Title: Shoku senzai wakashu
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Title: Kokka taikan
Author: Anonymous
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Title: Library of Congress Subject Headings
14th century Japanese fiction poetry masculine/feminine LCSH 11/2002
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11/2002
corrector Sachiko Iwabuchi
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續千載和歌集

續千載和歌集卷第一
春歌上

前中納言定家

春立つこゝろをよみ侍りける


出づる日の同じ光に渡つ海の浪にも今日や春は立つらむ




入道前太政大臣

嘉元元年百首の歌奉りし時


治まれる御代の始に立つ春は雲の上こそのどかなりけれ




法皇御製

初のはるの心をよませ給うける


やま川の氷もとけて春かぜに年たちかへる水の志らなみ




前大納言爲家

弘長元年後嵯峨院に百首の歌奉りける時


立ち歸り春は來にけりさゞ波や氷吹きとく志賀のうら風




常磐井入道前太政大臣


朝日さす影ものどかに久かたの空より春の色や見ゆらむ




土御門院御製

題志らず


三笠山さすや朝日の松の葉にかはらぬ春の色は見えけり




順徳院御製


あら玉の年の明け行く山かづら霞をかけて春は來にけり




郁芳門院安藝

鶯の始めて鳴くをきゝて


うぐひすの鳴く音や頓て告げつらむ霞の衣春きたりとは




凡河内躬恒

題志らず


春の立つけふ鶯のはつ聲を鳴きて誰にとまづ聞かすらむ




紀貫之

三條右大臣の家の屏風に


春立ちて子日になれば打群れて孰の人か野べに來ざらむ




前中納言定家

千五百番歌合に


やま里は谷の鶯うちはぶき雪より出づる去年のふるこゑ




春の歌の中に


春日山みねの朝日の春の色に谷のうぐひす今や出づらむ




龜山院御製

位におましましける時うへのをのこども鶯の歌つかうまつりけるついでによませ給うける


谷深き古巣を出づるうぐひすの聲聞く時ぞ春は來にける




今上御製

おなじ心を


おしなべて空に知らるゝ春の色を己が音のみと鶯ぞなく




法皇御製

百首の歌めされしついでに


家居してきゝぞ慣れぬる梅の花さけるをかべの鶯のこゑ




八條院高倉

建保四年内裏の百番歌合に


鶯のふるすに誰かことづてし梅さく宿をわきてとへとは




源道濟

題志らず


今朝みれば春來にけらしわが宿のかきねの梅に鶯の鳴く




躬恒

延喜の御時、御屏風に


梅が枝になく鶯のこゑ聞けど山には今日も雪は降りつゝ




惟明親王

千五百番歌合に


古巣をば都の春に住みかへて花になれ行く谷のうぐひす




道因法師

題志らず


梅が枝に降積む雪を拂ふまにあやなく花の散りにける哉




後京極攝政前太政大臣

正治二年後鳥羽院に百首に歌奉りける時


春日野の草のはつかに雪消えてまだうらわかき鶯のこゑ




前大納言爲氏

寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、春雪


かげろふの燃ゆる春日の淺緑かすめる空も雪は降りつゝ




入道前太政大臣

弘安元年龜山院に百首の歌奉りける時


淺みどりかすめる空は春ながら山風さむく雪は降りつゝ




院御製

春雪をよませ給うける


早晩と待たるゝ花は咲遣らで春とも見えず雪は降りつゝ




伏見院御製


春とだにまだしら雪のふるさとは嵐ぞさむき三吉野の山




後二條院御製

二月餘寒といへる心を


三吉野はなほ山さむしきさらぎの空も雪げののこる嵐に




後嵯峨院御製

寳治二年人々に百首の歌めしけるついでに、春雪をよませ給うける


春の立つあとこそ見ゆれ朝日影さすや岡邊に消ゆる白雪




前大納言爲家

住吉の社によみて奉りける百首の歌の中に、若菜を


下もえや先づいそぐらむ白雪の淺澤小野に若菜つむなり




常磐井入道前太政大臣

寛喜元年女御入内の屏風に


白妙の袖にわかなを摘みためて雪まの草の色を見るかな




法皇御製

雪中若菜といふ事をよませ給うける


袖の上にかつ降る雪を拂ひつゝ積らぬ先に若菜つむなり




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


若菜つむ袖こそぬるれけぬが上にふる野の原の雪間尋て




太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、若菜


孰く共野べをばわかず白雪の消ゆる方より若菜をぞ摘む




大中臣能宣朝臣

謙徳公の家の屏風に春日野に若菜つめる所をよみける


あたらしき春くる毎に故郷の春日の野邊に若菜をぞつむ




清原深養父

若菜をよめる


押並べていざ春の野に交りなむ若菜摘來る人も逢ふやと




相模

弘徽殿の女御の歌合に


春のこし朝の原の八重霞日をかさねてぞ立ちまさりける




順徳院御製

松上霞といへる心を


見わたせば霞ぞたてる高砂の松はあらしの音ばかりして




藤原信實朝臣

洞院攝政の家の百首の歌に、霞


高砂のをのへの松のあさ霞たなびく見れば春は來にけり




常磐井入道前太政大臣


はる霞立ちにし日より葛城や高間の山はよそにだに見ず




前僧正道性

春の歌の中に


春はまだ霞に消えて時しらぬ雪とも見えずふじの志ば山




前大納言爲氏

寳治の百首の歌奉りける時、山霞


ころもでの田上山の朝がすみ立ち重ねてぞ春は來にける




前大納言爲世

百首の歌奉りし時


烟さへ霞そへけりなには人あし火たく屋の春のあけぼの




後京極攝政前太政大臣

正治二年百首の歌奉りける時


のどかなる春の光に松島やをじまの海士の袖やほすらむ




藤原信實朝臣

柳を


春はまづなびきにけりな佐保姫のそむる手引の青柳の糸




前中納言定家


淺みどり玉ぬきみだるあを柳の枝もとをゝに春雨ぞ降る




今上御製

雪中梅といへる心をよませ給うける


消えやすき梢の雪のひまごとに埋れはてぬ梅が香ぞする




藤原爲定朝臣

百首の歌奉りし時


けぬが上に降るかとぞ見る梅が枝の花に天ぎる春の沫雪




九條左大臣女

春の歌の中に


吹きまよふよその梢の梅が香にわが袖にほふ春の夕かぜ




二品法親王覺助


香をとめてとはれやすると我宿の梅の立枝に春風ぞ吹く




御嵯峨院御製

寳治の百首の歌めしけるついでに、梅薫風


ことならば色をも見せよ梅の花香は隱れなき夜はの春風




前大納言爲家

建長二年詩歌を合せられける時、江上春望


難波江や冬ごもりせし梅が香の四方にみちくる春の汐風




前中納言定家

名所の百首の歌奉りける時


梅が香やまづうつるらむかげ清き玉島川の水のかゞみに




讀人志らず

題志らず


我宿の梅咲きたりと告遣らばこてふに似たり散りぬ共よし





我宿に盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがな




大藏卿隆博

弘安の百首の歌奉りける時


歸るさをよしや恨みじ春の雁さぞふる郷の人も待つらむ




前大納言良教

弘長三年内裏に百首の歌奉りける時、歸雁


別れけむこしぢの秋の名殘さへ思ひ知らるゝ春の雁がね




津守國助

題志らず


歸る雁行くらむかたを山の端の霞のよそに思ひやるかな




前大納言爲世

百首の歌奉りし時


おなじくば空に霞の關もがな雲路の雁をしばしとゞめむ




永福門院

歸雁の心を


歸るさの道もやまよふ夕暮のかすむ雲居に消ゆる雁がね




中宮


吉野山峰とびこえて行く雁のつばさにかゝる花の白くも




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


梓弓はるゆく雁も待て志ばし花なき里にこゝろひくとも




中務卿宗尊親王

題志らず


雪と降る花を越路の空とみて志ばしはとまれ春の雁がね




紀友則

寛平の御時、后の宮の歌合の歌


春雨の色は濃しとも見えなくに野べの緑を爭で染むらむ




後京極攝政前太政大臣

千五百番歌合に


野も山も同じみどりに染めてけり霞より降る木の芽春雨




贈從三位爲子

嘉元の百首の歌奉りし時、花


今よりは待たるゝ花のおもかげに立田の山の嶺のしら雲




前關白太政大臣

待花といへる心を


待つ程に日數ばかりは移り來て花よりさきの春ぞ久しき




津守國助


咲かぬより立慣れて社木の本に待ける程も花に知られめ




源兼氏朝臣


さのみやはまだ咲やらぬ花故に見まく欲しさの山路暮さむ




前大納言爲家


咲かぬより花は心に懸れども其かと見ゆる雲だにもなし




式子内親王

正治の百首の歌奉りける時


花を待つ面かげ見ゆるあけぼのは四方の梢にかをる白雲




和泉式部

題志らず


誰にかは折りても見せむ中々に櫻さきぬと我に聞かすな




鳥羽院御製


降る雨の洽く潤ふ春なれば花さかぬ日はあらじとぞ思ふ




柿本人丸


音に聞く吉野の櫻見に行かむ告げよ山もり花のさかりは




前大僧正慈鎭

千五百番歌合に


櫻花まだ見ぬさきにみよし野の山のかひある峰の白くも




伏見院御製

禁中盛花といへる心を


さくら花はやさかりなりもゝ敷の大宮人は今かざすらし




山階入道左大臣

寳治の百首の歌奉りける時、山花


少女子がかづらき山の櫻花こゝろにかけて見ぬ時ぞなき




權中納言公雄

百首の歌奉りし時


佐保姫の初花ぞめの袖の色もあらはれて咲く山ざくら哉




法印定爲

題志らず


花の色も一つにかすむ山の端の横雲にほふ春のあけぼの




左大臣

百首の歌奉りし時


やま櫻今日はさかりになりにけり昨日にまさる峯の白雲




前參議雅有

弘安の百首の歌奉りける時


山ざくら雲のはたての春かぜに天つ空なる花の香ぞする




常磐井入道前太政大臣

西園寺の八重櫻を見てよみ侍りける


山深み軒端にかゝる白雲の八重にかさなる花ざくらかな




宜秋門院丹後

正治の百首の歌奉りける時


吉野山かすみのうへにゐる雲や峰のさくらの梢なるらむ




皇太后宮大夫俊成

久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時、花の歌


山ざくら咲くより空にあくがるゝ人の心や峰の志らくも




後京極攝政前太政大臣

家に花の五十首の歌よみ侍りける時


たづねてぞ花と知りぬるはつせ山霞のおくに見えし白雲




後一條入道前關白前左大臣

龜山院位におましましける時、所々の花見侍りて一枝折りて奉るとて奏し侍りける


君が爲知らぬ山路を尋ねつゝ老のかざしの花を見るかな




龜山院御製

御返し


たづねける知らぬ山路の櫻花けふ九重のかざしとぞ見る




前大納言爲世

嘉元の百首の歌奉りし時、花


行く先の雲は櫻にあらはれて越えつる峰の花ぞかすめる




續千載和歌集卷第二
春歌下

後嵯峨院御製

寳治の百首の歌めしけるついでに、惜花


かく計をしと思ふ日を暮れぬとて花みで歸る人さへぞうき




前大納言爲家

西園寺入道前太政大臣の家の三首の歌に、花下日暮といへる心を


ながしとも思はで暮れぬ夕日かげ花にうつろふ春の心は




源重之女

題志らず


春の日は花に心のあくがれて物思ふ人と見えぬべきかな




藤原清輔朝臣


思ひねの心や行きて尋ぬらむ夢にも見つる山ざくらかな




後法性寺入道前關白太政大臣

家に歌合し侍りけるに、花下明月


照る月も光をそへよ春ならでいつかは花と共に見るべき




順徳院御製

花の歌とてよませ給うける


ほの%\と明け行く山の櫻花かつ降り増る雪かとぞ見る




鎌倉右大臣

弓のわざし侍りけるに芳野山のかたをつくりて、山人の花見たる所をよみ侍りける


三吉野の山に入りけむ山人となりみてしがな花にあくやと




談天門院

山花といへる心を


芳野山まがふさくらの色なくばよそにや見まし峯の白雲




前大納言爲氏


嵐山ふもとの花のこずゑまで一つにかゝる峯のしらくも




六條内大臣

百首の歌奉りし時


しら雲のへだつるかたや山鳥の尾上に咲ける櫻なるらむ




正三位爲實


大原や小鹽のさくら咲きぬらし神代の松にかゝる白くも




萬秋門院

題志らず


咲きにけり外山の峰の櫻花たなびく雲のいろぞうつろふ




權大納言經繼

百首の歌奉りし時


白雲は立ちも別れで吉野山花のおくより明くるしのゝめ




平貞時朝臣

題志らず


三芳野やをのへの花に入る月の光をのこす山ざくらかな




前大納言俊光


霞みつるをちの高嶺もあらはれて夕日にみゆる山櫻かな




内大臣

百首の歌奉りし時


花のいろは猶暮れやらで初瀬山をのへの鐘の聲ぞ聞ゆる




邦省親王

題志らず


葛城や高間の霞立ちこめてよそにも見えぬ花のいろかな




入道前太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、花


山ざくら花の外なるにほひさへ猶立ちそふは霞なりけり




二品法親王覺助

百首の歌奉りし時


咲きつゞく花はそれとも見えわかで霞のまより匂ふ白雲




津守國助

花の歌の中に


深山木のしげみの櫻咲きながら枝に籠れる花とこそ見れ




左大臣

徳治二年三月、歌合に


身の春をいつとか待たむ九重の御階の櫻よそにのみ見て




左近大將爲教

南殿の櫻を本府より植ゑ侍りける時大内の花のたねにて侍りければ


古への雲居の櫻たねしあれば又春にあふ御代ぞ知らるゝ




前關白太政大臣

百首の歌奉りし時


百敷や御階の花はいにしへにいつまで花の匂ひなりけむ




法皇御製

故郷花を


故郷にむかし忘れず咲く花はたが世の春を思ひ出づらむ




權中納言爲藤

今上いまだみこの宮と申し侍りし時講ぜられし五首の歌の中に、花


さゞ浪や志賀の故郷あれまくを幾世の花に惜みきぬらむ




後鳥羽院御製

五十首の歌よませ給うけるに


はなゆゑに志賀の故郷今日見れば昔をかけて春風ぞ吹く




入道二品親王性助

故郷花といふ事を


住み捨てし我が故郷を來て見れば花ばかりこそ昔 なりけれ


源兼氏朝臣

花の歌の中に


へだて行く昔の春のおもかげに又立ちかへる花のしら雲




中務

天徳四年、内裏の歌合に、櫻


年毎に來つゝわが見る櫻花かすみも今は立ちなかくしそ




源俊頼朝臣

堀河院の御時中宮の御方にて、かたをわかちて花を折りに遣はして、御前にたてならべて歌よませ給ひにけるによめる


吹く風を厭ひてのみも過すかな花見ぬ年の春しなければ




平宣時朝臣

題志らず


いきてこそ今年も見つれ山櫻はなに惜しきは命なりけり




前大納言爲家


花を見て慰むよりや三吉野の山をうき世の外といひけむ




安嘉門院四條

弘安の百首の歌奉りける時


いか計人を待たまし宿からに訪はれぬ花と思ひ知らずば




藻壁門院少將

花の歌の中に


よしさらば風にも散りね櫻花みる我ならで訪ふ人もなし




讀人志らず


おのづから花のをりのみ訪ふ人の心の色をいかゞ頼まむ




權大納言長家

白川の花見侍りて次の日よみ侍りける


立ち歸りいざ又行かむ山ざくら花の匂のうしろめたさに




白川院御製

題志らず


峰つゞき匂ふ櫻をわが物と折りてや來つる春の日ぐらし




左京大夫顯輔


をしむとていくかもあらじ山櫻心のまゝに折りて歸らむ




野宮左大臣

千五百番歌合に


如何ばかり待つも惜むも花ゆゑは人の心をみよし野の山




民部卿實教

前大納言爲世すゝめ侍りし春日の社の三十首の歌の中に


誰も皆花にかへさや忘るらむ今日は山路に逢ふ人もなし




法印定爲

前中納言定房の家にて、花下日暮といへる心をよみ侍りける


尋ねつる志るべと頼む山人の歸るも知らず花を見るかな




順助法親王


濡れつゝもあかずぞ見つる山ざくら薫る軒端の花の雫に




法印長舜

花の歌の中に


散るをこそうしともかこて咲く花の匂はさそへ春の山風




平宗宣朝臣


あだに咲く花のつらさに習はずは散らぬより先物は思はじ




藤原隆信朝臣


あだに散る物からいかで櫻花のどけき春の色を見すらむ




前大納言爲氏


風のまに散らずはありとも山櫻いくかを花の盛とは見む




權中納言通俊

寛治八年高陽院の歌合に、櫻


春風は吹くとも散るなさくら花はなの心を我になしつゝ




花山院御製

題志らず


霞立つやまの櫻はいたづらに人にも見えで春や過ぐらむ




太宰權帥爲經


移ろはでしばしはまがふ山櫻ちればよそなる峯のしら雲




前攝政左大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、花


いとはじよ空に嵐のさそはずば四方の梢の花を見ましや




今上御製

落花の心をよませ給うける


あだなりと移ろふ花に喞つ哉ちらぬを風も誘ひやはする




仁和寺二品法親王守覺

花の歌の中に


花と見るよそめばかりの白雲もはらふはつらき春の山風




前中納言定家

正治二年九月、十首歌合に、落花


わがきつる跡だに見えず櫻花ちりのまがひの春の山かぜ




辨乳母

小野皇太后宮にまうでけるに、道なりける花は散りて、かしこには盛なりければよみ侍りける


都には散りにしものを山櫻われを待つとや風もよきけむ




中納言朝忠

天徳四年内裏の歌合に、櫻


あだなりと豫て知りにき櫻花惜む程だにのどけからなむ




貫之

題志らず


散る時はうしと見れども忘れつゝ花に心の猶とまるかな




讀人志らず


手折りても猶うつろはゞ櫻ばな心づからのうさや忘れむ




參議雅經

建保四年後鳥羽院に百首の歌奉りける時


春風は花ちるべくも吹かぬ日におのれうつろふ山櫻かな




津守國助

名所の歌よみ侍りける中に


櫻花散らでもおなじ手向山ぬさとな吹きそ春のゆふかぜ




九條左大臣

惜落花といへる心を


散る花のあかぬ色香を身にかへてさも慕はるゝ山櫻かな




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


慣れてみる老木の花よ散り易き我が涙には習はざらなむ




前關白太政大臣

雨後落花を


あめはるゝ軒端の花に風過ぎて露もたまらず散る櫻かな




中務卿恒明親王

花の歌の中に


立歸り風をのみ社恨みつれ吹かずば花も散らじと思へば




俊惠法師

後法性寺入道前關白の家の歌合に、花下明月


花よりも月をぞ今宵惜むべき入なば爭で散るをだに見む




俊頼朝臣

修理大夫顯季人々に花の十首の歌よませ侍りけるに


をしとだにいはれざりけり櫻花ちるを見るまの心惑ひに




大納言經信

題志らず


春風の吹きまふ時は櫻ばな散りぬる枝に咲くかとぞ見る




前内大臣


吉野川花の志がらみかけてけり尾上の櫻いまや散るらむ




從三位氏久

山川に花の流るゝを見て


散る花の浪を岩根に吹きこして風にぞまさる山川のみづ




常磐井入道前太政大臣

西園寺の花の盛に申し遣しける


おもひやる心の花も池水にうつるばかりの色や見ゆらむ




西園寺入道前太政大臣

返し


今日來ずば明日とも待たじ櫻花徒らにのみ散らば散らなむ




源兼康朝臣

花纔殘といふ事を


明日は又いかに眺めむ散果てぬ今日だにつらき花の梢を




源邦長朝臣

題志らず


吹く風を恨みもはてじ山櫻こゝろと散らば花の名も惜し




平貞時朝臣


なれて見る我が名殘をば惜までや誘ふ嵐に花の散るらむ




平齊時


昨日見し梢の花はこのねぬる朝げの風にふれる志らゆき




前大僧正實超


分きてなどおなじ梢の春風にかたえ殘して花の散るらむ




藤原泰宗

池上落花をよめる


散りのこるみぎはの櫻かげ見えて花の波たつ春風ぞ吹く




津守國冬

嘉元の百首の歌奉りし時、花


さくら花ちり殘るらし吉野山あらしの跡にかゝる志ら雲




法印定爲


風わたる雲のはやしの山櫻はなのところも雪と降りぬる




前大納言爲氏

文永二年内裏の十首の歌に、落花似雪といふ事を


雪とのみ降りこそまされ山櫻うつろふ花の春の木のもと




伏見院御製

硯のふたに櫻を入れて入道前太政大臣につかはされける


散りまよふ面影をだにおもひやれ尋ねぬ宿の花の志ら雪




入道前太政大臣

御返し


訪はでしも見るぞかひあるよそ迄も散來る庭の花の白雪




後京極攝政前太政大臣

正治の百首の歌奉りける時


今日も又とはで暮れぬる故郷の花は雪とや今は散るらむ




後鳥羽院御製

題志らず


吉野山くもらぬ雪と見るまでに有明の空に花ぞ散りける




從二位家隆

前大納言爲家の家に百首の歌よみ侍りけるに


かづらきや高間の嵐吹きぬらし空に知らるゝ花の志ら雪




修理大夫顯季

承暦二年四月内裏の歌合に、櫻


尋ねこぬさきには散らで山櫻みる折にしも雪と降るらむ




常磐井入道前太政大臣

月花門院へ奉りける


山里は訪ひ來る人の跡もなし降りつむ花は雪と見れども




藤原爲道朝臣

永仁二年三月内裏にて人々三首の歌よみ侍りける時、山路落花を


散らぬまに越ゆべかりける山路共跡つけ難き花に社しれ




伏見院御製

寄風花といへる心をよませ給うける


うつろふも心づからの花ならばさそふ嵐をいかゞ恨みむ




藻壁門院少將

花の歌の中に


哀れなど風に心のなき世とて春咲く花を散らしはつらむ




西園寺入道前太政大臣


袖の上にあかぬ色香は留めおけ暮れなば春の花の形見に




大江千里

落盡閑花不見人といへる心を


跡たえて靜けき宿に咲く花のちりはつる迄みる人ぞなき




讀人志らず

謙徳公の家の歌合に


うぐひすの羽風に花や散りぬらむ春暮れ方の聲に鳴く也




今上御製

みこの宮と申し侍りし時よませ給うける


さのみやは春の深山の花を見むはやすみ昇れ雲の上の月




前大納言爲世

百首の歌奉りし時


老いてこそ涙も曇れ春の夜の月はいつより霞みそめけむ




二品親王覺助


かすむ夜の月にぞさらに忍ばるゝ忘るばかりの春の昔は




平時村朝臣

春月を


春の夜のかすみに曇る空なれば涙いとはで月や見るべき




後深草院少將内侍


くもるとは見えぬ物から久方の空にかすめる春の夜の月




讀人志らず


つらしとは恨みざらまし春の夜の月を隔てぬ霞なりせば




前大納言爲氏

弘長元年百首の歌奉りける時、同じ心を


見ずもあらず見もせぬ影の中空に綾なく霞む春の夜の月




伏見院御製

春曉月といへる事を


月影を霞にこめて山の端のまだ明けやらぬしのゝめの空




躬恒

延喜の御時の御屏風に


ひとりのみ見つゝぞ忍ぶ山吹のはなの盛にあふ人もなし




前大納言爲家

寳治の百首の歌奉りける時、籬山吹


山吹の花こそいはぬいろならめもとの籬を問ふ人もがな




土御門院小宰相


暮れぬとて人もとまらぬ籬には咲く山吹の花の名もうし




法皇御製

同じ心をよませ給うける


さくら花散りにし後は山ぶきの咲ける籬にのこる春かな




權中納言公雄

嘉元の百首の歌奉りし時、山吹


暮果つる春の名殘を惜しとだにえやはいはねの山吹の花




權僧正覺圓

春の歌の中に


行く春を惜しとはいはぬ色ながら心にうつる山吹のはな




後鳥羽院御製


山吹の花いろ衣さらすてふ垣根や井手のわたりなるらむ




前大納言爲氏

弘安元年百首の歌奉りける時


行く春はさてもとまらで山ぶきの花にかけたる井手の柵




法皇御製

藤埋松といへる心をよませ給ひける


松が枝はみどりすくなく埋れてむらさきかゝる池の藤浪




右近大將房實

題志らず


いく春も花のさかりを松が枝に久しくかゝれ宿の藤なみ




三條入道内大臣


二葉より契りおきてや藤浪の木高き松にかゝり初めけむ




隆信朝臣


おきつ風吹くとも見えぬ高砂の尾上の松にかゝる藤なみ




伊勢

海づらなる家に藤の花のさけりけるをよめる


我が宿の影とぞ頼む藤の花立ちよりくとも浪に折らるな




中納言朝忠

天徳四年内裏の歌合に、藤


むらさきに匂ふ藤浪うちはへて松にぞ千世の色も懸れる




平兼盛

屏風の繪に、松に藤のかゝれる所


ときはなる花とぞ見ゆる我が宿の松に木高く咲ける藤浪




大中臣能宣朝臣

題志らず


櫻花ちりだにせずば大かたの春を惜しとは思はざらまし




藤原景綱


行く春の日數に花も移り來て殘りすくなき山ざくらかな




山階入道左大臣

寳治二年百首の歌に、惜花


如何にして暫しとゞめむ櫻花ちりなばなげの春の日數を




右大臣

題志らず


一かたの別れをせめてとゞめばや花と春との同じ名殘に




關白内大臣

百首の歌奉りし時


行く春も猶木の本に立ちとまれ庭の櫻のちりのまがひに




前權僧正雲雅

暮春の心を


散りかゝる花を誘ひて行く水の返らぬ浪に春ぞ暮れぬる




權大納言兼季


吹きおろす嵐の山に春暮れてゐせきにむせぶ花のしら浪




西園寺入道前太政大臣

暮春の心を


散りかゝる花の影見し山の井のあかでも春の暮にける哉




後鳥羽院御製

人々に五十首の歌めしけるついでに


徒らに春くれにけり花の色の移るを惜むながめせしまに




續千載和歌集卷第三
夏歌

衣笠内大臣

寳治の百首の歌奉りける時、首夏


春をのみをしみし程に夏衣たつ日に早くなりにけるかな




和泉式部

四月一日によみ侍りける


昨日をば花の陰にて暮してき今日こそいにし春は惜けれ




赤染衞門

卯月の頃遲櫻を人の許に遣はすとて


まだ散らぬ花に心を慰めて春過ぎぬともおもはざりけり




左京大夫顯輔

永久四年四月鳥羽殿の歌合に、卯花を


朝日山ふもとの里の卯の花をさらせる布とおもひける哉




二條院讃岐

千五百番歌合に


神まつる卯月の花も咲きにけりやま時鳥ゆふかけて鳴け




式乾門院御匣

弘安の百首の歌奉りける時


住の江の松は久しきほとゝぎす遠里小野に一こゑもがな




讀人志らず

題志らず


はつ音をばわが方に鳴け杜鵑こと浦に待つ人はありとも




在原元方

亭子院の歌合に


み山出でむまづ初聲は郭公夜ふかくまたむ我が宿に鳴け




前大納言公任

題志らず


ほのかにも聞かぬ限は時鳥まつ人のみぞ寐られざりける




後深草院少將内侍

寳治の百首の歌奉りける時、待時鳥


時鳥初音待たるゝ時にこそみじかき夜半も明しかねけれ




關白家新少將

同じ心を


明けやすき夏の夜なれど郭公まつに幾たび寐覺しつらむ




前參議雅孝

嘉元の百首の歌奉りし時、郭公


待ちかねてまどろむ夜はの時鳥夢ならで聞く一聲もがな




前右大臣

百首の歌奉りし時


我ならぬ人にもかくや時鳥さのみ初音のつれなかるらむ




前關白太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、郭公


郭公人もきかずばつれなさを我が身一つと恨みざらまし




前大納言師重

夏の歌の中に


人ごとに聞きつと語る郭公など我が爲になほ待たるらむ




皇后宮


尋ねばや志のぶの山のほとゝぎす心の奥の事やかたると




慈道法親王


ほとゝぎす猶急がるゝ初音かな都の人の聞かぬさきにと




今出川院近衛

題志らず


あだ人のいつの契にならひけむ待たれてとはぬ時鳥かな




伏見院御製


頼めおく時とはなしに郭公ゆふべはわきて猶まさるらむ




法橋顯昭


はつ聲をさてもや聞くと郭公またで年ふる人にとはゞや




三條入道左大臣


待つ程の心もくるしほとゝぎすいかで思の外に聞かまし




平時元


つれなきを習ひになさで時鳥今年は早くはつ音なかなむ




藤原泰宗


ほとゝぎす五月まつ間の忍びねも顯はれぬべき村雨の空




前中納言季雄


我にこそつれなしとても郭公かたぶく月に音をば惜まじ




權大納言兼季


あり明の月には待たじ郭公つれなき影にならひもぞする




前大納言俊定

嘉元の百首の歌奉りし時、郭公


つれなさをいつと頼みて郭公猶ありあけの月に待つらむ




伏見院御製

おなじ心を


つれなさを月にぞかこつ郭公まつにむなしき有明のそら




藤原基俊

題志らず


唐衣たつ田の山のほとゝぎすうらめづらしき今朝の初聲




安法法師


聞初むるかひ社なけれ時鳥またれぬ夜はゝあらじと思へば




伊勢


郭公夜ふかき聲は月まつと起きていをねぬ人ぞ聞きける




寂蓮法師

曉聞郭公といへる心を


ほとゝぎす有明の月の入り方に山の端出づる夜はの一聲




源道濟

人の扇の繪に郭公きゝたる所をよませ侍りけるに


郭公なくこゑ聞けば山里につねよりことに人ぞ待たるゝ




法眼行濟

夏の歌の中に


山ふかくたづねて入れば郭公わけつる雲の跡に鳴くなり




權中納言爲藤


待たれつる身にこそ頼め郭公かたらふ聲は誰となけれど




後嵯峨院御製

寳治の百首の歌めしけるついでに、聞郭公


我も又いざ語らはむほとゝぎす待ちつる程の心づくしを




藤原爲定朝臣

前大納言爲世よませ侍りし春日の社の卅首の歌の中に


なほざりに鳴きてや過ぐる郭公まつは苦しき心づくしを




平宣時朝臣

題志らず


ほとゝぎす一聲とこそ思ひしに待ち得てかはる我が心哉




法印長舜


初聲の後はなか/\郭公鳴かぬたえまぞなほ待たれける




津守國助女


いづくにも待たれしものを今は又なかぬ里なき時鳥かな




二品法親王覺助


我が爲は初音なれどもほとゝぎす誰か二度今は聞くらむ




法皇御製

百首の歌めされしついでに


鳴き過ぐるならしの岡の郭公ふる郷人にことやつてまし




法印定爲


妻ごひを忍びかねてや郭公今日はいはせの森に鳴くらむ




辨内侍

永承四年祐子内親王の家の歌合に


いつしかと待ちつるよりも時鳥聞きてぞいとゞ靜心なき




西行法師

題志らず


待つ事は初音までかと思ひしに聞きふるされぬ時鳥かな




京極入道前關白太政大臣

永保元年内裏にて、暮天時鳥を


人とはでおのれと名のる時鳥暮れ行く空を過ぐる一こゑ




太宰大貳高遠

夜郭公といふ事を


まどろまば聞かずやあらまし時鳥さも夜深くも鳴渡る哉




權中納言通俊

承暦二年内裏の後番の歌合に郭公をよみ侍りける


あけばまづ人に語らむ時鳥夜ふかく宿を鳴きて過ぐなり




禎子内親王家攝津

おなじ心を


夢かとぞおどろかれぬる郭公又もきなかぬ夜はの一こゑ




上西門院兵衞

後徳大寺左大臣のもとより山近きすみかは時鳥も人よりさきに聞きつらむといひ遣して侍りければ


明けがたに初音は聞きつ郭公待つとしもなき老の寢覺に




前參議雅有

夏の歌の中に


鈴鹿山あけがたちかき天の戸をふり出でゝ鳴く郭公かな




前關白左大臣近衛

寢覺に郭公を聞きて


明け方に啼きてぞ來ぬる郭公つれなき夜はと何恨みけむ




前大僧正良信

曉時鳥を


曉の鳥の八こゑに一聲を鳴きそへて行くほとゝぎすかな




伏見院新宰相

題志らず


郭公あかず聞きつる名殘より寢覺の後はまたぞ寐られぬ




永福門院


ほとゝぎす聲もたかねの横雲に鳴き捨てゝ行く曙のそら




山階入道左大臣

弘長二年龜山院に十首の歌奉りける時、野時鳥


郭公一聲ゆゑに武藏野の野をなつかしみ過ぎもやられず




前中納言定家

正治の百首の歌奉りける時


時鳥しばしやすらへすがはらや伏見の里のむらさめの空




光明峰寺入道前攝政左大臣

家の歌合に、羇旅郭公といふ事を


休らはゞ暫しは聞かむ時鳥芦のまろ屋のかりねなりとも




源邦長朝臣

題志らず


難波潟葦ふく小屋の軒端にも今日や菖蒲の隙なかるらむ




法眼慶融

五月雨


かりにふく蓬あやめの一もとも軒端にかれぬ五月雨の空




祝部成茂

寳治の百首の歌奉りける時、早苗


五月きぬみとしろ小田にしめはへて神の宮人早苗とらなむ




堀河右大臣


時鳥しのばぬこゑを聞くよりや山田の澤に早苗とるらむ




野宮左大臣

千五百番歌合に


足引の山した水をひきかけし裾わの田井に早苗とるなり




法印定爲

法眼行濟すゝめ侍りし北野の社の十八首の歌に


見渡せば鳥羽山小田の松かげに緑をそへてとる早苗かな




津守國道

二品法親王の家の五十首の歌に、早苗


下草はうゑぬに茂るおほあらきの杜の浮田に早苗とる なり


前中納言經繼

題志らず


まぢかくも花橘のにほふかなむかしはとほき宿の軒端に




皇太后宮大夫俊成

百首の歌よみ侍りける中に


ふる里にいかに昔を忍べとて花たちばなの風に散るらむ




基俊

蘆橘暮薫といへる心を


袖ふれしむかしの人ぞ忍ばるゝ花たちばなのかをる夕は




平雅貞

題志らず


風かよふ夜はの寐覺の手枕に袖の香そへて匂ふたちばな




權大納言定房

百首の歌奉りし時


たちばなの影ふむ道を過ぎやらで暫し待たるゝ時鳥かな




後鳥羽院御製

五十首の歌よませ給うけるに


ほとゝぎす心して鳴けたちばなの花ちる里の夕ぐれの空




贈從三位爲子

嘉元の百首の歌奉りし時、郭公


時鳥菖蒲のねにもあらなくに五月をかけてなど待たる覽




皇太后宮大夫俊成

久安の百首の歌奉りける時


五月こそなれが時なれ郭公いつをまてとて聲をしむらむ




昭慶門院一條

嘉元の百首の歌奉りし時、郭公


ほとゝぎす己が五月の雨晴れて村雨まよふ空に鳴くなり




祝部成賢

五月雨をよめる


五月雨に烟たえても海士人のなほ汐たるゝ袖のうらなみ




津守國助


尋ねばやいはでの山の谷水も音たてつべき五月雨のころ




前大納言爲世

河五月雨といふ事を


山川の岩にせかるゝ音もなしうへ越す波の五月雨のころ




百首の歌奉りし時


山の井も増るみかさに濁るらし影さへ見えぬ五月雨の頃




權津師實性

池五月雨を


池水のみぎはも見えずなりにけり庭に浪こす五月雨の頃




大江宗秀

題志らず


日數經て浪やこすらむ五月雨は雲間も見えずふるの高橋




高階宗成朝臣


五月雨に流れて下る山川のみをの杣木はよどむ瀬もなし




前關白太政大臣

百首の歌奉りし時


最上川みかさまさりて五月雨の暫しばかりも晴れぬ空哉




前大納言爲家

題志らず


五月雨は行くさき深しいはた河渡る瀬ごとに水まさりつゝ




光明峯入道前攝政左大臣

家の百首の歌に、山五月雨


龍田河みぎはの浪も立ちそひぬ三室の山の五月雨のころ




前大僧正道昭

同じ心を


水まさるふもとの河の音そひて猶峰ふかき五月雨のくも




權中納言爲藤

百首の歌奉りし時


天の河まさるみかさは知らねども雲の浪たつ五月雨の空




前中納言定家

名所の百首の歌奉りける時


五月雨は天のかぐ山空とぢて雲ぞかゝれる峰のまさか木




皇太后宮大夫俊成女

千五百番歌合に


見ても猶あかぬ夜のまの月影を思ひ絶えたる五月雨の空




大江貞重

名所夏月といふことを


明け易き空にぞいとゞなぐさまぬ姨捨山のみじか夜の月




前大納言爲氏

弘長三年内裏の百首の歌奉りける時、夏曉月


夏草のあかつきおきの露のまに移れば明くる山の端の月




後嵯峨院御製

寳治の百首の歌めしけるついでに夏月をよませ給ひける


夏の夜もかげぞ凉しき久方の月のいづくに秋やどるらむ




中原師員朝臣

鵜河を


夏の夜の明け行くほども早瀬さす鵜河の篝影しらむなり




前内大臣


鵜飼舟くだすほどなき短夜の川瀬に殘るかゞり火のかげ




入道前太政大臣


大井河鵜舟くだせばあかつきの月は空にぞさし昇りける




前大納言爲世

嘉元の卅首の歌奉りし時


鵜飼舟せゞさしのぼる白浪にうつりてくだる篝火のかげ




順徳院御製

題志らず


朝な/\みつの上野にかる草の昨日の跡はかつ茂りつゝ




躬恒


夏草は日毎に深くなりゆけどかれにし人のとはぬ宿かな




參議雅經

建保五年四月庚甲、五首の歌に、夏曉


夏草の露わけごろもこの頃もあかつきおきは袖ぞ凉しき




法皇御製

百首の歌めされしついでに


なつ草の花の枝ごとに置く露を五月の玉にぬきぞとゞめむ




從三位宣子


茂りあふ夏野の草の深ければ分行く人ぞよそに知られぬ




院御製

夏草をよませ給うける


今は身の事しげからぬ宿にしも猶みちとづる庭のなつ草




龜山院御製


ふみわけて問ふべき人もなき身には宿から茂る庭の夏草




山本入道前太政大臣女


淺みどり草の若菜とみし野邊のはや夏ふかく茂る頃かな




藤原行房朝臣

前大納言爲世人々すゝめてよませ侍りし春日の社の三十首の歌の中に


夏草のしげみにまじる荻の葉は下にや秋の風を待つらむ




院御製

螢をよませ給ひける


風そよぐあしまの螢ほの見えて浪のよる待つ程ぞ凉しき




前大納言俊定

嘉元の百首の歌奉りし時、おなじ心を


夏ふかく茂る難波の芦間にもさはらで行くは螢なりけり




贈從三位爲子


大井河そらにもゆるやかゞり火にあらぬ螢の思なるらむ




前大納言爲氏

弘長の内裏の百首の歌奉りける時、沼螢


苅りてほすあさかの沼の草の上にかつ亂るゝは螢 なりけり


津守國冬

百首の歌奉りし時


螢とぶおぼろの清水かすかにもしらばや己がもゆる思を




前大納言爲家

文永八年七夕、白川殿にて人々題をさぐりて百首の歌よみ侍りける時、蚊遣火


蚊遣火の下やすからぬ烟こそあたりの宿も猶くるしけれ




西宮左大臣

夏の歌の中に


もろともに見む人もがな獨のみをればかひなき床夏の花




藤原惟成

寛和二年、内裏の歌合に


心して植ゑしもしるく撫子の花のさかりを今も見るかな




衣笠内大臣

弘長の百首の歌奉りける時、夕立


此の里もふりぬと思ふ夕立の曇るばかりに過ぎにける哉




從二位行家


なる神の音にもしるし卷向の檜原の山のゆふだちのそら




前大納言爲氏

文永二年七月白河殿にて人々題をさぐりて七百首の歌つかうまつりける時、湊夕立といふ事を


沖つ浪音吹きたてゝしほ風のみなとにかゝる夕だちの雲




後嵯峨院御製

寳治の百首の歌めしけるついでに、夕立


かきくらす空とも見えず夕立の過行く雲に入日さしつゝ




前參議能清

弘安の百首の歌奉りける時


一むらはやがて過ぎぬる夕立のなほ雲殘るそらぞ凉しき




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


夕立は過ぎぬる峰のむらくもにしばしほのめく宵の稻妻




祝部成久

夕立を


程もなく晴れつる方に移りきて日影にかゝる夕立のくも




中臣祐賢

題志らず


秋きぬといはぬばかりぞ夏衣すそ野のはらの楢のした風




前大納言爲氏

弘長の百首の歌奉りける時、納凉


凉しさは立ちよるからにしられけり秋風ちかき衣手の杜




宇治入道前關白太政大臣

題志らず


夕されば志のゝ小笹を吹く風のまだきに秋の景色なる哉




前中納言定家

建保四年百首の歌奉りける時


夏衣かとりの浦のうたゝねに浪のよる/\かよふ秋かぜ




上西門院兵衛

久安の百首の歌奉りける時


夏衣かさぬばかりに凉しきは結ぶいづみに秋や立つらむ




源兼氏朝臣

山階入道左大臣の家の十首の歌に、納涼


せき入るゝ庭の清水はそれながら秋を心に任せやはせぬ




爲道朝臣

夏の歌の中に


夕暮の木の志た風に雨過ぎて露もたまらぬ蝉の羽ごろも




寂蓮法師


志ばしだに絶えまもなきは夏山の梢につゞく蝉のもろ聲




大僧正道順

百首の歌奉りし時


遠近の木ずゑに蝉のこゑはして山路凉しき松の志たかげ




關白内大臣


茂合ふ軒端の梢あけたては蝉のをりはへ鳴かぬ日はなし




前關白左大臣押小路


みそぎする夜はの河浪音更けて明けぬより吹く袖の秋風




昭訓門院春日


わきて又凉しかりけり御手洗や御祓に更くる夜はの河風




冷泉太政大臣

寳治の百首の歌奉りける時、六月祓


底清き河瀬の水のあさの葉に白ゆふかけて御祓をぞする




皇太后宮大夫俊成

百首の歌よみ侍りける中に


水上に秋や立つらむ御祓河まだよひながら風のすゞしき




後鳥羽院御製

千五百番歌合に


御祓河瀬々の玉藻の水隱れて志られぬ秋や今宵立つらむ




續千載和歌集卷第四
秋歌上

入道前太政大臣

百首の歌奉りし時、初秋の心を


いつしかと片敷く袖に置く露のたまくら凉し秋のはつ風




中務卿宗尊親王

おなじ心を


今朝みれば露ぞ隙なき芦のやのこやの一夜に秋や來ぬ覽




惟明親王

千五百番歌合に


昨日より荻の下葉に通ひ來て今朝あらはるゝ秋のはつ風




光明峰寺入道前攝政左大臣

題志らず


いつのまに秋風立ちて大ともの三津の濱松音まさるらむ




前中納言爲相

百首の歌奉りし時


天の河水かげ草のいく秋か枯れなで年のひとよ待つらむ




中納言家持


七夕のふなのりすらし天の河きよき月夜に雲立ちわたる




山邊赤人


彦星と七夕つめとこよひあふ天の河原になみ立つなゆめ




讀人志らず

亭子院の歌合に


天の河わたりてのちぞ七夕のふかき心もおもひ知るらむ




前大納言爲家

龜山院位におましましける時七月七日人々に七首の歌めされけるによみて奉りける


天の河絶えじとぞ思ふたなばたの同じ雲居にあはむ限は




後京極攝政太政大臣

家の六百番歌合に、乞巧奠


星合の空のひかりとなるものは雲居の庭に照すともし火




前大納言有房

七夕の心を


織女の露の契りの玉かづらいく秋かけてむすび置きけむ




選子内親王

八日前栽の露置きたるを折りて法成寺入道前攝政のもとにつかはすとて


露置きてながむる程を思ひやれ天の河原のあかつきの空




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


明けゆけば河瀬の浪の立ち歸り又袖ぬらす天の羽ごろも




源兼氏朝臣

題志らず


七夕の雲の衣をふく風にそでのわかれは立ちもとまらず




前中納言定房

閏月七夕といふ事を


契ありておなじ七月の數そはゞ今夜もわたせ天の川ぶね




後鳥羽院御製

太神宮に奉らせ給ひける五十首の歌の中に


朝露のをかの萱原山かぜにみだれてものは秋ぞかなしき




題志らず


わするなよけふは昔の秋までもこのゆふぐれの荻の上風




前中納言定家

正治の百首の歌奉りける時


幾かへりなれてもかなし荻原や末こす風の秋のゆふぐれ




二條院讃岐

千五百番歌合に


さびしさに秋の哀をそへてけりあれたる宿の荻の上かぜ




皇太后宮大夫俊成

述懷の百首の歌よみ侍りけるに、荻


我袖は荻の上葉の何なれやそよめくからに露こぼるらむ




花山院御製

寛和元年の内裏の歌合に、露


荻の葉における白露玉かとて袖に包めどたまらざりけり




權中納言公雄

嘉元の百首の歌奉りし時、荻


わきて猶夕べは露の荻の葉になみだもそよと秋風ぞふく




法眼慶融

題志らず


吹きむすぶ荻の葉分に散る露を袖までさそふ秋のゆふ風




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


夕されば野邊の淺茅に吹く風の色こそ見えね露ぞこぼるゝ




前大納言爲氏

弘安八年八月十五夜の卅首の歌に、秋風入簾


村雨の野分のつゆの玉すだれ袖に吹きまく秋のゆふかぜ




伏見院御製

題志らず


村さめに桐の葉落つる庭の面の夕べの秋を問ふ人もがな




後二條院御製


宿ごとの夕ぐれとはむ秋といへば我にかぎらず物や思ふと




前中納言定資

閑中秋夕といふ事を


さびしさをかねて習はぬ宿ならば秋の夕をいかで忍ばむ




二品法親王覺助

秋の歌の中に


今更に何かうしともわきていはむ思ひのみそふ秋の夕暮




前大納言經長女


物思はぬ人はよそにやながむらむうき身一つの秋の夕暮




平久時


いかにせむ物思ふ袖の涙だにほさで露そふあきの夕ぐれ




太政大臣

嘉元の百首の歌奉りしとき


おのづから涙ほすまも我は袖に露やはおかぬ秋の夕ぐれ




後久我太政大臣

建暦二年内裏内裏の詩歌合に、水郷秋夕


水無瀬山夕かげ草の下つゆや秋なく鹿のなみだなるらむ




遊義門院

題志らず


秋にあへぬ袖の涙や草葉までこのごろ茂き露となるらむ




前中納言定家

名所の百首の歌奉りける時


結びおきし秋のさが野の庵より床は草葉の露に慣れつゝ




九條右大臣

麗景殿の薄にむすび付け侍りける


白露の奥より見つる花ずゝきほにいでゝ風に靡きぬる哉




津守國道

題志らず


花ずゝきたがなみだともしら露の袖にみだるゝ秋の夕風




前僧正道性

故郷秋蘭といふ事を


藤袴何匂ふらむすみ捨てゝ野となる庭はたれか來て見む




源公忠朝臣

天慶八年の御屏風に


秋の野に色々さける花見れば歸らむ程ぞいつと知られぬ




讀人志らず

夕ぐれがたにちひさきこに鈴虫を入れて紫の葉えふに包みて萩の花にさしてさるべき所の名のりをせさせて齋院にさし置かすとてその包紙に書き付けたりける


しめの内に花の匂を鈴虫の音にのみやは聞きふるすべき




選子内親王

返し


色々の花はさかりに匂ふとも野原の風のおとにのみ聞け




前左兵衛督教定

題志らず


我が宿の庭の秋萩咲きにけり朝おく露のいろかはるまで




邦省親王


高圓の萩さきぬらし宮人の袖つきごろもつゆぞうつろふ




從三位氏久


色ふかくうつりにけりな狩人の眞袖にわくる萩の朝つゆ




從二位家隆

建永元年和歌所の三首の歌に、朝草花


我が袖を今朝もほしあへず飛鳥川ゆきゝの岡の萩の白露




讀人志らず

題志らず


武藏野は猶行く末も秋はぎの花ずりごろも限りしられず




萬秋門院


朝な/\おくと見しまに白菅の眞野の萩原つゆぞ移ろふ




藤原爲定朝臣

野萩を


袖にこそみだれそめけれ春日野の若むらさきの萩が花摺




法皇御製

百首の歌めされしついでに


高圓の野べの秋風吹くたびにたもとにうつす萩が花ずり




僧正行意

名所の百首の歌奉りける時


たかまとの野路の秋萩咲きにけり旅行く人の袖匂ふらし




大納言旅人

題志らず


さしすぎの栗栖の小野の萩の花ちらむ時にし行て手向けむ




後徳大寺左大臣


思ふどちいざ見に行かむ宮城野の萩が花ちる秋の夕ぐれ




壬生忠岑


秋はぎのしたにかくれて啼く鹿の涙や花の色を染むらむ




相模

永承五年祐子内親王の家の歌合に


露むすぶ萩の下葉やみだるらむ秋の野原に男鹿なくなり




小辨

鹿をよめる


さをじかの妻戀ひ増る聲すなりまのゝ萩原盛りすぐらし




前關白左大臣押小路

百首の歌奉りし時


紫のゆかりの色をたづねてや萩さく野邊に鹿のなくらむ




忠房親王


男鹿なく萩の錦の唐ごろもきつゝなれしに妻や戀ふらむ




從三位爲繼

秋の歌の中に


秋草の色づく見ればかた岡のあしたの原に鹿ぞ鳴くなる




正三位知家

名所の百首の歌奉りける時


初瀬山木の葉色づく秋風にまづ寐ねがてのさをじかの聲




法印定圓

題志らず


夕さればこぬ妻よりも秋風をつらき物とや鹿の鳴くらむ




前中納言經繼

嘉元の百首の歌奉りし時、鹿


我だにも音にたてつべき夕暮をさぞ妻戀に鹿は鳴くらむ




法印定爲


高砂の尾上の鹿はつれもなき松をためしに妻や戀ふらむ




行念法師

題志らず


秋を知る鹿の聲のみ高砂の松のあらしも吹かぬ日はなし




中務卿宗尊親王


小倉山峰の秋風ふかぬ日はあれども鹿の鳴かぬ夜はなし




後堀河院民部卿典侍

月下鹿を


小男鹿の峰の立ちどもあらはれて妻とふ山を出づる月影




前大納言經房


月ゆゑに我が心こそ空ならめ鹿のねさへに澄みのぼる哉




平貞時朝臣

對月聞鹿といふ事を


山ふかみ絶え%\通ふ鹿の音に木の間の月も哀そひけり




藤原景綱

題志らず


誘はれて同じみ山や出でつらむ裾野の月に鹿ぞ鳴くなる




藤原基任


月みれば秋の思ひも慰むをなど夜とともに鹿は鳴くらむ




左大臣

正安三年八月十五夜内裏の十首の歌に、曉月聞鹿


よそに聞く我さへかなしさを鹿の鳴く音を盡す有明の空




入道前太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、鹿


花ずゝき仄かにきけば秋霧のたち野の末に男鹿なくなり




前大納言爲世


小山田の庵立ちかくす秋霧にもる人なしと鹿ぞ鳴くなる




二品法親王覺助

百首の歌奉りし時


秋霧に立ち隱れつゝ鳴く鹿は人目よきてや妻を戀ふらむ




權僧正桓守

田家鹿を


山田もる賤が寐覺のをり/\や又鹿のねの遠ざかるらむ




圓光院入道前關白太政大臣


夜寒なる田中の井戸の秋風に稻葉を分けて鹿ぞ鳴くなる




法皇御製

山鹿といへる心をよませ給うける


深くなる秋の哀をねにたてゝ峯の男鹿も鳴きまさるなり




萬秋門院

嘉元の百首の歌に、鹿


鳴く鹿の聲もをしまず高砂の尾上の秋や夜さむなるらむ




平宗泰

題志らず


深き夜の哀は誰も知る物をおのればかりと鹿や鳴くらむ




前中納言季雄


よそに又泪を添へて聞くとだに知らじな鹿の音をば鳴く共




藻壁門院少將


岡邊なるいなばの風に霜置きて夜寒の鹿や妻を戀ふらむ




龜山院御製

弘安の百首の歌めしけるついでに


散にけり鹿なく野邊の小萩原下葉の色ももみぢあへぬに




從二位行家

初雁を


萩の上の露はいつより置きつらむ今は雲居の雁ぞなくなる




蓮生法師


雁なきて萩の下葉の色づくは我が袖よりや習ひそめけむ




平宗宣朝臣


山風のさむき朝げの峰こえていくつら過ぎぬ秋の雁がね




躬恒

屏風の歌に


故郷を思ひおきつゝくる雁のたびの心は空にぞありける




人麿

題志らず


行き通ふ雲居は道もなき物をいかでか雁の迷はざるらむ




後鳥羽院御製

千五百番歌合に


物やおもふ雲のはたての夕暮に天つ空なるはつかりの聲




權中納言爲藤

百首の歌奉りし時


秋風にきつゝ夜寒やかさぬらむ遠山ずりのころも雁がね




圓光院入道前關白太政大臣

霧中雁を


秋山の麓をめぐる夕ぎりに浮きて過ぎ行くはつかりの聲




藤原宗秀

霧をよめる


霧はるゝ室の八島の秋かぜにのこりてたつは烟なりけり




大江頼重


かり衣すそ野の霧は霽れにけり尾花が袖に露をのこして




讀人志らず


分けまよふ野原の霧の下露に涙ならでもそではぬれけり




法印定爲

百首の歌奉りし時


日影さす籬の花のいろ/\に露をかさねて晴るゝ朝ぎり




前大納言長雅

弘安の百首の歌奉りし時


立ちこめて日影へだつる程ばかり霧の籬に殘るあさがほ




永福門院

題志らず


うちむれて麓をくだる山人の行くさきくるゝ野邊の夕霧




權中納言公雄

文永二年八月十五夜五首の歌合に、未出月といふ事を


里人のをしむ心は知らねども山のあなたの月ぞまたるゝ




藤原隆祐朝臣

光俊朝臣よませ侍りける百首の歌に


夕ぐれは月待つとても物ぞ思ふ雲のはたての秋の山の端




藤原實方朝臣

人々月待つ心をよみ侍りけるを後に聞きて


諸ともに待つべき月を待たずして獨も空を詠めつるかな




前大納言爲家

題志らず


秋風に峰行く雲を出でやらで待つほど過ぐる十六夜の月




入道前太政大臣


待たれつる山をば出でゝ高砂の尾上の松に月ぞいざよふ




前大納言爲世

伏見院、位におましましける時、月の十五首の歌めされし中に


暮るゝ間の空に光はうつろひてまだ峰こえぬ秋の夜の月




民部卿實教

月の歌の中に


山の端のくるれば頓て影見えてまたれぬ程に出づる月哉




前關白太政大臣家讃岐


出でやらぬ程だにあるを山鳥の尾上の月に雲なへだてそ




信實朝臣


暮るゝ夜の嵐は何をはらふらむかねて雲なき山の端の月




堀河右大臣


夕されの空もさやかに澄み渡る月の爲にや秋も來ぬらむ




法眼源承

性助法親王の家の五十首の歌に


待ち出づる尾上の月はさやかにてた靡く雲に秋風ぞ吹く




紀淑氏朝臣

題志らず


卷向の穴師の河にかげ見えて檜原を出づる秋の夜のつき




津守國夏


天つ風雲吹きとづな少女子が袖ふるやまの秋のつきかげ




平貞文


雨降るゝ賤が伏屋の板間より月ぞもり來て袖ぬらしける




二條太皇大后宮攝津


春日やま峰のあらしに雲晴れて照る月影を幾夜みつらむ




信實朝臣

洞院攝政のいへの百首のうたに、月


雲は皆晴れにしまゝの秋風に幾夜もおなじ月ぞさやけき




津守國冬

嘉元の百首の歌奉りし時


はては又とよはた雲の跡もなしこよひの月の秋のうら風




皇太后宮大夫俊成

百首の歌よみ侍りけるに


月を見て千里の外を思ふにもこゝろぞかよふ白川のせき




權中納言爲藤

關月を


秋の夜は關の戸ざしも許さなむ行き止るべき月の影かは




永福門院

中宮きさきに立ち侍りて西園寺におはしましける頃行幸など侍りけるに、八月十五夜月面白かりければ中宮の御方へよみて奉らせ給うける


今夜しもくもゐの月の光そふ秋の深山をおもひこそやれ




今上御製

御返し中宮にかはり奉りてよませ給うける


むかし見し秋の深山の月影を思ひ出でゝや思ひやるらむ




續千載和歌集卷第五
秋歌下

大納言經信

月不撰處といへる心を


久方の空にかゝれる秋の月いづれの里もかゞみとぞ見る




鎌倉右大臣

題志らず


月見ればころも手さむし更科やをばすて山の峯のあき風




入道前太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、月


つく%\と詠むるからに身に志むは月より秋の風や吹く覽




民部卿實教


物おもふ人のためとや秋の月うきを忘るゝ影を見すらむ




前大僧正實承

月の歌の中に


いつ迄か友と見るべき老らくの身の行末は月ぞ知るらむ




讀人志らず


なれて見る同じ光の月のみや六十ぢの秋の友となるらむ




法皇御製

百首の歌めされしついでに


老が世に秋の心もはれにけり六十ぢ近づく山の端のつき




前内大臣

前大納言爲世玉津島の社にて歌合し侍りし時、月


仕へつゝ見るぞかひある影靡く我身五十ぢの秋の夜の月




民部卿資宣女

題志らず


古へにすみこしまゝの影ならば月は幾世の秋を知るらむ




後久我太政大臣


ふりにける宿は昔の名殘にて月もかはらぬ影ぞひさしき




參議雅經

建保四年後鳥羽院に百首の歌奉りける時


秋の夜の月に幾度ながめして物思ふことの身に積るらむ




殷富門院大輔

百首の歌の中に


世の中の憂きにつけても詠むれば月を喞つになりぬべき哉




藻壁門院但馬

藤原光俊朝臣よませ侍りける十首の歌の中に


行く末をいかにせとよて今年又月見る袖のぬれ増るらむ




民部卿實教

題志らず


秋をへてやどりなれぬる我が袖の月は涙も厭はざりけり




前僧正公朝


いかばかり月見る人に厭はれむよそまで曇る涙なりせば




平時遠


人とはぬ深山の秋の寂しさを堪へてもすめる夜はの月哉




津守國道


長き夜は雲のいづくも明けやらで露にぞ宿る野邊の月影




少將内侍

百首の歌奉りし時


置く露の最ど深草里はあれて月のすむ野となりにける哉




皇太后宮大夫俊成女

月の歌の中に


尋ねても忘れぬ月の影ぞとふよもぎが庭の露のふかさを




皇后宮


秋萩の花野の露にかげとめて月もうつろふ色やかふらむ




藤原光俊朝臣


木の葉ふく秋風さむみ足曳の山邊にひとり月を見るかな




建中納言公雄


露霜の染めぬ色さへまさりけりかつらの里の秋の夜の月




前大納言爲家

建長元年九月十三夜鳥羽殿の五首の歌に、水郷月


さとの名もあらはに志るし長月の月の桂の秋のこよひは




源有長朝臣

仁治二年九月十三夜左大臣の家の十三首の歌の中に、月前雲


月影の遠ざかり行く山の端に殘るともなきよそのうき雲




藻壁門院少將

河月を


みむろ山峯にや雲の晴れぬらむ神なび河に月ぞさやけき




前中納言定家

殷富門院にて人々百首の歌よみ侍りける時、月の歌とてよみ侍りける


となせ河玉ちる瀬々の月を見て心ぞ秋にうつり果てぬる




平維貞

河月を


大井河こほりも秋は岩こえて月にながるゝ水の志らなみ




前關白太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時


風わたるにほのみづうみ空晴れて月影きよしおきつ島山




前大納言爲氏

從二位行家人々にすゝめ侍りける時住吉の社の十首歌合に、江上月


住の江の松の秋風おとづれて空にふけ行く夜半の月かげ




西園寺入道前太政大臣

寛元元年長月の頃、住江にまかりて翫明月といふ事をよみ侍りける


住吉の松も我が身もふりにけり哀れとおもへ秋の夜の月




前右兵衛督爲教

建治三年九月十三夜五首の歌に、江月


曇りなき影もかはらず昔見しまゝの入江の秋の夜のつき




寂惠法師

秋の歌の中に


老いぬれば昔ばかりもながめぬを心かはると月や思はむ




平泰時朝臣


もろこしの波路分け行く舟人は心のこらぬ月や見るらむ




權中納言爲藤

百首の歌奉りし時


すむ月の影さしそへて入江こぐあしわけ小舟秋風ぞふく




後二條院御製

江月といへる心を


ほに出づる荻の上風うちそよぎ入江夜さむにすめる月影




中務卿宗尊親王

百首の歌の中に、月


更け行けば松風さむし大伴の三津のとまりの秋の夜の月




前中納言定家

道助法親王の家の五十首の歌に、船中月


知らざりき秋の汐路をこぐ舟はいか計なる月を見るらむ




法印定爲

百首の歌奉りし時


わたつ海のかざしの浪も白妙に月もてみがく秋の浦かぜ




丹波忠守朝臣

左大臣の家の詩歌合に、月前眺望


明石がた浪の千里の末晴れて月はかぎりも見えぬ空かな




權大納言冬教

題志らず


伊勢の海や汐瀬遙かに雲晴れて月にぞかゝる秋のうら浪




津守國助

山階入道左大臣の家の十首の歌に、島月


浪かくる小島の苫や秋をへてあるじも知らず月や澄む覽




觀意法師

故郷月といへる事を


故郷とおもふばかりぞ難波がた昔にかはる月のかげかは




前大納言爲氏

住吉の社に奉りける十首の歌の中に、海邊月


難波がた浦よりをちの月かげに浪もへだてぬ淡路島やま




入道二品親王道助

家の五十首の歌よみ侍りけるに、山家月を


訪ふ人も嵐ふきそふ深山べに木の葉わけ來る秋の夜の月




承鎭法親王

題志らず


秋ふかきとこの山風身にしみて月かげさむき夜はの手枕




法印長舜

前大納言爲世よませ侍りし歌に、故郷月といふ事をよみ侍りける


あれにけり我が故郷の苔の庵見しよの儘に月はすめども




法印定爲

嘉元の百首の歌奉りし時、月


たきすさむ烟や殘る秋の田の鹿火屋が上にかすむ月かげ




慈道法親王

今上、位につかせおましまして後、護持僧に加はりて二間にまゐりてよみ侍りける


人よりもまづこそ見つれ九重の雲居にすめるよひの月影




春宮權大夫有忠

禁中月といふ事を


今ははや近き守になれし身もよそにみはしの雲の上の月




正三位爲實

二品法親王の家の五十首の歌に、竹間月


さゝ竹の大宮人はとひもこで葉分の月をひとりこそ見れ




式部卿久明親王

月の歌の中に


武藤野や入るべき峰の遠ければ空にひさしき秋の夜の月




前大僧正仁澄


秋の夜の月はいづくとわかね共我住む山の影ぞさやけき




鎌倉右大臣


さゞ波や比良の山風さ夜更けて月影さむし志賀のから崎




津守國助


河風に有明の月を待ち出でゝ寐ぬ夜ふけぬる宇治の橋姫




爲道朝臣

永仁二年八月十五夜十首の歌講ぜられし時、山月聞鐘といふ事を


更けゆけば鐘の響もあらし山そらに聞えてすめる月かな




大藏卿隆博

題志らず


明けやらぬ鐘の響はほのかにて初瀬の檜原月ぞかたぶく




大炊御門太政大臣女


鐘の音に寐ざめて見れば曉の窓にぞ月はかたぶきにける




前大納言俊光

百首の歌奉りし時


長き夜もしばしと思ふうたゝねの枕の上に月ぞかたぶく




前大納言爲世


明石がた沖にかたぶく月影に雲こそなけれ波ぞかゝれる


素暹法師

海上月を


山の端のみえぬ計りぞ渡つ海の波にも月は傾ぶきにけり




惠慶法師

月の入るを見て


月の入る山のあなたの里人とこよひ計は身をやなさまし




藤原實方朝臣

題志らず


雲懸る峰だに遠き物ならば入る夜の月はのどけからまし




後鳥羽院御製


袖のうへになれてもかなし奥山の松の葉わけの有明の月




爲道朝臣


いかゞせむ長き習の秋の夜も月をし見れば明くる易さを




藤原景綱


あかず見て明くる名殘の惜しければ月にもつらき鳥の聲哉




源順

草村虫といふ事を


草村のそこまで月の照せばや鳴く虫の音の隱れざるらむ




大藏卿隆博

建治三年九月十三夜五首の歌に、野虫


哀れとは何れをわきて秋の野に多かる虫の聲をきかまし




前攝政左大臣

題志らず


此の暮と頼むるひともなき宿にその事となく松虫ぞなく




昭訓門院春日

百首の歌奉りし時


更て社つらきも見えめ松虫のくるゝよりなど音には立つ覽




從二位家隆

前大納言爲家の家の百首の歌に


草の原くるゝ夜ごとの秋風に人をや頼むまつむしのこゑ




神祇伯顯仲

夕虫をよみ侍りける


夕されば蓬がねやのきり%\す枕のしたにこゑぞ聞ゆる




前大納言爲家

弘長の百首の歌奉りける時、虫


きり%\す思ふ心をいかにとも互に知らでなき明すかな




今上御製

聞虫といへる心を


露ふかき夜さむの秋のきり%\す草の枕に恨みてぞ鳴く




民部卿實教

題志らず


心とやなきよわるらむきり%\すおのが涙の露の夜寒に




春宮大夫公賢


いとゞ又虫や恨むる淺茅原おきそふ霜の夜さむかさねて




藤原基任

前大納言爲世よませ侍りし三首の歌に、叢虫


霜むすぶ淺茅が原の蟋蟀かればともにと音をや鳴くらむ




讀人志らず

題志らず


色かはる淺茅が末葉露ちりて虫の音さむく秋かぜぞ吹く




後九條内大臣

弘安の百首の歌奉りける時


淺茅生の霜夜の虫も聲すみて荒れたる庭ぞ月はさびしき




土御門内大臣

故郷虫を


虫の音はかはらぬ秋の恨にてすみ捨てゝける淺茅生の宿




左大臣

百首の歌奉りし時


下葉ちる小野の萩原吹くかぜに床あれぬとや鶉なくらむ




皇太后宮大夫俊成女

寳治の百首の歌奉りけるに、秋田


小山田の庵もる賤のあきの袖宿かる露ぞおきあかしける




爲道朝臣

田家擣衣を


夜寒なるかりほの露のいねがてに山田をもると衣うつ聲




光明峯寺入道前攝政左大臣

家の七百首の歌合し侍りけるに、風前擣衣


衣うつきぬたの音も高圓の山の木の葉にあきかぜぞ吹く




法印定爲

嘉元の百首の歌奉りし時、擣衣


高圓の尾上もさむき秋風に袖つきごろもたれかうつらむ




法眼兼譽

里擣衣


秋ぞともわかぬときはの里人はたゞ夜寒にや衣うつらむ




藤原顯盛

題志らず


尾花ふくかり庵さむき秋風にうぢのみやこは衣うつなり




内大臣

百首の歌奉りし時


故郷の月をいく夜か三吉野の山風さむみころもうつらむ




參議雅經

秋の歌の中に


深草や霧の籬にたれ住みてあれにし里にころもうつらむ




前大納言俊光

嘉元の百首の歌奉りし時、擣衣


遠近に衣うつなり里人の夜さむやおなじこゝろなるらむ




今上御製

聞擣衣といへる心を


急ぐなる秋のきぬたの音にこそ夜さむの民の心をもしれ




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


夜さむなる須磨のあま人今よりや風に恨みて衣うつらむ




大江貞重

海邊擣衣を


秋さむくなるをの浦の海士人は波かけ衣うたぬ夜もなし




前大納言爲氏

前大納言爲家人々によませ侍りける日吉の社の五十首の歌合に、湖邊擣衣


さゞ波やにほてる蜑のぬれ衣浦風さむく擣たぬ夜もなし




皇太后宮大夫俊成女

寳治の百首の歌奉りける時、聞擣衣


あぢきなくいそがぬよその枕まで夢路とほさずうつ衣哉




伏見院御製

擣衣驚夢といへる心を


おどろかす砧の音に小夜衣かへすほどなきうたゝねの夢




遊義門院

題志らず


擣ち明す砧のおとの悲しきは長き夜さむの寐覺なりけり




忠房親王

百首の歌奉りし時


夜もすがら月見る人のいねがてに曉かけてうつころも哉




源邦長朝臣

擣衣をよめる


誰れ故 かたぶくまでの月影にねなまし人の衣うつらむ


從二位宣子


賤がうつよその砧のおとのみぞ秋の寐覺の友となりける




前僧正雲雅

百首の歌奉りし時


ぬれつゝや志ひて擣つらむ白露の曉おきの麻のさごろも




大藏卿隆博

弘安の百首の歌奉りける時


袖の上の露もみだるゝ秋風に誰か忍ぶのころもうつらむ




龜山院御製


殘りける秋の日數をかぞへつゝ霜の夜な/\うつ衣かな




法眼源承

性助法親王の家の五十首の歌に


白妙の袖の初霜月さえていとゞ夜さむにうつころもかな




皇太后宮大夫俊成

久安の百首の歌に


山川の水の水上たづねきて星かとぞ見る志らぎくのはな




藤原興風

延喜の御時、菊合に


散り果てゝ花なきときの花なれば移ろふ色の惜しくもある哉




二品法親王覺助

籬菊を


秋ふかきまがきは霜の色ながら老せぬものと匂ふ志ら菊




今上御製

菊の枝につけて奉らせ給うける


仙人の千とせの秋をゆづりおきて君が爲にと咲ける白菊




法皇御製

御返し


行く末は猶長月の菊の枝にかさなる千世を君にゆづらむ




新院別當典侍

重陽の心を


行く末の秋を重ねて九重に千代までめづる菊のさかづき




永福門院内侍

題志らず


殘りける秋の日數もあるものをうつりなはてそ庭の白菊




前關白左大臣押小路

百首の歌奉りし時


我が袖に露をのこして長月や末野の尾花うら枯れにけり




平時敦

題志らず


長月も末野の原の花ずゝきほのかにのこる秋のいろかな




祝部成久


下露のそむるは色のうすければ紅葉も秋の時雨をや待つ




洞院攝政前左大臣


津の國の生田の杜の初時雨あすさへふらば紅葉しぬべし




前内大臣


染めてけり三室の山の初紅葉時雨も露もいろに出でつゝ




前中納言經繼

紅葉一樹といへる心を


いと早も染めて色こき紅葉かな此一本やまづ志ぐれけむ




權中納言爲藤

題志らず


玉鉾の道の行くてのはじもみぢ遠近人や折りてかざゝむ




關白内大臣

百首の歌奉りし時


露時雨いかに染めてか志のぶ山木々の木葉の色に出で劔




前參議雅孝


志ぐれ行く雲のとだえは日影にて錦を晒す嶺のもみぢ葉




權中納言公雄

秋の歌の中に


小倉山心に染むるもみぢばゝ志ぐれの外の色やまさらむ




從三位爲信


露霜の重なる山のもみぢ葉は千志ほの後も色や添ふらむ




修理大夫顯季

家に歌合し侍りけるに、紅葉を


色深き深山がくれのもみぢ葉をあらしの風の便にぞ見る




清原元輔

題志らず


もみぢ葉の散來る秋は大井川渡る淵瀬もみえずぞ有ける




貫之


水底に影し映ればもみぢばの色もふかくやなり増るらむ




從二位家隆

水郷紅葉を


龍田河みねの紅葉の散らぬ間は底にぞ水の秋は見えける




贈從三位爲子

嘉元の百首の歌奉りし時、紅葉


立田川水の秋をや急ぐらむもみぢをさかふ峯のあらしは




藤原爲嗣朝臣

題志らず


うつり行く柞の紅葉人とはゞいかにいはたの小野の秋風




新院御製


散り積る庭のもみぢば殘るとも秋の日數は止りしもせじ




左大臣

永仁元年龜山殿の十首の歌に、河上暮秋


大井河流れて早き木の葉にもとまらぬ秋の色は見えけり




從三位師行


筏士よ秋のなごりの大井河この暮志ばしいそがずもがな




伏見院御製

暮秋菊といへる心を


霜深くうつろひ行くを秋の色のかぎりと見する白菊の花




從三位爲理

正和三年九月盡日十首の歌に、曉惜月


行く秋の名殘おもはぬ時だにもあかずやは見ぬ有明の月




後二條院御製

題志らず


いかゞ又思ひ捨てゝは過すべきとまらぬ秋の別なりとも




前大納言爲世

嘉元の百首の歌奉りし時、九月盡


目に見えぬ心計りは慕へども身をし分かねば秋ぞ止らぬ




上西門院兵衛

久安の百首の歌に


明日しらぬ身をば思はでめぐりこむ秋の別を何惜むらむ




前中納言定家

後京極攝政、内大臣に侍りける時、家に十首の歌よみ侍りける秋に、


松島の海士の衣手秋くれていつかはほさむ露もしぐれも




續千載和歌集卷第六
冬歌

法皇御製

時雨知冬といへる心をよませ給うける


時雨れゆく空にもしるし神無月曇りもあへず冬や來ぬ覽




院御製

山時雨


いつしかと今朝は時雨の音羽山秋を殘さず散る紅葉かな




從二位家隆

題志らず


神無月時雨と共に降りまがふ木の葉も冬の始めなりけり




後一條入道前關白左大臣


今朝とても同じ雲居を神無月時志りがほに降る時雨かな




中務卿宗尊親王


藻鹽やく烟を雲の便りにてしぐれをいそぐ須磨のうら風




入道二品法親王性助

弘安の百首の歌奉りける時


葛城や高嶺にかゝる浮雲はよそにしらるゝ時雨なりけり




權中納言爲藤

百首の歌奉りし時


空はなほ時雨ぞまさる浮雲のたなびく山の峯のあらしに




權中納言親房

冬の歌の中に


過ぎやらで同じ尾上やしぐるらむ雲吹きかへす松の嵐に




後徳大寺入道前太政大臣


深き夜の寐覺の夢の名殘までまたおどろかす村時雨かな




春宮大夫公賢


夕時雨過ぎ行く山のたかねより村雲分けて出づる月かげ




前大僧正實超


志ばしこそしぐれてくもれ浮雲のあとは鏡の山の端の月




法印行深

月の夜木の葉のちるをみてよめる


もみぢばをさそふ嵐のたびごとに木末の月の影ぞしぐるゝ




前大納言俊光

百首の歌奉りし時


雲かゝる嶺はしぐれて嵐ふく麓に降るは木の葉なりけり




參議公明

落葉


神無月吹くや嵐の山たかみ空にしぐれて散る木の葉かな




前大納言爲世

龜山院せり河に御幸ありて三首の歌講ぜられ侍りし時、同じ心を


おのづから吹かぬ絶間も嵐山名に誘はれて散る木の葉哉




道命法師

神の社に紅葉の散るを見て


千早振神無月とは知らねばや紅葉をぬさと風の吹くらむ




前大納言隆房

嘉應二年十月法住寺殿の歌合に、關路落葉


逢坂の關のもみぢの唐錦ちらずばそでにかさねましやは




龜山院御製

題志らず


散りまがふ紅葉の色に山本のあけのそぼ舟猶こがるらし




樓中納言公雄

弘安の百首の歌奉りし時


唐にしき立田の河のもみぢ葉に水の秋こそなほ殘りけれ




後嵯峨院御製

寳治の百首の歌めしけるついでに


垣根なる草も人目も霜がれぬ秋のとなりや遠ざかるらむ




前大納言俊光

百首の歌奉りし時


露おきし色とも見えず枯れ果てゝ籬も野べも霜のした草




權中納言爲藤

神無月の頃北白河にまかりて人々十首の歌講じ侍りし時、閑庭寒草


庭の面に跡なき霜の八重葎かれてもさはる人目なりけり




津守國助

山階入道左大臣の家の十首の歌に、寒草霜


霜むすぶ草の袂の花ずゝきまね 人目もいまや枯れなむ


平政長

冬の歌の中に


かくばかり身にしむ色は秋もあらじ霜夜の月の木枯の風




右近大將兼季

百首の歌奉りし時


吹く風も明けがた寒き冬の夜の淺茅が霜に月ぞさやけき




源清兼朝臣

題志らず


置く霜もひとつにさえて冬枯の小野のあさぢに氷る月影




從三位範宗


秋の色は遠里小野に霜がれて月ぞ形見のありあけのつき




法皇御製


あらし山ふもとの鐘は聲さえて有明のつきぞ嶺に殘れる




後二條院御製


草も木も冬枯さむく霜降りて野山あらはに晴るゝ月かげ




權大納言經繼

百首の歌奉りし時


仕へこし豐のあかりは年をへて又や霜夜の月を見るべき




前中納言定家

西園寺入道前太政大臣五節奉りける時申しつかはしける


暮れやすき霜の籬の日影にもとはれぬ頃の積るをぞ知る




西園寺入道前太政大臣

返し


置きまよふ霜のまがきは忘れねど日影に殘る色ぞ少なき




内大臣

百首の歌奉りし時


浦づたふ跡もなぐさの濱千鳥夕汐みちてそらに鳴くなり




權大納言實衡

題志らず


難波がたゆふ浪たかく風立ちて浦わの千鳥あとも定めず




民部卿隆親

寳治の百首の歌奉りける時、潟千鳥


難波がた汀の千鳥さゆる夜は芦間のしもに恨みてぞ鳴く




津守國平

西園寺入道前太政大臣住吉の社に奉るべき歌とて人々によませ侍りける卅首の歌の中に


難波江の芦のうきねの長き夜にあかつき遠く鳴く千鳥哉




平重村

冬の歌の中に


さえわたる夜はの浦風音ふけて傾ぶく月に千鳥なくなり




大炊御門右大臣

長承元年内裏の十五首の歌に、千鳥を


小夜ふけて芦の末こす濱風にうらがなしくも鳴く千鳥哉




和泉式部

題志らず


友さそふ湊の千鳥聲すみてこほりにさゆる明けがたの月




藤原敏行朝臣


霜枯のあしまの月の明け方を鳴きて千鳥の別れぬるかな




爲道朝臣


通ふらむこと浦人の寐覺まで思ひ志られて鳴く千鳥かな




中務卿恒明親王

水鳥を


さゆる夜の氷とぢたる池みづに鴨の青羽も霜やおくらむ




前中納言定房


山陰やなつみの河に鳴く鴨のおのが羽風に浪ぞこほれる




今上御製

瀧氷といへる心をよませ給うける


谷ふかみ山風さむきたきつ瀬の中なる淀や先づ氷るらむ




從二位宣子

題志らず


冬河のはや瀬の浪のおのづからこほらぬひまに宿る月影




從二位行家


更け行けば岩こす波や氷るらむ河瀬の月の影ぞのどけき




如願法師


もみぢ葉のかげ見し水のうす氷とまらぬ色を何結ぶらむ




平時元


いさや河今や氷もしきたへのとこの山風さむく吹くなり




藤原重綱


打ちよする波もこほりて湊江の葦の葉さむくむすぶ朝霜




入道二品親王性助

弘安の百首の歌奉りける時


霜がれの芦間の風は夜寒にてこほりによわる波の音かな




後二條院御製

氷初結といふ事を


網代木にいざよふ浪を便りにて八十うぢ河は先氷つゝ




前大納言爲家

白川殿の七百首の歌に尋網代といへる心を


船もがないざよふ波の音はしてまだ夜は深しうぢの網代木




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


音たてゝ軒端にさやぐさゝ竹の夜のまの風に霰降るなり




忠房親王

百首の歌奉りし時


岡のへのならの落葉や朽ちぬらむ今は音せで降る霰かな




前權僧正雲雅

冬の歌の中に


衣手にあられ亂れてかゝるなりはらはゞ袖に玉や砕けむ




前大納言爲氏


嵐ふくすり野の日數さえくれて雲の便にあられ降るなり




弘長元年内裏の三首の歌に、曉霰


雲の上の有明の月も影さえてふるや霰のたましきのには




藤原爲顯

題志らず


夜の程につもりにけらし昨日まで見ざりし山の峰の白雪




院御製


都には嵐ばかりのさゆる日も外山を見れば雪降りにけり




澄覺法親王


柞原しぐれし色もあとたえて石田の小野に雪は降りつゝ




津守國冬

前大納言爲世よませ侍りし春日の社の卅首の歌の中に


野も山もうづもれにけり高圓の尾上の宮の雪のあけぼの




平時有

題志らず


晴れぬれば殘る山なくつもりけり雲間にみつる峯の白雪




前大僧正道昭

冬の頃修行し侍りける時


風さむみこほれる雲の峰つゞき越え行く末につもる白雪




法印定爲

冬の歌の中に


吉野山みねのあらしも今よりはさむく日ごとに積る白雪




後二條院御製


いとゞ又冬ごもりせるみよし野の吉野の奥の雪のふる郷




祐子内親王家紀伊


天の原空かきくらし降る雪に思ひこそやれみよし野の山




中納言家持


あすか河川音高しうばたまの夜風をさむみ雪ぞ降るらし




皇太后宮大夫俊成


積れたゞ道はたゆとも山里に日をふる雪を友とたのまむ




法皇御製

雪滿衣といへる心を


けぬが上に積らばつもれ降る雪のみの白衣うちも拂はじ




承覺法親王

題志らず


吹きおろす嵐の末の山陰はふるほどよりもつもるしら雪




前大納言爲世

嘉元の百首の歌奉りし時、雪


高砂のをのへの嵐ふくほどはふれどつもらぬ松のしら雪




藤原隆祐

後九條内大臣の家の百首の歌に、嶺樹深雪といふことを


雪をれの音だに今朝は絶えにけり埋れ果つる峰のまつ原




津守國助

松雪を


訪ふ人をまつと頼みし梢さへうづもれはつる雪のふる里




前大僧正禪助

雪のあしたによみ侍りける


降りまさる年をかさねてみつる哉ならびの岡の松の白雪




津守國助女

題志らず


下をれの音こそしげく聞えけれ志のだの杜の千枝の白雪




大藏卿重經


千枝にさく花かとぞみる白雪の積る志のだのもりの梢は




藤原顯盛


ちり積る花かと見えて櫻あさのをふの下草雪降りにけり




西行法師


芳野やま麓にふらぬ雪ならば花かとみてや尋ねいらまし




相模


烟たつ富士の高嶺に降る雪は思の外に消えずぞありける




大江政國女


山ふかみ烟をだにとおもひしを柴とる道も雪に絶えつゝ




津守國助

永仁二年五十首の歌奉りける時、雪を


冬深きあこぎの海士の藻鹽木に雪つみそへてさゆる浦風




藤原宗行

題志らず


冬がれの尾花おしなみ降る雪に入江もこほるまのゝ浦風




前大納言爲氏

浦雪混浪といへる心をよみ侍りける


浦風にかへらぬ浪と見ゆる哉おなじみぎはに降れる白雪




津守國冬

百首の歌奉りし時


立田河氷のうへにかけてけり神代もきかぬ雪のしらゆふ




讀人志らず

題志らず


神垣に雪の白ゆふ打ちはへてなびくと見ゆる松の下をれ




皇后宮

野宮にて雪のふり侍りければ


雪にだに跡つく方ぞなかりけるあだにもこえぬ神の齋垣は




二品親王覺助

文保の百首の歌に


津の國のこやの葦ぶき埋れて雪のひまだに見えぬ頃かな




藤原信雅朝臣

雪の歌の中に


わけきつる跡とも見えず篠の葉のみ山もさやに積る白雪




慈道法親王

西山に住み侍りける頃雪のふりけるに


傳へこし代々の跡をも尋ねみつ竹の園生のにはの白ゆき




前關白太政大臣

嘉元の内裏の二十首の歌に


深草や竹の下道分け過ぎてふしみにかゝる雪のあけぼの




延明門院大夫

題志らず


さゆる夜の風は音せで明けにけり竹の葉埋む今朝の白雪




從二位家隆

正治二年十首の歌合に、曉雪


鐘の音に今や明けぬとながむれば猶雲深し峰の志らゆき




正三位爲實

積雪を


幾重とは分けても知らじあらち山雲もかさなる峰の白雪




源兼氏朝臣

山階入道左大臣の家の十首の歌に、里雪


降り暮すけふさへ雪に跡たえば飛鳥の里を誰か問ふべき




三善遠衡朝臣

題志らず


よしさらば人とはずとも庭の面に跡なき雪を獨こそみめ




權中納言兼信


來ぬ人も今朝は恨みじ我だにも跡つけがたきにはの白雪




法印長舜

雪のふりけるに跡こそ見えずとも心はかよふと知れと申して侍りける人の返事に


通ふらむ心もいさやしら雪の跡みぬ程はいかゞたのまむ




衣笠内大臣

弘長の百首の歌奉りける時、雪


知られじなとはぬを人の情とは我こそみつれにはの白雪




前大納言爲世

雪の歌の中に


踏みわけむ我跡さへに惜しければ人をもとはぬ庭の白雪




入道前太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、雪


志ばしこそ人の情もまたれしか餘りなるまで積る雪かな




津守國夏

題志らず


白雪のふるの中道のなか/\にとふ人つらきあとぞ殘れる




昭訓門院春日

百首の歌奉りし時


志はしなど厭はざりけむとふ人の跡より消ゆる庭の白雪




後鳥羽院御製

鷹狩の心を


御狩する狩塲の小野に風さえてとだちのしばに霰ふる なり


前中納言定家

正治元年新宮の歌合に、寒夜埋火


埋火の消えぬばかりを頼めども猶霜さゆる床のさむしろ




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


雲の上にねまちの月は更けにけり野臥の袖も霜結ぶまで




從三位氏久

歳暮の心を


今日も又惜むとなれば呉はとり生憎にのみ過ぐる年かな




前左兵衞督教定


月日のみたゞ徒らにこゆるぎの急ぐにつけてくるゝ年波




左大臣


限ある月日はかねてしりながら驚かれぬる年のくれかな




平宣時朝臣


古へは急ぐばかりを心にてくれ行くとしを歎きやはせし




圓光院入道前關白太政大臣


思へ唯ふりぬる後の年の暮いにしへだにも惜まれし身に




法印定爲

嘉元の百首の歌奉りし時、歳暮


空にこそ月日も廻れさのみなど空しき年の身に積るらむ




八條院高倉

題志らず


積りゆく年の思はむ理もはかなく暮るゝ今日ぞしらるゝ




仁和寺二品法親王守覺


一かたに思ひぞはてぬ春をまつ心に惜しき年のくれかな




續千載和歌集卷第七
雜躰

法皇御製

顯密の教法の心をよませ給ひける長歌


くもりなき こゝろは空に てらせども 我とへだつる うきぐもを 風のたよりに さそひ來て いつを始めと くらきより くらき道にも まよふらむ これを救はむ ためとてぞ 三世の佛は 出でにける 説きおく法は さま%\に なゝの宗まで わかるれど こゝろ一つを たねとして まことの道にぞ たづね入る 然はあれども これはみな 志かの園生の かぜのおと 吹初めしより わしのみね 八年のあきを むかへても 闇をてらせる ひかりにて 霧をいとはぬ つきならず 鶴のはやしの けぶりより 八つのもゝ年 すぎてこそ まことの法は ひろめむと ときけることは すゑつひに 三のくに%\ つたへ來て わが大和にぞ とゞまれる あまねく照す おほひるめ 本のくにとて まきばしら 造りもなさぬ ことわりの かく顯はれて やまどりの おのれと長く ひさしくぞ 國をまもらむ かためにて 代々を重ねて たえせねば えぶの身乍ら 此のまゝに 悟りのくらゐ うごきなく 世を治むべき 志るしとて 清きなぎさの 伊勢の海に ひろへる玉を みかきもり 潮のみちひも 手にまかせ 吹く風降る雨 時しあらば 民のかまども にぎはひて 萬づ代經べき あしはらの 瑞穗のくにぞ ゆたかなるべき




反歌


代々たえず法のしるしを傳へきて普くてらす日の本の國




讀人志らず

郭公の長うた


たにちかく 家はをれども こだかくて 里はあれども ほとゝぎす 未だきなかず なくこゑを 聞まくほしと あしたには 門にいでたち ゆふべには 谷をみわたし こふれども 一こゑだにも いまだきなかず




反歌


藤なみのさかりは過ぎぬあし引の山郭公などか來なかぬ




題志らず


みつもろの かみなび山に いほえさし 繁くおひたる とがの木の 彌つぎ/\に たまかづら たゆることなく ありつゝも やまに通はむ あすかのや 古きみやこは やまたかみ 河とほじろし はるの日は 山しみがほし あきの夜は 河しさやけし あさぐもに たづは亂れて ゆふぎりに 蛙さはなく みるごとに ねにのみなかる むかしおもへば




反歌


飛鳥河かは淀さらず立つ霧の思過ぐべき戀にあらなくに




讀人志らず


やましろの くにの宮古は はるされば花さきみだる あきされば もみぢ葉匂ひ おびにせる いづみの河の かみつせに うち橋わたし よどせには うき橋わたし かりがよひ 仕へまつらむ よろづ世までに




花園左大臣家小大進

久安の百首の歌奉りける長歌


きみが代は 行く末まつに はなさきて とかへり色を みづがきの 久しかるべき 志るしには ときはの山に なみたてる 志ら玉つばき やちかへり 葉がへする迄 みどりなる さか木の枝の たちさかえ 志きみが原を つみはやし 祈るいのりの 驗あれば 願ふねがひも みつしほに のぶる命は ながはまの 眞砂を千世の ありかずに とれ共たえず おほ井がは 萬づ代を經て すむかめの よはひ讓ると むれたりし 葦まのたづの さしながら ともは雲居に 立ちのぼり われは澤べに ひとりゐて 鳴く聲そらに きこえねば 積るうれへも おほかれど こゝろの内に うち志のび おもひ嘆きて すぐるまに 斯るおほせの かしこさを わが身の春に いはひつゝ 代々をふれ共 いろかへぬ 竹のみどりの すゑの世を みかきの内に 移しうゑて 匂ふときくの はなゝらば 霜をいたゞく おいの身も 時にあひたる こゝちこそせめ




讀人志らず

旋頭歌

題志らず


白雪のふりしく冬はすぎにけらしも春霞たなびく野べに

うぐひす鳴くも





泊瀬のや弓槻が下に我が隱したる妻茜さし照れる月夜に

ひと見けむかも




人麿


池のべのをつきが下に笹なかりそ其れをだに君が形見に

見つゝ志のばむ




藤原隆信朝臣出家して侍りける頃もろともに年の老いぬる事をわびて昔今の事など申して、せめての心ざしに歌に一句をそふるよし申しつかはして侍りける


みどり子と思ひし人も老いぬとて背く世をみる悲しさは

ゆめかうつゝか




隆信朝臣

返し


ありてなき夢も現も誰れにかくとはれまし君が見る世に

そむかざりせば




入道前太政大臣

折句歌

伏見院みこのみやと申し侍りける時わづらふ事ありて久しく參らざりけるに御製を給はせたりける御返事に、戀しさは誰もさぞといふ事を句のかみ志もにおきて


これも又一枝殘れ志をれてもさける久しさ花のかたみぞ




前大納言爲氏

龜山院の御時、こ屏風、すゞり箱を、折句くつ冠におきてよめと仰せごとありければつかうまつりける


こま渡す一瀬もみえずやへこほりうは波なきは深き水底




ふぢばかま、女郎花といふことをよみ侍りける


冬枯を千草押しなみはてはみな風に雪さへ又つもるらし




後法性寺入道前關白太政大臣

隆信朝臣まうでこむと申しける日を忘れてもや有らむとて、いひし日をたがふなよといふことをくつかうぶりにおきてよみてつかはしける


いかに又獨あかすか忍ぶてふ人はつらしな思ひこりねよ




曾禰好忠

物名

きのえ


二葉にてわが引植ゑし松のきの枝さす春に逢ひにける哉




かのえ


花の香の枝にし止る物ならば暮るゝ春をも惜まざらまし




伊勢大輔

庚申の夜思ふゆかりの人に


何事も捨つる身なれど世は中のえさるまじきは君故と知れ




津守國助

梅、さくら


鶯は花の志るべをもとむめり咲くらむ方の風もふかなむ




隆信朝臣

李のはな


世をすつと爭でいふらむけふあすも物は何故思ふ我身ぞ




皇太后宮大夫俊成

正治の百首の歌奉りける時、たくみ鳥


難波人あしのわか葉やほさでたく緑にかすむゆふ烟かな




入道前太政大臣

にはたゝき


小夜衣返すかひなき身にはたゞ君を恨みて袖ぞぬれぬる




左大臣

やをとめ


疎らなる閨をとめてはもりくれど宿る程なき夏の夜の月




前中納言定家

さし櫛、ひかげ


神山に幾世へぬらむ榊葉の久しく志めをゆひかけてけり




前大納言爲氏

かはら硯


露ながら色もかはらずすり衣千草の花のみやぎ野のはら




入道前太政大臣

すきをしき


忘れずよ霜の志たなる花ずゝきをしき形見の秋の面かげ




太政大臣

こしがたな


古よいかに過ぎこし方なれば忍べど歸るみちなかるらむ




津守國助

みす、たゝみ


逢ふことにかへむ命を省みず唯身を捨てゝこふるはかなさ




俊頼朝臣

木賊、椋の葉


程もなくとく寒く野はなりにけり虫の聲々弱り行くまで




山本入道前太政大臣

筑波山


押並べて四方の草木の色づくはやまず時雨の降れば なり


祐子内親王家紀伊

誹諧歌

睦月七日をかしき文ども人々の許にみゆる、身にはさもなければ


春たつと聞くにつけても春日野の若菜をなどか人の忘るゝ




大貳三位

題志らず


袂だに匂はざりせば梅の花ひきかくしても折るべき物を




從三位頼政

柳埀門前といへるこゝろを


青柳の打垂髮を見せむとやいづべき門にまちたてるらむ




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


空はまだあまげになれや春の夜の月も霞の袖がさをきて




大僧正行尊

二月の頃俊惠法師わづらふ事侍りければつかはしける


君が爲風をぞいとふこの春は花ゆゑとのみ何おもひけむ




信實朝臣

題志らず


招くとてさのみも人の止まらば尾花がもとや所なからむ




大貳三位


亂れたる名をのみぞ立つ苅萱のおく白露をぬれ衣にして




讀人志らず


我が如く機織る虫も音をやなく人のつらさを經緯にして




辨乳母


山の端をいづるのみこそさやけゝれ海なる月の暗げなる哉




前大納言爲世

嘉元の百首の歌奉りし時


よる/\は砧の音をさそひ來て風ぞ枕にころもうちける




正三位知家

題志らず


賤の女がきなれ衣の秋あはせ早くもいそぐつちの音かな




康資王母

泊瀬にまうでゝさほ山の紅葉の散りたるを見て


佐保山の嵐ぞやがてぬがせける紅葉の錦身にはきたれど




俊頼朝臣

物申しける人の母に申すべき事ありてまかりて尋ねけるにたび/\、なしと申してあはざりければ


箒木はおもてぶせやと思へばや近づく儘に隱れ行くらむ




正三位知家

題志らず


ふりかくる額の髮の片みだれとくと頼むる今日の暮かな




從三位頼政

返迎車戀といふことを


載せてやる我が心さへとゞめ置きて妬くも返すむな車哉




衣笠内大臣

題志らず


益荒雄が夢の編笠打ちたれて目をも合せず人ぞなりゆく




和泉式部

雁の子を人のおこせて侍りければよみ侍りける


いくへづゝ幾つ重ねて頼まゝしかりのこの世の人の心は




前大納言爲家

題志らず


かち人の野分にあへる深簔の毛を吹くよこそ苦しかるらめ




光俊朝臣


世を捨てゝ人にもみえず知られねば我こそ今は隱簔なれ




俊惠法師

道因法師日吉の社の歌合によき歌をよみてまけにけりと聞きていひつかはしける


君が歌飾磨の市と見しか共かちのなきこそ怪しかりけれ




續千載和歌集卷第八
羇旅歌

權中納言敦忠

みちの國に罷りけるに餞し侍りけるに


行き歸る物と知る/\怪しくも別といへば惜まるゝかな




小野小町

同じ國へ罷りける人に遣しける


陸奥に世を浮島ぞありといふ關こゆるぎの急がざらなむ




壬生忠見

人の國に行く人に


後れじといはぬ涙も手向には止めかねつる物にぞ有ける




貫之

物へ罷りける人に幣遣すとて


紅葉をも花をも折れる心をば手向の山のかみや知るらむ




惠慶法師

物へまかりける人の許に


都なるひとの數にはあらずとも秋の月見ば思で出でなむ




藤原清正

遠き所へ罷りける人の小うちきの袂に書き付けて遣しける


君がため祈りてたてるから衣わかれの袖や手向なるらむ




中務

田舎へまかりける人の許に扇につけて遣しける


君が行く雲路後れぬあしたづは祈る心のしるべなりけり




藤原高光

天暦九年宇佐の使の餞にうへのをのこども歌よみけるに


露のごとはかなき身をば置き乍ら君が千年を祈りやる哉




刑部卿頼輔

源季廣下野守になりて下り侍りけるに遣しける


待ちつけむ命を惜む別れ路は君をも身をも祈るとを知れ




源季廣

返し


別路ぞ今は慰む君が斯く待つとし聞かば千代も經ぬべし




圓嘉法師

別の心を


なほざりに歸らむ程を契るかな命は知らぬ別れなれども




信生法師

蓮生法師出家して後、年ごろあひ語らひて侍りける女を親の許へ送り遣すと聞きて申し遣しける


かき暮し行く空もなき別路は止まるも止まる心ならじを




蓮生法師

返し


今更に別ると何か思ふらむ我れこそさきに家を出でしか




前大納言公任

因幡守になりて下りける人に弓を遣すとて


梓弓引き留めてもみてしがないなば戀しと思ふべければ




馬内侍

旅に行く人に鏡を遣すとてよみ侍りける


見馴れよと添ふる鏡の影だにもくもらで過せ人忘るとも




土御門院御製

題志らず


朝霧に淀のわたりを行く舟の知らぬ別もそでぬらしけり




山階入道左大臣


行く駒のあとだにも無し旅人のかち野の原に茂る夏ぐさ




前關白左大臣近衞


浦々の末のとまりは知らねども同じいそべを出づる友舟




平宗宣朝臣すゝめ侍りける住吉の社の卅首の歌に海路


今朝はみな眞帆にぞかくる追風の吹く一方に出づる友舟




平氏村

題志らず


遙なる浪路隔てゝ漕ぐ舟は行くとも見えず遠ざかりつゝ




讀人志らず


照る月を雲なかくしそ島かげに我が舟寄せむ泊志らずも





難波潟漕ぎ出づる舟の遙々と別れ來れども忘れかねつも




新院御製


かへりみる都やいづこわたの原雲の浪路は果も知られず




權大納言定房

百首の歌奉りし時


難波潟同じ入江に船とめていく夜あし間の月を見つらむ




津守國助

旅の心を


涙添ふ袖のみなとを便りにて月もうきねの影やどしけり




大江忠成朝臣女

筑紫へ下り侍りけるが明石と云ふ所に日數を經けるに思ひつゞけゝる


寐覺していく夜明石のうら風を波の枕にひとり聞くらむ




藤原秀賢

題志らず


まどろまでこよひや獨り明石潟浪の枕にかよふうらかぜ




前大納言通重

夕泊といふことを


はる%\と波路の末に漕ぎ暮れて知らぬ湊にとまる舟人




後二條院御製

旅泊の心をよませ給うける


なごの浦にとまりをすればしきたへの枕に高き沖つ白波




前右大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、旅


舟とむるとしまが磯の浦人も浮きて世渡る習ひをぞ知る




平齊時

田子の浦を


旅人も立たぬ日ぞなき東路の往來になるゝ田子のうら波




藤原行朝

題志らず


假そめと思ひながらも旅衣立ちわかるれば袖ぞしをるゝ




惟康親王家右衛門督


旅衣都へいそぐみちならばいとかく袖はしぼらざらまし




承覺法親王

關路行客といふ事を


たび人の心づくしの道なれや往來ゆるさぬ門司の關もり




前右大臣

百首の歌奉りし時


今もかも戸ざしやさゝぬ旅人の道ひろき世にあふ坂の關




前大僧正慈鎭

前右近大將頼朝都に上りて侍りけるがあづまへ下りなむとしける頃遣しける


東路のかたになこその關の名は君を都に住めとなりけり




前右近大將頼朝

返し


都には君に逢坂ちかければなこその關はとほきとを知れ




寂信法師

旅の歌の中に


旅ごろも曉ふかく立ちにけり遙に來ても逢ふひとぞなき




了然上人

題志らず


都をば獨出でしをいかにして憂き事計り身には添ふらむ




藤原重顯朝臣


都出でゝいく夜になりぬ草枕むすぶかりねの露を殘して




藤原有高


假寐とも今は思はじ日數へて結びなれぬる草のまくらを




前僧正公朝

藤原爲道朝臣あづまに侍りける時五月五日あやめに添へて遣しける


旅寐にはおもはざらなむ草枕あやめに今宵結びかへつゝ




爲道朝臣

返し


かりそめの菖蒲にそへて草枕こよひ旅寢の心地こそせね




平宗直

題志らず


臥し馴れぬ旅寐の枕ほどもなく曉待たでゆめぞ覺めぬる




平貞時朝臣

旅宿夢といふ事を


夢むすぶたびねの庵の草まくらならはぬ程の袖の露かな




前大納言爲氏

人々にすゝめてよませ侍りける住吉の社の十首の歌に、旅宿風


夢をだにみつとは言はじ難波なる芦の篠屋の夜半の秋風




源親長朝臣

名所の歌詠み侍りけるに、眞野入江


假寐する眞野の入江の秋の夜に片敷く袖は尾花なりけり




中務卿宗尊親王

旅の心を


笹枕いく野の末にむすび來ぬ一夜ばかりの露のちぎりを




平齊時

野中の清水を過ぎ侍るとて


過ぎがてに野中の清水影見てももと住馴れし方ぞ忘れぬ




法印圓位

題志らず


分け來つる山路の露の濡れ衣干さで片敷く野邊のかり庵




讀人志らず

修行し侍りける道にて同行のいたはりけるを人に預け置くとて


今來むと結ぶ契りもあだにのみおもひ置かるゝ道芝の露




藤原重顯

題志らず


故郷は露もわすれず草枕むすぶばかり寐の夜はをかさね


入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


旅衣かさなる袖の露志ぐれ昨日も干さず今日もかわかず




弘安の百首の歌奉りける時


急ぎつる道の行く手は暗き夜に里を知らせて鳥の鳴く聲




永福門院

題志らず


旅衣立つより袖はなみだにてむすぶ枕も野邊のゆふつゆ





暮れ果つるあらしの底に答ふなり宿訪ふ山の入相のかね




法印道我

長谷寺より室戸へ詣で侍りけるに山路に日暮れて鐘の聲聞え侍りければ


今ぞ聞く夕こえくればはつせ山檜原の奥のいりあひの鐘




圓光院入道前關白太政大臣

旅の心を


暮れずとて里の續きは打過ぎぬ是より末に宿やなからむ




權大僧都成瑜


いづくとも定めぬ旅は行き暮るゝ里を限に宿や訪はまし




從三位宣子


露分けてやどかり衣いそげとも里はとほぢの野べの夕暮




前關白左大臣押小路

百首の歌奉りし時


行くさきの近づく程は故郷の遠ざかりぬる日數にぞ知る




了雲法師

題志らず


たび衣夕こえかゝる山の端に行くさき見えて出づる月影




紀淑文朝臣


行暮れて麓の野べに宿訪へば越えつる山を月も出でけり




大江宗秀


天つ空おなじ雲居に澄む月のなどか旅寐は寂しかるらむ




惟宗忠景


草枕露のやど訪ふ月かげに干さぬたび寐の袖やかさまし




從三位宣子

百首の歌奉りし時


月もまた慕ひ來にけり我ればかり宿ると思ふ野邊の假庵




土御門院御製

月前思故郷と云ふ心を詠ませ給うける


慕ひくる影はたもとにやつるとも面變りすなふる里の月




遊義門院

旅の心を


慕ひ來てまだ踏み馴れぬ山路にも都にて見し月ぞ伴なふ




源兼氏朝臣


夜もすがら通ふ夢路は絶果てゝ月を都のかたみにぞ見る




丹波忠盛朝臣

前參議雅孝長月の頃難波に下りて侍りけるに便りにつけて申し遣しける


時しもあれ眺め捨てにし長月の月の都の名こそ惜しけれ




前參議雅孝

返し


いづくにも猶面影の身に添へば月の都をおもひこそやれ




藤原清忠朝臣

前中納言定房の家にて行路秋望と云へる心を詠み侍りける


濡れつゝもなほぞ分け行く旅衣朝たつ山のまきの下つゆ




觀意法師

秋の頃あづまへ下りけるに小夜の中山にて


ひとり行く小夜の中山なか空に秋風さむく更くる月かげ




前中納言定家

題志らず


都とて雲の立ち居に忍べども山のいくへを隔て來ぬらむ




藤原基行朝臣


曉のせきの秋霧立ち籠めてみやこ隔つるあふさかのやま




祝部成茂

東へ下りける道にて詠み侍りける


清見潟浪の關守とめずとも月を見捨てゝ誰れか過ぐべき




惟宗光吉

曉旅行を


夜を籠めて山路は越えぬ有明の月より後の友やなからむ




中原師員朝臣

題志らず


旅びとの鳥籠の山かぜ夢絶えて枕にのこるありあけの月




賀茂景久


苔むしろたゞひとへなる岩が根の枕にさむき鳥籠の山風




藻壁門院少將

洞院攝政の家の百首の歌に、旅


假寐する今宵ばかりの岩が根にいたくな吹きそ峰の木枯




前大納言爲氏

弘安の百首の歌奉りける時


月待ちて猶越え行かむ夕やみは道たど/\し小夜の中山




平範貞

題志らず


越えやらで宿訪ひかぬる時しもあれ嵐吹添ふさやの中山




前大納言有房

嘉元の百首の歌奉りし時、旅


言の葉も及ばぬ富士の高嶺かな都の人にいかゞかたらむ




津守國道

題志らず


立ちまがふ淺間の山の嶺のくも烟を人の見やはとがめむ




大江廣房


行く末も跡もさながらうづもれて雲をぞ分くる足柄の山




源邦長朝臣


秋風は思ふかたより吹き初めて都こひしきしら河のせき




贈從三位爲子

嘉元の百首の歌奉りし時、旅


行く人もえぞ過ぎやらぬ吹きかへす衣の關の今朝の嵐に




今上御製

雪中旅行と云ふ事を詠ませ給うける


雪のうちに昔の道をたづぬれば迷はぬ駒の道ぞ知らるゝ




前中納言定家

後京極攝政の家の冬の十首歌合に、關路雪朝


雪つもる須磨の關屋の坂庇明け行く月もひかりとめけり




法眼慶融

大江頼重こしに侍りけるに申し遣しける


都だにしぐるゝ頃のむら雲にそなたの空の雪げをぞ知る




大江頼重

返し


都だに晴れぬ時雨に思ひやれ越路は雪の降らぬ日ぞなき




法眼能圓

題志らず


うちま山今朝越え行けば旅人の衣手さむし雪は降りつゝ




寂惠法師


踏み分くる跡よりほかは旅人のかよふ方なき野邊の白雪




祝部成茂

東へ下りて侍りけるに年の暮に歸り上るとて詠み侍りける


馴れ來つる年と共にも歸らずば涙計りや身には添はまし




源義行

前大納言爲氏あづまへ下りて侍りけるけるが上り侍りける時申し遣しける


歸るさの旅寐の夢に見えやせむ思ひおくれぬ心ばかりは




前大納言爲氏

返し


かへるさに思ひおくれぬ心とも旅寐の夢に見えば頼まむ




前中納言爲相

題志らず


故郷の夢の通ひ路せきもゐば何を旅寐のなぐさめにせむ




權大納言經繼


夢をだに結びも果てず草枕かり寐の床の夜はのあらしに




土御門院御製


岩が根の枕はさしも馴れにしをなにおどろかす松の嵐ぞ




後京極攝政前太政大臣

家の百首の歌の中に、旅


故郷にかよふ夢路も有りなまし嵐のおとを松に聞かずば




法皇御製

百首の歌めされし次でに


過ぎにける山は百重を隔つれど一夜に通ふ我が夢路かな




旅の心を詠ませ給うける


いづくをか家路と分きて頼むべきなべて此世を旅と思へば




續千載和歌集卷第九
神祇歌

後嵯峨院御製

建長五年、住江に御幸侍りて、行旅述懷と云ふ事を講ぜられ侍りけるに詠ませ給ひける


跡垂れし神世に植ゑば住吉の松も千年を過ぎにけらしも




太宰權帥爲經


幾千世と又行くすゑを契るらむ今日待ちえたる住吉の松




前右兵衞督爲教


住江や今日の御幸を待つとてぞ神も千年の種は蒔きけむ




山本入道前太政大臣

弘安八年住江に御幸侍りて同じ心を講ぜられ侍りけるに


住吉の松の千年もみゆきする今日の爲とや神も植ゑけむ




常磐井入道前太政大臣

住吉の神主國平、大宮院に御卷數、奉るとて松の枝に付けり侍りけるを見て女房に代りて


千年とも祈るしるしの言の葉をむすびや付くる住吉の松




權中納言爲藤

住吉の社を繪にあらはして神祇祝と云へる心を人々詠み侍りける時


住吉の松も花咲く御代に逢ひてとかへりまもれ敷島の道




津守經國

本社にさぶらひて雨を祈るとて詠める


さらぬだに淺澤小野の忘水忘れ果てゝもいくか經ぬらむ




皇太后宮大夫俊成

江上月を


思ひ出でよ神代も見きや天の原空もひとつに住の江の月




讀人志らず

題志らず


宮居せし神代思へば片そぎの行合ひの霜は年舊りにけり




津守國道


契有りてつかふる神の御しめ繩猶代々かけて身を頼む哉




前大納言爲家

玉津島に詣でゝ詠み侍りける


みがき置くあとを思はゞ玉津島今もあつむる光をもませ




前大納言爲氏

源兼氏朝臣すゝめ侍りける玉津島の社の十五首の歌に


敷島や大和ことの葉我が世まで享けゝる神の末も頼もし




前關白太政大臣家讃岐

題志らず


和歌の浦や藻に埋もれし玉も今光を添へて神ぞ見るらし




津守國助


和歌の浦に立てし誓の宮柱いく世もまもれしきしまの道




入道前太政大臣の家の十五首の歌に、述懷


一筋に憂きをもいかに歎かまし神に任せぬ我身なりせば




前大納言爲氏

春日の社に奉りける歌の中に


埋れ木の身は徒に舊りぬとも神だに春のめぐみあらはせ




前僧正實聰

前關白太政大臣、春日の社に詣で侍りけるに、山階寺の別當にて代々の跡に變らず執り行ひて思ひつゞけ侍りける


三笠山老木も今は花咲きて代々にかはらず春に逢ひぬる




前參議雅孝

題志らず


三笠山春のめぐみのあまねくば藤の末葉も猶やさかえむ




一條内大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、山


照せなほ山はみかさの朝日影あふぐ心もくもりやはする




前中納言定家

西行法師、人々すゝめて百首の歌詠ませ侍りけるに


なか/\に指しても言はじ三笠山思ふ心は神ぞ知るらむ




常磐井入道前太政大臣

水無月の頃春日の社に籠りて法樂し侍りける歌の中に


春日山深くたのみし夏草の茂きめぐみぞ身にあまりぬる




後二條院御製

神祇の心を詠ませ給ひける


人よりは哀れとおもへ春日山しかもたのみをかくる年月




前中納言定資


のぼるべき跡をば捨てし春日山今一さかは神にまかせむ




中臣祐茂

題志らず


かすが山あまつ兒屋根の眞澄鏡映りし影の月を見るかな




前僧正實聰


榊葉に志ら木綿かけてつもりけり三笠の杜の今朝の初雪




後京極攝政太政大臣


頼もしな佐保の河瀬の神さびて汀の千鳥八千代とぞ鳴く




中臣祐春

若宮の神主になりて後詠める


世々かけて神に仕ふる名取川かゝる瀬迄と身をぞ祈りし




狛秀房

題志らず


二葉より神をぞ頼むをしほ山我もあひおひの松の行く末




權大僧都公順

わづらふ事ありて久しく熊野に詣で侍らざりける頃詠み侍りける


思ひやる袖も濡れけり岩田河わたりなれにし瀬々の白浪




前大僧正禅助

題志らず


今もなほ哀れをかけよみくま野や昔のあとは神も忘れじ




法皇御製


稻荷山祈る驗のかひもあらば杉の葉簪しいつか逢ひ見む




權大納言經繼

二品法親王の家の五十首の歌に、杉雪


冬されば三輪の杉むら神さびて梢にかゝる雪のしら木綿




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


雪降れば三輪のすぎ村木綿懸けて冬こそ神の印見えけれ




從二位家隆

光明峰寺入道前攝政内大臣に侍りける時、家に百首の歌詠み侍りけるに


千早ぶる神の御室の眞澄鏡懸けていく世の影を變ふらむ




法性寺入道前關白太政大臣

題志らず


神がきや御室のやまの郭公ときはかきはの聲と聞かばや




祐子内親王家紀伊

御あれの日音づれて侍りける人の返事に


もろかづらかた/\懸くる心をば哀とも見し賀茂の瑞垣




從三位氏久

虫屋を作りて前大納言資季の許へ送り遣すとて


君のみや千とせも飽かず聞き舊りむ我が神山の松虫の聲




前大納言資季

返し


幾千世か鳴きて經ぬらむ千はやぶるその神山の松虫の聲




權僧正桓守

神祇を


曇なき君が御世にぞ千はやぶる神も日吉の影を添ふらむ




前大僧正仁澄


君守る神も日吉の影添へてくもらぬ御世をさぞ照すらむ




前大僧正慈鎭

日吉の社に詠みて奉りける百首の歌に


さりともと照す日吉を頼むかな曇らずと思ふ心ばかりに




法眼兼譽

神恩の深き事を思ひて詠める


淺からぬ惠に知りぬのちの世の闇も日吉の照すべしとは




天台座主慈勝

拜堂の後、社頭にて詠み侍りける


忘れじなおもひしまゝに見る月の契ありける七の神がき




前大納言爲世

百首の歌奉りし時


道まもる七の社のめぐみこそ我が七十ぢの身に餘りけれ




祝部行氏

題志らず


いにしへに神のみ舟を引きかけし梢や今のからさきの松




法眼慶宗


みな人のたのみを懸けて神垣に祈ればなびく松の白木綿




後近衛關白前右大臣


大方の世をしづかにと祈るこそ神の惠にまづかなふらめ




前關白左大臣押小路

百首の歌奉りし時


天地の開けそめける神代より絶えぬ日つぎの末ぞ久しき




法皇御製

寄國祝と云へる心を詠ませ給うける


かたぶかぬ速日の峰に天降るあめのみまごの國ぞ我が國




百首の歌めされしついでに


我が國に内外の宮とあらはれて傳へし法を今まもるらむ




前右大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、河


濁なきかみの心をあらはして御裳濯河やながれそめけむ




伏見院御製

河月と云へる心を


五十鈴川絶えぬ流れの底きよみ神代かはらず澄める月影




惠助法親王


澄む月の影を映して五十鈴川濁らぬ世にもかへる浪かな




法印最信

太神宮に詣でゝ詠み侍りける


五十鈴川とほきむかしの神代まで心にうかぶ夜半の月影




度曾行忠

題志らず


すべらぎの天のみおやのみことのり傳へて祈る豐の宮人




荒木田氏忠


神路山かげのこ草は萠えにけり末葉も洩れぬはるの惠に




法眼源承

伊勢の國に知る所侍りけるを人に妨げらるゝ由うたへ申し侍りけるが、未だ事行かず侍りけるに、民部卿資宣の許へ申し遣しける


伊勢の海や今も天照る神風に道ある浪のよるべをぞ待つ




大江貞重

題志らず


祈りこし志るしあらせよ石清水神も我身を思ひ捨てずば




前大納言師重

石清水臨時時祭を


九重の今日のかざしの櫻ばな神もむかしの春はわすれじ




後二條院御製

神祇の心を


世の爲もあふぐとを知れ男山むかしは神の國ならずやは




法皇御製

百首の歌めされし次でに


世を思ふ我がすゑまもれ石清水きよき心のながれ久しく




前大納言爲世

嘉元元年伏見院の三十首の歌奉りし時、夜神樂


更けぬるか眞弓つき弓押し返し謠ふ神樂のもとすゑの聲




前中納言定家

文治六年女御入内の屏風に、内侍所の御神樂の儀式のある所


空冴えてまだ霜ふかき明けがたにあか星うたふ雲の上人




前中納言匡房

天仁元年鳥羽院の御時大甞曾の悠紀方の神樂の歌、音高山を詠める


よばふなるおとたか山の榊葉の色にかはらぬ君が御世哉




左京大夫顯輔

康治元年近衞院の御時大甞曾の悠紀方の神樂の歌、三上山を詠める


千早振三上の山の榊葉を香をかぐはしみとめてこそ取れ




前大納言俊光

延慶二年新院の御時、大甞曾の悠紀方の神樂の歌、石戸山を詠める


久方の天の岩戸の山の端にとこやみ晴れて出づる月かな




續千載和歌集卷第十
釋教歌

法皇御製

菩提心論、日々漸加至十五日圓滿無碍の心を詠み給ひける


日に添へて影は變れど大空の月は一つぞ澄みまさりける




三摩地現前


月の爲何をいとはむ雲霧もさはらぬ影はいつもさやけし




十住心論の開内庫授寳


悟り入る十の心のひらけてぞ思ひのまゝに世を救ひける




弘法大師

眞如親王おとづれて侍りける返事に


斯計り達磨を知れる君なれば陀多謁多までは到るなり鳬




權僧正智辨

觀音院にて詠み侍りける


觀念のこゝろし澄めば山かぜも常樂我淨とこそきこゆれ




大僧正明尊

志賀にて浪の立ちけるを見て


志賀の浪虚空無我とは立たね共聞けば心ぞ澄み渡りける




前大僧正實承

如秋八月霧微細清淨光の心を詠み侍りける


霧に猶まよひしほどぞ秋の夜の月を隔つる障りとは見し




法印守禅

妙觀察智の心を


霧晴れてくもらぬ西の山の端にかゝるも清き月の影かな




前大僧正公澄

然此自證三菩提出過一切地を


三日月の雲居に高く出でぬれば霞も霧も立ちぞへだてぬ




了然上人

大日經成就悉地品、無垢妙清淨圓鏡常現前


曇りなくいにしへ今を隔てぬは心に磨くかゞみなりけり




覺鑁上人

鳥羽院の御時御なで物の鏡を給ひて奏し侍りける


眞澄鏡うつしおこする姿をばまことに三世の佛とぞ見る




鳥羽院御製

御返し


おしなべて誰も佛になりぬとは鏡の影に今日こそは見れ




法皇御製

眞言院の花を御覽じて


三つの世につねに住むべき理は散らぬ櫻の色ぞ見せける




前大僧正禅助

御返し


三の世に散るも散らぬも九重の花の色をば君ぞ見るべき




法印道我

有空不二の心を


空しとも有りとも云はじ今さらに眞の法の二つなければ




入道親王尊圓

法華經序品、照于東方を


春の來るかたを照して法の花開くる時を世にぞ知らする




源有長朝臣

我見燈明佛本光瑞如斯


昔見し春のひかりのかはらねば今も御法の花ぞ咲くらむ




法眼親瑜

方依品、漸々積功徳


墨染の袖にも深く移りけりをり/\なるゝ花のにほひは




前中納言定家

母の周忌に法華經をみづから書きて卷々の心を詠みて表紙の繪に書かせ侍りけるに、二卷の心を


をしまずよあけぼの霞む花の陰これも思ひのしたの故郷




近衛院御製

譬喩品


我が心みつの車にかけつるは思ひの家を憂しとなりけり




法印定爲

信解品、譬如童子幼稚無識の心を


知らでこそ結び置きけめ總角のいとけなかりし程の契を




僧都源信

藥草喩品


一時にそゝぎし雨にうるひつゝ三草二木も枝さしてけり




皇太后宮大夫俊成

待賢門院の中納言人々勸め侍りて法華經二十八品の歌詠ませ侍りけるに、授記品、於未來世感得成佛の心を詠み侍りける


いか計嬉しかり劔さらでだに來む世の事は知らま欲しきを




安樂行品、深入禅定見十方佛


靜かなる庵をしめて入りぬれば一かたならぬ光をぞ見る




涌出品、從地而涌出


池水の底より出づる蓮葉のいかで濁りに志まずなりけむ




前左兵衛督惟方

壽量品、作是教已復至他國


霧深き秋の深山の木のもとに言の葉のみぞ散り殘りける




權大僧都隆淵

方便現涅槃而實不滅度


しばしこそ影をもかくせ鷲の山高嶺の月は今もすむなり




法印成運

勸發品の心を


見ぬ人のためとやわしの山櫻ふたゝび解ける花の下ひも




前大納言爲家

諸行無常是生滅法と云ふ事を


常ならぬ世にふるはては消えぬとやげに身を捨し雪の山道




前大僧正忠源

仁王經觀空品を讀み侍りける時、郭公を聞きて


聞かぬ間は空しき空の時鳥今日はまことの初音なりけり




瞻西上人

色即是空の心を


くまもなき月を映して澄む水の色も空にぞ變らざりける




權大僧都嚴教

不妄語戒を詠める


草の葉の露も光のあればとて玉と言ひてはいかゞ拾はむ




權少僧都頼齡

草繋比丘を


草の葉をいかなる人の結びてかとかでも露の身をば置き劔




前大僧正良信

唯識論、智與眞如平等云々のこゝろを


雲晴れて空も光を見え分かずひとつに澄める秋の夜の月




覺懷法師

心清淨故有情清淨


にごりなきもとの心にまかせてぞ筧の水の清きをも知る




法印實壽

未得眞恒處夢中


晴れやらぬ心の闇の深き夜にまどろまで見る夢ぞ悲しき




法印顯俊

同疏に覺知一心生死永奇と云ふ事を


押しなべて心一つと知りぬれば浮世にめぐる道も惑はず




前中納言定家

後法性寺入道前關白舍利講の次でに人々に十如是の歌詠ませ侍りけるに、如是力


水なれ棹岩間に浪はちかへども撓まずのぼる宇治の河舟




九條左大臣女

五百弟子品


おろかなる心からこそ我が袖にかけゝる玉を涙とは見れ




法印憲實


まよひこし玉の行くへもあらはれぬ身を空蝉の薄き袂に




西行法師

勸持品


いかにして恨みし袖に宿りけむ出でがたく見し有明の月




道基法師

壽量品


古にかはらず今もてらすなるわしのみ山の月を戀ひつゝ




權律師澄世


末の世をてらしてこそは二月の半の月はくもがくれけれ




前中納言定資

妙音品


身をかへて數多に見えし姿こそ人をもらさぬ誓なりけれ




刑部卿頼輔

後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、家に百首の歌詠み侍りけるに、釋教の心を


逢ひがたき法の浮木を得たる身は苦しき海に何か沈まむ




源兼氏朝臣

普門品、種々諸惡趣


遂に又いかなる道に迷ふとも契りしまゝのしるべ忘るな




前大僧正忠源

言語道斷心行所滅と云ふ心を


今はまた訪ふべき道ぞなかりける心の奥を尋ねきはめて




前僧正禅助

性助法親王かくれての頃法眼行濟法華經を書きて供養せさせけるに


さこそげにうつす光も照すらめ御法の花のさとり開けて




從三位氏久

前大納言爲家身まかりて後一めぐりに前大納言爲氏如法經書き侍りけるに捧物贈り侍るとて


むかし思ふ御法の花の露ごとに涙や添へてかき流すらむ




皇太后宮大夫俊成

一品經を書寫山に贈るとて添へて侍りける歌の中に


種蒔きし心の水に月澄みてひらけやすらむ胸のはちすも




後嵯峨院御製

思順上人扇を忘れてまかり出でにける後に給はせける


たとへ來し扇もさこそわするらめ月をも月と分かぬ心に




西行法師

無量壽經、易往而無人の心を


西へ行く月をやよそに思ふらむ心に入らぬ人のためには




前大納言爲氏

猶如淨水洗除塵身


おのづから心にこもる塵も無し清きながれの山川のみづ




圓胤上人

觀無量壽經、王宮會の心を


春やときみ山櫻にさき立ちてみやこの花はまづぞ開けし




照空上人

日想觀、應常專心繋念一處


夕づく日入江の蘆の一すぢにたのむ心はみだれざりけり




前大納言爲家

後鳥羽院の下野すゝめ侍りける十六想觀の歌に、水想觀を


底きよく澄ます心の水のおもに結ぶ氷をかさねてぞ見る




源空上人

光明遍照十方世界と云へる心を


月影のいたらぬ里はなけれどもながむる人の心にぞすむ




蓮生法師

下品下生の心を詠み侍りける


道もなく忘れ果てたる故郷に月はたづねて猶ぞすみける




順空上人

佛開未始方便之恩を


雲と見て過ぎこしあとの山櫻匂ひにいまぞ花と知りぬる




俊頼朝臣

阿彌陀經、常作天樂の心を


笛の音に琴の調べの通へるはたなびく雲に風や吹くらむ




往生論、永離身心惱


苦しとも憂しとも物を思ひしは見し夢の世の心なりけり




前權僧正成賢

法印聖覺説法志侍りけるに銀にてはちすの葉を作りて水精の念珠を置きて遣しける


極樂のはちすの上に置く露を我が身の玉と思はましかば




法印聖覺

返し


さとり行く心の玉の光にてうき世のやみを照せとぞ思ふ




前大僧正道寳

眞言の發相尋ね聞きて後詞は聞きしにかはらで心いと深き由申して侍りける人の返事に


深しともおもひな果てそ法の水その源は汲みもつくさじ




權僧正桓守

前大僧正公澄谷川の我がひと流れと詠みて侍りける事を傳法のついでに思ひ出でゝ


結ぶ手の雫ぞきよき谷川のながれは末もにごらざりけり




權大僧都澄俊

代々の跡に及ばざる事を思ひて詠み侍りける


散りのこる法の林の木ずゑには言葉の花の色ぞすくなき




權律師定海

圓宗寺の法華會おこし行はれけるに參りて雪の痛く降り侍りければ


思ひきや庭の白雪踏み分けて絶えにし道の跡つけむとは




前大僧正禅助

題志らず


思はずよ畏き代々の法の道おろかなる身に傳ふべしとは




法皇御製

百首の歌召されしついでに


尋ね入る交野の風を受けてこそ法を傳へし宿はしめけれ




前大僧正道玄

嘉元の百首の歌奉りし時、山


我が山に千世を重ねしかひもなく薄きは三の衣なりけり




待賢門院堀川

久安の百首の歌奉りける時


長き夜に迷ふ障りの雲晴れて月のみかほを見る由もがな




法務公紹

釋教の歌に


まよひこし暗のうつゝを歎きても心の月を頼むばかりぞ




法印成運

人の法文尋ねて侍りける返事に


有明はもと見し空の月ぞとも知るこそやがて悟なりけれ




從三位宣子

題志らず


濁り江の水の心は澄まずともやどれる月の影はくもらじ




皇后宮


照しける光もよそのかげならでもと見し月の都なりけり




宰相典侍


まよふべき闇もあらじな身を去らぬ心の月の曇なければ




談天門院


おのづから法の道ある世の中に又立ち返り迷はずもがな




前大僧正親源


めぐり逢ふ契もうれし説き置ける法の車の跡絶えぬ世に




前大僧正慈鎭

日吉の社に奉りける百首の歌に


通るべき道は流石にある物を知らばやとだに人の思はぬ




法皇御製

百首の歌めされしついでに


久方の空に月日のめぐるこそ迷ひを照すはじめなりけれ




前大僧正範憲

春日の社にて詠み侍りける


和ぐる光を見ても春の日の曇らぬもとのさとりをぞ知る




前大僧正良信

題志らず


明らけき御法に逢へるかひもなく浮世の闇に猶や迷はむ




永福門院


始なく迷ひそめける長き夜の夢を此のたびいかで覺さむ




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


尋ね入る道こそ今も難からめ迷ふをさぞと知る人のなき




承覺法親王

釋教の心を


迷ひをばたがをしへより知りそめて誠の道の疑はるらむ




前大僧正禅助


悟るべき道も心の内なればよそになしてはいかゞ迷はむ




法印俊譽


受け難き身をしぼりてぞ迷ひこし本の悟の道は知りける




民部卿實教

嘉元の百首の歌奉りし時、釋教


世をてらす光は人を分かねども我が身にくらき法の燈火




前大僧正忠源

題志らず


かゝげ置く法の燈火後の世の長き闇路の志るべともなれ




前大僧正範憲


いかゞして光添へましともすれば消えなむとする法の灯




僧正覺圓


消えぬべき法の灯見るたびにかゝぐる人のなきぞ悲しき




入道二品親王性助

弘安元年百首の歌奉りける時


消えぬべき法の灯かゝげても高野の山の明くるぞを待つ




僧正道順

正和二年、法皇高野山に御幸侍りし時、代々の跡にこえて山の程御輿にもめされざりしかば思ひつゞけ侍りける


高野山みゆきの跡はおほけれどまことの道は今ぞ見えける




覺鑁上人母

いかなりける折にか、申し遣しける


底きよき心の水の澄みぬれば流るゝすゑも西へこそ行け




覺鑁上人

返し


のりつめる人をし渡す舟なれば西の流れに棹やさすらむ




漸空上人

比叡の山を出でゝ淨土の門に入り侍りける頃月を見て


共にこそ山は出でしか同じくば西にもさそへ秋の夜の月




彰空上人

題志らず


さのみよも入る月影も慕はれじ西に心をかけぬ身ならば




如空上人

來迎の粧を思ひて詠み侍りける


豫て思ふむかへの雲のあらましも心にうかぶ西の山の端




律師永觀

題志らず


世を捨てゝあみだ佛を頼む身は終おもふぞ嬉しかりける




千觀法師


極樂の彌陀の誓に救はれて洩るべき人もあらじとぞ思ふ




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


紫の雲をも斯くし待ち見ばやいほりの軒に懸かる藤なみ




菅原在良朝臣

堀河左大臣雲居寺に詣でゝ歌詠み侍りけるに


紫の雲居を願ふ身にしあればかねて迎へを契りこそ置け




二品法親王覺法

高野の庵室の前に藤の花の咲きたるを見て


藤の花我が待つ雲の色なれば心に懸けて今日もながめつ




基俊

覺性法親王觀音を紫雲に乘せ奉りて其の心を歌に詠むべき由申し遣して侍りけるに詠みける


むらさきの雲のおり居る山里に心の月やへだてなからむ




入道二品親王覺性

返し


隔てなき心の月はむらさきの雲ぞともにぞ西へ行きける




前大僧正道玄

題志らず


昔より三國はるかにつたはれる法ぞこの世の守なりける




續千載和歌集卷第十一
戀歌一

兵部卿元良親王

女に遣しける


天雲のはる%\みえし峰よりも高くぞ君を思ひそめてし




皇太后宮大夫俊成

久安の百首の歌に


思ふよりやがて心ぞ移りぬる戀は色なる物にぞありける




後京極攝政前太政大臣

家の百首歌合に、初戀


志らざりし我が戀草や茂るらむ昨日はかゝる袖の露かは




權中納言公雄

嘉元の百首の歌奉りし時、同じ心を


限あれば五月の田子の袖だにもおり立たぬより斯はしぼらじ




法皇御製

初尋縁戀といへる心を


思ひそむる心の色を紫のくさのゆかりにたづねつるかな




百首の歌召されしついでに


山鳥のはつをの鏡ひとめ見し面影さらずひとのこひしき




圓光院入道前關白太政大臣

戀の歌の中に


落ちそむる涙は袖に現れてつゝみならはぬ程やみゆらむ




前右大臣

百首の歌奉りし時


逢見ずば身を浦波のいかならむ打付にだにぬるゝ袖かな




藤原行房朝臣


渡るより袖こそぬるれ流れてのちぎりもしらぬ中河の水




前大納言爲氏

弘長の内裏の百首の歌に、寄火戀


さぞとだに仄めかさばや難波人折焚くこやの芦のしのびに




藤原盛徳

題志らず


烟だにたてずば志らじ蜑のたく芦のしのびの下咽ぶとも




前參議實俊


假にだにうへにな立てそ芦のやの下たく烟思ひ消ゆとも




藤原宗緒朝臣母


知らすべき隙こそなけれ芦垣のまぢかき中の茂き人めに




藤原重顯


知られじと思ふ心や中々に人のとがむるいろに出づらむ




昭慶門院一條

嘉元の百首の歌奉りし時、忍戀


君にさへ忍びはつべき涙かはいつの人まに袖をみせまし




昭訓門院春日

おなじ心を


せきかへし猶こそ包め我が袖に忍びはつべき涙ならねど




前大納言爲世

春日の社によみて奉りし卅首の歌の中に


思ひ餘る心を何に包まゝしなみだはしばし袖にせくとも




典侍親子朝臣

弘安の百首の歌奉りける時


涙をもなにかつゝまむわが袖にかゝるを人の哀ともみば




式乾門院御匣

題志らず


年を經て我のみ知るは紅の袖にふりぬるなみだなりけり




前大納言兼宗

千五百番歌合に


人知れぬ思は深くそむれども色に出でねばかひなかり鳬




前右大臣

百首の歌奉りし時


人しれぬ心にあまる涙こそ色に出づべきはじめなりけれ




中宮宣旨

戀の歌の中に


落ちまさる涙と人に知られずば抑ふる袖の色かはるとも




贈從三位爲子


枕だに知るてふことのなくもがな人目計りをせめて包まむ




賀茂師久


我ばかり思ふも苦し玉かづらかけても人は知らじもの故




平親清四女


戀しともいはぬに落つる涙をば袖より外に知る人ぞなき




平重村


朽ちはてむ後こそあらめ袖にせく涙よ暫し人にしらるな




權律師實性


涙こそおさふる袖に餘るとも我とはいかゞ人にもらさむ




惟宗光吉

寄郭公戀といへる心をよめる


我が袖の涙はかさじ郭公なきてはよそにもらしもぞする




從三位爲信

寄螢戀を


人知れずもゆる思はそれとみよ袖につゝまぬ螢なりとも




藤原爲道朝臣


終夜もゆる螢に身をなしていかでおもひの程もみせまし




津守國夏


燃ゆとだに人に知られぬ思こそ螢よりけにみさを なりけれ


藤原信氏

題志らず


知られじな遠山鳥のよそにのみ尾上隔てゝ音をばなく共




基俊

法性寺入道前關白の家の歌合に


よそながら知せてしがな御狩野の眞白の鷹のこひの心を




待賢門院堀河

戀の歌の中に


わきかへり岩まの水のいはゞやと思ふ心をいかで洩さむ




源清兼朝臣


知られじな岩がき淵のいはでのみ深き心に戀ひ渡るとは




前僧正實伊

弘安の百首の歌奉りける時


奥山の岩もとこすげ根を深み長くやしたに思ひみだれむ




龜山院御製

忍戀の心を


知らせばや岩もる水の便りにも絶えず心の下にせくとは




爲道朝臣


漏し侘びむせぶ思のありとだに誰れにいはせの山の下水




源兼氏朝臣


住吉の浪うつきしの草なれや人め忘れてぬるゝたもとは




殷富門院大輔


人しれずぬるゝ袂にくらべばや波よせかくる三津の濱松




常磐井入道前太政大臣

寳治の百首の歌奉りける時、寄木戀


いかにせむ朽木の櫻老いぬとて心のはなはしる人もなし




讀人志らず

題志らず


知らせばや涙も今はくれなゐのうす花櫻いろに出でつゝ




清少納言

水無月の頃萩の下葉にかきて人のもとに遣しける


これを見よ上はつれなき夏草も下はかくこそ思ひ亂るれ




今上御製

忍戀をよませ給うける


通ふべき道さへたえて夏草のしげき人目をなげく頃かな




宰相典侍


知られじな草葉の露にあらぬ身の夜はおきゐて物思ふ共




太政大臣

百首の歌奉りし時


ほしわびぬ小野のしのはら忍びかね人めに餘る袖の白露




前中納言爲相


えぞしらぬにほの下道水隱れて通ふ心のありやなしやと




法皇御製

寄池戀を


池水の底の玉藻のみがくれてなびく心をたれによすらむ




前大納言爲家

題志らず


うきにはふ芦の下根の水籠りに隱て人を戀ひぬ日はなし




今上御製


まだ知らぬ人の心をたどるまにいはで月日の積りぬる哉




正三位爲實


斯とだにいはでの杜の凩によそより散らむ言の葉も憂し




津守國基

神無月の頃紅葉につけて女のもとに遣しける


思ふ事いはでの森の言の葉は忍ぶる色のふかきとを知れ




前中納言爲方

名所戀といふことを


思ひかね心ひとつにくるしきは人にいはでの杜のしめ繩




津守國冬

百首の歌奉りし時


おほのなる三笠の森の木綿襷かけてもしらじ袖の時雨は




入道二品親王性助

弘安の百首の歌奉りける時


神南備の岩瀬の杜のいはずとも袖の時雨をしる人もがな




新陽明門院兵衛佐

題志らず


思ひ餘りいかにいはせの杜の露そめし心に程をみせまし




高階宗成朝臣

寄若菜戀といふ事をよめる


消初むる雪間の若菜それとだに燃て知らるゝ思なりせば




前關白太政大臣

百首の歌奉りし時


我が戀は深山隱れの埋木の朽ち果てぬとも人に知られじ




前内大臣

戀の歌の中に


人知れぬ袖の涙やみちのくのいはでしのぶの山の下つゆ




讀人志らず


徒らにほすひまなくて朽ちねとや人に知られぬ浪の下草




後深草院少將内侍

寳治の百首の歌奉りける時、寄湊戀


思ひつゝいはねばいとゞ心のみさわぐは袖の湊なりけり




中臣祐臣

題志らず


知られじな袖の湊に寄る浪のうへにはさわぐ心ならねば




前僧正公朝


ぬるとても潮汲む蜑の袖ならば人目包まで絞りこそせめ




源兼氏朝臣


人目のみ志のぶの浦におく網の下にはたえず引く心かな




藤原爲親朝臣


いかにせむ袖に餘れる涙河せかぬに淀むならひともがな




平時敦

式部卿親王の家にて寄河戀といふことをよめる


人知れぬ心にあまるなみだ河袖より外のしがらみもがな




權中納言公雄

弘長三年九月盡日内裏にて三首の歌講ぜられける時、同じ心を


世に漏らむ名社つらけれ逢ふ瀬なき涙の川は袖にせく共




藤原頼泰朝臣

題志らず


せきわぶる涙の河は早くとも浮名ばかりは流さずもがな




少將内侍

百首の歌奉りし時


いかにして朽ちだにはてむ名取河瀬々の埋木現れぬまに




式部卿久明親王

惜人名戀といへる心を


流れては人の爲憂き名取河よしやなみだは沈みはつとも




平政村朝臣

題志らず


異浦になびく烟もある物を我がしたもえの行く方ぞなき




祝部成茂

寳治の百首の歌奉りける時、寄烟戀


志たもえの思を空に忍ばずば富士の烟はたちもおよばじ




前大納言爲家

建長三年九月十三夜の十首の歌合に同じ心を


名にたゝむ後ぞ悲しき富士のねの同じ烟に身を粉へても




高階宗成朝臣

戀の歌の中に


戀ひ死なむ後もたつ名の苦しきに烟にまがへ夜はの浮雲




平維貞


知らせばや消えなむ後の烟にも立ちそふばかり思ふ心を




藤原基明


我ばかり焦れて思ふかひもなし戀の烟のよそに見えねば




藤原經清朝臣


盡もせぬ我下萠の烟こそ立つとはよそに知られざりけれ




藤原爲定朝臣


下もえの思の烟末つひにうき名ながらやそらに立ちなむ




行胤法師妹

前大納言爲世よませ侍りし春日の社の卅首の歌に


知られじなすくもたく火の夕烟名にはたてじと忍ぶ思を




女御徽子女王

うちよりまどほにあれやと聞え給ひけるに


藻鹽やく烟になるゝ海士衣うきめをつゝむ袖やぬれなむ




僧正行意

名所の百首の歌奉りける時


立ち迷ふ霞の浦の夕けぶりそれともよそに知る人ぞなき




躬恒

題志らず


人目をも今はつゝまじ春霞野にも山にも名はたゝば立て




西宮左大臣


空にもや人は知るらむ世と共に天つ雲居をながめ暮せば




中務

天徳四年、内裏の歌合に、戀


鳥羽玉の夜の夢だにまさしくば我思ふことを人に見ばせや




讀人志らず

題志らず


下にのみ思ふ心をそのまゝに言の葉ならで如何に知せむ




今出河院近衞


思ひおくうき名こそ猶悲しけれ消ゆ共露の身をば惜まず




贈從三位爲子

後二條院位におましましける時人に召されし卅首の歌の中に、名を惜む戀といふ事を


漏らぬまに戀ひ死なばやと思ふこそ命に勝る浮名 なりけれ


能譽法師

題志らず


戀ひ死なむ後には語る人もがな同じ世にこそ忍果つとも




法印圓伊


知せてのつらさぞせめて嘆かばや云はねばとても物や思はぬ




左京大夫實任


言はで思ふ心のうちのくるしさも知せて後は慰みやせむ




讀人志らず


露とだに誰に答へむ我が袖のなみだの玉はとふ人もなし




從三位宣子

百首の歌奉りし時


漏さじと心にはせく思をも袖にしらする我がなみだかな




前關白太政大臣

嘉元元年内裏の歌合に、未言出戀


言はじ唯さてしも遂に世にもらばなき名と人の思ふ計に




平政長

戀の歌の中に


うしとてもあふにしかへば名取川よし顯れよ瀬々の埋木




正三位爲實


朽ちぬとも誰かは知らむよとともにほさぬ袂や谷の埋木




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


さのみなど高間の山の峯の雲よそながら立つ浮名なる覽




花立院内大臣

寳治の百首の歌奉りける時寄雲戀


戀すてふ浮名は空に立つ雲の斯るつらさに消や果てなむ




藤原頼範女

題志らず


うき身には靡かぬ浦の夕烟なき名ばかりを何と立つらむ




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


戀すてふ水尾の杣人朝夕にたつ名ばかりはやむ時もなし




前關白家押小路二條

戀の歌の中に


忍ぶべき物とも人の思はぬは數ならぬ身の浮名なりけり




從三位宣子

百首の歌奉りし時


誰をかは喞ちだにせむ世に侘ぶる我が涙より漏す浮名は




藤原雅朝朝臣

題志らず


せきかぬる心のうちの瀧つ瀬やはては涙の河となるらむ




談天門院


漏さじとせくかひもなし涙がはよどまぬそでにかくる柵




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


もるとても涙の外はいかゞせむうき名は袖に包む物かは




今上御製

顯戀を


忍べばや思爲すにも慰みきいかにせよとてもれし浮名ぞ




三條入道内大臣


徒らに立つ名もくるし蜑のかるみるめはよその袖の浦波




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


みるめなき磯の岩波よるしもぞ打顯れてねはなかれける




法印頼舜

題志らず


思河岩もとすげをこす浪のねにあらはれてぬるゝ袖かな




權律師圓世


漏さじと誓ひし物を手向山ぬさと散りぬる言の葉ぞうき




源兼胤朝臣


いかにせむもらしそめつる涙にも思ふ計の色しみえずば




藤原清隆


せきかぬる夜はの袂にかげとめて涙の程も月ぞ知るらむ




權大納言冬基


等閑に忍ぶと人やおもふらむせきかねてこそ落つる涙を




山階入道左大臣

寄山戀の心をよみ侍りける


とにかくに心ひとつを筑波山しげきひとめにもる涙かな




從三位爲理

契後顯戀


涙こそ袖にも見ゆれ人しれず言ひし契のいかでもりけむ




冨家入道前關白太政大臣

家の歌合に、戀


我が戀のころもの浦の玉ならば顯れぬとも嬉しからまし




續千載和歌集卷第十二
戀歌二

柿本人麿

題志らず


奥山の木の葉がくれに行く水の音きゝしより常に忘れず




讀人志らず


夕されば山のは出づるつき草のうつし心も君にそめてき




源宗于朝臣

兵部卿元良親王の家の歌合に


人こふる心は空になき物をいづくよりふる時雨ふるらむ




源信明朝臣

戀の歌の中に


言ひそめぬ程は中々有りにしを志づ心なき昨日けふかな




崇徳院御製


哀てふなげの情のかゝりなばそをだに袖の乾くまにせむ




藤原範永朝臣

七夕によせて戀の心をよみ侍りける


渡るらむ七夕よりも天のがは思ひやる身ぞ袖はぬれける




後鳥羽院御製

人々に五十首の歌めしける序でに


渡の原あとなき浪の舟人もたよりの風はありとこそきけ




題志らず


我が戀は磯まを分くるいさり舟仄かに通ふ浪のまもなし




前大納言爲氏

弘長の内裏の百首の歌奉りける時寄水戀


影をだにいかでか見まし契こそうたて淺香の山の井の水




今上御製

不逢戀を


涙川したにもかよふ心あらばながれて末の逢ふ瀬頼まむ




入道前太政大臣

嘉元百首の歌奉りし時同じ心を


身に餘る思ありやと人とはゞ我が涙にもなぐさみなまし




藤原範行

題志らず


思ひ知る人だにあらば涙にぞなげく心のいろをみせまし




邦省親王


松の葉の變らぬ色を恨みてもなほしぐるゝは涙なりけり




中務卿宗尊親王


いつよりか秋の紅葉のくれなゐに涙の色の習ひそめけむ




權少僧都澄守


とへかしな岩田の小野の柞原しづくもつゆもほさぬ袂を




一品法親王覺助

弘安の百首の歌奉りける時


たぐへばやそなたの空の浮雲にもの思ふ身の袖の時雨を




永福門院

題志らず


いつまでか行方定めぬうき雲の浮きて立居に物を思はむ




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


空にしれ雲まにみえし三日月のよをへてまさる戀の心は




民部卿實教

百首の歌奉りし時


すむ月の同じ空行く雲なれやよそながらだに厭はるゝ身は




權中納言爲藤

寄禁中戀と云ふことを


よる/\は衛士のたく火の焦れても人を雲居に思ふ頃哉




龜山院御製

弘安の百首の歌めされける次でに


富士のねの烟の末は跡なくてもゆる思ひぞ身をも離れぬ




宜秋門院丹後

千五百番歌合に


時志らぬ戀は富士のねいつとなく絶えぬ思に立つ烟かな




大納言經信

題志らず


いかにせむ斯る思の消えやらで燃増るべき後のうき世を




東宮傳師信


あまのたく浦の烟の末だにも思ふ方にはなびかぬぞ憂き




權大僧都公順

法印長舜すゝめ侍りける八幡宮の六首の歌に、戀


いつまでか蜑のしわざと思ひけむ我身たくもの浦の烟を




皇太后宮兵衛督

戀の歌の中に


伊勢の海の蜑の藻鹽火拷繩のくるれば最ど燃え増りつゝ




爲道朝臣女


戀侘びてもえむ烟の末もうしさのみあはでの浦の藻鹽火




荒木田季宗


いかにせむあはでの浦による波の夜だに人を見る夢もがな




平通時


逢ふ事は波寄る磯のうつせ貝つひにくだけて物思へとや




藤原資明


我袖に浦わの波はかくれ共とひもこぬみの濱の名ぞうき




正三位知家

名所の百首の歌奉りける時


松島やをじまの蜑に尋ね見むぬれては袖の色やかはると




前參議忠定

題志らず


松島やをじまのあまのすて衣思ひすつれどぬるゝ袖かな




大藏卿隆博

弘安の百首の歌奉りける時


思はずよみぬめの浦による浪をまなくも袖にかけむ物とは




前参議雅有

戀の歌の中に


蜑衣ぬれそふ袖のうらみても見るめ渚にもしほたれつゝ




爲道朝臣

題志らず


志らせばやみるめはからで朝夕に波こす袖の恨ありとも




藤原師光


よそにだにみぬめの浦の蜑人やたゞ徒らに袖ぬらすらむ




法印公惠


なにかせむかれなで蜑の徒に絶えぬ恨のみるめばかりは




祝部成久


我戀はしかつの浦の蜑なれやみるめはなくて袖のぬる覽




關白内大臣

百首の歌奉りし時


さのみやは苅らぬ物故渡つ海の浦のみるめに袖濡すべき




從三位親子

題志らず


朽ちねたゞ袖の浦波かけてだに人をみるめは頼なければ




二品法親王覺助


深き江に流れもやらぬ亂れ芦のうき節乍らさてや朽なむ




永福門院小兵衛督


物思ふ心のうちは亂れ芦のうきふし茂き頃にも有るかな




尊親法師


難波江や芦間隱れのみをつくし逢ふ夜障らぬ印ともがな




權中納言公雄

弘安の百首の歌奉りける時


難波江やおなじ芦間をこぐ舟も思はぬ方や猶さはるらむ




法皇御製

百首の歌めされしついでに


芦垣のまぢかけれども徒らに三とせあひみぬ契なりけり




二品法親王覺助


白からかよふばかりの言の葉に露の命をかけてこそまて




太政大臣


逢ふまでと誰ゆゑ惜む命とていけるを人の猶いとふらむ




平宣時朝臣

戀の歌の中に


あふ事を猶さりともと思ふこそ命も志らぬ頼みなりけれ




民部卿實教


逢見ての後もつらさの變らずば唯此儘に戀ひや死なまし




權中納言實前


長らふる命のみこそはかなけれ行く末とだに契やはする




昭訓門院春日

百首の歌奉りし時


在りて世に長らへばこそおのづから人の契の末も頼まめ




從三位爲繼

寳治の百首の歌奉りける時、寄橋戀


哀れわが戀に命をかけ橋のさていつまでか頼みわたらむ




祝部忠長

題志らず


徒らに過ぐるはよその月日にて我が身に頼む夕暮もなし




源俊定朝臣


さのみやは人のつらさの年月を死なぬ命のうきになすべき




普光園入道前關白左大臣

文永二年九月十三夜龜山殿の五首の歌合に、不逢戀


さりともと思ふばかりの慰めにいきて難面き身を歎く哉




前大納言爲氏


戀ひわぶる身の爲つらき命にて契もしらぬ同じ世ぞうき




法印定爲

平宗宣朝臣よませ侍りし住吉の社の卅六首の歌におなじ心を


絶えぬべき命を戀の恨にてあらば逢ふ夜の末もたのまず




法印長舜

題志らず


死ぬ計思ふと云ひて年も經ぬ今迄生ける身とは志られじ




春宮新兵衛督


いたづらに泪をかけて小夜衣かさねぬ床に年ぞへにける




藤原爲躬


年月の積るも何か惜まれむ人のこゝろのつれなからずば




贈從三位爲子


つれもなき人の心はうきものを我だにいかで思ひ弱らむ




前權僧正雲雅


戀しさの憂きに忘るゝ物ならば難面き人を恨みざらまし




大中臣爲實


逢ふ事は交野のみのゝ眞葛原恨みもあへず露ぞこぼるゝ




藤原秀長


思ひしる心もなくて難面きはうきにや人の習はざるらむ




權少僧都淨道


絶えぬべき命なりとも行く末を契らば猶も長らへやせむ




法眼宰承


後の世と契りもおかば急がまし逢ふにはかへぬ命 なりとも


道洪法師

中務卿宗尊親王の家の歌合に


逢見るも誰が爲なれば玉の緒の絶えぬべき迄人を戀ふ覽




法眼兼譽

戀の歌の中に


逢ふまでと思ふ命の徒にたゞ戀ひ死なむ身こそ惜しけれ




津守宣平


戀ひ死なむ命の果をいかゞせむ後さへひとの哀志らずば




藤原冬隆朝臣


戀ひ死なばわれ故とだに思知れさこそつれなき心 なりとも


源親長朝臣

後光明峯寺攝政の家の五首の歌合に、久戀


つれなさを歎かむための命とは存へてこそ思ひ志りぬれ




權大納言實衡

戀の歌の中に


命こそ難面かりけね逢見ずば堪てあるべき心地やはせし




前大納言爲世

春日の社によみて奉り侍りし卅首の歌に


命をば後にすつ共つれなさのつらき限はいきてこそみめ




嘉元の百首の歌奉りし時、不逢戀


いかにせむ猶難面くて逢ふ事を命にだにも人のかへずば




六條内大臣

百首の歌奉りし時


心にも身にも任せぬ命をばあふに換へむといかゞ契らむ




後二條院御製

題志らず


戀死なむ命の先にあふといふ無名をだにも立つと聞かばや




從二位家隆


自づからはかなき世にもありふるは戀せぬ人の命 なりけり


衣笠内大臣

弘長の百首の歌奉りける時、不逢戀


爭で猶戀死ぬ計りこふる身を人傳にだにさぞときかれむ




春宮大夫公賢

戀の歌の中に


思ひかね洩して後もつれなきはいつを待つべき契なる覽




平宣時朝臣


後の世の報を爭で志らせましさてもや人の思ひよわると




藤原爲定朝臣

百首の歌奉りし時


世々かけて思へばつらき報哉たが心よりつれなかりけむ




中宮

題志らず


迷ふべき後のうき身を思ふにもつらき契は此世のみかは




贈從三位爲子

嘉元の百首の歌奉りし時、不逢戀


何故か同じ世までは廻りきて契なき身とつれなかるらむ




津守國冬

百首の歌奉りし時


とに斯に思へばとてもかひもなし苦しや契あるに任せむ




權中納言爲藤


數ならぬ身をこそ喞て木綿襷かけし契のうきにつけても




前大納言爲氏

寄四手戀といふことを


榊葉に神のゆふしで懸けてだに難面き色をえやは祈らむ




永嘉門院周防

題志らず


よそにのみ三輪の神杉いかなれば祈る驗のなき世なる覽




前大納言爲世

二品法親王の家の五十首の歌に


つれもなき人をば置て祈るともあはずば又や神を恨みむ




皇后宮

祈不逢戀といへる心を


神垣やよるべの水も名のみして祈る契りのなど淀むらむ




法皇御製

祈經年戀といふ事をよませ給うける


貴船川うきとしなみのかゝれとは祈らぬ物を袖の志ら玉




正三位爲實

戀の歌の中に


流れてのよをば頼まず貴船川玉ちる浪に身をくだきつゝ




中臣祐世


絶えねたゞ岩間傳ひに行く水の末もあふせの頼なければ




平時見


いとゞ又泪はふちとなりにけりあふせも志らぬ中川の水




津守國助女


駒とむるひのくま河にあらば社戀しき人の影をだにみめ




前大納言爲氏

寶治の百首の歌奉りける時、寄獣戀


近江路に通ひなれたる駒もがなつれなき中の戀の知べに




承覺法親王

題志らず


とぶ螢わが影みせてくらべばやけたぬ思は誰かまさると




曾禰好忠


とぶ鳥の心は空にあくがれて行方も志らぬ物をこそ思へ




中務卿宗僧尊親王


簪鷹の狩場の小野に立つ鳥のあはでは何に身をもかへまし





音をぞなく遠山鳥のます鏡みてはかひなき物おもふとて




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


逢ふ事は遠山鳥のおなじ世に心ながくてねをのみぞなく




後久我太政大臣

建保五年四月庚申に久戀といふことをよみ侍りける


斯てしも世をや盡さむ山鳥のはつかり衣くちはてぬとも




龜山院御製

戀の心をよませ給うける


海山のはても戀路と思ふにはあはれ心をいづちやらまし




盛明親王


近江にかありといふなる鳥籠の山とことはに社みまく欲しけれ




源兼康朝臣


相坂やかよふ心はせきもゐずゆるさぬ中は人目なりけり




前大僧正道玄


石の上ふるの高橋たがためにうきを忘れて戀ひ渡るらむ




院御製


うき中はあすの契も白玉のをだえの橋はよしやふみゝじ




二品法親王覺助

家に五十首の歌よみ侍りし時、不逢戀


いかゞせむうき水上の泪川あふせも志らで沈みはてなば




萬秋門院少將

題志らず


渡りえぬ泪の川のせを早み身さへ流るといかで志らせむ




中臣祐春


物思ふ涙の河のみをつくしふかきしるしは袖にみゆらむ




津守國平


我がなみだよしや吉野の河となれ妹脊の山の影や映ると




大江廣茂


いかなれば浮名計りの名取河あふせはよそに聞き渡る覽




平行氏


逢ふ瀬なき淵となりてもさらばなど淀まぬ袖の泪なる覽




紀俊文


いつ迄かぬるゝ袖にも宿るべき逢ふ夜や志ると月に問はゞや




中臣祐親


あふとみる夢は覺めぬる轉た寐に殘るぞ袖の泪なりける




從二位經尹


思ひ寐の夢のかよひぢ變らねばなげく心の程はみゆらむ




前大納言爲氏


あふ事は同じ現のつらさにてぬる夜を頼む夢だにもなし




前參議雅有


さすが又心や通ふつれもなき人を夢路にあひみつるかな




鴨祐治


つらしとて恨もはてず小夜衣かへせば人ぞ夢に見えける




高階成兼


思ひ寐のまくらにみえし面影は夢としりても猶ぞ戀しき




中原時實


はかなくもなほや頼まむあふとみる夢を現の慰めにして




讀人志らず


はかなくも頼みける哉思ひ寐にみる夜の夢の契ばかりを





夜な/\の夢は通へど相坂の關ぞうつゝの隔てなりける




正暦四年五月帶刀の陣の歌合に、戀


あふ事の夢計りにも慰まばうつゝにものは思はざらまし




是則

題志らず


秋の夜をまどろまでのみ明す身は夢路とだにも頼まざり鳬




權大納言公實

寛治五年從二位親子の家の歌合に


夜を重ねまどろまで社明しつれねずばと契る人もなき世に




院御製

夜戀を


夏引の手びき糸のうちはへて苦しき戀は夜ぞまされる




前大納言有房

嘉元の百首の歌奉りし時、不逢戀


打ちとけぬ契ぞつらき戀をのみ賤機帶のむすぼゝれつゝ




法印定爲

百首の歌奉りし時


今は唯さはうちとけよ下の帯の結びすつべき契ならぬを




後深草院辨内侍

戀の歌の中に


逢ふ迄の命を人に契らずばうきにたへてもえやは忍ばむ




贈從三位爲子


定めなき命もいかにをしまれむ契りし末を頼む身ならば




法印房觀


等閑に頼めし事を命にていけるばかりのかひやなからむ




平宗宣朝臣


頼まじな命もしらぬ世の中に人の契りはまことなりとも




中務卿恒明親王家按察


行く末の契もよしやながらへて待つべき程の命ならねば




贈從三位爲子

後二條院位におましましける時人々にめされし卅首の歌の中に、行く末を契る戀といふことを


命あらばよそにぞきかむ行末も身には頼まむ契なりけり




前大納言師重

題志らず


契りしをまつとせしまの年月につもる涙の色をみせばや




從三位爲理

今上みこの宮と申し侍りし時五首の歌合に、契戀


僞とかねては志らぬ言の葉を變らむまでは頼みこそせめ




今上御製


自づからいひし契のまゝならば見果つる迄の命ともがな




續千載和歌集卷第十三
戀歌三

順徳院御製

題志らず


僞のなき世なりともいかゞせむ契らでとはぬ夕暮のそら




龜山院御製


さりともと猶頼まるゝ夕暮を契りしまゝにとふ人もがな




前大納言爲世

嘉元元年卅首の歌奉りし時、待戀


たのみける心と人のしるばかり僞をだに待つときかれむ




太政大臣

戀の歌の中に


まこともやその兼言に混るらむ僞ばかりある世ならねば




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


人心昨日にかはるいつはりにしらずや末の世々のかね言




前大納言師重

題志らず


契れども猶僞とうたがひしこゝろの末ぞまことなりける




權少僧都能信


頼めばぞ變るもつらきかねてよりなど僞と思はざりけむ




法印行源


僞と思ひながらも言の葉にかゝるは露のいのちなりけり




平貞時朝臣


契りしもなほ頼まれず僞と思ひ初めにしこゝろならひに




平宣時朝臣


待ちよわる心やあると秋風の身にさむからぬ夕暮もがな




權律師圓世


我がための音づれとだに思はゞや人待つよひの荻の上風




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


色にいでゝいはぬ計りぞ小鹽山まつとは風の便にもきけ




前大納言爲世


たのめ置くたが誠より夕暮のまたるゝ物に思ひそめけむ




法印宗圓

前大納言爲世よませ侍りし春日の社の卅首の歌の中に


さのみやはわが僞に爲果てむつらくばまたぬ心ともがな




右大辨隆長

題志らず


頼めてもこぬ人を待つ夕ぐれに心をつくすいりあひの鐘




前大納言經長女


僞と思ひもはてばいかゞせむまつをたのみの夕ぐれの空




法眼源承


我が戀のけぶりとだにも志らせばやこぬ夕暮の空の浮雲




津守國冬

嘉元の百首の歌奉りし時、待戀


此暮のつらき報もみせてましまたるゝ程の我身なりせば




爲道朝臣

永仁二年八月十五夜十首の歌講ぜられし時、月前契戀といへる心を


いかにせむ月の知べは頼めども契りし夜はと思出でずば




津守國助

永仁元年八月十五夜龜山院に十首の歌めされける時、秋戀


僞のまことにならむ夕べまであはれ幾夜の月かみるべき




宰相典侍

題志らず


知せばや頼むる宵のまつの戸に更け行く月の心づくしを




大江政國女


今こむと契りし程も更けにけり今宵もさてや山の端の月




三善春衡朝臣


待ちかねて泪かわかぬ我が袖に宿るもつらくふくる月哉




前中納言資名


とはれつるいつの習のあり顔に今宵ふけぬと又歎くらむ




贈從三位爲子

後二條院位におましましける時人々に召されし卅首の歌の中に待つ夜ふくる戀といふことを


自ら思ひも出でばとふばかり更けぬる夜はと爭で知せむ




前太宰大貳俊兼

戀の歌の中に


暫しだに更けぬになして慰めむまつ夜の鐘の聲な聞かせそ




藤原景綱


つく%\と獨詠めて更けにけり槇の戸さゝぬ十六夜の月




平宣時朝臣


待侘ぶる心盡しの程をだにみせばや夜はの月ぞふけゆく




前大僧正實超


味氣なく待つ宵過ぐる月影をふけぬになして猶頼むかな




前大僧正仁澄


月のみぞおなじ枕にやどりける今夜も人は空だのめして




後二條院御製


頼めずばねなまし月とながめてもうき僞にふくる空かな




伏見院御製


せめて唯僞とだに思はゞや頼めてふくるよはのつらさを




今上御製


君まつといく夜の霜をかさぬらむ閨へもいらぬ同じ袂に




前大納言爲世

嘉元の百首の歌奉りし時、不逢戀


算へてもいつ迄獨またれけむ百夜も過ぬ志ぢのはしがき




修理大夫隆康

題志らず


君こずば誰とかさねむ唐衣つまふく風に夜はふけにけり




中納言家持

山吹を折て人のおこせたりければ


逢ふ事を今夜/\とたのめずば中々春のゆめはみてまし




右近大將道綱母

終夜人を待ちわびて


志らせばやつがはぬ春の浮蓴いかなる瀬々に亂れゆく覽




中宮

題志らず


頼めつゝ待つ夜空しきうたゝねを志らでや鳥の驚かす覽




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


今宵こそつらさ乍らに明けぬ共待ち鳬とだに爭で知せむ





秋田もる賤が假ほの稻むしろいなてふ夜はぞ床は露けき




紀淑氏朝臣

題志らず


思ひかねゆきてはかへる道芝の露をかさぬる袖の上かな




土御門院小宰相

寳治の百首の歌奉りける時、寄雨戀


思ひきや泪に志ぼる袖に猶身を志る雨をそへむものとは




後二條院御製

戀の歌とてよませ給うける


限あれば今ぞ重ぬるせき返しなみだに朽ちし夜半の衣手




昭訓門院權大納言


斯るべき契も志らず昨日までよそにも人を思ひけるかな




藤原泰宗


諸共にうちとけられぬ新枕かはせる夜半も苦しかりけり




讀人志らず


忘るなよ結ぶ一夜のにひまくら夢ばかりなる契なりとも




爲道朝臣

忍逢戀といふ事をよみ侍りける


今夜さへ同じ人目をいとふ哉あふにまぎるゝ泪ならねば




入道前太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、忍逢戀


形見とも後にこそみめ忍びつゝ逢ふ夜の月に雲隱れせよ




前大納言爲世

初逢戀


つれなきにすてし命も惜まれてあふに變るは心なりけり




光俊朝臣

弘長二年龜山殿の十首の歌に、稀逢戀


此儘にうき身にさめぬ夢ならば現にかへて又やなげかむ




大江頼重

戀の歌の中に


いかにせむ現も夢とたどられて逢ふにも迷ふ我が心かな




法印良兼


假初の今夜ばかりの夢ならで又みるまでの契りともがな




前大僧正實超


人はよもさむる名殘も惜しからじ心通はぬ夢のちぎりは




權大納言兼季


忍びつゝたゞ時のまにあふ程の心まよひぞ夢にかはらぬ




源光忠朝臣


ふけてとふ只等閑のつらさこそ來ぬには増る恨なりけれ




左京大夫實任


今夜だに思ひ志らるゝ身の程を今より後といかゞ契らむ




三善康衡朝臣


慰むるそのかねごともよしや今忍ばれぬべき別ならねば




光俊朝臣


衣々にならばいかにと思ふより夜深く落つる我が泪かな




源具行朝臣

題を探りて詩歌を合せられ侍りし時、別戀を


鳥の音の憂にもせめてなさじとやあくるをまたぬ別なる覽




從三位親子

題志らず


中々にむなしきよりもうき物をふけて逢ふ夜の鳥の聲々




民部卿實教


さらでだに別をいそぐうき人の心にかなふ鳥のこゑかな




前大納言家雅


うき人の心にいそぐ別路をよそなる鳥の音にかこつかな




法印公惠


恨みじよ明けぬと鳥はつげず共さて止るべき別ならねば




前僧正道性

二品法親王の家の五十首の歌に、別戀


慕ひわび泣くはならひの別路に何とか鳥の音をも喞たむ




少將内侍

百首の歌奉りし時


あけぬとも心あるべき別路をなど鳥の音に喞ち初めけむ




今上御製

別戀を


人はなほながらへぬべき心かと後をちぎるもうき別かな




遊義門院


行くすゑの深き契もよしやたゞかゝる別の今なくもがな




春宮權大夫有忠


あやにくに偖もや人の休らふと惜までみばやつらき別を




寂惠法師


暫しとも人はとゞめぬ別路の我のみつらきあかつきの空




祝部成久


暫しとて猶いかばかり志たはましこれを限の別なりせば




藤原秀長


つらしとや思ひはてまし又こむといひて歸らぬ別 なりせば


藤原基祐


後とだにたのめも置かば別路の今のつらさは慰みなまし




讀人志らず


別路の後をばいかに契るともなぐさみぬべきわが心かは




三善貞康


あけぬとも暫しは猶や志たはまし忍ぶる中の別ならずば




藤原宗秀


くもれたゞ後に忍ばむかげもうしわが歸るさの有明の月




藤原宗行


月だにも面影とめよきぬ%\の袖の別を志たふなみだに




大藏卿隆博

弘安の百首の歌奉りける時


別路のうきにたへずばいきて世に又有明の月や見ざらむ




前大納言通顯

題志らず


うき物と又いとふともわかれ路に二たび見ばや有明の月




廣義門院


有明の月さへうしやいかなれば別かなしき空に見ゆらむ




法皇御製


きぬ%\の袖の泪をかたみにて面影とむるありあけの月




題をさぐりて詩歌を合せられ侍りし時、別戀の心をよませ給うける


見るまゝにこれやかぎりと悲しきは別るゝ袖の有明の月




今上御製

曉逢戀といふ事を


こひ/\てあふ夜もやがて別路の泪にくるゝ有明のつき




前關白太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、曉別戀


おきわかれ泪くもらぬ月ならば袖に名殘の影はみてまし




前關白左大臣押小路

百首の歌奉りし時


東雲の峰にも雲は別れけりわがきぬ%\の名殘のみかは




後二條院御製

正安四年六月五首の歌合に忍別戀といへる心をよませ給ひける


關守はあかつきばかりうちも寐よ我が通ひ路も忍ぶ別に




内大臣

百首の歌奉りし時


心にもあらでぞいそぐ關守のうちぬる程と思ふわかれは




前左兵衞督教定

戀の歌の中に


心からいくたび袖にかけつらむこりぬ別のしのゝめの露




後嵯峨院御製

寳治の百首の歌めしけるついでに、寄原戀


この寐ぬる朝の原のつゆけさはおき別れつる泪なりけり




左近大將朝光

女の許よりかへりて遣しける


音にのみ聞きしは偖も慰みきなどか今朝しも袖の露けき




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


なみだかと見るにも悲しわぎも子が歸る朝げの道芝の露




賀茂久世

題志らず


とけてぬる花田の帶の一筋に歸る色こそ今朝はつらけれ




參議定經

女のもとにまかりてあしたに遣しける


おき別れ歸る袂のいつのまに今朝さへ頓て露けかるらむ




讀人志らず

返し


思ひやれあだなる夢に結ぼゝれさむる方なき今朝の心を




遊義門院

後朝の戀の心を


鳥の音におき別れつるきぬ%\の泪乾かぬ今朝の床かな




永福門院


別れてもまだ夜は深き鳥の音を獨なごりの床にきくかな




二品法親王覺助

百首の歌奉りし時


今はとて己がきぬ%\立別れ鳥の音おくる志のゝめの道




大藏卿隆博

朝戀を


忘ればやはかなき夢の名殘ゆゑ今朝の枕にのこる面かげ




祭主輔親

人に物いひて後に遣はしける


今日だにも慰めがたき心にはいかですぐしゝ昔なりけむ




素性法師

題志らず


いたづらに立歸りにし志ら波の名殘に袖のひる時ぞなき




光明峰寺入道前攝政左大臣

家に百首の歌よみ侍りける時、戀を


須磨のあまの鹽燒衣おのれのみなれてもかゝる袖の浪哉




前大納言俊光女

戀の歌の中に


いかにせむうき中河の淺き瀬に結ぶ契のさても絶えなば




皇太后宮大夫俊成女

名所の百首の歌奉りける時


思のみます田の池のうきぬなは絶えぬ契ぞ苦しかりける




和泉式部

近き所にかたらふ人ありと聞きける人に遣はしける


天の河同じ渡りにありながら今日も雲居のよそに聞く哉




源兼氏朝臣

稀戀の心を


よしや又さても絶えずば銀河同じ逢瀬にたゝへこそせめ




後近衛關白前右大臣

弘安七年九月九日三首の歌講ぜられける時、寄菊戀といへる心を


うつろはむ人の心もしら菊のかはらぬ色となに頼むらむ




前大納言爲世


頼まじなうつろひぬべき白菊の霜待つほどの契ばかりは




津守國道

題志らず


我にのみ移りはつとも月草のうす花ごゝろいかゞ頼まむ




法印長舜


あだにのみ移ろふ色のつらければ人の心の花はたのまじ




權中納言公雄


はながつみかつ見ても猶頼まれず淺香の沼のあさき心は




前參議能清

弘安の百首の歌奉りける時


ながらへば我が心だにしらぬ身の人の契をえやは頼まむ




藤原宗秀

人の鏡のうらにかきつけゝる


面かげを思ひも出づなます鏡またこと人にこゝろ移らば




藤原利行

題志らず


ひく方はあまたありとも梓弓もとの心のかはらずもがな




藤原宗泰


斯れとは祈らざりしをみしめ繩あらぬ心の誰にひくらむ




讀人志らず

業平朝臣伊勢へ下り侍りける時齋宮に侍りける女房の許より


千早ぶる神の忌垣も越えぬべし大宮人の見まくほしさに




業平朝臣

返し


戀しくばきても見よかし千早振神の諌むる道ならなくに




中納言兼輔

月へだゝりにけりと女のいひおこせたりければ


浮雲に身をしなさねば久方の月へだつとも思はざりけり




土御門院御製

旅戀をよませ給うける


別れてもいく有明をしのぶらむ契りて出でしふる郷の月




左大臣

百首の歌奉りし時


月にしもとふべき物と思はぬをなど見るからに泪そふ覽




今上御製

正和二年九月盡日十首の歌めされしついでに、希待戀


今更に思ひいづるもたのまねば待つともいはじ夕暮の空




後鳥羽院御製

戀の心をよませ給うける


ともねせぬ鴨の上毛の夜の霜おき明しつる袖を見せばや




皇太后宮大夫俊成

百首の歌よみ侍りけるに


難波女の芦のしのやのしの薄一夜のふしも忘れやはする




中臣祐春

二夜隔たる戀といふ事をよめる


昨日けふ芦間の小舟さはりきてあすを逢ふ夜と又契る哉




藤原行朝

題志らず


衣々の別れだにうき鳥の音をこぬ夜の床に聞きや明さむ




法印圓勇


諸共に見しを泪のはれまにてこぬ夜はくもる袖の月かげ




丹波忠守朝臣


見しまゝの袖に泪は晴れやらでこぬ夜もつらき月の影哉




道義法師


おも影も泪にはてはくもりけり月さへ人のちぎり忘れて




藤原基有


ほしわぶるわが袖かたれ夜半の月人は泪の外に見るとも




權中納言爲藤

百首の歌奉りし時


面かげぞいつしか變るます鏡みざりしよりもくもる泪に




權中納言親房

春宮にて逢後増戀といへる事を人々よみ侍りけるに


いとゞ猶逢見て後もかゝれとは誰がならはしの袖の涙ぞ




前大納言爲氏

寳治元年十首の歌合に、遇不逢戀


在しよを戀ふる現はかひなきに夢になさばや又も見ゆやと




前大納言爲世

おなじ心を


歎けども覺めての後にかひなきはまだ見ぬ夢の契 なりけり


藤原基任

旅戀を


別れては忘れやすらむ故郷の人のこゝろをみる夢もがな




從三位爲信

嘉元の百首の歌奉りし時、會不逢戀


人心いかなるひまにかよひけむ又はゆるさぬ夜半の關守




權中納言公雄


人はよも人に語らじありし夜の夢を夢とも思ひ出でずば




前攝政左大臣


つらかりし其難面さの儘ならば中々かゝるものは思はじ




前大納言忠良

住吉の社によみて奉りける百首の歌の中に


見るもうしおきて別れし有明の空にかはらで殘る月かげ




和泉式部

長月の有明の頃よみ侍りける


よそにてもおなじ心に有明の月は見るやと誰にとはまし




續千載和歌集卷第十四
戀歌四

坂上是則

題志らず


秋山に朝立つ霧のみねこめて晴れずも物を思ふころかな




九條右大臣

物申しける人に又かよふ人ありと聞きて遣しける


秋萩の下に通ひし鹿の音も今はかひなくなりやしぬらむ




前中納言定家

建仁元年五十首の歌奉りける時


假にだに訪はれぬ里の秋風に我身うづらの床は荒れにき




後深草院辨内侍

戀の歌の中に


もの思ふ泪をそへておく露にわが身の秋とぬるゝ袖かな




前大納言爲氏


さぞとだに思ひも出でじ秋の田の假にも斯と驚かさずば




二條院讃岐

千五百番歌合に


石の上ふるのわさ田に綱はへて引く人あらば物は思はじ




光明峰寺入道前攝政左大臣

會不逢戀といふことを


頼め置きし言の葉さへに霜枯れて我身むなしき秋の夕暮




皇太后宮大夫俊成女

洞院攝政の家の百首の歌に、同じ心を


枯れはつる契もつらし跡絶えてふる野の道の霜の志た草




二品法親王覺助

家に五十首の歌よみ侍りし時、絶戀


分馴れし小野の淺茅生霜枯れて通ひし道のいつ絶にけむ




前中納言公脩

題志らず


色かはる人のこゝろの淺茅原いつより秋の霜は置くらむ




九條左大臣女


尋ねても訪はるゝほどの跡もなし人はかれにし庭の蓬生




皇后宮内侍


變らずば尋ねて見ばや三輪の山ありし梢の杉の志るしを




前大僧正道玄

嘉元の百首の歌奉りし時、忘戀


消えねたゞ忘れ形見の言の葉もあるかなきかの袖の白露




權僧正慈仙

題志らず


濡れてほすひまこそなけれ戀衣身を志る雨の晴れぬ思に




大江廣房


言の葉の移ろふ秋の時雨には我が身一つの袖ぞ濡れぬる




源親教朝臣


つきぐさの花色ごろもたが袖の泪よりまづ移りそめけむ




左衛門督公敏


うつり行く人の心の秋のいろに昔ながらの言の葉ぞなき




左大臣

正安三年九月盡日伏見殿に御幸ありて人々題をさぐりて五十首の歌よみ侍りける時、絶戀


身の秋ぞ喞つ方なき言の葉に露もかゝらずなりぬと思へば




讀人志らず

題志らず


露ばかりかけし情もとゞまらずかれゆく中の道の志ば草




本院侍從に遣しける


朝毎にほす方もなしから衣夜な/\袖のそぼちまされば




本院侍從

返し


ほす方もありとこそ聞けから衣うすくなり行く人の袂は




藤原雅朝朝臣

戀の歌の中に


立ち歸り幾たび袖をぬらすらむよそになるみの沖つ白波




右衞門督教定


逢ふ事も今はなぐさの濱風に猶なみさわぐ袖を見せばや




平時元


知られじな海士の藻汐木こりずまに猶下燃の絶えぬ思は




前權僧正雲雅


人ごゝろあさかの浦の澪標深き志るしもかひやなからむ




正三位經朝


逢ふ事も今はかたみのうら波に遠ざかりゆく海士の釣舟




從三位宣子


いかにせむうき中河の水を淺みせだえがちなる心細さを




觀意法師


流れてと契りし末のいかなればありしにかはる中河の水




唯教法師


逢ひみても人の心のかはるせに又そで濡らす中川のみづ




大江貞重


とにかくに變るぞやすき飛鳥川ふち瀬や人の心なるらむ




前權僧正定顯


夏虫のかげ見し澤の忘れ水思ひ出でゝも身はこがれつゝ




平重時朝臣


水鳥にあらぬ泪の浮寐して濡れつゝ今はなかぬ日もなし




參議雅經


深き江のうきに萎るゝ芦のねのよゝの契も朽や志ぬらむ




平宗宣朝臣


忘れ草心なるべき種だにも我が身になどか任せざるらむ




丹波經長朝臣


いかにして思絶えなむ忘れゆく人の心を我が身ともがな




前關白太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、忘戀


斯て唯とはぬばかりはつらくとも心よりだに忘果てずば




源宗氏

題志らず


忘らるゝ身をうき物と思ひ志る心一つのなどなかるらむ




前參議雅孝

百首の歌奉りし時


自から又もやとふと待たれしはつらさになれぬ心 なりけり


前大納言通顯

戀の歌の中に


悔しくぞ契り置きける存へてかはる心のはてをみるにも




讀人志らず


おもひやる心ばかりの通路はよひ/\ごとの關守もなし




太宰權帥爲經


せく袖のいろさへかはる泪かな見しにもあらぬ人の契に




女三宮治部卿


深くのみ思ひそめにしまゝならで心の色のなど變るらむ




津守國助


いづかたに又秋風のかはるらむ靡きそめにし小野の篠原




花山院内大臣

寳治の百首の歌奉りける時、寄風戀


言の葉は便あらばと思ひしをことかたにのみ秋風ぞ吹く




前參議實俊

題志らず


つれなくも猶したはるゝ心かな思ひ絶えねとつらき契を




權中納言實前


逢見しも人のこゝろの外なれや又つれなさにかへる契は




中納言定頼

久しく音づれもせで人のもとに申し遣しける


池水のいひ絶えぬとや思ふらむふかき心はいつか變らむ




源邦長朝臣

題志らず


山の井の淺きながらも頼みしは影見しまでの契なりけり




爲道朝臣


なにゆゑに袖ぬらすらむ人心あさ澤みづの思ひ絶えなで




安嘉門院甲斐


ふかゝらぬ人の契にいにしへの野中の水は結び絶えにき




前大納言爲世

二品法親王の家の五十首の歌に、絶戀


遂にきて絶えける物を水無瀬川ありて行く水今は頼まじ




權中納言爲藤

三十首の歌奉りし時


河舟のみをさかのぼる綱手繩たえにし後も身は焦れつゝ




冷泉太政大臣

寳治の百首の歌奉りける時、寄橋戀


かづらきや久米の岩はし中たえて通はぬ人の契をぞ知る




源兼氏朝臣

戀の歌の中に


戀ひ渡る心ばかりや絶えざらむ久米路の橋のよるの契は




式部卿久明親王


逢ふ事はをだえの橋の橋柱又立ちかへり戀ひわたるかな




權大納言冬教


思はずよそをだに後の形見にてうかりし節も忍ばれむとは




禪心法師


諸共に思ふが中のいかならむつらきだに社戀しかりけれ




源義行


斯ばかり思ふといふを頼まぬは誰につらさを傚初めけむ




津守國助

永仁二年龜山院に五十首の歌めされける時


命をばあふにかへてし中なればある物とだに人は思はじ




前内大臣

題志らず


はかなくぞ此世ばかりを契りける又逢ふ迄もしらぬ命に




永福門院


同じ世を頼む方にはあらね共なれし名殘ぞ忘れかねぬる




權大納言兼季


戀ひ死なむ後を頼まむこの世こそ短かりける契なりとも




前關白太政大臣

嘉元の内裏の二十首の歌に


絶えなばと誓ひし末の命さへわがいつはりに存へにけり




平貞俊

戀の歌の中に


せめてなどその曉を限ぞといひても人のわかれざりけむ




平宣時朝臣


今は早やよそにのみ聞く曉も同じ音にこそ鳥はなくなれ




前内大臣


諸共にいとひなれにし鳥の音を獨聞くにも袖はぬれけり




從二位行家

寳治の百首の歌奉りける時、寄鏡戀


山鳥のはつ尾の鏡それならば隔つる人のかげも見てまし




二條院讃岐

題志らず


今更にいかゞはすべき新枕としの三年を待ちわびぬとも




右近大臣道綱母


打ちはらふ塵のみ積る狹莚も歎く數にはしかじとぞ思ふ




平泰氏


今ははや待ちならひこし夕暮を昔になして濡るゝ袖かな




津守棟國


今さらにくべき宵とも頼まれず契絶えにしさゝがにの糸




藤原貞忠


とはずとていつまで人を恨けむ思絶えては言の葉もなし




藤原宗行


夏引の手引の糸のわくらばに訪はれし中ぞ今は絶えぬる




爲道朝臣


こぬまでも心ひとつを慰めて頼みし程のいつはりもなし




後二條院御製


はかなくぞ一夜二夜の隔てをも身にならはずと昔恨みし




中宮


自から思ひ出づやと頼むかなつらき心のはては見しかど




萬秋門院

嘉元の百首の歌に、逢不會戀


いつなれし面影ぞとも喞たれず唯身にそふを慰めにして




僧正覺圓

題志らず


めぐり逢ふ月は變らぬ面影をいかなる雲の立ち隔てけむ




前大納言爲氏

弘安の百首の歌奉りける時


面影の忘れぬばかり形見にて待ちしに似たる山の端の月




大藏卿隆博

戀の歌の中に


もろ共に待出でし夜の面かげも更に戀しき山の端のつき




順徳院御製


暮をだに猶まちわびし有明のふかき別となりにけるかな





月もなほ見し面影やかはるらむなきふるしてし袖の泪に




信實朝臣


いつまでと知らぬかたみの月影を宿す泪に袖や朽ちなむ




大藏卿隆博

永仁二年八月十五夜十首の歌講ぜられし時、月前契戀といへる心を


月をだに見しよの影と思出でよ契の末はあらずなるとも




爲道朝臣


おのづから共に見し夜の面かげも昔になりぬ秋のよの月




新院兵衛督

題志らず


廻りあふ月を其夜の形見とも人はかけても思ひ出でじを




太政大臣


色かはる月のかつらの影よりや秋の心はうつりはてけむ




參議公明


忘らるゝ我身ぞあらぬめぐりあふ月は昔の影もかはらで




前參議雅孝


おのづから思ひや出づるうき人の心志らせよ夜はの月影




法眼行濟


もろともに見しを形見の面かげに月ぞ泪を猶さそひける




義圓法師


うきながら今は形見の夜半の月せめて泪に曇らずもがな




前中納言經繼

嘉元の百首の歌奉りし時、忘戀


人はよも思ひも出でじあふ事は見しをかぎりの有明の月




廣義門院

題志らず


有明の月こそ見しにかはらねど別れし人は影だにもなし




基俊


有明の月と共には出でしかど君が影をばとゞめざりけり




藤原爲綱朝臣


かぎりとも知らで別れし有明の月を形見と幾夜みるらむ




今出河院近衛


思出づる有明の月も掻暮れてうかりし中は形見だになし




藤原泰宗


諸共にながめし夜半の月ばかり面影殘るかたみとぞなる




平齊時


忘れずよ八重雲がくれ入る月のへだてし中に殘る面かげ




從三位親子


うき人は影離れにし袖の上に月なればとていかゞ宿さむ




前大納言良教

弘長の内裏の百首の歌奉りける時、寄月戀


諸共に見しを形見の月だにも朽ちなば袖に影や絶えなむ




津守國助

戀の歌の中に


いかにみし木の間の月の名殘より心づくしの思そふらむ




從二位行家


ひとりわが泪にくらす月影を誰とさやかに人の見るらむ





其儘に夢のたゞぢも絶えにけりいかに定めし夜半の枕ぞ




前大僧正隆辨

弘安の百首の歌奉りける時


片敷の袖のみぬれていたづらに見し夜の夢は又も結ばず




平貞資

題志らず


稀に見し夢の契も絶にけり寐ぬ夜や人のつらさなるらむ




中臣祐春


驚かす契はさこそ難からめ見し世をだにも夢になせとや




平行氏


逢ふ夢につらさを猶やそへつらむさむる現に物思へとて




前中納言爲相

嘉元の百首の歌奉りし時、逢不遇戀


結ばでもあらまし物をなれし世の契を今の夢と知りせば




今出河院近衛

戀の歌の中に


見ずもあらで覺めにし夢の別より綾なくとまる人の面影




中宮


いかなれば見し夜の夢を現とも思ひあはせぬ契なるらむ




太政大臣

百首の歌奉りし時


我のみぞ思ひあはするそのまゝに又見ぬ夢の昔がたりは




前參議家親

題志らず


今はたゞ夢とぞなれるいつまでか思ひ出でしも現 なりけむ


龜山院御製

弘安の百首の歌めされける次でに


おなじ世に見しは現もかひなくて夢ばかりなる人の面影




正三位爲實

戀の歌とてよみ侍りける


夢にても又逢ふ事や難からむまどろまれぬぞせめて悲しき




祝部成良


おのづから見しや其夜の面影もいかなる夢の契なりけむ




源重之女


逢見しは夢かとつねに歎かれて人に語らまほしき頃かな




貫之

平貞文の家の歌合に、會後戀


あかずして別れし人をゆめに見て現にさへも落つる涙か




友則

題志らず


立ち返り思ひ捨つれど石の上ふりにし戀は忘れざりけり




業平朝臣


年だにも十とてよつはへにけるを幾度人を頼みきぬらむ




宗于朝臣


年月は昔にもあらずなりぬれど戀しき事は變らざりけり




後深草院少將内侍


忘られぬ物からつらき年月はいかなる中の隔てなるらむ




藤原爲明朝臣


さりともと猶頼みしは年月を隔てぬ程のつらさなりけり




院御製

遇不逢戀を


一夜だに猶へだてじと思ひしにうき年月の積りぬるかな




龜山院御製

戀の歌とてよませ給うける


年月のあはぬつらさを重ねても猶立ちかへる袖のうら波




續千載和歌集卷第十五
戀歌五

平兼盛

云ひそめて久しくなりける人に


つらくのみ見ゆる君かな山の端に風待つ雲の定なき世に




權中納言敦忠

いかなりける時にかありけむ、女のもとにいひ遣しける


憂き事のしげさまされば夏山のした行く水の音も通はず




前中納言定家

題志らず


かけてだに又いかさまにいはみ潟なほ波高き秋のしほ風




信實朝臣


末の松あだし心のゆふ汐に我が身をうらと浪ぞこえぬる




兵刑卿元良親王

物申しける女こと人に物申す由聞きて遣しける


いつしかとわが松山の今はとて越ゆなる浪にぬるゝ袖哉




前大納言爲氏

光俊朝臣すゝめ侍りける百首の歌に


忘れじと契りし中の末の松たがつらさにか波は越ゆらむ




弘安の百首の歌奉りける時


忘らるゝ簔のを山の難面くもまつと聞かれむ名こそ惜けれ




法印定爲

嘉元の百首の歌奉りし時、會不逢戀


越えなれし跡とも見えず立歸りつらき後瀬の山の端の雲




權中納言公雄

永仁二年八月十五夜十首の歌講ぜられし時、月前恨戀といへる心を


なべて唯すぐさぬ月もかこたれぬつらき人ゆゑ曇る泪に




平時敦

戀の歌の中に


今は唯つらきかたみと厭へども袖をはなれぬ月の影かな




平貞時朝臣


つらしとも憂き人ならば云てまし見し夜に變る袖の月影




平齊時

永仁六年九月十三夜式部卿親王の家の三首の歌に月前恨戀


曇るとも見ざりしものをとはぬまの恨にかはる袖の月影




藤原宗朝

題志らず


つれなくて何かうき世に殘るらむ思ひも出でぬ有明の月




衣笠内大臣


いかにせむ曇る泪のます鏡うらみしよりぞ影は絶えにし




從二位成實

寳治の百首の歌奉りける時寄鏡戀


よしさらば泪にくもれ見る度にかはる鏡の影もはづかし




法皇御製

百首の歌めされしついでに


恨みてもかひ社なけれ天少女いさりたく火の燃焦れつゝ




院御製

恨戀の心をよませ給うける


名もつらし又もみぬめの浦波の朝夕袖にかゝるばかりは




土御門院御製


潮垂るゝ袖こそあらめ蜑のすむ恨みよとてのみるめ なり


從二位家隆


おのづから問へかし人の海士のすむ里の知べに思ふ心を




平時元

題志らず


いかにせむよそに鳴門の沖つ波はては寄邊も知らぬ恨を




權律師圓世


朽ちねたゞ潮くむ海士のぬれ衣恨みはねぬと人に知せむ




藤原重綱


思知る人もなぎさにやく鹽のからき恨に身をこがすかな




正三位爲實


身をばさて思ひぞすてしうつせ貝空しき戀の恨せしまに




花山院内大臣

寳治の百首の歌奉りける時、寄虫戀


恨みわび我からぬるゝ袂哉藻にすむ虫にあらぬ身なれど




興風

題志らず


泣きわびて身を空蝉となりぬれば恨むる聲も今は聞えじ




法皇御製

百首の歌めされしついでに


はかなしな戀も恨も空蝉の空しき世には音のみなかれて




從三位光成

戀の歌の中に


うつゝには契絶えぬる思ひ寐の夢になしても猶や恨みむ




法眼行濟


心ひく方こそ知らね忘らるゝ身をば浮田の杜のしめなは




源親教朝臣


枯れはてば思ひ絶えなで眞葛原なにゝ殘れる恨なるらむ




前大納言通重


問へかしな絶えぬ恨の眞葛原風を待つまの露はいかにと




入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時


身のうきに思ひかへせば眞葛原たゞ恨みよと秋風ぞふく




安嘉門院大貳

題志らず


秋かぜに恨みわぶとも眞葛原露こぼるとは人にしらせじ




前大納言爲家

洞院攝政の家の百首の歌に


海士の住む里の苫屋のくずかづら一方にやは浦風もふく




皇太后宮大夫俊成

久安の百首の歌に


忘草つみにこしかど住吉のきしにしもこそ袖はぬれけれ




典侍親子朝臣

戀の歌の中に


いかにせむ身を住江の草の名に思傚してや訪ふ人のなき




荒木田氏之


うき人の心のたねの忘れぐさいつわが中に茂りそめけむ




賀茂經久


うき中は枯れはてぬるを思ひ草なにゝ泪の露かゝるらむ




平時邦


ほしわぶるおなじ袂の秋風にありしより猶露ぞこぼるゝ




圓蓮法師


うかりける人のこゝろの忘れ水など深からぬ契なるらむ




平貞 [1]A


契りしはさて山の井の忘水わすれし後は見るかげもなし




大江政國女姉


理と思ふにつけて悲しきは忘らるゝ身のつらさなりけり




藤原經定朝臣


今更に忘らるゝ身ぞ喞たるゝ豫て思ひしつらさなれども




權大納言實衡


結びけむあだし契ぞうかりける終に絶えぬる中となるにも




藤原懷世朝臣


斯計りげに絶果てむつらさとも暫しは知らで恨ざりしを




讀人志らず


恨みてもかひこそなけれ理とおもひ知るべき心ならねば




今上御製


思出でゝ又とふまでは難くとも忘られし身と爭で知せむ




讀人志らず


一筋に忘れもはてばいかゞせむうき例にや思ひ出づらむ




權中納言爲藤

今上みこの宮と申しける時五首の歌合に、絶戀


よしさらば思ひな出でそ中々にうき身知らるゝ昔語りを




藤原爲定朝臣

百首の歌奉りし時


自から思ひ出づともかひぞなき契りしまゝの心ならずば




信實朝臣

洞院攝政の家の百首の歌に、怨戀


かゝるべき契をなどか結びけむ先の世志らで人は恨みし




入道前太政大臣

戀の歌の中に


人もいざつらき方にや喞つらむ我は恨みて訪はぬ月日を




法印定爲

平宗宣朝臣よませ侍りし住吉の社の三十六首の歌に、逢不遇戀


忘らるゝ人はよそにて年月のつもるを咎に何かぞふらむ




永陽門院少將

題志らず


忘られぬ逢瀬はよその名のみして我が中河の自からぞうき




權大納言典侍


絶えはつる契をひとり忘れぬもうきも我身の心なりけり




前大納言爲世

嘉元の百首の歌奉りし時、忘戀


うきをだに思ひも知らぬ心にて我さへ身をも忘れける哉




左大臣

百首の歌奉りし時


我計りさのみ思ふもかひぞなきげにつらくなる人の心は




新院御製


つらきをもげに思知る中ならばいとかく人を慕はざらまし




二品法親王覺助

題志らず


忘れむと思ふ物から慕ふこそつらさも知らぬ心なりけれ




藤原經宣朝臣


つらさをも思ひとがめぬ我身こそせめて恨むる心 なりけれ


藤原秀行


はては又我が身に返る恨かな暫しぞ人のうきも知られし




鴨祐敦


契らずようき面影を殘し置て忘らるゝ身の形見なれとは




讀人志らず


忘らるゝうき身の程を志らぬ哉人をつらしと思ふ計りに




藤原基夏


うき身にはつらさも知らで今は唯人を恨みぬ心ともがな




前齋宮折節


忘行く人計りこそつらからめ身をさへさのみ何恨むらむ




前關白太政大臣

嘉元の内裏の三十首の歌に


戀しさはさもこそあらめ何と又つらき方にも忘ざるらむ




百首の歌奉りし時


立返り人のつらさを恨むればうき身の咎を志るかひぞなき




前大納言爲家

後九條内大臣の家の三十首の歌に


うらむるも戀ふる心の外ならでおなじ泪ぞせく方もなき




權中納言師賢

題志らず


恨侘びかゝるとだにも知せばやつらさにたへぬ袖の泪を




讀人志らず


つらし共よその人目を喞たばや忍ぶより社いひも絶しか




平貞直


忘らるゝ後さへ猶も忍ばれて人のつらさを知らぬ身ぞうき




鴨祐夏

恨戀を


命こそうきにつれなき我ならめうらみに弱る心ともがな




從三位爲理


ありて世にのこる恨もなからまし逢ふを限の命ともがな




前大納言有房

嘉元の百首の歌奉りし時、おなじ心を


命だにつらさにたへぬ身 なりせば此世乍らは恨みざらまし


前攝政左大臣

戀の歌の中に


數々に憂きより外は何をかは思ひ出でゝも人を志のばむ




藤原冬隆朝臣


絶えにしも我心ぞと云做して人のつらさを世には洩さじ




正三位惟繼


つらしともいはで心に思ふこそ忍びなれぬる恨なりけれ




平宣時朝臣


つらしともうしとも云はじ我袖の泪に思ふ色は見ゆらむ




藤原範秀


我が思ふ心のうちを志らせでや人のつらさも恨果てまし




權中納言爲藤

神無月の頃北白川にまかりて人々十首の歌講じ侍りし時、恨後絶戀


恨みずばくやしからまし言の葉もまたは通はぬ中の契に




山本入道前太政大臣

建治三年九月十三夜五首の歌に、絶戀


おのづから恨みし程の頼みだに今はよそなる身を歎く哉




皇太后宮大夫俊成

百首の歌よみ侍りけるに、戀


何せむにうしとも人を恨みけむさてもつらさは増る物故




和泉式部

題志らず


恨むべき方だに今はなきものをいかで泪の身に殘りけむ




左京大夫顯輔

家に歌合し侍りける時、戀の心を


つらからむ言の葉もがな侘つゝは恨みてだにも慰めにせむ




[1] The kanji for A is not available in the JIS code table. The kanji is Morohashi's Dai Kan-wa jiten's kanji number 1721. (Tetsuji Morohashi, ed., Dai Kan-Wa jiten, Tokyo: Taishukan shoten, 1966-68).




續千載和歌集卷第十六
雜歌上

圓光院入道前關白太政大臣

嶺松と云ふ事を


春日山ふりさけ見れば嶺に生ふる松は木高く年ふりに鳬




法皇御製

嘉元の百首の歌めされしついでに


誰しかも松の心にたぐへけむ我に相生の身をあはせつゝ




前大納言爲世


年もへぬ何をか今は斯て身の老となるをのまつことにせむ




前大納言爲家

弘長の百首の歌奉りける時、曉


いたづらに老の寐覺のながき夜は我泪にぞ鳥もなきける




正三位爲實

百首の歌奉りし時


いたづらに八聲の鳥はなれにけり仕へで聞かむ曉もがな




前權僧正雲雅

名所の歌よみ侍りける中に


朝夕にあふぐ心にかゝるかなながらの山の峰のしらくも




法皇御製

山中瀧水といふ事を


分入れば深きみ山の高嶺より落ちくる瀧の音のさやけさ




西園寺入道前太政大臣

布引の瀧を見て


山ひめの手玉もゆらにおりはへて千尋にさらす布引の瀧




按察使資平

題志らず


あま小舟今や出づらむ大島のなだの潮風ふきすさぶなり




井手左大臣

元正天皇難波の宮におましましける時


堀江には玉志かましを大君の御舟こがむと豫てしりせば




讀人志らず

題志らず


芦の屋のなだの汐路を漕ぐ舟の跡なき浪に雲ぞかゝれる




後二條院御製


難波潟あしべ遙に晴るゝ日は聲も長閑にたづぞ鳴くなる




太宰權帥爲理

寳治の百首の歌奉りける時、岸苔


住吉のきしの岩根にむす苔のみどりに松の色やそふらむ




讀人志らず

題志らず


朝日影さすや岡べの松の雪も消えあへぬまに春はきに鳬




法皇御製

嘉元の百首の歌めされしついでに


いとゞ又民安かれといはふかな我が身世にたつ春の始は




權中納言爲藤

前參議にて年久しく侍りしが還任の頃鶯をよみ侍りける


谷蔭にあらはれ初むる鶯のおなじ古巣に音こそなかるれ




圓光院入道前關白太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、鶯


九重のたけのそのよも忘られずきゝてなれにし鶯のこゑ




前大納言資季

鶯の歌とてよみ侍りける


我身世にふりゆく年を重ねきて幾春きゝつうぐひすの聲




法務公紹

春の歌の中に


いたづらに我が身年ふる山かげになほ春志らで殘る白雪




入道前太政大臣


春くれば外山のみ雪消えにけり我が老らくの年は積れど




正三位實綱


山はなほみ雪しふれどかげろふのもゆる野原の春の早蕨




山本入道前太政大臣女


河の瀬に亂れてうつる青柳のみどりは波の色かとぞ見る




平時村朝臣


たが里にまづ咲く梅の匂ひきてかぜの便に人さそふらむ




念阿法師


咲き殘る老木の梅に忍ぶかな難波の春のむかしがたりを




入道前太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、梅


色も香も忘れはてにし墨染の袖におどろく梅のしたかぜ




土御門院御製

おなじ心を


植ゑ置きし梅のそのふや荒れぬらむ匂もよその故郷の春




從二位家隆


吹きおくる朧月夜の春風に梅が香のみぞかすまざりける




太政大臣

正應六年、内大臣にて、踏歌節會の内辨のつとめ侍りて程なく大臣辭し申して後、春月をよみ侍りける


今はとて雲居を出でしいざよひの睦月の月の影ぞ忘れぬ




大江宗秀

題志らず


須磨の蜑の藻鹽の烟そのまゝに霞みなれたる春の夜の月




前大僧正實超


哀れなる五十ぢの後の泪かなむかしも霞む月は見しかど




道洪法師


かすむ夜のつきは昔の春ながらもとの身ならぬ墨染の袖




如願法師

山里にこもりゐて侍りける頃述懷の歌よみ侍りけるに、歸雁を


故郷になきて歎くとことづてよ道行きぶりの春の雁がね




法印覺寛

おなじ心を


歸る雁越路の空のしら雲にみやこの花のおもかげやたつ




西園寺入道前太政大臣

建保四年百首の歌奉りける時


春雨は四方の草木をわかねども滋き惠は我が身なりけり




後二條院御製

春雨を


淺みどりあまねき惠色に出でゝ野なる草木に春雨ぞふる




法皇御製

侍花といへる心をよませ給うける


老が身の猶ながらへて今年又ふたゝび春の花や見るべき




前大僧正禪助

寄花述懷といふ事を


花を見し身の思出をいざさらば六十ぢの春と人に語らむ




後光明峰寺前攝政左大臣

花の歌の中に


後に又誰か忍ばむ植ゑ置きし花はやとせの春ぞへにける




權少僧都能信


春ははや志た紐とけてからごろも龍田の山に匂ふ春かぜ




平宗宣朝臣

開花をよめる


あふさかの山の櫻や咲きぬらむ雲間に見ゆる關の杉むら




藤原隆氏朝臣

遠尋花といへる心を


誰か又花かとよそにたどるらむ分けつる跡の峰のしら雲




法印長舜

前大納言爲世賀茂の社にて三首の歌合し侍りし時尋花と云ふ事を


匂はずば花のところも白雲のかさなる山に猶やまよはむ




僧正道順

題志らず


分入りてこれより奥と思はねばみ山は花を長閑にぞ見る




能譽法師


あくがるゝ心のまゝに尋ねきて山路のはてを花に見る哉




大江宗秀


立ちまよふ色も匂も一つにて花にへだてぬ峰の志らくも




祝部行親


よしさらばさながら花といひなさむ同じ梢の嶺のしら雲




源重泰


吉野山おなじ櫻のいろながら折られぬ花や峯のしらくも




祝部行氏


折らずとも人に語らむ山ざくら見る面影を家づとにして




中臣祐親


老らくの挿頭に折らむさくら花この春ばかり人な咎めそ




山田法師

人々あつまりて櫻の花の下に居てよめる


珍らしき物かはあやな櫻花こゝらの春にあかずもある哉




赤染衛門

題志らず


志のぶべき人なき身こそ悲しけれ花は哀と誰か見ざらむ




津守國助


ありて世のうきを知ればや山櫻芳野の奥の花となりけむ




藤原泰宗


木のもとの暮れぬる後も山櫻殘るは花のひかりなりけり




藤原定成朝臣


さくら色に山わけ衣うつろひぬかつ散りかゝる花の下道




京極入道前關白家肥後

堀河院かくれさせ給うて後の春花をみけるついでに權中納言俊忠の許へ歌遣したりける返事を、中宮の女房の中に送りける由聞きて申し遣しける


櫻花雪と山路に降りしけばむべこそ人の踏みたがへけれ




權中納言俊忠

返し


雪とふる花ならねども古を戀ふるなみだに迷ふとを知れ




中務卿具平親王

題志らず


花散るとかけてもいはじ鶯の最ど音せずなりもこそすれ




萬秋門院


定なき世を宇治河の瀧つ瀬にことわり知れと散る櫻かな




光俊朝臣

花の枝に付けて民部卿資直がもとへ遣しける


今年猶ちり行く花を惜むまで殘るべき身と思ひやはせし




平行氏

花の歌とてよめる


又とだに老いて頼まぬ別にはいよ/\散るも惜しき花哉




順西法師


身のよその春とや風も思ふらむ宿にとめじと花さそふ なり


平師親


吹く風の誘はゞせめていかゞせむ心と花の散るぞ悲しき




法眼兼譽

前大納言爲世よませ侍りし三首の歌に、落花を


花は皆散りはてぬらし筑波嶺の木のもとごとに積る白雪




在原業平朝臣

山吹を


山吹の花も心のあればこそいはぬ色には咲きはじめけめ




藤原爲顯

弘安の百首の歌奉りける時


墨ぞめの袂は春のよそなれば夏立ちかはる色だにもなし




權中納言公雄

前僧正道性よませ侍りける三首の歌の中に、夏藤を


七十ぢの夏にかゝれる藤の花かざして老の波にまがへむ




伏見院御製

夕卯花を


月と見てよるもやこえむ夕ぐれの籬の山にさけるうの花




法印定爲

前大納言爲世よませ侍りし三首の歌に、卯花


身を隱すかひこそなけれ卯の花の浮世隔てぬ同じ垣根に




法眼慶融

夏の歌の中に


世の中を厭ふ宿には植ゑ置きて身を卯の花の影に隱さむ




右兵衞督基氏


昔こそ心にかゝれあふひ草神のみあれにいつかざしけむ




法皇御製


道ありて亂れずもがな夏草のことしげき世に又も交らば




後一條入道前關白左大臣


さゆりばのしられぬ宿と成やせむ跡なき庭の草の茂みに




權大納言經繼

百首の歌奉りし時


おろかなる老の泪の露けきは夕日の影のやまとなでしこ




賀茂定宣

題志らず


つれなさを我も語らむ時鳥おなじこゝろにまつ人もがな




平時香


待ちわぶる山郭公ひと聲も鳴かぬに明くるみじか夜の空




安部忠顯


思ひ寐の夢のたゞぢの時鳥覺めてもおなじ聲を聞かばや




藤原景綱


故郷に誰聞きつらむほとゝぎす軒端の草の忍ぶはつ音を




前中納言資名


此里を鳴きて過ぎつる郭公よそにもこよひ誰か聞くらむ




高階宗俊朝臣


待つ程の心かよはゞほとゝぎす同じ初音を人もきくらむ




尊空上人


まどろまで待ちつるものを時鳥夢かと聞きて驚かれぬる




藤原頼氏


宵のまの月待ちいづる山の端にこゑもほのめく子規かな




平義政


時鳥はつかの月の山の端を出でゝ夜ふかき空に鳴くなり




眞淨法師


一こゑを人にはつげずほとゝぎす聞き定めむと思ふ心に




藤原長經


聞けばまづそでこそぬるれ子規おのれや人に泪かすらむ




藤原隆祐朝臣

故郷時鳥と云ふ事を


故郷と思ひな捨てそほとゝぎすなれも昔の聲はかはらじ




藤原時親

題志らず


ほとゝぎす花たちばなに聞ゆなり昔忘れぬよゝのふる聲




贈從三位爲子

五月四日昔今の事などのどかに申したりけるあしたに菖蒲につけて


とにかくに昔をかけし昨日より袖のうきねは猶も乾かず




萬秋門院

御返し


我のみと昔をかけし袖の上に今日は浮根を又ぞ添へける




入道前太政大臣

出家の後おとづれざりける人のもとへ、五月五日菖蒲の根を遣すとて


菖蒲草かけ離れても墨染の袖にはあらぬねぞかゝりける




讀人志らず

返し


墨染の袖にかこちてあやめ草思はぬ方ぞかけはなれける




法印宗圓

前大納言爲世よませ侍りし春日の社の三十首の歌の中に


たちばなの花もにほはぬ宿ならば何に昔を思ひ出でまし




平宗宣朝臣

盧橘をよめる


行く末にさてもや人の忍ぶとてわが袖觸るゝ軒のたち花




祝部成賢


にほひくるはな橘の袖の香にこの里人もむかし變ふらし




藤原秀茂

羇中五月雨を


ぬれつゝもいくかきぬらむ旅衣かさなる山の五月雨の空




前大納言爲家

弘長の百首の歌奉りけるとき、五月雨


五月雨の草の庵のよるの袖しづくも露もさてや朽ちなむ




西音法師

題志らず


かくてしも世にふる身こそ哀なれ草の庵の五月雨のそら




平貞宗


汐くまぬ隙だに袖や濡すらむ海士のとまやの五月雨の頃




大江廣房


五月雨の雲のとだえの山の端に暫し見えつる月の影かな




眞昭法師


みじか夜の月に浦こぐ舟人の浪路程なく明くるしのゝめ




前大納言有房

嘉元の百首の歌奉りし時、螢


あつめこし窓の螢の光もて思ひしよりも身をてらすかな




惟宗忠宗

題志らず


風わたるなつみの河の夕暮に山陰すゞし日ぐらしのこゑ




靜仁法親王


御祓河なつ行く水の早き瀬にかけて凉しき波のしらゆふ




後二條院御製

水邊納凉


凉しさは夕暮かけてむすぶ手の袖にせかるゝ山のした水




惟康親王家右衛門督

世を遁れて後六月つごもりの日よみ侍りける


御祓せではや幾年になりぬらむ祈るべき身の命ならねば




權大僧都聖尋母

初秋の心を


三島江の玉江のあしの一夜にも音こそかはれ秋のはつ風




平時夏女

秋の歌の中に


思ひやるよそまで苦し織女の暮まつ程の今日のこゝろは




前大僧正良信


いかにせむ秋にもあらぬ夕だにもの思ふ身はぬるゝ袂を




紀宗信


さのみなど泪のとがとかこつらむ露にもぬるゝ老の袂を




津守國夏


志ら玉か何ぞと問はむ打ちわたす遠方野べの秋の夕つゆ




中務卿宗尊親王


あはれとも大方にこそ思ひしか今はうき身の秋の夕ぐれ




伏見院御製


ふく風のうきになしてやかこたまし夕はまさる秋の哀を




後二條院御製


いつ志かと初秋風の吹きしより袖にたまらぬ露の志ら玉




前大僧正良信


人とはで年ふる軒の忘れ草身をあきかぜに露ぞこぼるゝ




前大僧正道玄


心なきわが衣手に置く露や草のたもとのたぐひなるらむ




入道二品法親王性助

家に五十首の歌よませ侍りけるに、述懷


世の中は秋の草葉をふく風の露もこゝろぞ止らざりける




常磐井入道前太政大臣

修明門院四辻殿におはしましける頃庭のくさむら茂りて昔にもあらず見え侍りければ人の許へ申し遣しける


わけわびし露のかけても思ひきや君なきやどの庭の蓬生




讀人志らず

返し


尋ねきて人の分けゝむ白露の頓て袖にもかゝりぬるかな




式子内親王

正治の百首の歌奉りける時


荒れにける伏見の里の淺茅原むなしき露のかゝる袖かな




太政大臣室

題志らず


露をだにはらひかねたる小山田の庵もる袖にすぐる村雨




左大臣


幾夜われ稻葉の風を身にしめて露もる庵に寐覺しつらむ




承空上人


秋きても訪はれずとてや津の國の生田の杜に鹿の鳴く覽




今出河院近衛


侘び人の秋の寐覺はかなしきに鹿の音とほき山里もがな




讀人志らず

天喜二年四月藏人所の歌合に、風


待つ人もなき宿なれど秋風の吹來る夜半はいこそ寐られね




大江政國女

題志らず


芦火たく難波のこやに立つ烟月待つよひの空なへだてそ




藤原親範


かつ晴るゝ霧のたえまの秋風を便になして出づる月かな




行胤法師


あらし吹く峯にかゝれる浮雲の晴るゝ方より出づる月影




前僧正道性

月送客と云ふ事を


歸るさの袖まで月はしたひきぬ人はおくらぬ秋の山路に




津守國平

山家月


年經ぬる松のとぼそは朽ちぬとも獨やすまむ山の端の月




藤原頼景

秋の歌の中に


雲はみなあらしの山の麓にてかつらの袖に月ぞくまなき




源親長朝臣


秋をへて人もこぬみの濱風に幾夜の月のひとりすむらむ




行觀法師


志賀の蜑の釣する袖に月さへて雲吹きかへす比良の山風




入道前太政大臣

百首の歌奉りし時


喞つべきことわりもなき泪かな月見ぬ里はぬれぬ物かは




平親世

前大納言爲氏月の頃まかるべき由申しけるがさも侍らざりければ申し遣しける


契り置く月の頃さへ過ぎ行けば廻り逢ふべき頼だになし




前大納言爲氏

返し


山の端の月ははつかに成ぬれど廻り逢ふべき契をぞ待つ




祝部成久

題志らず


夜もすがら袖の泪になれにけり物思ふころの秋の月かげ




平行氏


宿るとも袖わく秋の月ならばうき身慰むかげやなからむ




本如法師


うき事を思へばくもる泪かな身を忘れてぞ月は見るべき




前大納言爲世

月前述懷を


いとゞ猶泪をそへて身の爲のうきを志らする月の影かな




二品法親王覺助

弘安の百首の歌奉りける時


雲晴れてのどけき空の秋の月おもひなきよの光とぞ見る




藤原保能

題志らず


見るまゝに光もよそになりにけりかづらき山の有明の月




法印靜伊


誰かまた心とむらむきよみがた關もる波の秋の夜のつき




中臣祐殖


さやかなる名をばとゞめて清見潟傾ぶく月に關守ぞなき




藤原忠能


面影ぞなほ殘りけるいもが島かたみの浦のありあけの月




法印清壽


かたしきの袖の秋風夜をさむみ寐ざめて聞けば衣うつ也




大江經親


霜結ぶすゞの志のやの麻衣うつにつけてや夜寒なるらむ




前大納言基良


我が袖に素より深き色を見よ峯の木の葉は今ぞしぐるゝ




源清兼朝臣


色増る程こそ見えね村時雨そめてくれぬる山のもみぢ葉




大中臣永胤朝臣


身のうさを思へば最ど世を秋の袖の時雨の晴るゝまぞなき




清原元輔


風早み秋果て方の葛の葉のうらみつゝのみ世をもふる哉




菅原孝標女

紅葉を人の折りて見せければ


孰くにも劣らじ物を我宿のよをあき果つる景色ばかりは




前大納言實冬

永仁元年龜山殿の十首の歌に、幽居暮秋


世をすつる住みかにも猶惜む哉思ひなれにし秋の名殘を




中原師宗朝臣

題志らず


暮れて行く秋の名殘を小鹽山志かも今宵や鳴き明すらむ




高階成朝朝臣

後近衛關白前右大臣の家の歌合に、朝時雨


明けぬとて峯にわかるゝ横雲を空に殘してふる時雨かな




權中納言公雄

時雨を


ながき夜の老の寐覺の泪だにかわかぬ袖に降る時雨かな




院御製

三十首の歌よませ給うける時、初冬時雨


今日よりの時雨よ何の爲ならむ木葉は秋に染め盡してき




前大納言基良

題志らず


いかにせむ頼む木蔭の時雨にもふりてなれにし秋の泪を




大江廣茂


志がらきの外山にかゝる浮雲の行く方見えてふる時雨哉




中臣祐臣


過ぎやすき時雨を風にさきだてゝ雲の跡行く冬の夜の月




丹波尚長朝臣


とだえしてよそに成ぬと見る雲の又しぐれくる葛城の山




大江貞廣


さらでだに時雨かさなる山の端に猶雲おくるよその木枯




前大納言俊光

神無月のころ老會のもりを過ぐとて


我が身さへ老會の杜の木がらしに木の葉より猶降る泪哉




藤原秀長

路落葉を


散るたびにもとこし道は埋れて木の葉の上をかよふ山人




藤原經清朝臣

冬の歌の中に


苔衣猶袖さむし身のうへにふりゆく霜をはらひすてゝも




前僧正道性

前大納言爲世人々にすゝめ侍りし春日の社の三十首の歌の中に


ふくとても秋にや歸る置く霜のしたはふくずに殘る夕風




前大納言爲家

弘長二年龜山殿の十首の歌に、朝寒蘆


難波江や朝おく霜に折れふして殘るともなきよゝの葦原




土御門院御製

題志らず


陽炎のをのゝ草葉の枯しより有るか無きかと問ふ人もなし




永福門院


天少女袖ふる夜半の風さむみ月を雲居におもひやるかな




權中納言兼信


さえくらす嵐の空の雲間よりかげも雪げにこほる月かな




讀人志らず


浦風や吹きまさるらむこゆるぎの磯の波間に千鳥なく なり


藤原範秀


滿つ潮に浦の干潟は見えわかで波より上に立つ千鳥かな




津守經國


いにしへの和歌の浦ぢの友千鳥跡ふむ程の言の葉もがな




式乾門院御匣


忍ぶべき人もやあると濱千鳥かき置く跡を世に殘すかな




龜山院御製

弘安の百首の歌めされける次でに


にほの海や汀の干どりこゑ立てゝ歸らぬ波に昔戀ひつゝ




雪の深く積りて侍りけるに性助法親王のもとに遣されける


むかしより今もかはらず頼みつる心の跡ぞ雪に見ゆべき




入道二品法親王性助

御返し


たのみつる心の色のあとみえて雪にしらるゝ君が言の葉




法眼行濟

前大納言爲世よませ侍りし春日の社の三十首の歌の中に


今は世にふりはてにける老が身の山とし高くつもる白雪




二品法親王覺助

嘉元の百首の歌奉りし時、雪


降る雪といくへかうづむ吉野山見しは昔のすゞの志た道




頓阿法師

題志らず


積れたゞ入りにし山の峰の雪うき世に歸る道もなきまで




讀人志らず


ふりにける跡とも見えず葛城や豐浦の寺の雪のあけぼの




前大納言爲家

爐火を


消えずとて頼むべきかは老がよのふくるに殘る閨の埋火




藤原基任

歳暮の心を


老となるつらさも知らでいそがれし昔の年の暮ぞ戀しき




津守國冬

嘉元の百首の歌奉りし時、歳暮


行きめぐる年は限もなき物を暮るゝをはてと何か思はむ




從三位氏久

題志らず


この冬も氷をふみて暮れにけりいつか心の春に逢ふべき




二品法親王覺助

嘉元の百首の歌奉りし時、歳暮


鏡山見てもものうき霜雪のかさなるまゝに暮るゝ年かな




前大納言爲氏

弘安の百首の歌奉りし時


いまは身の雪につけても徒につもれば老の年もふりつゝ




續千載和歌集卷第十七
雜歌中

龜山院御製

弘安の百首の歌めしけるついでに


あふぎ見る空なる星の數よりもひまなき物は心なりけり




法皇御製

山月といふ事をよませ給うける


心すむはこやの山の秋の月ふたゝび世をも照しつるかな




權大納言定房

百首の歌奉りし時


さすが又曇らじと思ふ心をばはこやの山の月や見るらむ




山本入道前太政大臣

題志らず


つかふべき道を思へば君がため心くもらで月を見るかな




前參議能清


位山身はしもながら影見ればのぼらぬ峰に月ぞさやけき




權中納言公雄


すみ染の袖に泪をほしわびて月もみしよに影かはるなり




龜山院御製

弘安の百首の歌めしけるついでに


身のうさを歎く泪やくもるらむ月だに袖に影もやどさず




宰相典侍

題志らず


うきながら此世はさても墨染の袖には月の曇らずもがな




前僧正實聰


昔見し影にぞかはる六十ぢ餘り老いぬる後の秋の夜の月




太政大臣室


身のうさを慰めとてや數ならぬ袖にも月の影やどすらむ




權僧正道意


いつ迄か堪て住べき世をうしと思はぬ月も山にこそいれ




談天門院帥


涙にも何くもるらむ世のうきめ見えぬ山路の秋のよの月




藤原顯仲朝臣

法性寺入道前關白、内大臣の時の歌合に、曉月


山の端に急ぎな入りそ夕月夜うき身だに社世には住けれ




如願法師

秋の頃述懷の歌よみけるに


世を秋の山のあらしの烈しきにいかでか澄める有明の月




圓光院入道前關白太政大臣

月の歌の中に


すまばやと思ふみ山の奥までも友となるべき月の影かな




從三位氏久

山里にまかりて急ぎ歸るとて


つく%\と思へば是も假の世を我が住みかとて何急ぐ覽




源兼氏朝臣

前大僧正道玄無動寺に千日の山籠して侍りける春の頃申し遣しける


いかにして思立たまし世のうさを隔つる雲の深き山路に




前大僧正道玄

返し


宮古人とはゞとはなむ同じくば花の盛のをりをすぐさで




廣義門院

題志らず


おのづから拂ふ人なき古郷の庭はあらしに任せてぞみる




前大僧正道昭

故郷松を


世々へぬる程もしられて故郷の軒端に高き松のひともと




權律師淨辨

離山の後、寄杣述懷をよめる


なにと又わがたつ杣木年をへて住みえぬ山に心引くらむ




平時直

題志らず


うき世だに心にやすく遁れなば何かは山の奥ももとめむ




讀人志らず


あらましの浮世の外の草の庵すまで思ふも寂しかりけり




九條右大臣

内藏内侍に遣しける


思ひやる程のはるけき山里は袖露けくもなりまさるかな




前大僧正行尊

那智にて庵の柱にかきつけゝる


思ひきや草の庵の露けさをつひのすみかと頼むべしとは




了然上人

述懷を


今はとて入りにし山の青つゞら猶も苦しき此世なりけり




前大納言爲世

嘉元元年三十首の歌に、山家嵐


山陰の松に寂しき嵐こそきかじとすれどしひて吹きけれ




法眼靜澄

二品法親王の家の五十首の歌に、同じ心を


嶺つゞき松の木ずゑを吹き過ぎて嵐もとはぬ谷かげの庵




宗嚴法師

題志らず


人よりも猶山ふかく住む庵にげに世を厭ふ程は見ゆらむ




藻壁門院少將

洞院攝政の家の百首の歌に、山家


山ふかく尋ぬる人のありとても草の戸ざしを誰か教へむ




法皇御製

おなじ心を


尋ねきて見るもはかなきすまひ哉岩根に結ぶくさの庵は




衣笠内大臣

寳治の百首の歌に、山家嵐


まばらなる眞柴の扉あけくれは峰のあらしの何敲くらむ




後光明峰寺前攝政左大臣

山家を


世のうさの慰むまではなけれども住馴れにける山の奥哉




津守國助


山里に濁る水をばせき入れじすまぬ心の見えもこそすれ




法印良宋


住みなれて後も心の變らねばなほ山里もうき世なりけり




權大僧都良雲


山かげはうき世の外とおもへども泪はなれぬ墨染のそで




延政門院一條


心にもあらですまるゝ山里をうき世いとふと人や思はむ




入道親王尊圓


山里の寂しさをだに忍ばずば置き所なき我が身ならまし




平宣時朝臣


山ふかみ人の往來や絶えぬらむ苔に跡なき岩のかげみち




惟宗時俊朝臣


山かげや誰にとはるゝ宿とてか跡なき庭の苔もはらはむ




中原師員朝臣

寛喜三年大外記になりてよみける


苔のしたの心の闇や晴れぬらむ今日身を照すあけの衣に




前大僧正慈鎭

西園寺入道前太政大臣に任じ侍りける頃申し遣しける


嬉しさを包み習ひし袖に又その身に餘る今日とこそ見れ




西園寺入道前太政大臣

返し


袖になほ二たび包むうれしさも我が身一つと思ふ物かは




談天門院

皇后宮、齋宮と申しける時奉られける


思ふともいはで程へむ月日には心の隈もあらじとを知れ




皇后宮

御返し


言の葉にいはで月日は積るとも思出でばと頼みこそせめ




大納言實國

大炊御門右大臣久しう音づれずと恨み侍りける返事に


今はさは思ひしりぬや忘れ水たゆれば誰も同じつらさを




清少納言

老の後籠りゐて侍りけるを人の尋ねてまうできたりければ


とふ人にありとはえこそ云出でね我やは我と驚かれつゝ




左近大將朝光

忠義公かは堂にまうで侍るにとぶらひまかりて侍りけるを喜びければ


今日は猶ぬるゝのみ社嬉しけれ天の下にしふる身と思へば




山本入道前太政大臣

近衛大將にて侍りける時佩きて侍りける劍を見て


之をだにあだには置かじ秋の霜近き守のかたみと思へば




太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、田家


秋はつる門田の鳴子いつ迄と引く人もなき世に殘るらむ




法印榮算

述懷の心を


徒に過ぐるつき日は早瀬がは老の波にぞしがらみはなき




從三位行能


新玉の今年も斯くてこゆるぎの磯路の波を袖にかけつゝ




紫式部

歌繪に海士の汐やく所にこりつみたる木のもとにかきて人の許に遣しける


四方の海に鹽くむ蜑の心からやくとは斯る歎きをやつむ




相摸

題志らず


憂世ぞと思捨つれど命こそ流石に惜しき物にはありけれ




藤原清正


命をばあだなる物と聞しかどうき身の爲は長くぞ有ける




法印俊譽


限ある命のさすがながらへて何の爲ともなき我が身かな




平行氏


いきて世のうきに積れる年月は身をしれとての命 なりけり


法印玄惠

前大僧正道玄よませ侍りける歌に、曉述懷を


つれなくて世に有明の月も見つ唯我ばかりうき物はなし




法印行濟

題志らず


うき事にたへてつれなき命とも老の後こそ思ひしりぬれ




藤原利行


いつまでと思ふも悲し老が身の弱るにつけてもろき泪は




丹波長有朝臣


はかなしや今幾程の命とて八十ぢあまりの身を歎くらむ




權中納言公雄


厭へども苦しかりける此世哉六十ぢの坂は偖も越ゆれば




昭慶門院一條

嘉元の百首の歌奉りし時、述懷


身のうさの過來し方に變らずば今行く末もいかに歎かむ




津守國藤

題志らず


あらましに身を慰めて過せとやゆく末しらぬ習なるらむ




藤原長經


さりともと行く末待ちし心こそ身のほど知らぬ昔 なりけれ


讀人志らず


身の程を思ひ續けて憂き時はことわりにのみ濡るゝ袖かな




惟宗行政


いつまでと思ふに濡るゝ袂かなあるも命の頼まれぬ身は




前右衛門督基顯


かひなしや年を重ねてうき事の積らむとての命ばかりは




春宮權大夫有忠


はては又明日しらぬよを頼む哉今日迄は憂き身を歎きつゝ




民部卿實教

嘉元の百首の歌奉りし時、述懷


年月のうきにたへけるならはしに猶行末もさてや過さむ




遊義門院

おなじ心を


なべて世に惜む命もをしからず斯てうき身の年を重ねば




天台座主慈勝


憂き事は世にふる程の習ひぞと思ひもしらで何歎くらむ




法印定爲

平宗宣朝臣よませ侍りし住吉の社の三十六首の歌の中に、述懷


數ならば世にも人にも知られまし我が身の程に餘る愁を




前内大臣

述懷の歌の中に


在果つる世とし思はゞいか計數ならぬ身も猶うからまし




藤原宗泰


數ならぬ我が身計のうき世とは人を見るにぞ思知らるゝ




壽曉法師


何ゆゑに思捨つべき我が身とてうきをば忍ぶ心なるらむ




平貞宣


身一つの憂きになしてや歎かまし人の厭はぬ此世 なりせば


平政長


うけ難き身を徒らになすものは後の世知らぬ心なりけり




度會延誠


かくて世にうきを報と思ひ知る心のなきを身に喞つかな




平氏村


生きて今歎くだにうし後の世をいかにせむとて背かざる覽




讀人志らず


憂き身には後の世をさへ歎く哉何跡とはむ人しなければ




源親教朝臣


いかにせむ仕へしまゝの跡にだに猶數ならで迷ふ我身を




後光明峰寺前攝政左大臣


四十ぢ餘三代まであはぬ歎して類なきまで身ぞ沈みぬる




前關白左大臣押小路

百首の歌奉りし時


代々の跡を思ふ計に休らひて惜しかるまじき身を惜む哉




中臣祐臣

題志らず


世々へぬる跡とは人に知らる共身に忍ばれむ言の葉ぞなき




前大納言爲世

三十首の歌奉りし時


跡とめてふみまよはじと思ふにも我が敷島の道ぞ苦しき




中原師宗朝臣

述懷の心を


今さらに何に心のとまるぞと思へば家の代々のたまづさ




源有長朝臣

寄鳥述懷といふ事を


知るらめや子を思ふ闇の夜の鶴わがよ更行く霜に鳴くとは




前大僧正守譽

題志らず


聞きなるゝ老の寐ざめのとりの音に泪をそへぬ曉ぞなき




法印俊譽


靜なる寐覺ならでは世の中の憂きに身をしる時やなからむ




前大僧正實承


何事か思ひ殘さむ秋の夜の明くる待つまの老のねざめに




法印良宋


こし方の曉おきにならはずば老のねざめや猶うからまし




法印圓伊


時の間の老の眠は覺めぬれど殘る夜長きあかつきのそら




權僧正道意


轉寐の夢は程なく覺めにけり長きねぶりの斯らましかば




權僧正覺圓


世々をへて迷ひし夢の覺めやらでいつを限のねぶりなる覽




太宰權帥實香

有大覺而後知此其大夢也といふ心を


夢の内に夢ぞと人の教ふとも覺めずばいかゞ現なるべき




法眼行濟

往事如夢といへる心を


こし方の身の思出も夢なればうきをうつゝと今は歎かじ




太政大臣

題志らず


あだに見し夢に幾らも變らぬは六十ぢ過ぎにし現 なりけり


二品法親王覺助

百首の歌奉りし時


頼みつゝ暮せるよひもねられねば老の昔に逢ふ夢ぞなき




前大僧正慈鎭

日吉社に奉りける百首の歌の中に


鐘のおとを友と頼みて幾夜かもねぬは習ひの小初瀬の山




權少僧都叡俊

題志らず


吹きまよふ嵐にかはるひゞきかなおなじ麓の入相のかね




太宰權帥實香


鐘のおとは明けぬ暮ぬときけど猶驚かぬ身の果ぞ悲しき




藤原保能


我宿は軒ばの竹の世々をへて變らぬ跡と身こそふりぬれ




前關白太政大臣

百首の歌奉りし時


これまでも君がためとぞうゑ置きし今九重の庭のくれ竹




丹波長有朝臣

昇殿をのぞみて人のもとに申し遣はしける


世々をへて跡絶えはてし雲の上に又立返る道をしらばや




從三位親子

題志らず


住みすてし宿は昔のあとふりて殘る軒ばの松ぞひさしき




從二位顯氏


位山かくてかはらぬみねの松いま一しほの春をしらせよ




前大僧正道昭

寄道述懷といふことを


みつの山高くぞのぼる雲にふし嵐になれし道にまかせて




前大納言經任

弘安の百首の歌奉りける時


ふた代まで君にあふみの鏡山心くもらばいかゞみるべき




一條内大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、關


立ちかへり又君が世にあふ坂のこゆる關路に末も迷ふな




關白内大臣

百首の歌奉りし時


さり共と思ひし跡はふみそめつ道ある御世の春日野の原




前大納言俊定

中納言經俊身まかりて後吉田の家にてよみ侍りける


いかにして昔より住む白川の跡にこえずと人にしられむ




前大納言爲世

嘉元の百首の歌奉りし時、河


我までは世々にかはらずつかへきぬ猶末たゆな關の藤河




權中納言公雄


今もなほふるき流れの絶えずして昔をうつすせり川の水




龜山院御製

述懷の心を


津の國の難波のあしの世の中を長閑にと思ふわが心かな




前僧正公朝


かくてしも有るべき身とは白菅のまのゝ萩原露も思はず




法印禪隆

寄瀬述懷といへる心を


泪川うきせをしばし過してや沈みも果てぬ身をば頼まむ




前大僧正道玄

嘉元の百首の歌奉りし時、河


さのみやは身をうぢ河の玉柏君の御代にもなほ沈むべき




前僧正道性

題志らず


一かたに沈む我が身の思河かはる淵せはさもあらばあれ




源貞頼


ともすればよるせもしらぬ河舟の下り易きは憂身 なりけり


參議雅經


年をのみ思ひ津守の沖つ浪かけても世をば恨みやはする




平貞俊

新後撰集にもれてよめる


徒らに心ばかりはよすれどもまだ名をかけぬ和歌の浦浪




藤原景綱

爲世あづまにまかれりし頃式部卿親王ならびに平貞時朝臣など世々の跡にかはらず此の道の師範にさだめられ侍りし時題をさぐりて歌よみ侍りけるに、浦を


此の春ぞ東に名をば殘しけるよゝの跡ある和歌のうら波




惟宗忠景

前大納言爲氏續拾遺えらびて後石山寺にて人々によませ侍りける歌の中に


和歌の浦に又も拾はゞ玉津島おなじ光のかずにもらすな




藤原忠定朝臣

題志らず


藻汐草かくかひあらば和歌の浦に跡つけぬべき言の葉もがな




藤原業連


世をうみの浪の下草いつまでか沈み果ぬと身を恨むべき




度會朝棟


行く末の名をこそ思へ藻鹽草かきおく跡のくちぬ頼みに




權少僧都能信

玉葉集に名をかくされ侍ることを歎きてよみ侍りける


顯はれぬ名を鴛鴦のみがくれて沈む恨にねこそなかるれ




常磐井入道前太政大臣

淨橋寺といふ寺の柱に書き付け侍りける


たて置きし誓もきよき橋柱朽ちでや世々の人をわたさむ




順空上人

彼の橋柱洪水にながれて侍りければよみ侍りける


[2]いま殘りて




民部卿資直

弘安の百首の歌奉りける時


何と世にうき身ながらの橋柱猶ありがほに朽ち殘るらむ




權少僧都實譽

題志らず


年月をふるの高橋いたづらに思出なくて世をやわたらむ




後徳大寺左大臣

藤原隆信朝臣久しく志づみて後殿上ゆるされて侍りける時申しつかはしける


いかばかりうれしかるらむとだえして又渡りぬる雲の棧




隆信朝臣

返し


とだえして又渡りぬる棧は今日ふみ見てぞいとゞ嬉しき




[2] Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1) いまも残りて.




續千載和歌集卷第十八
雜歌下

中納言朝忠

題志らず


世の中は唯今日のごとおもほえて哀れ昔になりも行く哉




讀人志らず


忘れずよなれし雲居の夜半の月光を袖のうへにやどして




圓光院入道前關白太政大臣


古への名殘やなほもへだてまし月におぼえぬ昔なりせば




藤原忠資朝臣

月催懷舊といふことを


見しこともかはらぬ月の面影や唯めのまへの昔なるらむ




近衛關白前左大臣

故郷月といふ事を


むかしをば思ひいづやと故郷の軒もる月にことやとはまし




後二條院御製

位におましましける時七月七日人々題をさぐりて百首の歌よみ侍りけるついでに對月忍昔と云ふ事をよませ給うける


ながめつゝ猶も昔を忍ぶべき月を隔つる我がなみだかな




慈道法親王

西山に住み侍りける頃よみ侍りける


むかしをも忘れぬ宿の月なれやかはらぬかげに墨染の袖




雲禪法師

題志らず


いく秋 かはらぬ月のやどならむ跡は昔の庭のあさぢふ


行乘法師


みしまゝのかげだに殘れ夜半の月秋は昔の秋ならずとも




法印玄守


何ゆゑにかはらぬ友とたのむらむ月は昔の秋もしのばじ




西音法師


みれば先づ泪流るゝみなせ川いつより月の獨りすむらむ




圓光院入道前關白太政大臣

雨中忍昔といへる心を


むかし思ふ老の泪にそふ物は我が身を秋の時雨なりけり




惟宗忠秀

題志らず


古への野中の清水くまねども思ひ出でゝぞ袖ぬらしける




法印顯範


行く年は六十ぢつもりの浦風にかへらぬ老の波ぞ悲しき




丹波長有朝臣


今はわが八十ぢ餘りの友もなし誰と見し世の事語らまし




圓光院入道前關白太政大臣


あはれなり思ひしよりもながらへて昔をこふる老の心は




後鳥羽院御製

人々に五十首の歌めしけるついでに


見ずしらぬ昔の人の戀しきは此の世を歎くあまり なりけり


前參議雅有

懷舊の心を


昔まで遠くはいはじ過ぎぬれば昨日の事も戀しかりけり




藻壁門院少將

獨懷舊といふ事を


哀れとも誰かはきかむ人志れぬ心の内のむかしがたりは




天台座主慈勝

題志らず


かず/\に忍ぶべしとは思ひきや等閑にこそ過ぎし昔を




讀人志らず


行末も猶こし方のまゝならばいつを我が身の思出にせむ




岩藏姫君


忘られぬその思出もなき物を何ゆゑ忍ぶむかしなるらむ




藤原盛徳


今さらに昔を何と忍ぶらむうき世とてこそ思ひすてしか




祝部貞長


遠ざかる物とはいはじ思出でゝ忍ぶ心にかへるむかしは




藤原基有


思出のなきをうき身に喞ちてもたがため忍ぶ昔なるらむ




圓光院入道前關白太政大臣


たけぐまの松を頼みにながらへて昔をみきと誰に語らむ




民部卿實教

深草なる所にまかりて夕懷舊といふ事をよみ侍りける


つかへこし昔なりせば深草の里はくれぬと急がざらまし




祝部行氏

題志らず


老いぬればぬるが内にも古への同じ事こそ夢に見えけれ




二品法親王性助


みるまゝに夢になりゆく古へを思ひしりても何志ぶらむ




伏見院新宰相

伏見院に三十首の歌奉りける時、夜夢


夜を殘す寐覺の床におもふかな昔をみつる夢のなごりは




平齊時

遊女の心を


一夜あふゆきゝの人のうかれ妻いく度かはる契なるらむ




行蓮法師

題志らず


背く世にいつ思立つ道もなし暮るゝ日毎に明日は頼めど




前大僧正源惠


背くべき物ぞと世をばしりながら心ならでや誰も過ぐ覽




讀人志らず


山深くせめては誘ふ友もがな我と背くはかたき世なれば





何事を惜むとしもはなけれども厭ふにかたき浮世 なりけり


前右大臣室


今更にすつ共何か惜からむ本より世にもある身ならねば




明玄法師


住侘びて背くべき世と思ひしる心にいつか身をも任せむ




大僧正道順

百首の歌奉りける時


歎くべき世のことわりはなき物を思ふにも似ぬ心なるらむ




法橋相眞

題志らず


うきたびに猶世を喞つ心こそげに數ならぬ身を忘れけれ




平時夏


恨むべき世にし非ねば中々に數ならぬ身ぞ住みよかりける




賀茂基久


斯て身の憂きにつけても厭はずばげに世をすつる折やなからむ




平宗直


定なき習ならずば世の中のうきにややがて厭ひはてまし




藤原景綱


厭ひても後はいかにと思ふこそ猶世にとまる心なりけれ




藤原頼氏


世をすつる數にさへ社洩にけれうき身の末を猶頼むとて




前左兵衛督教定


厭ひても心をすてぬ物ならば浮世へだつる山やなからむ




中臣祐春


一すぢに山の奥とも急がれず住み果てぬべき心ならねば




源隆泰


浮世をば厭ひぞはてぬあらましの心は山の奥にすめども




昭慶門院一條


いつまでかすまで心にかゝるべき深きみ山の峯の志ら雲




平時常


捨果てむ後こそ人に世のうさをいはで厭ひし身ともしられめ




權大納言兼季

述懷の心を


在りはてぬ浮世の中の假の宿いづくにわきて心とゞめむ




院御製


賤がやに圍ふや柴の假の世は住みうしとても哀いつまで




示證上人

題志らず


ありとてもうき身はよしや吉野川早く此世を厭果てなむ




權大僧都嚴教


憂き事き有果てぬよと思はずばいつを限に身を歎かまし




平宣時朝臣女


今は早世をも恨みず身一つの憂きに爲てぞ音は泣れける




權少僧都定圓


身こそ早心の儘になりにけれうしと思ひし世を遁れつゝ




權中納言公雄

嘉元の百首の歌奉りし時、述懷


歎かじようき身にそへる浮世ともしらでぞ山の奥は求めし




おなじ心を


捨てし世の志るしや何ぞ今も猶うき身離れぬ我が泪かな




入道前太政大臣

出家の後年頃申しかはしける女世をのがれて今は後の世も頼もしき由申して侍りければ


生ける身の爲と計りに見し人の長き世までの友と成ける




讀人志らず

返し


生ける身のうさも忘れて後の世の友ときくにぞ今は嬉しき




兼好法師

題志らず


いかにして慰む物ぞうき世をも背かで過す人にとはゞや




後徳大寺左大臣

寂蓮法師世をのがれぬと聞き侍りて申しつかはしける


世の中を出でぬとなどか告げざりし後れじと思ふ心ある物を




寂蓮法師

返し


人をさへ導く程の身なりせば世を出ぬとは告げもしてまし




常磐井入道前太政大臣

大原にまかりて草庵の所などしめおきて後寂圓上人に申しつかはしける


嬉しくぞまだみぬ山の奥もみし世のうき時の宿求むとて




入道前太政大臣

前參議實俊出家して侍りけるにつかはしける


同じ世をすつる心のへだてなく共にもとめむ道ぞ嬉しき




前參議實俊

返し


尋ねいるおなじ道にといそぎてぞ衣の色も思ひそめにし




後一條入道前關白左大臣

述懷の歌の中に


いかにせむつらき所の數そへて吉野の奥もすみよからずば




靜仁法親王

弘安の百首の歌奉りける時


老の身に吉野の奥のすゞ分けて浮世をいづる道は知にき




平宗宣朝臣

題志らず


長らへて有りはつまじき理を思ふよりこそ浮世なりけれ




順助法親王


幾程もあらじ物ゆゑながらへて何と浮世の夢をみるらむ




右兵衛督基氏


醒易き老のねぶりの夢にこそ彌果敢なゝる程はみえけれ




二品法親王覺助


積りゆく我がよの程の年月はたゞ時のまのうたゝねの夢




藤原冬隆朝臣


現だに思ふにたがふ行く末をみし夢とてもいかゞ頼まむ




權少僧都澄舜


七十ぢの夢より後のいかならむ永きねぶりの果ぞ悲しき




前大僧正仁澄


心をば夢のうちにぞなぐさむる現はつらき浮世なれども




藤原盛徳


いかにして現のうさを慰めむ夢てふ物をみぬ世なりせば




前大僧正守譽


世の中は唯かりそめの草枕むすぶともなき夢とこそみれ




式乾門院御匣


夢とのみ思ひなしてややみなまし浮世慕はぬ心なりせば




太政大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、夢


ぬるが内が夢をも夢と思はねばしらず孰れか現なるらむ




三善爲連

題志らず


おどろかで心のまゝにみる程は夢も現にかはらざりけり




讀人志らず


世をわたる現もさぞとあだにみて思ひしらるゝ夢の浮橋




中務卿具平親王


世の中はいつかは夢と思はねど現すくなき頃にもある哉




續千載和歌集十九
哀傷歌

後京極攝政前太政大臣

題志らず


消えはてし幾世の人のあとならむ空にたなびく雲も霞も




法皇御製

百首の歌めされしついでに


人の世の習をしれとあきつのに朝ゐる雲の定めなきかな




覺仁法親王

題志らず


瀧つせに早く落ちくる水の泡のありとはみえてなき世 なり


修明門院大貳

後鳥羽院かくれさせ給うける時御月忌始賀茂の祭の日にあたり侍りければ通忠卿の母の許に申しつかはしける


思ひきや葵をよそのかざしにて誰も泪のかゝるべしとは




右近大將通忠母

返し


形見ぞとみるに泪ぞかゝりける葵はよその挿頭と思ふに




圓光院入道前關白太政大臣

右大臣于時權大納言のもとへ權大納言冬基さうぶの根を送り侍りける事を身まかりて後傳へ聞きて次の年の五月五日ねにそへてつかはしける


思へたゞおいの命のながきねに又ねをそへてなげく心を




右大臣

返し


思はずよ去年の浮寐を形見にてけふ諸共に忍ぶべしとは




大納言師氏

題志らず


朝がほの露に命をくらぶれば花のにほひは久しかりけり




新院御製


朝がほの花は籬にうゑてみむ常ならぬ世を思ひしるやと




永福門院内侍


何事かおもひもおかむ末の露もとの雫にかゝるうき世に




前僧正道性

龜山院の御事を思ひ出でゝ


忘らるゝ時こそなけれあだにみしとゝせの夢の秋の面影




慈道法親王


秋霧のはれぬ歎きも深かりきかくれし月のあかつきの空




平惟貞

都へのぼりて侍りける時平宗宣朝臣にあひともなひて都に侍りしことを思ひ出でゝよみ侍りける


住みなれしみやこの宿に月を見ばひとり昔の影や忍ばむ




昭慶門院一條

伏見院かくれさせ給ひにける秋龜山院の御事を思ひ出でゝよみ侍りける


うき秋のおなじ哀れに昔とも今ともわかずぬるゝ袖かな




太政大臣

前大納言爲氏身まかりて後十三年にあたりける時誦經のさゝげ物をおくるとて


忘れじよ消えにし露の草枕たゞそのたびの長きわかれは




前大納言爲世

返し


今さらにとふにも秋の草枕きえにし露のたびぞかなしき




讀人志らず

身まかりける人の歌をかきあつめて人の許へつかはすとて


消えはてし露のかたみの言の葉に泪をそへてぬるゝ袖哉




伏見院御製

龜山院かくれさせ給うて後昭訓門院御ぐしおろさせ給ひける時入道前太政大臣のもとにつかはされける


今日かはる袖の色にも露きえじあはれや更におき所なき




式部卿久明親王

伏見院かくれさせ給ひにける時人のもとへつかはしける


思へたゞたのみしかげも色かはる深山の奥の秋の悲しさ




後鳥羽院下野

前中納言定家身まかりて後前大納言爲家嵯峨の家に住み侍りける頃申しつかはしける


尋ねばやみぬ古への秋よりも君が住みけむ宿はいかにと




前大納言爲家

返し


都人なにの色にかたづねみむしぐれぬさきの秋のやま里




おなじ頃法印覺寛、思ひやる袂までこそしをれけれ秋のさが野のしげき夕露と申して侍りければ


朽ちぬべし思遣るだに絞るなるうき身のさがの秋の袂は




新宰相

伏見院かくれさせ給ひにける秋の暮によみ侍りける


時雨さへかゝる秋こそ悲しけれ泪ひまなき頃のたもとに




前權僧正教範

安嘉門院かくれさせ給ひにける時長月の頃いたく時雨のふりければ


聞くもうし涙の外の夕時雨ぬるゝをいとふ袖ならねども




法印定爲

前大納言爲氏身まかりて長月の頃ひとめぐりにあたり侍りけるに津守國助おとづれて侍りける返事に


いかばかりしぐるとかしる廻逢ふ秋さへはての長月の空




前大納言爲氏

京極院、御こと侍りて四十九日、九月盡日にて侍りけるに御佛事の間よみて御堂のうしろどにさしおかせける


なき跡はかたみだに猶留らで秋もわかれとちる木のは哉




賀茂遠久

母身まかりて後よみける


立ちよりて時雨もしばし過すべき柞の杜の影だにもなし




法印行深

入道一品親王源性かくれ侍りにける秋の頃前大僧正禪助に申しつかはしける


惜むべき日數も秋もくれぬとや露は泪のいろをそふらむ




平宗宣朝臣

平貞時朝臣身まかりて後鹿の鳴くをきゝて


けふは又永き別れをしたひてや秋より後も鹿の鳴くらむ




山本入道前太政大臣

藻壁門院少將身罷りて後、人の夢に見えて、あるかひも今はなぎさの友千鳥くちぬその名の跡や殘らむとよみ侍りける歌の心を辨内侍人々にすゝめてよませ侍りけるに


なき跡を忍ぶ昔の友千鳥おもひやるにもねはなかりけり




藤原業尹

西行法師が庵室にて寄花思故人といふことを


すみすてし人は昔になりはてゝ花に跡とふ宿ぞふりぬる




前參議雅有

左近中將定長身まかりにける頃思ひ出づる事ありて前大納言長雅のもとに申しつかはしける


人の世も我が身一つに悲しきは同じ心のやみぢなりけり




源信明朝臣

朱雀院かくれさせ給うての頃


悲しさの月日にそへて今日よりは我が身一つに止るべき哉




讀人志らず

人におくれてよみ侍りける


おくれゐて歎くだにこそ悲しけれ獨り闇路は君迷ふらむ




太宰大貳重家

俊惠法師、母身まかり侍りにける時、申しつかはしける


思ふらむ心やいかになべて世のさらぬ別といひはなすとも




俊惠法師

返し


いざや又さらぬ別も習はねば猶覺めやらぬ夢かとぞ思ふ




前僧正道性

なき人を夢にみて


面かげを心に殘すおもひねの夢こそ人のかたみなりけれ




前大納言良教

題しらず


はかなしやこれは夢かと驚かで長き夜すがら覺めぬ心は




前大僧正源惠


夢の世をみてぞ驚く現にておくれ先だつならひありとは




從三位氏久

智道上人身まかりけるよしきゝて


驚けば夢をのみきく世なりけりまどろむ程や現なるらむ




平貞房

平貞朝の母身まかりける時よめる


現とも夢ともわかぬ面影の身にそひながら別れぬるかな




源兼胤朝臣

後近衛關白前右大臣身まかりて後人のもとへ申しつかはしける


暫しこそうきを夢とも辿りしか覺めぬ現のはてぞ悲しき




慈寛法師

題志らず


驚かぬ心ぞつらきめの前にさだめなき世の夢はみれども




大江宗秀

うせにける人を夢にみて


覺むるより頓て泪の身にそひてはかなき夢にぬるゝ袖哉




權僧正憲淳

題志らず


風にちる眞葛が露は結べども消えにし人ぞ又もかへらぬ




津守國冬

母の思ひに侍りける頃父にもおくれ侍りにしことを思ひ出でゝよめる


よしさらば此の度つきね我が涙又もあるべき別ならねば




權僧正覺圓

無常の歌とて


聞きそふる世のはかなさに驚かで偖いつ迄の身と思ふらむ




權大僧都忠性

なき人を思ひ出でゝ


折々にあらましかばと思ひいづる心ぞ今も變らざりける




平氏村

平時常身まかりて後常にかきかはしける文のうらに經をかきて人の許よりおくられにければ


心だに通はゞ苔のしたにてもさぞな哀れとみづくきの跡




法印憲基

從一位貞子身まかりける骨を高野山に送り侍るとて道にてよみ侍りける


行くさきの道も覺えず高野山これを別れのはてと思へば




法印覺守

後二條院御忌の程に人々十首の歌よみ侍りけるに


御幸とは聞きなれしかどこの山の烟を果と思ひやはせし




式乾門院御匣

題志らず


鳥部山はれせぬ峯のうきぐもやなきが數そふ烟なるらむ




式部卿久明親王

三條入道内大臣の女身まかりにける頃


立ちのぼる烟も雲も消えにしを涙の雨ぞはるゝよもなき




高階宗成朝臣

近衛關白身まかりにける事をなげきて


身にかへてとむる習ひのありもせば我ぞ今宵の烟ならまし




蓬生法師

藤原經綱が妻身まかりて後夢に六字の名號を上におきて歌をよみてとぶらへと見え侍りけるとて人々にすゝめければよみてつかはしける中に


哀れ猶とまる命もある物をかはる習ひのなどなかるらむ




前大僧正道昭

弟子におくれて歎き侍りける頃、無常の心を


末遠く思ひし人をさきだてゝしばし浮世に殘るはかなさ




藤原重綱

平貞時朝臣身まかりける時人のとぶらひ侍りける返事に


おのづからとはゞおもひもなぐさまで又泪そふ墨染の袖




讀人志らず

頼みて侍りける人の娘身まかりて侍りけるに色をば許しながら出家をばとゞめけれども思ひにたへずさまをかへて侍りけるに人のもとより衣をおくりて侍りける返事に


いとゞなほ涙の色のふかきかなふたゝびきつる墨染の袖




藤原基任

觀意法師身まかりて後服ぬぎ侍るとてよめる


たちそめし時はうかりし藤衣又ぬぎかふるはてぞ悲しき




左大臣

母の身まかりにける時思ひの外に服を着侍らざりければ


今年わがきるべき物を麻衣よそなるさへぞいとゞ露けき




常磐井入道前太政大臣

後高倉院御はての日よみ侍りける


ぬぎかふる袖の別れの藤衣身にそふ露はさてもかわかじ




行胤法師妹

贈從三位爲子まかりて五七日の佛事に經を送りけるつゝみ紙にかきつけ侍りける


三十日餘りけふとふ法の言の葉にしるや泪の露かゝるとは/lg>


昭訓門院春日

返し


分きてかくとはるゝ法の言の葉やけふゆく道の知べなる覽




藤原宗秀

爲道朝臣の十三年の佛事いとなみて侍りけるついでに、懷舊の心を


なき影の跡とふ今日の名殘さへくれなば又や遠ざかりなむ




平時仲

平時村朝臣身まかりて後十三年の佛事などいとなみ侍りける時思ひつゞけ侍りける


生きて世にあらばと人を思ふにもけふこそは袖は猶萎れけれ




前僧正道性

龜山院十三年の御佛事の頃、母の十三年、同じ年月にあたりける人のもとへ申しつかはしける


くらべばや誰かまさると十年餘り同じ三とせの秋の泪を




前參議雅有

藤原雅行身まかりて後叙位に加階し侍りけるよし都より人の申して侍りければ


なき跡に猶立ちのぼる位山ありてきくよと思はましかば




續千載和歌集卷第二十
賀歌

後嵯峨院御製

寳治の百首の歌めしけるついでに、寄日祝


久方の天の岩戸のあけしより出づる朝日ぞくもる時なき




一條内大臣

嘉元の百首の歌奉りし時、祝


民やすく國ゆたかなる御代なれば君を千年と誰か祈らむ




順徳院御製

建保六年八月中殿にて池月久明といへる題を講ぜられけるついでに


池水にみぎはの松のうつるより月も千年の影やそふらむ




土御門院御製

祝の心を


契りても年の緒ながき玉椿かげにや千世の數もこもれる




後二條院御製

竹をよませ給うける


おなじくば八百萬代をゆづらなむわが九重の庭のくれ竹




法性寺入道前攝政太政大臣

圓融院の御時紫野にて子の日侍りけるに


引く人もなくて千とせを過しける老木の松の蔭に休まむ




前中納言匡房

承暦二年内裏の後番の歌合に、子日


けふよりは子日の小松引植ゑて八百萬代の春をこそまて




大藏卿有家

題志らず


子の日する小松が原の淺みどり霞に千世の蔭ぞこもれる




法皇御製

子日祝といへる心をよませ給うける


松ならで何をかひかむ行く末の千年の春のけふの子日に




文保元年正月雪ふり侍りける日御方たがへに西園寺へ御幸侍りて次の年の正月同じく行幸侍りけるに又雪の降りければ去年をおぼしめし出でさせ給ひて入道前太政大臣のもとにつかはされける


今日しこそ思ひもいづれ雪の内に祝初めてし千世の初春




入道前太政大臣

御返し


積るべき千年の春も志られ鳬こぞに變らぬ今日の御幸に




伏見院御製

竹鶯を


玉しきのにはのくれ竹いく千世もかはらぬ春の鶯のこゑ




萬秋門院

乾元二年二月内裏にて竹遐年友といふ事を人々つかうまつりける時


鶯のこゑのうちにもこもりけりみかきの竹の萬代のはる




前大納言公任

大内の花の陰にてよみ侍りける


さく花を頭の雪にまがへても千世の挿頭は折にあふらし




前中納言定家

建久元年五十首の歌奉りける時


千世までの大宮人のかざしとや雲居の櫻にほひそめけむ




左大臣

永仁二年内裏にて三首の歌講ぜられけるに、庭花盛久といふことを


長閑なる御代の春しる色なれや雲居の櫻うつろひもせぬ




伏見院御製

圓光院入道前關白弘安八年四月さらに太政大臣になりて侍りける時藤の花に付けてつかはされける


時過ぎて更に花さく藤波のたち榮えゆく今日にも有る哉




圓光院入道前關白太政大臣

御返し


立ち歸り君がためとや藤なみも又時すぎて春にあふらむ




後近衞關白前右大臣

正應二年關白の詔かうぶりて五月五日藥玉にそへて奏し侍りける


いつかとて待し菖蒲も今よりぞ君が千年をかけて仕へむ




伏見院御製

御返し


菖蒲草引き比べても仕ふべきためしは長き世にや殘らむ




後京極攝政前太政大臣

禁中の心を


萩の戸の花のしたなる御溝水千年の秋のかげぞうつれる




圓融院御製

をのこども碁つかうまつりてまけわざにしろがねのこに虫を入れて、巖に根ざす松虫の聲と、小野宮右大臣よみて奉りて侍りければ


今やしる假寢 なりつる松虫の一夜に千世をこめてなくとは


前大納言基良

寳治の百首の歌奉りける時、秋田


風わたるたみの草葉も年あれば君にぞ靡く千世の秋まで




前中納言定家

文治六年、女御入内の屏風に、山中に菊盛に開けたる邊に仙人ある所


限なき山路の菊の陰なれば露も八千世をちぎりおくらむ




藤原顯綱朝臣

鳥羽殿の前栽合に、菊を


君が代は菊のした行く谷水の流れを汲みて千年をぞまつ




龜山院御製

弘安七年九月九日三首の歌講ぜられける時、菊花宴久といふことを


千年までかはらぬ秋はめぐりきてうつろはぬ世の菊の盃




法皇御製

位におましましける時おなじく奉らせ給うける


みづ垣の久しき世より跡とめてけふかざすてふ白菊の花




藤原顯仲朝臣

法性寺入道前關白内大臣に侍りける時家の歌合に


萬代の秋のかたみとなる物は君はよはひをのぶるしら菊




皇太后宮大夫俊成

崇徳院位におましましける時、雪庭樹花といへる事を講ぜられけるに


百しきやみかきの松も雪ふれば千世の印の花ぞ咲きける




前大納言爲家

寄神祇祝といふ事を


春日山松ふくかぜの高ければそらにきこゆる萬世のこゑ




法性寺入道前關白太政大臣

題志らず


我が君の位の山し高ければあふがぬ人はあらじとぞ思ふ




女藏人萬代

今上位につかせ給うける日雨のふり侍りけるに時にのぞみて空晴れにければ事にしたがひてよめる


あきらけき御世ぞしらるゝ位山又うへもなくあふぐ光に




中臣祐親

正和三年二月春日の社に御幸侍りける時從四位上に叙せられけるによめる


千世ふべき君が御幸に位山またわけのぼるみねの椎しば




前大僧正良覺

嘉元の百首の歌奉りし時、山


千時ふべき君がすみかのさかの山今も昔の跡ぞかしこき




從三位爲信

題志らず


君が世の千とせをかけて龜のをの岩根に絶えぬ瀧の白糸




小辨


君が世をいはふ心は龜のをの岩根のまつに苔おふるまで




入道前太政大臣

性助法親王の家の五十首の歌に、祝


今も又龜のを山の峰の松たえぬみかげとなほあふぐかな




法皇御製

百首の歌めされしついでに


あつめおくことばの林散りもせで千年變らじ和歌の浦松





春秋のかげを並べてみつるかなわがすべらぎの同じ光に




前大納言基良

寳治の百首の歌奉りける時、寄日祝を


曇なきみよの光はかくしこそいづる旭ものどかなりけれ




前右大臣

百首の歌奉りし時


くもりなき月日の影も君が世の久しかるべき末照さなむ




前中納言爲方

嘉元の百首の歌奉りし時、祝


月も日も光をそへて明らけき君が御世をばさぞ照すらむ




平貞時朝臣

題志らず


明けきひかりぞしるき萬代のはじめとあふぐ秋の夜の月




前參議雅有

爲君祈世といふ事を


今も猶くもりなき世と祈るかな君がためなるみつの鏡に




前大納言爲氏

文永三年三月、續古今集の竟宴の歌


和歌の浦にみがける玉を拾ひおきて古今の數をみるかな




太宰大貳重家

後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、家に百首の歌よみ侍りけるに


世々ふとも絶えずぞすまむ昔より流久しきさほ河のみづ




前中納言定家

文治六年、女御入内の屏風に、江澤の邊に寒蘆茂る所鶴立つ


行く末も幾世の霜かおきそへむあしまにみゆる鶴の毛衣




法皇御製

百首の歌めされしついでに


契りおかむわが萬代の友なれや竹田の原の鶴のもろごゑ




前中納言爲相

嘉元の百首の歌奉りし時、祝


君はたゞ心のまゝのよはひにて千とせ萬代數もかぎらじ




讀人志らず

村上の御時天慶九年大甞會の悠紀方の巳の日の參入音聲、鏡山をよめる


我君の千年のかげを鏡山とよのあかりにみるがたのしさ




前中納言匡房

堀河院の御時寛治元年大甞會の悠基方の風俗の歌、千々松原


ときはなる千々の松原色深み木だかき影の頼もしきかな




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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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