まろ がなり
又は、うぢのたまひめ
この哥は、ある人、あめのみかどのあふみのうねめ にたまひけるとなむ申す
この哥は、返しによみてたてまつりけるとなむ
藤原敏行朝臣の、なりひらの朝臣の家なりける女を あひしりてふみつかはせりけることばに、いままうでく、あめのふりけるをなむ見わづ らひ侍るといへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける
ある女の、なりひらの朝臣をところさだめずありき すとおもひて、よみてつかはしける
この哥、ある人のいはく、なかとみのあづま人がう た也
人をしのびにあひしりてあひがたくありければ、そ の家のあたりをまかりありきけるをりに、かりのなくをききてよみてつかはしける
右のおほいまうちぎみすまずなりにければ、かのむ かしおこせたりけるふみどもを、とりあつめて返すとてよみておくりける
中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍りける 時、よみてやれりける
おやのまもりける人のむすめにいとしのびにあひて ものらいひけるあひだに、おやのよぶといひければ、いそぎかへるとてもをなむぬぎお きていりにける、そののちもをかへすとてよめる
五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に、ほ いにはあらでものいひわたりけるを、む月のとをかあまりになむほかへかくれにける、 あり所はききけれどえ物もいはで、又のとしのはる、むめの花さかりに月のおもしろか りける夜、こぞをこひてかのにしのたいにいきて、月のかたぶくまであばらなるいたじ きにふせりてよめる
仲平朝臣あひしりて侍りけるを、かれ方になりにけ れば、ちちがやまとのかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける
業平朝臣、きのありつねがむすめにすみけるを、 うらむることありて、しばしのあひだひるはきてゆふさりはかへりのみしければ、よ みてつかはしける
心地そこなへりけるころ、あひしりて侍りける人の とはで、ここちおこたりてのちとぶらへりければ、よみてつかはしける
あひしれりける人の、やうやくかれがたになりける あひだに、やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける
物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに野火の もえけるを見てよめる
寛平御時御屏風に哥かかせ給ひける時、よみてかき ける
又は、こなたかなたに人もかよはず
いもうとの身まかりける時よみける
さきのおほきおほいまうちぎみを、しらかはのあた りにおくりける夜よめる
ほりかはのおほきおほいまうち君、身まかりにける 時に、深草の山にをさめてけるのちによみける
藤原敏行朝臣の身まかりにける時によみてかの家に つかはしける
あひしれりける人の身まかりにければよめる
あひしれりける人のみまかりにける時によめる
あねの身まかりにける時によめる
藤原忠房がむかしあひしりて侍りける人の身まかり にける時に、とぶらひにつかはすとてよめる
きのとものりが身まかりにける時よめる
ははがおもひにてよめる
ちちがおもひにてよめる
おもひに侍りけるとしの秋、山でらへまかりけるみ ちにてよめる
おもひに侍りける人をとぶらひにまかりてよめる
女のおやのおもひにて山でらに侍りけるを、ある人 のとぶらひつかはせりければ、返事によめる
諒闇の年池のほとりの花を見てよめる
深草のみかどの御国忌の日よめる
ふかくさのみかどの御時に、蔵人頭にてよるひるな れつかうまつりけるを、諒闇になりにければ、さらに世にもまじらずしてひえの山にの ぼりてかしらおろしてけり、その又のとし、みなひと御ぶくぬぎて、あるはかうぶりた まはりなどよろこびけるをききてよめる
河原のおほいまうちぎみの身まかりての秋、かの家 のほとりをまかりけるに、もみぢのいろまだふかくもならざりけるを見てよみていれた りける
藤原たかつねの朝臣の身まかりての又のとしの夏、 ほととぎすのなきけるをききてよめる
さくらをうゑてありけるに、やうやく花さきぬべき 時に、かのうゑける人身まかりにければ、その花を見てよめる
あるじ身まかりにける人の家の梅花を見てよめる
河原の左のおほいまうちぎみの身まかりてののち、 かの家にまかりてありけるに、しほがもといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる 君まさで煙たえにししほがまの浦さびしくも見え渡るかな 853 みはるのありすけ 藤原のとしもとの朝臣の右近中将にてすみ侍りける ざうしの、身まかりてのち人もすまずなりにけるを、秋の夜ふけてものよりまうできけ るついでに見いれければ、もとありしせんざいもいとしげくあれたりけるを見て、はや くそこに侍りければむかしを思ひやりてよみける きみがうゑしひとむらすすき虫のねのしげきのべともなりにけるかな 854 とものり これたかのみこの、ちちの侍りけむ時によめりけむ うたどもとこひければ、かきておくりけるおくによみてかけりける ことならば事のはさへもきえななむ見れば涙のたぎまさりけり 855 よみ人しらず 題しらず なき人のやどにかよはば郭公かけてねにのみなくとつげなむ 856 誰見よと花さけるらむ白雲のたつのとはやくなりにし物を 857 式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるを、 いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこすみける帳のかたびらのひも にふみをゆひつけたりけるをとりて見れば、むかしのてにてこのうたをなむかきつけた りける かずかずに我をわすれぬ物ならば山の霞をあはれとは見よ 858 よみ人しらず をとこの人のくににまかれりけるまに、女にはかに やまひをして、いとよわくなりにける時よみおきて身まかりにける こゑをだにきかでわかるるたまよりもなきとこにねむ君ぞかなしき 859 大江千里 やまひにわづらひ侍りける秋、心地のたのもしげな くおぼえければよみて人のもとにつかはしける もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり 860 藤原これもと 身まかりなむとてよめる つゆをなどあだなる物と思ひけむわが身も草におかぬばかりを 861 なりひらの朝臣 やまひしてよわくなりにける時よめる つひにゆくみちとはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを 862 在原しげはる かひのくににあひしりて侍りける人とぶらはむとて まかりけるを、みち中にてにはかにやまひをして、いまいまとなりにければ、よみて京 にもてまかりて母に見せよといひて、人につけ侍りけるうた かりそめのゆきかひぢとぞ思ひこし今はかぎりのかどでなりけり 863 よみ人しらず 題しらず わがうへに露ぞおくなるあまの河をわたる舟のかいのしづくか 864 思ふどちまとゐせる夜は唐錦たたまくをしき物にぞありける 865 うれしきをなににつつまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを 866 限なき君がためにとをる花はときしもわかぬ物にぞ有りける ある人のいはく、この哥はさきのおほいまうち君の 也 867 紫のひともとゆゑにむさしのの草はみながらあはれとぞ見る 868 なりひらの朝臣 めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬをお くるとてよみてやりける 紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける 869 近院右のおほいまうちぎみ 大納言ふぢはらのくにつねの朝臣の、宰相より中納 言になりける時、そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる 色なしと人や見るらむ昔よりふかき心にそめてしものを 870 ふるのいまみち いそのかみのなむまつが宮づかへもせでいその神と いふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはれりければ、よろこびいひつか はすとてよみてつかはしける 日のひかりやぶしわかねばいその神ふりにしさとに花もさきけり 871 なりひらの朝臣 二条のきさきのまだ東宮のみやすんどころと申しけ る時に、おほはらのにまうでたまひける日よめる おほはらやをしほの山もけふこそは神世の事も思ひいづらめ 872 よしみねのむねさだ 五節のまひひめを見てよめる あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめのすがたしばしとどめむ 873 河原の左のおほいまうちぎみ 五せちのあしたにかむざしのたまのおちたりけるを 見て、たがならむととぶらひてよめる ぬしやたれとへどしら玉いはなくにさらばなべてやあはれとおもはむ 874 としゆきの朝臣 寛平御時うへのさぶらひに侍りけるをのこども、か めをもたせてきさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを、 くら人どもわらひて、かめをおまへにもていでてともかくもいはずなりにければ、つか ひのかへりきて、さなむありつるといひければ、くら人のなかにおくりける 玉だれのこがめやいづらこよろぎのいその浪わけおきにいでにけり 875 けむげいほうし 女どもの見てわらひければよめる かたちこそみ山がくれのくち木なれ心は花になさばなりなむ 876 きのとものり 方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのき ぬをきせたりけるを、あしたにかへすとてよみける 蝉のはのよるの衣はうすけれどうつりがこくもにほひぬるかな 877 よみ人しらず 題しらず おそくいづる月にもあるかな葦引の山のあなたもをしむべらなり 878 わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月を見て 879 なりひらの朝臣 おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの 880 きのつらゆき 月おもしろしとて凡河内躬恒がまうできたりけるに よめる かつ見ればうとくもあるかな月影のいたらぬさともあらじと思へば 881 池に月の見えけるをよめる ふたつなき物と思ひしをみなそこに山のはならでいづる月かげ 882 よみ人しらず 題しらず あまの河雲のみをにてはやければひかりとどめず月ぞながるる 883 あかずして月のかくるる山本はあなたおもてぞこひしかりける 884 なりひらの朝臣 これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やど りにかへりて夜ひとよさけをのみ、物がたりをしけるに、十一日の月もかくれなむとし けるをりに、みこゑひてうちへいりなむとしければよみ侍りける あかなくにまだきも月のかくるるか山のはにげていれずもあらなむ 885 あま敬信 田むらのみかどの御時に、斎院に侍りけるあきらけ いこのみこを、ははあやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを、そのことやみ にければよめる おほぞらをてりゆく月しきよければ雲かくせどもひかりけなくに 886 よみ人しらず 題しらず いその神ふるからをののもとかしは本の心はわすられなくに 887 いにしへの野中のし水ぬるけれど本の心をしる人ぞくむ 888 いにしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりは有りし物なり 889 今こそあれ我も昔はをとこ山さかゆく時も有りこしものを 890 世中にふりぬる物はつのくにのながらのはしと我となりけり 891 ささのはにふりつむ雪のうれをおもみ本くだちゆくわがさかりはも 892 おほあらきのもりのした草おいぬれば駒もすさめずかる人もなし 又は、さくらあさのをふのしたくさおいぬれば 893 かぞふればとまらぬ物を年といひてことしはいたくおいぞしにける 894 おしてるやなにはの水にやくしほのからくも我はおいにけるかな 又は、おほとものみつのはまべに 895 おいらくのこむとしりせばかどさしてなしとこたへてあはざらましを このみつの哥は、昔ありけるみたりのおきなのよめ るとなむ 896 さかさまに年もゆかなむとりもあへずすぐるよはひやともにかへると 897 とりとむる物にしあらねば年月をあはれあなうとすぐしつるかな 898 とどめあへずむべもとしとはいはれけりしかもつれなくすぐるよはひ か 899 鏡山いざ立ちよりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると この哥は、ある人のいはく、おほとものくろぬしが 也 900 業平朝臣のははのみこ長岡にすみ侍りける時に、な りひら宮づかへすとて、時時もえまかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりにははの みこのもとより、とみの事とてふみをもてまうできたり、あけて見ればことばはなくて ありけるうた 老いぬればさらぬ別もありといへばいよいよ見まくほしき君かな 901 なりひらの朝臣 返し 世中にさらぬ別のなくもがな千世もとなげく人のこのため 902 在原むねやな 寛平御時きさいの宮の哥合のうた 白雪のやへふりしけるかへる山かへるがへるもおいにけるかな 903 としゆきの朝臣 おなじ御時のうへのさぶらひにてをのこどもにおほ みきたまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる おいぬとてなどかわが身をせめきけむおいずはけふにあはましものか 904 よみ人しらず 題しらず ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年のへぬれば 905 我見てもひさしく成りぬ住の江の岸の姫松いくよへぬらむ 906 住吉の岸のひめ松人ならばいく世かへしととはましものを 907 梓弓いそべのこ松たが世にかよろづ世かねてたねをまきけむ この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が也 908 かくしつつ世をやつくさむ高砂のをのへにたてる松ならなくに 909 藤原おきかぜ 誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに 910 よみ人しらず わたつ海のおきつしほあひにうかぶあわのきえぬ物からよる方もなし 911 わたつ海のかざしにさせる白砂の浪もてゆへる淡路しま山 912 わたの原よせくる浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも 913 なにはがたしほみちくらしあま衣たみのの島にたづなき渡る 914 藤原ただふさ 貫之がいづみのくにに侍りける時に、やまとよりこ えまうできてよみてつかはしける 君を思ひおきつのはまになくたづの尋ねくればぞありとだにきく 915 つらゆき 返し おきつ浪たかしのはまの浜松の名にこそ君をまちわたりつれ 916 なにはにまかれりける時よめる なにはがたおふるたまもをかりそめのあまとぞ我はなりぬべらなる 917 みぶのただみね あひしれりける人の住吉にまうでけるによみてつか はしける すみよしとあまはつぐともながゐすな人忘草おふといふなり 918 つらゆき なにはへまかりける時、たみののしまにて雨にあひ てよめる あめによりたみのの島をけふゆけど名にはかくれぬ物にぞ有りける 919 法皇にし河おはしましたりける日、つるすにたてり といふことを題にてよませたまひける あしたづのたてる河辺を吹く風によせてかへらぬ浪かとぞ見る 920 伊勢 中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはじめて あそびける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、ゆふさりつかたかへりおはしまさむ としけるをりによみてたてまつりける 水のうへにうかべる舟の君ならばここぞとまりといはまし物を 921 真せいほうし からことといふ所にてよめる 宮こまでひびきかよへるからことは浪のをすげて風ぞひきける 922 在原行平朝臣 ぬのびきのたきにてよめる こきちらす滝の白玉ひろひおきて世のうき時の涙にぞかる 923 なりひらの朝諏 布引の滝の本にて人人あつまりて哥よみける時によ める ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせばきに 924 承均法師 よしののたきを見てよめる たがためにひきてさらせるぬのなれや世をへて見れどとる人もなき 925 神たい法し 題しらず きよたきのせぜのしらいとくりためて山わけ衣おりてきましを 926 伊勢 竜門にまうでてたきのもとにてよめる たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山姫のぬのさらすらむ 927 たちばなのながもり 朱雀院のみかどぬのびきのたき御覧ぜむとてふん月 のなぬかの日あはしましてありける時に、さぶらふ人人に哥よませたまひけるによめる ぬしなくてさらせるぬのをたなばたにわが心とやけふはかさまし 928 ただみね ひえの山なるおとはのたきを見てよめる おちたぎつたきのみなかみとしつもりおいにけらしなくろきすぢなし 929 みつね おなじたきをよめる 風ふけど所もさらぬ白雲はよをへておつる水にぞ有りける 930 三条の町 田むらの御時に女房のさぶらひにて御屏風のゑ御覧 じけるに、たきおちたりける所おもしろし、これを題にてうたよめとさぶらふ人におほ せられければよめる おもひせく心の内のたきなれやおつとは見れどおとのきこえぬ 931 つらゆき 屏風のゑなる花をよめる さきそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色のつねなる 932 坂上これのり 屏風のゑによみあはせてかきける かりてほす山田のいねのきたれてなきこそわたれ秋のうければ 933 読人しらず 題しらず 世中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふはせになる 934 いく世しもあらじわが身をなぞもかくあまのかるもに思ひみだるる 935 雁のくる峯の朝霧はれずのみ思ひつきせぬ世中のうさ 936 小野たかむらの朝臣 しかりとてそむかれなくに事しあればまづなげかれぬあなう世中 937 をののさだき かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人 につかはしける 宮こ人いかがととはば山たかみはれぬくもゐにわぶとこたへよ 938 小野小町 文屋のやすひでみかはのぞうになりて、あがた見に はえいでたたじやといひやれりける返事によめる わびぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ 939 題しらず あはれてふ事こそうたて世中を思ひはなれぬほだしなりけれ 940 よみ人しらず あはれてふ事のはごとにおくつゆは昔をこふる涙なりけり 941 世中のうきもつらきもつげなくにまづしる物はなみだなりけり 942 世中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらず有りてなければ 943 よのなかにいづらわが身のありてなしあはれとやいはむあなうとやい はむ 944 山里は物の惨慄き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり 945 これたかのみこ 白雲のたえずたなびく岑にだにすめばすみぬる世にこそ有りけれ 946 ふるのいまみち しりにけむききてもいとへ世中は浪のさわぎに風ぞしくめる 947 そせい いづこにか世をばいとはむ心こそのにも山にもまどふべらなれ 948 よみ人しらず 世中は昔よりやはうかりけむわが身ひとつのためになれるか 949 世中をいとふ山べの草木とやあなうの花の色にいでにけむ 950 みよしのの山のあなたにやどもがな世のうき時のかくれがにせむ 951 世にふればうさこそまされみよしののいはのかけみちふみならしてむ 952 いかならむ巌の中にすまばかは世のうき事のきこえこざらむ 953 葦引の山のまにまにかくれなむうき世中はあるかひもなし 954 世中のうけくにあきぬ奥山のこのはにふれる雪やけなまし 955 もののべのよしな おなじもじなきうた よのうきめ見えぬ山ぢへいらむにはおもふ人こそほだしなりけれ 956 凡河内みつね 山のほうしのもとへつかはしける 世をすてて山にいる人山にても猶うき時はいづちゆくらむ 957 物思ひける時、いときなきこを見てよめる 今更になにおひいづらむ竹のこのうきふししげき世とはしらずや 958 よみ人しらず 題しらず 世にふれば事のはしげきくれ竹のうきふしごとに鶯ぞなく 959 木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしにわが身はなりぬべらなり ある人のいはく、高津のみこの哥也 960 わが身からうき世中となづけつつ人のためさへかなしかるらむ 961 たかむらの朝臣 おきのくににながされて侍りける時によめる 思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは 962 在原行平朝臣 田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまとい ふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける わくらばにとふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ 963 をののはるかぜ 左近将監とけて侍りける時に、女のとぶらひにおこ せたりける返事によみてつかはしける あまびこのおとづれじとぞ今は思ふ我か人かと身をたどるよに 964 平さだふん つかさとけて侍りける時よめる うき世にはかどさせりとも見えなくになどかわが身のいでがてにする 965 有りはてぬいのちまつまのほどばかりうきことしげくおもはずもがな 966 みやぢのきよき みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかう まつらずとてとけて侍りける時によめる つくばねのこの本ごとに立ちぞよる春のみ山のかげをこひつつ 967 清原深養父 時なりける人の、にはかに時なくなりてなげくを 見て、みづからのなげきもなくよろこびもなきことを思ひてよめる ひかりなき谷には春もよそなればさきてとくちる物思ひもなし 968 伊勢 かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へり ける御返事にたてまつれりける 久方の中におひたるさとなればひかりをのみぞたのむべらなる 969 なりひらの朝臣 紀のとしさだが阿波のすけにまかりける時に、むま のはなむけせむとて、けふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふ くるまで見えざりければつかはしける 今ぞしるくるしき物と人またむさとをばかれずとふべかりけり 970 惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらお ろしてをのといふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、ひえの山 のふもとなりければ雪いとふかかりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをがみける に、つれづれとしていと物がなしくて、かへりまうできてよみておくりける わすれては夢かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君を見むとは 971 深草のさとにすみ侍りて京へまうでくとて、そこな りける人によみておくりける 年をへてすみこしさとをいでていなばいとど深草のとやなりなむ 972 よみ人しらず 返し 野とならばうづらとなきて年はへむかりにだにやは君がこざらむ 973 題しらず 我を君なにはの浦に有りしかばうきめをみつのあまとなりにき この哥は、ある人、むかしをとこありけるをうな の、をとことはずなりにければ、なにはなるみつのてらにまかりてあまになりて、よみ てをとこにつかはせりけるとなむいへる 974 返し なにはがたうらむべきまもおもほえずいづこを見つのあまとかはなる 975 今更にとふべき人もおもほえずやへむぐらしてかどさせりてへ 976 みつね ともだちのひさしうまうでこざりけるもとによみ てつかはしける 水のおもにおふるさ月のうき草のうき事あれやねをたえてこぬ 977 人をとはでひさしうありけるをりにあひうらみけれ ばよめる 身をすててゆきやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり 978 むねをかのおほよりがこしよりまうできたりける時 に、雪のふりけるを見て、おのがおもひはこのゆきのごとくなむつもれるといひけるを りによめる 君が思ひ雪とつもらばたのまれず春よりのちはあらじとおもへば 979 宗岳大頼 返し 君をのみ思ひこしぢのしら山はいつかは雪のきゆる時ある 980 きのつらゆき こしなりける人につかはしける 思ひやるこしの白山しらねどもひと夜も夢にこえぬよぞなき 981 よみ人しらず 題しらず いざここにわが世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもをし 982 わがいほはみわの山もとこひしくはとぶらひきませすぎたてるかど 983 きせんほうし わがいほは宮このたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり 984 よみ人しらず あれにけりあはれいくよのやどなれやすみけむ人のおとづれもせぬ 985 よしみねのむねさだ ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけ るをききてよみていれたりける わびびとのすむべきやどと見るなへに歎きくははることのねぞする 986 二条 はつせにまうづる道に、ならの京にやどれりける時 よめる 人ふるすさとをいとひてこしかどもならの宮こもうきななりけり 987 よみ人しらず 題しらず 世中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞやどとさだむる 988 相坂の嵐のかぜはさむけれどゆくへしらねばわびつつぞぬる 989 風のうへにありかさだめぬちりの身はゆくへもしらずなりぬべらなり 990 伊勢 家をうりてよめる あすかがはふちにもあらぬわがやどもせにかはりゆく物にぞ有りける 991 きのとものり つくしに侍りける時にまかりかよひつつごうちける 人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける ふるさとは見しごともあらずをののえのくちし所ぞこひしかりける 992 みちのく 女ともだちと物がたりしてわかれてのちにつかはし ける あかざり袖のなかにやいりにけむわがたましひのなき心ちする 993 ふぢはらのただふさ 寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍りける時 に、東宮のさぶらひにてをのこどもさけたうべけるついでによみ侍りける なよ竹のよながきうへにはつしものおきゐて物を思ふころかな 994 よみ人しらず 題しらず 風ふけばおきつ白浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ ある人、この哥は、むかしやまとのくになりける人 のむすめに、ある人すみわたりけり、この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひ だに、このをとこかうちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆき けり、さりけれどもつらげなるけしきも見えで、かふちへいくごとにをとこの心のごと くにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたが ひて、月のおもしろかりける夜かふちへいくまねにて、せんざいのなかにかくれて見け れば、夜ふくるまでことをかきならしつつうちなげきて、この哥をよみてねにければ、 これをききてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむいひつたへたる 995 たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく 996 わすられむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬあとをとどむる 997 文屋ありすゑ 貞観御時、万葉集はいつばかりつくれるぞととはせ 給ひければよみてたてまつりける 神な月時雨ふりおけるならのはのなにおふ宮のふることぞこれ 998 大江千里 寛平御時哥たてまつりけるついでにたてまつりける あしたづのひとりおくれてなくこゑは雲のうへまできこえつがなむ 999 ふぢはらのかちおむ ひとしれず思ふ心は春霞たちいでてきみがめにも見えなむ 1000 伊勢 哥めしける時にたてまつるとてよみて、おくに かきつけてたてまつりける 山河のおとにのみきくももしきをはやながら見るよしもがな 短哥 1001 よみ人しらず 題しらず あふことのまれなるいろにおもひそめわが身はつねにあまぐものはるる時なくふじのねのもえつつとはにおもへどもあふことかたしなにしかも人をうらみむわたつみのおきをふかめておもひてしおもひはいまはいたづらになりぬべらなりゆく水のたゆる時なくかくなわにおもひみだれてふるゆきの けなばけぬべく おもへども えぶの身なればなほやまずおもひはふかしあしひきの山した水のこがくれてたぎつ心をたれにかもあひかたらはむいろにいでば人しりぬべみすみぞめのゆふべになればひとりゐてあはれあはれとなげきあまりせむすべなみににはにいでてたちやすらへばしろたへの衣のそでにおくつゆのけなばけぬべくおもへどもなほなげかれぬはるがすみよそにも人にあはむとおもへば 1002 ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながう た ちはやぶる神のみよよりくれ竹の世世にもたえずあまびこのおとはの山の はるがすみ思ひみだれてさみだれのそらもとどろにさよふけて山ほととぎすなくごとにたれもねざめてからにしきたつたの山のもみぢばを見てのみしのぶ神な月しぐれしぐれて冬の夜の庭もはだれにふるゆきの猶きえかへり年ごとに時につけつつあはれてふことをいひつつきみをのみちよにといはふ世の人のおもひするがのふじのねのもゆる思ひもあかずしてわかるるなみだ藤衣おれる心もやちくさのことのはごとにすべらぎのおほせかしこみまきまきの中につくすといせの海のうらのしほがひひろひあつめとれりとすれどたまのをのみじかき心思ひあへず猶あらたまの年をへて大宮にのみひさかたのひるよるわかずつかふとてかへりみもせぬわがよどのしのぶぐさおふるいたまあらみふる春さめのもりやしぬらむ 1003 壬生忠岑 ふるうたにくはへてたてまつれるながうた くれ竹の世世のふることなかりせばいかほのぬまのいかにして思ふ心をのばへましあはれむかしべありきてふ人まろこそはうれしけれ身はしもながらことのはをあまつそらまできこえあげすゑのよまでのあととなし今もおほせのくだれるはちりにつげとやちりの身につもれる事をとはるらむこれをおもへばけだもののくもにほえけむ心地してちぢのなさけもおもほえずひとつ心ぞほこらしきかくはあれどもてるひかりちかきまもりの身なりしをたれかは秋のくる方にあざむきいでてみかきよりとのへもる身のみかきもりをさをさしくもおもほえずここのかさねのなかにてはあらしの風もきかざりき今はの山しちかければ春は霞にたなびかれ夏はうつせみなきくらし秋は時雨に袖をかし冬はしもにぞせめらるるかかるわびしき身ながらにつもれるとしをしるせればいつつのむつになりにけりこれにそはれるわたくしのおいのかずさへやよければ身はいやしくて年たかきことのくるしさかくしつつながらのはしのながらへてなにはのうらにたつ浪の浪のしわにやおぼほれむさすがにいのちをしければこしのくになるしら山のかしらはしろくなりぬともおとはのたきのおとにきくおいずしなずのくすりがも君がやちよをわかえつつ見む 1004 君が世にあふさか山のいはし水こがくれたりと思ひけるかな 1005 凡河内躬恒 冬のなかうた ちはやぶら神な月とやけさよりはくもりもあへずはつ時雨紅葉とともにふるさとのよしのの山の山あらしもさむく日ごとになりゆけばたまのをとけてこきちらしあられみだれてしも氷いやかたまれるにはのおもにむらむら見ゆる冬草のうへにふりしく白雪のつもりつもりてあらたまのとしをあまたもすぐしつるかな 1006 伊勢 七条のきさきうせたまひにけるのちによみける おきつなみあれのみまさる宮のうちはとしへてすみしいせのあまも舟ながしたる心地してよらむ方なくかなしきに涙の色のくれなゐは我らがなかの時雨にて秋のもみぢと人人はおのがちりぢりわかれなばたのむかげなくなりはててとまる物とは花すすききみなき庭にむれたちてそらをまねかばはつかりのなき渡りつつよそにこそ見め 旋頭哥 1007 よみ人しらず 題しらず うちわたすをち方人に物まうすわれそのそこにしろくさけるはなにの花ぞも 1008 返し 春さればのべにまづさく見れどあかぬ花まひなしにただなのるべき花のななれや 1009 題しらず はつせ河ふるかはのべにふたもとあるすぎ年をへて又もあひ見むふたもとあるすぎ 1010 つらゆき きみがさすみかさの山のもみぢばのいろ神な月しぐれのあめのそめるなりけり 俳諧哥 1011 よみ人しらず 題しらず 梅花見にこそきつれ鶯の人く人くといとひしもをる 1012 素性法師 山吹の花色衣ぬしやたれとへどこたへずくちなしにして 1013 藤原敏行朝臣 いくばくの田をつくればか郭公しでのたをさをあさなあさなよぶ 1014 藤原かねすけの朝臣 七月六日たなばたの心をよみける いつしかとまたく心をはぎにあげてあまのかはらをけふやわたらむ 1015 凡河内みつね 題しらず むつごともまだつきなくにあけぬめりいづらは秋のながしてふよは 1016 僧正へんぜう 秋ののになまめきたてるをみなへしあなかしかまし花もひと時 1017 よみ人しらず あきくればのべにたはるる女郎花いづれの人かつまで見るべき 1018 秋ぎりのはれてくもればをみなへし花のすがたぞ見えかくれする 1019 花と見てをらむとすればをみなへしうたたあるさまの名にこそ有りけれ 1020 在原むねやな 寛平御時きさいの宮の哥合のうた 秋風にほころびぬらしふぢばかまつづりさせてふ蟋蟀なく 1021 清原ふかやぶ あすはるたたむとしける日、となりの家のかたより 風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける 冬ながら春の隣のちかければなかがきよりぞ花はちりける 1022 よみ人しらず 題しらず いその神ふりにしこひの神さびてたたるに我はいぞねかねつる 1023 枕よりあとよりこひのせめくればせむ方なみぞとこなかにをる 1024 こひしきが方も方こそ有りときけたてれをれどもなき心ちかな 1025 ありぬやと心見がてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞこひしき 1026 みみなしの山のくちなしえてしかな思ひの色のしたぞめにせむ 1027 葦引の山田のそほづおのれさへ我をほしてふうれはしきこと 1028 きのめのと ふじのねのならぬおもひにもえばもえ神だにけたぬむなしけぶりを 1029 きのありとも あひ見まく星はかずなく有りながら人に月なみ迷ひこそすれ 1030 小野小町 人にあはむ月のなきには思ひおきてむねはしり火に心やけをり 1031 藤原おきかぜ 寛平御時きさいの宮の哥合のうた 春霞たなびくのべのわかなにもなり見てしかな人もつむやと 1032 よみ人しらず 題しらず おもへども猶うとまれぬ春霞かからぬ山もあらじとおもへば 1033 平貞文 春の野のしげき草ばのつまごひにとびたつきじのほろろとぞなく 1034 きのよしひと 秋ののにつまなきしかの年をへてなぞわがこひのかひよとぞなく 1035 みつね 蝉の羽のひとへにうすき夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ 1036 ただみね かくれぬのしたよりおふるねぬなはのねぬなはたてじくるないとひそ 1037 よみ人しらず ことならば思はずとやはいひはてぬなぞ世中のたまだすきなる 1038 おもふてふ人の心のくまごとににたちかくれつつ見るよしもがな 1039 思へどもおもはずとのみいふなればいなやおもはじ思ふかひなし 1040 我をのみ思ふといはばあるべきをいでや心はおほぬさにして 1041 われを思ふ人をおもはぬむくいにやわが思ふ人の我をおもはぬ 1042 ふかやぶ 思ひけむ人をぞともにおもはましまさしやむくいなかりけりやは 1043 よみ人しらず いでてゆかむ人をとどめむよしなきにとなりの方にはなもひぬかな 1044 紅にそめし心もたのまれず人をあくにはうつるてふなり 1045 いとはるるわが身ははるのこまなれやのがひがてらにはなちすてつゝ 1046 鶯のこぞのやどりのふるすとや我には人のつれなかるらむ 1047 さかしらに夏は人まねささのはのさやぐしもよをわがひとりぬる 1048 平中興 逢ふ事の今ははつかになりぬれば夜ふかからでは月なかりけり 1049 左のおほいまうちぎみ もろこしのよしのの山にこもるともおくれむと思ふ我ならなくに 1050 なかき 雲はれぬあさまの山のあさましや人の心を見てこそやまめ 1051 伊勢 なにはなるながらのはしもつくるなり今はわが身をなににたとへむ 1052 よみ人しらず まめなれどなにぞはよけくかるかやのみだれてあれどあしけくもなし 1053 おきかぜ なにかその名の立つ事のをしからむしりてまどふは我ひとりかは 1054 くそ いとこなりけるをとこによそへて人のいひければ よそながらわが身にいとのよるといへばただいつはりにすぐばかりなり 1055 さぬき 題しらず ねぎ事をさのみききけむやしろこそはてはなげきのもりとなるらめ 1056 大輔 なげきこる山としたかくなりぬればつらづゑのみぞまづつかれける 1057 よみ人しらず なげきをばこりのみつみてあしひきの山のかひなくなりぬべらなり 1058 人こふる事をおもにとになひもてあふごなきこそわびしかりけれ 1059 よひのまにいでていりぬるみか月のわれて物思ふころにもあるかな 1060 そゑにとてとすればかかりかくすればあないひしらずあふさきるさに 1061 世中のうきたびごとに身をなげばふかき谷こそあさくなりなめ 1062 在原元方 よのなかはいかにくるしと思ふらむここらの人にうらみらるれば 1063 よみ人しらず なにをして身のいたづらにおいぬらむ年のおもはむ事ぞやさしき 1064 おきかぜ 身はすてつ心をだにもはふらさじつひにはいかがなるとしるべく 1065 千さと 白雪の友にわが身はふりぬれど心はきえぬ物にぞありける 1066 よみ人しらず 題しらず 梅花さきてののちの身なればやすき物とのみ人のいふらむ 1067 みつね 法星にし河におはしましたりける日、さる山のかひ にさけぶといふことを題にてよませたまうける わびしらにましらななきそあしひきの山のかひあるけふにやはあらぬ 1068 よみ人しらず 題しらず 世をいとひこのもとごとにたちよりてうつぶしぞめのあさのきぬなり 1069 おほなのびのうた あたらしき年の始にかくしこそちとせをかねてたのしきをつめ 日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに 1070 ふるきやまとまひのうた しもとゆふかづらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆるかな 1071 あふみぶり 近江よりあさたちくればうねののにたづぞなくなるあけぬこのよは 1072 みづくきぶり 水くきのをかのやかたにいもとあれとねてのあさけのしものふりはも 1073 しはつ山ぶり しはつ山うちいでて見ればかさゆひのしまこぎかくるたななしをぶね 神あそびのうた 1074 とりもののうた 神がきのみむろの山のさかきばは神のみまへにしげりあひにけり 1075 しもやたびおけどかれせぬさかきばのたちさかゆべき神のきねかも 1076 まきもくのあなしの山の山人と人も見るがに山かづらせよ 1077 み山にはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり 1078 みちのくのあだちのまゆみわがひかばすゑさへよりこしのびしのびに 1079 わがかどのいたゐのし水さととほみ人しくまねばみくさおひにけり 1080 ひるめのうた ささのくまひのくま河にこまとめてしばし水かへかげをだに見む 1081 かへしもののうた あをやぎをかたいとによりて鶯のぬふてふ笠は梅の花がさ 1082 まがねふくきびの中山おびにせるほそたに河のおとのさやけさ この哥は、承和の御べのきびのくにの哥 1083 美作やくめのさら山さらさらにわがなはたてじよろづよまでに これは、みづのをの御べのみまさかのくにのうた 1084 みののくに関のふぢ河たえずして君につかへむよろづよまでに これは、元慶の御べのみののうた 1085 きみが世は限もあらじながはまのまさごのかずはよみつくすとも これは、仁和の御べのいせのくにの哥 1086 大伴くろぬし 近江のやかがみの山をたてたればかねてぞ見ゆる君がちとせは これは、今上の御べのあふみのうた 東哥 1087 みちのくのうた あぶくまに霧立ちくもりあけぬとも君をばやらじまてばすべなし 1088 みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも 1089 わがせこを宮こにやりてしほがまのまがきのしまの松ぞこひしき 1090 をぐろさきみつのこじまの人ならば宮このつとにいざといはましを 1091 みさぶらひみかさと申せ宮木ののこのしたつゆはあめにまされり 1092 もがみ河のぼればくだるいな舟のいなにはあらずこの月ばかり 1093 君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山浪もこえなむ 1094 さがみうた こよろぎのいそたちならしいそなつむめざしぬらすなおきにをれ浪 1095 ひたちうた つくばねのこのもかのもに影はあれど君がみかげにますかげはなし 1096 つくばねの峯のもみぢばおちつもりしるもしらぬもなべてかなしも 1097 かひうた かひがねをさやにも見しがけけれなくよこほりふせるさやの中山 1098 かひがねをねこし山こし吹く風を人にもがもや事づてやらむ 1099 伊勢うた をふのうらにかたえさしおほひなるなしのなりもならずもねてかたら はむ 1100 藤原敏行朝臣 冬の賀茂のまつりのうた ちはやぶるかものやしろのひめこまつよろづ世ふともいろはかはらじ 巻第十物名部 1101 ひぐらし そま人は宮木ひくらしあしひきの山の山びこよびとよむなり 在郭公下、空蝉上 1102 勝臣 かけりてもなにをかたまのきても見むからはほのほとなりにしものを をがたまの木、友則下 1103 つらゆき くれのおも こし時とこひつつをればゆふぐれのおもかげにのみ見えわたるかな 忍草、利貞下 1104 をののこまち おきのゐ、みやこじま おきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまべのわかれなりけり から事、清行下 1105 あやもち そめどの、あはた うきめをばよそめとのみぞのがれゆく雲のあはたつ山のふもとに このうた、水の尾のみかどのそめどのよりあはたへ うつりたまうける時によめる 桂宮下 巻第十一 1106 奥菅の根しのぎふる雪、下 けふ人をこふる心は大井河ながるる水におとらざりけり 1107 わぎもこにあふさか山のしのすすきほにはいでずもこひわたるかな 巻第十三 1108 こひしくはしたにを思へ紫の、下 いぬがみのとこの山なるなとり河いさとこたへよわがなもらすな この哥、ある人、あめのみかどのあふみのうねめに たまへると 1109 うねめのたてまつれる 返し 山しなのおとはのたきのおとにのみ人のしるべくわがこひめやも 巻第十四 1110 思ふてふことのはのみや秋をへて、下 そとほりひめのひとりゐてみかどをこひたてまつりて わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも 1111 つらゆき 深養父、こひしとはたがなづけけむ事ならむ、下 みちしらばつみにもゆかむすみのえの岸におふてふこひわすれぐさ
藤原のとしもとの朝臣の右近中将にてすみ侍りける ざうしの、身まかりてのち人もすまずなりにけるを、秋の夜ふけてものよりまうできけ るついでに見いれければ、もとありしせんざいもいとしげくあれたりけるを見て、はや くそこに侍りければむかしを思ひやりてよみける
これたかのみこの、ちちの侍りけむ時によめりけむ うたどもとこひければ、かきておくりけるおくによみてかけりける
式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるを、 いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこすみける帳のかたびらのひも にふみをゆひつけたりけるをとりて見れば、むかしのてにてこのうたをなむかきつけた りける
をとこの人のくににまかれりけるまに、女にはかに やまひをして、いとよわくなりにける時よみおきて身まかりにける
やまひにわづらひ侍りける秋、心地のたのもしげな くおぼえければよみて人のもとにつかはしける
身まかりなむとてよめる
やまひしてよわくなりにける時よめる
かひのくににあひしりて侍りける人とぶらはむとて まかりけるを、みち中にてにはかにやまひをして、いまいまとなりにければ、よみて京 にもてまかりて母に見せよといひて、人につけ侍りけるうた
ある人のいはく、この哥はさきのおほいまうち君の 也
めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬをお くるとてよみてやりける
大納言ふぢはらのくにつねの朝臣の、宰相より中納 言になりける時、そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる
いそのかみのなむまつが宮づかへもせでいその神と いふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはれりければ、よろこびいひつか はすとてよみてつかはしける
二条のきさきのまだ東宮のみやすんどころと申しけ る時に、おほはらのにまうでたまひける日よめる
五節のまひひめを見てよめる
五せちのあしたにかむざしのたまのおちたりけるを 見て、たがならむととぶらひてよめる
寛平御時うへのさぶらひに侍りけるをのこども、か めをもたせてきさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを、 くら人どもわらひて、かめをおまへにもていでてともかくもいはずなりにければ、つか ひのかへりきて、さなむありつるといひければ、くら人のなかにおくりける
女どもの見てわらひければよめる
方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのき ぬをきせたりけるを、あしたにかへすとてよみける
月おもしろしとて凡河内躬恒がまうできたりけるに よめる
池に月の見えけるをよめる
これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やど りにかへりて夜ひとよさけをのみ、物がたりをしけるに、十一日の月もかくれなむとし けるをりに、みこゑひてうちへいりなむとしければよみ侍りける
田むらのみかどの御時に、斎院に侍りけるあきらけ いこのみこを、ははあやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを、そのことやみ にければよめる
又は、さくらあさのをふのしたくさおいぬれば
又は、おほとものみつのはまべに
このみつの哥は、昔ありけるみたりのおきなのよめ るとなむ
この哥は、ある人のいはく、おほとものくろぬしが 也
業平朝臣のははのみこ長岡にすみ侍りける時に、な りひら宮づかへすとて、時時もえまかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりにははの みこのもとより、とみの事とてふみをもてまうできたり、あけて見ればことばはなくて ありけるうた
おなじ御時のうへのさぶらひにてをのこどもにおほ みきたまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる
この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が也
貫之がいづみのくにに侍りける時に、やまとよりこ えまうできてよみてつかはしける
なにはにまかれりける時よめる
あひしれりける人の住吉にまうでけるによみてつか はしける
なにはへまかりける時、たみののしまにて雨にあひ てよめる
法皇にし河おはしましたりける日、つるすにたてり といふことを題にてよませたまひける
中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはじめて あそびける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、ゆふさりつかたかへりおはしまさむ としけるをりによみてたてまつりける
からことといふ所にてよめる
ぬのびきのたきにてよめる
布引の滝の本にて人人あつまりて哥よみける時によ める
よしののたきを見てよめる
竜門にまうでてたきのもとにてよめる
朱雀院のみかどぬのびきのたき御覧ぜむとてふん月 のなぬかの日あはしましてありける時に、さぶらふ人人に哥よませたまひけるによめる
ひえの山なるおとはのたきを見てよめる
おなじたきをよめる
田むらの御時に女房のさぶらひにて御屏風のゑ御覧 じけるに、たきおちたりける所おもしろし、これを題にてうたよめとさぶらふ人におほ せられければよめる
屏風のゑなる花をよめる
屏風のゑによみあはせてかきける
かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人 につかはしける
文屋のやすひでみかはのぞうになりて、あがた見に はえいでたたじやといひやれりける返事によめる
おなじもじなきうた
山のほうしのもとへつかはしける
物思ひける時、いときなきこを見てよめる
ある人のいはく、高津のみこの哥也
おきのくににながされて侍りける時によめる
田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまとい ふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける
左近将監とけて侍りける時に、女のとぶらひにおこ せたりける返事によみてつかはしける
つかさとけて侍りける時よめる
みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかう まつらずとてとけて侍りける時によめる
時なりける人の、にはかに時なくなりてなげくを 見て、みづからのなげきもなくよろこびもなきことを思ひてよめる
かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へり ける御返事にたてまつれりける
紀のとしさだが阿波のすけにまかりける時に、むま のはなむけせむとて、けふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふ くるまで見えざりければつかはしける
惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらお ろしてをのといふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、ひえの山 のふもとなりければ雪いとふかかりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをがみける に、つれづれとしていと物がなしくて、かへりまうできてよみておくりける
深草のさとにすみ侍りて京へまうでくとて、そこな りける人によみておくりける
この哥は、ある人、むかしをとこありけるをうな の、をとことはずなりにければ、なにはなるみつのてらにまかりてあまになりて、よみ てをとこにつかはせりけるとなむいへる
ともだちのひさしうまうでこざりけるもとによみ てつかはしける
人をとはでひさしうありけるをりにあひうらみけれ ばよめる
むねをかのおほよりがこしよりまうできたりける時 に、雪のふりけるを見て、おのがおもひはこのゆきのごとくなむつもれるといひけるを りによめる
こしなりける人につかはしける
ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけ るをききてよみていれたりける
はつせにまうづる道に、ならの京にやどれりける時 よめる
家をうりてよめる
つくしに侍りける時にまかりかよひつつごうちける 人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける
女ともだちと物がたりしてわかれてのちにつかはし ける
寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍りける時 に、東宮のさぶらひにてをのこどもさけたうべけるついでによみ侍りける
ある人、この哥は、むかしやまとのくになりける人 のむすめに、ある人すみわたりけり、この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひ だに、このをとこかうちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆき けり、さりけれどもつらげなるけしきも見えで、かふちへいくごとにをとこの心のごと くにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたが ひて、月のおもしろかりける夜かふちへいくまねにて、せんざいのなかにかくれて見け れば、夜ふくるまでことをかきならしつつうちなげきて、この哥をよみてねにければ、 これをききてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむいひつたへたる
貞観御時、万葉集はいつばかりつくれるぞととはせ 給ひければよみてたてまつりける
寛平御時哥たてまつりけるついでにたてまつりける
哥めしける時にたてまつるとてよみて、おくに かきつけてたてまつりける
ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながう た
ふるうたにくはへてたてまつれるながうた
冬のなかうた
七条のきさきうせたまひにけるのちによみける
七月六日たなばたの心をよみける
あすはるたたむとしける日、となりの家のかたより 風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける
いとこなりけるをとこによそへて人のいひければ
法星にし河におはしましたりける日、さる山のかひ にさけぶといふことを題にてよませたまうける
おほなのびのうた
日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに
ふるきやまとまひのうた
あふみぶり
みづくきぶり
しはつ山ぶり
とりもののうた
ひるめのうた
かへしもののうた
この哥は、承和の御べのきびのくにの哥
これは、みづのをの御べのみまさかのくにのうた
これは、元慶の御べのみののうた
これは、仁和の御べのいせのくにの哥
これは、今上の御べのあふみのうた
みちのくのうた
さがみうた
ひたちうた
かひうた
伊勢うた
冬の賀茂のまつりのうた
ひぐらし
在郭公下、空蝉上
をがたまの木、友則下
くれのおも
忍草、利貞下
おきのゐ、みやこじま
から事、清行下
そめどの、あはた
このうた、水の尾のみかどのそめどのよりあはたへ うつりたまうける時によめる 桂宮下
奥菅の根しのぎふる雪、下
こひしくはしたにを思へ紫の、下
この哥、ある人、あめのみかどのあふみのうねめに たまへると
思ふてふことのはのみや秋をへて、下 そとほりひめのひとりゐてみかどをこひたてまつりて
深養父、こひしとはたがなづけけむ事ならむ、下