About the electronic version:
Title: Tai dokuro
Author: Koda, Rohan
Creation of machine-readable version: Nakamoto, Atsuko
Conversion to TEI.2-conformant markup: Sachiko Iwabuchi, University of Virginia Library Japanese Text Initiative
URL: http://etext.lib.virginia.edu/japanese
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Note: Rohan Zenshu (Tokyo: Iwanami Shoten, 1952, v.1) was consulted as a reference.
©1999 by the Rector and Visitors of the University of Virginia


About the original source:
Title: Koda Rohan shu
Title: Gendai Nihon Bungaku Zenshu, vol. 8
Author: Rohan Koda
Publisher: Tokyo: Kaizosha, 1927



對髑髏

一 旅は道連の味は知らねど世は情ある女の事々
但しどこやらに怖い所あり難い所

 我元來洒落といふ事を知らず數寄と唱ふる者にもあらで唯ふら/\と五尺の殻を負ふ蝸牛の浮かれ心止み難く東西南北に這ひまはりて覺束なき角頭の眼に力の及ぶだけの世を見たく、いざさらば當世江口の君の宿假さず宇治の華族樣香煎湯一杯を惜み玉ふとも關はじよ、里遠しいざ露と寢ん草まくらとは一歳陸奧の獨り旅夜更て野末に疲れたる時の吟、それより露伴と戒名して頓て脆くも下枝を落なば、摺附木となりて成佛する大木の蔭小暗き近邊に何の功をも爲さざる苔の碧みを添へん丈の願ひにて、囈語にばかり滴水とく/\試みに浮世そゝがばやと果敢なき僭上、是れ無分別なる妄想の置所、我から呆るゝほど定まらぬ魂魄宇宙に彷徨し三十年來、自ら笑ふ一生定力なく行藏多くは業風に吹ると古人の遺されし金句に、歳の市立つ冬の半夜、 蝙蝠騒ぐ夏の夕暮などは膽を冷し骨を焚く感じを起す事もありしが三日坊主の一時精進、後はゆつたりのつたりにて、丁度明治二十二年四月の頃は中禪寺の奧、白根が嶽の下、湯の湖のほとりの客舎に五目 ならべの修業を兼て病痾を養ひ居たりしに、有難き温泉の功能、忽ち平癒するや否、丈夫素より存す衝天の氣などいきり出して元來し道を歸るを嫌ひ、御亭主是から先へ行く道は無いかと問へば。どうも此處は行留りの山の中、見らるゝ通り前は前白根奧白根雲の上に頭を出して居る始末、登山は夏さへ六かし、其續き横手の方は魂精峠と俗に呼ぶ木叢峠、此頂上は上野下野兩國の境界、山々折り累なりて當方より越る六里の間に暖湯飮むべき家もなし、殊更時候大分違ひて、大澤徳治良あたりは、野州の名花八汐の眞盛りなれど此近邊はそれもまだ咲かず、況して峠は一面の雪五尺六尺谷間には積り居りて道も碌には知れず、今年になつてから越した人は指の數に足らぬ位、到底遊び半分なぞに行かるべき地にあらず、御客樣是非 もなし中禪寺までお戻りあつて足尾とか庚申山とか里近き孫山でも見物致されよとの言葉。おのれ我を都會育ちの柔弱者と侮つたりや、其儀ならば旋毛曲りの根性天の邪鬼の意氣地見せつけ呉れんと詰らぬ事に僞勢張り、股引もなき細臑踏みはだけて。其峠何程の事あらん燒飯作れ草鞋買うて來よ、少しばかり難儀でも同じ道を歸るより面白からう、鼻歌を山の神に聞せて越ん。さて/\途方もない事、雪沓ならでは中々凍ゆべし、強てとならば國境まで案内者やとはるべし、然し名産の肉 じゆ蓉取つて腎藥にでもせんとの御思召ならば時節惡し、醉興は要らぬ者と昔時よりの教もあるものを。面倒な事愚圖々々せずと我云ふ通りにせよ、案内者は やとふべし雪沓も買ふべしと罵りて裾其の儘にグイと端折り、沓しつかりと穿き締め、身の丈六尺許りの樵夫を案内として心いさましく登りける。四五町ばかり來て見れば成程人は嘘つかぬ者、一面の雪表面は凍りて下は柔なり、段々と登り行く勾配急になり屡々滑るに少し萎みて、見れば案内者は猪の毛皮の沓はきて鐵雪橇に踏答へ悠々と歩む憎さ。負じと我も息張りて追付ば其大男ふりかへりて。此通りの雪なれば道も何もある譯では無ければ谷を傳はりて行くだけの分、あ なた樣若し堪忍強く小時の難澁を忍ばれるなら一層勾配の烈しき代り頂上へ達する近道を行きませうかと尋られ。エーまゝの皮さう仕ようと決斷し、又登る一里餘り、樅の木柘の木タモの木ドロの木唐松など生ひ茂りて蔭暗く、此山の本名木叢峠の名は體をあらはして森々と物凄く、梢を渡る風に露はら/\と領に落ち、顏を撲つ空翠は引く息に伴なつて胸惡し。雪に記せる兎鹿の足跡漸く減りて、耳に音信し鳥の聲も次第次第に絶え、身は攀ぢ登るの苦しさに汗ばみながら心を掩ひし五慾の塵衣は一枚一枚剥るゝ如く、昨日の榮華縱横無盡に神通を逞しくせし第六識魔王は眷屬見方を失ひて薄ら淋しく、何といふ事はなけれど世界よりの落武者となつたる樣に心臆せられて、人間老衰の曉五官半死して最期に近よりたらん時此境界に似通ふ者あらば何程なさけなく如何程力弱く如何程頼み少なき者ならん乎とそゞろ悲しく思ふ時、岩を透すまで鋭き鳥の聲眞黒の梢より射出され、ギヨツとして頸を縮むる途端眼にはくら/\と湧き亂るる唐草樣の者見えし。是にてお別れ申します、此處兩國の境界即ち頂上也、是より左り手左り手と谷を傳ひ下らるれば一つの沼あり、其沼の左をまたまた下らるれば片科川の水源、是ぞ坂東 太郎と後に呼ばるゝ、それに傍て行れなば温泉湧き出る小川村といふに着べし、此處より其林までまだ四里餘少しも人家なし、能々氣を注けて迷はぬ樣致されよ、さらばと案内者の云ふに又一段の淋しさを増し、今朝の似非勇氣挫け果て茫然と見下すに曇り空の日の光り力なく、常は見ゆると聞し會津の方の山々も雲がくれて見えず、流石に足の爪先佇む間に冷を覺えける。

 案内者に別かれて獨り下る覺束なさ。雪沓なれば滑り/\、薄ら氷に向臑疵つき、岩角に頬を擦り、雪流に埋められし木の枝に衣を裂き、行けども行けども迷うたりや沼の邊りに出ず。樺の木折りて火を燒き、あたりながら燒飯を取り出して食ふに木屑を噛樣にて甘からねど餓を凌ぎたれば色々方角を考へ正して進む。元より時計も持たぬなれば時刻分らず、頻りと氣を焦る中ほの暗くなつて來たれば、是れは大變、又々曾て荒山に行き暮したる時のやうになりては叶はじと急ぐ程に沼のほとりに來たり。嬉しやと思へば日は冬の沒り易く、雪は最早無けれど沓の底は切れて足は痛し。折ふしブツリと沓の紐きれて悲しと道の邊に坐りて夫を繕ひ繋がんとするに、アツ燈の光り幽に動ぐを見付、嬉しや嬉しやとたどり行けば、丸木の掘立柱、笹葺き の屋根したる小家、尚蕾の堅き山櫻の大木の根方に立り。所がらとて時候のかくも變る者ぞと驚かれぬ。萩の垣結ふ丈の事もせずして枝折戸の面倒も嫌へるにや、家の横手に幅一間許りの小河流るればかけひして水呼ぶ世話も要らぬと見えたり。此樣にしても世は渡らるゝ者と有りがたく、尚近く寄て火の洩るゝ戸の際に立ち、中禪寺の湯元より峠越して道に迷ひし者盡く疲れ果て、殊さら夜になりて難儀いたしますが小川村まではまだどれ程の道法でござりますか、且は雪沓を切らして歩み難く困りますに草鞋一足御讓り下さるまいかと云へば。それはお氣の毒な事小川まではもう二十町ばかり川に添うて行かれさへすれば間違ひなし、お履物をお切らしなされては眞に御難儀ならんが生憎草鞋一足もない事恥かし、然し私しのはき捨の草履にても宜しくば參らせませうと云ふは不思議や、なまめかしき女の聲、かゝる山中に似合しからず。されど是も獵師か何ぞの娘ならん、唯弱りたるは足の裏痛み惱みて右の小指左りの拇指は生爪まで剥がしたれば是より二十町到底あるけず、出來る事なら一夜の宿を頼まんと。眞に申し兼ねたれど小川まで二十町と承はりては疲れたる身の中々に歩み難く、痛所さへあれば憫然と 思し召て一夜の宿りを許したまへ。それは思ひも寄らぬ事、女子ばかりなればと云ひながら板戸引き開け身體を半分出す女年は二十四五なるべし、後面に燈を負ひて後光さす天女の如く其色の皎さ其眼のぱつちりとしたる、其眉つきの長く柔和なる、其口元の小さく締まりたる、其髪の今日洗ひたる乎と覺えて結もせず後に投げ掛けて末の方を引裂きたる白紙にて一寸纏めたる毛のふさ/\としてくねらざる美しさは人にあらず。おのれ妖怪かと三足ほど退つて覗へば女も我をつく%\と見て。傷ましやお前樣の風情御足のあちこち怪我なされしか紅き者も見ゆるに御袖も草木に障へられてか綻び切れ、御顏色もいたく衰へ苦し氣に居らせらるゝに成程是より小川まで僅かの道なれど行き惱み玉ふべし、留め難き所なれども世捨人にもあらぬ御方に假の宿りに心止むなとも申し難ければ枉げて一夜を明させ申すべし、強くお斷絶り申すもつらし、いざ爰に御腰かけられよ、御洗足の湯持ちて參らんと云はれて氣味の惡るさ。今更逃出さんも流石なれば持前のづう/\しく腰打掛けて有難しと禮いふ中、小桶に熱き湯汲み來りて甲斐々々しく洗ひくれんとするを。是は恐れ入り升ナニ自分で濯ぎます。イエ/\御遠慮なし にサア御足をお伸ばしあそばせと問答する暇に指の股の泥まで綺麗に落ちて疊の上にあがり、丁寧に挨拶すれば、女莞爾と笑ひながら。山中なれば御馳走も出來ねど幸ひ小川村と同じ脈の温泉の背戸の方に湧き居れば一風呂御這入りあつて一日の疲勞をお休めなされ、サア此方へござれ御背中を流しませうか。ハテ狐にでも誑さるゝではないかと内々危ぶみ居る我手を取る樣にして。湯殿へと申しても片庇廂雨露を凌ぐばかりいぶせけれど、湯は天然の靈泉まことに能く暖まりますといふ口上嘘らしくなく、底まで見え透く清き湯槽、大事なからうと這入れば無類の心持遙に湯元より結構、晝間のつらかりしも忘れ悠々と揚つて來るを待ち付けて。女、御召憎うはござりませうが御着物の綻びを縫うてあげます間是をと後より引きかけて呉れるは、ぼてつかぬフラネルの浴衣に重ねたる黒出八丈の綿入れ、女物なれば丈ありてユキ無く兩手のぬつと出るは可笑けれど深切かたじけなし、餘程ふしぎな取り扱ひ、どうした運ならんと怪みながら少し煙にまかれて。ハイハイ是はどうも恐縮。御帶にも岩角の苔が付いて居りますれば可笑くとも之をと笑ひながら出すは緋縮緬のしごき。ハイ/\と帶にして是も大方藤蔓か知 れぬと觀念し、座敷へ來て居爐裏の傍に坐る肩へ羽折り呉るゝは八反の鼠小辨慶のねんねこ。湯覺をなされて若しお風邪でも召ては何處ぞのお方に濟みませぬと味な口きゝ、どん/\と柴折くべ自在にかけし鍋の沸き立つを取り下して定めし御空腹でござんしたらう、サア御膳も出來ましたがお氣の毒なは麥飯、暖い丈を取り柄に山家の不自由をお許しなされ、と取り出す蝶足の膳、盛て呉るゝ山獨活の味噌汁香氣椀に溢る。禮云ひながら我は甘く食へば女も。妾も御一緒に片付けて仕まひましよかと最と無造作に喰ふに膳なく、椀を爐縁に置んとして流石に馴ずやたゆたふを。此膳をお用ゐなされと突やれば。そんならおとり膳とやらに、オホヽ、御免なされと顏も赤めず、宵よりの所業一々合點の行かぬ事どものみなり。

 さて飯も了りたれば女は我に關はず、手ばしこく膳椀とり片付けて火影ゆらぐ行燈の下に坐り、我衣物の綻びを綴くる樣、十年も連添うたる女房の樣に見榮も色氣もなく仕こなす不思議さ。さりとては何物ならん、世を捨てたる女かと見れば黒髪匂やかにして尼にもあらず、世を捨てざる女かと見れば此容色を問ふ人もなき深山の獨り住訝かしく、何にせよ口不調法なる我 口惜く問出づる詞を知らず、樣々考ふる中女は綻び繕ひ了りて其まゝ疊み置き、爐の傍に來て我とさしむかひ笑まし氣に。若き御方の何故の御旅行か知ねど定めし面白き事もござりましたらうにチトお聞かせなされと、却つて向うより切り掛けられ。イヤ/\我等凡夫の癖に山あるきは好なれど歌の一つも讀み得ねば面白き所あつてもお話し申す言葉拙し、お前樣こそ見受る所御風流の御生活、由緒あるお方とは先程より思ひましたがさりとては盛りの御身を無殘の山住み、如何なる仔細か御話しなされてよき事ならば。ホヽ中々の事賤の女に何の由緒のありませう、唯妾しは妙と申す氣輕者去歳より此處に移りしばかり、おまへ樣は。露伴と名乘る氣輕者。扨は氣輕と云はるゝか。如何にも。何の上の氣輕。我は何とも知らず山に浮かれ水に浮かさるゝだけの氣輕、おまへ樣は。浮世を厭ふだけの氣輕。ハテ怪しからぬ、浮世を眞誠に厭ひ玉ひなば御頭をもごつそりと剃り丸め玉ひ、墨染の衣に御身をやつされ、朝は山路に花を採り夕は溪流に閼伽を汲みて供ぜられ、看經念佛の勤めあるべきに珠數さへ持ち玉はざる許りか、昔しの人は美しき面に焚鐵當たるさへあるに、お前樣は誰に見よとての黒髪、油こそ無けれし なやかに、友仙の御下着紅こそなけれ仇めかしく色作らせらるゝ事疑はし、世を疎み玉ふとは詐り、深く云ひ替せし殿御を恨むる筋の有るかなどにて口舌の餘り強玉うての山籠り、思はせぶりの初紅葉あきぐちから濃うなるといふ色手管、是は失禮圖に乘て饒舌りました。アラ此人の口の憎さ、其樣な浮たる事にはあらず全く世をば避け厭ひて。マザ/\とした御戲談、さらば世を厭ふとは如何なる譯と押返して問ば。要らぬ事尋ねて可惜夜の更るに御休みなされと身を起して戸棚より出すは綿まづしき痩せ蒲團かと思ひの外、緋緞子の蒲團、淺黄綸子の掻卷紅羽二重の裏付けて臘虎の襟、驚かるゝ贅澤。サア御寢なれと我を押やりて、小屏風立てまはすに是非なく話しを中途にして。然らばお先へ御免蒙ると横になれば、蓬莱の夢見さうな雲鶴の錦の丸枕に茶を詰めあるやゆかしき香、鼻の頭に立つ不審、どうも眠られゝばこそ、ソツと屏風の外を覗けば爐の傍に尚端然と坐して何やらを讀み居る美しさ人形の樣なり。一時間も經ど我は尚寢られねば又覗くに矢張動かず、二時間も過ぎて又伺ふに女は元の通り、眞夜中頃にも心猶冴えて後先揃はぬ此家の始末を考へながら又覗けば頻りと火箸もて灰掻き起し居れど柴木最早 盡きて爐の暖ならず、木叢峠の麓なれば流石に寒氣を覺えてや、獨り言に温泉にでも入らんと云ひ捨てゝ湯殿の方へ行きたるが小時して歸れば爐の火は全く細々となりしに尚其傍に端然と坐りたる樣、何の用ありとも見えず、全く寢るべき夜具なき故と知れたれば、我男の身として自分ばかり暖まり居るをさもしき樣に思ひなし、今眼さめたる振して突と起出れば。御手水かと案内するに連れ、用たして戻りがけ心付たる顏して。お妙さままだおよらずか。ハイ。誰人を待るゝ戀か知らねど大分夜も更けましたらうに。ホヽ御調戲なさらずと能うおやすみなされ。イヤ違ひましたら幾重にもお詫をしますが、お獨り住の御樣子、其處へ推して一泊を願ひましたれば御臥床を奪ひましたかとも危ぶみます、若し萬一左樣なれば我等こそ男の身、野宿の覺もござれば柱に もたれて眠る一夜位苦にもならざれ、お前樣さうして居られては心苦しゝ、寢温もりの殘りしは氣味あしくも思しめさんがどうかお休みなされと云へば顏少し赤め。御言葉の通り眞に夜具一揃より持たざれどおとめ申したる時より妾しは斯うして夜を明して大事ないと思ひ定めましたれば御構ひなく。それではどうも。さう仰しやらずと。我らが困ります。妾しが困り ます。マアお前樣御臥みなされ。マア/\あなた御寢なれ。其では際限なし、我等男でござる。痩我慢致して是より御暇申す、女性に難儀させて我心よく眠らば、一生の瑕瑾後日朋友の手前も恥かしく、夜道まだ/\樂な事なり。それ程までに仰せらるゝを背き難し、あなたに夜道歩行せましては妾しの心遣ひ皆空となる事なれば御言葉には從ひませうが、それではあなたに寢床暖めて頂いた樣な者、のめ/\と其にくるまつてあなたを火もなき爐の傍に丸寢さしては假令ば妾し夢に戀人に逢ふとも面白からず、妙も女でござんす、妾し一生の瑕瑾持佛の手前はづかしく、どうしてもあなたを能うお臥ませ申さでは。其樣に言葉を廻されてはどうして良いやら譯が分らず、無骨者の我等閉口しますに。ホヽ閉口なされたら温順く妾しの云ふ事を聞てお臥みあれ。イヤイヤ拙者の申す通りになされ。マア頑固に剛情を張られずとも。頑固でも何でも拙者の申す事聞かるゝがよい。ハイハイ到底あなたの頑固には叶ひませぬからあなたの申さるゝ通りに致しませう。ホヽホヽ、まあ怖い顏をして。怖い顏は生れ付です。怒られたの。イエ御厚意に向つて何の怒りませう、唯少し眞面目になつた許り。ホヽ可愛らしい眞面目に。ハイ眞面目に。 妾しも眞面目に申しませう、サア露伴樣。何。殿御の仰しやる事さへ通れば女子の云ふ事は通らずともよいと思はるゝか。何。御自分の御言葉だけを無理やりに心弱い妾しに承知させて妾しの眞實には露かゝらぬと酷らしうおつしやるか。知らん。知らんとは御卑怯な、サア此方へござれ御一緒に臥みませう、妾しもあなたの御言葉を立てますればあなたとて妾しの一言を立てて下さつたとて御身體の解くるでもあるまい汚るゝでもござるまいに何故さう堅うなつて四角ばつてばかり居らるゝか、エヽ野暮らしいと柔かな手に我手を取りて睛も動かさず平氣に引立てんとする其美しさ恐ろしさ、我膽も凍るばかり慄然として眼を瞑ぎ脣を咬み切め、心の中にて『 げつ海茫々たり首惡色慾に如くは無く塵寰擾々たり犯し易きは惟邪淫あり拔山蓋世の雄此に坐して身を亡ぼし國を喪ひ、繍口錦心の士 こゝに因りて節を敗り名を墮す、 始は一念の差たり遂に畢世贖ふ莫きを致す、何ぞ乃ち淫風日に熾んにして天理淪亡するや當に悲むべく當に憾むべきの行を以て反て計を得たりとなし而して衆怒衆賤の事恬として羞を知らず、 淫詞を刊し麗色を談じ、目は道左の嬌姿に注ぎ腸は簾中の窈窕に斷ゆ、或は貞節或は淑徳、嘉すべく敬すべきを遂に計 誘して完行なからしめ、若くは婢女、若くは僕妾、憫むべく憐むべきに竟に勢逼して終身を けがすを致し、既に親族をして羞を含ましめ、猶子孫をして垢を蒙らしむ、總て心昏く氣濁り、賢遠ざかり佞親しむに由る、豈知らんや天地容し難く神人震怒し、或は妻女酬償し、或は子孫受報す、 絶嗣の墳墓は好色の狂徒にあらざるなく、妓女の祖宗は盡く是れ貪花の浪子なり、富むべき者は玉樓に籍を削られ、貴かるべき者も金榜に名を除かる、笞杖徒流大辟、生ては五等の刑に遭ひ地獄餓鬼畜生、沒しては三途の苦を受く、 從前の恩愛此に至つて空と成り、昔日の風流而も今安にか在る、其後悔以て從ふなからんよりは蚤く思うて犯す勿きに胡れぞ、謹で青年の佳士、黄卷の名流に勸む覺悟の心を發し色魔の障を破らん事を、 芙蓉の白面は帶肉の 髏に過ぎず、美艷紅妝乃ち是れ殺人の利刀なり縱ひ花の如く玉の如くの貌に對しても常に姉の如く妹の如くするの心を存して未行者は失足を防ぐべく已行者は務て早く囘頭せよ、更に望む、展轉流通し迭に相化導し、必らず在々齊しく覺路に歸し人々共に迷津を出しめば 首惡既に除き萬邪自ら消し、靈臺滯りなく世榮遠きに垂れん矣』とうろ覺えの文帝遏慾文を唱へける我見地の低き鄙しさ。

二 色仕掛生命危ふき鬼一口と逃げてまはりし臆病もの
仔細うけたまはれば仔細なき事

 年は今色の盛り、春の花咲き亂れたる樣に美しき婦人と一ツ屋の中に居るさへ、我柳下惠に及ぶべくもあらぬ身の氣味惡し。然しながら何千萬人浮世男の口喧しく我を罵り責むるとも、鐵牛角上の蚊ほどにも思はぬ痩我慢の強ければこそ此家に止まりて此女とさしむかひに食もたべたれ談話も仕たれ。素より人間の批判取沙汰何とも思はざる我も天道の見る前に山中ならばとて見ず知らずの女と同衾する事恥かし。否々同衾する事少しも恥かしからぬにせよ、其柔らかき肌近く、僅に衣服幾重かを隔て、身の内の温暖みの互に通ふまで密接合ひて我眠らるべきにあらず。共に寐よとの言葉かけられし丈にてさへ身内顫き慄へ、我舌忽ち乾き、我心かきむしらるゝ如く、幾年の修行少しの役にたゝず、もだ/\と上氣して今遏慾の文一通り口の中に唱へ了りしまでは思慮分別の湧く間なく、正直の所は胸の中に一點の主意なくなり、婆子燒庵の公案ひねくりし昔時のやうにはあらざりし。況や此美しき婦人と咎め手の無きかゝる山奧の庵 中に眠らば中々以て、枯木寒岩に る三冬暖氣なしといふ工合に意を斂めて寂然と濟まし居らるべしとは思へず、美人今夜若し我に約さば枯楊春老いて更に ひこばえを生ぜんとは紫野の大徳一休樣さへ白状されし眞實の所、大俗の我等賢人顏したりとて危い哉/\、婦女の居ぬ山蔭ならば羅漢と均しく悟り切ても居らるべし、白い脛見ては通を得し仙人でも雲の臺を踏外して落ちたる話あり。若も久米殿其女と同衾したら多分は底の無い地獄の奧深く墮落せん事必定なり。我今此美くしく心和しげな女と一つ掻卷掛けて枕をならべ、仔細なく一夜を明さんとするとも背合せでは肩寒し山里の夜風透間洩りて一しほ寒ければと我肩に夜着品よく着せ掛けて此方お向きなされそれでは兩人の間に風が入りてと云はれては愈々むづかし。あの軟やかなる鬢の毛我頬を撫でて、花のやうな顏我鼻の先にありては尚々むづかし。玉の腕何處にか置きなん乳首何處にか去らん。扨は愈々大事なり、女猫抱て寐しと同じ心にて我眠らるべきか。叱。若しや夜着の内人の見ぬ所身動きに衣引まくれて肉置程良き女の足先腿後など我毛臑に觸らば是こそ。喝。生死一機に迫る一大事。素より道力堅固ならず、戒行常に破れ居る凡夫の我、あさましき 心は起さヾるにもせよ長閑なる夢は結び難し。且は此女眞實に人間か狐狸か、先程よりの處置一々合點ゆかず。よしや狐狸にもせよ妖怪にもせよ、人間の形をなし、人間の言葉を交ゆる上は人間と見るは至當、其人間と共に眠らん事人間の道理にあるまじき事なり。人間普通の道理にあるまじき事を恥らふ樣子もなく我に逼る女め、妖怪と見るも又至當なり。妖怪に向つて我何を言はん。小人は謹愼の禮を以て來り惡魔は親切の情を以て誘ふ。扨こそ/\ござんなれ惡魔め、鐵拳は模糊たる人情を存せず眞向より打て下して露伴が力量の恐ろしきを知らせて呉れんか。噫それも頼み薄し、我不動明王ほどの強き者にもあらねど、魔は却て摩 けい修羅の力を持るかも知れず、毛を吹き疵を求め草を打て蛇に會ふは拙き上の拙き事ぞかし。如何に答へん何と爲んアヽ思ひ付いたり、昔時は芭蕉も女に袖を捉へられし事あるに彼默然として動かず、女終に去らんとする時芭蕉却つて女の袂を捉へ、こちら向け我も淋しき秋の暮と一句の引導渡せしよし小耳に挾んで聞覺えたり。我又好し/\芭蕉をまなんで默然たらん許りと漸く一心を決し、胸中には九想の觀を凝らしながら乾坤を坐斷する勢ひ逞しく兀然と座着すれば女はもどか しがりて握りし手を尚強く握りしめ。サア露伴樣何考へて居らるゝ此方へ/\と引立つる。引かれじ/\南無三引かれてはと滿身力を籠むれば。此方へ/\サア此方へござんせ、さりとては頑固な御方、山に浮かれ水に浮かれたまふ氣輕には似ず尻の重さと、戲言云ひ尚引立つる。大事大事、此妖魔めに一歩を轉ぜられては一歩地獄に近づくと齒を囓み切り身を堅くするに尚悠然と女は引く。引かれじと張る力弱くよろ/\と引立てられて最早叶はず、ワツと叫びて手を振りはらひ逃出せば女追ひ縋りて我袖をとらへ。ホヽと笑ひながら扨は妾しを妖怪變化の者かと思はれて夫程までに厭がらるゝなるべし、ホヽホホ今少し膽太く心強きお方ならんと存じての親切仇となり却つてお胸を騒がしたる罪深し。眞誠妾しは妖怪變化にもあらず、浮世を捨し身のあさましき慾に迷ふにもあらず、兎にも角にも同衾せんとは強ひて申さじ、今より夜道あるかせ申さば亭主振り餘りに拙く、悔み限りなし、先づ/\坐り玉へと止むるを、我又無下に振り切るも恐ろしく、爐の向うに坐れば、女は鉈取り出し立上るに我又々ビクリとするを見てホヽと笑ひ草履つゝ掛けて戸の外に出で、丁々と響かする木を伐る音。

 生木なりと燒かんとて薪取りに外へ出でしぞと悟れば、漸く安堵して我つゞいて外に出で、焚し木を取り玉ふならば男の事我助力致さんと鉈借り受け、そこらの雜木切り倒して一ト抱へだけ家の内に投込み、戸口確りと風を遮ぎり、對ひ坐れば女は火を掻起して僅に焚し初め頓て漸く焚え立ち暖氣滿るを見て。此通り爐に火もあり、妾は愈々獨り起居る事つらからねばサア露伴樣ゆつくりと御やすみなされ、決して再び不束な妾御一緒にとは申さず、ホヽホヽ、膽の小さい御客樣に可惜御氣をもませ申ましたは妾があやまりました、御心配なしに獨りでおやすみなされまし。イヤ先刻も申せし通りおまへ樣おやすみなされ。ホヽホヽ、又剛情を張らるゝか、夫ならば御一緒にか。夫は御免蒙りたし大俗凡夫の我等おまへ樣のやうな美しい方と一緒に寐るは小人罪なし玉を抱いて罪ありの金言まのあたり。オホヽホヽ、おなぶりなさるゝな、何の妾が厭なればこそ其樣に御逃なさるゝなれ、嫌はれては今更是非もなけれど眞實妾の了見では夜風寒き山中何の御馳走申す風情もなければ、其むかし乳母があなたを抱いて寐かして進た時の樣にあなたを緊乎と抱て妾の懷中で暖めて進ようばかりの親切、妾も佛菩薩の見玉ふ前に決し て淫りがはしき念は露もつにあらず、あなたとて一箇の大丈夫初て逢て抱いて寢た女位に心を動かす樣な弱いお方ではあるまいと存じたに御卑怯千萬未練の御性根、今の御一言御戲談ならずば玉を抱かざる前も小人は小人なる通り妾と同衾し玉はずとも既に罪ある助倍の御方ホヽ、是は失禮、兎も角もあなたの御自由になされ妾は亭主の身で獨り寢る事致し難しといふ。我呆れて明きし口閉ぎ得ず、茫然と此女の言葉を聞きつく%\考ふるに人の世の毀譽褒貶を心に留めざるのみか、眼前の我をさへ、見て三歳の小兒の如く取り扱ひ、然も悠々として胸中別に春ある悟り開けし大智識のやうなるに益々不審晴れず。ハテ何物の子ならん何物の變化ならん、尋常の婦女とは思へず、抑々如何なる履歴ありて斯く可惜しき容貌和しき心持ちながら山中には引籠りけん、當世の小督か佛か祇王か祇女か、それとも全く妖魔かとそゞろ恐ろしく。さらばおまへ樣はおまへ樣の御自由、我等は我等の自由として我は此爐前に一夜明すつもり。妾も爐の前あなたの向う座に一夜明して苦しからず却つて心安し。と斯に一切談しの埓明けば、我大きに安堵して穴のあく程女の頭上より全體を觀るに一點の疵なき玉のやうにて折から燃ゆる火炎 の閃めく陰に隱現する女神、とても其氣高さ美しさ人間の繪師まだ是に似た者も書きたる例しあらざるべし。

 荊茨の中に鹿は置きたく無く、鶴は老松の梢にあらせたし、めざましき者尊きもの可愛きもの美くしき者、皆其所を得させたきは我人の情ならんと思ふ我、あはれ、駿馬は勇士に伴なはせたく、名花の園に蝴蝶は眠らせたし、或歳我旅せし時旅宿の下司洒掃除の時懷中より日本政紀一册落せしを見て心掛ありながら空しく人に僕仕居る其男の口惜さ如何ならんと涙ぐみたる事ありし、夫にもまして此女天晴の姿貌むざむざと深山の谷間に埋れ木の花も咲かせず朽果る通り扨も氣の毒。美人所を得ずして榾火に燻ぼり草の屋に終るとはなさけなき天道の爲されかた。男兒時を得ねば滄海に入ると同じく、既に見識ありて俗情に遠く風流を解して仙境に近づき居る此女、浮世の塵を厭ひて山中に終らん所存か、さりとては又女の癖に男めきたる憎さよ。女の女らしからざる男の男らしからざる、共に天然の道に背きて醜き事の頂上なり。さりながら女の女らしからずして神らしき、男の男らしからずして神らしきは共に尊き頂上ぞかし。今此女の言ふ所最早女らしからず、女 の口より初めて逢ひし我を抱て寐んなど中々以て言へた事ならざるに、然も乳母が幼稚人を抱て寐る如く我を抱て寐んと云ひし事若し虚誕ならずば此女は女の男めきたるならで神らしき方に近づきたる方外の女なり。然し我凡夫の眼より見れば此女の斯く尊と氣ならんより、良き配偶を得て市井の間に美しき一家を爲したらんこそ望ましけれと思ふまに/\又矚れば、端然とせし御有樣愈々凡界の女の、戀に病み衣服に苦勞し珊瑚の根掛の玳瑁の櫛のと慾にざわつく儔にあらず、御眼の中の清しきは紛紜たる世事を御胸の中に留め玉はざるをあらはし、御顏色のあざやかに艷々しきは充分今の境界に滿足して何の苦しく覺さるゝ事なきを示めして、且は御口元の締りたるにぞ理非を判め玉ふ知惠敏く居玉ふを知られける、不思議不思議。

 餘りの不思議に堪へかねて我いと丁寧に眞實を籠めて言葉緩く。先程も伺ひたれど歳若きおまへ樣の尼にもあらでの山籠り、如何にも不思議に存ぜらるゝも、一ツは美しき御容貌和しき御心根持玉ひながら無慘や、猪狼の跡多き地所に潛み玉ふを慨かはしく存ずるよりなり、斯く山住し玉ふ其譯苦しからずば一通り御聞かせ下されたしと問へば女ホヽと笑ひながら、此頃 うるさく世間に流行とか聞きし小説にでも書玉はん御了見か、よし小説には書かざるにもせよ、話し土産と都の人に齎らし歸らん御了見なるべし、恥かしき身の上明して云ふ迄もなけれど、若し人ありて妾の身の上話を聞き、一點あはれと思ふ人あらば嬉しき事の限りなり、いで恥を忘れて恥かしき身の上語り申すべし。縁外の縁に引かれて或は泣き或は笑ひし夫も昔の夢の跡、 懺悔は戀の終りと悟りて今何をか慝し申すべきと云ひつゝ榾を添へたりけり。

三 聞けば聞く程筋のわからぬ戀路のはじめと悟りの終り能々たゞして見れば世間に多い事

 其時お妙は長江を渡る風輕く雲を吹ておぼろにかすむ春の夜の月大空に漂よふ樣に滿面の神彩生々と然も柔しく、藍田を罩むる霞あたゝかに草を蒸してほやりほやりと光り和らぐ玉に陽炎立つ如く兩眼の流光ちらちらと且嬉し氣に。聞いて玉はれ露伴樣、妾幼少より東京に生長て父母まづしからず、家計ゆたかなるにまかせて、露を薄の頭簪に何ぞと問ひし頃は蝶と愛られ、風を縮緬の振袖に厭ひし頃は花といつくしまれ、浮世に樂み長閑なりし年立ち年暮れて冬 を送り春を迎ふる度毎、買つて貰ふ羽子板と共に脊丈段々と大きくなりしが、十四の秋父樣圖らず卒れ玉ひしより悲しさ遣る方なく、芝居見る外には泣きたるためし少なき身もひたすらに涙もろくなり、果敢なき野邊に一條の煙りを觀じて後は三度の御膳に向ふたびに、父上の平常坐り玉ひし所むなしく明きて完全たる前齒の一本拔けたる如くしよんぼりと、母樣ばかり、心淋しく箸持つ力も衰へ玉ひたるやうに召上りながら我が母樣を見て悲しむと同じく母樣も我を顧み玉ひて、御胸痞へたるや御飯の量少なく白湯のみいたづらに飮して私かに瞼の潤ひさし玉ふに我口中の者の味いつしか消えて奥齒咬みしめしまゝに開く事難かりし。われそれより自然と垂籠り勝に日を費やし、平素好きたる三味の色絲彈き鳴さむともせず、琴の師匠にも忌中の休課したる儘遠ざかりて、母樣が持玉ひし草紙くさ%\に馴れ泥み、有る事無き事かきつらねる册子の中に幽なる樂みをなせしが、終に癖となりて彼是見盡せし後は薄雪住吉伊勢竹取或は求め或は借りて三年の中に解らぬながら源氏狹衣にまで讀み至り、其間つくづく人情の濃き薄きを考へ世の態の眞實虚妄を覺え、むかしより男といふ者のあさましく、意一時なさけ一時、思 ひ込み強けれど辛防弱く、逢ふを悦こべど別れを悲しまず、媚めかしく佞らへるをかしき女を好み、戀を榮華のわざくれ三昧、犬猫の色美しきを愛る樣に女の髪容よきを愛る者なるをさとり、我縁もなき男なれど源氏業平の如き戲け者を憎く思ふ事深く、嫉妬するにもあらねど其戲け者に迷ひ焦れし種々の女どもを齒痒き馬鹿と心の内に思ひけるが、十八の年母樣もまた老の病危ふくなり玉ひ、兄弟もなき身の氣弱く朝に晩に腹中に泣ながら神佛を頼み御介抱申せし甲斐なく、我亡き後は是を見て一生の身の程を知れと行水に散り浮く花を青貝摺りせし黒漆の小箱を與へられしまゝの御往生、悲しともつらしとも言ふ言葉を知らぬ歎き。漸く御葬式濟して後、彼小箱を開き見れば何時の間に認め置かれしやら一通の御書置、是ほどまでに我を可愛う思しめされしありがたさと先づ涙こぼれながら讀み見れば、噫其時の心持今思ひ出しても慄然とする程、恐しさ口惜さ悲しさ情無さ味氣無さ胸惡さあさましさ心細さ、厭といふ厭な心持一時に込上て氷水全身に打かけられたる如く、又猛火に眉毛燒かるゝ如く冷汗脇の下に湧きて身ぶるひ止め得ず、氣も暗く眼も暗くゆら/\とゆらぐ玉緒絶果んばかりなりしが夫より愈々浮 世を厭ひて。イヤ御話しの中途ですが其黒漆の小箱の中の文に記しありし事如何なればそれほどまでにお前樣を驚ろかせしか。マア御聞きなされ其文に記しありし事をわたくしの口から申すもつらし、扨も我年は十九の春を迎へて空に更行ば親類のやうに親達と交際し誰彼、我を嫁にせん、我婿を世話せんといひ來るを早くもあさましき人情の詐り、盛りは十年の色、用は一時の財貨にひかれての申し込と猜して、一々きびしく家の僕に謝絶せ、ひたすら母を慕ひまゐらせ、あはれ此身の朽ちよかし靈魂のみとなりて母樣の御傍近く行かんものとあせり、つく%\生命も惜からず、世間に何の樂みなく、讀耽りし數々の草紙も打すて又見ず、男と面を会すさへ忌み嫌ふ樣になりて、蓮葉なる下女共が年若く美しき俳優なぞの噂まで苦々しく覺えければ、自然と自分は髪に油の香も止めず櫛の齒を入れて髪の恰好氣にするまでもなし、ましてや前差に鼈甲の斑の詮議根掛に鹿の子の色のよしあしなんど問ひもせず質しもせず、紅脂白粉はまるで忘れつ、帶に苦勞をせしはむかし下駄に鼻緒を苦勞せしもむかし、羽織の色がどうであらうと着物の取合せどうであらうと一切女のたしなみを捨て、おもしろからぬ心中常に涙を湛へて 天地も薄黒く見え花は咲いても萎れたる我、鳥は歌うても默然たる我、皎々と澄む月に對つても濁り水の我には影清く宿らず、陰々濛々と寢て起きて食うて少しも何の業なさず、身をじだらくの吾儘にまかせ、神を恨み佛を恨み人を恨み天地を恨みて悶え苦しむ一念増長するばかり、遂には神を憤り佛を憤り今世に若し正體在さば針の先で衝てやりたきまでに心逼り來りて、道理を見れば何の燈心の繩張り、道理も更に恐しからず、人情を察れば高が氷柱に彩色の一時、人情も夢うれしからず、胸中に霜雪寒く殘りて慘らしき觀念絶ゆる間なくありしが或日の事立派なる蝋塗人車我家の門に着きて髯毛うるはしき官員風の男案内を請ふに名刺を見れば何某局長奏任一等の御方當世の利物と評判ある人なれば我後見ともなりて家事萬端取り賄なひし老僕出でて御用の筋を何ぞと承まるに。唐突の參上甚だ失禮なれど傳手の無きまゝ是非なく直ちに申し入れます、付かぬ事を御聞申すが當家の御主人御年頃なるに未だ何方とも縁談の御約束なきや、實は拙者舊藩主の若殿見ぬ戀にあくがれて玉ひて是非に所望いたされ居る譯、と申した許りにては御分りあるまじきが、今年の春若殿郊外を散歩せられし折或る墓地を通りかゝ られ、不圖乞食共の話しを聞かるれば、今歸つたあの娘、器量美しい許りか孝心のいぢらしさ見えて母親の墓の前に蹲踞りたるまゝ動き得ず、涙は雨のふる程泣て/\、若い身にも似ず、生命惜からねば早く母親の御傍に行たしとの述懷、何と今時珍らしい氣立の女ではないかと一人が云ふを又一人がひきとつて、貴樣今日初めて彼娘に氣が付いたか、あれは毎月の事、去年の何月なりしか彼娘の母の此處に葬られてから毎月の命日怠る事なく此處に來てあの通りの悲歎、他所で見ても可愛想なありさま、殊更今日などは顏も大分痩せて血色も惡し、大方家に居ても始終泣いてばかり居る事であらうかとの噂、耳に入るより若殿ゾツとし玉ひて誘はれし涙が一滴、是ぞ戀の水上思ひの泉ゆめ/\浮きたる御心にあらず、戀が爲せる探索其後御名前御住所まで何時の間にか聞知り玉ひ、ます/\焦れて遂に父上の許しを乞はれ、父君の御依頼によりて兎も角も拙者中にたち周旋の勞を取るべく今日態々參上したり、内々承まはれば未だ何方とも御縁談きまりたるにもあらぬよし、何と此話し能々御考へ下さるまいか、媒人口たゝくではなけれど拙者舊藩主の御嫡子、爵位財産は世間の沙汰でも御存じなるべし、殊に先年獨乙國に 留學せられて學位まである若殿、華族間にて行末望みのある方、全く浮きたる戲れ言大名氣質の吾儘なる縁談申し入るにあらず、四民同等の今日實以て後々は侯爵夫人と我等もあがめ申すべき所存、戀のはじまりの次第を考へられても成るべくは色よきお返事を玉はりたしとて歸りたる後、老僕は躍り上りて喜び、平常皺びたる顏の其時は光りをなし我に向ひて縁組承知せよと説きすゝむるに。我一度はやんごとなき人に戀れたりと聞てカツと上氣し、又一度は是も男の例の一時の熱やがては褪める色好みの心鄙しと蔑視み、又一度は母の書遺思ひ出して忽ち身ぶるひを生じ、厭々々々、縁談など聞く耳もたずと強く云へば老僕は驚き、是ほど結構な縁談いやと云はるゝは片腹痛しと理をせめ言葉を盡して我を諫むれど少しも動かねば是非なく謝絶申して、情知らぬ者どもと蔭言さるゝを厭はざりし。されども我其時より何となく二心になりて然程むごくは男を嫌はず、むごかりし心いつしか和らぎて髪かたちをも治むるやうになりしが、三月ほど經て又彼何某局長見えられ、我後見に向ひて、過し日の話し纏まらぬ以來流石活溌に聰明に渡らせ玉ひし若殿御動靜ガラリと變り玉ひ外出もし玉はず、書見もし玉はず、花にも月 にも嗟嘆の御聲ばかり、望みは絶えし此世に絶ぬ玉の緒のあるは悲しき事の限りぞ、あるに甲斐なき生命誰が爲にかながらへんなどと喞ち玉ひて次第々々に三度の御食すゝまず、晝はうとうと眠り玉ひて夜は寢難に輾轉玉ふ、あはれとは是なりと思ひて御付の者慰さめまゐらせ、愚とはそれなりとさとして父君叱り玉へど唯々消なば消ぬべし露の身の散りなば人のあはれとや見ん、つれなき人の恨めしからでうとまれし我こそうとまし、とくとく捨てばや生命と朝夕の獨り言、聞かれて母君の堪へ玉はず再度拙者を召して此御使ひ、何卒よろしく御推諒ありて、御不足の廉あらば御遠慮なく申さるべし一々御指揮に隨ひ申すべければ此戀成就する樣と情を盡し道理を責めての話し、其時我ふすま越しに聞て思はず泣きしが、老僕が我に向ひて返事相談する時には又彼母上が殘し玉ひし書置の事思ひ出して唯々つれなく、縁を結ぶは厭なりと云ひ切つて數多の人に憎まるゝを關はざりし。此度は最早思ひ切て來るまじと思ひしに又一月ほどたち、彼人來りて、若殿終に浮世をあぢきなく思はれしあまりうつら/\と病ひの床に打臥され其後枕上らず、療治の詮方もなく父君母君今は共に最愛の御嫡子に引かされて心よわく、共に 御心配のありさま餘所に見るさへ痛まし、願はくは思ひ返してよき返事聞せ玉ふようとりなし玉はれ、是は若殿御病床の中にて書捨てられし反故ながら戀の切なる事あらはれて隱れず、せめては是をだに見せまゐらせて少しはあはれを汲まるゝたよりともなれかしと持ちて參りしなり、又是は若殿いまだ御病氣になり玉はざりし前の寫眞なるが最も併せてまゐらすべし、御返事は明日また伺ひに上るべし、且は又其折御返事は如何にもあれ、若殿が生命かけてまで戀れし方の寫眞一枚玉はりたしと云殘して歸りければ老僕又我に色々説諭し是非に此縁結ばれよ、淺からぬ因縁なるべしなど泣いて勸むれど我剛情に承知せねば少しは怒りて立去りしあとに殘せし寫眞、見るに氣高く美しき御顏ばせ、いとしさも生じたるばかりか短册に筆も歩み健ならずして

燈し火も暗うなりゆく夜半の床にこゝろきえ%\人をしぞ思ふ

と覺束なく記されたるを見て吾魂魄もゆら/\となりしが母君の遺書思ひ出して又かゝる貴人に近づくべきにもあらずと、翌日も酷く返事させ寫眞も送らず、かくて十日程過ぎて吾家の門に慌だしく車を寄せて彼官員轉ぶ如く走せ入り 眼付さへ常とは變りて涙ぐみながらつれなき此處の戀れ人め、今日は是非々々兎角の返事に及ばず邸第まで來られよ若殿生命今宵を過さずと醫師の鑑定、父君母君我等までの歎き察しても玉はれ殊に今朝若殿の口ずさまれし一首

厭はれし身はうきものと知りながら尚捨てがたき‥‥‥‥

と後の一句を殘して血を吐かれし御ありさま、肺病もつまりは戀故よしや女は鬼なりと箇程まで思はれてまだつらく當るべきやと、半分は恨み半分は怒りて我を引立行かんとするに、我は又身を切らるゝより切なけれど愈々剛情に行かじといふをりしも、亦車の音して御付の人を後になし、容儀繕ろひ玉ふこともなく馳せ入られし上品の夫人、氣も半亂に。お妙さまとはあなたか、我が子が今臨終の際一目おまへ樣を見たしと利かぬ舌を無理に動かしての望み、此通り手を合はして願ひます是非に來てと侯爵夫人ともいはるゝ尊とき人に拜まれて、心は洪水に漂よはされたるごとく、うろ/\するを無理に引立られ車の上も夢路をたどるやうにて立派なる御邸の中に入れば、人々聲を限りに呼ぶ響き、早や切々と悲み泣く女の聲も聞ゆるに、夫人は慌てゝ幾間を通り過玉へば我も煙にまかれ其跡 に跟て病室に入りける。見るに痩枯れ玉ひたる御ありさま今とりつめて危かりしを呼生られて母君の顏見玉ひ、さめ%\と泣かるゝ痛はしさ、是も誰故、我故と思へば沒體なく消えも入りたきを夫人に推し出されて若殿の御側近く參り、我を忘れて涙つゝみ切れず御手を取りしまゝ何の理由とは知らず泣伏せば、若殿も涙ながら我を見玉ひて御言葉はなく、握られし手に微弱き力を籠めて我身に幽玄なる働きを與へられしまま、其儘我は絶入て夢の如くなりしが其後呼生されたれど若殿は遂に蘇生らせ玉はず、我は身も世にあられず立歸へりてより後其人をのみ思ひてなまじひに生殘りしを口惜くます/\天地を恨み憤りて狂亂となり、七日の夜獨り吾家の持佛の前に看經したる時、朦朧とあらはれ玉ひし御姿のあとを慕ひて脱出で何處ともしらず迷ひあるく眼には幻影をのみ見て實在の物を見ず、あさましく狂うて此山中に我しらず來りしが圖らず道徳高き法師に遇ひ奉り一念發起して坐禪の庵を此處に引むすびしばかり、溪の水嵩増して春を知り峰の木の葉の飜つて冬を悟る住居、閑寂の中に群妙を觀じて頭を廻らし浮世を見れば皆おもしろき人さま%\、慘酷かりし昔時の胸の氷碎けて東風吹く空に絲遊のあるか なきかの身もおもしろく、佛も可愛く凡夫も可愛くお前樣も眞に可愛し、天地に一つも憎きものなく樹の間に巣くふ鳥も可愛く土に穴する狐も可愛し、心華開發して十方世界薫しくおもしろき唯識の妙理味ひ更に濃く、泥水相分れて清淨に澄めば天上の月宿る瓔珞經のおもむきを得て愈々面白し、我をあはれと人が云ふもおもしろく我を厭よといふもをかし、お前樣を可愛と思うたればこそ抱いて寢てといひしに厭がられしは愈々をかし、昔時は我死ぬほど人に戀はれてもつらくあたり、今は我死ぬほど人に厭がられても可愛し、一心の變化同じ天地を恨みもし樂みもすることをかしけれと長々しく語りつくせど更に我其故を悟らず。もし/\お妙さま其話の中の骨となりし行水に散り浮く花の青貝摺せし黒塗の小箱の中の遺書は何事なりしか其を聞かでは話分らず。ハテ野暮らしい其を聞く樣では貴君もまだ人情しらず、其書置讀んで後慘くなりしといへば云はずと知れし事、世を捨てよといふ教訓、浮世を捨てねばならぬ譯をかきしるせしに極つた事。怪しからぬ事浮世を捨てねばならぬ譯なし。イヤ/\妾等一類の人間是非とも浮世を捨てねばならず浮世を捨てねば安心の道おぼつかなし、さればこそ初は神をも 佛をも恨みし也。扨も分らぬ話。イエ/\能く分かつた話、深山の中にのたれ死せずばならぬ妾等の身の上、浮世の人は眼くらく、種々のあはれを悟りながら、情なき妾等の身の上には月日も全く暗く花鳥も全くおもしろからぬを知らず、されば彼若殿に我身を早く任せざりしも若殿の子孫をして我如くあさましからしめざらんとの眞實の心、其時の苦しさ推量したまへ、と沈みたる調子に答へながら急に語氣を變て、ホヽホヽおもしろからぬ長話最早やめに致しませう、言ふもうるさく語るも盡じ、戀と恨みは隣り同志、これまで/\これまでなりや繰言もと云さして又榾を添ふる容顏の美麗さ、水晶屈原の醒めたる色ならで瑪瑙淵明の醉へるがごときありさまなり。頓て又かすかに我を見て、あら本意なき夜の短うて可惜明放れなば假初ながらの縁も是まで、君は片科川に浮く花、香は急流に伴つて十里を飛ぶ速やかに、我は其川の岸に立つ柳、影は水底に沈んで一歩を動ぎ難し、逢ての喜び別離のつらさ戲けし戀の後朝ばかりにはあらずといふ。時しもあれ朝日紅々とさし登て家も人も雲霧と消え、枯れ殘りたる去歳の萱薄の中に雪沓の紐續ぎかけしまゝ我たゞ一人にして足下に白髑髏一つ。さても昨夜は法外の小 説を野宿の伽として面白かりし、例令言葉は無くとも吾伽を爲せし髑髏是故にこそ淋しからざりし、是も亦有縁の亡者、形の小さきは必らず女なるべし、女の身にて此處にのたれ死、弔ふ人さへ無きはあはれ深しと其髑髏をうづめ納め、合掌して南無阿彌陀佛南無阿彌陀佛、お蔭さまで昨夜は面白うござりましたと禮をのべ、段々川邊を下り小川村に來り温泉宿に入りて、此山奧に入りしまゝ出て來ざりし人なかりしやと問へば亭主けゞん顏して暫く考へ。不思議の事を問はるゝものかな、オヽ去年の事なりしが乞食の女あさましく狂ひ/\て山深くの方へ入りし事ありしが日光の方へは行かざりしよし、何處へ行きしかと今に其噂あり、それを尋ねらるゝかと云に。それ/\其女の樣子知るだけ詳しく語れと逼れば老父苦い顏して我をヂロ/\見ながら。年は大凡二十七八、何處の者とも分らず、色目も見えぬほど汚れ垢付たる襤褸を纏ひ破れ笠を負ひ掛け足には履物もなく竹の杖によわよわとすがり、話すさへ忌はしきありさま總身の色黒赤く、處々に紫がかりて怪しく光りあり、手足の指生姜の根のやうに屈みて筋もなきまで膨れ、殊更左の足の指は僅に三本だけ殘り其一本の太さ常の人の二本ぶりありて其續きむつ くりと甲までふくらみ、右の足の拇指の失せし痕微かに見え、右の手の小指骨もなき如く柔らかさうに縮みながら水を持つて氣味あしく大きなる蠶の如なり、左の手は指あらかた落ちて拳頭づんぐりと丸く、顏は愈々恐ろしく銅の獅子半ば熔ろけたるに似て眉の毛盡く脱け、額一體に凸く張り出して處々凹みたる穴あり、其穴の所の色は褪めたる紫の上に溝泥を薄くなすり付けたるよりまだ/\汚なく、黄色を帶びて鼠色に牡蠣の腐りて流るゝ如き 汁ヂク/\と溢れ其 汁に掩はれぬ所は赤子の舌の如き紅き肉酷らしく露はれ、鼻柱坎け欠て其處にも膿 汁をしたゝか湛へ、上脣溶け去りて粗なる齒の黄ばみたると痩せ白みたる齒齦と互に照り合ひてすさまじく暴露れ、口の右の方段々と爛れ流れたるより頬の半まで引さけて奧齒人を睨まゆる樣に見え透き、髪の毛都て亡ければ朱塗の賓頭廬幾年か擦り摩られて減りたる如く妙に光りを放ち、今にも潰え破れんとする熟柿の如く艷やかなるそれさへ見るにいぶせきに、右の眼腐り捨りて是にも膿尚乾かず、左の眼の下瞼まくれて血の筋あり/\と紅く見ゆる程裏反り、白眼黄色く灰色に曇り、黒眼薄鳶色にどんよりとして眼球半は飛出で、人をも神をも佛をも逆目に睨 む瞳子急には動かさず、時々ホツと吐く息に滿腔の毒を吐くかと覺えて犬も鳥も逃避ける、況て人間は一目見るより胸惡くなり、其惡き臭を飯食ふ折に思ひ出しては味噌汁を甘くは吸ひ得ず、膿汁を思ひ出しては珍重せし鹽辛を捨てける。されば誰も彼も握り飯與ふる丈の慈悲もせず、其女の爲す儘に任せしに彼呂律たしかならぬ歌のやうなる者あはれに唸るを聞けば、世に捨てられて世を捨てゝ、叱々と覺束なく細々と繰り返しては喘はしく、ハツタと空を睨みて竹杖ふりあげ道傍の石とも云はず樹とも云はず打叩きては狂ひ廻り、狂ひ躍ては打叩き瞋恚の炎に心を焦き、狂ひ狂ひて行方しれず。

Rohan Zenshu (Tokyo: Iwanami Shoten, 1952, vol. 1; hereafter as Rohan Zenshu) reads 膿.

Rohan Zenshu reads 膿.

Rohan Zenshu reads 膿.

對髑髏の後に書す

莊子が記せし髑髏は太平樂をぬかせば韓湘が歎ぜし 髏は端唄に歌はれけるそれは可笑きに、小町のしやれかうべは眼の療治を公家樣に頼み天狗の骸骨は鼻で奇人の鑑定に逢ひたる是も洒落たり、我一夜の伽にせし髑髏はをかしからず洒落ず、無理にをかしく洒落させて不幸者を相手に獨り茶番、とにもかくにも枯骨に向つて劒 を撫する嘲りはまぬかれさるべし。



(明治二十二年十二月作)