合邦
コレ、お婆、又同じ事をめろ/\と、繰り返して泣き居るか。十年このかた頭は剃つても、心は昔の侍ひ氣質、一人の娘を高安どのへ腰元奉公、奧方に引き上げられても、親子とも名乘らぬは、かう云ふ淺間しい姿ゆゑ、我が子の肩身もすぼらうかと、折節の状通にも、必らず/\親一門もないものと云ひ募れと、くどい程云ふてやつたも、娘の庇で立身望むと、世上の人に云はるゝが面倒さ。潔白な親とは違ひ、子と名乘つてゐた俊徳さまに、無體な戀をしかけるのみか、後までを慕ひ廻り、大恩の夫を捨て、家出したいたづら女郎め、そのまゝにして濟まさうか。早速に追つ手をかけ、嬲り殺しになつたであらう。アヽ、不所存で命を捨てた奴、不愍ともいぢらしいとも思はねど、高安どのへ貢ぎの禮。又見ず知らずでも劍難で死んだ者は、弔ふてやるが頭の役。そなたも武士の娘だてら、見苦しいその泣き顏、ちと嗜みやいなう。