春立つ心をよみ侍りける

あら玉の年は一夜をへだてにて今日より春と立つ霞かな

千五百番歌合に

おしなべて今朝は霞の敷島や大和もろこし春をしるらし

久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時、春の始の歌

春立つと空にしろきはかすが山峯の朝日の景色なりけり

題志らず

天の原かすみてかへるあら玉の年こそ春の始めなりけれ

建保四年後鳥羽院に百首の歌奉りける時

久方のあまぎる雪のふりはへて霞もあへず春はきにけり

初春の心を

深雪ふる尾上の霞立ちかへりとほき山邊に春はきにけり

寳治元年十首歌合に、早春霞

今もなほ雪はふりつゝ朝霞立てるやいづこ春はきにけり

題志らず

降りつもる松の枯葉の深ければ雪にもおそき谷のかげ草

しがらきの外山のこずゑ空さえて霞にふれる春のしら雪

人々に百首の歌めされしついでに

かすめどもまだ春風は空さえて花待ちがほにふれる沫雪

庭の面は積りもやらずかつ消えて空にのみふる春の沫雪

殘雪の心を

春なれど猶風さゆる山かげにこほりて殘る去年のしら雪

建長六年三首の歌合に、鶯

白雪はふるすながらも鶯の鳴く音に春やあらたまるらむ

千五百番歌合に

春風や梅の匂ひをさそふらむ行くへ定めぬうぐひすの聲

障子に山里の梅に鶯書きたる所をよみ侍りける

梅がえに鳴く鶯やしるべして花のたよりに人のとふらむ

位におましましける時うへのをのこども雪中梅といへる心をつかうまつりけるついでに

折りてこそ花もわかるれ梅がえにおなじ色そふ春の沫雪

おなじ心を

咲きにける垣根の梅は色見えてかつちる雪に春風ぞ吹く

建保四年百首の歌奉りけるとき

春風やなほさむからし梅の花咲きそふ枝に雪はふりつゝ

題しらず

けふは唯忍びもよらで歸りなむ雪の降積むのべの若菜を

前中納言定家

消えなくに又やみ山を埋むらむ若なつむ野も淡雪ぞふる

若菜をよませ給ひける

しろたへの袖にぞまがふ都人わかなつむ野の春のあわ雪

寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、澤若菜を

石上ふる野の澤の跡しめて春やむかしとわかなつみつゝ

題しらず

今よりは春になりぬとかげろふの下もえ急ぐのべの若草

野外霞

春のきる霞のつまや籠るらむまたわか草のむさしのゝ原

建保二年内裏の詩歌を合せられ侍りける時、おなじ心を

立ちなるゝ飛火の野守おのれさへ霞にたどる春の明ぼの

洞院攝政の家の百首の歌に、霞

神代よりかすみもいくへ隔てきぬ山田の原の春の明ぼの

あづさゆみ矢野の神山春かけて霞は空にたなびきにけり

文永四年内裏の詩歌を合せられ侍りし時、春日望山

はるかなる麓はそことみえわかで霞の上にのこる山のは

春の歌の中に

雲居より長閑にかすむ山の端のあらはれ渡る春の明ぼの

佐保姫の名におふ山もはるくればかけて霞の衣ほすらし

文永二年七月白河殿にて人々題をさぐりて七百首の歌つかうまつりける時、瀧霞を

水上は雲のいづくも見えわかずかすみて落つる布引の瀧

名所の百首の歌奉りける時

伊勢の海はるかにかすむ浪間より天の原なるあまの釣舟

たごの浦にまかりてよみ侍りける

田子の浦の風ものどけき春の日は霞ぞ波に立ち代りける

海邊霞と云ふ ことを

春霞たなびく濱はみつしほに磯こす波のおとのみぞする

霞隔浦といへる心を

與謝のうらの霞晴れ行く絶間より梢ぞ見ゆる松の村だち

題志らず

立ちわたるかすみに波は埋もれて磯邊の松にのこる浦風

浦とほき難波の春の夕なぎに入り日かすめるあはぢ島山

弘長元年百首の歌奉りける時、霞を

見るまゝに波路遙になりにけりかすめばとほき浦の初島

建長二年詩歌を合せられ侍りける時、江上春望

漕ぎかへるたなゝしを舟見えぬ迄おなじ入江に霞む春哉

夾路柳繁と云ふ事を

枝かはす柳がしたに跡絶えて緑にたどるはるのかよひぢ

建保四年内裏の百番歌合に

青柳の糸を緑によりかけてあはずば春になにを染めまし

雨中柳といへる心を

青柳の糸よりつたふしら露をたまとみるまで春雨ぞふる

題しらず

梅の花こゝろをそむる程ばかり匂は袖にとまりやはする

建長六年三首の歌合に、梅

袖ふれば色までうつれくれなゐの初花染にさける梅が枝

春の歌の中に

朝霞梅のたち枝はみえね共そなたの風にかやはかくるゝ

家に十首の歌よみ侍りけるに梅風といへる心を

梅が香は花なき里も匂ふらし垣ねつゞきのはるの夕かぜ

建長六年三首の歌合に、梅

梅の花匂ふあたりの春風やまづ人さそふしるべなるらむ

題志らず

槇の戸を明けて夜深き梅が香に春の寐覺を問ふ人もがな

里に出でたる人のおそく參りければ梅の花折りてつかはすとて

色香をもしる人なしと思ふらむ花の心をきてもとへかし

故郷梅といふ心をよみ侍りける

誰にかもむかしをとはむ故郷の軒端の梅も春をこそしれ

曉歸鴈といへる ことを

明けて見ぬたが玉章を徒らにまだ夜をこめてかへる雁金

光明峯寺入道前攝政の家の歌合に、霞中歸雁

跡絶えて霞に歸る雁金のいまいく日あらばふるさとの空

百首の歌奉りし時

立ちわたる霞へだてゝかへる山きてもとまらぬ春の鴈金

歸鴈を

春雨につばさしをれて行く鴈の雲にあとなき夕暮のそら

尋山花といへる心を

今日みずばあすも尋ねむ山櫻夜のまの程に咲もこそすれ

花の歌の中に

少女子が袖ふる山をきてみれば花の袂はほころびにけり

冷泉太政大臣北山の花さきなばとたのめて後おとづれず侍りければつかはしける

契りしにあらぬつらさの山櫻獨りはえこそ尋ねざりけれ

弘長元年百首の歌奉りける時、花

白雲の色はひとつをさくら花さきぬとにほふ春の山かぜ

題志らず

櫻花咲くと見しまに高砂の松をのこしてかゝるしらくも

建保四年百首の歌奉りける時

立ち返り外山ぞかすむ高砂の尾上のさくら雲もまがはず

道助法親王の家に五十首の歌詠侍りけるに、山花

櫻さく山はかすみにうづもれてみどりの空にのこる白雲

建保三年五首の歌合に、春山朝

山姫のかすみの袖や匂ふらし花にうつろふよこ雲のそら

花の歌の中に

雲間より峯の櫻をいづる日のそらもうつろふ花の色かな

紅のうす花ぞめの山ざくら夕日うつろふくもかともみゆ

櫻花かすみあまぎる山のはに日もかげろふの夕暮のそら

暮山春望と云ふ事を

花の香はそこともしらず匂ひきて遠山かすむ春の夕ぐれ

山階入道左大臣の家に十首の歌よみ侍りけるに、寄霞花といへる心を讀みてつかはしける

おのづから風のつてなる花の香のそこ共しらず霞む春哉

文永四年内裏の詩歌合に春日望山

風薫る木のした風は過ぎやらで花にぞ暮すしがの山ごえ

前大納言爲家の家に百首の歌よみ侍りけるに

暮れぬとてながめもすてじ櫻花うつろふ山にいづる月影

大納言通方藏人頭に侍りける時内より女房ともなひて月あかき夜大炊殿の花見にまかりけるを聞召してつかはされける

尋ぬらむ梢に移るこゝろかなかはらぬ花を月に見れども

題しらず

春の夜は梢に宿る月の色を花にまがへてあかず見るかな

哀知るひとはとひこで山里の花にかたぶくあたら夜の月

題志らず

春くれば櫻こきまぜ青柳のかつらき山ぞにしきなりける

千五百番歌合に

白妙にゆふかけてけりさかき葉に櫻さきそふ天の香具山

守覺法親王の家に五十首の歌よみ侍りける時

吉野山花のさかりやけふならむ空さへ匂ふ嶺のしらくも

花の歌の中に

山ざくら折られぬ岸もなかりけり雲の衣のはな染のそで

山階入道左大臣の家の十首の歌に、寄露花

折る袖もうつりにけりな櫻花こぼれてにほふ春の朝つゆ

文永二年七月白河殿にて人々題をさぐりて七百首の歌つかうまつりける時、花留人と云ふことを

木のもとにおくる日數のつもりなば故郷人や花を恨みむ

題志らず

吹く風の誘ふ匂ひをしるべにて行くへ定めぬ花の頃かな

いづくとも春はすみかぞなかりける心を誘ふ花に任せて

ほの％＼と明け行く山の高嶺より霞ににほふ花のしら雲

寳治元年十首の歌合に、山花

春はまた花のみやことなりにけり櫻に匂ふみよし野の山

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、おなじ心を

吉野山幾代の春かふりぬらむ尾上の花をくもにまがへて

百首の歌奉りし時

今もまた昔ながらの春にあひて物おもひなく花を見る哉

内より八重櫻をめされけるにそへて奉りける

九重のまぢかき宿のやへざくら春を重ねて君ぞ見るべき

前中納言定家のもとへ八重櫻につけてつかはしける

徒らに見る人もなきやへ櫻やどから春やよそに過ぐらむ

見花日暮といへる心を

春は猶こぬ人またじ花をのみ心のとがにみてをくらさむ

題志らず

昔誰れあれなむ後のかたみとて志賀の都に花をうゑけむ

散らぬまは尾上の櫻行きて見ぬ人もしのべと匂ふ春かぜ

おのづから風のやどせる白雲のしばしと見ゆる山櫻かな

年をへて待つもをしむも山櫻花にこゝろを盡すなりけり

さゞ波やながらの櫻長き日に散らまく惜しき志賀の浦風

道助法親王の家の五十首の歌に、山花

あだなりといひはなすとも櫻花たが名はたゝじ峯の春風

百首の歌奉りし時

風通ふおなじよそめの花の色に雲も移ろふみよしのゝ山

文永四年内裏の詩歌合に、春日望山

見渡せば色の千さぐに移ろひてかすみをすむる山櫻かな

建長六年三首の歌合に、櫻

わかざりし外山の櫻日數へてうつればかはる峯のしら雲

花の歌の中に

山たかみうつろふ花を吹く風に空に消え行く峯のしら雲

暮山花といへる心を

櫻色の雲のはた手の山風に花のにしきのぬきやみだれむ

題志らず

霞立つ春のころものぬきをうすみ花ぞ亂るゝよもの山風

建仁元年五十首の歌奉りける時

末の松山もかすみの絶え間より花の波こす春はきにけり

雲林院の花をみて

人しれず我やまちつる山櫻見るをりにしも散り始むらむ

百首の歌の中に

吹く風ものどけき御代の春に社心と花の散るは見えけれ

西園寺入道前太政大臣の家の卅首の歌に

雲よりもよそになり行くかつらきの高間の櫻嵐吹くらし

建長三年吹田にて十首の歌奉りけるに

立ちまよふおなじ高間の山櫻雲のいづこに花の散るらむ

春の歌の中に

夕されば覺束なしや山櫻散りかふはなの行くへ見えねば

行路落花といへる心を

散りかゝる花故今日は暮ぬれば朝立つ道もかひなかり鳬

山路落花

誰故にあくがれそめし山路とて我をばよそに花の散る覽

庭落花といへる心をよませ給うける

今はとて散るこそ花のさかりなれ梢も庭もおなじ匂ひに

西山なる所に花見にまかりて詠み侍りける

山櫻ちるをも何かをしみけむおなじ梢にかへすはるかぜ

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に

根にかへる花ともみえず山櫻あらしのさそふ庭のしら雪

百首の歌奉りし時

尋ねこむ春より後のあともがな志がのみこやの花の白雲

寳治二年百首の歌奉りけるに、落花

けふとても櫻は雪とふるさとの跡なき庭を花とやはみる

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、庭上落花

訪ふ人のまたれし物を庭の面にあとをしむまで散る櫻哉

堀川院の御時鳥羽殿にて池上花といへる心を講ぜられけるに

打ちよする波に散りかふ花みれば氷らぬ池に雪ぞ積れる

建保二年詩歌合に、河上花

吉野河雪げの水の春のいろにさそふともなき花の下かぜ

春の歌の中に

吉野河瀧のうへなる山ざくら岩こすなみの花と散るらし

百首の歌奉りし時

筑波ねの嶺の櫻やみなの河ながれて淵と散りつもるらむ

建保四年内裏の百首の歌合に

泊瀬河花のみなわのきえがてに春あらはるゝ瀬々の白波

山川に春ゆく水はよどめども風にとまらぬ花の志がらみ

題志らず

散花にせゞの岩間やせかるらむさくらにいづる春の山川

足引のみ山がくれに散る花をさそひていづる谷川のみづ

吹く風は宿りも志らず谷川の花の行くへをゆきて恨みむ

移ろふも目も見ぬ風のつらさにて散ぬる花を誰に喞たむ

咲きまがふ花の仇名はふりはてゝ雲にとまらぬ春の山風

京極入道前關白宇治にて霞隔殘花といへる ことをよませ侍りけるに

立ちかくす霞ぞつらき山櫻かぜだにのこす春のかたみを

花山院花御覽ぜられける御ともにまゐりて尋花といへる心を人々讀み侍りける時

見る儘にかつ散る花を尋ぬれば殘れる春ぞ少なかりける

百首の歌よませ給ひける中に

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、春月を

春の夜の霞の間より山の端をほのかにみせていづる月影

文永二年七月白河殿にて人々題をさぐりて七百首の歌つかうまつりけるついでに、浦春月

所から光かはらば春のつき明石のうらはかすまずもがな

深夜春月といへる心を

晴れ間待つ心計りを慰めてかすめる月に夜ぞ更けにける

題志らず

惜むべき雲のいづくの影もみずかすみて明る春の夜の月

苗代を

春くればうき田の森に引く志めや苗代水のたよりなる覽

をちこちの苗代水にせきかけて春行く河は末ぞわかるゝ

道助法親王の家の五十首の歌の中に、河山吹

吉野河折られぬみづにそでぬれて浪にうつろふ岸の山吹

おなじ心を

題志らず

散りぬべき井出の山吹けふこずば花の盛や人にとはまし

玉もかるゐでの川風吹きにけりみなわにうかぶ山吹の花

弘長元年百首の歌奉りける時、山吹を

ちればかつ波のかけたる柵や井出こすかぜの山吹のはな

藤

僞の花とぞみゆる松山のこずゑをこえてかゝるふぢなみ

寳治二年百首の歌めしけるついでに、松上藤

深みどりいろも變らぬ松が枝は藤社春の志るしなりけれ

いかにして常磐の松の同じ枝に懸れる藤の花に咲くらむ

土御門内大臣の家の歌合に、雨中藤花

志ひて猶袖ぬらせとや藤の花春はいくかの雨にさくらむ

寳治二年百首の歌奉りけるに、暮春

里わかずおなじ夕にゆく春を我れぞ別れと誰れ惜むらむ

おなじ心を

つれもなく暮れぬる空を別にて行く方志らず歸る春かな

寳治二年百首の歌めしけるついでに、首夏の心を

新玉のとしをかさねてかへつれど猶ひとへなる夏衣かな

今日とてや大宮人の白妙にかさねてきたる蝉のはごろも

遲櫻につけて人のもとにつかはしける

山がくれ人はとひこず櫻花春さへすぎぬたれに見せまし

題志らず

時鳥忍ぶ比とは志りながらいかにまたるゝ初音なるらむ

我はまだ夢にもきかず時鳥待ちえぬ程はぬるよなければ

子規ねぬ夜のかずは思ひ志れたが里分かずねをばなく共

時鳥まつとばかりの短夜にねなまし月のかげぞ明け行く

待郭公と云ふ ことをよみ侍りける

有明の月にぞ頼むほとゝぎすいひしばかりの契ならねど

おなじ心を

待ちわびて今宵も明ぬ時鳥たがつれなさにねを習ひけむ

尋ねきてけふも山路にくれにけりこゝろ盡しの時鳥かな

古への誰がならはしに郭公またでは聞かぬ初音なるらむ

右大臣に侍りける時家に百首の歌讀み侍りけるに杜鵑を

宿ごとに誰かはまたぬ時鳥いづこを分きて初音鳴くらむ

夏の歌の中に

待たで聞く人もやあらむ時鳥鳴かぬにつけて身社志らるれ

待たねども物思ふ人はおのづから山郭公まづぞきゝつる

白妙のころもほすよりほとゝぎすなくや卯月の玉川の里

知る志らず誰れきけとてか時鳥綾なくけふは初音鳴く覽

一聲のおぼつかなきに郭公われもきゝつといふ人もがな

聞郭公と云ふ ことを

一こゑのあかぬ名殘を時鳥きかぬになして猶やまたまし

遙聞時鳥といへる心を

遙なるたゞ一聲にほとゝぎす人のこゝろを空になしつる

題志らず

時鳥たゞひとこゑと契りけりくるれば明くる夏の夜の月

時鳥雲のいづくにやすらひて明けがた近き月に鳴くらむ

文治六年女御入内の屏風に

思ひ志れ有明方のほとゝぎすさこそは誰もあかぬ名殘を

後法性寺入道前關白右大臣に侍りける時家に百首の歌詠み侍りけるに、郭公

訪問れむ事をぞ待ちし時鳥かたらふまでは思はざりしを

夏の歌の中に

山がつとなりても猶ぞ郭公鳴く音にあかで年はへにける

時鳥おどろかすなりさらぬだに老の寐覺は夜ふかき物を

卯月のつごもりがたに津の國にまかりてよみ侍りける

五月まつなにはの浦の時鳥海士のたくなはくり返し鳴け

菖蒲を詠み侍りける

あやめ草一夜ばかりの枕だに結びもはてぬ夢のみじかさ

百首の歌めされしついでに

菖蒲草いつの五月に引きそめて長き例のねをもかくらむ

正治二年後鳥羽院に百首の歌奉りける時

穗に出む秋をけふより數へつゝ五百代小田に早苗とる也

建保三年五首の歌合に、夕早苗

新玉の年ある御代の秋かけてとるや早苗にけふも暮つゝ

百首の歌奉りし時

橘のかげふむ道はむかしにて袖の香のこる世々のふる郷

寳治元年十首の歌合に　五月時鳥

橘の匂ふ五月のほとゝぎすいかに忍ぶるむかしなるらむ

題志らず

暮れかゝる志のやの軒の雨のうちにぬれて言とふ時鳥哉

時鳥ふり出でゝなけ思ひ出づる常磐の森の五月雨のそら

見渡せばかすみし程の山もなし伏見のくれの五月雨の頃

百首の歌奉りし時

晴れやらぬ日數をそへて山の端に雲も重なる五月雨の空

弘長元年百首の歌奉りける時、五月雨を

濡れてほす隙こそなけれ夏がりの芦屋の里の五月雨の頃

洞院攝政の家の百首の歌に、おなじ心を

滿つ汐のながれひるまもなかりけり浦の湊の五月雨の頃

題志らず

名のみして岩波たかく聞ゆなりおとなし川の五月雨の頃

百首の歌奉りし時

五月雨はふる川のべに水越えて波間にたてる二もとの杉

前右近中將資盛の家の歌合に、五月雨

五月雨は雲間もなきを河社いかにころもを篠にほすらむ

鵜河をよませ給うける

夕闇にあさせ白波たどりつゝみをさかのぼる鵜かひ舟哉

閏五月朔日ごろに詠み侍りける

またさらに初音とぞ思ふ郭公おなじ早月も月しかはれば

百首の歌めされしついでに

あづまやのまやの軒端の短夜に餘り程なき夏のよのつき

凉しさにあかずもある哉石間行く水に影見る夏のよの月

依月夏凉といへる心を

詠むればすゞしかりけり夏の夜の月の桂に風や吹くらむ

大納言通方人々すゝめて八幡宮にて歌合し侍りけるに、夏凉月

夏深きみつのゝまこも假寢して衣手うすき夜はの月かげ

寳治百首の歌奉りける時、夏月

手にならす扇の風も忘られて閨もる月のかげぞすゞしき

人々に七十首の歌よませて侍りける時、夏の歌

更けぬ共思はぬ程のうたゝねに軈て明け行く夏の夜の空

寳治百首の歌奉りける時おなじ心を

夏草に混るさ百合はおのづから秋にしられぬ露や置く覽

石上ふるの中道いまさらにふみ分けがたくしげる夏ぐさ

承久元年内裏の歌合に、水邊夏草

おのづから野中の清水知る人も忘るばかりにしげる夏草

題志らず

夏草のふかき思ひもある物をおのればかりと飛ぶ螢かな

家に百首の歌詠み侍りけるに

夜は燃え晝は消え行く螢哉衛士のたく火にいつ習ひけむ

浦螢と云ふ ことを

埋れぬこれや難波の玉がしは藻にあらはれて飛ぶ螢かな

題志らず

芦のやの蜑のなはたく漁火のそれかとばかり飛ぶ螢かな

螢火亂飛秋已近といへる心を

小笹原しのにみだれてとぶ螢今いく夜とか秋を待つらむ

寳治百首の歌奉りける時、夕立

あはぢ島夕立すらしすみよしの浦のむかひにかゝる村雲

おなじ心を

谷河の流れをみてもしられけり雲こす峰のゆふだちの空

掻き曇る程こそなけれあま雲のよそになりゆく夕立の空

夕立の晴れ行く峰の木の間より入日すゞしき露の玉ざゝ

百首の歌奉りし時

夏の歌の中に

露ふかき庭のあさぢに風過ぎて名殘すゞしき夕立のそら

露まがふ日影になびく淺ぢふのおのづから吹く夏の夕風

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、杜蝉

折りはへて音に鳴きくらす蝉のはの夕日も薄き衣手の杜

建仁元年五十首の歌奉りける時

夕されば野中の松のしたかげに秋風さそふ日ぐらしの聲

納凉の心を

夏深き板井の水のいはまくら秋風ならぬあかつきぞなき

建保四年内裏の百番の歌合に

夏はつる御秡もちかき川風に岩波たかくかくるしらゆふ

同じ年百首の歌奉りけるとき

御秡する幣も取敢へず水無月の空に知られぬ秋風ぞふく

人々に百首の歌めされしついでに

今朝變る秋とは風の音羽山音に聞くより身にぞ志みける

初秋の心を

けさはまた草ばの玉の數そひて露吹きむすぶ秋の初かぜ

寳治百首の歌奉りける時、早秋

蝉の羽の梢に薄き夏ごろもかはらずながら秋はきにけり

道助法親王の家の五十首の歌に、おなじこゝろを

風の音もいつ變るらむ秋は來てまだ淺茅生のをのゝ篠原

題志らず

いつしかと荻のうは葉も音づれて袖に志をるゝ秋の初風

光明峯寺入道前攝政の家の秋の卅首の歌の中に

芦の葉の音にもしるし津の國のこや吹き初むる秋の初風

初秋の心をよませ給うける

さらでだに夏をわするゝ松陰の岩井の水に秋はきにけり

寳治元年十首の歌合に、初秋風

岡のへやいつ共わかぬ松風のみにしむ程に秋はきにけり

弘長元年百首の歌奉りける時、早秋

いそのかみふる野の松の音までもむかしを殘す秋の初風

秋の歌の中に

いつしかと風渡るなり天の河うき津の波に秋やたつらむ

弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、七夕を

織女の雲のころもの秋風にあふたのみとや今宵待つらむ

七月七日いかにいひたる契りなるらむと申しける返事に

契りけむ心の程もひこ星の行きあひの空に誰れかしるべき

七夕のこゝろを

あさからぬ契とぞ思ふ天の川あふせはとしの一夜なれ共

年に待つ習ひぞつらき天の河逢瀬はちかき渡りなれども

百首の歌よませ給うけるに

彦星のかざしの玉やあまのがは水かげ草の露にまがはむ

久安百首の歌に

重ねてもあかぬ思ひや増る覽今朝立ち歸る天の羽ごろも

七夕後朝の心を

立歸る今朝のなみだに七夕のかざしの玉の數やそふらむ

入道二品親王の家に五十音の歌詠み侍りけるに、秋の歌

今よりの露をばつゆと荻の葉に泪かつちる秋かぜぞ吹く

弘長元年百首の歌奉りける時、荻

荻の葉に風まつ程の夕暮をおとづれかへて人のとへかし

鳥羽院の御時、前栽合に

秋の夜は人まつとしもなけれども荻の葉風に驚かれぬる

題志らず

狩人の入野の露のしらま弓すゑもとをゝに秋かぜぞ吹く

名所の百首の歌めしけるついでに

少女子が玉ものすそやしをるらむ野島がさきの秋の夕露

建保三年五首の歌合に、行路秋

虫の音も我身ひとつの秋風に露分け侘ぶるをのゝしの原

秋の歌の中に

夕暮は我身ひとつの秋にしもあらぬ物ゆゑぬるゝ袖かな

心からながめて物を思ふかなわがために憂き秋の空かは

述懷の百首の歌の中に

藤ばかま嵐たちぬる色よりもくだけて物は我れぞ悲しき

題志らず

から衣すそ野に匂ふ藤ばかまきてみぬさきに綻びにけり

いづかたに心をよせて女郎花秋風吹けばまづなびくらむ

行路薄といへる心を

袖かへる遠かた人は分け過ぎてのこる尾花に秋風ぞふく

建保四年百番の歌合に

夕霧の籬の秋のはなずゝきをちかたならぬ袖かとぞ見る

秋の歌の中に

秋山のすそのゝすゝき打ち靡きくれ行く風に鶉鳴くなり

建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、野草花

萩がはな誰にか見せむ鶉鳴くいはれの野べの秋の夕ぐれ

萩露と云ふ ことを

さらぬだに心おかるゝ萩がえに露もあだなる秋の夕かぜ

題志らず

萩がはなうつろふ庭の秋風に下葉をまたで露は散りつゝ

野花移庭と云ふ ことを

心ありて露やおくらむ野べよりも匂ひぞまさる秋萩の花

萩をよませ給うける

宮城野の木の下露も色見えてうつりぞまさる秋萩のはな

野鹿といへる心を

宮城のゝもと荒の小萩今よりや移ろふ色に鹿の鳴くらむ

入道二品親王の家に五十首の歌讀みける時

色かはる小萩がもとは露散りて秋の野風にを鹿鳴くなり

風前鹿と云ふ ことを

かた岡のすそのゝ暮に鹿鳴きて小萩色づく秋かぜぞ吹く

秋の歌の中に

秋萩の咲きて散りぬる夕露に猶たちぬるゝ鹿ぞ鳴くなる

妻こふる鹿のなみだや秋萩にこぼるゝほどにおける白露

いかに吹く秋の夕の風なれば鹿のねながら身にはしむ覽

夜を寒み狩場のをのに鳴鹿のなれは勝らぬ妻をこふらし

建保四年百首の歌めしけるついでに

露にふすのべの千草の曙におきぬれて行くさを鹿のこゑ

題志らず

秋風に外山の鹿はこゑたてゝ露吹き結ぶ小野のあさぢふ

建長三年九月十三夜十首歌合に、暮山鹿

秋されば山のをのへに聲たてゝ鹿も夕べは物やかなしき

夜鹿と云ふ ことをよめる

高砂の松の嵐は夜さむにて月に更けぬるさをしかのこゑ

建長二年九月詩歌を合せられける時、山中秋興

足引の山風さむき月かげにさ夜更けぬとや鹿の鳴くらむ

題志らず

色かはるみを秋山に鳴く鹿のなみだもふかき峯のあさ霧

承暦二年内裏の歌合に、鹿

霧深き山の尾上にたつ鹿はこゑばかりにや友をしるらむ

初雁を

秋霧の空に鳴くなる初鴈はかすみし春やおもひいづらむ

弘長元年百首の歌奉りし時、おなじ心を

今よりの衣かりがね秋風にたが夜寒とか鳴きてきぬらむ

秋の歌の中に

今よりは雲居の鴈も聲たてゝ秋風さむくなりまさるらむ

暮天聞雁といへるこゝろを

遠ざかる聲ばかりして夕暮の雲のいづくに鴈の鳴くらむ

題志らず

夕さればきり立つ空に雁鳴きて秋風さむしをのゝしの原

雁鳴きて夕霧たちぬ山もとの早田をさむみ秋やきぬらむ

百首の歌奉りし時

村雨の雲のたえまに雁鳴きて夕日うつろふ秋のやまのは

題志らず

見渡せば山の裾野に霧はれて夕日にむかふ松のむらだち

とへかしな夕霧うすき杉のはのたえ％＼殘る秋の山もと

百首の歌奉りし時

東雲のよこ雲ながら立ちこめてあけもはなれぬ峰の秋霧

秋の歌の中に

伏見山ふもとの霧の絶間よりはるかにみゆるうぢの川波

弘長元年百首の歌奉りし時、霧

朝ぼらけあらしの山は峰晴れてふもとをくだる秋の川霧

題志らず

船よするをちかた人の袖見えて夕霧うすき秋のかはなみ

百首の歌の中に

ほの％＼と我住むかたは霧こめて蘆屋の里に秋風ぞ吹く

文永二年八月十五夜歌合に、未出月

待つほどの空に心をつくせとや猶出でやらぬ秋の夜の月

秋の歌の中に

かたしきの袖の秋風さ夜更けて猶出でがての山の端の月

建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、月前風

山の端を出でゝさやけき月になほ光をそへて秋風ぞふく

題志らず

天のはら雲吹きはらふ秋風に山の端たかくいづる月かげ

出づるより雲吹き拂ふ松風にやがてくまなき山の端の月

九月十三夜五首の歌に、山月

足曳の山の端きよく空すみて雲をばよそにいづる月かげ

題志らず

村雲のかゝるとみゆる山の端を遙にいでゝすめる月かげ

秋の頃法輪寺にてよみ侍りける

眺むればみやこの空の浮雲をへだてゝ出づる山の端の月

秋依月勝といへる心を

わきてこの心盡しは秋ぞとも木のまの月の影よりぞしる

建長三年九月十三夜十首歌合に、名所月

年をへて光さしそへかすがなる山はみかさの秋の夜の月

月の歌の中に

よそまでは何か厭はむかつらぎや月にかゝらぬ峰の白雲

文永二年八月十五夜歌合に、停午月

今こそは板井の水の底までも殘るくまなく月はすみけれ

題志らず

昔より名におふ秋の半とて月はこよひぞすみまさりける

駒迎を

年をへて雲のうへにてみし秋のかげも戀しき望月のこま

夕暮の月よりさきに關こえて木の下くらききりはらの駒

前關白一條の家の百首の歌に、關月

相坂や鳥のそら音の關の戸もあけぬと見えてすめる月影

關路月といへる心を

逢坂の關の清水のなかりせばいかでか月の影をとめまし

題志らず

月影も夜さむになりぬ橋姫のころもやうすきうぢの川風

橋姫のかたしく袖も夜やさむき月にさえたるうぢの河波

人々題をさぐりて歌つかうまつりしついでに月前眺望といへる心をよませ給うける

嵐山そらなる月はかげさえて河瀬の霧ぞうきてながるゝ

文永五年九月十三夜白河殿の五首歌合に、河水澄月

影やどす月のかつらもひとつにて空よりすめる秋の川水

題志らず

散りつもる紅葉ならねど立田川月にも水の秋はみえけり

文永五年八月十五夜内裏の歌合に、河月似氷

立田河岩こす波の凍るかとまだきなき名の月にみゆらむ

月の歌の中に

照る月の光とともにながれきて音さへすめる山川のみづ

建保二年秋十首の歌奉りけるとき

石ばしる瀧つ岩根の秋の月やどるとすれど影もとまらず

千五百番歌合に

せきとむる岩間の水にすむ月や結べばとくる氷なるらむ

題志らず

み船こぐ堀江の蘆におく露の玉しくばかり月ぞさやけき

夜舟漕ぐ由良の湊の汐かぜにおなじとわたる秋の月かげ

思ひやる浦の初島おなじくばゆきてや見まし秋の夜の月

文永七年八月十五夜内裏の三首の歌に、海月と云ふ ことを

さゝ島や夜わたる月の影さえて磯こす波に秋かぜぞ吹く

弘長三年同じ百首の歌奉りし時、浦月

須磨の浦や關の戸かけて立つ波を月に吹きこす秋の汐風

光明[3]蜂

清見がた月の空にはせきもゐずいたづらに立つ秋の浦波

月の歌の中に

清見がた月すむ夜はの村雲は富士の高嶺のけぶりなり鳬

弘長元年百首の歌奉りける時、月を

夜さむなる生田の杜の秋風にとはれぬ里も月や見るらむ

文永五年八月十五夜内裏の歌合に、田家見月

稻葉吹く蘆の丸やの秋風に寐ぬよをさむみすめる月かげ

建長三年九月十三夜十首の歌合に、田家月

獨りすむ門田の庵の月影にわがいねがてを問ふ人もなし

題志らず

風の音も吹き増る也さらでだに我が寢がての秋のよの月

月見ても秋や昔と忍ばれて本の身ながらみこそつらけれ

秋をへて遠ざかり行く古へをおなじ影なる月に戀ひつゝ

建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、月前風

古への風もかはらぬ我宿はすみなれてこそ月も見るらめ

老の後月をみてよみ侍りける

詠むれば六十の秋もおぼえけり昔をさへや月は見すらむ

月の歌とて

詠むれば我心さへはてもなく行くへも志らぬ月の影かな

弘長元年百首の歌奉りける時、月

鵲のとわたるはしもしろたへの初霜いそぐ秋のつきかげ

家 に月の五十首の歌讀み侍りけるに

さらぬだに更くるは惜しき秋の夜の月より西に殘る白雲

建保百首の歌奉りける時

月に行く遠山ずりのかり衣しをるゝ露に夜は更けにけり

建長三年吹田にて十首の歌奉りける時、秋の歌

ながしとも何思ひけむ山鳥のをのへにかゝる秋のよの月

題志らず

呉竹のは山の霧の明けがたになほよをこめて殘る月かげ

鐘のおとも明け離れ行く山のはの霧にのこれる有明の月

家の六百番歌合に

山とほき門田の末はきり晴れてほなみにしづむ有明の月

光明峯寺入道前攝政の家の秋の卅首の歌の中に

秋の田のほむけかたより吹く風に山本みえてはるゝ夕霧

寳治百首の歌奉りける時秋田を

夕日さす門田の秋のいな莚わさ穗かりしき今やほすらむ

山階入道左大臣の家の十首の歌に、田家秋寒

露霜のおくてのいなば色づきてかり庵さむき秋の山かぜ

秋の歌の中に

小山田の庵もる賤が衣手は露も夜すがらおきあかしけり

擣衣の心を

更科の山のあらしも聲すみて木曾のあさ衣月にうつなり

歸るべきこしの旅人待ちわびてみやこの月に衣うつなり

おきあかす露さへさむき月影になれて幾夜か衣うつらむ

題志らず

秋風の身にしみそむる里人やまづおとづれて衣うつらむ

光明峯寺入道前攝政の家の歌合に、風前擣衣

なべてふく賤がさゝやの秋風をおのが夜寒とうつ衣かな

濱擣衣と云ふ ことを

波よするみつの濱べの浦風にこよひもさむく衣うつなり

秋の歌の中に

浦風やなほさむからし難波人あし火たく屋に衣うつなり

衣うつ音ぞ夜ふかくきこゆなる遠里をのゝ風のたよりに

野亭擣衣といふ ことを

秋萩のうつろふ野べの假庵にたれいねがての衣うつらむ

題志らず

いかにせむ濡れぬ宿かす人もなき交野のみのゝ秋の村雨

千五百番歌合に

さを鹿のふすや草村うら枯れて下もあらはに秋風ぞ吹く

秋の歌の中に

みしまのゝ淺茅がうは葉秋風に色づきぬとや鶉鳴くらむ

光明峯寺入道前攝政の家の秋の卅首の歌に

あかず見し花のさかりは早過ぎて下葉かれゆく庭の秋萩

題志らず

秋風に穗末なみよるかるかやの下葉に虫の聲よわるなり

叢虫といへる心を

虫の音もかれ％＼になる長月の淺ぢが末の露のさむけさ

草の原初霜まよふ月かげを夜さむになして虫や鳴くらむ

白河殿の七百首の歌に、水邊菊

汲みて社千歳も豫てしられけれぬれてほすてふ菊の下水

題志らず

露霜のおきあへぬまに染めてけり端山が裾の秋の紅葉ば

建長六年龜山殿にて始めて五首の歌講ぜられけるに、初紅葉と云ふ ことを

おく露や染め始むらむ秋山の時雨もまたぬ峯のみみぢば

嵐山けふのためとや紅葉ばの時雨もまたで色に出づらむ

秋の歌とてよみ侍りける

吹き萎るむべ山風のあらし山まだき木葉の色ぞしぐるゝ

文永五年九月十三夜白河殿の五首歌合に、紅暮山葉

時雨れゆく雲のよそなる紅葉ばも夕日にそむる葛城の山

百首の歌奉りし時

紅葉ばによその日影は殘れども時雨にくるゝ秋の山もと

弘長元年百首の歌奉りける時、紅葉を

夕づくひうつろふ空の雲間より光さしそふ峰のもみぢば

立田姫今やこずゑのから錦おりはへ秋のいろぞしぐるゝ

洞院攝政の家の百首の歌に、おなじ心を

立田山木葉色づくほどばかり時雨にそはぬ秋かぜもがな

題志らず

時雨ふる生田の杜の紅葉ばゝとはれむとてや色増るらむ

建長二年九月詩歌合に、山中秋興

三室山秋の木葉のいくかへり下草かけてなほしぐるらむ

紅葉をよませ給うける

紅葉ばを今一しほとことづてむしぐるゝ雲のすゑの山風

承久元年内裏の歌合に、庭紅葉

もる山も木の下までぞしぐるなる我袖のこせ軒の紅葉ば

紅葉盛といへる心を

枝かはすよその紅葉に埋もれて秋は稀なる山のときは木

贈左大臣長實の家の歌合に

秋ごとに誰か染むらむ主しらぬからくれなゐの衣手の杜

秋の歌の中に

山姫の戀のなみだや染めつらむくれなゐふかき衣手の杜

正治百首の歌に

立田河ちらぬ紅葉の影みえてくれなゐこゆる瀬々の白波

千五百番歌合に

題志らず

手向山ぬさは昔になりぬともなほちり殘れ峯のもみぢば

平親世人々に歌よませ侍りけるによみつかはしける

紅葉ばのまだ散果てぬ木の本を頼む蔭とや鹿の鳴くらむ

名所の百首の歌めしける次でに

龍田山木葉吹きしく秋風に落ちていろづく松のしたつゆ

建保四年内裏の百番歌合に

紅葉ちる川瀬の霧のおのれのみ浮きて流れぬ秋の色かな

紅葉浮水といへる心をよみ侍りける

水よりや暮れ行く秋はかへるらむ紅葉流れぬ山河ぞなき

百首の歌奉りし時

となせ河紅葉をかくるしがらみも淀まぬ水に秋ぞ暮行く

暮秋の心を

さを鹿のこゑより外もをぐら山夕日の影に秋ぞ暮れ行く

光明峯寺入道前攝政の家の秋の卅首の歌に

秋はつる色の限りとかつみてもあかず時雨のふる涙かな

題志らず

とゞめおく露の形見は袖ぬれてゆくかたしらぬ秋の別路

西行法師すゝめ侍りける百首の歌の中に

夜もすがら惜む袂の露のみや明けなば秋の名殘なるべき

正治百首の歌に

思へども今宵ばかりの秋の空更けゆく雲もうち時雨つゝ

初冬の心を

冬の來て紅葉吹きおろす三室山あらしの末に秋ぞ殘れる

冬のくる神なび山の村時雨ふらばともにと散る木葉かな

道助法親王の家の五十首の歌に、朝時雨

冬きぬとけさは岩田の柞原音にたてゝも降るしぐれかな

千五百番歌合に

時雨ともなにしかわかむ神無月いつもしのだの杜の雫は

音づれて猶過ぎぬるかいづくにも心をとめぬ初時雨かな

百首の歌奉りし時

吹きまよふ風に任せて山の端にしぐるゝ雲は跡も定めず

題志らず

明くる夜の外山吹越す木がらしに時雨てつたふ峯の浮雲

前大納言爲家の家の百首の歌に

今日も又暮れぬと思へば足曳の山かき曇りふるしぐれ哉

冬の歌の中に

晴れくもりおなじ空なる浮雲の重なる方は猶しぐれつゝ

山風に時雨やとほくなりぬらむ雲にたまらぬ有あけの月

染めのこす木葉もあらば神無月猶も時雨の色は見てまし

神無月しぐるゝ儘に晴れ行くや梢にたへぬ木葉なるらむ

とまるべき物とも見えぬ木葉哉時雨にそへて嵐吹くなり

嵐吹く木葉に音をさきだてゝしぐれもやらぬ村雲のそら

百首の歌めされしついでに

神無月曇らでふるや槇の屋の時雨にたぐふ木葉なるらむ

村雲のうきてそら行く山風に木葉殘らずふるしぐれかな

落葉

村雲の跡なき方もしぐるゝは風をたよりの木葉なりけり

木枯しの風に亂るゝ紅葉ばや雲のよそなる時雨なるらむ

立田山秋はかぎりの色とみし木葉は冬のしぐれなりけり

弘長元年百首の歌奉りし時、おなじこゝろを

紅葉ばの秋の名殘のかたみだにわれとのこさぬ木枯の風

人々題をさぐりて歌つかうまつりしついでに、落葉浮水といへる心を

大井川ゐぜきに秋の色とめてくれなゐくゝる瀬々の岩波

名所の歌奉りけるに

紅葉ばのふりにし世より大井河絶えぬ御幸の跡をみる哉

題志らず

橋姫のたもとや色に出でぬらむ木葉流るゝうぢの網代木

古里のはらはぬ庭に跡とぢて木のはや霜の下に朽ちなむ

見し秋の露をば霜におきかへて花のあとなき庭の冬ぐさ

色みえぬ枯野の草のあとまでも露の名殘とむすぶはつ霜

百首の歌奉りし時

今よりは草葉におきし白露もこほれる霜と結びかへつゝ

惟明親王の家の十五首の歌に

神無月くれやすき日の色なれば霜の下葉に風もたまらず

題志らず

み室山秋の時雨に染めかへて霜がれのこる木々の下ぐさ

さらぬだに枯行く宿の冬草にあかずも結ぶ夜はの霜かな

人めより軈てかれにし我宿の淺茅が霜ぞむすぼゝれ行く

霜ふかき庭のあさぢの志をればに朝風さむし岡のへの里

霜枯の淺茅色づく冬野には尾ばなぞ秋のかたみなりける

秋の色のはては枯野となりぬれど月は霜こそ光なりけれ

建保四年内裏の百番歌合に

紅葉せしよもの山べはあれはてゝ月より外の秋ぞ殘らぬ

冬月を

さゆる夜も淀まぬ水のはやせ河こほるは月の光なりけり

篠のはのさやぐ霜夜の山風に空さへこほるありあけの月

寳治百首の歌奉りし時、豐明節會

山藍のをみのころもで月さえて雲居の庭に出づるもろ人

百首よませ給うけるに

少女子が袖志ろたへに霜ぞおく豐の明も夜や更けぬらむ

題志らず

松さむきみつの濱べのさ夜千鳥干潟の霜に跡やつけつる

夕千鳥といへる心を

夕さればくだけて物や思ふらむ岩こす波に千鳥鳴くなり

冬の歌の中に

照月の影にまかせてさ夜千鳥かたぶく方に浦づたふなり

夜を寒み須磨の入江に立つ千鳥空さへこほる月に鳴く也

汐風に與謝の浦松音さえて千鳥とわたる明けぬこの夜は

さゆる夜のうきねの鴨のこも枕氷やかねて結び置くらむ

かたしきの霜夜の袖におもふかなつらゝの床の鴛の獨寐

山がはの紅葉のうへの薄氷木の間もりくる月かとぞ見る

千五百番歌合に

冴えゆけば谷の下水音絶えてひとりこほらぬ峰の松かぜ

題志らず

さゞ波や志がのからさき氷る夜は松より外の浦風もなし

岩まもる波の志がらみ懸けとめて流れもやらず氷る山河

洞院攝政の家の百首の歌に、氷を

建長四年三首の歌に、河氷

風わたる宇治の河波さゆる夜に氷をかくるせゞの網代木

霰をよみ侍りける

さえくれて霰ふる夜のさゝ枕夢をのこさぬ風のおとかな

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に

霰ふる三輪の檜原の山風にかざしの玉のかつみだれつゝ

建保五年四月庚申に、冬夕といへるこゝろを

霰ふる正木のかづらくるゝ日の外山に移る影ぞみじかき

冬の歌の中に

明けわたる峯のうき雲たえ％＼に山風さむみ霰ふるらし

弘長元年百首の歌奉りし時、雪

さゆる夜の嵐の風に降り初めて明くる雲間につもる白雪

名所の歌奉りける時

しがの浦や志ばし時雨の雲ながら雪になりゆく山颪の風

建保五年内裏の歌合に、冬河風

この比は時雨も雪もふるさとに衣かけほすさほの河かぜ

百首の歌よませ給うけるに

山川の氷も薄き水の面にむら／＼つもる今朝のはつゆき

題志らず

今朝は又かさねて冬をみつる哉枯野の上にふれるしら雪

承久元年内裏の歌合に、杜間雪

秋の色をはらふとみつる木枯の杜の梢はゆきもたまらず

雪の朝右衛門督忠基がもとに遣しける

今朝は猶雪にぞ人はまたれけるとはぬ習を思ひしれども

洞院攝政の家の百首の歌に、雪を

今日だにも道踏分けぬ白雪のあすさへ降らば人も待れじ

冬の歌の中に

自づからとふにつらさの跡をだにみて恨みばや庭の白雪

跡惜むたがならはしの山路とて積れる雪を問ふ人のなき

跡はみなもとよりたえし山里の木の葉の上をうづむ白雪

西行法師すゝめ侍りける百首の歌に

三輪の山夜のまの雪に埋れて下葉ぞ杉の志るしなりける

雪の歌とてよみ侍りける

矢田の野のあさぢが原も埋れぬいくへあらちの峯の白雪

つもれども氷らぬ程は吹きたてゝ風にあまぎる峯の白雪

守覺法親王の家の五十首の歌に

山風の音さへうとくなりにけり松をへだつる嶺のしら雪

文永十年七月内裏の七首の歌奉りし時

まつとせし風のつてさへ絶果てゝ因幡の山につもる白雪

かんだち雪の朝忍びて御幸ありける後によみ侍りける

神山の松も友とぞ思ふらむふりずば今日の御幸みましや

弘長元年百首の歌奉りける時、雪を

高圓のをのへの雪に跡たえてふりにし宮は人もかよはず

寳治百首の歌奉りける時、積雪の心を

眞柴かる道や絶えなむ山賤のいやしきふれる夜はの白雪

建保五年内裏の歌合に、冬海雪

田子の蜑の宿まで埋む富士のねの雪も一つに冬はきに鳬

冬の歌の中に

伊勢島や浦の干潟に降る雪の積りもあへず汐やみつらむ

雪中遠情といふ事を

かきくらし降る白雪に鹽竈のうらの煙も絶えや志ぬらむ

白河殿の七百首の歌に、濱邊雪

八百日ゆく濱の眞砂地はる％＼と限もみえずつもる白雪

題志らず

ふる雪にいくのゝ道の末まではいかゞふみ見む天の橋立

だいばん所の壷に雪の山つくられて侍りける朝よみ侍りける

あだにのみ積りし雪のいかにして雲居に懸る山となり劔

寳治百首の歌奉りける時、積雪

九重といふ計にやかさぬらむ御垣のうちの夜はのしら雪

正治百首の歌に

詠めやる衣手さむく降る雪にゆふやみ志らぬ山の端の月

中將に侍りける時雪の夜月あかゝりけるに内より女房あまたともなひて法勝寺にまかり侍りけるついでに源師光いざなひて夜もすがら遊びて朝に遣しける

逢はでこそ昔の人は歸りけれ雪と月とをともに見しかな

大納言通方八幡宮にて歌合し侍りけるに、冬冴月

山の端はそれとも見えず埋れて雪にかたぶく有明のつき

後鳥羽院に冬月の五首の歌奉りけるに

いたづらに今年も暮れぬとのへもる袖の氷に月を重ねて

弘長元年十二月内裏の三首の歌に、河氷

年月はさても淀まぬ飛鳥川ゆくせの浪のなにこほるらむ

人々に七十首の歌よませ侍りける時

冬の空日影みじかき頃なればいとゞ程なく暮るゝ年かな

百首の歌奉りし時

つもりゆく月日の程を思ふにもこし方をしき年の暮かな

題志らず

暮行くを惜む心の深ければわが身に年はとまるなりけり

年の暮によみ侍りける

行く年を惜めば身には止るかと思入れてや今日を過ぎまし

いづくにも惜み明さぬ人はあらじこよひ計の年と思へば

弘長元年百首の歌奉りける時初春の心を

あふさかの關の杉村雪きえて道ある御代と春はきにけり

同じこゝろを

いつしかと今朝は氷も解けにけり爭で汀に春を知るらむ

春の歌の中に

池に生ふる水草の上の春の霜あるにも非ぬ世にもふる哉

雪は猶冬に變らずふる里に春きにけりとうぐひすぞ鳴く

山里にて鶯のおそく鳴きければよみ侍りける

そむきにし身にはよそなる春なれど猶鶯の聲ぞ待たるゝ

山階入道左大臣の家の十首の歌に子日松と云ふ事を

谷かげや子日にもるゝ岩ね松誰にひかれて春を志らまし

四位の後崇徳院の還昇いまだ許されざりける頃百首の歌部類して奉りけるついでに

雲居よりなれし山路を今さらに霞へだてゝなげく春かな

是を聞し召して還昇仰せられけるとなむ。

寳治百首の歌めしけるついでに、山霞

今はまた霞へだてゝおもふかな大うち山の春のあけぼの

白河殿の七百首の歌におなじ心を

山の端のみえぬを老に喞てども霞みにけりな春の明ぼの

建保三年内裏の歌合に、江上霞

なには江や霞の志たの澪標春の志るしやみえて朽ちなむ

題志らず

汐かぜのおともたかしの濱松に霞みてかゝる春の夕なみ

春の歌の中に

みても又たれか忍ばむ故郷のおぼろ月夜ににほふ梅がえ

世をそむきて外に移りゐ侍りにけるに人のもと住みける所の梅を見てよみ侍りける

折りてだに見せばや人に梅の花ありし色香を忘果てずば

康元元年二月の頃わづらふ事ありて司奉りてかしらおろし侍りける時よみ侍りける

數ふれば残る彌生もあるものを我身の春に今日別れぬる

歸雁を

雁がねは秋と契りてかへるとも老の命をいかゞたのまむ

秋風にあひみむ事はいのちとも契らでかへる春の雁がね

前關白一條の家に百首の歌よみ侍りけるに、歸雁幽

あさぼらけ霞のひまの山の端をほのかに歸る春の雁がね

建保百首の歌奉りけるとき

花の色にひと春まけよ歸る雁ことし越路の空だのめして

初花の心を

咲きにけりまやの軒端の櫻花あまり程ふる詠めせしまに

花の歌の中に

便あらば問へかし人のあるじとて頼む計の花ならねども

今さらに春とて人も尋ねこずたゞ宿からの花のあるじは

前大納言爲家住吉の社にて歌合し侍りけるに、野花

かへるさは遠里をのゝ櫻がり花にやこよひ宿をからまし

題志らず

吹きおくる嵐を花のにほひにて霞にかをる山ざくらかな

河邊花といへる心を

散らぬまの浪も櫻にうつろひぬ花のかげ行くやま川の水

春宮帶刀にて侍りけるを思ひ出でゝよめる

いにしへの春のみ山の櫻花なれし三とせのかげぞ忘れぬ

故郷花といふ事をよみ侍りける

いにしへのあるじ忘れぬ故郷に花も幾たび思ひ出づらむ

おなじ心を

見ずしらぬ世々の昔もしのばれて哀とぞ思ふ志賀の花園

東山に花見にまかりてよみ侍りける

思ひいでの春とや人に語らまし花に泪のかゝらざりせば

花の歌の中に

ふりまさる齡を花にかぞへてもあかぬ心はたえぬ春かな

年毎に後の春とも知らざりし花にいく度なれて見つらむ

いつまでか雲居の櫻かざしけむをり忘れたる老の春かな

四十迄花に心を染めながら春をしらでも身こそ老いぬれ

長らへて八十の春に逢ふことは花見よとての命なりけり

世を遁れてのち花を見てよめる

春きてぞ心よわさも知られぬる花になれゆく墨ぞめの袖

後京極攝政の家の花の五十首の歌に

かく計へがたき物を月よりも花こそ世をば思ひしりけれ

題志らず

咲きて散る花をもめでじ是ぞこの嵐に急ぐあだし世の中

花盛に西園寺入道前太政大臣の許より音づれて侍りける返事に

大方の春に知られぬならひゆゑ頼む櫻もをりや過ぐらむ

花をみてよみ侍りける

あだにのみ思ひし人の命もて花をいくたび惜みきぬらむ

雲林院にて花の散りけるをよめる

命をもたがためとてか惜みこし思ひ志らずも散る櫻かな

落花をよめる

さらでだに移ろひやすき花の色に散るを盛と山風ぞ吹く

ありて世ののちはうくとも櫻花さそひなはてそ春の山風

花は皆詠めせしまに散りはてゝ我身世にふる慰めもなし

大内の花み侍りけるに人のもとよりあらぬさまの事を申して侍りける返事に

尋ねきてふみ見るべくもなき物を雲居の庭の花のしら雪

返し

誘はれぬ今日ぞ知りぬるふみ通ふ跡まで厭ふ花の雪とは

題志らず

櫻花いまや散るらむみよしのゝ山したかぜに降れる白雪

水邊落花といへる心を

吉野河みねの櫻のうつりきて淵瀬もしらぬ花のしらなみ

散りかゝる影もはかなく行く水に數かきあへぬ花の白浪

散りかゝる花の鏡と思ふにも見で過ぎがたき山の井の水

春の歌の中に

たき川の落つとはみえて音せぬは峯の嵐に花や散るらむ

嵐吹く木ずゑ移ろふ花のいろのあだにも殘るみねの白雲

櫻色にうつろふ雲のかたみまで猶あともなき春風ぞ吹く

身にうとき春とはしらぬ月影やわが涙にも猶かすむらむ

めぐり逢ふ春も昔の夜はの月かはらぬそでの涙にぞみる

寳治百首の歌奉りける時、春月

詠めきて年にそへたる哀とも身にしられぬる春の夜の月

百首の歌奉りし時

老らくの心もいまはおぼろにて空さへかすむ春の夜の月

藤花年久といへる心を

住吉の松のしづえの藤のはな幾とし波をかけて咲くらむ

五社に百首の歌よみて奉りける頃夢の告あらたなる由志るし侍るとて書きそへ侍りける

春日山たにの松とは朽ちぬとも梢にかへれきたの藤なみ

其後年をへて此かたはらに書きつけ侍りける

立ちかへる春をみせばや藤なみは昔ばかりの梢ならねど

同じくかきそへ侍りける

言のはのかはらぬ松の藤浪に又立ちかへる春をみせばや

三代の筆の跡を見て又かきそへ侍りし

春日山いのりし末の世々かけて昔かはらぬ松のふぢなみ

法印覺寛よませ侍りける七十首の歌の中に

身はかくて六十の春を過しきぬとしの思はむ思出もなし

家に百首の歌よみ侍りける時、鶯を

聞くたびに名殘をしくぞなりまさる春くれがたの鶯の聲

洞院攝政の家の百首の歌に、暮春

歸る雁しばし休らふ方もなし暮れゆく春や空にしるらむ

題志らず

ながらへて今いくたびと頼まねば老こそ春の別なりけれ

さはる事ありて彌生の暮つかた里に出でけるによみ侍りける

神まつる卯月の後と契りおきて我さへいそぐ春の暮かな

彌生の晦日に大貳三位糸を尋ねて侍りければ申し遣しける

青柳の糸も皆こそ絶えにけれ春の殘りは今日ばかりとて

返し

青柳の春とともには絶えにけむまた夏引の糸はなしやは

題志らず

ゆふかけて卯月に祭る神山のならの木陰に夏はきにけり

述懷の百首の歌の中に

神山に引き殘さるゝ葵草ときに逢はでも過ぎにけるかな

世を遁れける人の卯月の頃詣できて申す事侍りける後つかはしける

こひ／＼て初音は聞きつ郭公ありしむかしの宿な忘れそ

夏の歌の中に

過ぬとて恨みもはてじ時鳥まつらむ里もみにしられつゝ

關白の表奉りてのち郭公をきゝて

待ちなれしおほうち山の時鳥今は雲居のよそに聞くかな

題志らず

楢の葉の名におふ宮の時鳥よゝにふりにしこと語らなむ

百首の歌奉りし時

しる人もみにはなき世の郭公かたらひあかせ老の寐覺に

寢覺時鳥といふ事を

時鳥なく音をそへて過ぎぬなり老の寐覺の同じなみだに

曉時鳥

つれもなき別はしらじほとゝぎす何有明の月に鳴くらむ

夏の歌の中に

菖蒲草けふとていとゞ影そへついつ共分かぬ袖の浮寐に

いにしへを忍ぶとなしに古郷のゆふべの雨に匂ふたち花

百敷や庭のたちばな思ひ出でゝ更にむかしの忍ばるゝ哉

夜盧橘といふ事を

橘はたが袖の香とわかねども老のねざめぞむかし戀しき

河五月雨

淺き瀬はあだ波そへて吉野河ふちさへさわぐ五月雨の頃

中將を望み申して年久しくなりにけるに五月雨の頃人のもとに遣はしける

いかにせむ我身舊り行く梅雨に頼む三笠の山ぞかひなき

郭公をよめる

さみだれの雲ゐるやまの時鳥晴れぬ思の音をや鳴くらむ

郭公み山にかへる聲すなり身をかくすべき事やつてまし

家に十首の歌よみ侍りける時、夏草を

草深き夏野の道に迷ひても世のことわりぞ更に志らるゝ

題志らず

きぶね川山した陰の夕やみに玉ちる浪はほたるなりけり

ある所に久しく籠りゐて後勸修寺に歸りてよみ侍りける

立ちかへりあつめし窓にきて見れば昔忘れず飛ぶ螢かな

百首の歌奉りし時

御祓する麻のゆふしで浪かけて凉しくなりぬかもの川風

六月祓を

みそぎ河ゆくせも早く夏くれて岩こす浪のよるぞ凉しき

初秋の心をよみ侍りける

ふかき夜の老の寐覺の枕より露おき初めて秋はきにけり

詠めつゝ又いかさまになげゝとて夕の空に秋のきぬらむ

袖の上にいつともわかぬ白露の草ばに結ぶ秋はきにけり

初秋風と云ふ ことを

今よりは凉しくなりぬ片岡の志のゝ葉分の秋のはつかぜ

文永十二年七月七日内裏に七首の歌奉りし時

天の河八十ぢにかゝる老の波又たち歸りけふにあひぬる

かきながす涙ながらぞ手向けつる物思ふ袖のつゆの玉章

題志らず

荻のはの露の外なるなみださへ袖にくだけて秋風ぞふく

弘長元年百首の歌奉りける時、荻を

荻のはに昔はかゝる風もなし老はいかなる夕べなるらむ

古はおどろかされし荻のはに吹きくる風を寐覺にぞまつ

荻風驚夢といへる心を

秋のよの露より外の夢をだに結びも果てぬ荻のうはかぜ

弘長元年百首の歌奉りける時、露

かりねする草の枕の秋風になみだよりちる野べの白つゆ

秋の歌の中に

常磐井入道前太政大臣の家の十五首の歌に

いかなりし秋に涙の落初めて身はならはしと袖のぬる覽

中務卿宗尊親王の家の歌合に、秋夕

身のうさを志らずば秋の習とて夕べばかりや袖濡さまし

題志らず

おく露は色もかはらぬ夕べかなわが身一つのすみ染の袖

數まさるうれへは秋の夕べとて千々にくだくる袖の露哉

いつ迄と思ふに物のかなしきは命まつまの秋のゆふぐれ

何ゆゑにかゝる露ぞと思ふにも袖さへつらき秋の夕ぐれ

草ばのみ露けかるべき秋ぞとは我が袖志らで思ひける哉

ゆふされば玉ぬくのべの露ながら風にかつ散る秋萩の花

夕されば涙やあまるさをしかの入野のをばな袖ぞ露けき

よそにきく雲居の鴈の玉章も我が涙をやかけてきつらむ

河水にと渡る鴈のかげみえてかきながしたる秋の玉づさ

建長三年九月十三夜十首歌合に、霧間雁

志るらめや霧立つ空に鳴く雁も晴ぬ思のたぐひ有るみを

おなじ心を

晴れずたつ峯の秋霧分けきても思つきずや雁の鳴くらむ

海邊霧

今は又たごのうら浪うちそへてたゝぬ日もなき秋の夕霧

三井寺にて月の歌よみ侍りけるに

雲はるゝみかみの山の秋風にさゞ波とほくいづる月かげ

田家月と云ふ ことを

庵結ぶ伏見のを田は名のみしてねられぬ月に秋風ぞ吹く

月前述懷と云ふ心を

身のうさを月に慰さむ秋のよに誰がため曇る涙なるらむ

せめてなど月みる夜はも身の程のうきは數そふ泪なる覽

身のうさの忘やすると詠めつゝ今宵も月の更けにける哉

弘長元年百首の歌奉りける時、月を

身のうさのさのみは如何増るぞと又廻りあふ月やみる覽

秋の歌の中に

月だにも老の涙のへだてずばむかしの秋の友とみてまし

建保二年秋の十首の歌奉りける時

物思ふ秋はいかなる秋ならむあらしも月もかはる物かは

題志らず

秋のよも常なるべしと思ひせば長閑にみまし山のはの月

身のうさもかはらぬそらの月をみて何か昔の秋は戀しき

建長三年九月十三夜十首の歌合に、名所月

年をへてみしも昔になりにけり里はみなせの秋のよの月

月の歌とて

詠むれば空やはかはるあきの月みしよをうつせ袖の涙に

秋毎の月を雲居のかたみにてみしよの人のかはる面かげ

もろ共になれし雲居は忘れぬに月は我をぞしらず顏なる

藏人おりて後よみける

雲の上の月みし秋を思ふにはあけの衣のいろもうらめし

常磐井入道前太政大臣の家にて月の歌よみ侍りける中に

つかふとてみるよ無りし我宿の月には獨ねぞなかれける

洞院攝政の家の百首の歌に、月

昔思ふ草にやつるゝ軒ばより有りしながらの秋のよの月

松門到曉月徘徊と云ふ ことをよめる

松の戸の明方ちかき山のはにいかでやすらふ秋のよの月

圓明寺にて、山月と云ふ ことを

山ふかく心のうちに契りてもかはらでみつる秋のよの月

題志らず

世をばさて何故捨し我なればうきに止りて月をみるらむ

そむきても浮世はなれぬ秋をへて同じ涙に月をみるかな

世をそむきて後、月をみてよめる

月は猶みしに變らぬ秋ながら身社うき世の外に出でぬれ

本山の事を思ひ出でゝよみ侍りける

またすまむ山里ありと思ひきやわがたつ杣の秋の月かげ

月の歌の中に

今はまた身によそへてもしたふ哉半過ぎ行く秋のよの月

しばし猶月をもみむと思へども老いて殘の秋ぞすくなき

月をみる山路の秋の苔の袖ぬれてほすべき露のまもなし

名所の百首の歌めしけるついでに

伊駒山雲なへだてそ秋の月あたりのそらは時雨なりとも

題志らず

晴れゆけば光ぞ増る秋の月しばし志ぐるゝ程はうけれど

建保二年秋の十首の歌奉りけるに

數ふれば四十餘りの秋の霜みのふりゆかむ果をしらばや

百首の歌の中に

靜なる秋の寐覺のみになくば老のつらさもしられざらまし

住みなるゝ床はくさばの蛬霜にかれゆく音をや鳴くらむ

蛬鳴くを我が身のたぐひにてしらぬ思ひを哀れとぞきく

まどろまぬ程を知せて夜もすがら物思ふ人や衣うつらむ

百首の歌奉りし時

老が世の寐覺かさなる恨みとも思ひしらでや衣うつらむ

少將に侍りける比よみ侍りける

いくとせかかざしきぬらむみかさ山同じ麓の秋の紅葉ば

長月の例幣に神祇官にまゐりて侍りけるに錦おり出ぬよし申しける折しも時雨のふりければ

夕時雨木のはを染る時しもあれなどおりあへぬ錦成らむ

紅葉をよみ侍りける

わきて又立寄る袖もほしやらず紅葉の陰は猶時雨れつゝ

秋の暮の歌

思ひやる方こそなけれめぐりあはむ命もしらぬ秋の別は

寳治百首の歌奉りける時、初冬時雨といふ ことを

冬のくる嵐をさむみ神なびのみ室の山やまづ時雨るらむ

題志らず

かねてだに木葉しぐれし神なびのみ室の山に冬はきに鳬

よそにのみ嵐の聲はおとづれて窓うつ物は木葉なりけり

柞原しぐるときけば我が袖のかひなき色ぞまづ變りける

百首の歌奉りし時

五十餘り老曾の杜の神無月しぐれ／＼てみこそふりぬれ

冬の歌の中に

神無月ふりそふ袖の時雨哉さらでももろき老のなみだに

幾度か袖ぬらすらむむら時雨ひとりふりぬる老の寐覺に

袖ぬらす物とはきけど槇のやに過ぐるはをしき初時雨哉

うき身には涙も袖にふる物を時雨ばかりとくもる空かな

世にふればいとゞ歎きの色そへて時雨に似たる我が涙哉

神な月しぐるゝ空を詠めてもいたづらにふるみを歎く哉

我ならでまた徒らにふり行くはをのへの松の時雨也けり

嵐吹く峯のうきぐもたえ％＼に時雨れてかゝる葛城の山

入道二品親王高野山にこもり侍りける頃つかはしける

いか計高野のおくのしぐるらむ都は雲のはるゝまもなし

返し

しぐるらむ都の空におもひしれ高野は雪の雲ぞかさなる

古寺鐘と云ふ ことを

高野山曉をまつ鐘のおともいくよの霜にこゑふりぬらむ

神無月の頃曉いたく霜さえければ里に出でたる人につかはしける

露霜とおきふしいかであかすらむならはぬ旅の草の枕に

冬の歌の中に

流れゆく紅葉をむすぶ山川のこほりぞ秋の色をとゞむる

こやの池のあしまの水に影さえて氷をそふる冬のよの月

永治元年讓位の後籠りゐ侍りけるに新甞會の日皇后宮の御かたに侍りける人につかはしける

珍しき日影をみても思はずや霜枯れはつる草のゆかりを

霰を

霰ふる雲の通路かぜさえてをとめのかざし玉ぞみだるゝ

雪の降りけるをみてよめる

世中にふれどかひなき身の程は溜らぬ雪によそへてぞみる

題志らず

里人の通ふ計りの道をだにまだふみ分けぬ今朝の白ゆき

まつ人のとはぬ日數やつもるらむ跡たえはつる庭の白雪

跡つけて問れぬ庭の雪みれば世にふりにける程ぞ知るゝ

野徑雪と云ふ心をよみ侍りける

春日野に舊にし世々の跡とめて雪踏分くる道を知らばや

雪の歌とて

誰も皆同じ世にこそ降る雪の我れ獨りやは道なかるべき

建長三年吹田にて十首の歌奉りける時

立返り又つかふべき道もがな年ふりはつる宿の志らゆき

松雪と云ふ ことを

冬きては雪の底なる高砂の松をともとぞいとゞふりぬる

題志らず

よそにみる老曾の杜に降雪の積る年さへ身に知られつゝ

年の暮によみ侍りける

ゆくすゑを遙に待ちし慰めの頼だになきとしのくれかな

前大納言爲家の家に百首の歌よみ侍りけるに

思ふ事まちよわり行く七十のあまりかなしき年の暮かな

旅にまかりける人につかはしける

つくしにまかりける人に

とまらじと思ふ物から別路の心づくしになげかるゝかな

題志らず

惜みかね涙をぬさと手向けなば旅行く人の袖や志をれむ

こしにまかりける人につかはしける

源光行あづまにまかりけるにつかはしける

旅衣きてもとまらぬものゆゑに人だのめなる逢坂のせき

都にのぼりて程なく歸り侍りける時よめる

かつこえて今日は別の道なれど又逢坂の名をやたのまむ

不破の關屋に書きつけて侍りける歌

都をばそなたとばかり返りみて關こえかぬるみのゝ中山

物へまかりける道にてよめる

行末の空はひとつにかすめども山もとしるく立つ煙かな

道助法親王の家の五十首の歌の中に、旅春雨

忘れずばしをれて出でし春雨の故郷人もそでぬらすらむ

旅の心を

しながどりゐなのさゝやの假枕短き夜はも臥しうかり鳬

羇中秋と云ふ ことを

移りゆく日數しられて夏草のつゆわけごろも秋風ぞふく

あづまの方にまかれりけるに思ひの外に日數つもりて秋にもなりにければよめる

白河の關までゆかぬ東路も日かずへぬれば秋かぜぞ吹く

題志らず

夕暮はころもでさむき秋風にひとりやこえむ白河のせき

立ち別れ都へだつる衣手にあかつきおきの露ぞかさなる

露ふかき山わけ衣ほしわびぬ日影すくなきまきのした道

行き暮らす野原の秋のくさ枕我よりさきに結ぶつゆかな

草まくらかりねの袖に露散りて尾花吹きしく野べの秋風

寳治元年十首の歌合に、旅宿嵐

露けさを契りやおきし草枕あらしふきそふ秋のたびねに

さやの中山にてよみ侍りける

露拂ふ朝げの袖はひとへにて秋風さむしさやのなかやま

題志らず

詠めつゝ思へばおなじ月だにも都にかはる佐夜のなか山

こえかゝる山路の末はしらねども長きを頼む秋の夜の月

露むすぶ野原の庵の篠まくらいく夜か月の影になるらむ

旅宿月と云ふ ことを

宵々の旅寐の床はかはれどもおなじ月こそ袖になれぬれ

修行し侍りけるに月をみて

月みればまづ古さとぞ忘られぬ思ひ出もなき都なれども

家に五十首の歌よみはべりけるに、野旅

草まくらひと夜の露を契にて袖にわかるゝ野べの月かげ

羇旅の心を

さらぬだに夜ふかく急ぐ旅人をさそひていづる有明の月

濱名の橋を過ぐとてよみ侍りける

立ちまよふ湊の霧のあけがたに松原みえて月ぞのこれる

題志らず

明けぬとて山路にかゝる月影にかはりていづる秋の旅人

朝霧のたちにし日より旅衣やゝはださむく雁もなくなり

秋の暮つかた修行に出で侍りける道より權大納言成通のもとにつかはしける

嵐ふく峯の木葉にともなひていづちうかるゝ心なるらむ

寳治元年十首の歌合に、旅宿嵐

かり枕夢もむすばずさゝのやのふしうき程の夜はの嵐に

物へまかりける道にて九月晦日によみ侍りける

草枕こよひばかりの秋風にことわりなれや露のこぼるゝ

題志らず

ぬれてほす山路の末の旅ごろも志ぐるゝ袖に秋風ぞ吹く

しぐれゆく山分衣けふも又ぬれてほすべき宿やなからむ

十月晦日の日物へまかりけるに時雨のしければ

時雨するこよひばかりぞ神無月袖にもかゝる泪なりける

羇中夕といへる心を

旅びとの宿かりごろも袖さえて夕霜むすぶをのゝしの原

建保五年内裏の歌合に、冬夕旅

冬の日の行く程もなきゆふぐれに猶里遠きむさしのゝ原

行路初雪と云ふ事を

初雪に我とは跡をつけじとてまづあさたゝむ人を待つ哉

旅の歌の中に

わけ暮すきそのおもかげたえ％＼に行く末遠き峯の白雲

家の歌合に羇中松風