元明天皇御哥
和銅三年三月、ふぢはらの宮よりならの宮にうつりたまひける時
とぶとりのあすかのさとをゝきていなば君があたりはみえずかもあらん
聖武天皇御哥
天平十二年十月、伊勢国にみゆきしたまひける時
いもにこひわかの松ばらみわたせばしほひのかたにたづなきわたる
山上憶良
もろこしにてよみ侍ける
いざこどもはや日のもとへおほとものみつのはま松まちこひぬらん
人麿
題しらず
あまざかるひなのながぢをこぎくればあかしのとより山としまみゆ
さゝの葉はみ山もそよにみだるなりわれはいもおもふわかれきぬれば
大納言旅人
帥の任はてゝ、つくしよりのぼり侍けるに
こゝにありてつくしやいづこ白雲のたなびく山のにしにあるらし\
よみ人しらず
題しらず
あさぎりにぬれにし衣ほさずしてひとりや君が山ぢこゆらん\
業平朝臣
あづまのかたにまかりけるに、あさまのたけにけぶりのたつを見てよめる
しなのなるあさまのたけに立けぶりをちこち人のみやはとがめね
するがのくにうつの山にあへる人につけて、京につかはしける
するがなるうつの山辺のうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり
躬恒 延喜御時、屏風哥 [被出之]
なみのうへにほのにみえつゝゆくふねはうらふく風のしるべなりけり
貫之
草まくらゆふ風さむくなりにけり衣うつなるやどやからまし
題しらず
白雲のたなびきわたるあしびきの山のかけはしけふやこえなん
壬生忠峯
あづまぢのさやのなか山さやかにも見えぬ雲ゐによをやつくさん
女御徽子女王
伊勢より人につかはしける
人をなをうらみつべしや宮こ鳥ありやとだにもとふをきかねば
菅原輔昭
題しらず
まだしらぬふるさと人はけふまでにこんとたのめしわれをまつらん
よみ人しらず
しながどりゐな野をゆけばありま山ゆふぎりたちぬやどはなくして
神風のいせのはまおぎおりふせてたびねやすらんあらきはまべに
橘良利
亭子院、御ぐしおろして、山々寺々修行したまひけるころ、御ともに侍りて、和泉国ひねといふ所にて、人々うたよみ侍けるによめる
ふるさとのたびねの夢にみえつるはうらみやすらんまたとゝはねば
藤原輔尹朝臣
しなのゝみさかのかたかきたるゑに、そのはらといふ所にたびゞとやどりてたちあかしたる所を
たちながらこよひはあけぬそのはらやふせやといふもかひなかりけり
御形宣旨
題しらず
宮こにてこしぢのそらをながめつゝ雲井といひしほどにきにけり\
法橋 然
入唐し侍ける時、いつほどにかゝへるべきと、人のとひければ
たび衣たちゆくなみぢとをければいさしら雲のほどもしられず
実方朝臣
しきつのうらにまかりてあそびけるに、ふねにとまりてよみ侍ける
ふねながらこよひばかりはたびねせんしきつの浪に夢はさむとも
大僧正行尊
いそのへちのかたに修行し侍けるに、ひとりぐしたりける同行をたづねうしなひて、もとのいはやのかたへかへるとて、あまびとの見えけるに、修行者見えばこれをとらせよとて、よみ侍ける
わがごとくわれをたづねばあまを舟人もなぎさのあとゝこたへよ
紫式部
みづうみのふねにて、ゆふだちのしぬべきよしを申けるをきゝて、よみ侍りける
かきくもりゆふだつ浪のあらければうきたる舟ぞしづ心なき
肥後
天王寺にまいりけるに、なにはのうらにとまりて、よみ侍りける
さよふけてあしのすゑこす浦風にあはれうちそふ浪のをとかな
大納言経信
旅哥とてよみ侍ける
たびねして暁がたの鹿のねにいな葉をしなみ秋風ぞふく
恵慶法師
わぎもこがたびねの衣うすきほどよきてふかなんよはの山風
左近中将隆綱
御冷泉院御時、うへのをのこどもたびのうたよみ侍けるに
あしの葉をかりふくしづの山ざとに衣かたしきたびねをぞする
赤染衛門
たのみ侍ける人にをくれてのち、はつせにまうでゝ、よるとまりたりける所に、くさをむすびて、まくらにせよとて、人のたびて侍ければ、よみ侍ける
ありしよのたびはたびともあらざりきひとりつゆけき草枕かな\
権中納言国信
堀河院の百首哥に
山ぢにてそをちにけりなしらつゆのあか月をきの木々のしづくに
大納言師頼
草枕たびねの人は心せよありあけの月もかたぶきにけり
源師賢朝臣
水辺旅宿といへるこゝろをよめる
いそなれぬ心ぞたへぬたびねするあしのまろやにかゝる白浪
大納言経信
たなかみにてよみ侍ける
たびねするあしのまろやのさむければつま木こりつむ舟いそぐ也
題しらず
みやまぢにけさやいでつるたび人のかさしろたへに雪つもりつゝ
修理大夫顕季
旅宿雪といへる心をよみ侍ける
松がねにお花かりしきよもすがらかたしく袖に雪はふりつゝ
橘為仲朝臣
みちのくにゝ侍りけるころ、八月十五夜に京をおもひいでゝ、大宮の女房のもとにつかはしける
見し人もとふの浦風をとせぬにつれなくすめる秋のよの月
大江嘉言
せきどの院といふところにて、羇中見月といふこゝろを
草枕ほどぞへにける宮こいでゝいくよかたびの月にねぬらん\
皇太后宮大夫俊成
守覚法親王家に、五十首哥よませ侍ける、旅哥
なつかりのあしのかりねもあはれなりたまえの月のあけがたの空
たちかへり又もきて見ん松島やをじまのとまや浪にあらすな
藤原定家朝臣
ことゝへよ思おきつのはまちどりなくなくいでしあとの月かげ
藤原家隆朝臣
野辺のつゆ浦わのなみをかこちてもゆくゑもしらぬ袖の月かげ
摂政太政大臣
たびのうたとてよめる
もろともにいでしそらこそわすられね宮この山のありあけの月
西行法師
題しらず
宮こにて月をあはれとおもひしはかずにもあらぬすさびなりけり
月見ばと契をきてしふるさとの人もやこよひ袖ぬらすらん
家隆朝臣
五十首の哥たてまつりし時
あけば又こゆべき山のみねなれやそらゆく月のすゑの白雲
藤原雅経
ふるさとのけふのおもかげさそひこと月にぞちぎるさよのなか山\
摂政太政大臣
和哥所月十首哥合のついでに、月前旅といへる心を人々つかうまつりしに
わすれじとちぎりていでしおもかげは見ゆらん物をふるさとの月
前大僧正慈円
旅哥とてよみ侍りける
あづまぢのよはのながめをかたらなん宮この山にかゝる月かげ\
越前
海浜重夜といへる心をよみ侍し
いくよかは月を哀とながめきてなみにおりしくいせのはまおぎ
宜秋門院丹後
百首哥たてまつりし時
しらざりしやそせの浪をわけすぎてかたしく物はいせのはまおぎ
前中納言匡房
題しらず
風すさみいせのはまおぎわけゆけば衣かりがね浪になくなり
権中納言定頼
いそなれで心もとけぬこもまくらあらくなかけそ水のしら浪
式子内親王
百首哥たてまつりしに
ゆくすゑはいまいくよとかいはしろのをかのかやねにまくらむすばん
松がねのをじまがいそのさよまくらいたくなぬれそあまの袖かは
千五百番哥合に
皇太后宮大夫俊成女
かくしてもあかせばいくよすぎぬらん山ぢの苔のつゆのむしろに
権僧正永縁
たびにてよみ侍ける
白雲のかゝるたびねもならはぬにふかき山路に日はくれにけり
大納言経信
暮望行客といへる心を
ゆふ日さすあさぢがはらのたび人はあはれいづくにやどをとるらん
定家朝臣
摂政太政大臣家哥合に、羇中晩嵐といふことをよめる
いづくにかこよひはやどをかり衣ひもゆふぐれのみねのあらしに
たびの哥とてよめる
たび人の袖ふきかへす秋風にゆふひさびしき山のかけはし
家隆朝臣
ふるさとにきゝしあらしの声もにずわすれね人をさやの中山
雅経
しら雲のいくへのみねをこえぬらむなれぬ嵐に袖をまかせて
源家長
けふは又しらぬのはらにゆきくれぬいづれの山か月はいづらむ
皇太后宮大夫俊成女
和哥所の哥合に、羇中暮といふことを
ふるさともあきはゆふべをかたみにてかぜのみをくるをのゝしのはら
雅経朝臣
いたづらにたつやあさまのゆふけぶりさとゝひかぬるをちこちの山
宜秋門院丹後
みやこをばあまつそらともきかざりきなにながむらん雲のはたてを
藤原秀能
くさまくらゆふべのそらを人とはゞなきてもつげよはつかりのこゑ
有家朝臣
旅の心を
ふしわびぬしのゝをざゝのかりまくらはかなの露やひと夜ばかりに
石清水哥合に、旅宿嵐といふ心を
岩がねのとこに嵐をかたしきてひとりやねなんさよの中山
藤原業清
旅哥とて
たれとなきやどの夕を契にてかはるあるじをいく夜とふらむ
鴨長明
羇中夕といふ心を
まくらとていづれの草にちぎるらんゆくをかぎりの野辺の夕暮
民部卿成範
あづまのかたにまかりけるみちにてよみ侍ける
道のべの草のあを葉に駒とめてなを故郷をかへりみるかな
禅性法師
なが月の比、はつせにまうでけるみちにてよみ侍ける
はつせやまゆふこえくれて宿とへばみわのひばらに秋かぜぞ吹
藤原秀能
旅哥とてよめる
さらぬだに秋のたびねはかなしきに松にふくなりとこの山風
藤原定家朝臣
摂政太政大臣の家の哥合に、秋旅といふ事を
わすれなむまつとなつげそ中なかにいなばの山のみねのあきかぜ
家隆朝臣
百首哥たてまつりし時、旅哥
ちぎらねどひと夜はすぎぬきよみがた浪にわかるゝあかつきのくも
千五百番哥合に
ふるさとにたのめし人もすゑの松まつらむ袖に浪やこすらむ
入道前関白太政大臣
哥合し侍ける時、旅の心をよめる
日をへつゝ都しのぶの浦さびて浪よりほかのおとづれもなし
藤原顕仲朝臣
堀河院御時百首哥奉りけるに、旅哥
さすらふる我身にしあればきさかたやあまのとま屋にあまたゝびねぬ
皇太后宮大夫俊成
入道前関白家百首哥に、旅のこゝろを
難波人あし火たく屋に宿かりてすゞろに袖のしほたるゝかな
述懐百首哥よみ侍ける中に、旅哥
世中はうきふししげししの原や旅にしあればいも夢にみゆ
僧正雅縁
題しらず
又こえむ人もとまらばあはれしれわが折しける峰の椎柴
右大将頼朝
道すがら富士の煙もわかざりきはるゝまもなき空のけしきに
宜秋門院丹後
千五百番哥合に
おぼつかな都にすまぬみやこ鳥ことゝふ人にいかゞこたへし
西行法師
天王寺にまうで侍けるに、俄に雨ふりければ、江口にやどをかりけるに、かし侍らざりければ、よみ侍ける
世中をいとふまでこそかたからめかりのやどりをおしむ君かな
遊女妙
返し
よをいとふ人としきけばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ
定家朝臣
和哥所にておのこども、旅哥つかうまつりしに
袖にふけさぞな旅ねの夢も見じ思ふ方よりかよふうら風
藤原家隆朝臣
旅ねする夢路はゆるせうつの山関とはきかずもる人もなし
定家朝臣
詩を哥にあはせ侍しに、山路秋行といへることを
都にもいまや衣をうつの山夕霜はらふつたのしたみち
鴨長明
袖にしも月かゝれとは契をかず涙はしるやうつの山ごえ
前大僧正慈円
立田山秋ゆく人の袖を見よ木ゝの梢はしぐれざりけり
百首哥奉りしに、旅哥
さとりゆくまことのみちに入ぬれば恋しかるべきふるさともなし
素覚法師
泊瀬にまうでゝかへさに、飛鳥川のほとりにやどりて侍ける夜、よみ侍ける
故郷にかへらむことはあすか川わたらぬさきに淵瀬たがふな
西行法師
あづまのかたにまかりけるに、よみ侍ける
年たけて又こゆべしと思きや命なりけりさやの中山
旅哥とて
思ひをく人の心にしたはれて露わくる袖のかへりぬるかな
太上天皇
くま野にまいり侍しに、旅のこゝろを
見るまゝに山風あらくしぐるめり都もいまや夜さむなるらむ
或人以此両冊伝予 両神之擁衛 随喜而令摂納之了永正九年壬申八月廿日
三井桑門権律師静秀
一日令書補欠行者也
|