Title: Gosen wakashu [Book 4]
Author: Anonymous
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Note: We consulted Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1) for reference.
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About the original source:
Title: Kokka taikan
Author: Anonymous
Publisher: Tokyo: Kadokawa Shoten, 1951



後撰和歌集卷第四
夏歌

讀人しらず

題しらず


けふよりは夏の衣になりぬれどきる人さへは變らざり鳬





卯の花のさける垣根の月清みいねずきけとや鳴く郭公




卯月ばかり友だちのすみ侍りける所近く侍りて必せをそこつかはしてむと侍りけるにおとなくなり侍りければ


郭公きゐる垣根はちかながら待ち遠にのみ聲のきこえぬ




かへし


郭公こゑまつ程は遠からで忍びに鳴くをきかぬなるらむ




物いひかはし侍りける人のつれなく侍りければ其家の垣根の卯花を折りていひ入れて侍りける


恨めしき君が垣根のうのはなはうしと見つゝも猶頼む哉




かへし


うき物と思ひしりなば卯花のさける垣根も尋ねざらまし




卯花の垣根ある家にて


時わかずふれる雪かとみる迄に垣根もたわにさける卯花




友達のとぶらひまでこぬ事を恨みつかはすとて


白妙ににほふ垣根のうの花のうくも來てとふ人のなき哉





時わかず月か雪かと見るまでに垣根の儘にさけるうの花





なきわびぬいづちかゆかむ時鳥猶うの花の影は離れじ




卯月ばかり月面白かりける夜人に遣はしける


相みしもまだ見ぬ戀も郭公月に鳴く夜ぞよに似ざりける




女のもとに遣はしける


ありとのみ音羽の山の時鳥きゝにきこえてあはずもある哉




伊勢

題しらず


木隱れてさ月まつとも時鳥はねならはしに枝うつりせよ




良岑義方朝臣

藤原のかつみの命婦にすみ侍りける男人の手にうつり侍りにける又の年杜若につけてかつみに遣はしける


いひそめし昔の宿の燕子花色ばかりこそ形見なりけれ




讀人しらず

賀茂の祭の物見侍りける女の車にいひいれて侍りける


行きかへるやそ氏人の玉蔓かけてぞ頼むあふひてふ名を




かへし


木綿襷かけてもいふな仇人のあふひてふ名は見滌にぞせし




題しらず


このごろはさみだれ近み郭公思ひ亂れてなかぬ日ぞなき





待つ人はたれならなくに時鳥思のほかになかばうからむ





にほひつゝ散りにし花ぞ思ほゆる夏は緑の葉のみ茂れば




大春日師範

朱雀院の春宮におはしましける時帶刀等五月ばかり御書所にまかりて酒などたうべてこれかれ歌よみけるに


五月雨に春のみや人くるときは郭公をやうぐひすにせむ




藤原兼輔朝臣

夏の夜深養父が琴ひくを聞きて


短夜の更けゆくまゝに高砂のみねの松風ふくかとぞきく




貫之

同じ心を


あしびきの山下水は行き通ひ琴のねにさへ流るべらなり




藤原高經朝臣

題しらず


夏の夜はあふ名のみして敷妙の塵拂ふまに明けぞしにける




壬生忠岑


夢よりもはかなきものは夏の夜の曉がたの別れなりけり




讀人しらず

あひしりて侍りける中の彼もこれも志はありながら包む事ありてえあはざりければ


よそ乍ら思ひしよりも夏の夜の見果てぬ夢ぞ儚かりける




伊勢

夏の夜しばし物語して歸りにける人の許に又のあしたつかはしける


二こゑときくとはなしに郭公夜深くめをもさましつる哉




藤原安國

人のもとに遣はしける


あふと見し夢に習ひて夏の日の暮れ難きをも歎きつる哉




讀人しらず


うとまるゝ心しなくば時鳥飽かぬ別れにけさはなかまし




思ふ事侍りける頃郭公を聞きて


をりはへて音をのみぞなく時鳥しげき歎きの枝毎にゐて




四五月ばかり遠き國へまかり下らむとする頃郭公を聞きて


郭公きけばたびとやなき渡るわれは別れのをしき都を




題しらず


獨ゐて物おもふ我を時鳥こゝにしもなくこゝろあるらし





玉匣あけつるほどの郭公たゞふたこゑもなきてこしかな




五月ばかりに物いふ女に遣はしける


數ならぬわがみ山べの不如歸木の葉隱れの聲は聞ゆや




題しらず


とこ夏になきても經なむ郭公繁きみ山に何かへるらむ





ふすからに先ぞ侘しき時鳥鳴もはてぬに明くる夜なれば




あるじの女

三條の右大臣少將に侍りける時忍びに通ふ所侍りけるを上のをのこども五六人ばかり五月の長雨少しやみて月朧なりけるに酒たうべむとておし入りて侍りけるを少將はかれがたにて侍らざりければ立ちやすらひてあるじいだせなど戯ぶれ侍りければ


五月雨に詠め暮せる月なればさやかに見えず雲隱れつゝ




讀人しらず

女子もて侍りける人に思ふ心侍りてつかはしける


ふた葉よりわがしめゆひし撫子の花の盛を人にをらすな




題しらず


足びきの山郭公打ちはへて誰れか勝ると音をのみぞなく




五月なが雨の頃久しくたえ侍りにける女のもとにまかりたりければ


徒然とながむる空の時鳥とふにつけてぞねはなかれける




題しらず


いろかへぬ花たち花に郭公千世をならせる聲きこゆなり





旅ねしてつま戀すらし郭公かみなび山にさ夜更けてなく





夏の夜にこひしき人の香をとめば花橘ぞしるべなりける




伊勢

女の物見にまかりたりけるにこと車傍に來りけるに物などいひかはして後につかはしける


郭公はつかなる音を聞初めてあらぬも其とおぼめかれつゝ




讀人しらず

五月ふたつ侍りけるにおもふこと侍りて


五月雨の續ける年の詠めには物思ひあへる我ぞわびしき




女にいと忍びて物いひてかへりて


時鳥一聲にあくる夏の夜のあかつき方やあふごなるらむ




題しらず


打ちはへて音をなき暮すうつ蝉の空しき戀も我はする哉





つねもなき夏の草葉におく露を命と頼む蝉のはかなさ





八重葎しげき宿には夏むしのこゑより外にとふ人もなし





空蝉の聲きくからに物ぞ思ふ我も空しき世にしすまへば




藤原師尹朝臣

人のもとにつかはしける


いかにせむ小倉の山の時鳥覺つかなしと音をのみぞなく




讀人しらず

題しらず


時鳥あかつき方の一こゑはうきよの中をすぐすなりけり





人しれずわがしめし野の撫子は花さきぬべき時ぞきにける





我宿の垣根に植ゑし撫子は花にさかなむよそへつゝみむ





床夏の花をだにみばことなしにすぐす月日も短かゝりなむ





とこ夏に思ひそめては人しれぬ心の程は色にみえなむ




かへし


色といへば濃きも薄きも頼まれず倭撫子散る世なしやは




太政大臣

師尹朝臣のまだわらはにて侍りける時床夏の花を折りて持ちて侍りければ此花につけて内侍のかみの方におくり侍りける


撫子は何れともなく匂へども後れてさくは哀れなりけり




讀人しらず

題しらず


撫子の花ちり方になりにけり我がまつ秋ぞ近くなるらし





宵乍ら晝にもあらなむ夏なれば待暮すまの程なかるべき





夏の夜の月は程なく明けぬれど朝のまをぞ喞ちよせつる





鵲の峯とびこえてなきゆけば夏の夜渡る月ぞかくるゝ





秋近み夏はてゆけば時鳥鳴くこゑかたきこゝちこそすれ




桂のみこの螢を捕へてといひ侍りければ童のかざみの袖につゝみて


包めども隱れぬ物は夏虫の身より餘れる思ひなりけり




題しらず


天の川水まさるらし夏の夜は流るゝ月のよどむまもなし




貫之

月頃わづらふ事ありてまかりありきもせでまでこぬ由いひて文のおくに


花もちり郭公さへいぬるまで君にもゆかずなりにける哉




藤原雅正

かへし


花鳥の色をも音をも徒に物うかる身はすぐすのみなり




讀人しらず

題しらず


夏虫の身をたき捨て魂しあらば我とまねばむ人めもる身ぞ




夏の夜月おもしろく侍りけるに


今宵かくながむる袖の露けきは月の霜をや秋とみつらむ




六月祓へしに河原に罷り出でゝ月のあかきを見て


鴨川のみな底すみててる月のゆきて見むとや夏祓へする




みな月二つありける年


棚機は天の河原をなゝかへり後のみそかを禊ぎにはせよ