Title: Sanka wakashu
Author: Saigyo
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Title: Sanka wakashu
Author: Saigyo
Publisher: Tokyo: Yuhodo, 1915



山家和歌集

卷上

立春の朝よみける


年くれぬ春くべしとは思ひねにまさしく見えてかなふ初夢

山のはのかすむけしきにしるきかな今朝よりやさは春の曙

春たつと思ひもあへぬ朝戸出にいつしかかすむ音羽山かな

たちかはる春をしれとも見せがほに年を隔つる霞なりけり

とけそむるはつ若水のけしきにて春立つことのくまれぬる哉




家々に春を翫ぶといふことを


門ごとにたつる小松にかざされて宿てふやどに春は來にけり




元日子日にて侍りけるに


子日してたてたる松に植ゑそへむ千代重ぬべき年のしるしに




山里に春立つといふことを


山里はかすみわたれるけしきにて空にや春のたつを知るらむ




難波わたりに年越に侍りけるに春立つ心をよみける


いつしかも春きにけりと津の國の難波のうらを霞こめたり




春になりけるかたたがへに志賀のさとへまかりける人にぐしてまかりけるに逢坂山のかすみたりけるを見て


わきてけふ逢坂山のかすめるはたちおくれたる春や越ゆらむ




春きて猶雪


かすめども春をばよその空に見てとけむともなき雪のした水




題しらず


春知れとたにの下水もりぞくる岩間のこほりひま絶えにけり

かすまずばなにをか春とおもはましまだ雪消えぬみ吉野の山




海邊の霞といふことを


藻鹽やくうらのあたりは立ちのかでけぶりあらそふ春霞かな




おなじ心を伊勢の二見といふ所にて


波こすとふたみの松の見えつるは梢にかゝるかすみなりけり




子日


春毎に野べの小松を引く人はいくらの千代を經べきなるらむ




子日する人にかすみはさきだちて小松が原をたなびきにけり




子日しに霞たなびく野べに出でて初うぐひすの聲をきくかな




若菜に初子のあひたりければ人の許へ申しつかはしける


わか菜つむ今日に初子のあひぬれば松にや人の心ひくらむ




雪中若菜


今日はたゞ思ひもよらで歸りなむ雪つむ野邊の若菜なりけり




若菜


春日野は年のうちには雪つみて春はわか菜の生ふるなりけり




雨中若菜


春雨のふる野の若菜生ひぬらしぬれ/\摘まむかたみ手ぬきれ




若菜によせてふるきを思ふといふ事を


若菜つむ野べの霞ぞあはれなる昔をとほくへだつとおもへば




老人の若菜といへることを


卯杖つき七草にこそ出でにけれ年をかさねて摘めるわか菜は




寄若菜述懷といふことを


若菜生ふる春の野守にわれなりてうき世を人につみ知らせばや

鶯によせて思を述べけるに


うき身にて聞くもをしきはうぐひすの霞にむせぶあけぼのの聲




閑中鶯といふことを


うぐひすの聲ぞかすみにもれて來る人目ともしきはるの山里




雨中鶯


鶯のはるさめ%\と鳴きゐたる竹のしづくやなみだなるらむ




住みける谷に鶯の聲せずなりにければ


ふる巣うとく谷の鶯なりはてば我やかはりてなかむとすらむ

鶯は谷のふるすをいでぬともわがゆくへをばわすれざらなむ

鶯はわれをすもりにたのみてや谷のほかへはいでてゆくらむ

春のほどはわが住む庵の友になりてふる巣ないでそたにの鶯




きゞすを


もえ出づる若菜あさると聞ゆなり雉子なく野の春のあけぼの

生ひかはる春の若くさまちわびて原のかれ野に雉子鳴くなり

片岡に芝うつりして鳴くきゞす立つ羽音してたかゝらぬかは

春霞いづ地立ち出でてゆきにけむ雉子住む野をやきてけるかな




梅を


香にぞまづ心しめおく梅の花いろはあだにも散りぬべければ




山里の梅といふ事を


香をとめむ人をこそ待て山里の垣ねの梅の散らぬかぎりは

心せむしづが垣ほの梅はあやなよしなく過ぐる人とゞめけり

この春は賤が垣ほにふれわびて梅が香とめむ人したしまむ




嵯峨に住みけるに道をへだてゝ坊の侍りけるより梅の風にちりけるを


ぬしいかに風わたるとていとふらむよそにうれしき梅の匂を




庵の前なりける梅を見てよめる


梅が香を山ふところに吹きためていり來む人にしめよ春かぜ




伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに庵の梅かぐはしく匂ひけるを


柴の庵による/\梅の匂ひ來てやさしき方もあるすまひかな




梅に鶯の鳴きけるを


梅が香にたぐへて開けば鶯のこゑなつかしきはるのやまざと

つくり置きし梅のふすまに鶯は身にしむ梅の香やうつすらむ




旅のとまりの梅


ひとりぬる草の枕のうつり香はかきねの梅のにほひなりけり




ふるき砌の梅


何となく軒なつかしき梅ゆゑに住みけむ人のこゝろをぞ知る




山里の春雨といふ事を大原にて人々よみけるに


春雨ののきたれこむるつれ%\に人に知られぬ人のすみかか




霞中歸雁といふことを


なにとなくおぼつかなきは天のはら霞に消えてかへる雁がね

かりがねはかへるみちにやまどふらむこしの中山霞へだてゝ




歸雁


玉づさのはしがきかとも見ゆるかなとびおくれつゝ歸る雁がね




山家呼子鳥


山里に誰をまたこはよぶこ鳥ひとりのみこそすまむと思ふに




苗代


苗代のみづを霞はたなびきてうちひのうへにかくるなりけり




霞に月のくもれるを見て


雲なくておぼろなりとも見ゆるかな霞かゝれるはるの夜の月




山里の柳


山がつのかたをかかけてしむる庵のさかひにたてる玉の小柳




柳風にみだる


見わたせばさほの川原にくりかけて風によらるゝ青柳のいと




雨中柳


なか/\に風のおすにぞみだれける雨にぬれたる青柳のいと




水邊柳


みなそこにふかきみどりの色見えてかぜになみよる川柳かな




待花忘他といふ事を


待つにより散らぬこゝろを山櫻さきなば花のおもひ知らなむ




獨山の花を尋ぬといふ事を


たれかまた花をたづねて吉野山こけふみわくる岩つたふらむ




花を待つ心を


今更に春を忘るゝ花もあらじやすく待ちつゝ今日もくらさむ

おぼつかないづれの山の嶺よりか待たるゝ花の咲きはじむらむ




花の歌あまた詠みけるに


空に出でていづくともなく尋ぬれば雲とは花の見ゆるなりけり

雪とぢし谷のふる巣を思ひ出でて花にむつるゝうぐひすの聲

吉野山雲をはかりに尋ね入りてこゝろにかけし花を見るかな

おもひやるこゝろや花にゆかざらむ霞こめたるみよし野の山

おしなべて花の盛になりにけり山の端ごとにかゝるしらくも

まがふ色に花咲きぬれば吉野山春は晴れせぬ嶺のしら雲

吉野山こずゑのはなを見し日より心は身にもそはずなりにき

あくがるゝ心はさてもやまざくら散りなむ後や身に歸るべき

花見ればそのいはれとは無けれども心のうちぞ苦しかりける

白川のこずゑを見てぞなぐさむる吉野の山にかよふこゝろを

引きかへて花見る春は夜はなく月見る秋はひるなからなむ

花ちらで月はくもらぬ世なりせば物を思はぬわが身ならまし

たぐひなき花をし枝に咲かすれば櫻にならぬ木ぞなかりける

身を分けて見ぬ梢なくつくさばやよろづの山の花のさかりを

櫻さく四方の山邊をかぬるまにのどかに花を見ぬこゝちする

花にそむ心はいかで殘りけむすて果てゝきと思ふわが身に

白川の春のこずゑのうぐひすは花のことばをきくこゝちする

ねがはくば花の下にて春死なむそのきさらぎのもち月のころ

佛にはさくらの花をたてまつれわがのちの世を人とぶらはゞ

何とかや世にありがたき名をえたる花よ櫻にまさりしもせじ

山ざくら霞のころもあつく著てこのはるだにも風つゝまなむ

思ひやる高嶺の雲の花ならば散らぬ七日は晴れじとぞ思ふ

のどかなる心をさへに過しつゝ花ゆゑにこそはるを待ちしか

かざこしの嶺のつゞきに咲く花はいつ盛ともなくや散るらむ

ならひありて風さそふとも山櫻たづぬる我を待ちつけて散れ

すそ野やくけぶりぞ春は吉野山花をへだつるかすみなりける

今よりは花見む人につたへおかむ世を遁れつゝ山に住まむと




閑ならむと思ひける頃花見に人々のまうで來ければ


花見にとむれつゝ人の來るのみぞあたら櫻の咎には有りける

花もちり人も來ざらむをりはまた山のかひにて長閑なるべし




かき絶えこととはずなりにける人の花見に山里へ詣で來たりと聞きて詠みける


年をへておなじ梢とにほへども花こそひとにあかれざりけれ




花の下にて月を見て詠みける


雲にまがふ花の下にてながむれば朧に月は見ゆるなりけり




春のあけぼの花見けるに鶯の鳴きければ


花の色やこゑにそむらむ鶯のなく音ことなるはるのあけぼの




春は花を友といふ事をせか院のさい院にて人々詠みけるに


おのづから花なき年の春もあらば何につけてか日をくらさまし




老見花といふことを


老苞に何をかせましこの春の花まちつけぬ我身なりせば




老木の櫻のところ%\に咲きたるを見て


わきて見む老木は花もあはれなりいま幾度か春にあふべき




屏風の繪を人々よみけるに春の宮人むれて花見ける所によそなる人の見やりてたてけるを


木のもとは見る人しげし櫻花よそにながめて我はをしまむ




山寺の花さかりなりけるに昔を思ひ出でて


よし野山ほき路づたひに尋ね入りて花見し春は一むかしかも




修行し侍るに花おもしろかりける所にて


ながむるに花の名だての身ならずば木の下にてや春をくらさむ




熊野へまゐりけるにやがみの王子の花おもしろかりければ社にかきつけける


待ち來つるやがみの櫻咲きにけり荒くおろすなみすの山かぜ




せか院の花盛なりける頃としたゞがいひ送りける


おのづから來る人あらばもろともにながめまほしき山櫻かな




かへし


ながむてふ數に入るべき身なりせば君が宿にて春はへなまし




上西門院女房法勝寺の花見られけるに雨のふりて暮れにければ歸られにけり又の日兵衞の局のもとへ花の御幸思ひ出でさせ給ふらんと覺えてかくなむ申さまほしかりしとてつかはしける


見る人に花も昔をおもひ出でてこひしかるべき雨にしをるゝ




かへし


いにしへを忍ぶる雨とたれか見む花もそのよの友しなければ




若き人々ばかりなむ老いにける身は風の煩しさにいとはるゝ事にてと有りけるなむやさしくきこえける雨のふりけるに花の下に車を立てゝながめける人に


ぬるともと蔭を頼みて思ひけむ人の跡ふむ今日にもあるかな




世をのがれて東山に侍る頃白川の花盛に人さそひければまかり歸りけるに昔思ひ出でて


ちるを見て歸るこゝろや櫻花むかしにかはるしるしなるらむ




山路落花


ちり初むる花の初雪ふりぬればふみわけまうき志賀の山ごえ




落花の歌あまた詠みけるに


勅とかやくだす御門のいませかしさらば恐れて花やちらぬと

浪もなく風ををさめし白川のきみのをりもやはなは散りけむ

いかでわれこの世の外の思ひ出に風をいとはで花をながめむ

年をへてまちもをらむと山櫻こゝろを春はつくすなりけり

よし野山たにへたなびく白雲はみねの櫻のちるにやあるらむ

山おろしの木のもと埋む花の雪は岩井にうくも氷とぞ見る

春風の花のふゞきにうづもれて行きもやられぬ志賀のやま道

立ちまがふ嶺の雲をば拂ふとも花をちらさぬあらしなりせば

よし野山花ふきぐして峯こゆるあらしは雲とよそに見ゆらむ

惜まれぬ身だにも世にはあるものをあなあやにくの花の心や

うき世には留めおかじと春風の散らすは花ををしむなりけり

諸共に我をもぐしてちりね花うき世をいとふこゝろある身ぞ

思へたゞ花のなからむ木の下に何をかげにて我が身住みなむ

ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別こそ悲しかりけれ

をしめばと思ひげもなくあだにちる花は心ぞかしこかりける

こずゑふく風の心はいかゞせむしたがふ花のうらめしきかな

いかでかはちらであれとも思ふべきしばしとしたふ情しれ花

木のもとの花に今宵はうづもれてあかぬ梢をおもひあかさむ

木のもとに旅ねをすれば吉野山花のふすまをきするはるかぜ

雪と見てかげに櫻のみだるれば花のかさきる春の夜のつき

ちる花ををしむ心やとゞまりてまた來む春のたれになるべき

春ふかみ枝もうごかで散る花は風のとがにはあらぬなるべし

あながちに庭をさへ吹く嵐かなさこそこゝろに花をまかせめ

あだに散るさこそ梢の花ならめすこしはのこせ春のやま風

心得つたゞひとすぢに今よりは花ををしまで風をいとはむ

よし野山櫻にまがふ白雲のちりなむのちは晴れずもあらなむ

花と見ばさすが情をかけましを雲とてかぜのはらふなるべし

風さそふ花のゆくへは知らねどもをしむ心は身にとまりけり

花ざかり梢をさそふ風ならでのどかに散らむ春はあらばや




庭の花波に似たりといふ事を詠みけるに


風あらみこずゑの花のながれ來て庭になみたつ白川のさと




白川の花庭面白かりけるを見て


あだに散る梢の花をながむればにはには消えぬ雪ぞつもれる




高野に籠りたりける頃草の庵に花のちりつみければ


散る花の庵のうへをふくならば風いるまじくめぐりかこはむ




夢中落花といふことを前齋院にて人々よみけるに


春風の花をちらすと見る夢はさめてもむねのさわぐなりけり




風の前の落花といふ事を


山櫻枝きるかぜのなごりなく花をさながらわがものにする




雨中落花


梢うつ雨にしをれて散る花のをしきこゝろをなににたとへむ




遠山殘花


よし野山一むら見ゆる白雲は咲きおくれたるさくらなるべし




花の歌十五首よみけるに


吉野山人にこゝろをつけがほに花よりさきにかゝるしらくも

山さむみ花咲くべくもなかりけりあまりかねても尋ね來にけり

かたばかりつぼむと花を思ふよりそらまた心ものになるらむ

おぼつかな谷は櫻のいかならむみねにはいまだかけぬしら雲

花と聞くは誰もさこそはうれしけれ思ひしづめぬ我が心かな

初花のひらけはじむる梢よりそばえて風のわたるなるかな

おぼつかな春の心の花にのみいづれのとしかうかれそめけむ

いざ今年ちれと櫻をかたらはむなか/\さらば風やをしむと

風ふくとえだをはなれて落つまじく花とぢつけよ青柳のいと

吹く風のなべて梢にあたるかなかばかり人のをしむさくらを

なにとかくあだなる花の色をしも心にふかくそめはじめけむ

おなじ身の珍しからず惜めばや花もかはらず咲けば散るらむ

嶺にちる花はたになる木にぞ咲くいたくいとはじ春の山かぜ

山おろしに亂れて花のちりけるを岩はなれたる瀧と見たれば

花もちりひとも都にかへりなば山さびしくもならむとすらむ




散りて後花を思ふといふ事を


青葉さへ見れば心のとまるかな散りにし花のなごりと思へば





跡たえてあさぢしげれる庭の面にたれ分けいりて菫摘みけむ

たれならむあら田のくろに菫つむひとは心のわりなかりけり




さわらび


なほざりに燒き捨てし野の早蕨は折る人なくてほどろとやなる




かきつばた


沼水に茂る眞菰のわかれぬを咲きへだてたるかきつばたかな




山路のつゝじ


はひつたひ折らで躑躅を手にぞとるさかしき山のとり所には




つゝじ山のひかりたりといふことを


躑躅さく山の岩陰ゆふばえてをぐらはよその名のみなりけり




やまぶき


岸ちかみうゑけむ人ぞうらめしき波にをらるゝやまぶきの花

山吹の花さく里になりぬればこゝにも井手とおもほゆるかな





眞菅生ふる山田に水をまかすればうれしがほにも啼く蛙かな

みさびゐて月もやどらぬにごり江に我すまむとて蛙なくなり




春のうちに郭公をきくといふ事を


うれしともおもひぞわかぬ郭公春きくことのならひなければ




伊勢にまかりたりけるにみつと申す所にて海邊の春の暮といふことを神主ども詠みけるに


過ぐる春潮のみつより舟出して波の花をやさきにたつらむ




三月一日たらで暮れけるに詠みける


春故にせめても物を思へとやみそかにだにもたらで暮れぬる




三月の晦日に


今日のみとおもへば長き春の日も程なく暮るゝ心地こそすれ

行く春をとゞめかねぬる夕暮はあけぼのよりも哀れなりけり





かぎりあれば衣ばかりをぬぎかへて心は花をしたふなりけり




夏の歌よみけるに


草しげり道かりあけて山里にはな見し人のこゝろをぞ見る




水邊卯花


たつた川岸の籬を見わたせばゐぜきのなみにまがふ卯のはな

山川の波にまがへる卯の花をたちかへりてや人は折るらむ




夜卯花


まがふべき月なきころの卯の花はよるさへさらす布るらむ




社頭卯花


神垣のあたりに咲くも便あれや木綿かけたりと見ゆる卯の花




無言なりける頃郭公の初聲を聞きて


時鳥ひとにかたらぬをりにしも初音きくこそかひなかりけれ




不尋聞子規といふ事を賀茂社にて人々よみけるに


時鳥卯月のいみのゐこもろを思ひ知りても來鳴くなるかな




夕暮郭公といふことを


さとなるゝたそがれ時の郭公きかずがほにもまた名のらせむ




郭公


我が宿に花たちばなを植ゑてこそ山ほとゝぎす待つべかりけれ

尋ぬれば聞きがたきかと時鳥こよひばかりは待ちこゝろみむ

時鳥まつこゝろのみつくさせて聲をばをしむさつきなりけり




人にかはりて


待つ人のこゝろを知らば郭公たのもしくてや夜をあかさまし




時鳥を待ちて明けぬといふ事を


郭公なかで明けぬとつげがほにまたれぬ鳥の音ぞきこゆなる

郭公きかであけぬる夏の夜のうらしまの子はまことなりけり




時鳥の歌五首よみけるに


郭公きかぬものゆゑまよはまし花をたづぬるやま路なりせば

待つことは初音までかと思ひしにきゝふるされぬ時鳥かな

きゝおくるこゝろをぐして郭公たかまのやまの嶺こえぬなり

大井川をぐらの山のほとゝぎすゐぜきに聲のとまらましかば

郭公そののち越えむ山路にもかたらぬこゑはかはらざらなむ




時鳥を


郭公きく折にこそなつ山のあを葉は花におとらさりけれ

時鳥おもひもわかぬひとこゑを聞きつといかゞ人にかたらむ

時鳥いかばかりなるちぎりにて心つくさで人のきくらむ

かたらひしその夜の聲は時鳥いかなるよにもわすれむものか

時鳥はなたちばなはにほふとも身をうの花のかきねわするな




雨の中に郭公を待つといふことを詠みけるに


時鳥しのぶ卯月もすぎにしをなほ聲をしむさみだれのそら




雨中郭公


さみだれのはれまも見えぬくもぢより山郭公なきて過ぐなり




山寺の郭公といふことを人々よみけるに


郭公きゝにとてしもこもらねど初瀬のやまはたよりありけり




五月の晦日に山里にまかりて立ち歸りにけるを時鳥もすげなく聞き捨てゝ歸りし事など人の申し遣しける返事に


郭公なごりあらせて歸りしが聞すつるにもなりにけるかな




題しらず


空晴れてぬまのみかさを落さずば菖蒲もふかぬ五月なるべし




さることありて人の申し遣しける返事に五日


折に生ひて人に我が身や引かれまし筑摩の沼の菖蒲なりせば




高野に中院と申す所に菖蒲ふきたる坊の侍りけるに櫻の散りけるがめづらしくおぼえて詠みける


櫻ちる宿にかさなるあやめをば花あやめとやいふべかるらむ

ちる花を今日の菖蒲のねにかけて藥玉ともやいふべかるらむ




五月五日山寺へ人の今日いる物なればとて菖蒲をつかはしける返事に


西にのみ心ぞかゝるあやめ草この世ばかりのやどとおもへば

みな人の心のうきはあやめ草にしにおもひのひかぬなりけり

五月雨ののきのしづくに玉かけてやどをかざれる菖蒲草かな




五月雨


水たゝふ入江の眞菰かりかねてむなでにすつる五月雨のころ

五月雨に水まさるらし字治橋やくもでにかゝるなみのしら絲

ござさしく古里小野の道のあとをまた澤になすさみだれの頃

つく%\と軒の雫をながめつゝ日をのみくらす五月雨のころ

五月雨は岩せくぬまな水ふかみわけし岩間のかよひ路もなし

東屋のをがやが軒のいと水に玉ぬきかくるさみだれのころ

五月雨に小田のさなへやいかならむあぜの泥土洗ひこされて

五月雨のころにしなれば荒小田に人にまかせぬ水たゝひけり




ある所にて五月雨の歌十五首よみ侍りし人にかはりて


五月雨にほすひまもなくもしほ草煙もたてぬうらの海士びと

五月雨はいさゝ小川の橋もなしいづくともなく澪に流れて

水無瀬川をちのかよひぢ水みちて舟わたりするさみだれの頃

ひろ瀬川渡の沖のみをつくし水嵩ぞふらしさみだれのころ

早瀬川つなでの岸を沖に見てのぼりわづらふさみだれのころ

水分くる難波堀江のなかりせばいかにかせましさみだれの頃

舟とめしみなとの芦間さをたえて心行きみむさみだれのころ

水底にしかれにけりなさみだれて水の眞菰を刈りに來たれば

五月雨のをやむ晴れまのなからめや水のかさほせ眞菰かり舟

五月雨にさのの舟橋うきぬれば乗りてぞ人はさしわたるらむ

五月雨の晴れぬ日數のふるまゝに沼の眞菰は水隱れにけり

水なしときゝてふりにし勝間田の池あらたむる五月雨のころ

五月雨は行くべき道のあてもなしをざさが原もうきぎ流れて

河わだのよどみにとまる流木のうきはしわたす五月雨のころ

思はずもあなづりにくき小川かな五月のあめに水まさりつゝ




隣の泉


風をのみ花なき宿はまち/\ていづみの末をまたむすぶかな




水邊納涼とい事を北白川にて詠みける

水の音に暑さ忘るゝまとゐかなこずゑの蝉のこゑもまぎれて




深山水


杣人の暮にやどかるこゝちしていほりをたゝく水なりけり




題しらず


夏山のゆふした風のすゞしさに楢の木かげのたゝまうきかな




撫子


かき分けて折れば露こそこぼれけれ淺茅にまじる撫子のはな




雨中撫子といふことを


露おもみ園の撫子いかならむあらく見えつるゆふだちのそら




夏野の草をよみける


みまくさに原の小薄しがふとてふしどあせぬと鹿おもふらむ




旅行草深といふ事を


旅人のわくる夏野のくさしげみ葉ずゑにすげの小笠はづれて




行路夏といふことを


雲雀あがる大野の茅原來ればすゞむ木蔭をねがひてぞ行く




ともし


照射する火串の松もかへなくにしかめあはせで明す夏の夜




題しらず


夏の夜はしのの小竹のふし近みそよや程なく明くるなりけり

夏の夜の月見ることやなかるらむ蚊遣火たつるしづが伏屋は




海邊夏月


露のぼる芦のわか葉に月さえてあきをあらそふ難波江のうら




泉にむかひて月を見るといふ事を


むすびあぐる泉にすめる月かげは手にもとられぬ鏡なりけり

むすぶ手に涼しき影を添ふるかな清水にやどるなつの夜の月




夏の月の歌よみけるに


夏の夜も小笹が原にしもぞおく月のひかりのさえしわたれば

山河のいはにせかれてちる波をあられとぞ見る夏の夜のつき




池上夏月といふことを


影さえて月しもことにすみぬれば夏の池にもつらゝゐにけり




蓮池に滿てりといふ事を


おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮のはな咲きにけり




雨中夏月


夕立のはるればつきぞやどりける玉ゆりすうる蓮のうき葉に




涼風如秋


まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみ山べの里




松風如秋といふ事を北白川なる所にて人々よみしに又水聲秋ありといふ事をかさねけるに


まつ風の音のみなにかいはばしる水にも秋はありけるものを




山家待秋といふことを


山里は外面のまくず葉をしげみうら咲きかへす秋を待つかな




六月祓


御祓してぬさとりながす川の瀬にやがて秋めく風ぞすゞしき




山里のはじめの秋といふ事を


さま%\のあはれをこめて梢ふくかぜに秋知るみやまべの里




山居のはじめの秋といふ事を


秋たつと人はつげねど知られけりみ山のすその風のけしきに




常磐の里にて初秋月といふ事をよみけるに


秋たつとおもふに空もたゞならでわれて光をわけむ三日月




初秋の頃鳴尾と申す所にて松風の音を聞きて


常よりも秋になるをの松風はわきて身にしむこゝちこそすれ




七夕


いそぎ起きて庭の小草の露ふまむやさしきかずに人や思ふと

暮れぬめり今日待ちつけて棚機は嬉しきにもや露こぼるらむ

天河けふの七日はながきよのためしにもひくいみもしつべし

舟よする天の川べのゆふぐれはすゞしき風やふきわたるらむ

待ちつけてうれしかるらむ棚機の心のうちぞそらに知らるゝ




蜘のいかきたるを見て


さゝがにのくもでにかけて引く絲や今日棚機にかさゝぎの橋




草花道を遮るといふ事を


夕露をはらへばそでに玉消えて道わけかぬる小野の萩はら




野徑秋風


末葉ふく風は野もせにわたるともあらくはわけじ萩のした露




草花時を得たりといふことを


絲すゝきぬはれてしかのふす野べにほころびやすき藤袴かな




行路草花


折らで行くそでにも露ぞこぼれける萩の葉しげき野邊の細道




露中草花


ほに出づるみ山がすそのむら薄まがきにこめてかこふ秋ぎり




終日野の花を見るといふことを


みだれさく野べの萩原わけくれて露にも袖を染めてけるかな




萩野に滿てり


咲きそはむ所の野べにあらばやは萩よりほかの花も見るべく




萩野の家にみてりといふことを


分けて出づる庭しもやがて野べなれば萩の盛を我が物に見る




野萩似錦といふことを


けふぞ知るその江にあらふ唐錦萩さく野べにありけるものを




草花を詠みける


しげりゆくしばの下草おはれ出でて招くや誰を慕ふなるらむ




薄道にあたりてしげしといふことを


花薄こゝろあてにぞわけて行くほの見し道にあとしなければ




古籬苅萱


籬あれて薄ならねどかるかやも繁き野べとは成りけるものを




女郎花


女郎花わけつる袖とおもはばやおなじ露にもぬると知れゝば

女郎花いろめく野べにふれはらふ袂に露やこぼれかゝると




草花露重


今朝見れば露のすがるに折れふして起きもあがらぬ女郎花かな

大方の野邊の露には萎るれどわがなみだなきをみなへしかな




女郎花帶露といふことを


花の枝に露の白玉ぬきかけて折るそで濡らすをみなへしかな

折らぬより袖ぞぬれける女郎花露むすぼれてたてるけしきに




水邊女郎花といふことを


池の面にかげをさやかにうつしもて水鏡見るをみなへしかな

たぐひなき花のすがたを女郎花池のかゞみにうつしてぞ見る




女郎花水に近しといふことを


女郎花池のさ波にえだひぢてものおもふ袖のぬるゝがほなる





おもふにもすぎて哀にきこゆるは荻の葉みだる秋のゆふかぜ




題しらず


おしなべて木草の末の原までもなびきて秋のあはれ見えける




荻の風露を拂ふ


をじかふす荻さへ野べの夕露をしばしもためぬ荻のうはかぜ




隣の夕の荻の風


あたりまで哀しれともいひがほに荻のおとする秋のゆふかぜ




秋の歌よみける中に


吹きわたる風も哀をひとしめていづこもすごき秋のゆふぐれ

おぼつかな秋はいかなる故のあればすゞろに物の悲しかるらむ

何ごとをいかに思ふとなけれどもたもとかわかぬ秋の夕ぐれ

何となくもの悲しくぞ見えわたる鳥羽田の面のあきの夕ぐれ




野の家の秋の夜


ねざめつゝ長き夜かなと磐余野に幾秋までも我が身へぬらむ




秋の歌に露をよむとて


おほかたの露には何のなるならむ袂におくはなみだなりけり




山里に人々まかりて秋の歌よみけるに


山里の外面のをかのたかき木にそゞろがましき秋のせみかな




人々秋の歌十首よみけるに


玉にぬく露はこぼれて武藏野のくさの葉むすぶあきのはつ風

穗に出でてしのの小薄まねく野にたはれてたてる女郎花かな

花をこそ野べの物とは見に來つれ暮るれば蟲の音をも聞きけり

荻の葉をふき過ぎて行く風のおとに心みだるゝ秋のゆふぐれ

晴れやらぬみ山の霧のたえ%\にほのかに鹿の聲きこゆなり

かねてより梢のいろを思ふかなしぐれはじむるみやまべの里

鹿の音を垣根にこめて聞くのみか月もすみけりあきの山ざと

庵もる月の影こそさびしけれ山田のひたのおとばかりして

わづかなる庭の小草のしらつゆをもとめてやどる秋の夜の月

何とかく心をさへはつくすらむわがなげきにて暮るゝ秋かな





秋の夜のそらにいづてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな

あまの原月たけのぼる雲路をばわけても風のふきはらはなむ

うれしとや待つ人ごとに思ふらむ山の端いづる秋の夜のつき

なか/\に心つくすもくるしきにくもらばいりね秋の夜の月

いかばかり嬉しからまし秋の夜の月すむそらに雲なかりせば

はりま潟なだのみ沖にこぎ出でてあたり思はぬ月をながめむ

月すみてなぎたる海のおもてかな雲の波さへ立ちもかゝらで

いざよはで出づるは月の嬉しくて入る山の端はつらきなりけり

水の面にやどる月さへいりぬるは波のそこにも山やあるらむ

したはるゝ心や行くと山の端にしばしな入りそ秋の夜のつき

明くるまで宵より空に雲なくてまだこそかゝる月見ざりけれ

あさぢ原葉ずゑのつゆの玉ごとにひかりつらぬく秋の夜の月

秋の夜の月を雪かとながむれば露もあられのこゝちこそすれ




閑に月を待つといふことを


月ならでさし入るかげもなきまゝに暮るゝうれしき秋の山里




海邊月


清見潟月すむよはのうきくもは不二の高嶺のけぶりなりけり




池上月といふことを


みさびゐぬ池の面のきよければやどれる月もめやすかりけり




同じ心を遍照寺にて人々よみけるに


やどしもつ月の光のおほさははいかにいづともひろさはの池

池にすむ月にかゝれる浮雲ははらひのこせる水さびなりけり




月池の水に似たりといふことを


水なくてこほりぞしたる勝間田のいけあらたむる秋の夜の月




名所の月といふことを


清見がたおきの岩こすしら波にひかりをかはす秋の夜のつき

なべてなき所の名をやをしむらむ明石は分きて月のさやけき




海邊明月


難波潟月のひかりにうらさえて波のおもてにこほりをぞしく




月前に遠く望むといふ事を


くまもなき月の光にさそはれていく雲井まで行くこゝろぞも




終夜月を見る


誰來なむ月の光にさそはれてと思ふに夜はの明けにけるかな




八月十五夜


山の端を出づる宵よりしるきかなこよひ知らする秋の夜の月

かぞへねどこよひの月のけしきにて秋の半をそらに知るかな

天の川名にながれたるかひありて今宵の月はことにすみけり

さやかなる影にてしるし秋の月十夜にあまれる五日なりけり

うちつけに又來む秋のこよひまで月故をしくなるいのちかな

秋はたゞこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月はすめども

おもひせぬ十五のとしもある物を今宵の月のかゝらましかば




くもれる十五夜を


月見れば影なく雲につゝまれて今夜ならずばやみに見えまし




月歌あまた詠みるけに


入りぬとや東に人はをしむらむ都にいづるやまの端のつき

待ち出でてくまなき宵の月見ればくもぞ心にまづかゝりける

秋風や天つくもゐにはらふらむ更けゆくまゝに月のさやけき

いづくとて哀ならずはなけれどもあれたる宿ぞ月はさびしき

よもぎ分けて荒れたる宿の月見れば昔すみけむ人ぞこひしき

身にしみて哀しらする風よりもつきにぞ秋のいろは見えける

蟲の音もかれゆく野べの草のはらに哀をそへてすめる月かげ

人も見ぬよしなき山の末までもすむらむ月の影をこそおもへ

木の間もる有明の月をながむればさびしさ添ふるみねの松風

いかにせむ影をばそでにやどせども心のすめば月のくもるを

くやしくも賤が伏屋とおとしめて月のもるをも知らで過ぎける

あれわたる草の庵にもる月をそでにうつしてながめつるかな

月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐりあひぬる

何事もかはりのみゆく世のなかにおなじ影にてすめる月かな

よもすがら月こそそでにやどりけれ昔の秋をおもひいづれば

ながむれば外の影こそゆかしけれかはらじものを秋の夜の月

行方なく月に心のすみ/\てはてはいかにかならむとすらむ

月影のかたぶく山をながめつゝをしむしるしやありあけの空

ながむるもまことしからぬ心地してよに餘りたる月の影かな

行く末の月をば知らず過ぎきつる秋まだかゝる影はなかりき

まことゝも誰か思はむひとり見て後にこよひの月をかたらば

月のため晝と思ふがかひなきにしばしくもりて夜を知らせよ

あまの原朝日山より出づればや月のひかりのひるにまがへる

有明の月のころにしなりぬれば秋はよるなきこゝちこそすれ

なか/\に時々雲のかゝるこそ月をもてなすかざりなりけれ

空晴るゝあらしのおとは松にあれや月も緑のいろにはえつゝ

さだめなく鳥やなくらむあきの夜は月の光をおもひまがへて

たれもみなことわりとこそ定むらめ晝をあらそふ秋の夜の月

影さえてまことに月のあかき夜は心もそらにうかびてぞすむ

隈もなき月のおもてに飛ぶ雁のかげを雲かと思ひけるかな

ながむればいなや心のくるしきにいたくなすみそ秋の夜の月

雲も見ゆかぜも吹くればあらくなるのどかなりつる月の光を

もろともにかげをならぶる人もあれや月のもりくる笹の庵に

なか/\にくもると見えて晴るゝ夜の月は光の添ふ心地する

浮雲の月のおもてにかゝれどもはやく過ぐるは嬉しかりけり

過ぎやらで月近くゆく浮雲のたゞよふ見ればわびしかりけり

厭へどもさすがに雲のうちちりて月のあたりを離れざりけり

雲はらふ嵐に月のみがかれてひかりえてすむあきのそらかな

くまもなき月の光をながむればまづをばすての山ぞこひしき

月さゆるあかしの瀬戸に風ふけば氷のうへにたゝむしらなみ

天の原おなじ岩戸をいづれどもひかりことなる秋の夜のつき

限りなくなごりをしきは秋の夜の月にともなふあけぼのゝ空




九月十三夜


こよひはとところえがほにすむ月の光もてなす菊のしらつゆ

雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞ名におへりける




後九月月をもてあそぶといふ事を


月見れば秋くはゝれる年はまたあかぬ心もそふにぞ有りける




月瀧を照すといふことを


雲消ゆる那智の高嶺に月たけてひかりをぬけるたきのしら絲




久しく月を待つといふ事を


出でながら雲にかくるゝ月影をかさねて待つやふたむらの山




雲間に月を待つといふ事を


秋の月いざよふ山の端のみかは雲のたえまもまたれやはせぬ




月前薄


をしむ夜の月にならひて有明のいらぬをまねく花すゝきかな

花すゝき月の光にまがはましふかきますほのいろにそめずば




月前荻


月すむと荻うゑざらむやどならば哀すくなき秋にやあらまし




月照野花といふ事を


月なくば暮るれば宿へ歸らまし野べには花のさかりなりとも




月前野花


花の色をかげにうつせば秋の夜の月ぞ野守のかゞみなりける




月前草花


月のいろを花にかさねて女郎花うはものしたに露をかけたる

よひのまの露にしをれて女郎花有明のつきのかげにたはるゝ




月前女郎花


庭さゆる月なりけりな女郎花しもにあひぬるはなと見たれば




月前蟲


月のすむ淺茅にすだくきり%\す雲のおくにや秋を知るらむ

露ながらこぼさで折らむ月かげに小萩がえだのまつ蟲のこゑ




深夜聞蛬


わが世とや更け行く月を思ふらむ聲も休めぬきり%\すかな




田家月


夕露の玉しく小田のいなむしろかへす穗ずゑに月ぞやどれる




月前鹿


たぐひなき心地こそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲




月前紅葉


木の間もる有明の月のさやけきに紅葉をそへて眺めつるかな




霧月をへだつといふ事を


立田山月すむみねのかひぞなきふもとに霧のはれぬかぎりは




月前にいにしへを懷ふ


古を何につけてかおもひいでむ月さへかはる世ならましかば




月によせて思を述べけるに


世の中にうきをも知らですむ月の影は我が身の心地こそすれ

世の中は曇り果てぬる月なれやさりともと見し影も待たれず

厭ふ世も月すむ秋に成りぬればながらへずばと思ふなるかな

さらぬだにうかれてものを思ふ身の心をさそふあきの夜の月

捨てゝいにし憂世に月のすまであれなさらば心の留らざらまし

あながちに山にのみすむ心かなたれかは月のいるををしまぬ




春日に參りたりけるに常よりも月明く哀なりければ


ふりさけし人のこゝろぞ知られける今宵三笠の山を眺めて




月寺のほとりにあきらかなり


晝と見る月にあくるを知らましや時つく鐘のおとなかりせば




人々住吉にまゐりて月を翫びけるに


片そぎの行き合はぬまよりもる月やさえて御袖の霜におくらむ

波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくるすみよしのきし




旅まかりけるにとまりて


あかずのみ都にて見し影よりもたびこそ月はあはれなりけれ

見しまゝに姿もかげもかはらねばつきぞ都のかたみなりける




旅宿の月をおもふといふ事を


月はなほ夜な/\ごとにやどるべしわがむすびおく草の庵に




月前に友に逢ふといふことを


嬉しきは君にあふべき契ありて月にこゝろのさそはれにけり




心ざすことありて安藝の一の宮へ詣でけるに高富の浦と申す所に風に吹きとめられて程經けり苫ふきたる庵より月のもるを見て


波のおとを心にかけてあかすかなとまもる月のかげを友にて




詣でつきて月いと明くて哀に覺えければ詠ける


もろともに旅なる空に月もいでてすめばやかげの哀なるらむ




旅宿の月といへる心をよめる


あはれ知る人みたらばと思ふかな旅寐のとこにやどる月かげ

月やどるおなじうきねの波にしもそでしぼるべき契ありけり

都にて月をあはれとおもひしは數よりほかのすさびなりけり




船中初雁


沖かけて八重の汐路をゆく舟はほのかにぞきくはつ雁のこゑ




朝に初雁を聞く


横ぐもの風にわかるゝしのゝめに山飛びこゆるはつ雁のこゑ




夜に入りて雁を聞く


鳥羽にかく玉づさのこゝちしてかり鳴きわたるゆふやみの空




雁聲遠きを


白雲をつばさにかけてゆく雁のかど田のおもの友したふなり




霧中雁


玉章のつゞきは見えで雁がねの聲こそきりにけたれざりけれ




霧上雁


空色のこなたをうらに立つ霧のおもてに雁のかくるたまづさ





鶉なく折にしなれば霧こめてあはれさびしき深草のさと




霧行客をへだつ


名殘おほみむつごとつきで歸りゆく人をば霧も立ち隔てけり




山家霧


たちこむる霧のしたにもうづもれて心はれせぬみ山べの里

よをこめて竹の編戸に立つ霧の晴ればやがてや明けむとすらむ




鹿


しだり咲く萩の古枝にかぜかけてすがひ/\にを鹿なくなり

萩がえの露ためず吹くあきかぜにをじか鳴くなり宮城野の原

よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の涙や野べのつゆとなるらむ

さらぬだに秋はもののみ悲しきを涙もよほすさをしかのこゑ

山おろしに鹿のねたぐふ夕暮をもの悲しとはいふにや有るらむ

しかもわぶ空の氣色もしぐるめり悲しかれともなれる秋かな

何となくすまゝほしくぞおもほゆる鹿の音たえぬ秋の山ざと




小倉の麓にすみ侍りけるに鹿の鳴きけるを聞きて


を鹿なく小ぐらの山のすそちかみたゞひとりすむわが心かな




曉の鹿


夜をのこすねざめに聞くぞ哀なる夢野の鹿もかくや鳴きけむ




夕暮に鹿を聞く


しの原やきりにまがひてなく鹿のこゑかすかなる秋の夕ぐれ




幽居に鹿を聞く


となりゐぬはたの假屋に明す夜はしか哀なる物にぞ有りける




田庵の鹿


小山田のいほちかく鳴くしかの音におどろかされて驚すかな




人を尋ねて小野にまかりけるに鹿のなきければ


鹿の音を聞くにつけてもすむ人のこゝろ知らるゝ小野の山里




獨聞擣衣


獨寐の夜寒になるにかさねばや誰が爲にうつころもなるらむ




隔里擣衣


さ夜衣いづこの里にうつならむ遠くきこゆるつちのおとかな




年頃申されたる人の伏見に住むと聞きて尋ねまかりたりけるに庭の道も見えずしげりて蟲なきければ


わけて入る袖に哀をかけよとてつゆけきにはに蟲さへぞなく




蟲の歌よみ侍りけるに


夕されや玉うごくつゆの小笹生にこゑまづならす蛬かな

秋風にほずゑ波よるかるかやの下葉にむしのこゑみだるなり

蛬なくなる野邊はよそなるを思はぬそでに露ぞこぼるゝ

秋風の更けゆく野邊の虫の音のはしたなきまでぬるゝ袖かな

蟲の音をよそにおもひてあかさねば袂も露は野べにかはらじ

野べになく蟲もやものは悲しきと答へましかば問ひて聞かまし

秋の夜に聲も惜まずなく蟲をつゆまどろまず聞きあかすかな

あきの夜を獨や鳴きてあかさましともなふ蟲の聲なかりせば

秋の野の尾花がそでにまねかせていかなる人をまつ蟲のこゑ

よもすがら袂に蟲の音をかけてはらひわづらふ袖のしらつゆ

獨寐のねざめのとこのさむしろに涙もよほすきり%\すかな

きり%\す夜寒になるをつげがほに枕のもとにきつゝ鳴くなり

蟲の音をよわりゆくかと聞くからに心に秋の日かずをぞふる

秋ふかみよわるは蟲の聲のみかきく我とてもこの身やはある

虫のねにさのみぬるべきたもとかは怪しや心ものおもふらし

もの思ふ寐覺とぶらふきり%\す人よりもげに露けかるらむ




獨聞蟲


ひとり寐のともにはならで蛬なく音をきけば物おもひぞそふ




故郷蟲


草ふかみ分け入りてとふ人もあれやふりゆく宿のすゞ蟲の聲




雨中蟲


かべに生ふる小草にわぶる蛬しぐるゝにはのつゆいとふらし




田家に蟲をきく


小萩さく山田のくろの蟲の音にいほもる人やそでぬらすらむ




夕の道の蟲といふ事を


うちぐする人なき道の夕さればこゑたておくるくつわ蟲かな




田家秋夕


ながむれば袖にもつゆぞこぼれける外面の小田の秋の夕ぐれ

吹きすぐる風さへことに身にぞしむ山田のいほの秋の夕ぐれ




京極太政大臣中納言と申しける折菊をおびたゞしき程にしたてゝ鳥羽院にまゐらせ給ひたりける鳥羽の南殿の東面のつぼに所なきほどにうゑさせたまひけり公重少將人々をすゝめて菊もてなさせけるにくはゝるべきよしあれば


君が住むやどのつぼには菊ぞかざる仙の宮といふべかるらむ





いく秋にわがあひぬらむ長月のこゝぬかにつむ八重のしら菊

秋ふかみならぶ花なき菊なればところを霜のおけとこそ思へ




月前菊


ませなくば何をしるしにおもはまし月もまかよふしら菊の花




秋ものへまかりける道にて


心なき身にもあはれは知られけり鴫たつさはの秋のゆふぐれ




嵯峨に住みける比隣の坊に申すべき事ありてまかりけるに道もなく葎の茂りければ


立ちよりて隣とふべき垣にそひてひまなくはへる八重葎かな




題しらず


いつよりか紅葉の色はそむべきと時雨にくもる空にとはゞや




紅葉未遍といふことを


いとか山時雨にいろを染めさせてかつ/ \織れる錦なりけり




山家紅葉


そめてけり紅葉のいろのくれなゐをしぐると見えしみ山べの里




秋の末に松蟲のなくを聞きて


さらぬだに聲よわりにし松蟲の秋のすゑにはきゝもわかれず

限あれば枯れゆく野べはいかゞせむ蟲の音のこせあきの山里




寂蓮高野に詣でて深き山の紅葉といふ事を詠みける


さま% \に錦ありけるみ山かな花見しみねをしぐれそめつゝ




紅葉色深しといふ事を


限あればいかゞは色も増るべきをあかずしぐるゝ小倉山かな

もみぢ葉の散らで時雨の日數へばいかばかりなる色かあらまし




霧中紅葉


錦はる秋のこずゑを見せぬかなへだつる霧のやどをつくりて




賤しかりける家に蔦の紅葉面白かりけるを見て


思はずよよしある賤がすみかかな蔦の紅葉をのきに這はせて




寄紅葉戀


我が涙しぐれの雨にたぐへばや紅葉のいろのそでにまがへる




東へまかりけるにしのぶの奧に侍りける社の紅葉を


ときはなる松のみどりも神さびて紅葉ぞ秋はあけのたまがき




草花野路落葉


紅葉ちる野はらをわけて行くひとは花ならぬまで錦きるべし




秋の末に法輪にこもりて詠める


大井川ゐぜきによどむ水の色に秋ふかくなる程ぞ知らるゝ

小倉山ふもとにあきのいろはあれや梢のにしき風にたゝれて

わがものと秋の梢をおもふかなをぐらのさとに家居せしより

山ざとは秋の末にぞおもひ知るかなしかりけりこがらしの風

暮れ果つる秋の形見にしばし見む紅葉ちらすなこがらしの風

あきくるゝ月なみわかぬ山賤のこゝろうらやむけふの夕ぐれ




終夜秋を惜む


をしめども鐘の音さへかはるかな霜にや露のむすびかふらむ




長樂寺にて夜紅葉を思ふといふ事を人々よみけるに


夜もすがらをしげなく吹く嵐かなわざと時雨のそむる紅葉を




題しらず


神無月木の葉のおつるたびごとに心うかるゝみやまべのさと

ねざめする人の心をわびしめてしぐるゝ音はかなしかりけり




十月のはじめつかた山里にまかりたりけるに蛬の聲のわづかにしければ詠みける


霜うづむ葎の下のきり%\すあるかなきかにこゑきこゆなり




山家落葉


道もなしやどは木の葉にうづもれぬまだきせさする冬籠かな

木の葉散れば月に心ぞあくがるゝみ山がくれに住まむと思ふに




曉落葉


時雨かとねざめの床にきこゆるは嵐にたへぬ木の葉なりけり




水上落葉


立田姫そめしこずゑの散るをりはくれなゐあらふ山川のみづ




落葉


嵐ふく庭の落葉のをしきかなまことのちりになりぬと思へば




月前落葉


山おろしの月に木の葉を吹きかけて光にまがふ影を見るかな




瀧上落葉


木枯にみねの紅葉やたぐふらむむらごに見ゆる瀧のしらいと




山家時雨


宿かこふはゝその柴のいろをさへしたひてそむる初時雨かな




閑中時雨といふ事を


おのづから音する人もなかりけり山めぐりする時雨ならでは




時雨の歌よみけるに


あづまやのあまりにもふるしぐれかな誰かは知らぬ神無月とは




落葉網代にとゞまる


紅葉よる網代の布の色そめてひをくるゝとは見ゆるなりけり




山家枯草といふ事を覺雅僧都の坊にて人々よみけるに


かきこめしすそ野の薄霜枯れてさびしさまさるしばの庵かな




野のわたりの枯れさる草といふ事を双林寺にて詠みけるに


さま%\に花さきたりと見し野邊の同じ色にも霜枯れにけり




枯野の草をよめる


分けかねし袖に露をばとめ置きて霜にくちぬる眞野の萩原

霜かつぐ枯野の草はさびしきにいづくは人のこゝろとむらむ

霜がれてもろくくだくる荻の葉をあらく吹くなる風の音かな




冬の歌よみけるに


難波江のいり江のあしに霜さえてうら風さむき朝ぼらけかな

玉かけし花のかづらもおとろへて霜をいたゞく女郎花かな

山櫻初ゆき降れば咲きにけりよし野はさとにふゆごもれども

さびしさにたへたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山ざと




水邊寒草


霜にあひて色あらたむる芦のほのさびしく見ゆる難波江の浦




山里の冬といを事を人々よみけるに

玉まきし垣ねのまくず霜がれてさびしく見ゆる冬のやまざと




寒夜旅宿


旅寐する草のまくらに霜さえてありあけの月の影ぞ待たるゝ




山家冬月


冬がれのすさまじげなるやまざとに月のすむこそ哀なりけれ

月出づる峯の木の葉も散りはてゝふもとの里は嬉しかるらむ




月枯れたる草を照す


花におく露にやどりし影よりもかれ野の月はあはれなりけり

こほりしく沼の芦原かぜさえて月もひかりぞさびしかりける




しづかなる夜の冬月


霜さゆる庭の木の葉をふみ分けて月は見るやと訪ふ人もがな




庭上冬月といふ事を


さゆと見えて冬ふかくなる月かげは水なきにはに氷をぞしく




鷹狩


あはせたる木ゐのはし鷹をぎとゝし犬かひ人の聲しきるなり




雪中鷹狩


かきくらす雪にきゞすは見えねども羽音に鈴をたぐへてぞやる

降る雪に鳥立も見えずうづもれてとりどころなき御狩野の原




夜初雪


月いづるのきにもあらぬ山の端のしらむもしるし夜はの白雪




庭雪似月


木の間もる月の影とも見ゆるかなはだらにふれる庭のしら雪




雪の朝靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに


たけのぼる朝日のかげのさすまゝに都の雪は消えみ消えずみ




枯野に雪の降りたるを


枯れはつる萱がうは葉にふる雪はさらに尾花の心地こそすれ




雪の歌よみけるに


あらち山さかしくくだる谷もなくかじきの道をつくるしら雪

たゆみつゝそりのはやをもつけなくに積りにけりな越の白雪




雪道を埋む


ふる雪にしをりし柴もうづもれておもはぬ山に冬ごもりする




秋の頃高野へまゐるべきよし頼めてまゐらざりける人のもとへ雪ふりて後申しつかはしける


雪ふかくうづみてけりな君來やと紅葉のにしきしきし山路を




雪朝待人といふ事を


わが宿に庭より外の道もがなとひ來むひとのあとつけで見む




雪に庵うづもれてせむかたなく面白かりけり今も來たらばと詠みけむことを思ひ出でて見けるほどに鹿の分けてとほりけるを見て


人來ばと思ひて雪を見るほどにしか跡つくることもありけり




雪朝會友といふ事を


跡留むる駒の行方はさもあらばあれ嬉しく君にゆきも逢ひぬる




雪埋竹といふことを


雪うづむ園の呉竹をれふしてねぐらもとむるむらすゞめかな




賀茂の臨時の祭歸り立の御神樂土御門内裏にて侍りけるに竹のつぼに雪のふりたりけるを見て


うらがへす小忌の衣と見ゆるかな竹のうら葉にふれるしら雪




社頭雪


玉がきはあけもみどりもうづもれて雪おもしろき松の尾の山




雪の歌ども詠みけるに


何となくくるゝ雫のおとまでも山邊はゆきぞあはれなりける

雪ふれば野路も山路もうづもれて遠近しらぬたびのそらかな

あをね山苔のむしろの上にして雪はしとねのこゝちこそすれ

卯の花のこゝちこそすれ山里のかきねの柴をうづむしらゆき

をりならぬめぐりの垣の卯花をうれしく雪のさかせつるかな

とへな君ゆふぐれになる庭の雪をあとなきよりは哀ならまし




船中霰


迫門渡るたななし小舟心せよあられみだるゝしまきよこぎる




深山霰


杣人のまきのかり屋の下ぶしに音するものはあられなりけり




櫻の木に霰のたばしるを見て


たゞは落ちで枝をつたへる霰かなつぼめる花のちる心地して




月前炭竈といへる事を


限あらむ雲こそあらめ炭がまのけぶりに月のすゝけぬるかな




千鳥


淡路がたいそわの千鳥こゑしげし迫門の汐風さえまさる夜は

淡路がた迫門の汐干の夕ぐれに須磨よりかよふ千鳥なくなり

さゆれども心やすくぞきゝあかす川瀬の千鳥ともぐしてけり

霜さえて汀ふけゆくうら風をおもひ知りげに鳴くちどりかな

やせ渡るみなとの風につきふけて汐干るかたに千鳥なくなり




題しらず


千どりなく繪島の浦にすむ月を波にうつして見るこよひかな




氷留山水


岩間せく木の葉わけこし山みづをつゆもらさぬは氷なりけり




瀧上氷


水上にみづや氷をむすぶらむ繰るとも見えぬたきのしらいと




氷筏をとづといふ事を


氷わる筏のさをのたゆければもちやこさまし保津のやまごえ




冬の歌十首よみけるに


花もかれもみぢも散りぬ山里はさびしさをまたとふ人もがな

ひとりすむかた山陰の友なれやあらしに晴るゝふゆの夜の月

津の國の芦のまろ屋の淋しさは冬こそわきてとふべかりけれ

さゆる夜はよその空にぞをしも鳴くこほりにけりな昆陽の池水

よもすがら嵐の山にかぜさえて大井のよどにこほりをぞしく

さえわたるうら風いかにさむからむ千鳥むれゐるゆふ崎の浦

山里はしぐれし頃のさびしきにあられの音はやゝまさりけり

風さえてよすればやがてこほりつゝかへる波なき志賀の唐崎

吉野山ふもとにふらぬ雪ならば花かと見てやたづね入らまし

宿ごとにさびしからじとはげむべし煙こめたる小野の山ざと




題しらず


山櫻おもひよそへてながむれば木ごとの花はゆきまさりけり

仁和寺の御室にて山家閑居見雪といふ事を詠ませ給ひけるに

降りつもる雪をともにて春までは日をおくるべきみ山べの里




山里に冬深しといふ事を


とふ人も初雪をこそわけこしかみちとぢてけりみやまべの里




山居雪といふ事を


年の内はとふ人さらにあらじかし雪も山路もふかきすみかを




世を遁れて鞍馬の奧に侍りけるにかけひのこほりて水までこざりけるに春になるまではかく侍るなりと申しけるを聞きてよめる


わりなしやこほる筧の水ゆゑにおもひ捨てゝし春のまたるゝ




陸奧國にて年の暮によめる


常よりも心ぼそくぞおもほゆるたびのそらにて年の暮れぬる




山家歳暮


新しき柴のあみ戸をたちかへて年のあくるを待ちわたるかな




東山にて人々年の暮に思を述べけるに


年くれしその營はわすられてあらぬさまなるいそぎをぞする




年の暮に縣より都なる人の許へ申し遣しける


おしなべておなじ月日の過ぎゆけば都もかくや年は暮れぬる

山里に家ゐをせずば見ましやはくれなゐふかき秋のこずゑを




歳暮に人のもとへ遣しける


おのづからいはぬを慕ふ人やあると休らふ程に年の暮れぬる




常なき事をよせて


いつか我むかしの人といはるべきかさなる年をおくり迎へて




名を聞きて尋ぬる戀


あはざらん事をば知らず帚木の伏屋と聞きて尋ね行くかな




自門歸戀


たてそめてかへる心はにしき木の千束まつべき心地こそすれ




涙顯戀


おぼつかないかにと人の呉織あやむるまでにぬるゝそでかな




夢會戀


なか/\に夢に嬉しきあふ事はうつゝにものを思ふなりけり

あふことを夢なりけりと思ひわく心の今朝はうらめしきかな

あふと見る事をかぎりの夢路にてさむる別のなからましかば

夢とのみおもひなさるゝ現こそあひ見る事のかひなかりけれ




後朝


今朝よりぞ人の心はつらからで明けはなれ行く空をうらむる

逢ふ事をしのばざりせば道芝の露よりさきにおきてこましや




後朝郭公


さらぬだに歸りやられぬしのゝめに添へてかたらふ郭公かな




後朝花橘


かさねてはこからまほしきうつり香を花橘に今朝たぐへつゝ




後朝霧


やすらはむ大方の夜は明けぬとも闇とかこへる霧にこもりて




歸るあしたの時雨


ことづけて今朝の別はやすらはむ時雨をさへや袖にかくべき




逢ひてあはぬ戀


つらくともあはずば何のならひにか身の程知らず人を恨みむ

さらば唯さらでぞ人の止みなましさて後も又さもやあらじと





もらさじとそでにあまるをつゝままし情をしのぶ涙なりせば




ふたゝび絶ゆる戀


唐衣たちはなれにしまゝならば重ねてものは思はざらまし




寄絲戀


賤の女がすゝぐる絲にゆづりおきて思ふにたがふ戀もするかな




寄梅戀


折らばやと何思はまし梅の花めづらしからぬにほひなりせば

ゆきずりに一枝をりし梅が香のふかくも袖にしみにけるかな




寄花戀


つれもなき人に見せばや櫻花かぜにしたがふこゝろよわさを

花を見る心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ




寄殘花戀


葉がくれに散りとゞまれる花のみぞ忍びし人に逢ふ心地する




寄歸雁戀


つれもなく絶えにし人を雁がねのかへる心とおもはましかば




寄草花戀


朽ちてたゞしをればよしや我が袖も萩の下枝の露によそへて




寄鹿戀


妻戀ひてひとめつゝまぬ鹿の音を羨むそでのみさをなるかな




寄苅萱戀


一方にみだるともなきわがこひやかぜさだまらぬ野べの苅萱




寄霧戀


夕霧のへだてなくこそおもひつれ隱れて君があはぬなりけり




寄紅葉戀


わが涙時雨のあめにたぐへばやもみぢのいろの袖にまがへる




寄落葉戀


朝ごとに聲ををさむる風のおとはよをへてかるゝひとの心か




寄氷戀


春をまつ諏訪のわたりもある物をいつを限にすべきつらゝぞ




寄水鳥戀


わが袖の涙かゝると濡れてあれなうらやましきは池のをし鳥




賀茂の方にさゝきと申す里に冬深く侍りけるに人々まうで來て山里の戀といふことを


筧にもきみがつらゝやむすぶらむ心ぼそくも絶えぬなるかな




商人に文をつくる戀といふことを


思ひかね市の中には人おほみゆかりたづねてつくるたまづさ




海路戀


波のしくことをもなにか煩はむ君があふべきみちとおもはば




九月ふたつありける年閏月を忌む戀といふことを人々よみけるに


長月のあまりにつらき心にて忌むとは人のいふにやあるらむ




みあれの頃賀茂にまゐりたりけるに精進にはゞかる戀といふことを人々よみけるに


ことつくるみあれの程をすぐしてもなほや卯月の心なるべき




同社にて神に祈る戀といふことを神主どもよみけるに


天くだる神のしるしのありなしをつれなき人のゆくへにて見む





月待つといひなされつるよひのまの心の色のそでに見えぬる

知らざりき雲井のよそに見し月のかげを袂にやどすべしとは

あはれとも見る人あらばおもはなむ月のおもてにやどす心を

月見ればいでやとよのみ思ほえてもたりにくゝもなる心かな

弓張の月にはづれて見し影のやさしかりしはいつかわすれむ

おもかげのわすらるまじき別かな名殘を人の月にとゞめて

あきの夜の月や涙をかこつらむ雲なきかげをもてやつすとて

天の原さゆるみそらは晴れながらなみだぞ月の隈になるらむ

もの思ふ心のたけぞ知られぬるよな/\月をながめあかして

月を見る心のふしをとがにしてたよりえ顏にぬるゝそでかな

思ひ出づる事はいつもといひながら月にはたへぬ心なりけり

あしびきの山のあなたに君すまば入るとも月を惜まざらまし

なげけとて月やはものを思はするかこち顏なるわが涙かな

君にいかで月に爭ふほどばかりめぐりあひつゝ影をならべむ

白妙の衣かさぬる月かげのさゆるまそでにかゝるしらつゆ

しのびねの涙たゝふる袖のうらになづまずやどる秋の夜の月

ものおもふ袖にも月はやどりけり濁らですめる水ならねども

戀しさをもよほす月のかげなればこぼれかゝりてかこつ涙か

よしさらば涙のいけに身をなして心のまゝに月をやどさむ

うち絶えてなげく涙にわが袖のくちなばなどか月をやどさむ

よゝふとも忘れがたみのおもひでは袂に月のやどるばかりぞ

涙ゆゑ隈なき月ぞくもりぬるあまのはら/\ねのみながれて

あやにくにしるくも月のやどるかな夜にまぎれてと思ふ袂に

おもかげに君が姿を見つるよりにはかに月のくもりぬるかな

よもすがら月を見顏にもてなして心のやみにまよふころかな

秋の月もの思ふ人のためとてや影にあはれをそへて出づらむ

へだてたる人の心のくまにより月をさやかに見ぬがかなしさ

涙ゆゑつねはくもれる月なればながれぬをりぞ晴間なりける

くまもなきをりしも人を思ひいでて心と月をやつしつるかな

もの思ふ心の隈をのごひすてゝくもらぬ月を見るよしもがな

こひしさや思ひよわるとながむればいとど心をくだく月かな

ともすれば月すむ空にあくがるゝ心のはてをしるよしもがな

ながむるに慰むことはなけれども月を友にてあかすころかな

もの思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなる哀そふらむ

雨雲のわりなきひまをもる月の影ばかりだにあひ見てしがな

秋の月しのだの杜の千枝よりもしげきなげきや隈になるらむ

思ひ知る人ありあけのよなりせばつきせず身をば恨みざらまし





數ならぬ心のとがになしはてじ知らせてこそは身をも恨みめ

うち向ふそのあらましの俤をまことになして見るよしもがな

山賤のあら野をしめて住みそむる片便なる戀もするかな

常磐山しひの下柴かりすてむかくれておもふかひのなきかと

歎くとも知らばや人のおのづから哀とおもふこともあるべき

なにとなくさすがに惜き命かなありへば人やおもひ知るとて

なに故か今日までものを思はまし命にかへてあふせなりせば

あやめつゝ人知るとてもいかゞせむ忍び果つべき袂ならねば

なみだ川深く流るゝ水脈ならばあさき人目につゝまざらまし

うきたびになどなと人を思へどもかなはで年の積りぬるかな

なか/\になれぬ思のまゝならば恨ばかりや身につもらまし

何せむにつれなかりしを恨みけむ逢はずばかゝる思せましや

むかはらば我がなげきのむくいにて誰ゆゑ君がものを思はむ

身のうさの思ひ知らるゝことわりに抑へられぬは涙なりけり

日をふれば袂の雨の足そひて晴るべくもなきわが心かな

かきくらす涙の雨のあし繁みさかりにもののなげかしきかな

もの思へどかゝらぬ人もあるものを哀なりける身の契かな

岩代の松風きけばものをおもふ人もこゝろはむすぼほれけり

なほざりの情は人のあるものをたゆるは常のならひなれども

何とこはかずまへられぬ身のほどに人をうらむる心ありけむ

うきふしをまづおもひしる涙かなさのみこそはと慰むれども

さま%\に思ひみだるゝ心をば君がもとにぞつかねあつむる

もの思へばちゞに心ぞくだけぬる信太の森のえだならねども

かゝる身におふし立てけむたらちねの親さへつらき戀もするかな

おぼつかな何の報のかへり來て心せたむるあだとなるらむ

かきみだる心やすめのことぐさはあはれ/\と歎くばかりぞ

身を知れば人の咎とは思はぬにうらみがほにも濡るゝ袖かな

なか/\になるゝつらさにくらぶればうとき恨は操なりけり

人はうしなげきは露もなぐさまずこはさばいかにすべき心ぞ

日にそへて恨はいとゞおほ海のゆたかなりけるわが涙かな

さる事のあるなりけりと思ひ出でて偲ぶ心をしのべとぞ思ふ

今ぞ知るおもひ出でよと契りしはわすれむとての情なりけり

難波潟なみのみいとど數そひてうらみのひまや袖のかわかむ

心ざしのありてのみやは人をとふ情はなしとおもふばかりぞ

なか/\に思ひ知るてふ言の葉はとはぬに過ぎて恨めしきかな

などかわれ事の外なる歎せでみさをなる身にうまれざりけむ

汲みて知る人もありけむおのづからほりかねの井の底の心を

煙立つ富士のおもひの爭ひてよだけき戀をするがへぞゆく

涙川さかまくみをの底ふかみみなぎりあへぬわがこゝろかな

迫門口に立てるうしほのおほよどみよどむとしひもなき涙かな

いそのまになみあらげなる折々はうらみをかづく里のあま人

東路やあひの中山ほどせばみこゝろの奧の見えばこそあらめ

いつとなく思ひに燃ゆるわが身かな淺間の煙しめるよもなく

播磨路や心のすまに關すゑていかでわが身のこひをとゞめむ

哀てふなさけに戀のなぐさまば問ふ言の葉やうれしからまし

物思はまだ夕ぐれのまゝなるに明けぬとつぐるしば鳥の聲

夢をなど夜頃頼まで過ぎきけむさらで逢ふべき君ならなくに

さはといひて衣かへして打ちふせど目の合はばやは夢も見るべき

戀ひらるゝうき名を人に立てじとて忍ぶわりなきわが袂かな

夏草のしげりのみゆく思ひかな待たるゝ秋のあはれ知られて

紅のいろにたもとのしぐれつゝそでに秋あるこゝちこそすれ

あはれとてなどとふ人のなかるらむ物思ふやどの荻の上風

わりなしやさこそ物思ふ袖ならめ秋にあひてもおける露かな

いかにせむ來む世の蜑となる程にみるめ難くて過ぐる恨を

秋ふかき野べの草葉にくらべばやものおもふころの袖の白露

ものおもふ涙ややがてみつせ川人をしづむるふちとなるらむ

哀々この世はよしやさもあらばあれ來む世もかくや苦しかるべき

たのもしなよひ曉の鐘の音にもの思ふ罪はつきざらめやは




山家和歌集 卷下

題しらず


つく%\とものを思ふにうち添へてをり哀なる鐘のおとかな

なさけありし昔のみ猶忍ばれてながらへまうき世にもあるかな

軒ちかき花たちばなに袖しめて昔をしのぶなみだつゝまむ

何ごとも昔をきくはなさけありて故あるさまに忍ばるゝかな

わがやどは山のあなたにあるものを何とうき世をしらぬ心ぞ

くもりなき鏡の上にゐる塵をめにたてゝ見る世とおもはばや

ながらへむと思ふ心ぞ露もなき厭ふにだにもたらぬ憂き身は

思ひ出づる過ぎにし方を恥かしみあるに物うきこの世なりけり




世につかふべかりける人のこもりゐたりけるもとへつかはしける


世の中にすまぬもよしや秋の月にごれる水のたゝふさかりに




五日さうぶを人のつかはしたりける返事に


世のうきにひかるゝ人は菖蒲草心のねなきこゝちこそすれ




花橘によせて思を述べけるに


世のうきを昔がたりになしはてゝ花たちばなに思ひ出でばや




世にあらじと思ひける頃東山にて人々霞によせて思をのべけるに


空になる心は春のかすみにて世にあらじともおもひたつかな




おなじ心をよみける


世を厭ふ名をだにもさは留め置きて數ならぬ身の思出にせむ




いにしへごろ東山に阿彌陀房と申しける上人の庵室にまかりて見けるに哀と覺えてよみける


柴の庵ときくは賤しき名なれどもよに頼もしき住居なりけり




世を遁れける折ゆかりなりける人の許へいひ贈りける


世の中を背き果てぬといひおかむ思ひしるべき人はなくとも




はるかなる所にこもりて都なりける人のもとへ月の頃つかはしける


月のみやうはの空なるかたみにておもひもいでば心かよはむ




世をのがれて伊勢のかたへまかりけるに鈴鹿山にて


鈴鹿山憂世をよそにふり捨てゝいかになり行く我身なるらむ




述懷


何ごとにとまる心のありければさらにしもまた世の厭はしき




侍從大納言成道のもとへ後の世の事おどろかし申したりける返事に


驚かす君によりてぞ長き夜のひさしき夢はさむべかりける




かへし


おどろかぬ心なりせば世の中を夢ともかたるかひなからまし




中院右大臣出家思ひ立つよし語り給ひけるに月のいとあかくよもすがら哀にて明けにければ歸りけり其後其夜の名殘おほかりしよしいひ送り給ふとて


夜もすがら月を眺めて契りおきしそのむつごとに闇は晴れにし




かへし


すむと見し心の月しあらはればこの世の闇は晴れざらめやは




爲業ときはに堂供養しけるに世をのがれて山寺に住み侍りけるしたしき人々まうで來たりと聞きていひつかはしける


いにしへに變らぬ君が姿こそけふはときはのかたみなるらめ




かへし


色かへで獨のこれるときは木はいつをまつとか人の見るらむ




ある人さまかへて仁和寺の奧なる所に住むと聞きてまかりて尋ねければあからさまに京にと聞きて歸りにけり其後人遣してかくなむ參りたりしと申したる返事に


たちよりて柴の煙のあはれさをいかゞおもひしふゆの山ざと




かへし


山ざとに心はふかく住みながら柴のけぶりの立ちかへりにし




この歌もそへられたりける


惜からぬ身をすてやらでふるほどに長き闇にやまた迷ひなむ




かへし


世をすてぬ心のうちに闇こめてまよはむことは君ひとりかは




したしき人々あまたありければおなじ心に誰も御らんぜよとつかはしける返事に又


なべてみなはれせぬ闇のかなしさを君しるべせよ光見ゆやと




又かへし


思ふともいかにしてかはしるべせむ教ふる道にいらばこそあらめ




後の世の事むげに思はずしもなしと見えける人のもとへいひ遣しける


世の中に心ありあけの人はみなかくて闇にはまよはぬものを




かへし


世をそむぐ心ばかりはありあけのつきせぬ闇は君にはるけむ




ある所の女房世をのがれて西山に住むと聞きて尋ねければ住みあらしたるさまして人の影もせざりけりあたりの人にかくと申しおきたりけるを聞きていひ送りける


鹽馴れし苫屋もあれてうき波による方もなきあまと知らずや




かへし


苫のやに波立ちよらぬけしきにてあまり住みうき程は見えけり




待賢門院の中納言の局世をそむきて小倉山のふもとに住み侍りける頃まかりたりけるにことがらまことに幽に哀なりけり風のけしきさへことに悲しかりければかきつけける


山おろす嵐のおとのはげしきをいつならひける君がすみかぞ




哀なるすみかをとひにまかりたりけるに此のうたを見てかきつけける                        同院兵衞局


うき世をば嵐の風にさそはれて家を出でぬるすみかとぞ見る




小倉をすてゝ高野のふもとにあまのと申す山にすまれけりおなじ院の帥の局都の外のすみか訪ひ申さではいかがとてわけおはしたりけるありがたくなむかへるさに粉川へまゐられけるに御山よりいであひたりけるをしるべせよとありければぐし申して粉川へ參りたりけりかゝるついではいまはあるまじきことなり 吹上見むといふ事具せられたりける人々申出でて吹上へおはしけり道より大雨風ふきて興なくなりにけりさりとてはとて吹上に行きつきたりけれども見所なきやうにて社にこしかきすゑておもふにも似ざりけり能因がなはしろ水にせきくだせと詠みていひつたへられたるものをと思ひて社にかきつけける

あまくだる名を吹上のかみならばくも晴れのきて光あらはせ

なはしろにせきくだされし天の川とむるもかみの心なるべし




かく書きたりければやがて西の風吹きかはりて忽ちに雲はれてうら/ \と日なりにけり末の代なれど志いたりぬる事にはしるしあらたなる事を人々申しつゝしんおこして吹上若浦思ふやうに見て歸られにけり待賢門院の女房堀川の局のもとよりいひおくられける


この世にてかたらひおかむ郭公死出の山路のしるべともなれ




かへし


時鳥なく/\こそはかたらはめ死出の山路にきみしかゝらば




天王寺にまゐりけるに雨のふりければ江口と申す所に宿をかりけるにかさゞりければ


世の中を厭ふまでこそかたらはめかりのやどりを惜む君かな




かへし


家を出づる人としきけばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ




ある人世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞きて尋ねまかりたりけるに月あかゝりければ


世をすてゝ谷底にすむ人見よとみねの木のまをいづる見かげ




ある宮ばらにつけつかへ侍りける女房世をそむきて都はなれて遠くまからむと思ひ立ちてまゐらせけるにかはりて


悔しくもよしなく君になれそめていとふ都の忍ばれぬべき




題しらず


さらぬだに世のはかなさをおもふ身にぬえなきわたる曙の空

鳥部野を心のうちに分けゆけばいまきの露にそでぞそぼつる

いつのよに長きねぶりのゆめ覺めて驚く事のあらむとすらむ

世の中を夢と見る/\はかなくもなほおどろかぬわが心かな

なき人もあるを思ふに世の中はねぶりのうちの夢とこそ知れ

來しかたの見しよの夢にかはらねば今も現のこゝちやはする

事となく今日暮れぬめり明日もまた變らずこそはひま過ぐる影

こえぬればまたもこの世に歸りこぬ死出の山こそ悲しかりけれ

はかなしやあだに命の露きえて野べにわが身の送りおかれむ

露の玉は消ゆればまたもおくものを頼もなきはわが身なりけり

あればとて頼まれぬかな明日はまた昨日と今日はいはるべければ

秋の色は枯野ながらもあるものを世のはかなさや淺茅生の露

年月をいかでわが身におくりけむ昨日の人もけふはなき世に




范蠡がちやうなんの心を


捨てやらで命を終ふる人は皆ちゞのこがねをもてかへるなり




曉無常を


つきはてしその入相のほどなさをこの曉に思ひ知りぬる




霞によせて常なき事を


なき人をかすめるそらにまがふるは道をへだつる心なるべし




花の散りたりけるにならびて咲きはじめける櫻を見て


散ると見れば又咲く花の匂にもおくれ先だつためしありけり




月前述懷


月を見ていづれのとしの秋までかこの世にわれが契あるらむ




七月十五日月あかゝりけるに舟岡と申す所にて


いかでわれこよひの月を身にそへて死出の山路の人を昭さむ




もの心ぼそう哀なる折しも庵のまくらちかう蟲の音聞えければ


そのをりの蓬がもとの枕にもかくこそむしの音にはむつれめ




鳥邊山にてとかくのことしけるけぶりの中よりわけて出づる月影は諸行無常のこゝろを


はかなくて行きにし方を思ふにもいまもさこそは朝顏のつゆ




同行にて侍りける上人例ならぬこと大事に侍りけるに月のあかくて哀なるを見て


もろともにながめ/\て秋の月ひとりにならむことぞ悲しき




待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に人人又の年の御はてまでさぶらはれけるに南面の花ちりける頃堀川の女房のもとへ申送りける


尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君がゆくへを




かへし


吹く風の行方しらするものならば花と散るにもおくれざらまし




近衞院の御墓に人に供して參りたりけるに露の深かりければ


みがかれし玉の栖を露ふかき野べにうつして見るぞ悲しき




一院かくれさせおはしましてやがて御所へ渡しまゐらせける夜高野より出合ひて參りたりけるいと悲しかりけり此後おはしますべき所御らんじはじめけるそのかみの御ともに右大臣さねよし大納言と申しけるさぶらはれけり忍ばせおはしますことにて又人さぶらはざりけり其をりの御供にさぶらひけることの思ひ出でられて折しも今宵に參りあひたる昔いまのことおもひつゞけられて詠みける


こよひこそおもひ知らるれ淺からぬ君に契のある身なりけり




をさめまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに


道かはるみゆきかなしき今宵かな限のたびと見るにつけても




納めまゐらせて後御供にさぶらはれし人々たとへむ方なく悲しながら限あることなりければ歸られにけりはじめたることありて明日までさぶらひて詠める


とはばやと思ひよりてぞ歎かまし昔ながらのわが身なりせば




右大將きんよしの父の服中に母なくなりぬと聞きて高野よりとぶらひ申しける


重ねきる藤の衣をたよりにてこゝろの色を染めよとぞおもふ




かへし


ふぢ衣かさぬるいろはふかけれどあさき心のしまぬばかりぞ




同じ歎し侍りける人のもとへ


君がため秋は世のうき折なれや去年もことしも物を思ひて




かへし


晴れやらぬ去年の時雨の上に又かきくらさるゝ山めぐりかな




母なくなりて山寺にこもりゐたりける人をほどへて思ひ出でて人のとひたりければかはりて


思ひ出づるなさけを人の同じくばその折とへな嬉しからまし




ゆかりありける人はかなくなりにけりとかくのわざに鳥部山へまかりて歸るに


かぎりなくかなしかりけり鳥部山なきをおくりて歸る心は




父のはかなくなりにけるそとばを見て歸りける人に


なきあとをそとばかり見てかへるらむ人の心を思ひこそやれ




親かくれたのみたりける婿失せなどして歎しける人の又ほどなくむすめにさへおくれけりと聞きてとぶらひけるに


この度はさき%\見けむ夢よりもさめずや物は悲しかるらむ




五十日のはてつかたに二條院の御墓に御佛供養しける人にぐして參りたりけるに月あかくて哀なりければ


こよひ君死出の山路の月を見て雲のうへをや思ひいづらむ




御跡に三河内侍さぶらひけるに九月十三夜人にかはりて


隱れにし君がみかげの戀しさに月に向ひてねをやなくらむ




かへし                        内侍


わが君の光かくれしゆふべよりやみにぞまよふ月はすめども




奇紅葉懷舊といふ事を法金剛院にて詠みけるに


いにしへを戀ふる涙のいろに似て袂にちるはもみぢなりけり




故郷述懷といふことをときはの家にて爲業よみけるにまかりあひて


しげき野を幾ひとむらにわけなして更に昔をしのびかへさむ




十月中の十日頃法金剛院の紅葉見けるに上西門院おはしますよし聞きて待賀門院の御とき思ひ出でられて兵衞殿の局にさしおかせける


紅葉見て君がたもとやしぐるらむ昔のあきのいろをしたひて




かへし


色深き梢を見てもしぐれつゝふりにしことをかけぬ日ぞなき




周防内侍我さへ軒のと書き付けける故郷にておもひをのべけるに


いにしへはついゐし宿も有る物を何をか忍ぶしるしにはせむ




みちの國にまかりたりけるに野中に常よりもとおぼしき塚の見えけるを人にとひければ中將の御墓と申すはこれがことなりと申しければ中將とは誰が事ぞと又問ひければ實方の御事なりと申しけるいと悲しかりけるさらぬだに物哀におぼえけるに霜枯の薄ほの%\見え渡りて後にかたらむ詞なきやうにおぼえて


朽ちもせぬその名ばかりを留めおきて枯野の薄かたみにぞ見る




ゆかりなくなりて住みうかれにける故郷へ歸りゐける人のもとへ


住みすてしその故郷をあらためて昔にかへるこゝちもやする




親におくれて歎きける人を五十日過ぐるまでとはざりければ問ふべき人のとはぬことをあやしみて人に尋ぬと聞きてかく思ひて今まで申さゞりつるよし申してつかはしける人にかはりて


なべて皆君がなさけをとふ數におもひなされぬ言の葉もがな




ゆかりにつけて物を思ひける人のもとよりなどかとはざらむと恨みつかはしたりける返事に


哀とも心におもふほどばかりいはれぬべくはとひもこそせめ




はかなくなりて年へにける人の文を物の中より見出でてむすめに侍りける人のもとへ見せにつかはすとて


涙をやしのばむ人はながすべきあはれに見ける水莖の跡




同行に侍りける上人をはりよく思ふさまなりと聞きて申し送りける                        寂然


亂れずとをはり聞くこそ嬉しけれさても別はなぐさまねども




かへし


この世にて又あふまじき悲しさにすゝめし人ぞ心みだれし




とかくわざ果てて跡のことどもひろひて高野へ參りて歸りたりけるに                        寂然


いるさにはひろふ形見ものこりけり歸る山路の友はなみだか




返事


いかでとも思ひわかでぞ過ぎにける夢に山路をゆく心地して




侍從大納言人道はかなくなりてよひ曉につとめする僧おの/\歸りける日申しおくりける


ゆきちらむ今日の別をおもふにも更になげきはそふ心地する




かへし


ふししづむ身には心のあらばこそ更になげきもそふ心地せめ




此歌もかへしの外にぐせられける


たぐひなき昔の人の形見には君をのみこそたのみましけれ




かへし


いにしへの形見になると聞くからにいとど露けき墨染のそで




同日なりつながもとへつかはしける


なき跡も今日まではなほ名殘あるを明日や別をそへて忍ばむ




かへし


おもへたゞ今日のわかれのかなしさに姿をかへてしのぶ心を




やがて其日さまかへて後此返事かく申したりけりいと哀なり同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りける妹のはかなくなりにける哀とぶらひけるに


いかばかり君思はまし道にいらでたのもしからぬ別なりせば




かへし


頼もしき道には入りて行きしかど我が身をつめば如何とぞ思ふ




院の二位の局身まかりける跡に十の歌人々よみけるに


ながれゆく水に玉なすうたかたの哀あだなるこの世なりけり

消えぬめるもとの雫をおもふにも誰かはすゑの露の身ならぬ

送りおきてかへりし道の朝露を袖にうつすはなみだなりけり

ふなをかの裾野のつかのかず添へて昔の人にきみをなしつる

あらぬよの別はげにぞうかりける淺茅が原を見るにつけても

後の世をとへと契りし言の葉や忘らるまじき形見なるらむ

おくれゐてなみだにしづむ故郷をたまのかげにも哀とや見る

跡をとふ道にや君はいりぬらむくるしき死出の山へかゝらで

名殘さへほどなく過ぎば悲しきに七日のかずを重ねずもがな

跡しのぶ人にさへまたわかるべきその日をかねて知る涙かな




跡の事ども果ててちり%\になりにけるにしげのりなかのりなど泪ながして今日にさへ又と申しける程に南面の櫻に鶯の鳴きけるを聞きてよみける


さくら花ちり%\になる木のもとになごりををしむ鶯のこゑ




かへし                        少將なかのり


散る花はまた來む春も咲きぬべし別はいつかめぐりあふべき




同日くれけるまゝに雨のかきくらし降りければ


あはれ知るそらも心のありければ涙にあめをそふるなりけり




かへし                        院少納言局


あはれ知る空にはあらじわび人の涙ぞ今日はあめと降るらむ




行きちりて又の朝つかはしける


今朝はいかに思の色のまさるらむ昨日にさへもまた別れつゝ




かへし                        少將なかのり


君にさへたち別れつゝ今日よりぞ慰むかたはけになかりける




兄の入道想空はかなくなりけるをとはざりければいひつかはしける                        寂然


とへかしな別のそでにつゆしげきよもぎがもとの心ぼそさを

待ちわびぬおくれさきだつ哀をも君ならでさは誰かとふべき

別れにし人のふたゝび跡を見ばうらみやせましとはぬ心を

いかにせむ跡の哀はとはずともわかれし人のゆくへたづねよ

なか/\にとはぬは深きかたもあらむ心淺くも恨みつるかな




かへし


わけ人りてよもぎが露をこぼさじと思ふも人をとふにあらずや

よそに思ふ別ならねば誰をかは身より外には訪ふべかりける

へだてなき法のことばにたよりえて蓮の露にあはれかくらむ

なき人をしのぶ思の慰まばあとをも千度とひこそはせめ

御法をば詞なけれど説くと聞けば深き哀はいはでこそおもへ




是はぐしてつかはしける


露ふかき野邊になりゆく故郷はおもひやるにも袖しをれけり




無常の歌あまた詠みける中に


いづくにか眠り/\てたふれふさむと思ふ悲しき路芝の露

おどろかむと思ふ心のあらばやは長きねぶりの夢も覺むべく

風あらきいそにかゝれる蜑人はつながぬ舟のこゝちこそすれ

おほ波にひかれ出でたる心地してたすけ舟なき沖にゆらるゝ

なき跡をたれと知らねどとりべ山おの/\すごきつかの夕暮

なみたかき世をこぎ/\て人はみな舟岡山をとまりにぞする

死にてふさむこけの莚をおもふよりかねて知らるゝ岩陰の露

つゆ消えば蓮臺野におくりおけねがふ心を名にあらはさむ




那智に籠りて瀧に入堂し侍りけるに此上に一二の瀧おはしますそれへまゐるなりと申す住僧の侍りけるにぐしてまゐりけり花や咲きぬらんと尋ねまほしかりける折節にてたよりある心地して分け參りたり二の瀧のもとへまゐりつきたり如意輪の瀧となむ申すと聞きて拜みければまことにすこしうちかたぶきたるやうにながれくだりてたふとくおぼえけり花山院の御庵室の跡の侍りける前に年ふりたる櫻の木の侍りけるを見てすみかとすればと詠ませ給ひけむ事思ひ出でられて


木のもとに住みけむ跡を見つるかな那智の高根の花を尋ねて




同行に侍りける上人月の頃天王寺にこもりたりと聞きていひつかはしける


いとどいかに西に傾く月かげをつねよりもけに君したふらむ




堀河局仁和寺に住み侍りけるに參るべきよし申したりけれどもまぎるゝ事ありてほど經にけり月の頃前を過ぎけるを聞きていひ送られける


西へ行くしるべとたのむ月影の空だのめこそかひなかりけれ




かへし


さしいらで雲路をよぎし月かげはまたぬ心やそらに見えけむ




寂超入道談義すと聞きてつかはしける


ひろむらむ法にはあらぬ身なりとも名を聞く數に入らざらめやは




かへし


傅へきくながれなりとも法の水くむ人からやふかくなるらむ




さだのぶ入道觀音寺に堂つくりに結縁すべきよし申しつかはすとて                        觀音寺入道生光


寺つくるこのわが谷につちうめよ君ばかりこそ山もくづさめ




かへし


山くづすそのちからねは難くとも心だくみを添へこそはせめ




阿闍梨勝命千人あつめて法華經結縁をせさせけるにまゐりて又の日つかはしける


つらなりし昔に露もかはらじとおもひ知られし法のにはかな




人にかはりてこれもつかはしける


いにしへにもれけむことの悲しさはきのふの庭に心ゆきにき




六波羅太政入道持經者千人あつめて津國和田と申す所にて供養侍りけるやがてそのついでに萬燈會しけり夜更くるまゝに灯の消えけるをおのおのともしつぎけるを見て


消えぬべき法の光のともし火をかゝぐる和田の岬なりけり




天王寺へまゐりて龜井の水を見て詠める


あさからぬ契のほどぞくまれぬる龜井の水にかげうつしつゝ




心ざす事ありて扇を佛にまゐらせけるに新院より給ひけるに女房承りてつゝみ紙に書きつけられける


ありがたき法にあふぎの風ならば心の塵をはらふとぞおもふ




御かへし奉りける


塵ばかりうたがふ心なからなむ法をあふぎてたのむとならば




心性さだまらずといふことを題にて人々よみけるに


雲雀たつあら野におふる姫百合のなににつくともなき心かな




懺悔業障といふことを


まどひつゝ過ぎける方の悔しさになく/\身をぞ今は恨むる




過教待龍花といふことを


朝日まつほどは闇にてまよはまし有明の月のかげなかりせば




寄藤花述懷


西をまつこゝろにふぢをかけてこそその紫のくもをおもはめ




見月思西といふことを


山の端にかくるゝ月をながむればわれも心のにしに入るかな




曉念佛といふことを


夢さむる鐘のひゞきに打ちそへて十度の御名を稱へつるかな




易往無人の文を


西へ行くつきをやよそにおもふらむ心に入らぬ人のためには




人命不停速於山水の文の心を


山川のみなぎる水の音きけばせむるいのちぞおもひ知らるゝ




菩薩心論に乃至身命而不悋惜文を


あだならぬやがてさとりに歸りけり人のためにすつる命は




疏文に心自悟心自證心


まどひきてさとりうべくも無かりつる心をしるは心なりけり




觀心


やみはれて心のそらにすむ月はにしの山邊やちかくなるらむ




序品


散りまがふ花のにほひをさきだてゝ光をのりの莚にぞしく

花の香をつらなる軒に吹きしめて悟れと風の散らすなりけり




方便品深著終五欲の文を


こりもせずうき世の闇にまよふかな身をば思はぬ心なりけり




譬喩品


のり知らぬひとをぞけにはうしと見るみつの車に心かけねば




はかなくなりける人の跡に五十日のうちに一品經供養しけるに化城喩品


やすむべき宿をばおもへ中空のたびもなにかは苦しかるべき




五百弟子品


おのづからきよき心にみがかれて玉ときかへる法をしるかな




提婆品


これやさは年つもるまでこりつめし法にあふごの薪なるらむ

いかにして聞く事のかく易からむあだに思ひてえつる法かは

いさぎよき玉を心にみがき出でていはけなき身に悟をぞえし




勸持品


あまぐもの晴るゝみそらの月かげにうらみなぐさむ姨捨の山




壽量品


わしのやま月をいりぬと見る人はくらきにまよふ心なりけりさとりえし心の月のあらはれて鷲の高嶺にすむにぞ有りける




なき人の跡に一品經供養しけるに壽量品を人に代りて


雲はるゝわしのみやまの月かげを心すみてや君ながむらむ




一心欲見佛の文を人々よみけるに


わしの山たれかは月を見ざるべき心にかゝるくもしなければ




神力品於我滅度後の文を


行末の爲にとゞめぬ法ならば何かわが身にたのみあらまし




普賢品


散りしきし花の匂の名殘おほみたゝまうかりし法のにはかな




心經


なにごともむなしき法の心にて罪ある身とはつゆもおもはず




無上菩提の心を詠みける


わしの山うへくらからぬみねなればあたりをはらふ有明の月




和光同塵は結縁のはじめといふことを詠みけるに


いかなれば塵にまじりてます神につかふる人は清まはるらむ




六道の歌よみけるに地獄


罪人のしめる世もなく燃ゆる火の薪とならむことぞかなしき




餓鬼


朝夕の子をやしなひにすと聞けばくにすぐれても悲しかるらむ




畜生


かぐら歌に草とりかふはいたけれどなほ其駒になる事はうし




修羅


よしなしな爭ふことをたてにしていかりをのみもむすぶ心は





ありがたき人になりけるかひありてさとり求むる心あらなむ





雲の上の樂とてもかひぞなきさてしもやがてすみし果てねば




心に思ひけることを


にごりたる心の水のすくなきになにかは月のかげやどるべき

いかでわれきよく曇らぬ身となりて心の月の影をみがかむ

遁なく終に行くべき道をさは知らではいかゞすぐべかりける

愚なる心にのみやまかすべき師となることもあるなるものを

野にたてる枝なき木にもおとりけりのちの世しらぬ人の心は




五首述懷


身のうさを思ひ知らでや止みなまし背く習のなき世なりせば

いづくにか身を隱さまし厭ひてもうき世に深き山なかりせば

あはれ知るなみだの露ぞこぼれける草の庵をむすぶちぎりは

うかれ出づる心は身にも叶はねばいかなりとてもいかにかはせむ




高野より京なる人のもとへいひ遣しける


住むことは所がらぞといひながら高野はもののあはれなるべき




仁和寺の宮にて道心逐年深といふことを詠ませ給ひけるに


淺く出でし心の水やたゝふらむすみゆくまゝに深くなるかな




閑中曉心といふことを同夜


嵐のみとき%\窓におとづれてあけぬる空の名殘をぞおもふ




殊の外にあれ寒かりけるころ宮法印高野にこもらせ給ひて此ほどの寒さはいかゞするとて小袖給はせたりける又の朝申しける


今宵こそあはれみあつき心地して嵐の音をよそに聞きつれ




御嶽より笙の岩屋へまゐりたりけるにもらぬ岩やもとありけむ折おもひ出でられて


露もらぬ岩屋も袖はぬれけりと聞かずばいかに怪しからまし




小笹のとまりと申す所にて露のしげかりければ


わけ來つるをざさの露にそぼちつゝほしぞわづらふ墨染の袖




阿闍梨兼堅世をのがれて高野にすみ侍りけりあからさまに仁和寺に出でてかへりもまゐらぬことにて僧綱になりぬと聞きていひ遣しける


袈裟の色やわかむらさきに染めてける苔の袂を思ひかへして




秋頃風わづらひける人を訪ひたりける返事に


消えぬべきつゆの命も君がとふ言の葉にこそおきゐられけれ




かへし


吹きすぐる風しやみなばたのもしき秋の野もせの露のしら玉




院の小侍從例ならぬこと大事にふし沈みて年月經にけりと聞きてとぶらひにまかりたりけるに此程すこし宜しき由申して人にもきかせぬ和琴の手ひきならしけるを聞きて


琴のねに涙をそへてながすかなたえなましかばと思ふ哀に




かへし


頼むべきこともなき身を今日までも何にかゝれる玉の緒ならむ




風わづらひて山寺にかへり入りけるに人々訪ひてよろしくなりなば又と申し侍りけるに各心ざしを思ひ知りて


さだめなし風わづらはぬ折だにもまた來むことを頼むべき世に

あだに散る木の葉につけておもふかな風さそふめる露の命を

われなくばこの里人や秋ふかき露をたもとにかけてしのばむ

さま%\に哀おほかる別かなこゝろをきみがやどにとどめて

歸れども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる




かへしどもありける聞きおよばねばかゝず
新院歌あつめさせおはしますと聞きて常磐にためたゞが歌の侍りけるをかき集めてまゐらせける大原より見せにつかはすとて                        寂超長門入道

木のもとに散る言の葉をかく程にやがても袖のそぼちぬるかな




かへし


とし經れどくちぬときはの言の葉をさぞしのぶらむ大原の里




寂超ためたゞが歌にわが歌かきぐし又おとうとの寂然がうたなどとりぐして新院へまゐらせける人とりつたへまゐらせけりと聞きて兄に侍りける想空がもとより


家の風傳ふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげの言の葉




かへし


家の風むねと吹くべき木のもとは今ちりなむと思ふことの葉




新院百首の歌めしけるに奉るとて右大將きんよしのもとより見せに遣したりけるかへし申すとて


家の風吹き傳へけるかひありて散る言の葉のめづらしきかな




かへし


家の風吹き傳ふとも和歌の浦にかひある言の葉にてこそしれ




題しらず


木枯に木の葉のおつる山里はなみださへこそもろくなりけれ

嶺わたるあらしはげしき山ざとにそへてきこゆる瀧川のみづ

とふ人も思ひたえたる山里のさびしさなくば住みうからまし

曉のあらしにたぐふかねのおとを心のそこにこたへてぞ聞く

待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらばきかむすとらむ

松風のおとあはれなる山里にさびしさそふる日ぐらしのこゑ

谷の間にひとりぞ松はたてりけるわれのみ友はなきと思へば

入日さす山のあなたは知らねども心をぞかねておくり置きつる

何となく汲むたびにすむ心かな岩井のみづにかげうつしつゝ

水のおとはさびしき庵のともなれやみねの嵐のたえま/\に

嵐ふくみねの木の間をわけ來つるたにの清水にやどる月かげ

鶉ふすかり田のひつち思ひ出でてほのかにてらす三日月の影

濁るべき岩井の水にあらねども汲まば宿れる月やさわがむ

ひとりすむいほりに月のさしこずば何か山邊の友とならまし

尋ね來てこととふ人もなき宿に木の間の月のかげぞさしいる

柴の庵はすみうきこともあらましを伴ふ月の影なかりせば

影きえて端山の月はもりもこずたにはこずゑの雪と見えつゝ

雲にたゞ今宵の月をまかせてむ厭ふとてしもはれぬものゆゑ

月を見る外もさこそはいとふらめ雲たゞこゝの空にたゞよへ

晴間なく雲こそ空にみちにけれ月見ることはおもひたゝなむ

濡るれども雨もる宿のうれしきはいり來む月を思ふなりけり

わけいりて誰かは人のたづぬべきいはかげ草のしげる山路を

山里は谷のかけひのたえ%\に水こひどりのこゑきこゆなり

つがはねどうつれる影をともとして鴛鴦すみけりな山川の水

つらなりて風に亂れてなく雁のしどろに聲のきこゆなるかな

はれがたき山路の雲にうづもれて苔のたもとは霧朽ちにけり

つゞらはふは山は下も茂ければ住む人いかにこぐらかるらむ

熊のすむこけの岩山おそろしみむべなりけりな人もかよはず

おともせで岩間たばしる霰こそよもぎのやどの友になりけれ

あられにぞものめかしくは聞えける枯れたる楢の柴の落葉は

柴かこふ庵のうちはたびだちてすどほる風もとまらざりけり

谷風は戸を吹きあけて入るものをなにと嵐のまどたゝくらむ

春あさみすゞのまがきに風さえてまだ雪きえぬしがらきの里

水脈よどむ天の河ぎしなみかけて月をば見るやさぐさみの神

光をばくもらぬつきぞみがきける稻葉にかゝるあさひこの玉

磐余野の萩が絶間のひま/\にこのてがしはの花咲きにけり

衣手にうつりしはなのいろなれやそでほころぶる萩が花ずり

をざさ原葉ずゑの露の玉に似てはしなき山をゆくこゝちする

まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ村雨すぎぬ笠取の山

川あひやまきのすそやま石たてる杣人いかにすゞしかるらむ

杣くだすまくにがおくの川上にたつきうつべしこけさ浪よる

雪とくるしみゝにしだくからさきの道行きにくき足柄の山

ねわたしにしるしの竿やたてつらむこひのまちつる越の中山

雲鳥やしこき山路はさておきてをゝちる原の寂しからぬは

ふもとゆく舟人いかに寒からむくま山だけをおろすあらしに

をりかへる波の立つかと見ゆるかな洲さきにきゐる鷺の村鳥

わづらはで月には夜もかよひけりとなりへつたふあぜの細道

荒れにける澤田の畦にくらゝ生ひて秋待つべくもなきわたりかな

傳ひ來る懸樋をたえずまかすれば山田は水もおもはざりけり

身にしみし荻のおとにはかはれども柴ふくかぜも哀なりけり

小ぜりつむさはの氷のひま絶えて春めきそむるさくら井の里

來る春はみねの霞をさきだてゝ谷のかけひをつたふなりけり

春になる櫻のえだはなにとなく花なけれどもむつまじきかな

空はるゝくもなりけりなよし野山花もてわたる風とみたれば

さらにまた霞にくるゝ山路かな花をたづぬるはるのあけぼの

雲もかゝれ花とを春は見て過ぎむいづれの山もあだに思はで

雲かゝる山とはわれも思ひいでよ花ゆゑなれしむつび忘れず

山ふかみ霞こめたる柴のいほにこととふものは谷のうぐひす

すぎて行く羽風なつかし鶯のなづさひけりなうめのたち枝を

鶯はゐなかのたにの巣なれどもだみたる聲はなかぬなりけり

鶯の聲にさとりをうべきかは聞くうれしさもはかなかりけり

山もなき海のおもてにたなびきて波のはなにもまがふしら雲

おなじくばつきのをり咲け山櫻花見るをりのたえまあらせじ

ふる畑のそばのたつ木に居る鳩の友よぶこゑのすごき夕ぐれ

浪につきて磯わに座す荒神は湖ふむきねを待つにや有るらむ

湖風に伊勢の濱をぎふせばまづほずゑに波のあらたむるかな

荒磯の波にそなれてはふ松はみさごのゐるぞたよりなりけり

浦ちかみかれたる松のこずゑには波のおとをや風は借るらむ

あはぢ島せとのなごろは高くともこの湖わだにおし渡らばや

湖路ゆくかこみのともろ心せよまたうづはやきせと渡るなり

磯にをる浪のけはしく見ゆるかな沖になごろや高く行くらむ

覺束な膽吹おろしのかぜさきにあさづま舟はあひやしぬらむ

くれ舟にあさづま渡り今朝なよせそ膽吹の嶽に雪しまくなり

近江路や野ぢの旅人いそがなむ野洲が原とてとほからぬかは

錦をばいく野べこゆる唐櫃にをさめて秋はゆくにぞ有るらむ

里人の大幤小ぬさたてなめてむなかたむすぶ野べに成りけり

いたけもるあまみが時に成りにけりえぞが千島を煙こめたり

ものゝふのならすすさびは夥あけとのしさりかもの入りくひ

むつのくのおくゆかしくぞおもほゆるつぼの碑文そとの濱風

朝かへるかりゐうなこの村鳥は原のをがやにこゑやしぬらむ

すがるふすこぐれが下の葛まきを吹きうらがへす秋の初かぜ

もろ聲にもりかきみかぞ聞ゆなるいひ合せてや妻をこふらむ

菫さくよこ野のつばな生ひぬればおもひ/\に人かよふなり

紅のいろなりながらたでの穗のからしや人の目にもたてぬは

蓬生はさることなれや庭のおもにからす扇のなぞしげるらむ

かり殘すみつの眞菰にかくろひてかげもちがほに鳴く蛙かな

柳はら河かぜふかぬかげならばあつくや蝉のこゑにならまし

ひさぎ生ひてすゞめとなれる影なれや波打つ岸に風渡りつゝ

月のためみさびすゑじとおもひしにみどりにもしく池の浮草

思ふ事みあれのしめに引く鈴の協はずばよもならじとぞ思ふ

み熊野の濱木綿生ふるうらさびて人なみ/\に年ぞかさぬる

いその上ふるきすみかへ分けいれば庭の淺茅に露ぞこぼるゝ

とほくだすひたのおもてにひくしほは沈む心ぞ悲しかりける

ませにさく花にむつれてとぶ蝶の羨しきもはかなかりけり

うつりゆくいろをば知らず言の葉の名さへあだなる露草の花

風ふけばあだに成りゆく芭蕉葉のあればと身をも頼むべきよか

故郷のよもぎは宿のなになれば荒れゆく庭にまづしげるらむ

ふる郷は見しよにもなくあせにけりいづち昔の人行きにけむ

しぐるるは山めぐりする心かないつまでとのみ打ち萎れつゝ

はら/\と落つる涙ぞ哀なるたまらずものの悲しかるべし

何となくせりと聞くこそ哀なれつみけむ人のこゝろしられて

山人よ吉野のおくにしるべせよ花もたづねむまたおもひあり

わび人のなみだに似たる櫻かな風身にしめばまづこぼれつゝ

吉野山やがて出でじとおもふ身を花ちりなばと人や待つらむ

人も來ずこゝろもちらで山里は花を見るにもたよりありけり

風のおとに思おもふわが色そめて身にしみわたる秋の夕暮

我なれや風をわづらふ篠竹はおきふしもののこゝろぼそくて

來むよにもかゝる月をし見るべくば命ををしむ人なからまし

このよにてながめなれぬる月なれば迷はむ闇も照さゞらめや




八月つきの頃夜ふけて北白川へまかりけるよしある樣なる家の侍りけるに琴の音のしければ立ちどまりて聞きけりをり哀に秋風樂と申す樂なりけり 底を見いれければ淺茅のつゆに月のやどれるけしき哀なり垣にそひたる荻の風身にしむらむとおぼえて申し入れてとほりけり

秋風のことに身にしむこよひかな月さへすめる宿のけしきに




泉のぬしかくれて跡傳へたる人の許にまかりて泉に向ひてふるきを思ふといふ事を人々よみけるに


すむ人の心くまるゝいづみかなむかしをいかに思ひ出づらむ




友にあひて昔を戀ふるといふことを


今よりはむかしがたりは心せむ怪しきまでにそでしをれけり




秋の末に寂然高野にまゐりて暮の秋によせておもひをのべけるに


なれ來にし都もうとくなり果てゝかなしさそふる秋の暮かな




あひ知りたりける人のみちのくにへまかりけるに別の歌よむとて


君いなば月まつとてもながめやらむあづまの方の夕暮のそら




大原に良暹が住みける所に人々まかりて述懷の歌よみて妻戸にかきつけける


大原やまだすみがまもならはずといひけむ人を今あらせばや




大覺寺の瀧殿の石ども閑院にうつされて跡もなくなりたりと聞きて見にまかりたりけるに赤染がいまにかゝりとよみけむ折おもひ出でられて哀とおぼえければ詠みける


今だにもかゝりといひし瀧つせのそのをりまでは昔なりけり




深夜水聲といふ事を高野にて人々よみけるに


まぎれつる窓の嵐のこゑとめてふくるとつぐる水の音かな




竹風驚夢


玉みがくつゆぞ枕にちりかゝるゆめおどろかす竹のあらしに




山寺の夕暮といふことを人々よみ侍りけるに


嶺おろす松のあらしの音にまたひゞきをそふるいりあひの鐘




夕暮山路


夕されや檜原のみねを越えゆけばすごくきこゆる山鳩のこゑ




海邊重旅宿といへる事を


なみちかき磯の松が根枕にてうらがなしきはこよひのみかは




俊惠天王寺にこもりて人々ぐして住吉にまゐりて歌よみけるにぐして


すみよしの松が根あらふ波のおとをこずゑにかくる沖つ白波




寂然高野に詣でて立ち歸りて大原よりつかはしける


へだてこしその年月もあるものをなごりおほかるみねの朝霧




かへし


したはれし名殘をこそはながめつれたち歸りにし嶺の朝霧




常よりも道たどらるゝほどに雪深かりける頃高野へまゐると聞きて中宮大夫のもとよりいつか都へは出づべきかゝる雪にはいかにと申したりければ返事に


雪わけてふかき山路にこもりなば年かへりてや君にあふべき




かへし                        時忠卿


わけてゆく山路の雪はふかくともとく立ち歸れ年にたぐへて




山ごもりして侍りけるに年をこめて春に成りぬと聞きけるからに霞わたりの山川の音日ごろにも似ずきこえれば


かすめども年のうちとはわかぬまに春をつぐなる山川の水




年のうちに春立ちて雨のふりければ


春としもなほおもはれぬ心かな雨ふるとしのこゝちのみして




野に人あまた侍りける何をする人ぞと聞きければ 菜摘むものなりとこたへけるに年のうちに立ちかはる春のしるしの若菜かさはとおもひて

年ははや月なみかけて越えにけりうべ摘みけらしゑぐの若立




春立つ日よみける


なにとなく春になりぬときく日より心にかゝるみよしのの山




正月元日雨ふりけるに


いつしかも初春雨ぞふりにける野べの若菜も生ひやしぬらむ




山ふかくすみ侍りけるに春立ちぬと聞きて


山路こそ雪の下みづとけざらめみやこのそらは春めきぬらむ




深山不知春といふ事を


雪わけて外山が谷のうぐひすはふもとの里に春やつぐらむ




嵯峨にまかりたりけるに雪ふりかゝりけるを見おきて出でし事など申しつかはすとて


覺つかな春の日數のふるまゝに嵯峨野の雪は消えやしぬらむ




かへし                        靜忍法師


立ち歸り君やとひくとまつ程にまだ消えやらず野べのあは雪




鳴き絶えたりける鶯の住み侍りける谷に聲のしければ


思ひ出でてふる巣にかへる鶯は旅のねぐらや住みうかるらむ




春の月あかゝりけるに花まだしき櫻のえだを風のゆるがしけるを見て


月見ればかぜに櫻のえだなえて花かとつぐるこゝちこそすれ




國々めぐりまはりて春歸りて吉野の方へまからんとしけるに人のこの程はいづくにか跡とむべきと申しければ


花を見し昔の心あらためて吉野のさとにすまむとぞおもふ




みやたてと申しけるはした物の年高くなりてさまかへなどしてゆかりにつきて吉野に住み侍りけり 思ひがけぬやうなれども供養をのべむ料にとてくだ物を高野の御山へつかはしけるに花と申すくだ物侍りけるを見て申しつかはしける

をりびつに花のくだ物つみてけり吉野の人のみやたてにして




かへし                        いやたて


心ざし深くはこべるみやたてをさとりひらけむ花にたぐへて




櫻に竝びて立てりける柳に花の散りかゝりけるを見て


吹きみだる風になびくと見しほどは花ぞむすべる青柳の糸




寂然紅葉のさかりに高野に詣でて出でにける又の年の花のをりに申しつかはしける


紅葉見し高野のみねの花ざかりたのめし人のまたるゝやなぞ




かへし                        寂然


ともに見し嶺の紅葉のかひなれや花のをりにも思ひいでける




夏野へ參りけるに岩田と申す所に涼みて下向しける人につけて京へ同行に侍りける上人の許へ遣しける


松が根の岩田のきしの夕すゞみ君があれなとおもほゆるかな




葛城を尋ね侍りけるに折にもあらぬ紅葉の見えけるを何ぞと問ひければ正木なりと申すを聞きて


かづらきや正木の色はあきに似てよその梢のみどりなるかな




天王寺へまゐりたりけるに松に鷺の居たりけるを月のひかりに見て


庭よりも鷺ゐる松のこずゑにぞゆきはつもれるなつの夜の月




高野より出でたりけると覺堅阿闍梨きかぬさまなりければ菊を遣すとて


くみてなど心かよはゞとはざらむ出でたるものをきくの下水




かへし


谷深く住むかと思ひてとはぬまにうらみをむすぶ菊の下水




旅にまかりけるに入相を聞きて


思へたゞくれぬときゝし鐘の音は都にてだにかなしきものを




秋遠く修行し侍りける程にほど經ける所より侍從大納言成道のもとへつかはしける


嵐ふくみねの木の葉にともなひていづちうかるゝ心なるらむ




かへし


何となく落つる木の葉も吹く風に散りゆく方は知られやはせぬ




宮の法印高野にこもらせ給ひておぼろげにては出でじと思ふに修行せまほしき由かたらせ給ひけり千日はてゝ御嶽にまゐらせ給ひていひつかはしける


あくがれし心を道のしるべにて雲にともなふ身とぞ成りぬる




かへし


山の端に月すむまじと知られにき心のそらになると見しより




年頃申しなれたりける人にとほく修行するよし申して罷りたりける名殘おほくて立ちけるに紅葉のしたりけるを見せまほしくて待ちつるかひなくいかにと申しければ木のもとに立ちより詠みける


心をば深き紅葉の色にそめてわかれて行くや散るになるらむ




駿河の國久能の山寺にて月を見てよみける


涙のみ掻きくらさるゝ旅なれやさやかに見よと月はすめども




題知らず


身にもしみものあらげなるけしきさへ哀をせむる風の音かな

いかでかは音にこゝろのすまざらむ草木もなびく嵐なりけり

松風はいつもときはに身にしめどわきてさびしき夕ぐれの空




遠く修行に思ひ立ち侍りけるに遠行別といふことを人々まうできて詠み侍りしに


程ふればおなじ都の内だにもおぼつかなさは問はまほしきに




年久しく相頼みたりける同行にはなれて遠く修行して歸らずもやと思ひけるに何となく哀にて詠みける


さだめなしいく年君になれ/\て別をけふはおもふなるらむ




年頃きゝわたりける人に初めて對面申して歸る朝に


別るともなるゝ思をかさねまし過ぎにしかたの今宵なりせば




修行して伊勢にまかりたりけるに月の頃都おもひ出でられて詠みける


都にもたびなる月のかげをこそおなじ雲井のそらに見るらめ




そのかみ心ざし仕うまつりけるならひに世を遁れて後も賀茂に參りけり 年高くなりて四國の方修行しけるに又歸りまゐらぬ事もやとて仁安二年十月十日の夜參りて幣まゐらせけり内へもまゐらぬ事なればたなうの社に取りつぎて參らせ給へとて心ざしけるに木の間の月ほの%\と常よりも神さび哀におぼえて詠みける

かしこまるしでに涙のかゝるかなまたいつかはと思ふ心に




播磨の書寫へまゐるとて野中の清水を見ける事ひとむかしに成りにける年へて後修行すとて通りけるに同じさまにてかはらざりければ


昔見し野中の清水かはらねばわがかげをもやおもひいづらむ




天王寺へまゐりけるに交野など申すわたり過ぎて見はるかされたる所の侍りけるを問ひければ天の川と申すを聞きて宿からむといひけむこと思ひ出されて詠みける


あくがれし天の河原ときくからに昔のなみのそでにかゝれる




四國の方へぐして罷りたりける同行の都へ歸りけるに


かへりゆく人のこゝろを思ふにもはなれがたきは都なりけり




ひとり見おきて歸りまかりなむずるこそ哀にいつか都へはかへるべきなど申しければ


柴の庵のしばし都へ歸らじとおもはむだにもあはれなるべし




旅の歌よみけるに


草枕たびなるそでにおく露をみやこの人やゆめに見るらむ

きこえつる都へだつる山さへにはては霞に消えにけるかな

わたの原はるかになみをへだて來て都にいでし月を見るかな

わたのはら波にもつきはかくれけり都の山をなにいとひけむ




西の國のかたへ修行してまかり侍るとてみづ野と申す所にぐしならひたる同行の侍りけるに 親しきものの例ならぬこと侍るとてぐせざりければ

山城のみづのみ草につながれて駒ものうげに見ゆるたびかな




大峯のしんせんと申す所にて月を見て詠みけるを


深き山にすみける月を見ざりせば思出もなきわが身ならまし

嶺の上もおなじ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし

月すめば谷こそくもはしづむめれ嶺吹きはらふ風にしかれて




をばすての嶺と申す所の見わたされて思ひなしにや月ことに見えければ


姨捨は信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ




小池と申すすくにて


いかにして梢の隙をもとめえてこいけにこよひ月のすむらむ




さゝのすくにて


庵さす草のまくらにともなひてさゝのつゆにもやどる月かな




へいちと申す宿にて月を見けるに梢の露のたもとにかゝりければ


こずゑなる月もあはれをおもふべし光にぐして露のこぼるゝ




あづまやと申す所にて時雨の後月を見て


神無月時雨はるればあづまやのみねにぞ月はむねとすみける

かみな月たににぞ雲はしぐるめる月すむみねは秋にかはらで




ふるやと申す宿にて


神無月しぐれふるやにすむ月はくもらぬ影もたのまれぬかな




平等院の名かゝれる率塔婆に紅葉の散りかゝりける見て花より外のとありけむ人ぞかしとあはれに覺えて詠みける


哀とも花見しみねに名をとめて紅葉ぞけふはともに散りける




ちくさのたけにて


わけてゆく色のみならず梢さへちくさのたけは心そみけり




ありのと渡と申す所にて


さゝふかみきりこすくきを朝立ちてなびきわづらふ蟻の門渡




行者がへりちごのとまりにつゞきたる宿なり春の山伏はびやうぶだてと申す所をたひらかに過ぎむことをかたく思ひて行者ちごのとまりにても思ひ煩ふなるべし


屏風にや心を立てゝおもひけむ行者はかへりちごはとまりぬ




三重の瀧をがみけるに殊にたふとく覺えて三業の罪もすゝがるゝ心地してければ


身につもることばの罪もあらはれて心すみぬる三かさねの瀧




轉法輪の嶽と申す所にて釋迦の説法の座の石と申す所ををがみて


こゝこそは法とかれたる所よと聞く悟をもえつるけふかな




修行して遠くまかりけるをり人の思ひへだてたるやうなる事の侍りければ


よしさらば幾重ともなく山越えてやがても人に隔てられなむ




思はずなる事思ひたつよしきこえける人のもとへ高野よりいひつかはしける


しをりせでなほ山ふかく分けいらむうき事きかぬ所ありやと




しほ湯にまかりけるにぐしたりける人九月つもごりにさきへ上りければつかはしける人にかはりて


秋はくれ君は都へかへりなばあはれなるべきたびのそらかな




かへし                        大宮の女房加賀


君をおきて立ちいづる空の露けさは秋さへくるゝ旅の悲しさ




鹽湯いでて京へ歸りまうで來て故郷の花霜がれにける哀なりけり いそぎ歸りし人のもとへまたかはりて

露おきし庭の小萩もかれにけりいづちみやこに秋とまるらむ




かへし                        おなじ人


慕ふ秋は露もとまらぬ都へとなどていそぎし舟出なるらむ




みちのくにへ修行してまかりけるに白川の關にとまりて所がらにや常よりも月おもしろく哀にて能因が秋風ぞふくと申しけむをりいつなりけむと思ひ出でられて名殘おほくおぼえければ關屋の柱に書きつけける


しらかはの關屋をつきのもるかげは人の心をとむるなりけり




さきにいりてしのぶと申すわたりあらぬ世のことにおぼえて哀なり都出でし日數思ひつゞけられて霞とともにと侍ることの跡たどるまで來にける心ひとつに思ひしられて詠みける


都いでてあふ坂こえしをりまでは心かすめししらかはのせき




武隈の松も昔になりたりけれども跡をだにとて見にまかりて詠みける


枯れにける松なき宿の武隈はみきといひてもかひなからまし




ふりたる棚橋を紅葉のうづみたりけるわたりにぐしてやすらはれて人に尋ねければおもはくのはしと申すはこれなりと申しけるを聞きて


ふまゝうき紅葉の錦ちりしきて人もかよはぬおもはくのはし




信夫の里よりおくに二日ばかりいりてあり下野國にて柴の煙を見てよみける


都近き小野おほ原をおもひいづるしばのけぶりの哀なるかな




名取川を渡りけるに岸の紅葉のかげを見て


名取川きしの紅葉のうつるかげはおなじ錦をそこにさへしく




十月十二日平泉にまかりつきたりけるに雪ふり嵐はげしく殊の外にあれたりけるいつしか衣川見まほしくて罷り向ひて見けり川の岸につきて衣川の城しまはしたる事柄やうかはりて物を見る心ちしけり汀こほりてとり分けさびければ


とりわきて心もしみてさえぞわたる衣川見にきたるけふしも




又の年の三月に出羽國にこえてたきの山と申す山寺に侍りける櫻の常よりも薄紅の色こき花にて竝み立てりけるを寺の人々も見興じければ


たぐひなきおもひいではのさくらかなうす紅の花のにほひは




おなじ旅にて


風あらき柴のいほりは常よりもねざめぞものは悲しかりける




明石に人をまちて日數へにけるに


何となく都のかたときく空はむつましくてぞながめられける




新院讚岐におはしましけるに便に付けて女房の許より


水莖のかきながすべきかたぞなき心のうちは汲みてしるらむ




かへし


ほどとほみかよふ心のゆくばかりなほかきながせ水莖のあと




又女房つかはしける


いとゞしくうきにつけても頼むかな契りし道のしるべ違ふな

かゝりける涙に沈む身のうさを君ならでまた誰かうかべむ




かへし


頼むらむしるべもいざやひとつ世の別にだにも迷ふこゝろは

流れ出づる涙に今日はしづむともうかばむ末を猶おもはなむ




遠く修行することありけるに菩薩院の前齋宮にまゐりたりけるに人々わかれの歌つかうまつりけるに


さりともとなほあふことを頼むかな死出の山路をこえぬ別は




同じ折壺の櫻の散りけるを見覺え侍ると申しける


この春は君に別のをしきかなはなのゆくへはおもひわすれて




かへしせよと承りて扇にかきてさしいでける                        女房六角局


君がいなむ形見にすべき櫻さへなごりあらせず風さそふなり




西國へ修行してまかりける折小島と申す所に八幡のいはゝれ給ひたりけるに籠りたりけり年へて又その社を見けるに松どもの古木になりたりけるを見て


昔見しまつは老木になりにけりわが年へたるほども知られて




山里にまかりて侍りけるに竹の風の荻にまがひて聞えければ


竹の音も荻吹く風のすくなきに加へて聞けばやさしかりけり




世をのがれて嵯峨に住みける人のもとにまかりて後の世のことおこたらずつとむべきよし申して歸りけるに竹の柱をたてたりける見て


よゝふとも竹のはしらの一筋にたてたるふしはかはらざらなむ




題しらず


あはれたゞ草の庵のさびしきはかぜよりほかにとふ人ぞなき

哀なりより/\しらぬ野の末にかせぎを友に馴るゝすみかは




高野にこもりたる人を京より何事かまたいつか出づべきと申したる由聞きてその人にかはりて


山水のいつ出づべしとおもはねば心ぼそくてすむと知らずや




松のたえ間より僅に月のかげろひて見えけるを見て


かげうすみ松のたえまをもりきつゝ心ぼそくや三日月のそら




松の木のまより僅に月のかげろひけるを見て月をいたゞきて道をゆくといふ事を


くみてこそ心すむらめしづの女がいたゞく水にやどる月かげ




木蔭の納涼といふ事を人々よみけるに


けふもまた松の風ふく岡へゆかむ昨日すゞみし友にあふやと




入日影かくれけるまゝに月の窓にさしいりければ


さしきつる窓のいり日をあらためて光をかふるゆふ月夜かな




月蝕を題にて歌よみけるに


忌むと言ひて影にあたらぬ今宵しもわれて月見る名や立ちぬらむ




寂然入道大原に住みけるにつかはしける


大原は比良の高根のちかければ雪ふるほどをおもひこそやれ




かへし


思へたゞ都にてだにそでさえし比良のたかねの雪のけしきは




高野の奧の院の橋の上にて月あかゝりければもろともにながめあかして その頃西住上人京へ出でにけりその夜の月忘れがたくて又おなじ橋の月の頃西住上人のもとへいひつかはしける

事となく君戀ひわたる橋の上にあらそふものは月のかげのみ




かへし                        西住上入


思ひやる心は見えで橋の上にあらそひけりな月のかげのみ




忍西入道西山の麓に住みけるに秋の花いかに面白からむとゆかしうと申し遣しける返事に色々の花を折り集めて


鹿の音や心ならねばとまるらむさらでは野べを皆見するかな




かへし


鹿のたつ野べの錦のきりはしはのこりおほかる心ちこそすれ




人あまたして一人に隱してあらぬさまにいひなしける事の侍りけるを聞きてよめる


一筋にいかで杣木のそろひけむいつよりつくる心だくみに




陰陽頭に侍りけるものにある所のはしたもの物申しけりいと思ふやうにもなかりければ六月晦日につかはしけるにかはりて


我がためにつらき心を水無月の手づからやがて祓ひすてなむ




ゆかりありける人の新院の勘當なりけるをゆるし給ふべきよし申しいれたりける御返事に


最上川綱手ひくともいな舟のしばしがほどはいかりおろさむ




御返事奉りけり


つよくひく綱手と見せよ最上川そのいな舟のいかりをさめて

かく申したりければ許し給ひてけり




屏風の繪を人々よみけるに海のきはにをさなきいやしき者のある所を


いそなつむあまのさをとめ心せよ沖ふく風になみたかくなる




おなじ繪に苫のうちに人のねおどろきたる所に


いそによるなみに心のあらはれてねざめがちなる苫屋形かな




庚申の夜ぐしくはゝりて歌よみけるに古今後撰拾遺是を梅櫻山吹によせたる題をとりてよみける古今梅によす


[1]こきむめを折る人の袖には深き香やとまるらむ




後撰さくらによす


[2]こせんに櫻花となりくるしくぬしやおもはむ




拾遺山吹によす


[3]しうゐたりと思はざらなむ





ひまもなくふりくる雨の足よりも數かぎりなき君が御代かな

千代ふべき物をさながらあつむとも君が齢をしらむものかは

苔うづむゆるがぬ岩のふかき根は君が千歳をかためたるべし

むれ立ちて雲井にたづの聲すなり君がちとせや空に見ゆらむ

澤べより巣立はじむる鶴の子は松のしたにやうつりそむらむ

大海のしほ干て山になるまでに君はかはらね君にましませ

君が代のためしになにを思はましかはらぬ松の色なかりせば

君が代は天つ空なる星なれやかずもしられぬこゝちのみして

ひかりさす三笠の山のあさ日こそげに萬代のためしなりけれ

萬代のためしにひかむかめ山のすそ野のはらにしげる小松を

かずかくる波にしづえの色そめて神さびまさるすみの江の松

若葉さす平野の松はさらにまたえだに八千代の數をそふらむ

竹の色も君が緑にそめられていく世ともなくひさしかるべし




うまごまうけて悦びける人のもとへいひ遣しける


千代ふべき二葉の松の生ひさきを見る人いかに嬉しかるらむ




五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを子日にあたりける日 をりびつに引き植ゑてつかはすとて

君がためごえふの子日しつるかな度々千代をふべきしるしに




たゞの松ひきそへてこの松の思ふ事申すべくなむとて


子日する野べのわれこそ主なるをごえふなしとて引く人のなき




世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありける人のさもなかりける事を思ひて清水に年越にこもりたりけるにつかはしける


この春はえだ/\ごとに榮ゆべし枯れたる木だに花は咲くめり




是もぐして


あはれびの深き誓にたのもしき清きながれの底くまれつゝ




八條院の宮と申しけるをり白河殿にて蟲合せられけるにかはりて蟲入りてとり出しける物に水に月のうたつりたるよしをつくりてその心を詠みける


ゆくすゑの名にやながれむ常よりも月すみわたる白川の水




内に貝合せむとせさせ給ひけるに人にかはりて


風たゝでなみををさむる浦々に小貝をむれてひろふなりけり

難波がた汐干にむれて出でたゝむしら洲の崎の小貝ひろひに

風ふけば花さくなみのをるたびにさくら貝よる三島江のうら

波あらふころものうらの袖貝をみぎはに風のたゝみおくかな

波かくるふきあけのはまの箔貝風もておろすいそにひろはむ

汐そむるますをの小貝拾ふとて色の濱とはいふにや有るらむ

波よする竹の泊のすゞめがひうれしき世にもあひにけるかな

波よするしらゝの濱のからす貝拾ひやすくもおもほゆるかな

かひありな君が御袖におほはれて心にあはぬことしなき世は




入道寂然大原に住み侍りけるに高野よりつかはしける


山ふかみさこそあらめときこえつゝおとあはれなる谷川の水

山ふかみ槇の葉わくる月影ははげしきもののすごきなりけり

山ふかみ窓のつれ%\といふものは色づきそむる櫨の立枝ぞ

山ふかみ苔のむしろのうへに居てなに心なく鳴くましらかな

山ふかみ岩にしたゝる水とめむかつ/\おつるとちひろふ程

山ふかみけぢかき鳥のおとはせでもの恐しきふくろふのこゑ

山ふかみこぐらき嶺の梢よりもの/\しくもわたるあらしか

山ふかみほだきるなりときこゑつゝ所にぎはふ斧のおとかな

山ふかみいりて見と見る物はみな哀もよほすけしきなるかな

山ふかみ馴るゝかせぎのけ近さに世に遠ざかる程ぞ知らるゝ




かへし                        寂然


あはれさはかうやと君もおもひしれあき暮れがたの大原の里

ひとりすむおぼろの清水ともとてはつきをぞすます大原の里

炭がまのたなびくけぶりひとすぢにこゝろぼそきは大原の里

なにとなくつゆぞこぼるゝ秋の田のひたひきならす大原の里

水のおとはまくらにおつる心地してねざめがちなる大原の里

あだにふく草のいほりのあはれよりそでにつゆおく大原の里

山かぜにみねのさゝぐりはら/\とにはにおちしく大原の里

ますらをがつま木にあけびさしそへて暮るれば歸る大原の里

むぐらはふかどは木の葉にうづもれて人もさし來ぬ大原の里

もろともにあきも山路もふかければしかぞかなしき大原の里




神樂に星を


ふけて出づるみ山もみねのあか星は月待ちえたる心地こそすれ




承安元年六月一日院熊野へまゐらせ給ひけるついでに住吉に御幸ありけり修行しめぐりて三日の社に詣でたりけるにすみの江あたらししくたてたりけるを見て後三條院の御幸神も思ひいで給ふらむと覺えてよめる


絶えたりし君が御幸を待ちつけて神いかばかり嬉しかるらむ




松の下枝を洗ひけむ浪いにしへにかはらずやと覺えて


いにしへの松の下枝をあらひけむなみを心にかけてこそ見れ




齋院おはしまさぬころにて祭のかへさもなかりければ紫野をとほるとて


紫の花なきころの野べなれやかたまほりにてかけぬあふひは




北まつりの頃賀茂にまゐりたりけるにをりうれしくてまたるゝほどに使まゐりたりはし殿につきてついふし拜まるゝまではさることにて舞人のけしきふるまひ見し世の事ともおぼえず東遊に琴うつ陪從もなかりけりさこそすゑの世ならめ神いかに見給ふらむとはづかしき心地してよみ侍りける


神の代も變りにけりと見ゆるかなそのことわざのあらずなるにも




ふけゆくまゝに御手洗の音神さびてきこえければ


御手洗の流はいつもかはらぬを末にしなればあさましの世や




伊勢にまかりたりけるに太神宮にまゐりて詠みける


榊葉にこゝろをかけむ木綿しでて思へば神もほとけなりけり




齋院おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに人のうちへ入りければゆかしうおぼえてぐして見まはりけるにかくやありけむとあはれに覺えておりておはしますところへ宣旨の局のもとへ申しつかはしける


君すまぬ御うちはあれてありす川いむ姿をもうつしつるかな




かへし


思ひきやいみこし人のつてにして馴れし御うちをきかむ物とは




伊勢に齋王おはしまさで年へにけり齋宮木だちばかりさかと見えてつがきもなきやうになりけるを見て


いつかまた齋の宮のいつかれてしめのみうちに塵をはらはむ




世の中に大事出で來て新なあらぬさまにならせおはしまして御ぐしおろして仁和寺の北院におはしましけるに參りてけんげん阿闍梨出であひたり月あかくて詠みける


かゝるよに影も變らずすむ月を見る我が身さへ恨めしきかな




讚岐へおはしまして後歌といふことのよにいときこえざりければ寂然がもとへいひつかはしける


ことの葉の情絶えにし折ふしにありあふ身こそ悲しかりけれ




かへし                        寂然


しきしまや絶えぬる道になく/\も君とのみこそ跡を忍ばめ




讚岐にて御心引きかへて後の世の事御つとめ隙なくせさせおはしますと聞きて女房の許へ申しける此文をかきて若人不嗔打似何修忍辱


世の中をそむく便やなからましうきをりふしに君があはずば




是もついでに具してまゐらせける


淺ましやいかなる故の報にてかゝる事しもある世なるらむ

ながらへて終に住むべき都かはこの世はよしやとてもかくても

幻の夢をうつゝに見る人は目もあはせでやよをあかすらむ




かくて後人のまゐりけるに


その日よりおつる涙をかたみにておもひ忘るゝ時のまぞなき




かへし                        女房


めの前にかはり果てにし世のうきに涙を君もながしけるかな

松山のなみだは海にふかくなりて蓮の池に入れよとぞおもふ

波のたつ心の水を沈めつゝ咲かむはちすをいまは待つかな




老人述懷といふ事を人々よみけるに


山ふかみつゑにすがりている人 の心のそこのはづかしきかな




左京大夫俊成歌あつめらるゝと聞きて歌つかはすとて


花ならぬ言の葉なれどおのづから色もやあると君ひろはなむ




かへし                        俊成


世をすてゝいりにし道の言の葉ぞ哀もふかきいろは見えける




戀百十首


思ひあまりいひいでてこそ池水のふかき心の色は知られめ

なき名こそ飾磨の市に立ちにけれまだあひそめぬ戀する物を

つゝめども涙の色にあらはれてしのぶおもひは袖よりぞちる

わりなしや我も人目をつゝむまに強ひてもいはぬ心づくしは

なか/\に忍ぶけしきやしるからむかゝる思に習ひなき身は

氣色をばあやめて人の咎むとも打ち任せてはいはじとぞ思ふ

心にはしのぶとおもふかひもなくしるきはこひの涙なりけり

色に出でていつより物は思ふぞと問ふ人あらばいかゞ答へむ

逢ふ事のなくて止みぬる物ならば今見よ世にもありやはつると

うき身とて忍ばゝ戀の忍ばれて人の名たてになりもこそすれ

みさをなる涙なりせば唐ころもかけても人に知られましやは

歎き餘り筆のすさびに盡せども思ふばかりはかゝれざりけり

我が歎く心のうちのくるしきをなにとたとへて君にしられむ

今はたゞしのぶ心ぞつゝまれぬなげかば人やおもひしるとて

心にはふかくしめども梅の花をらぬにほひはかひなかりけり

さりとよとほのかに人を見つれども覺めぬは夢の心地こそすれ

消えかへり暮まつ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども

いかにせむその五月雨の名殘よりやがてをやまぬそでの雫を

さるほどの契はなににありながら行かぬ心のくるしきやなぞ

今はさは覺めぬを夢になし果てゝ人に語らでやみねとぞ思ふ

折る人の手にはたまらでうめの花誰が移香にならむとすらむ

轉寐の夢をいとひし床の上の今朝いかばかり起きうかるらむ

ひきかへて嬉しかるらむ心にもうかりしことを忘れざらなむ

棚機はあふをうれしとおもふらむ我れは別のうきこよひかな

同じくは咲き初めしよりしめおきて人に折られぬ花と思はむ

朝露にぬれにし袖をほす程にやがて夕だつわが涙かな

待ちかねて夢に見ゆやとまどろめばねざめすゝむる荻の上風

つゝめども人しるこひや大井川ゐぜきのひまをくゞるしら波

あふまでの命もがなとおもひしはくやしかりけるわが心かな

今よりはあはでものをば思ふとも後うき人に身をばまかせじ

いつかはと答へむ事もねたきかな思もしらず恨みきかせよ

袖の上の人目しられしをりまではみさをなりけるわが涙かな

あやにくに人めもしらぬ涙かなたえぬこゝろに忍ぶかひなく

荻の音はものおもふ我に何なればこぼるゝ露に袖のしをるゝ

草しげみさはにぬはれてふす鴫のいかによそたつひとの心ぞ

哀とて人の心のなさけあれなかずならぬにはよらぬなさけを

いかにせむうき名をよゝにたて果てゝ思もしらぬ人のこゝろを

忘られむことをかさねて思ひにきなどおどろかす涙なるらむ

問れぬもとはぬ心のつれなさもうきはかはらぬ心地こそすれ

つらからむ人故身をば恨みじと思ひしかどもかなはざりけり

今さらになにかは人もとがむべきはじめてぬるゝ袂ならねば

わりなしな袖になげきのみつまゝに命をのみも厭ふこゝろは

いろふかき涙の川のみなかみは人をわすれぬこゝろなりけり

待ちかねてひとりはふせど敷妙の枕ならぶるあらましぞする

とへかしななさけは人の身の爲をうきものとても心やはある

言の葉の霜枯にしにおもひにき露のなさけもかゝらましかば

夜もすがらうらみを袖にたゝふれば枕に波のおとぞきこゆる

ながらへて人のまことを見るべきに戀に命のたへむものかは

頼めおきしそのいひ事やあだになりし波こえぬべき末の松山

河の瀬によに消えぬべきうたかたの命をなぞや君がたのむる

かりそめにおく露とこそ思ひしかあきにあひぬるわが袂かな

おのづからありへばとこそ思ひつれ頼みなくなる我が命かな

身をも厭ひ人のつらさも歎かれて思ひ數ある頃にもあるかな

菅の根の長くものをば思はじとたむけし神にいのりしものを

打ちとけてまどろまばやと唐衣よな/\返すかひもあるべき

我がつらき事をやなさむおのづから人目をおもふ心ありやと

言とへばもてはなれたるけしきかなうらゝかなれや人の心の

もの思ふ袖になげきのたけ見えてしのぶ知らぬは涙なりけり

草の葉にあらぬたもとにものおもへば袖に露おく秋の夕ぐれ

あふことのなき病にて戀ひしなばさすがに人や哀とおもはむ

いかにぞやいひやりたりし方もなくものを思ひて過ぐる頃かな

我ばかりもの思ふ人や又もあると唐土までも尋ねてしがな

君に我いかばかりなる契ありてまなくもものを思ひそめけむ

さらぬだにもとの思のたゝぬまになげきを人のそふるなりけり

我のみぞ我が心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても

恨みじとおもふ我さへつらきかなとはで過ぎぬる心づよさを

いつとなきおもひは不二の煙にておきふすとこやうき島が原

これもみな昔の事といひながらなどもの思ふちぎりなりけむ

などか我つらき人ゆゑものを思ふ契をしもはむすびおきけむ

紅にあらぬたもとの濃き色はこがれてものをおもふなみだか

せきかねてさはとてながす瀧つ瀬にわくしら玉は涙なりけり

歎かじとつゝみし頃は涙だにうちまかせたるこゝちやはせし

ながめこそうき身の癖となり果てゝ夕暮ならぬ折もわかれぬ

今はわれ戀せむ人をとぶらはむ世にうき事と思ひ知られぬ

思へども思ふかひこそなかりけれおもひも知らぬ人を思へば

あやひねるさゝめのこみの衣にきむ涙の雨をしのぎがてらに

なぞもかくこと新しく人のとふわがもの思はふりにしものを

しなばやななに思ふらむ後の世も戀はよにうき事とこそ聞け

わりなしやいつをおもひの果にして月日を送る我が身なるらむ

いとほしやさらば心のをまなびてたまぎれらるゝ戀もするかな

君慕ふ心のうちはちごめきてなみだもろにもなるわが身かな

なつかしき君が心のいろをいかで露もちらさで袖につゝまむ

幾程もながらふまじき世の中にものを思はでふるよしもがな

いつかわが塵つむ床を拂ひあけて來むと頼めむ人を待つべき

よだけたつ袖にたぐへてしのぶかな袂の瀧に落つるなみだを

うきによりつひに朽ちぬるわが袖を心づくしになに忍びけむ

心から心にものをおもはせて身をくるしむるわが身なりけり

ひとり著て我が身にまとふ唐衣しほ/\とこそなき濡さるれ

いひ立ててうらみばいかにつらからむ思へばうしや人の心は

なげかるゝ心の中のくるしさを人のしらばやきみにかたらむ

人知れぬなみだに咽ぶ夕暮はひきかつぎてぞうちふされける

おもひきやかゝる戀路に入り初めてよぐ方もなき歎せむとは

あやふさに人目ぞつねによがれける岩のかどふむほきの崖道

知らざりき身に餘りたるなげきして隙なく袖を絞るべしとは

吹く風に露もたまらぬ葛の葉のうらがへれとは君をこそ思へ

我からと藻にすむ蟲の名にしおへば人をば更に恨みやはする

むなしくてやみぬべきかな空蝉の此身からにて思ふなげきは

包めども袖より外にこぼれ出でてうしろめたきは涙なりけり

わがなみだうたがはれぬる心かな故なく袖のしをるべきかは

さる事のあるべきかはと忍ばれて心いつまでみさをなるらむ

とりのくし思ひもかけぬ露はらひあなくしたるのわが心かな

君にそむ心の色のふかさにはにほひもさらに見えぬなりけり

さもこそは人目思はずなりはてめあなさまにくの袖の氣色や

かつすゝぐ澤の小芹の根を白みきよげにものを思はするかな

いかさまに思ひ續けてうらみまし一重につらき君ならなくに

恨みても慰めてましなか/\につらくて人のあはぬと思へば

うちたえて君にあふ人いかなれやわが身も同じ世にこそはふれ

とにかくに厭はまほしき世なれども君がすむにも引かれぬるかな

何事につけてか世をばいとはましうかりし人ぞ今はうれしき

逢ふとみし其夜の夢のさめであれな長き眠はうかるべけれど




この歌題もまた人にかはりたることゞももありけれどかゝずこのうたども山里なる人の語るにしたがひて書きたるなりさればひがごとどもや昔今の事取りあつめたればときをりふしたがひたることどもも此の集を見て返しけるに


                        院少納言の局

まきごとに玉のこゑせし玉章のたぐひは又もありけるものを




かへし


よしさらば光なくとも玉といひて詞のちりは君みがかなむ




讃岐にまうでて松山と申す所に院おはしけむ御跡尋ねけれどもかたもなかりければ


松山の波にながれてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな

松山の波のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり




白峯と申す所に御墓の侍りけるにまゐりて


よしや君むかしの玉の床とてもかゝらむのちは何にかはせむ




おなじ國に大師のおはしましける御あたりの山に庵むすびて住みけるに月いとあかくて海の方くもりなく見え侍りければ


くもりなき山にて海の月見れば島ぞこほりの絶間なりける




住みけるまゝに庵いとあはれに覺えて


今よりは厭はじ命あればこそかゝるすまひのあはれをも知れ




庵の前に松のたてりけるを見て


ひさにへてわが後の世をとへよ松跡したふべき人もなき身ぞ

こゝをまた我すみうくてうかれなば松は獨にならむとすらむ




雪のふりけるに


松の下は雪ふるをりのいろなれや皆しろたへに見ゆる山路に

雪つみて木もわかずさく花なれば常磐の松も見えぬなりけり

花と見るこずゑの雪に月さえてたとへむ方もなきこゝちする

まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける

折しもあれ嬉しく雪のうづむかな來こもりなむと思ふ山路を

なか/\に谷の細道うづめゆきありとて人のかよふべきかは

谷の庵に玉の簾をかけましやすがるたるひののきを閉ぢずば




花まゐらせける折しも折敷に霰のふりかゝりければ


しきみおくあかの折敷にふちなくばなにに霰の玉とならまし




大師のうまれさせ給ひたる所とてめぐりしまはしてそのしるしの松たてりけるを見て


哀なり同じ野山にたてる木のかゝるしるしのちぎりありけり

岩にせくあか井の水のわりなきはこゝろすめとも宿る月かな




又ある本に曼陀羅寺の行道どころへのぼるは世の大事にて手をたてたるやうなり大師の御經かきてうづませおはしましたる山の嶺なりはうの卒塔婆一丈ばかりなる壇つきてたてられたりそれへ日毎にのぼらせおはしまして行道しおはしましけると申し傳へたりめぐり行道すべきやうにだんも二重につきまはされたりのぼるほどのあやふさことに大事なりかまへてはひまはりつきて


めぐりあはむことの契ぞたのもしききびしき山のちかひ見るにも




やがてそれが上は大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたる嶺なりわかはいしさとうの山をば申すなりその邊の人はわかいしとぞ申しならひたる山文字をばすてて申さず又筆の山ともなづけたり遠くて見れば筆に似てまろ/\と山の嶺のさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり行道ところよりかまへてかきつき登りて嶺に參りたれば師にあはせおはしましたる所のしるしに塔をたておはしましたりけり塔の礎はかりなく大きなり高野の大塔ばかりなりける塔の跡と見ゆ苔は深く埋みたれども石おほきにしてあらはに見ゆ筆の山と申す名につきて


ふでの山にかき登りても見つるかな苔の下なる岩のけしきを




善通寺の大師の御影にはそばにさしあげて大師の御師かきぐせられたりき大師の御手などもおはしましき四の門のがく少々われておほかたはたがはずして侍りき末にこそいかゞなりけむずらむとおぼつかなくおぼえ侍りしか
備前の國に小島と申す島に渡りけるにあみと申す物をとる所はおの/\われ/\しめて長き竿に袋をつけて渡すなりその竿のたてはじめをば一のさをとぞ名づけたる中に年たかきあま人のたてそむるなりたつるとて申すなる詞きゝ侍りしこそ涙こぼれて申すばかりなく覺えて詠みける

たてそむるあみとる浦の初竿はつみの中にもすぐれたるかな




ひゝしぶかはと申す方へまかりて四國の方へ渡らしむとしけるに 風あしくて程經けりしぶ川の浦田と申す所に幼なき者どものあまた物を拾ひけるを問ひければつみと申す物ひろふなりと申しけると聞きて

おり立ちてうらたに拾ふ蜑の子はつみよりつみを習ふなりけり




まなべと申す島に京よりあき人どものくだりてやう/\のつみの物どもあきなひて又しばくの島に渡りてあきなはむずるよし申しけるを聞きて


まなべよりしばくへ通ふ商人はつみをかひにて渡るなりけり




串にさしたる物をあきなひけるをなにぞと問ひければはまぐりを干して侍るなりと申しけるを聞きて


同じくばかきをぞさして干しもすべき蛤よりは名も便あり




うしまどの追門に海人のいでいりてさだえと申す物をとりて舟に入れぐしけるを見て


さだえすむせとの岩つぼ求め出でていそしき蜑の氣色なるかな




沖なる岩につきて海人どものあはびとりける所にて


岩の根にかたおもむきも波うきてあはびをかづくあまの村君




題しらず


こだひひく網のうけ繩よりめぐりうきしわざある鹽崎のうら

かすみしく波のはつ花をりかけてさくら鯛つるおきの海人舟

蜑人のいそしくかへるひじきものはこにし蛤がうなしたゞみ

磯菜つまむと思ひはじむるわかふのりみるめきはさひしきこゝろふと




伊勢のたふしと申す島には小石の白のかぎり侍る濱にて黒はひとつもまじらずむかひてすがしまと申すは黒かぎり侍るなり


すがしまやたふしの小石わけかへて黒白まぜようらのはま風

さぎしまの小石の白をたか浪のたふしのはまにうちよせてける

からすざきの濱の小石と思ふかな白もまじらぬすがじまの黒

あはせばやさぎを鳥と碁をうたばたふしすがじまくろ白の濱




伊勢の二見の浦にさるやうなる女の童どもの集まりてわざとの事とおぼしくはまぐりをとりあつめけるをいふかひなきあま人こそあらめうたてきことなりと申しければ貝合に京より人の申させ給ひたればえりつゝとるなりと申しけるに


今ぞ知る二見の浦のはまぐりを貝あはせとておほふなりけり




石子へわたりけるに井かひと申すはまぐりにあこやのむねと侍るなりそれをとりたるからを高くつみおきたりけるを見て


あこやとる井貝のからを積みおきて寶の跡を見するなりけり




沖のかたより風のあしきとてかつをと申す魚つりける船どものかへりけるを見て


いらこ崎にかつを釣り舟竝び浮きてはかちの浪に浮びてぞよる




ふたつおりける鷹のいらこわたりすると申しけるがひとつのたかはとゞおまりて木のすゑにかゝりて侍ると申しけるを聞きて


すたかわたるいらこが崎をうたがひて猶きにかかる山歸かな

はし鷹のすゞろかさでもふるさせて据ゑたる人のありがたの世や




宇治川をくだりける舟のかなつきと申すものをもて鯉のくだるをつきけるを見て


宇治川の早瀬おちまふれふ舟のかづきにちがふこひのむらまけ

こばえつどふ沼の入江の藻の下は人つけおかぬふしにぞありける

たねつくるつぼ井の水のひくすゑにえふなあつまる落合のはた

しらなはに小鮎ひかれて下る瀬にもちまうけたるこめのしき網

見るも憂きは鵜繩に遁るいろくづをのがらかさでもしたむもち網

秋風にすゞきつり舟はしるめりうのひとはしの名殘したひて




新宮より伊勢の方へまかりけるにみきしまにふれの沙汰しける浦人の黒き髮はひとすぢもなかりけるを呼びよせて


年へたるうらのあま人こととはむ浪をかづきて幾世すぎにき

黒髮は過ぐると見えし白波をかづきはてたる身には知るあま




小鳥どもの歌よみける中に


聲せずといろこくなるとおもはまし柳のめはむひはのむら鳥

桃園の花にまがへるてりうそのむらだつをりはちる心地する

ならび居て友をはなれぬこがらめのねぐらにたのむ椎の下枝




月の夜賀茂にまゐりてよみ侍りける


月のすむみをやがはらに霜さえて千鳥とほだつ聲きこゆなり




熊野へ參りけるに七越の嶺の月を見て詠みける


立ちのぼる月のあたりに雲きえて光かさぬるなゝこしのみね




讚岐の國へまかりてみのつと申す津につきて月のあかくてひゞのても通はぬほどに遠く見えわたりたりけるに水鳥のひゞのてにつきてとび渡りけるを


しき渡す月のこほりをうたがひてひゞのてまはるあぢの村鳥

いかでわが心の雲にちりすべき見るかひありて月をながめむ

詠めをりて月の影にぞよをば見るすむもすまぬもさなりけりとは

雲晴れて身にうれひなき人のみぞさやかに月の影は見るべき

さのみやは袂に影をやどすべきよはしこゝろに月なながめそ

月にはぢてさし出でられぬ心かなながむる袖に影のやどれば

心をば見る人ごとにくるしめてなにかは月のとりどころなる

露けさはうき身の袖のくせなるを月見る咎におほせつるかな

ながめきて月いかばかり忍ばれむこのよし雲の外になりなば

いつかわれこのよの空をへだたらむあはれ/\と月を思ひて

露もありつかへす%\も思も出でてひとりぞ見つる朝顏の花

ひときれは都を捨てゝ出づれどもめぐりて花をきそのかけ橋

捨てたれど隱れてすまぬ人になれば猶世にあるに似たるなりけり

世の中をすてゝ捨てえぬ心地して都はなれぬわが身なりけり

すてし折の心をさらにあらためて見るよの人に別れ果てなむ

思へ心人のあらばや世にも恥ぢむさりとてやはと諌むばかりぞ

呉竹の節しげからぬよなりせばこの君はとてさし出でなまし

あしよしを思ひわくこそ苦しけれ只あらるればあられける身を

深くいるは月ゆゑとしもなき物をうき世忍ばむみ吉野の山




嵯峨野の見し世にもかはりてあらぬやうになりて人いなむとしたりけるを見て


この里やさがのみかりの跡ならむ野山も果はあせかはりけり




大覺寺の金岡がたてたる石を見て


庭の岩に目立つる人もなからましかどある樣に建てしおかねば




瀧のわたりの木立あらぬことになりて松ばかりなみたちたりけるを見て


ながれ見しきしの木立もあせはてゝ松のみこそは昔なるらめ




龍門にまゐるとて


瀬を早みみやたき川をわたり行けば心の底のすむこゝちする

おもひ出でて誰かはとめてわけも來むいる山道の露の深さを

くれ竹の今いくよかはおきふして庵の窓をあけおろすべき

そのすぢにいりなば心なにしかも人め思ひて世につゝむらむ

みどりなる松にかさなる白雪は柳のきぬを山におほつる

さかりならぬ木もなく花の咲きにけり思へば雪をわくる山道

波と見ゆる雪をわけてぞこぎ渡る木曾の棧そこも見えねば

みなづるは澤の氷のかゞみにて千年のかげをもてやなすらむ

澤もとけずつめど籠にとゞまらでめにもたまらぬゑぐの草莖

君がすむきしの岩より出づる水のたえぬ末をぞ人もくみける

たしろ見ゆる池の堤のかさそへて湛ふる水や春の夜のため

庭にながす清水の末をせきとめて門田養ふ頃にもあるかな

伏見すぎぬ岡のやになほとゞまらじ日野までゆきて駒試みむ

秋のいろは風ぞ野もせにしきりたつ時雨はおとを袂にぞきく

しぐれそむる花園山にあきくれて錦のいろもあらたむるかな




伊勢のいそのへちの錦の島に磯曲の紅葉のちりけるを見て


浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに錦の嶋といふにやあるらむ




陸奧國に平泉にむかひてたわしのねと申す山の侍るにこと木は少なきやうに櫻のかぎり見えて花の咲きたるを見て詠める


きゝもせずたわしね山の櫻花よしののほかにかゝるべしとは

おくになほ人見ぬはなの散らぬあれやたづねをいらむ山郭公

つばなぬく北野の茅原あせゆけば心すみれぞ生ひかはりける




れいならぬ人の大事なりけるが四月に梨の花の咲きたりけるを見て梨のほしきよしをねがひけるにもしやと人に尋ねければ枯れたるかしはに包みたるなしを唯一つ遣してこればかりなど申したる返事に


花の折柏に包むしなのなしはひとつなれどもありの實と見ゆ




讚岐の位に座しける折御幸の鈴のろうを聞きて詠みける


ふりにける君がみゆきの鈴のろうはいかなるよにもたえず聞えむ




日のいるつゞみの如し


波のうつ音を鼓にまがふればいり日のかげのうちてゆらるゝ




題しらず


山里の人もこずゑのまつがうれに哀にきゐるほとゝぎすかな

竝べける心はわれかほとゝぎす君まちえたるよひのまくらに




筑紫にはらかと申すいをのつりをば十月一におろすなり師走に引きあげて京へはのぼせ侍りそのつりの繩はるかに遠くひきわたしてとほる船のこの繩にあたりぬるをばかこちかゝりてかうけかましく申してむつかしく侍るなりその心を詠める

腹かつるおほわた崎のうけ繩に心かけつゝすぎむとぞおもふ

伊勢島やいるゝつきてすまふ波にけこと覺ゆるいりとりの蜑

磯菜つみて波かけられて過ぎにける鰐の住みける大磯の根を




百首

花十首


よしの山花のちりにし木のもとにとめし心はわれをまつらむ

吉野山たかねのさくら咲きそめばかゝらむものか花のうす雲

人はみな吉野の山へいりぬめりみやこの花にわれはとまらむ

たづねいる人には見せじ山櫻われとふ花にあはむとおもへば

山ざくら咲きぬと聞きて見にゆかむ人をあらそふ心とゞめて

山ざくら程なく見ゆるにほひかなさかりを人にまたれ/\て

花の雪の庭につもるとあとつけじ門なき宿といひちらさせて

ながめつるあしたの雨のにはのおもに花の雪しく春のゆふ暮

よしの山ふもとのたきにながす花やみねにつもりし雪の下水

根にかへる花をおくりて吉野山夏のさかひにいりて出でぬる




郭公十首


なかむ聲や散りぬる花のなごりなるやがてまたるゝ郭公かな

春くれてこゑにはなさく郭公たづぬることもまつもかはらぬ

きかでまつ人思ひ知れほとゝぎす聞きても人は猶ぞまつめる

所からきゝがたきかと郭公さとをかへても待たむとぞ思ふ

初聲をきゝてののちはほとゝぎすまつも心のたのもしきかな

五月雨のはれまたづねて郭公くもゐにつたふ聲きこゆなり

郭公なべてきくには似ざりけりふかき山邊のあかつきのこゑ

時鳥ふかき山邊にすむかひはこずゑにつゞくこゑを聞くなり

よるの床をなきうかされむ時鳥もの思ふ袖をとひにきたらば

時鳥つきのかたぶく山の端にいでつるこゑのかへりいるかな




月十首


伊勢島や月の光のさびるうらは明石には似ぬかげぞすみける

池みづにそこきよくすむ月かげはなみに氷をしきわたすかな

月を見てあかしの浦を出づる舟は波のよるとや思はざるらむ

はなれたる白良のはまのおきの石をくだかであらふ月の白波

思ひとけば千里の影もかずならずいたらぬ隈も月はあらせじ

大かたの秋をば月につゝませて吹きほころばす風のおとかな

なにごとかこの世に經たる思出をとへかし人に月を教へむ

おもひ知るをよには隈なき影ならずわが目にくもる月の光は

うき世とも思ひとほさじおしかへし月のすみける久方のそら

月の夜や友とをなりていづくにも人しらざらむすみか教へよ




雪十首


しがらきの杣のおほぢはとゞめてよはつ雪ふりぬむその山人

いそがずば雪にわが身や留められて山邊の里に春をまたまし

あはれ知りてたれかわけ來む山里の雪ふりうづむ庭のゆふ暮

湊川とまに雪ふくともぶねはむやひつゝこそ夜をあかしけれ

筏士のなみのしづむと見えつるは雪をつみつゝ下すなりけり

たまりをる梢のゆきの春ならば山ざといかにもてなされまし

大原はせれうを雪の道にあけてよもには人もかよはざりけり

晴れやらで二むら山に立つ雲は比良の吹雪の名殘なりけり

雪しのぐ庵のつまをさしそへてあととめてこむ人をとゞめむ

くやしくも雪のみ山へわけいらで麓にのみもとしをつみける




戀十首


古き妹が園に植ゑたる唐なづな誰なづさへとおぼし立つらむ

紅のよそなる色は知られねばふくにこそまづ染めはじめけれ

さま%\の歎を身には積みおきていつしめるべき思なるらむ

君をいかに細に結へるしげめゆひ立ちも離れず並びつゝみむ

こひすともみさをに人にいはればや身にしたがはぬ心やはある

思ひ出でよ三津の濱松よそたつる志賀のうらなみたゝむ袂を

うとくなるひとは心のかはるともわれとは人に心おかれじ

月をうしと眺めながらも思ふかなその夜ばかりの影とやは見し

我はたゞかへさでを著むさよ衣きてねしことを思ひ出でつゝ

川風に千鳥なくらむ冬の夜はわがおもひにてありけるものを




述懷十首(一首不足)


いざさらば盛思ふもほどもあらじはこやが嶺の春にむつれて

山深く心はかねておくりてき身こそうき身を出でやらねども

月にいかで昔の事をかたらせて影にそひつゝ立ちもはなれむ

うき世とし思はでも身の過ぎにけり月の影にもなづさはりつゝ

雲につきてうかれのみ行く心をば山にかけてをとめむとぞ思ふ

捨てゝ後はまぎれし方は覺えぬを心のみをばよにあらせける

ちりつかでゆがめる道を直くなしてゆく/\人をよにつかむとや

はとしまんと思ひも見えぬよにしあれば末にさこそは大幣の空

ふりにける心こそなほ哀なれおよばぬ身にも世をおもはする




無常十首


はかなしな千年おもひし昔をも夢のうちにて過ぎにける世は

蜘蛛の絲につらぬく露の玉をかけて飾れる世にこそありけれ

現をもうつゝとさらに思はねば夢をもゆめとなにかおもはむ

さらぬことも跡方なきを分きてなど露をあだにもいひもおきけむ

燈火のかゝげぢからもなくなりてとまる光をまつわが身かな

水ひたる池にうるほふしたゝりを命にたのむいろくづやたれ

みぎは近くひきよせらるゝ大網にいくせのものの命こもれり

うら/\と死なむずるなと思ひ解けば心のやがてさぞと答ふる

いひ捨てゝ後のゆくへを思ひはてばさてさはいかに浦島の箱

世の中になくなる人をきくたびにおもひはしるを愚なる身に




神祇十首

神樂二首


めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあか星の影

名殘いかにかへす%\もをしからむそのこまにたつ神樂舎人は




賀茂二首


御手洗にわかなすゝぎて宮人のまてにさゝげてみとひらくなり

長月の力あはせにかちにけりわがかたをかをつよくたのみて




男山一首


けふの駒はみつのさそふをおひてこそ敵をらちにかけて通らめ




放生會


みこしをさの聲さきだてゝ下りますおとかしこまる神の宮人




熊野二首


み熊野の空しき事はあらじかしむしたれいたの運ぶあゆみは

あらたなる熊野詣のしるしをばこほりのこりにうべきなりけり




御裳裾二首


初春をくまなくてらす影を見て月にまづ知るみもすそのきし

みもすその岸のいは根によをこめてかためたてたる宮柱かな




釋教十首

きりきわうの夢の中に三首


まどひてし心をたれも忘れつゝひかへらるなる事のうきかな

ひき/\にわがめでつるとおもひける人の心やせばまくの衣

すゑの世の人の心をみがくべき玉をもちりにまぜてけるかな




無量義經三首


悟ひろきこの法をまづときおきて二つなしとはいひきはめけり

山櫻つぼみはじむる花の枝にはるをばこめてかすむなりけり

身につきて燃ゆる思の消えましや涼しき風のあふがざりせば




千手經三首


花まではみに似ざるべし朽ち果てゝ枝もなき木の根をな枯しそ

誓ありて願はむ國へゆくべくばにしの言葉にふさねたるかな

さま%\にたな心なる誓をばなもの言葉にふさねたるかな




又一首この心を
楊梅の春を匂はへんきちの功徳なり紫蘭の秋の色は普賢菩薩の眞相なり

野べのいろも春の匂も押しなべて心そめたるさとりにぞなる




雜十首


澤のおもにふせたるたづの一聲におどろかされて千鳥鳴くなり

ともになりて同じ湊を出づる舟の行方も知らずこぎ別れぬる

瀧おつる吉野のおくのみやがはの昔を見けむあとしたはばや

わが園の岡べにたてるひとつ松を友とみつゝ老いにけるかな

さま%\のあはれありつる山里を人につたへて秋の暮れける

山賤のすみぬと見ゆるわたりかな冬にあせゆくしづはらの里

やまざとの心の夢にまどひをれば吹きしらまかす風の音かな

月をこそながめば心うかれ出でめ闇なる空にたゞよふやなぞ

波たかき芦屋の沖を歸る船のことなくて世を過ぎむとぞ思ふ

蜘蛛のいと世をかくて過ぎにける人の人なる手にもかゝらで




[1] In the copy-text of this poem, a circle is displayed to the right of each of the characters こ, き, and む.

[2] In the copy-text of this poem, a circle is displayed to the right of each of the characters こ, せ, and ん.

[3] In the copy-text of this poem, a circle is displayed to the right of each of the characters し, う, and ゐ.