うち出ゞも有にし物を中／＼にくるしきまでもなげくけふかな
とのたまはせたり。もとも心ふかゝらぬひとの、ならはぬつれ％＼のわりなくおもほゆるに、はかなき事なれどめとゞまることなれば、御返聞ゆ。
けふのまの心にかへておもひやれ詠つゝのみすぐす月日を
かくしば／＼のたまはするに、御返もとき％＼きこゆ。又つれ％＼なぐさむ心地して有ほどに、また御ふみあり。こと葉などこまやかにて、
かたらはゞなぐさむ方も有やせんいふかひなくはおもはざらなん
「あはれなる御物がたりもきこえばや、くれにはいかゞ」とのたまは
せたれば、
なぐさむときけばかたらまほしけれど身のうき事よいふかたぞなき
「おひたるあしにてはかひなくや」ときこえつ。暮には思かけぬにしのびていかんとおぼして、ひるよりさる御心ちして、日ごろも御ふみとりつぎてたてまつる右近ぞう、人しづめて、忍びてめして、「ものへいかん」とのたまはすれば、「さなめり」とおもひてさぶらふ。あやしきくるまにて、かくなんといはせたまへれば、女いとびなき心ちすれど、「なし」ときこゆべきにもあらず。ひるも御返きこえさせつれば、ありながらはかへしたてまつらんもなさけなし。物ばかりはきこえさせんとおもひて、にしのつまどにわらうださしいでたり。いれたてまつるに、よ
の人のいへばおぼゆるにやあらん、誠になべての御さまにはあらず、なまめかし。これもこゝろづかひせられて、物などきこゆるほどに月さしいでぬ。いとあかし。「ふるめかしうおくまりたる身なれば、かゝる所などにはかよひならはぬを、いとはしたなき心ちもするかな。そのおはする所に
[2]すゑたまへ。よもさき％＼みたまふらんひとのやうにはあらじ」とのたまへば、「あやし、こよひのみこそきこえさすとはおもひ侍れ。さき％＼はいかでかは」と、はかなきこときこゆるに、夜もやう／＼ふけぬ。「かくてあかしつべきにや」とて、
はかもなき夢をだにみであかしてはなにをか夏のよがたりにせむ
とのたまへば、かくなん。
夜とゝもにぬるとは袖をおもふにものどかに夢を見るよひぞなき
「まいて」ときこゆ。「かろ％＼しき有きなどすべきにもあらず。なさけなくはおぼすとも」とおぼして、「まことに物おそろしきまでこそ覺ゆれ」との給て、やをらすべり入給ぬ。いとわりなきこゝちすれど、いふかひなき事をいひちぎりて、あけぬればかへり給ぬ。「今のまは如何ゞとあやしくこそ」とて、
戀といへばよのつねのとやおもふらんけさの心はたぐひだになし
御返、
よのつねのことゝもさらにおもほえずはじめて物をおもふ身なれば
ときこえても、猶あやしかりける身かな。こは如何なる事ぞと、あはれに故宮のさばかりのたまひし物をと、かなしう思みだるゝほどに、れいのわらはきた
り。御ふみやあらんと思ふ程にさもあらねば、心うしとおもふほどもすき％＼しや。歸りまいるに、
またましもかばかりこそはあらましか思もかけぬけふのゆふ暮
宮御らんじて、げにいとおしうとおぼせど、かゝる御ありきさらにさせたまはず。北方も、れいの人のやうにこそおはしまさねど、夜ごとにいでんはあやしとおぼしぬべし。故宮の御はてまでは、いたうそしられじとつゝむも、いとねんごろに覺さぬにぞ。くらきほどにぞ御返有ける。
ひたすらにまつともいはゞやすらはで行べき物をいもが家路に
「をろかにやおぼしめすらんと思こそくるしけれ」とあれば、たゞ、「なにか、こゝには」
とて、
かゝれどもおぼつかなくもおもほえずこれも昔のえにこそあるらめ
「とおもふたまふれば、なぐさめずばたへんやは、つゆを」ときこえたり。おはしまさんとおぼして、日比になりぬ。つごもりのひ、女、
ほとゝぎすよにかくれたるしのびねをいつかはきかんけふしすぎなば
と聞えさせたれど、人あまたさぶらふほどなれば御覽ぜさせで、つともくもてまいりたれば、
しのびねはくるしき物をほとゝぎすこだかき聲をけふよりはきけ
とて、三日有てしのびてわたらせ給たり。女物へまいらんと
てさうじなどしたるに、いとまどをなる、御心のなきなめりと、なさけなからんとばかりにこそとみれば、ことに物などもきこえで、佛に事つけてあかしつ。つとめて、「いとめづらかにてあかしつる」などのたまはせて、
いさやまだかゝるおもひをしらぬかなあひてもあはであくるものとは
「あさまし」とあり。あさましきさまにおぼしつらんと、いとをしくて、
よとゝもに物おもふ人はよるとてもうちとけてめのあふときもなし
「めづらかにも出給ふいつか」きこえつ。またの日、「けふやものに出給ふ。いつか歸りたまふ、如何にましておぼつかなからん」とあれば、
おりすぎばさてもこそやめさみだれの今夜あやめのねをやひかまし
「とこそ思給へかへりぬべけれ」ときこえて、まうでゝ三日ばかりありてかへりたれば、〔宮より、「いとおぼつかなくなりにければ、〕まいりてとおもふを、いとこゝろうかりしにこそものうくはづかしうおぼえて、いとおろかなるものにおぼされぬべけれ。ひごろは、
つらけれどわすれやはするほどふればいと戀しきにけふはまけなん
あさからぬ心のほどをさりとも」とあれば、
まくるとも見えぬ物から玉かづらとふ一すぢも絶まがちにて
ときこえたり。宮、れいのしのびておはしましたり。をんな、さしもやはとおもふうちに、日ごろのおこなひにくるしうてうちまどろみたるほどに、
かどたゝくをきゝとがむる人もなし。きこしめすこともあれば、人などのあるにやとおぼしめして、やをらかへらせ給ぬ。つとめて、
あけざりしまきの戸ぐちにたちながらつらき心のためしとぞみし
「うきわすれにやと思ふにも、あはれになん」とあり。よべおはしましたりけるなめり、心なくもねいりにけるかなとおもひて、
如何にかはまきのいた戸もさしながらつらきこゝろのありなしはみん
「おしはからせ給べかめるこそ、みせたしは」とあり。今夜もおはしまさまほしけれど、かゝる御ありきを人％＼もせいしきこゆるを、とかく宮などのきこしめさんこともかなしきやうなりとおぼしつゝむほどに、いとはるかなり。雨うちふりていとつれ％＼なる比、おんなはいとゞ雲まなき
詠に、よの中はいかに成ぬるならんとつきせずのみながめて、すき事する人％＼はあまたあめれど、たゞ今もともかくも思はぬを、よのひとはさま％＼いふべかめれど、身のあはれこそとのみおもひてすぐす。宮より、「雨のつれ％＼はいかゞ」とて、
〔おほかたにさみだるゝとやおもふらん君こひわたるけふのながめを
とあれば、おりをすぐし給はぬをゝかしとおもふ。あはれなるおりしもと思て、〕
しのぶらん物ともしらでをのがたゞ身をしる雨とおもひけるかな
とかきて、かみのひとへをひきかへして、
ふればよのいとゞけきみのしらるゝをけふのながめに水まさらなん
「まち遠にや」とかきすさびたるを御らんじて、
なにせんに身をさへはてんとおもふ覽あめの下には君のみやふる
「誰もうき世お」とあり。五月六日になりぬ。雨なをやまず。ひとひの御返の、つねよりも物思ひたりしにあはれとおぼして、いたくふりあかして、つとめて、「こよひの雨の音は、いとおどろ／＼しかりつるを」など、まめやかにのたまはせたるを、
よもすがらなに事をかは思つるまどうつ雨の音をきゝつゝ
「かげにいながら、あやしきまでなん」と聞えさせたれば、猶いふかひなくはあらずかしとおぼして、御返、
我もさぞおもひやりつる雨の音をさせるつまなき宿は如何にと
ひるつ方、水まさりたりときゝて人％＼見るに、宮も御覽じて、
「今のほどいかゞ、水見になんいでゝはべる。
おほ水のさしつきたるにくらぶれどふかき心は猶ぞまされる
さはしり給へりや」とある、御返事、
今はよもきしもせじかしおほ水のふかきこゝろは川と見せつゝ
「かひなしや」ときこえさせたり。おはしまさんとおぼして、御火とりなどめすほどに、侍從のめのとまうのぼりて、「出させおはしますはいづちぞ。この御事いみじう人％＼申すなるは。なにのやむごとなき人にもあらず、めしつかはせおはしまさむとおぼしめさむかぎりは、めしてこそつかはせおはしまさめ。かる％＼しき御ありきは、いと見ぐるしき事ぞ。たゞにも人％＼あまたかよふところなり。びなきこともいでまうできなむ。すべて／＼よからぬことは、この右近ぞうなにがしがはじむるなり。故宮
もこれこそはゐてありきたてまつりしか。よる夜中とありかせ給て、よきことやはある。かゝる御ありきの御ともにありかむ人％＼は、大殿にまうさむ。世中はけふあすともしらず、かわりぬべかめり。とのゝおぼしおきてしこと共ある物を、世のありさま御覽じはつるまでは、かゝる御ありきなくてこそおはしまさめ」と申給。「いづちかいかん。つれ％＼なれば、はかなきすさびごとをこと％＼しういふべきにもあらず」。かねのたまはせんには、あやしくすげなき物にこそあれ。さるはいとくちおしからぬ物にこそあめれ、よびてやおきたらましとおぼせど、ましてきゝにくき事ぞあらむなどおぼしみだるゝほどに、おぼつかなくなりぬ。からうじておはして、「あさましう心よりほかにおぼつかなくなる、おろかになおぼしそ。御あやまちとなん思
ふ。かくまいりくるをびなしとおもふ人％＼あまたあるやうにきけば、いとおしくなむ。大かたもつゝましきかたにいとゞほどへぬる」とまめやかに御物語したまひて、「いざたまへ、こよひ斗。人もみぬ所あり。心のどかにものきこえん」とて車をさしよせて、たゞのせにのせたまへば、あれにもあらずのりても、人もこそきけと思ふ／＼いけば、いたうよふけにければしる人もなし。やをら人も見ぬらうのあるにさしよせて、おりさせたまひぬ。月もいとあかければ、「おりね」と忍びてのたまへば、さまあしきやうなればおりぬ。「人もみぬ所ぞかし。いまよりもかやうにきこえさせん。ひとなどもあるおりにやと思へばつゝましうてなん」など物語哀にし給て、あけぬれば車よせ給て、のせ給ひて、「御送りにもまいるべけれど、あかうなりぬべければ、ほかにあ
りけると人の見むもあいなし」とてとまらせ給ぬ。女、道すがら、あやしのありきや、いかに人思ふらむとおもへど、あけぼのゝ御すがたの、なべてのにはあらざりつる御さまもおもひいでられて、
よひごとにかへしはすれどいかで猶曉をきは君にせさせじ
「くるしかりけり」とあれば、
朝ごとにおくる思にくらぶればたゞにかへらんよひはまされり
「さらに／＼かゝることきかじ。よさりはかたふたがりたり。むかへにまいらん」とあれば、あなくるし、つねにはなどおもへど、れいの車にておはしたり。さしよせて、「はや／＼」とあれば、さもみぐるしきことかなとおもふ／＼ゐざりいでゝのりぬれば、よべの所にて物語などし給ふ。うへは院の御かたにわたらせたまはんとおぼす。明ぬれば、「とり
の音つらき」とのたまはせて、やおらうちのせておはしましぬれば、道すがら、「かやうならんおりは、かならず／＼」との給はすれば、「つねにはいかゞ」ときこゆ。おはしましてかへらせ給ぬ。しばしありて御文あり。「けさはうかりつるとりの音におどろかされて、つらかりつればころしつ。みたまへ」とて、鳥のはねにかきて、
ころしても猶あかぬかなねぬ鳥のおりふししらぬけさの初聲
御かへし、
いかゞとはわれこそおもへ朝な／＼なききかせつるとりのこゝろは
「とおもひたまふるを、鳥のとがならぬにや」。三日ばかりありて、月いみじうあかき夜、はしにいでゐて見るほどに、「いかにぞ、月はみたま
ふや」とて、
我がごとく思ひはいづや山の端の月にかけつゝなげくこゝろを
れいのおりよりはおかしきうちにも、宮にて月のあかゝりしに、人や見けむと忍びたりし、おもひ出らるゝほどに、ふと、
ひと夜みし月ぞとおもへばながむれど心もゆかずめは空にして
ときこえても、猶獨ながめゐたるほどに、はかなくてあけぬ。又の夜おはしましたりける。こなたにはかた％＼人のすむ所なりければ、そなたにひとの來りける車を御覽じて、「ひとの侍にこそ。車の侍り」と聞こゆれば、「よし歸なん」とておはしましぬ。ひとの云事はまことにこそとおぼすもむつかしけれど、さすがにたへはてんとおぼさゞりければ、文つかはす。「よべ參り
たりとばかりは聞給けん哉。それも、えりし給はざりしにやとおもふこそいみじけれ。」
松山に浪たかしとはみてしかどけふのながめはたゞならぬ哉
とあり。雨うちふるほど也。あやしかりける事かな。人のそらごとをきこえたりけるにやとおもひて、
君をこそ末の松とは思ひつれひとしなみには誰かこゆべき
ときこえつ。宮は一夜のことをなま心うく覺して、ひさしうの給はせで、かく、
つらしともまたこひしともさま％＼に思ふ事こそ絶せざりけれ
御返はきこゆべき事なきにしもあらねど、わざとおぼされんもはづかしくて、かくぞ、
あふ事はとまれかくまれなげかじをうらみたえせぬ中となりなば
ときこえさするも、なをまどをになむ。月のあかき夜うちふして、「うらやましくも」などながめらるれば、宮にかうぞきこえける。
月をみてあれたるやどにながむとは見にこぬまでもたれにつげよと
ひすましわらはして、「右近のぞうにさしとらせてきね」とてやる。宮はおまへにひと％＼して、御物がたりしておはしますほど也けり。まかでなどしていらせ給ふに、右近のぞうさし出たれば、「れいの車にさうぞくせよ」とておはします。女、はしにながめて居たるほどに、ひとのいりくれば、すだれうちおろしていたれば、まことにめなれたる御さまにはあらで、御なをしのいたうなれたるしもぞをかしうみゆ。物もの給はで、
御扇にふみをさしいれさせ給ふて、物きこえんにほど遠くてびなければ、女、あふぎをたてまつりつ。宮ものぼりなんとおぼしたり。前栽のおかしきなかをありかせ給ふて、「ひとは草葉のつゆなれや」などの給はす、いとなまめかし。ちかうよらせ給ひて、「こよひはまかりいでなんよ。たれに忍びつるも見あらはしになん。あすは物いみといふなりつるに、なくばあやしとおもひなん」とてかへらせ給へば、
こゝろみに雨もふらなんやど過て空ゆく月の影やとまると
ひとの云ほどよりもうめきて、あはれにおぼさる。「あが君や」とてしばしのぼらせ給て、いで給ふとて、
あぢきなく雲井の月にさそはれてかげこそいづれ心やはゆく
とておはしましぬるのち、すだれをあげてありつる御ふみみれば、
ときこえさせつ。さいふほどに七月にもなりぬ。七日にすき事どもする人％＼のもとより、七夕、ひこぼしなどいふ事共あまたみゆれど、めもたゝず。かゝるおりなど宮のすぐさずのたまはせし物を、むげにわすれさせ給にけるかなと思ふほどにぞ御ふみ有。みればたゞ、
おもひきや七夕つめに身をなしてあまのかはらおながむべしとは
とあれば、さはいへど、猶えすぐし給はざめりとおかしうて、
ながむらん空をだにみず七夕にいまるばかりのわが身とおもへば
と有を御覽じても、猶えおぼしすつまじとおぼす。つごもり方になりて、「いとおぼつかなく成にけるを、などか。人かずにおぼしめされぬなめりかし」とのたまはせたれば、女、
ねざめねばきかぬなるらん荻風はふかざらめやは秋のよな／＼
ときこえたれば、立かへり、「あがきみや、ねざめねばな。物思ときはとこそ。をろかにも」とて、
おぎ風はふかばいもねで今よりにおどろかすかときくべかりける
かくて二三日ありて、夕ま暮に、おもひもかけぬにゝはかに御くるまをよせておりさせ給。まだ見えまいらせねば、いとはづかしうおもへど、せんかたなうなる事などの給はせてかへらせ給ぬ。そのゝち日比になりぬるに、いとおぼつかなきまでおともし給はねば、女、
つれ％＼と秋の日比のふるまゝにおもひしられぬあやしかりしも
「むべ人は」ときこえたりければ、「此ほどにおぼつかなく成にけれど、されど、」
人はいさ我はわすれず日をふれど秋の夕暮ありし逢ふこと
とのたまはせたり。あはれに、頼むべくもあらず。かやうはかなし事にてよのなかをなぐさめてあるも、うちおもへばあさましう。かゝるほどに八月にもなりぬれば、つれ％＼なぐさめんとて、石山にまうでゝ七日あらんと思ひてまうでぬ。宮わひさしうもなりぬるかなとおもほして、御ふみつかはすに、わらは、「一日まかりてさぶらひしかど、いし山になんこの比はおはしますなる」と申さすれば、「さは、けふは暮ぬ。つとめてまかれ」とて御文かゝせ給。たまはりていし山にまいりたり。佛の御前にはあらで、古郷のみ戀しくて、かゝるありきもこしたるに身の有さまとおもふに、いともかなしうて、まめやかに佛をねんじたてまつりてあるほどに、かうしのしものかたに人のけはひのすれば、あやしう
て見おろしたれば、このわらはなりけり。あはれにおもひかけぬ所にきたれば、「なぞ」とゝはすれば、御ふみをさし出たるも、れいよりもふと引あけられてみれば、「いと心ふかく入給にけるをなん、などかかくとものたまはざらん。ほだしまでこそおぼされざらめ、をくらし給にこゝろうき」とて、
せきこえてけふぞとふとや人はしる思ひたえせぬこゝろづかひを
「いつかいで給はんとする」とあり。ちかうてだにおぼつかなくものし給ふに、かくわざとたづね給つらむよとおかしうおぼえて、
あふみぢはわすれぬめりと見しほどにせきうちこえてとふ人はたれ
「いつかはとのたまはせたるは、おぼろげにおもひたまえていりしかば」とて、
山ながらうくはうくとも都えはなにかうちでの濱を見るべき
ときこえたる、御覽じて、「くるしうともいけ」とて、「とふ人とか、あなあさましの御物いひや」とて、
たづねゆくあふさか山のかひもなくおぼめくばかりわするべしやは
「まことや、」
うきによりひたやごもりとおもふともあふみのうみはうちいでゝみよ
「うきたびごとにとこそいふなれ」とのたまはせたれば、たゞかく、
せき山のせきとめられぬ涙こそあふみの海にかれはつらめ
とてはしに、
こゝろみにおのが心も心みんいざみやこへときてさそひ見よ
とあり。思ひもかけぬにいく物にもがなとおぼせど、いかゞは。かゝるほど
にいでにけり。「さそひみよとありしかど、いそぎいで給にければなん」とて、
あさましやのりの山路にいりさして都へいざとたれさそひけん
御返はたゞ、
山をいでゝくらき道にぞたどりこし今一たびのあふことにより
つごもりがたに風いたう吹て、野わきだちて雨などふるに、つねよりも物心ぼそうながむるに、れいの御ふみあり。おりしりがほにのたまはせたるに、日比のつみもゆるしきこへつべし。
なげきつゝ秋のみ空を詠ば雲うちさはぎ風ははげきし
〔御かへし、
秋風は氣色〕吹だにかなしきにかきくもる日はいふかたぞなき
げにさぞあらんかしとおぼせど、れいのほどへぬ。九月十よひ許
の有明の月に御めさまして、いみじうひさしうもなりにけるかな。人などやあらんとおぼせど、れいのわらは許を御ともにておはしまして、かどをたゝかせ給に、めをさましてよろづを思つゞけふしたるほどに、すべて此ころは折からにや、こゝろぼそうあはれに、つねよりもおぼへてぞながめける。あやし、たれならんとおもひて、まへなる人ををこしてとはせむとすれど、とみにもおきず。からうじてをきては、ここかしこ物にあたりさわぐほどに、たゝきやみてかへりぬるにやあらん。いぎたなしとおぼしぬらんこそおもはぬさまなれ。おなじこゝろにまだねざりけるかな、たれならむと思ふ。からうじていでゝ、ひとはなかりければ、「そらみゝきゝおはさうじて、よのほどだになにとかまどはさるゝ。さわが
しのとのゝおもとたちや」とてねぬ。女、やがてねで、いみじうきりたる空をながめつゝあかくなりぬれば、此あかつきをきのほどの心におぼゆることども、はかなきものにかきつくるほどにぞ、れいの御ふみある。たゞ、
あきのよの有あけの月の入までにやすらひかねて歸りにし哉
いでや、げに如何にくちおしうおぼされつらんとおもふよりも、なをおりふしすぐしたまはずかしと、誠にあはれなる空のけしきをみたまひけると思にいとおかしうて、この手ならひのやうにかきたるものをぞ、御返のやうにひきむすびてたてまつる。「風の音、この葉のゝこりあるまじげにふきたる、つねよりもものあはれにおぼゆる。こと％＼しうかきくもる物から、たゞけしきばかり雨うちふるはせんかたなくあはれにおぼ
へて、
秋のうちにくちはてぬべしことはりの時雨にたれかそでをからまし
となげかしう思へど、しるひともなし。草木の色さへ見しまゝにもあらずなりもてゆく。時雨ほどのひさしさもまだきにおぼゆるに、かぜのくるしげにうちなびきたるには、たゞ今もきえぬべき露の我身ぞあやうく、草葉につけてかなしきまゝにおくにもいらで、やがてはしにふしたれば、つゆねぶるべくもあらず。ひとはみなうちねたるに、そのこととおもひてはくべくもあらねば、つく％＼とめをのみさまして、何こゝろなううらめしうのみおもひふしたるほどに、かりのはつかにうちなきたる、人はかうしも思はずやあらん、いみじうたへがたき心ちして、
まどろまで哀いくよになりぬらむたゞかりがねをきくわざにして
かくてのみあかさんよりはとてつまどをしあけたれば、おほ空にゝしにかたにきたる月かげほそうすみてみゆるに、きりはたりたる空のけしき、かねの音、とりのこへひとつにひゞきあひて、さらにすぎにし方、今行すへのことも、かゝるおりはあらじと、袖の雫さへめづらか也。
我ならぬひともさぞみむ長月のあり明の月にしかじあはれは
たゞ今此かどをうちたゝかするひとのあらんに、如何におぼえん。いでや、たれかかくてあかすひとはあらん。
よそにてもおなじこゝろにあり明の月をみるやと誰にとはまし
みやはたりにやきこえさせましとおもふに、おはしましたりけるよとおもふまゝにた
てまつりたれば、うちみたまひて、かひなくはおぼされねど、ながめいたらんにふとやらんとおぼしてつかはす。女、やがてながめいだしていたるにもてきたれば、あへなきこゝちして、ひきあけてみれば、
あきのうちはくちける物を人もさわ我袖とのみおもほゆるかな
きえぬべき露が命とおもわずばひさしききくにかゝりやはせめ
まどろまで雲井のかりの音をきくは心づからのわざにぞ有ける
我ならぬ人も有明の空をのみおなじこゝろに詠けるかな
よそにても君ばかりこそ月はみめと思ひてゆきしけさぞくやしき
「いと明がたかりつるかどをこそ」とあるも、物きこえさせたるかひある心ちすかし。かくてつごもり方にぞ御ふみ有。日比のおぼつかなさな
どいひて、「あやしき事なれど、しのびて物いひつる人なんとをくいくなるを、あはれといひつべからん事ひとついはんとなむおもふ。それよりのたまふことのみなんさはおぼゆるを、のたまへ」とあり。あなしたりがほとおもへど、「さはえきこへじ」と申さむもいとさかしければ、「のたまはせむ事はいかゞ」とばかりに〔て〕、
おしまるゝ涙にかげはとまらなんこゝろもしらず秋はゆくとも
「まめやかにはかたはらいたき事になん侍る」とて、はしに、「さても、」
君おゝきていづちゆくらん我だにもうきよの中にしひてこそふれ
とあれば、「いとおもひやうなりときこえさせんも見しりがほなり。あまりにおしはかりそへ給へる。
うちすてゝ旅ゆくひとはさもあらばあれまたなきものに君しおもはゞ
ありぬくなん」とのたまはせたり。かくいふほどに十月にもなりぬ。十日のほどにおはしましたり。おくはくらうておそろしければ、はしちかううちふさせ給ひて、あはれなることのかぎりをのたまはするにかひなくはあらず。見ればつく％＼しぐるゝほどなり。わざと哀なるさまをつくり出たるやうなり。おもひみだるゝほどのこゝちは、いとぞそゞろさむきや。みや御らんじて、ひとのびなきにのみいふめるかなとおぼすに、あはれにおぼされて、女のねるやうにておもひみだれふしたるを、「や」とおどろかしたまひて、
時雨にも露にもあらでねたるよもあやしくぬるゝ手枕のそで
わりなくおぼゆると御いらへきこゆべきこゝち
もせねば、ものもきこへさせで、たゞつきかげに泪のおつるをあはれと御らんじて、「などいらへもし給はぬ。はかなきこと申侍も、こゝろづきなしとおぼしたるにこそ」とあれば、「如何に侍にか、心ちのかきみだるやうにし侍る。みゝにわとまらぬにしも侍らず」とて、「よし、こゝろみさせたまへ。手枕のそでといふ事はするゝおりや侍けり」とたはぶれごとにいひなして、あはれなりつるよのけしきもかくてのみいふほどに、ことにたのもしきひとなどもなきなめりかしと心ぐるしうおぼへて、「今のま如何ゞ」とのたまはせたる返事に、
けさのまに今はひぬらん夢ばかりぬるとみえつる手枕のそで
ときこへたり。「はすれじ」といひつることをもいひたれば、おかしうおぼして、
夢ばかり泪にぬるとみつらめどほしぞかねつる手まくらのそで
「よべの空のけしきのあはれにみえしは、ところがらにや」。それよりのち心ぐるしうおぼされて、しば／＼おはしましてさまなども御らんじもていくに、よになれたるひとにもあらず、物はかなげにみゆるもこゝろぐるしうおぼされて、あはれにかたらはせ給。「いとかくつれ％＼にながめさせ給らんを、おもひおこたることなけれど、たゞおはせかし。よの中のひともいとびなげにいふなり。とき％＼まいりくればにや、まみゆるにもなし。ひとのいときゝにくゝいふに、またたび／＼かへるほどのこゝちのわりなかりしも、ひとげなうおぼえなどせしかば、如何にせましなどおもひなるおり／＼もあれど、ふるめかしき心なればにや、きこへ絶んことのいとあはれにおぼえてなむ。さりとてかくのみえまいりくまじきを、まことにきくことありてせいすることなどあらば、空ゆく月にもあら
ず。もしの給やうなるつれ％＼ならば、かしこにもおはしなんや。ひとはあれどびなかるべきにもあらず。もとよりかゝるすぢにつきたなき身なれば、ひとげなきところについゐなどもせず、をこなひなどする事だに、たゞひとりあれば、おなじところに物がたりなどもきこへてあらば、なぐさむこともやとおもふなり」とのたまへば、おもふにも、げに今さらにさやうにびなきありさまは如何ゞはせんとおもひて、一みやの御事もきこへきりてあるを、さりとて山のあなたにしるひともなきほどに、かくてすぐすもあけぬよのこゝちのみすれば、はかなきたはぶれごともいふひとあまたありしかば、あやしきさまにのみぞいふべかめる。さりとてことざまのたのもしきこともなし。なにかは、さてもこゝろみん。よし、北方はおはすれど、たゞこと御かたにて、御めのとこそはよろづのことすなれ。
またけそうにひろめかばこそあらめ、さるべきかくれなどにあらんは、なでうことかはあらんなどおもひて、このぬれぎぬはさりともにやみなんをとおもひて、「なに事も、たゞ我より外のとのみぞ思ひたまへつゝすぐし侍ほどのまぎらはしには、かやうなるおり、玉さかにもまちつけきこへさするより外のことなければ、たゞ如何にもまれ、の給はせんまゝと思ひ給ふるを、よそにても、見ぐるしきものにきこえさすらん。まして誠なりけめと見侍らんぞかたはらいたう侍らん」ときこゆれど、「それはこゝにこそ、とてもかくてもいはれめ、見ぐるしうは誰かみん。いとようかくれたる所つくりいでゝ、今きこえん」などたのもしうのたまはせて、夜ぶかう出給ぬ。かうしもあげながらあり。つねはたゞひとりふしにて、如何にせまし、さても人わらはれなることやあらんと、
さま％＼におもひみだれてふしたるほどに御ふみあり。
露むすぶ道のまに／＼朝ぼらけぬれてぞきつる手枕のそで
この袖の事をはかなき事なれど、おぼしわすれでの給はせたる、おかしうおぼゆ。
道しばの露とおきゐる人よりも我手枕の袖はかはかず
其夜の月のいみじうあかうすみて見ゆるを、こゝにもかしこにも詠あかして、またつとめて御ふみつかはさむとて、「れいのわらはまいりたりや」とゝはせ給ほどに、女、しものいとしろきにおどろかされて、
[4]手枕の袖にも霜はをきけるをけさうちみればしろたへにして
ときこえさせたり。ねたうせんぜられぬるかなとおぼして、「つまかうとおきあかしつる霜なれば」とうちの給はせて、只今ぞ人まいりたれば、「うたてあべき物かな、とくとおもひつるに」とて、御けしき
あしうて給はせたれば、もていきて、「まだこれよりきこえさせ給はざりけるときより侍りけるを、めし侍ければ、いまゝでまいらずとて御ふみをとり出たり。「よべの月はいみじうあかゝりし物かな」とて、
ねぬるよの月はみつやとけさはしもおきいでてまてどゝふひともなし
げにかれよりの給しにと見るも、同じこゝろにおかしうて、
まどろまで一夜ながめし月みれどおきながらしもあかしがほなる
ときこえさせて、此わらはの、「いかにさいなむらん」とおづればをかしうて、はしに、
霜のうえに朝日さすめり今ははやうちとけにけるけしき見せなむ
「いたうわびはべめり」とあり。見給て、「けさしたりがほに覺したりつるもいとにくし。此わらはころしてばやとまでなん」とて、
朝日さす今はきゆべき霜なれどうちとけがたき空のけ色に
とあれば、「ころさせ給べかなるにこそ」とて、
君はこずたま／＼見ゆるわらはをばいけとも今はいはじとおもふか
うちわらはせて、
ことはりや今はころさじ此わらはしのびのつまのいふことにより
「誠、手枕の袖といふ事ことをわすれ給ぬるなめりかし」とあれば、
人しれぬこゝろにかけて忍ぶをばわするとや思ふ手まくらのそで
ときこえたれば、
物もいはでやみなましかばつけてだに思ひ出ましや手枕のそで
「猶かずはおぼしつ」とぞある。かくて二三日音もせさせ給はず。たのもしげにの給はせしことも如何に成ぬるにかとおもひつゞくるに、いもねられず。めをさましてふしたるに、やう／＼あけぬらんかしとおもふに、かどをうちたゝく。あなおぼえなと思へどとはすれば、宮の御ふみなりけり。思ひかけぬほどなるを、心やゆきてとあはれにおぼえて、文をあけてみれば、
見るやきみさ夜うちふけて山のはにくまなくすめる秋のよの月
かくはしうちながめられて、つねよりもあはれにおぼゆ。かどもあけねば、おぼつかなふつかひまちどをにおぼゆらんとて、
ふけぬらんとおもふ物からねられねど中／＼なれば月はしもみず
かづらきの神もさこそはおもひけめくめぢにわたすはしたなきまで
「わりなくこそはおもひたまへしか」ときこえさせたれば、立かへり、
おこなひのしるしもあらばかづらきのはしたなしとてさてややみなん
などいひて、ありしよりはとき％＼おはしましなどすれば、こよなうつれ％＼なぐさむ心ちす。かくて有ほどに、よからぬ人％＼の文などおこする、また身づからもたちさまよふに付ても、とく參りなばやとおもへど、猶つゝましくてすが／＼しうも思ひたゝず。霜のいとしろきにつとめて、
我うへはちどりもつけじおほとりのかねにも霜はさやはをきける
「さらばくちおしこそ」とのたまはすれば、
しぐれかもなにゝぬれたる袂ぞとながめかねてぞわれもながむる
とて、「誠や、」
紅葉ばゝよ半の時雨にあらじかし昨日山べをみたらましかば
とありけるを御らんじて、
そよやそよなどて山べを見ざりけんけさはくゆれどなにのかひなし
とてはしに、
あらじとはおもふ物から紅葉ばのちりやのこれるいざたづねみん
とのたまはせたれば、
うつろはぬときはの山も紅葉せばいざかしゆきてのど／＼とみむ
「おこならん方にぞ侍らん」とて、一日おはしましたりしに、「さはる
ことありてきこえさせぬぞ」と申をおぼしいでゝ、
たかせ舟はやこぎ出よさはることさし歸にしあしまわけたり
ときこえさせたるをおぼしわすれたるにや、
山べにはくるまにのりて行べきをたかせの舟はいかゞよすべき
とあれば、
紅葉々のみにくるまでもちらざらばたかせの舟の如何ゞこがれん
とて、その日もくれぬ。おはしましたるに、こなたのふたがりたれば、れいのいとしのびてゐておはします。この比は四十五日の御かたたがえさせ給とて、御いとこの三位中將の家におはします。れいならぬ所にさへあれば、「くるし」ときこゆれど、しゐておはしまして、車ながら人もみぬ車やどりにたてゝいらせ給ぬれば、おそろしう思ふに、ひとしづめてぞ
おはしまして、御くるまにたてまつりて、万のことをのたまはせちぎる。こゝろえぬとのゐのおのこどもぞめぐりありく。れいの右近のぜう、このわらはとぞちかくさぶらふ。あはれにものゝおぼさるゝまゝに、すぎにし方さへくやしうおぼしめさるゝもあながちなり。あけぬればやがていておはしまして、ひとのおきぬさきにといそぎかへらせ給。つとめて、
ねぬる夜のねざめの夢にならひてぞふしみのさとをけさはおきつる
御返、
そのよゝり我身のうへはしられねばすゞろにあらぬ旅ねをぞする
などきこゆ。なにかはかくねんごろにかたじけなき御心ざしをみしらず、こゝろこはきさまにもてなすべき。ことことはさしもあらでなどおもへば、まいりなんとおもひたつ。まめやかなることとていふひとあれど、みゝ
にもたゝず。こゝろうき身なればすぐせにまかせてあらんとおもふにも、そのみやづかへよ、いまさらにほいにもあらず、いわほの中こそすまゝほしけれ。又うきこともあらば如何ゞせん、いとこゝろなきさまにこそおもひいわめ。なをかくてやすぎなまし、ちかくてだにおやはらからの御ありさまもみきこへん。またほだしのやうなるひと％＼のうへもみさだめんとおもひたちにたれば、あひなし。まいらんほどまでだにびなき事いらへきこしめされじ、ちかくてはさりとも御らんじてんとおもひて、すき事せしひと％＼のふみも、「なし」とのみいわせて、さらに返事もせずのみあるほどに、御ふみあり。みれば、「さりともとたのみけるがおこなり」などおほくのことのたまはせで、「よし、たゞいわみがた」とばかりあるに、むねうちつぶれてあさましうおぼゆ。めづらかなることどもなどいとおほくいでくれど、さわれ、なからむことは如何
ゞせんなどおぼへてすごしきつるを、これはまめやかにのたまわせたれば、おもひたつことほのきゝけるひともあべかめるに、をこなるめをもみるべかなるかなとおもふにかなしくて、御かへりきこゆべきこともおぼえず。又如何なることをきこしめしたるにかとおもふにはづかしうて、御返事きこえねば、ありつることをはづかしとおもふなめりとおぼして、「などか御返も侍らぬ。さればよとこそおぼゆれ。いとゝくもかわる心哉。ひとのいふことありしかばよもとおもひながら、おもはましかばとばかりきこえしぞ」とあるにむねすこしあきて、御けしきもゆかしくて、なに事にかときかまほしくて、「誠にかくもおぼされば」とて、
今のまに君きまさなん戀しとてなもあるものを我ゆかんやは
ときこえたれば、
君はさは名のたつことをおもひけり人からかゝるこゝろとぞみる
「これにこそはらさへたちぬれ」とぞある。かくはぶるけしきを御らんじて、たはぶれせさせ給とはみれど獨くるしうて、「なをいとあやうしこそ侍れ。如何にもありて御らんぜさせまほしうこそ」ときこへさせければ、
うたがはじ又うらみじとおもへどもこゝろに心かなはざりけり
御かへし、
うらむらんこゝろはたゆなかぎりなくたのむ君をぞ我もうたがふ
ときこへてある程に、暮ぬればおはしましたり。「なをひとのいふことあれば、よもとはおもひながらきこへしに、かゝる事いわれじとおもひ
たまはゞ、いざときこゆるに、いざたまへかし」などのたまわせて、あけぬれば出させたまひぬ。かくのみ絶ずのたますれど、おはしますことはかたし。雨風などいたうふりふくひしも音づれさせたまはねば、人ずくなゝるところのかぜの音おぼしやらぬなめりかしとおもひて、くれつかたきこゆ。
しもがれはわびしかりけり秋風のふくには荻の音づれもしき
ときこへたれば、かれよりものたまはせたりける御文をみれば、「いとおそろしげなるかぜを、いかゞとなんあはれに、
かれはてゝ我より外にとふひともあらしの風をいかにきくらん
とおもひやりきこゆるこそいみじけれ」とぞある。の給はせけるを見るもおかしうて、所たがへたる御物いみにてしのびたる所におはしますとて、れいの御車あれば、今はたゞともかくものたませんにしたがひてとおもへばま
いりぬ。心のどかに御物語おきふしきこえて、つれ％＼もまぎるればぞ、ましてまいりなまほしき。御物忌すぎぬればれいのところにかへりて、けふはつねよりもなごりおしうおもひいでられ、わりなふおぼゆればきこゆ。
つれ％＼とけふかぞふればとし月の一日ものはおもはざりける
御らんじてあわれとおぼして、「こゝにも、
おもふことなくてすぐしゝおとゝひを昨日とけふになすよしも哉
とおもへどかひなくなん。猶おぼしたて」とあれど、いとつゝましくて、すが／＼とおもひたゝぬほどは、たゞ打ながめて明しくらす。色／＼みえし木のはものこりなく、空もあかうはれたるに、やう／＼入はつる日のかげ心ぼそうみゆれば、れいのきこゆ。
なぐさむる君もありとはおもへども猶夕ぐれは物ぞかなしき
とあれば、
夕ぐれはたれもさのみぞおもほゆるまづゆふ君は人にまされり
「とおもふこそあはれなれ。たゞいままいりこばや」と有。又の日のつとめて霜のいとしろきに、「さて今のまはいかゞ」とあれば、
おきながらあかせる霜の朝こそまされる物はよになかりけり
などきこえかはす。れいのあわれなることなどかたらせたまひて、
我獨おもふは思ふかひもなしおなじ心にきみもあらなむ
御返、
君はきみ我はわれともへだてねばこゝろ％＼にあらんものかは
かくて女、かぜにやおどろ／＼しうはあらねどなやましうすれば、「いかに／＼」とゝはせ
給ふ。よろしうなりて有ほどに、「いかゞ」とゝはせ給たれば、「すこしよろしうなりにて侍り。しばしいきて侍らばやとおもひ給へつるにぞつみふかう。さるは、」
たえし比たえねとおもひし玉の緒の君により又おしまるゝ哉
とあれば、「いと／＼うれしきことかな」とて、
玉のおのたえん物かはちぎりおきし長き心はむすびこめてき
かくゆふほどにとしも殘なければ、春つかたとおもふ十一月ついたちごろ、雪のうちふるつとめて、
神よゝりふりはてにける霜なれどけふはことにもめづらしき哉
御返し、
はつ霜といづれの冬もみるまゝにめづらしげなきみのみふりつゝ
など、かゝるよしなしごとに明しくらす。御文有。「おぼつかなくなりにければまいりてとおもひつるを、人％＼ふみつくるめれば」となんの給いたれば、
いとまなみ君きまさずば我ゆかん文つくるらん道はしらねど
おかしうおぼして、
我宿に尋てきませ文つくる道もおしへんあひもみるべく
又つねよりも霜のいとしろきに、「いかゞ見る」とのたまはせたれば、
さゆる夜の數かくしぎは我なれやいく朝霜をおきて見つらん
その比雨などのはげしければ、
うつゝとも思はざらなんねぬるよの夢にみえつと
「おもひなさなん。あなこゝろみじかや、
ほどしらぬ命ばかりぞさだめなきちぎりしことはすみの江の松
あがきみや、さらにあらましごときこへじ。ひとやりならぬ、物わびし」とぞある。女はそのゝちもあはれにおぼえて、なげきのみせらる。「とく」とて、いそぎたちたらましかばと思ふ。ひるつかたある御ふみをみれば、
あな戀し今もみてしが山がつのかきをにおふるやまとなでしこ
「あな物くるをし」とうちいはれて、御返事
戀しくばきてもみよかし千はやふる神のいさむる道ならなくに
と申たれば、うちほゝへませたまひて御らんず。此ころは御きやうならはせたま
ひければ、
あふみちは神のいさめにあらね共法のむしろにおりはたゝぬぞ
御かへりごと、
我さらばすゝみてゆむん君はたゞ法のむしろをひろむばかりに
などきこへさせつゝすぐす。雪いたうふるひ、ものゝ枝にふりかゝりたるにつけて、
雪ふればきゞの木の葉も春ならでをしなべ梅の花ぞさきける
などのたまわせたるにおどろきながら、
梅わゝやさきにけりとてをればちる花とぞ雪のふるはみへける
又のひ、まだつとめて、
冬のよを戀しきことにめもあわで衣かたしきあけぞしにける