Title: Shin Shui wakashu
Author: Anonymous
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About the original source:
Title: Kokka taikan
Author: Anonymous
Kadokawa Shoten
Tokyo
1951
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Title: Library of Congress Subject Headings
14th century
Japanese
fiction
poetry
masculine/feminine
LCSH
11/2002
corrector
Atsuko Nakamoto and Shino Watanabe
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11/2002
corrector
Sachiko Iwabuchi
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中納言爲藤
春立つ心をよみ侍りける
明け渡る空に志られて久かたの岩戸の關を春や越ゆらむ
法皇御製
春のはじめの御歌
天の戸の明くるを見れば春はけふ霞と共に立つにぞ有ける
前中納言定家
いつしかと外山のかすみ立ち歸りけふあらたまる春の曙
後嵯峨院御製
寳治二年百首の歌召しけるついでに、朝鶯
鶯の囀るけさのはつ音よりあらたまりける春ぞ志らるゝ
龜山院御製
題志らず
春立つと日影も空に知られけり霞み初めたる三吉野の山
藤原基俊
立つ日より花と見よとて吉野山雪の木末に春や來ぬらむ
源俊頼朝臣
山里はつもれる雪のいつしかと消えぬややがて春の初花
前大納言爲氏
谷の戸は雪も氷も解けやらず山かげさむき春のあらしに
永福門院
嘉元元年、伏見院の三十首の歌の中に
時しもあれ嶺の霞はたなびけど猶山さむし雪のむらぎえ
後西園寺入道前太政大臣
文保三年後宇多院に百首の歌奉りける時
春の着る霞のころもなほ寒みもとの雪げの雲ぞ立ち添ふ
前大納言實教
龜山殿にて人々題を探りて千首の歌仕うまつりける時、早春
春はまだ泊瀬の檜原かすめども殘る雪げに冴ゆる山かぜ
二品法親王覺助
春の歌の中に
足引の山は霞のあさみどり春とも志らず冴ゆるそらかな
前大納言爲定
文保三年百首の歌奉りける時
み吉野の山の白雪消えぬ間にふるさとかけて立つ霞かな
前中納言爲相
みよしのゝ瀧の白糸春來ればあとに解け行くうす氷かな
後照念院關白太政大臣
嘉元の内裏に百首の歌奉りける時
春の來るあさげの風のおとは河たぎつ岩根も氷解くらし
參議雅經
題志らず
春風に野澤の氷かつ消えて降れどたまらぬ水のあわゆき
後宇多院御製
嘉元元年百首の歌召されけるついでに
空にのみ散りて亂るゝ沫雪の消えずば花に紛ひ果てまし
紀貫之
春の歌とてよめる
春立ちて風や吹解く今日見れば瀧のみをより花ぞ散ける
吹く風に咲きては散れど鶯の志らぬは浪の花にや有る覽
大納言齋信
寛和の御時、殿上の歌合に
氷解く風の音にやふる巣なる谷のうぐひす春を志るらむ
從三位頼政
山家鶯といへる事をよめる
谷近きやどに來鳴くや鶯の里なれ初むるはじめなるらむ
大納言師賢
題志らず
鶯の谷の戸いでしあしたよりとやまの霞立たぬ日もなし
法性寺入道前關白太政大臣
今朝見れば嶺に霞は立ちにけり谷の下水いまや洩るらむ
權中納言通俊
承暦の後番の歌合に、かすみをよめる
朝まだき山の霞を見渡せば夜をさへ籠めて立ちにける哉
藤原隆祐朝臣
春の歌の中に
朝日かげまだ出でやらぬ足引の山は霞のいろぞうつろふ
三條入道前太政大臣
文保三年百首の歌奉りける時
春の立つしるしばかりは霞めども猶雪消えぬ三輪の杉村
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、霞
富士の嶺の雪には春も志られぬを烟や空に霞み初むらむ
大中臣能宣朝臣
東三條入道攝政の家の賀の屏風に
雪も降り霞も立てるよしの山いづ方をかは春とたのまむ
山邊赤人
題志らず
梓弓はるになるらしかすが山霞たなびきみやこはるけし
大納言師頼
堀川院の御時百首の歌奉りけるに、霞を
磯のかみふるのやしろの春の色に霞たなびく高圓のやま
前中納言定家
承久元年、内裏の十首の歌合に、野徑霞
春日野の霞のころも山風に忍ぶもぢずりみだれてぞ行く
皇太后宮大夫俊成女
石清水の社の歌あはせに、河上霞
橋姫のそでの朝霜なほさえてかすみ吹きこす宇治の河風
正三位知家
建保三年名所の百首の歌奉りける時
玉しまのこの河上もしら浪のしらすかすめる夕暮のそら
前大納言爲家
石清水の歌合に
行き歸りみつの小河をさす棹のみなれし跡もかすむ春哉
圓光院入道前關白太政大臣
嘉元の百首の歌奉りける時、霞
みるめなき習ひしられて春は猶霞にたどる志賀の浦なみ
從二位家隆
建保の名所の百首の歌奉りける時
志賀の海のしらゆふ花の浪の上に霞を分けて浦風ぞ吹く
前大納言爲世
龜山殿の千首の歌に、霞
藻しほやく烟も波もうづもれて霞のみ立つ春のあけぼの
後鳥羽院御製
春の御歌の中に
明石がた春漕ぐ舟の島がくれかすみに消ゆる跡のしら波
嘉陽門院越前
五十首の歌合に
春來れば岸うつ波はのどかにてかすみかゝれる住吉の松
後京極攝政前太政大臣
建仁元年、五十首の歌に
古の子の日の御幸跡しあればふりぬる松や君を待つらむ
曾根好忠
題志らず
山のかひ霞み渡れる旦より若菜摘むべき野邊を待つらし
等持院贈左大臣
百首の歌奉りし時、若菜
霞たつあしたの原の雪消えて若菜摘むらし春のさとびと
法印定爲
嘉元の百首の歌奉りける時、同じ心を
白妙の袖もまがはず雪消えて若菜つむ野は春めきにけり
前大納言經繼
春日野は春めきに鳬白雪の消えずはあり共若菜摘みてむ
大炊御門右大臣
久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時
夜を籠めて若菜摘みにと急ぐ間に遙に過ぎぬ荻のやけ原
山階入道前左大臣
寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、澤若菜
いづかたに若菜摘むらむ足引の山澤水はなほこほりつゝ
前大納言爲兼
弘安元年龜山院に百首の歌奉りける時
立ち歸り又きさらぎの空さえて天ぎる雪にかすむ山の端
芬陀利花院前關白内大臣
文保の百首の歌奉りける時
立ち歸り猶春寒し谷かげやうち出でし波の又こほるまで
中納言爲藤
梅が香にゆくての袖も移るまで山わけ衣はるかぜぞ吹く
西行法師
旅宿梅を
ひとりぬる草の枕のうつり香はかきねの梅の匂なりけり
前大納言爲世
文保の百首の歌奉りける時
立ちよりて梅のにほひを狩衣袖にうつさむ人なとがめそ
小辨
前より渡りて人の過ぎけるに、梅の花をやるとて
つれなくて梅の立枝を過ぎにしも思の外の心地こそすれ
侍從爲親
前大納言爲世の家に三首の歌よみ侍りけるに、梅
春風のにほふ方にやたどるらむ梅咲く宿をとふ人もなし
等持院贈左大臣
百首の歌奉りし時、おなじ心を
此頃は咲ける咲かざる押並べて梅が香ならぬ春風もなし
後西園寺入道前太政大臣
入道二品親王性助の家の五十首の歌に
梅が香は寐覺の床ににほひきて窓にかたぶく春の夜の月
伏見院御製
題志らず
故さとの軒端の梅よいく春の心をそむるつまとなりけむ
うき世には由なき梅の匂かな色に心はそめじとおもふに
花山院御製
紅梅をよませ給ひける
香をだにも飽く事難き梅の花いかにせよとか色の添ふ覽
亭子院御製
伊勢がかつらの家におはしまして梅の枝にむすびつけさせ給うける
梅の花かたに殘らずちりにけり恨みてなどか惜まざり劔
後久我太政大臣
野春雨といへる事を
春雨に降り變り行くあさは野にたつみわ小菅色も難面し
衣笠前内大臣
寳治の百首の歌に、春雨
徒らにふりぬと思ひし春雨の惠あまねき御世に逢ひつゝ
前大納言俊光
文保三年百首の歌奉りける時
春雨の名殘の露の玉かづらみだれてむすぶあをやぎの糸
前中納言匡房
柳をよめる
淺みどりまづ色増る青柳の糸より春はくるにやあるらむ
前大納言基良
寳治の百首の歌に、行路柳
うち靡き春さりくれば道のべにそめてみだるゝ青柳の糸
權中納言公雄
嘉元の百首の歌奉りける時、柳
さほ姫のかすみの袖は青柳のいともておれる衣なるらし
素性法師
おなじ心を
池水に浪はひまなく洗へどもやなぎの糸はほす人もなし
讀人志らず
伊勢大輔が家の歌合に、池邊柳といふ事を
春風に池の氷のとけしより結びかへたるあをやぎのいと
柿本人丸
題志らず
淺緑野べのあを柳出でゝみむ糸を吹きくる風はありやと
赤人
春がすみたなびくかたの夕月夜きよくてるらむ高圓の山
前大納言爲家
寳治の百首の歌に、春月
かすむ夜の月の桂も木の間より光を花とうつろひにけり
從二位家隆
春の歌とてよめる
天の原ふけ行く空を眺むればかすみて澄める春の夜の月
御製
霞む夜は夕ゐる雲の孰くとも山のは志らで月ぞ待たるゝ
法皇御製
歸雁の歌とてよませ給うける
春の夜のおぼろ月夜に歸るかりたのむも遠き秋霧のそら
關白前左大臣
百首の歌奉りし時、同じ心を
孰くとも見えこそ分かね雁がねの聞ゆる空や猶霞むらむ
藤原爲道朝臣
浦歸雁といへることをよめる
浦遠く日かげのこれる夕なぎに浪間かすみて歸る雁がね
正三位知家
名所の百首の歌奉りける時
大淀の浦よりをちに行く雁もひとつにかすむ海士の釣舟
素暹法師
題志らず
水ぐきの岡の港の浪の上に數かきすてゝかへるかりがね
後九條前内大臣
山こゆる雁の羽風に雨はれて雲さへかへるあけぼのゝ空
伏見院御製
我はいさなれもしらじな春の雁歸りあふべき秋の頼みは
前關白左大臣近衛
百首の歌奉りし時、歸雁
何にかは心もとめむ花をだにみすてゝ歸る春のかりがね
一條内大臣
嘉元の百首の歌奉ける時、同じ心を
立歸る雲の通ひぢよそながら志たふもしらじ春の雁がね
後岡屋前關白左大臣
題志らず
思ひ立つ雲のよかひ路とほからし曉ふかく歸るかりがね
後京極攝政前太政大臣
建仁元年五十首の歌に、初春待花
春來てもつれなき花の冬ごもりまだしと思へば峯の白雲
前中納言定家
二品法親王守覺の家の五十首の歌に
面影にこひつゝ待ちしさくら花咲けば立ちそふ嶺の白雲
皇太后宮大夫俊成
望山待花といふ事をよめる
山櫻咲きやらぬ間は暮ごとにまたでぞみける春のよの月
右兵衛督爲遠
百首の歌奉りし時、花
雲とのみ見るだにあるを山櫻いかに霞の立ちへだつらむ
後伏見院御製
五十番歌合に、春風
明け渡るかすみのをちはほのかにて軒の櫻に風薫るなり
土御門院小宰相
春の歌の中に
紛ひこし雲をばよそに吹きなして峯の櫻に匂ふはるかぜ
前大僧正慈鎭
正治二年後鳥羽院に百首の歌奉りける時
入あひの音は霞にうづもれて雲こそかをれをはつせの山
俊惠法師
題志らず
さのみやはあさ居る雲の晴れざらむ尾上の櫻盛なるらし
院御製
今ぞ知る雲に紛ひし花の色は山の端遠きよそめなりけり
前大納言爲氏
文永二年白川殿にて人々題を探りて七百首の歌つかうまつりける時、山花といふことを
高砂の尾上のくもの色そへて花にかさなる山ざくらかな
民部卿爲明
左兵衛督直義よませ侍りし日吉の社の七首の歌の中に、花盛開といへることを
遠近の櫻は雲にうづもれてかぜのみ花の香ににほひつゝ
光明峯寺入道前攝政左大臣
花の歌の中に
山風の霞のころも吹きかへしうらめづらしき花の色かな
前中納言定家
後京極攝政の家の花の五十首の歌に
霞立つみねのさくらの朝ぼらけくれなゐくゝる天の川波
中宮大夫公宗
題志らず
朝日影うつろふ峯の山ざくら空さへにほふ花のいろかな
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りける時
見るまゝに猶雲深しさくら咲く外山の春のあけぼのゝ空
二條院讃岐
春の歌とて詠める
日に添へて立ちぞ重なる三吉野のよしのゝ山の花の白雲
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、花
分け行けば花に限もなかりけり雲を重ぬるみよしのゝ山
前參議爲秀
同じ心を
櫻花いま盛りなりひさかたの雲に雲添ふかづらきのやま
前大僧正慈勝
咲き殘す絶間もあらば山ざくら重ねてかゝれ峯のしら雲
前參議爲實
三吉野のたかまの櫻咲きぬらし空よりかゝる嶺のしら雲
前關白左大臣九條
百首の歌奉りし時
嵐吹く遠山ざくら匂はずば志らでやなほも雲にまがへむ
前大納言實教
花間鶯といふ事を
雲に入る面影つらし花の枝に鳴きて木傳ふ春のうぐひす
壬生忠見
題志らず
をり侘びて歸らむ物か葛城の山のさくらは雲居なりとも
入道二品親王性助
弘安元年百首の歌奉りける時
春雨の日數ふる野のさくらがりぬれてぞ歸る花染のそで
彈正尹邦省親王
花透霞といへる事を
山姫のかすみの袖やうすからしへだても果てぬ花の白雲
後鳥羽院御製
春の御歌の中に
をはつ瀬や霞にまがふ花の色を伏見の暮に誰れ詠むらむ
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時、花
身の憂さも詠むるからに忘られて春の心ぞ花にのどけき
前大納言爲家
文永二年白河殿にて人々題を探りて七百首の歌仕うまつりけるとき、挿頭花と云ふ事を
今日も又大宮人のさくら花のどけき春のかざしにぞ挿す
大納言經信
題志らず
百敷や御垣が原のさくらばな春し絶えずば匂はざらめや
伏見院御製
なれて見し雲居の花も世々ふりて面影かすむ九重のはる
後宇多院御製
正安三年二月廿七日日吉の社に御幸ありて次の日志賀の山の櫻につけて内へ奉らせ給うける
君ゆゑとけふこそ見つれ志賀の山かひある春に匂ふ櫻を
後二條院御製
御かへし
志賀の山風をさまれる春に逢ひて君が御幸を花も待けり
永福門院
暦應二年の春花に付けて西園寺より奉らせ給うける
咲き散るも知る人も無き宿の花いつの春まで御幸待ちけむ
花園院御製
御返し
世々をへて御幸ふりにし宿の花かはらぬ色も昔戀ふらし
前大納言爲兼
弘安元年百首の歌奉りける時
荒れ果てし志賀の故郷來て見れば春こそ花の都なりけれ
前大納言爲氏
寳治元年十首の歌合に、山花
三吉野の花は昔の春ながらなどふるさとの山となりけむ
後一條前關白左大臣
花の歌の中に
故里の吉野の櫻咲きにけりいく代の春のかたみなるらむ
光明峯寺入道前攝政左大臣
家の八重櫻を内裏へ召されけるにそへて奉りける
花の色の昔に還る春なればこれを見るにも物思ひも無し
法性寺入道前關白太政大臣
鳥羽院、位おりさせ給うて後、白河に御幸ありて花御覽じける日よみ侍りける
常よりも珍らしきかな白河の花もてはやすはるの御幸は
中園入道前太政大臣
百首の歌奉りし時、花
そこと無き花のところも春ふかみ空に知られて匂ふ春風
如願法師
同じ心を
身に換へて思ふも苦し櫻花咲かぬ深山にやどもとめてむ
藤原光俊朝臣
寳治元年、百首の歌に、見花
尋ねてぞ花をも見まし木の本を住みかともせぬ我身
なりせば
後宇多院宰相典侍
題志らず
咲くを待ち散るを惜むに日數經て盛すくなき花の頃かな
法皇御製
卅首の歌詠ませ給うける中に
暮れ果てゝ色も分かれぬ花の上に仄かに月の影ぞ移ろふ
權中納言公雄
文保の百首の歌奉りける時
櫻咲く高嶺をかけて出でにけり花のかゞみの春の夜の月
前大納言爲家
弘長元年百首のうた奉りけるに、春月
飽かず見る花の匂も深き夜の雲居にかすむはるの月かげ
後伏見院御製
朝花といふ事をよませ給うける
飽かずみる山櫻戸のあけぼのに猶あまりある有明のかげ
前大納言經繼
嘉元の百首の歌奉りける時、花
あたら夜の在明の月に人は來で宿のさくらに春風ぞ吹く
中納言爲藤
龍田山木綿附鳥のおのが音を夜ふかき花の色に待つかな
中務
早う住み侍りける家の櫻を箱の蓋に入れて人の許に遣すとて
年を經てをりける人も訪はなくに春をすごさぬ花を見る哉
源道濟
雲林院の櫻を折りて式部が許へ遣はすとてよめる
又見せむ人し無ければ櫻花いま一えだを折らずなりぬる
後徳大寺左大臣
齋院の女房の許より本院の櫻を折りて、之は見るやと申し遣したりけるに
一枝の匂ひは飽かず神垣や花の木ずゑを行きてながめむ
讀人志らず
返し
一枝を飽かず思はゞ櫻花こずゑにのこるほどをすぐすな
藤原隆信朝臣
花の盛りに櫻のちひさき枝に結びつけて寂蓮が許に遣しける
來て見よと更にも言はじ山櫻殘りゆかしき程にやは非ぬ
寂蓮法師
返し
心をばまづ先だてつ山櫻たづね行く間も目がれすなとて
民部卿爲明
前大納言爲世人々いざなひて法性寺に花見に罷りて十首の歌よみ侍りける中に
家苞に折りつる花もいたづらにかへさ忘るゝ山ざくら哉
花山院御製
折花といふ事を
山守もいかゞいふらむいたづらに風にまかする峰の櫻を
土御門院小宰相
三十首の歌よみ侍りけるに、花
咲けば且移ろふ色をあだ
なりと見てこそ花に風は吹くらめ
前關白左大臣近衛
百首の歌奉りし時、同じ心を
散る花の心も知らで春風のさそふをよそに恨みけるかな
御製
春の御歌の中に
吹く風の枝を鳴らさぬ春だにも何をか
ごとに花の散るらむ
後照念院關白太政大臣
文保の百首の歌奉りける時
花の香を誘はざりせば吹く風をつらしとのみや思果てまし
永福門院内侍
題志らず
吹くとしもよそには見えで脆く散る花に知らるゝ庭の春風
前大納言爲世
山櫻うつろふいろの花の香にかすみの袖もにほふ春かぜ
源重之
吉野山ふもとの櫻散りぬらし立ちものぼらで消ゆる白雲
前内大臣
明け渡る外山の木ずゑほの見えて花に別るゝ峯の横ぐも
忠房親王
文保の百首の歌奉りける時
春の夜は明け行く鐘のひゞきまで花に霞める小初瀬の山
後久我太政大臣
朝落花を
今朝は又暮ればと頼むかげもなし櫻にくもる四方の山風
俊頼朝臣
落花留客といへる事を
立ち歸る心ぞつらき櫻花散るをば見じとおもひしものを
六條内大臣
文保の百首の歌奉りける時
おのづから散るは習ひの花になほ恨をそへて春風ぞ吹く
藤原基任
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、落花
いざ櫻散るをつらさに言ひなさで梢のほかの盛とも見む
伏見院新宰相
永仁二年三月内裏の三首の歌に、山路落花を
梢より散りかふ花をさきだてゝ風の下行く志賀の山みち
讀人志らず
堀河院の御時中宮の御方にてかたを分ちて花を折りに遣して御前に立て並べて歌詠ませ給うけるに詠める
底清み流れ絶えせぬ水のおもに花の匂をうつしてぞ見る
院御製
春の御歌の中に
流れてはいづくに春のとまるらむ花散りかゝる山川の水
前參議教長
河上落花と云ふ事を
吉野川老の白波ながるめり吹きにけらしな山おろしの風
法性寺入道前關白太政大臣
堀河院の御時、鳥羽院に行幸の日、池上花といへる心をよみ侍りける
池水に花の錦をうつしては浪のあやをやたちかさぬらむ
後二條院御製
折花といふ事をよませ給うける
悔しくぞ移ろふ花を手折りつる綾なく袖の雪と降りけり
按察使實繼
百首の歌奉りし時、花
散りつもる花の白雪あともなし盛までとや人も訪ひけむ
前大納言爲世
永仁二年三月、内裏の三首の歌に、山路落花といへる事を
雪と降る花にしをりも埋もれて又踏み迷ふ春のやまみち
法皇御製
卅首の御歌の中に
吹き亂る花の白雪かきくれてあらしに迷ふ春のやまみち
前僧正道性
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、落花
又さそふ木の下風にかつ消えてふるとしも無き花の白雪
後嵯峨院御製
文保二年白河殿にて人々題を探りて七百首の歌仕うまつりけるついでに、曉花
是も又在明のかげと見ゆるかな吉野の山の花のしらゆき
贈左大臣長實
寛治七年三月十日白河院北山の花御覽じにおはしましたりける日、處々尋花といへる心をよませ給うけるに
尋ねつゝ今日見ざりせば櫻花散りに鳬とやよそに聞かまし
人丸
題志らず
春霞たなびく山のさくら花早く見てまし散り過ぎにけり
前花大納言經繼
嘉元の百首の歌奉りける時、
飛鳥風あすも吹なばたをやめの挿頭の櫻散りか過ぎなむ
源仲正
白河院の北面にて花未忘といへる事を仰事にて仕うまつりけるに
飽かざりし心に春やとまるらむなほ面影の去らぬ花かな
藤原清輔朝臣
久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時
年を經て我身はあらずなり行けど花の姿は變らざりけり
中務卿具平親王
六條の家の今は野のやうになりにたるに櫻のいと面白く咲きたりけるを源爲善朝臣折りてもて來たりければよめる
いたづらに咲きて散りぬる櫻花昔の春のしるしなりけり
冷泉前太政大臣
寳治の百首の歌奉りけるとき、落花
山高みさこそ嵐はさそふともあまりなるまで散る櫻かな
壬生忠岑
紀貫之曲水の宴し侍りける時月入花灘暗と云ふ事を
散紛ふ花は衣にかゝれどもみなせをぞ思ふ月の入る間は
凡河内躬恒
燈懸水澄明
みな底の影も浮べば篝火のあまたに見ゆる春のよひかな
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、山吹
散らぬ間に行きてを見ばや古への色は變らじ井出の山吹
津守國冬
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、同じ心を
幾春に井出の下帶めぐり合ひて咲く山吹の花を見つらむ
關白前左大臣
百首の歌奉りし時
吉野川岸うつ浪のたかければ咲ける山吹散らまくも惜し
源順
水邊山吹と云ふ事を
河風はいかに吹くとも山吹の散行く水を堰きやとめまし
皇太后宮大夫俊成
二品法親王守覺の家の五十首の歌に
影うつす井出の玉川底清み八重に八重添ふやまぶきの花
藤原長能
恒徳公の家の歌合に
底清き井手の河邊に影見えて今さかりなるやまぶきの花
藤原季綱
大井に住み侍りけるころ、花面白くなりなば必御覽ぜむとみかど仰事有りけるをおぼし忘れておはしまさゞりければ奏し侍りける
散りぬれば悔しき物を大井川きしの山吹いまさかりなり
左兵衛督基氏
山吹をよめる
流れ行く河瀬の水に影見えて散らぬも浮ぶやまぶきの花
入道二品親王覺譽
山吹の花のかゞみとなる水に春の日數もうつるとぞ見る
西園寺入道前太政大臣
二品法親王道助の家の五十首の歌に、河山吹
散り果つる山吹のせに行くはるの花に棹さす宇治の河長
道濟
藤花を
山高み松にかゝれる藤の花そらより落つる波かとぞ見る
貫之
三條右大臣の家の屏風に、松に咲ける藤を
藤の花あだに散りなば常磐なる松に懸れるかひや無からむ
前大納言實教
文保二年八月常磐井仙洞に行幸の時人々題を探りて歌仕うまつりけるに、暮春
何故になほしたふらむ花鳥の跡なきのちの春のわかれぢ
宜秋門院丹後
後京極攝政の家の百首の歌に
花故に飽かぬわかれは習ひけむ思ひしらずも歸る春かな
頓阿法師
山家暮春と云へる事を
移り行く月日も知らぬ山里は花をかぎりに春ぞ暮れぬる
中納言爲藤
文保の百首の歌奉りける時
花も散り鳥も殘らず物毎にまたあらたまる春のくれかな
入道二品親王尊圓
題志らず
初瀬山尾上の花は散り果てゝ入相のかねに春ぞ暮れぬる
等持院贈左大臣
百首の歌奉りし時、暮春
花は皆散り果てにけり今いくか日數ばかりの春を慕はむ
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りける時
すがの根の長々し日もいつのまに積りて易く春は暮るらむ
前大納言爲世
嘉元の百首の歌奉りける時、暮春
惜むとて暮るゝ日數の留まらば猶いかばかり春を慕はむ
後九條前内大臣
更衣の心を
宮人の袖つき衣けふ更へて夏來にけらしたかまとのやま
等持院贈左大臣
家に五首の歌よみ侍りけるに、同じ心を
昨日にも空は變らで諸人のころものいろに夏は來にけり
院御製
首夏をよませ給うける
今日もなほ霞む外山の朝ぼらけきのふの春の面影ぞ立つ
進子内親王
百首の歌の中に
夏衣立ちかへてしも忘れぬは別れし春のはなぞめのそで
從二位家隆
二品法親王守覺の家の五十首の歌に
夏衣春におくれて咲く花の香をだに匂へおなじかたみに
法皇御製
題志らず
鶯の忘れがたみにこゑはあれど花はあとなき夏木立かな
讀人志らず
花咲かぬ梢と見しは吉野山春におくるゝさくらなりけり
從二位爲子
夏淺き青葉のやまの朝ぼらけ花にかをりし春ぞわすれぬ
中納言爲藤
文保の百首の歌奉りける時
青葉のみ茂りにけりな片岡の木末は花のかげと見しまに
衣笠前内大臣
夏の歌の中に
別れての後忍べとや行く春の日數に花の咲きあまるらむ
後京極院
嘉暦四年御着帶の後祭の日朝がれひの御几帳に葵のかゝりたりけるを御覽じてよませ給ひける
我が袖に神はゆるさぬあふひ草心のほかにかけて見る哉
兵衛
上西門院いつきと聞え給ける時待賢門院かんたちめに渡らせ給ひたりけるに御供にさぶらひて齋院の女房のなかに葵につけて遣しける
諸葛かゝる例はあらじかし今日二葉なる千代を添ふれば
崇徳院安藝
返し
二葉なる千とせを添ふるもろ葛しめの内には例にぞ引く
後宇多院宰相典侍
祭の使つとめ侍りし事を思ひ出でゝよみ侍りける
忘れずよ祈る深山のあふひ草かけし昔はとほざかれども
入道親王尊道
百首の歌奉りし時、郭公
時鳥鳴くべき頃もあやにくに待てばや忍ぶ初音なるらむ
民部卿爲明
貞和二年百首の歌奉りし時
なべて世に待たるゝ頃の時鳥さぞ忍び音は洩し侘ぶらむ
照慶門院一條
題志らず
忍びねと思ふものから郭公聞きては人にまづかたるかな
左京大夫顯輔
久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時
人傳と言はぬばかりぞ郭公聞くともなくて過ぎぬなる哉
關白前左大臣
百首の歌奉りし時、郭公
さだかなる人づてよりは郭公たどるばかりの一聲もがな
三條入道左大臣
夏の歌の中に
待ち兼ねて梢更けにける轉寐の夢路に通ふほとゝぎす哉
從二位行家
寳治の百首の歌に、待郭公
やよや鳴け有明の空の郭公こゑ惜むべきつきのかげかは
前參議爲嗣
題志らず
明くる夜の月影慕ふほとゝぎす聲さへ雲のいづくなる覽
貫之
延喜十四年十二月、女一宮の屏風の歌に
月をだに飽かず思ひて寐ぬものを時鳥さへ鳴き渡るかな
讀人志らず
菅家萬葉集の歌
人知れぬ思ひや繁き時鳥なつの夜をしも鳴きあかすらむ
後西園寺入道前太政大臣
文保の百首の歌奉りける時
つれなさのたぐひならじと有明の月にしも鳴く時鳥かな
順徳院御製
承久元年十首の歌合に曉時鳥といふ事を詠ませ給うける
曉とおもはでしもや時鳥まだなかぞらのつきに鳴くらむ
後深草院少將内侍
題志らず
山の端の月に鳴く夜の郭公待たれしよりもいこそ寐られね
法印淨辨
建武二年内裏にて人々題を探りて千首の歌詠みける時、夏動物と云へる題を給はりて仕うまつりける
時鳥鳴きて過ぎ行く山の端に今ひとこゑと月ぞのこれる
前大納言公蔭
百首の歌奉りし時、郭公
郭公待つ宵過ぎて山の端にいざよふ月のかげに鳴くなり
安喜門院大貳
夏の歌の中に
曉のおもひを添へて時鳥などいひ知らぬそらに鳴くらむ
後鳥羽院御製
さのみやは心有るべき時鳥寐覺のそらにひとこゑもがな
前右兵衛督爲教
法印覺源すゝめ侍りける日吉の社の歌合に
聞くまゝに仄かになりぬ時鳥雲のよそにや遠ざかるらむ
前大納言忠季
題志らず
時鳥仄かに名のるひとこゑの飽かで別るゝ嶺のよこぐも
源仲綱
後法性寺入道前關白右大臣の時の百首の歌に
村雲のたなびく空の霍公絶え%\にこそこゑもきこゆれ
藤原道信朝臣
或る所の歌合に人に代りて
小夜更て寐覺めて聞けば時鳥鳴くなる聲やいづこなる覽
前中納言有光
百首の歌奉りし時、郭公
橋姫の待つ夜更けてや子規眞木のをやまに初音鳴くらむ
前中納言定家
建仁元年、鳥羽殿の歌合に、山曉時鳥
時鳥やまのしづくに立ち濡れて待つとは知るや曉のこゑ
光明峯寺入道前攝政の家の百首の歌に、杜郭公を
津の國の生田の杜の時鳥おのれ住まずばあきぞ訪はまし
源信明朝臣
題志らず
時鳥來鳴くを聞けば大荒木の森こそ夏のやどりなるらし
大江頼重
よしさらば心つくさで時鳥おのが五月のころや待たまし
法印定爲
嘉元の内裡の卅首の歌召しける時
暫しだに語らばゞこそ時鳥こゝろづくしの程もうらみめ
花園院御製
百首の御歌の中に
宮古人さこそ待つとも時鳥おなじ深山のともなわすれそ
御製
百首の歌召されしついでに、時鳥
飽かず猶暫し語らへ郭公いかに待たれしはつ音とか知る
大納言延光
應和二年五月四日庚申の夜内裏の歌合に、待郭公
打ち忍び事語らはむ時鳥明日をあやめの音には立つとも
祝部成久
題志らず
あやめ草五月の今日の郭公袖には懸けぬ音をや添ふらむ
前關白左大臣
時鳥おのが五月の時しらば菖蒲刈りふくやどになかなむ
從三位氏久
澤邊早苗といふ事を
押しなべて茂る野澤の夏草にしめ引き分けて早苗取る
なり
平宣時朝臣
題志らず
今日も又浦風荒れて湊田につりせぬ海士や早苗取るらむ
津守國冬
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、早苗
里遠き山田の早苗歸るさを急がで取るやいそぐなるらむ
彈正尹邦省親王
同じ心を
五月雨の晴るゝを隙と小山田にこの夕暮や早苗取るらむ
藤原雅朝朝臣
元弘三年、立后の屏風に
大荒木の杜のうき田の五月雨に袖干しあへず早苗取る
なり
後二條院御製
題志らず
山陰や田子の小笠を吹く風もすゞしき暮に早苗取るなり
赤人
風に散る花立花を袖に受けて君がためにと思ひけるかな
前大納言俊定
嘉元の百首の歌奉りける時、廬橘
誰が袖の名殘をとめて立花のむかし變らぬ香に匂ふらむ
徳大寺前内大臣
百首の歌奉りし時、おなじ心を
袖觸れて御階に近く立花のにほひも今はむかしなりけり
按察使實繼
忍ぶるも遠からぬ身の昔かな花たち花のちかきまもりは
法皇御製
卅首の御歌の中に
心にはちかき守りの橘の立ちなれし世ぞとほざかり行く
前中納言定家
光明峯寺入道前攝政の家の百首の歌に、故郷橘
橘の袖の香ばかりむかしにてうつりにけりな古き宮古は
土御門院御製
題志らず
吹く風に昔をのみや忍ぶらむくにのみやこに殘るたち花
式乾門院御匣
いつまでか我れも忍ばむ立花の下吹く風に殘るむかしを
前中納言雅孝
嘉元の百首の歌奉りける時、廬橘
村雨の名殘のつゆやこぼるらむ風に玉散る軒のたちばな
從三位爲信
題志らず
置く露もむかしの袖の名殘かは志のぶ草生ふる軒の立花
平氏村
時鳥誰れに昔をしのべとてさのみ老曾のもりに鳴くらむ
左兵衛督直義
斯く計りつれなき物を郭公鳴くや五月と誰れかいひけむ
常磐井入道前太政大臣
建保四年、百首の歌に
浮雲の嶺立ち迷ふ村雨にさそはれ出づるやまほとゝぎす
後鳥羽院宮内卿
雨中時鳥といふ事を
月影は思ひ絶えたる五月雨の雲より出づるほとゝぎす哉
法印定圓
題志らず
五月雨のふる江の村の苫屋形軒までかゝる田子のうら波
河内
堀河院の御時百首の歌に、五月雨
五月雨は入江の眞菰刈りにこし渡りも見えず成にける哉
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、同じ心を
今日見れば川浪高し三吉野のむつたの淀のさみだれの頃
藤原信實朝臣
河五月雨を
五月雨に八十氏川を見渡せば網代やいづこ瀬々の埋れ木
後照念院關白太政大臣
嘉元の百首の歌奉りける時、五月雨
雲くらき眞木のを山の五月雨に八十氏川は水まさるらし
藤原基任
橋五月雨といふ
ことを
五月雨のふるの高橋高しともみかさ増りて見えぬ頃かな
前大納言爲定
文保三年百首の歌奉りける時
名取川瀬々の埋木浮き沈みあらはれて行く五月雨のころ
權中納言具行
河五月雨を詠める
晴れやらで降る梅雨に飛鳥川淵は瀬になる隙やなからむ
一條内大臣
嘉元の百首の歌奉りけるとき、五月雨
淵は瀬にかはる習ひも飛鳥川聞えぬ御代の五月雨のころ
右大臣
百首の歌奉りし時、同じ心を
五月雨の雲のとだえの夕日影さすが晴間と見ゆる空かな
衣笠前内大臣
弘長元年百首の歌奉りける時
さしも草さしも隙なき五月雨に伊吹の嶽の猶や燃ゆらむ
前大僧正慈鎭
正治二年百首の歌奉りけるに
五月雨にふじのなる澤水越えておとや烟に立ち勝るらむ
祝部行氏
題志らず
時志らぬ山郭公さつきまで雪にや富士の音ををしむらむ
前大納言爲氏
寳治元年、十首の歌合に、五月時鳥
あやにくに初音待たれし郭公五月はおのが時と鳴くなり
神祇伯顯仲
平忠盛朝臣久しく音づれ侍らざりければうるふ五月の晦日の頃に申し遣しける
あやにくに聞くべき月は重なれど山郭公おとづれもせず
崇徳院御製
百首の歌召しける時
五月山弓末振り立て燈す火に鹿やはかなく目を合すらむ
前中納言基成
題志らず
照射するさつをの眞弓遙々と歸る山路のすゑぞ明け行く
中納言爲藤
文保三年百首の歌奉りける時
照射すと入りにし山の深ければ明けても歸る路や辿らむ
左兵衛督基氏
照射の歌とて詠める
照射する露わけごろも立ち濡れて今宵も明す宮城野の原
前大納言爲世
元弘三年、立后の屏風に、螢
暮るゝより露と亂れて夏草の茂みにしげく飛ぶほたる哉
藤原盛徳
題志らず
石ばしる瀧の白糸よる/\は玉貫き散らし飛ぶほたる哉
權中納言公雄
二品親王覺助の家の五十首の歌に、澤螢
飛ぶ螢思ひは富士となる澤に映る影こそ燃えは燃ゆらめ
道命法師
大井川の篝火を見て
久堅の月の桂のちかければ星とぞ見ゆる瀬々のかゞり火
前大納言實教
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、鵜河
夜河たつ鵜舟の篝さしもなど待たるゝ月の影いとふらむ
中宮大夫公宗母
文保三年百首の歌奉りける時
大井川瀬々の鵜舟の數々に浮きてぞ燃ゆるかゞり火の影
後宇多院御製
元亨三年八月大覺寺殿に行幸有りて人々題を探りて歌仕うまつりけるついでに鵜河を詠ませ給うける
鵜飼舟浮きて篝の見え行くや立つ河霧の絶え間なるらむ
伊勢
撫子の咲けるを人の許へやるとて
獨のみぬる床夏の露けさはなみだにさへや色を添ふらむ
式子内親王
題志らず
我れのみは哀とも言はじ誰れも見よ夕露かゝる大和撫子
皇太后宮大夫俊成
野邊に置くおなじ露とも見えぬかな蓮の浮葉に宿る白玉
後久我太政大臣
建保四年四月、五首の歌に
水上は夕立すらしやまがはの岩根にあまる瀧のしらなみ
後醍醐院御製
夏の御歌の中に
葛城や高間の山にゐる雲のよそにもしるきゆふだちの空
伏見院御製
名所の卅首の御歌の中に、信太杜
夕立の名殘久しきしづくかな信太の杜の千枝のしたつゆ
題志らず
一方に木々の木の葉を吹き返し夕立おくる風ぞすゞしき
前大納言爲兼
伏見院の卅首の歌に
なる神の音ほのかなる夕立のくもる方より風ぞはげしき
入道二品親王覺譽
野納涼といへる事を
雲かゝる夕日は空にかげろふの小野の淺茅生風ぞ凉しき
後伏見院御製
三首の歌合に、夏夜
草深き籬のつゆを月に見て秋のこゝろぞかねておぼゆる
等持院贈左大臣
百首の歌奉りし時、納凉
呉竹の代を經て秋やちかゝらむ葉分の風の音のすゞしき
前權僧正雲雅
元弘三年、立后の屏風に、同じ心を
夏ごろも立ち寄る袖の凉しさに掬ばでかへる山の井の水
後二條院御製
夏月を詠ませ給うける
月の行く波の柵かけとめよあまの河原のみじか夜のそら
前大納言爲世
嘉元の百首の歌奉りける時、同じ心を
待ち出でゝしばし凉しく見る月の光にやがて明くる短夜
在原業平朝臣
題志らず
夏の夜は月こそ飽かね山の端のあなたの里に住むべかり鳬
前大納言爲家
白河殿の七百首の歌に、夏月似秋
明け易き夜の間ならずば月影を秋の空とや思ひ果てまし
前大納言實躬
題志らず
明け易き習ひだに憂き短夜の月には雲のかゝらずもがな
藤原爲綱朝臣
徒らに更くるは易き老が世も思ひ知らるゝ夏の夜のつき
讀人志らず
寛平の御時、きさいの宮の歌合の歌
琴の音にひゞき通へる松風を調べてもなく蝉のこゑかな
俊惠法師
題志らず
山彦もこたへぞあへぬ夕附日さすや岡邊の蝉のもろごゑ
和泉式部
今日は又しのにをりはへ禊してあさの露散るせみの羽衣
藤原行輔朝臣
百首の歌奉りし時、夏祓
よるせなき身をこそ喞て思ふ事なほ大幣に夏はらへして
進子内親王
大幣やあさの木綿しで打ち靡きみそぎ凉しき賀茂の川風
前内大臣實
浪かくる袂もすゞし吉野川みそぎにやがて秋や來ぬらむ
後西園寺入道前太政大臣
文保の百首の歌の中に
今日しはや歸るさ凉し御祓川ゆふ波かけて秋や立つらむ
[1] Kanji in place of A is not available in the JIS code table. The kanji is Morohashi's kanji number 21117. Tetsuji Morohashi, ed., Dai Kan-Wa jiten (Tokyo: Taishukan Shoten, 1966-68).
法皇御製
貞和二年七月七日三首の歌召されけるついでに、早凉知秋といふ事をよませたまうける
秋來ぬと思ひもあへず朝げより始めてすゞしせみの羽衣
權大納言義詮
早秋の心を
蝉の羽の薄きたもとに吹きかへて頓て身にしむ秋の初風
從二位家隆
二品法親王守覺の家の五十首の歌に
秋風の吹きにし日より片岡の蝉の鳴く音も色かはるなり
贈從三位爲子
嘉元の百首の歌奉りける時、初秋
須磨の蜑の袖になれぬる浦風も秋とや今朝は吹き變る覽
西行法師
秋の始め鳴尾といふ所にてよめる
常よりも秋に鳴尾の松風は分きて身にしむ物にぞ有ける
大納言經信
題志らず
大伴の三津の濱松神さびてむかしながらの秋のはつかぜ
後鳥羽院宮内卿
千五百番歌合に
軒近き松の木ずゑに音づれて袖に知らるゝ秋のはつかぜ
彈正尹邦省親王
初秋の心を
飛鳥風音吹き變てたをやめの袖にも今朝や秋を知るらむ
前中納言匡房
たをやめのころもをうすみ秋や立つ飛鳥に近き葛城の山
後京極攝政前太政大臣
木末吹く風より秋の立田山下葉につゆやもらしそむらむ
二品法親王寛尊
いと早も露ぞ亂るゝ玉だれのこすの大野の秋のはつかぜ
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
秋はまだ淺茅が末の夕風に我がそでかけて露けかるらむ
基俊
堀川院の御時百首の歌奉りけるに、荻
獨居て詠むる宿に秋來ぬと荻のうは葉のおどろかすらむ
式乾門院御匣
題志らず
いかなれば荻の葉戰ぐ風の音の秋と聞くより寂しかるらむ
中務卿具平親王
終夜をぎの葉風の絶えせぬにいかでか露の玉と貫くらむ
御製
百首の歌召されし時、荻
分きてなど荻の葉にのみ殘るらむ程なく過ぐる庭の秋風
等持院贈左大臣
袖にのみ置きこそ増れ荻の葉の風にたまらぬ秋の白つゆ
達智門院兵衛督
秋の歌の中に
昔たれ秋のあはれを知り初めていまも涙の露こぼるらむ
圓光院入道前關白太政大臣
嘉元の百首の歌奉りける時、初秋
秋來ぬと思ひもあへぬ衣手のたが習はしに露けかるらむ
菅原孝標朝臣女
題志らず
思ひいでゝ人こそ訪はね山里の籬の荻にあきかぜぞ吹く
躬恒
七夕の歌に
久堅の天のかはぎり立つ時や七夕つめのわたるなるらむ
赤人
天の河舵音きこゆ彦星のたなばたつめとこよひ逢ふらし
後岡屋前關白左大臣
貞和二年百首の歌奉りける時
障るべき契ならねど七夕の暮るゝ待つ間や苦しかるらむ
前關白左大臣近衛
同じき七月七日三首の歌講ぜられけるに、七夕契久といふ
ことを
幾秋も絶えぬ契や七夕の待つにかひあるひとよなるらむ
入道二品親王法守
百首の歌奉りける時、七夕
九重の庭のともしび影更けて星合のそらに月ぞかたぶく
從二位行家
題志らず
幾とせを行きめぐりても七夕の契は絶えじ夜はの下おび
前大納言經顯
貞和二年七月七日三首の歌に、七夕契久といへる事を
織女の稀に逢ふ瀬も年經ればわたりやなるゝ天の川なみ
院御製
七夕地儀といふ事をよませ給うける
天の川年の渡りは遠けれどながれて早くあきも來にけり
前大納言忠季
百首の歌奉りし時、七夕
重ねても恨や晴れぬ七夕の逢ふ夜間どほの雲のころもは
源兼氏朝臣
題志らず
いつのまに紅葉の橋を渡すらむしぐれぬさきの星合の空
中務卿宗尊親王
天の河思ふがなかに船はあれどかちより行くか鵲のはし
後二條院御製
幾秋かわたし來ぬらむ天のがはおのがよりはの鵲のはし
前參議經宣
元弘三年、立后の屏風に、七夕
七夕の五百機ごろも重ねても秋の一夜となにちぎりけむ
前大納言爲家
秋の歌の中に
七夕の雲のころもの衣々に歸るさつらきあまのかはなみ
内大臣
織女の飽かぬ別れの歸るさに今來む年をまたちぎるらむ
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合の歌
風吹けばしのに亂るゝ苅萱も夕べは分きて露こぼれけり
前中納言長方
題志らず
夕されば尾花片寄る秋風にみだれもあへぬつゆのしら玉
[1]A子内親王
風吹けば眞野の入江に寄る波を尾花にかけて露ぞ亂るゝ
輔仁親王家甲斐
雲居寺の瞻西上人の坊にて歌合し侍りける時詠める
野邊毎にみだれて見ゆる苅萱の露吹きむすぶ秋のやま風
從二位爲子
伏見院の卅首の歌に
置きあへぬ朝げの露に咲き初めて小萩が末は花ぞ色濃き
月花門院
百首の御歌に
朝な/\見れども飽かぬ秋萩の花をば雨に誰れ濡しけむ
法皇御製
秋の御歌の中に
忘れずよ萩の戸口のあけたてば詠めし花のいにしへの秋
中務卿具平親王
秋の花を贈りて今日まうでこむと云ひける人の遲く見えければ遣しける
千種なる花の錦を秋くれば見る人いかに立ち憂かるらむ
讀人志らず
題志らず
鶉鳴くいはれの野邊の秋萩をおもふ人とも見つる今日哉
法印隆淵
建武二年内裏の千首の歌に、秋植物
宮城野の露分け來つる袖よりも心にうつる萩がはなずり
法印定爲
文保の百首の歌奉りける時
萩が花折てを行かむ宮城野や木の下風に散らまくも惜し
人麿
題志らず
秋風は凉しくなりぬ駒なべていざ見に行かむ秋の花見に
春されば霞がくれに見えざりし秋萩咲けり折りて簪さむ
中納言家持
我が門に秋萩咲けり此の寐ぬる朝かぜ早み花散りぬべし
前大納言公蔭
百首の歌奉りし時、萩
小男鹿のしがらむ野邊の萩が花衣にすらむ散らまくも惜し
御製
月前萩と云へる事を詠ませ給うける
秋萩の露散る花のすりごろもうつろふ月も影ぞみだるゝ
前大納言爲氏
建長二年鳥羽殿にて、野草花を
唐ごろも裾野の草の白露のむすべば解くる花のしたひも
皇太后宮大夫俊成
秋の歌の中に
秋の野は心も志のにみだれつゝ苔の袖にも花やうつらむ
貫之
女郎花匂を袖にうつしてばあやなく人や我れをとがめむ
基俊
堀河院の御時、百首の歌に
あだし野の心も知らぬ秋風にあはれ片寄るをみなへし哉
二條院讃岐
千五百番歌合の歌
女郎女よがれぬ露をおきながらあだなる風に何靡くらむ
清原元輔
題志らず
なべて咲く花のなかにも女郎花多かる野邊は過憂かり鳬
法印實性
影くらき籬のもとの蟋蟀暮るゝも待たで音をや鳴くらむ
堀川院中宮上總
瞻西上人の歌合に
聲絶えず秋の夜すがら鳴く虫は淺茅がつゆぞ涙なりける
伏見院御製
秋の御歌の中に
露深きまだ朝あけの草がくれ夜の間の虫の聲ぞのこれる
古郷の籬の虫やうらむらむ野邊の假寐の夜さむなるころ
太宰大貳高遠
朝戸明けて花の紐疾く出でゝ見む立ちな隱しそ野邊の秋霧
邦世親王
風騷ぐ草のまがきの花ずゝき覆ふばかりの袖かとぞ見る
九條左大臣女
伏見院に卅首の歌奉りけるに草花露と云ふ事をよみ侍りける
夕暮の野邊吹き過ぐる秋風に千ぐさを傳ふ花の上のつゆ
頓阿法師
同じ心を
萩の上の露となりてや雲居飛ぶ雁の涙もいろに出づらむ
修理大夫顯季
白河院鳥羽殿におはしましける時、野草露繁といふ事を
鶉鳴くあだの大野の眞葛原いく夜のつゆに結ぼゝるらむ
前中納言定家
題志らず
鶉鳴く夕べのそらを名殘にて野となりにけり深草のさと
權中納言宗經
深草や我が故郷も幾秋か野となり果てゝうづら鳴くらむ
上西門院兵衞
立ちとまる人は交野の花薄何と穗に出でゝ招くなるらむ
梅壷女御
行きかへり故里人に身をなして獨ながむる秋のゆふぐれ
關白前左大臣
さらでだにもの思ふ事の限なる夕べを時と秋かぜぞ吹く
惟宗光吉朝臣
置きあまる露は亂れて淺茅生の小野の篠原秋かぜぞ吹く
岡屋入道前攝政太政大臣
あらはれて露やこぼるゝ陸奥のしのぶが原に秋風ぞ吹く
正二位隆教
文保の百首の歌奉りける時
あらち山夕霧晴るゝ秋風に矢田野の淺茅つゆもとまらず
花山院御製
百寺の金口うたせ給はむとて夜深き道に出でさせ給ふとて詠ませ給うける
夜を籠めて草葉の露を分行けば物思ふ袖と人や見るらむ
前大納言爲世
嘉元の百首の歌奉りける時
あだなりな露もて結ぶ野邊の庵眞垣と頼む霧のへだては
龜山院御製
題志らず
花ずゝき袖に涙の露添へて暮るゝ夜毎に誰れまねくらむ
前參議雅有
弘安の百首の歌奉りける時
今よりははや寐ねがての秋風に色づき初むる庭の淺茅生
從二位家隆
承久二年内裏にて、待月と云ふことを講ぜられけるに
月待つと人には云ひし僞のいまやまことの夕ぐれのそら
前内大臣
題志らず
出でぬ間に雲吹き拂へ月影のいざよふ峯の秋のゆふかぜ
進子内親王
百首の歌の中に、月
秋風は梢をはらふ夕ぐれに雲もかゝらぬやまの端のつき
前大納言爲世
文保の百首の歌奉りける時
秋風の拂ふも待たで村雲のかゝる尾上を出づるつきかげ
中納言爲藤
嘉元の百首の歌奉りける時、月
初瀬山尾上の鐘や更けぬらむいざよふ雲に出づる月かげ
民部卿爲明
康安二年九月十三夜うへのをのこども題を探りて歌仕うまつりし時、月前雲といふ事を
おのづからたゞよふ雲も澄む月の光に消えて晴るゝ空哉
如法三寳院入道内大臣
題志らず
出で初むる月の光に足引の山の木の間もあらはれにけり
從三位經有
暦應三年八月十五夜仙
洞にて三首の歌講ぜられけるに、月出山といふ事を
空に澄む光ぞおそき峯越えて松ばらつたふ秋の夜のつき
冷泉前太政大臣
寳治元年、十首の歌合に、海邊月
押し照るや難波の浦の夕なぎにあしの末葉を出づる月影
刑部卿頼輔
題志らず
渡の原潮路は空とひとつにて雲のなみより出づる月かげ
後醍醐院御製
風渡る門田のすゑに霧霽れて稻葉の雲を出づるつきかげ
普光園入道前關白左大臣
出づるより光ぞしるき秋の月曇らぬ御代のゆくすゑの空
山階入道前左大臣
寳治の百首の歌に、山月
君が住む藐姑射の山を出づるより曇らぬ月は空に見えつゝ
右兵衛督爲遠
百首の歌奉りし時、月
久堅の空にも雲の殘りなくをさまれる世の見ゆる月かな
大江貞重
題志らず
名に高き今宵は秋の中空にひかり滿ちたる月のさやけさ
前大納言俊光女
思ひやる千里のほかの秋までも隔てぬ空に澄める月かげ
正三位知家
足引の山立ちのぼる月かげの行くかた遠き秋のそらかな
二條院參河内侍
月の歌とて詠み侍りける
月を見て心の儘にあくがればいづくか秋の住みかならまし
三條入道左大臣
正治二年、百首の歌に
更級や姨捨山の月は見じおもひやるだになみだ落ちけり
土御門院小宰相
名所月と云ふ事を
志賀の海士の思も入れぬ袖迄も秋は色添ふ月や見るらむ
大納言顯實母
百首の歌奉りし時、月
見ぬ世まで心に浮ぶあきの夜の月やむかしの鏡なるらむ
權中納言公雄
嘉元の百首の歌奉りける時同じ心を
雲の上になれし昔の面影もわすれやすると月に問はゞや
山階入道前左大臣
建長二年八月十五夜鳥羽院にて池上月といへる事を講ぜられけるに仕うまつりける
秋の月むかしを今にうつしてもやゝ澄み増る宿のいけ水
後嵯峨院御製
蓮葉の玉かとぞ見る池水のにごりにしまぬ秋の夜のつき
土御門院御製
秋月をよませ給うける
大井川しもは桂の月かげに磨きて落つる瀬々のしらたま
後嵯峨院御製
題志らず
神代より幾よろづ代になりぬらむ思へば久し秋の夜の月
俊惠法師
澄み昇る心やそらに立ち添ひて今夜の月の影となるらむ
爲道朝臣
伏見院に月の十五首の歌奉りける時
吹き拂ふ嵐のまゝに顯はれて木の間さだめぬ月の影かな
伏見院御製
卅首の歌召しけるついでに
秋風の閨すさまじく吹くなべに更けて身にしむ床の月影
前中納言定家
建仁二年、石清水の歌合に、月照海邊
荒れにけり潮汲む海士の苫びさし雫も袖も月やどるまで
太宰大貳重家
秋の歌の中に
諸共に波の上にもやどるかな月も明石やとまりなるらむ
前參議家親
見慣ても五十ぢになりぬ夜はの月分きて忍ばむ秋は無けれど
源頼康
入道二品親王覺譽の家の五十首の歌に
見るまゝに思ひも晴るゝ月影や心を照すかゞみなるらむ
前大納言爲家
家の十五首の歌に、月
天の原光さし添ふかさゝぎのかゞみと見ゆる秋の夜の月
中務卿宗尊親王
題志らず
更け行けば月影寒しかさゝぎの夜渡る橋に霜や冴ゆらむ
前中納言實任
文保三年百首の歌奉りける時
いにしへの眞澄の鏡世々かけて神路の山に照すつきかげ
中納言爲藤
正和五年九月十三夜、後醍醐院みこの宮と申しける時五首の歌講ぜられけるに、月前松風
足曳の山の端たかく澄む月に松吹く風のおとぞ更け行く
鎌倉右大臣
秋の歌の中に
天の原ふりさけ見れば月清み秋の夜いたく更けにける哉
藤原爲業
難波潟芦間を分けて漕ぐ舟のおとさへ澄める秋の夜の月
從二位家隆
春日野に朝居る雲の跡もなく暮るれば澄める秋の夜の月
前參議定宗
入道二品親王覺譽の家の五十首の歌に
名に高き秋のなかばの中空に雲もおよばず澄める月かな
二條太皇太后宮攝津
水上秋月と云ふ事を
池水に映れる影ものどかにて秋の夜すがらすめる月かな
前大納言爲氏
建長元年九月十三夜鳥羽殿にて水郷月といへる事を仕うまつりける
高瀬さす淀のわたりの深き夜にかはかぜ寒き秋の月かげ
源有長朝臣
題志らず
白妙の富士の高嶺に月冴えてこほりを敷けるうき島が原
後京極攝政前太政大臣
建仁三年、仙洞の十首の歌合に、河月似氷といふ事を
是もまた神代は聞かず龍田川月のこほりに水くゝるとは
法印淨辨
題志らず
杉立てる門田の面の秋風に月かげさむき三輪のやまもと
安嘉門院四條
露ながら洩りくる月を片しきて鳥羽田の庵に幾夜寐ぬ覽
法眼行經
入道二品親王覺譽の家の五十首の歌に
いかばかり光添ふらむ月影の夜な/\磨く露のしらたま
道濟
題志らず
誰れ住みて哀知るらむ常磐山おくの岩屋のありあけの月
清原深養父
草ふかく寂しからむと住む宿の有明の月に誰を待たまし
眞昭法師
前大納言頼經の家にて月の十首の歌詠み侍りけるに
月影のさびしくも有るか高圓の尾上の宮のありあけの空
清輔朝臣
法性寺入道前關白太政大臣月の歌あまた人々に詠ませけるに詠める
終夜我れを誘ひて月かげの果はゆくへも知らで入りぬる
讀人志らず
海邊月を
とまるべき方をも志らず漕ぎ出でゝ月を限の秋のふな人
前大納言爲世
難波に月見に罷りて五首の歌詠み侍りけるに、海上曉月といふ事を
浪の上に映れる月は在りながら伊駒の山の峯ぞ明け行く
中納言爲藤
難波潟いり潮近くかたぶきて月より寄する沖つしらなみ
法皇御製
題志らず
秋風の夜床を寒み寢ねがてにひとりし在れば月傾ぶきぬ
後鳥羽院御製
春日の社の歌合に曉月と云ふ事を詠ませ給うける
足引の山の木枯吹くからにくもる時なきありあけのつき
寂蓮法師
題志らず
野邊は皆思ひしよりもうら枯れて雲間にほそき有明の月
大藏卿有家
建長三年、内裏の秋の十五首の歌合に、秋雨
日ぐらしの鳴く夕暮の浮雲に村雨そゝぐもりのしたぐさ
正三位知家
建保四年、内裏の歌合に
蜩の鳴く山かげは暮れぬらむ夕日かゝれる嶺のしらくも
後鳥羽院御製
秋の御歌の中に
秋風や潮瀬の波に立ちぬらむ芦の葉そよぐゆふぐれの空
後京極攝政前太政大臣
正治の百首の歌奉りける時
亂れ芦の穗むけの風の片よりに秋をぞ寄する眞野の浦浪
御製
鹿を
男鹿鳴く岡邊のわさ田穗に出でゝ忍びもあへず妻や戀ふ覽
後嵯峨院御製
建長二年鳥羽殿にて野外鹿と云ふ事を詠ませ給うける
秋の野の尾花が本に鳴く鹿も今は穗に出でゝ妻を戀ふらし
法印定爲
嘉元の内裏の卅首の歌に
結び置く野原の露の初尾花我がたまくらと鹿や鳴くらむ
左兵衛督直義
秋の歌の中に
月影の入る野の薄打ちなびきあかつき露に鹿ぞ鳴くなる
前大納言經繼
後醍醐院いまだみこの宮と申しける時、五首の歌講ぜられけるに、月前聞鹿
高砂の尾上の月に鳴く鹿の聲澄みのぼるありあけのそら
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、鹿
妻戀の涙や落ちて小男鹿の朝立つ小野のつゆと置くらむ
西行法師
同じ心を
かねてより心ぞいとゞ澄みのぼる月待つ峯の小男鹿の聲
中納言爲藤
元亨三年九月十三夜後宇多院に三首の歌講ぜられけるに、月前鹿
小倉山秋は今宵と小男鹿の妻とふみねに澄めるつきかげ
前大納言爲氏
建長二年八月十五夜鳥羽殿にて曉鹿といへる事を仕うまつりける
つれなさのためしは知るや小男鹿の妻とふ山の有明の空
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、鹿
男鹿鳴く外山のすその柞原いろに出でゝや妻を戀ふらむ
左近大將師良
題志らず
鹿の音ぞ空に聞ゆる夕霧のへだつる方やをのへなるらむ
權中納言通俊
承保二年九月、殿上の歌合に、朝霧
山里は霧立ち籠めて人も無し朝立つ鹿のこゑばかりして
源家清
題志らず
さらでだに寐覺悲しき秋風に夜しもなどか鹿の鳴くらむ
西園寺内大臣
山里の鹿の鳴く音ぞ長き夜の寐覺の友と聞きなれにける
小野小町
妻戀ふる小男鹿の音に小夜更て身の類をも有りと知ぬる
入道二品親王尊圓
高砂の松を友ともなぐさまでなほ妻ごひに鹿ぞなくなる
増基法師
高砂や松の木ずゑに吹く風の身にしむ時ぞ鹿もなきける
康資王母
四條太皇太后宮の歌合に、鹿を
色に出でゝ秋しも鹿のなくなるは花の折とや妻は頼めし
藤原雅家朝臣
野鹿と云へる事を
名にめでゝ妻や戀ふらむ女郎女多かる野邊の小男鹿の聲
從二位家隆
小男鹿の夜はの草ぶし明けぬれど歸る山なき武藏野の原
清輔朝臣
前參議經盛の家の歌合に
鹿の音の吹き來る方に聞ゆるは嵐や己がたちどなるらむ
從三位爲理
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、夜鹿
夜を寒み妻や戀ふらむあしびきの山下風に鹿ぞなくなる
前大納言爲氏
弘安元年百首の歌奉りける時
夕日さす田のもの稻葉打ち靡きやまもと遠く秋風ぞふく
花園院御製
百首の御歌の中に
夕日さす田のもの稻葉末遠みなびきも果てずよわる秋風
中園入道前太政大臣
百首の歌奉りし時、秋田
白鳥の鳥羽田の穗波ふきたてゝもる庵さむき秋のやま風
權中納言公雄
文保三年百首の歌奉りける時
明け渡る山もと遠く霧晴れて田のもあらはに秋風ぞふく
上西門院兵衛
久安の百首の歌に
きり%\す壁のなかにぞ聲すなる蓬が杣に風やさむけき
大藏卿隆博
永仁元年八月十五夜後宇多院に十首の歌召しけるに、秋虫を
秋を經てなるゝ枕の蟋蟀知るや五十ぢのなみだ添ふとは
順徳院御製
題志らず
淺茅生や床は草葉の蟋蟀なく音もかるゝ野べのはつしも
前參議爲實
虫の音は淺茅が露にうらがれて夜さむに殘る有明のつき
前大納言爲世
聞けば早うらがれにけり淺茅原虫の音までも霜や置く覽
後光明照院前關白左大臣
文保の百首の歌奉りける時
秋深き淺茅が庭の霜の上に枯れても虫のこゑぞのこれる
中納言爲藤
夜を寒み枯れ行く小野の草蔭によわりも果てぬ虫の聲哉
讀人志らず
月前虫といふ事を詠める
長月の在明のかげに聞ゆなり夜を經てよわる松虫のこゑ
彈正尹邦省親王
家の五十首の歌に
分きてなほ哀に堪へぬ時ぞとや夕は虫のねにも立つらむ
花山院御製
寛和元年八月十日殿上に出でさせ給うて歌合せさせ給うけるに
秋來れば虫もや物を思ふらむこゑも惜まずなき明すかな
信明朝臣
題志らず
待つ人にいかに告げまし雲の上に仄かに消ゆる初雁の聲
延喜御製
秋風もふき立ちにけり今よりは來る雁がねの音をこそ待て
中納言家持
霧分けて雁は來にけり隙もなく時雨は今や野邊を染む覽
後九條前内大臣
雁なきて寒きあしたや山城のいは田の小野も色變るらむ
藤原雅冬朝臣
百首の歌奉りし時、雁
今よりの秋の寐覺よいかならむ初雁がねもなきて來に鳬
僧正行意
名所の百首の歌奉りける時
水莖の岡の葛葉を吹く風にころも雁がねさむくなくなり
伏見院御製
題志らず
雁がねは雲居がくれになきて來ぬ萩の下葉のつゆ寒き頃
相摸
故里を雲居になしてかりねがのなか空にのみなき渡る哉
寂蓮法師
後鳥羽院に五十首の歌奉りける時
なき渡る雲居の雁もこゝろ知れこぬ人たのむ秋風のころ
紀友則
題志らず
初雁のなき渡りぬる雲間より名殘おほくて明くる月かげ
坂上是則
幾千里ある道なれや秋ごとに雲居を旅とかりのなくらむ
平政村朝臣
つらかりし春の別は忘られて哀とぞ聞くはつかりのこゑ
平義政
天の河とわたる雁やたなばたの別れしなかにかよふ玉章
西行法師
入夜聞雁といへる事を詠める
鳥羽に書く玉章のこゝちして雁なき渡るゆふやみのそら
從三位親子
伏見院の三十首の歌に
晴やらぬ朝げの空の霧の内につらこそ見えね渡る雁がね
御製
百首の歌召されし時、雁
隔つとは見えで間遠く聞ゆなり霧の上行く初かりのこゑ
後西園寺入道前太政大臣
性助法親王の家の五十首の歌に
夕されば雲に亂れて飛ぶかりのゆくへ定めず秋風ぞふく
躬恒
題志らず
秋風に山飛び越えて來る雁の羽むけに消ゆる嶺のしら雲
前參議實名
百首の歌奉りし時、雁
小山田のをしね雁がねほにあげてなく聲聞けば秋更けに鳬
從三位爲信
秋田を詠める
雁なきて夜寒になれば初霜のおくての稻葉色づきにけり
中納言爲藤
正和五年九月十三夜、後醍醐院みこの宮と申しける時五首の歌に、月前擣衣
秋深き月の夜さむにをりはへて霜よりさきと擣つ衣かな
權中納言具行
里人の砧のおともいそぐまで月や夜さむの霜と見ゆらむ
後醍醐院御製
元弘三年九月十三夜、三首の歌召しけるついでに同じ心を
聞き侘びぬ葉月長月長き夜の月の夜さむにころも擣つ聲
中園入道前太政大臣
貞和二年百首の歌奉りける時
長月の月も夜さむの寢ねがてに起き居て誰れか衣擣つ覽
前大納言爲定
元弘三年九月十三夜、内裏の三首の歌に、月前擣衣といふ事を
あくがれて月見る程の心にも夜寒わすれず擣つころも哉
從二位行忠
入道二品親王覺譽の家の五十首の歌に
夜もすがらあきの心をなぐさめて月に擣つなり麻のさ衣
權少僧都經賢
鳥の音の聞ゆるまでに里人の寢ぬ夜もしるく擣つ衣かな
正三位經朝
寳治二年百首の歌奉りける時、聞擣衣といふ事を
誰が爲に麻のさ衣うち侘びて寐られぬよはを重ね來ぬ覽
芬陀利花院前關白内大臣
文保の百首の歌奉りける時
津の國の芦ふくこやの夜を寒み隙こそ無けれ衣擣つこゑ
後三條前内大臣
貞和二年百首の歌奉りけるに
小夜衣誰が寢覺より擣ちそめて千里の夢をおどろかす覽
前參議爲秀
題志らず
立ち籠むる霧の籬の夕月夜うつれば見ゆる露のしたぐさ
前大納言爲家
寳治の百首の歌奉りける時、重陽宴を
諸人の今日九重に匂ふてふ菊にみがけるつゆのことの葉
關白前左大臣
百首の歌奉りし時、菊
長月の豐のあかりは名のみして今は昔にきくのさかづき
堀河中宮
黒戸の前に菊を植ゑられたりけるを
咲きぬればよそにこそ見れ菊の花天つ雲居の星に紛へて
貫之
延喜十八年、女四のみこの屏風に
何れをか花とは分かむ長日の有明の月にまがふしらぎく
大炊御門右大臣
崇徳院の御時菊送多秋と云ふ事を仕うまつりける
幾返り千とせの秋に逢ひぬらむ色もかはらぬ白菊のはな
法眼行濟
入道二品親王性助の家に菊を植ゑさせける時詠める
移し植ゑば千代まで匂へ菊の花君が老いせぬ秋を重ねて
土御門右大臣
長暦二年九月、歌合に
匂こそ紛れざりけれ初霜のあしたの原のしらぎくのはな
讀人志らず
寛平の御時菊合に紫野の菊を詠める
名にし負へば花さへ匂ふ紫の一もと菊に置けるはつしも
人丸
題志らず
天雲のよそに雁がね聞きしよりはだれ霜降り寒し此夜は
故里の初もみぢ葉を手折もて今日ぞ我がくる見ぬ人の爲
讀人志らず
時待ちて送る時雨のあまそゝぎ淺香の山は移ろひぬらむ
洞院攝政左大臣
家の百首の歌に
初時雨まだ降らなくに片岡のはじの立枝は色づきにけり
從二位爲子
嘉元の百首の歌奉りける時
秋山はしぐれぬさきの下紅葉かつ%\露や染め始むらむ
大藏卿長綱
題志らず
よそに見し雲やしぐれて染めつらむ紅葉して鳬葛城の山
崇徳院御製
百首の歌召しける時詠ませ給うける
いり日さす豐旗雲に分きかねつ高間の山の峯のもみぢ葉
二品法親王覺助
弘安元年百首の歌奉りける時
夕日影さすや高嶺のもみぢ葉は空も千しほの色ぞ移ろふ
前關白左大臣近衛
百首の歌奉りし時、紅葉
花ならば移ろふ色や惜しからむ千入を急ぐ秋のもみぢ葉
彈正尹邦省親王
龜山殿の千首の歌に、同じ心を
いつの間に千入染む覽昨日よりしぐると見えし峯の紅葉は
前大納言爲家
題志らず
敷島や大和にはあらぬ紅の色の千しほに染むるもみぢ葉
權僧正果守
足引の山の紅葉やぬしなくて晒せる秋のにしきなるらむ
正三位成國
いつの間に賤機山の初時雨そめて紅葉のにしき織るらむ
藤原清正
しぐるれば色まさりけり奥山の紅葉の錦濡れば濡れなむ
人丸
紅のやしほの雨はふり來らし龍田の山のいろづく見れば
清輔朝臣
小倉山木々の紅葉のくれなゐは峯の嵐のおろすなりけり
大納言公實
承保三年大井河に行幸の日詠める
水の綾を唐紅に織りかけて今日の行幸に逢へるもみぢ葉
大納言齋信
小一條院大井河におはしましける時、紅葉浮水と云ふ事を
秋深くなり行くときは大井河なみの花さへ紅葉しにけり
大中臣頼基朝臣
紅葉を
水庭に影のみ見ゆるもみぢ葉は秋の形見に波やをるらむ
萬秋門院
秋の歌の中に
山姫の心のまゝに染めなさば紅葉にのこる松やなからむ
信生法師
高嶺より紅葉ふきおろす山風やふもとの松の時雨なる覽
今出川院近衛
變らじな常磐の杜の村時雨よそのもみぢに秋は見ゆとも
僧正良瑜
兼ねてより移ろふ秋の色もなほしぐれて増る神南備の森
中納言定頼
紅葉送秋といふ事を
降り積る紅葉の色を見る時ぞ暮れ行く秋は先知られける
前大納言公任
秋の暮つ方白河に罷りて詠み侍りける
都出でゝ何に來つらむ山里のもみぢ葉見れば秋暮にけり
讀人志らず
陽成院の御時、歌合に
年毎にとまらぬ秋と知りながら惜む心のこりずも有る哉
刑部卿範兼
殘秋の心を
明日も猶暮れ行く秋は有る物ををしむ心を今日盡しつる
内大臣
百首の歌奉りし時、九月盡
暮れ果つる秋の形見と明日や見む袖に涙のつゆを殘して
平經正朝臣
福原に侍りける頃人々長月の晦日の日わたに罷りて海邊九月盡の心を詠み侍りけるに
いり日さす方を詠めてわたの原波路の秋を送る今日かな
大納言通具
千五百番歌合に
弱り行く虫の音にさへ秋暮れて月も有明になりにける哉
後醍醐院御製
いまだみこの宮と申しける時十首の歌召しけるついでに暮秋霜といふ事を詠ませ給うける
行く秋の末野の草はうら枯れて霜に殘れるありあけの月
從二位家隆
題志らず
有明の仄かに見えし月だにも送らぬ空にかへるあきかな
[2] Kanji in place of A is not available in the JIS code table. The kanji is Morohashi's kanji number 21117.
前大納言爲世
弘安元年百首の歌奉りける時
露分けし野邊の笹原風冴えて又霜こほるふゆは來にけり
一條内大臣
嘉元の百首の歌に、時雨
慕はれし秋の名殘の露をだに干しあへぬ袖に降る時雨哉
御製
百首の歌召されしついでに、同じ心を
慕ひこし秋の別のなみだより袖も干しあへぬ初時雨かな
法皇御製
題志らず
眞木の屋に冬こそ來ぬれと計りを音づれ捨てゝ行く時雨哉
大藏卿有家
木の葉散るむべ山風の嵐より時雨になりぬ峰のうきぐも
前大納言公蔭
百首の歌奉りし時、時雨
誘はるゝ雲のゆきゝのさだめなき時雨は風の心なりけり
六條内大臣
文保三年百首の歌奉りけるに
吹き送る風のまゝなる浮雲のかさなる山は時雨降るらし
昭慶門院一條
嘉元の百首の歌奉りける時、時雨
絶え%\に霧の浮き立つ山の端に風を導べと行く時雨哉
中納言爲藤
吹きよわる嵐のひまの浮雲やしばし休らふ時雨なるらむ
正二位隆教
元弘三年、立后の屏風に
三輪山は時雨降るらし隱らくの初瀬の檜原雲かゝる見ゆ
從三位爲理
前大納言爲世の家にて時雨を詠める
浮雲をさそひも果てぬ山風に立ち歸り降る村しぐれかな
近衛關白前左大臣
冬の歌の中に
玉匣三室の山も冬來ぬと明くるそらより降るしぐれかな
三條入道前太政大臣
文保の百首の歌奉りける時
山風の吹くに任せて定めなく木の葉さへ降る神無月かな
權大納言房經
題志らず
いづくより吹來る風の誘ふらむ梢も知らぬ庭のもみぢ葉
山階入道前左大臣
寳治二年百首の歌奉りける時、落葉
冬來てはさゆる嵐の山風につぎて木葉の降らぬ日はなし
永福門院
伏見院の卅首の歌の中に
早晩と冬をや告ぐるはつ時雨庭の木の葉に音づれて行く
前大納言良冬
題志らず
吹き送るあらしの空の浮雲に時雨を添へて降る木の葉哉
權大納言公明
m
村時雨音を殘して過ぎぬなり木の葉吹きまくみねの嵐に
伏見院御製
浮きて行く雲の便の村時雨降る程もなくかつ晴れにけり
二品法親王覺助
家に五十首の歌詠み侍りけるに、朝時雨
木の葉散る朝げの風やさそふらむ時雨になりぬ浮雲の空
如願法師
題志らず
志がらきの外山の紅葉散り果てゝ寂しき峯に降る時雨哉
權中納言公雄
弘安元年百首の歌奉りける時
行く月のした安からぬ浮雲のあたりの空は猶しぐれつゝ
皇太后宮大夫俊成
冬の歌の中に
打ちしぐれ人の袖をも濡す哉空もや今日は秋を戀ふらむ
後徳大寺左大臣
聞く人の袖さへ濡れぬ木葉散る音は時雨にたぐふのみかは
赤染衛門
いとゞしく物思ふ夜のひとり寐に驚くばかり降る時雨哉
前大納言爲兼
弘安八年八月十五夜卅首の歌奉りける時、時雨驚夢
夢路まで夜はの時雨の慕ひ來てさむる枕に音まさるなり
後法性寺入道前關白太政大臣
題志らず
驚かす木の葉の音のなかりせば明くるぞ夢の限ならまし
[2]A子内親王家宰相
千入まで染めし梢の殘りなく庭の落葉といつなりにけむ
貫之
三條右大臣の家の屏風の歌
山高み梢をさして流れ來る瀧にたぐへて落つるもみぢ葉
殷富門院大輔
題志らず
水上に風わたるらし大井川紅葉をむすぶたきのしらいと
中納言祐家
承保三年大井河に行幸の日詠める
大井川今日の行幸にもみぢ葉も流久しきゐせきにぞ見る
權中納言俊忠
寛治五年十月白河院大井河に御幸せさせ給うて落葉滿水と云ふ事を詠ませ給うけるに仕うまつりける
大井川水の流れも見えぬまで散るもみぢ葉の浮ぶ今日哉
躬恒
宇治に罷りて侍りける時よめる
河上に時雨のみふる網代にはもみぢ葉さへぞ落増りける
貫之
落ち積る紅葉を見れば一年の秋のとまりは網代なりけり
如寂法師
最勝四天王院の障子の歌
宇治山の嵐に落つるもみぢ葉やあじろに夜の錦なるらむ
橘俊綱朝臣
祐子内親王宇治におはしましける頃遠き所に罷りてたよりにつけて申し遣しける
神無月朝日の山も打ちしぐれ今や紅葉のにしき織るらむ
祐子内親王家紀伊
返し
君見ねば朝日の山のもみぢ葉もよるの錦の心地こそすれ
前中納言雅孝
文保の百首の歌奉りける時
篠分くる袂は風のおとさえて知られず結ぶ野邊のゆふ霜
是則
延喜十三年の菊合に
菊の花冬の野風に散りもせで今日までとてや霜は置く覽
躬恒
菊の花濃きも薄きも今までに霜の置かずば色を見ましや
信實朝臣
建保五年、内裏の歌合に、冬山霜
すがの根もうつろひ變る冬の日に夕霜いそぐ山の下ぐさ
前大納言實教
後宇多院に十首の歌奉りける時、冬寒草
風さゆる淺茅が庭の夕日影暮るればやがて結ぶ志もかな
西行法師
寒草帶霜といふ事を
難波潟みぎはの芦に霜さえて浦風さむきあさぼらけかな
等持院贈左大臣
百首の歌奉りし時、寒草
霜深きまがきの荻の枯葉にも秋のまゝなる風のおとかな
御製
限あれば秋もかくやは聞き侘びし嵐にさやぐ霜のした荻
土御門院御製
題志らず
見渡せばまじるすゝきも霜枯れて緑すくなき猪名の笹原
贈從三位爲子
嘉元の百首の歌に
冬來ぬと共にかれ行く山里の人目や草のゆかりなるらむ
權大納言忠基
鷹狩を詠める
狩人のいる野の草の霜がれに疲れの鳥やかくれかぬらむ
前大納言爲家
三島野やくるれば結ぶ矢形尾の鷹も眞白に雪は降りつゝ
前中納言雅孝
題志らず
湊江やあしの枯葉に風さえて霜夜のつきに千鳥なくなり
中納言家持
楸生ふる河原の千鳥鳴くなべに妹がり行けば月渡る見ゆ
今出河前右大臣
嘉元の百首の歌奉りけるとき、千鳥
冬されば佐保の河風冴ゆる夜の更けたる月に鵆鳴くなり
法皇御製
同じ心を
鳴海潟渡る千鳥の鳴く聲もうらがなしさはありあけの空
後二條院御製
曉千鳥といへる事をよませ給うける
浦遠く渡る千鳥も聲さむし志もの白洲のありあけのそら
正二位隆教
文保二年八月常磐井の仙洞に行幸の時人々題を探りて歌仕うまつりけるに、千鳥
我が方や浪高からし友千鳥こと浦になくこゑぞきこゆる
中務卿宗尊親王
同じ心を
更け行けば山おろし冴えて漣の比良の湊に千鳥なくなり
中納言爲藤
湖上水鳥を
鳰鳥はをろのはつ尾にあらねども鏡の山の影になくなり
源義高朝臣
題志らず
鳰鳥の通ひ路もさぞたどるらし宵々ごとの池のこほりに
兼好法師
芦鴨のはらふ翼に波越えてうは毛の霜やなほこほるらむ
八條前太政大臣
崇徳院の御時、十五首の歌に
夜もすがら鴨の上毛を拂ふかな幾度霜の置くにかある覽
入道二品親王道助
家の五十首の歌よみ侍りけるに、池水鳥
住み侘びて池の芦間を立つ鴨の氷に殘るあともはかなし
從三位行能
中々に霜夜の空や寒からむこほりにかへるいけのをし鳥
前大納言隆房
守覺法親王の家の五十首の歌に
霜にだに上毛は冴ゆる芦鴨の玉藻の床はつらゝゐにけり
民部卿爲明
百首の歌奉りし時、冬月
冴ゆる夜は衣片敷く床の霜袖のこほりにつきやどるなり
信專法師
同じ心を
冴え増る袖の嵐をかたしきて霜夜の床につきを見るかな
後醍醐院御製
元弘三年立后の屏風に五節をよませ給うける
袖返す天つ少女も思ひ出でよ吉野の宮のむかしがたりを
從二位行家
寳治二年百首の歌奉りける時、豐明節會
みの山のしら玉椿いつよりか豐のあかりに逢ひ始めけむ
前大納言爲家
冬の歌の中に
夜寒なる豐のあかりを霜の上に月冴え渡る雲のかけはし
前大納言實教
中納言爲藤神無月の比北白河に罷りて人々十首の歌よませ侍りける時、河上冬月
早き瀬は氷りもやらで冬の夜の川音たかく月ぞ更け行く
達智門院
題志らず
おのづから氷らぬ隙も氷りけり月影さむき山がはのみづ
祝部成光
立つ浪のおとは殘りて沖つ風ふけひの浦にこほる月かげ
前大僧正實越
前大僧正桓守すゝめ侍りける日吉の社の三首の歌合に、冬月を
眞野の浦や入海さむき冬がれの尾花の波にこほる月かげ
僧正慈能
湖邊冬月といふ事をよみ侍りける
鳰の海や比良の山風冴ゆる夜の空より氷るありあけの月
權中納言時光
百首の歌奉りし時、冬月
冴ゆる夜の霜を重ねて袖の上にやどれば氷る月の影かな
按察使公敏
冬の歌の中に
枯れ果つる草葉の霜の白妙にやどるも寒き月のかげかな
前大納言忠良
千五百番歌合に
今はとて淺茅枯れ行く霜の上に月かげさびし小野の篠原
昭慶門院一條
永仁五年、仙洞の歌合に
秋の色は跡なき野邊の霜の上に猶見し儘の月ぞ夜がれぬ
權中納言公雄
文保の百首の歌奉りける時
晴れ曇り浮き立つ雲の山の端に影定まらぬ冬の夜のつき
左近中將善成
題志らず
しぐれてぞ中々晴るゝ風まぜに木葉降る夜の山の端の月
祝部成茂
冬月をよめる
秋よりも冴えにけらしな降る雪の積りて晴るゝ山の端の月
祝部成仲
左京大夫顯輔の家の歌合に
久堅の空冴え渡る冬の夜は月のひかりもゆきかとぞ見る
前大納言爲世
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、冬曉月
冴ゆる夜の雪げの空の村雲を氷りて傳ふありあけのつき
頓阿法師
中納言爲藤の家の五首の歌に、川氷
初瀬川井手越す波の其儘に氷りてかゝる瀬々のしがらみ
左兵衞督爲遠
百首の歌奉りし時、氷
さゆる夜は氷るも早し吉野川岩きりとほす水のしらなみ
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りける時
立ち歸るおとも聞えず冬河の石間にこほる水のしらなみ
院御製
冬の御歌の中に
谷川や結ぶこほりの下むせび流れもやらぬ音もさむけし
權大納言宣明
音立てしあらしや松に殘るらむさゞ波こほる志賀の辛崎
從二位宣子
文保の百首の歌奉りける時
風騷ぐ楢の落葉に玉散りて音さへさむく降るあられかな
前中納言定家
西行法師人々すゝめて百首の歌よませ侍りけるに
朝夕の音は時雨の楢柴にいつ降りかはるあられなるらむ
參議雅經
建保五年、内裏の歌合に、冬野霰
宇多の野や宿かり衣きゞす立つ音もさやかに霰降るなり
法眼源承
太神宮の十五首の歌に
玉藻苅るいちしの海士のぬれ衣夕日もさむく霰降るなり
後宇多院御製
嘉元の百首の歌召されけるついでに、霰
風寒み空は雪げになりそめてかつ%\庭に散るあられ哉
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りける時
庭の面に枯れて殘れる冬草のむら/\見えてつもる白雪
從二位爲子
雪の歌とて詠める
いとゞ又雪には跡もなかりけり人目かれにし庭のふゆ草
前大僧正賢俊
百首の歌奉りし時、同じ心を
いづくとも汀ぞ見えぬ池水のこほりにつゞく庭のしら雪
法印長舜
題志らず
宵の間の軒のしづくも音絶えて更くれば氷る雪の村ぎえ
後京極攝政前太政大臣
伏見里雪と云ふ事を
里分かぬ雪のうちにも菅原や伏見の暮はなほぞさびしき
前大僧正慈鎭
建保四年、百首の歌に
初雪の降らばと云ひし人はこで空しく晴るゝ夕暮のそら
中納言家持
題志らず
初雪の庭にふりはへ寒き夜を手枕にしてひとりかも寐む
好忠
都にも道踏みまよふ雪なれば訪ふ人あらじみやまべの里
六條内大臣
文保の百首の歌奉りける時
訪はるべき身とも思はぬ山里に友待つ雪の何と降るらむ
平親清女
枯れ果つる小野の篠原道絶えて餘り日數のつもる雪かな
花山院内大臣
文保の百首の歌奉りける時
今よりはとだえも見えじ白雪のつぎて降敷く久米の岩橋
後嵯峨院御製
寳治元年、十首の歌合に、野外雪
いとゞまた限も見えず武藏野や天ぎる雪のあけぼのゝ空
後山本前左大臣
松上雪を
老が身のたぐひとやせむ代々を經てゆきを戴く松の心は
源光行
武隈の松のみどりもうづもれて雪を見きとや人に語らむ
源頼貞
水鳥の賀茂の神山さえくれてまつの青葉も雪降りにけり
後西園寺入道前太政大臣
嘉元の百首の歌の中に、雪
月殘る眞木の外山のあけぼのに光ことなる嶺のしらゆき
後嵯峨院御製
寳治の百首の歌召しけるついでに、冬月
白妙の光ぞまさるふゆの夜の月のかつらに雪つもるらし
後鳥羽院御製
題志らず
挿頭折る袖もや今朝はこほるらむ三輪の檜原のゆきの曙
二條院御製
百首の御歌の中に
冬の夜のさゆるにしるし三吉野の山の白雪今ぞ降るらし
前大納言爲氏
白河殿の七百首の歌に、河邊雪
降り積る雪を重ねて三吉野のたぎつかふちに氷るしら波
三條院女藏人左近
平兼盛が大井の家にて冬の歌よみ侍りけるに
大井河杣山かぜのさむけきに岩打つ波をゆきかとぞ見る
平衞内侍
建保五年内裏の歌合に、冬海雪
漕ぎ歸る棚なし小舟跡もなし難波のあしのゆきの下をれ
正三位知家
道助法親王の家の五十首の歌に
降る雪はそれとも見えずさゞ波の寄せて歸らぬ沖つ島山
津守國冬
文保の百首の歌奉りける時
吉野山雪降り果てゝ年暮れぬかすみし春は昨日と思ふに
前大納言資季
寳治二年、百首の歌に、歳暮
徒らに過ぎ行く物と思ひ來し年の何とて身につもるらむ
花園院御製
百首の御歌の中に
分きてしも惜むと無しに哀
なり今年も斯て暮れぬと思へば
前中納言高定
中納言になりて侍りける年光俊朝臣よませ侍りける春日の社の五首の歌合に
暮れぬとて今更急ぐ今年哉月日の行くも知らざりし身に
御製
歳暮忙と云へることを詠ませ給うける
今さらに年の暮とも驚かずいそぎ慣れたる朝まつりごと
元正天皇御製
左大臣の佐保の家にみゆきせさせ給うける時
旗ずゝき尾花さか葺き黒木もてつくれる宿は萬代までに
法成寺入道前攝政太政大臣
長元四年九月上東門院住吉の社に詣でさせ給ひける時人々歌詠み侍りけるに
君が代は長柄の橋のはじめより神さびにける住吉のまつ
西園寺入道前太政大臣
建久二年八十島の祭に住吉に罷りて詠み侍りける
君が代は八十島かくる波の音に風靜かなり住のえのまつ
津守國助
弘安八年住江に御幸ありて行旅述懷といふ事を詠ませられ侍りけるに仕うまつりける
神代より相生の松もけふしこそありて千年のかひも知るらめ
權大納言公明
松延齡友といふ
ことをよみ侍りける
常磐なる玉松が枝や幾千代も君がよはひに蔭をならべむ
等持院贈左大臣
暦應二年六月、仙洞にて、松影映池と云ふ事を
風通ふ松をうつして池水のなみも千歳のかずによるらし
爲道朝臣
弘安八年三月從一位貞子に九十の賀給はせける時詠み侍りける
算へ知る齡を君がためしにて千代の始の春にも有るかな
後嵯峨院大納言典侍
龜山院の御時龜山殿に行幸ありて花契遐年と云ふ事を講ぜられけるに
咲く花も今日を行幸のはじめにて猶行く末も萬世や經む
中院前内大臣
萬代の君がかざしにをりを得てひかり添へたる山櫻かな
法橋顯昭
二品覺性法親王に八重櫻に添へて遣しける
君が經む千歳の秋を重ぬべきためしと見ゆる八重櫻かな
二品法親王覺性
返し
千世經べき例と聞けば八重櫻重ねて最ど飽かずも有る哉
前中納言定家
元久三年正月高陽院殿にて、庭花春久と云ふ事を
新玉の年の千とせの春の色をかねてみかきの花に見る哉
今出川入道前右大臣
元徳二年中殿にて花契萬春と云ふ事を講ぜられしに
君が爲久しかるべき春に逢ひて花もかはらず萬代や經む
前參議爲秀
文和五年二月松有佳色と云ふことを仕うまつりける
君のみや千歳の春の花の色に十返り迄になれむとすらむ
照光院前關白右大臣
康永三年後の二月仙洞に松遐年友と云ふ事を講ぜられけるに
千歳とも限らぬ君が友なればまつも花咲く春やかさねむ
入道前内大臣
色變へぬ藐姑射の山の峯の松君をぞ千世の友と見るらむ
前大納言經顯
ひさに經む友とや君に契るらむ十返りの松の花の咲く迄
前大納言公蔭
松が枝も八百萬代の色に添ふ千とせも飽かぬ我が君の爲
前大納言忠季
行く末を思ふも久し姫小松いまより君が千世をちぎりて
前參議實名
貞治二年二月春松久緑と云ふ事を講ぜられけるに
君が經む千歳の春の行く末も松のみどりの色に見ゆらし
藤原雅家朝臣
幾千世ぞみどりを添へて相生の松と君との行く末のはる
花園院御製
卅首の歌召されしついでに
色變へぬ尾上の松に吹く風は萬代呼ばふ聲にぞ有りける
左兵衛督基氏
題志らず
鶴が岡木高き松を吹く風の雲居にひゞくよろづ代のこゑ
前大納言俊光
文保の千首の歌奉りし時
君が住む藐姑射の山の玉椿八千世さかえむ末ぞひさしき
御製
百首の歌召されし時、祝言
世を治め民を憐むまこと有らば天つ日嗣のすゑも限らじ
等持院贈左大臣
四方の海七つの道も我が君の御代ぞ治まる始めなりける
後醍醐院御製
正中の百首の歌召されける次でに
四方の海治まりぬらし我が國の大和島根に波しづかなり
皇太后宮大夫俊成
建仁三年十一月和歌所にて九十の賀給はりける時仕うまつりける
百歳に近づく人ぞ多からむよろづ代經べき君が御代には
正三位經家
和歌の浦に寄る年波を算へ知る御代ぞ嬉しき老らくの爲
後鳥羽院宮内卿
同じき時給はせける法眼の袈裟のおき物にすべき歌召されけるに
存らへて今朝や嬉しき老の浪八千代をかけて君に仕へよ
建禮門院右京大夫
此の歌を賀せられむとて召されて參りて終夜見侍りてなべてならぬ道の面目いみじく覺えける餘りにつとめて申し遣はしける
君ぞ猶今日よりも又算ふべきこゝの返りの十の行くすゑ
皇太后宮大夫俊成
返し
龜山の九返りの千とせをも君が御代にぞ添へゆづるべき
式部卿敦賢親王
承保三年大井川に行幸の日詠める
大井川みかさや増る龜山の千世のかげ見る行幸と思へば
衣笠前内大臣
建保六年中殿にて池月久明と云ふ事を講ぜられけるに
君が世はのどかに澄める池水に千歳をちぎる秋の月かげ
從三位行能
影清き池のかゞみに照る月も曇る時なくよろづ代や經む
信實朝臣
明らけき御影になるゝ池水を月にぞみがくよろづ代の秋
前中納言定家
建保二年九月、月契千秋と云ふ事を
君が世の月と秋とのあり數におくや草木の四方のしら露
權大納言行成
東三條院石山に詣でゝおはしましけるに秋の盡くる日人々浮橋といふ所に罷りて歸りがてにして歌詠み侍りけるに
君が代に千度逢ふべき秋なれどけふの暮をば惜みかねつも
前大納言實教
後宇多院紅葉の頃昭慶門院に御幸ありて人々枝に歌をつくべき由仰せられけるに詠める
雨露の惠に染むるもみぢ葉の千しほは君が千代の數かも
後宇多院宰相典侍
元弘三年、立后の屏風に
咲き初むる眞垣の菊の露ながら千世を重ねむ秋ぞ久しき
三條内大臣
崇徳院位におはしましける時法金剛院に行幸侍りて菊契千秋と云ふ事を詠ませ給ひけるに
君が世の數に重なる物ならば菊は幾重もかぎらざらまし
前關白左大臣九條
百首の歌奉りし時、庭竹
紫の庭にみどりの色添へて行くすゑ遠き千代のくれたけ
後照念院關白太政大臣
正和五年内裏造營の比竹臺の呉竹を尋ねられけるを奉るとて結び付けゝる
世々を經し御垣の竹の種なれば末も千歳の色ぞ添ふべき
内大臣
延文四年庭上鶴と云ふ事をよませられけるに
治れる雲居の庭にきこゆなり心解けたるたづのもろごゑ
辨乳母
人の子生ませ侍りけるにうぶぎぬ遣すとて
鶴の子の巣立ち始むる毛衣は千世に八千世を重ねてぞ着む
源師光
祝の心を
蓆田に千歳をかねて住む鶴もきみが齡に志かじとぞ思ふ
權僧正永縁
十二月晦日に藤原基俊の子法師と云ふが許にもちひ鏡遣すとて云ひ遣しける
としを經て司位を眞澄鏡千代のかげをばきみぞ見るべき
基俊
返し
萬世に萬世添へて眞澄鏡きみがみかげにならべてぞ見む
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、祝言
我が君は人をかゞみと磨くなり心くもらで千世も仕へむ
法印定
[3]B
題志らず
和歌の浦に二度玉を磨くこそあきらけき世の印なりけれ
入道二品親王法守
貞和の百首の歌奉りし時
天地と共に久しき敷島のみちある御代に逢ふがうれしさ
津守國冬
嘉元の百首の歌奉りける時
我が君は斧の柄朽ちし年を經て民の七世の末に逢ふまで
源有長朝臣
洞院攝政の家の百首の歌に、祝
君が世は豐芦原の秋つすに滿ち干る潮の盡きじとぞ思ふ
藤原經衡
後三條院の御時、大甞會の備中國の歌
はるかにぞ今行く末を思ふべきながをの村のながき例に
前中納言匡房
堀川院の御時、大甞會の近江國の歌
みかみ山岩根に生ふる榊葉の葉がへもせずて萬代や經む
清輔朝臣
高倉院の御時、大甞會の備中國の歌
曇なき玉田の野べの玉日影かざすや豐のあかりなるらむ>
同じき御屏風の歌
遙々とくもりなき世をうたふなり月出が崎の海士の釣舟
權中納言時光
今上の御時、大甞會の御屏風に
時を得てちたの村人幾千度取れども盡きぬ早苗なるらむ
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りける時
敷島の道も今こそ榮えけれよろづ世捨てぬ君がめぐみに
[3] Kanji in place of B is not available in the JIS code table. The kanji is Morohashi's 1721.
衣笠前内大臣
遠きさかひに赴きける人に
立ち歸り何と名殘ををしむらむ心は人にわかれやはする
中務卿宗尊親王
藤原光俊朝書吾妻よりのぼりける時
三年迄なれしさへこそうかりけれせめて別の惜しき餘に
藤原隆信朝臣
吾妻へ行く人に申し遣はしける
東路の野原篠原分け行かば戀ひむなみだを思ひおこせよ
藤原仲實朝臣
堀河院の御時、百首の歌に、別を
とまるべき道にも非ぬ別路は慕ふこゝろや關となるらむ
京極前關白太政大臣家肥後
別れ路はせきも留めぬ涙かな行き逢ふ坂の名をば頼めど
大納言成通
題志らず
暮るゝ間も定なき世と知り乍歸來む日を待つぞはかなき
聖武天皇御製
大原櫻井、遠江の任に侍りける時、其の初雁のたよりにもと奏し侍りける御返しに
おほの浦のそのなか濱に寄る波のゆたにぞ君を思ふ此頃
中納言家持
越中守にて侍りけるが少納言になりて上り侍りける時國の司餞し待りけるに詠める
いはせ野の秋萩しのぎ駒なべて小鷹狩をもせでや別れむ
權中納言兼輔
藤原治方遠江になりて下り侍りけるに餞し侍らむとて待ち侍りけれど詣でこざりければ詠みて遣しける
來ぬ人を待つ秋風の寐覺には我れさへあやな旅心地する
成尋法師母
成尋法師唐土に渡りける時詠み侍りける
唐土へ行く人よりもとゞまりてからき思は我れぞ勝れる
權僧正道我
遠き國へ罷る人秋は必歸るべき由申しければ
限ある命なりせば廻りあはむ秋ともせめて契り置かまし
前大納言爲世
人々を誘ひて難波に月見に罷りて曉上りけるに前中納言實任など潮湯浴みて彼の所に侍りけるが名殘を慕ひける時頓阿、波の上の月を殘して難波江の芦分小舟漕ぎや別れむと申しければ返しに
漕ぎ出づる芦分小舟などか又名殘をとめて障りだにせぬ
前大納言實教
波の上の月殘らずば難波江の芦わけ小舟なほやさはらむ
大僧正行尊
大峰のふきこしと云ふ宿にとまりあひたりける山伏先だちて立ちければ
又いつと逢見む事を定めてか露のうき身を置きて行く覽
土御門院御製
與君後會知何日といふ事を
頼め置く明日の命も知らなくにはかなき物は契なりけり
前大僧正實伊
別の心を
頼まずよこれはある世の別とも又逢ふまでの命知らねば
前大納言爲家
目に見えぬ心ばかりは後れねど獨や山を今日は越ゆらむ
俊惠法師
道因法師みちの國にまかりくだりける時別惜みて人々歌詠み侍りけるに
是を見よ戀しかるべき行く末をかねて思ふにぬるゝ袂ぞ
藤原經尹
都うつりの比、後徳大寺左大臣、太皇太后宮に參りて女房の中にて夜もすがら月を見て物語などして曉歸りける時小侍從送りて出で侍りけるにともにありて申しける
物かはと君が言ひけむ鳥の音の今朝しもなどか悲しかる覽
源頼康
參議爲忠美濃國より都に上り侍りし時詠める
故里に立ち歸るとも行く人のこゝろはとめよ不破の關守
藤原基世
題志らず
哀れ又今年も暮れぬ老が身のおとろへ増る鄙のわかれに
前大納言爲世
藤原景綱吾妻に下り侍りし時鏡の宿へ遣はし侍りける
言の葉になげくとは見よ鏡山慕ふこゝろに影は無くとも
讀人志らず
題志らず
爰にして家やはいづこ白雲のたなびく山を越えて來に鳬
人丸
玉藻刈るとしまを過ぎて夏草の野島が崎に舟ちかづきぬ
貞數親王
亭子院難波に御幸せさせ給うける時詠み侍りける
君が爲浪の玉敷く三津の濱行き過ぎがたしおりて拾はむ
讀人志らず
題志らず
逢坂を打ち出でゝ見れば近江の海白木綿花に浪立ち渡る
大納言通具
千五百番歌合に
泊りするをじまが磯の浪枕さこそは吹かめ與謝の浦かぜ
中納言爲藤
旅泊
今日幾日浪の枕に明け暮れて山の端しらぬ月を見るらむ
如願法師
羈旅の心を
渡の原八十島かけてしるべせよ遙にかよふおきのつり舟
皇太后宮大夫俊成
隅田川故郷思ふ夕ぐれになみだを添ふるみやこどりかな
御製
百首の歌召されしついでに、羈旅
限なくとほく來にけり隅田川ことゝふ鳥の名を慕ひつゝ
前大納言忠良
羈中暮と云ふことを
草むすぶかりほの床の秋の袖露やはぬらす夕ぐれのそら
今出河院近衛
旅の心を
行きなれぬ鄙の荒野の露分けて萎るゝ旅の頃も經にけり
前大納言爲兼
永仁元年八月十五夜後宇多院に十首の歌奉りしに、秋旅と云ふ事を
故郷を忘れむとてもいかゞせむ旅寐の秋の夜半の松かぜ
爲道朝臣
秋の夜もあまた旅寐の草枕露よりつゆにむすび添へつゝ
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、羈旅
大江山こえ行く末もたび衣いく野の露になほしをるらむ
伏見院御製
羈中野といふ事をよませ給ひける
露ふかき野邊の小笹のかり枕臥しなれぬ夜は夢も結ばず
前參議爲秀
題志らず
いつまでか草の枕の白露のおくとは急ぎぬとはしをれむ
藤原宗秀
あづま野の露わけ衣今宵さへ干さでやくさに枕むすばむ
前大納言有忠
元亨二年龜山殿にて題を探りて歌仕うまつりけるに、旅行
都をば夜ふかく出でゝ逢坂の關に待たるゝ鳥のこゑかな
按察使資明
題志らず
關の戸もはや明方の鳥の音におどろかされていそぐ旅人
頓阿法師
中園入道前太政大臣の家にて、朝旅行といふ事を
逢坂の鳥の音とほくなりにけりあさ露分くる粟津野の原
權中納言宗經
野
誰れか又露けき野邊の假寐せむ結び捨てつるくさの枕に
後嵯峨院御製
五十首の御歌の中に羈中衣といふ事をよませ給うける
分け過ぐる千種の花のすり衣おもひ亂るゝ旅のそらかな
大藏卿有家
守覺法親王の家の五十首の歌に、旅
櫻色に春立ちそめし旅ごろも今日宮城野の萩がはなずり
藤原行春
旅の歌に
分け行けど花の千ぐさのはてもなし秋を限の武藏野の原
西行法師
東の方へ修行し侍りけるに白河關にて月のあかゝりければ柱に書き付けゝる
しら河の關屋を月のもるかげは人の心をとむるなりけり
丹波忠守朝臣
元亨元年八月十五夜、内裏の歌合に、關月
今宵こそ月に越えぬれ秋風の音にのみ聞くしら河のせき
後九條前内大臣
羈旅
秋風に今日しら河のせきこえて思ふもとほし故郷のやま
祝部成茂
東へ下りける時詠める
足柄の山路の月にみね越えて明くれば袖に霜ぞのこれる
善了法師
夕旅
行く末は月にや越えむ旅衣日もゆふぐれのさやの中やま
兼好法師
旅のそらいく夕暮に待ち出でゝ山の端變る月を見つらむ
前中納言爲相
題志らず
旅人はまだ出でやらぬ關の戸に月ぞさきだつ有明のそら
後光明峯寺前攝政左大臣
我れならぬ人もやかゝる旅寐して有明の月に物思ふらむ
荒木田氏忠
振り捨てゝ誰かは越えむ鈴鹿山關屋は夜半の月も洩り鳬
中納言家持
旅人のよこをり伏せる山越えて月にも幾夜別れしつらむ
後鳥羽院御製
旅の御歌の中に
さらぬだに都戀しきあづま路に詠むる月の西へ行くかな
伏見院御製
松が根のあらしの枕ゆめ絶えて寐覺の山に月ぞかたぶく
六條入道前太政大臣
元久元年七月宇治の御幸の時の五首の歌に
いほりさす端山が原の假寐には枕になるゝ小男鹿のこゑ
宜秋門院丹後
和歌所の六首の歌合に、旅月聞鹿
松が根のまくらに鹿の聲はして木の間の月を袖に見る哉
源頼貞
題志らず
鴈なきて朝風寒し故里に我が思ふいもやころもうつらむ
正三位知家
寳治の百首の歌に
今宵もや佐野の岡邊の秋風にさゝ葉刈り敷き獨かも寐む
法印長舜
題志らず
笹枕夜はの衣をかへさずば夢にもうときみやこならまし
源業氏
草枕露打ち拂ふそのまゝになみだ片敷く夜はのころも手
前大僧正實超
羈中夢
故里に通ふたゞぢは許さなむ旅寐の夜半の夢のせきもり
左京大夫顯輔
旅の心を
草枕袖のみぬるゝ旅ごろも思ひ立ちけむことぞくやしき
源仲正
吾妻に下りける時宿れりける家に男は無くて女ばかり有りと聞きていひ遣しける
霜さゆる旅寐の床の寂しさをいかにとだにも訪ふ人もがな
讀人志らず
返し
旅ならぬ我も衣を片敷きて思ひやれどもいかゞ訪ふべき
前大納言爲家
白河殿の七百首の歌に、旅宿時雨
唐衣はる%\來ぬる旅寐にも袖ぬらせとや又しぐるらむ
前大納言爲氏
羈旅秋を
里遠き山路の雲はしぐれつゝゆふ日にいそぐ秋のたび人
卜部兼直
冬旅
しぐれつる雲を外山に分け捨てゝ雪に越え行く足柄の關
二品法親王承覺
雪の歌とて詠める
休らはで猶ぞつもらむ降る雪に強ひてや越えむ冬の山道
寂眞法師
甲斐が嶺はなほいかばかり積るらむ早雪深しさやの中山
大藏卿隆博
旅歳暮を
歸るさは年さへ暮れぬ東路やかすみて越えししら河の關
前大納言爲家
題志らず
旅衣はる%\來ぬる八橋のむかしの跡にそでもぬれつゝ
源家長朝臣
道助法親王の家の五十首の歌、旅春雨
宿もがな佐野の渡りのさのみやはぬれても行かむ春雨の比
讀人志らず
題志らず
頼め置く宿し無ければ旅の空暮るゝを道の限りにぞ行く
源季賢
行暮れぬこやに一夜の宿訪ひて難波の芦の假寐をやせむ
法印公順
前大納言爲世詠ませ侍りし春日の社の卅首の歌の中に
今日こそはよそになりぬれ葛城や越えし高間の嶺の白雲
右大臣
百首の歌奉りし時、羈旅
古里を隔て來にけり旅ごろもかさなる山の八重のしら雲
參議雅經
道助法親王の家の五十首の歌に、山旅
立ち歸り又もや越えむ峯の雲跡も定めぬ四方のあらしに
花園院御製
旅の心を詠ませ給うける
深山ぢを夕越え暮れて宿もなし雲居る嶺に今宵かも寐む
入道二品親王尊圓
都思ふ宇津の山道越え侘びぬ夢かと辿るこゝろまよひに
法印定圓
吾妻よりのぼりける道にて
露繁き蔦のしげみを分けこえて岡邊にかゝる宇津の山道
平齋時
小夜の中山をこえ侍りけるに朝霧深く侍りければ
明けぬとて麓の里は出でぬれどまだ霧くらき小夜の中山
性嚴法師
題志らず
孰くにか宿をからまし岩根蹈み重なる山に日は暮れに鳬
從二位家隆
洞院攝政の家の百首の歌に
龍田山夕こえくれぬ大伴の三津のとまりに舟やまつらむ
祝部行親
旅の心を
漕ぎ出でし湊隔てゝ渡の原かさなるくもにかゝるしら波
後岡屋前關白左大臣
貞和二年百首の歌奉りける時
漕ぐ舟の行方も知らぬ浪間より見ゆる小島や泊りなる覽
前大納言爲定
元亨三年十月後宇多院に十首の歌奉りけるに海邊旅といふ事を
渡の原沖漕ぐ舟の寄るべなみ蜑の住むてふ里や訪はまし
後宇多院御製
嘉元の百首の歌召されしついでに、海路を
いかにして人も通はむ渡の原舟と風とのたよりならずば
大炊御門右大臣
保延元年内裏の歌あはせに、海上遠望
見渡せば碧の空に浪かけて泊りも知らぬふなでしにけり
二品法親王守覺
旅の心を
臥しなれぬ鳥籠の浦風身にしみて心浮き立つ波の音かな
前中納言定家
洞院攝政の家の百首の歌に
臥しなれぬ濱松が根の岩枕袖打ちぬらしかへるうらなみ
前内大臣實
百首の歌奉りけるに、千鳥
言とひて幾たび過ぎぬ友千鳥あらいそ波のよるの浮寐に
權僧正果守
入道二品親王覺譽の家の五十首の歌に
臥し侘びぬ芦の葉そよぐ湊風寒く吹く夜の波のまくらに
贈從三位爲子
嘉元の百首の歌奉りける時
身にぞしむかゝる所の夜半も又なれぬ旅寐をすまの浦風
藤原基任
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、旅泊
舵枕いかに定めてゆめも見む浮寐になるゝ人にとはゞや
法印覺寛
道助法親王の家の五十首の歌に、海旅
衣手をしき津のうらの浮枕なみだも波もかけぬ夜ぞなき
平行氏
題志らず
浮枕結びも果てぬ夢路よりやがてうつゝにかへる波かな
權大納言忠基
思ひやれなれたる海士の袖だにも波の浮寐は濡るゝ習を
從三位成清
こゝろして苫引きおほへ浮雲も雨に鳴門の沖つふなびと
法印源意
船泊めて片敷く袖の浦風をたゆたふ波のまくらにぞ聞く
大江茂重
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、旅泊
友誘ふ室の泊りの朝嵐に聲を帆にあげて出づるふなびと
大江貞重
題志らず
憂かりける荒磯波の音までもならはぬ旅に袖ぞしをるゝ
源兼氏朝臣
太神宮の歌合に、羈中月
まどろまで月をぞ見つる寄る浪の荒き濱邊の夜はの假寐に
法眼源承
伊勢島や月に折り敷く濱荻の假寐もさむし秋のしほかぜ
從二位家隆
羈旅を
折り敷かむ隙こそ無けれ沖つかぜ夕立つ波の荒き濱をぎ
人丸
題志らず
草の葉に置きゐる露の消えぬ間に玉かと見ゆる事のはかなさ
日置皇子かくれ給ひける時よみ侍りける
久方の空見る如く仰ぎ見しみこの御門の荒れまく惜しも
額田王
天智天皇かくれさせ給ひける時詠める
かゝらむと思ひしもせば大舟の泊る泊りにしめゆはましを
貫之
題志らず
藤衣おりける糸はみづなれや濡れは増れど乾く間もなし
重之
子におくれて歎きける比輔親が許へ申し遣しける
言の葉に云置く露もなかり鳬忍び草には音をのみぞ泣く
祭主輔親
返し
假初の別ならねば志のぶ草しのぶにつけて露ぞこぼるゝ
道命法師
三條院隱れさせ給うける比郭公の鳴きけるに
足引の山時鳥このごろはわがなく音をやきゝわたるらむ
赤染衛門
題志らず
厭へどもあまり憂き身の長らへて人に後るゝ數積るらむ
新少將
田上と言ふ所へまかりける時關山を過ぎ侍りけるに古へ父俊頼朝臣のもとにまかりし事を思ひ出でゝ車をとゞめてやすらひける時よめる
なき人に行き逢ふ坂と思ひせば絶えぬ泪は堰止めてまし
按察使公通
待賢門院隱れさせ給ひける御忌に籠りて九月盡日申し遣しける
世の中にうかりし秋と思へ共暮行く今日は惜しくやは非ぬ
堀河
返し
限なくけふの暮るゝぞ惜まるゝ別れし秋の名殘と思へば
前中納言定家
題志らず
色は皆むなしきものを龍田川紅葉ながるゝあきもひと時
西行法師
鳥羽院隱れさせ給うて御葬送の夜高野より思はざるに參りあひて詠み侍りける
今宵こそ思ひ知りぬれ淺からず君に契の有る身なりけり
信實朝臣
八條院隱れさせ給ひて後程なく又春花門院失せさせ給ひにけるを鳥羽へ送り奉りけるに詠み侍りける
かゝりける別をしらで山城のとはにも君を頼みけるかな
藤原秀茂
母の終りける面影尚身に添ふ心地し侍りて
今はとて見し面影の更に尚身に添ふ物となりにけるかな
近衞關白前左大臣
歎く事侍りける比詠み侍りける
明暮は身をも離れぬ面影の有りて無きこそはかなかりけれ
前大僧正公豪
浄土寺入道前太政大臣隱れ侍りて後詠める
時の間も忘らればこそ慰まめ面影ばかりうきものはなし
如圓法師
信實朝臣みづから影を寫し置きて侍りけるを身まかりて後見侍りてよめる
思ひ出でゝ見るも悲しき面影を何中々にうつし置きけむ
永陽門院左京大夫
昭慶門院の少將身まかりける時人の許へ申し遣しける
哀とも言ふべき人は先だちて殘る我身ぞ有りてかひなき
前權僧正圓伊
六條内大臣隱れて後法事いとなみ侍りける時申し遣しける
ことわりのならひ違はで垂乳根の跡とふ道は何か悲しき
前中納言有忠
返し
理のたがはぬのみぞうかりける身にもかへてと思ふ別は
源頼時女
題志らず
志ひてこそ世の習ひとは思ひなせ哀たぐひもなき別かな
達智門院兵衛督
寄夢無常を詠み侍りける
世のうさも如何計かは歎かれむはかなき夢と思爲さずば
前大僧正慈鎭
無常の歌とて
世の中のうつゝの闇に見る夢の驚く程は寐てか覺めてか
隆信朝臣
物申しける女の、母の諫によりてつらくのみ有りけるに、かの女身まかりぬと聞きて母の許へ遣しける
君だにも有りて厭はゞ侘びつゝも身のうきのみや歎ならまし
かく申し遣したりける返事に此の人のかぎりに侍りける時はらからなりけるものに、我がなからむ折尋ぬる人あらばこれを見せよとて書き置きたる文を遣したりけるに書きたりける歌
人志れず思ひし事を契置かでうき名をとめむ跡の悲しさ
これに添へて母の遣したりける
通ひける心を知らで厭はせて後は悔しきねをのみぞなく
後伏見院御製
伏見院の御忌の比花園院未だ位におはしましけるに紅葉につけて奉らせ給うける
かき暮す袖の涙にせき兼て言の葉だにも書きもやられず
花園院御製
御返し
色深き袖の泪に習ふらし千しほ八千しほ染むるもみぢ葉
按察使實繼
陽祿門院隱れさせ給ひて後、人のとぶらひて侍りし返事に
思へたゞ連ねし枝は朽ち果てゝ頼む陰なくなれる歎きを
安喜門院大貳
神無月の比法性寺にて母身まかりにける時志ぐれの降りけるに詠める
常よりも志ぐれ/\て墨染の頃もかなしきかみなづき哉
前大納言雅言
後一條入道前關白隱れ侍りし比雨の降りける日申し遣しける
雨とのみ降るは泪と思ひしに空さへくるゝ昨日けふかな
源邦長朝臣
返し
かき暮す泪ばかりにほし侘びて降りける雨も分かぬ袖哉
法眼源承
入道二品親王性助隱れ侍りける又の日雨いと降り侍りしに法眼行濟に遣しける
空だにも猶かきくれて降る雨に涙のそでを思ひこそやれ
法眼行濟
返し
思ひやれ空もひとつにかきくれてあめも泪も志ぼる袂を
境空上人
中園入道前太政大臣隱れ侍りて二尊院にて後のわざし侍りし時あまたのはらからの中にひとり送り侍りし事を思ひて詠める
思はずよ夜半の烟とのぼるまで一人立ち添ふ契ありとは
從三位吉子
同じ所にまかりて思ひつゞけ侍りける
さらに又立ち後れじと慕ふ哉もえし烟のあとをたづねて
前權僧正玄圓
題志らず
昨日と言ひ今日もさきだつ夕烟消え殘る身の哀いつまで
僧正澄經
立ちのぼる野邊の烟や亡き人の行きて歸らぬ限なるらむ
法印經深
母の思ひに侍りける比詠める
脱ぎ更ふる程をもまたで藤衣なげく泪に朽ちや果てなむ
藤原行春
行應法師身まかりて後服脱ぎける時詠み侍りける
此のまゝに思ひやたゝむ脱ぎ更へば名殘も悲し墨染の袖
權大納言長家
民部卿濟信の女にすみ侍りけるが身まかりて後服ぬぎ侍るとて
着しよりも脱ぐぞ悲しき君が爲そめし衣の色とおもへば
大江廣房
父廣茂なくなりて後よめる
送りおきし野原の露をそのまゝにほさで朽ちぬる藤衣哉
鴨長明
旅の歌詠み侍りける中に
遠からぬ遂の住みかを孰くとて野邊に一夜を明しかぬ覽
壽成門院
前坊隱れさせ給ひし比詠ませ給ひける
露消えし草のゆかりを尋ぬれば空しき野邊に秋風ぞふく
藤原俊顯朝臣
春月の歌詠み侍りけるに
思ひいづる春の深山のかげまでも涙に浮ぶ夜半の月かな
西花門院
月あかき夜二條殿にて後二條院の御世の事を思しめし出でゝ
雲の上と見しは野原になりぬれど昔に似たる月の影かな
妙宗法師
九月十三夜にをはりをとりける時みづから書きける歌
明らけき今宵の月にさそはれてむなしき空に今歸りぬる
源高秀
無常の心を
行く末を思ふに袖のぬるゝかなつひにのがれぬ道芝の露
式部卿久明親王
女の身まかりけるをとぶらひて四種の供養し侍りける時枕にかきつけ侍りける
今はわれ誰とともにかならぶべき古き枕ぞみるも悲しき
後宇多院宰相典侍
母の思ひに侍りける比おなじ歎きする人の許へ申し遣しける
しられじな同じうき世の別路によその哀れも袖濡すとは
法印榮運
老の後成運法印が卅三年の佛事いとなみ侍るとて
なき跡の三十ぢ餘りの三年迄とふにぞ老の憂さも忘るゝ
江侍從
枇杷の皇太后宮隱れさせ給ひて後御帳の内を何となく見入れ侍りければしかせ給ひたりけるあやめの草の侍りけるをみてよめる
玉貫きし菖蒲の草は有り乍ら夜床は荒れむ物とやは見し
權大納言義詮
等持院贈左大臣隱れて後五月五日詠み侍りける
菖蒲草今年はよそに見る袖にかはりてかゝる我が涙かな
性威法師
又の年三月つごもりの日常在光院にて詠み侍りける
又もこむ春だにも憂き別路にこぞをかぎりの跡ぞ悲しき
出羽辨
大納言經信服に侍りける又の年申し遣しける
戀しさや立ち増るらむ霞さへ別れし年をへだて果つれば
大納言經信
返し
別れにし年をば霞隔つれどそでの氷はとけずぞありける
上東門院
後朱雀院隱れさせ給ひて後白河殿にかき籠らせ給ひて月日の行くもしらせ給はざりけるに今日は七月七日と人の申しける事を聞かせ給ひて
今日とても急がれぬ哉なべて世を思ひうみにし七夕の糸
廉義公
清愼公隱れて後かのつくりて置きて侍りける住の江のかたを見て詠み侍りける
永き世のためしと聞きし住の江の松の烟となるぞ悲しき
祝部成仲
子に後れて歎きける比都に侍りけるむすめの許へつかはしける
もろ共に越えまし物を死出の山又思ふ人なき身なりせば
女
返し
君が爲いとゞ命の惜しき哉斯るうき目をみせじと思へば
前參議教長
久安の百首の歌に
水の面に浮べる玉の程もなく消ゆるをよその物とやは見る
二品法親王慈道
身まかりて侍りけるわらはの爲に佛事いとなみける人に遣しける
よそ迄も袖こそぬるれあだし野や消えにし露の秋の哀に
法印實性
歎く事侍りけるを程經てとひける人の返り
ごとに
日數ふる後も今さらせき兼ねつとふにつらさの袖の涙は
己心院前攝政左大臣
題志らず
露の身をはかなき物と思ひしる心ぞやがて空しかりける
從二位家隆
雨中無常
末の露淺茅がもとを思ふにも我が身一つの秋のむらさめ
少僧都源信
題志らず
朝顏のあだにはかなき命をばつとめてのみぞ暫し保たむ
頓阿法師
贈從三位爲子身まかり侍りし比蝉のもぬけたるを朝顏の花に付けて前大納言爲定の許に申し遣しける
空蝉の世のはかなさを思ふには猶あだならぬ朝がほの花
前大納言爲定
返し
空蝉は空しきからも殘りけりきえて跡なきあさ顏のつゆ
前中納言惟繼
同じ頃願文の草あつらへける書きて遣すとて包み紙にかき侍りける
歎くらむ心を汲みて數々に書くも悲しきみづぐきのあと
中納言爲藤
返し
書き流す此の水莖の跡なくばしたにぞむせぶ歎ならまし
祝部成光
正三位成國身まかり侍りし頃よみ侍りける
とてもかく假の世ならば假にだになど亡き人の歸らざる覽
中務卿宗尊親王
從一位倫子の思ひに侍りける頃
はかなくもこれを形見と慰めて身に添ふ物は涙なりけり
順徳院御製
後鳥羽院隱れさせ給うて後御惱の程の御文を御覽じて
君もげに是ぞ限の形見とは知らでや千世の跡をとめけむ
同じ御歎きの頃月を御覽じてよませ給うける
同じ世の別はなほぞ忍ばるゝそら行く月のよその形見に
隆信朝臣
美福門院隱れさせ給ひける御葬送の御供に草津と云ふ所より舟にて漕ぎ出でける曙の空の景色浪の音折から物悲しくてよみ侍りける
朝ぼらけ漕ぎ行く跡に消ゆる泡の哀れ誠にうき世
なりけり
伊勢
題志らず
石清水いはぬ物から木がくれてたぎつ心を人は知らなむ
人丸
空に知る人はあらじなしら雪の消えて物思ふ我が心とは
笠女郎
中納言家持に遣しける
つくま野に生ふる紫衣に染め未だ着ずして色に出でに鳬
圓融院御製
中將のみやす所に給はせける
思ひあまる烟や立ちておのづから心の空の雲となるらむ
邦世親王
寄烟戀といふ事を
人知れぬ忍の浦の夕けぶり思ひ立つより身はこがれつゝ
中園入道前太政大臣
貞和の百首の歌奉りし時
人知れぬ心ばかりにさそはれて迷ふ戀路はとふ方もなし
從三位行能
道助法親王の家の五十首の歌に、寄雲戀
夕暮の空にはかなく行く雲の路なきみちに思ひ立つらむ
從二位家隆
光明峯寺入道前攝政の家の百首の歌に、名所戀を
葛城や高間の山にさすしめのよそにのみやは戀ひむと思ひし
殷富門院大輔
題志らず
野にも非ず山にも非ぬ戀路にも入るより袖ぞ露けかりける
前中納言定家
光明峯寺入道前攝政の家の百首の歌に、名所戀
甲斐が嶺に木の葉吹きしく秋風も心の色をえやは傳ふる
前大納言實明女
百首の歌奉りし時、寄風戀
おのづから吹きかふ風の便にも思ふ心をつたへてしがな
讀人志らず
題志らず
木の間より影のみ見ゆる月草のうつし心はそめてし物を
前大納言經繼
文保の百首の歌奉りける時
月草のはつ花染のしたごろも下にうつるを見る人ぞなき
聖尊法親王
欲言出戀
かくとだに岩間にむせぶ谷水の洩さばかよふ心ともがな
法印定爲
嘉元の百首の歌奉りける時
谷蔭や岩間をせばみ行く水のわき返るとも知る人ぞなき
源氏經朝臣
戀の歌の中に
洩すなよ木の葉にうづむ谷水の底の心はわきかへるとも
大藏卿隆博
我が袖にありとやいはむ吉野川絶えず落つなる瀧の水上
讀人志らず
あさき瀬ぞ浪は立つらむ吉野川ふかき心を君は知らずや
躬恒
延喜十三年亭子院の歌合に、戀をよめる
涙川いかなる水かながるらむなど我が戀をけつ人のなき
權中納言實直母
題志らず
よしさらば洩るに任せむ涙川流れの末に逢ふ瀬ありやと
前大納言爲氏
弘安元年百首の歌奉りける時
山川のたぎつ心もせきかねつ思ふにあまる袖のなみだに
平常顯
題志らず
袖に落つる瀧の白糸打ちはへて苦しき中に結ぼゝれつゝ
達智門院兵衛
忍戀の心を
堰きかねて落つる計りぞ今も猶音には立てぬ袖の瀧つ瀬
土御門院小宰相
九條前内大臣の家の百首の歌合に
洩すべきひまこそなけれしのぶ山しのびて通ふ谷の下水
兼好法師
忍久戀
忍山またことかたに道もがなふりぬる跡は人もこそ知れ
平忠度朝臣
互忍戀と云ふ事を
戀ひ死なむ後の世までの思出は忍ぶ心のかよふばかりか
前大僧正慈鎭
建仁二年、影供歌合に、忍戀
暫しこそ卯の花がきのほとゝぎすいつか袂は五月雨の空
皇太后宮大夫俊成女
人知れず思ひしのぶの山風に時ぞともなき露ぞこぼるゝ
西園寺内大臣女
戀の歌の中に
いかにせむ忍ぶもぢずりとにかくに思ひ亂るゝ袖の泪を
正三位知家
光明峯寺入道前攝政の家の歌合に、寄衣戀を
唐藍の八しほの衣ふかけれどあらぬ泪のいろぞまがはぬ
從二位宣子
文保の百首の歌奉りける時
打ちつけに思ひそめける心かなやがて千しほめ袖の泪は
權中納言公雄
嘉元の百首の歌奉りける時、忍戀
せきかへす泪をかねて思ふ哉朽ちなむ袖の果はいかにと
贈從三位爲子
せきかへす便だになく悲しきは袖にもしのぶ涙なりけり
常元法師
題志らず
遂にさて瀬々に朽ぬる袖ならば洩らぬ涙のかひやなからむ
前大納言爲定
正和五年九月十三夜後醍醐院みこの宮と申しける時五首の歌召されけるに、月前忍戀
いかにして泪つゝまむ影やどす月こそ袖の色に出づとも
平英時
題志らず
誰ゆゑの涙と人の思ふらむ知らせぬ先に濡るゝたもとを
前參議爲嗣
袂こそ涙ほす間もかたからめ心をさへにさのみしぼらじ
法印覺爲
寄山戀
夕時雨もる山かげに立ち濡れて移ろふ袖の色やまがへむ
常磐井入道前太政大臣
寳治二年百首の歌奉りし時、寄雨戀
こがれ行くよその紅葉にくらべみよ袂にかゝる秋の村雨
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、寄杜戀
露はまづ色にや出でむ思ふともいはでしのぶの森の下草
法眼源承
入道二品親王性助の家の五十首の歌に
知られじなしのぶの杜の下草に置添ふ露は結ぼゝるとも
大藏卿隆博
文永七年閏九月、内裏の三首の歌に、寄菊久戀
積りては袖にも淵となりやせむ泪はきくの露ならねども
右兵衛督教定
忍久戀を
かくしつゝ年も經にけり言の葉の人傳ならぬ便待つ間に
花園院御製
戀雜物と云ふ事を
いとせめて忍ぶる中の玉章はおもふ限を書きもつくさず
入道二品親王尊圓
忍通書戀
散すなよしのぶの杜の言の葉に心の奥の見えもこそすれ
祭主輔親
始めて女のもとに遣しける
思ひつゝこゝらの年を志のぶ草忍ぶる程に摘みてける哉
深養父
題志らず
年を經てちりのみつもる泪かな床打ち拂ふ人しなければ
忠房親王
文保の百首の歌に
云出でゝ難面からずば年月を忍び來つるや悔しからまし
平行氏
題志らず
人知れぬ涙の玉のおのれのみ思ひくだけて年ぞ經にける
權律師則祐
洩さじと何忍ぶらむ數ならぬ身を知らでこそ思初めしか
大納言師賢
せきかへす袖の涙のたま葛かけても知らじ色し見えねば
等持院贈左大臣
遂に我が心や色にあらはれむ暫しは包むうき名なりとも
藤原基任
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、忍戀
かくばかり忍ばざりせば戀しさの一方にのみ物や思はむ
後西園寺入道前太政大臣
弘安の百首の歌奉りける時
戀すてふみをの杣人朝夕に立つ名ばかりはやむ時もなし
山階入道前左大臣
寳治二年百首の歌奉りける時、寄鳥戀
芦鴨のおりゐる池の水波の立つこと易き我が名なりけり
爲道朝臣
寄霞戀といへる事を
如何せむ空に霞の立つ名のみ晴れぬ戀路に迷ひ果てなば
[4]C子内親王
戀の歌の中に
せめて猶慰む方もありなまし逢ふにしかふる浮名
なりせば
藤原長秀
いつしかと我が名は立ちぬ敷妙の枕に誰か知せ初めけむ
法眼行經
忍戀の心を
洩さじと抑ふる袖ぞなか/\に人目にあまる泪なりける
中宮大夫公宗母
忍遇戀
顯れていつ名に立たむ關守の打ちぬるひまの數も積らば
源光明
題志らず
越え侘ぶる逢坂山の關よりもよそに洩る名ぞ苦しかりける
平重基
憂き人の心の關となり果てゝ猶越えがたきあふさかの山
前大納言爲氏
建長元年、五首の歌に、寄山戀
富士のねや燃えつゝとはに歎きてもならぬ思の果ぞ悲しき
常磐井入道前太政大臣
寳治の百首の歌奉りける時、寄烟戀
駿河なる山は富士のね我が
ごとや絶えぬ烟に結ぼゝるらむ
入道二品親王道助
家に五十首の歌よみ侍りけるに、同じ心を
富士のねや絶えぬ烟の行方だに知らぬ思に年の經ぬらむ
民部卿爲明
貞和二年百首の歌奉りし時
富士のねのとはに燃ゆれば憂き人や珍しげ無く思ひけつ覽
頓阿法師
關白前左大臣の家に題を探りて歌よみ侍りけるに、寄烟戀を
こと浦になびかぬ程ぞ夕けぶり我が下燃えの頼なりける
小侍從
男のつらくあたりけるに遣さむとて請ひける人に代りて
靡きける我が身あさまの心からくゆる思に立つけぶり哉
前大納言爲定
百首の歌奉りし時、寄烟戀
憂きなかは契あさまの夕烟我が爲燃ゆと見やはとがめむ
素暹法師
戀の歌の中に
神代より烟絶えせぬ富士のねは戀や積りて山となるらむ
權少僧都寛耀
ほとりぬる枕の塵のつもりてや空しき床の山となるらむ
人丸
相思はぬ妹を何せむ鳥羽玉の今宵も夢に見えもこなくに
兵部卿元良親王
夢にだに見るべき物を寐覺めつゝ戀ふる心は行く方もなし
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
思ひ寢の夢のうき橋とだえして覺むる枕に消ゆる面かげ
權中納言公雄
文保の百首の歌奉りける時
現には忘れやはする憂き事の夢こそさむる程なかりけれ
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、寄橋戀
人はよも心かよはじ宵々の我が思ひ寐のゆめのうきはし
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りける時
憂き人の心には非で思ひつゝぬればぞ見ゆる夢は頼まじ
從三位爲信
寄夢戀
まことなき夢のたゝぢの面かげは誰が僞に通ひ初めけむ
前右兵衛督爲教
せめて猶現につらき慰めとぬる夜の夢を待つも果敢なし
祝部成景
寐ぬる夜の夢に越えける逢坂や人も許さぬ關路なるらむ
前中納言定家
承久二年土御門院に奉りける三首の歌に、夜長増戀
秋の夜の鳥の初音はつれなくてなく/\見えし夢ぞ短き
後久我太政大臣
建保五年、内裏の歌合に、冬夜戀
消え侘ぶる霜の衣をかへしても見し夜まれなる夢の通路
八條院高倉
長き夜に氷かたしき臥し侘びぬまどろむ程の涙ならねば
正二位隆教
文保三年百首の歌奉りける時
逢はぬ夜のつらさ重なるさ莚にかたしく物は涙なりけり
安嘉門院四條
歳暮戀といふ事を
逢ふ迄と憂きに堪たる月日さへせめて難面く暮るゝ年哉
前大納言爲氏
逢ふ迄と頼みしまゝに年暮れて契も知らず行く月日かな
[4] Kanji in place of C is not available in the JIS code table. The kanji is Morohashi's kanji number 24776.
前大納言爲家
光明峯寺入道前攝政の家の戀の十首の歌合に、寄糸戀
逢ふまでの契も待たず夏引の手びきの糸の戀のみだれは
芬陀利花院前關白内大臣
文保三年百首の歌奉りける時
逢ふ事はなほかた糸にぬく玉の心よわくぞ思ひみだるゝ
八條院高倉
寳治二年百首の歌奉りし時、寄玉戀
消えね唯何ぞはあだの言の葉にかけてもつらき袖の白玉
藤原隆祐朝臣
題志らず
徒に年は經にけり玉の緒のながらへばとも契りやはせし
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時、寄篠戀
玉笹の葉分の露の消えぬべく思ふとまでは知る人やなき
讀人志らず
貫之が家の歌合に
秋萩に置く白露の消えかへり人を戀しとおもふころかな
赤染衛門
十月ばかりに女のもとへ遣はさむとて男のよませ侍りけるに
霜枯の野べに朝吹く風の音の身にしむ計り物をこそ思へ
前大納言良教
寄露戀
我が戀は草葉にあまる露なれや置き所なく身を歎くらむ
式子内親王
百首の歌の中に
我が袖はかりにも干めや紅のあさはの野らにかゝる夕露
權大納言公實
堀河院の御時奉りける百首の歌に
憂しとのみ人の心をみしま江の入江の眞菰さぞ亂るらむ
土御門院御製
寄鏡戀の心を
ます鏡戀しき人は見えなくに我が面かげの何うつるらむ
法印定爲
嘉元の百首の歌奉りける時
我がなかは遠山鳥のます鏡よそにも人のかげをやは見る
權中納言實直母
題志らず
山鳥のをろの鏡のよそながら見し面影にねこそなかるれ
鴨祐夏
いつまでかよそにのみして天雲の隔つる中に戀渡るべき
後岡屋前關白左大臣
逢ふ迄と頼をかけし玉の緒の弱るばかりに年ぞ經にける
伊勢大輔
男のずゝを置きてつとめて取りにおこせたりけるに遣しける
人しれぬ思の玉のをだえなば何してあはぬ數をとらまし
壽成門院
題志らず
戀死なぬ命ばかりはおなじ世の契ありとや猶たのまゝし
藻壁門院但馬
寳治の百首の歌奉りける時、寄湊戀
湊入の蘆間を分けてこぐ舟も思ふなかには障らざりけり
讀人志らず
延喜十三年、亭子院の歌合に、戀
蘆間より難波の浦を引く舟の綱手ながくも戀ひ渡るかな
基俊
題志らず
なぞもかく天の戸渡る海士小舟舵とる間なく物思ふらむ
和泉式部
與謝の海の蜑の所爲と見し物をさも我がやくと汐たるゝ哉
道曉法師
逢ふ事は堅田の浦のおきつ浪立つ名ばかりや契なるらむ
後深草院少將内侍
汐垂るゝ身をば思はず異浦に立つ名苦しき夕けぶりかな
後伏見院御製
戀の歌とてよませ給うける
逢ふ事も身には渚に寄る浪のよその見る目にねこそなかるれ
權中納言時光
百首の歌奉りし時、寄藻戀
いつまでか思ひ亂れむ徒におきつ玉藻のみがくれにして
前大納言爲定
文保の百首の歌奉りけるに
如何にせむ唐土船の寄る方も知らぬに騷ぐ袖のみなとを
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
逢ふことは浪路遙にこぐ舟のほの見し人に戀ひや渡らむ
前參議爲秀女
題志らず
寄る舟の便はなくていたづらに我が身こがるゝ床の浦浪
賀茂成助
春の立ちける日女の許へ遣しける
春立てば空の景色の變るかなつらき心もかゝらましかば
太宰大貳高遠
櫻の花につけて或る女に遣しける
隔てたる霞の間より散る花は忍ぶに餘るこゝろとを知れ
基俊
年頃物申し渡りけれどいとつれなくてやみ侍りけるに、女のいかゞ思ひけむ、いと面白く咲きたる花をおこせたりければ言ひ遣しける
如何にして花の下紐解けにけむ人の心はありしながらに
洞院攝政左大臣
光明峯寺入道前攝政の家の戀の十首の歌合に、寄帶戀
紫の濃染のおびのかたむすび解けてぬる夜の限知らせよ
後堀河院民部卿典侍
かりそめに結び捨てける下帶をながき契となほや頼まむ
祖月法師
題志らず
思へどもえぞ岩代のむすび松打ちとけぬべき心ならねば
謙徳公
杉立てる宿も教へずつらければ三輪の山邊を誰に問はまし
行乘法師
祈らずよ泊瀬の檜原時雨にも露にも染めぬ色を見むとは
八條入道内大臣
御祓せし神も受けずば立返りつらき人をや又かこたまし
三善爲連
神だにも靡かぬ中のゆふしでは何にかくべき頼なるらむ
前大納言爲定
依戀祈身
戀死なぬ身の難面さを祈るより思絶えぬと神や知るらむ
關白左大臣
百首の歌奉りし時、寄杜戀
時雨する生田の杜の初紅葉日を經てまさる色に戀ひつゝ
從三位行尹
正和五年九月盡日後醍醐院いまだみこの宮と申しける時十首の歌召しけるに、見不逢戀
時雨れ行く雲の絶間の峰の松見ずば難面き程も知られじ
從三位爲理
逢ふ事を暫しはかけじ沖つ浪よそのみるめの絶えもこそすれ
中納言爲藤
いもせ山中なる瀧の音にのみ聞かぬばかりを猶や頼まむ
藤原輔相
人に對面せむといひ送り侍りし返り事は無くて小石を送りければ
逢ふ事の渚にひろふ石なれや見れば涙のまづかゝるらむ
前大納言爲兼
題志らず
海士の刈るみるめはよその契にて汐干も知らぬ袖の浦浪
藤原爲清
海士のたく藻に住む虫に非ねども我から戀に身を焦す哉
前大納言爲世
我が中は浦より遠に置く網の引けども寄らぬ程ぞ苦しき
常磐井入道前太政大臣
女の許に遣しける
うらみても年經る蜑の釣のをのうけくに浮ぶ涙とを知れ
源藤經
寄關戀と云ふ事をよめる
清見潟あふ事なみの關もりは我が通路に打ちもたゆまず
法印長舜
題志らず
關守の心も知らず逢坂を我がかよひ路とおもひけるかな
從二位爲子
嘉元の百首の歌奉りける時
聞くもうし誰を勿來の關の名ぞ行逢ふ道を急ぐこゝろに
前大納言隆房
題志らず
如何にまた心ひとつの通ひ路も末は勿來の關となるらむ
伏見院御製
寄布戀といふ事をよませたまうける
世と共に胸あひ難き我が戀のたぐひもつらき今日の細布
讀人志らず
中納言匡房のいへの歌合に、戀の心を
戀しきもつらきも同じ思ひにてやむ時もなき我が心かな
實方朝臣
戀の歌の中に
哀てふ言の葉いかで見てしがな侘果つる身の慰めにせむ
小少將
あだに置く露の情の言の葉に我が命さへかゝる果敢なさ
源頼康
憂きに猶堪ける年を數ふれば我が難面さの程ぞ知らるゝ
權大納言義詮
聞戀と云ふ事を
存へて同じ浮世にありとのみ聞くや我が身の頼なるらむ
法印良憲
題志らず
つれなさの限も知らず同じ世に命あらばと頼む果敢なさ
前大納言爲兼
かひなしや憂きになしても一方に思ひもこりぬ心弱さは
前中納言隆長
元亨三年八月大覺寺殿に行幸ありて人々題をさぐりて歌仕うまつりける時、不逢戀
逢ふまでは結ばざりける先の世の報しられて憂き契かな
前大納言公蔭
戀契と云ふ事を
世々かけて我さへつらし報ありて憂きに引かるゝ契と思へば
善源法師
戀の歌の中に
報ある世とも知らでや憂き人の心の儘につれなかるらむ
前大納言實教
嘉元の百首の歌奉りける時、不遇戀
あらましに慰むほどの契だにわが心よりおもひ絶えにき
俊惠法師
題志らず
逢ふにだにかへむ命は悲しきに憂き人故に身をや捨つべき
前大納言爲氏
二品法親王性助の家の五十首のうたに
戀死なむ後の世とても如何ならむ生きて難面き人の心は
藤原基任
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、不遇戀
難面しとよそにや見えむ逢ふ事に人の換ねばいける命を
金光院入道前右大臣
戀の歌の中に
逢見ての後のつらさをせめてなど歎く計りの思出もがな
法印定煕
さりともと果敢なく頼む心こそつれなき中の契なりけれ
宗惠法師
逢ふ事にかへもこそすれ惜からぬ我が命とは人に語らじ
三善信方
訪はれぬも憂き身の咎と思ふこそせめても慕ふ心
なりけれ
殷富門院大輔
何か思ふ強ても言はじうき身をは厭ふもさこそ苦しかるらめ
寂蓮法師
千五百番歌合に
伊勢の海の潮瀬に靡く濱荻の程なきふしに何しをるらむ
冷泉前太政大臣
建長二年、鳥羽院にて、寄水戀を
せきとむる山井の水の影にだに見ずば袂を絞らましやは
永福門院
題志らず
人心淺きにまさるおもひ川浮瀬に消えぬみづからもうし
藤原頼清朝臣
人知れぬ心のうちのおもひ川流れて末のたのみだになし
按察使實繼
百首の歌奉りし時、寄橋戀
年を經て戀ひわたる身の苦しさを哀とは思へ宇治の橋姫
源頼康
寄川戀
思ひかね宇治の川長
こととはむ身の浮舟も寄るべありやと
大藏卿有家
名所の歌の中に
最上川人のこゝろのいな舟も暫しばかりと聞かば頼まむ
式乾門院御匣
題志らず
水の上の泡と消えなば戀瀬川ながれて物は思はざらまし
前參議爲秀
そこひなき淵となりても涙川したに心のさわぎやはせぬ
山本入道前太政大臣
逢ふ瀬なき涙の川の澪標つらきしるしに朽ちや果てなむ
權大僧都信聰
いかなれば人に心をそめ河の渡らぬ瀬にも袖ぬらすらむ
前中納言匡房
すけしげがむすめを云ひ渡りけるに下野守よしつなに逢ひぬと聞きて云ひ遣しける
烟立つ室の八島にあらぬ身はこがれし事ぞ悔しかりける
平忠度朝臣
戀の歌の中に
浮世をば歎きながらも過し來て戀に我身や堪ずなりなむ
法印村基
さてしもぞ命は最ど惜からむ逢ふにはかへじ戀は死ぬとも
伴周清
逢ふ事にかへぬ命ぞよそながらなか/\長き契なりける
小侍從
身の憂さを思ひも知らぬ物ならば何をか戀の慰めにせむ
鷹司院帥
寳治の百首の歌奉りける時、寄枕戀
敷妙の枕もうとくなるまでにさても寢ぬ夜の積りぬる哉
源頼隆
題志らず
戀ひ侘ぶる袖の涙をその儘にほさでかた敷く夜半のさ莚
源宗範
逢ふ事はかたしき衣さ莚に寢ぬ夜かさねて濡るゝ袖かな
藤原雅冬朝臣
百首の歌奉りし時、寄衣戀
ひとりぬる泪の床の濡衣逢ふ夜も知らで朽ちや果てなむ
鷹司院按察
戀の歌の中に
幾夜われおしあけ方の月影にことわりならぬ物思ふらむ
後醍醐院御製
おのづから慰むやとて眺むれば月見ぬよりも濡るゝ袖哉
土御門院御製
百首の御歌の中に
行き逢はむ程をば知らず住吉の松の絶間のちぎの片そぎ
新少將
題志らず
待つ人も梢にかゝる空蝉のうき身からにや音づれもせぬ
前大納言爲家
果敢なしや誰が僞のなき世とて頼みし儘の暮を待つらむ
土御門入道前内大臣
龜山殿の十首のうたに、忍待戀
さりともと心ひとつに頼むかな人の知るべき夕ならねば
前大僧正道意
戀の歌の中に
わくらばに待てと頼むる言の葉の僞ならぬゆふ暮もがな
後九條前内大臣
秋戀の心を
秋の雨に桐の葉落つる夕暮を思ひ捨つるぞ待つに勝れる
藤原信實朝臣
光明峰寺入道前攝政の家の戀の十首の歌合に、寄莚戀
徒にくらせる宵のさむしろは夢を頼みて寢むかたもなし
惟宗光吉朝臣
夜戀を
歎侘び逢ふと計りをいかにして暮せる宵の夢にだに見む
源貞世
題志らず
侘びぬれば今宵も獨ぬるが内に見えつる夢や強て頼まむ
權大納言長雅
寄衣戀と云ふ事を
これも亦待つとや云はむ小夜衣かへす夢路の頼ばかりに
後照念院關白太政大臣
嘉元の百首の歌奉りけるに、待戀
よしさらば待たじと思ふ夕こそ我が心さへ頼みがたけれ
大江廣秀
戀の心を
筏おろす杣山河のはやき瀬にさはらぬ暮と思はましかば
馬内侍
年ごろ語らひける人のこの夕人の婿なるべしと聞きて筏をつくりて書きてやりける
大井川人目もらさぬ今日やさは杣の筏士くれを待つらむ
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時
待ちなれし夕暮ごとに小蜑のいとも苦しく物をこそ思へ
徽安門院一條
頼めしもまだ知る人は無き物をことにな立てそ松の夕風
權大納言宣明
忍待戀
このくれも音にな立てそ志のぶ山こゝろ一つの峯の松風
賀茂雅久
題志らず
等閑の言の葉にのみ聞き慣れて頼むばかりの夕暮もなし
藤原爲冬朝臣
僞の憂きにも堪へて待たれけり身はならはしの夕暮の空
從三位藤子
僞の言の葉まではたのむとも契らぬ暮の待たれずもがな
大江忠幸
待つ人は今宵もいさや入日さすとよはた雲の夕ぐれの空
彈正尹邦省親王
臨期變約戀の心を
この暮に驚かさずばかはりける契も知らで猶や待たまし
從二位爲子
伏見院に奉りける三十首の歌に
頼めねば僞とだにかこたれて我が慰めにしひて待つ夜は
後西園寺入道前太政大臣
五首の歌合に、戀夕
一かたに待ちもやせまし僞の憂きにならはぬ夕なりせば
津守國冬
文保三年百首の歌奉りける時
僞は待たれしまでのなさけにてなか/\つらくなる契哉
後醍醐院女藏人萬代
題志らず
いつはりの契なりとも頼みてや變らば喞つ言の葉にせむ
入道親王尊道
待戀の心を
かくばかり待たれずもがな僞と思ひしまゝの心なりせば
讀人志らず
女の許より山吹につけて申し侍りける
頼めこしうき僞をつらしとも云はぬに見ゆる花の色かな
淨妙寺關白前右大臣
返し
いはで唯あだに移ろふ花にこそとへと思はぬ色も見えしか
讀人志らず
題志らず
世の中に絶えて僞なかりせばたのみぬべくも見ゆる玉章
源孝朝
連夜待戀と云ふ事を
果敢なしや暮るゝ夜毎の僞に何時までこりぬ心なるらむ
中納言爲藤
嘉元の百首の歌奉りし時
果敢なくて待つらむとこそ僞に契りし人は思ひ出づらめ
法印淨辨
題志らず
僞の契ならずばおのづから人もひと目のひまや待つらむ
中務卿宗尊親王
こぬまでも慰むものを僞のなき世なれとは誰か云ひけむ
贈從三位爲子
嘉元の百首の歌奉りけるに
契ればと頼むも悲しいつはりの無き夕暮にいつ習ひけむ
廉仁王
待戀の心をよみ侍りける
幾夜まで待ち明せとて憂き人の猶いつはりの數積るらむ
大藏卿隆博
戀の心を
いつまでかこぬ夜數多と恨みても流石待たれし夕
なりけむ
如雄法師
僞のむなしきかずの積るより夕ぐれをさへ恨みつるかな
權律師則祐
いつはりと思はで頼む暮もがな待つ程をだに慰めにせむ
前中納言基成
題志らず
さゝがにのいとかき絶えし夕より袖にかゝるは涙
なりけり
[5]A子内親王
さりともと夕けの卜の今宵さへ逢はずば頼むかひや無からむ
前大納言忠季
戀の歌の中に
頼めてもいかゞと思ふ宵の間の雨にぞいとゞ待弱りぬる
花園院御製
自から人まありともつげてまし誠に通ふこゝろと思はゞ
前中納言爲相
僞もかぎりあらばと頼む夜のいくたび更けて獨ねぬらむ
頓阿法師
前大納言爲世の家に十首の歌よみ侍りしに、深夜待戀
更けぬるを恨みむとだに思ふ間に來ぬ夜知らるゝ鳥の聲哉
照慶門院一條
嘉元の百首の歌奉りけるとき、待戀を
待たじとは思ふ物から更くる夜のつらきや何の心なる覽
法皇御製
貞和の百首の歌召しけるついでに、戀の御歌
今宵さへ空しく更くる燈の消えなで明日もあらむ物かは
關白前左大臣
更くる迄猶こそ頼め今宵ぞと云はぬをだにも待ちし心に
土御門院御製
寄露戀を
宵の間は出でゝ拂はむと思ひしに先だつ袖の露ぞ怪しき
彈正尹邦省親王
寄月戀
憂き人の面かげ添へて頼む夜も來ぬ夜も獨月を見るかな
菅原在夏朝臣
つれなさの限をぞ知るたのめつゝ來ぬ夜の月の有明の空
前中納言冬定
月前待戀といへる事を
今宵またむなしき袖に更けぬとは涙に宿る月ぞ知るらむ
左兵衛督基氏
宵の間の繁き人めのやすらひに待つ程過ぎて月ぞ更行く
大納言顯實母
頼めずばさても寢ぬべき宵々のつらさにかへて月を見る哉
是法法師
題志らず
君待つと人には云はぬ僞もいく夜になりぬ山のはのつき
源信武
僞と思ひも知らず待たるゝやこゝろに絶えぬ契なるらむ
前中納言雅孝
文保の百首の歌奉りける時
待てばこそ恨もまされ僞に思ひなしてやうちも寐なまし
源師光
寄水鷄戀を
眞木の戸を敲く水鷄をそれかとも驚くまでに訪はぬ君哉
高階重直
題志らず
眞木の戸はさして今宵も明けに鳬障ると言はで何待たる覽
大藏卿長綱
蘆間行く入江の舟のつな手繩さはるやよそに心引くらむ
源光行
頼めつゝ來ぬ夜に豫て習はずば今日やつらさの始ならまし
大中臣行廣朝臣
頼めつゝ來ぬ夜の數は積れども待たじと思ふ心だになし
讀人志らず
菅家萬葉集の歌
思ひつゝ晝はかくても慰めつ夜ぞ侘しきひとりぬる身は
昌義法師
題志らず
僞となにか喞たむ思はねば訪はぬぞ人のまことなりける
法印隆淵
立ちかへりなほこそ頼め僞も積らば人やおもひ知るとて
津守國夏
せめて唯更行く鐘ぞ待たれける忘れて來ずば驚かせとて
能譽法師
頼めてもこぬみの濱の沖つ風何いほざきの松に吹くらむ
忠見
戀の歌の中に
夢の
ごとなどか夜しも君を見む暮るゝ待つ間も定なき夜を
惟宗忠貞
夢とだに思ひも分かぬ契哉闇のうつゝのさだかならねば
權少僧都寛耀
前關白左大臣近衛のいへにて、寄鳥戀
浮名のみ立つあだ波の淺き瀬は通ふかひなき鳰のした道
讀人志らず
題志らず
憂きふしと中々なりぬさゝ枕結ぶひと夜の夢のちぎりは
關白前左大臣
百首の歌奉りし時、寄枕戀
忘れじな一夜のふしのさゝ枕人こそかりに思ひなすとも
後宇多院御製
嘉元の百首の歌召されけるついでに、初逢戀
戀ひ死なば悔しかるべき契かな命ぞ人のなさけなりける
贈從三位爲子
待遇戀と云へる事を
さすがまた限ありける契とや命つれなくたのみ來つらむ
權少僧都經賢
忍逢戀といふ事をよみ侍りける
斯てしもあり果つまじき契とや逢ふ夜を人の猶忍ぶらむ
民部卿爲明
貞和二年、百首の歌奉りし時
逢坂の木のしたかげの岩清水ながれてむすぶ契ともがな
信實朝臣
稀會戀を
自づから逢ふ夜稀なる契をば忍ばずとても誰か知るべき
從三位宣子
さ莚の塵は拂はじ逢はぬ夜の積れるかずも思ひ知れとて
頓宗法師
民部卿爲明の家に歌よみ侍りしに、遇戀を
恨むべき言の葉ぞなき葛かづらくる夜は人の憂さも忘れて
藤原基世女
題志らず
稀に來る人の涙も落ちそひて逢ふ夜ぞ袖は濡れ増りける
正二位隆教
永仁六年龜山殿の五首の歌合に、來不留戀の心を
おのづから着ても頼まず涙せく花色ごろも歸りやすさは
後光明照院前關白左大臣
別戀を
待て暫しまた夕暮とちぎるとも猶慰まじ今朝のわかれ路
源時秀
思ひ知れまた夕暮の頼だになく/\惜しき今朝の名殘を
前大納言爲家
後朝戀といへる事をよみ侍りける
そのまゝにさても消えなで白露のおきて悲しき道の芝草
從二位行忠
戀の歌の中に
慰むる言の葉もなほ頼まれずさても別るゝきぬ%\の空
藤原冬長
きぬ%\の別を慕ふ手枕になみだをそへて鳥や鳴くらむ
正三位成國
憂しと聞く鳥の音ばかり殘りけり人はとまらぬ後朝の空
左兵衛督基氏
うつゝとも夢とも分かず鳥の音に鳴きて別るゝ東雲の空
入道二品親王尊圓
寄鳥戀を
天の戸の明くるも知らで別路を唯鳥の音に喞ちつるかな
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、寄關戀
逢坂のゆふつけ鳥は心せよまたもこゆべき關路ならぬに
藤原盛徳
戀の歌の中に
自から逢ひ見る夢も覺めゆけばこれも別と鳥や鳴くらむ
前參議爲秀
旅戀を
露しげき野上の里のかり枕しをれて出づる袖のわかれ路
藤原仲文
左京に云ひ遣しける
程もなく明けて別れし曉はいとゞ露こそおき憂かりしか
皇太后宮大夫俊成
後朝戀の心を
暮にもとちぎりおけども杣川の筏の床はおきぞわびぬる
醍醐入道前太政大臣
千五百番歌合に
逢見ても名殘をしまの蜑人は今朝のおきにぞ袖濡しける
赤染衛門
語らひける人の七月八日の夜來て物語して歸りぬるつとめて
七夕の昨日別れし袖よりも明くれば今朝ぞ侘しかりける
從三位爲理
後醍醐院いまだみこの宮と申しける時、千首の歌召しけるに、恨別戀
ぬる夜さへ中にありつる唐衣うらみ變らでおき別れつゝ
祝部成藤
題志らず
恨むるも慕ふも同じ涙にて逢ふよはさへにぬるゝ袖かな
讀人志らず
移り香の殘る衣を片敷きて又寢のとこもおき憂かりけり
前中納言基隆
曉別戀の心を
面影の後しのべとやありあけの月にも人のおき別るらむ
法印顯詮
題志らず
忘れずよ今はと云ひしきぬ%\の面かげ殘す有明のつき
大江頼重
今はまたとりの音ばかり形見にて有明の月を涙にぞ見る
萬秋門院
嘉元の百首の歌に
憂きものと見し別路の有明に又やつれなくかげ慕ふらむ
後宇多院御製
戀の御歌の中に
わするなと今一たびは云ひてましありし別を限と思はゞ
從三位爲繼
身を捨てゝそへし心のかひもなく戀しき事のなど殘る覽
花山院前内大臣
弘安元年百首の歌奉りける時
手枕のうつり香殘る朝寐がみ心みだるゝかたみなりけり
躬恒
題志らず
朝な/\けづればいとゞ亂れつゝ我が黒髮の解けぬ頃哉
藤原業清朝臣
いつまでかしづはたおびの存へて心も解けぬ契待つらむ
進子内親王
なれそめし契忘るな下帶のまた打ち解くる人はありとも
前中納言定家
光明峯寺入道前攝政の家の戀の十首の歌合に、寄帶戀
いかゞせむうへは難面き下帶の別れし路に廻り逢はずば
俊惠法師
戀の歌の中に
あひ見ても忘るゝ程になりなましありし契の誠なりせば
從三位雅宗
契經年戀といへる事を
あさからぬ契の程は年つきの積るにつけて人も知るらむ
藤原行輔朝臣
百首の歌奉りし時、寄弓戀
つゝむとて急ぐけしきに梓弓おし返してもえこそ契らね
眞昭法師
題志らず
ゆす末をたのめても猶音をぞなく知らぬ命の心よわさに
前參議爲秀女
言の葉も定めなき世と思へども契りしまでの命ともがな
法印實顯
ちぎり置く心の末も見るばかり戀に惜しきは命なりけり
藤原經清朝臣
契行末戀を
明日知らぬ身にはたのまず行く末を契るは人の誠
なりとも
前大納言爲定
契顯戀と云ふ事を
移ろはぬ契と聞くも頼まれず其言の葉の世にふりしより
左兵衛督直義
戀の心を
契こそなほ頼まるれさりともと思ふかたには心ひかれて
深守法親王
僞戀と云ふ事を
はかなくて頼む心をたよりとや憂き僞もある世なるらむ
花園院御製
ありし世の契よせめて夢ならば思寐をだに待たまし物を
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皇太后宮大夫俊成
戀の歌の中に
現には思ひ絶え行く逢ふ事をいかに見えつる夢路なる覽
前中納言定家
入道二品親王道助の家の五十首の歌に、寄枕戀
おもひ出づる契の程もみじか夜の春の枕に夢は覺めにき
藻壁門院少將
題志らず
思ひつゝいかに寐し夜を限にて又も結ばぬ夢路なるらむ
花園院御製
憂しと見し一夜の夢の名殘より心に覺めぬ物をこそ思へ
大納言師賢
寄夢戀
明くるをも待たぬ契の悲しきは逢ふと見る夜の夢の別路
性威法師
鳥羽玉の夢かあらぬか逢ふ事もたゞ一夜にてやみの現は
前中納言資平
名所戀と云ふ事を
現には訪はで年ふる三輪の山いかに待ち見むゆめの通路
中納言爲藤
後西園寺入道前太政大臣の家にて歌詠み侍りしに、寄山戀
うき身には越えて後こそ逢坂の山も隔つる關となりけれ
權中納言經定女
題志らず
越えてしも悔しかりける逢坂の關路を何に許しそめけむ
人麿
今のみもいもをば戀ひず奥山の岩根苔生ひて久しき物を
坂上大孃
中納言家持に遣しける
とに斯に人は云へども若狹路の後瀬の山の後も逢はむ君
中納言家持
返し
後瀬山後も逢はむと思ふにそ死ぬべき物を今日迄もあれ
三條右大臣女
中納言兼輔に逢ひはじめける頃は未だ下臈に侍りければ、女は逢はむの心やなかりけむ、男も宮仕にひまなくて常にも逢はざりける頃詠める
焚物のくゆる心はありしかど獨はたへて寐られざりけり
平政村朝臣
遇不逢戀
逢はでこそ戀をいのりと頼みしか今はた何か命なるべき
康資王母
題志らず
さらぬだに逢ふ事難き我が戀を年さへ痛く隔て行くかな
伏見院御製
戀の御歌の中に
自から又逢ふ契ありとてもなれしながらの世には歸らじ
馬内侍
絶えにし人の立ち歸り又云ひおこせたる返事に
君がこと思はぬ人のつらからば我は心もあくがれなまし
大納言顯實母
題しらず
つらかりし心くらべの一方も弱らぬ末はとほざかりつゝ
津守國夏
後宇多院の宰相典侍の歌合に、絶戀
頼まれぬ中とは豫て云ひしかど唯一夜とは思ひやはせし
前關白左大臣近衛
戀の歌の中に
憂きに猶こりずぞたのむ僞をかこちて絶えむ心ならねば
皇嘉門院別當
後法性寺入道關白の家の百首の歌に、遇不逢戀
つれなきを恨みし袖もぬれしかど泪の色は變りやはせし
前參議爲秀
關白前左大臣の家に題を探りて歌詠み侍りけるに、變戀
言の葉の變るにつけて憂き人の心の色もまづ知られつゝ
中宮大夫公宗母
文保の百首の歌奉りし時
よしさらば忍ぶる程に絶えもせよ顯はれば憂き中の契は
權大納言義詮
契戀を
世々かけて契りし迄は難くとも命のうちに變らずもがな
式部卿恒明親王
題志らず
逢ふ事は思絶ゆとも同じ世にありと計りを知せてしがな
法眼聖承
同じ世に生けるばかりを契にて又逢ふ迄は思ひ絶えにき
岡屋入道前攝政太政大臣
寄雲戀の心を
逢見ても隔つる中に行く雲のなど絶々にしぐれそめけむ
後鳥羽院下野
寳治二年百首の歌奉りける時、同じ心を
眺めやるそなたの空の雲だにも跡なき果ぞ消えて悲しき
信實朝臣
あだ人の心の花にまがへばや浮きたる雲のあとも定めぬ
法性寺入道前關白太政大臣
題しらず
志ら菊もうつろひにけり憂き人の心ばかりと何思ひけむ
徳大寺前内大臣
百首の歌奉りし時、寄杜戀
神なびの秋ならねども豫てより移ろふ色の見ゆる中かな
待賢門院堀川
心變りたる男の灌佛のつくり物に松に鶴の居たりけるをおこせて、千とせまで契し深き中なれば松の梢に鶴ぞ居にけると云ひて返しを請ひけるに
鶴のゐる松とて何かたのむべき今は梢になみも越えなむ
進子内親王
百首の歌の中に、寄鳰戀
鳰鳥の下の通ひ路絶えざらば浪の浮巣はうかれたりとも
右兵衛督爲遠
頼むぞよ鳰の浮巣の浮きながら下の通ひの絶えぬ計りを
源兼氏朝臣
寄鳥戀
鳰鳥のすむ池水の絶えもせばいかに忍べと通ひそめけむ
清愼公
忍びたる女の、などかは來ぬと聞えたりければ
小田山の苗代水にあらなくに流れそめては絶えむ物かは
讀人志らず
戀の歌の中に
我妹子に又も近江のやす川の安きいも寐ず戀ひ渡るかも
藤原公時朝臣
遂に又いかなる瀬にか絶え果てむ山下水の淺きちぎりは
中納言爲藤
龜山殿の千首の歌に、遇不逢戀
谷川の岩間に洩れし山みづの又は如何なる瀬に淀むらむ
文保三年百首の歌奉りける時
水草ゐし野中の清水今さらにすむともいさやもとの心は
前中納言定家
光明峯寺入道前攝政の家の戀の十首の歌合に、寄鏡戀
行く水の花の鏡の影も憂しあだなる色のうつりやすさは
前大僧正賢俊
百首の歌奉りし時おなじ心を
移り行く心ぞつらきます鏡誰れ故かげとなる身なるらむ
人丸
題志らず
ます鏡絶えにし妹を逢見ずば我が戀やまじ年は經ぬとも
小町
忘草我が身につむとおもひしを人の心に生ふるなりけり
讀人志らず
紀の國のあくらの濱の忘れ貝われは忘れじ年はふるとも
從二位行家
建長元年、五首の歌に、寄海戀
つらかれと駿河の海の濱つゞらくる夜は稀に人ぞなりゆく
二條院讃岐
題志らず
いかなれば泪の雨は隙なきを阿武隈川の瀬だえしぬらむ
法印定爲
初瀬川結ぶ水泡のうき身世に消返りても絶えじとぞ思ふ
中園入道前太政大臣
百首の歌奉りし時、寄杉戀
初瀬川又逢ひ見むと頼めてし志るしやいづら二もとの杉
實方朝臣
戀の歌の中に
我がごとや久米路の橋も中絶えて渡しわぶらむ葛城の神
源和義朝臣
寄橋戀
岩橋の絶えにし中を葛城の神ならぬ身はなほも待つかな
源基幸
題志らず
今はたゞ思ひ絶えにし面かげのはかなく通ふ夢のうき橋
權中納言實直女
寐ぬる夜に逢ふと見つるも夢路にて彌はかなゝる契
なり鳬
前大納言爲氏
思ひ出づる心一つのかひもなし同じ世にだに知らぬ契は
月花門院
百首の御歌の中に、戀の心を
さらに又おなじ心にわすれなで何に思はぬ人を戀ふらむ
今出川院近衛
戀の歌の中に
忘れえぬ我が心こそいとはるれはて憂かりける人の契に
衣笠前内大臣
思餘り昔までやはつらからぬ誰が世に人を忘れそめけむ
平親清女
いかにして忘れむと思ふ心にも猶かなはぬは涙なりけり
行蓮法師
又も見ぬ夢路ながらは絶えもせでつらき現に殘る魂の緒
大藏卿行宗
寄夢戀
逢ふと見る夢も空しく覺めぬればつらき現に又なりに鳬
源和氏
思ひ寐にしばし慰む夢をだにゆるさぬ夜半の鐘の音かな
按察使實繼
貞和二年七月七日仙洞にて三首の歌つかうまつりけるに、遇不逢戀と云ふ事を
やがてなど昔語りになりぬらむ見しはまぢかき夢の通路
藤原政元
題志らず
いかにせむ通ふ夢路も頼まれず思寐ならぬ夜はしなければ
惟明親王
正治二年百首の歌奉りけるに
逢ふことは夢になりにし床の上に泪ばかりぞ現なりける
御製
百首の歌めされし次でに、寄枕戀
知らざりきその曉をかぎりとも我にはつげの枕ならねば
式乾門院御匣
戀の歌に
思はじと思ふも物の苦しきをやすくや人の忘れはつらむ
前大納言爲氏
會不逢戀の心を
今は唯思ひたえたるつらさにて契くやしき夕ぐれのそら
前大納言爲世
絶不逢戀
今は早や絶えにしまゝの現にてみる慰めの夢だにもなし
源高秀
忘戀を
はかなくも思ひ出づやと頼むかな我が習はしの心弱さに
永福門院内侍
伏見院に三十首の歌奉りけるに
はかなくて絶えにし中の名殘しも心にとまる果ぞ悲しき
關白前左大臣
百首の歌奉りし時、寄鐘戀
待ちしよに又立ちかへる夕かな入相の鐘に物わすれせで
前關白左大臣近衛
別路に聞きしも今は昔にて厭はぬかねのねをのみぞなく
藤原爲重朝臣
ひとりぬる霜夜の鐘の響きより秋に更け行く契をぞ知る
洞院攝政左大臣
家に百首の歌詠み侍りけるに
なら柴のなれし思や今さらにかり塲の小野のよその秋風
源仲教
題志らず
いつまでか逢ふ事難きあら鷹の手なれぬ中に心おくらむ
前參議定宗
かはり行く人の心の秋かぜにあふたのみだになき契かな
權僧正果守
寄草戀と云ふ事を詠み侍りける
淺茅原なひくもおなじ秋風の移ろふ色に吹きかはるらむ
正三位知家
洞院攝政の家の百首の歌に、逢不會戀を
かよひこし里は伏見の秋かぜに人の心のあれまくも惜し
龜山院御製
おなじ心を
つらきかな待ちしに變る夕暮を身は憂き時と秋風ぞ吹く
閑院
平貞文絶えて後程經て逢ひて露のおきゐてと申しける返事に
白露の起臥誰を戀ひつらむ我はきゝおはす磯のかみにて
前中納言季雄
戀の歌の中に
見し儘に形見なるべき月だにも憂きより外の面影ぞなき
前内大臣
寄月戀
村雲の空行く月もある物を絶え%\にだに見えぬ君かな
榮子内親王
自から思ひも出でば忘れじと契りしまゝの月や見るらむ
權中納言公雄
山階入道前左大臣の家の十首の歌に、寄秋月戀
身をさらぬ面影ばかりさやかにて月のため憂き我が涙哉
壽曉法師
題志らず
いかなれば立ちも離れぬ面影の身にそひ乍ら戀しかる覽
江侍從
身まかりける男の文をとり集めてやりすつとて
見るまゝに落つる泪の玉章はやる方もなく悲しかりけり
貫之
文やる女の、いかなるにかありけむ、あまたゝび返事せざりければ、やりつる文どもをだに返せと云ひやりたりければ、紙やきたる灰をこれなむそれとておこせたれば詠みてやりける
君が爲我こそ灰となり果てめしら玉章はやけてかひなし
式部卿宇合
題志らず
玉藻苅るおきべはゆかし敷妙の枕せし人わすれかねつも
前中納言定家
光明峰寺入道前攝政の家の百首の歌に、名所戀
いかにせむ浦のはつ島はつかなる現の後は夢をだに見ず
藻壁門院但馬
寄舟戀を
蜑小舟我をばよそにみ熊野の浦よりをちに遠ざかりつゝ
前議經宣
寄海戀
足たゆく來るてふ蜑に
こととはむ枯れなで殘るみるめ有りやと
源貞世
題志らず
追風にまかぢしげぬき行く舟の早くぞ人は遠ざかりぬる
前大納言爲家
から藍の八しほの衣ふりぬとも染めし心の色はかはらじ
藤原爲重朝臣
寄衣戀を
小夜衣かけはなれてもいとゞ猶ほさぬは袖の泪なりけり
昭覺法師
おなじ心を
つき草に摺れる衣のいろよりも移るはやすき心とぞ見る
己心院前攝政左大臣
戀の歌の中に
萎るればこれをも海士の衣とや契りし中の間遠なるらむ
達智門院
重ねてもなれにし中の小夜衣隔つる物といつなりにけむ
前參議爲實
文保三年百首の歌奉りける時
音をぞなくとほ山鳥のひとり寐に長きへだての中の契は
後鳥羽院御製
十首の歌合に、久戀
よと共に亂れてぞ思ふ山鳥のをろの長尾の長きつらさに
小町
戀の歌の中に
よそにして見ずはありとも人心わすれ形見に猶や忍ばむ
西宮前左大臣
人やりにあらぬものから恨むるは身の理も思ひ知らずや
深養父
物思へばいも寐られぬを怪しくも忘るゝ事を夢に見る哉
一條太政大臣女
見しや夢我身やあらぬ契しに變るつらさぞ覺むる方なき
讀人志らず
夢ならで又もむすばぬ契かな解けし一夜のなかの下ひも
後西園寺入道前太政大臣
伏見院に奉りける三十首の歌に
須磨の蜑の汐なれ衣なれきてぞ間遠になるも恨なりける
前大納言爲世
元弘三年九月十三夜内裏にて人々題を探りて歌つかうまつりけるに、恨戀を
果は又蜑の住むてふ里と云へば導べだになき見を恨つゝ
正三位知家
光明峯寺入道前攝政の家の戀の十首の歌合に、寄網戀
置く網の引く手許多に袖ぬれて偖も恨みぬ波の間ぞなき
只
皈法師
題志らず
こと方に引く人なくば栲繩の間遠にくるもよしや恨みじ
鎌倉右大臣
かれ果てむ後忍べとや夏草の深くは人のたのめ置きけむ
源氏兼
ともしする夏野の鹿の音に立てぬ思もかくや苦しかる覽
安嘉門院四條
靡くともほには出でじとしの薄忍びし中は霜がれにけり
左兵衛督基氏
尋ぬべきしるしも今は跡絶えぬ雪のふる野の鵙の草ぐき
前中納言定家
洞院攝政左大臣の家の百首の歌に、怨戀と云ふ事を
己のみ天のさか手をうつたへに降りしく木葉跡だにもなし
御製
百首の歌めされしついでに、寄弓戀
今ぞ憂きかはる契のしらま弓なびきそめてし心よわさは
中園入道前太政大臣
我に引く契なりともたのまれじ安達のまゆみあだし心は
後堀河院民部卿典侍
光明峯寺入道前攝政の家の十首の歌合に同じ心を
人はいさあだちの眞弓おし返し心の末をいかゞたのまむ
前大納言實教
文保の百首の歌奉りける時
猶いかに戀死なぬ身のつらからむ後の世契る人も有せば
後深草院辨内侍
戀の歌の中に
戀死なばやすかりぬべき命さへ逢ふを限に年ぞ經にける
後醍醐院少將内侍
文保の百首の歌に
變らじと思へばこそは契るらめ我かね言にいかゞ恨みむ
讀人志らず
題志らず
いかばかり猶憂からまし僞のなき世にかはる契なりせば
前中納言公修
契經年戀を
僞にかはるも知らで幾とせか契りしまゝの身を頼むらむ
等持院贈左大臣
貞和の百首の歌奉りし時
言の葉の通はずなればいつはりと恨みし頃を又忍ぶかな
空曉法師
題志らず
恨むべき人目のひまも幾度か數ならぬ身に過しきつらむ
信實朝臣
文永二年四月後嵯峨院に奉りける三十首の歌の中に、恨戀
云へばげに我身のみこそうかりけれつらき人には言の葉もなし
侍從爲親
龜山殿の千首の歌に
暫し唯云はでやみましつらさをも憂きをも知らぬ身とはなる共
二品法親王寛尊
戀の心を
何と唯恨むるかひもなき中に言の葉をのみ盡しきぬらむ
藤原長秀
ことの葉の移ろふだにも憂きなかに今は梢の秋風ぞ吹く
藤原良尹朝臣
はゝそ原うつろふ色をつらしとも誰にいはたの杜の下露
前關白左大臣近衛
言の葉のさきだつ袖の涙にぞ堪へぬ恨のほどは知るらむ
前大納言經繼
正和五年九月十三夜後醍醐院みこの宮と申しける時五首のうためされけるに、月前恨戀
面影は我身にそへるつらさにて恨みぬ月に濡るゝ袖かな
前大納言爲定
見ても猶もの思へとや憂き人の我が面影を月に添へけむ
前中納言實前
澄む月の泪にくもる影までも思へば人のつらさなりけり
中納言爲藤
人をこそ恨みはつとも面影の忘れぬ月をえやはいとはむ
後京極前關白太政大臣家肥後
戀の歌とてよみ侍りける
恨みわびたへぬ泪にそぼちつゝ色變りゆく袖を見せばや
修理大夫顯季
恨人戀の心を
言の葉を頼まざりせば厭ふ共人をつらしと思はざらまし
今出河院近衛
題志らず
恨みても猶慕ふかな戀しさのつらさにまくる習なければ
法皇御製
貞和の百首の歌めしけるついでに、戀の御歌とて詠ませ給うける
さてもまた怪しきまでの契かな恨みばかりを思出にして
中園入道前太政大臣
あり果てぬならひはさぞと慰めて變る契を歎かずもがな
前大納言公蔭
戀の歌の中に
かつしたふ心よわさは中々に恨みて何のかひかあるべき
山階入道前左大臣
數ならぬ身の理になぐさめて憂きを恨みぬ程ぞ經にける
源公信
變らじと契りし末を頼みける我がはかなさぞ今は悔しき
前大納言爲世
文永七年八月十五夜、内裏の五首の歌に、恨戀
最ど猶憂きにつけてぞ思ふにも云ふにも餘る人のつらさは
平親清女
戀の歌の中に
憂き事もいくよかあらむ吉野川よしや人をも今は恨みじ
陽徳門院中將
我が袖に泪のたきぞ落ちまさる人のうき瀬を水上にして
前大僧正禪助
寄枕戀
よしさらば泪に朽ちね中々にかたみもつらしつげのを枕
後深草院少將内侍
題志らず
いつはりのなくて過ぎにし昔だに人の契を頼みやはせし
伏見院御製
うかるべき身を知る上の戀しさは何にか暫し思ひ沈めむ
二品法親王覺助
深山木のしたはふ葛の下紅葉うらむる色を知る人ぞなき
藤原基隆
中務卿宗尊親王の家の百首の歌に、戀
知らせばや竹の籬にはふ葛の下に恨むるふしのしげさを
平親清女妹
寄葛戀
秋かぜに玉まく葛のした露やうらみに堪へぬ涙なるらむ
道智法師
今ぞ知る眞葛が原に吹く風のうらみも戀にかへる物とは
覺空上人
題志らず
いかにせむ鴫の羽根掻かき絶えてとはれぬ數の積る恨を
藤原忠兼
稀にだに逢ふ夜もあらば恨みまし枕の塵の積るつらさを
前大納言爲家
白河殿の七百首の歌に、寄鬘戀
玉かづらいかに寐し夜の手枕につらき契のかけ離れけむ
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、寄衣戀
おのづから見しも契のかり衣恨むるかひや遂になからむ
鷹司院帥
題志らず
今は唯恨むるまでは見えずともつらさを爭で思ひ知せむ
和泉式部
恨めしき人の音せざりければ
そのかみはいかに知りてか恨けむ憂きこそ長き命
なりけれ
源師光
文遣しける女の後には返事もせず侍りければ
つらかりし言の葉をなど恨けむ其をだにこそ聞かず成ぬれ
讀人志らず
戀の歌の中に
つらしとて恨みは果てじまれにだに人の契のあらむ限は
中務卿全仁親王
つらしとも恨みし程はさても猶人の名殘のある世
なりけり
後嵯峨院御製
忘れじの言の葉なくば中々にとはぬ月日を恨みざらまし
榊葉の枝にやどかるます鏡くもりあらせでかへる道かな
此の歌は暦應四年春日の神木都におはしましける時、託宣の御歌となむ。
後の世の苦しき事を思へかしあはれ此世は夢と知らずや
靜妙法師延暦寺の執當解却せられて後、日吉の地主權現にまうでゝ終夜祈請しけるに夢のうちに、寳殿のうちより詠ませせさ給ひけるとなむ。
たのめつゝこぬ年月を重ぬれば朽ちせぬ契いかゞ頼まむ
法印澄憲建久元年日吉の大宮の千僧供養の導師の賞を仁和寺の海惠にゆづりて律師になり侍りにけり。かの海惠、律師になりなば日吉へ參るべき由申しながら年月を送り侍りけるに示し給ひけるとなむ。
荒れ果つる我宿とはぬ恨をば隱れてこそは人に知られめ
これは熱田の社荒れて侍りけるころ、託宣の御歌となむ。
紅にぬれつゝ今日や匂ふらむ木の葉移りて落つる時雨は
亭子院奈良におまし/\ける時、立田山にて詠ませ給ひける北野の御歌となむ。
阿保經覽
延喜六年日本紀の竟宴の歌、思兼神
思兼たばかり事をせざりせば天の岩戸はひらけざらまし
從二位家隆
神祇の歌の中に
見ぬ世まで心ぞすめる神風や御裳すそ川のあかつきの聲
源兼氏朝臣
太神宮の歌合に
神代よりいくとせふりぬ鈴鹿川やそ瀬の浪の秋の夜の月
達智門院
寄月神祇と云ふ事を
曇なき君が八千世を照すらし神路のやまに出づる月かげ
冷泉
花園院御位おりさせ給はむとての頃、内侍所へ行幸ありし御供に參りて詠める
あはれとや神のかゞみも照し見る今はと思ふ君が名殘を
大江廣秀
題志らず
曇なき八咫の鏡やいは戸あけし天てる神の御影なるらむ
正三位成國
古に神の御かげのうつりしや今も曇らぬかゞみなるらむ
源智行
天地のひらけしよりや千早ぶる神の御國と云ひ始めけむ
讀人志らず
天地の昔を問へばあし原やなほそのかみの代々ぞ久しき
荒木田延季
神祇の歌の中に
神もさぞあかず見るらむ櫻散るしめの宮守あさ清めすな
津守國夏
散る時や榊の枝にかゝるらむ神のいがきの花のしら木綿
賀茂脩久
榊葉に咲きそふはなの白木綿は神も心にかけて見るらむ
前大納言爲家
法印昭清すゝめ侍りける石清水の社の三十首の歌に、寄水祝
神がきやかげものどかに石清水すまむ千年の末ぞ久しき
伏見院御製
三十首の歌めしけるついでに、社頭祝を
石清水流れの末をうけつぎて絶えずぞすまむ萬代までに
前中納言有光
神祇
のぼるべき跡をぞ厭ふをとこ山うづもれ果つる嶺の白雪
龜山院御製
弘安元年百首の歌めしけるついでに
いは清水神の心にまかせてや我が行く末を定め置きけむ
按察使顯朝
題志らず
跡垂れて幾世經ぬらむ箱崎の志るしの松も神さびにけり
惟宗光吉朝臣
石清水神代の月やにごりなき人のこゝろの底にすむらむ
關白前左大臣
貞和二年百首の歌奉りける時
長閑なる春のまつりの花しづめ風をさまれと猶祈るらし
後醍醐院御製
元弘三年、立后の屏風に石清水臨時祭
こゝのへの櫻かざして今日はまた神につかふる雲の上人
前中納言親光
題志らず
三代の跡に流れをうけて石清水すめるを時と猶ぞ仕ふる
法印幸清
石清水古き流れの跡はあれど我が身一つの瀬に淀むかな
賀茂遠久
天のした御代をさまれと守るらし雲を分けてし神の誓に
賀茂經久
千早ぶる賀茂の瑞垣君が世を久しかれとぞ祈り初めてし
法印源深
後の世も此の世も神にまかするや愚なる身の頼なるらむ
從三位教久
年經ぬる我が神山の榊葉に幾重みしめを引きかさねけむ
平行氏
寄月神祇を
瑞垣の久しき世よりすむ月の神さびまさる影やそふらむ
源和義
等持院贈左大臣詠ませ侍りける賀茂の社の七首の歌に、神祇
いかばかり神も嬉しとみたらしや底まですめる君が心を
從三位氏久
社頭祝
萬代と君を祈りてふる袖はかげみたらしに神やうくらむ
藤原長能
神祇を
三笠山麓をめぐる佐保川のさして祈りし身をたのむかな
中臣祐殖
春日野の松も我身も老いに鳬二葉よりこそ仕へそめしか
前大納言經顯
貞和の百首の歌奉りし時
ことわりのたがはぬ道を春日山神の心と聞くもたのもし
三條入道前内大臣
春日の社に籠りて大將の事祈り申すとて思ひつゞけ侍りける
三笠山さすがにいかゞ捨てはてむ重なる家の藤の末葉を
此の後程なく右大將になりて侍りけるとなむ。
祝部成繁
題志らず
くもりなくてらす日吉の神垣に又ひかりそふ秋の夜の月
法印成繁
跡たるゝ神世を問へば大比叡や小比叡の杉にかゝる白雲
祝部行親
あひにあひて守る日吉の數々に七つの道の國さかゆらし
法印延全
神代よりかはらぬ松も年ふりてみゆき久しき志賀の唐崎
祝部成豐
おのづから仕へぬひまも心こそ猶をこたらぬ七の神がき
前大納言爲世
神祇の歌の中に
たのもしな祈るにつけて曇なき日吉のかげに道ぞ迷はぬ
讀人志らず
神垣や塵にまじはる光こそあまねく照すちかひなりけり
藤原雅朝朝臣
世のなかしづかならず侍りし頃熊野へ詠みて奉りける
さりともとねても覺めても頼む哉愚なる身を神に任せて
僧正良瑜
代々の跡にかはらず三山の檢校に補し侍る事を思ひて
仕へつゝ思ひしよりも三熊野のかみの惠ぞ身に餘りぬる
祝部行氏
神祇
神垣に御代治まれと祈るこそ君に仕ふるまことなりけれ
讀人志らず
白山にまうでゝ詠み侍りける
千早ぶる雪の白山わきて猶ふかきたのみは神ぞ知るらむ
後西園寺入道前太政大臣
嘉元の百首の歌奉りける時、神祇を
和歌の浦に玉拾ふべきみ
ことのり道を守らば神もうくらむ
津守國道
前大納言爲世玉津島の社にて歌合し侍りける時
例なき光を添ふるたまつ島代々にもこえて神やうくらむ
皇太后宮大夫俊成
承安二年廣田の社の歌合を判じける奥に書きつけ侍りける
敷島や道は違へずと思へども人こそわかね神は知るらむ
伏見院御製
題志らず
神や知る世の爲とてぞ身をも思ふ身の爲にして世をば祈らず
前大納言爲家
道のべの松の下葉に引く志めはみわ据ゑ祭る印なるらし
從三位常昌
君が代をいのる心の誠をばいつはりなしと神はうくらむ
内大臣
社頭祝
明らけきあら人神に驗あらば曇らぬ御代をさぞ守るらむ
三條入道前太政大臣
題志らず
哀とやあら人神のみづはさす老木の松のとし經ぬる身を
源直氏
權大納言義詮北野の社に奉りける歌に、社頭祝
我が君の千世の爲とや宮居して一夜の松も年を經ぬらむ
伊勢大輔
住吉にまうでゝ詠める
ながらへむ世にもわすれじ住吉の岸に浪たつ松の秋かぜ
權大納言隆季
後白河院の御時、八十島の祭に、住吉にまかりて詠み侍りける
住の江に八十島かけてくる人や松を常磐の友と見るらむ
前中納言定家
西行法師すゝめ侍りける百首の歌に
憂きことも慰む道のしるべにや世を住吉と天くだりけむ
平政村朝臣
題志らず
住吉の松にまじれる玉垣のあけもみどりも年は經にけり
前大納言爲家
西園寺入道前太政大臣住居の社に、三十首の歌詠みて奉りけるに
いく世にか神の宮居のなりぬらむふりて久しき住吉の松
前中納言爲相
神祇
あらましの心のうちの手向ぐさまつと知らずや住吉の神
法印雲禪
敷島のみちをば道とまもらなむ世に住吉の神ならばかみ
津守國平
住吉の社の歌合、社頭祝
君が爲玉手のきしにやはらぐる光の末は千世もくもらじ
小辨
神樂を
吹きたつる庭火の前の笛の音を心すみてや神も聞くらむ
中務
小夜更けて霜は置くとも山人の折れる榊は色もかはらじ
もろともに一味の雨はかゝれども松は緑に藤はむらさき
此の歌は、住吉の社にまうでゝ通夜し侍りける人の夢に示し給ひける普賢菩薩の御歌となむ。
傳教大師
比叡山の中堂に始めて常燈ともして揚げ給ひける時
あきらけく後の佛のみよまでも光つたへよ法のともし火
花山院御製
修行せさせ給うける時粉河の觀音にて、御札に書かせ給うける御歌
昔より風に知られぬともし火の光にはるゝ後の世のやみ
大貳三位
人の功徳つくりし所に捧物遣すとて
消えがたき昔の人のともし火に思ふ心はおとりしもせじ
慈覺大師
題志らず
三界をひとつ心と知りぬれば十の境こそすぐにみちなれ
清少納言女
法華經序品
白妙の光にまがふ色みてやひもとく花をかねて知るらむ
花山院入道前太政大臣
前大納言爲家日吉の社にて八講おこなひ侍りける時、人々に一品經の歌すゝめけるに、方便品
幾度かまた世に出でし秋の月あまねき影は人ももらさず
花山院前内大臣
譬喩品
めぐりきて猶ふる郷の出でがてをさそふも嬉し三の小車
法印房觀
得未曾有非本所望
かねて我が思ひしよりも吉野山なほ立ちまさる花の白雲
入道二品親王尊圓
化城喩品、從冥入於闇永不聞佛名の心を
五月やみ木の下道はくらきより暗きに迷ふ道ぞくるしき
前大納言忠良
採薪及菓
[6]D
つま木とる山の秋風いかばかり習はぬ袖に露こぼるらむ
從二位行家
勸持品
渡つ海の底まで照す月影に洩れたる海士はさぞ恨みけむ
前大納言資名
涌出品
法の花ひらくる庭の時の間に置くしら露の數ぞそひける
土御門入道前内大臣
壽量品
今も猶すむなるものを鷲の山人のこゝろの雲ぞへだつる
前大納言良信
柔和質直者則皆見我身の心を
にごりなき心の水にかげとめて二たびやどれ山の端の月
法眼源承
隨喜功徳品、何况於法會
水上をおもひこそやれ谷川のながれも匂ふ菊のしたみづ
寂蓮法師
如寒者得火
谷のみづ峯の嵐を忍びきて法のたきゞに逢ふぞうれしき
中納言爲藤
なき人をとぶらひて法華經書きて品々の心を歌に詠み侍りけるに、普門品、火澄變成池
なき人の別ををしの音にたつる思よ池のみづとだになれ
前中納言定家
母の爲に經書きける時、嚴王品の心を
此道を導べと頼む跡しあらば迷ひし闇も今日ははるけよ
寂然法師
普賢經、我心自空罪福無主
かつまたの池の心はむなしくて氷も水も名のみなりけり
周防内侍
小野右大臣の千日の講をたび/\聞きてはての日捧物遣しける包紙に
世にふれば君にひかれて有難き一味の雨に千度濡れぬる
入道二品親王覺譽
延文二年七月雨の御祈承はりて水天供つとめ侍りしに詠み侍りける
法の水絶えずばなどか草も木もうるほふ程の驗なからむ
二品法親王覺助
文保の百首の歌奉りし時
うづもれぬ法の水上跡しあれば代々の流は君ぞ知るらむ
高階宗成朝臣
題志らず
法の水汲みてやみまし山の井の濁りやすきは心なれども
前大納言宗明
十如是の心を詠み侍りしとき、如是縁
山川の同じながれをむすびても猶あさからぬ契をぞ知る
靜仁法親王
題志らず
絶えぬべき三井の流の法の水身をはや乍ら爭で汲まゝし
法印憲實
金剛經の是法平等無有高下の心を
みなそこに沈むもおなじ光ぞと空に知らるゝ秋の夜の月
薀堅法師
無量義經の四十餘年未顯眞實の心を
今ぞ見る四十ぢあまりの言の葉に顯はさゞりし露の光を
法眼源忠
扇解脱風除世惱熱
山の端の雲にいり日は殘れどもすゞしくなりぬ松の下風
夢窓國師
世尊不説之説、迦葉不聞之聞と云へる心を
樣々に説けども説かぬ言の葉を聞かずして聞く人ぞ少き
左兵衛督直義
釋教の歌に
かりにこそ説き置く法の理にとまりて人や猶まよふらむ
圓胤上人
消えなばと露の命にたのむかな深きよもぎのもとの誓を
赤染衛門
法師のかたはらなる局に來りしに經讀めと云はせしかば、いと暗し、火燈してと云ひしに油やるとて
消えぬべき法の末には成ぬ共身を燈しても聞くべかり鳬
入道親王尊道
二品尊圓親王書き置きたりける聖教を見て思ひつゞけ侍りける
おろかなる心のやみを照せとやかゝげ置きけむ法の燈火
前僧正慈勝
六帖の題にて詠み侍りける歌の中に、釣を
さのみなど苦しき海に廻るらむ釣する蜑のうけ難き身を
中務卿宗尊親王
不偸盜戒を
心なき春のあらしも山里のぬしある花はよきて吹かなむ
法印源全
延暦寺戒壇さらに造りて澄覺法親王受戒おこなひける時思ひつゞけゝる
法の道むかしにかへる時に逢ひて今も變らぬ教をぞ聞く
前僧正顯遍
識實性の唯識の心を
よしあしの思をやめて悟り入る心の奥もこゝろなりけり
後宇多院御製
釋教の御歌の中に
梅の花みよの佛のためにとて折りつる袖ぞ人なとがめそ
僧正慈能
一色一香無非中道
色も香もまことの法と聞きしより花に心の猶うつるかな
前大僧正公澄
善惡不二邪正一如の心を
よしあしは一つ入江の澪標ふかき御法のしるしなりけり
素性法師
世間相常住の心を
世の中の常とは見れど秋の野の移ろひかはる時ぞ侘しき
欣子内親王
題志らず
いたづらに又この度もこゆるぎの急がで法の舟に後るな
正嚴法師
いつかけし衣の裏の玉とだに知らで幾世か迷ひきぬらむ
讀人志らず
おろかなる泪をかけて歎くかな衣のうらの玉を知らねば
雙救上人
般舟讃、一到彌陀安養國元來是我法王家の心を
さらに又たづねきつれど住みなれし昔の花の都なりけり
權僧正圓位
題志らず
にごらじな心の水のそこきよみ八重に花咲くむねの蓮葉
兼空上人
九品往生の心を
よしあしの人をわかじと蓮ばな九品まで咲きかはるなり
法印顯詮
各留半座乘花葉待我閻浮同行人
頼むぞよさきだつ人に契りてしおなじ蓮の花のなかばを
讀人志らず
題志らず
こゝろをも猶や磨かむ蓮葉の露のたま/\法に逢ひつゝ
仁明天皇御製
いつのまに厭ふ心をかつ見つゝ蓮にをるは我身なるらむ
權少僧都源信
夏衣ひとへに西を思ふかなうらなく彌陀を頼む身なれば
參議雅經
五神通の中に、天耳通の心を
遠ざかる聲もをしまじ時鳥聞きのこすべき四方の空かは
前大僧正隆辨
彌勒を
ながき夜の曉を待つ月かげはいくへの雲の上にすむらむ
前大僧正桓守
釋教の歌の中に
さすが猶我が山のはに殘るかな闇路をてらす法の月かげ
法印守遍
十住心の中に、覺心不生心の心を
跡もなき室のやしまの夕けぶり靡くと見しや迷なるらむ
前大僧正榮海
法流の事勅問につきて奏し侍りし時、思ひつゞけ侍りける
言の葉を散らさずもがな雲居まで吹傳へたる小野の山風
後法性寺入道前關白太政大臣
法界體性智の心を
自から法の境に入る人はそれこそやがてさとりなりけれ
崇徳院御製
沙羅林を
梢さへ頼むかげなく枯れにけり花の姿のねにしかへれば
瞻西上人
雪にて丈六の佛を造り奉りて供養すとて詠める
いにしへの鶴の林のみゆきかと思ひとくにぞ哀なりける
後京極攝政前太政大臣
禪波羅密
心をばこゝろの底にをさめ置きて塵も動かぬ床の上かな
慈威上人
釋教の歌詠みける中に
夢ならば六十ぢの老も過に鳬覺めぬねぶりぞ久しかりける
心海上人
山の常行堂の流通の鐘に鑄つけ侍りける歌
本覺の山のたかねの鐘のおとに長き眠をおどろかすかな
前大僧正良信
菅原寺を興隆し侍りて後、古寺鐘と云ふ事を
菅原や絶えぬる法の跡とめて又おどろかす鐘のおとかな
慶政上人
地藏菩薩を
迷ひ行くふかき闇路のわたり川誠の瀬には君のみぞ立つ
爲道朝臣
地藏の名號を始に置きて六首の歌詠み侍りけるに
契あればうき身乍らぞ頼もしき救はむ世々の數に洩れじと
天台座主院源
題志らず
西へ行く月に心の澄ぬればうき世の中は寢られざりけり
土御門院御製
西へとや御法の門を教ふらむさきだちて行く秋の夜の月
後嵯峨院御製
月夜極樂を觀ぜさせ給ふとて
雲間よりいざよふ月にあくがれていとゞ西にも行く心哉
皇太后宮大夫俊成
美福門院に極樂六時讃の繪に書かるべき歌奉るべき由侍りけるに夜のさかひ靜にて漸く中夜に至るほど
ふかき夜の光も聲も靜かにて月のみ顏をさやかにぞ見る
前權僧正慈慶
究竟即の心を
一むらは猶しぐれつる雲はれて障るかたなく澄める月影
前大僧正良覺
心月輪の心を
身をさらぬ心のつきのわくらばに澄むぞ悟の始なりける
惟賢上人
菩提心論の我見自心形如月輪を
よそに見る影とは云はじ心にも空にも同じ月ぞ出でぬる
權僧正寛伊
前大僧正成惠に法流の事申しおくとて詠み侍りける
たのむぞよ御法のこまを進めても跡に迷ふな小野の古道
入道親王尊道
前大僧正桓豪、大僧都慈濟に灌頂さづけ侍りし又の朝申し遣しける
つたへ置くおなじ流のふかければ又せき入れつ谷川の水
前大僧正桓豪
返し
谷川の世々にせき入れし跡とめて絶えぬ流を今もうく覽
岡本前關白左大臣
懺法の悲歎の聲を聞きて詠み侍りける
今聞くも泪なりけりいにしへの杉立つほらの深き御法は
和泉式部
鞍馬に參りたりけるに、かたはらの局より扇にくだ物を入れておこせたりければ
いか計り勤むる事もなき物をこは誰が爲に拾ふこのみぞ
[6] Kanji in place of D is not available in the JIS code table.
後一條前關白左大臣
早春霞を
天の戸を明くる程なく來る春に立ちもおくれぬ朝霞かな
讀人志らず
題志らず
逢坂の關には雪の消えなくにいづくを春の道ときぬらむ
忠見
御障子の繪に、山に鶯聞く人あり。
鶯の鳴く音を聞けば山ふかみ我よりさきに春はきにけり
後京極攝政前太政大臣
鶯を
深草やうづらの床はあと絶えて春の里とふうぐひすの聲
民部卿爲明
春雪を
春きても霞のみをはさゆる日に降來る雪の泡と消ゆらむ
順徳院御製
早春の心を詠ませ給うける
風吹けば峯のときは木露落ちて空より消ゆる春のあわ雪
入道二品親王覺譽
野春雪と云ふ事を
野邊はまだこぞ見し儘の冬枯に消ゆるを春と泡雪ぞふる
源時秀
題志らず
山陰はなほ春寒み白雪の消えぬがうへに今日も降りつゝ
前大納言爲世
嘉元の百首の歌奉りける時、梅
朝あけの窓吹入るゝ春風にいづくともなき梅が香ぞする
典侍藤原親子
中務卿宗尊親王の家の百首の歌に
紅の色に出でにけり梅の花こむとたのめし人のとふまで
寂蓮法師
題志らず
花の色をよそに見捨てゝ行く雁も後るゝ列は心あるらし
正三位成國
なれてうき後の別を思へばや花よりさきに雁の行くらむ
參議雅經
道助法親王の家の五十首の歌に、遠歸雁
霞み行くよもの木のめも遙々と花待つ山にかへる雁がね
法眼宗信
題志らず
老ゆらくの涙に曇る春の夜は月もむかしや思ひいづらむ
正三位知家
石清水の歌合に、月前霞
よこ雲は嶺にわかるゝ山ひめの霞のそでにのこる月かげ
花園院御製
百首の御歌の中に
野邊に志く草の縁のすゑ遠み霞をわけてひばりおつなり
左兵衛督基氏
題志らず
萌えいづる春も淺野の若草に隱れもはてず雉子鳴くなり
法皇御製
春の御歌の中に
春山の霞のおくの呼子鳥世のかくれがにたれさそふらむ
前中納言有光
百首の歌奉りし時、花
朝ぼらけ積れる雪と見るまでに吉野の山は花咲きにけり
圓嘉法師
山の椿堂の櫻のもとにてよめる
植置きし春を見しかば八重櫻重なる年ぞ身に知られける
讀人志らず
題志らず
慕侘び許多の春を送りても花に老いぬる身こそ惜しけれ
夢窓國師
年たけて後庭の花を見て
七十ぢの後の春までながらへて心に待たぬ花を見るかな
藤原興風
亭子院の歌合に
たのまれぬはなの心と思へばや散らぬさきより鶯の鳴く
法印兼舜
題志らず
尋ね來て散るをこそ見れ山櫻何を手折りて家づとにせむ
二品法親王尊胤
春かぜのさそふは同じ梢にも先づ咲く方の花や散るらむ
前大納言公蔭
根に歸る花かと見れば木のもとを又吹き立つる庭の春風
藤原基名
山里は花より外の友もなし散りなむ後をいかに志のばむ
前大納言爲兼
弘安八年八月十五夜、三十首の歌奉りしとき、落花埋庭
庭の面は跡見えぬまで埋れぬ風よりつもる花のしらゆき
按察使資明
辨官の時しばらく職をさりて侍りける頃よめる
位山おどろのみちも程とほしはなの外なる峯の志ひしば
八條入道内大臣
春の歌の中に
家の風吹きぞ傳へむ春日山すゑ葉のふぢも影なびくまで
讀人志らず
暮春の心を
いたづらに名をのみとめて東路の霞の關も春ぞ暮れぬる
小侍從
身に積る年の暮にも勝りけり今日計りなる春の惜しさは
源和義朝臣
限ありて暮れ行く春は花鳥の色にも音にも殘らざりけり
彈正尹邦省親王家少將
題志らず
ほとゝぎす待つに心ぞうつりぬる花色衣ぬぎかへしより
後猪熊前關白左大臣
忍ぶともたゞ一聲は時鳥さのみつれなきよはなかさねそ
院御製
待郭公と云ふことを詠ませ給うける
みじか夜を幾夜あかしつ時鳥たゞ一こゑの初音待つとて
僧正植覺
題志らず
いたづらにまた尋ねまし時鳥なが鳴くさとの定なければ
三善資連
夜時鳥
夢路かとたどる寐ざめの郭公たが枕にか聞きさだむらむ
基俊
堀河院の御時、百首の歌奉りけるに、時鳥
一こゑのきかまほしさに時鳥思はぬ山にたび寐をぞする
中納言爲藤
文保三年百首の歌奉りけるに
さらでだにさだかならぬを郭公今一聲はとほざかりつゝ
從二位家隆
洞院攝政の家の百首の歌に
時鳥いづくに今は山がつの聞きも咎めぬはつね鳴くらむ
法印定宗
郭公
今も猶つれなかりけり時鳥おのが五月のそらだのめして
徽安門院一條
題志らず
時鳥里なれぬべき五月だに猶ふかき夜のしのび音ぞ鳴く
前中納言定家
朝五月雨
玉水も志どろの軒の菖蒲草五月雨ながらあくるいく夜ぞ
院御製
五月雨の心を
山深み晴れぬ眺めのいとゞしく雲とぢ添ふる五月雨の空
左近中將基冬母
おのづから晴るゝ雲間の月影も又かきくらす五月雨の空
後鳥羽院御製
夏の御歌の中に
夏山の嶺とび越ゆるかさゝぎのつばさにかゝる有明の月
津守國冬
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、鵜河
薦枕たかせの淀の鵜飼舟ねなくにいく夜かゞりさすらむ
藤原嗣定朝臣
夏草を
いかにせむ茂るにつけて古の跡とも見えぬ庭のなつぐさ
御製
百首の歌めされしついでにおなじ心を
夏草の道ある方は知りながらしげき浮世になほ迷ふらむ
常磐井入道前太政大臣
題志らず
夏かりの葦屋のさとの夕暮に螢やまがふあまのいさり火
前中納言雅孝
せき入るゝ岩間傳ひの水の音に夕暮かけて風ぞ吹きそふ
鷹司院帥
山風に瀧のよどみも音立てゝ村雨そゝぐ夜半ぞすゞしき
前大納言伊平
承久元年内裏の歌合に、水邊草
汲みて知る人やなからむ夏草のしげみに沈む井手の玉水
後光明照院前關白左大臣
文保の百首の歌の中に
鳴く蝉のこゑより外は夏ぞなきみ山の奥のすぎの下かげ
從二位行家
題志らず
入日さす森の下葉に露見えて夕立すぐるそらぞすゞしき
僧正覺信
夕立のはれぬる跡の山の端にいざよふ月のかげぞ凉しき
源時朝
日ぐらしの鳴く山蔭の凉しきに風も秋なる楢の葉がしは
藤原範永朝臣
橘俊綱朝臣伏見にて歌合し侍りけるに、晩凉如秋といふ事を
松風の夕日がくれに吹く程は夏過ぎにける空かとぞ見る
法皇御製
秋の御歌の中に
秋きぬとまだ志ら露のせきもあへず枕すゞしき曉のとこ
後深草院辨内侍
老の後あふきと云ふ山里にこもりゐて侍りけるに龜山院より題を給はりて歌よみて奉りけるに、七夕衣
秋きても露おく袖のせばければ七夕つめに何をかさまし
此の後哀がらせ給ひて常にとはせ給うけるとなむ。
權律師仙覺
秋の歌とて
秋風はすゞしく吹きぬ彦星のむすびし紐は今や解くらむ
前大納言經顯
貞和の百首の歌奉りけるに
よそにだに待ちこそ渡れ天の河さぞ急ぐらむつま迎へ舟
安法法師
秋の頃山深く住みてよみ侍りける
露けさはさこそみ山の庵ならめ苔の袖さへ秋や知るらむ
左近大將師良
題志らず
吹きまよふ風のやどりの荻の葉に結びもとめぬ秋の白露
從二位家隆
光明峰寺入道前攝政の家の百首の歌に、夕荻
軒ちかき山した荻の聲たてゝ夕日がくれに秋かぜぞ吹く
入道二品親王覺譽
百首の歌奉りし時
植置きし軒端の荻を吹く風にたがとがならぬ物ぞ悲しき
權律師乘基
秋の歌の中に
閨ちかき荻の葉そよぐ風の音に聞きなれてだに夢ぞ驚く
永福門院
村雨のはるゝ夕日の影もりて木の下きよき露のいろかな
祝部成任
草木にもあらぬ袖さへしをれけりむべ山風の秋の夕ぐれ
深守法親王
住みわぶる時こそありけれ白雲のたなびく峯の秋の夕暮
讀人志らず
題志らず
うき事も何かは嘆く志かりとてそむかれぬ世の秋の夕暮
兼空上人
世のうきめ見えぬ山路の奥までも秋の哀は遁れざりけり
伊勢
秋深き山のかげのゝしばの戸に衣手うすし夕ぐれのそら
藤原元眞
常よりも物思ふ事のまさるかなむべもいひけり秋の夕暮
伊勢大輔
伊勢に祭主輔親が建てたるいはて寺より三昧堂のほら貝のうせたるをこひ侍りけるを遁すとて
かすかなる谷の洞をぞ思ひやる秋風のみや吹て訪ふらむ
安倍宗時朝臣
題志らず
朝茅生の小野の秋風はらへども餘りて露やなほ結ぶらむ
澄覺法親王
物思はでいづれの年の秋までか露に袂の知られざりけむ
人丸
吾妹子にゆきあひのわせを苅る時に成にけらしも萩の花咲く
從二位家隆
二品法親王道助の家の五十首の歌に、萩露
さきかくす野守が庵の篠の戸もあらはに置ける萩の朝露
法印淨辨
秋の歌とてよめる
萩が花うつりにけりな白露に濡れにし袖の色かはるまで
平常顯
色變るした葉をかけて秋萩の花のにしきは織り重ねつゝ
貫之
權中納言兼輔の家の屏風の歌
植し袖まだも干なくに秋の田の雁がねさへぞ鳴渡りける
源氏經朝臣
秋の歌の中に
故郷を雲居の雁にことゝはむさらで越路の音づれもなし
彈正尹邦省親王
暮山鹿といふことを
よそに猶妻をへだてゝ白雲の夕ゐる山に志かぞ鳴くなる
祝部尚長
題志らず
深き夜に鳥羽田の面の鹿の音をはるかに送る秋の山かぜ
圓照法師
秋の頃嵯峨なる所にまかりて歌よみ侍りけるに、山鹿を
小倉山紅葉ふきおろす木枯に又さそはるゝ小男鹿のこゑ
中務
秋の歌とて
人志れず萩の下なるさを鹿もほにいづる秋やねには立つ覽
祝部忠成
こりず猶牝鹿鳴く
なりつれもなき妻と知りても年はへぬ覽
從三位行能
道助法親王の家の五十首の歌に、曉鹿
秋の夜は寐覺の後も長月のありあけの月に鹿ぞ鳴くなる
花園院御製
秋の御歌に
きり%\す聲かすかなる曉のかべにすくなき有明のかげ
前大納言俊定
永仁元年八月十五夜、後宇多院に十首の歌奉りける時、秋虫といふことを
八重葎しげれる庭に鳴くむしの露のやどりや涙なるらむ
讀人志らず
題志らず
霜むすぶ一夜の程によわるなりをざゝが下の松むしの聲
源高嗣
秋さむき頃とやよわる淺茅生の露のやどりのまつ虫の聲
前大納言爲世
こぬ人は心づくしの秋かぜに逢ふたのみなき松蟲のこゑ
前大納言經顯
百首の歌奉りし時
夕日影雲のはたてにうつろひて月待つ程の空ぞさびしき
衣笠前内大臣
石清水の社の歌合に、秋明月
秋風の吹きそめしより天の原空ゆく月のくもる夜もなし
寂惠法師
題を探りて名所の歌よみ侍りけるに、高師山
秋風に夜わたる月の高師山ふもとのなみの音ぞ更けぬる
左兵衛督基氏
秋の歌の中に
秋ながら影こそ氷れ富士のねの雪に映ろふ夜な/\の月
權中納言公豐
月の歌とて
更け行けば雲も嵐もをさまりて夜渡る月の影ぞのどけき
民部卿爲明
此の集承りて撰びはじめける日題を探りて歌詠み侍りしに、深夜月を
徒らに我がよふけぬと歎きつる心も晴れて月を見るかな
登蓮法師
題志らず
くまもなき月見る程やわび人の心のうちの晴間なるらむ
等持院贈左大臣
轉寢も月には惜しき夜半なればなか/\秋はゆめぞ短き
徽安門院小宰相
貞和の百首の歌奉りけるに
虫の音のよわるも寂し明方のつき影うすき霧のまがきに
道濟
月を見て
秋さむくなりにけらしも山里の庭しろたへに照すつき影
民部卿爲明
百首の歌奉りし時
有明の月待ちいでゝ白妙のゆふつけ鳥もときや知るらむ
平定文
家に歌合し侍りけるに
雲居より照りやまさると水清みうらにても見む秋の夜の月
菅原孝標朝臣女
石山にこもりて侍りける頃よめる
谷川のながれは雨ときこゆれどほかより晴るゝ有明の月
七條后
伊勢がかつらに住み侍りける頃、雨の降りける日遣はしける
月の内のかつらの人を思ふとて雨に涙のそひて降るらむ
高階重茂
題志らず
久方の月のかつらのもみぢ葉は志ぐれぬ時ぞ色勝りける
大江經親
秋の夜のしぐれて渡る村雲にたえ%\はるゝ山の端の月
等持院贈左大臣
百首の歌奉りし時、月
音ばかりしぐるとぞきく月影の曇らぬ夜半の峯のまつ風
源宗氏
題志らず
松に吹く嵐の音を聞きわかで時雨にはるゝ月かとぞ見る
小侍從
月前遠情といふ事を
厭ふらむ久米路の神の氣色まで面影にたつ夜半の月かな
前中納言定資
月を詠める
春日野や曇らぬ月の影なればおどろの道の跡もまよはず
讀人志らず
夜もすがら露の光をみがくなり玉のよどのゝ秋の月かげ
雅成親王
野月を
宮城野の木の下露や落ちぬらむ草葉にあまる秋の夜の月
眞昭法師
前大納言頼經の家にて月の十首の歌よみはべりけるに
難波がた汐干も月はやどりけり葦の末葉に露をのこして
源頼遠
題志らず
敷妙の床のうらわの海士小舟うきね定めぬ月や見るらむ
前參議爲秀
關白前左大臣の家に題を探りて歌よみ侍りけるに、海邊月
渡の原月もはてなき浪の上に偖しも明けむ夜こそ惜けれ
後二條院御製
湖月の心を
志賀の浦や氷くだけて秋風の吹きしく浪にうかぶ月かげ
藤原爲冬朝臣
元弘三年八月十五夜、上のをのこども題を探りて月の歌よみ侍りけるに、月前霧
空にのみ立つ川霧もひま見えてもりくる月に秋風ぞ吹く
等持院贈左大臣
貞和の百首の歌奉りし時
霧はらふ比良の山風ふくる夜にさゞ波はれて出づる月影
藤原隆信朝臣
題志らず
明けぬとや釣する舟も出でぬらむ月に棹さす鹽がまの浦
平高宗
長き夜も明けなばつらし水の江の浦島かけてすめる月影
永福門院
伏見院の三十首の歌の中に
さやかなる月さへ疎く成ぬべし涙の外に見る夜なければ
式子内親王
題志らず
我が宿の籬にこむる秋の色をさながら霜に知せずもがな
正三位季經
明方に夜はなりぬらし菅原や伏見の田ゐに鴫ぞ立つなる
中納言爲藤
文保三年百首の歌奉りける時
憂き事の限知られぬねざめかな鴫の羽根掻數はかけども
伏見院御製
秋の御歌の中に
思へたゞ空しきはしに雨をおきて明け難き夜の秋の心を
侍從隆朝
元弘三年九月十三夜、内裏の三首の歌に、月前擣衣といふ事を
亂れてぞ音も聞ゆる夜もすがら志のぶの衣月にうつらし
前大納言爲定
正和五年九月十三夜、後醍醐院みこの宮と申しける時、五首の歌めされけるに、同じ心を
つき草の花ずり衣秋の夜はやがて移ろふかげに擣つなり
法印仲顯
題志らず
床の霜枕の月のさむき夜にたえずや人のころもうつらむ
讀人志らず
山彦の音は野里の小夜衣こなたかなたに擣つかとぞ聞く
二品法親王寛尊
移り行く籬の菊のいろにこそ秋の日數のほども見えけれ
伏見院御製
花園院くらゐにおましましける時、十月ばかり持明院殿へ行幸あるべかりけるまへの日、紅葉を箱のふたに入れて奉らせ給うける
色そへむ行幸をぞ待つもみぢ葉もふりぬる宿の庭の景色に
花園院御製
御返し
尋ぬべき程こそ最ど急がるれかづ%\見ゆる庭のもみぢ葉
入道二品親王覺譽
紅葉を
露霜の色とも見えぬ紅にいかで染めける木の葉なるらむ
玄勝法師
山ひめの手染に急ぐもみぢ葉やしぐれぬ先の錦なるらむ
太宰權帥爲經
建長六年九月十三夜、五首の歌めされける時、初紅葉といふ事を
山姫のいそぐ衣の秋の色を染めはじめたる峯のもみぢば
後醍醐院御製
十首の歌めしける時、秋夕雨といふ事をよませ給うける
夕づくひしぐれて殘る山のはのうつろふ雲に秋風ぞ吹く
前參議實名
百首の歌奉りし時、紅葉
今はたゞよそにぞ見つる小倉山峯の紅葉の秋のさかりを
堀河右大臣
宇治入道前關白紅葉見にまかると聞きていひ遣しける
いかにしてありし心を慰めむ紅葉見にとも誘はれぬ身を
貫之
延喜七年大井川に行幸の時序たてまつりて泛秋水と云へる事をよめる
波の上を漕ぎつゝ行けば山近み嵐に散れる木葉とや見む
前大納言實教
後醍醐院に十首の歌めしけるに、曉惜月といふ事を
惜しと見る有明の月の名殘をも思捨てゝや秋は行くらむ
前大納言爲世
暮秋霜
うらがるゝ野べの尾花の袖の霜結びすてゝも暮るゝ秋哉
冷泉前太政大臣
寳治二年百首の歌奉りける時、初冬時雨
晴れ曇り時雨ふりおける片岡の楢の葉さやぎ冬はきに鳬
禪信法師
題志らず
山風にすぎ行く雲の跡までも猶名殘あるむらしぐれかな
藤原俊顯朝臣
寐覺して明くるまつ間の手枕に幾度すぐる時雨なるらむ
前大納言經顯
百首の歌奉りし時、落葉
濡れて猶色こそ増れ落葉をも重ねて染むる時雨なりけり
殷富門院大輔
同じ心を
神無月時雨の雨の織りかけし錦ふきおろすさほの山かぜ
前内大臣
大井川かげ見しみづに流るめりさそふ嵐の山のもみぢば
貫之
權中納言兼輔の家の屏風の歌
もみぢ葉の流るゝ時は白浪のたちにし名こそ變るべらなれ
高市黒人
題志らず
とくきても見てまし物を山城の高槻村の散りにけるかも
平時常
野も山も木葉まれなる冬がれに嵐を殘すみねのまつばら
後西園寺入道前太政大臣
文保の百首の歌奉りし時
いせ島や浦風そよぐ濱荻のしものかれ葉も神さびにけり
聖尊法親王
冬の歌の中に
難波江や霜に朽ぬる芦の葉はそよぐともなく浦風ぞ吹く
大江忠廣
冬枯の眞野の萱原ほにいでし面影見せておけるしもかな
入道二品親王覺譽
百首の歌奉りし時、寒草
風さゆる霜の籬の花ずゝきかれし人めにたれまねくらむ
等持院贈左大臣
冬月の歌とてよめる
霜むすぶ枯野の小笹うちさやぎ嵐も月も冴えまさりつゝ
院御製
冬望といふ事を
冬ふかみ寂しきいろは猶そひぬかり田の面のしもの明方
前大納言經繼
龜山殿の千首の歌に
冬の夜の月影さむき谷の戸に氷をたゝく山おろしのかぜ
中納言爲藤
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、冬曉月
長き夜の寐覺の涙ほしやらで袖よりこほるありあけの月
宗久法師
題志らず
今朝見れば竹の筧を行く水のあまる雫ぞかつこほりぬる
内大臣
百首の歌奉りけるに、氷
さえまさる山風ばかり音たてゝ氷にむせぶたに川のみづ
藤原長秀
瀧氷を
吉野川たぎつ流もこほるなり山した風やさえまさるらむ
乘功法師
題志らず
冬の夜のさむけき月に數見えて伏見の澤にわたる水どり
按察使實繼
百首の歌奉りし時、水鳥
群れてたつ鴨のうきねの跡ばかり暫しこほらぬ庭の池水
前大納言公蔭
冬の歌の中に
いつのまに結ぶ氷ぞあし鴨のあしのいとなくさわぐ池水
權中納言公雄
河千鳥
山科の音羽の河の小夜千鳥およばぬ跡に音をのみぞ鳴く
二品法親王尊胤
百首の歌奉りし時、千鳥
人なみに名をやかくると和歌の浦に猶跡慕ふ友千鳥かな
信快法師
同じ心を
人志れぬ音をのみなきて濱千鳥跡をぞかこつ和歌の浦波
正三位通藤女
題志らず
和歌の浦に心をとめて濱千鳥跡まで思ふ音こそなかるれ
後醍醐院女藏人萬代
難波がた月のでしほの浦風によるべ定めずなく千鳥かな
左兵衛督基氏
みだれ葦の枯葉の霜や沖つ風ふけゆく月に千鳥鳴くなり
權大納言義詮
百首の歌奉りし時、千鳥
とけて寐ぬ須磨の關守夜や寒き友よぶ千鳥月に鳴くなり
亭子院御製
亭子院の歌合に左方にうへの御心よせありとて、右の頭の女七のみこ恨み給ふよし聞しめして
立ち歸り千鳥なくなりはまゆふの心隔てゝ思ふものかは
延政門院新大納言
伏見院に奉りける三十首の歌に
浦づたふ霜夜の千鳥聲さえて汐干のかたに友さそふなり
道因法師
網代待友といふ事を
網代へと契りし人のまだこぬは何處によりて日を暮す覽
源氏頼
鷹狩をよめる
降る雪にとだち尋ねて今日幾か交野のみのを狩暮すらむ
源顯氏
冬の歌の中に
音にのみふるとはきけど玉笹の上にたまらず散る霰かな
權律師則祐
枯れ殘るまがきの荻の一むらにまた音たてゝふる霰かな
前參議敦有
霰を
ぬきとめぬをすての山の苔の上に亂るゝ玉は霰なりけり
源頼隆
題志らず
志がらきの外山に降れる初雪に都の空ぞなほしぐれける
夢窓國師
初雪の朝等持院贈左大臣尋ね來りて侍りける時よみ侍りける
とふ人の情の深きほどまではつもりもやらぬ庭の志ら雪
源宗氏
冬の歌の中に
降る雪の踏分けぬべき宿ならばとはれぬ身をや猶も怨みむ
後醍醐院女藏人萬代
踏み分けて誰かはとはむ草の原そことも知らず積る白雪
惟賢上人
さゞ波や打出でゝ見れば白妙の雪をかけたる瀬田の長橋
藤原盛徳
難波がたまさごぢ遠くひく潮の流れ干る間につもる白雪
前關白左大臣近衛
百首の歌奉りし時、雪
雲かゝる葛城山に降り初めてよそにつもらぬ今朝の白雪
藤原爲重朝臣
かざこしの峰の吹雪もさえくれてきそのみ坂を埋む白雪
範空上人
題志らず
いとゞ猶ゆきゝも絶えて世を厭ふ山のかひある庭の白雪
加賀左衛門
大納言經信草子を書かせけるを、雪の降る日、書きて遣し侍るとて書きつけ侍りける
哀なり降積りたる雪よりも我身はまづや消えむとすらむ
大納言經信
返し
富士のねに降積む雪の年をへて消えぬ例に君をこそ見め
前大納言忠季
百首の歌奉りし時、炭竈
雪はなほ埋みも果てぬ炭がまの烟ふきしく小野の山かぜ
等持院贈左大臣
炭がまに通ふゆきゝの跡ばかり雪にぞみゆる大原のやま
伏見院御製
嘉元元年三十首の歌めしけるついでに、夜神樂といへる事を詠ませ給うける
星うたふ聲や雲居にすみぬらむ空にも頓て影のさやけき
後伏見院御製
冬の御歌の中に
見しやいつぞ豐の明のそのかみも面影とほき雲の上の月
野宮左大臣
千五百番歌合に
行く年も立ちくる春も逢坂の關路の鳥の音をや待つらむ
御製
百首の歌めされしとき、曉
鶏
ことしげき我が習はしにおきなれて聞けば夜深き鳥の聲哉
後醍醐院御製
題志らず
ほのかなる聲ぞ聞ゆる九重の宮のほかにや鳥は鳴くらむ
前大納言爲世
嘉元の百首の歌奉りし時、曉
長閑なる老の寢覺の寂しきに鳥の八聲をかぞへてぞ聞く
源氏經朝臣
題志らず
治まれる時をぞ告ぐる我が君の代に逢坂の關のとりのね
二品法親王覺助
嘉元の百首の歌奉りし時
こととひしみゆきの跡は世々ふりて殘る川邊の松ぞ木高き
前中納言定家
名所の百首の歌奉りけるに
待ち戀ひし昔は今に忍ばれてかたみ久しきみつのはま松
信明朝臣
題志らず
うちつけに渚の岡の松かぜを空にも浪のたつかとぞ聞く
前大僧正孝覺
與謝の浦入海かけて見わたせば松原とほき天のはしだて
從三位行尹
清見潟おきつしほせの夕なぎに入日うつろふ三保の松原
花園院御製
三十首の歌詠ませ給うけるに
難波潟浪路はれゆく夕なぎに入日まぢかき淡路しまやま
御製
百首の歌めされし時、眺望
松浦潟もろこしかけて見渡せば浪路も八重の末のしら雲
按察使公通
保延元年、内裏の歌合に、海上遠望
波間より仄かに見ゆる蜑小舟雲とともにも消え渡るかな
平泰時朝臣
題志らず
哀なり蜑のまてがた暇なみ誰れもさてこそ世は盡せども
法印定爲
嘉元の百首の歌奉りし時、山
富士のねを田子の浦より見渡せば烟も空にたゝぬ日ぞなき
法皇御製
題志らず
よるの雨の雲吹き拂ふ朝嵐に晴れてまぢかき遠の山のは
龜山院御製
嘉元の百首の歌めしけるついでに、松
徒にみのゝを山のまつこともなき我ながら年ふりにけり
前大僧正道昭
大峯にて詠み侍りける
今はわれ苦しき老の坂こえて又分け侘ぶるすゞのした道
修理大夫顯季
題志らず
雲かゝる青ねが峯のこけ莚幾代經ぬらむ知るひとぞなき
前大納言實教
幾世しも隔てぬものを位山のぼりし跡になどまよふらむ
祝部成仲
天台座主忠尋僧正になりて程なく又法務になりぬと聞きてよろこびに遣しける
日にそへて位の高く成行けば山のかひある君とこそ見れ
藤原爲邦
前參議爲秀いまだ四品に侍りける頃、寄山述懷といへる心をよめる
位山まだ椎柴のかげに居て我がのぼるべき道はいそがず
太宰大貳重家
清輔朝臣、四位して侍りけるに遣しける
武藏野のわか紫の衣手はゆかりまでこそうれしかりけれ
藤原朝尹朝臣
かうぶり給はりて後、又藏人にかへりなり侍りける時詠める
同じくばあけの衣の色ながらいかで雲居に立ち歸らまし
月花門院
百首の御歌の中に、鶴をよませ給うける
たぐひなく哀とぞ聞く小夜ふけて雲居に渡るたづの一聲
順徳院御製
名所の百首の歌めしけるついでに
芦邊より潮滿ちくらし天つ風吹飯の浦にたつぞ鳴くなる
天暦御製
忠見津の國に年頃身を沈めて侍りけるにおほやけ聞しめして召し侍りければよる參りて侍りけるつとめてありとしの朝臣して仰せられける
見しかども誰とも知らず難波潟波の夜にて歸りにしかば
忠見
御返し
住吉の松と仄かに聞きしかば滿ちにし潮のよる歸りけむ
讀人志らず
應和二年、一宮の歌合に
田子の浦の波はのどけし我袖に譬へむ方のなきぞ悲しき
前大納言爲世
文保三年百首の歌奉りける時
立歸り和歌の浦波この御世に老いて再びなをぞかけつる
善源法師
題志らず
沖つ波高師の濱の志ほ風に夜や寒からしたづぞなくなる
中宮大夫公宗母
貞和の百首の歌めされし時
斯しつゝ積れば老の水無瀬川さのみや有りて袖濡すべき
後嵯峨院御製
題志らず
龜山のみねたちこえて見渡せばきよたき川をおとす筏師
中園入道前太政大臣
貞和の百首の歌奉りけるに
渡りする川瀬の舟にさす棹の其名ばかりはとるも苦しな
俊頼朝臣
河を詠める
大井川みなわさかまく岩淵にたゝむ筏のすぎがたの世や
亭子院御製
宮瀧御覽じて歸らせ給ふとて立田山をこえさせ給うける日、時雨の志侍りければ
世の中にいひながしてし立田川みるに涙ぞ雨と降りける
前内大臣
題志らず
世々絶えぬ關の藤川いかなれば沈む浮瀬に名を流すらむ
平兼盛
荒れたる宿にてよめる
岩間より出づる泉ぞむせぶなる昔を忍ぶ戀にやあるらむ
能因法師
音無の瀧にて
都人きかぬはなきを音なしの瀧とは誰か云ひはじめけむ
西行法師
大覺寺の瀧殿の石ども閑院へわたされて跡なくなりたると聞きてみにまかりて赤染衛門が、いまだにかゝりとよみけむ折、思ひ出でられて
今だにもかゝりと云ひし瀧つ瀬の其の折迄は昔なりけむ
法印定圓
志ばし世をのがれてこもりゐて侍りけるに勅命のがれ難くて又公請にしたがふとて心の内に思ひつゞけゝる
又世にも立ち歸るかなすゝぎえぬうき三輪河の水の白波
祝部成久
題志らず
待たれつるこのせも過ぎぬ君が代に阿武隈川の名を頼め共
紫式部
里の名を我が身に知れば山城の宇治の渡りぞ最ど住憂き
三條院御製
世を歎かせ給うて
つく%\と浮世に咽ぶ河竹のつれなき色はやる方もなし
右大臣
百首の歌奉りし時、庭竹
家の風なほ吹きたえず十代餘り又かげなびく庭のくれ竹
正三位有範
竹をよめる
呉竹のよゝの君には仕へきぬ思出のこるひとふしもがな
前中納言爲相
空しきを友とはすれど呉竹のうき節ばかり身にぞ數そふ
從二位家隆
千五百番歌合に
存へてあればぞあへる君が代に數ならずとも身をば厭はじ
後山本前左大臣
嘉元の百首の歌奉りし時、述懷
おろかなる我が身にむけて思ふには君が惠の猶餘りぬる
六條内大臣
後醍醐院御受禪のほど近くなりて後宇多院西園寺に御幸侍りけるに仕うまつりて詠める
老らくの白髮までに仕へきて今日の御幸に逢ふが嬉しさ
前大納言爲家
弘長元年百首の歌奉りけるとき、述懷
傳へくる庭の教のかたばかり跡あるにだに猶まよひつゝ
院御製
題志らず
敷島の道は正しきみちにしも心づからやふみまよふらむ
民部卿爲明
康安二年三月古今集の家の説聞こしめされし事を傳へ承りて、按察使實繼その儀を尋ね侍りしに
塵の身に積れる庭の教までいともかしこく聞えあげてき
按察使實繼
返し
和歌の浦に年ふるたづの雲居まで聞えあげゝる道ぞ畏き
從二位行家
續古今の竟宴の歌
志き島の道の光とまき/\の中にみがける玉を見るかな
前大納言爲氏
弘安元年百首の歌奉りけるに
古の世々に變らず傳へきて今もあつむるやまとことの葉
等持院贈左大臣
貞和の百首の歌奉りし時
古のかしこきみちをまなべども心をかふる人ぞすくなき
中納言爲藤
月の歌とてよめる
三笠山その名をかけて見し秋も遙になれる峰のつきかげ
前大納言爲氏
弘安の百首の歌奉りける時
めぐり逢ふ雲居の月に幾度か出でゝ仕へし秋を戀ふらむ
前關白左大臣近衛
從三位
[7]E子八月十五夜に、位記をうけ侍りける時、詠み侍りける
今宵しも光そへけるくらゐ山かひある秋の月を見るかな
藤原高範
藏人にて侍りけるがかうぶり給はりて後よめる
位山のぼる我が身のいかなれば雲居の月に遠ざかるらむ
前中納言雅孝
貞和の百首の歌奉りし時
齡こそいつよをこえめ位山たえにし跡にまたのぼるかな
八條入道内大臣
題志らず
二代迄承繼ぐ君をわが君と仰ぐ八十ぢの身こそふりぬれ
後中院前太政大臣
なゝそぢの袖の涙にやどりきて老をば月ぞ厭はざりける
法印長舜
むそぢ餘り同じ空行く月を見て積れる老の程ぞ知らるゝ
彈正尹邦省親王
家に五十首の歌よみ侍りけるに、月
身のうさの慰むとしはなけれ共夜はすがらに月を見る哉
前大納言爲氏
月の歌の中に
おのづから物思ふ人も慰さめと浮世に秋の月やすむらむ
惠慶法師
人の家に女どもの月みける所にて
我宿の物とだに見ば秋の夜の月夜よしとも人に告げまし
藤原爲顯
弘安の百首の歌奉りし時
和歌の浦に沈み果てにし捨舟も今人並の世にひかれつゝ
源成實朝臣
寄草述懷
藻鹽草かきおく數は積れども又あらはるゝ言の葉ぞなき
伏見院御製
竹林院入道左大臣いまだ右大將に侍りける頃、御製をあまたあそばして給はせける奥に
かきとむる此水莖の變らずばなからむ跡の形見とも見よ
後二條院御製
御歌ども書きおかれたる卷物のおくに
我が身世になからむ後に哀れとは誰れか岩間の水莖の跡
從二位行忠
文和三年十一月、大甞會の悠紀方の額書とて代々の古本をみ侍りて
見る度に思ひぞ出づる水莖の跡は忘れぬ代々のかたみを
大納言經信
人の手本かゝせけるを主はたれぞと尋ねけれども中さず侍りければおくに書き侍りける
誰かすむ宿の妻とも知らなくにはかなくかける小蟹の跡
讀人志らず
屏風の繪に花の木ある家に人來りてあるじに向ひゐたる所
心ひく宿にくらして梓弓かへらむほどをわすれぬるかな
贈法印慈應
右近大將道綱の家に人々小弓射てあそびける時、まかり侍らで申し遣しける
梓弓居てもかひなき身にしあれば今日の圓居にはづれぬる哉
道命法師
返し
梓弓君しまとゐにたぐはねばとも離れたる心地こそすれ
中園入道前太政大臣
貞和二年百首のうた奉りける時
五代まで君に仕へてとしさむき松の心はならひきにけり
前大僧正實伊
山家の歌とてよみ侍りける
高砂の尾上に見ゆる松の戸は誰が世を盡すすみかなる覽
平貞秀
述懷の歌に
待ちいでゝ見るも難面き我身かなすむべき山の有明の月
中園入道前太政大臣
百首の歌奉りし時、山家
あらましの心は行きてすみ乍らよそは深山の雲ぞ隔つる
戒仙法師
山にのぼりて詠める
雲ならで木高き峯にゐる物は浮世を背く我が身なりけり
前律師永觀
禪林寺にて時鳥を聞きて
志のびねも音なかりけり郭公こやしづかなる林なるらむ
惟宗行冬
題志らず
尋入るかひやなからむ山深くすむともすまぬ心なりせば
前僧正慈快
柴の戸の暫しばかりのすまひぞと慰めて聞く軒のまつ風
頓阿法師
庵室の庭の松を仙洞にうつされける時むすびつけ侍りける
友ときく松の嵐も音せずばなほやま里やさびしからまし
法皇御製
御返し
さびしさを思ひこそやれ山里の友と聞きけるまつの嵐に
前大納言爲家
弘長の百首の歌に、山家
垂乳根の昔の跡と思はずば松のあらしやすみうからまし
後鳥羽院御製
建仁三年、八幡宮の歌合に、山家松
都人とはぬ程をも思ひ知れ見しより後のにはのまつかぜ
藤原冬隆朝臣
山家を
憂き事を聞かじとてすむ山里に又や厭はむ峯のまつかぜ
法皇御製
題志らず
あす知らぬ身はかくてもや山深み都は八重の雲に隔てゝ
藤原高光
山深く住み侍りし頃人のとぶらひきて侍りけるによめる
山深み木の葉の露を打拂ひいつまでされば消え殘るらむ
讀人志らず
題志らず
侘びぬれば松の嵐の寂しさも堪へてすまるゝ山の奥かな
法印梁清
尋ね入る深山の奥の隱れがは世のうき事や導べなるらむ
只皈法師
つねにすむ心の内の隱れがぞ人のとひくる道なかりける
按察使公敏
山家の歌とて
とふ人のあらばと待ちし山里は猶世をすてぬ心なりけり
源顯氏
人とはぬ程も知られて山里は苔のみ深きにはのかよひぢ
源頼仲
栞せで入りにし道のかひありて人もとひこぬ山の奥かな
藻壁門院少將
洞院攝政の家の百首の歌に
さらぬだぬ夕暮つらき山里にとふ人かへる岩のかけはし
前大僧正尊什
東山なる所にてよみ侍りける
此儘にたちも歸らじ山里は思ひしよりも住みよかりけり
法印禪守
山家の心を
山深み又すむ人のあるにこそ身一つならぬ浮世とは知れ
法印禪隆
山家送年といふ事を
假そめに結びし柴の庵にもすめばすまれて年ぞ經にける
藤原朝村
常陸の國に侍りける時よめる
假初と思ひし程に筑波嶺のすそわの田居も住みなれに鳬
僧正桓覺
田家烟
筑波嶺のすそわの田居の松の庵このもかのもに烟立つ
なり
二品法親王尊胤
百首の歌奉りし時、田家
守りあかす門田の面のいな莚ふきしくかぜを枕にぞ聞く
大納言顯實母
世中は秋の山田の假の庵すみうしとてもよしやいつまで
是法法師
八十ぢに多くあまりて後よめる
なべて世の憂きにこえたる老の波いつ迄斯る身を歎かまし
前大僧正頼仲
題志らず
殘なき末を思へばなゝそぢのあまりにもろきわが涙かな
前大納言良冬
徒に老いにけるかな春日野にひく人もなきもりの志た草
大僧正忠性
述懷の歌の中に
いつ迄と思ふにつけて老が身は慰む程のあらましもなし
頓阿法師
限あれば身の憂き事も歎かれず老をぞ人は待つべかりける
法印長舜
いかにせむ憂しと思ひし世の中の面變りせで身こそ老いぬれ
彈正尹邦省親王
老後述懷といふ事を
いつ迄と世を思ふにも袖ぬれて老のしるしぞ涙なりける
覺空上人
題志らず
かひなしや我が世はふけて徒にかゝげもやらぬ法の燈火
法印經深
後の世の闇をはるけよ集めても身をば照さぬ螢なりとも
藤原成藤
遂に行く道はありとも暫しだに老をとゞむる關守もがな
源光正
述懷の歌に
侘びつゝも猶すてやらぬ心哉げに浮世とや思はざるらむ
宗祐法師
幾度かうき世の外に捨てし身を又立ち歸り歎き侘ぶらむ
從三位實遠
なべて世の憂きはならひと思ひこし理すぎて身を歎く哉
一條太政大臣女
河を
飛鳥川あすのふち瀬を知らぬこそ定なき世の頼なりけれ
三善直信
題志らず
斯計り憂きはいかなる報ぞと身をこそ喞て世をば恨みず
入道二品親王法守
貞和の百首の歌奉りし時
折々に事こそかはれ身の憂さを思ふ心のやすげなの世や
藤原宗遠
寄橋述懷を
東路の十綱の橋のくるしとも思ひ知らでや世を渡るらむ
永福門院内侍
題志らず
仰ぎつゝ頼みし蔭は枯果てぬ殘る朽木の身をいかにせむ
源直氏
數ならでながらへきつるうき身をも君が爲にと猶惜む哉
藤原雅朝朝臣
述懷の心を
背かれぬ我身の程の難面さも世のうきにこそ思知りぬれ
眞俊法師
生きて世に住むとはいはじ數ならぬ身とだに我を知る人ぞなき
法印宗尋
題志らず
在果つる世とし思はゞいか計り數ならぬ身の猶うからまし
惟宗忠景
世の中の憂きをもうしと歎く身に厭ふ心のなどなるか覽
清原通定
浮世とは思ひも知らで過にけり數ならぬ身をあるに任せて
平政村朝臣
述懷の歌よみ侍りけるに
今日まではうきもつらきも忍びきぬ猶世を慕ふ心弱さに
公寛法師
浮世をも厭ひぞはてぬ折々にかはる心のさだめなければ
信生法師
世を捨てゝ後猶のがれえぬ事のみ侍りければ
小蟹の厭ひしかひもなき世哉斯てもなどか苦しかるらむ
津守國助
題志らず
何をして暮すともなき月日かな積る計りを身に算へつゝ
權少僧都行顯
寄夢述懷を
思ひつゝ猶驚かぬ浮世こそ夢と知りてもかひなかりけれ
源和義朝臣
鳥羽玉のよる見る夢を夢とのみ思ふ心ぞいやはかなゝる
源義高朝臣
誰も皆まだ覺めぬ間の夢とのみ心をとむる程のはかなさ
從二位經尹
二品法親王覺助の家の五十首の歌に、述懷
たち歸り猶ぞ悲しき世の中の憂きは夢ぞと思ひなせども
後鳥羽院御製
題志らず
何か思ふ何かは歎く覺めやらぬ夢の裡なる夢の憂き世を
法皇御製
うきも夢うからぬも亦幻の世をなぐさむる我もはかなし
讀人志らず
夢のごと過ぎし月日の廻りきて忍ぶ昔となりにけるかな
前權僧正雲雅
夢ならば覺むる現もあるべきを現ながらの夢ぞはかなき
山田法師
哀なり消果てぬとも憂きならで何を此の世の思出にせむ
賀茂基久
善惡を心にだにも捨てぬれば同じ浮世も住みよかりけり
大江高廣
捨てはてぬ我心もて幾度か世を憂しとのみ恨みきぬらむ
普誥法師
あらましに厭ふは今も易き世を誠にならば捨てや兼ねまし
前參議彦良
夢を
現には又も歸らぬいにしへを二たび見るは夢路なりけり
從三位宣子
懷舊の心を詠める
繰り返し何忍ぶらむ數ならで昔も過ぎし志づのをだまき
圓空上人
浮世には覺むる現のあらばこそ見しを夢とも人に語らめ
法印源意
戀ひわたる世々の昔も思ひつゝぬればや見ゆる夢の浮橋
源義春
題志らず
我ながら心や變るうしといひてすぎし昔をまた忍ぶかな
道昌法師
古を聞くにつけてぞ忍ばるゝ我が見し後や浮世なるらむ
平守時朝臣女
平英時にともなひて西國にすみ侍りし事を思ひ出でゝ
志らざりし心づくしの古を身の思ひでと志のぶべしとは
入道二品親王法守
貞和の百首の歌たてまつりける時
何しかもうさは變らぬ同じ世の昔になれば戀しかるらむ
[7] Kanji in place of E is not available in the JIS code table. The kanji is Morohashi's kanji number 30706.
赤人
短歌
富士の山を望みて詠める
あめつちの 別れし日より かみさびて 高くかしこき するがなる 富士の高嶺と あまのはら ふりさけみれば わたる日の 影もかくろひ てるつきの 光も見えず 志らくもの い去り憚り ときじくぞ 雪は降りける かたりつぎ 云繼ぎゆかむ 富士の高嶺は
讀人志らず
香具山をよめる長うた
あまくだる あまの香具山 かすみたち 春にいたれば まつかぜに 池なみたちて さくらばな このくれ茂み おきべには 鴎よばひて へつかたに あぢむら騷ぎ もゝしきの 大みやびとの 立ち出でゝ あそぶ舟には かぢさをも なくて寂しく 漕ぐ人なしに
大納言經信
源政長朝臣の家にて人々長歌よみけるに、初冬述懷といへる心を詠める
あらたまの 年くれゆきて ちはやぶる かみな月にも なりぬれば 露より志もを 結び置きて 野山のけしき ことなれば なさけ多かる ひと%\の とほぢの里に まとゐして うれへ忘るゝ ことなれや 竹の葉をこそ かたぶくれ 心をすます われなれや 桐のいとにも たづさはる 身にしむ事は にはの面に 草木をたのみ なくむしの 絶々にのみ なりまさる 雲路にまよひ 行くかりも きえみきえずみ 見えわたり 時雨し降れば もみぢ葉も 洗ふにしきと あやまたれ 霧しはるれば つきかげも 澄める鏡に ことならず 言葉にたえず しきしまに 住みける君も もみぢ葉の たつ田の河に ながるゝを 渡らでこそは をしみけれ 然のみならず からくにゝ 渡りしひとも つきかげの 春日のやまに いでしをば 忘れでこそは ながめけれ かゝるふる事 おぼゆれど 我が身に積る たきゞにて 言葉のつゆも もりがたし 心きえたる はひなれや 思ひのことも うごかれず 志らぬ翁に なりゆけば むつぶる誰も なきまゝに 人をよはひの くさもかれ 我が錦木も くちはてゝ 事ぞともなき 身のうへを あはれあさ夕 何なげくらむ
花山院御製
題志らず
千はやぶる 神の御代より 木綿だすき 萬代かけて いひいだす 千々の言の葉 なかりせば 天つそらなる 志らくもの 知らずも空に たゞよひて 花にまがひし いろ/\は 木々の紅葉と うつろひて よるの錦に ことならず 物思ふやとの ことぐさを 何によそへて なぐさめむ これを思へば いにしへの さかしき人も なには江に いひ傳へたる ふることは 長柄のはしの ながらへて 人をわたさむ かまへをも たくみいでけむ ひだだくみ よろこぼしくは おもへども くれ竹のよの すゑの世に 絶えなむ事は さゝがにの いと恨めしき はまちどり 空しきあとを かりがねの かき連ねたる たまづさは こゝろの如く あらねども 常なきわざと こりにしを 後の世までの くるしみを 思ひも知らず なりぬべみ 露のなさけの なかりせば 人のちぎりも いかゞせむ 谷のうもれ木 朽ちはてゝ 鳥のこゑせぬ おくやまの 深きこゝろも なくやあらまし
左京大夫顯輔
久安の百首の歌奉りける長歌
憂き身には 世のふる
ことも たのまれず いづれか孰れ おぼつかな
ことわりなれや まきもくの 檜はらの山の そまびとの うき節志げみ まがり木と 厭ひすてたる 身なれども 心にもあらず たちまじり 悲しきまゝに かりがねの 隙なく鳴けど あはれてふ 言の葉をだに きかせねば なくも行かむも かはらぬを 唯身のとがに なしはてゝ 此世のことを おもひすて 後の世をだにと おもひつゝ うき世の中を 立出づれど 子を思ふ道に まよひつゝ 行くべき方も おぼえねば あまの川なみ たちかへり 空をあふぎて ありあけの 難面き名をも 流しつるかな
反歌
身を知らで云ふはかひなき事なれど頼めば人を思ふ計ぞ
衣笠前内大臣
旋頭歌
述懷の心を
はかなくて世を徒に經し程に我が身は早く六十ぢも近くなりにけるかな
信實朝臣
墨染のそでの千しほにまどはるゝ我が身もて心のはなのいろやなにぞも
源有長朝臣
題志らず
悟ある人の世にふるつみなれやわたつ海に積らで消ゆるなみのうへの雪
俊頼朝臣
折句歌
藤原仲實朝臣の許にうしをかりに遣はしける時萩の枝につけて
恨むとは知らでや鹿のしきりには萩のはひえを柵にする
藤原仲實朝臣
返し
恨めしと鹿をないひそ萩が枝も苅藻にしつゝ過すとぞ見る
前大僧正慈鎭
ひえのみやを
人ごとにえてうれしきは法の花みよの佛のやどの物とて
讀人志らず
春の暮に友だちの許へ、などや久しく訪はぬと云ふ事を折句のくつかぶりに置きて
なほ散れと山風通ひさそふらし雲は殘れど花ぞとまらぬ
後鳥羽院御製
千五百番歌合を折句にて判ぜさせ給うけるに、同じほど
岡のべのならの落葉に時雨降りほの%\出づる遠山の月
俊頼朝臣
さつきやみと云ふ事を
笹の葉の露は暫しも消殘るやよやはかなき身を如何にせむ
重之
物名
但馬の國の出石の宮と云ふ社にて、なのりそと云ふ草を
千早ぶるいづしの宮の神の駒人な乘りそや崇りもぞする
貫之
苅萱
秋の野を分けつゝ行けば花も皆散かゝるかや袖にしむ覽
前中納言定家
さしぐし、日かげ
神山に幾代經ぬらむ榊葉の久しく志めをゆひかけてけり
左近中將具氏
くり、しひ、もちひ
繰り返し祈る心を強ひてなほ神はもちひよもりのしめ繩
讀人志らず
くつ、したうづ、まり
行く月もかげ更けにけりかぢ枕下うつ波の夜のとまりに
志やう、ふえ、ひちりき、こと、びは
うしやうし花匂ふえだに風通ひ散來て人の
こととひはせず
從三位頼政
二條院の御時、ひだりまきのふちふち、桐火桶をこめて、河に寄せて歌奉るべきよし仰ありければみづからの名を添へて詠みはべりける
水ひたりまきの淵々落たぎり氷魚けさ如何に寄り増る覽
從三位頼政
正治の百首の歌奉りけるに鳥の五首の中に、はやぶさ
恨みかね絶えにし床は昔はや臥さずなりにきよはのさ莚
しらふの鷹
山里は秋をまつかぜ琴志らぶ野田苅る賤は千世歌ふなり
入道二品親王性助
やくしぼとけを
須磨の浦蜑の苫屋の明くるより燒く鹽とけさ立つ烟かな
中務卿宗尊親王
誹諧
山鶯を
寂しくて人くともなき山ざとにいつはりしける鶯のこゑ
大江千里
題志らず
玉柳みどりの枝のよわければうぐひすとむる力だになし
俊惠法師
よしさらば導べにもせむ今日ばかり花もてむかへ春の山風
忠見
秋毎に刈り來る稻は積みつれど老いにける身ぞ置所なき
藤原仲文
雪の降りける朝院の御粥のおろし給はせて歌詠めと仰せられければ
白雪の降れる旦の白粥はいとよくにたる物にぞありける
藤原實方朝臣
めのとの弓のふくろをとり出でゝ果物を取り入れておこせたりければ
おし張りて弓の袋と知る/\や思はぬ山の物を入るらむ
清輔朝臣
法性寺入道前關白の家に男女房物語してはべりける程に、たき物を包みて出されたりければ爭ひ取りて見るにあらぬ物にて侍りけるたまの日參りたりけるに、昨日のたき物の爭こそをかしくと女房申しける返事に詠める
玉垂のみすのうちより出でしかば空だき物と誰も知にき
光俊朝臣
旅泊を詠める
夕凪にほづゝしめ繩繰りさげて泊りけずらひ寄する舟人
從二位行家
題志らず
我戀は目さへいつかは近江なる安きいをだにぬるよしぞなき
後西園寺入道前太政大臣
入道二品親王性助の家の五十首の歌に
風荒き山田の庵の菰すだれ時雨をかけて洩る木の葉かな
正三位知家
わらびを
今日の日は暮るゝ外山のかぎ蕨明けば又見む折過ぎぬまに
讀人志らず
曉水鷄を聞きて
明くる間をなほたゝくこそ夏の夜の心短き水鷄なりけれ
夜松にて觀音をつくり奉りけるを
ゆふかけし神の北野の一夜松今はほとけの御祓なりけり
從二位行家
冬の歌の中に
たきつ河に亂れし玉のをだえして水の糸すぢ氷しにけり
西行法師
柳隨風と云ふ事を
見渡せば佐保の河原にくりかけて風によらるゝ青柳の糸
前大納言爲家
寳治の百首の歌奉りけるに
つらかきな山の杣木の我ながら打つすみ繩に引かぬ心は
權中納言公雄
文保三年百首の歌奉りける時
大井川かへらぬ水の鵜飼舟つかふと思ひし御代ぞ戀しき
新拾遺和歌集終