皇太后宮大夫俊成
入道前関白太政大臣家に百首哥よませ侍けるに、立春の心を
としくれしなみだのつらゝとけにけりこけの袖にも春やたつらん
藤原有家朝臣
土御門内大臣家に、山家残雪といふこゝろをよみ侍けるに
山かげやさらでは庭にあともなし春ぞきにける雪のむらぎえ
一条左大臣
円融院くらゐさり給てのち、ふなをかに子日したまひけるにまいりて、あしたにたてまつりける
あはれなりむかしの人をおもふにはきのふの野べにみゆきせましや\
円融院御哥
御返し
ひきかへて野辺のけしきは見えしかどむかしをこふる松はなかりき\
大僧正行尊
月のあかく侍ける夜、そでのぬれたりけるを
春くれば袖の氷もとけにけりもりくる月のやどるばかりに
菅贈太政大臣
うぐひすを
たにふかみ春のひかりのをそければ雪につゝめる鶯の声
梅
ふるゆきにいろまどはせるむめの花うぐひすのみやわきてしのばん
貞信公
枇杷左大臣の大臣になりて侍けるよろこび申とて、むめをおりて
をそくとくつゐにさきぬるむめの花たがうへをきしたねにかあるらん
源公忠朝臣
延長のころをひ五位蔵人に侍けるを、はなれ侍て、朱雀院承平八年又かへりなりて、あくるとしむ月に御あそび侍ける日、むめの花をおりてよみ侍ける
もゝしきにかはらぬものは梅の花おりてかざせるにほひなりけり
華山院御哥
むめのはなを見たまひて
いろかをばおもひもいれずむめの花つねならぬよによそへてぞみる
大弐三位
上東門院よをそむきたまひにける春、にはのこうばいを見侍りて
むめの花なにゝほふらんみる人のいろをもかをもわすれぬるよに
東三条入道前摂政太政大臣
東三条院女御におはしける時、円融院つねにわたり給けるをきゝ侍りて、ゆげひの命婦がもとにつかはしける
はるがすみたなびきわたるおりにこそかゝる山辺のかひもありけれ
円融院御哥
御返し
むらさきの雲にもあらで春がすみたなびく山のかひはなにぞも\
菅贈太政大臣
柳を
みちのべのくち木の柳春くればあはれむかしとしのばれぞする
深養父
題しらず
むかし見し春はむかしの春ながらわが身ひとつのあらずもあるかな\
円融院御哥
堀河院におはしましけるころ、閑院の左大将の家のさくらをおらせにつかはすとて
かきごしに見るあだ人のいへざくら花ちりばかりゆきておらばや\
左大将朝光
御返し
おりにことおもひやすらん花ざくらありしみゆきの春をこひつゝ\
肥後
高陽院にて、花のちるを見てよみ侍ける
よろづよをふるにかひあるやどなればみゆきと見えて花ぞちりける\
二条関白内大臣
返し
えだごとのすゑまでにほふ花なればちるもみゆきとみゆるなるらん\
藤原定家朝臣
近衛づかさにてとしひさしくなりてのち、うへのをのこども大内の花見にまかれりけるによめる
春をへてみゆきになるゝ花のかげふりゆく身をもあはれとや思
藤原雅経朝臣
最勝寺のさくらはまりのかゝりにてひさしくなりにしを、その木としふりて風にたうれたるよしきゝ侍しかば、をのこどもにおほせてこと木をそのあとにうつしうへさせし時、まづまかりて見侍ければ、あまたのとしどし、くれにしはるまでたちなれにけることなどおもひいでゝ、よみ侍ける
なれなれて見しはなごりの春ぞともなどしらかはの花のしたかげ
よみ人しらず
建久六年、東大寺供養に行幸の時、興福寺のやへざくらさかりなりけるを見て、えだにむすびつけて侍ける
ふるさとゝおもひなはてそ花ざくらかゝるみゆきにあふよありけり
源師光
こもりゐて侍けるころ、後徳大寺左大臣白河の花見にさそひ侍ければ、まかりてよみ侍ける
いさやまた月日のゆくもしらぬ身は花の春ともけふこそは見れ
和泉式部
敦道のみこのともに、前大納言公任白河の家にまかりて、又の日、みこのつかはしけるつかひにつけて申侍ける
おる人のそれなるからにあぢきなく見しわがやどの花のかぞする
藤原高光
題しらず
見ても又またも見まくのほしかりし花のさかりはすぎやしぬらん\
堀河左大臣
京極前太政大臣家に、白河院みゆきしたまふて、又の日、花哥たてまつられけるによみ侍ける
おいにけるしらがも花もゝろともにけふのみゆきにゆきとみえけり\
大納言忠家
後冷泉院御時、御前にて、翫新成桜花といへるこゝろをゝのこどもつかうまつりけるに
さくら花おりてみしにもかはらぬにちらぬばかりぞしるしなりける
大納言経信
さもあらばあれくれゆく春も雲のうへにちることしらぬ花しにほはゞ
大納言忠教
無風散花といふことをよめる
桜花すぎゆく春のともとてや風のをとせぬよにもちるらん
鳥羽院御哥
鳥羽殿にて花のちりがたなるを御覧じて、後三条内大臣にたまはせける
おしめどもつねならぬよの花なればいまはこの身をにしにもとめん\
皇太后宮大夫俊成
世をのがれてのち百首哥よみ侍けるに、花哥とて
いまはわれよしのゝ山の花をこそやどの物とも見るべかりけれ
入道前関白太政大臣家哥合に
春くればなをこのよこそしのばるれいつかはかゝる花をみるべき
おなじ家の百首のうたに
てる月も雲のよそにぞゆきめぐる花ぞこのよのひかりなりける
前大僧正慈円
春ごろ、大乗院より人につかはしける
見せばやなしがのからさきふもとなるながらの山の春のけしきを
題しらず
しばのとにゝほはん花はさもあらばあれながめてけりなうらめしの身や
西行法師
世中をおもへばなべてちる花のわが身をさてもいづちかもせん
安法々師
東山に花見にまかり侍とて、これかれさそひけるを、さしあふことありてとゞまりて、申つかはしける
身はとめつ心はをくる山ざくら風のたよりにおもひをこせよ\
俊頼朝臣
だいしらず
さくらあさのおふのうらなみたちかへり見れどもあかず山なしの花
加賀左衛門
橘為仲朝臣みちのおくに侍ける時、哥あまたつかはしけるなかに
白浪のこゆらんすゑの松山は花とや見ゆる春のよの月\
おぼつかなかすみたつらんたけくまの松のくまもるはるのよの月
躬恒 除目のゝち、かりのなきけるをきゝてよめる [被出了]
宮こにてはるをだにやはすぐしえぬいづちかゝりのなきてゆくらん
法印幸清
題しらず
世をいとふよしのゝおくのよぶこ鳥ふかき心のほどやしるらん\
前大納言忠良
百首哥たてまつりし時
おりにあへばこれもさすがにあはれなりおだのかはづのゆふぐれの声
有家朝臣
千五百番哥合に
春の雨のあまねきみよをたのむかな霜にかれゆく草葉もらすな
八条前太政大臣
崇徳院にて、林下春雨といふことをつかうまつりける
すべらぎのこだかきかげにかくれてもなを春雨にぬれんとぞおもふ\
実方朝臣
円融院くらゐさり給てのち、実方朝臣、馬命婦とものがたりし侍ける所に、山吹の花を屏風のうへよりなげこし給て侍ければ
やへながらいろもかはらぬ山ぶきのなどこゝのへにさかずなりにし
円融院御哥
御返し
こゝのへにあらでやへさく山ぶきのいはぬいろをばしる人もなし
前大僧正慈円
五十首哥たてまつりし時
をのがなみにおなじすゑ葉ぞしほれぬるふぢさくたこのうらめしの身や
法成寺入道前摂政太政大臣
世をのがれてのち、四月一日、上東門院太皇太后宮と申ける時、ころもがへの御装束たてまつるとて
から衣花のたもとにぬぎかへよわれこそ春のいろはたちつれ
上東門院
御返し
唐衣たちかはりぬる春のよにいかでか花のいろをみるべき\
紫式部
四月、祭の日まで花ちりのこりて侍けるとし、その花を使少将のかざしにたまふ葉にかきつけ侍ける
神世にはありもやしけんさくら花けふのかざしにおれるためしは
式子内親王
いつきのむかしをおもひいでゝ
ほとゝぎすそのかみ山のたび枕ほのかたらひしそらぞわすれぬ
読人しらず
左衛門督家通中将に侍りける時、祭の使にて、かんだちにとまりて侍けるあか月、斎院の女房の中よりつかはしける
たちいづるなごり有明の月かげにいとゞかたらふほとゝぎすかな
左衛門督家通
返し
いくちよとかぎらぬ君がみよなれどなをおしまるゝけさのあけぼの
三条院女蔵人左近
三条院御時、五月五日、菖蒲のねを郭公のかたにつくりて、むめのえだにすへて人のたてまつりて侍けるを、これを題にて哥つかうまつれとおほせられければ
むめがえにおりたがへたるほとゝぎす声のあやめもたれかわくべき
小弁
五月許、ものへまかりけるみちに、いとしろくゝちなしの花のさけりけるを、かれはなにの花ぞと人にとひ侍けれど、申さゝりければ
うちわたすをちかた人にことゝへどこたへぬからにしるき花かな
赤染衛門
さみだれのそらはれて、月あかく侍けるに
五月雨のそらだにすめる月かげになみだの雨ははるゝまもなし
皇太后宮大夫俊成
述懐百首の哥の中に、五月雨
さみだれはまやのゝきばのあまそゝきあまりなるまでぬるゝ袖かな
華山院御哥
題しらず
ひとりぬるやどのとこなつあさなあさななみだのつゆにぬれぬ日ぞなき
恵子女王
贈皇后宮にそひて春宮にさぶらひける時、少将義孝ひさしくまいらざりけるに、なでしこの花につけてつかはしける
よそへつゝ見れどつゆだになぐさまずいかにかすべきなでしこの花
和泉式部
月あかく侍ける夜、人のほたるをつゝみてつかはしたりければ、あめのふりけるに申つかはしける
おもひあらばこよひのそらはとひてまし見えしや月のひかりなりけん
七条院大納言
題しらず
おもひあればつゆはたもとにまがふとも秋のはじめをたれにとはまし
中務
きさいの宮より内にあふぎたてまつりたまひけるに
袖のうらのなみふきかへす秋風に雲のうへまですゞしからなん
紀有常朝臣
業平朝臣の装束つかはして侍けるに
秋やくるつゆやまがふとおもふまであるはなみだのふるにぞ有ける\
紫式部
はやくよりわれはともだちに侍ける人の、としごろへてゆきあひたる、ほのかにて、七月十日のころ、月にきおひてかへり侍ければ
めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにしよはの月かげ
三条院御哥
みこの宮と申ける時、少納言藤原統理としごろなれつかうまつりけるを、世をそむきぬべきさまに思たちけるけしきを御覧じて
月かげの山のはわけてかくれなばそむくうきよをわれやながめん
藤原為時
題しらず
山のはをいでがてにする月まつとねぬよのいたくふけにける哉\
伊勢大輔
参議正光、おぼろ月よにしのびて人のもとにまかれりけるを見あらはして、つかはしける
うき雲はたちかくせどもひまもりてそらゆく月のみえもするかな\
参議正光
返し
うきくもにかくれてとこそおもひしかねたくも月のひまもりにける\
刑部卿範兼
三井寺にまかりて、ひごろすぎてかへらんとしけるに、人びとなごりおしみてよみ侍ける
月をなどまたれのみすとおもひけんげに山のははいでうかりけり
法印静賢
山ざとにこもりゐて侍けるを、人のとひて侍ければ
おもひいづる人もあらしの山のはにひとりぞいりし在曙の月\
民部卿範光
八月十五夜、和哥所にてをのこども、哥つかうまつり侍しに
わかのうらにいゑの風こそなけれどもなみふくいろは月にみえけり\
宜秋門院丹後
和哥所哥合に、湖上月明といふことを
よもすがら浦こぐ舟はあともなし月ぞのこれるしがのからさき
藤原盛方朝臣
題しらず
山のはにおもひもいらじよのなかはとてもかくてもありあけの月\
皇太后宮大夫俊成
永治元年、譲位ちかくなりて、よもすがら月を見てよみ侍ける
わすれじよわするなとだにいひてまし雲井の月の心ありせば
崇徳院に百首哥たてまつりけるに
いかにして袖にひかりのやどるらん雲井の月はへだてゝし身を
左近中将公衡
文治のころをひ百首哥よみ侍けるに、懐旧哥とてよめる
心にはわするゝ時もなかりけりみよのむかしの雲のうへの月
二条院讃岐
百首哥たてまつりし、秋哥
むかし見しくも井をめぐる秋の月いまいくとせか袖にやどさん
藤原経通朝臣
月前述懐といへる心をよめる
うき身よにながらへばなをおもひいでよたもとにちぎるありあけの月
藤原長能
石山にまうで侍りて、月を見てよみ侍ける
宮こにも人やまつらんいし山のみねにのこれる秋のよの月
躬恒
題しらず
あはぢにてあはとはるかに見し月のちかきこよひは所がらかも\
源道済
月のあかゝりける夜、あひかたらひける人の、このごろの月は見るやといへりければ
いたづらにねてはあかせともろともに君がこぬよの月は見ざりき
増基法師
夜ふくるまでねられず侍ければ、月のいづるをながめて
あまのはらはるかにひとりながむればたもとに月のいでにけるかな\
よみ人しらず
能宣朝臣、やまとのくにまつちの山ちかくすみける女のもとに夜ふけてまかりて、あはざりけるをうらみ侍ければ
たのめこし人をまつちの山かぜにさよふけしかば月も入にき
摂政太政大臣
百首哥たてまつりし時
月見ばといひしばかりの人はこでまきのとたゝく庭の松風
前大僧正慈円
五十首哥たてまつりしに、山家月のこゝろを
山ざとに月はみるやと人はこずそらゆく風ぞこの葉をもとふ
摂政太政大臣大将に侍し時、月哥五十首よませ侍けるに
在あけの月のゆくゑをながめてぞ野寺のかねはきくべかりける
藤原業清
おなじ家哥合に、山月の心をよめる
山のはをいでゝも松のこのまより心づくしのありあけの月\
鴨長明
和哥所哥合に、深山暁月といふ事を
よもすがらひとりみ山のまきの葉にくもるもすめるありあけの月
藤原秀能
熊野にまうで侍し時たてまつりし哥の中に
おく山のこの葉のおつる秋風にたえだえみねの雲ぞのこれる\
月すめばよものうき雲そらにきえてみ山がくれにゆくあらしかな
猷円法師
山家のこゝろをよみ侍ける
ながめわびぬしばのあみどのあけがたに山のはちかくのこる月かげ
華山院御哥
題しらず
あかつきの月みんとしもおもはねど見し人ゆへにながめられつゝ
伊勢大輔
ありあけの月ばかりこそかよひけれくる人なしのやどの庭にも\
和泉式部
すみなれし人かげもせぬわがやどに在曙の月のいくよともなく\
大納言経信
家にて、月照水といへる心を人々よみ侍けるに
すむ人もあるかなきかのやどならしあしまの月のもるにまかせて
皇太后宮大夫俊成
秋のくれにやまひにしづみてよをのがれにける、又のとしの秋九月十余日、月くまなく侍けるによみ侍ける
おもひきやわかれし秋にめぐりあひて又もこのよの月をみんとは
西行法師
題しらず
月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐりあひぬる
よもすがら月こそそでにやどりけれむかしの秋をおもひいづれば
月のいろに心をきよくそめましや宮こをいでぬわが身なりせば\
すつとならばうきよをいとふしるしあらんわれみばくもれ秋のよの月
ふけにけるわが身のかげをおもふまにはるかに月のかたぶきにける
入道親王覚性
ながめしてすぎにしかたをおもふまに峰よりみねに月はうつりぬ
藤原道経
あきのよの月に心をなぐさめてうきよにとしのつもりぬるかな
前大僧正慈円
五十首哥めしゝに
秋をへて月をながむる身となれりいそぢのやみをなになげくらん
藤原隆信朝臣
百首哥たてまつりしに
ながめてもむそぢの秋はすぎにけりおもへばかなし山のはの月
源光行
題しらず
心ある人のみあきの月をみばなにをうき身のおもひいでにせん\
二条院讃岐
千五百番哥合に
身のうさを月やあらぬとながむればむかしながらのかげぞもりくる
寂超法師
世をそむきなんとおもひたちけるころ、月を見てよめる
ありあけの月よりほかはたれをかは山ぢのともと契をくべき
大江嘉言
山ざとにて、月のよみやこをおもふといへる心をよみ侍ける
宮こなるあれたるやどにむなしくや月にたづぬる人かへるらん
惟明親王
なが月のありあけのころ、山ざとより式子内親王にをくれりける
おもひやれなにをしのぶとなけれどもみやこおぼゆるありあけの月\
式子内親王
返し
ありあけのおなじながめはきみもとへみやこのほかも秋の山ざと\
摂政太政大臣
春日社哥合に、暁月の心を
あまのとをゝしあけがたの雲間より神よの月のかげぞのこれる
右大将忠経
雲をのみつらきものとてあかすよの月よこずゑにをちかたの山\
藤原保季朝臣
いりやらで夜をおしむ月のやすらひにほのぼのあくる山のはぞうき\
法橋行遍
月あかきよ、定家朝臣にあひて侍けるに、うたの道に心ざしふかきことはいつばかりの事にかとたづね侍ければ、わかく侍し時、西行にひさしくあひともなひてきゝならひ侍しよし申て、そのかみ申し事などかたり侍て、かへりてあしたにつかはしける
あやしくぞかへさは月のくもりにしむかしがたりによやふけにけん
寂超法師
故郷月を
ふるさとのやどもる月にことゝはんわれをばしるやむかしすみきと
平忠盛朝臣
遍照寺月を見て
すだきけんむかしの人はかげたえてやどもるものはありあけの月\
前中納言匡房
あひしりて侍ける人のもとにまかりたりけるに、その人ほかにすみて、いたうあれたるやどに月のさしいりて侍ければ
やへむぐらしげれるやどは人もなしまばらに月のかげぞすみける
神祇伯顕仲
題しらず
かもめゐるふぢえのうらのおきつすによぶねいざよふ月のさやけさ
俊恵法師
なにはがたしほひにあさるあしたづも月かたぶけば声のうらむる
前大僧正慈円
和哥所哥合に、海辺月といふことを
わかのうらに月のいでしほのさすまゝによるなくつるの声ぞかなしき
定家朝臣
もしほくむ袖の月かげをのづからよそにあかさぬすまのうら人
藤原秀能
あかしがた色なき人の袖を見よすゞろに月もやどる物かは\
具親
熊野にまうで侍しついでに、切目宿にて、海辺眺望といへるこゝろを、をのこどもつかうまつりしに
ながめよとおもはでしもやかへるらん月まつなみのあまのつり舟
皇太后宮大夫俊成
八十におほくあまりてのち、百首哥めしゝに、よみてたてまつりし
しめをきていまやとおもふ秋山のよもぎがもとにまつむしのなく
千五百番哥合に
あれわたる秋の庭こそあはれなれましてきえなん露のゆふぐれ
西行法師
題しらず
雲かゝるとを山ばたの秋さればおもひやるだにかなしき物を
守覚法親王
五十首哥人々によませ侍けるに、述懐の心をよみ侍ける
風そよぐしのゝをざゝのかりのよをおもふねざめにつゆぞこぼるゝ
左衛門督通光
寄風懐旧といふことを
あさぢふや袖にくちにし秋の霜わすれぬ夢をふく嵐かな
皇太后宮大夫俊成女
くずの葉にうらみにかへる夢のよをわすれがたみの野べの秋風
祝部允仲
題しらず
しら露はをきにけらしな宮木野ゝもとあらのこはぎすゑたわむまで\
紫式部
法成寺入道前太政大臣、女郎花をおりて、うたをよむべきよし侍ければ
をみなへしさかりの色をみるからにつゆのわきける身こそしらるれ
法成寺入道前摂政太政大臣
返し
白露はわきてもをかじをみなへし心からにや色のそむらん
曾禰好忠
題しらず
山ざとにくずはひかゝる松がきのひまなく物は秋ぞかなしき
安法々師
秋のくれに、身のおいぬることをなげきてよみ侍ける
もゝとせの秋のあらしはすぐしきぬいづれのくれの露ときえなん
前中納言匡房
頼綱朝臣、つのくにのはつかといふ所に侍りける時、つかはしける
秋はつるはつかの山のさびしきに在あけの月をたれとみるらん\
大蔵卿行宗
九月許に、すゝきを崇徳院にたてまつるとてよめる
花すゝき秋のすゑ葉になりぬればことぞともなくつゆぞこぼるゝ
後徳大寺左大臣
山ざとにすみ侍けるころ、あらしはげしきあした、前中納言顕長がもとにつかはしける
夜はにふくあらしにつけておもふかな宮こもかくや秋はさびしき
前中納言顕長
返し
世中にあきはてぬれば宮こにもいまはあらしのをとのみぞする
冷泉院御哥
清涼殿の庭にうへ給へりける菊を、くらゐさりたまひてのち、おぼしいでゝ
うつろふは心のほかのあきなればいまはよそにぞきくのうへのつゆ
源順
なが月のころ、野の宮に前栽うへけるに
たのもしなのゝ宮人のうふる花しぐるゝ月にあへずなるとも\
よみ人しらず
題しらず
山がはのいはゆく水もこほりしてひとりくだくる峰のまつ風\
土御門内大臣
百首哥たてまつりし時
あさごとにみぎはのこほりふみわけて君につかふるみちぞかしこき
家隆朝臣
最勝四天王院障子に、あぶくま河かきたる所
君がよにあぶくまがはのむもれ木もこほりのしたに春をまちけり
赤染衛門
元輔がむかしすみ侍ける家のかたはらに、清少納言がすみけるころ、雪のいみじくふりてへだてのかきもたふれて侍ければ、申つかはしける
あともなく雪ふるさとはあれにけりいづれむかしのかきねなるらん
後白河院御哥
御なやみをもくならせ給て、ゆきのあしたに
つゆのいのちきえなましかばかくばかりふる白雪をながめましやは\
皇太后宮大夫俊成
ゆきによせて述懐の心をよめる
そま山やこずゑにをもるゆきをれにたえぬなげきの身をくだくらん
朱雀院御哥
仏名のあしたにけづり花を御覧じて
時すぎてしもにきえにし花なれどけふはむかしの心ちこそすれ
前大納言公任
花山院おりゐたまひて又のとし、仏名にけづり花につけて申侍ける
ほどもなくさめぬる夢の中なれどそのよにゝたる花の色かな
御形宣旨
返し
見し夢をいづれのよぞとおもふまにおりをわすれぬ花のかなしさ
皇太后宮大夫俊成
題しらず
おいぬとも又もあはんとゆくとしになみだのたまをたむけつるかな
慈覚大師
おほかたにすぐる月日とながめしはわが身にとしのつもるなりけり
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