Title: Fuga wakashu
Author: Anonymous
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Title: Kokka taikan
Author: Anonymous
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Title: Library of Congress Subject Headings
14th century
Japanese
fiction
poetry
masculine/feminine
LCSH
11/2002
corrector
Shino Watanabe
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11/2002
corrector
Sachiko Iwabuchi
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風雅和歌集序
大和歌は、天地未だ開けざるより其のことわりおのづからあり。人のしわざ定まりて後此の道遂に顯れたり。世をほめ時を誹る、雲風に付けて志を叙ぶ、喜びに逢ひ愁に向ふ、花鳥を翫びて思ひを動かす。言葉幽かにして旨深し。眞に人の心を正しつべし。下を教へ上を諫む、すなはち政の本となる。難波津の君にそへし歌は天の下の風をかけ、淺香山の采女の戯ぶれは四方の民の心を和ぐ。やまと言の葉の淺はかなるに似たれども、周雅の深き道均しかるべし。かるが故に代々の聖の帝も之を捨て給はず。目に見えぬ鬼神の心にも通ふは此の歌なり。然るを世降り道衰へ行きしより、徒に色を好む媒となりて國を治むる業を知らず。いはむや又近き世となりて、四方の事業廢れ眞少く僞多くなりにければ、偏に飾れる姿巧なる心ばせを旨として古への風は殘らず。あるひは古き詞を盜み僞れるさまを繕ひなして更に其の本に惑ふ。又心を先とすとのみ知りて、ひなびたる姿だみたる言の葉にて思ひみたる心ばかりを言ひあらはす。正しき心すなほなる詞は古の道なり。眞に之をとるべしといへども、ことわり迷ひて強ひて學ばゝすなはち賤しき姿となりなむ。艷なる躰巧なる心優ならざるにあらず。若し本意を忘れて妄に好まば此の道偏に廢れぬべし。かれもこれも互に迷ひて、古への道にはあらず。あるひは姿高からむとすれば其の心足らず。言葉細やかなれば其のさま賤し。艷なるはたはれ過ぎ、強きは懷かしからず。凡べて之を言ふに、そのことわり茂き、言の葉にて叙べ盡し難し。旨を得てみづから悟りなむ。おほよそ出雲八雲の色に志を染め、和歌の浦波に名をかくる人々、流れての世に絶えずして、各思ひのつゆ光を磨きて玉を聯ね、詞の花匂ひを添へて錦を織るとのみ思ひ合へる内に、眞の心を得て歌の道を知れる人は猶數少くなむありける。難波の芦のあしよし別け難く、片糸の引き%\にのみ爭ひ合ひて亂りがはしくなりにけり。誰か之を傷まざらむや。唯古き姿を慕ひ正しき道を學ばゞおのづから其のさかひに入りぬべし。抑昔は天つ日嗣を受けて、百敷のうち繁き事業に紛れすぐしゝを、今は塵のほか藐姑射の山靜かなる住まひを占めながら、猶天の下萬の政を聞きて、夙に起き夜はに寐ぬる暇無し。然るを此の頃八つの
えん亂れし塵も治まりて野飼の駒もとり繋がず、四方の海荒かりし浪も靜まりてふな渡しする貢物絶えずなりにければ、萬の道の衰へ四方の事わざの廢るゝを歎く。之に由りて元久の昔の跡を尋ねて、古き新しき詞目につき心に適ふを撰び集めてはた卷とせり。名づけて風雅和歌集といふ。これ色に染み情に引かれて目の前の興をのみ思ふにあらず。正しき風古への道末の世に絶えずして、人の惑ひを救はむが爲なり。時に貞和二年十一月九日になむしるし畢りぬる。このたびかく撰び置きぬれば、濱千鳥久しき跡をとゞめ、浦の玉藻磨ける光を殘して、葦原や亂れぬ風代々に吹き傳へ、敷島の正しき道を尋ねむ後の輦、迷はぬ志るべとならざらめかも。
前大納言爲兼
春たつ心をよめる
足引の山の白雪けぬが上に春てふ今日はかすみたなびく
皇太后宮大夫俊成
文治六年正月、女御入内の屏風に、小朝拜
九重や玉敷く庭にむらさきの袖をつらぬる千世の初はる
後法性寺入道前關白太政大臣
元日宴を
立ち初むる春の光と見ゆるかな星をつらぬる雲の上びと
後鳥羽院御歌
建仁元年太神宮へ奉られける百首の御歌の中に
朝日さす御裳濯川の春の空長閑なるべき世のけしきかな
後西園寺入道前太政大臣
早春霞をよみ侍りける
山の端を出づる朝日の霞むより春の光は世に滿ちにけり
伏見院御歌
はつ春のこゝろをよませたまうける
霞立ち氷も解けぬ天つちのこゝろも春をおしてうくれば
院御製
春の御歌の中に、霞
我が心春にむかへる夕ぐれのながめの末も山ぞかすめる
進子内親王
同じ心を
長閑なるけしきを四方におしこめて霞ぞ春の姿なりける
前中納言定家
題志らず
何となく心ぞとまる山の端にことし見初むる三日月の影
大中臣能宣朝臣
天暦の御時大ぎさいの宮にてこれかれ子の日して歌よみ侍りけるに
皆人の手ごとに引ける松の葉の葉かずを君が齡とはせむ
中務
子日を
野邊に出でゝ今日引つれば時分かぬ松の末にも春は來に鳬
小辨
若菜をよめる
今日も猶春とも見えず我がしめし野邊の若菜は雪や積む覽
源順
目もはるに雲間も青く成に鳬今日こそ野邊に若菜摘てめ
藤原基俊
題志らず
春山のさき野のすぐろ掻分けて摘める若菜に沫雪ぞ降る
源俊頼朝臣
春日野の雪の村消かき分けて誰が爲つめる若菜なるらむ
皇太后宮大夫俊成
住吉の社に奉りける百首の歌の中に、若菜を
いざやこゝ若菜摘みてむ根芹生ふる淺澤小野は里遠く共
崇徳院御歌
同じ心を
春來れば雪げの澤に袖垂れてまだうら若き若菜をぞ摘む
前大納言爲家
朝日山長閑けき春のけしきより八十氏人も若菜摘むらし
民部卿爲定
百首の歌奉りし中に、春の歌
若菜摘む幾里人の跡ならむ雲間あまたに野はなりにけり
太上天皇
霞を
天の原おほふ霞の長閑けきに春なる色のこもるなりけり
後鳥羽院御歌
題志らず
松浦がた唐土かけて見渡せばさかひは八重の霞なりけり
伊勢島や潮干のかたの朝なぎに霞にまがふ和歌のまつ原
九條左大臣女
深く立つ霞の内にほのめきて朝日籠れるはるのやまの端
前中納言爲相
前大納言爲兼の家に歌合し侍りけるに、春朝を
出づる日の移ろふ峯は空晴れて松よりしたの山ぞ霞める
順徳院御歌
承久元年、内裏の百番歌合に、野徑霞といふことを
夕づく日かすむ末野に行く人のすげの小笠に春風ぞ吹く
伏見院御歌
春の御歌の中に
夕ぐれの霞のきはに飛ぶ鳥のつばさも春の色に長閑けき
前大納言爲兼
題志らず
沈み果つる入日のきはにあらはれぬ霞める山の猶奧の峯
從二位爲子
長閑なるかすみの空のゆふづく日傾ぶく末に薄き山の端
常磐井入道前太政大臣
寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、山霞を
詠めこし音羽の山も今更に霞めばとほきあけぼのゝそら
前中納言定家
後京極攝政、左大臣に侍りける時、家に歌合し侍りけるに、曉霞と云ふ事を
初瀬山傾ぶく月もほの%\とかすみに洩るゝ鐘のおと哉
柿本人麿
春の歌の中に
子等がてをまきもく山に春されば木の葉凌ぎて霞た靡く
紀貫之
み吉野の吉野の山の春霞立つを見る/\なほゆきぞふる
後伏見院御歌
春雪を詠ませ給ひける
たまらじと嵐のつてに散る雪に霞みかねたるまきの一村
前中納言定家
後京極攝政左大將に侍りける時家に六百番歌合し侍りけるに餘寒の心をよめる
霞みあへず猶降る雪に空とぢて春物深きうづみ火のもと
從二位家隆
同じ歌合に、春氷
春風に志た行く波の數見えて殘るともなき薄ごほりかな
順徳院御歌
百首の御歌の中に
ちくま川春行く水は澄みにけり消えていくかの峯の白雪
前大納言忠良
千五百番歌合に、春の歌
花や雪霞やけぶり時知らぬ富士の高嶺に冴ゆるはるかぜ
伏見院御歌
春の歌あまたよませ給ひける中に、早春を
春邊とは思ふ物から風まぜにみ雪散る日はいとも寒けし
永福門院
餘寒の心を
朝嵐は外面の竹に吹き荒れて山のかすみも春さむきころ
圓光院入道前關白太政大臣
春雪を
かつ消ゆる庭には跡も見え分かで草葉にうすき春の沫雪
土御門院御歌
春も未だあさる雉子の跡見えでむら/\殘る野邊の白雪
安嘉門院四條
題志らず
日影さす山の裾野の春草にかつ%\雜る志たわらびかな
伏見院御歌
早春柳と云ふ事を詠ませ給ひける
春の色は柳のうへに見え初めてかすむ物から空ぞ寒けき
後伏見院御歌
題志らず
花鳥のなさけまでこそ思ひ籠むる夕山深き春のかすみに
人麿
山ぎはに鶯鳴きて打ちなびき春とおもへど雪降り敷きぬ
讀人志らず
打ち靡き春さり來れば笹の葉に尾羽打ち觸れて鶯鳴くも
道命法師
鶯の遲く鳴くとて詠める
徒然とくらしわづらふ春の日になど鶯のおとづれもせぬ
源信明朝臣
鶯を
鶯の鳴く音を聞けば山深み我れよりさきに春は來にけり
土御門院御歌
霧にむせぶ山の鶯出でやらで麓のはるにまよふころかな
正三位知家
春の歌の中に
誰が爲ぞ志づはた山の永き日に聲の綾織る春のうぐひす
前大納言爲兼
鶯の聲も長閑に鳴きなしてかすむ日影は暮れむともせず
徽安門院
つく%\と永き春日に鶯の同じ音をのみ聞きくらすかな
皇太后宮大夫俊成
題志らず
我が園にやどりは占めよ鶯の古巣は春のそらにつけてき
讀人志らず
霞立つ野がみの方に行きしかば鶯鳴きつはるになるらし
梅の花咲ける岡邊に家居せばともしくもあらじ鶯のこゑ
梅のはな散らまく惜しみ我が薗の竹のはやしに鶯鳴くも
後西園寺入道前太政大臣
嘉元二年後宇多院に百首の歌奉りける時、鶯を
笹竹の夜はにや來つる閨近き朝げの窓にうぐひすの鳴く
前大納言爲世
文保三年奉りける百首の歌に
明けぬれど己がねぐらを出でやらで竹の葉隱れ鶯ぞ鳴く
從一位教良女
伏見院に召されける五十首の歌の中に
長閑なる霞の色に春見えてなびくやなぎにうぐひすの聲
後京極攝政前太政大臣
春の歌の中に
春の色は花とも言はじ霞よりこぼれて匂ふうぐひすの聲
道因法師
前參議經盛の家の歌合に、鶯を
花ならで身にしむ物は鶯の薫らぬこゑのにほひなりけり
藤原爲基朝臣
春の歌とて
梅の花にほふ春べの朝戸あけにいつしか聞きつ鶯のこゑ
伏見院御歌
梅を詠ませ給ひける
道のべや竹吹く風の寒けきに春をまぜたる梅が香ぞする
貫之
延喜十六年齋院の屏風に人の家に女どもの梅の花見或るは山に殘れる雪を見たる所
梅の花咲くと知らずや三吉野の山に友待つ雪の見ゆらむ
中納言家持
題志らず
雪の色をうばひて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがな
永福門院
梅を
山本の里の續きに咲く梅のひとへに世こそ春になりぬれ
後宇多院御製
二月やなほ風さむき袖の上に雪まぜに散るうめの初はな
權大納言公蔭
百首の歌奉りしに、春の歌
咲き初めて春を遲しと待ちけらし雪の内より匂ふ梅が枝
今上御歌
早春梅と云ふ事を
降積みし雪もけなくに深山邊も春し來ぬれや梅咲きに鳬
徽安門院
遠村梅を
一村の霞の底に
にほひ行くうめの木末のはなになるころ
皇太后宮大夫俊成
春の歌の中に
梅が枝に先咲く花ぞ春の色を身に占めそむる始なりける
貫之
清愼公の家の屏風に
春立ちて咲かばと思ひし梅の花珍しきにや人の折るらむ
中務卿具平親王
梅を
梅の花にほひをとめて折りつるに色さへ袖に移りぬる哉
赤染衛門
從一位倫子春日に詣でける供に侍りけるに源兼資梅の花を折りて車にさし入るとて、手もたゆく折りてぞ來つる梅の花物思ひ知れ共に見むとてといへりければ
山かぐれ匂へる花の色よりも折りけるひとの心をぞ見る
源俊頼朝臣
紅梅を詠める
紅の梅が枝に鳴く鶯はこゑのいろさへことにぞ有りける
前大僧正慈鎭
題志らず
咲きぬれば大宮人も打ち群れぬ梅こそ春の匂ひなりけれ
後鳥羽院御製
春の御歌の中に
百千鳥さへづる春の淺みどり野邊の霞ににほふうめが枝
人麿
題志らず
妹が爲ほずゑの梅を手折るとてしづえの露に濡れにけるかも
讀人志らず
人毎に折りかざしつゝ遊べどもいや珍しきうめの花かも
前大納言爲家
寳治の百首の歌の中に、梅薫風と云ふ事を
霞めども隱れぬ物は梅の花風にあまれるにほひなりけり
祝部成仲
春の歌とて詠める
梅の花匂ふさかりは山がつの賤の垣根もなつかしきかな
中務
夜梅を
匂ふ香の志るべならずば梅の花暗部の山に折り惑はまし
前中納言定家
題志らず
雲路行く雁の羽風もにほふらむ梅咲く山のありあけの空
前大納言爲兼
梅が香は枕に充ちて鶯のこゑより明くるまどのしのゝめ
進子内親王
百首の歌の中に
窓明けて月の影しく手枕に梅が香あまるのきのはるかぜ
前大納言尊氏
梅を詠み侍りける
軒の梅は手枕ちかく匂ふなりまどのひまもる夜はの嵐に
院御歌
題志らず
誰が里ぞ霞のしたの梅柳おのれいろなるをちかたのはる
永福門院内侍
雨晴るゝ風は折々吹き入れてこ簾の間匂ふのきの梅が枝
太上天皇
春の歌の中に
我が詠めなにゝ讓りて梅の花櫻も待たで散らむとすらむ
和泉式部
題志らず
見る儘にしづ枝の梅も散り果てぬさも待ち遠に咲く櫻哉
院御歌
百首の御歌の中に
みどり濃き霞の志たの山の端にうすき柳の色ぞこもれる
權大納言公蔭
題志らず
春雨にめぐむ柳の淺みどりかつ見るうちも色ぞ添ひ行く
伏見院御歌
五十首の御歌の中に、柳を
いつはとも心に時は分かなくに遠の柳のはるになるいろ
前大納言爲世
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
ひと方に吹きつる風や弱るらむなびきも果てぬ青柳の糸
西園寺前内大臣女
柳を詠み侍りける
霞み渡る岡の柳の一もとに長閑にすさぶはるのゆふかぜ
儀子内親王
吹くとなき風に柳はなびき立ちて遠近かすむ夕ぐれの春
權大納言公宗母
百首の歌奉りし時
はつかなる柳の糸の淺みどり亂れぬほどの春かぜぞ吹く
土御門院御歌
名所柳を
舟つなぐかぜも緑になりにけり六田の淀の玉のをやなぎ
前大納言爲家
春の歌の中に
廣澤のいけの堤の柳かげみどりもふかくはるさめぞ降る
法印定圓
芳野川岩浪はらふふし柳はやくぞはるのいろは見えける
永福門院内侍
春はまづなびく柳の姿より風も長閑けく見ゆるなりけり
權大納言公宗
雨そゝぐ柳が末は長閑にてをちのかすみの色ぞくれゆく
前中納言定家
古集の一句を題にて歌詠み侍りけるに、黄梢新柳出城墻といふ事を
此里のむかひの村の垣根より夕日をそむる玉のをやなぎ
中務
柳を詠める
繰り返し年經て見れど青柳の糸は舊りせぬみどり
なりけり
大江嘉言
岸の上の柳は痛く老いにけり幾世の春をすぐしきぬらむ
人丸
百敷の大宮人のかざしたる志だり柳は見れどあかぬかも
讀人志らず
梅のはな咲きたる園の青柳は鬘にすべくなりにけらしも
貫之
よる人もなき青柳の糸なれば吹きくる風にかつ亂れつゝ
藤原爲基朝臣
春の歌の中に
淺みどり柳の糸の打ちはへて今日も志き/\春雨ぞ降る
徽安門院一條
昨日今日世は長閑にて降る雨に柳が枝ぞ志だりまされる
前大納言爲兼
春雨を
春の色を催ほす雨の降るなべに枯野の草も下めぐむなり
土御門院御歌
淺みどり初志ほ染むる春雨に野なる草木ぞ色まさりける
權大納言公蔭
かき暮れてふりだにまされつく%\と雫寂しき軒の春雨
從三位親子
見るまゝに軒の雫はまされども音には立てぬ庭のはる雨
皇太后宮大夫俊成
住吉の社に奉りける百首の歌の中に、同じ心を
春雨は軒のいと水つく%\と心ぼそくて日をもふるかな
前中納言定家
題志らず
春雨に木の葉亂れし村時雨それもまぎるゝ方はありけり
前大納言爲兼
さびしさは花よいつかの詠めして霞にくるゝ春雨のそら
從二位兼行
詠めやる山はかすみて夕暮の軒端の空にそゝぐはるさめ
藤原教兼朝臣
霞み暮るゝ空ものどけき春雨に遠き入相の聲そさびしき
徽安門院
晴れゆくか雲と霞のひま見えて雨吹きはらふはるの夕風
後伏見院御歌
春の御歌の中に
春風は柳の糸を吹きみだし庭よりはるゝゆふぐれのあめ
前大納言爲兼
題を探りて歌詠み侍りけるに、河上春月といふ事を
打ち渡す宇治の渡りの夜深きに川音澄みて月ぞかすめる
前大納言實明女
百首の歌奉りし時、春の歌
風になびく柳の影もそことなく霞更け行く春の夜のつき
永福門院
題志らず
何となく庭の梢は霞み更けているかた晴るゝ山の端の月
同院内侍
閨までも花の香深き春の夜の窓にかすめる入り方のつき
俊惠法師
きゞすを詠める
狩人の朝踏む小野の草若みかくろへ兼ねて雉子鳴くなり
人麿
題志らず
朝霧に志のゝに濡れて呼子鳥み船の山をなきわたる見ゆ
前大納言尊氏
喚子鳥を
人もなき深山の奥の呼子鳥いく聲鳴かばたれかこたへむ
太上天皇
百首の歌の中に
つばくらめ簾の外に數多見えて春日のどけみ人影もせず
儀子内親王
題志らず
春日影世は長閑にてそれとなく囀りかはす鳥のこゑ%\
後二條院御歌
春の御歌の中に
雲雀あがる山の裾野の夕暮にわかばの志ばふ春風ぞ吹く
永福門院
何となき草の花咲く野邊の春雲にひばりの聲も長閑けき
前大僧正慈鎭
春深き野邊の霞の下風に吹かれてあがるゆふひばりかな
前大納言爲家
千首の歌詠み侍りけるに
歸る雁羽根打ちかはす志ら雲の道行きぶりは櫻なりけり
從二位家隆
春の歌とて詠める
歸る雁秋來し數は知らねども寐ざめの空に聲ぞすくなき
藤原爲秀朝臣
歸雁を
別るらむ名殘ならでも春の雁哀なるべきあけぼのゝこゑ
永福門院内侍
入り方の月は霞のそこに更けてかへり後るゝ雁の一つら
康資王母
雁がねの花の折しも歸るらむ尋ねてだにも人はをしむに
皇太后宮大夫俊成
春日の社に奉りける百首の歌の中に、同じ心を
何となく思ひぞおくる歸る雁言づてやらむ人はなけれど
西行法師
題志らず
春になる櫻の枝は何となく花なけれどもなつかしきかな
俊頼朝臣
いまだ咲かざる花といふ事を
めぐむより氣色
ことなる花なれば兼ねても枝の懷かしき哉
鴨長明
花を思ふ心を詠める
思ひやる心やかねて詠むらむまだ見ぬ花の面かげに立つ
前關白右大臣母
咲かぬ間の待ち遠にのみ覺ゆるは花に心の急ぐなるらし
朔平門院
春の歌の中に
咲き咲かぬ梢の花もおしなべてひとつ薫りにかすむ夕暮
永福門院右衛門督
花の歌とて
見るまゝに軒端の花は咲き添ひて春雨かすむ遠の夕ぐれ
前大納言爲兼
伏見院西園寺に御幸ありて花の歌人々に詠ませ給ひける時
宿からや春の心も急ぐらむ外にまだ見ぬはつざくらかな
讀人志らず
題志らず
打ちなびき春は來ぬらし山際の遠き梢の咲き行く見れば
人麿
見渡せば春日の野邊に霞立ち開くる花はさくらばなかも
鶯の木づたふ梅の移ろへばさくらの花のときかたまけぬ
中納言家持
櫻を
春雨にあらそひかねて我宿の櫻のはなは咲きそめにけり
後鳥羽院下野
寳治の百首の歌の中に、見花
山櫻またれ/\て咲きしより花に向はぬときの間もなし
民部卿爲定
春の歌に
三吉野の芳野の櫻咲きしより一日も雲のたゝぬ日ぞなき
光明峰寺入道前攝政左大臣
住捨てし志賀の花園しかすがに咲く櫻あれば春は來に鳬
從二位家隆
行く末の花かゝれとて吉野山誰れ白雲のたねをまきけむ
後京極攝政前太政大臣
後鳥羽院に五十首の歌召されける時、深山花
かへり見る山は遙かに重なりて麓の花も八重のしらくも
前中納言匡房
題志らず
白雲のやへたつ峯と見えつるは高間の山の花ざかりかも
貫之
延喜十四年、女一宮の屏風の歌
山のかひたなびき渡る白雲は遠きさくらの見ゆる
なりけり
前中納言定家
春の歌とて
いつも見し松の色かは泊瀬山さくらに洩るゝ春の一しほ
後西園寺入道前太政大臣
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
山遠きかすみのにほひ雲の色花の外までかをるはるかな
權大納言公宗女
春の歌の中に
花薫る高嶺の雲の一むらは猶あけのこるしのゝめのそら
前參議雅有
花咲かぬ宿の梢もなかりけり都のはるはいまさかりかも
左兵衛督直義
花を
花見にと春はむれつゝ玉鉾の道行く人の多くも有るかな
貫之
延喜十六年、齋院の屏風に、人の花のもとに立ちて見たる所
山櫻よそに見るとてすがの根の永き春日をたち暮しつる
天慶四年、右大將の屏風に、山里に人の花見たる所
まだ知らぬ所までかく來て見れば櫻ばかりの花なかり鳬
從二位行家
寳治の百首の歌の中に、見花
櫻花あかぬ心のあやにくに見ても猶こそ見まくほしけれ
藤原爲秀朝臣
花の歌の中に
咲き滿ちて散るべくも非ぬ花盛薫るばかりの風は厭はず
永福門院右衛門督
伏見院花の頃折々に御幸有りて御覽ぜられけるに嵯峨にて詠み侍りける
眺め殘す花の梢もあらし山風よりさきにたづねつるかな
前中納言爲相
春の歌とて
御吉野の大宮所たづね見む古きかざしのはなやのこると
中務
櫻を詠める
いそのかみ故郷に咲く花なれば昔ながら
に匂ひけるかな
貫之
承平五年内裏の御屏風に馬に乘りたる人の故郷と覺しき所に櫻の花見たる所
故郷に咲ける物から櫻花色はすこしもあせずぞありける
皇太后宮大夫俊成
大炊御門右大臣未だ納言に侍りける時三條の家の櫻盛りになりける頃人々歌詠み侍りけるに
君がすむ宿の梢の花ざかり氣色ことなるくもぞ立ちける
其の後いくばくの年も隔てず、近衛太皇太后宮、立后侍りけるとなむ。
前大納言爲氏
寳治の百首の歌に、翫花
櫻花いざや手ごとに手折りもて共に千歳の春にかざゝむ
普光園入道前關白左大臣
花下日暮と云へる心を
すがの根の永き日影を足びきの山の櫻にあかでくれぬる
藤原家經朝臣
永承五年賀陽院の歌合に、櫻を
さても猶あかずやあると山櫻花を常磐に見るよしもがな
西行法師
題志らず
同じくば月のをり咲け山櫻はな見る春の絶え間あらせじ
太上天皇
百首の歌に
薫り匂ひ長閑けき色を花にもて春にかなへる櫻なりけり
前左大臣
春の歌とて
長閑なる鶯の音に聞きそめて花にぞ春のさかりをば見る
法橋顯昭
誰にかも今日をさかりとつげやらむ一人見まうき山櫻哉
祝部成茂
年
ごとに詠めぬ春はなけれどもあかぬは花の色や添ふらむ
壽成門院
今朝はなほ咲き添ふ庭の花盛移ろはぬ間を訪ふ人もがな
白川院御歌
寛治七年三月十日法勝寺の花御覽じけるついでに常行堂のまへにて、人々鞠つかうまつりけるに、京極前關白太政大臣鞠を奉るとて、尋ねと聞くに、誘はれぬと奏し侍りける御返し
山深く尋ねにはこでさくら花なにし心をあくがらすらむ
小侍從
高倉院の御時、内裏より女房數多誘なひて、上達部殿上人花見侍りけるに、右京大夫、折ふし風の氣ありてとて伴ひ侍らざりければ、花の枝に付けて遣しける
さそはれぬ心の程はつらけれど一人見るべき花の色かは
建禮門院右京大夫
返し
風を厭ふ花のあたりは如何とてよそながらこそ思遣りつれ
源道濟
題志らず
駒とめて見るにもあかず櫻花折りてかざゝむ心ゆくまで
前大納言爲家
旅人のゆきゝの岡は名のみして花に留まる春の木のもと
前參議爲實
あすか井の春の心は知らねども宿りしぬべき花の蔭かな
淨妙寺關白前右大臣
糸櫻の盛りに法勝寺を過ぐとて
立ち寄らで過ぎぬと思へど糸櫻心にかゝる春の木のもと
從二位爲子
花の歌あまた詠み侍りける中に
見ぬ方の木末いかにと此里の花にあかでも老をこそ思へ
藤原爲基朝臣
尋ね行く道も櫻を三吉野の花のさかりのおくぞゆかしき
大納言公重
百首の歌奉りし時
越えやらであかずこそ見れ春の日の長柄の山の花の下道
後伏見院御歌
遠村花と云ふ事を
櫻咲くとほぢの村の夕ぐれに花折りかざし人かへるなり
前大納言爲世
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
暮れぬとて立ちこそ歸れ櫻狩なほ行くさきに花を殘して
伏見院御歌
花の御歌の中に
枝もなく咲き重なれる花の色に梢も重きはるのあけぼの
從二位兼行
盛りとは昨日も見えし花の色のなほ咲きかをる木々の曙
從三位親子
花なれやまだ明けやらぬ東雲の遠のかすみの奥深きいろ
從一位教良女
伏見院人々に花の歌數多よませさせ給ひけるに
山の端の月は殘れるしのゝめに麓の花のいろぞあけゆく
後伏見院御歌
春のあしたと云ふ事を
花の上にさすや朝日のかげ晴れて囀る鳥の聲も長閑けき
進子内親王
開け添ふ梢の花に露見えておとせぬ雨のそゝぐあさあけ
永福門院
夕花を
花の上に志ばし移ろふ夕附日入るともなしに影きえに鳬
從三位親子
伏見院の御時五十番歌合に、春夕を
つく%\とかすみて曇る春の日の花靜なるやどの夕ぐれ
前大納言家雅
同じ歌合に、春風を
吹くとなき霞の志たの春風に花の香深きやどのゆふぐれ
花山院御歌
題志らず
足引の山に入り日の時しもぞあまたの花は照り増りける
伏見院御歌
花の上の暮れ行く空に響きゝて聲に色あるいりあひの鐘
徽安門院
そことなき霞の色にくれなりて近き梢のはなもわかれず
進子内親王
山うすき霞の空はやゝ暮れて花の軒端ににほふつきかげ
從二位爲子
前大納言爲兼の家に歌合し侍りけるに、春夜を
花白き梢の上はのどかにてかすみのうちに月ぞふけぬる
前大納言忠良
千五百番歌合に
峯しらむ梢の空に影落ちてはなのゆき間にありあけの月
後鳥羽院御歌
春の御歌の中に
あたら夜のなごりを花に契りおきて櫻分け入る有明の月
後嵯峨院御歌
西園寺に御幸ありて、翫花といふ題を講ぜられけるに
萬代の春日を今日になせりとも猶あかなくに花や散る覽
崇徳院御製
花の御歌の中に
年經れどかへらぬ色は春ごとに花に染めてし心なりけり
後光明照院前關白左大臣
花を尋ねて伴ひ侍りける人に次の日遣しける
今日も猶散らで心に殘りけりなれし昨日の花のおもかげ
從二位隆博
花の歌に
あぢきなくあだなる花の匂ひゆゑ浮世の春に染む心かな
修理大夫顯季
三月に閏ありける年よめる
常よりも長閑けく匂へ櫻花はるくはゝれる年の志るしに
前大僧正慈鎭
千五百番歌合に
春の心長閑けしとても何かせむ絶えて櫻のなき世
なりせば
後西園寺入道前太政大臣
惜花と云ふ事を
老が身は後の春とも頼まねば花もわが世も惜まざらめや
伏見院御歌
持明院に移住ませ給て花の木共數多植添へられて三歳計の後花咲きたるを御覽じて
植渡す我が世の花もはるは經ぬまして舊木の昔をぞ思ふ
權中納言定頼
雨の中に花を思ふと云ふ事をよみ侍りける
雨のうちに散りもこそすれ花櫻折りて簪さむ袖はぬる共
俊惠法師
源師光の家にて人々歌よみ侍りけるに、花を
折らずとて散らでもはてじ櫻花この一枝は家づとにせむ
平忠盛朝臣
山家花をよめる
尋ね來る花もちりなば山里は最ど人めや枯れむとすらむ
藤原元眞
屏風の繪に旅人道行くに櫻の花の散る所
行きてだにいかでとく見む我宿の櫻は今日の風に殘らじ
中納言家持
題志らず
立田山見つゝ越えこし櫻花ちりか過ぎなむ我が歸るとき
二條院參河内侍
花の歌の中に
見る人の惜む心やまさるとて花をば風の散らすなりけり
藻壁門院但馬
寳治の百首の歌の中に、落花
雲まよふ風に天ぎる雪かとてはらへば袖に花の香ぞする
前中納言定家
後京極攝政左大將に侍りける時家に六百番歌合し侍りけるに、志賀山越をよめる
袖の雪空吹く風もひとつにて花ににほへる志賀の山ごえ
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
今朝見れば宿の梢に風過て知られぬ雪のいくへともなく
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
高砂の松のみどりも紛ふまで尾のへの風に花ぞちりける
前中納言爲相女
春の歌の中に
足柄の山のあらしの跡とめて花の雪ふむたけの志たみち
前大納言爲兼
落花をよめる
一志きり吹亂しつる風はやみて誘はぬ花も長閑にぞちる
入道二品親王法守
春風のやゝ吹きよわる梢より散り後れたる花ぞのどけき
顯親門院
院位におはしましける時、南殿の花の頃入らせ給ふべかりけるを、さはる事ありて程經侍りけるに、花の散りがたに奉られける
恨みばや頼めし程の日數をもまたで移ろふ花のこゝろを
院御歌
御返し
あだなれと咲き散る程はある物をとはれぬ花や猶恨む覽
伏見院御歌
花の頃北山に御幸あるべかりけるを、とゞまらせ給ひて次の日遣はさせ給ひける
頼めこし昨日の櫻ふりぬともとはゞやあすの雪の木の本
後西園寺入道前太政大臣
御返し
花の雪明日をも待たず頼め置きし其言の葉の跡もなければ
從二位爲子
落花をよみ侍りける
梢よりよこぎる花を吹きたてゝ山本わたる春のゆふかぜ
徽安門院
吹きわたる春の嵐の一はらひあまぎる花にかすむ山もと
正三位知家
長らへむ物とも志らで老が世に今年も花の散るを見る覽
後鳥羽院御歌
春の御歌の中に
我が身世に布留の山邊の山櫻移りにけりな詠めせしまに
大納言經信
宇治にて、山家見花と云ふ心を
白雲の八重たつ山のさくら花散り來る時や花と見ゆらむ
入道二品親王尊圓
百首の歌奉りしに
櫻花うつろふ色は雪とのみふるの山風吹かずもあらなむ
從二位宣子
落花を
いかにせむ花も嵐もうき世哉誘ふもつらし散るも恨めし
鎌倉右大臣
春ふかみ嵐の山の櫻ばな咲くと見し間に散りにけるかな
左京大夫顯輔
散る花を惜むばかりや世の中の人の心のかはらざるらむ
安嘉門院高倉
寳治の百首の歌に惜花といふ事を
一すぢに風も恨みじ惜めどもうつろふ色は花のこゝろを
前參議教長
題志らず
散らざりしもとの心は忘られてふまゝく惜しき花の庭哉
前中納言定家
百首の歌に
散りぬとてなどて櫻を恨み劔散らずは見まし今日の庭かは
從三位親子
春の歌とて
菫咲くみちの志ばふに花散りて遠かたかすむ野邊の夕暮
永福門院内侍
散り殘る花落ちすさぶ夕暮の山の端薄きはるさめのそら
前中納言清雅
閑庭落花を
つく%\と雨ふる郷のにはたづみ散りて波よる花の泡沫
藤原爲顯
題志らず
吹きよする風にまかせて池水の汀にあまる花の志らなみ
院御歌
百首の御歌の中に
梢より落ち來る花ものどかにて霞におもきいりあひの聲
前大納言公任
三井寺へまかりけるかへさに白川わたりにもとすみ侍りける所へよりたりけるに花の皆散りにければ
故郷の花はまたでぞ散りにける春より先に歸ると思へば
皇太后宮大夫俊成
花留客と云ふ事を
尋ね來る人は都をわするれどねにかへり行く山ざくら哉
太宰大貳重家
花の歌の中に
根に歸る花とは聞けど見る人の心の内にとまるなりけり
前參議爲實
散る花は浮草ながらかたよりて池のみさびに蛙鳴くなり
永福門院
瀧つ瀬や岩もとしろくよる花は流るとすれど又かへる
なり
從三位頼政
水上落花と云ふ事を
芳野川岩瀬の波による花やあをねが峰に消ゆるしらくも
法橋顯昭
題志らず
駒とめて過ぎぞやられぬ清見潟ちりしく花や波の關もり
後伏見院御歌
雨中花を
雨しぼるやよひの山の木がくれに殘るともなき花の色哉
大納言經信
山花末落と云ふ事を
うらみじな山の端かげの櫻花遲く咲けども遲く散りけり
道因法師
花の一枝散り殘れるを人のそれ折りてと云ひければ詠める
風だにも誘ひも果てぬ一枝のはなをば如何折りて歸らむ
前中納言定家
題志らず
おもだかや下葉に交る燕子花はな踏み分けてあさる白鷺
院御歌
百首の御歌に
やぶし分かぬ春とや汝も花の咲く其名も知らぬ山の下草
安嘉門院四條
苗代を
山川をなはしろ水にまかすれば田面にうきて花ぞ流るゝ
儀子内親王
櫻散る山した水をせき分けて花に流るゝ小田のなはしろ
九條左大臣女
春の田のあぜの細道たえまおほみ水せきわくる苗代の頃
太上天皇
百首の歌の中に
みなそこの蛙のこゑも物ふりて木深き池の春のくれがた
後鳥羽院御歌
建保四年百首の御歌に
せきかくる小田のはなしろ水澄てあぜこす浪に蛙鳴く也
西行法師
春の歌の中に
ますげおふるあら田に水を任すれば嬉し顏にも鳴く蛙哉
殷富門院大輔
みがくれてすだく蛙の聲ながら任せてけりな小田の苗代
前大僧正慈鎭
蛙鳴苗代と云ふ事をよめる
春の田の苗代みづを任すればすだく蛙のこゑぞながるゝ
伏見院御歌
題志らず
小夜ふかく月はかすみて水落つる木陰の池に蛙鳴くなり
中務
山吹の花のさかりは蛙なく井手にや春も立ちとまるらむ
皇太后宮大夫俊成
太神宮へ奉りける百首の歌に、山吹を
昔たれうゑはじめたる山ぶきの名を流しけむ井手の玉水
後鳥羽院御歌
春の御歌の中に
芳野川櫻流れし岩間よりうつればかはるやまぶきのいろ
大納言公重
百首の歌奉りし時
末おもる花は宛がら水にふして河瀬に咲ける井手の山吹
順徳院御歌
百首の御歌に
河のせに秋をや殘すもみぢ葉のうすき色なる山ぶきの花
壬生忠見
屏風に井手の山吹むら/\みゆる家の川の岸にも所々山ぶきあり、をとこまがきによりてせをそこ云ひたる所
折りてだに行べき物を餘所にのみ見てや歸らむ井手の山吹
藤原元眞
朱雀院の御屏風の繪に池のほとりに山吹櫻さけり。女簾をあげて見てたてり。
我宿の八重山吹は散りぬべし花のさかりを人の見にこぬ
讀人志らず
題志らず
鶯の來鳴く山吹うたかたも君が手触れずはな散らめやも
藤原興風
亭子院の歌合に
吹く風に止りもあへず散る時はやへ山吹の花もかひなし
後鳥羽院御歌
春の御歌の中に
山吹の花の露添ふ玉川のながれてはやきはるのくれかな
前大僧正慈鎭
日吉の社に奉りける百首の歌に
春深き野寺立ち籠むる夕霞つゝみのこせる鐘のおとかな
伏見院御歌
暮春の心を
霞渡るとほつ山べの春の暮なにのもよほす哀れともなき
前大納言公任
三條關白籠りゐて侍りける頃家の藤の咲きはじめたるを見てよみ侍りける
年毎に春をも知らぬ宿なれど花咲きそむる藤もありけり
前大僧正覺圓
朝藤と云ふ事を
むらさきの藤咲くころの朝曇つねより花の色ぞまされる
俊頼朝臣
題志らず
吹く風にふちこの浦を見渡せば波は梢の物にぞありける
兵部卿成實
藤の花思へばつらき色なれや咲くと見し間に春ぞ暮ぬる
永福門院
春の御歌の中に
散りうける山の岩根の藤つゝじ色に流るゝたに川のみづ
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
躑躅咲く片山蔭の春の暮それとはなしにとまるながめを
前大僧正慈鎭
樵路躑躅といふ事を
山人のつま木にさせる岩躑躅心ありてや手折りくしつる
後伏見院御歌
題志らず
何となく見るにも春ぞ慕はしき芝生に交る花のいろ/\
前大納言爲兼
暮春浦と云ふ事を
春の名殘ながむる浦の夕なぎに漕ぎ別れ行く船も恨めし
太上天皇
百首の歌の中に
此頃の藤山吹の花ざかりわかるゝはるもおもひおくらむ
進子内親王
春もはやあらしの末に吹きよせて岩根の苔に花ぞ殘れる
藤原教兼朝臣
春の歌の中に
花の後も春のなさけは殘りけり有明かすむ志のゝめの空
殷富門院大輔
春の暮によめる
身にかへて何歎くらむ大かたは今年のみやは春に別るゝ
藤原長能
行きて見む深山がくれの遲櫻あかず暮れぬる春の形見に
俊頼朝臣
三月晦日人々歌よみけるに
留らむ事こそ春の難からめ行くへをだにも知せましかば
皇太后宮大夫俊成
彌生のつごもりに、花はみな四方の嵐に誘はれてひとりや春の今日は行くらむと法印靜賢申して侍りけるに
惜しと思ふ人の心し後れねばひとりしもやは春の歸らむ
貫之
三月盡の心を
來む年も來べき春とは知り乍ら今日の暮るゝは惜くぞ有ける
後京極攝政前太政大臣
後鳥羽院よりめされける五十首の歌の中に
昨日まで霞みし物を津の國の難波わたりの夏のあけぼの
後伏見院御歌
首夏を
春くれし昨日も同じ淺みどり今日やはかはる夏山のいろ
前大納言爲家
寳治の百首の歌の中に、同じ心を
夏きてはたゞ一重なる衣手にいかでか春を立ち隔つらむ
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
櫻色の衣にもまたわかるゝに春を殘せるやどのふぢなみ
後二條院御歌
百首の御歌の中に、更衣を
櫻色の衣はうへにかふれども心にはるをわすれぬものを
院御歌
四月の始によませ給ひける
花とりの春におくるゝなぐさめにまづまちすさぶ山郭公
從二位家隆
後鳥羽院に奉りける五十首の歌の中に
時鳥まつとせし間にわがやどの池の藤なみ移ろひにけり
前中納言定家
千五百番歌合に
時志らぬ里は玉川いつとてか夏のかきねをうづむ志ら雪
前大納言經房
前大納言兼宗の家の歌合に、卯花を
朝まだき卯花山を見わたせば空はくもりてつもる志ら雪
前大納言爲兼
題志らず
夏淺きみどりの木立庭遠み雨降りしむる日ぐらしのやど
權大納言公宗
夏の朝のあめと云ふ事を
薄雲る青葉の山の朝明けに降るとしもなき雨そゝぐなり
後一條入道前關白左大臣
夏の歌に
もろ葛まだ二葉よりかけそめて幾世かへぬる賀茂の瑞垣
兵衛督
院に三十首の歌召されける時、葵
哀れとや神もみあれに葵草二葉よりこそたのみそめしか
前大納言爲家
寳治の百首の歌の中に、待郭公
葵草かざす卯月のほとゝぎすひとの心にまづかゝりつゝ
鷹司院按察
我がための聲にもあらじ郭公語らへとしもなど思ふらむ
源頼實
四月ばかりに人の許に云ひやりける
待侘びて聞きやしつると郭公人にさへこそ訪はまほしけれ
刑部卿頼輔
時鳥を詠める
年を經ておなじ聲なる郭公きかまほしさも變らざりけり
徽安門院
年を經ておなじ鳴く音を時鳥何かは忍ぶなにかまたるゝ
左兵衛督直義
百首の歌奉りし時
いつとてもまたずは非ねど同じくば山時鳥月になかなむ
權大納言公蔭
郭公さやかにをなけ夕月夜雲間のかげはほのかなりとも
前大納言資季
後嵯峨院に三首の歌奉けるに河郭公
岩ばしる瀧つ川浪をち歸り山ほとゝぎすこゝになかなむ
前大納言爲兼
郭公を
折りはへていまこゝになく時鳥きよく凉しき聲の色かな
右近大將道嗣
待ちえてもたどるばかりの一聲は聞きてかひなき郭公哉
入道二品親王尊圓
里郭公と云ふ事を
呉竹のふしみの里のほとゝぎす忍ぶ二代の事かたらなむ
前大納言爲兼
伏見院に卅首の歌奉ける時、聞郭公
時鳥人のまどろむ程とてや忍ぶるころはふけてこそなけ
前中納言爲相
題志らず
我が爲と聞きやなさまし霍公ぬしさだまらぬ己が初音を
京極前關白家肥後
堀川院に奉りける百首の歌に、郭公を
山深く尋ねきつればほとゝぎす忍ぶる聲も隱れざりけり
前中納言定家
夏の歌の中に
忘られぬこぞのふる聲戀ひ/\て猶めづらしき郭公かな
俊頼朝臣
連夜待郭公と云ふ事を
時鳥待つ夜の數はかさなれど聲は積らぬ物にぞありける
前參議俊言
聞郭公を
郭公あかぬなごりを詠めおくる心もそらに慕ひてぞゆく
藤原爲基朝臣
猶ぞまつ山時鳥一こゑのなごりをそらにしばしながめて
鎌倉右大臣
足びきの山郭公深山出でゝ夜ふかき月のかげになくなり
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
時鳥よこ雲かすむ山の端のありあけの月になほぞ語らふ
伏見院御歌
夏の御歌の中に
郭公なごりしばしのながめより鳴きつる峰は雲あけぬ
なり
祝部成仲
ひえの山にあひ知りたる僧の、里へいでば必おとせむと契り侍りけるに、里には出でながら音せず侍りければ、四月十日頃に遣はしける
里なるゝ山郭公いかなればまつやどにしも音せざるらむ
正三位季經
尋郭公歸路聞と云ふ事を
尋ねつるかひはなけれど時鳥かへる山路に一こゑぞ鳴く
後鳥羽院御歌
題志らず
尋ね入るかへさはおくれ時鳥誰れゆゑ暮す山路とかしる
前中納言定家
等閑に山ほとゝぎす鳴きすてゝ我しもとまる杜の下かげ
藤原仲實朝臣
夕かけていづち行くらむ郭公神なびやまに今ぞ鳴くなる
貫之
延喜の御時古今集撰び始められけるに夜更くるまで御前にさぶらふに時鳥の鳴きければ
こと夏は如何鳴きけむ郭公今宵ばかりはあらじとぞ聞く
從三位頼政
郭公を
時鳥あかで過ぎぬる名殘をば月なしとても詠めやはせぬ
待賢門院堀川
訪ふ人もなき故郷の黄昏にわれのみ名のるほとゝぎす哉
前中納言定家
千五百番歌合に
またれつゝ年にまれなる郭公さつきばかりの聲な惜みそ
前大納言尊氏
題志らず
菖蒲をば吹添ふれ共梅雨の古やの軒は洩るにぞありける
前大納言經繼
あやめ草ひく人もなし山しろのとはに波こす五月雨の頃
前大納言經親
伏見院の御時五十番歌合に夏雨をよみ侍りける
樗さく梢に雨はやゝはれて軒のあやめにのこるたまみづ
院冷泉
夏の歌の中に
菖蒲つたふ軒のしづくも絶々に晴間にむかふ五月雨の空
左近中將忠季
百首の歌奉りし時
夕月夜かげろふ窓は凉しくて軒のあやめに風わたる見ゆ
前大納言公泰
暮れかゝる外面の小田の村雨に凉しさそへてとる早苗哉
前大僧正慈鎭
早苗を
まだとらぬ早苗の葉末靡くなりすだく蛙の聲のひゞきに
從二位行家
寳治の百首の歌の中に、同じ心を
三輪川の水堰入れて大和なる布留のわさ田は早苗取る也
冷泉前太政大臣
今よりは五月きぬとや急ぐ覽山田の早苗取らぬ日ぞなき
前參議忠定
早苗とる田面の水の淺みどりすゞしきいろに山風ぞ吹く
藤原爲忠朝臣
百首の歌奉りし時
夕日さす山田のはらを見渡せば杉の木蔭に早苗とるなり
後伏見院御歌
夏の御歌に
小山田や早苗の末に風みえて行くて凉しきすぎの下みち
太上天皇
風わたる田面の早苗色さめていり日殘れる岡のまつばら
進子内親王
早苗とる山もと小田に雨はれて夕日の峯をわたるうき雲
院一條
雨晴るゝ小田の早苗の山もとに雲おりかゝる杉のむら立
從二位爲子
山家五月雨をよみ侍りける
山蔭や谷よりのぼる五月雨の雲は軒まで立ちみちにけり
後山本前左大臣
嘉元の百首の歌に、五月雨を
蛙鳴くぬまの岩がき浪こえてみくさうかるゝ五月雨の頃
參議雅經
千五百番歌合に
五月雨にこえ行く波は葛飾やかつみがくるゝまゝの繼橋
權中納言公雄
題志らず
あすか川ひとつ淵とやなりぬらむ七瀬の淀の五月雨の頃
正二位隆教
河五月雨を
五月雨にきしの青柳枝ひぢて梢をわたるよどのかはぶね
源俊平
寳治の百首の歌の中に、溪五月雨
流れ添ふ山の志づくの五月雨に淺瀬も深きたにがはの水
藤原清輔朝臣
夏の歌とて
田子の浦の藻鹽も燒かぬ梅雨に絶えぬは富士の烟
なりけり
兵部卿成實
河やしろ志のに波こす梅雨に衣ほすてふひまやなからむ
法印定爲
後宇多院に奉りける百首の歌の中に
五月雨の晴間待ち出づる月影に軒のあやめの露ぞ凉しき
後京極攝政前太政大臣
題志らず
五月雨の空をへだてゝ行く月の光はもらでのきのたま水
二品法親王承覺
五月雨にあたら月夜を過しきて晴るゝかひなき夕闇の空
修理大夫顯季
盧橘を
我宿の花橘やにほふらむやまほとゝぎすすぎがてに鳴く
民部卿爲藤
文保三年後宇多院へ奉りける百首の歌の中に
月影に鵜舟のかゞりさしかへて曉やみの夜がはこぐなり
中務卿宗尊親王
鵜川を
大井河鵜舟はそれとみえわかで山もと廻るかゞり火の影
前大納言爲氏
弘安の百首の歌奉りける時
牡鹿待つさつをの火串ほの見えてよそに明行く端山繁山
藤原義孝
照射をよみ侍りける
五月やみそことも知らぬ照射すと端山が裾に明しつる哉
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に
ますらをや端山わくらむともし消ち螢にまがふ夕暗の空
永福門院
三十首の御歌の中に、夏鳥と云ふ事を
かげ志げき木の下やみの暗き夜に水の音して水鷄鳴く
なり
後伏見院御歌
水鷄を
心ある夏の景色の今宵かな木の間の月にくひなこゑして
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
水鷄鳴く森一むらは木ぐらくて月に晴れたる野べの遠方
郁芳門院安藝
夏の歌の中に
槇の戸をしひてもたゝく水鷄哉月の光のさすと見る/\
祝子内親王
松の上に月の姿も見えそめて凉しくむかふ夕ぐれのやま
後京極攝政前太政大臣
雨晴るゝ軒の雫にかげ見えてあやめにすがる夏の夜の月
前關白右大臣
茂りあふ庭の梢を吹き分けて風に洩りくる月のすゞしさ
前中納言重資
百首の歌奉りし時
うたゝねに凉しき影を片しきて簾は月のへだてともなし
從三位盛親
夏の歌の中に
はしちかみ轉寢ながら更くる夜の月の影しく床ぞ凉しき
伏見院新宰相
秋よりも月にぞなるゝ凉むとて轉寢ながら明すよな/\
前大僧正道意
山水の岩洩る音もさ夜ふけて木の間の月の影ぞすゞしき
藤原隆祐朝臣
宵のまに暫し漂ふ雲間より待ち出でゝ見れば明くる月影
賀茂重保
水上夏月を
夏の夜は岩がき清水月冴えてむすべばとくる氷なりけり
後京極攝政前太政大臣
雨後夏月と云ふ事を
夕立の風にわかれて行く雲に後れてのぼる山の端のつき
後鳥羽院御歌
千五百番歌合に
まだ宵の月待つとても明けにけり短き夢の結ぶともなく
伏見院御歌
夏の御歌の中に
月や出づる星の光の變るかな凉しきかぜの夕やみのそら
すゞみつる數多の宿も靜まりて夜更けて白き道のべの月
從二位爲子
夏夜と云ふ事を
星多み晴れたる空は色濃くて吹くとしもなき風ぞ凉しき
小野小町
題志らず
夏の夜の侘しき事は夢をだに見る程もなく明くる
なりけり
寂蓮法師
千五百番歌合に
古への野寺のかゞみ跡絶えて飛ぶ火は夜半の螢なりけり
前關白左大臣基
百首の歌奉りし時
底清き玉江の水にとぶ螢もゆるかげさへすゞしかりけり
式部卿恒明親王
螢を
月うすき庭の眞清水音澄みてみぎはの螢かげみだるなり
順徳院御歌
池水は風もおとせで蓮葉のうへこす玉はほたるなりけり
後一條入道前關白左大臣
螢とぶかた山蔭の夕やみは秋よりさきにかねてすゞしき
皇太后宮大夫俊成女
寳治の百首の歌の中に、水邊螢
秋ちかし雲居までとや行く螢澤邊のみづにかげの亂るゝ
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
秋風とかりにやつぐる夕ぐれの雲近きまで行くほたる哉
凉しやと風の便りを尋ぬれば茂みに靡く野邊のさゆりば
如願法師
夏の歌の中に
山ふかみ雲消えなばと思ひしに又道絶ゆるやどの夏ぐさ
後鳥羽院御歌
建仁四年、百首の御歌の中に、夕立
片岡の棟なみより吹く風にかつ%\そゝぐゆふだちの雨
同院宮内卿
千五百番歌合に
衣手に凉しき風をさきだてゝ曇りはじむるゆふだちの空
前大納言爲家
寳治の百首の歌の中に、夕立
山もとの遠の日影はさだかにてかたへ凉しき夕だちの雲
前大納言經顯
百首の歌奉りし時、夏の歌
外山には夕立すらし立ちのぼる雲よりあまる稻妻のかげ
前大納言爲兼
題志らず
松を拂ふ風は裾野の草に落ちてゆふだつ雲に雨きほふ也
徽安門院
行きなやみ照る日苦しき山道にぬるともよしや夕立の雨
前太宰大貳俊兼
院に三十首の歌召されし時、夏木を
虹のたつ麓の杉は雲に消えて峯より晴るゝ夕だちのあめ
徽安門院小宰相
夕立を
降りよわる雨を殘して風はやみよそになり行く夕立の雲
宣光門院新右衛門督
夏の歌の中に
夕立の雲吹きおくるおひ風に木末のつゆぞまた雨と降る
院御歌
百首の御歌の中に
夕立の雲飛びわくる白鷺のつばさにかけて晴るゝ日の影
後西園寺入道前太政大臣
文保三年後宇多院に百首の歌奉りける時、夏の歌
月うつるまさごの上のにはたづみ跡まで凉し夕だちの雨
後山本前左大臣
更に又日影うつろふ竹の葉に凉しさ見ゆるゆふだちの跡
藤原爲守女
題志らず
降るほどは志ばしとだえて村雨の過ぐる梢の蝉のもろ聲
今上御歌
夏聲と云ふ事を
風高き松の木蔭に立ちよれば聞くも凉しき日ぐらしの聲
進子内親王
蝉を
雨晴れて露吹きはらふ木ずゑより風にみだるゝ蝉の諸聲
二品法親王尊胤
夏の歌の中に
蝉の聲は風にみだれて吹き返す楢のひろ葉に雨かゝる
なり
式部卿恒明親王
暮れはつる梢に蝉は聲やみてやゝかげ見ゆる月ぞ凉しき
院御歌
百首の御歌の中に
空晴れて梢色濃き月の夜のかぜにおどろくせみの一こゑ
藤原隆信朝臣
後京極攝政、左大臣に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、蝉をよめる
鳴きすさぶ隙かときけば遠近にやがて待ちとる蝉の諸聲
伏見院新宰相
納凉を
鳴く蝉の聲やむ杜に吹く風の凉しきなべに日も暮れぬ
なり
藤原爲秀朝臣
夕附日梢によわく鳴く蝉のはやまのかげは今ぞすゞしき
皇太后宮大夫俊成女
建仁三年、影供歌合に、雨後聞蝉と云ふ事を
雨晴れて空ふく風に鳴く蝉の聲もみだるゝもりの下つゆ
曾禰好忠
題志らず
芦の葉に隱れて住めば難波なるこやの夏こそ凉しかりけれ
平政村朝臣
中務卿宗尊親王の家の百首の歌に
夏山の茂みが志たに瀧落ちてふもとすゞしき水の音かな
覺譽法親王
深夜納凉を
吹分くる梢の月はかげふけてすだれにすさぶ風ぞ凉しき
後鳥羽院御歌
夏の御歌の中に
みだれ芦の下葉なみより行く水の音せぬ波の色ぞ凉しき
今出川入道前右大臣
題志らず
風通ふ山松がねの夕すゞみ水のこゝろもくみてこそ知れ
從二位兼行
夏の日の夕影おそき道のべに雲一むらの志たぞすゞしき
祝子内親王
日の影は竹より西にへだゝりて夕風すゞし庭のくさむら
權律師慈成
山川のみなそこきよき夕波に靡く玉藻ぞ見るもすゞしき
權大納言公蔭
山もとや木の志ためぐる小車の簾うごかす風ぞすゞしき
進子内親王
夜納凉といふことを
もりかぬる月はすくなき木の下に夜深き水の音ぞ凉しき
從二位兼行
題志らず
苔青き山の岩根の松かぜにすゞしくすめるみづの色かな
前大僧正慈鎭
夏深き峯の松が枝風こえて月かげすゞしありあけのやま
寂蓮法師
淺茅生に秋まつ程や忍ぶらむ聞きもわかれぬむしの聲々
永福門院
草の末に花こそ見えね雲風も野分に似たるゆふ暮のあめ
大納言通方
夏月を
結ぶ手に月をやどして山の井のそこの心に秋や見ゆらむ
前左大臣
晩風似秋と云ふ事を
松に吹く風も凉しき山陰に秋おぼえたる日ぐらしのこゑ
伏見院御歌
夏の御歌の中に
鳴く聲も高き梢のせみのはの薄き日影にあきぞちかづく
權中納言公雄
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
御祓する河瀬の浪の白ゆふは秋をかけてぞ凉しかりける
圓光院入道前關白太政大臣
六月祓を
御祓するゆくせの波もさ夜ふけて秋風近し賀茂の川みづ
順徳院御歌
湊川夏の行くては知らねども流れて早き瀬々のゆふしで
前中納言定家
後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、殘暑を
秋來てもなほ夕風を松が根に夏を忘れしかげぞたちうき
後嵯峨院御歌
寳治二年、百首の歌人々に召されけるついでに、早秋を
風の音の俄に變るくれはとりあやしと思へば秋は來に鳬
藻壁門院但馬
白露はまだおきあへぬうたゝ寐の袖におどろく秋の初風
正二位隆教
題志らず
露ならぬ泪ももろくなりにけり荻の葉むけの秋のはつ風
入道二品親王法守
秋の歌とて
おちそむる桐の一葉の聲のうちに秋の哀を聞き始めぬる
權大納言公宗
夕暮の雲にほのめく三日月のはつかなるより秋ぞ悲しき
前大納言爲家
夕まぐれ秋來るかたの山の端に影珍らしくいづるみか月
權大納言公蔭
初秋露を
秋來てはけふぞ雲間に三日月の光まちとる萩のうはつゆ
式子内親王
正治二年、百首の歌に
詠むれば木の間移ろふ夕づくよやゝ氣色だつ秋の空かな
從に位家隆
名所の百首の歌の中に、泊瀬山
秋の色はまだこもりえの泊瀬山何をか
ことに露もおくらむ
前中納言定家
題志らず
山里は蝉の諸ごゑ秋かけて外面のきりのした葉おつなり
從三位客子
色うすき夕日の山に秋見えて梢によわる日ぐらしのこゑ
權中納言俊實
影弱き木の間の夕日移ろひて秋すさまじき日ぐらしの聲
永福門院
むら雀こゑする竹にうつる日の影こそ秋の色になりぬれ
凡河内躬恒
七月七日よみ侍りける
今日ははやとく暮れなゝむ久方の天の川霧立ち渡りつゝ
後山本前左大臣
文保三年奉りける百首に
心をばかすともなしに銀河よその逢ふ瀬に暮ぞ待たるゝ
前參議隆康
文永十年内裏にて七夕の七首の歌講ぜられけるに
逢ふ事をまどほに頼む七夕の契やうすきあまの羽ごろも
清輔朝臣
題志らず
思ひやる心も凉し彦ぼしのつままつ宵のあまのかはかぜ
讀人志らず
天の原ふりさけ見れば天の川霧立ちわたる君はきぬらし
伊勢
尚侍貴子の四十の賀民部卿清貫志侍りける屏風に七月七日たらひに影見たる所
珍らしく逢ふ七夕はよそ人も影みまほしき夜にぞありける
紫式部
七夕の歌の中に
大方をおもへばゆゝし天の川今日の逢ふ瀬は羨まれけり
前中納言匡房
天の川逢ふ瀬によする白波は幾夜をへても歸らざらなむ
太宰大貳重家
七夕の逢ふ瀬は難き天の川やすの渡りも名のみなりけり
後光明照院前關白左大臣
七夕の契りは秋の名のみしてまだ短夜はあふほどやなき
源義詮朝臣
年をへてかはらぬ物は七夕の秋をかさぬるちぎり
なりけり
太上天皇
百首の歌の中に
更けぬなり星合の空に月は入りて秋風動く庭のともし火
後嵯峨院御歌
七夕の心を
たなばたに心をかして歎くかな明方ちかきあまのかは風
前大納言實教
後宇多院大覺寺におはしましける頃七夕の七百首の歌の中に、野女郎花を
幾年か嵯峨野の秋の女郎花つかふる道になれて見つらむ
前左兵衛督惟方
顯昭久しくおとづれざりければ申し遣しける
秋くれば萩もふるえに咲く物を人こそかはれもとの心は
法橋顯昭
返し
我が心又かはらずよ初萩の下葉にすがるつゆばかりだに
俊頼朝臣
草花露深と云ふ事を
あだし野の萩の末こす秋風にこぼるゝ露やたま川のみづ
安嘉門院四條
萩をよめる
さこそわれ萩の古枝の秋ならめもとの心を人の問へかし
永福門院
秋の御歌に
眞萩散る庭の秋風身にしみて夕日の影ぞかべに消え行く
前中納言定家
風吹けば枝もとをゝにおく露の散るさへ惜しき秋萩の花
九條左大臣女
乾元二年伏見院の五十番歌合に、秋露を
志をれふす枝吹き返す秋風にとまらずおつる萩のうは露
藤原公直朝臣母
題志らず
一志ぼり雨はすぎぬる庭の面に散りてうつろふ萩が花摺
從三位盛親
秋ふかみ花散る萩はもと透きて殘る末葉の色ぞさびしき
前大納言尊氏
籬薄を
露にふす眞垣の萩は色くれて尾花ぞ志ろき秋かぜのには
伏見院御歌
秋の歌あまたよませ給ひける中に
庭の面に夕べの風は吹きみちて高き薄のすゑぞみだるゝ
見わたせば裾野の尾花吹きしきて夕暮はげし山颪のかぜ
進子内親王
秋さむき夕日は峰にかげろひて岡の尾花にかぜすさぶ也
從三位親子
風後草花を
招きやむ尾花が末も靜にて風吹きとまるくれぞさびしき
院御歌
百首の御歌の中に
吹きうつりなびく薄の末々を長閑にわたる野邊の夕かぜ
藤原隆祐朝臣
九條前内大臣の家の百首の歌に、遠村秋夕と云ふ事を
夕日さす遠山もとのさと見えて薄吹きしく野邊のあき風
二品法親王慈道
薄を
身をかくす宿にはうゑじ花薄招くたよりに人もこそとへ
前大納言爲兼
秋の歌の中に
哀れさもその色となき夕暮の尾花が末にあきぞうかべる
源重之女
招くとも頼むべしやは花ずゝき風に隨ふこゝろなりけり
正三位季經
後法性寺入道關白、右大臣に侍りける時、よませ侍りける百首の歌の中に、草花を
吹く風のたよりならでは花ずゝき心と人を招かざりけり
前中納言定家
題志らず
打ち志めり薄のうれはおもりつゝ西吹く風に靡く村さめ
伏見院御歌
荻風を
こゝにのみあはれやとまる秋風の荻のうへこす夕暮の宿
前大納言爲兼
吹き捨てゝ過ぎぬる風の名殘まで音せぬ荻も秋ぞ悲しき
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時
庭白きいさごに月は移ろひて秋風よわきはなのすゑ%\
前太宰大貳俊兼
秋の歌とて
薄霧のそらはほのかに明けそめて軒の忍に露ぞ見え行く
藤原爲守女
秋ぞかしいかに哀のとばかりにやすくも置ける袖の露哉
藤原重顯
光り添ふ草葉の上に數見えて月を待ちけるつゆの色かな
如願法師
庭草露と云ふ事を
踏み分けて誰れかは訪はむ蓬生の庭も籬もあきの志ら露
後鳥羽院御歌
千五百番歌合に
哀れ昔如何なる野邊の草葉よりかゝる秋風吹き始めけむ
前大僧正覺圓
題志らず
村雲に影さだまらぬ秋の日の移りやすくもくるゝ頃かな
從二位家隆
淺茅原秋風吹きぬあはれまた如何に心のならむとすらむ
伏見院御歌
秋風は遠き草葉をわたるなり夕日の影は野邊はるかにて
藤原爲基朝臣
鷺のゐるあたりの草はうら枯れて野澤の水も秋ぞ寂しき
院御歌
秋の歌あまた詠ませ給ひける中に
村雨のなかば晴れ行く雲霧に秋の日きよきまつ原のやま
永福門院
夕附日岩根の苔に影消えて岡のやなぎはあきかぜぞふく
前大納言爲兼
秋風に浮雲たかく空澄みて夕日になびくきしのあをやぎ
伏見院御歌
庭深き柳の枯葉散りみちてかきほあれたるあきかぜの宿
太上天皇
百首の歌の中に
川遠き夕日の柳岸はれてさぎのつばさにあきかぜぞふく
前中納言重資
影よわき柳がうれのゆふづくひ寂しくうつる秋の色かな
從二位家隆
秋の歌とて
玉島や落ちくるあゆの河柳下葉うち散りあきかぜぞ吹く
儀子内親王
薄霧のやまもと遠く鹿鳴きて夕日かげろふ岡のべのまつ
橘爲仲朝臣
小夜の中山と云ふ所にて鹿の鳴くを聞きて詠める
旅寐するさよの中山さよなかに鹿も鳴くなり妻や戀しき
藤原爲秀朝臣
題志らず
暮れうつる眞垣の花は見え分かで霧に隔てぬ小牡鹿の聲
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
隔たらぬ牡鹿の聲は間近くてきりの色よりくるゝ山もと
寂然法師
秋の歌に
木枯に月澄む峯の鹿の音を我のみ聞くは惜しくもある哉
後京極攝政前太政大臣
千五百番歌合の歌
物思へとする業ならし木の間より落たる月に小男鹿の聲
前大僧正範憲
野鹿を
幾秋の涙さそひつ春日野や聞きてなれぬる小牡鹿のこゑ
貫之
題志らず
秋萩の亂るゝ玉は鳴く鹿の聲より落つるなみだなりけり
基俊
堀川院の百首の歌に、鹿を
風さむみはだれ霜降る秋の夜は山下とよみ鹿ぞ鳴くなる
大納言成道
同じ心を
終夜妻とふ鹿を聞くからに我さへあやないこそ寐られね
式子内親王
正治二年、百首の歌に
山里は峰の木の葉にきほひつゝ雲よりおろす小牡鹿の聲
民部卿爲藤
文保三年後宇多院より召されける百首の歌の中に
小山田の庵もる床も夜さむにて稻葉の風に鹿ぞ鳴くなる
俊頼朝臣
初雁を詠める
初雁は雲居のよそに過ぎぬれど聲は心に止まるなりけり
藤原爲基朝臣
院の五首の歌合に、秋視聽と云ふ事を
色變る柳がうれに風過ぎて秋の日さむみはつかりのこゑ
儀子内親王
吹き志をる千種の花は庭に臥して風にみだるゝ初雁の聲
前大僧正道玄
雁を
このねぬる朝風寒み初雁の鳴く空見ればこさめ降りつゝ
後西園寺入道前太政大臣
題志らず
村雲によこぎる雁の數みえて朝日に消ゆるみねのあき霧
伏見院御歌
百首の御歌の中に
朝ぼらけ霧の晴れ間の絶え%\に幾列過ぎぬ天つ雁がね
從三位爲信
伏見院に三十首の歌奉りける時、霧中雁を
霧薄き秋の日影の山の端にほの%\見ゆるかりの一つら
後伏見院中納言典侍
秋の歌に
夕日影寂しく見ゆる山もとの田面にくだるかりの一つら
覺譽法親王
百首の歌奉りし時
夕霧のむら/\晴るゝ山際に日影をわたるかりの一つら
大納言公重
しをれ來て都も同じあき霧につばさや干さぬ天つ雁がね
皇太后宮大夫俊成
和歌所にて暮山遠雁と云ふ事を講ぜられけるに
小倉山ふもとの寺の入相にあらぬ音ながらまがふ雁がね
從二位家隆
晴れ染むる遠の外山の夕霧に嵐をわくるはつかりのこゑ
伏見院御歌
秋の御歌の中に
打ちむれてあまとぶ雁のつばさまで夕に向ふ色ぞ悲しき
院御歌
百首の御歌に
雲遠き夕日の跡の山際に行くとも見えぬかりのひとつら
關白右大臣
雲間もる入日の影に數見えてとほぢの空を渡るかりがね
徽安門院
秋の歌とて
雁の鳴くとほぢの山は夕日にて軒ばしぐるゝ秋の村くも
前大納言爲兼
夕日移る柳の末の秋風にそなたのかりのこゑもさびしき
大江宗秀
秋風にうす霧晴るゝ山の端をこえてちかづく雁の一つら
永福門院内侍
雁の鳴く夕の空のうす雲にまだ影見えぬつきぞほのめく
二品法親王尊胤
秋風の高きみ空は雲晴れてつきのあたりに雁のひとつら
伏見院御歌
雁を
連れてとぶ數多の翅横切りて月の下行く夜半のかりがね
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
萩の上に雁の涙の置く露はこほりにけりな月にむすびて
徽安門院一條
百首の歌奉りしに
窓白き寐覺の月の入りがたにこゑもさやかに渡る雁がね
賀茂保憲女
秋の歌の中に
秋の夜のねざめの程を雁がねの空にしればや鳴渡るらむ
和泉式部
雁がねの聞ゆるなべに見渡せば四方の梢も色づきにけり
讀人志らず
題志らず
雲の上に鳴つる雁の寒きなべに木々の下葉は移ろはむかも
穂積皇子
今朝の朝げ雁がね聞きつ春日山紅葉にけらしわが心痛し
貫之
朝霧の覺束なきに秋の田の穗に出でゝ雁ぞ鳴き渡りける
前大納言爲家
春日の社に奉りける百首の歌の中に
色かはる梢を見ればさほ山の朝霧がくれかりは來にけり
後伏見院御歌
霧中雁を
天つ雁霧のあなたに聲はして門田のすゑぞ霜にあけゆく
永福門院
月前虫と云ふ事を
きり%\す聲はいづくぞ草もなき白洲の庭の秋の夜の月
藤原定成朝臣
きり%\す月をやしたふ庭遠くかたぶく方の影に鳴く也
前左大臣
夜虫を
宵の間は稀に聞きつる虫の音も更けてぞ志げき蓬生の庭
章義門院
題志らず
分きてなど夜しも増る憂へにて明くるを際に虫の鳴く覽
接心院内大臣
野邊の色もかれのみ増る淺茅生に殘るともなき松虫の聲
權大納言公蔭
百首の歌奉りし時
蛬おのが鳴く音もたえ%\にかべのひま洩る月ぞ悲しき
後京極攝政前太政大臣
秋の歌とて
虫の音は楢の落葉に埋もれて霧のまがきに村さめの降る
從二位兼行
蛬なく夜をさむみ置くつゆに淺茅が上ぞいろかれてゆく
前大納言爲兼
伏見院の御時、六帖の題にて人々歌詠ませさせ給ひけるに、秋雨を
庭のむしは鳴きとまりぬる雨の夜のかべに音する蛬かな
今出川前右大臣
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
夜さむなる枕の下のきり%\す哀に聲のなほのこりける
西行法師
題志らず
何となく物悲しくぞ見えわたる鳥羽田の面の秋の夕ぐれ
後鳥羽院御歌
建仁元年、百首の御歌の中に
露しげき鳥羽田の面の秋風に玉ゆらやどる宵のいなづま
大納言公重
秋の歌に
秋の田のまだはつかなるほの上を遙かに見する宵の稻妻
權大納言公蔭
院に三十首の歌召されし、時秋山を
夕日さす外山の梢あきさびて麓の小田もいろづきにけり
前内大臣
百首の歌奉りし時
小山田の露のおくてのいなむしろ月をかたしく床の獨寐
前大納言經房
題志らず
何となく山田のいほの悲しきに秋風寒みうづら鳴くなり
式子内親王
正治の百首の歌に
うちはらひ小田の淺茅にかる草の茂みが末に鶉たつなり
藤原爲秀朝臣
稻妻を
稻づまの暫しもとめぬ光にも草葉のつゆの數は見えけり
從三位實名
秋の雨の晴れ行く跡の雲間より志ばしほのめく宵の稻妻
前大納言爲家
夕やみに見えぬ雲間も顯はれて時々てらす宵のいなづま
伏見院御歌
秋の御歌に
にほひ志らみ月の近づく山の端の光に弱るいなづまの影
徽安門院
月をまつ暗き籬の花のうへに露をあらはす宵のいなづま
後伏見院御歌
待月と云ふ事を
聲たつる軒の松風庭のむし夕ぐれかけてつきやもよほす
太上天皇
百首の歌の中に
草むらの虫の聲より暮れそめて眞砂の上ぞ月になりぬる
院一條
秋の歌に
草がくれ虫鳴きそめて夕ぎりの晴間の軒に月ぞ見えゆく
伏見院新宰相
影うすき月見えそめて庭の面の草に虫鳴く宿のゆふぐれ
祝子内親王
吹分くる竹のあなたに月みえて籬は暗きあきかぜのおと
前大納言經顯
立並ぶ松の木の間に見えそめて山のはつかに月ぞ仄めく
關白右大臣
百首の歌奉りし時、秋の歌に
いましはや待たるゝ月ぞ匂ふらし村雲白き山の端のそら
徽安門院
題志らず
隈もなく閨のおくまでさし入りぬ向ひの山をのぼる月影
前太宰大貳俊兼
月のぼる夕の山に雲晴れてみどりの空をはらふあきかぜ
院御歌
百首の御歌に
暮もあへず今さしのぼる山の端の月のこなたの松の一本
[1]A子内親王
月の歌の中に
山の端を出でぬと見ゆる後までも麓の里は月ぞまたるゝ
前大納言尊氏
程もなく松より上になりにけり木のまもりつる夕暮の月
藤原定宗朝臣
出づるより雲もかゝらぬ山の端を靜にのぼる秋の夜の月
伏見院御歌
八月十五夜伏見に御幸ありて人々に月の歌詠ませさせ給ひけるついでに
軒近き松原山のあきかぜに夕ぐれきよくつきいでにけり
前中納言定家
秋の歌とて
月影を葎の門にさし添へて秋こそきたれとふひとはなし
前關白左大臣
月の歌に
さ夜更けて人は志づまる槇の戸に獨さし入る月ぞ寂しき
前參議家親
伏見院萬葉の言葉にて人々に歌よませさせ給ひける時、秋のもゝ夜と云ふ事を
ながしてふ秋の百夜を重ねても詠めあくべき月の影かは
從二位隆博
月を
心こそあくがれやすく成にけれ詠めうかるゝ月の導べに
清輔朝臣
ひたすらに厭ひも果てじ村雲の晴間ぞ月は照り増りける
後鳥羽院御歌
正治二年百首の歌召されける時
薄雲のたゞよふ空の月影はさやけきよりもあはれ
なりけり
從二位爲子
題志らず
月影の澄みのぼる跡の山際にたゞ一なびき雲ののこれる
後久我前太政大臣
千五百番歌合に
秋はたゞ荻の葉過ぐる風の音に夜深くいづる山の端の月
權大納言實尹
月前萩を詠める
眞萩原夜ふかく月にみがゝれておき添ふ露の數ぞ隱れぬ
前大納言實明女
月前露を
打ちそよぎ竹の葉登る露ならで月更くる夜の又音もなし
藤原爲基朝臣
月を詠み侍りける
月の行く晴間の空はみどりにてむら/\白き秋のうき雲
平宗宣朝臣
絶々の雲間に傳ふかげにこそ行くとも見ゆれ秋の夜の月
永福門院
題志らず
村雲に隱れあらはれ行く月の晴れも曇りも秋ぞかなしき
吹き志をる風に志ぐるゝ呉竹のふしながら見る庭の月影
前大納言爲兼
月の歌とて
月の色も秋にそめなす風の夜の哀うけとるまつの音かな
永福門院内侍
松風も空にひゞきて更くる夜の梢にたかき深山べのつき
崇徳院御歌
みし人に物の哀を知らすればつきやこのよの鏡なるらむ
選子内親王
月のくまなき夜詠み侍りける
心澄む秋の月だになかりせばなにをうき世の慰めにせむ
民部卿爲定
百首の歌奉りし時、秋の歌
秋を經て涙落ち添ふ袖の月いつを晴間と見る夜半もなし
院御歌
見月と云ふ事を
我が心澄める計りに更け果てゝ月を忘れてむかふ夜の月
前大納言忠良
同じ心を
雲晴れてすめばすみけりみる人の心やつきの心なるらむ
二品法親王覺助
文保三年、百首の歌に
我袖の露も涙もあまりあるあきのうれへは月のみぞとふ
西行法師
月を詠める
深き山に澄みける月をみざりせば思出もなき我身ならまし
前大僧正道玄
心こそやゝ澄み増れ世の中を遁れて月は見るべかりけり
崇徳院御歌
山家月を
山里は月も心やとまるらむみやこにすぎて澄み増るかな
西行法師
月の歌とて
何處とて哀ならずはなけれ共荒れたる宿ぞ月はさやけき
庵にもる月の影こそ寂しけれ山田はひたの音ばかりして
藤原爲秀朝臣
霧はるゝ遠の山もとあらはれて月かげみがく宇治の川波
前中納言定資
秋の歌に
影ははや遠きうらわにさきだちて磯山出づる秋の夜の月
皇太后宮大夫俊成
月前旅を
清見潟波をかたしく旅ごろも又やはかゝる月を來て見む
後鳥羽院御歌
海邊月明といふ事を
清見潟ふじの烟や消えぬらむ月かげみがくみほのうら波
平忠度朝臣
遍昭寺にて人々月見侍りけるに
あれにける宿とて月は變らねどむかしの影は猶ぞ床しき
前大納言爲氏
寳治の百首の歌に、山月を
常磐山かはる梢は見えねども月こそ秋のいろにいでけれ
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左京大夫顯輔
九月十三夜月を見て
暮の秋月のすがたはたらねども光は空にみちにけるかな
院御歌
仁和寺よりあからさまに京へ御幸ありて九月十三夜、山家月を
深山出でし秋の旅ねの夜頃へて宿もる月や主人まつらむ
前參議俊言
九月十三夜、住吉の社にて詠み侍りける
住吉の神のおまへの濱きよみこと浦よりも月やさやけき
從二位宣子
秋の歌とて
しばし見むかたぶく方は空晴れて更けばと頼む村雲の月
永福門院内侍
山里にて月を見て詠める
露ふかき籬の花はうすぎりて岡邊の杉につきぞかたぶく
儀子内親王
院の五首の歌合に、秋風月と云ふ事を
風に落つる草葉の露も隱なくまがきに清きいりがたの月
前大僧正慈鎭
題志らず
入る月を返すあらしはなかりけり出づる峯には松の秋風
太宰大貳重家
月の歌とて詠める
詠めやる秋の山風心あらばかたぶく月を吹きやかへさぬ
前大納言經顯
月はなほ中空高くのこれども影薄くなるありあけのには
院御歌
月前草花を
風になびく尾花が末にかげろひて月遠くなる有明のには
宣光門院新右衛門督
百首の歌奉りし時、秋の歌
影きよき有明の月は空すみて鹿の音高きあかつきのやま
萬秋門院
嘉暦二年九月十五日内裏の五首の歌合に、曉月聞鹿と云ふ事を
有明の月はかたぶく山の端に鹿の音高き夜半のあきかぜ
西園寺前内大臣女
秋天象と云ふ事を詠み侍りける
月ならぬ星の光もさやけきは秋てふ空やなべてすむらむ
前中納言季雄
元享元年、内裏にて三首講ぜられけるに、霧間曉月
有明の月は絶々影見えてきり吹きわくるあきのやまかぜ
後西園寺入道前太政大臣
題志らず
村雲の隙行く月の影はやみかたぶく老のあきぞかなしき
選子内親王家中務
大齋院の女房春秋の哀をあらそひ侍りけるに中將、春の曙は猶勝るなど申しけるが秋の頃山里に籠りゐて侍りけるに云ひ遣しける
山里に有明の空を詠めてもなほや知られぬあきの哀れは
伏見院御歌
秋の御歌の中に
山風も時雨になれる秋の日にころもやうすき遠のたび人
永福門院
さすとなき日影は軒に移ろひて木の葉にかゝる庭の村雨
宣光門院新右衛門督
百首の歌奉りし時
もろくなる柳の下葉かつ散りて秋物さむきゆふぐれの雨
順徳院御歌
百首の御歌の中に
村雨の空吹きすさぶ夕かぜに一葉づゝ散る玉のをやなぎ
照訓門院權大納言
題志らず
一志きり嵐は過ぎて桐の葉の志づかに落つる夕ぐれの庭
太上天皇
秋の歌に
濡れて落つる桐の枯葉は音を重み嵐はかろき秋のむら雨
大納言公重
百首の歌奉りし時
落ちすさぶ槇の下露猶ふかし雨の名殘のきりのあさあけ
藤原爲秀朝臣
立ちそむる霧かと見れば秋の雨の細かにそゝぐ夕暮の空
徽安門院
題志らず
志をりつる野分はやみて東雲の雲にしたがふ秋のむら雨
院一條
吹きみだし野分にあるゝ朝あけの色濃き雲に雨こぼる
なり
前大納言爲兼
野分を
野分だつ夕の雲のあしはやみ時雨に似たるあきのむら雨
藤原爲名朝臣
草も木も野分にしをる夕暮は空にも雲のみだれてぞゆく
院一條
秋の歌に
鳩の鳴く杉の木末のうす霧に秋の日よわきゆふぐれの山
永福門院
卅首の御歌の中に、秋山を
山蔭や夜のまの霧のしめりより又落ちやまぬ木々の下露
秋朝の心を
薄霧の朝げの梢色さびてむしの音のこすもりのしたぐさ
彈正尹邦省親王
野霧
津の國のゐなのゝ霧の絶々にあらはれやらぬこやの松原
權大納言資明
百首の歌奉りし時
朝日山まだ影くらき曙にきりのした行く宇治のしばふね
大江廣秀
題志らず
打ち渡す濱名の橋のあけぼのに一むらくもるまつの薄霧
前太宰大貳俊兼
朝日影うつる梢は露落ちて外面のたけにのこるうすぎり
左近中將忠季
百首の歌奉りしに
日影さすいな葉が上は暮れやらで松原うすき霧の山もと
前中納言爲相
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
奥みえぬ端山の霧のあけぼのに近き松のみのこる一むら
後西園寺入道前太政大臣
入りかゝる遠の夕日は影消えて裾より暮るゝ薄ぎりの山
權中納言俊實
秋の歌とて
霧深きつま木の道のかへるさに聲ばかりしてくだる山人
前大納言尊氏
秋山と云ふ事を
入相は檜原の奥に響き初めて霧にこもれる山ぞ暮れ行く
藤原爲基朝臣
立ちこめて尾上も見えぬ霧の上に梢ばかりの松のむら立
前大納言爲兼
河霧を詠み侍りける
朝嵐の峯よりおろす大井川うきたる霧もながれてぞゆく
前大僧正實超
伏見山ふもとの稻葉雲晴れて田面に殘るうぢのかはぎり
前左兵衛督爲成
海邊霧を
入海の松の一むらくもりそめて鹽よりのぼる秋のゆふ霧
二條院參河内侍
難波潟浦さびしさは秋霧のたえ間に見ゆるあまのつり舟
從二位家隆
秋の歌の中に
さえのぼるひゞきや空に更けぬらむ月の都も衣うつなり
鎌倉右大臣
月前擣衣と云ふ事を
夜をさむみ寐ざめて聞けば長月の有明の月に衣うつなり
民部卿爲定
建武二年、内裏の千首の歌に、擣衣
衣うつよその里人なれをしぞあはれとは思ふ秋の夜寒に
九條左大臣女
秋夜を
今は早あけぬと思ふ鐘のおとの後しも長き秋の夜半かな
永福門院内侍
百首の歌奉りし時
染めやらぬ梢の日影うつりさめてやゝ枯れ渡る山の下草
新室町院御匣
院、三十首のうた召されし時、秋木を
岡べなるはじの紅葉は色こくて四方の梢につゆの一志ほ
左兵衛督直義
おのれとや色づきそむる薄紅葉まだ此頃は志ぐれぬ物を
侍從具定
見るまゝに紅葉色づく足引の山の秋かぜさむくふくらし
中院入道前内大臣
山紅葉を
間なく降る時雨に色やつくば山志げき梢も紅葉しにけり
後宇多院御歌
岡紅葉と云ふ事を
色々にならびの岡の初もみぢ秋の嵯峨野の往來にぞ見る
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
朝霧の晴れ行く遠の山もとにもみぢまじれる竹の一むら
前大僧正道玄
題志らず
志賀の山越えて見やれば初時雨古き都はもみぢしにけり
讀人志らず
秋されば置く露霜にあへずして都の山はいろづきぬらむ
權大納言長家
人々さそひて大井川にまかりて紅葉臨水と云ふ事を詠み侍りける
大井川山の紅葉を映しもてからくれなゐの波ぞ立ちける
後京極攝政前太政大臣
紅葉を
時雨つる外山の雲は晴にけり夕日に染むる峯のもみぢば
内大臣
紅葉映日と云ふ事を
日影さへ今一志ほをそめてけり時雨の跡の峰のもみぢ葉
前中納言清雅
伏見院に卅首の歌奉りける時、山紅葉を詠み侍りける
晴れ渡る日影に見れば山もとの梢むら/\紅葉しにけり
院御歌
人々に三十首の歌召されけるついでに、秋山を
霧晴るゝ田面の末に山みえて稻葉に續く木々のもみぢ葉
秋木
呉竹のめぐれるさとを麓にて烟にまじるやまのもみぢ葉
今上御歌
秋望と云ふ事を
夕日うつる外面の杜のうす紅葉寂しき色に秋ぞ暮れ行く
後嵯峨院御歌
建長二年吹田に御幸ありて人々に十首の歌詠ませさせ給ひけるついでに
唐土もおなじ空こそ志ぐるらめから紅にもみぢするころ
伏見院御歌
二品法親王覺助長月の末に長谷の山庄にまかりて紅葉の枝を折りて奉りけるに此の一枝の殘りゆかしくこそとて給はせける
色ふかき宿の紅葉の一枝に折知るひとのなさけをぞ見る
一品親王覺助
御返し
色添へて見るべき君の爲とてぞ我が山里の紅葉をも折る
式子内親王
正治二年百首の歌の中に
解けて寐ぬ袖さへ色にいでねとや露吹き結ぶみねの木枯
能宣朝臣
長月の頃鈴鹿山の紅葉を見て
下紅葉色々になるすゞか山時雨のいたく降ればなるべし
花山院御歌
九月九日を
萬代をつむともつきじ菊の花長月のけふあらむかぎりは
山階入道前左大臣
寳治の百首の歌に、重陽宴を
長月のきくのさかづき九重にいくめぐりとも秋は限らじ
冷泉前太政大臣
九重に千代をかさねてかざす哉けふをり得たる白菊の花
藤原隆祐朝臣
めぐりあふ月日もおなじ九重に重ねて見ゆる千世の白菊
後醍醐院御歌
位の御時三首の歌講ぜられけるついでに、庭菊を
百敷や我が九重の秋の菊こゝろのまゝにをりてかざゝむ
源光行
題志らず
夜もすがら光は霜をかさぬれど月には菊のうつろはぬ哉
前中納言師時
堀川院の百首の歌に、菊を
霜枯れむ事をこそ思へ我が宿のまがきににほふ白菊の花
貫之
屏風に、をんなの菊の花見たる所
置く霜の染めまがはせる菊の花孰か本の色にはあるらむ
前中納言定家
秋の歌に
鵙のゐるまさぎの末は秋たけてわらや烈しきみねの松風
進子内親王
百首の歌奉りし時、秋の歌
見るまゝにかべに消え行く秋の日の時雨に向ふ浮雲の空
前中納言匡房
霜草欲枯虫思苦と云へる心を
初霜に枯れ行くくさの蛬あきはくれぬときくぞかなしき
前參議教長
崇徳院より召されける百首の歌に
ほに出でゝ招くとならば花薄過ぎ行く秋をえやは止めぬ
後鳥羽院御歌
秋の御歌の中に
窓深き秋の木の葉を吹き立てゝ又時雨れ行く山颪のかぜ
權大納言公宗女
院の五首の歌合に、秋視聽と云ふ事を
秋の雨の窓うつ音に聞き侘びて寐ざむるかべに燈火の影
前大僧正覺圓
暮秋雨を
庭の面に荻の枯葉は散りしきて音すさまじきゆふ暮の雨
西園寺前内大臣女
院に三十首の歌めされし時、秋木を
秋の雨に萎れて落つる桐の葉は音するしもぞ寂しかりける
永福門院
題志らず
もろくなる桐の枯葉は庭に落ちて嵐にまじるむら雨の音
慶政上人
秋の頃詠み侍りける
年經たる深山のおくの秋のそら寐ざめ志ぐれぬ曉ぞなき
後鳥羽院御歌
建仁四年百首の御歌に
何となく庭の蓬も下をれてさび行く秋のいろぞかなしき
伏見院御歌
暮秋虫を
夕日うすき枯葉の淺茅志たすぎてそれかと弱き虫の一聲
後伏見院左京大夫
うら枯るゝ淺茅がにはの蛬よわるを志たふ我もいつまで
式子内親王
正治の百首の歌に
志るきかな淺茅色づく庭の面に人めかるべき冬の近さは
侍從隆朝
百首の歌奉りし時
いとはやもをしね色づく初霜のさむき朝げに山風ぞ吹く
後伏見院御歌
秋霜を詠ませ給ひける
夕霜の古枝の萩の下葉より枯れ行く秋のいろは見えけり
從二位爲子
淺茅秋霜を
長月や夜さむの頃の有明のひかりにまがふ淺茅生のしも
前大納言長雄
秋の歌に
風わたる眞葛が原に秋暮れてかへらぬ物は日かず
なりけり
登蓮法師
九月盡に詠める
年ごとに變らぬ今日の歎かな惜みとめざる秋は無けれど
前中納言爲相
山をこえ水をわたりて慕ふともしらばぞ今日の秋の別路
常磐井入道前太政大臣
寳治の百首の歌に九月盡を
行く秋の名殘をけふに限るとも夕は明日のそらも變らじ
後伏見院御歌
同じ心を
月も見ず風も音せぬ窓のうちにあきをおくりてむかふ燈
前大納言公任
十月一日おほ井にまかりてこれかれ歌詠みけるに
落積るもみぢ葉見れば大井川堰にとまる秋にぞありける
圓光院入道前關白太政大臣
杜初冬と云ふ事を
冬のきて霜の降りはも哀れなり我もおいそのもりの下草
後二條院御歌
百首の御歌の中に
もみぢ葉の深山に深く散敷くは秋の歸りし道にやある覽
伏見院新宰相
初冬の歌に
草枯れて寂しかるべき庭の面に紅葉散敷き菊も咲きけり
後西園寺入道前太政大臣
浮雲の秋より冬にかゝるまで時雨すさめるとほやまの松
太上天皇
時雨を
夕日さす落葉が上に時雨過ぎて庭にみだるゝ浮雲のかぜ
儀子内親王
山あらしに浮き行く雲の一通り日影さながら時雨降る也
從三位盛親
降りすさぶ時雨の空の浮雲に見えぬ夕日の影ぞうつろふ
民部卿爲定
文保の百首の歌奉りし時
時雨るともよそには見えず絶々に外山をめぐる峯の浮雲
前中納言爲相
冬の歌の中に
時雨行く雲間に弱き冬の日のかげろひあへず暮るゝ空哉
前大納言家雅
伏見院の五十首の歌合に、冬雲を
浮きて行く雲の絶々影見えてしぐるゝ山の夕日さすなり
前參議教長
時雨を詠める
時雨の雨何と降るらむはゝそ原散りての後は色も増らじ
進子内親王
題志らず
山嵐に木の葉降り添ふ村時雨晴るゝ雲間に三日月のかげ
後鳥羽院御歌
神無月雲間待つ間に更けにけりしぐるゝ頃の山の端の月
永福門院
月の姿なほ有明の村雲にひとそゝぎするしぐれをぞ見る
權大納言公蔭
神無月くもの行くての村時雨はれも曇りも風のまに/\
伏見院新宰相
百番歌合に、閨時雨を
折々に時雨おとして長き夜の閨の板間はまてどしらまず
藤原爲仲朝臣
冬の歌の中に
外山より時雨れてわたる浮雲に木の葉吹きまぜゆく嵐哉
永陽門院左京大夫
誘ひ果てし嵐の後のゆふしぐれ庭の落葉を猶やそむらむ
大中臣頼基
均子内親王の裳着侍りけるに尚侍淑子に送り侍りける屏風に笠取山のほとりを人行く程に時雨のするに袖をかづきたる所
笠取の山を頼みしかひもなく時雨に袖をぬらしてぞ行く
從二位爲子
題志らず
時雨れ行く唯一村は早くしてなべての空は雲ぞ長閑けき
永福門院
むら/\に小松まじれる冬枯の野べ凄じき夕ぐれのあめ
進子内親王
枯れつもる楢の落葉に音すなり風吹きまさる夕ぐれの雨
伏見院御歌
落葉深といふ事を人々に詠ませ給ひけるついでに
吹分くる木の葉の下も木のはてに庭見せかぬる山颪の風
後伏見院御歌
冬庭をよませ給ひける
時雨るとも知られぬ庭は木葉濡て寒き夕日は影落ちに鳬
四條太皇大后宮下野
宇治入道前關白の家に殿上人ども殘の紅葉を尋ぬと云ふ題を詠み侍りける時
心して風の殘せるもみぢ葉を尋ぬる山のかひに見るかな
貫之
題志らず
もみぢ葉の散り敷く時は行き通ふ跡だに見えぬ山路也鳬
順
山川に紅葉の流るゝを見て
水上に時雨降るらし山川の瀬にも紅葉のいろふかく見ゆ
後嵯峨院御歌
弘長二年、嵯峨にて十首の歌講ぜられけるついでに、河落葉
我宿の物なりながら大井河せきも止めず行く木の葉かな
後二條院御歌
冬の御歌に
神南備の山下風の寒けくにちりかひ曇る四方のもみぢ葉
院兵衛督
神垣のもりの木の葉は散りしきて尾花殘れる春日野の原
芬陀利花院前關白内大臣
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
吹く風のさそふともなき梢より落つる枯葉の音ぞ寂しき
權大納言公宗
冬の歌とて
入相のひゞきを送る山風にもろき木の葉の音ぞまじれる
後一條入道前關白左大臣
いつの間に苔さへ色のかはるらむ今朝初霜のふる郷の庭
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
秋見しはそれとばかりの萩がえに霜の朽葉ぞ一葉殘れる
權大納言資明
冬枯の芝生の色の一とほり道ふみ分くる野べのあさじも
祝子内親王
題志らず
霜さむき朝げの山はうすぎりて氷れる雲にもる日影かな
今上御歌
冬の御歌の中に
霜こほる竹の葉分に月冴えて庭しづかなるふゆの小夜中
權大納言公蔭
吹きとほす梢の風は身にしみて冴ゆる霜夜の星清きそら
藤原爲基朝臣
冬動物と云ふ事を
置く霜は閨までとほる明け方の枕にちかきかりの一こゑ
紀淑文朝臣
霜を
殘りつる峯の日影も暮れはてゝ夕霜さむしをかのべの里
前大僧正源惠
暮れかゝる日影はよそになりにけり夕霜氷る森のした草
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
空高く澄みとほる月は影冴えてしばふに白き霜の明け方
祝部成茂
冬の歌に
紅葉せし岡べも今は白たへのしもの朽葉に月ぞこほれる
三條入道前太政大臣
草葉こそ置添ふ霜にたへざらめ何にかれ行く宿の人目ぞ
前大納言實教
寒草を詠める
ふりはつる我をもすつな春日野やおどろが道の霜の下草
前中納言定家
建仁元年三月、歌合に嵐吹寒草と云ふ事を
淺茅生や殘るはずゑの冬の霜置き所なくふくあらしかな
從二位家隆
冬の歌の中に
霜白き神の鳥居の朝がらす鳴く音もさびし冬のやまもと
後伏見院中納言典侍
霜とくる日影の庭は木の葉濡れて朽にし色ぞ又變りぬる
正三位經家
後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、殘菊
染めかふるまがきの菊の紫は冬に移ろふ色にぞ有りける
後宇多院御歌
人々に歌を召して合せられけるついでに庭殘菊と云ふことを詠ませ給ひける
庭の面に老の友なる白ぎくは六十ぢの霜や猶かさぬべき
藤原道信朝臣
菊を見て詠める
濃紫殘れるきくは白露のあきのかたみに置けるなりけり
前大納言爲世
文保の百首の歌の中に
冬されば冴ゆる嵐の山の端にこほりをかけて出づる月影
正二位隆教
百首の歌奉りしに
おぼろなる光も寒し霜ぐもり冴えたる空に更くる夜の月
儀子内親王
題志らず
吹くとだに知られぬ風は身にしみて影さへ通る霜の上の月
二品法親王覺助
長き夜の霜の枕はゆめ絶えて嵐のまどにこほるつきかげ
徽安門院
冬雲を
氷るかと空さへ見えて月のあたり村々白き雲もさむけし
冷泉前太政大臣
河邊冬月
武士のやそうぢ川の冬の月入るてふ名をば習はざらなむ
藤原爲秀朝臣
瀬だえするふる川水の薄氷ところ%\にみがくつきかげ
後伏見院御歌
題志らず
鐘の音にあくるか空とおきて見れば霜夜の月ぞ庭靜なる
左近中將忠季
有明の月と霜との色のうちに覺えず空もしらみ初めぬる
前大納言爲兼
冬鐘と云ふ事を
吹き冴ゆる嵐のつての二聲に又はきこえぬあかつきの鐘
増基法師
曉がたに千鳥の鳴くを聞きて
あかつきや近くなるらむ諸共にかならずも鳴く鳥千鳥哉
左京大夫顯輔
千鳥を詠み侍りける
近江路や野島が崎の濱風にゆふなみ千鳥たちさわぐなり
正三位經朝
寳治の百首の歌に、潟千鳥
夕暮の汐風あらく鳴海潟かたもさだめず鳴くちどりかな
平宣時朝臣
海邊千鳥と云ふ事を
遙なる沖の干潟の小夜千鳥みちくる汐にこゑぞちかづく
權中納言通相
寒蘆を
難波潟入江にさむき夕日影殘るもさびしあしのむらだち
如願法師
湊いりのたなゝし小舟跡見えて芦の葉むすぶうす氷かな
後西園寺入道前太政大臣
氷を詠める
行きなやむ谷の氷の下むせび末にみなぎるみづぞ少なき
惠助法親王
冬深き谷の下水音絶えてこほりのうへをはらふ木がらし
前關白左大臣基
冬の歌の中に
分きて猶こほりやすらむ大井川さむる嵐のやま蔭にして
藤原爲忠朝臣
百首の歌奉りし時
風寒き山かげなればなつみ河むすぶ氷のとくる日もなし
永福門院
冬雨を
寒き雨は枯野の原に降り志めて山松風のおとだにもせず
伏見院御歌
冬夕の心を詠ませ給ひける
梢には夕あらし吹きて寒き日の雪げの雲にかり鳴き渡る
式子内親王
正治の百首の歌の中に
むれてたつ空も雪げにさえ暮れて氷の床に鴛ぞ鳴くなる
前中納言爲相女
霰を
空さむみ雪げもよほす山風のくものゆきゝに霰ちるなり
前中納言重資
風の音も寒き夕日は見えながら雲一村にあられ落つなり
如法三寳院入道前内大臣
野外霰と云ふ事を
霜氷る野べのさゝ原風冴えてたまりもあへず降る霞かな
式子内親王
正治の百首の歌の中に、冬の歌
時雨つゝ四方の紅葉は降り果てゝ霰ぞ落つる庭の木葉に
前大納言爲兼
題志らず
降り晴るゝ庭の霰は片よりて色なる雲ぞそらに暮れ行く
伏見院新宰相
冬夜と云ふ事を
夕べよりあれつる風のさえ/\て夜深き窓に霰をぞ聞く
權僧正永緑
霰を
冬の夜の寐覺に聞けばかた岡のならの枯葉に霰降るなり
民部卿爲定
百首の歌奉りし時
音たつる外面のならのひろばにも餘りてよそに散る霰哉
章義門院
題志らず
詠めやる岡の柳は枝さびて雪まつそらのくれぞさむけき
藤原爲基朝臣
浮雲の志ぐれ暮して晴るゝ跡になかば雪なる軒の山の端
鎌倉右大臣
雪の歌の中に
まきもくの檜原の嵐冴え/\てゆつきが嶽に雪降りに鳬
後鳥羽院御歌
建仁元年三月、歌合に、雪似白雲と云ふ事を
雪やこれはらふ高間の山風につれなき雲のみねに殘れる
前中納言定家
策々窓戸前、又聞新雪下と云ふ事を
初雪の窓のくれ竹ふしながらおもるうは葉の程ぞ聞ゆる
前中納言雅孝
題志らず
降りけるも眞砂の上は見え分かで落葉に白き庭のうす雪
道命法師
庭はたゞ霜かと見れば岡のべの松の葉白き今朝のはつ雪
藤原朝定
笹の葉の上ばかりには降り置けど道も隱れぬ野べの薄雪
院冷泉
跡たえてうづまぬ霜ぞすさまじき芝生が上の野べの薄雪
寂惠法師
朝日影さすや雲間のたえ%\にうつるも氷る峯のしら雪
右近大將道嗣
冬の歌に
いづくとも積るたかねは見えねども雲の絶々降れる白雪
内大臣
野雪と云ふ事を詠み侍りける
高嶺にはけぬが上にや積るらむ富士の裾野の今朝の初雪
藤原爲守
行路雪を
旅人の先だつ道はあまたにて跡なきよりもまがふ雪かな
藤原重能
左兵衞督直義の家の歌合に
波かゝるしづえは消えて磯の松梢ばかりにつもるしら雪
前大納言爲兼
雪降りける日日吉の社へまうでけるに山深くなるまゝ風吹きあれて行くさきも見えず雲立ちむかひ侍りければ
行く先は雪の吹雪に閉ぢ籠めて雲に分け入る志賀の山越
鎌倉右大臣
題志らず
深山には白雪降れりしがらきのまきの杣人みち辿るらむ
基俊
山家雪
雪のうちに今日も暮しつ山里はつま木のけぶり心細くて
民部卿爲定
文保の百首の歌奉りける時、冬の歌
降るまゝに檜原も最どこもりえの初瀬の山は雪積るらし
永福門院
百番歌合に、山雪を
鳥の聲松の嵐のおともせず山志づかなるゆきのゆふぐれ
津守國基
雪の歌とて詠める
三吉野やすゞふく音はうづもれて槇の葉はらふ雪の朝風
俊惠法師
雪埋樵路と云ふ事を
つま木こる山路は雪の降りければ世にふる道も絶や志ぬ覽
光明峰寺入道前攝政左大臣
雪のいみじく降りたりけるあした慶政上人西山に住み侍りける庵室に詠みて遣しける
如何ばかり降りつもるらむ思ひやる心も深きみねの白雪
慶政上人
返し
尋ねいりし誠の道の深き山はつもれる雪の程も志られず
前大僧正道玄
無動寺に籠りて侍りける頃雪のあした藤原爲顯に遣しける
都へも見ゆらむ物を哀れとも訪はぬぞつらき峯の志ら雪
藤原爲顯
返し
詠むべき其方の山もかき暮れて都も雪の晴るゝ間もなし
權中納言宗經
題志らず
訪ふ人の跡こそあらめ松風の音さへ絶ゆるやまの志ら雪
藤原頼氏
降り積る梢の雪やこほるらし朝日も洩らぬ庭のまつが枝
西園寺入道前太政大臣
建保五年四月、庚申に、冬夕を
山の端の雪の光に暮れやらでふゆの日ながし岡のべの里
從二位兼行
雪を詠み侍りける
降りおもる軒端の松は音もせでよそなる谷に雪をれの聲
前大納言爲兼
三島の社に奉らむとて平貞時朝臣すゝめ侍りける十首の歌の中に、松雪を
山おろしの梢の雪を吹くたびに一くもりする松の下かげ
前中納言定資
雪の歌に
夜もすがらふる程よりも積らぬは嵐やはらふ松の志ら雪
從三位盛親
夕暮のみぞれの庭や氷るらむ程なくつもる夜半の志ら雪
從二位爲子
花よたゞまだうすぐもる空の色に梢かをれる雪の朝あけ
永福門院内侍
院より召されける卅首の歌の中に
ふればかつこほる朝げのふる柳なびくともなき雪の白糸
前大僧正道意
冬の歌とて
朝日さす軒端の雪はかつきえてたるひの末に落つる玉水
後伏見院御歌
朝雪と云ふ事を
岡のべや寒き朝日のさしそめておのれと落つる松の白雪
後西園寺入道前太政大臣
野も山も一つに志らむ雪の色に薄雲くらき朝あけのそら
徽安門院
薄曇まだ晴れやらぬ朝あけの雲にまがへるゆきのとほ山
院一條
題志らず
深雪降る枯木のすゑの寒けきにつばさを垂れて烏鳴く也
後鳥羽院御歌
鳥歸る谷のとぼそに雪深しつま木こるをの道や絶えなむ
儀子内親王
薄曇折り/\さむく散る雪にいづるともなき月も凄まじ
前大僧正覺實
降りすさむ夕の雪の空晴れて竹の葉志ろき軒のつきかげ
藤原親行朝臣
吹きかくる簾も白くなりにけり風によこぎる夕暮のゆき
前中納言重資
百首の歌奉りし時
うづもるゝ草木に風の音はやみて雪志づかなる夕暮の庭
院一條
冬の歌とて
山もとの竹はむら/\埋もれて烟もさむき雪のあさあけ
左兵衛督直義
冬地儀と云ふ事を
見渡せば山もと遠き雪のうちに烟さびしき里のひとむら
伏見院御歌
夕雪
降り積る色より月のかげになりて夕暮見えぬ庭の志ら雪
前大納言爲兼
暮るゝまで屡拂ふ竹の葉にかぜはよわりて雪ぞ降り敷く
貫之
屏風の繪に雪の降りたる所
三吉野の山より雪は降りくれどいつとも分かぬ我宿の竹
讀人志らず
題志らず
池のべの杜の末葉に降る雪は五百重降り志けあすさへも見む
うば玉の今宵の雪にいざぬれむ明けむ朝にけなば惜しけむ
貫之
物
ごとに降りのみ隱すゆきなれど水には色も殘らざりけり
源仲正
水上雪と云ふ事を詠める
諸共にはかなき物は水の面に消ゆれば消ゆる泡の上の雪
二品法親王覺助
文保三年後宇多院へ召されける百首の歌の中に
降りつもる雪間に落つる瀧川の岩根に細きみづのしら浪
從二位行家
氷上雪を
かつ結ぶ氷の程もあらはれて雪になり行く庭のいけみづ
修理大夫顯季
雪の降りたりけるつとめて俊頼朝臣の許に詠みて遣しける
雪降りてふまゝく惜しき庭の面は尋ねぬ人も嬉しかり鳬
俊頼朝臣
返し
我心ゆきげの空に通ふとも知らざりけりな跡しなければ
伏見院御歌
正應二年十一月廿八日、賀茂の臨時の祭の還立待たせ給ふ程、上達部殿上人あまたさぶらひて夜もすがら御歌合など有りける朝ぼらけ雪さへ降りていとおもしろく侍りけるを、同じ五年のおなじ月日臨時の祭にて雪降りて侍りければ、おぼし召し出づる事ありて、御硯の蓋に雪を入れて、淨妙寺關白其の頃こもりゐて侍りけるに遣はさせ給ひける
廻り逢ふ同じ月日は思ひいづや四とせ舊りにしゆきの曙
淨妙寺關白前右大臣
御返し
つもれどもつかへしまゝの心のみふりてもふりぬ雪の曙
進子内親王
冬聲と云ふ事を
降り晴れて氷れる雪の梢よりあかつき深き鳥のはつこゑ
覺譽法親王
朝雪を
降り晴るゝ朝げの空は長閑にて日影に落つる木々の白雪
從二位隆博
雪の歌の中に
日影さす其方の雪のむらぎえにかつ%\落つる軒の玉水
前中納言爲相
鷹狩を
御狩野に草をもとめて立つ鳥のしばしかくるゝ雪の下柴
前大納言公泰
御狩するかた山蔭のおち草にかくれもあへず立つ雉子哉
前大納言爲兼
谷ごしに草取る鷹を目にかけて行く程おそきしばの下道
前大納言爲世
文保三年後宇多院へ奉りける百首の歌の中に
風さゆるうぢのあじろ木瀬を早み氷も波も碎けてぞ見る
前中納言雅孝
山深き雪よりたつる夕烟たがすみがまのしるべなるらむ
安嘉門院四條
小野山はやくすみがまの下もえて烟のうへにつもる白雪
前大納言爲家
住吉の社に奉りける百首の歌の中に、炭竈
炭がまの烟に春をたち籠めてよそめ霞める小野の山もと
平貞時朝臣
遠炭竈と云ふ事を
炭がまの烟ばかりをそれと見て猶みちとほし小野の山里
院御歌
冬夕の心を詠ませ給ひける
暮れやらぬ庭のひかりは雪にして奥暗くなる埋火のもと
皇太后宮大夫俊成
日吉の社へ奉りける百首の歌の中に、爐火を
埋火にすこし春ある心して夜深きふゆをなぐさむるかな
太上天皇
冬の歌の中に
寒からし民のわら屋を思ふには衾のうちの我もはづかし
後深草院小將内侍
寳治の百首の歌に、冬月
雲の上の豐のあかりに立ち出でゝ御階の召に月を見る哉
民部卿爲藤
文保三年後宇多院へ召されける百首の歌の中に
少女子が雲の通路吹く風にめぐらす雪ぞそでにみだるゝ
龜山院御歌
永仁五年五節のまゐりの日申させ給ひける
面影も見る心ちするむかしかな今日少女子が袖の志ら雪
伏見院御歌
御返し
忍ぶらし少女が袖のしら雪も降りにし跡の今日のおも影
權中納言公雄
文保の百首の歌の中に
忘れずよ豐のあかりのをみ衣きつゝなれしは昔なれども
前左兵衛督爲成
賀茂の臨時の祭の舞人つとめける時社頭にて詠み侍りける
山あゐの袖の月影さ夜ふけて霜吹きかへす賀茂の河かぜ
皇太后宮大夫俊成
文治六年、女御入内の屏風に、十二月内侍所の御神樂の所
道理や天の岩戸も明けぬらむ雲居のにはのあさくらの聲
永福門院右衛門督
冬の歌の中に
殘りなく今年も早くくれ竹の嵐にまじるゆきもすさまじ
後鳥羽院御歌
正治二年人々に百首の歌召されけるついでに、年のくれを
今日までは雪降る年の空ながら夕ぐれ方は打ち霞みつゝ
中務卿宗尊親王
十二月十七日立春の節、方遠に外へ罷りて曉、有明の月を見て
入方の影こそやがて霞みけれ春にかゝれるありあけの月
伏見院御歌
冬庭と云ふ事を
自ら垣根のくさもあをむなり霜の下にもはるやちかづく
貫之
歳のうちの梅をよみ侍りける
一年にふたゝび匂ふ梅の花春のこゝろにあかぬなるべし
後鳥羽院御歌
百首の御歌の中に
惜みこし花や紅葉の名殘さへ更におぼゆる年のくれかな
永福門院
題志らず
あれぬ日の夕べの空は長閑にて柳の末もはるちかく見ゆ
卜部兼直
冬の歌とて詠める
身の憂さも變りやするとよしさらば今年は歳の暮も惜まじ
關白右大臣
百首の歌奉りし時
今年又暮ぬと思へば今更に過ぎし月日の惜しくも有る哉
藤原爲明朝臣
いたづらに今日さへくればあすか川又歳波の數や重ねむ
正三位知家
寳治の百首の歌の中に、歳暮を
暮れぬとて何かは急ぐ年を經て人の爲なる春と見ながら
貫之
人の馬のはなむけに
遠く行く君を送ると思ひやる心もともにたび寐をやせむ
雨のふる日兼茂朝臣ものへ行くに兼輔馬の餞する所にてよめる
久堅の雨も心にかなはなむふるとて人の立ちとまるべく
康資王母
遠くまかりける時四條太皇大后宮より裝束を給はせたりければ申しける
旅衣遙かに立てば秋霧のおぼつかなさをいかにながめむ
民部卿爲定
遠き所へ罷りける人につかはし侍りける
目に見えぬ心を人にたぐへてもやる方なきは別なりけり
安嘉門院四條
百首の歌の中に、曉を
いづかたに有明の月の誘ふらむ空にうかるゝたびの心を
順徳院御歌
題志らず
旅衣朝立つ人はたゆむなり霧にくもれるあけくれのそら
修理大夫顯季
梓弓入る野の草のふかければ朝行く人のそでぞつゆけき
藤原定宗朝臣
逢坂の關は明けぬと出でぬれど道猶くらしすぎの下かげ
藤原頼成
深き夜に關の戸出でゝ足柄の山もとくらき竹のしたみち
藤原行朝
富士の嶺を山よりうへに顧みて今こえかゝる足柄のせき
藤原朝定
我のみと夜深く越ゆる深山路にさきだつ人の聲ぞ聞ゆる
道全法師
山路棧と云ふことを
岩だゝみのぼりわづらふ峰つゞき雲にはづれてみゆる棧
權律師慈成
院に卅首の歌召されし時、山旅
行く末はなほいくへとも白雲のかさなる峯に又向ひぬる
院御歌
夕旅行を
雲霧に分け入る谷は末暮れて夕日殘れるみねのかけはし
前大僧正道昭
修行し侍りけるに先達にて侍りける權僧正良宋のもとへつかはしける
分けきつる山又山はふもとにて嶺より峯の奥ぞはるけき
延政門院新大納言
山を
山高みいづれを分きて越え行かむ數多跡ある岩のかげ道
前大納言爲兼
五十首の歌よみ侍りけるに、旅
めにかけて暮れぬと急ぐ山もとの松の夕日の色ぞ少なき
從三位行能
寳治二年、百首の歌召されけるに、旅行
一村の里の知るべに立つ烟行けども遠み暮るゝそらかな
和氣仲成朝臣
題志らず
行き暮れて宿とふ末の里の犬とがむる聲を知べにぞする
本如法師
夕まぐれ迷ふ山路は越え過ぎて宿とふ里に出づる月かげ
從二位爲子
旅月をよみ侍りける
越え惱み我が身行き止る夕山の尾上を月は今ぞ出づなる
平維貞
行きとまる草の枕の露にしも我れ待ち顏にやどる月かな
藤原公重朝臣
九月十三夜、いつく島へ參りけるに、備後の鞆と云ふ所にて、海邊月と云ふ事をよめる
あたら夜の月を獨りぞ詠めつるおもはぬ磯になみ枕して
從三位基輔
題志らず
夜もすがら苫もる月を枕にてうちも寢られぬ浪の音かな
藤原頼氏
泊り舟入りぬる磯の波の音にこよひも夢はみらく少なし
藤原公重朝臣
夜をこめて旅の宿りを立つ人は隈なき月を明けぬとや思ふ
前參議俊言
羇中嵐を
吹きおろす富士の高嶺の朝嵐に袖しをれそふうき島が原
前大納言爲兼
あづまへ罷りけるにやす川を渡るとて
やす川と爭でか名には流れけむ苦しき瀬のみある世と思ふに
小夜の中山にて
峰の雲浦わの浪をめにかけて嵐を分くるさやのなかやま
光明峯寺入道前攝政左大臣
旅の歌とて
笹の葉のさやの中山ながき夜も假寢の夢は結びやはする
前大納言爲兼
あづまへ罷りける道にてよみ侍りける
高瀬山松の下道分け行けばゆふ嵐吹きて逢ふひともなし
聖尊法親王
旅宿友と云ふ事を
明日も又同じ道にと契るかな泊りかはらぬ夜半のたび人
前大納言公泰
前左大臣の家に卅首の歌よませ侍りける中に、海旅と云ふ事を
天の原八十島かけて照る月のみちたる汐に夜ぶねこぐ
なり
前太宰大貳俊兼
雜の歌の中に
蘆の葉に雨降りかゝる暗き夜の入江の舟に都をぞおもふ
前大納言尊氏
世の中騷がしく侍りける頃みくさ山をとほりて大倉谷と云ふ所にて
今むかふ方は明石の浦ながらまだ晴れやらぬ我が思かな
永福門院内侍
播磨なる所に住み侍りける頃、常に見渡したる方を旅人のとほるも哀に見送られてよみ侍りける
うらやまし山田のくろに道も有れや都へ通ふをちの旅人
道全法師
前大納言爲兼安藝國に侍りける所へ尋ね罷りて題を探りて歌よみけるに、海山と云ふ事を
海山の思遣られし遙けさも越ゆれば易き物にぞ有りける
寂然法師
讃岐より都へのぼるとて道より崇徳院に奉りける
慰めに見つゝも行かむ君が住むそなたの山を雲な隔てそ
崇徳院御歌
松山へおはしまして後都なる人の許に遣はさせ給ひける
思ひやれ都はるかに沖つ浪立ち隔てたるこゝろぼそさを
後鳥羽院御歌
雜の御歌の中に
過ぎ來つる旅の哀れをかず/\にいかで都の人に語らむ
祭主定忠
行きうつる所々の面影をこゝろにとむるたびのみちかな
權大納言公蔭
露にふし嵐に袖をかさね來て野山のたびも日數へにけり
後伏見院御歌
飛ぶ鳥の眺めの末も見えぬまで都の空をおもひこそやれ
兵部卿隆親
寳治の百首の歌の中に、旅行
分け來つる露の袂は干しわびぬまだ里遠き野邊の夕ぐれ
正三位經家
旅の歌の中に
行きずりの衣にうつれ萩がはな旅の志るしと人に語らむ
人麿
題志らず
いざや子等大和へ早く白菅の眞野の萩原手折りて行かむ
笠金村
鹽津山打ち越えくれば我が乘れる駒ぞ躓く家戀ふらしも
讀人志らず
里はなれとほからなくに草枕旅とし思へば猶戀ひにけり
從三位頼政
敦頼あづまの方へくだりけるに人々餞し侍りけるに
遙々と行くも泊るも老いぬれば又逢ふ事を如何とぞ思ふ
道因法師
題志らず
はかなくも歸らむ程を契る哉さらぬ別になりもこそすれ
從三位頼政
贈左大臣範季みちの國の守にて下り侍るにつかはしける
歸るまでえぞ待つまじき君が行き末遙なる我身ならねば
寂然法師
崇徳院、松山におはしましけるに參りて、日數へて都へ歸りなむとしける曉よめる
歸るとも後には又と頼むべき此身の轉てあだにも有る哉
登蓮法師
筑紫へ罷りける道より都へ云ひつかはしける
故郷を戀ふる泪のなかりせば何とか旅の身には添へまし
民部卿爲定
旅の歌に
故郷にかよふ心の道はあれど越えて跡なき峯のしらくも
藤原有範朝臣
秋の比東に思ひ立つ事侍りける時
山姫の紅葉のにしき我にかせふる郷人に着ても見ゆべく
前大納言爲家
寳治の百首の歌に、旅宿
哀れなどあひも思はぬ故郷も旅寢となれば戀しかるらむ
山階入道前左大臣
露ながら結ぶ小笹のかり枕かりそめぶしの幾夜へぬらむ
從三位行能
岩代の岡の萱根を結ぶ夜も夢はみやこにかはらざりけり
前大納言爲兼
旅の歌の中に
故郷に契りし人も寐覺せば我が旅寐をもおもひやるらむ
結びすてゝ夜な/\變る旅枕假寐の夢のあともはかなし
讀人志らず
玉かつまあへしま山の夕露に旅寐しかねつ長きこの夜を
權大納言公蔭
戀の歌の中に
契ありてかゝる思や筑波嶺のみねども人のやがて戀しき
關白右大臣
百首の歌奉りし時、戀の歌
知られじなおさふる袖の泪川したにははやきみづの心を
前參議教長
題志らず
暫しこそ袖にもつゝめ泪川たぎつこゝろを爭でせかまし
後醍醐院御歌
我が戀は初元結の濃むらさきいつしか深き色に見えつゝ
前中納言定家
初戀の心をよめる
昨日今日雲の旗手に詠むとて見もせぬ人の思ひやは知る
今上御歌
戀の思ひと云ふ事を
物思ふと我だに知らぬ此の頃の怪しく常は詠めがちなる
冷泉
院の六首の歌合に、戀始
人知れぬこゝろの内の思ひゆゑ常は詠めの日頃にも似ぬ
權大納言公蔭
戀山を
岩が根のこりしく山にあらなくに妹が心の我にうごかぬ
從三位親子
題志らず
深き江の芦の下根によしさらば只朽果てね水籠りにして
大貳三位
始めて人のもとにつかはしける
埋もるゝ雪の下草いかにして妻籠れりとひとに知らせむ
貫之
承平五年、内裏の御屏風に、女に男のものいふまへに櫻の花ある所
よそにては花のたよりと見えながら心の中に心ある物を
從二位家隆
戀の歌の中に
青柳のかづらき山のよそながら君に心をかけぬ日はなし
前大納言爲兼
寄樹戀と云ふ事を
はつ時雨思ひそめても徒らに槇の下葉のいろぞつれなき
權中納言敦忠
年月契りながら逢はざりける人に
人知れず思ふ心は年經てもなにのかひなくなりぬべき哉
中納言國俊
堀川院の百首の歌に、忍戀を
打絶て詠めだにせず戀すてふ氣色を人に見せじと思へば
太宰大貳重家
同じ心を
つらからむ時こそあらめ味氣なく言はで心を碎くべしやは
後二條院御歌
戀の御歌の中に
言ひ出でむ言の葉も猶忍ばれて心にこむる我が思ひかな
徽安門院
戀硯と云ふ事を>
いつとなく硯にむかふ手習よ人にいふべき思ひならねば
左兵衞督直義
百首の歌奉りしに
泪をば洩さずとてももの思ふ心のいろのえやはかくれむ
宣光門院新右衛門督
戀の歌とて
忍びかね心に餘る思ひなれば言はでも色に出でぬべき哉
權大納言公蔭
院の六首の歌合に、戀始
知せねば哀も憂さもまだ見ぬに涙までには何かこぼるゝ
花山院前内大臣
寳治の百首の歌の中に、寄月戀
仄かなる面影ばかり三日月のわれて思ふと知せてしがな
鎌倉右大臣
月前戀と云ふ事を
我が袖に覺えず月ぞ宿りける問ふ人あらばいかゞ答へむ
祝子内親王
月はたゞむかふばかりの詠めかな心のうちのあらぬ思に
前大納言爲氏
寳治の百首の歌に、寄草戀
枯れね唯其の名もよしや忍草思ふにまけば人もこそしれ
前大納言爲家
建長五年五月後嵯峨院に三首の歌奉りけるに、寄郭公戀と云ふ事を
郭公今は五月と名のるなり我がしのび音ぞ時ぞともなき
鴨長明
題志らず
忍ぶれば音にこそ立てね小男鹿のいる野の露のけぬべき物を
皇太后宮大夫俊成女
寳治の百首の歌に、寄關戀を
越えて又戀しき人に逢坂の關ならばこそ名をもたのまめ
今出川前右大臣
題志らず
戀死なむ後の哀の爲ばかりかくともせめて知せてしがな
永福門院
戀の心を
さても我が思ふ思よ遂にいかに何のかひなき詠のみして
刑部卿頼輔
日吉の社の歌合に
つらくとも遂に頼はありなまし逢はぬ例のなき世
なりせば
大江嘉言
始めて人の許につかはしける
忍ぶれど思ふ思の餘りには色に出でぬる物にぞ有りける
藤原元眞
題志らず
志るやと暫しばかりは忍ぶるに心弱きはなみだなりけり
俊頼朝臣
つれなくのみ侍りける人の許につかはしける
侘びつゝは頼めだにせよ戀死なむ後の世迄も慰めにせむ
進子内親王
戀の歌の中に
身をかへて見る道もがな難面さの人にもかゝる人の心か
大納言公重
百首の歌奉りし時
おのづから我が思寐に見る夢や人はゆるさぬ契なるらむ
源定忠朝臣母
戀の歌とて
忘られむ名をだにせめて歎かばや其も馴ての後ぞと思へば
後醍醐院少將内侍
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
つれもなき人の心の關守は夢路までこそゆるさゞりけれ
前左兵衞督惟方
つれなかりける女の夢には情ある樣に見えければ申しつかはしける
つれもなき現を夢に引きかへてうれしき夢を現ともがな
權大納言公宗
戀の歌に
知せねば難面き色も見えぬまの憂からぬ人に物をこそ思へ
順徳院御歌
思餘り知られむと思ふことの葉も猶人つての中ぞ悲しき
西宮前左大臣
清槇公の女の許へつかはしける
露ばかり頼む心はなけれども誰にかゝれる我ならなくに
祭主輔親
女のもとに始めてつかはしける
訪ふ事の始めは今日に見ゆらめど思ふ心は年ぞ經にける
東三條入道攝政前太政大臣
女につかはしける
音にのみ聞けばかひなし郭公こと語らはむと思ふ心あり
前右近大將道綱母
返し
語らはむ人なき里に郭公かひなかるべきこゑなふるしそ
源兼氏朝臣
顯戀の心を
隱れなきにほの通ひぢ今更にあさき心のみづからぞうき
藤原隆信朝臣
春の比山科わたりをありきけるに梅の花盛りなる宿の見え侍りければあるじを訪はせ侍るにはしたなく言ひければいひ入れ侍りける
梅が香は導べ顏なる春風の誰が行くへともなどや吹來ぬ
讀人志らず
返し
知らるべき行方ならねど梅が香に誘はれて來ば如何厭はむ
藤原隆信朝臣
かやうに云ひて對面などし侍りける後に云ひつかはしける
色深くそめし心ぞわすられぬ深山のさとの梅のにほひに
讀人志らず
返し
歸りにし心の色の淺ければあだに染めける花とこそ見れ
永福門院
戀の歌とて
怪しくも心の中ぞ亂れ行く物思ふ身とはなさじと思ふに
西園寺前内大臣女
忍戀を
くやしくぞ暫し人まをゆるしつる止めかねける袖の泪を
徽安門院
六帖の題に、云ひ始むと云ふ事を
大方になれし日頃も疎き哉かゝるこゝろを思ひけるよと
永福門院
戀の御歌の中に
思ふ方に聞きし人まの一言よ偖もいかにと云ふ道もなし
後伏見院御歌
忍戀の心を
味氣なや人の浮名を立てじ故我が思をばなきになしつる
院御歌
六首の歌合に、戀始と云ふ
ことを
打ちつけに哀なるこそ哀なれ契ならではかくやと思へば
徽安門院
思ふてふ事はかくこそ覺えけれまだ知らざりし人の哀の
藤原爲忠朝臣
百首の歌奉りしに
相思ふ心とまでは頼まねど憂き名は人もさぞしのぶらむ
新宰相
戀の歌の中に
なき名ぞと我が心にも答へばや其夜の夢のか
ごとばかりは
前大納言實明女
偖もともとはれぬ今は又つらし夢なれとこそ云ひし物から
前大納言俊定
夢にだに見つとはいはじ自から思ひ合する人もこそ有れ
平宗宣朝臣
不惜名戀
なき名とも人にはいはじ其をだにつらきが中の思出にして
永福門院右衛門督
題志らず
夢かなほ亂れそめにし朝寢髮又かきやらむ末も知らねば
進子内親王
初逢戀の心を
今朝よなほ怪しく變る詠かないかなる夢の如何見えつる
永福門院
題志らず
とに斯に晴れぬ思にむきそめて憂きより先に物の悲しき
太上天皇
戀の歌の中に
我は思ひ人にはしひて厭はるゝこれを此世の契なれとや
進子内親王
寢られねば夢にはあらじ面影の心に添ひて見ゆる
なりけり
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
流石いかに人の思はゞやすからむ包むが上の夢の逢ふ瀬も
永福門院右衛門督
戀の歌に
こと通ふ道もさすがになからめや只憂き中ぞ忍ぶにはなる
藤原爲秀朝臣
折々にきゝ見る事のそれも皆戀しき中のすさびにぞなる
俊頼朝臣
女の許へつかはしける
戀しさに身の憂き事も忘るればつらきも人は嬉しかりけり
賀茂保憲朝臣女
戀の歌の中に
思はじと心をもどく心しもまどひなさりて戀しかるらむ
讀人志らず
題志らず
空蝉の人目を繁み逢はずして年の經ぬればいけりともなし
心にはもえて思へど空蝉の人目をしげみ妹に逢はぬかも
人言をしげしと妹に逢はずして心の中に戀ふるこのごろ
中納言家持
現には更にも云はず夢にだにいもが袂をまきぬとし見ば
讀人志らず
いかならむ日の時にかも吾妹子が藻引の姿朝にけに見む
斯計り戀ひむとかねてしらませば妹をば見ずも有べかりける
永福門院
忍待戀の心を
包む中の重ねて聞かぬ契こそまつ物からに頼みがたけれ
戀の御歌の中に
嬉しとも一かたにやは詠めらるゝまつ夜に向ふ夕暮の空
院冷泉
頼まじと思ふ心はこゝろにて暮れ行く空のまた急がるゝ
從三位親子
必ずとさしも頼めぬ夕暮を我れ待ちかねて我ぞかなしき
藤原重能
訪はずとも障るとせめて聞かすなよ待つを頼の夕暮の空
新宰相
待戀を
訪へかしと思ふ心のあらましに頼めぬ暮ぞ空にまたるゝ
伏見院新宰相
戀の歌に
頼まねど頼めし暮は待つと云はむ哀と思ふ方もありやと
前大納言尊氏
寄鐘戀の心を
よしさらばまたじと思ふ夕暮をまたおどろかす入相の鐘
永福門院
戀の歌とて
暮にけり天とぶ雲の往來にも今夜いかにと傳へてしがな
西園寺前内大臣女
待戀
自ら思ひもいでばとばかりの我があらましに待つぞはかなき
前大納言爲兼
百首の歌の中に
頼まねば待たぬになして見る夜半の更行く儘になどか悲しき
前權僧正圓伊
忍待戀の心を
宵の間は誰も人目を包めばと更くるつらさを忘てぞ待つ
先福寺前内大臣女
包む中は人目に障る方や有ると更てしもこそ猶待たれけれ
永福門院
戀の歌とて
頼め捨てゝとはぬはさこそ易くとも待つ心をば思遣らなむ
後伏見院御歌
契明日戀と云ふ事を
いくゆふべむなしき空に飛ぶ鳥の明日必ずと又や頼まむ
進子内親王
戀の歌の中に
見るも憂し流石さこそと待つくれにあす必ずの人の玉章
後照念院前關白太政大臣
面影は心のうちにさき立ちてちぎりし月の影ぞふけぬる
四條太皇大后宮下野
藤原隆方朝臣月のあかゝりける夜下野がつぼねに尋ねまかりたりけるに御まへにいとまいるよし申して侍りけるつとめて、よしさてもまたれぬ身をば置きながら月見ぬ君が名こそをしけれと申しつかはしければ、返し
契らぬに人待つ名こそ惜からめ月計をば見ぬ夜半ぞなき
藤原隆祐朝臣
寳治の百首の歌の中に、寄月戀
更けにける槇の板戸の休らひに月こそ出づれ人は難面し
源和氏
同じ心を
忘れずば夜よしと人に告げず共月見る度に待つと知ならむ
權大納言公宗
更けぬ共誰にか云はむ人知れず待つ夜の月の宵過ぐる影
永福門院
忍待戀の心を
槇の戸を風の鳴すもあじきなし人知れぬ夜の稍更くる程
從三位客子
契待戀
人はいさあだし契の言の葉をま
こと顏にや待ち更けぬらむ
伏見院御歌
戀の歌數多よませ給ひける中に
思取り恨果てゝもかひぞなき頼むれば又待たれのみして
永福門院
歴夜待戀と云ふ事を
我も人も哀れ難面き夜な/\に頼めもやまず待ちも弱らず
題志らず
宣光門院新右衞門督
更けぬれど障ると聞かぬ今夜をば頼の中に待つもはかなし
院御歌
夜戀を
更けぬなり又とはれてと向ふ夜の泪に匂ふともし火の影
土御門院御歌
戀の御歌の中に
妹待つとやまの雫に立ちぬれてそぼちにけらし我が戀衣
伏見院新宰相
待戀の心を
更果てぬ頼めしをさへ忘れてや障るとだにも音づれもなき
二品法親王尊胤
更にこそ明日の契りも頼まれぬ進まぬ方の障りと思へば
進子内親王家春日
さのみやと我さへ果ては難面きに今夜は人に待つと知られじ
從二位爲子
障りあればのち必ずの慰めよ幾たび聞きて幾夜待つらむ
前大納言經顯
慂戀を
強ひてなほ頼みやせまし僞の契もさすがかぎりありやと
權大納言資明
戀の歌の中に
僞の有る世と誰も知りながら契りしまゝを頼むはかなさ
左近大將經教
忍契戀
邂逅の人目の隙を待ちえても思ふばかりは契りやはする
權大納言公宗母
百首の歌奉りし時、戀の歌
積りける程をも人に見ゆばかり待つ夜の床の塵は拂はじ
進子内親王
思ひやる寢覺もいかゞ安からむ頼めし夜半のあらぬ契は
伏見院御歌
戀の御歌の中に
とはずなる今より斯や隔て行かむ今夜計はさて飽かず共
永福門院
待空戀と云ふ事を
云ひし儘の今宵遠はぬ今宵にて又明日ならば嬉しからまし
題志らず
此のくれの心も知らで徒らによそにもあるか我が思ふ人
同院内侍
戀雨を
今日の雨晴るゝも侘し降るも憂し障習ひし人を待つとて
從三位親子
戀の歌の中に
我が方の障を強ひて恨みねば淺かり鳬とつらくこそなれ
前太宰大貳俊兼
院の三十首のうためされし時、戀月
頼めねば來ぬを憂しとは喞たねど斯る月夜を獨見よとや
前右近中將資盛
契不來戀と云ふ事を
中々に頼めざりせば小夜衣返すしるしは見えもしなまし
前大納言爲兼
伏見院の御時六帖の題にて人々に歌よませさせ給ひけるに、一夜隔てたると云ふ事を
夜がれそむる寢待の月のつらさより廿日の影も又や隔てむ
從二位爲子
二夜隔てたる
空しくて又明ぬるよ一夜こそげにも障の有るかとも思へ
西園寺前内大臣女
同じ心を
さり共と今日をば待ちし昨日こそ夜かれになれぬ心
なりけれ
賀茂重保
曉の戀を
さりともと猶待つ物を今はとて心よわくぞ鳥はなくなり
進子内親王
戀の歌の中に
空しくて明けつる夜半の怠を今日やと待つに又音もなし
永福門院
待戀の心を
何となく今夜さへこそ待たれけれ逢はぬ昨日の心習ひに
戀の歌とて
とはぬ哉訪べき物をいかに有れば昨日も今日も待たず來ぬ覽
修理大夫顯季
堀川院の百首の歌に、初逢戀を
播磨潟恨みてのみぞ過ぎしかど今夜とまりぬをふの松原
源兼氏朝臣
逢戀
今更に苦しさまさる逢坂をせき越えなばと何おもひけむ
從三位頼政
ある女に始めて物ごしに申し語らひて歸りてあしたにつかはしける
逢ひもせず逢はずも非ぬ今日やさば事有り顏に詠暮さむ
藤原隆信朝臣
大内にて月のあかゝりける夜思ひかけず逢ひたりける女の行くへを問ひ侍りけれども言はざりけるに
心をば雲居の月にとめ乍ら行方も知らずあくがれよとや
讀人志らず
返し
行くへなき月も心しかよひなば雲のよそにも哀とはみむ
太宰大貳重家
初逢戀を
逢ふ事に身をば換へむと云ひしかど偖しも惜しき命
なり鳬
從二位爲子
忍遇戀と云ふ事を
憂き中のそれを情に有りし夜の夢よ見きとも人に語るな
前大納言爲家
女と夜もすがら物語してあしたに云ひつかはしける
生きて世の忘形見と成やせむ夢計りだにぬともなき夜は
安嘉門院四條
返し
あかざりし暗の現を限にて又も見ざらむゆめぞはかなき
永福門院内侍
戀の歌とてよめる
逢ひ見つる今夜の哀夢なれな覺めては物を思はざるべく
從二位爲子
夢とてや語りもせまし人知れず思ふもあかぬ夜半の名殘を
藤原爲基朝臣
夢中遇戀といふ事を
現にも逢はゞかくこそ思寢の夢は覺めても嬉しかりけり
前大納言爲家
女の許にあからさまに罷りて物語りなどして立ち歸りて申しつかはしける
まどろまぬ時さへ夢の見えつるは心に餘る往來なりけり
安嘉門院四條
かへし
魂は現のゆめにあくがれて見しも見えしも思ひわかれず
法印長舜
題志らず
ぬるが内に逢ふと見つるも頼まれず心の通ふ夢路ならねば
前大納言爲家
女のもとへ近き程にあるよし音づれて侍りければ、今宵なむ夢に見えつるは鹽竈のしるしなりけりと申して侍りけるにつかはしける
聞きてだに身こそ焦るれ通ふなる夢の直路のちかの鹽竈
安嘉門院四條
返し
身をこがす契ばかりか徒らに思はぬ中のちかのしほがま
徽安門院一條
忍逢戀
包む内は稀の逢ふ夜も更けはてぬ人の鎭る程を待つまに
後西園寺入道前太政大臣
建治の百首の歌の中に
掻き亂す寢くたれ髮の眉墨もうつりにけりな小夜の手枕
讀人志らず
題志らず
逢ひ難き君に逢へるよ郭公こと時よりはいまこそ鳴かめ
唐あゐのやしほの衣朝な/\なれはすれどもいや珍しき
章義門院
戀の歌の中に
向ふ中のつらくしもなき氣色にぞ日頃の憂さも言はず成ぬる
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
我が爲に深き方には云爲せど誰が障る夜のすさびなる覽
新室町院御匣
忍遇戀
哀なり斯る人まの時の間も又いかならむ世にかと思へば
安嘉門院四條
人にだに忍ぶるなかの曉を誰れ知せてかとりの鳴くらむ
徽安門院
戀の歌に
たま/\の今宵一夜は夢にして又幾月日戀ひむとすらむ
後伏見院御歌
別戀の心をよませ給ひける
別れ路を急がぬ鳥の聲よりもまだ空たかき月ぞうれしき
權大納言公宗
同じ心を
憂かりける人こそ有らめ曉の雲さへ峰になどわかるらむ
入道二品親王法守
更けてとふ夜半の殘はすくなきを又歸るさに猶急ぐらむ
左近中將忠季
偖も又いつぞとだにも云ひかねて咽ぶ泪におき別れぬる
永福門院
戀曉と云ふ事を
きぬ%\を急ぐ別は夜深くてまた寢久しきあかつきの床
從三位客子
曉を憂き物とだにしらざりき枕さだめぬゆめのちぎりは
太上天皇
百首の歌の中に
邂逅の夜をさへ分くる方のあれや鳥の音をだに聞かぬ別路
進子内親王
出でがてに又立歸り惜む間に別れの戸口明け過ぎぬなり
從三位親子
戀の歌とてよめる
明けぬるか又はいつかの鳥の音に人の頼めをきく迄もなし
前中納言定家
句のかみに文字を置きてよみ侍りける歌の中に
手を結ぶ程だに飽かぬ山の井のかげはなれ行く袖の白玉
從三位頼政
戀の歌に
明ぬとて鳴く/\歸る道芝の露は我が置く物にぞ有ける
後伏見院御歌
別戀の心を
又や見む又や見ざらむとばかりに面影暮るゝ今朝の別路
前大納言實明女
我ならぬ人もや忍ぶ歸るさの夜深き道に逢へるをぐるま
前大納言爲家
戀の歌の中に
八聲なくかけの垂れ尾の己れのみ長くや人に思ひ亂れむ
進子内親王
名殘をばさすがにかくる玉章に又此の暮もなどか頼めぬ
永福門院
後朝戀を
其儘の夢の名殘のさめぬ間に又同じくば逢ひ見てしがな
從三位親子
いつと待つ日數は暫し慰むを今朝別れぬる今日ぞ侘しき
永福門院内侍
稀に見る夢の名殘はさめ難み今朝しも増る物をこそ思へ
和泉式部
九月ばかり曉歸りける人の許に
人は行き霧はまがきに立ち止りさも中空にながめつる哉
讀人志らず
題志らず
玉ゆらに昨日の夕べ見し物を今日のあしたは戀ふべき物か
藤原元眞
今朝こそは別れて來つれいつの間に覺束なくも思ふなる覽
後二條院御歌
題志らず
いかにせむ世に僞の有るまゝに我がかね言を人の頼まぬ
後光明照院前關白左大臣
後宇多院に奉りける百首の歌の中に
よし今は頼まずとても言の葉のかはるが末に思ひ合せば
徽安門院
契戀の心を
限りなく深き契を聞く中に人にもさぞのなからましかば
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
なほゆかし思ふぞと云ふ其の内の深き限は我ばかりかと
院御歌
戀の御歌の中に
人よまして心の底の哀れをば我れにて知らぬ奥も殘るを
永福門院
なるゝ間の哀に遂にひかれ來て厭ひ難くぞ今はなりぬる
從三位親子
通ひけりと思ひ知られじ人づまに心の色の添ひ増るころ
從二位宣子
戀ひ恨み君に心はなりはてゝあらぬ思ひもませぬ頃かな
進子内親王
哀れさらば忘れて見ばや生憎に我が慕へはぞ人は思はぬ
前大納言實明女
増る方の人にいかなる言の葉の我が聞かざりし際を云ふ覽
院別當
さのみ唯哀なるしも頼まれず斯ては人の果てじと思へば
大江高廣
恨みても思ひ知らねば中々になにか心のいろを見えけむ
從三位爲理
契顯戀と云ふ事を
洩すよりあだなる程の知らるれば云ひし契の末も頼まず
院冷泉
戀の五首の歌合に、戀命
一度の逢瀬にかへし命なれば捨ても惜みも君にのみこそ
藤原爲名朝臣
契戀の心を
何か云ふ後の世までのかね言よ人も思はじ我もたのまず
院兵衞督
戀の歌の中に
始めより頼まじすべて頼むよりつらき恨はそふと思へば
院御歌
憂きながら流石に絶えぬ契をば猶も哀になしこそはせめ
儀子内親王
思ひけつ限こそ有れ憂き身ぞと忍ふが上も餘るつらさを
今上御歌
恨戀を
つらさをば憂き身の咎と喞ちつゝ哀を猶も醒し兼ねぬる
院冷泉
さばかりも心とゞめて思ふかと恨むるにしも添ふ哀かな
前大納言爲兼
戀の歌とて
思ひ鳬と頼成りての後しもぞはかなき事も人よりは憂き
思取りし昨日の憂さは弱ればや今日は待つぞと又いはれぬる
永福門院
習ひあらばげにもしやとも頼まゝし僞としも見えぬ言の葉
院御歌
寄人戀と云ふ事を
さらばとて頼むになれば人心及ばぬ際の多くも有るかな
徽安門院一條
百首の歌奉りしに
人よされば誰か夜がるヽ夜がれとて逢はぬ絶間を憂しといふ覽
入道二品親王法守
げに思ふ心の中は言の葉のおよばぬ上もみゆらむものを
宣光門院新右衛門督
かばかりも思ひけるよの哀より我も心をゆるし立ちぬる
永福門院
題志らず
思ふ方によし唯凡べて押籠めてさのみは人の心をば見じ
憂きも契つらきも契よしさらば皆哀れにや思ひなさまし
進子内親王
院の五首歌合に、戀憂喜といふ
ことを
憂きに添ふ哀に我れもみだされて一方にしもえこそ定めね
權大納言公宗女
戀の歌の中に
人はしらじ今はと思ひとるきはゝ恨のしたによわき哀も
大藏卿有家
後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、契戀を
先の世を思ふさへこそ嬉しけれ契るも今日の契のみかは
前大納言爲家
千首の歌の中に
契りしを頼めばつらしおもはねばなにを命の慰めぞなき
權大納言公蔭
百首の歌奉りし時、戀の歌
おし返し哀なる哉むくい有りて憂きも二世の契と思へば
院一條
戀契を
憂きにしも哀の添ふよ是ぞ此の遁れざりける契と思ふに
左近中將忠季
戀情と云ふ事を
思ひとけば心づからに歸れとも唯なほ人のうきに覺ゆる
從一位教良女
寄身戀
身を知らぬ思ひと人や思ふらむ憂きをば置ける上の思を
從二位爲子
題志らず
我も云ひきつらくば命あらじとは憂き人のみや僞はする
伏見院新宰相
限なく憂き物からに哀なる孰れ我が身のこゝろなるらむ
徽安門院一條
奉恨戀と云ふ事を
言はねどもつらしと思ふ色や見ゆる慰め顏に人の恨むる
大納言公重
稀逢戀
侘ぬれば斯こそ物は哀なれ絶えぬ計りのたま/\の夜を
徽安門院
題志らず
憂からぬもまして憂きにも哀々よしなかりける人の契を
哀なる節もさすがに有りけるよ思ひいでなき契と思へど
太上天皇
百首の歌に
其までは思入れずやと思ふ人の恨むる節ぞさては嬉しき
儀子内親王
戀の歌に
我と人哀れ心のかはるとてなどかはつらき何かこひしき
後光明照院前關白左大臣
恨戀の心を
兼てより恨置かばや憂きにならむ心の後はかひもあらじを
山本入道前太政大臣女
つらけれど猶戀しきよ身の程の憂きをば知らぬ人の習に
權大納言公宗女
戀の歌とて
哀知らじ常の恨におもなれてこれをまことの限なりとも
徽安門院一條
戀の五首の歌合に、戀夢を
人の通ふ哀になして哀なるよ夢は我が見る思ひねなれど
院一條
覺め難みしばし現になしかねぬ哀れなりつる夢の名殘を
前中納言公雄
戀の歌の中に
面影は殘る形見の現にてまだ見ぬゆめの覺むる間もなし
藤原懷世朝臣
自づから夢路ばかりの逢ふ事を通ふ心とたのむはかなさ
從二位爲子
思盡す心よ行きて夢に見ゆなそをだに人の厭ひもぞする
前太宰大貳俊兼
つらきをば世々の報と思ふにも人は憂からで猶ぞ戀しき
太上天皇
百首の歌の中に
世々の契いかゞ結びしと思ふ度に始めて更に人の悲しき
永福門院
題志らず
大方は頼むべくしもなき人の憂からぬにこそ思侘びぬれ
院兵衞督
それしもやうき身は人に厭はれむ深き思の際を見ずとて
伏見院御歌
かはり行く昨日の哀れ今日の恨み人に心の定めなの世や
徽安門院
戀涙と云ふ事を
落ちけりな我だに知らぬ涙哉枕ぬれ行く夜半のひとり寐
永福門院右衛門督
その行くへきけば涙ぞ先落つる憂さ戀しさも思分かねど
兵衞督
院の百番歌合に、寄心戀を
思はぬになす心しもいかなれや常はながめて涙のみうく
今出川入道前右大臣
題志らず
哀にも憂きにも落つる我が涙さも殘有る物にぞ有りける
前參議家親
つらけれど思知らぬに爲す物を何と涙のさのみ落つらむ
藤原公眞朝臣母
うきふしも思ひ入れじと思ふ身に何故さのみ落つる涙ぞ
伏見院御歌
戀の御歌の中に
泪だに思ふが程はこぼれぬよあまりくだくるいまの心に
思ひ/\泪とまでになりぬるをあさくも人の慰むるかな
從二位爲子
せめてたゞ思ふあたりの事をだに同じ心に云ふ人もがな
徽安門院小宰相
百首の歌奉りしに
渡る瀬のさも定めなき中川よ潮の滿ち干る浦ならなくに
二品法親王覺助
文保三年後宇多院へ召されける百首の歌に
人心思ひ亂るゝかくなはのとにも斯にもむすぼゝれつゝ
前左兵衛督爲成
六帖の題にて歌よみける中に、あやを
夕暮は思ひ亂れて雲どりのあやに戀しきひとのおもかげ
貫之
題志らず
くれなゐに袖ぞ移ろふ戀しきや泪の川の色には有るらむ
讀人志らず
うらぶれて物な思ひそ天雲のたゆたふ心我が思はなくに
權大納言實家
戀の歌の中に
戀しさの天つみ空に滿ちぬれば泪の雨は降るにぞ有ける
權大納言公蔭
院に三十首の歌召されし時、戀月を
雨雲の絶えま/\を行く月のみらく少なき妹に戀ひつゝ
正二位隆教
百首の歌奉りし時
そのまゝに思ひ合する方ぞなきあだに見し夜の轉寐の夢
前中納言定家
後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、寄風戀を
知らざりし夜深き風の音もせず手枕疎きあきのこなたは
權大納言公蔭
戀海と云ふ事を
君故に思ふ思ひは大海のなみをばそでにかけぬ間もなし
伏見院御歌
伊勢の海渚に拾ふたま/\も袖干す間なき物をこそ思へ
戀の歌あまたよませ給ひけるに
戀しさになり立つ中の詠めには面影ならぬ草も木もなし
權大納言公宗女
寄書戀を
何となくうちも置かれぬ玉章よ哀なるべき節はなけれど
儀子内親王
思ふ程はかゝじと思ふ玉章に猶ともすれば進むことのは
宣光門院新右衞門督
なほざりに人は見るらむ玉章に思ふ心のおくはのこさぬ
法印實性
通書戀と云ふ事を
通ふとていかゞ頼まむ徒らに末もとほらぬ水ぐきのあと
讀人志らず
人の文をあだ/\しくちらすと聞きて恨み侍れば
常磐山露ももらさぬ言の葉の色なる樣にいかで散りけむ
相模
返し
色かへぬ常磐
なりせば言の葉を風につけても散さましやは
三條院女藏人左近
實方朝臣、みちの國より人の許へ弓をつかはして、戀しくばこれをいだきてふせと申したりける返し、人にかはりて
これやさば安達の眞弓今こそは思ひためたる事も語らめ
花山院前内大臣
寳治の百首の歌に、寄玉戀
かざしけむ主は白玉知らね共手にとるからに哀とぞ思ふ
冷泉前太政大臣
白玉か何ぞとたどる人もあらば泪の露をいかにこたへむ
權中納言定頼
日ごろ雨の降るに人の許につかはしける
つれ%\と詠めのみする此頃は空も人こそ戀しかるらし
左近大將朝光
雨降る日女の許より歸りて程經てつかはしける
程ふれば忘れやしぬる春雨のふる
ことのみぞ我はこひしき
馬内侍
返し
いとゞしくぬれのみ増る衣手に雨降る事を何にかくらむ
貫之
題志らず
歸るかり我が言傳てよ草枕たびはいもこそ戀しかりけれ
和泉式部
人のこむと頼めて見え侍らざりけるつとめてよめる
水鷄だに敲く音せば眞木の戸を心遣にも明けて見てまし
讀人志らず
題志らず
いかにして忘るゝ物ぞ吾妹子に戀は増れど忘られなくに
大原のふりにし里に妹を置て我いねかねつ夢に見えつゝ
吾妹子に逢ふよしもなみ駿河なる富士の高嶺の燃つゝかあらむ
小町
世の中は飛鳥河にもならばなれ君と我とが中したえずば
永福門院
戀の心を
今日はもし人もや我を思ひ出づる我も常より人の戀しき
進子内親王
戀命
空の色草木を見るもみな悲し命にかくるものをおもへば
前大納言爲兼
寄雲戀
物思ふ心の色に染められて目に見る雲もひとやこひしき
院御歌
戀ひ餘る詠めを人は知りもせじ我とそめなす雲の夕ぐれ
永福門院
今しもあれ人の詠もかゝらじを消ゆるも惜しき雲の一村
伏見院御歌
戀の御歌の中に
それをだに思ひさまさじ戀しさの進むまゝなる夕暮の空
同院新宰相
寐られねば唯つく%\と物を思ふ心にかはる燈火のいろ
太上天皇
待過す月日の程を味氣なみ絶えなむとてもたけからじ身を
從一位教良女
斯やはと覺えし時も覺え鳬凡て人にはなれでぞ有らまし
前太宰大貳俊兼
今はとてつらきに爲て見る人の偖もいかにと云ふしもぞうき
從二位爲子
戀しさも人のつらさも知らざりし昔乍らの我身ともがな
院御歌
日増戀と云ふ事を
聞添ふる昨日に今日の憂きふしに覺めぬ哀も生憎にして
權大納言公蔭
題志らず
恨みたらばさこそ有らめと思ふ方に思咽びて過ぐる比哉
伏見院御歌
いとゞこそ頼み所もなくならめ憂きには暫し思ひ定めじ
後伏見院御歌
慕ふ方の進むにつけて厭ひ増る人と我との中ぞはるけき
二品法親王寛尊
定めなき人の心のいかなれば憂き一方にかはり行くらむ
儀子内親王
院の戀の五首の歌合に、戀泪を
すべて此の泪の隙やいつならむ哀は哀れ憂きは憂しとて
權大納言公蔭
百首の歌奉りし時、戀の歌
思ひとればさすが哀れも添ふ物を常の恨みの泪とや見る
院御歌
戀の歌とてよませ給ひける
常はたゞ獨り詠めて大方の人にさへこそうとくなりゆけ
太上天皇
云ふきはゝ及ばぬ憂さの底深みあまる泪を言の葉にして
永福門院
大方の世は安げなし人はうし我が身孰くに暫し置かまし
院御歌
五十番歌合に、漸變戀を
そことなき恨ぞ常に思ほゆるいかにぞ人のあらずなる頃
永福門院
かはり立つ人の心の色や何恨みむとすればその節となき
儀子内親王
戀の歌の中に
是やさば變るなる覽其節と見えぬ物から有りしにも似ぬ
歌御歌
五首の歌合に、戀憂喜と云ふ事を
かはり立つ凡べて恨のその上に憂さ哀れさはかりの節々
式部卿恒明親王
漸變戀
とはぬ間を忘れずながら程ふるや遠ざかるべき始なる覽
昭訓門院權大納言
暮れなばと頼むる夜半の更しより空しく明くる憂さぞ重る
覺譽法親王
變戀の心を
變り立つ心と見ゆるその上のなげの情よよしやいつまで
永福門院内侍
變るかと人に心をとめて見ればはかなき節も有りしにぞ似ぬ
前大納言實明女
憂さは増して哀と思ふ中にしもかはる心の色は見ゆるを
永福門院右衛門督
五十番歌合に、寄人戀を
一筋に憂きよりも猶憂かりけり有りしにかはる人の情は
儀子内親王
五首の歌合に、戀昨今と云ふ事を
變るてふ人よげにこそ變りけれ昨日見ざりし今日のつらさは
後伏見院中納言典侍
戀の歌に
恨み果てむ今はよしやと思ふより心弱くぞ又あはれなる
宣光門院新右衛門督
人は憂く我のみ覺めぬ哀れにてつひの契の果ぞゆかしき
藤原實
[2]B朝臣
せめて我が思ふ程こそ難くともかけよや常の情ばかりは
藤原俊冬
いかにせむ常のつらさはつらさにて今一節の更に添ふ頃
權大納言公宗母
恨戀の心を
つらしとも猶世の常の恨みかはいづくに殘る心よわさぞ
進子内親王
戀の歌とて
つらし共中々なれば云ひはせで恨みけりとはいかで知せむ
儀子内親王
思ひとる唯此のまゝのつらさにて又は哀に歸らずもがな
前太宰大貳俊兼
あばらやの唯一方を思にて侘びぬる果は憂さも知られず
冷泉
院の五首の歌合に、變憂喜
哀見せし人やはあらぬ憂きや誰我は變らぬ元の身にして
院御歌
戀餘波と云ふ事をよませ給ひける
人こそ有れ我さへしひて忘れなば名殘なからむ其も悲しき
康永二年、歌合にの戀終を
人知れず我のみ弱き哀かなこの一節ぞかぎりとおもふに
永福門院右衞門督
我のみは憂さをも強て忍ぶとも變るが上の人はいつまで
徽安門院
戀命
憂きに厭ふ又同じ世を惜むとて命ひとつを定めかねぬる
延政門院新大納言
伏見院の五十番歌合に、戀夕を
いかにせむ雲の行く方風の音待ちなれし夜に似たる夕を
西宮前左大臣
七月七日よみ侍りける
七夕の契れる秋も來にけるよいつと定めぬ我ぞわびしき
貫之
戀の歌の中に
稀に逢ふと云ふ七夕も天の川渡らぬ年はあらじとぞ思ふ
後伏見院御歌
寄七夕戀と云ふ事を
更にこそ忘れしことの思ほゆれ今日星合のそらに詠めて
永福門院
題志らず
晴れずのみ心に物を思ふ間に萩の花咲くあきも來にけり
光孝天皇御歌
人に給はせける
秋なれば萩の野もせに置く露のひるまにさへも戀しきやなぞ
貫之
戀の歌の中に
萩の葉の色づく秋を徒らにあまたかぞへて過しつるかな
讀人志らず
我が宿の秋の萩咲く夕影に今も見てしがきみがすがたを
鎌倉右大臣
君に戀ひうらぶれをれば秋風に靡く淺茅の露ぞけぬべき
和泉式部
思ふ事侍りける頃、月を見て
物思ふに哀れなるかと我ならぬ人に今宵の月をとはゞや
小侍從
月の夜久我内大臣の許へつかはしける
詠むらむ同じ月をば見るものをかはすに通ふ心なりせば
久我内大臣
返し
今宵我が訪はれましやは月を見て通ふ心の空に志るくば
伏見院御歌
戀の御歌の中に
思ふ人今宵の月をいかに見るや常にしも非ぬ色に悲しき
同院新宰相
さらざりし其夜の月を如何見し向へば人の憂さになり行く
權大納言公蔭
哀れいかに思ふ心のあらざらむ詠めば月にいま通ふとも
前中納言爲相
前大納言爲兼の家にて歌よみ侍りけるに、寄月戀
見るからに戀しさをのみ催して人のさそはぬ月も恨めし
藤原隆清朝臣
同じ心を
變らぬも中々つらし諸共に見し夜の月はおなじおもかげ
大僧正行尊
曉片思と云ふ事を
思ひ出づる心や君はなかるらむ同じ有明の月を見るとも
中院前太政大臣
戀の歌合の中に
憂き物と恨みても猶悲しきは面影さらぬありあけのつき
後京極攝政前太政大臣
千五百番歌合に
我れとこそ詠めなれにし山の端にそれも形見の有明の月
讀人志らず
題志らず
君戀ふと萎えうらぶれ我れをれば秋風吹きて月傾ぶきぬ
妹を思ひいのねられぬに曉の朝霧ごもりかりぞ鳴くなる
伏見院御歌
此暮に我が戀ひをれば寒き雁鳴つゝ行くは妹がりか行く
永福門院内侍
哀また夢だに見えで明けやせむ寐ぬ夜の床は面影にして
順徳院御歌
忘れむと思ふはおのが心にて誰が驚かすなみだなるらむ
前中納言定家
憂しとても誰にか問はむ難面くて變る心をさらば教へよ
院兵衛督
人にうつる心をだにも教へ置けさらば慰む方も有りやと
藤原定宗朝臣
戀情と云ふ事を
我ながら我に叶はぬ心なれや忘れむとすればしひて戀しき
藤原親行朝臣
憂きにならふ心かあはれたまさかの人の情の今は嬉しき
從二位爲子
戀の歌に
我が心恨みにむきて恨み果てよ哀れになれば忍び難きを
左近中將忠季
斯てしも思ひや弱ると計りに憂きが嬉しき方も有りけり
前大納言實明女
戀命を
憂きが上の猶も情のうちにこそ君に命を捨てゝ聞かれめ
伏見院御歌
題志らず
憂き事を爭でなべてに思做さむ嬉しくとても幾程のよに
儀子内親王
憂きもよし報なる覽と思へ共見えぬ世々には慰まばこそ
伏見院新宰相
人よりは身こそ憂けれと思做すも其しも物の悲しき物を
民部卿爲定
遇不會戀
同じ世に幾度ものを思へとてつらきにかへる心なるらむ
祝子内親王
戀の歌の中に
憂きゆゑも斯くやはと思ふ節々よ我こそ人を猶頼みけれ
權大納言公蔭
恨戀の心を
つらさをも思ふ計りはえぞ云はぬか
ごと求むる人の氣色に
左兵衞督直義
百首の歌奉りし時
引換へて變るしも憂し思ふ色をさのみは人の何か見せけむ
院兵衛督
戀の歌に
かばかりの憂さならざりし頃だにも折々ませし底の恨を
前大納言爲家
寳治の百首の歌に、寄虫戀
絶えねばと思ふも悲しさゝ蟹の厭はれながらかゝる契は
徽安門院
六帖の題に
こと人を思ふと云ふ事を
人を人の思ふ限を見るにしもくらぶとなしに身ぞ哀なる
永福門院
題志らず
すべて唯人になれじとこりぬるもいつの爲ぞと哀なる哉
權大納言公宗
寄情戀と云ふ事を
侘つゝは人に任せて恨みぬを憂きをも知らぬ心とや思ふ
藤原宗季
猶暫し憂きをば憂きになし果てじ變る心の變りもぞする
前大納言尊氏
恨戀の心をよめる
憂き中ようらみのかずは積れども情と思ふ一ふしもなし
永福門院
題志らず
今は早と思ひし
ことも幾へだて隔つるはては
ことのはもなし
猶暫し此の一ふしは恨みはてじなじかと思ふ情もぞ見る
後嵯峨院御歌
建長三年吹田にて十首の歌講ぜられけるに
憂き節は數にもあらずしづた卷くり返しては尚ぞ戀しき
謙徳公
心やすくもえあはぬ人に
つらかりし君にまさりて憂き物は己が命の長きなりけり
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太上天皇
百首の歌に
戀しとも何か今はと思へども唯此の暮を知らせてしがな
徽安門院
戀の歌の中に
迷ひそめし契思ふかつらきしも人に哀れの世々に歸るよ
永福門院
立歸りこれも夢にて又絶えばありしにまさる物や思はむ
内大臣室
自から逢ふ夜有りやと待つ程に思ひしよりも存へにけり
高階師直
存へば思出でゝや訪はるゝと生けるかひなき身を惜む哉
前中納言雅孝
後宇多院に奉りける百首の歌の中に
存へて有らばと頼む命さへ戀ひ弱る身は明日も知られず
清輔朝臣
戀の歌とて
中々に思絶えなむと思ふこそ戀しきよりも苦しかりけれ
殷富門院大輔
死なばやと思ふさへこそはかなけれ人のつらさは此世のみかは
權大納言實家
人心憂きにたへたる命こそ難面きよりもつれなかりけれ
讀人志らず
題志らず
玉の緒を片緒によりて緒を弱み亂るゝ時に戀ひざらめやも
玉葛かけぬ時なく戀ふれどもいかにか妹が逢ふ時もなき
ますらをの現し心も我はなしよる晝云はず戀ひし渡れば
藤原道信朝臣
小辨が許に罷りたりけるに人あるけしきなれば歸りてつかはしける
露にだに心おかるな夏萩の下葉のいろよそれならずとも
讀人志らず
從三位頼政絶えて久しくなりにける女又語らひける人に忘られて後逢ひ侍りて申し遣しける
住むとしもなくてたえにし忘水何故さても思ひ出でけむ
從三位頼政
返し
人もみなむすぶなれども忘水我のみ飽かぬ心ちこそすれ
二條院御歌
戀の御歌の中に
いかで我れ人を忘れむ忘れゆく人こそ斯は戀しかりけれ
從二位爲子
淨妙寺關白に物申しける人の、心にしめて物思ふ由など云ひけるが、關白なくなりて後又從一位兼教に云ひかはす由聞きければ誰ともなくて花の枝に付けてさし置かせける
程なくぞ殘る片枝に移しける散りにしはなにそめし心を
永福門院
題志らず
さらばとて恨をやめて見る中のうきつま%\に頼兼ねぬる
見る人も物を思はぬ樣なれば心のうちをたれにうれへむ
權大納言公宗母
歎くらむ戀ふらむとだに思出でよ人には人の移りはつ共
西園寺前内大臣女
憂しとのみ我さへ捨つる身の果はなき誰故と喞たずもなし
伏見院御歌
戀命を
厭ふしも喞ち顏にや思ひなさむ難面しとだに懸けし命を
前中納言重資
何にかゝる命ぞさればつれもなく我やは惜む人も厭ふを
權大納言公宗母
百首の歌奉りしに
人もさぞつれなき方に思ふらむ慕ふに似たる命ながさを
權大納言資名
戀の歌に
忘らるゝ我身も人もあらぬよにたが面影の猶のこるらむ
祝子内親王
我れさへに心にうとき哀れさよなれし契の名殘ともなく
權大納言公宗母
百首の歌奉りし時
憂きながら思出でける折々や夢にも人の見えしなるらむ
藤原爲季朝臣
まだ通ふ同じ夢路も有る物を有りし現ぞうたて果敢なき
從二位爲子
恨戀の心を
思ひさます身を知る方の道理も餘り憂きには又忘れぬる
伏見院御歌
思ひ連ねさも憂かりけると思ふ後に又戀しきぞ理もなき
例なくつらき限やこのきはと思ひし上の憂きもありけり
徽安門院小宰相
百首の歌奉りしに
自から思ひいづとも今はたゞ憂き方のみや忘れざるらむ
關白右大臣
涙こそ己が物から哀なれそをだに人のゆくへとおもへば
左兵衛督直義
逢ふ事は絶えぬる中に同じ世の契計りぞ有りてかひなき
從三位盛親
戀の歌の中に
人心憂きあまりには大方の世をさへ懸けて厭ひ立ちぬる
西園寺前内大臣女
戀死なむ身をも哀と誰か云はむ云べき人はつらき世なれば
式部卿恒明親王
思ふ方へせめては靡け戀死なむ我世の後のけぶり
なりとも
永福門院
厭ひ惜み我のみ身をば憂ふれど戀ふなる果を知る人もなし
さま%\の我が慰めも事つきて今はと弱る程ぞかなしき
同院右衛門督
幾程と思ふ哀れもまたかなし人のうき世を我もいとへば
朔平門院
寄雲戀
待慣れし昔に似たる雲の色よあらぬ詠めの暮ぞかなしき
永福門院
觸物催戀と云ふ事を
月のよは雲の夕もみな悲しその夜は逢はぬ時しなければ
彈正尹邦省親王
忘戀
忘らるゝ袖には曇れ夜半の月見し夜に似たる影も恨めし
前中納言定家
遇不逢戀の心を
訪ひこかしまた同じ世のつきを見てかゝる命に殘る契を
從二位顯氏
寳治の百首の歌の中に、寄風戀
其方より吹來る風のつてにだに情をかくる音づれぞなき
藤原朝定
戀の歌に
逢ふ事はくち木の橋の絶々に通ふばかりの道だにもなし
侍從隆朝
侘びはつる後は形見と忍ぶかな憂かりしまゝの有明の月
前參議家親
思ひたえまた見るまじき夢にしも殘る名殘の覺め難き哉
太上天皇
百首の歌の中に
知らざりし深き限は移りはつる人にて人の見えける物を
前左兵衞督惟方
互に久しく音せざりける女の許へ遣しける
音せずば音もやすると待つ程に絶えばたえよと思ける哉
相模
思ふ事侍りける頃
つらからむ人をも何か恨むべき自らだにも厭はしき身を
讀人志らず
藤原相如に忘られて侍りける後詠みて遣しける
我ながら我からぞとは知りながら今一たびは人を恨みむ
藤原相如
返し
忘れぬと聞かばぞ我も忘るべき同じ心にちぎりこしかば
中納言家持
大伴郎女につかはしける
夢にだに見えば社あらめ斯計見えずて有るは戀て死ねとか
讀人志らず
題志らず
君に逢はで久しくなりぬ玉の緒の長き命の惜けくもなし
人麿
敷妙の枕せし人ことゝへやそのまくらには苔生ひにけり
花山院御歌
人に給はせける
今よりはあひも思はじ過にける年月さへに妬くもある哉
讀人志らず
御返事
思ふと云ふ過にし身だに憂かりしを添ふるつらさを思こそやれ
西園寺前内大臣女
戀の歌に
恨む共戀ふ共よしや忘らるゝ身をある物と人に聞かれじ
永福門院
遂にさても恨の中に過ぎにしを思ひ出づるぞ思出もなき
伏見院御歌
鳥の行く夕の空よその夜には我もいそぎし方はさだめき
猶も世にあるやとかくる人傳ようき身の憂きを更に知れとや
京極前關白家肥後
忘るまじき由契りける人のさもあらざりければ歎きける人に代りてよみ侍りける
はかなくて絶にし人の憂きよりも物忘せぬ身をぞ恨むる
殷富門院大輔
題志らず
あかざりし匂殘れるさ莚は獨りぬる夜も起き憂かりけり
永福門院左京大夫
絶えて久しく訪はぬ人に五月五日菖蒲の根につけて遣はしける人に代りて
知られじな憂きみがくれの菖蒲草我のみ長き音には泣く共
伏見院御歌
戀の御歌の中に
面影のとまる名殘よそれだにも人の許せる形見ならぬを
永福門院
よそなりし其夜に人は歸れども身は改めぬ物をこそ思へ
善成王
恨みずば人も情や殘さまし身を志りけりと思ふあはれに
藤原宗光朝臣
恨しを我が憂節になしやはつる其より絶し中ぞと思へば
左近中將忠季
百首の歌奉りし時、戀の歌
かくぞありしその夜まではの哀より更に泪もふかき玉章
永福門院
題志らず
人の捨てし哀を獨り身にとめて歎き殘れるはてぞ久しき
新宰相
伏見院の御時六帖の題にて人々に歌詠ませさせ給ひけるに、人づてと云ふ事を
自らとひもとはれも人傳の言の葉のみを聞くまでにして
伏見院御歌
戀の御歌の中に
思くたすうさも哀も幾返り世はあらぬ世の身は元の身に
今出川前右大臣室
今はたゞ見ず知らざりし古に人をも身をも思ひなさばや
藤原隆信朝臣
憂き乍ら身をも厭はじ世の中にあればぞ人をよそにても見る
前中納言爲相
題志らず
誰が契誰が恨に
かかはるらむ身はあらぬよの深き夕ぐれ
從二位爲子
戀の歌あまた詠み侍りけるに
頼みありて待ちし夜までの戀しさよそれも昔の今の夕暮
永福門院
絶戀の心を
常よりも哀なりしを限にて此世ながらはげにさてぞかし
源家長朝臣
千五百番歌合に
侘びつゝは同じ世にだにと思ふ身のさらぬ別に成や果なむ
崇徳院御歌
戀の御歌の中に
等閑の哀も人のかくばかりあひ見し時も消えなましかば
從二位宣子
自づから思ひや出づるとばかりの我が慰めもよその年月
前大納言爲氏
建長二年八月廿七日庚申の歌合に、絶久戀
忘れじの人の頼めはかひなくて生ける計りの年月ぞ憂き
中納言兼輔
年の始に人々多く集まりたる所にて
あたらしき年の始の嬉しきはふるき人どち逢へる
なりけり
左京大夫顯輔
春生人意中といふ事を
春來ぬと思ふばかりのしるしには心のうちぞ長閑
なりける
大江頼重
題志らず
霞まずば春ともえやはしら鳥のとは山松に雪は降りつゝ
永福門院内侍
山里に住み侍りける頃詠める
見るまゝに軒端の山ぞ霞み行く心に知らぬ春やきぬらむ
清原元輔
正月一日鶯の聲は聞くやと人の言ひ侍りければ
年
ごとに春の忘るゝ宿なればうぐひすの音もよきて聞えず
夢窓國師
題志らず
我が宿を訪ふとはなしに春の來て庭に跡ある雪のむら消
前大納言爲家
太神宮へ奉りける百首の歌の中に、殘雪を
おのづから猶ゆふかけて神山の玉ぐしの葉に殘る志ら雪
平重時朝臣
題志らず
初草は下に燃ゆれど片岡のおどろがうへの雪はけなくに
清輔朝臣
隆信朝臣從上五位にて年へ侍りけるに一級ゆるされて侍りける時よみて遣しける
位山むすぼゝれつる谷みづはこの春風に解けにけらしな
藤原隆信朝臣
返し
位山春待ちえたる谷水の解くるこゝろは汲みて知らなむ
大中臣直宣
春の歌とて
雪かゝるそともの梅はおそけれどまづ春告ぐる鶯のこゑ
前大僧正範憲
ある人の許より在原業平朝臣の家の梅をつたへて植ゑつぎて侍るとて贈りて侍りければよみて遣しける
世々經てもあかぬ色香はのこりけり春や昔の宿の梅が枝
永福門院内侍
定家卿はやう住みける家に志ばし立ち入りて又ほかへ移り侍りけるをり彼のみづから植ゑて侍りける梅の木の枝に結びつけゝる
わすれじな宿は昔に跡ふりて變らぬのきににほふ梅が枝
前大納言爲世
返し
朽ち殘る古き軒端の梅が枝も又とはるべき春を待つらし
藤原教兼朝臣
春の歌とて
春かぜの心のまゝにさそへどもつきぬは梅の匂なりけり
平久時
軒近き梅の匂ひも深き夜のねやもる月にかをるはるかぜ
前參議家親
伏見院かくれさせ給ひにける時出家し侍りて後、梅の花を見て
梅の花うつる匂は變らねどあらぬうき世にすみぞめの袖
伏見院御歌
春の御歌の中に
哀にも己れうけてや霞むらむ誰がなす時の春ならなくに
院御歌
遠山霞と云ふ事をよませ給ひける
霞にほふ夕日の空はのどかにて雲にいろある山の端の松
皇太后宮大夫俊成
賀茂の社に奉りける百首の歌の中に、霞を
立ち歸り昔のはるの戀しきは霞を分けし賀茂のあけぼの
權中納言長方
海邊霞
與謝の海霞み渡れる明方におき漕ぐ舟のゆくへ知らずも
寂然法師
春の頃天王寺へ參りてよみ侍りける
心ありて見るとしもなき難波江の春の景色は惜くも有る哉
九條左大臣女
春曙を
志らみ行く霞の上の横雲にありあけほそき山の端のそら
源頼春
東雲の霞もふかき山の端に殘るともなきありあけのつき
從二位爲子
東雲のやゝ明け過ぐる山の端に霞のこりて雲ぞわかるゝ
後京極攝政前太政大臣
左大將に侍りける時家に六百番歌合しけるに、春曙を詠める
見ぬよまで思ひ殘さぬながめより昔に霞む春のあけぼの
前大僧正慈鎭
思ひ出でば同じ詠めにかへるまで心に殘れ春のあけぼの
前中納言定家
三十首の歌の中に
思ふこと誰に殘して眺めおかむ心にあまる春のあけぼの
前大納言爲兼
題志らず
暮れぬとて詠めすつへき名殘かは霞める末の春の山の端
伏見院御歌
伏見にて人々題を探りて歌つかうまつりけるついでに、水郷
伏見山あらたのおもの末晴れて霞まぬしもぞ春の夕ぐれ
民部卿爲藤
文保三年後宇多院に召されける百首の歌の中に
踏分くる雪間に色は見えそめて萌えこそやらね道の芝草
安嘉門院四條
百首の歌よみ侍りける中に、早蕨を
今は世に有て物憂き身の程を野邊の蕨のをり/\ぞ知る
前中納言定家
題志らず
霞立つ峯の早蕨こればかりをり知りがほの宿もはかなし
從二位家隆
垂乳根の跡や昔にあれなましおどろの道の春に逢はずば
權律師慈成
春草はまだうらわかき岡のべの小笹隱れにきゞす鳴く
なり
前中納言定家
百首の歌の中に
おもひ立つ道の志るべか呼子鳥ふかき山邊に人さそふ
なり
讀人志らず
近衛太皇太后宮に紅梅を奉りて侍りけるに、次の年の春花の咲きたる見よとて折りて給はせけるに結び付け侍りける
移植ゑし色香も著き梅の花君にぞ分きて見すべかりける
前參議經盛
返し
移植ゑし宿の梅とも見えぬ哉主人からにぞ花も咲きける
赤染衛門
大江擧周、司めしにもれて歎き侍りける頃、梅の花を見て
思ふ事はるとも身には思はぬに時知り顏に咲ける花かな
大藏卿行宗
除目の頃梅花につけて奉りける
かくこそは春待つ梅は咲にけれ譬へむ方もなき我身かな
崇徳院御歌
御返事
八重櫻開くる程を頼まなむ老木もはるに逢はぬものかは
前大納言爲兼
後山本前左大臣、左大將に轉任して侍りける次の朝申し遣しける
時わかぬ君が春とやたち花の影もさくらに猶うつるらむ
後山本前左大臣
返し
思ひやれ君が惠みの時に逢ひて身にあまりぬる花の光を
皇太后宮大夫俊成
法勝寺にて人々花の十首の歌詠み侍りけるに
花にあかで遂に消えなば山櫻あたりをさらぬ霞とならむ
僧正公朝
題志らず
尋ねつる花は限もなかりけり猶山ふかくかゝる志らくも
覺譽法親王
百首の歌奉りし時、春の歌
吉野山花のためにも尋ねばやまだ分けそめぬすゞの下道
伏見院御歌
春の述懷の心を
花鳥のなさけはうへのすさびにて心のうちの春ぞ物憂き
前中納言爲相
はな鳥に猶あくがるゝ心かな老のはるとも身をば思はで
權僧正憲淳
山家春と云ふ事を
時しあれば花鶯のなさけをも外にたづねぬ春のやまざと
伊勢
早う住み侍りける家に人の移り居て後花を折りにやるとて詠める
花の色の昔ながらに見えつれば人の宿とも思ほえぬかな
藤原惟規
上達部殿上人白川渡りにて鞠など弄びけるに女のさまにかきて花の本に落させける
花ゆゑにみゆきふりにし渡りとは思ひや出づる白河の水
中將
式子内親王齋院に侍りける頃御垣の花を折りて建禮門院右京大夫のもとに遣し侍るとて
志めの内は身をもくだかず櫻花をしむ心を神にまかせて
建禮門院右京大夫
返し
志めの外も花とし云はむ花は皆神に任せて散さずもがな
祭主定忠
春の歌の中に
春かぜの岩根の櫻吹くたびに浪のはな散るあさくまの宮
從三位頼政
二條院の御時いまだ殿上ゆるされぬ事を嘆き侍りける頃彌生の十日大内に行幸なりて南殿の櫻盛なるを一枝折らせて去年と今年といかゞあると仰せられけるに枝に結びつけて奉りける
よそにのみ思ふ雲居の花なれば面影ならで見えば社あらめ
讀人志らず
同じ御時藤原隆信朝臣殿上のぞかれて侍りける次の年の春、臨時の祭の舞人にて參り侍りけるに南殿の櫻の盛なりける枝につけて、忘るなよなれし雲居の櫻花うき身は春のよそになるともと女房の中に申し侍りける返し
思はざりし身こそ雲居のよそならめ馴にし花は忘れしもせじ
參川内侍
同じ院隱れさせ給ひて後南殿の櫻を見て
思ひ出づやなれし雲居の櫻花見し人數に我れもありきと
權中納言公雄
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
忘れめや昔みはしのさくらばな今は雲居のよその面かげ
前大納言爲兼
永仁二年三月大江貞秀藏人になりて慶を奏しけるを見て宗秀が許に申し遣しける
めづらしき緑の袖も雲のうへの花に色添ふはるの一しほ
皇太后宮大夫俊成
花の歌の中に
埋木となりはてぬれど山櫻をしむ心は朽ちずもあるかな
從二位兼行
出家の後、寄花衣といふ事を
袖ふれし音は昔にへだて來て花にぞうとき苔のころもで
皇太后宮大夫俊成女
寳治の百首の歌の中に、見花といふ事を
たづぬとも思はで入りし奥山の庵もるはなを獨こそ見れ
法印長舜
春の歌に
世の憂さはいづくも花に慰めばよしや芳野の奥も尋ねじ
西行法師
那智の山に花山院の御庵室のありける上に櫻の木の侍るを見て、住みかとすればと詠ませ給ひけむ事思ひ出てられて詠みける
木の本に住みける跡を見つる哉那智の高嶺の花を尋ねて
從三位氏成
花の歌の中に
こゝのそぢあまり老いぬる身にも猶花に飽かぬは心
なり鳬
永福門院内侍
都の外に住み侍りける頃宣光門院新右衛門督の許へ申し遣しける
またはよも身は七十ぢの春ふりて花も今年や限とぞ見る
院御歌
これを御覽じて、御返し
人も身も又來む春も知らぬ世に霞む雲路を隔てずもがな
伏見院御歌
寄花述懷の心を
時過ぎしふる木の櫻今は世に待つべき花の春もたのまず
永福門院
暦應二年の春、花につけて奉らせ給ひける
時知らぬ宿の軒端の花ざかり君だにとへな又たれをかは
院御歌
御返し
春うとき深山隱れの詠めゆゑとふべき花の頃もわすれて
和泉式部
花のいとおもしろきを見て
あぢきなく春は命の惜しきかな花ぞ此世のほだし
なりける
如淨法師
題志らず
風吹けばまさらぬ水も岩越えて瀧つ川瀬は花のしらなみ
源貞行
山深く猶分け入りて尋ぬれば風に知られぬ花もありけり
源貞世
散る花をせめて袂に吹きとめよそをだに風の情と思はむ
平親清女
散るまでに人もとひこぬ木のもとは恨やつもる花の白雪
源和義
歸雁を詠める
玉章もことづてゝまし春の雁我が故郷に歸るとおもはゞ
源貞泰
春雨
さびしさは昔より猶まさりけり我が身ふりぬる宿の春雨
源高國
春の歌に
春と云へば昔だにこそかすみしか老の袂にやどる月かげ
從二位家隆
百首の歌の中に、春月
おぼろにも昔の影はなかりけり年たけて見る春の夜の月
土御門院御歌
同じ心を
時わかぬ泪に袖はおもなれて霞むも知らず春の夜のつき
藤原隆信朝臣
後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、遲日を詠める
斯しつゝ積れば惜しき春の日をのどけき物と何思ふらむ
徽安門院
春の歌とて
心うつすなさけよこれも夢なれやはな鶯のひとゝきの春
山本入道前太政大臣
山階入道左大臣の家の十首の歌に、松藤を
影うつす松も木高き春の池にみなそこかけてにほふ藤波
前大僧正實超
おなじ心を
底きよき池のみぎはの松が枝に影までなびく春の藤なみ
前太政大臣女
春の歌の中に
山吹の花のしがらみかくれども春はとまらぬ井手の玉川
永陽門院左京大夫
此の春はかならず伴ひて花見るべきよしなど申し侍りける人彌生の末までとはず侍りければ
等閑の詞の花のあらましを待つとせし間に春も暮れぬる
前大僧正慈鎭
雜の歌の中に
さらぬだに心細きをさゝがにの軒に糸ひく夕ぐれのそら
深心院關白前左大臣
百首の歌詠み侍りけるに
四阿屋のまやの軒端に雨すぎて露ぬきとむるさゝ蟹の糸
從三位氏久
題志らず
みあれ木にゆふしで懸けし神山の裾野の葵いつか忘れむ
高階重成
郭公を
都にはまだしき程の郭公ふかきやま路をたづねてぞ聞く
三善爲連
誰が爲もつれなかりける郭公聞きつと語る人しなければ
菅原朝元
時鳥鳴くべき頃と思ふより空にながめぬゆふぐれぞなき
前大僧正忠源
待ちえても老はかひなし郭公同じ初音もかすかにぞ聞く
藤原行信朝臣
さこそげに忍び音ならめ時鳥くらき雨夜の空に鳴くらむ
藤原景綱
天雲の夕ゐるみねの時鳥よそに鳴く音は聞くかひもなし
權中納言宗經
尋ね入る深山隱れの時鳥うき世のほかのことかたらなむ
讀人志らず
右大將兼長馬
場にて眞弓射させ侍りけるに舍人どもの的かくる
ことを爭ひて夜更くる迄侍りければ物見車ども皆追々に歸りけるにある女車よりかくかきて大將の隨身に取らせ侍りける
梓弓ためらふ程に月影の入るをのみ見てかへりぬるかな
從三位客子
世を背きて後菖蒲を見てよめる
今日とても文目分くべき身ならぬに何に懸てかねのなかる覽
從二位兼行女
題志らず
橘のかをり凉しく風立ちてのきばにはるゝゆふぐれの雨
祝部成實
早苗を
ゆふかけて今日こそ急げ早苗取るみと代小田の神の宮人
安倍宗長朝臣
松陰の水堰き入れて住吉の岸のうへ田にさなへ取るなり
藤原教兼朝臣
五月雨を
晴間なき心の中のたぐひとや空もかきくらす五月雨の比
津守國夏
水隱れてしげみは見えぬ五月雨に浮きて殘れる淀の苅菰
高階重茂
干さで今日幾日になりぬ海士衣田蓑の島のさみだれの比
源顯氏
夏の歌に
今もかも夕立すらし足引の山の端かくすくものひとむら
惟宗光吉朝臣
野夕立
ふじのねは晴行く空に顯はれて裾野にくだる夕立のくも
伏見院御歌
五十首の御歌の中に、夏草
夏草のことしげき世にみだされて心の末は道もとほらず
前參議雅有
山家晩凉と云ふ事を
雨そゝぐ外面の眞柴風過ぎて夏をわするゝ山のしたかげ
讀人志らず
夏の歌の中に
村雨は晴行くあとの山陰に露ふきおとすかぜのすゞしさ
源貞頼
山もとに日影及ばぬ木隱れの水のあたりぞ夏にしられぬ
儀子内親王
題志らず
更けにけりまた轉寢に見る月の影も簾にとほくなりゆく
皇太后宮大夫俊成
述懷の百首の歌の中に、ともしを
ますらをは志か待つ事の有ればこそ繁き歎も堪忍ぶらめ
前大納言爲家
北野の社に奉りける百首の歌に
五月暗ともしに向ふしかばかり逢ふも逢はぬも哀世の中
從三位基輔
題志らず
秋近き草のしげみに風立ちて夕日すゞしきもりの下かげ
大江貞懷
木かげ行く岩根の清水そこきよみうつる緑の色ぞ凉しき
藤原秀治
一むらの雲吹きおくる山風に晴れても凉し夕だちのあと
惟宗光吉朝臣
心あらば窓の螢も身をてらせあつむる人の數ならずとも
貞空上人
岩間つたふ泉の聲も小夜更けて心をあらふ床のすゞしさ
藤原隆信朝臣
河原院にて法橋顯昭歌合し侍りけるに、故郷のなでしこと云ふ事を
うゑて見し籬は野邊と荒れはてゝ淺茅にまじる床夏の花
後西園寺入道前太政大臣
七月七日龜山院より七夕の歌召されける時よみ侍りける
苔衣袖のしづくを置きながら今年もとりつ草のうへの露
藤原秀行
同じ心を
天の川とわたる舟のみなれ棹さして一夜となど契りけむ
高階師冬
初秋はまだ長からぬ夜半なれば明くるや惜しき星合の空
慶政上人
寧世間安隱一身乎と云ふ事を
もち侘ぶる身をも心の秋風におき所なきそでのしらつゆ
只
皈法師
題志らず
知られずも夕の露の置きやそふ庭の小萩の末ぞかたぶく
式部卿久明親王
大方の秋の詠めも分きてなほ山と水とのゆふぐれのそら
大江貞廣
物に觸れてなせる哀は數ならず唯そのまゝの秋の夕ぐれ
和氣全成朝臣
日影殘る籬の草に鳴初めて暮るゝを急ぐきり%\すかな
前權僧正圓伊
なれて聞く老の枕のきり%\すなからむ跡の哀をもとへ
賀茂重保
夕まぐれすがる鳴く野の風の音に
ことぞともなく物ぞ悲しき
前中納言爲相
秋述懷と云ふ事を
春日野に秋鳴く鹿も知るべせよをしへし道の埋るゝ身を
順徳院御歌
秋の歌あまたよませ給ひけるに
鹿のねを入相の鐘に吹きまぜて己れ聲なきみねのまつ風
伏見院御歌
田家の心を
遙かなる門田の末は山たえて稻葉にかゝる入日をぞ見る
貫之
瀧をよめる
松の音を琴に志らぶる秋風は瀧の糸をやすげて引くらむ
後京極攝政太政大臣
秋の歌の中に
水青き麓の入江霧晴れてやま路あきなるくものかけはし
權少僧都潤爲
入日さす浦よりをちの松原に霧吹き懸くるあきの潮かぜ
前大納言尊氏
百首の歌奉りし時
秋風にうき立つ雲はまどへども長閑にわたる雁の一つら
藤原頼清朝臣
題志らず
晴れそむる峰の朝霧ひま見えて山の端渡るかりの一つら
藤原宗行
穗に出づる秋の稻葉の雲間より山もと見えて渡る雁がね
中臣祐夏
秋雨を
嵐吹く高嶺の空はくも晴れて麓をめぐるあきのむらさめ
平英時
題志らず
寂しさは軒端の荻の音よりも桐の葉おつるにはの秋かぜ
明通法師
空はまだ殘る日影の薄霧に露見えそめてにはぞくれゆく
藤原宗泰
須磨の浦や波路の末は霧晴れて夕日に殘る淡路しまやま
前大納言尊氏
松風に月の尾上は空晴れて霧のふもとにさをじかのこゑ
權中納言公雄
後宇多院の七夕の七百首の歌に、駒迎を
今もかも絶せぬ物か年
ごとの秋のなかばのもちづきのこま
從三位爲親
同じ七百首の歌に、湖月を
さゞ波やにほてるうらの秋風に浮雲晴れて月ぞさやけき
前大納言尊氏
月の歌の中に
初瀬山檜原に月は傾ぶきてとよらの鐘のこゑぞふけゆく
津守國實
いねがてに詠めよとてや秋の月更ては影の冴え増るらむ
賀茂經久
故郷は軒はふ蔦の末たれてさし入る月のかげだにもなし
藤原爲守女
此頃は月にも猶ぞなれ増るねられぬまゝの老のすさびに
藤原懷通朝臣
雲の上になれ見し月ぞ忍ばるゝ我が世更け行く秋の涙に
和氣種成朝臣
思ひ出づる昔に似たる面影ぞふるきをうつす鏡なりける
丹波長典朝臣
身の憂へ慰むかとて見る月や秋をかさねて老となるらむ
法印源全
年毎に逢ひ見る事は命にて老のかず添ふあきのよのつき
光明峰寺入道前攝政左大臣
貞永元年八月十日頃中宮女房いざなひて東山へまかり侍りけるに水に月のうつりてくまなかりければ
せき入るゝ岩間の水の飽かでのみ宿かる月を袖に見る哉
後堀河院民部卿典侍
返し
立ち歸る袖には月の慕ふとも石間の水はあかぬたびかな
二品法親王尊胤
護持に侍りける比、月を見て
祈り來て仕ふる宵の秋もはやなれて三とせの雲の上の月
入道二品親王尊圓
百首の歌奉りし時
斯てこそ見るべかりけれ奥山の室のとぼそにすめる月影
儀子内親王
雜の歌の中に
空清く有明の月はかげすみて木高き杉にましらなくなり
丹波忠守朝臣
秋寒きありあけの空の一時雨くもるもつらき情なりけり
惠助法親王
山家月を
厭ひこし浮世の外の山里に月はいつよりすみなれにけむ
藤原爲守
世を遁て後東に住侍ける頃よめる
住侘びて出でし方とは思へども月に戀しきふるさとの秋
法印隆淵
題志らず
なれて見る月ぞ知るらむ年を經て慰めがたきあきの心は
貫之
承平五年、内裏の御屏風に、月夜に女の家に男いたりてすのこに居て物云はせたる所
山の端に入なむと思ふ月見つゝ我はと乍らあらむとやする
女、返し
久堅の月のたよりに來る人はいたらぬ所あらじとぞ思ふ
寂然法師
思ふ事有りける比
つく%\と事ぞともなき詠して今宵の月も傾ぶきにけり
太宰大貳重家
籠り居て侍りける比、月を見て
月影のくまなしとても侘人の心の暗の晴ればこそあらめ
俊惠法師
月前述懷を
詠むれば身の憂き事の覺ゆるをうれへ顏にや月も見る覽
土御門院御歌
月の御歌の中に
歎くとて袖の露をば誰れかとふ思へばうれし秋の夜の月
從二位家隆
昔には有りしにも非ぬ袖の上に誰れとて月の泪とふらむ
伏見院御歌
月の十五首の歌、人々によませさせ給ひけるに、雜月を
哀さても何のすさびの詠めして我世の月の影更けぬらむ
院御歌
寄月雜と云ふことをよませ給ひける
雲深きみどりの洞にすむ月のうき世の中に影はたえにき
四條太皇太后宮主殿
題志らず
殘りなく思ひ捨てゝし世の中に又をしまるゝ山の端の月
賀茂雅久
遠近の砧の音にいく里もおなじ夜さむのあはれをぞ知る
前大僧正慈勝
雜の歌の中に
荒れにける庭のかきほの苔の上に蔦はひかゝる故郷の秋
祝部成國
紅葉を
一しほは手折りて後に染めて鳬時雨に翳す山のもみぢ葉
兼空上人
秋の歌に
うら枯るゝ尾花が末の夕附日うつるも弱き秋の暮れがた
大江千里
暮秋の心を
山さむし秋も暮れぬとつぐるかも槇の葉
ごとに置ける朝霜
和泉式部
秋の末つかたより雨うちつゞきふるに十月一日によめる
今日は猶隙こそなけれ掻曇る時雨心地はいつもせしかど
藤原冬頼
題志らず
夕附日雲一むらにかげろひて時雨にかすむをかの松ばら
祝部成國
音ばかり板屋の軒の時雨にて曇らぬ月にふる木の葉かな
前大僧正賢俊
落葉交雨と云ふ事を
神無月時雨に交るもみぢ葉は散りかふ程も色や添ふらむ
二品法親王尊胤
冬の歌の中に
落葉にも秋の名殘をとめじとやまた誘ひ行く木枯のかぜ
從二位爲子
閑居冬夕を
寂しさよ桐の落葉は風になりて人はおとせぬやどの夕暮
後伏見院御歌
風前落葉と云ふ事をよませ給ひける
山嵐に脆く落行くもみぢ葉の留らぬ世は斯こそ有りけれ
慶政上人
神無月の頃、岡屋入道關白のもとより、山中何事か侍ると申しつかはして侍りける返事によみてつかはしける
詠遣る正木のかづら散果てゝ目に懸るべき物だにもなし
守子内親王
題志らず
影よわき夕日うつろふ片岡に殘るもすごきむらすゝき哉
藤原高範
風かよふ籬の荻の冬がれも色こそかはれおとはかはらず
安嘉門院四條
百首の歌よみ侍りける中に、野を
武藏野は皆冬草の萎れ葉に霜は置くとも根さへ枯れめや
讀人志らず
江寒蘆
湊江の氷に立てる芦の葉にゆふ霜さやぎうらかぜぞ吹く
前權僧正尊什
冬月をよめる
さえ透る霜夜の空の更くるまゝに氷り靜まる月の色かな
法印宰承
題志らず
掻暮し時雨ると見れば風さえてみぞれになりぬ浮雲の空
贈從三位清子
冬の歌の中に
空にのみ散る計りにて今日幾か日をふる雪の積らざる覽
惟宗忠貞
浦雪を
難波潟みぎはの雪は跡もなし溜ればがてに浪やかくらむ
權中納言公雄
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
庵結ぶ山路のゆきも年ふりて埋もるゝ身は問ふ人もなし
今出川入道前右大臣
後伏見院、北山亭に御幸ありて人々歌つかうまつりける時、雪を
數ふれば待ちも待たれも君が爲つかへふりぬる雪の山里
法印覺懷
同じ心を
玉鉾の道ある御代に降る雪は昔のあとぞなほのこりける
藤原爲量朝臣
春きても花を待つべき梢かは雪だに殘れたにのうもれぎ
後照念院前關白太政大臣
降りにける跡をし世々に尋ぬれば道こそたえね關の白雪
太上天皇
冬の歌の中に
降りうづむ雪に日數は杉の庵たるひぞ繁きやまかげの軒
順徳院御歌
千鳥鳴くさほの山風聲冴えてかは霧白くあけぬこの夜は
前權僧正隆勝
冴ゆる夜の入海かけて友千鳥月にとわたるあまの橋だて
前中納言有忠
後宇多院の七夕の七百首の歌に、浦千鳥を
仕へ來し跡に殘りて浦鵆有るかひもなき音をのみぞ鳴く
紀行春
同じ心を
跡つけむ方ぞ知られぬ濱千鳥和歌の浦わの友なしにして
藤原成藤
冬の歌に
氷りても音は殘れる水無瀬川したにや水の有りて行く覽
藤原基雄
山川の岩間に殘るもみぢ葉のしたには透けるうす氷かな
俊頼朝臣
堀川院の百首の歌に、炭竈を
炭がまの烟ならねど世の中を心ぼそくもおもひ立つかな
爐火
いかにせむ灰の下なる埋火の埋れてのみ消えぬべき身を
前權僧正靜伊
歳暮を
老となる數は我身にとゞまりて早くも過ぐる年の暮かな
前權僧正雲雅
同じ心を
身の上に積る月日も徒らに老のかずそふとしのくれかな
兵部卿
[3]C明親王
冬の歌の中に
行く末を思ふにつけて老ゆらくの身には今更惜しき年哉
前中納言爲相
歳暮の歌とてよめる
今はたゞ慕ふばかりの年の暮哀れいつまで春を待ちけむ
藤原爲基朝臣
世をそむきて後山里に住み侍りけるに年のくれていほりの前の道を樵夫どものいそがしげに過ぎ侍りければ
山人の軒端の道に急がずば知らでや年のくれを過ぎまし
永福門院内侍
百首の歌奉りし時、冬の歌
去年もさぞ又はかけじの老の浪越ゆべき明日の春も難面し
[2] A kanji in place of C in our copy-text is unavailable in the JIS code table. The kanji is Morohashi's kanji number 1721.
藤原爲基朝臣
曉雲と云ふ事を
曉やまだ深からし松のうれにわかるともなきみねの白雲
後西園寺入道前太政大臣
文保三年、百首の歌の中に
見るまゝに天ぎる星ぞうきしづむ曉やみのむらくもの空
左近中將忠季
百首の歌奉りし時
時ははや曉近くなりぬなりまれなる星のそらぞしづけき
今上御歌
雜の御歌の中に
西の空はまだ星見えて有明の影よりしらむ遠のやまの端
院一條
康永二年、歌合に、雜色を
白み増る空の緑は薄く見えて明け殘る星の數ぞ消え行く
祝子内親王
曉の心を
山深みおりゐるそらは明けやらで麓に遠きあかつきの鐘
太上天皇
雜の歌の中に
夜鳥は高き梢に鳴き落ちてつき靜かなるあかつきのやま
鐘の音に夢は覺めぬる後にしも更に寂しきあかつきの床
從三位親子
窓近き軒端の峯は明けそめて谷よりのぼるあかつきの雲
進子内親王
聞き聞かず同じ響きも亂るなり嵐のうちのあかつきの鐘
春宮權大夫冬通
明けぬるか寐覺の窓の隙見えて殘るともなき夜半の燈火
院御歌
百首の御歌の中に
羽音して渡るからすのひと聲に軒端の空は雲あけぬなり
徽安門院一條
立ちそむるからす一聲鳴き過ぎてはやし靜に明くる東雲
前大納言實明女
朝がらす聲する森の梢しも月は夜ふかきありあけのかげ
伏見院御歌
題を探りて人々歌つかうまつりけるに關と云ふ事をよませ給ひける
逢坂や曉かけて鳴くとりの聲しろくなるせきのすぎむら
院御歌
百首の御歌に
里々の明けゆくおとは急げども長閑にしらむ山のはの空
藤原爲基朝臣
題志らず
出でやらで朝日籠れる山の端のあたりの空ぞ先匂ひぬる
從二位爲子
朝煙を
宿々に立つる烟の末あひてひと村かすむさとのあさあけ
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
遠方の里は朝日に顯はれてけぶりぞうすき竹のひとむら
前大納言實明女
風すさぶ竹のさ枝の夕づく日うつり定めぬ影ぞさびしき
前大納言爲兼
あさき夕と云ふ事を
もりうつる谷にひとすぢ日影見えて峯も麓も松の夕かぜ
順徳院御歌
雜の御歌に
入日さすみねの浮雲たなびきて遙かにかへる鳥のひと聲
太上天皇
夕日影田面遙かに飛ぶ鷺のつばさのほかに山ぞ暮れぬる
榮子内親王
山もとはまづ暮れそめて峰高き梢に殘るゆふ日かげかな
後伏見院御歌
夕山と云ふ事を
夕山や麓の檜原いろさめて殘る日かげぞみねにすくなき
中務卿宗尊親王
百首の歌の中に
見渡せば雲間の日影移ろひてむら/\かはる山の色かな
徽安門院
雜の歌に
夕日さすみねは緑の薄く見えて陰なる山ぞ分きて色こき
左近中將忠季
百首の歌奉りし時
夕付日入りぬる峰の色濃きに一もと立てる松ぞさびしき
順徳院御歌
百首の御歌の中に
夕付日山のあなたになる儘に雲の旗手ぞいろかはり行く
院一條
雜の歌に
山の端の色ある雲にまづ過ぎて入日の跡の空ぞしづけき
徽安門院一條
西の空の夕日の跡は覺めやらで月よりかはる雲の色かな
源義詮朝臣
月はあれどまだ暮れやらぬ空なれや移るも薄き庭の影哉
從二位行家
人とはぬ谷の戸ぼそのしづけきに雲こそ歸れ夕ぐれの山
前大納言尊氏
暮山をよめる
山風はたかねの松に聲やみて夕のくもぞたにゝしづまる
民部卿爲定
百首の歌奉りし時
こもり江の初瀬の檜ばら吹き分けて嵐にもるゝ入相の鐘
前中納言重資
雨そゝぐ槇のしづくは落ち添ひて雲深くなる夕ぐれの山
後伏見院御歌
題志らず
鳥の行く夕のそらのはる%\と詠めの末に山ぞいろこき
藤原爲基朝臣
飛び連れて遠ざかり行く鴉羽に暮るゝ色添ふをち方の空
伏見院御歌
夕鐘を
鐘の音をひとつ嵐に吹きこめて夕暮しをるのきの松かぜ
ならび立つまつの面は靜にて嵐のおくにかねひゞくなり
山の端の詠めにあたる夕ぐれに聞かで聞ゆる入相のおと
祝子内親王
つれ%\と詠め/\て暮るゝ日の入相の鐘の聲ぞ寂しき
後伏見院御歌
雜の御歌の中に
尋ね入る山路のすゑは人も逢はず入相の鐘に嵐こそ吹け
永福門院
かくしてぞ昨日も暮れし山の端の入日のあとに鐘の聲々
從二位爲子
何となく夕の空を見る儘に怪しきまではなぞやわびしき
後鳥羽院御歌
何となく過ぎ來し方のながめまで心にうかぶ夕ぐれの空
伏見院御歌
寺深き寢覺の山は明けもせであま夜の鐘の聲ぞしめれる
儀子内親王
つく%\と獨聞く夜の雨の音は降りをやむさへ寂しかり鳬
皆人のいをぬるなべに鳥羽玉の夜てふ時ぞ世は靜かなる
從一位教良女
燈を詠み侍りける
思ひつくす心に時は移れども同じ影なるねやのともし火
前大納言爲家
寳治の百首の歌に、夜燈を
哀にぞ月に背くる燈火のありとはなしに我がよ更けぬる
前大納言長雅
雜の歌に
眞木の屋のひま吹く風も心せよ窓深き夜に殘るともし火
徽安門院
燈火は雨夜のまどにかすかにて軒のしづくを枕にぞ聞く
後伏見院御歌
月を
一筋に思ひも果てじ猶も此の浮世の友は月こそありけれ
讀人志らず
世の中は空しき物とあらむとぞ此照る月は滿ちかけしける
大僧正行尊
月のあかきを見て詠める
ありし世に廻る身としも思はねば月は昔の心地こそすれ
藤原敦經朝臣
藏人おりて後月を見て詠める
昔のみ詠むるまゝに戀しきはなれし雲居の月にやある覽
前參議家親
頭おろして後、月を見て
今は我れ又見るまじき哀れさよなれて仕へし雲の上の月
如願法師
雜の歌の中に
袖の上に變らぬ月のかはるかなありし昔の影を戀ひつゝ
何となく昔戀しき我が袖の濡れたる上にやどるつきかげ
從二位爲子
時ありて花も紅葉もひとさかり哀に月のいつもかはらぬ
二品法親王覺助
大峰修行の時詠み侍りける
うきて立つ雲吹き拂ふ山風の小笹に過ぐる音のはげしさ
永福門院
雲を
山合におりしづまれる白雲の暫しと見れば早消えにけり
前右衛門督基顯
薄く濃き山の色かと見る程に空行く雲のかけぞうつろふ
前大納言爲兼
雜の歌の中に
大空にあまねくおほふ雲の心國土うるほふ雨くだすなり
從二位爲子
荒き雨のをやまぬ程の庭たづみせき入れぬ水ぞ暫し流るゝ
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時、雜の歌
枝暗き梢に雨の音はしてまだつゆ落ちぬまきのしたみち
太上天皇
五首の歌合に、雜遠近を
雲かゝる遠山松は見えずなりて籬のたけに雨こぼるなり
永福門院内侍
眺めつる草の上より降りそめて山の端消ゆる夕ぐれの雨
後伏見院御歌
雨夜思と云ふ事を
獨あかす四方の思は聞きこめぬたゞつく%\と更くる夜の雨
伏見院御歌
雜の御歌の中に
夜の雨に心はなりて思ひやる千里の寐覺こゝにかなしも
大藏卿有家
元久元年七月北野の社の歌合に、暮山雨を
見ぬ世まで思ふも寂し石の上ふるの山邊のあめの夕ぐれ
儀子内親王
題志らず
山松は見る/\雲に消え果てゝ寂しさのみの夕ぐれの雨
藤原親行朝臣
虹の立つ峯より雨は晴れそめて麓の松をのぼるしらくも
藤原公直朝臣母
雨は今晴れぬと見つる遠山の松にみだれてかゝるしら雲
永福門院内侍
百首の歌奉りし時
雨晴れて色濃き山の裾野より離れてのぼる雲ぞまぢかき
藤原爲基朝臣
題志らず
山もとや雨晴れのぼる雲の跡に煙のこれるさとの一むら
從三位親子
谷かげや眞柴の烟濃く見えて入相くらきやまのしたみち
進子内親王
雜の歌の中に
立ちのぼる烟さびしき山もとの里の此方にもりの一むら
後山本前左大臣
嘉元の百首の歌に、山を
白雲の八重立つ峰も塵ひぢの積りてなれる山にし非ずや
前大僧正慈順
題志らず
三の峰の二の道を並べ置きて我がたつ杣の名こそ高けれ
伏見院御歌
雜の御歌の中に
浦かぜは湊のあしに吹きしをり夕暮しろき波のうへの雨
後二條院御歌
浦の松木の間に見えて沈む日の名殘の波ぞ暫しうつろふ
永福門院
沈み果てぬ入日は浪の上にして汐干に清きいそのまつ原
藤原爲基朝臣
磯山の陰なる海はみどりにて夕日にみがくおきつ白なみ
祝部成茂
白波のたかしのやまの麓より眞砂吹きまき浦かぜぞ吹く
藤原朝村
かつしかのまゝの浦風吹きにけり夕波越ゆる淀のつぎ橋
院兵衛督
打ち寄する荒磯浪の跡なれや汐干のかたに殘るもくづは
前中納言定家
眺望の心を
わたの原波と空とは一つにて入日をうくる山の端もなし
藤原冬隆朝臣
清見がそ磯山もとは暮れそめて入日のこれる三保の松原
讀人志らず
物へ行くに海のほとりにて
風を痛み寄せ來る波にいさりする蜑少女子が裳の裾ぬれぬ
題志らず
玉津島見れどもあかずいかにして包みもたらむ見ぬ人の爲
家づとに貝を拾ふと沖邊より寄せ來るなみに衣手濡れぬ
あり通ふ難波の宮は海近み海士少女子が乘れるふね見ゆ
山階入道前左大臣
寳治の百首の歌に、江蘆を
難波江に夕汐遠く滿ちぬらし見らくすくなきあしの村立
津守國基
津の國に侍りける頃京にあひ知りたる人のもとに遣す文の上にかきて侍りける
津の國の難波よりぞと云はず共芦でを見ても其と知らなむ
光明峰寺入道前攝政左大臣
題志らず
津の國の難波の里の浦ちかみまがきを出づるあまの釣舟
前中納言爲相女
荒磯の松の陰なる海士小舟つなぎながらぞ浪にたゞよふ
從三位行尹
漕ぎ出でゝ武庫の浦より見渡せば波間にうかぶ住吉の松
從二位爲子
日吉へ參るとて唐崎の松を見て詠める
唐崎やかすかに見ゆる眞砂路にまがふ色なき一もとの松
前中納言有光
雜の歌に
にほの海や霞みて遠き朝あけに行く方見えぬ海士の釣舟
從二位家隆
明け渡るをじまの松の木の間より雲に離るゝ海士の釣舟
前中納言基成
浦々の暮るゝ波間もかず見えて沖に出でそふ海士の漁火
從二位爲子
漕ぎ出づる程も浪ぢに數消えぬ追風はやきうらのつり舟
前大納言爲兼
物として量り難しなよわき水に重き舟しも浮ぶと思へば
從二位兼行
河むかひまだ水暗きあけぼのに出づるか舟の音ぞ聞ゆる
前内大臣
百首の歌奉りし時、雜の歌
苔むして人の行きゝの跡もなしわたらで年やふるの高橋
前大納言爲兼
題志らず
大井川遙に見ゆる橋のうへに行く人すごし雨のゆふぐれ
岡のべや靡かぬ松は聲をなして下草しをる山おろしの風
藤原爲守女
谷深き松のしづ枝に吹きとめて深山の嵐こゑしづむなり
從二位宣子
山人のおへる眞柴の枝にさへ猶音づれて行くあらしかな
從三位親子
つれ%\と山陰すごき夕暮のこゝろにむかふまつの一本
前大納言爲兼
見るとなき心にも猶あたりけむ向ふみぎりの松の一もと
伏見院御歌
夕松と云ふ事を
いましもは嵐に増る哀れかな音せぬ松のゆふぐれのやま
權大納言公蔭
百首の歌奉りし時
年深き杉の梢も神さびてこぐらきもりはみや居なりけり
淨妙寺左大臣
雜の歌の中に
暮れぬるか籬の竹のむらすゞめねぐらあらそふ聲騷ぐ
なり
徽安門院
康永二年、歌合に、雜色と云ふことを
みどり濃き日影の山のはる%\と己れまがはず渡る白鷺
伏見院御歌
鷺を
山もとの田面より立つ白鷺の行くかた見れば森の一むら
前中納言爲相
雜の歌に
谷陰や木深き方にかくろへて雨をもよほす山ばとのこゑ
從三位忠嗣
鐘のおと鳥のね聞かぬおく山の曉知るは寢ざめなりけり
正二位隆教
山家夢と云ふ事を
吹きおろす軒端の山の松かぜに絶えて短き夢のかよひ路
前中納言定家
三十首の歌の中に、山家松
忍ばれむ物ともなしに小倉山軒端の松ぞなれてひさしき
圓光院入道前關白太政大臣
山家の心を
松の風かけひの水に聞きかへて都の人のおとづれはなし
權律師慶運
山を
塵の身ぞおき所なき白雲のたなびく山のおくはあれども
藤原基任
題志らず
山深き住まひばかりはかひもなし心に反く浮世ならねば
權律師慈成
山深き宿には人の音もせでたに靜かなるとりのひとこゑ
前大納言爲氏
寳治の百首の歌に、山家嵐を
山もとの松のかこひのあれまくに嵐よしばし心して吹け
權中納言俊實
雜の歌の中に
たゞ一へあだにかこへる柴の垣いとふ心に世をば隔てゝ
式子内親王
我宿はつま木こり行く山賤のしば/\通ふ跡ばかりして
西園寺前内大臣女
山家木を
こゝにさへ嵐吹けとは思はずよ身の隱れがの軒の山まつ
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時
山の奥靜かにとこそ思ひしに嵐ぞさわぐ檜はらまきはら
山本入道前太政大臣女
世を逃れて山深く住み侍りける頃よめる
まだ人の庵ならべぬ山かげは音するかぜを友ときくかな
前權僧正良海
竹を
一もとゝ思ひてうゑし呉竹の庭見えぬまで繁るふるさと
伏見院御歌
六帖の題にて人々に歌よませさせ給ひけるついでに、山里
つくろはぬ岩木を庭の姿にて宿めづらしき山のおくかな
佛國禪師
題志らず
我だにもせばしと思ふ草の庵になかばさし入る峰の白雲
伏見院御歌
山家夕と云ふ事を
山かげや近き入相の聲くれて外面のたにゝ沈むしらくも
院御歌
百首の御歌に
跡絶えてへだつる山の雲ふかしゆきゝは近き都なれども
前大僧正道玄
無動寺に籠山して侍りける時源兼氏朝臣の許に申し送り侍りける
山里をたれすみ憂しと厭ひけむ心のすめば寂しさもなし
藤原宗秀
題志らず
訪ふ人も待たれぬ程に住慣れてみ山の奥は寂しさもなし
前大納言家雅
おく山の岩ほの枕苔むしろかくても經なむあはれ世の中
安嘉門院高倉
寳治の百首の歌に、山家水を
人目こそ枯れなば枯れめ山ざとに筧の水の音をだにせよ
儀子内親王
題志らず
とはるやと待たましいかに寂しからむ人目を厭ふ奥山の庵
二品法親王承覺
折れ殘る軒の懸樋をつたひきて庭にしたゝるこけの下水
伏見院御歌
山家の御歌の中に
遠方の山は夕日のかげ晴れて軒端のくもは雨おとすなり
進子内親王
雨を
雲しづむ谷の軒端の雨の暮聞きなれぬ鳥の聲もさびしき
順徳院御歌
雜の御歌に
ますら男が山かたつきて住む庵の外面に渡す杉のまろ橋
前大納言忠良
山深き草のいほりの雨の夜におとせで降るは泪なりけり
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
山ざとは寂しとばかりいひ捨てゝ心留めて見る人やなき
前大納言尊氏
田家雨をよめる
山もとやいほの軒端に雲おりて田面さびしき雨の夕ぐれ
後嵯峨院御歌
寳治二年百首の歌人々に召されけるついでに、里竹を
思ひ入る深山の里のしるしとて浮世隔つるまどのくれ竹
二品親王慈道
西山の善峰寺にてよみ侍りける
此里は外面の眞柴志げゝれば外に求めぬつま木こるなり
院御歌
題志らず
あともなき賤が家居の竹の垣犬の聲のみおくぶかくして
山階入道前左大臣
寳治の百首の歌に、山家水を
身をかくす深山のおくの通路を有りとな告げそ谷の下水
後花山院前内大臣
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
庵むすぶ山下水の木隱れに澄ますこゝろを知る人ぞなき
[4]前大納言爲家
千首の歌よみ侍りけるに
閼伽棚の花の枯葉も打ちしめり朝ぎりふかし峰の山でら
藤原爲基朝臣
山里なる所へ罷りける道にてよみ侍りける
月はまだ峰越え遣らぬ山陰にかつ%\見ゆる松のした道
從三位頼政
百首の歌よみ侍りけるに
稻荷山西にや月のなりぬらむ杉のいほりの窓のしらめる
伏見院御歌
山家鳥
山陰や竹のあなたに入り日落ちて林のとりのこゑぞ爭ふ
從二位爲子
山路の心を
山人の分け入る外のあともなし峯より奥の芝のしたみち
中務卿宗尊親王
樵夫を
見渡せばつま木の道の松陰に柴よせかけてやすむやま人
前大納言公泰
しばし猶麓の道のくらければ月待ち出でゝ歸るやまびと
前左兵衛督惟方
深き山里に人の尋ねくるも無くて何と無く物哀なるに
人はいはじ鳥も聲せぬ山路にも在ればあらるゝ身に社有けれ
東山に住み侍りける比從三位頼政尋ね來て後かき絶え音せざりければ遣しける
いかにして野中の清水思出でゝ忘る計りに又なりぬらむ
靜仁法親王
笙の岩屋にこもりてよみ侍りける
暮ると明くと露けき苔の袂哉もらぬ岩屋の名をば頼まじ
藤原道信朝臣
玉井と云ふ所にて
我ならぬ人に汲すな行きずりに結び置きつる玉の井の水
弘法大師
高野の奥の院へ參る道に玉川と云ふ河の水上に毒虫の多かりければ此の流を飮むまじき由を示し置きて後よみ侍りける
忘れても汲みやしつらむ旅人の高野のおくの玉川のみづ
阿一上人
同じ山に登りて三鈷の松を見て
是ぞ此のもろこし舟にのりを得てしるしを殘す松の一本
前左兵衛督惟方
白川なりける家に住み絶えて年へて後罷りてよみ侍りける
故郷は淺茅がしたにうづもれて草の庵となりにけるかな
二品法親王寛尊
大覺寺に住み侍りける比詠める
年を經てあれこそ増れ嵯峨の山君が住み來し跡はあれ共
藤原爲守女
雜の歌に
命待つ假の宿りのうちにだに住み定めたる隱れがもなし
夢窓國師
庵を住み捨てゝ出でけるに
幾度か斯く住み捨てゝ出でつらむ定めなき世に結ぶ假庵
前中納言定家
百首の歌の中に
鷺の居る池の汀に松舊りてみやこの外のこゝちこそすれ
權中納言定頼
長和五年四月雨のいと長閑に降るに大納言公任に遣しける
八重葎繁れる宿につれ%\と訪ふ人もなき詠めをぞする
[4] The poem has poem number 1767 in Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol.1).
伏見院御歌
題志らず
天つ空照る日のしたに有りながら曇る心の隈をもためや
太上天皇
雜の歌の中に
照りくもり寒きあつきも時として民に心の休む間もなし
權大納言資明
百首の歌奉りし時
誰れもみな心をみがけ人を知る君が鏡のくもり無き世に
左兵衛督直義
述懷の歌の中に
靜なる夜はの寐覺に世の中の人のうれへを思ふくるしさ
光明峯寺入道前攝政左大臣
神代より道ある國につかへけるちぎりも絶えぬ關の藤川
前大納言經顯
今までは代々經てすみし白河のにごらじ水の心ばかりは
後伏見院御歌
雜の御歌の中に
仰ぎ見て我が身を問へば天の原すめる緑の言ふ事もなし
前大僧正道玄
さりともと仰ぎて空を頼む哉月日の未だ落ちぬ世なれば
深心院關白前左大臣
行く末の道は迷はじ春日山出づる朝日のかげにまかせて
芬陀利花院前關白内大臣
文保の百首の歌に
曇らじと思ふこゝろを三笠山出づる朝日も空に知るらむ
後醍醐院御歌
雜の御歌とて
治れる跡をぞ慕ふ押しなべて誰が昔とはおもひ分かねど
太上天皇
百首の歌の中に
治まらぬ世のためのみぞうれはしき身のための世は遮莫
從三位爲繼
嘉禎二年十二月四位の從上に叙して慶を奏しけるに雪のいみじく降りければ
位山かさなる雪に跡とめてまよはぬ道はなほぞかしこき
藤原秀經
山を
道しあらば今も迷はで位山むかしの跡に名をのこさばや
前大納言實教
百首の歌奉りし時
老の身に今ひと坂の位山のぼらぬにてもくるしかりけり
伏見院御歌
雜の御歌の中に
愁へなく樂みもなし我が心いとなまぬ世はあるに任せて
藤原爲守女
無きにのみ身を爲果てし心よりあるに任する世こそ安けれ
法印顯範
古へは歎きしことも歎かれず憂きに習ひて年の經ぬれば
藤原重能
人は知らじ片山影の埋れ水こゝろの底はいかに澄むとも
藤原爲明朝臣
百首の歌奉りしに
憂き乍らあるに任する我身こそ斯ても捨つる此世
なりけれ
徽安門院
雜の歌に
身こそあらめ心を塵の外になして浮世の色にそまじとぞ思ふ
入道二品親王尊圓
皇慶贈法印慈應の謚號を申し給はりてよみ侍りける
谷川の水の水上代々を經ていまぞかしこき名を流すらむ
大江廣秀
題志らず
水上のすめるを受けて行く水の末にも濁る名をば流さじ
左兵衛督直義
百首の歌奉りし時
高き山深き河にもまさるらし我が身にうくる君が惠みは
前中納言爲相
中納言に拜任の時よみ侍りける
昇る瀬のありける物を引く人のなきにもよらぬ淀の川舟
芬陀利花院前關白内大臣
文保の百首の歌に
沈む身と何歎きけむ佐保川の深き惠みのかゝりける世に
藤原時藤
世をのがれてこもり居侍りけるに建武の頃又世にまじらへ侍るとてよめる
同じくば衰へざりしもとの身を今に還して世に仕へばや
源到雄
題しらず
命をばかろきになして武士の道よりおもき道あらめやは
入道二品親王尊圓
百首の歌奉りし時
百敷やみぎりの竹の臥して思ひ起きて祈るも我が君の爲
西園寺前内大臣女
雜の歌に
住みわぶる我こそ常に急がるれ月は何ゆゑ山に入るらむ
慶政上人
惱む
こと侍りける頃雨の降りけるに衣笠前内大臣訪ひて侍りければよみてつかはしける
何事を思ひつゞくとなけれども雨の寐覺は物ぞかなしき
前大僧正道玄
西山に住み侍りけるに京へ出でける時草庵の障子に書きつけゝる
入るたびに又は出でじと思ふ身の何ゆゑ急ぐ都なるらむ
彈正尹邦省親王
述懷の歌の中に
身のうさを心一つに慰て我があらましを待つぞはかなき
前大僧正守譽
何時までと思ふばかりぞあだし世のうきに慰む頼
なりける
權律師有淳
世の中の憂きは嬉しき物ぞともいつ捨てはてゝ思合せむ
如圓法師
慣れぬれば思ひもわかぬ身のうさを忘れぬ物は涙
なりけり
源宗滿
歎くべき
ことを數多の身のうさにまつは涙の何に落つらむ
前左兵衛督惟方
皇太后宮大夫俊成千載集えらび侍りける時申しつかはしける
藻鹽草かき集めたる和歌の浦のその人數に思ひ出でずや
皇太后宮大夫俊成
返し
今も猶なれし昔は忘れぬをかけざらめやは和歌のうら波
平久時
題志らず
かひ積る藻屑のみしてあるかひも渚によする和歌の浦波
大江宗秀
和歌の浦に心をよせて年ふれど藻屑うづもる玉は拾はず
後徳大寺左大臣
賀茂重保が堂の障子に時の歌よみどものかたを書きて各よみたる歌を色紙形に書くべき由申し侍りければ我も入りたるらむと尋ね侍りけるに位高き人はおそれありて書かぬよし申したりければ色紙がた書きてつかはすとて
若の浦の波の數にはもれにけりかくかひもなき藻鹽草哉
前參議經盛
皇太后宮大夫俊成打聞せむとて忠盛朝臣の歌をこひけるに遣はすとてよめる
家の風吹くとも見えぬ木のもとに書置く言の葉を散す哉
左兵衛督直義
百首の歌奉りし時
言の葉の六くさのうちに樣々の心ぞ見ゆるしきしまの道
皇太后宮大夫俊成
基俊に古今集を借りて侍りけるをかへしつかはすとて
君なくば如何にしてかははるけまし古今の覺つかなさを
基俊
返し
かきたむる古今のことの葉を殘さず君につたへつるかな
西行法師
西行、御裳濯の歌合とて、前中納言定家に判ずべきよし申しけるを、若かりける頃にて辭び申すをあながちに申し侍りければ、判じてつかはすとて、山水の深かれとてもかきやらず君に契を結ぶはかりぞと申して侍りける返事に
結びなす末を心にたぐふれば深く見ゆるを山がはのみづ
前中納言定家
建保三年内裏に召されける名所の百首のうたの中に、辰市
敷島の道に我が名は辰の市やいさまだ知らぬ大和言の葉
前大納言爲家
寳治の百首の歌奉りける時、浦舟を
和歌の浦に身ぞうき波の蜑小舟流石かさなる跡な忘れそ
藤原隆信朝臣
從三位頼政正下五位に叙して侍りける時、其の悦云ひ遣すとて
若の浦に立昇るなる波の音はこさるゝ身にも嬉しとぞ聞く
從三位頼政
返し
いかにして立昇る覽越ゆべしと思ひもよらぬ和歌の浦波
清輔朝臣
同じ人高倉院の殿上の還昇を許されて侍りけるに申し遣しける
立歸る雲居のたづに言傳てむ獨さはべに鳴くと告げなむ
大貳三位
橘爲仲朝臣藏人おりてまたの日、澤水におり居たるたづは年ふれどなれし雲居ぞ戀しかるべきし申し侍りける返事に
芦原に羽根休むめる芦たづはもとの雲居に歸らざらめや
太宰大貳重家
二條院の御時御畏りにて籠り居侍りけるに許されて後殿上をば未だゆりざりける比奏せよと覺しくて藏人尹明に申し遣しける
此内を出づとしならば芦たづのなれし雲居になどや歸らぬ
藤原定長
石清水の臨時の祭の舞人にて立ち宿りける家のあるじ、又來む春も侍つべき由言ひければ、思ふ心や有りけむ、
又も來む春とはえこそ石清水立ち舞ふ事も有り難き世に
清輔朝臣
六條院位におはしましける時臨時の祭の四位の陪從に催されて參りけるに思ふ事や有りけむ、檜扇のつまに書きて中宮の御方の女房の中にさし置かせける
昔見し雲のかけ橋變らねど我が身一つのとだえなりけり
欣子内親王
世を遁れて後大納言三位に琵琶の譜を返すとて
くもれかし半ばの月の面影もとめて見るべき袂ならねば
民部卿爲定
文保三年百首の歌召されける時
今更にのぼりぞやらぬ位山苦しかるべき代々のあとかは
高辨上人
白糸を人の心にたとへたる事を詠める
昔誰れ人のこゝろを白糸の染むれば染まる色に泣きけむ
兼好法師
世を遁れて木曾路と云ふ所を過ぐるとて
思ひ立つ木曾の麻衣淺くのみ染めてやむべき袖の色かは
藤原惟規
題志らず
なにとなく花や紅葉を見る程に春と秋とは幾めぐりしつ
西行法師
花散らで月は曇らぬ世なりせば物を思はぬ我身ならまし
基俊
權少僧都光覺、堅義請ひのぞみ侍りける時
九つの澤に鳴くなるあしたづの子を思ふ聲は空に聞ゆや
法性寺入道前關白太政大臣
返し
よそにても子を思ふたづの鳴く聲を哀と人の聞かざらめやは
高辨上人
或る人の久しく對面せざりけるが音づれ侍りければ
存らへてとはるべしとはおもひきや人の情も命なりけり
祝子内親王
雜の歌に
憂しとても幾程の世と思ふ/\なほ其内も物ぞわびしき
前中納言爲相
憂しとても憂からず迚もよしや唯五十の後の幾程の世は
前大納言實教
百首の歌奉りし時
思出も無くて過ぎこしとし月の數にまさるは涙なりけり
法印延全
雜の歌に
七十ぢの年波越えて今は身の何をか末の待つことにせむ
前中納言爲相女
朝夕の心の内のもの憂さをさてもある身と人や知るらむ
徽安門院小宰相
百首の歌奉りしに
思知らば背きもすべき身を置きて誰が名に立てし憂世なる覽
前大僧正道玄
題志らず
今更に憂しといふこそ愚なれ斯るべき世の末と知らずや
宣光門院新右衞門督
捨てかぬる心も我が身其上に誰が思はせて厭はしき世ぞ
儀子内親王
思ふ事ならばいつまで住まむとて唯目の前の世を歎く覽
前中納言雅孝
百首の歌奉りし時
果敢なしと思ひ乍らもあらましに身を慰めて年を經る哉
權大納言公蔭
世の中騷がしける比東坂本におはしましける程の御歌どもを後に見て奉りける
さこそはと思遣られし其の折の旅の哀をさながらぞ見る
院御歌
御返し
言の葉に色は無けれど思ひやる心を添へて哀れとや見る
藤原爲基朝臣
文保の比つかさ解けて籠り居て侍りける比、山里にて
心とは住み果てられぬ奥山に我が跡うづめ八重のしら雲
新宰相
述懷の歌の中に
行末を頼むと人や思ふらお心にもあらで世をすぐす身を
藤原秀能
憂世とは思ひ乍らに捨遣らであらましにのみ過しつる哉
源仲教
憂世とはなべていふなる理を我が身一つになしてこそ思へ
權少僧都淨道
憂き事を思はじとても如何せむ流石心の無き身ならねば
從二位宣子
折々の身のあらましも變りけり我が心さへ定めなの世や
前大僧正道玄
文永の頃西山へ入る由申し遣して侍りければ出京いつ頃ぞと申して侍りける人の返事に
世の憂さに思立ちぬる山里はいさいつまでと程も定めず
西園寺前内大臣女
閑居述懷といふ事を
哀にぞ蓬が庭の跡も無きもとより誰れを待つ身ならねば
俊頼朝臣
雨を
つく%\と思へば悲し數ならぬ身を知る雨よをやみだにせよ
前大僧正道昭
大峯のふるやのとまりにて
涙のみふるやの軒の板びさしもりくる月ぞ袖にくもれる
藤原宗秀
題志らず
山深く身を隱しても世の中を遁れ果てぬはこゝろ
なりけり
山田法師
斯くばかり取り集めたる身の憂さに心づよくも長き命か
讀人志らず
身は斯くて遁れ果てぬる世の中を人の上まで猶厭ふかな
權僧正忠性
世を憂しと思立つとも我が山のほかにはいかゞ墨染の袖
前大僧正公什
世をうみの網のうけ繩一筋に引くべき人も無き身
なりけり
崇徳院御歌
雜の御歌の中に
我が心誰にか言はむ伊勢の蜑の釣のうけ引く人し無ければ
前大僧正道意
いかにせむ背かばとこそ思しに捨てゝも憂きは此世
なり鳬
讀人志らず
前左兵衛督惟方使の別當になりて侍りける比歎く事ありけるをとぶらはず侍りければ申し遣しける
歎きをもとはぬつらさはつらけれど嬉しき
ことは嬉しとぞ聞く
前左兵衛督惟方
返し
いふよりも言で思ふは勝るとてとはぬもとふに劣りやはせし
從二位爲子
題志らず
心だに我が思ふにも叶はぬに人を恨みむことわりぞ無き
儀子内親王
康永二年、歌合に、雜の心を
物毎に心をとめば何にかはうき世の中の知られざるべき
安嘉門院四條
百首の歌の中に
心こそ身の關守となりにけれ易く出づべき此世なれども
徽安門院
雜の歌の中に
世の中の憂き度毎に慰むるよしいく程の無からましかば
壽成門院
あらましの心の儘に見る夢を思ひ合するうつゝともがな
徽安門院小宰相
百首の歌奉りし時
哀にもうつゝに思ふあらましの唯その儘に見つる夢かな
後京極攝政前太政大臣
夢中述懷を
轉寐の果敢なき夢のうちにだに千々の思の有りける物を
大江千里
夢中歡樂又紛然といふ事を
夢にても嬉しき事の見えつるは唯に憂ふる身には勝れり
後鳥羽院御歌
雜の御歌の中に
大方の現は夢になし果てつぬるがうちには何をかも見む
權僧正永縁
長き夜の夢の内にて見る夢は孰れうつゝといかゞ定めむ
前大僧正慈鎭
夢ぞかし思ふ儘なる身
なりとも嬉しかるべき此世とや見る
後山本前左大臣
嘉元の百首の歌に、夢を
何方に思ひ定めむ夢といひて思ふも見えず思はぬも見ゆ
前左大臣
同じ心を
あだし世に寐ても覺めても見る事は何れを夢と心にか分く
院御歌
百首の御歌に
元よりのさながら夢と見る上はよしや必覺めも覺めずも
永陽門院左京大夫
正慶二年藤原爲基朝臣世を背きぬと聞きて申し遣しける
驚くもさこそと悲し憂き夢の覺めぬ迷に世をや捨てけむ
藤原爲基朝臣
返し
覺めやらぬ浮世の夢の名殘こそ捨てぬる身にも猶殘りけれ
内大臣室
雜の歌の中に
曉の鐘はまくらに音すれどうき世の夢は覺めむともせず
從二位爲子
長き夜に迷ふ闇路のいつ覺めて夢を夢ともおもひ合せむ
藤原爲基朝臣
ぬるが内に見るより他の現さへいや果敢なゝる夢になりぬる
前中納言爲相女
驚かぬ昨日の夢の世を知らで又あらましの明日もはかなし
圓光寺入道前關白太政大臣
見し人も殘り少なき老が世に誰れと昔をかたりあはせむ
源頼貞
哀とて我が寐覺とふ人もがな思ふこゝろを言ひも盡さむ
永福門院内侍
今になりむかしに歸り思ふ間に寐覺の鐘も聲盡きぬなり
右京大夫
建禮門院大原におはしましける頃尋ね參りたるに夢の心地のみして侍りければ思ひつゞけ侍りける
今や夢むかしや夢と辿られていかにと思へど現とぞ無き
前參議信成
水無瀬に住み侍りける頃後鳥羽院の下野誰れとも無くて、水無瀬川哀れ昔と思ふより涙の淵を渡りかねつゝと書きてさし置かせ侍りけるにおひて遣はしける
君もさは渡りかねける涙川我が身ひとつの淵とおもふに
藤原隆信朝臣
懷舊の心を
二度と歸る方無きむかしにも夢路は通ふ物にぞ有りける
禪正尹忠房親王
院に卅首の歌召されし時、夜懷舊を
鳥羽玉の夜の衣をいにしへに返すたのみの夢も果敢なし
儀子内親王
雜の歌の中に
覺めて後悔しき物は又もこぬ昔を見つる夢にぞ有りける
前關白左大臣通
つく%\と過ぎにし方を思ひ寐の夢ぞ昔の名殘なりける
式部卿恒明親王
歸りこぬ昔に通ふ夢路をば暫しもいかで覺まさでを見む
藤原宗親
思ひ寐の夢より外は頼まれずさらではかへる昔ならねば
前内大臣冬
李夫人を
見てもなほ思ひぞまさる花の跡中々つらき形見なりけり
民部卿成範
配所より歸りて後、清輔朝臣の許より、鳥の子のありしにも似ぬ古巣には歸るにつけて音をや鳴くらむと申しける返しに
方々に鳴きて別れしむら鳥の古巣にだにも歸りやはする
右兵衛督基氏
雜の歌の中に
古の今見るばかり覺ゆるは我が老ゆらくの寐覺なりけり
高階宗成朝臣
古になせばこそあれ思ひ出づる心は今の物にぞ有りける
如願法師
志づたまき數にも非ぬ身なれ共仕へし道は忘れしもせず
後宇多院宰相典侍
こし方の忘れ難きも又人に語るばかりの思ひいではなし
藤原頼氏
ことに出でゝ哀昔と云はるゝも更に身の憂き時にぞ有ける
三善遠衡朝臣
をり/\に昔を忍ぶ涙こそこけのたもとにいまも乾かね
藤原爲嗣朝臣
現にて今見る事はまぎるれど昔のゆめぞわすれざりける
後宇多院宰相典侍
老いぬればかつ見る事は忘られて遠き昔の忍ばるゝかな
從三位爲繼
思ひいでのなき身なれども古を戀ふるは老を厭ふ
なりけり
前關白左大臣基
隔たらぬ我が身の程の古へも過ぎにし方は猶ぞ戀ひしき
讀人志らず
過ぎぬれば今日を昨日と云做して遠ざかるこそ昔
なりけれ
權中納言公雄
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
あやにくに忍ばるゝ身の昔かな物忘れする老のこゝろに
藤原範秀
述懷の歌に
見し友はあるが少なきおなじ世に老の命のなに殘るらむ
從二位爲子
雜の歌の中に
背かばやよしや世の中と計りのあらましにてや遂に過なむ
藤原資隆朝臣
朝ごとに哀れをいとゞ眞澄鏡知らぬ翁をいつまでか見む
讀人志らず
諸共に世を背きなむと契りける人に、心ならず長らふる由を言ひて
はかなさは今日共知らぬ世の中にさり共とのみ何時を待つ覽
寂然法師
返し
思ひ知る心とならば徒らにあたら此世をすぐさゞらなむ
中務卿宗尊親王
我若未忘世雖閑心亦忙、世若未忘我雖退身難藏と云ふ事を
そむくとも猶や心の殘らまし世に忘られぬ我身なりせば
前中納言有忠
出家の後、述懷の歌の中に
子を思ふやみにぞ迷ふ桑の門うき世に歸る道はとぢても
後伏見院御歌
御ぐしおろさせ給ひて秋の始めつ方永福門院に奉らせ給ひける
秋を待たで思ひ立ちにし苔衣今より露をいかで干さまし
永福門院
御返し
思ひやる苔の衣の露かけてもとのなみだの袖や朽ちなむ
前大納言爲兼
應長元年八月竹林院前左大臣かざりおろして侍りけるを聞きて申し遣しける
かた%\に惜むべき世を思捨てゝ誠の道に入るぞかしこき
竹林院入道前左大臣
返し
消えぬべき露の命を惜むとて捨て難き世を今日背きぬる
民部卿成範
年頃召し使ひける者の出家し侍りければ
存らへて我も住むべき宿ならば暫しと人を言はまし物を
藤原爲守女
雜の歌の中に
あらましはさながら變る身の果に背く計りぞ末通りける
永福門院
内侍都の外に住み侍りけるに御心地例ならざりける頃遣はされける
忘られぬ昔語りも押しこめて遂にさてやのそれぞ悲しき
同院内侍
御返し
はるけずてさてやと思ふ恨のみ深き歎きに添へて悲しき
哀れその憂きはて聞かで時の間も君に先だつ命ともがな
寂然法師
述懷の心を詠める
何事を待つ事にてはすぐさましうき世を背く道なかりせば
從三位盛親
雜多を
今は我れうき世をよそに墨染の夕の色のあはれなるかな
待賢門院堀川
夕暮に雲の漂ふを見て詠める
それと無き夕の雲にまじりなば哀れ誰かは分きて詠めむ
寂然法師
題志らず
稻妻の光の程かあきの田のなびく末葉のつゆのいのちは
俊惠法師
後の世と言へば遙かに聞ゆるを出入る息の絶ゆる待つ程
前大僧正慈鎭
言へば憂し死ぬる別の遁れぬを思ひも入れぬ世の習こそ
後二條院御歌
五月五日爲道朝臣身まかりて後三年めぐりぬる同じ日數も哀れにて前大納言爲世につかはさせ給ひける
今日と言へば別れし人の名殘よりあやめもつらき物をこそおもへ
前大納言爲世
御返し
今日は猶あやめの草のうきねにも最ど三歳の露ぞ乾かぬ
三條入道前太政大臣
雜の歌の中に
哀何時か其は昔になりにきとはかなき數に人に言はれむ
院冷泉
はかなき事のみ聞えける頃詠み侍りける
厭へ共身はあやにくにつれなくてよその哀を聞き積る哉
郁芳門院宣旨
心地例ならざりける頃詠み侍りける
露の身の消果てぬとも言の葉に掛けても誰か思出づべき
上西門院兵衛
昔法金剛院の梅をめでける人の年經て後いかゞなりぬらむと云ふに折りて遣はすとて詠める
何事も昔語りになり行くは花も見し世のいろやかはれる
二條太皇太后宮堀川
返し
かく計り移り行く世の花なれど咲く宿からは色も變らず
遊義門院
後深草院隱れ給ひての又の年の春伏見院へ梅の花を折りて奉らせ給ふとて
故郷の軒端に匂ふ花だにも物うきいろに咲きすさびつゝ
伏見院御歌
御返し
花はなほ春をも分くや時志らぬ身のみ物憂き頃の詠めを
中務卿宗尊親王
文永九年二月十七日後嵯峨院隱れ給ひぬと聞きて急ぎ參る道にて思ひつゞけ侍りける
悲しさは我がまだしらぬ別にて心もまどふ志のゝめの道
中臣祐任
中臣祐春の墓に櫻を折りて立つるとて
自づから苔の下にも見るやとて心をとめし花せ折りつる
前大僧正全玄
前大僧正行玄身まかりて後何事も引きかへて歎かしく覺え侍りけるに又の年の春ひえの山に登りて花の面白く咲きたりけるを見て詠み侍りける
今日見れば深山の花は咲きにけり歎ぞ春も變らざりける
伏見院御歌
後深草院隱れ給ひて又の年の二月ばかり雨降りけるに覺助法親王の許に給はせける
露けさは昨日のまゝの涙にて秋をかけたるそでのはる雨
二品法親王覺助
御返し
かき暮れし秋の涙のそのまゝに猶そでしぼる今日の春雨
西園寺前内大臣女
雜の歌の中に
露消えむいつの夕も誰れか知らむ訪ふ人無しの蓬生の庭
從二位隆博
後一條入道關白身まかりて後八月末つかた袖の露も折しも思ひ遣らるゝ由申したる人の返事に
思へかしさらでも脆き袖のうへに露置き餘るあきの心を
藤原光俊朝臣
深心院關白身まかりにける時詠みて遣しける
誠とも覺えぬ程のはかなさは夢かとだにもとはれやはする
高階宗成朝臣
返し
今もなほ夢かと思ふ悲しさを誰が誠とておどろかすらむ
欣子内親王
太宰帥世良親王の一めぐりに臨川寺へ思ひ立つとて
常ならぬ浮世の嵯峨の野邊の露消にし跡と尋ねてぞとふ
前大納言實國
二條院隱れ給ひて又の年の春南殿の花を折りて人の許へ遣はしける
九重に見し世の春は思ひ出づや變らぬ花の色に付けても
寂念法師
父なくなりて後常磐の山里に侍りける頃三月ばかりに源仲正が許に遣しける
春來てもとはれざりける山里を花咲きなばと何思ひけむ
源仲正
返し
諸共に見し人もなき山里の花さへ憂くてとはぬとを知れ
永福門院内侍
顯親門院御忌の頃奉りける
今年しもあらぬ方にやしたひまさるつらき別の花鳥の春
院御歌
御返し
花の散り春の暮るらむ行方だに知らぬ歎きの本ぞ悲しき
前中納言定家
後京極攝政身まかりて後四五日ありて從二位家隆の許より、臥して戀ひ起きても惑ふ春の夢いつか思ひの覺めむとすらむと申して侍りける返事に
夢ならで縫ふよも今は白露の起くとは別れぬとは待たれて
藤原爲守
病限りに侍りける時書き置きける
六十ぢ餘り四年の冬の長き夜に浮世の夢を見果てつる哉
從二位爲子
雜の歌の中に
人の世は久しと云ふも一時の夢のうちにてさも程もなき
永福門院右衛門督
百首の歌奉りし時
今日暮れぬ明日ありとても幾程のあだなる世にぞ憂きも慰む
僧正慈快
無常の心を
聞く度によその哀と思ふこそなき人よりもはかなかりけれ
伏見院御歌
秋の始つ方近くさぶらひたる人の身まかりければ
彦里の逢ふてふ秋はうたて我れ人に別るゝ時にぞ有りける
久良親王
前中納言爲相の七年の遠忌に、藤原爲秀朝臣、一品經供養しけるついでに、秋懷舊と云ふ事を
忘られぬ涙は同じたもとにてはや七年のあきも來にけり
備前
近衛院の御事に土左内侍さま變へて籠り居て侍りける許へ又の年の七月七日詠みて遣しける
天の川ほし合ひの空は變らねどなれし雲居の秋ぞ戀しき
正三位季經
月催無常と云ふ事を
澄むとても頼なき世と思へとや雲がくれぬる有明のつき
前中納言爲相
平貞時朝臣身まかりて後四十九日過ぎて彼の跡にいひつかはしける
跡慕ふかたみの日數それだにも昨日の夢に又うつりぬる
藤原頼氏
返し
其の際は唯夢とのみ惑はれて覺むる日數に添ふ名殘かな
前中納言爲相
正和五年九月佛國禪師鎌倉より下野の那須に下り侍りける時春は必下りて彼の山の花をも見るべき由など契りけるに其年の十月に入滅し侍りにければ佛應禪師の許へ申し遣はしける
咲く花の春を契りしはかなさよ風の木の葉の留らぬ世に
院御歌
從三位守子なくなりてける頃
目に近き人のあはれにおどろけば世の道理ぞ更に悲しき
中務卿宗尊親王
題志らず
見し人の昨日の烟今日の雲立ちも止らぬ世にこそ有けれ
永陽門院左京大夫
朔平門院隱れ給ひて後よみ侍りける
殘り居て思ふも悲し哀れなど燃えし烟に立ちおくれけむ
從三位爲信
安嘉門院の四十九日の法事過ぎて人々出でけるに前權僧正教範の許より、身にかへて思ひし程は無けれども今日も別れは悲しかりけりと申し遣しける返事に
遠ざかる名殘こそ猶悲しけれ憂さは隔たる日數ならねば
權大納言長家
權大納言行成の女に住み侍りけるを身まかりて歎きける頃よみ侍りける
戀しさに死なばやとさへ思ふ哉渡り川にも逢瀬有りやと
前大僧正範憲
前大僧正尊信身まかりて後思ひつゞけ侍りける
遠ざかる日數につけて悲しきは又もかへらぬ別なりけり
前大僧正道意
後西園寺入道前太政大臣身まかりて又の年服ぬぎ侍るとて
憂かりつる藤の衣の形見さへ別るとなれば又ぞかなしき
寂然法師
相空法師身まかりて侍りけるを西行法師とはず侍りければ數多よみて遣しける中に
いかゞせむ跡の哀はとはずとも別れし人の行くへ尋ねよ
西行法師
返し
亡き人を忍ぶ思のなぐさまば跡をも千度とひこそはせめ
祝部成仲
めなくなりての頃秋になりて物悲しく覺えければよみ侍りける
秋風の身にしむばかり悲しきは妻なき床の寐覺なりけり
清空上人
後伏見院かくれ給ひて後仙骨を從三位守子の墓所に並べて置き奉るべき由御遺誡に任せてをさめ奉るとて
置く露も一つ蓮にむすべとや烟もおなじ野邊に消ゆらむ
建禮門院右京大夫
左近中將維盛熊野の浦にて失せにける由聞きてよみ侍りける
悲しくも斯る憂き目を三熊野の浦わの波に身を沈めける
同じ頃右近中將資盛西國に侍りけるに便りに付けて申し遣しける
同じ世と猶思ふこそ悲しけれ在るが在るにも非ぬ此世を
全性法師
世の中騷がしかりける頃西國の方に罷りて程經て都に歸りて侍りければ知りたる人は皆なくなりてよろづ心細く哀なりければ
さもこそはあらずなりぬる世にしあらめ都も旅の心地さへする
前左大臣
後醍醐院隱れ給ひて後人の夢に、自づからまぼろしにもや通ふらむ我が住む山の面影に立つと見え給ひければ此の歌の一句を置きて經の料紙の爲によみ侍りける歌の中に
別れこし人も心や通ふらむ夢のたゞぢはいまもへだてず
正二位隆教
後光明峯寺攝政の第三年の佛事の頃源邦長朝臣に贈り侍りける
如何に忍び如何にか歎くうしと見し夢は三年のけふの名殘を
源邦長朝臣
返し
覺め難き同じつらさの夢ながら三とせの今日も猶ぞ驚く
法印隆憲
近衛院隱れ給ひてのみ土左内侍さまかへて大原にて經供養しけるに火舍に煙立ちたるを書きたる扇を捧げ物にして侍りけるに書き付けて遣しける
これやさば重ねし袖の移り香をくゆる思ひの煙なるらむ
後宇多院御歌
前左大臣、母の十三年の佛事し侍りけるに彼の文の裏に壽量品を書かせ給ひて包紙に書き付けさせ給ひける
はかなくて消えにし秋の涙をも玉とぞ磨くはちす葉の露
前左大臣
御返し
みがきなす光もうれし蓮葉の濁りにしまぬつゆのしら玉
安嘉門院四條
前大納言爲家身まかりて後百首の歌よみ侍りけるに
夢にさへ立ちもはなれず露きえし草の蔭より通ふ面かげ
悔しくぞさらぬ別に先だちてしばしも人に遠ざかりける
讀人志らず
題志らず
眞澄鏡手に取持ちてみれど飽かぬ君に後れて生けりともなし
赤染衛門
むすめの亡くなりて侍りけるに服着るとてよめる
我が爲に着よと思ひし藤衣身にかへてこそ悲しかりけれ
能宣朝臣
語らひ侍りける人の親亡くなりぬと聞きて云ひ遣しける
我がために薄かりしかど墨染のいろをば深く哀とぞ思ふ
赤染衛門
道濟筑前守にて下り侍りけるが國にて亡くなりぬと聞きてまかりまうしに詣で來りける事を思ひいでゝ
歸るべき程と頼めし別れこそ今は限りの旅には有りけれ
上東門院五節
後一條院かくれ給ひての頃、月を見て
さやかなる月も涙に曇りつゝ昔見し夜のこゝちやはする
寂然法師
父亡くなりて後日數も殘りすくなくなりて侍りける頃
君に我が後るゝ道の悲しきは過ぐる月日も早きなりけり
皇太后宮大夫俊成
前中納言定家母の思ひに侍りける頃比叡の山の中堂に籠り侍るに雪のいみじう降りけるつとめて覺束なさなど書きて、奥に
子を思ふ心や雪にまよふらむ山の奥のみゆめに見えつゝ
前中納言定家
返し
打ちも寐ず嵐のうへの旅枕みやこの夢にわたるこゝろは
頓阿法師
雪の降る日母の墓にまかりて
思ひ遣る苔の下だに悲しきにふかくも雪のなほ埋むかな
上西門院兵衛
待賢門院の御忌の頃
木のもとを昔のかげと頼めども涙の雨に濡れぬ間ぞなき
後伏見院御歌
後西園寺入道前太政大臣亡くなりて後北山の家に御幸ありて題を探りて人々歌詠み侍りけるに、山家水を
山里の亡き影慕ふ池水にむなしきふねぞさしてもの憂き
伏見院御歌
後深草院七月に隱れ給ひての又の年の九月龜山院失せ給ひにければ
消えつゞきおくれぬ秋の哀志らば先だつ苔の下や露けき
遊義門院隱れ給ひにける秋雁の鳴くを聞かせ給ひて
後れてもかつ何時迄と身をぞ思ふ列に別るゝ秋の雁がね
室町院隱れ給ひて後持明院に御幸ありて紅葉を御覽じて詠ませ給ひける
心とめしかたみの色も哀なり人は舊りにし宿のもみぢ葉
後深草院隱れ給ひての年神無月の始つ方圓光院入道前關白の許より文を奉るとて冬にも程なくなりぬる事に思ひ咎めらるゝ由申して侍りける御返事のついでに
思へたゞ露の秋よりしをれ來て時雨にかゝるそでの涙を
圓光院入道前關白太政大臣
御返し
思ひ遣る老の涙の落ち添ひて露も時雨も干すひまぞ無き
從二位爲子
次の年龜山院隱れ給ひけるに前大納言爲兼、二年の秋の哀は深草や嵯峨野の露も亦消えぬなりと申し侍りけるに
深草の露に重ねてしをれ添ふうき世の嵯峨の秋ぞ悲しき
伏見院御歌
同じ頃詠ませ給ひける
あだし色に心は染めじ山風におつる紅葉の程も無き世に
二品法親王慈道
後醍醐院かくれ給ひける十月に女御榮子さまかへ侍りける戒師にて其の哀など申して詠み侍りける
思ひ遣れふかき涙の一しほも色に出でたる墨ぞめのそで
入道二品親王尊圓
返し
色かはる袖の涙のかきくらしよそもしぐるゝ神無月かな
右衛門督
永福門院の御忌の頃過ぎてかた%\に散る哀など宣光門院新右衛門督の許へ申しけるついでに
別れにしその散り%\の木のもとに殘る一葉も嵐吹く
なり
顯親門院
伏見院九月三日隱れ給ひける後
恨みても今はかたみのあきの空涙に暮れし三日月のかげ
高辨上人
文學上人の遠忌の日詠み侍りける
こゝのめぐり春は昔にかはり來て面影かすむ今日の夕暮
待兼ねて歎くと告げよ皆人にいつをいつとて急がざる覽
此の歌は、善光寺如來の御歌となむ。
急げ人彌陀の御舟の通ふ世にのり後れなばいつか渡らむ
かの御歌につぎて、聖徳太子のよみ給へるとなむ。
補陀落の海を渡れる物なればみるめも更に惜しからぬ哉
是は長治の頃或る人目志ひたる子を相具して粉河寺に詣でゝ彼の子を膝にすゑて泣く/\祈り申すとて、補陀落の海におふなる物なればこのみるめをばたまへとぞ思ふと思ひ續けてまどろみける夢に、觀音の示し給ひけるとなむ。
西行法師
法花經序品の心を
散りまがふはなの匂ひをさきだてゝ光を法の莚にぞしく
前權少僧都源信
方便品
妙法の唯ひとつのみありければ又二つなし又三つもなし
權僧正永縁
譬喩品の心をよめる
心をば三つの車にかけしかど一つぞ法のためしには引く
慶政上人
不覺不知不驚不怖の心を
驚かでけふも空しく暮れぬなり哀うきみのいりあひの空
前參議經盛
信解品
年經れど行方も知らぬ垂乳根よこはいかにして尋逢ひけむ
前大納言尊氏
五十ぢまで迷ひ來にけるはかなさよ唯假そめの草の庵に
入道二品親王尊圓
伏見院隱れ給ひて後人々一品經書き侍りけるに信解品を書きて奉るとてよめる
我ぞ憂き五十ぢ餘りの年ふとも廻り逢ふべき別ならねば
法成寺入道前關白太政大臣
藥草喩品の心を
法の雨は普く灑ぐ物なれどうるふ草木はおのがしな%\
權大納言行成
くさ%\の草木の種と思ひしを潤ほす雨は一つなりけり
大僧正行尊
草も木も種は一つをいかなれば二葉三葉に芽ぐみ初けむ
藤原爲明朝臣
前大納言爲氏一品經の歌とてすゝめ侍りけるに安樂行品、若入他家不與小女處女寡女等共語といふ文の心をよめる
名にめでゝ迷もぞする女郎花匂ふ宿をばよきて行かなむ
祭主輔親
壽量品の心を
此世にて入りぬと見えし月なれど鷲の山にはすむとこそ聞け
正二位隆教
分別功徳品を
皆人を渡さむと思ふ艫綱のながくもがなや淀のかはふね
院御歌
藥王品、是眞精進、是名眞法供養如來と、いへる心をよませ給ひける
燕なく軒端の夕日かげきえて柳にあをきにはのはるかぜ
赤染衛門
妙音品
ここにのみありとやは見る孰くにも妙なる聲に法とこそ聞け
平忠度朝臣
普門品、即得淺處の心を
おり立ちて頼むとなれば飛鳥川淵も瀬になる物とこそ聞け
赤染衛門
陀羅尼品
法まもる誓を深く立てつれば末の世迄もあせじとぞ思ふ
前大僧正覺實
般若經、常啼菩薩を
法の爲我が身を變へば小車の浮世にめぐる道や絶えなむ
院御歌
圓覺經、生死、涅槃、猶如昨夢の心を
誰も皆あたら色香をながむらし昨日も同じ花どりのはる
居一切時不起妄念
雁の飛ぶ高嶺の雲のひと靡き月入りかゝる山の端のまつ
夢窓國師
擧足下足皆是道
場の心を
故里と定むる方の無き時はいづくに行くも家路なりけり
法印實澄
本覺流轉の心をよめる
住みなれし宿をば花にうかれきて歸るさしらぬ春の旅人
前大納言忠良
隨求陀羅尼經の倶縛婆羅門をよみ侍りける
朽ち殘る法の
ことのは吹く風ははかなき苔の下までぞゆく
慶政上人
但指無明即是法性といふ事を
すゝめこしゑひの枕の春の夢見し世はやがて現なりけり
院御歌
三諦一誹非三非一の心を
窓の外にしたゝる雨を聞くなべにかべに背ける夜はの燈
寛胤法親王
未得眞覺恒處夢中といふ事をよめる
長き夜の闇の現に迷ふかな夢をゆめとも知らぬこゝろに
法印覺懷
覺むるをも待つ瀬だになからまし長き眠の内と聞かずば
前大僧正覺實
因明論の似現量の心を
村雲の絶間の影はいそげども更くるは遲きあきの夜の月
後宇多院御歌
釋教の御歌の中に
そのまゝに絶え間を志るは誠ある三國傳はる詞なりけり
入道二品親王法守
百首の歌奉りしに、雜の歌
我がうくるみ法は常の言の葉の及ばぬ上に説けるなるべし
院御歌
大梅山の別傳院に御幸侍りける時、僧問雲門、樹凋葉落時如何、雲門云、體露全風と云ふ因縁を頌せさせ給ひけるついでに
立田川もみぢ葉流る三吉野のよしのゝやまに櫻ばな咲く
藤原爲基朝臣
見るやいかに山の木葉は落ちつきて道に當れる虎の斑尾
佛國禪師
題志らず
夜もすがら心の行くへ尋ぬれば昨日の空に飛ぶ鳥のあと
夢窓國師
出づるとも入るとも月を思はねば心にかゝる山の端もなし
院御歌
眉間寳劔と云ふ事を
冴ゆる夜の空高く澄む月よりも置添ふ霜の色はすさまじ
永福門院内侍
一花開五葉結菓自然成の心を
咲き初むるやどの櫻の一本よ春の景色にあきぞしらるゝ
前大僧正慈鎭
厭離穢土の歌五十首よみ侍りける中に
浮世かな吉野の花にはるの風時雨るゝ空にありあけの月
後宇多院御歌
釋教の心をよませ給ひける
心ざし深く汲みてし廣澤のながれは末も絶えじとぞ思ふ
前大僧正慈鎭
昔より鷲の高嶺に澄む月の入らぬに迷ふひとぞかなしき
前大僧正道玄
みな人の心のうちはわしの山高嶺の月のすみかなりけり
院御歌
百首の御歌の中に
世を照す光をいかでかゝげましけなばけぬべき法の燈火
慶政上人
如何不求道安可須待老といふ心を
徒らに老を待つにぞなりぬべき今年もかくて又暮しつゝ
前大僧正慈鎭
雜の歌の中に
さりともな光は殘る世なりけり空ゆく月日法のともしび
前大納言爲家
前大僧正良覺横川にて如法經書きけるに天長の昔まで思ひやらるゝよし申すとて
古への流れの末をうつしてや横川の杉のしるしをもみる
前大僧正良覺
かへし
其のまゝに流の末をうつしても猶古へのあとぞゆかしき
山本入道前太政大臣女
光臺寺にすみ侍りけるに、二月十五日山本入道前太政大臣のもとより櫻のうち枝に鈴をかけて、ありながらきえぬとしめす佛には雪にもまがふ花を手向けよと申して侍りける返事に
在り乍らきえぬと見えて悲しきはけふの手向の花の白雪
示證上人
釋教の歌の中に
沈みこしうき身はいつか浮ぶべき誓の舟の法にあはずば
從二位爲子
觀勝寺にて理趣三昧行ひける道
場に、花籠より紅葉の散りたりければ、よみはべりける
法の庭に散す紅葉は山姫の染むるも深きえとやなるらむ
慶政上人
式乾門院十三年の法事に、法華山寺にて唐本の一切經供養せられける時、空に音樂のきこえければよみ侍りける
法の庭空に樂こそきこゆなれ雲のあなたに花やちるらむ
皇太后宮大夫俊成
極樂六時の讃を歌によみけるに、晨朝を
朝まだきつゆけき花を折る程は玉しく庭に玉ぞちりける
後光明照院前關白左大臣
女人往生願
異浦にくちて捨てたる蜑小舟我が方にひく波もありけり
前參議教長
不淨觀の心をよめる
渡つ海を皆かたぶけて洗ふとも我が身の内を爭で清めむ
法源禪師
雪山成道の心をよみて前大納言爲兼のもとにつかはしける
ふりにける雪の深山は跡もなし誰れ踏分けて道を志る覽
前大納言爲兼
返し
導べする雪の深山のけふに逢ひて舊き哀の色を添へぬる
如空上人
釋教の歌の中に
西を思ふ心も同じ夢なれど長きねぶりはさめぬべきかな
從三位親子
心をばかねて西にぞ送りぬる我が身をさそへ山の端の月
慶政上人
經をひらきて泪をのごひ侍りける時、花を見てよみ侍りける
匂へども知る人もなき櫻花たゞ獨みてあはれとぞおもふ
伏見院御歌
百首の御歌の中に
深く染めし心の匂すて兼ねぬまどひの前の色とみながら
かたのゝ尼
法成寺にまゐりてよみ侍りける
曇なく研ける玉の臺には塵もゐがたきものにぞ有りける
前大僧正慈鎭
釋教の歌の中に
般若臺に納め置てし法花經もゆめとのよりぞ現にはこし
世の中に物思ふ人のあるといふは我を頼まぬ人にぞ有ける
これは鴨御祖明神の御歌となむ。
三笠山雲居遙に見ゆれども眞如のつきはこゝにすむかな
世の中に人の爭ひなかりせばいかに心のうれしからまし
此の二歌は、暦應三年六月の頃春日の神木やましな寺の金堂に渡らせ給ひける時、つげさせ給ひけるとなむ。
我かくて三笠の山をうかれなば天の下には誰かすむべき
これは、春日の御さか木、都におはしましける春の頃、ある人の夢に、大明神の御歌とて見えけるとなむ。
波母山や小比叡の杉のみやまゐは嵐も寒し訪ふ人もなし
これは日吉の地主權現の御歌となむ。
有漏よりも無漏に入りぬる道なれば是ぞ佛のみもとなるべき
此の歌は後白川院熊野の御幸三十三度になりける時、みもとゝいふ所にてつげ申させ給ひけるとなむ。
もとよりも塵にまじはる神なれば月の障も何かくるしき
是は和泉式部熊野へまうでたりけるに、さはりにて奉幣かなはざりけるに、晴れやらぬ身のうき雲のたなびきて月の障りとなるぞかなしきとよみてねたりける夜の夢につげさせ給ひけるとなむ。
後伏見院御歌
神祇を
神路山内外のみやのみや柱身は朽ちぬとも末をばたてよ
後西園寺入道前太政大臣
建治の百首の歌に
動きなき國つ守りの宮柱たてしちかひはきみがためかも
太上天皇
河を
よどみしも又立ち歸るいすゞがは流の末は神のまに/\
前左大臣
左兵衛督直義、稻荷に奉納し侍りける十首の歌の中に、月を
やはらぐる光をみつの玉垣に外よりもすむ秋の夜のつき
院御歌
神祇を
神風に亂れし塵もをさまりぬ天照す日のあきらけき世は
後宇多院御歌
月の五十首の御歌の中に、雜月を
常闇をてらすみかげの變らぬは今もかしこき月讀のかみ
荒木田氏之
社頭月を
すむ月も幾とせふりぬいすゞ川とこよの波の清き流れに
度會家行
豐受太神宮にて立春の日よめる
小鹽井をけふ若水に汲初めてみ饗手向くる春はきにけり
度會延誠
神祇を
世々をへて汲むとも盡きじ久方の天より移す小鹽井の水
西行法師
みづからよみあつめたりける歌を三十六番につがひて伊勢太神宮に奉るとて俊成卿にかちまけしるしてと申しけるに、度々辭み申しけれどしひて申し侍るとて歌合のはしにかきつけてつかはしける
藤波を御裳濯川にせきいれて百枝の松にかけよとぞ思ふ
皇太后宮大夫俊成
勝負しるしつけてつかはしける歌合の奥に書き付け侍りける
藤波も御裳濯川の末なればしづ枝もかけよ松のもゝえに
荒木田房繼
題志らず
ふして思ひあふぎて頼む神路山深き惠をつかへてぞまつ
度會朝棟
かたそぎの千木は内外に變れども誓は同じいせのかみ風
賀茂遠久
久方のあまの岩舟漕ぎよせし神代のうらや今のみあれ野
鴨祐光
君がためみくにうつりて清き川の流にすめる鴨の瑞がき
賀茂惟久
片岡の岩根の苔路ふみならしうごきなき世を猶祈るかな
前大納言爲兼
雜の歌に
あふぎても頼みぞなるゝ古への風を殘せるすみ吉のまつ
津守國夏
我が君を守らぬ神しなけれども千世のためしは住吉の松
後光明照院前關白左大臣
神祇の歌の中に
思初めし一夜の松の種しあれば神の宮ゐも千世や重ねむ
京極前關白家肥後
春日の社に參りて身の數ならぬ事を思ひてよみ侍りける
三笠山その氏人の數なればさし放たずやかみはみるらむ
前太政大臣
雜の歌の中に
そのかみを思へば我も三笠山さして頼をかけざらめや
刑部卿頼輔
春日の社へまゐりてよめる
數ならで天の下にはふりぬれど猶頼まるゝみかさ山かな
前大納言爲氏
寳治の百首の歌に、嶺松を
ふりにける神代も遠し小鹽山おなじみどりのみねの松原
後伏見院御歌
建武の頃雜の御歌の中に
沈みぬる身は木隱れの石清水さても流の世にし絶えずば
太上天皇
神祇を
頼む誠ふたつなければ石清水一つ流れにすむかとぞ思ふ
百首の御歌に
祈る心わたくしにては石清水濁り行く世を澄せとぞ思ふ
前左大臣
社頭月を
今までは迷はでつきを三笠山あふぐ光よすゑもへだつな
中臣祐春
春日の社にて月を見て
我が心曇らねばこそ三笠山おもひしまゝに月はみるらめ
中臣祐植
祖父祐茂自筆の祝本を見てよみける
かはらじな跡は昔になりぬとも神の手向の代々の言の葉
皇太后宮大夫俊成
文治六年女御入内の屏風の歌、春日の祭の社頭の儀
春の日も光異にや照すらむ玉ぐしの葉にかくるしらゆふ
紀俊文朝臣
神祇を
名草山とるや榊のつきもせず神わざ志げき日のくまの宮
前大僧正慈勝
日本紀を見てよめる
明けき玉ぐしの葉の白妙にしたつ枝までぬさかけてけり
狛光房
鵜萱ふきなぎさに跡を留めしぞ神代をうけし始なりける
中臣祐臣
春日の若宮の神主になりてよめる
春日山同じ跡にと祈りこし道をばかみもわすれざりけり
賀茂教久
雜の歌に
世を祈る心を神やうけぬらし老らくまでに我ぞつかふる
入道二品親王尊圓
天台座主にて侍りける時、日吉の祭の日、禰宜匡長がもとよりかざしのかづらを贈りて侍りければ
久かたの天つ日吉の神祭つきのかつらもひかりそへけり
祝部成國
神祇を
生れきて仕ふることも神垣に契りある身ぞ猶たのむかな
前中納言爲相
代々をへて仰ぐ日吉の神垣に心のぬさをかけぬ日ぞなき
前左大臣
寄鏡神祇といふことを
九重に天照る神のかげうけてうつす鏡はいまもくもらじ
權大納言公蔭
天てらすみかげを映すます鏡つたはれる代の曇あらめや
源有長朝臣
熊野にまうでゝ三の山の御正躰を奉るとてよみ侍りける
かず/\に身にそふかげと照し見よ研く鏡にうつす心を
高階師直
暦應元年津の國のうての使にまかりて鎭め侍りける後住吉の社にまうでゝよみける
天降るあら人神の志るしあれば世に高き名は顯れにけり
皇太后宮大夫俊成
日吉の社に奉りける百首の歌の中に、櫻を
山櫻ちりに光を知らげて此の世にさける花にや有るらむ
前大僧正慈鎭
雜の歌の中に
日の本は神のみ國と聞しよりいまする如く頼むとをしれ
後西園寺入道前太政大臣
嘉元の百首の歌奉りける時、神祇
天つ神國つやしろと別れても誠をうくるみちはかはらじ
後宇多院御歌
おなじ心を
天つ神國つやしろを祝ひてぞわが葦原のくにはをさまる
民部卿爲定
百首の歌奉りし時
かぎりなき惠を四方に敷島のやまと志まねは今榮ゆなり
皇太后宮大夫俊成
慶賀の歌とてよめる
誠にや松は十かへり花さくと君にぞ人のとはむとすらむ
俊頼朝臣
題しらず
大よどの濱の眞砂を君が代の數にとれとや波もよすらむ
大藏卿行宗
君が代の程は定めじ千年ともいふは愚になりぬべければ
從三位頼政
前參議經盛、賀茂の社にて歌合し侍りけるに、祝の心を
斧のえをくたす仙人歸りきて見るとも君が御代は變らじ
冷泉前太政大臣
寳治の百首の歌の中に、寄日祝といふことを
三笠山峯たちのぼる朝日影空にくもらぬよろづよのはる
山階入道前左大臣
岩戸出でし日影は今も曇らねば畏き御代をさぞ照すらむ
花山院前内大臣
わが君の大和島根を出づる日は唐までもあふがざらめや
大江宗秀
おなじ心を
天の下誰かはもれむ日のごとくやぶしもわかぬ君が惠に
前大納言俊定
山月を
千世ふべき龜のを山の秋の月くもらぬ影は君がためかも
後山本前左大臣
嘉元の百首の歌に、祝
曇なく照しのぞめる君が代は月日と共に盡きじとぞ思ふ
春宮大夫實夏
寄月祝を
曇なく高天の原に出でしつき八百萬代のかゞみなりけり
二品法親王慈道
叙品の後、題をさぐりて歌よみ侍りけるに、禁中月といふ事を
祈りこし雲居の月もあきらけき御代の光に身を照すかな
貫之
延喜の御時、御屏風の歌
あたらしく明くる年をば百年の春の始とうぐひすぞなく
能宣朝臣
正月の頃ある所のうぶやにてよめる
時しもあれ春の始に生ひたてる松は八千世の色もそへなむ
法橋顯昭
人の家に子の日の小松をうゑて侍りけるに雪のふりかゝるを見てむすびつけゝる
雪ふれば花さきにけり姫小松二葉ながらや千世をへぬ覽
能宣朝臣
清愼公の七十の賀の屏風の歌
はる%\と遠き匂ひは梅の花風にそへてぞ傳ふべらなる
權大納言長家
長元六年、内裏にて翫新成櫻花といふことを
色かへぬ松も何なり萬代にときはに匂ふはなもさければ
中務
廉義公賀志侍りける時、屏風の繪に、人の花みてかへる所
飽かでけふ歸ると思へど花櫻折るべき春やつきせざりける
前大納言爲氏
寳治元年三月三日西園寺へ御幸ありて翫花といふことを講ぜられけるに
千年ふるためしを今に始めおきて花の御幸の春ぞ久しき
山階入道前左大臣
君が代に逢ふもかひある糸櫻年のを長く折りてかざゝむ
右近大將通忠
櫻花千年の春のをりにあひて君がときはの色ならはなむ
深心院關白前左大臣
正和三年西園寺にて一切經供養せられける次の日、翫花といふ事を講ぜられけるに
けふよりは散らでしにほへ櫻花君が千年の春をちぎりて
山階入道前左大臣
君が爲移しうゑける花なれば千世のみゆきの春も限らじ
後深草院少將内侍
櫻花あまた千年のかざしとやけふの御幸の春にあふらむ
入道前關白左大臣
藤を
行末を松の緑に契りおきて木高くかゝれやどのふぢなみ
從二位隆博
文永八年正月叙位に一級ゆるされ侍りけるに内裏にて、禁庭松久といふ事を講ぜられけるによみ侍りける
千世ふべき雲居の松にみつる哉一志ほまさるはるの惠は
圓光院入道前關白太政大臣
嘉元二年、伏見院に三十首の歌奉りける時、社頭祝
大原や神代の松の深みどり千世もと祈るすゑのはるけさ
祝部成仲
七十の賀しけるに人々の歌おくりて侍りければよみ侍りける
諸人の祝ふことの葉みるをりぞ老木に花のさく心ちする
建禮門院右京大夫
小松内大臣の家に菊合し侍りけるに人にかはりてよみ侍りける
移しうゝる宿の主人も此の花も共に老せぬ秋ぞかさねむ
康資王母
前中納言匡房二度帥になりたるよろこび申しつかはすとて
かくしあらば千年の數もそひぬらむ二度みつる箱崎の松
土御門院小宰相
寳治の百首の歌の中に、寄松祝
神路山もゝえの松もさらに又いく千代君に契りおくらむ
後京極攝政前太政大臣
建仁元年三月、歌合に、寄神祇祝といふ事を
君が代の志るしとこれを宮川の岸の杉むら色もかはらず
民部卿爲定
文保三年、百首の歌の中に
九重のみ垣に志げるくれ竹の生ひそふ數は千世の數かも
前大納言尊氏
建武元年中殿にて竹有佳色といふ事を講ぜられけるに
百敷や生ひそふ竹の數ごとに變らぬ千世の色ぞみえける
從二位爲子
後伏見院立坊のはじめつかた遊義門院よりたかむなのはうきを奉られて、これはすゞか、竹か、いづれと見わきてと女房の中へ仰事ありければ、つゝみ紙にかきつけ侍りける
春秋の宮居色そふ時にあひて萬代ちぎるたけとこそみれ
宮内卿永範
法性寺入道前關白の家にて鶴契遐年といふ事をよみ侍りける
葦たづは千年までとや契るらむ限らぬ物を君がよはひは
冷泉前太政大臣
續古今の竟宴に
むかし今ひろへる玉藻數々に光をそふるわかのうらなみ
後京極攝政前太政大臣
和歌所にて皇太后宮大夫俊成に九十の賀給はせける時
百年に十年およばぬ苔の袖けふのこゝろや包みかねぬる
祝部成茂
七十の賀の後よみ侍りける
君がため又七十ぢを保ちてもあかずや祈る神につかへむ
藤原光俊朝臣
寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、杣山を
世を照す日高の杣の宮木もり繁きみかげに今か逢ふらし
院御歌
百首の御歌の中に
水上の定めし末は絶えもせずみもすそ川の一つながれに
寄國祝を
あし原やみだれし國の風をかへて民の草葉も今なびく也
前左大臣
河といふ事を
くちなしの色に流るゝ河水も十度すむべき君がみよかな
祭主定忠
雜の歌に
みことのりみだれぬ道の障りなく豐葦原の國ぞをさまる
如願法師
後鳥羽院の御時五人に二十首の歌をめして百首にかきなされける時、祝の歌
あひ難き御代にあふみの鏡山曇なしとはひともみるらむ
兼盛
天禄元年大甞會の悠紀方の屏風の歌、近江國勢多の橋をよめる
御調物たえずそなふる東路の勢多のなが橋音もとゞろに
前中納言匡房
承保元年大甞會の巳の日の退出の音聲の樂急、ふなせのはし
御調物はこぶふなせのかけ橋に駒の蹄のおとぞたえせぬ
おなじ屏風の歌、人の家の門田にいねかる所あり。
君が代は賤の門田にかる稻の高くら山にみちぬべきかな
ひおきのむら人おほき所
曇なき君が御代にはあかねさす日おきの里も賑ひにけり
寛治元年、大甞會の屏風に、小松原のもとにながるる水あり、その所にすむ人あり。
小松原したゆく水の凉しきに千年のかずを結びつるかな
皇太后宮大夫俊成
仁安元年大甞會の辰の日の退出の音聲、音高山
吹く風は枝もならさで萬代とよばふ聲のみおとたかの山
正二位隆博
正應元年大甞會の主基方の屏風に、奈加良川岸菊盛開行人汲下流
汲む人のよはひもさこそ長月やながらの川の菊のした水
前大納言俊光
永仁六年大甞會の悠紀方の屏風、長澤池端午日採菖蒲
君が代の長き例に長澤のいけのあやめも今日ぞひかるゝ
正二位隆博
おなじ大甞會の主基方の屏風、増井納凉の人あり。
凉しさをます井の清水結ぶ手にまづ通ひくる萬代のあき
正二位隆教
暦應元年大甞會の悠紀方の神樂の歌、近江國鏡山
岩戸あけし八咫の鏡の山かづらかけて現しき明けき世は
風雅和歌集序
夫和歌者氣象充塞乾坤意想範圍宇宙。渾沌未刻其理自存人物既生其製遂著。風雲草木之起於機感也萬彙入雅興之端思慮哀樂之發於意趣也一心爲諷喩之本。吟詠性情美刺政教。難波津之什者天子之徳也。聖人之風始被一朝。淺香山之辭者采女之戯也。賢者之化已及四方。倩憶吾朝之元由自諧二南之餘祐者乎。而世迄
[5]DE人趣淨華不知和歌之實義偏以爲好色之媒。近代之弊至於益巧益密惟以綺麗彫刻爲事竊古語假艷詞修飾而成之還暗乎大本。或以鄙俚庸俗之語直述拙意不知風躰所在。並以不足觀者也。淳風質朴情理之本孰不據此。而暗於態度而猥取之者非述作之意。閑情巧辭華麗之美何以加旃。而牽於興味而苟好之者失雅正之躰。又風采傚高古難兼含蓄之情句法欲精微易入細碎之失。勤直則成怒張之氣妖艷亦有懦弱之病。論其躰裁不遑毛擧。乃始文質互備意句共到者宜忌言得旨。豈假筆舌盡乎。惣而謂之不達其本源者多溺彼末流焉。只須染志於古風不可假歩於邪徑者耶。二代集以後得其意者僅不過數輩。其或有昇堂不入室。况頃年以來哉。歎息有餘。爲救此頽風迥温元久故事適合風雅者鳩集而成編。天下無可棄之言。故博釆編自上古至當世集而録之命曰風雅和歌集。
[6]F惟握圖自推運數脱蹤不爲神仙。猶雖有萬機渉諮詢既而得三漏多間暇。刻復煙氣早收春馬徒逸華山之風。霜刑不用秋茶空朽草野之露。衆巧已興庶績方
[7]G。雖片善而必擧傷一物之失所。故嗟此道久廢俗流不分
[8]H渭所以有此撰。非偏採華詞麗藻兮壯一時之觀。專欲擧正風雅訓兮遺千載之美者也。于時貞和二年十一月九日。慨立警策固記大綱云爾。
[5] Kanji in place of D and E is not available in the JIS code table. Kanji in place of E is Morohashi's kanji number 40001.
[6] Kanji in place of F is not available in the JIS code table. It is Morohashi's kanji number 20816.
[7] Kanji in place of G is not available in the JIS code table. It is Morohashi's kanji number 1721.
[8] Kanji in place of H is not available in the JIS code table. It is Morohashi's kanji number 17526.
風雅和歌集終