源太
かく申せば景季が、命惜しむに似たれども、夢々助かる所存にあらず。この度宇治の合戰前、父にて候ふ平三どの、軍さの勝負を試みんと、お許しもなき的を射損じ、その矢が量らず大將の、御白旗に中りしは、味方の不吉父の不運、申し譯立ち難く、切腹に極まりしを、佐々木の四郎が情に依つて、君の御前を云ひ直し、父の命を助けたり。その場に某あり合さず、後にてかくと承り、佐々木に逢ふて一禮をと、思ふ間もなく早合戰。宇治川の先陣は我れも人も望む所。あるが中にも川を渡すは佐佐木と某。南無三寶、父のためには恩ある佐々木、この人に乘り勝つては、侍ひの道立たずと、心一つに料簡定め、先陣を彼れに讓り、手柄させしは情の返禮。後れを取りし某は、元より覺悟の上なれば、恥も命もちつとも厭はず。先陣の高名に、おさ/\劣らぬ孝行の、高名と存ずれど、あからさまに申されぬは、武士と武士との誠の情、父のために捨てる命。お暇申す、母人樣。