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Matsukaze
Kan'ami

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Charlottesville, Va.

Japanese, KanMats

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1997

Japanese Text Initiative

Produced by the Japanese Text Initiative at the University of Virginia and the University of Pittsburgh.
About the print version
Matsukaze
Yokyoku hyoshaku, volume 5
Zeami
Editor Tateki Owada


Hakubunkan
Tokyo
1907-1908
Print copy consulted: OCLC # 15420640

Prepared for the University of Virginia Library Electronic Text Center.


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松風

觀阿彌



諸國行脚の僧須磨の浦に來りて。松風村雨二人の海人の亡き跡を弔ひ。二人の幽靈あら はれ來りて古を語り。僧の回向の受くる事を作る。二人の海人は姉妹にして。在原行平 この浦に住みける頃。寵愛したりし美人なり。此浦に住みける事は。古今集に。「田村 (文徳)の御時に。事に當りて。津の國の須磨といふ所に籠り侍りけるに。宮の内に侍 ける人に遣しける。 わくらはに問ふ人あらば須磨の浦に。藻鹽垂れつつわぶと答へよ。とある時の事なり。 題目をは古松風村雨と稱へたれども。簡單の方につきて。松風とのみ呼ぶやうになりた るなり。


ワキ
旅僧
シテ
松風
ツレ
村雨

地は

攝津

季は




ワキ詞
     「諸國一見にて いまだ西國候ふに。此度思ひ西國行脚ざして。あらうれしや候ふに。ははや國須磨とかや又是なる磯邊れば。ありげなる 如何さまのなき候ふまじ。あたりのねばやと思ひ





ワキ
      「さては此松は。いにしへ松風村雨とて。二人海人舊跡かや。 痛はしや其身土中もれぬれども。 のしるしとて。變はらぬ 松一木事のあはれさよ。






       「かやうに經念佛して 候へば。日のならひとて程なうれて。あの山本までは程遠候ふに。なる海人鹽屋り。一夜かさばやと思ひ





シテ、ツレ、一聲
汐汲車わづかなる。 浮世るはかなさ よ。





ツレ
      「ここもとや須磨





二人
      「月さへぬらすかな。





シテサシ
    「づくしの秋風に。けれども。彼行平中納言





二人
      「關吹ゆると給ふ浦回夜々は。音近海人里離れなる通路の。よりもなし。





シテ
      「にや浮世ながら。海人小舟の。




二人
      「りかねたるに。むとや云はんうたかた の。汐汲車よるべなき。海士人 ともに。思ひ さぬかな。





下歌地
     「かくばかりがたく ゆるに。ましくもの。出汐をいざや汲まうよ。出 汐をいざや汲まうよ。





上歌
      「はづかしき我姿。影はづかしき我姿。忍車 の。 れる溜水。いつまでみは つべき。野中ならば。 日影えも すべきに。磯邊寄藻かく。 海人捨草いたづ らに。かな。朽ち 増り行く袂かな。





シテツレ
    「おもしろやれても 須磨海人呼聲幽にて。





二人
      「さき漁舟の。影幽なる姿友千鳥野分汐風いづれもに。 かかるなり けり。あらすごのすがらやな。





シテ
      「いざいざ汲まんとて。滿干汐衣の。





ツレ
      「んでけ。





シテ
      「汐汲めとは思へども。





ツレ
      「よしそれとても。




シテ
      「女車





せてはをなみ。蘆邊田鶴こそはちさわげ。四方音添へて。夜寒なにとさん。 こそさやかなれ。む はなれや。鹽煙心せよ。さのみなど 海士人の。のみをさん。松 島小島海人 にだに。むこそあれ。影を汲むこそ心あれ。





ロンギ地
    「ぶは陸奥の。其名千賀鹽竃





シテ
      「鹽木びしは。阿漕






       「其伊勢の。二見二度世にもでばや。





シテ
      「村立かすむに。汐路鳴海潟






「それは鳴海潟。ここは 鳴尾松影に。 月こそさはれ





シテ
      「汐汲ぞと。にや黄楊






       「さしくるけて。ればこそにあれ。





シテ
      「にもりたるや。






       「うれしやあり。




シテ
      「つ。






滿の。せて。しともおもはぬ汐路かなや。





ワキ詞
      「鹽屋りて宿らばやと思ひ如何なる鹽屋案内申





ツレ詞
     「にて候ふぞ。





ワキ
      「諸國一見にて一夜宿御借候へ。





ツレ
      「御待候へ其由申候ふべし。如何旅人御入候ふが。一夜御宿





シテ詞
     「りに見苦しき鹽屋にて候ふに。御宿叶ふまじきと候へ





ツレ
      「其由申して候へば。鹽屋内見苦しく候ふに。御宿叶ふまじき由仰





ワキ
      「いやいや見苦しきは しからず出家にて候へば。一夜かさせて賜は候へねて御申候へ





ツレ
      「いや叶ひ候ふまじ。




シテ
      「く。夜影見奉れば捨人。よしよしかかる海人木柱夜寒さこそと思へども。蘆火にあたり て。御泊りあれと候へ





ツレ
      「此方御入候へ





ワキ
      「あらうれしやさらばかう參らう ずるにて





シテ詞
     「めより御宿參らせたくは候ひつれ ども。りに見苦し く候ふに。さて して





ワキ
      「御志有難出家旅といひりはつべきならねば。 くを宿むべき。其上此須磨あらん は。わざともわびてこそむべけれ。わくらはに問ふ あらば須磨 に。藻鹽 たれつつわぶと答へよと。行平給ひしとなり。あの 磯邊一木候ふを。 ねて候へば。松風村雨二人海士舊跡とかや 候ふに。逆縁ながら弔ひてこそ候ひつれ。あら不思議 や。松風村雨 して候へば。二人共 御愁傷候 したるにて候ふ ぞ。





シテツレ
    「にや思ひにあれば。色外顯はれさぶらふぞ や。わくらはに問ふあらばの御物語りになつかしう候ひて。猶執心閻浮。ふたたびをぬらし さぶらふ





ワキ詞
      「猶執心閻浮とは。此世なり。わくらはの もなつかしいなどと。かたがた不 審候へば。二人 共御名 のり候へ





二人
      「かしやさんとすればわくらはに。事問ふもなき の。にしほじみてこりずまの。めしかりけるかな。 此上をかさの みむべき。ぎつる夕暮に。 あの松陰とはれらせつる。 松風村雨二人 の。幽靈是まで りたり。さても行平三年つれづれの御船遊び。須磨夜汐海人乙女に。おとど ひばれらせつ つ。りにふれたるなれやとて。松風村雨されしより。にも るる須磨海人の。





シテ
      「鹽燒衣色替へて。





二人
      「かとりの空燒なり。




シテ
      「かくて三年けば。行平都給ひ





ツレ
      「幾程なくてう。給ひぬときしより。





シテ
      「あらしやさるにて も。いつの音信を。






       「松風村雨も。のみぬれてよし なやな。にもば ぬ戀をさへ須磨りに罪深し。 跡弔ひ給へ






       「戀草の。思ひれつつ。露も思ひも亂れつつ。 心狂氣馴衣の。木綿四手の。けもあはれに消えし なり。





クセ
      「あはれ古へを。思ひづればなつかしや。 行平中納言三年はここに須磨給ひしが。此程形見とて。御立烏帽子狩衣を。給へども。 に。彌益思草葉末も。らればこそあぢ きなや。形見こそ。はあだなれなくは。るるひまもりなん と。よみしもや。なほ 思ひこそはけれ。





シテ
      「宵々に。ぬぎて我寢狩衣






       「かけてぞに。住むかひあらばこそ。忘形見 もよしなしと。ててもかれず。れば面影り。起臥わかでより。よりれば。せんかたに。 しき。





シテ
      「三瀬河えぬにも。るるはありけり。あらうれしやあれに行平御立有るが。松風召されさぶらふぞ やいで參らう





ツレ
      「あさましや其御心故に こそ。執心にも 給へ娑婆にての妄執を。なほ 給はぬぞや。あ れはにてこそ候へ 行平御入 りもさぶらはぬを。




シテ
      「うたての言事や。あのこそは 行平よ。たとひし はるるとも。と しかばりこん と。給ひ如何に。





ツレ
      「實になふ忘れてさぶらふぞや。たとひ暫 しはるるとも。たばんとのを。





シテ
      「こなたはれず松風の。りこん御音信





ツレ
にもかば村雨の。しばしこそぬるるとも。





シテ
      「つに變はらでりこば。





ツレ
      「あらもしの。





シテ
      「御歌や。






       「れ。(中の舞)





シテ
      「いなばの生ふる。としかば今歸ん。それはいなば の遠山松






       「はなつかしここに。須磨浦回行平りこば木陰に。いざりて磯馴松 の。なつかしや。(破の舞)





       「じて。須磨高波はげしきすがら。妄執みゆるなり。 我跡弔ひ給へ暇申して の。須磨かけて。くや おろし。 關路聲々に。なくけて。村雨きしも今朝見れば。 松風ばかりや るらん。松風ばかりや殘るらん。