に参りたまへり。御前の庭にて拝したてまつりたまふ。尚侍の君対面したまひて、
「かく、いと草深くなりゆく葎の門を、よきたまはぬ御心ばへにも、まづ昔の御こと思ひ出でられてなむ」
など聞こえたまふ、御声、あてに愛敬づき、聞かまほしう今めきたり。「古りがたくもおはするかな。かかれば、院の上は、怨みたまふ御心絶えぬぞかし。今つひに、ことひき出でたまひてむ」と思ふ。
「喜びなどは、心にはいとしも思うたまへねども、まづ御覧ぜられにこそ参りはべれ。よきぬなどのたまはするは、おろかなる罪にうちかへさせたまふにや」と申したまふ。
「今日は、さだすぎにたる身の愁へなど、聞こゆべきついでにもあらずと、つつみはべれど、わざと立ち寄りたまはむことは難きを、対面なくて、はた、さすがにくだくだしきことになむ。
院にさぶらはるるが、いといたう世の中を思ひ乱れ、中空なるやうにただよふを、女御を頼みきこえ、また后の宮の御方にも、さりとも思し許されなむと、思ひたまへ過ぐすに、いづ方にも、なめげに心ゆかぬものに思されたなれば、いとかたはらいたくて、宮たちは、さてさぶらひたまふ。この、いと交じらひにくげなるみづからは、かくて心やすくだにながめ過ぐいたまへとて、まかでさせたるを、それにつけても、聞きにくくなむ。
上にもよろしからず思しのたまはすなる。ついであらば、ほのめかし奏したまへ。とざまかうざまに、頼もしく思ひたまへて、出だし立てはべりしほどは、いづ方をも心やすく、うちとけ頼みきこえしかど、今は、かかること誤りに、幼うおほけなかりけるみづからの心を、もどかしくなむ」
と、うち泣いたまふけしきなり。
[5-2 薫、玉鬘と対面しての感想]
「さらにかうまで思すまじきことになむ。かかる御交じらひのやすからぬことは、昔より、さることとなりはべりにけるを、位を去りて、静かにおはしまし、何ごともけざやかならぬ御ありさまとなりにたるに、誰もうちとけたまへるやうなれど、おのおのうちうちは、いかがいどましくも思すこともなからむ。
人は何の咎と見ぬことも、わが御身にとりては恨めしくなむ、あいなきことに心動かいたまふこと、女御、后の常の御癖なるべし。さばかりの紛れもあらじものとてやは、思し立ちけむ。ただなだらかにもてなして、御覧じ過ぐすべきことにはべるなり。男の方にて、奏すべきことにもはべらぬことになむ」
と、いとすくすくしう申したまへば、
「対面のついでに愁へきこえむと、待ちつけたてまつりたるかひなく、あはの御ことわりや」
と、うち笑ひておはする、人の親にて、はかばかしがりたまへるほどよりは、いと若やかにおほどいたる心地す。「御息所も、かやうにぞおはすべかめる。宇治の姫君の心とまりておぼゆるも、かうざまなるけはひのをかしきぞかし」と思ひゐたまへり。
尚侍も、このころまかでたまへり。こなたかなた住みたまへるけはひをかしう、おほかたのどやかに、紛るることなき御ありさまどもの、簾の内、心恥づかしうおぼゆれば、心づかひせられて、いとどもてしづめめやすきを、大上は、「近うも見ましかば」と、うち思しけり。
[5-3 右大臣家の大饗]
大臣殿は、ただこの殿の東なりけり。大饗の垣下の君達など、あまた集ひたまふ。兵部卿宮、左の大殿の賭弓の還立、相撲の饗応などには、おはしまししを思ひて、今日の光と請じたてまつりたまひけれど、おはしまさず。
心にくくもてかしづきたまふ姫君たちを、さるは、心ざしことに、いかで、と思ひきこえたまふべかめれど、宮ぞ、いかなるにかあらむ、御心もとめたまはざりける。源中納言の、いとどあらまほしうねびととのひ、何ごとも後れたる方なくものしたまふを、大臣も北の方も、目とどめたまひけり。
隣のかくののしりて、行き違ふ車の音、先駆追ふ声々も、昔のこと思ひ出でられて、この殿には、ものあはれにながめたまふ。
「故宮亡せたまひて、ほどもなく、この大臣の通ひたまひしほどを、いと
あはつけいやうに、世人はもどくなりしかど、かくてものしたまふも、さすがなる方にめやすかりけり。定めなの世や。いづれにか寄るべき」などのたまふ。
[5-4 宰相中将、玉鬘邸を訪問]
左の大殿の宰相中将、大饗のまたの日、夕つけてここに参りたまへり。御息所、里におはすと思ふに、いとど心げさう添ひて、
「朝廷のかずまへたまふ喜びなどは、何ともおぼえはべらず。私の思ふことかなはぬ嘆きのみ、年月に添へて、思うたまへはるけむ方なきこと」
と、涙おしのごふも、ことさらめいたり。二十七、八のほどの、いと盛りに匂ひ、はなやかなる容貌したまへり。
「見苦しの君たちの、世の中を心のままにおごりて、
官位をば何とも思はず、過ぐしいますがらふや。故殿のおはせましかば、ここなる人びとも、かかるすさびごとにぞ、心は乱らまし」
とうち泣きたまふ。右兵衛督、右大弁にて、皆非参議なるを、うれはしと思へり。侍従と聞こゆめりしぞ、このころ、頭中将と聞こゆめる。年齢のほどは、かたはならねど、人に後ると嘆きたまへり。宰相は、とかくつきづきしく。
出典