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Title: Manyoshu [Book 6]
Author: Anonymous
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Makoto Yoshimura, Akihiro Okajima, et al.
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Sachiko Iwabuchi and Christine Ruotolo, University of Virginia Library Electronic Text Center.
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第六巻雜歌907
[原文]瀧上之 御舟乃山尓 水枝指 四時尓<生>有 刀我乃樹能 弥継嗣尓 萬代 如是二<二>知三 三芳野之 蜻蛉乃宮者 神柄香 貴将有 國柄鹿 見欲将有 山川乎 清々 諾之神代従 定家良思母 [訓読]瀧の上の 三船の山に 瑞枝さし 繁に生ひたる 栂の木の いや継ぎ継ぎに 万代に かくし知らさむ み吉野の 秋津の宮は 神からか 貴くあるらむ 国からか 見が欲しからむ 山川を 清みさやけみ うべし神代ゆ 定めけらしも [仮名],たきのうへの,みふねのやまに,みづえさし,しじにおひたる,とがのきの,いやつぎつぎに,よろづよに,かくししらさむ,みよしのの,あきづのみやは,かむからか,たふとくあるらむ,くにからか,みがほしくあらむ,やまかはを,きよみさやけみ,うべしかむよゆ,さだめけらしも
908
[原文]毎年 如是裳見<壮>鹿 三吉野乃 清河内之 多藝津白浪 [訓読]年のはにかくも見てしかみ吉野の清き河内のたぎつ白波 [仮名],としのはに,かくもみてしか,みよしのの,きよきかふちの,たぎつしらなみ
909
[原文]山高三 白木綿花 落多藝追 瀧之河内者 雖見不飽香聞 [訓読]山高み白木綿花におちたぎつ瀧の河内は見れど飽かぬかも [仮名],やまたかみ,しらゆふばなに,おちたぎつ,たきのかふちは,みれどあかぬかも
910
[原文]神柄加 見欲賀藍 三吉野乃 瀧<乃>河内者 雖見不飽鴨 [訓読]神からか見が欲しからむみ吉野の滝の河内は見れど飽かぬかも [仮名],かむからか,みがほしからむ,みよしのの,たきのかふちは,みれどあかぬかも
911
[原文]三芳野之 秋津乃川之 万世尓 断事無 又還将見 [訓読]み吉野の秋津の川の万代に絶ゆることなくまたかへり見む [仮名],みよしのの,あきづのかはの,よろづよに,たゆることなく,またかへりみむ
912
[原文]泊瀬女 造木綿花 三吉野 瀧乃水沫 開来受屋 [訓読]泊瀬女の造る木綿花み吉野の滝の水沫に咲きにけらずや [仮名],はつせめの,つくるゆふばな,みよしのの,たきのみなわに,さきにけらずや
913
[原文]味凍 綾丹乏敷 鳴神乃 音耳聞師 三芳野之 真木立山湯 見降者 川之瀬毎 開来者 朝霧立 夕去者 川津鳴奈<拝> 紐不解 客尓之有者 吾耳為而 清川原乎 見良久之惜蒙 [訓読]味凝り あやにともしく 鳴る神の 音のみ聞きし み吉野の 真木立つ山ゆ 見下ろせば 川の瀬ごとに 明け来れば 朝霧立ち 夕されば かはづ鳴くなへ 紐解かぬ 旅にしあれば 我のみして 清き川原を 見らくし惜しも [仮名],うまこり,あやにともしく,なるかみの,おとのみききし,みよしのの,まきたつやまゆ,みおろせば,かはのせごとに,あけくれば,あさぎりたち,ゆふされば,かはづなくなへ,ひもとかぬ,たびにしあれば,わのみして,きよきかはらを,みらくしをしも
914
[原文]瀧上乃 三船之山者 雖<畏> 思忘 時毛日毛無 [訓読]滝の上の三船の山は畏けど思ひ忘るる時も日もなし [仮名],たきのうへの,みふねのやまは,かしこけど,おもひわするる,ときもひもなし
915
[原文]千鳥鳴 三吉野川之 <川音> 止時梨二 所思<公> [訓読]千鳥泣くみ吉野川の川音のやむ時なしに思ほゆる君 [仮名],ちどりなく,みよしのかはの,かはおとの,やむときなしに,おもほゆるきみ
916
[原文]茜刺 日不並二 吾戀 吉野之河乃 霧丹立乍 [訓読]あかねさす日並べなくに我が恋は吉野の川の霧に立ちつつ [仮名],あかねさす,ひならべなくに,あがこひは,よしののかはの,きりにたちつつ
917
[原文]安見知之 和期大王之 常宮等 仕奉流 左日鹿野由 背<匕>尓所見 奥嶋 清波瀲尓 風吹者 白浪左和伎 潮干者 玉藻苅管 神代従 然曽尊吉 玉津嶋夜麻 [訓読]やすみしし 我ご大君の 常宮と 仕へ奉れる 雑賀野ゆ そがひに見ゆる 沖つ島 清き渚に 風吹けば 白波騒き 潮干れば 玉藻刈りつつ 神代より しかぞ貴き 玉津島山 [仮名],やすみしし,わごおほきみの,とこみやと,つかへまつれる,さひかのゆ,そがひにみゆる,おきつしま,きよきなぎさに,かぜふけば,しらなみさわき,しほふれば,たまもかりつつ,かむよより,しかぞたふとき,たまつしまやま
918
[原文]奥嶋 荒礒之玉藻 潮干満 伊隠去者 所念武香聞 [訓読]沖つ島荒礒の玉藻潮干満ちい隠りゆかば思ほえむかも [仮名],おきつしま,ありそのたまも,しほひみち,いかくりゆかば,おもほえむかも
919
[原文]若浦尓 塩満来者 滷乎無美 葦邊乎指天 多頭鳴渡 [訓読]若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る [仮名],わかのうらに,しほみちくれば,かたをなみ,あしへをさして,たづなきわたる
920
[原文]足引之 御山毛清 落多藝都 芳野<河>之 河瀬乃 浄乎見者 上邊者 千鳥數鳴 下邊者 河津都麻喚 百礒城乃 大宮人毛 越乞尓 思自仁思有者 毎見 文丹乏 玉葛 絶事無 萬代尓 如是霜願跡 天地之 神乎曽祷 恐有等毛 [訓読]あしひきの み山もさやに 落ちたぎつ 吉野の川の 川の瀬の 清きを見れば 上辺には 千鳥しば鳴く 下辺には かはづ妻呼ぶ ももしきの 大宮人も をちこちに 繁にしあれば 見るごとに あやに乏しみ 玉葛 絶ゆることなく 万代に かくしもがもと 天地の 神をぞ祈る 畏くあれども [仮名],あしひきの,みやまもさやに,おちたぎつ,よしののかはの,かはのせの,きよきをみれば,かみへには,ちどりしばなく,しもべには,かはづつまよぶ,ももしきの,おほみやひとも,をちこちに,しじにしあれば,みるごとに,あやにともしみ,たまかづら,たゆることなく,よろづよに,かくしもがもと,あめつちの,かみをぞいのる,かしこくあれども
921
[原文]萬代 見友将飽八 三芳野乃 多藝都河内乃 大宮所 [訓読]万代に見とも飽かめやみ吉野のたぎつ河内の大宮所 [仮名],よろづよに,みともあかめや,みよしのの,たぎつかふちの,おほみやところ
922
[原文]人皆乃 壽毛吾母 三<吉>野乃 多吉能床磐乃 常有沼鴨 [訓読]皆人の命も我れもみ吉野の滝の常磐の常ならぬかも [仮名],みなひとの,いのちもわれも,みよしのの,たきのときはの,つねならぬかも
923
[原文]八隅知之 和期大王乃 高知為 芳野宮者 立名附 青垣隠 河次乃 清河内曽 春部者 花咲乎遠里 秋去者 霧立渡 其山之 弥益々尓 此河之 絶事無 百石木能 大宮人者 常将通 [訓読]やすみしし 我ご大君の 高知らす 吉野の宮は たたなづく 青垣隠り 川なみの 清き河内ぞ 春へは 花咲きををり 秋されば 霧立ちわたる その山の いやしくしくに この川の 絶ゆることなく ももしきの 大宮人は 常に通はむ [仮名],やすみしし,わごおほきみの,たかしらす,よしののみやは,たたなづく,あをかきごもり,かはなみの,きよきかふちぞ,はるへは,はなさきををり,あきされば,きりたちわたる,そのやまの,いやしくしくに,このかはの,たゆることなく,ももしきの,おほみやひとは,つねにかよはむ
924
[原文]三吉野乃 象山際乃 木末尓波 幾許毛散和口 鳥之聲可聞 [訓読]み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも [仮名],みよしのの,きさやまのまの,こぬれには,ここだもさわく,とりのこゑかも
925
[原文]烏玉之 夜之深去者 久木生留 清河原尓 知鳥數鳴 [訓読]ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く [仮名],ぬばたまの,よのふけゆけば,ひさぎおふる,きよきかはらに,ちどりしばなく
926
[原文]安見知之 和期大王波 見吉野乃 飽津之小野笶 野上者 跡見居置而 御山者 射目立渡 朝猟尓 十六履起之 夕狩尓 十里さ立 馬並而 御<猟>曽立為 春之茂野尓 [訓読]やすみしし 我ご大君は み吉野の 秋津の小野の 野の上には 跡見据ゑ置きて み山には 射目立て渡し 朝狩に 獣踏み起し 夕狩に 鳥踏み立て 馬並めて 御狩ぞ立たす 春の茂野に [仮名],やすみしし,わごおほきみは,みよしのの,あきづのをのの,ののへには,とみすゑおきて,みやまには,いめたてわたし,あさがりに,ししふみおこし,ゆふがりに,とりふみたて,うまなめて,みかりぞたたす,はるのしげのに
927
[原文]足引之 山毛野毛 御<猟>人 得物矢手<挟> 散動而有所見 [訓読]あしひきの山にも野にも御狩人さつ矢手挾み騒きてあり見ゆ [仮名],あしひきの,やまにものにも,みかりひと,さつやたばさみ,さわきてありみゆ
928
[原文]忍照 難波乃國者 葦垣乃 古郷跡 人皆之 念息而 都礼母無 有之間尓 續麻成 長柄之宮尓 真木柱 太高敷而 食國乎 治賜者 奥鳥 味經乃原尓 物部乃 八十伴雄者 廬為而 都成有 旅者安礼十方 [訓読]おしてる 難波の国は 葦垣の 古りにし里と 人皆の 思ひやすみて つれもなく ありし間に 続麻なす 長柄の宮に 真木柱 太高敷きて 食す国を 治めたまへば 沖つ鳥 味経の原に もののふの 八十伴の男は 廬りして 都成したり 旅にはあれども [仮名],おしてる,なにはのくには,あしかきの,ふりにしさとと,ひとみなの,おもひやすみて,つれもなく,ありしあひだに,うみをなす,ながらのみやに,まきはしら,ふとたかしきて,をすくにを,をさめたまへば,おきつとり,あぢふのはらに,もののふの,やそとものをは,いほりして,みやこなしたり,たびにはあれども
929
[原文]荒野等丹 里者雖有 大王之 敷座時者 京師跡成宿 [訓読]荒野らに里はあれども大君の敷きます時は都となりぬ [仮名],あらのらに,さとはあれども,おほきみの,しきますときは,みやことなりぬ
930
[原文]海末通女 棚無小舟 榜出良之 客乃屋取尓 梶音所聞 [訓読]海人娘女棚なし小舟漕ぎ出らし旅の宿りに楫の音聞こゆ [仮名],あまをとめ,たななしをぶね,こぎづらし,たびのやどりに,かぢのおときこゆ
931
[原文]鯨魚取 濱邊乎清三 打靡 生玉藻尓 朝名寸二 千重浪縁 夕菜寸二 五百重<波>因 邊津浪之 益敷布尓 月二異二 日日雖見 今耳二 秋足目八方 四良名美乃 五十開廻有 住吉能濱 [訓読]鯨魚取り 浜辺を清み うち靡き 生ふる玉藻に 朝なぎに 千重波寄せ 夕なぎに 五百重波寄す 辺つ波の いやしくしくに 月に異に 日に日に見とも 今のみに 飽き足らめやも 白波の い咲き廻れる 住吉の浜 [仮名],いさなとり,はまへをきよみ,うちなびき,おふるたまもに,あさなぎに,ちへなみよせ,ゆふなぎに,いほへなみよす,へつなみの,いやしくしくに,つきにけに,ひにひにみとも,いまのみに,あきだらめやも,しらなみの,いさきめぐれる,すみのえのはま
932
[原文]白浪之 千重来縁流 住吉能 岸乃黄土粉 二寶比天由香名 [訓読]白波の千重に来寄する住吉の岸の埴生ににほひて行かな [仮名],しらなみの,ちへにきよする,すみのえの,きしのはにふに,にほひてゆかな
933
[原文]天地之 遠我如 日月之 長我如 臨照 難波乃宮尓 和期大王 國所知良之 御食都國 日之御調等 淡路乃 野嶋之海子乃 海底 奥津伊久利二 鰒珠 左盤尓潜出 船並而 仕奉之 貴見礼者 [訓読]天地の 遠きがごとく 日月の 長きがごとく おしてる 難波の宮に 我ご大君 国知らすらし 御食つ国 日の御調と 淡路の 野島の海人の 海の底 沖つ海石に 鰒玉 さはに潜き出 舟並めて 仕へ奉るし 貴し見れば [仮名],あめつちの,とほきがごとく,ひつきの,ながきがごとく,おしてる,なにはのみやに,わごおほきみ,くにしらすらし,みけつくに,ひのみつきと,あはぢの,のしまのあまの,わたのそこ,おきついくりに,あはびたま,さはにかづきで,ふねなめて,つかへまつるし,たふとしみれば
934
[原文]朝名寸二 梶音所聞 三食津國 野嶋乃海子乃 船二四有良信 [訓読]朝なぎに楫の音聞こゆ御食つ国野島の海人の舟にしあるらし [仮名],あさなぎに,かぢのおときこゆ,みけつくに,のしまのあまの,ふねにしあるらし
935
[原文]名寸隅乃 船瀬従所見 淡路嶋 松<帆>乃浦尓 朝名藝尓 玉藻苅管 暮菜寸二 藻塩焼乍 海末通女 有跡者雖聞 見尓将去 餘四能無者 大夫之 情者梨荷 手弱女乃 念多和美手 俳徊 吾者衣戀流 船梶雄名三 [訓読]名寸隅の 舟瀬ゆ見ゆる 淡路島 松帆の浦に 朝なぎに 玉藻刈りつつ 夕なぎに 藻塩焼きつつ 海人娘女 ありとは聞けど 見に行かむ よしのなければ ますらをの 心はなしに 手弱女の 思ひたわみて たもとほり 我れはぞ恋ふる 舟楫をなみ [仮名],なきすみの,ふなせゆみゆる,あはぢしま,まつほのうらに,あさなぎに,たまもかりつつ,ゆふなぎに,もしほやきつつ,あまをとめ,ありとはきけど,みにゆかむ,よしのなければ,ますらをの,こころはなしに,たわやめの,おもひたわみて,たもとほり,あれはぞこふる,ふなかぢをなみ
936
[原文]玉藻苅 海未通女等 見尓将去 船梶毛欲得 浪高友 [訓読]玉藻刈る海人娘子ども見に行かむ舟楫もがも波高くとも [仮名],たまもかる,あまをとめども,みにゆかむ,ふなかぢもがも,なみたかくとも
937
[原文]徃廻 雖見将飽八 名寸隅乃 船瀬之濱尓 四寸流思良名美 [訓読]行き廻り見とも飽かめや名寸隅の舟瀬の浜にしきる白波 [仮名],ゆきめぐり,みともあかめや,なきすみの,ふなせのはまに,しきるしらなみ
938
[原文]八隅知之 吾大王乃 神随 高所知流 稲見野能 大海乃原笶 荒妙 藤井乃浦尓 鮪釣等 海人船散動 塩焼等 人曽左波尓有 浦乎吉美 宇倍毛釣者為 濱乎吉美 諾毛塩焼 蟻徃来 御覧母知師 清白濱 [訓読]やすみしし 我が大君の 神ながら 高知らせる 印南野の 大海の原の 荒栲の 藤井の浦に 鮪釣ると 海人舟騒き 塩焼くと 人ぞさはにある 浦をよみ うべも釣りはす 浜をよみ うべも塩焼く あり通ひ 見さくもしるし 清き白浜 [仮名],やすみしし,わがおほきみの,かむながら,たかしらせる,いなみのの,おふみのはらの,あらたへの,ふぢゐのうらに,しびつると,あまぶねさわき,しほやくと,ひとぞさはにある,うらをよみ,うべもつりはす,はまをよみ,うべもしほやく,ありがよひ,みさくもしるし,きよきしらはま
939
[原文]奥浪 邊波安美 射去為登 藤江乃浦尓 船曽動流 [訓読]沖つ波辺波静けみ漁りすと藤江の浦に舟ぞ騒ける [仮名],おきつなみ,へなみしづけみ,いざりすと,ふぢえのうらに,ふねぞさわける
940
[原文]不欲見野乃 淺茅押靡 左宿夜之 氣長<在>者 家之小篠生 [訓読]印南野の浅茅押しなべさ寝る夜の日長くしあれば家し偲はゆ [仮名],いなみのの,あさぢおしなべ,さぬるよの,けながくしあれば,いへししのはゆ
941
[原文]明方 潮干乃道乎 従明日者 下咲異六 家近附者 [訓読]明石潟潮干の道を明日よりは下笑ましけむ家近づけば [仮名],あかしがた,しほひのみちを,あすよりは,したゑましけむ,いへちかづけば
942
[原文]味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不巻 櫻皮纒 作流舟二 真梶貫 吾榜来者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際従 吾宅乎見者 青山乃 曽許十方不見 白雲毛 千重尓成来沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隠 嶋乃埼々 隈毛不置 憶曽吾来 客乃氣長弥 [訓読]あぢさはふ 妹が目離れて 敷栲の 枕もまかず 桜皮巻き 作れる船に 真楫貫き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南嬬 辛荷の島の 島の際ゆ 我家を見れば 青山の そことも見えず 白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎ廻むる 浦のことごと 行き隠る 島の崎々 隈も置かず 思ひぞ我が来る 旅の日長み [仮名],あぢさはふ,いもがめかれて,しきたへの,まくらもまかず,かにはまき,つくれるふねに,まかぢぬき,わがこぎくれば,あはぢの,のしまもすぎ,いなみつま,からにのしまの,しまのまゆ,わぎへをみれば,あをやまの,そこともみえず,しらくもも,ちへになりきぬ,こぎたむる,うらのことごと,ゆきかくる,しまのさきざき,くまもおかず,おもひぞわがくる,たびのけながみ
943
[原文]玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水烏二四毛有哉 家不念有六 [訓読]玉藻刈る唐荷の島に島廻する鵜にしもあれや家思はずあらむ [仮名],たまもかる,からにのしまに,しまみする,うにしもあれや,いへおもはずあらむ
944
[原文]嶋隠 吾榜来者 乏毳 倭邊上 真熊野之船 [訓読]島隠り我が漕ぎ来れば羨しかも大和へ上るま熊野の船 [仮名],しまがくり,わがこぎくれば,ともしかも,やまとへのぼる,まくまののふね
945
[原文]風吹者 浪可将立跡 伺候尓 都太乃細江尓 浦隠居 [訓読]風吹けば波か立たむとさもらひに都太の細江に浦隠り居り [仮名],かぜふけば,なみかたたむと,さもらひに,つだのほそえに,うらがくりをり
946
[原文]御食向 淡路乃嶋二 直向 三犬女乃浦能 奥部庭 深海松採 浦廻庭 名告藻苅 深見流乃 見巻欲跡 莫告藻之 己名惜三 間使裳 不遣而吾者 生友奈重二 [訓読]御食向ふ 淡路の島に 直向ふ 敏馬の浦の 沖辺には 深海松採り 浦廻には なのりそ刈る 深海松の 見まく欲しけど なのりその おのが名惜しみ 間使も 遣らずて我れは 生けりともなし [仮名],みけむかふ,あはぢのしまに,ただむかふ,みぬめのうらの,おきへには,ふかみるとり,うらみには,なのりそかる,ふかみるの,みまくほしけど,なのりその,おのがなをしみ,まつかひも,やらずてわれは,いけりともなし
947
[原文]為間乃海人之 塩焼衣乃 奈礼名者香 一日母君乎 忘而将念 [訓読]須磨の海女の塩焼き衣の慣れなばか一日も君を忘れて思はむ [仮名],すまのあまの,しほやききぬの,なれなばか,ひとひもきみを,わすれておもはむ
948
[原文]真葛延 春日之山者 打靡 春去徃跡 山上丹 霞田名引 高圓尓 鴬鳴沼 物部乃 八十友能<壮>者 折<木>四哭之 来継<比日 如>此續 常丹有脊者 友名目而 遊物尾 馬名目而 徃益里乎 待難丹 吾為春乎 决巻毛 綾尓恐 言巻毛 湯々敷有跡 豫 兼而知者 千鳥鳴 其佐保川丹 石二生 菅根取而 之努布草 解除而益乎 徃水丹 潔而益乎 天皇之 御命恐 百礒城之 大宮人之 玉桙之 道毛不出 戀比日 [訓読]ま葛延ふ 春日の山は うち靡く 春さりゆくと 山の上に 霞たなびく 高円に 鴬鳴きぬ もののふの 八十伴の男は 雁が音の 来継ぐこの頃 かく継ぎて 常にありせば 友並めて 遊ばむものを 馬並めて 行かまし里を 待ちかてに 我がする春を かけまくも あやに畏し 言はまくも ゆゆしくあらむと あらかじめ かねて知りせば 千鳥鳴く その佐保川に 岩に生ふる 菅の根採りて 偲ふ草 祓へてましを 行く水に みそぎてましを 大君の 命畏み ももしきの 大宮人の 玉桙の 道にも出でず 恋ふるこの頃 [仮名],まくずはふ,かすがのやまは,うちなびく,はるさりゆくと,やまのへに,かすみたなびく,たかまとに,うぐひすなきぬ,もののふの,やそとものをは,かりがねの,きつぐこのころ,かくつぎて,つねにありせば,ともなめて,あそばむものを,うまなめて,ゆかましさとを,まちかてに,わがせしはるを,かけまくも,あやにかしこし,いはまくも,ゆゆしくあらむと,あらかじめ,かねてしりせば,ちどりなく,そのさほがはに,いはにおふる,すがのねとりて,しのふくさ,はらへてましを,ゆくみづに,みそぎてましを,おほきみの,みことかしこみ,ももしきの,おほみやひとの,たまほこの,みちにもいでず,こふるこのころ
949
[原文]梅柳 過良久惜 佐保乃内尓 遊事乎 宮動々尓 [訓読]梅柳過ぐらく惜しみ佐保の内に遊びしことを宮もとどろに [仮名],うめやなぎ,すぐらくをしみ,さほのうちに,あそびしことを,みやもとどろに
950
[原文]大王之 界賜跡 山守居 守云山尓 不入者不止 [訓読]大君の境ひたまふと山守据ゑ守るといふ山に入らずはやまじ [仮名],おほきみの,さかひたまふと,やまもりすゑ,もるといふやまに,いらずはやまじ
951
[原文]見渡者 近物可良 石隠 加我欲布珠乎 不取不巳 [訓読]見わたせば近きものから岩隠りかがよふ玉を取らずはやまじ [仮名],みわたせば,ちかきものから,いはがくり,かがよふたまを,とらずはやまじ
952
[原文]韓衣 服楢乃里之 嶋待尓 玉乎師付牟 好人欲得食 [訓読]韓衣着奈良の里の嶋松に玉をし付けむよき人もがも [仮名],からころも,きならのさとの,しままつに,たまをしつけむ,よきひともがも
953
[原文]竿<壮>鹿之 鳴奈流山乎 越将去 日谷八君 當不相将有 [訓読]さを鹿の鳴くなる山を越え行かむ日だにや君がはた逢はざらむ [仮名],さをしかの,なくなるやまを,こえゆかむ,ひだにやきみが,はたあはざらむ
954
[原文]朝波 海邊尓安左里為 暮去者 倭部越 鴈四乏母 [訓読]朝は海辺にあさりし夕されば大和へ越ゆる雁し羨しも [仮名],あしたは,うみへにあさりし,ゆふされば,やまとへこゆる,かりしともしも
955
[原文]刺竹之 大宮人乃 家跡住 佐保能山乎者 思哉毛君 [訓読]さす竹の大宮人の家と住む佐保の山をば思ふやも君 [仮名],さすたけの,おほみやひとの,いへとすむ,さほのやまをば,おもふやもきみ
956
[原文]八隅知之 吾大王乃 御食國者 日本毛此間毛 同登曽念 [訓読]やすみしし我が大君の食す国は大和もここも同じとぞ思ふ [仮名],やすみしし,わがおほきみの,をすくには,やまともここも,おやじとぞおもふ
957
[原文]去来兒等 香椎乃滷尓 白妙之 袖左倍所沾而 朝菜採手六 [訓読]いざ子ども香椎の潟に白栲の袖さへ濡れて朝菜摘みてむ [仮名],いざこども,かしひのかたに,しろたへの,そでさへぬれて,あさなつみてむ
958
[原文]時風 應吹成奴 香椎滷 潮干b尓 玉藻苅而名 [訓読]時つ風吹くべくなりぬ香椎潟潮干の浦に玉藻刈りてな [仮名],ときつかぜ,ふくべくなりぬ,かしひがた,しほひのうらに,たまもかりてな
959
[原文]徃還 常尓我見之 香椎滷 従明日後尓波 見縁母奈思 [訓読]行き帰り常に我が見し香椎潟明日ゆ後には見むよしもなし [仮名],ゆきかへり,つねにわがみし,かしひがた,あすゆのちには,みむよしもなし
960
[原文]隼人乃 湍門乃磐母 年魚走 芳野之瀧<尓> 尚不及家里 [訓読]隼人の瀬戸の巌も鮎走る吉野の瀧になほしかずけり [仮名],はやひとの,せとのいはほも,あゆはしる,よしののたきに,なほしかずけり
961
[原文]湯原尓 鳴蘆多頭者 如吾 妹尓戀哉 時不定鳴 [訓読]湯の原に鳴く葦鶴は我がごとく妹に恋ふれや時わかず鳴く [仮名],ゆのはらに,なくあしたづは,あがごとく,いもにこふれや,ときわかずなく
962
[原文]奥山之 磐尓蘿生 恐毛 問賜鴨 念不堪國 [訓読]奥山の岩に苔生し畏くも問ひたまふかも思ひあへなくに [仮名],おくやまの,いはにこけむし,かしこくも,とひたまふかも,おもひあへなくに
963
[原文]大汝 小彦名能 神社者 名著始鷄目 名耳乎 名兒山跡負而 吾戀之 干重之一重裳 奈具<佐>米七國 [訓読]大汝 少彦名の 神こそば 名付けそめけめ 名のみを 名児山と負ひて 我が恋の 千重の一重も 慰めなくに [仮名],おほなむち,すくなひこなの,かみこそば,なづけそめけめ,なのみを,なごやまとおひて,あがこひの,ちへのひとへも,なぐさめなくに
964
[原文]吾背子尓 戀者苦 暇有者 拾而将去 戀忘貝 [訓読]我が背子に恋ふれば苦し暇あらば拾ひて行かむ恋忘貝 [仮名],わがせこに,こふればくるし,いとまあらば,ひりひてゆかむ,こひわすれがひ
965
[原文]凡有者 左毛右毛将為乎 恐跡 振痛袖乎 忍而有香聞 [訓読]おほならばかもかもせむを畏みと振りたき袖を忍びてあるかも [仮名],おほならば,かもかもせむを,かしこみと,ふりたきそでを,しのびてあるかも
966
[原文]倭道者 雲隠有 雖然 余振袖乎 無礼登母布奈 [訓読]大和道は雲隠りたりしかれども我が振る袖をなめしと思ふな [仮名],やまとぢは,くもがくりたり,しかれども,わがふるそでを,なめしともふな
967
[原文]日本道乃 吉備乃兒嶋乎 過而行者 筑紫乃子嶋 所念香聞 [訓読]大和道の吉備の児島を過ぎて行かば筑紫の児島思ほえむかも [仮名],やまとぢの,きびのこしまを,すぎてゆかば,つくしのこしま,おもほえむかも
968
[原文]大夫跡 念在吾哉 水莖之 水城之上尓 泣将拭 [訓読]ますらをと思へる我れや水茎の水城の上に涙拭はむ [仮名],ますらをと,おもへるわれや,みづくきの,みづきのうへに,なみたのごはむ
969
[原文]須臾 去而見<壮>鹿 神名火乃 淵者淺而 瀬二香成良武 [訓読]しましくも行きて見てしか神なびの淵はあせにて瀬にかなるらむ [仮名],しましくも,ゆきてみてしか,かむなびの,ふちはあせにて,せにかなるらむ
970
[原文]指進乃 粟栖乃小野之 芽花 将落時尓之 行而手向六 [訓読]指進の栗栖の小野の萩の花散らむ時にし行きて手向けむ [仮名],****の,くるすのをのの,はぎのはな,ちらむときにし,ゆきてたむけむ
971
[原文]白雲乃 龍田山乃 露霜尓 色附時丹 打超而 客行<公>者 五百隔山 伊去割見 賊守 筑紫尓至 山乃曽伎 野之衣寸見世常 伴部乎 班遣之 山彦乃 将應極 谷潜乃 狭渡極 國方乎 見之賜而 冬<木>成 春去行者 飛鳥乃 早御来 龍田道之 岳邊乃路尓 丹管土乃 将薫時能 櫻花 将開時尓 山多頭能 迎参出六 <公>之来益者 [訓読]白雲の 龍田の山の 露霜に 色づく時に うち越えて 旅行く君は 五百重山 い行きさくみ 敵守る 筑紫に至り 山のそき 野のそき見よと 伴の部を 班ち遣はし 山彦の 答へむ極み たにぐくの さ渡る極み 国形を 見したまひて 冬こもり 春さりゆかば 飛ぶ鳥の 早く来まさね 龍田道の 岡辺の道に 丹つつじの にほはむ時の 桜花 咲きなむ時に 山たづの 迎へ参ゐ出む 君が来まさば [仮名],しらくもの,たつたのやまの,つゆしもに,いろづくときに,うちこえて,たびゆくきみは,いほへやま,いゆきさくみ,あたまもる,つくしにいたり,やまのそき,ののそきみよと,とものへを,あかちつかはし,やまびこの,こたへむきはみ,たにぐくの,さわたるきはみ,くにかたを,めしたまひて,ふゆこもり,はるさりゆかば,とぶとりの,はやくきまさね,たつたぢの,をかへのみちに,につつじの,にほはむときの,さくらばな,さきなむときに,やまたづの,むかへまゐでむ,きみがきまさば
972
[原文]千萬乃 軍奈利友 言擧不為 取而可来 男常曽念 [訓読]千万の軍なりとも言挙げせず取りて来ぬべき男とぞ思ふ [仮名],ちよろづの,いくさなりとも,ことあげせず,とりてきぬべき,をのことぞおもふ
973
[原文]食國 遠乃御朝庭尓 汝等之 如是退去者 平久 吾者将遊 手抱而 我者将御在 天皇朕 宇頭乃御手以 掻撫曽 祢宜賜 打撫曽 祢宜賜 将還来日 相飲酒曽 此豊御酒者 [訓読]食す国の 遠の朝廷に 汝らが かく罷りなば 平けく 我れは遊ばむ 手抱きて 我れはいまさむ 天皇我れ うづの御手もち かき撫でぞ ねぎたまふ うち撫でぞ ねぎたまふ 帰り来む日 相飲まむ酒ぞ この豊御酒は [仮名],をすくにの,とほのみかどに,いましらが,かくまかりなば,たひらけく,われはあそばむ,たむだきて,われはいまさむ,すめらわれ,うづのみてもち,かきなでぞ,ねぎたまふ,うちなでぞ,ねぎたまふ,かへりこむひ,あひのまむきぞ,このとよみきは
974
[原文]大夫之 去跡云道曽 凡可尓 念而行勿 大夫之伴 [訓読]大夫の行くといふ道ぞおほろかに思ひて行くな大夫の伴 [仮名],ますらをの,ゆくといふみちぞ,おほろかに,おもひてゆくな,ますらをのとも
975
[原文]如是為管 在久乎好叙 霊剋 短命乎 長欲為流 [訓読]かくしつつあらくをよみぞたまきはる短き命を長く欲りする [仮名],かくしつつ,あらくをよみぞ,たまきはる,みじかきいのちを,ながくほりする
976
[原文]難波方 潮干乃奈凝 委曲見 在家妹之 待将問多米 [訓読]難波潟潮干のなごりよく見てむ家なる妹が待ち問はむため [仮名],なにはがた,しほひのなごり,よくみてむ,いへなるいもが,まちとはむため
977
[原文]直超乃 此徑尓<弖師> 押照哉 難波乃<海>跡 名附家良思<蒙> [訓読]直越のこの道にしておしてるや難波の海と名付けけらしも [仮名],ただこえの,このみちにして,おしてるや,なにはのうみと,なづけけらしも
978
[原文]士也母 空應有 萬代尓 語續可 名者不立之而 [訓読]士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして [仮名],をのこやも,むなしくあるべき,よろづよに,かたりつぐべき,なはたてずして
979
[原文]吾背子我 著衣薄 佐保風者 疾莫吹 及<家>左右 [訓読]我が背子が着る衣薄し佐保風はいたくな吹きそ家に至るまで [仮名],わがせこが,けるきぬうすし,さほかぜは,いたくなふきそ,いへにいたるまで
980
[原文]雨隠 三笠乃山乎 高御香裳 月乃不出来 夜者更降管 [訓読]雨隠り御笠の山を高みかも月の出で来ぬ夜はくたちつつ [仮名],あまごもり,みかさのやまを,たかみかも,つきのいでこぬ,よはくたちつつ
981
[原文]猟高乃 高圓山乎 高弥鴨 出来月乃 遅将光 [訓読]狩高の高円山を高みかも出で来る月の遅く照るらむ [仮名],かりたかの,たかまとやまを,たかみかも,いでくるつきの,おそくてるらむ
982
[原文]烏玉乃 夜霧立而 不清 照有月夜乃 見者悲沙 [訓読]ぬばたまの夜霧の立ちておほほしく照れる月夜の見れば悲しさ [仮名],ぬばたまの,よぎりのたちて,おほほしく,てれるつくよの,みればかなしさ
983
[原文]山葉 左佐良榎<壮>子 天原 門度光 見良久之好藻 [訓読]山の端のささら愛壮士天の原門渡る光見らくしよしも [仮名],やまのはの,ささらえをとこ,あまのはら,とわたるひかり,みらくしよしも
984
[原文]雲隠 去方乎無跡 吾戀 月哉君之 欲見為流 [訓読]雲隠り去方をなみと我が恋ふる月をや君が見まく欲りする [仮名],くもがくり,ゆくへをなみと,あがこふる,つきをやきみが,みまくほりする
985
[原文]天尓座 月讀<壮>子 幣者将為 今夜乃長者 五百夜継許増 [訓読]天にます月読壮士賄はせむ今夜の長さ五百夜継ぎこそ [仮名],あめにます,つくよみをとこ,まひはせむ,こよひのながさ,いほよつぎこそ
986
[原文]愛也思 不遠里乃 君来跡 大能備尓鴨 月之照有 [訓読]はしきやし間近き里の君来むとおほのびにかも月の照りたる [仮名],はしきやし,まちかきさとの,きみこむと,おほのびにかも,つきのてりたる
987
[原文]待難尓 余為月者 妹之著 三笠山尓 隠而有来 [訓読]待ちかてに我がする月は妹が着る御笠の山に隠りてありけり [仮名],まちかてに,わがするつきは,いもがきる,みかさのやまに,こもりてありけり
988
[原文]春草者 後<波>落易 巌成 常磐尓座 貴吾君 [訓読]春草は後はうつろふ巌なす常盤にいませ貴き我が君 [仮名],はるくさは,のちはうつろふ,いはほなす,ときはにいませ,たふときあがきみ
989
[原文]焼刀之 加度打放 大夫之 祷豊御酒尓 吾酔尓家里 [訓読]焼太刀のかど打ち放ち大夫の寿く豊御酒に我れ酔ひにけり [仮名],やきたちの,かどうちはなち,ますらをの,ほくとよみきに,われゑひにけり
990
[原文]茂岡尓 神佐備立而 榮有 千代松樹乃 歳之不知久 [訓読]茂岡に神さび立ちて栄えたる千代松の木の年の知らなく [仮名],しげをかに,かむさびたちて,さかえたる,ちよまつのきの,としのしらなく
991
[原文]石走 多藝千流留 泊瀬河 絶事無 亦毛来而将見 [訓読]石走りたぎち流るる泊瀬川絶ゆることなくまたも来て見む [仮名],いはばしり,たぎちながるる,はつせがは,たゆることなく,またもきてみむ
992
[原文]古郷之 飛鳥者雖有 青丹吉 平城之明日香乎 見樂思好裳 [訓読]故郷の飛鳥はあれどあをによし奈良の明日香を見らくしよしも [仮名],ふるさとの,あすかはあれど,あをによし,ならのあすかを,みらくしよしも
993
[原文]月立而 直三日月之 眉根掻 氣長戀之 君尓相有鴨 [訓読]月立ちてただ三日月の眉根掻き日長く恋ひし君に逢へるかも [仮名],つきたちて,ただみかづきの,まよねかき,けながくこひし,きみにあへるかも
994
[原文]振仰而 若月見者 一目見之 人乃眉引 所念可聞 [訓読]振り放けて三日月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかも [仮名],ふりさけて,みかづきみれば,ひとめみし,ひとのまよびき,おもほゆるかも
995
[原文]如是為乍 遊飲與 草木尚 春者生管 秋者落去 [訓読]かくしつつ遊び飲みこそ草木すら春は咲きつつ秋は散りゆく [仮名],かくしつつ,あそびのみこそ,くさきすら,はるはさきつつ,あきはちりゆく
996
[原文]御民吾 生有驗在 天地之 榮時尓 相樂念者 [訓読]御民我れ生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく思へば [仮名],みたみわれ,いけるしるしあり,あめつちの,さかゆるときに,あへらくおもへば
997
[原文]住吉乃 粉濱之四時美 開藻不見 隠耳哉 戀度南 [訓読]住吉の粉浜のしじみ開けもみず隠りてのみや恋ひわたりなむ [仮名],すみのえの,こはまのしじみ,あけもみず,こもりてのみや,こひわたりなむ
998
[原文]如眉 雲居尓所見 阿波乃山 懸而榜舟 泊不知毛 [訓読]眉のごと雲居に見ゆる阿波の山懸けて漕ぐ舟泊り知らずも [仮名],まよのごと,くもゐにみゆる,あはのやま,かけてこぐふね,とまりしらずも
999
[原文]従千<沼>廻 雨曽零来 四八津之白水郎 <綱手>乾有 沾将堪香聞 [訓読]茅渟廻より雨ぞ降り来る四極の海人綱手干したり濡れもあへむかも [仮名],ちぬみより,あめぞふりくる,しはつのあま,つなでほしたり,ぬれもあへむかも
1000
[原文]兒等之有者 二人将聞乎 奥渚尓 鳴成多頭乃 暁之聲 [訓読]子らしあらばふたり聞かむを沖つ洲に鳴くなる鶴の暁の声 [仮名],こらしあらば,ふたりきかむを,おきつすに,なくなるたづの,あかときのこゑ
1001
[原文]大夫者 御<猟>尓立之 未通女等者 赤裳須素引 清濱備乎 [訓読]大夫は御狩に立たし娘子らは赤裳裾引く清き浜びを [仮名],ますらをは,みかりにたたし,をとめらは,あかもすそひく,きよきはまびを
1002
[原文]馬之歩 押止駐余 住吉之 岸乃黄土 尓保比而将去 [訓読]馬の歩み抑へ留めよ住吉の岸の埴生ににほひて行かむ [仮名],うまのあゆみ,おさへとどめよ,すみのえの,きしのはにふに,にほひてゆかむ
1003
[原文]海D嬬 玉求良之 奥浪 恐海尓 船出為利所見 [訓読]海女娘子玉求むらし沖つ波畏き海に舟出せり見ゆ [仮名],あまをとめ,たまもとむらし,おきつなみ,かしこきうみに,ふなでせりみゆ
1004
[原文]不所念 来座君乎 <佐>保<川>乃 河蝦不令聞 還都流香聞 [訓読]思ほえず来ましし君を佐保川のかはづ聞かせず帰しつるかも [仮名],おもほえず,きまししきみを,さほがはの,かはづきかせず,かへしつるかも
1005
[原文]八隅知之 我大王之 見給 芳野宮者 山高 雲曽軽引 河速弥 湍之聲曽清寸 神佐備而 見者貴久 宜名倍 見者清之 此山<乃> 盡者耳社 此河乃 絶者耳社 百師紀能 大宮所 止時裳有目 [訓読]やすみしし 我が大君の 見したまふ 吉野の宮は 山高み 雲ぞたなびく 川早み 瀬の音ぞ清き 神さびて 見れば貴く よろしなへ 見ればさやけし この山の 尽きばのみこそ この川の 絶えばのみこそ ももしきの 大宮所 やむ時もあらめ [仮名],やすみしし,わがおほきみの,めしたまふ,よしののみやは,やまたかみ,くもぞたなびく,かははやみ,せのおとぞきよき,かむさびて,みればたふとき,よろしなへ,みればさやけし,このやまの,つきばのみこそ,このかはの,たえばのみこそ,ももしきの,おほみやところ,やむときもあらめ
1006
[原文]自神代 芳野宮尓 蟻通 高所知者 山河乎吉三 [訓読]神代より吉野の宮にあり通ひ高知らせるは山川をよみ [仮名],かむよより,よしののみやに,ありがよひ,たかしらせるは,やまかはをよみ
1007
[原文]言不問 木尚妹與兄 有云乎 直獨子尓 有之苦者 [訓読]言問はぬ木すら妹と兄とありといふをただ独り子にあるが苦しさ [仮名],こととはぬ,きすらいもとせと,ありといふを,ただひとりこに,あるがくるしさ
1008
[原文]山之葉尓 不知世經月乃 将出香常 我待君之 夜者更降管 [訓読]山の端にいさよふ月の出でむかと我が待つ君が夜はくたちつつ [仮名],やまのはに,いさよふつきの,いでむかと,わがまつきみが,よはくたちつつ
1009
[原文]橘者 實左倍花左倍 其葉左倍 枝尓霜雖降 益常葉之<樹> [訓読]橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の木 [仮名],たちばなは,みさへはなさへ,そのはさへ,えにしもふれど,いやとこはのき
1010
[原文]奥山之 真木葉凌 零雪乃 零者雖益 地尓落目八方 [訓読]奥山の真木の葉しのぎ降る雪の降りは増すとも地に落ちめやも [仮名],おくやまの,まきのはしのぎ,ふるゆきの,ふりはますとも,つちにおちめやも
1011
[原文]我屋戸之 梅咲有跡 告遣者 来云似有 散去十方吉 [訓読]我が宿の梅咲きたりと告げ遣らば来と言ふに似たり散りぬともよし [仮名],わがやどの,うめさきたりと,つげやらば,こといふににたり,ちりぬともよし
1012
[原文]春去者 乎呼理尓乎呼里 鴬<之 鳴>吾嶋曽 不息通為 [訓読]春さればををりにををり鴬の鳴く我が山斎ぞやまず通はせ [仮名],はるされば,ををりにををり,うぐひすの,なくわがしまぞ,やまずかよはせ
1013
[原文]豫 公来座武跡 知麻世婆 門尓屋戸尓毛 珠敷益乎 [訓読]あらかじめ君来まさむと知らませば門に宿にも玉敷かましを [仮名],あらかじめ,きみきまさむと,しらませば,かどにやどにも,たましかましを
1014
[原文]前日毛 昨日毛<今>日毛 雖見 明日左倍見巻 欲寸君香聞 [訓読]一昨日も昨日も今日も見つれども明日さへ見まく欲しき君かも [仮名],をとつひも,きのふもけふも,みつれども,あすさへみまく,ほしききみかも
1015
[原文]玉敷而 待益欲利者 多鷄蘇香仁 来有今夜四 樂所念 [訓読]玉敷きて待たましよりはたけそかに来る今夜し楽しく思ほゆ [仮名],たましきて,またましよりは,たけそかに,きたるこよひし,たのしくおもほゆ
1016
[原文]海原之 遠渡乎 遊士之 遊乎将見登 莫津左比曽来之 [訓読]海原の遠き渡りを風流士の遊ぶを見むとなづさひぞ来し [仮名],うなはらの,とほきわたりを,みやびをの,あそぶをみむと,なづさひぞこし
1017
[原文]木綿疊 手向乃山乎 今日<越>而 何野邊尓 廬将為<吾>等 [訓読]木綿畳手向けの山を今日越えていづれの野辺に廬りせむ我れ [仮名],ゆふたたみ,たむけのやまを,けふこえて,いづれののへに,いほりせむわれ
1018
[原文]白珠者 人尓不所知 不知友縦 雖不知 吾之知有者 不知友任意 [訓読]白玉は人に知らえず知らずともよし知らずとも我れし知れらば知らずともよし [仮名],しらたまは,ひとにしらえず,しらずともよし,しらずとも,われししれらば,しらずともよし
1019
[原文]石上 振乃尊者 弱女乃 或尓縁而 馬自物 縄取附 肉自物 弓笶圍而 王 命恐 天離 夷部尓退 古衣 又打山従 還来奴香聞 [訓読]石上 布留の命は 手弱女の 惑ひによりて 馬じもの 縄取り付け 獣じもの 弓矢囲みて 大君の 命畏み 天離る 鄙辺に罷る 古衣 真土の山ゆ 帰り来ぬかも [仮名],いそのかみ,ふるのみことは,たわやめの,まどひによりて,うまじもの,なはとりつけ,ししじもの,ゆみやかくみて,おほきみの,みことかしこみ,あまざかる,ひなへにまかる,ふるころも,まつちのやまゆ,かへりこぬかも
1020, 1021
[原文]王 命恐見 刺<並> 國尓出座 <愛>耶 吾背乃公<矣> 繋巻裳 湯々石恐石 住吉乃 荒人神 <船>舳尓 牛吐賜 付賜将 嶋之<埼>前 依賜将 礒乃埼前 荒浪 風尓不<令>遇 <莫>管見 身疾不有 急 令變賜根 本國部尓 [訓読]大君の 命畏み さし並ぶ 国に出でます はしきやし 我が背の君を かけまくも ゆゆし畏し 住吉の 現人神 船舳に うしはきたまひ 着きたまはむ 島の崎々 寄りたまはむ 磯の崎々 荒き波 風にあはせず 障みなく 病あらせず 速けく 帰したまはね もとの国辺に [仮名],おほきみの,みことかしこみ,さしならぶ,くににいでます,はしきやし,わがせのきみを,かけまくも,ゆゆしかしこし,すみのえの,あらひとがみ,ふなのへに,うしはきたまひ,つきたまはむ,しまのさきざき,よりたまはむ,いそのさきざき,あらきなみ,かぜにあはせず,つつみなく,やまひあらせず,すむやけく,かへしたまはね,もとのくにへに
1022
[原文]父公尓 吾者真名子叙 妣刀自尓 吾者愛兒叙 参昇 八十氏人乃 手向<為> 恐乃坂尓 <幣>奉 吾者叙追 遠杵土左道矣 [訓読]父君に 我れは愛子ぞ 母刀自に 我れは愛子ぞ 参ゐ上る 八十氏人の 手向けする 畏の坂に 幣奉り 我れはぞ追へる 遠き土佐道を [仮名],ちちぎみに,われはまなごぞ,ははとじに,われはまなごぞ,まゐのぼる,やそうぢひとの,たむけする,かしこのさかに,ぬさまつり,われはぞおへる,とほきとさぢを
1023
[原文]大埼乃 神之小濱者 雖小 百船<純>毛 過迹云莫國 [訓読]大崎の神の小浜は狭けども百舟人も過ぐと言はなくに [仮名],おほさきの,かみのをばまは,せばけども,ももふなびとも,すぐといはなくに
1024
[原文]長門有 奥津借嶋 奥真經而 吾念君者 千歳尓母我毛 [訓読]長門なる沖つ借島奥まへて我が思ふ君は千年にもがも [仮名],ながとなる,おきつかりしま,おくまへて,あがもふきみは,ちとせにもがも
1025
[原文]奥真經而 吾乎念流 吾背子者 千<年>五百歳 有巨勢奴香聞 [訓読]奥まへて我れを思へる我が背子は千年五百年ありこせぬかも [仮名],おくまへて,われをおもへる,わがせこは,ちとせいほとせ,ありこせぬかも
1026
[原文]百礒城乃 大宮人者 今日毛鴨 暇<无>跡 里尓不<出>将有 [訓読]ももしきの大宮人は今日もかも暇をなみと里に出でずあらむ [仮名],ももしきの,おほみやひとは,けふもかも,いとまをなみと,さとにいでずあらむ
1027
[原文]橘 本尓道履 八衢尓 物乎曽念 人尓不所知 [訓読]橘の本に道踏む八衢に物をぞ思ふ人に知らえず [仮名],たちばなの,もとにみちふむ,やちまたに,ものをぞおもふ,ひとにしらえず
1028
[原文]大夫之 高圓山尓 迫有者 里尓下来流 牟射佐i曽此 [訓読]ますらをの高円山に迫めたれば里に下り来るむざさびぞこれ [仮名],ますらをの,たかまとやまに,せめたれば,さとにおりける,むざさびぞこれ
1029
[原文]河口之 野邊尓廬而 夜乃歴者 妹之手本師 所念鴨 [訓読]河口の野辺に廬りて夜の経れば妹が手本し思ほゆるかも [仮名],かはぐちの,のへにいほりて,よのふれば,いもがたもとし,おもほゆるかも
1030
[原文]妹尓戀 吾乃松原 見渡者 潮干乃滷尓 多頭鳴渡 [訓読]妹に恋ひ吾の松原見わたせば潮干の潟に鶴鳴き渡る [仮名],いもにこひ,あがのまつばら,みわたせば,しほひのかたに,たづなきわたる
1031
[原文]後尓之 <人>乎思久 四泥能埼 木綿取之泥而 <好>住跡其念 [訓読]後れにし人を思はく思泥の崎木綿取り垂でて幸くとぞ思ふ [仮名],おくれにし,ひとをおもはく,しでのさき,ゆふとりしでて,さきくとぞおもふ
1032
[原文]天皇之 行幸之随 吾妹子之 手枕不巻 月曽歴去家留 [訓読]大君の行幸のまにま我妹子が手枕まかず月ぞ経にける [仮名],おほきみの,みゆきのまにま,わぎもこが,たまくらまかず,つきぞへにける
1033
[原文]御食國 志麻乃海部有之 真熊野之 小船尓乗而 奥部榜所見 [訓読]御食つ国志摩の海人ならしま熊野の小舟に乗りて沖へ漕ぐ見ゆ [仮名],みけつくに,しまのあまならし,まくまのの,をぶねにのりて,おきへこぐみゆ
1034
[原文]従古 人之言来流 老人之 <變>若云水曽 名尓負瀧之瀬 [訓読]いにしへゆ人の言ひ来る老人の変若つといふ水ぞ名に負ふ瀧の瀬 [仮名],いにしへゆ,ひとのいひける,おいひとの,をつといふみづぞ,なにおふたきのせ
1035
[原文]田跡河之 瀧乎清美香 従古 <官>仕兼 多藝乃野之上尓 [訓読]田跡川の瀧を清みかいにしへゆ宮仕へけむ多芸の野の上に [仮名],たどかはの,たきをきよみか,いにしへゆ,みやつかへけむ,たぎのののへに
1036
[原文]關無者 還尓谷藻 打行而 妹之手枕 巻手宿益乎 [訓読]関なくは帰りにだにもうち行きて妹が手枕まきて寝ましを [仮名],せきなくは,かへりにだにも,うちゆきて,いもがたまくら,まきてねましを
1037
[原文]今造 久<邇>乃王都者 山河之 清見者 宇倍所知良之 [訓読]今造る久迩の都は山川のさやけき見ればうべ知らすらし [仮名],いまつくる,くにのみやこは,やまかはの,さやけきみれば,うべしらすらし
1038
[原文]故郷者 遠毛不有 一重山 越我可良尓 念曽吾世思 [訓読]故郷は遠くもあらず一重山越ゆるがからに思ひぞ我がせし [仮名],ふるさとは,とほくもあらず,ひとへやま,こゆるがからに,おもひぞわがせし
1039
[原文]吾背子與 二人之居者 山高 里尓者月波 不曜十方余思 [訓読]我が背子とふたりし居らば山高み里には月は照らずともよし [仮名],わがせこと,ふたりしをらば,やまたかみ,さとにはつきは,てらずともよし
1040
[原文]久堅乃 雨者零敷 念子之 屋戸尓今夜者 明而将去 [訓読]ひさかたの雨は降りしけ思ふ子がやどに今夜は明かして行かむ [仮名],ひさかたの,あめはふりしけ,おもふこが,やどにこよひは,あかしてゆかむ
1041
[原文]吾屋戸乃 君松樹尓 零雪<乃> 行者不去 待西将待 [訓読]我がやどの君松の木に降る雪の行きには行かじ待にし待たむ [仮名],わがやどの,きみまつのきに,ふるゆきの,ゆきにはゆかじ,まちにしまたむ
1042
[原文]一松 幾代可歴流 吹風乃 聲之清者 年深香聞 [訓読]一つ松幾代か経ぬる吹く風の音の清きは年深みかも [仮名],ひとつまつ,いくよかへぬる,ふくかぜの,おとのきよきは,としふかみかも
1043
[原文]霊剋 壽者不知 松之枝 結情者 長等曽念 [訓読]たまきはる命は知らず松が枝を結ぶ心は長くとぞ思ふ [仮名],たまきはる,いのちはしらず,まつがえを,むすぶこころは,ながくとぞおもふ
1044
[原文]紅尓 深染西 情可母 寧樂乃京師尓 年之歴去倍吉 [訓読]紅に深く染みにし心かも奈良の都に年の経ぬべき [仮名],くれなゐに,ふかくしみにし,こころかも,ならのみやこに,としのへぬべき
1045
[原文]世間乎 常無物跡 今曽知 平城京師之 移徙見者 [訓読]世間を常なきものと今ぞ知る奈良の都のうつろふ見れば [仮名],よのなかを,つねなきものと,いまぞしる,ならのみやこの,うつろふみれば
1046
[原文]石綱乃 又變若反 青丹吉 奈良乃都乎 又将見鴨 [訓読]岩綱のまた変若ちかへりあをによし奈良の都をまたも見むかも [仮名],いはつなの,またをちかへり,あをによし,ならのみやこを,またもみむかも
1047
[原文]八隅知之 吾大王乃 高敷為 日本國者 皇祖乃 神之御代自 敷座流 國尓之有者 阿礼将座 御子之嗣継 天下 所知座跡 八百萬 千年矣兼而 定家牟 平城京師者 炎乃 春尓之成者 春日山 御笠之野邊尓 櫻花 木晩牢 皃鳥者 間無數鳴 露霜乃 秋去来者 射駒山 飛火賀<す>丹 芽乃枝乎 石辛見散之 狭男<壮>鹿者 妻呼令動 山見者 山裳見皃石 里見者 里裳住吉 物負之 八十伴緒乃 打經而 思<煎>敷者 天地乃 依會限 萬世丹 榮将徃迹 思煎石 大宮尚矣 恃有之 名良乃京矣 新世乃 事尓之有者 皇之 引乃真尓真荷 春花乃 遷日易 村鳥乃 旦立徃者 刺竹之 大宮人能 踏平之 通之道者 馬裳不行 人裳徃莫者 荒尓異類香聞 [訓読]やすみしし 我が大君の 高敷かす 大和の国は すめろきの 神の御代より 敷きませる 国にしあれば 生れまさむ 御子の継ぎ継ぎ 天の下 知らしまさむと 八百万 千年を兼ねて 定めけむ 奈良の都は かぎろひの 春にしなれば 春日山 御笠の野辺に 桜花 木の暗隠り 貌鳥は 間なくしば鳴く 露霜の 秋さり来れば 生駒山 飛火が岳に 萩の枝を しがらみ散らし さを鹿は 妻呼び響む 山見れば 山も見が欲し 里見れば 里も住みよし もののふの 八十伴の男の うちはへて 思へりしくは 天地の 寄り合ひの極み 万代に 栄えゆかむと 思へりし 大宮すらを 頼めりし 奈良の都を 新代の ことにしあれば 大君の 引きのまにまに 春花の うつろひ変り 群鳥の 朝立ち行けば さす竹の 大宮人の 踏み平し 通ひし道は 馬も行かず 人も行かねば 荒れにけるかも [仮名],やすみしし,わがおほきみの,たかしかす,やまとのくには,すめろきの,かみのみよより,しきませる,くににしあれば,あれまさむ,みこのつぎつぎ,あめのした,しらしまさむと,やほよろづ,ちとせをかねて,さだめけむ,ならのみやこは,かぎろひの,はるにしなれば,かすがやま,みかさののへに,さくらばな,このくれがくり,かほどりは,まなくしばなく,つゆしもの,あきさりくれば,いこまやま,とぶひがたけに,はぎのえを,しがらみちらし,さをしかは,つまよびとよむ,やまみれば,やまもみがほし,さとみれば,さともすみよし,もののふの,やそとものをの,うちはへて,おもへりしくは,あめつちの,よりあひのきはみ,よろづよに,さかえゆかむと,おもへりし,おほみやすらを,たのめりし,ならのみやこを,あらたよの,ことにしあれば,おほきみの,ひきのまにまに,はるはなの,うつろひかはり,むらとりの,あさだちゆけば,さすたけの,おほみやひとの,ふみならし,かよひしみちは,うまもゆかず,ひともゆかねば,あれにけるかも
1048
[原文]立易 古京跡 成者 道之志婆草 長生尓異<煎> [訓読]たち変り古き都となりぬれば道の芝草長く生ひにけり [仮名],たちかはり,ふるきみやこと,なりぬれば,みちのしばくさ,ながくおひにけり
1049
[原文]名付西 奈良乃京之 荒行者 出立毎尓 嘆思益 [訓読]なつきにし奈良の都の荒れゆけば出で立つごとに嘆きし増さる [仮名],なつきにし,ならのみやこの,あれゆけば,いでたつごとに,なげきしまさる
1050
[原文]明津神 吾皇之 天下 八嶋之中尓 國者霜 多雖有 里者霜 澤尓雖有 山並之 宜國跡 川次之 立合郷跡 山代乃 鹿脊山際尓 宮柱 太敷奉 高知為 布當乃宮者 河近見 湍音叙清 山近見 鳥賀鳴慟 秋去者 山裳動響尓 左男鹿者 妻呼令響 春去者 岡邊裳繁尓 巌者 花開乎呼理 痛A怜 布當乃原 甚貴 大宮處 諾己曽 吾大王者 君之随 所聞賜而 刺竹乃 大宮此跡 定異等霜 [訓読]現つ神 我が大君の 天の下 八島の内に 国はしも さはにあれども 里はしも さはにあれども 山なみの よろしき国と 川なみの たち合ふ里と 山背の 鹿背山の際に 宮柱 太敷きまつり 高知らす 布当の宮は 川近み 瀬の音ぞ清き 山近み 鳥が音響む 秋されば 山もとどろに さを鹿は 妻呼び響め 春されば 岡辺も繁に 巌には 花咲きををり あなあはれ 布当の原 いと貴 大宮所 うべしこそ 吾が大君は 君ながら 聞かしたまひて さす竹の 大宮ここと 定めけらしも [仮名],あきつかみ,わがおほきみの,あめのした,やしまのうちに,くにはしも,さはにあれども,さとはしも,さはにあれども,やまなみの,よろしきくにと,かはなみの,たちあふさとと,やましろの,かせやまのまに,みやばしら,ふとしきまつり,たかしらす,ふたぎのみやは,かはちかみ,せのおとぞきよき,やまちかみ,とりがねとよむ,あきされば,やまもとどろに,さをしかは,つまよびとよめ,はるされば,をかへもしじに,いはほには,はなさきををり,あなあはれ,ふたぎのはら,いとたふと,おほみやところ,うべしこそ,わがおほきみは,きみながら,きかしたまひて,さすたけの,おほみやここと,さだめけらしも
1051
[原文]三日原 布當乃野邊 清見社 大宮處 [一云 此跡標刺] 定異等霜 [訓読]三香の原布当の野辺を清みこそ大宮所 [一云 ここと標刺し] 定めけらしも [仮名],みかのはら,ふたぎののへを,きよみこそ,おほみやところ,[こことしめさし],さだめけらしも
1052
[原文]<山>高来 川乃湍清石 百世左右 神之味将<徃> 大宮所 [訓読]山高く川の瀬清し百代まで神しみゆかむ大宮所 [仮名],やまたかく,かはのせきよし,ももよまで,かむしみゆかむ,おほみやところ
1053
[原文]吾皇 神乃命乃 高所知 布當乃宮者 百樹成 山者木高之 落多藝都 湍音毛清之 鴬乃 来鳴春部者 巌者 山下耀 錦成 花咲乎呼里 左<壮>鹿乃 妻呼秋者 天霧合 之具礼乎疾 狭丹頬歴 黄葉散乍 八千年尓 安礼衝之乍 天下 所知食跡 百代尓母 不可易 大宮處 [訓読]吾が大君 神の命の 高知らす 布当の宮は 百木盛り 山は木高し 落ちたぎつ 瀬の音も清し 鴬の 来鳴く春へは 巌には 山下光り 錦なす 花咲きををり さを鹿の 妻呼ぶ秋は 天霧らふ しぐれをいたみ さ丹つらふ 黄葉散りつつ 八千年に 生れ付かしつつ 天の下 知らしめさむと 百代にも 変るましじき 大宮所 [仮名],わがおほきみ,かみのみことの,たかしらす,ふたぎのみやは,ももきもり,やまはこだかし,おちたぎつ,せのおともきよし,うぐひすの,きなくはるへは,いはほには,やましたひかり,にしきなす,はなさきををり,さをしかの,つまよぶあきは,あまぎらふ,しぐれをいたみ,さにつらふ,もみちちりつつ,やちとせに,あれつかしつつ,あめのした,しらしめさむと,ももよにも,かはるましじき,おほみやところ
1054
[原文]泉<川> 徃瀬乃水之 絶者許曽 大宮地 遷徃目 [訓読]泉川行く瀬の水の絶えばこそ大宮所移ろひ行かめ [仮名],いづみがは,ゆくせのみづの,たえばこそ,おほみやところ,うつろひゆかめ
1055
[原文]布當山 山並見者 百代尓毛 不可易 大宮處 [訓読]布当山山なみ見れば百代にも変るましじき大宮所 [仮名],ふたぎやま,やまなみみれば,ももよにも,かはるましじき,おほみやところ
1056
[原文]D嬬等之 續麻繁云 鹿脊之山 時之徃<者> 京師跡成宿 [訓読]娘子らが続麻懸くといふ鹿背の山時しゆければ都となりぬ [仮名],をとめらが,うみをかくといふ,かせのやま,ときしゆければ,みやことなりぬ
1057
[原文]鹿脊之山 樹立矣繁三 朝不去 寸鳴響為 鴬之音 [訓読]鹿背の山木立を茂み朝さらず来鳴き響もす鴬の声 [仮名],かせのやま,こだちをしげみ,あささらず,きなきとよもす,うぐひすのこゑ
1058
[原文]狛山尓 鳴霍公鳥 泉河 渡乎遠見 此間尓不通 [一云 渡遠哉 不通<有>武] [訓読]狛山に鳴く霍公鳥泉川渡りを遠みここに通はず [一云 渡り遠みか通はずあるらむ] [仮名],こまやまに,なくほととぎす,いづみがは,わたりをとほみ,ここにかよはず,[わたりとほみか,かよはずあるらむ]
1059
[原文]三香原 久邇乃京師者 山高 河之瀬清 在吉迹 人者雖云 在吉跡 吾者雖念 故去之 里尓四有者 國見跡 人毛不通 里見者 家裳荒有 波之異耶 如此在家留可 三諸著 鹿脊山際尓 開花之 色目列敷 百鳥之 音名束敷 在<杲>石 住吉里乃 荒樂苦惜哭 [訓読]三香の原 久迩の都は 山高み 川の瀬清み 住みよしと 人は言へども ありよしと 我れは思へど 古りにし 里にしあれば 国見れど 人も通はず 里見れば 家も荒れたり はしけやし かくありけるか みもろつく 鹿背山の際に 咲く花の 色めづらしく 百鳥の 声なつかしく ありが欲し 住みよき里の 荒るらく惜しも [仮名],みかのはら,くにのみやこは,やまたかみ,かはのせきよみ,すみよしと,ひとはいへども,ありよしと,われはおもへど,ふりにし,さとにしあれば,くにみれど,ひともかよはず,さとみれば,いへもあれたり,はしけやし,かくありけるか,みもろつく,かせやまのまに,さくはなの,いろめづらしく,ももとりの,こゑなつかしく,ありがほし,すみよきさとの,あるらくをしも
1060
[原文]三香原 久邇乃京者 荒去家里 大宮人乃 遷去礼者 [訓読]三香の原久迩の都は荒れにけり大宮人のうつろひぬれば [仮名],みかのはら,くにのみやこは,あれにけり,おほみやひとの,うつろひぬれば
1061
[原文]咲花乃 色者不易 百石城乃 大宮人叙 立易<奚>流 [訓読]咲く花の色は変らずももしきの大宮人ぞたち変りける [仮名],さくはなの,いろはかはらず,ももしきの,おほみやひとぞ,たちかはりける
1062
[原文]安見知之 吾大王乃 在通 名庭乃宮者 不知魚取 海片就而 玉拾 濱邊乎近見 朝羽振 浪之聲せ 夕薙丹 櫂合之聲所聆 暁之 寐覺尓聞者 海石之 塩干乃共 <b>渚尓波 千鳥妻呼 葭部尓波 鶴鳴動 視人乃 語丹為者 聞人之 視巻欲為 御食向 味原宮者 雖見不飽香聞 [訓読]やすみしし 我が大君の あり通ふ 難波の宮は 鯨魚取り 海片付きて 玉拾ふ 浜辺を清み 朝羽振る 波の音騒き 夕なぎに 楫の音聞こゆ 暁の 寝覚に聞けば 海石の 潮干の共 浦洲には 千鳥妻呼び 葦辺には 鶴が音響む 見る人の 語りにすれば 聞く人の 見まく欲りする 御食向ふ 味経の宮は 見れど飽かぬかも [仮名],やすみしし,わがおほきみの,ありがよふ,なにはのみやは,いさなとり,うみかたづきて,たまひりふ,はまへをきよみ,あさはふる,なみのおとさわく,ゆふなぎに,かぢのおときこゆ,あかときの,ねざめにきけば,いくりの,しほひのむた,うらすには,ちどりつまよび,あしへには,たづがねとよむ,みるひとの,かたりにすれば,きくひとの,みまくほりする,みけむかふ,あぢふのみやは,みれどあかぬかも
1063
[原文]有通 難波乃宮者 海近見 <漁>童女等之 乗船所見 [訓読]あり通ふ難波の宮は海近み海人娘子らが乗れる舟見ゆ [仮名],ありがよふ,なにはのみやは,うみちかみ,あまをとめらが,のれるふねみゆ
1064
[原文]塩干者 葦邊尓せ 白鶴乃 妻呼音者 宮毛動響二 [訓読]潮干れば葦辺に騒く白鶴の妻呼ぶ声は宮もとどろに [仮名],しほふれば,あしへにさわく,しらたづの,つまよぶこゑは,みやもとどろに
1065
[原文]八千桙之 神乃御世自 百船之 泊停跡 八嶋國 百船純乃 定而師 三犬女乃浦者 朝風尓 浦浪左和寸 夕浪尓 玉藻者来依 白沙 清濱部者 去還 雖見不飽 諾石社 見人毎尓 語嗣 偲家良思吉 百世歴而 所偲将徃 清白濱 [訓読]八千桙の 神の御代より 百舟の 泊つる泊りと 八島国 百舟人の 定めてし 敏馬の浦は 朝風に 浦波騒き 夕波に 玉藻は来寄る 白真砂 清き浜辺は 行き帰り 見れども飽かず うべしこそ 見る人ごとに 語り継ぎ 偲ひけらしき 百代経て 偲はえゆかむ 清き白浜 [仮名],やちほこの,かみのみよより,ももふねの,はつるとまりと,やしまくに,ももふなびとの,さだめてし,みぬめのうらは,あさかぜに,うらなみさわき,ゆふなみに,たまもはきよる,しらまなご,きよきはまへは,ゆきかへり,みれどもあかず,うべしこそ,みるひとごとに,かたりつぎ,しのひけらしき,ももよへて,しのはえゆかむ,きよきしらはま
1066
[原文]真十鏡 見宿女乃浦者 百船 過而可徃 濱有<七>國 [訓読]まそ鏡敏馬の浦は百舟の過ぎて行くべき浜ならなくに [仮名],まそかがみ,みぬめのうらは,ももふねの,すぎてゆくべき,はまならなくに
1067
[原文]濱清 浦愛見 神世自 千船湊 大和太乃濱 [訓読]浜清み浦うるはしみ神代より千舟の泊つる大和太の浜 [仮名],はまきよみ,うらうるはしみ,かむよより,ちふねのはつる,おほわだのはま
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