なをたのめしめぢがはらのさせも草わがよの中にあらんかぎりは
なにかおもふなにをかなげく世中はたゞあさがほの花のうへの露
このふたうたは、清水観音御哥となんいひつたへたる
智縁上人、伯耆の大山にまいりて、いでなんとしけるあか月、ゆめに見えけるうた
山ふかくとしふるわれもあるものをいづちか月のいでゝゆくらん
行基菩薩
なにはのみつでらにて、あしの葉のそよぐをきゝて
あしそよぐしほせの浪のいつまでかうきよの中にうかびわたらん
伝教大師
比叡山中堂建立の時
阿耨多羅三藐三菩提のほとけたちわがたつそまに冥加あらせたまへ
智証大師
入唐時哥
のりの舟さしてゆく身ぞもろもろの神もほとけもわれをみそなへ
菩提寺の講堂のはしらに、むしのくひたりけるうた
しるべある時にだにゆけごくらくのみちにまどへる世中の人
日蔵上人
みたけの笙のいはやにこもりてよめる
寂寞のこけのいはとのしづけきになみだの雨のふらぬ日ぞなき
法円上人
臨終正念ならんことを思てよめる
南無阿弥陀ほとけのみてにかくるいとのをはりみだれぬ心ともがな
僧都源信
題しらず
われだにもまづごくらくにむまなればしるもしらぬもみなむかへてん
上東門院
天王寺のかめ井の水を御覧じて
にごりなきかめ井の水をむすびあげて心のちりをすゝぎつる哉
法成寺入道前摂政太政大臣
法華経廿八品哥、人々によませ侍けるに、提婆品の心を
わたつうみのそこよりきつるほどもなくこの身ながらに身をぞきはむる
大納言斉信
勧持品の心を
かずならぬいのちはなにかおしからんのりとくほどをしのぶばかりぞ
肥後
五月許に、雲林院の菩提講にまうでゝよみ侍ける
紫の雲のはやしを見わたせばのりにあふちの花さきにけり
涅槃経をよみ侍ける時、ゆめに、ちる花に池のこほりもとけぬなり花ふきちらすはるのよのそら、とかきて、人の見せ侍ければ、ゆめのうちにかへすとおぼえけるうた
たにがはのながれしきよくすみぬればくまなき月のかげもうかびぬ
前大僧正慈円
述懐哥の中に
ねがはくはしばしやみぢにやすらひてかゝげやせまし法のともし火
とくみのりきくのしらつゆよるはをきてつとめてきえんことをしぞおもふ
極楽へまだわが心ゆきつかずひつじのあゆみしばしとゞまれ
権僧正公胤
観心如月輪若在軽霧中の心を
わが心なをはれやらぬ秋ぎりにほのかに見ゆる在曙の月\
摂政太政大臣
家に百首哥よみ侍ける時、十界の心をよみ侍けるに、縁覚の心を
おく山にひとりうきよはさとりにきつねなきいろを風にながめて
小侍従
心経の心をよめる
いろにのみそめし心のくやしきをむなしとゝけるのりのうれしさ
寂蓮法師
摂政太政大臣家百首哥に、十楽のこゝろをよみ侍けるに、聖衆来迎楽
むらさきの雲ぢにさそふことのねにうきよをはらふ峰の松風
蓮花初開楽
これやこのうきよのほかの春ならん花のとぼそのあけぼのゝ空
快楽不退楽
春秋にかぎらぬ花にをくつゆはをくれさきだつうらみやはある
引摂結縁楽
たちかへりくるしきうみにをくあみもふかきえにこそ心ひくらめ
前大僧正慈円
法花経廿八品哥よみ侍けるに、方便品 唯有一乗法の心を
いづくにもわがのりならぬのりやあるとそらふく風にとへどこたへぬ
化城喩品 化作大城郭
おもふなようきよの中をいではてゝやどるおくにもやどは有けり
分別功徳品 或住不退地
わしの山けふきくのりのみちならでかへらぬやどにゆく人ぞなき
普門品 心念不空過
をしなべてむなしきそらとおもひしにふぢさきぬれば紫の雲
崇徳院御哥
水渚常不満といふ心を
をしなべてうき身はさこそなるみがたみちひるしほのかはるのみかは
先照高山
あさ日さすみねのつゞきはめぐめどもまだ霜ふかしたにのかげ草
入道前関白太政大臣
家に百首哥よみ侍ける時、五智の心を、妙観察智
そこきよく心の水をすまさずはいかゞさとりのはちすをもみん\
正三位経家
勧持品
さらずとていくよもあらじいざやさはのりにかへつる命とおもはん\
寂蓮法師
法師品 加刀杖瓦石 念仏故応忍のこゝろを
ふかきよのまどうつ雨にをとせぬはうきよをのきのしのぶなりけり
前大僧正慈円
五百弟子品 内秘菩薩行の心を
いにしへの鹿なく野辺のいほりにも心の月はくもらざりけん
寂然法師
人々すゝめて法文百首哥よみ侍けるに、二乗但空 智如蛍火
みちのべのほたるばかりをしるべにてひとりぞいづる夕やみの空
菩薩清涼月 遊於畢竟空
雲はれてむなしきそらにすみながらうきよの中をめぐる月哉
梅檀香風 悦可衆心
ふく風にはなたち花やにほふらんむかしおぼゆるけふの庭哉
作是教已 復至他国
やみふかきこのもとごとに契をきてあさたつきりのあとのつゆけさ
此日已過 命即衰滅
けふすぎぬいのちもしかとおどろかす入あひのかねの声ぞかなしき
素覚法師
悲鳴 咽 痛恋本群
草ふかきかりばのをのをたちいでゝともまどはせる鹿ぞなくなる
寂然法師
棄恩入無為
そむかずはいづれのよにかめぐりあひておもひけりとも人にしられん
源季広
合会有別離
あひみてもみねにわかるゝ白雲のかゝるこのよのいとはしき哉\
寂然法師
聞名欲往生
をとにきく君がりいつかいきの松まつらんものを心づくしに
心懐恋慕 渇仰於仏
わかれにしそのおもかげのこひしきに夢にも見えよ山のはの月
十戒哥よみ侍けるに、不殺生戒
わたつうみのふかきにしづむいさりせでたもつかひあるをりのもとめよ
不偸盗戒
うきくさのひとはなりともいそがくれおもひなかけそおきつ白浪
不邪婬戒
さらぬだにをもきがうへにさよごろもわがつまならぬつまなかさねそ
不 酒戒
はなのもとつゆのなさけはほどもあらじゑいなすゝめそ春の山風
二条院讃岐
入道前関白家に十如是哥よませ侍けるに、如是報
うきをなをむかしのゆへとおもはずはいかにこのよをうらみはてまし
皇太后宮大夫俊成
待賢門院中納言、人々にすゝめて廿八品哥よませ侍けるに、序品 広度諸衆生 其数無有量の心を
わたすべきかずもかぎらぬはしばしらいかにたてけるちかひなるらん
美福門院に、極楽六時讃のゑにかゝるべきうたたてまつるべきよし侍けるに、よみ侍ける、時に大衆法を聞て、弥歓喜瞻仰せん
いまぞこれいり日を見てもおもひこしみだのみくにの夕ぐれの空\
あかつきいたりて浪のこゑ、金の岸によするほど
いにしへのおのへのかねににたるかなきしうつ浪の暁の声
式子内親王
百首哥の中に、毎日晨朝入諸定のこゝろを
しづかなるあか月ごとに見わたせばまだふかきよの夢ぞかなしき
選子内親王
発心和哥集の哥、普門品 種々諸悪趣
あふことをいづくにとてかちぎるべきうき身のゆかんかたをしらねば
僧都源信
五百弟子品のこゝろを
玉かけし衣のうらをかへしてぞをろかなりける心をばしる
赤染衛門
維摩経 十喩中に、此身如夢といへる心を
夢やゆめうつゝや夢とわかぬかないかなるよにかさめんとすらん\
相模
二月十五日のくれ方に、伊勢大輔がもとにつかはしける
つねよりもけふのけぶりのたよりにやにしをはるかにおもひやるらん
伊勢大輔
返し
けふはいとゞなみだにくれぬにしの山おもひいり日のかげをながめて\
肥後 依釈迦遺教念弥陀といふ心を [被出之]
をしへをきていりにし月のなかりせばにしに心をいかでかけまし
待賢門院堀河
西行法師をよび侍けるに、まかるべきよしは申ながらまうでこで、月のあかゝりけるに、かどのまへをとおるときゝて、よみてつかはしける
にしへゆくしるべとおもふ月かげのそらだのめこそかひなかりけれ\
西行法師
返し
たちいらで雲まをわけし月かげはまたぬけしきやそらにみえけん
瞻西上人
人の身まかりにけるのち、結縁経供養しけるに、即往安楽世界のこゝろをよめる
むかし見し月のひかりをしるべにてこよひや君がにしへゆくらん
西行法師
観心をよみ侍ける
やみはれて心のそらにすむ月はにしの山べやちかくなるらん\
承元三年六月十九日書之
同七月廿二日依重 勅定被改直之
以相伝秘本祖父卿真筆具書写校合了
正安二年黄鐘下旬
右兵衛督為相
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