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Title: Midaregami [a machine-readable transcription]
Author: Yosano, Akiko
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Sachiko Iwabuchi, University of Virginia Electronic Text Center
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Note: Additional proofing by Ryuichi Takahashi
©1998 by the Rector and Visitors of the University of Virginia
臙脂紫1夜の帳にささめき盡きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ 2歌にきけな誰れ野の花に紅き否むおもむきあるかな春罪もつ子 3髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ 4血ぞもゆるかさむひと夜の夢のやど春を行く人神おとしめな 5椿それも梅もさなりき白かりきわが罪問はぬ色桃に見る 6その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな 7堂の鐘のひくきゆふべを前髪の桃のつぼみに經たまへ君 8紫にもみうらにほふみだれ篋をかくしわづらふ宵の春の神 9臙脂色は誰にかたらむ血のゆらぎ春のおもひのさかりの命 10紫の濃き虹説きしさかづきに映る春の子眉毛かぼそき 11紺青を絹にわが泣く春の暮やまぶきがさね友歌ねびぬ 12まゐる酒に灯あかき宵を歌たまへ女はらから牡丹に名なき 13海棠にえうなくときし紅すてて夕雨みやる瞳よたゆきる 14水にねし嵯峨の大堰のひと夜神絽蚊帳の裾の歌ひめたまへ 15春の國戀の御國のあさぼらけしるきは髪か梅花のあぶら 16今はゆかむさらばと云ひし夜の神の御裾さはりてわが髪ぬれぬ 17細きわがうなじにあまる御手のべてささへたまへな歸る夜の神 18清水へ祇園をよぎる櫻月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき 19秋の神の御衣より曵く白き虹ものおもふ子の額に消えぬ 20經はにがし春のゆふべを奥の院の二十五菩薩歌うけたまへ 21山ごもりかくてあれなのみをしへよ紅つくるころ桃の花のさかむ 22とき髪に室むつまじの百合のかをり消えをあやぶむ夜の淡紅色よ 23雲ぞ青き來し夏姫が朝の髪うつくしいかな水に流るる 24夜の神の朝のり歸る羊とらへちさき枕のしたにかくさむ 25みぎはくる牛かひ男歌あれな秋のみづうみあまりさびしき 26やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 27許したまへあらずばこその今のわが身うすむらさきの酒うつくしき 28わすれがたきとのみに趣味をみとめませ説かじ紫その秋の花 29人かへさず暮れむの春の宵ごこち小琴にもたす亂れ亂れ髪 30たまくらに鬢のひとすぢきれし音を小琴と聞きし春の夜の夢 31春雨にぬれて君こし草の門よおもはれ顏の海棠の夕 32小草いひぬ『醉へる涙の色にさかむそれまで斯くて覺めざれな少女』 33牧場いでて南にはしる水ながしさても緑の野にふさふ君 34春よ老いな藤によりたる夜の舞殿ゐならぶ子らよ束の間老いな 35雨みゆるうき葉しら蓮繪師の君に傘まゐらする三尺の船 36御相いとどしたしみやすきなつかしき若葉木立の中の盧遮那佛 37さて責むな高きにのぼり君みずや紅の涙の永劫のあと 38春雨にゆふべの宮をまよひ出でし小羊君をのろはしの我れ 39ゆあみする泉の底の小百合花二十の夏をうつくしと見ぬ 40みだれごこちまどひごこちぞ頻なる百合ふむ神に乳おほひあへず 41くれなゐの薔薇のかさねの唇に靈の香のなき歌のせますな 42旅のやど水に端居の僧の君をいみじと泣きぬ夏の夜の月 43春の夜の闇の中くるあまき風しばしかの子が髪に吹かざれ 44水に飢ゑて森をさまよふ小羊のそのまなざしに似たらずや君 45誰ぞ夕ひがし生駒の山の上のまよひの雲にこの子うらなへ 46悔いますなおさへし袖に折れし劒つひの理想の花に刺あらじ 47額ごしに曉の月みる加茂川の淺水色のみだれ藻染よ 48御袖くくりかへりますかの薄闇の欄干夏の加茂川の神 49なほ許せ御國遠くば夜の御神紅盃船に送りまゐらせむ 50狂ひの子われに焔の翅かろき百三十里あわただしの旅 51今ここにかへりみすればわがなさけ闇をおそれぬめしひに似たり 52うつくしき命を惜しと神のいひぬ願ひのそれは果してし今 53わかき小指胡粉をとくにまどひあり夕ぐれ寒き木蓮の花 54ゆるされし朝よそほひのしばらくを君に歌へな山の鶯 55ふしませとその間さがりし春の宵衣桁にかけし御袖かつぎぬ 56みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす 57しのび足に君を追ひゆく薄月夜右のたもとの文がらおもき 58紫に小草が上へ影おちぬ野の春かぜに髪けづる朝 59繪日傘をかなたの岸の草になげわたる小川よ春の水ぬるき 60しら壁へ歌ひとつ染めむねがひにて笠はあらざりき二百里の旅 61嵯峨の君を歌に假せなの朝のすさびすねし鏡のわが夏姿 62ふさひ知らぬ新婦かざすしら萩に今宵の神のそと片笑みし 63ひと枝の野の梅をらば足りぬべしこれかりそめのかりそめの別れ 64鶯は君が聲よともどきながら緑のとばりそとかかげ見る 65紫の虹の滴り花におちて成りしかひなの夢うたがふな 66ほととぎす嵯峨へは一里京へは三里水の清瀧夜の明けやすき 67紫の理想の雲はちぎれ/\仰ぐわが空それはた消えぬ 68乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き 69神の背にひろきながめをねがはずや今かたかたの袖ぞむらさき 70とや心朝の小琴の四つの緒のひとつを永久に神きりすてし 71ひく袖に片笑もらす春ぞわかき朝のうしほの戀のたはぶれ 72くれの春隣すむ畫師うつくしき今朝山吹に聲わかかりし 73郷人にとなり邸のしら藤の花はとのみに問ひもかねたる 74人にそひて樒ささぐるこもり妻母なる君を御墓に泣きぬ 75なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな 76おばしまにおもひはてなき身をもたせ小萩をわたる秋の風見る 77ゆあみして泉を出でしやははだにふるるはつらき人の世のきぬ 78賣りし琴にむつびの曲をのせしひびき逢魔がどきの黒百合折れぬ 79うすものの二尺のたもとすべりおちて螢ながるる夜風の青き 80戀ならぬねざめたたずむ野のひろさ名なし小川のうつくしき夏 81このおもひ何とならむのまどひもちしその昨日すらさびしかりし我れ 82おりたちてうつつなき身の牡丹見ぬそぞろや夜を蝶のねにこし 83その涙のごふゑにしは持たざりきさびしの水に見し二十日月 84水十里ゆうふべの船をあだにやりて柳による子ぬかうつくしき(をとめ) 85旅の身の大河ひとつまどはむや徐かに日記の里の名けしぬ(旅びと) 86小傘とりて朝の水くむ我とこそ穂麥あをあを小雨ふる里 87おとに立ちて小川をのぞく乳母が小窓小雨のなかに山吹のちる 88戀か血か牡丹に盡きし春のおもひとのゐの宵のひとり歌なき 89長き歌を牡丹にあれの宵の殿妻となる身の我れぬけ出でし 90春三月柱おかぬ琴に音たてぬふれしそぞろの宵の亂れ髪 91いづこまで君は歸るとゆうべ野にわが袖ひきぬ翅ある童 92ゆふぐれの戸に倚り君がうたふ歌『うき里去りて往きて歸らじ』 93さびしさに百二十里をそぞろ來ぬと云ふ人あらば如何ならむ 94君が歌に袖かみし子を誰と知る浪速の宿は秋寒かりき 95その日より魂にわかれし我れむくろ美しと見ば人にとぶらへ 96今の我に歌のありやを問ひますな柱なき纎絃これ二十五絃 97神のさだめ命のひびき終の我世琴に斧うつ音ききたまへ 98人ふたり無才の二字を歌に笑みぬ戀二萬年ながき短き 蓮の花船99漕ぎかへる夕船おそき僧の君紅蓮や多きしら蓮や多き 100あづまやに水のおときく藤の夕はづしますなのひくき枕よ 101御袖ならず御髪のたけときこえたり七尺いづれしら藤の花 102夏花のすがたは細きくれなゐに眞晝いきむの戀よこの子よ 103肩おちて經にゆらぎのそぞろ髪をとめ有心者春の雲こき 104とき髪を若枝にからむ風の西よ二尺足らぬうつくしき虹 105うながされて汀の闇に車おりぬほの紫の反橋の藤 106われとなく梭の手とめし門の唄姉がゑまひの底はづかしき 107ゆあがりのみじまひなりて姿見に笑みし昨日の無きにしもあらず 108人まへを袂すべりしきぬでまり知らずと云ひてかかへてにげぬ 109ひとつ篋にひひなをさめて蓋とぢて何となき息桃にはばかる 110ほの見しは奈良のはづれの若葉宿うすまゆずみのなつかしかりし 111紅に名の知らぬ花さく野の小道いそぎたまふな小傘の一人 112くだり船昨夜月かげに歌そめし御堂の壁も見えず見えずなりぬ 113師の君の目を病みませる庵の庭へうつしまゐらす白菊の花 114文字ほそく君が歌ひとつ染めつけぬ玉虫ひめし小筥の蓋に 115ゆふぐれを籠へ鳥よぶいもうとの爪先ぬらす海棠の雨 116ゆく春をえらびよしある絹袷衣ねびのよそめを一人に問ひぬ 117ぬしいはずとれなの筆の水の夕そよ墨足らぬ撫子がさね 118母よびてあかつき問ひし君といはれそむくる片頬柳にふれぬ 119のろひ歌かきかさねたる反古とりて黒き胡蝶をおさへぬるかな 120額しろき聖よ見ずや夕ぐれを海棠に立つ春夢見姿 121笛の音に法華經うつす手をとどめひそめし眉よまだうらわかき 122白檀のけむりこなたへ絶えずあふるにくき扇をうばひぬるかな 123母なるが枕經よむかたはらのちひさき足をうつくしと見き 124わが歌に瞳のいろをうるませしその君去りて十日たちにけり 125かたみぞと風なつかしむ小扇のかなめあやふくなりにけるかな 126春の川のりあひ舟のわかき子が昨夜の泊の唄ねたましき 127泣かで急げやは手にはばき解くゑにしゑにし持つ子の夕を待たむ 128燕なく朝をはばきの紐ぞゆるき柳かすむやその家のめぐり 129小川われ村のはづれの柳かげに消えぬ姿を泣く子朝見し 130鶯に朝寒からぬ京の山おち椿ふむ人むつまじき 131道たま/\蓮月が庵のあとに出でぬ梅に相行く西の京の山 132君が前に李春蓮説くこの子ならずよき墨なきを梅にかこつな 133あるときはねたしと見たる友の髪に香の煙のはひかかるかな 134わが春の二十姿と打ぞ見ぬ底くれなゐのうす色牡丹 135春はただ盃にこそ注ぐべけれ知慧あり顏の木蓮や花 136さはいへど君が昨日の戀がたりひだり枕の切なき夜半よ 137人そぞろ宵の羽織の肩うらへかきしは歌か芙蓉といふ文字 138琴の上に梅の實おつる宿の晝よちかき清水に歌ずする君 139うたたねの君がかたへの旅づつみ戀の詩集の古きあたらしき 140戸に倚りて菖蒲賣る子がひたひ髪にかかる薄靄にほひある朝 141五月雨もむかしに遠き山の庵通夜する人に卯の花いけぬ 142四十八寺そのひと寺の鐘なりぬ今し江の北雨雲ひくき 143人の子にかせしは罪かわがかひな白きは神になどゆづるべき 144ふりかへり許したまへの袖だたみ闇くる風に春ときめきぬ 145夕ふるはなさけの雨よ旅の君ちか道とはで宿とりたまへ 146巖をはなれ谿をくだりて躑躅をりて都の繪師と水に別れぬ 147春の日を戀に誰れ倚るしら壁ぞ憂きは旅の子藤たそがるる 148油のあと島田のかたと今日知りし壁に李の花ちりかかる 149うなじ手にひくきささやき藤の朝をよしなやこの子行くは旅の君 150まどひなくて經ずする我と見たまふか下品の佛上品の佛 151ながしつる四つの笹舟紅梅を載せしがことにおくれて往きぬ 152奥の間のうらめづらしき初聲に血の氣のぼりし面まだ若き 153人の歌をくちずさみつつ夕よる柱つめたき秋の雨かな 154小百合さく小草がなかに君まてば野末にほひて虹あらはれぬ 155かしこしといなみていひて我とこそその山坂を御手に倚らざりし 156鳥邊野は御親の御墓あるところ清水坂に歌はなかりき 157御親まつる墓のしら梅中に白く熊笹小笹たそがれそめぬ 158男きよし載するに僧のうらわかき月にくらしの蓮の花船 159經にわかき僧のみこゑの片明り月の蓮船兄こぎかへる 160浮葉きるとぬれし袂の紅のしづく蓮にそそぎてなさけ教へむ 161こころみにわかき唇ふれて見れば冷かなるよしら蓮の露 162明くる夜の河はばひろき嵯峨の欄きぬ水色の二人の夏よ 163藻の花のしろきを摘むと山みづに文がら濡ぢぬうすものの袖 164牛の子を木かげに立たせ繪にうつす君がゆかたに柿の花ちる 165誰が筆に染めし扇ぞ去年までは白きをめでし君にやはあらぬ 166おもざしの似たるにまたもまどひけりたはぶれますよ戀の神々 167五月雨に築土くづれし鳥羽殿のいぬゐの池におもだかさきぬ 168つばくらの羽にしたたる春雨をうけてなでむかわが朝寐髪 169しら菊を折りてゑまひし朝すがた垣間みしつと人の書きこし 170八つ口をむらさき緒もて我れとめじひかばあたへむ三尺の袖 171春かぜに櫻花ちる層塔のゆふべを鳩の羽に歌そめむ 172憎からぬねたみもつ子とききし子の垣の山吹歌うて過ぎぬ 173おばしまのその片袖ぞおもかりし鞍馬を西へ流れにし霞 174ひとたびは神より更ににほひ高き朝をつつみし練の下襲 小百合175月の夜の蓮のおばしま君うつくしうら葉の御歌わすれはせずよ 176たけの髪をとめ二人に月うすき今宵しら蓮色まどはずや 177荷葉なかば誰にゆるすの上の御句ぞ御袖片取るわかき師の君 178おもひおもふ今のこころに分ち分かず君やしら萩われやしろ百合 179いづれ君ふるさと遠き人の世ぞと御手はなしは昨日の夕 180三たりをば世にうらぶれしはらからとわれ先づ云ひぬ西の京の宿 181今宵まくら神にゆづらぬやは手なりたがはせまさじ白百合の夢 182夢にせめてせめてと思ひその神に小百合の露の歌ささやきぬ 183次のまのあま戸そとくるわれをよびて秋の夜いかに長きみぢかき 184友のあしのつめたかりきと旅の朝わかきわが師に心なくいいひぬ 185ひとまおきてをりをりもれし君がいきその夜しら梅だくと夢みし 186いはず聽かずただうなづきて別れけりその日は六日二人と一人 187もろ羽かはし掩ひしそれも甲斐なかりきうつくしの友西の京の秋 188星となりて逢はむそれまで思ひ出でな一つふすまに聞きし秋の聲 189人の世に才秀でたるわが友の名の末かなし今日秋くれぬ 190星の子のあまりによわし袂あげて魔にも鬼にも勝たむと云へな 191百合の花わざと魔の手に折らせおきて拾ひてだかむ神のこころか 192しろ百合はそれその人の高きおもひおもわは艶ふ紅芙蓉とこそ 193さはいへどそのひと時よまばゆかりき夏の野しめし白百合の花 194友は二十ふたつこしたる我身なりふさはずあらじ戀と傳へむ 195その血潮ふたりは吐かぬちぎりなりき春を山蓼たづねますな君 196秋を三人椎の實なげし鯉やいづこ池の朝かぜ手と手つめたき 197かの空よ若狹は北よわれ載せて行く雲なきか西の京の山 198ひと花はみづから渓にもとめきませ若狹の雪に堪へむ紅 199『筆のあとに山居のさまを知りたまへ』人への人の文さりげなき 200京はもののつらきところと書きさして見おろしませる加茂の河しろき 201恨みまつる湯におりしまの一人居を歌なかりきの君へだてあり 202秋の衾あしたわびし身うらめしきつめたきためし春の京に得ぬ 203わすれては谿へおりますうしろ影ほそき御肩に春の日よわき 204京の鐘この日このとき我れあらずこの日このとき人と人を泣きぬ 205琵琶の海山ごえ行かむいざと云ひし秋よ三人よ人そぞろなりし 206京の水の深み見おろし秋を人の裂きし小指の血のあと寒き 207山蓼のそれよりふかきくれなゐは梅よはばかれ神にとがおはむ 208魔のまへに理想くだきしよわき子と友のゆふべをゆびさしますな 209魔のわざを神のさだめと眼を閉ぢし友の片手の花あやぶみぬ 210歌をかぞへその子この子にならふなのまだ寸ならぬ白百合の芽よ はたち妻211露にさめて瞳もたぐる野の色よ夢のただちの紫の虹 212やれ壁にチチアンが名はつらかりき湧く酒がめを夕に秘めな 213何となきだた一ひらの雲に見ぬみちびきさとし聖歌のにほひ 214袖にそむきふたたびここに君と見ぬ別れの別れさいへ亂れじ 215淵の水になげし聖書を又もひろひ空仰ぎ泣くわれまどひの子 216聖書だく子人の御親の墓に伏して彌勒の名をば夕に喚びぬ 217神ここに力をわびぬとき紅のにほひ興がるめしひの少女 218痩せにたれかひなもる血ぞ猶わかき罪を泣く子と神よ見ますな 219おもはずや夢ねがはずや若人よもゆるくちびる君に映らずや 220君さらば巫山の春のひと夜妻またの世までは忘れゐたまへ 221あまきにがき味うたがひぬ我を見てわかきひじりの流しにし涙 222歌に名は相問はざりきさいへ一夜ゑにしのほかの一夜とおぼすな 223水の香をきぬにおほひぬわかき神草には見えぬ風のゆるぎよ 224ゆく水のざれ言きかす神の笑まひ御齒あざやかに花の夜あけぬ 225百合にやる天の小蝶のみづいろの翅にしつけの絲をとる神 226ひとつ血の胸くれなゐの春のいのちひれふすかをり神もとめよる 227わがいだくおもかげ君はそこに見む春のゆふべの黄雲のちぎれ 228むねの清水あふれてつひに濁りけり君も罪の子我も罪の子 229うらわかき僧よびさます春の窓ふり袖ふれて經くづれきぬ 230今日を知らず智慧の小石は問はでありき星のおきてと別れにし朝 231春にがき貝多羅葉の名をききて堂の夕日に友の世泣きぬ 232ふた月を歌にただある三本樹加茂川千鳥戀はなき子ぞ 233わかき子が乳の香まじる春雨に上羽を染めむ白き鳩われ 234夕ぐれを花にかくるる小狐のにこ毛にひびく北嵯峨の鐘 235見しはそれ緑の夢のほそき夢ゆるせ旅人かたり草なき 236胸と胸とおもひことなる松のかぜ友の頬を吹きぬ我頬を吹きぬ 237野茨をりて髪にもかざし手にもとり永き日野邊に君まちわびぬ 238春を説くなその朝かぜにほころびし袂だく子に君こころなき 239春をおなじ急瀬さばしる若鮎の釣緒の細うくれなゐならぬ 240みなぞこにけぶる黒髪ぬしや誰れ緋鯉のせなに梅の花ちる 241秋を人のよりし柱にとがぬあり梅にことかるきぬぎぬの歌 242京の山のこぞめしら梅人ふたりおなじ夢みし春と知りたまへ 243なつかしの湯の香梅が香山の宿の板戸によりて人まちし闇 244詞にも歌にもなさじわがおもひその日そのとき胸より胸に 245歌にねて昨夜梶の葉の作者見ぬうつくしかりき黒髪の色 246下京や紅屋が門をくぐりたる男かわゆし春の夜の月 247枝折戸あり紅梅さけり水ゆけり立つ子われより笑みうつくしき 248しら梅は袖に湯の香は下のきぬにかりそめながら君さらばさらば 249二十とせの我世の幸はうすかりきせめて今見る夢やすかれな 250二十とせのうすきいのちのひびきありと浪華の夏の歌に泣きし君 251かつぐきぬにその間の床の梅ぞにくき昔がたりを夢に寄する君 252それ終に夢にはあらぬそら語り中のともしびいつ君きえし 253君ゆくとその夕ぐれに二人して柱にそめし白萩の歌 254なさけあせし文みて病みておとろへてかくても人を猶戀ひわたる 255夜の神のあともとめよるしら綾の鬢の香朝の春雨の宿 256その子ここに夕片笑みの二十びと虹のはしらを説くに隱れぬ 257このあした君があげたるみどり子のやがて得む戀うつくしかれな 258戀の神にむくいまつりし今日の歌ゑにしの神はいつ受けまさむ 259かくてなほあくがれますか眞善美わが手の花はくれなゐよ君 260くろ髪の千すぢの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる 261そよ理想おもひにうすき身なればか朝の露草人ねたかりし 262とどめあへぬそぞろ心は人しらむくづれし牡丹さぎぬに紅き 263『あらざりき』そは後の人のつぶやきし我には永久のうつくしの夢 264行く春の一絃一柱におもひありさいへ火かげのわが髪ながき 265のらす神あふぎ見するに瞼おもきわが世の闇の夢の小夜中 266そのわかき羊は誰に似たるぞの瞳の御色野は夕なりし 267あえかなる白きうすものまなじりの火かげの榮の咀はしき君 268紅梅にそぞろゆきたる京の山叔母の尼すむ寺は訪はざりし 269くさぐさの色ある花によそはれし棺のなかの友うつくしき 270五つとせは夢にあらずよみそなはせ春に色なき草ながき里 271すげ笠にあるべき歌と強ひゆきぬ若葉よ薫れ生駒葛城 272裾たるる紫ひくき根なし雲牡丹が夢の眞晝しづけき 273紫のわが世の戀のあさぼらけ諸手のかをり追風ながき 274このおもひ眞晝の夢と誰か云ふ酒のかをりのなつかしき春 275みどりなるは學びの宮とさす神にいらへまつらで摘む夕すみれ 276そら鳴りの夜ごとのくせぞ狂ほしき汝よ小琴よ片袖かさむ(琴に) 277ぬしえらばず胸にふれむの行く春の小琴とおぼせ眉やはき君(琴のいらへて) 278去年ゆきし姉の名よびて夕ぐれの戸に立つ人をあはれと思ひぬ 279十九のわれすでに菫を白く見し水はやつれぬはかなかるべき 280ひと年をこの子のすがた絹に成らず畫の筆すてて詩にかへし君 281白きちりぬ紅きくづれぬ床の牡丹五山の僧の口おそろしき 282今日の身に我をさそひし中の姉小町のはてを祈れと去にぬ 283秋もろし春みじかしをまどひなく説く子ありなば我れ道きかむ 284さそひて入れてさらばと我手はらひます御衣のにほひ闇やはらかき 285病みてこもる山の御堂に春くれぬ今日文ながき繪筆とる君 286河ぞひの門小雨ふる柳はら二人の一人めす馬しろき 287歌は斯くよ血ぞゆらぎしと語る友に笑まひを見せしさびしき思 288とおもへばぞ垣をこえたる山ひつじとおもへばぞの花よわりなの 289庭下駄に水をあやぶむ花あやめ鋏にたらぬ力をわびぬ 290柳ぬれし今朝門すぐる文づかひ青貝ずりのその箱ほそき 291『いまさらにそは春せまき御胸なり』われ眼をとぢて御手にすがりぬ 292その友はもだえのはてに歌を見ぬわれを召す神きぬ薄黒き 293そのなさけかけますな君罪の子が狂ひのはてを見むと云ひたまへ 294いさめますか道ときますかさとしますか宿世のよそに血を召しませな 295もろかりしはかなかりしと春のうた焚くにこの子の血ぞあまり若き 296夏やせの我やねたみの二十妻里居の夏に京を説く君 297こもり居に集の歌ぬくねたみ妻五月のやどの二人うつくしき 舞姫298人に侍る大堰の水のおばしまにわかきうれひの袂の長き 299くれなゐの扇に惜しき涙なりき嵯峨のみぢか夜曉寒かりし 300朝を細き雨に小鼓おほひゆくだんだら染の袖ながき君 301人にそひて今日京の子の歌をきく祇園清水春の山まろき 302くれなゐの襟にはさめる舞扇醉のすさびのあととめられな 303桃われの前髪ゆへるくみ紐やときいろなるがことたらぬかな 304淺黄地に扇ながしの都染九尺のしごき袖よりも長き 305四條橋おしろいあつき舞姫のぬかささやかに撲つ夕あられ 306さしかざす小傘に紅き揚羽蝶小褄とる手に雪ちりかかる 307舞姫のかりね姿ようつくしき朝京くだる春の川舟 308紅梅に金糸のぬひの菊づくし五枚かさねし襟なつかしき 309舞ぎぬの袂に聲をおほひけりここのみ闇の春の廻廊 310まこと人を打たれむものかふりあげし袂このまま夜をなに舞はむ 311三たび四たびおなじしらべの京の四季おとどの君をつらしと思ひぬ 312あでびとの御膝へおぞやおとしけり行幸源氏の卷繪の小櫛 313しろがねの舞の花櫛おもくしてかへす袂のままならぬかな 314四とせまへ皷うつ手にそそがせし涙のぬしに逢はれむ我か 315おほづつみ抱えかねたるその頃よ美き衣きるをうれしと思ひし 316われなれぬ千鳥なく夜の川かぜに皷拍子をとりて行くまで 317いもうとの琴には惜しきおぼろ夜よ京の子こひし皷のひと手 318よそほひし京の子すゑて絹のべて繪の具とく夜を春の雨ふる 319そのなさけ今日舞姫に強ひますか西の秀才が眉よやつれし 春思320いとせめてもゆるがままにもえしめよ斯くぞ覺ゆる暮れて行く春 321春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ 322夜の室に繪の具かぎよる懸想の子太古の神に春似たらずや 323そのはてにのこるは何と問ふな説くな友よ歌あれ終の十字架 324わかき子が胸の小琴の音を知るや旅ねの君よたまくらかさむ 325松かげにまたも相見る君とわれゑにしの神をにくしとおぼすな 326きのふをば千とせの前の世とも思ひ御手なほ肩に有りとも思ふ 327歌は君醉ひのすさびと墨ひかばさても消ゆべしさても消ぬべし 328神よとはにわかきまどひのあやまちとこの子の悔ゆる歌ききますな 329湯あがりを御風めすなのわが上衣ゑんじむらさき人うつくしき 330さればとておもにうすぎぬかつぎなれず春ゆるしませ中の小屏風 331しら綾に鬢の香しみし夜着の襟そむるに歌のなきにしもあらず 332夕ぐれの霧のまがひもさとしなりき消えしともしび神うつくしき 333もゆる口になにを含まむぬれといひし人のをゆびの血は涸れはてぬ 334人の子の戀をもとむる唇に毒ある蜜をわれぬらむ願ひ 335ここに三とせ人の名を見ずその詩よます過すはよわきよわき心なり 336梅の渓の靄くれなゐの朝すがた山うつくしき我れうつくしき 337ぬしや誰れねぶの木かげの釣床の網のめもるる水色のきぬ 338歌に聲のうつくしかりし旅人の行手の村の桃しろかれな 339朝の雨につばさしめりし鶯を打たむの袖のさだすぎし君 340御手づからの水にうがひしそれよ朝かりし紅筆歌かきてやまむ 341春寒のふた日を京の山ごもり梅にふさはぬわが髪の亂れ 342歌筆を紅にかりたる尖凍てぬ西のみやこの春さむき朝 343春の宵をちひさく撞きて鐘を下りぬ二十七段堂のきざはし 344手をひたし水は昔にかはらずとさけぶ子の戀われあやぶみぬ 345病むわれにその子五つのをとこなりつたなの笛をあはれと聞く夜 346とおもひてぬひし春着の袖うらにうらみの歌は書かさせますな 347かくて果つる我世さびしと泣くは誰ぞしろ桔梗さく伽藍のうらに 348人とわれおなじ十九のおもかげをうつせし水よ石津川の流れ 349卯の衣を小傘にそへて褄とりて五月雨わぶる村はづれかな 350大御油ひひなの殿にまゐらするわが前髪に桃の花ちる 351夏花に多くの戀をゆるせしを神悔い泣くか枯野ふく風 352道を云はず後を思はず名を問はずここに戀ひ戀ふ君と我と見る 353魔に向ふつるぎの束をにぎるには細き五つの御指と吸ひぬ 354消えむものか歌よむ人の夢とそはそは夢ならむさて消えむものか 355戀と云はじそのまぼろしのあまき夢詩人もありき畫だくみもありき 356君さけぶ道のひかりの遠を見ずやおなじ紅なる靄たちのぼる 357かたちの子春の子血の子ほのほの子今を自在の翅なからずや 358ふとそれより花に色なき春となりぬ疑ひの神まどはしの神 359うしや我れさむるさだめの夢を永久にさめなと祈る人の子におちぬ 360わかき子が髪のしづくの草に凝りて蝶とうまれしここ春の國 361結願のゆふべの雨に花ぞ黒き五尺こちたき髪かるうなりぬ 362罪おほき男こらせと肌きよく黒髪ながくつくられし我れ 363そとぬけてその靄おちて人を見ず夕の鐘のかたへさびしき 364春の小川うれしの夢に人遠き朝を繪の具の紅き流さむ 365もろき虹の七いろ戀ふるちさき者よめでたからずや魔神の翼 366醉に泣くをとめに見ませ春の神男の舌のなにかするどき 367その酒の濃きあちはひを歌ふべき身なり君なり春のおもひ子 368花にそむきダビデの歌を誦せむにはあまりに若き我身とぞ思ふ 369みかへりのそれはた更につらかりき闇におぼめく山吹垣根 370ゆく水に柳に春ぞなつかしぎ思はれ人に外ならぬ我れ 371その夜かの夜よわきためいきせまりし夜琴にかぞふる三とせは長き 372きけな神戀はすみれの紫にゆふべの春の讃嘆のこゑ 373病みませるうなじに纖きかひな捲きて熱にかわける御口を吸はむ 374天の川そひねの床のとばりごしに星のわかれをすかし見るかな 375染めてよと君がみもとへおくりやりし扇かへらず風秋となりぬ 376たまはりしうす紫の名なし草うすきゆかりを歎きつつ死なむ 377うき身朝をはなれがたなの細柱たまはる梅の歌ことたらぬ 378さおぼさずや宵の火かげの長き歌かたみに詞あまり多かりき 379その歌を誦します聲にさめし朝なでよの櫛の人はづかしき 380明日を思ひ明日の今おもひ宿の戸に倚る子やよわき梅暮れそめぬ 381金色の翅あるわらは躑躅くはへ小舟こぎくるうつくしき川 382月こよひいたみの眉はてらさざるに琵琶だく人の年とひますな 383戀をわれもろしと知りぬ別れかねおさへし袂風の吹きし時 384星の世のむくのしらぎぬかばかりに染めしは誰のとがとおぼすぞ 385わかき子のこがれよりしは斧のにほひ美妙の御相けふ身にしみぬ 386清し高しさはいへさびし白銀のしろきほのほと人の集見し(醉茗の君の詩集に) 387雁よそよわがさびしきは南なりのこりの戀のよしなき朝夕 388來し秋の何に似たるのわが命せましちひさし萩よ紫苑よ 389柳あをき堤にいつか立つや我れ水はさばかり流とからず 390幸おはせ羽やはらかき鳩とらへ罪ただしたる高き君たち 391打ちますにしろがねの鞭うつくしき愚かよ泣くか名にうとき羊 392誰に似むのおもひ問はれし春ひねもすやは肌もゆる血のけに泣きぬ 393庫裏の藤に春ゆく宵のものぐるひ御經のいのちうつつをかしき 394春の虹ねりのくけ紐たぐります羞ひ神の曉のかをりよ 395室の神に御肩かけつつひれふしぬゑんじなればの宵の一襲 396天の才ここににほひの美しき春をゆふべに集ゆるさずや 397消えて凝りて石と成らむの白桔梗秋の野生の趣味さて問ふな 398歌の手に葡萄をぬすむ子の髪のやはらかいかな虹のあさあけ 399そと秘めし春のゆふべのちさき夢はぐれさせつる十三絃よ |