About the electronic version:
Title: Futatsu chocho kuruwa nikki
Title: [electronic resource]
Author: Takeda, Izumo; Miyoshi, Shoraku; Namiki, Sosuke
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Atsuko Nakamoto
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Publisher: Charlottesville, Virginia : University of Virginia Library , Japanese Text Initiative, TakFuta Publicly accessible
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© 2003 by the Rector and Visitors of the University of Virginia
About the original source:
Title: Nihon gikyoku zenshu dai 29 kan
Title: Gidayu kyogen sewamonoshu
Title:
Author: Izumo Takeda, Shoraku Miyoshi, and Sosuke Namiki
Publisher: Tokyo : Shun'yodo , 1930
双蝶々曲輪日記 序幕 浮無瀬の場 清水堂の場
役名==山崎屋與五郎。
同手代、權九郎。
藤屋利八。
藤屋吾妻。
藤屋都。
平岡郷左衞門。
三原有右衞門。
傾城折鶴。
同、玉琴。
藝子、豐野。
太皷持ち、佐渡七。
南與兵衞。
造り物、浮無瀬、大座敷の體。幕内より傾城吾妻、折鶴、玉琴、好みの拵らへ。曳船、禿、大勢、並よく並び居る。藝子豐野、好みの拵らへ、太皷持ち佐渡七、豊野を煽ぎ立て居る。この見得、山姥のチラシにて幕開く。
[ト書]
トこれにて仲居おいわ、おさき、おもん、銚子杯、肴鉢を持ち出る。姉女郎都、附き添ひ出る。
佐渡
豐野さんの山姥の振り事、けうといものでござります。いつぞや見たより、扇の手が、餘ツぽどよかつたわいなう。
さき
どうでも此方の贔屓の藝子さん。
都
ヨウ/\、豐野さん/\。
佐渡
お前ばつかりは、ハテ、なんでも太夫さん方に、贔屓にしてもらはねばならぬ。
[ト書]
ト豊野を前へ連れ出る。
[佐渡]
いよ/\御贔屓を、ヅイと希ひ願ひ奉ります。
[ト書]
ト引合せのやうに云ふ。
折鶴
佐渡七さんが頼ましやんせいでも、豐野すは、贔屓でおますわいなア。
玉琴
隨分お客を引きつけう程に、早う袖詰めさしやんせえ。
豊野
よろしう、お頼み申し上げます。
佐渡
オツと、氣遣ひせまい。そのお客は、この佐渡七が引きつけて、お初穗を、おれが戴くぢや。
[ト書]
ト抱きつかうとするを、振り放し
豊野
こちや、知らぬわいなア。
佐渡
その、おぼこい所を。
[ト書]
ト捉へにかゝる。
豊野
アレイ。
[ト書]
ト逃げて玉琴の後へ隱れる。折鶴と仲居三人立ちかゝり
仲三
佐渡七さん、堪忍して上げさしやんせいなア。
佐渡
イヤ、堪忍はならぬ。留めて取つてくりよ。
[ト書]
ト踊り三味線になり、四人、豊野を捕へにかゝる。皆皆、捕へさせぬ模樣、蛇尾とろになり、よろしくあり
もん
これはしたり、佐渡七さん、よい加減にほたへなませ。太夫主達も、見つとむない。お前がたばかりの陽氣にしましても、肝心の此方の太夫主の氣が浮かぬわいなア。
禿皆
佐渡七、主は氣がないぞえ、
佐渡
誠に、負うた子に教へられて、アハヽヽヽ。どう云ふかう云はうと、云ふ御子もてぬお顏。申し太夫さん、こりやどうでござります。
吾妻
わたしが持てぬ顏して居るを、知らずかいなア、都さん。
都
里の惡口云はしやんす程にもない、佐渡七主、嗜なましやんせいなア。
佐渡
イカサマ、憂河竹の持てぬ顏とは、節季には、まだ早し。よもやお腹が、岩田帶と云ふでもあるまいし。
禿皆
戀ぢやわいなア。
佐渡
なんぢや。戀ぢや。待つたり、逃げ戀、待つ戀、忍ぶ戀、この三つのうちぢやわい。
都
オヽ、愚鈍やの。
佐渡
オヽぐどん。ひだるい時にぐどん蕎麥切り、もう來さうなものぢやが。エヽ、聞えた。待つ戀に、違ひなし違ひなし。
もん
やう/\合點がいたさうなわいなア。
都
吾妻さんは、與五郎さんがござんせぬに依つて、辛氣に思うてゞござんすやら。
吾妻
都さんは、與平さんが。
[ト書]
ト兩人、顏見合せ
兩人
オヽをかし。
吾妻
ほんに、譬へに云ふ通り、待たるゝと
佐渡
松は、松坂越えたえ。
[ト書]
ト音頭のやうに云ふ。踊り三味線になり、佐渡七、禿踊る。この一件、皆々奧へ入る。
[唄]
すぎはひは、草の種とやさま%\に、世を浮き節の笛細工、傘に小笛をぶら/\と、子供たらしの荷ひ賣り、清水邊を吹き歩く。
[ト書]
トこの淨瑠璃にて、向うより與兵衞、好みの形、荷を持ち出て
與兵
サア/\、買うたり/\、横笛鹿笛唐人笛。
[唄]
吹き立て/\賣り立つる、笛の音に寄る鹿ならで、合圖の笛を聞くよりも、都はソツと座敷を拔け出し。
[ト書]
ト與兵衞、本舞臺へ來る。ト奧より都、出て
都
與兵衞さん、よう來て下さんした。逢ひたかつた逢ひたかつたわいなア。
與兵
おれも其方の文を見たゆゑ、早速昨夜にも來ようと思うたれど、この浮無瀬は揚屋と違うて、夜はちよつとも、逢はれまいと思うて、商ひの出がけに來た。して、急に逢ひたいと云やる用は。
都
サア、その急な用と云ふは、外でもない。いつぞやから、九軒の井筒へ來る客に、有右衞門と云ふ、憎てらしい侍ひがござんす。その侍ひ面めが、わたしを身請けすると云うて、親方に引合うたとやら云ふ噂で、それでこの事を、お前に知らせたのでござんすわいなア。
與兵
よう知らせてたもつた。わしが流浪も、云はゞ其方ゆゑ。その太夫が、外へ身請けしられるを、なんで默つて見て居られう。
都
まだそればかりぢやござんせん。お前に云はねばならぬのは、與五郎さまの手代權九郎、太鼓の佐渡七もろともに、昨日から段々と、わしに云ふのを聞かしやんせ、追ツつけ年も明くなれば、何かにつけて心に叶はぬ事がある。借錢萬事を請け込まう、どうぞ逃げてくれんかと、あの佐渡七面めが、同じやうにアタ憎てらしい。どこで聞いたやら、お前の事まで云ひくさるわいなア。
與兵
そりや死際に樂しうなると、好い鳥がかゝつて仕合せ。逢うてやつたがよいわいの。
都
エヽ、逢ふ氣ならお前に云やせぬ。もし疑ひの心もあらうかと、思うて云ふに其やうな、つれない詞は胴慾なわいなア。
[唄]
恨みつらみも人目を忍び。
[ト書]
ト都、與兵衞に取りつくと、奧にて
禿
アイ/\。
[ト書]
ト禿、走り出る。兩人、ちやつと、素知らぬこなし。
[禿]
都さん、爰にかいなア。吾妻さんが、呼んでぢやぞえ。
都
もうそこへ行く程に、先へ行て下さんせ。
禿
そんなら、早う來ませやア。
[ト書]
ト奧へ入る。
都
オヽ忙し。これでは、なんにも話しする間がない。追ツつけ首尾して來う程に、ちつとの間、待つて下さんせ。
與兵
心長う、待たす事はならぬぞや。
都
合點ぢやわいなア。
與兵
嘘ぢやないか。
都
オヽくど。
[唄]
都に別れ南與兵衞、暫し木蔭に待ち居たる。
[ト書]
ト都、心を殘し、奧へ入る。與兵衞、荷を片寄せ、下手へ隱るゝと、踊り三味線になり、向うより與五郎、衣裳、羽織、好みの拵らへにて、丁稚治郎吉を伴ひ出て、花道、よき所にて
與五
アゝ、面白さうに、騷ぐワ/\。なんと治郎吉、面白い所であらうが。
治郎
爰は、なんと申す所でござりますえ。
與五
爰は、清水の浮無瀬と云ふ所ぢや。今日は、太夫が來て居やる筈ぢやが、爰へ來て居い、安井から、天王寺へ向つて來ると云うて置いたが、まだ來ぬか、誰れぞに、聞きたいものぢやが。
佐渡
つい一走り行て、見て參りませう。
[ト書]
ト奧にて云ひ/\出る。與五郎、見て、手を叩く。
[佐渡]
旦那、きつい、お持たせぶりでござりますなア。
與五
オヽ佐渡七か。今日は大儀々々。太夫は來て居るか。
佐渡
來て居るかとは、愚か/\。あなたが遲いと云うて、酒も知らず、飯も食べず、大機嫌惡でござります。ちよつと、あなたのお顏を、お目にかけて下さりませ。
與五
そんなら、なんと云ふ。おれが遲いと云うて、太夫が腹立てゝ居たか。
佐渡
イヤモウ、側が堪るもんぢやござりませぬ。
與五
アノ、ほんまにか。
佐渡
眞實、誓文。
與五
早う知らせてくれ/\。
佐渡
畏まつたと、急ぎ行く。
[ト書]
ト淨瑠璃にて、奧へ入る。
與五
治郎吉、おれは爰から、直ぐに仲へ行くに依つて、明日の朝、新町の折屋へ迎へに來い。
治郎
畏まりました。
[ト書]
ト橋がゝりへ走り入る。
與五
また冗談するな。
[ト書]
ト後を見送り
[與五]
冗談せうと思うて、嬉しがつて行き居つた。ハヽヽ。併しなア、彼奴が冗談のしたいも、おれが、山崎へ去にとむないも、同じやうなものかい。
[ト書]
ト合ひ方になり、此うち吾妻、出かけ、物云はうとしても、與五郎、矢張り向う向きにこの臺詞云うて居るゆゑ、いろ/\あつて、トヾ癪の發りしこなし、ウンと反る。與五郎、これにて恟り、側へ寄つて、
[與五]
太夫、なんとしやつた。
[ト書]
ト吾妻、氣附かぬこなし。
[與五]
サア/\、癪が發つたさうな。
[ト書]
ト抱きかゝへ、耳に口をよせて
[與五]
吾妻やい、太夫いなう。
[ト書]
トいろ/\呼び生ける。吾妻、矢ツ張りのさつてゐる。與五郎、いろ/\として脊中を撫でながら
與五
太夫、氣が付いたか/\。
[ト書]
ト手を放す。吾妻、バツタリこける。
[與五]
ヤイ/\、矢ツ張り氣が付かぬさうな。吾妻やアい、太夫やアい。
[ト書]
トいろ/\うろたへる事あつて
[與五]
こりやモウ、どうもならぬ。誰れぞ、來てくれいや。
[ト書]
ト奧より都、玉琴、折鶴、豊野、禿、仲居三人、曳船佐渡七、皆々バラ/\と出て
皆々
なんでござりまする。
與五
なんぢやどころか、太夫が、癪が發つた、目が舞つた/\。
皆々
エヽ。
曳船
さうして、太夫主が氣附かぬかいなア。
都
お醫者樣を、早う呼びにやつたが、よいわいなア。
與五
さうぢや/\。誰れぞ、早う醫者を呼んで來て。
もん
それでも、爰らの勝手は知らず。
さき
と云うて、捨てゝも置かれず。
與五
どうぞ仕やうは、ないかいやい。
玉琴
困つたものでござります。
與五
コリヤ/\佐渡七、どうぞ太夫の氣附く、好い思案はないか。思案してくれ/\。
佐渡
なんぼう旦那のお詞でも、斯うなつては、私しぢやて、醫術は覺えず、藤井ではなし、とんと仕やうがござりませぬ。全體、これは皆、旦那、あなたから起つた事でござります。
與五
太夫が、癪が發つたを、おれが業とは。
都
そりや、お前が遲いに依つて、吾妻さんが例の、疳癪でござんすわいなア。
曳船
サア與五郎さん、太夫主を元のやうにして
玉折
戻さしやんせいなア。
與五
ぢやと云うて、そんな無理な事があるものか。おれぢやと云うて、遲う來る氣はないけれど、つい天王寺へ參つて行たに依つて、それでちつと隙が入つたのぢや。
都
イヽエその云ひ譯は
皆々
立たぬわいなア。
與五
そんな無理な事があるものか。あやまつて居る程に皆も思案してくれいやい。
佐渡
旦那、こりや皆、あなたが惡いからでござりますぞえ。
與五
サア、おれが惡いと云ふゆゑ、最前から、あやまつて居るわいなう。
佐渡
そんなら、ほんにあやまらしやりましたか。
與五
イヤモウ、近年の大あやまりぢや。
佐渡
なんと皆さん、旦那も餘ツぽど應へたさうと見えます。
都
あやまらしやんす事ならば、吾妻さんの氣附けの傳授を
皆々
教へて上げしやんせいなア
與五
南無佐渡七大明神、拜むわい/\。
佐渡
サア、その氣を附ける傳授は。
與五
その傳授は。
佐渡
マア、何がなしに、水を呑ました/\。
與五
オツと合點ぢや。
[ト書]
ト茶碗の水を持つて來て、吾妻の側へ行く。
佐渡
オツト、それではゆかぬ。口移しに呑ました、呑ました。
與五
合點ぢや。
[ト書]
ト口移しに水を呑まして
[與五]
斯うか/\。
皆々
その通り/\。
與五
さうして、どうぢや/\。
佐渡
それから、太夫主を、抱き上げた/\。
與五
オツと、よし/\、斯うか/\。
[ト書]
ト抱き上げる。
皆々
その通り/\。
與五
斯うして、どうぢや/\。
佐渡
サア、それからが、大事のところ。マア、太夫主の兩の手から、お前の兩手を、脊中へ廻した、脊中へ廻した。
與五
合點ぢや/\。
[ト書]
トよろしうあつて
[與五]
斯うか/\。
皆々
その通り/\。
與五
斯うして、どうぢや/\。
佐渡
サア、それから、抱き付いた/\。
[ト書]
ト吾妻を抱いて
與五
斯うか/\。
皆々
その通り/\。
與五
さうして、この後は、
吾妻
この後は、斯うぢやわいなア。
[ト書]
ト締め返す。與五郎、恟りして
與五
ヤア、そんならわが身の、目の舞うたは。
吾妻
嘘ぢやわいなア。
都
あなたが遲うござんすゆゑ、
玉折
皆が、云ひ合して、折檻の
皆々
癪ぢやわいなう。
與五
ても、むごい目に遭はしたなア。
佐渡
首尾よう參つて、狂言の當り振舞ひ、打つて置け。
皆々
しやん/\。
[ト書]
ト手を打つ。
佐渡
サア、酒にしよう/\。
與五
ハテ、同じ穴の骨頂どもぢやなア。
佐渡
時に太夫主、此やうに、あなたの心底を、彼の人が聞いたら、腹立てる事でござりませうなア。
與五
佐渡七、彼の人とは。
佐渡
イヤサ、彼の人とは。
[ト書]
トくど/\云ふ。
與五
誰れが事ぢやぞいやい。
吾妻
そりや、斯うでござんすわいなア。いつぞや、田舍から來た、お話しの井筒屋の客でござりまするわいなア。
與五
その客が、なんとした/\。
吾妻
サア、その客面が、わたしに出いと云うたわいな。否と云うて戻つたれども、否では濟まぬと云うて、度々呼びにおこすれど、とんとわたしが行かぬに依つて、あつちも意地になつて、身請けすると云ふわいなア。
與五
エヽ、憎い奴ぢやな。
佐渡
サア、どんな憎い奴でも、金の威光で根曳きの談合。大方親方も、合點のやうに申します。
與五
ヤア/\、そりや、實かいやい/\。
佐渡
實もほんまも、今夜中に手付け金三百兩、打ちますげなぞえ。
曳船
彼方が手付け打つたれば、差づめ太夫主は、あつちへ行かしやんせずば、なるまいぞえ。
吾妻
こちや、否なア。
佐渡
サアヽ、その否應の云はれぬ金づく。こりや旦那、急に御思案なされずばなりますまいぞえ。
與五
思案と云うて、太夫が身請けさへすれば、よいぢやないかい。
佐渡
サア、それも彼方より、先へせねばなりませぬ。
皆々
こりやマア、鈍なものになつて來たわいなア。
與五
大事ない/\、高で三百兩、手付けさへ遣れば、よいでないか。
佐渡
さうして、その手付け三百兩、持つてござりまするか。
與五
イヽヤ、爰にはない。
佐渡
爰になうては、鈍なものぢや。
與五
今度おれが大坂へ、三百兩と云ふ爲替金を取りに來て、權九郎に渡して置いた。佐渡七、一走り行て、取つて來てたも。
佐渡
そりや、どこへ參りまして。
與五
ハテ、石町の座敷へ行て。
佐渡
權九郎さんへ逢ひさへすりや、ようござりますか。
與五
さうぢや/\。權九郎に逢うたら、昨日の三百兩を直ぐに太夫が親方へ渡して、受取とつて來いと、云うてたも。
佐渡
オツと呑み込み、山吹色の金の使ひ。
吾妻
佐渡七主/\、大儀でおますなア。
佐渡
なんの、大儀も、お前へ奉公。
都
吾妻さんは、さぞ
皆々
嬉しうござんせうなア。
吾妻
皆、喜んで下さんせ。追ツつけ顏も直して、笄に髮結うてなア。
與五
なんと、この喜びに、奧へ行て、酒にせうではあるまいか。
皆々
よからうわいなア。
與五
佐渡七、頼むぞ。
佐渡
呑み込んで居ります。
吾妻
おとわさん、皆さん。
皆々
サア、行かしやんせいなア。
[ト書]
ト騷ぎ唄になり、この一件、皆々奧へ入る。佐渡七、殘り
佐渡
どうやら、此方の狂言へ、すつぽり嵌るこの使ひ。うまい/\。
[唄]
うまい/\と獨り言、心も空に飛び石傳ひ、表へ出づる向うより、とつかは來る手代の權九郎。
[ト書]
ト向うより權九郎、出で來り
佐渡
オヽ、權九郎、ようござりました。
權九
佐渡七、どこへ行きやる。
佐渡
今、お前さんに逢ひに、參りまするところでござります。
權九
おれに逢ひたいと云ふ、その用は。
佐渡
用と云うたら、戀の使ひでござりますわい。
權九
戀の使ひとは、エヽ、聞えた。都が事、首尾なつたか。
佐渡
イヽエ、そこらではござりませぬ。
權九
そこらでないとは。
佐渡
彼のお聞き及びのお侍ひが、吾妻主の身請け、今日の明日のともやつて居る。ところで、その事を旦那に話したれば、えら急きが來て、いま俄かに、太夫主の身請けする。お前から三百兩の爲替金を取つて、直に手付けを打つて來いとの勅諚。なんと、えらいか/\。
權九
けうとい/\。都をおれが手に入れて、金の蔓に有りついたと云ふものぢや。
佐渡
都を手に入れる金の蔓とはえ。
權九
ハテ、われにも兼ねて話して置いた通り、拵らへものゝ眞鍮判、先づこの金を手付けに渡すワ。ところで藤屋は南無三、一杯やられたと、尻持つて來て、科は旦那にかぶせてしまふと、彼の正金は都の親方へ渡すワ。金の蔓ではあるまいか。
佐渡
天晴れ妙計。流石は山崎のお番頭。
權九
コリヤ、首尾よう行たら四六店を出させてやるワ。
佐渡
忝ない……併し、同じやうな包み小判、さすが肝心。
[ト書]
ト兩人、囁く。
權九
コリヤ一杯呑まう、奧へ來い。
[ト書]
ト踊り三味線にて、兩人、奧へ入る。ト向うより平岡郷左衞門、三原有右衞門、田舍侍ひの拵らへにて出て
郷左
なんと有右どの、あの騷ぎは、山崎與五郎でござらう。
有右
イカサマ、左やう見えます。併し、日頃聲高な、あの佐渡七めが聲が聞えませぬ。
郷左
また喰ひ醉うて、醉ひ潰れて居るのでござらう。
有右
なんでもすかた酒を、喰ふ奴でござるてなア。
郷左
先づ、あれへ參つて、佐渡七めを、呼び出しませう。
有右
左やう仕らう。
[ト書]
ト矢張り踊り三味線にて、兩人、本舞臺へ來る。佐渡七、奧より出て
佐渡
これはお珍らしい所で、御兩所樣、お顏を拜しまして、エヽ、合點が參りました。こりや、なんでござります。郷左衞門さまには、吾妻さんが、浮無瀬へお出での樣子を聞いて、御來臨でござりませう。
郷右
彼の深草の少將ほどにはなくとも、君を思へば徒歩裸足ぢやぞ。
佐渡
申し、徒歩裸足どころではござりませぬ。一大事でござります。
郷左
ナニ、一大事とは。
佐渡
サア、その一大事は、今日、吾妻さんを、與五郎が身請けの相談でござります。
郷左
ヤア、して、最早手付けを相渡したか。
有右
但しは、まだか。
兩人
どうだ/\。
佐渡
さん候ふ、吾妻さんの手付け金三百兩、持參の役目は斯く云ふ佐渡七、即ち親方、藤屋利八、西照庵へ參會に來て居られた。只今、金を渡し、受取つて歸りました。