About the electronic version
Hagoromo
Zeami

Creation of machine-readable version: Sachie Noguchi, University of Pittsburgh
Creation of digital images:
Conversion to TEI.2-conformant markup: Japanese Text Initiative
University of Virginia Library.
Charlottesville, Va.

Japanese, ZeaHago

Publicly-accessible

URL: http://etext.lib.virginia.edu/japanese/


1997

Japanese Text Initiative

Produced by the Japanese Text Initiative at the University of Virginia and the University of Pittsburgh.
About the print version
Hagoromo
Yokyoku hyoshaku, volume 8
Zeami
Editor Tateki Owada


Hakubunkan
Tokyo
1907-1908
Print copy consulted: OCLC # 15420640

Prepared for the University of Virginia Library Electronic Text Center.


Revisions to the electronic version
September 1997 corrector Catherine Tousignant, Electronic Text Center
Added TEI header; corrected various tagging errors.

etextcenter@virginia.edu. Commercial use prohibited; all usage governed by our Conditions of Use: http://etext.lib.virginia.edu/conditions.html

羽衣

世阿彌



本朝事跡考にいはく。「むかし神女飛び來りて。羽衣を松の枝に懸け。漁人之を取 りたり。神女衣を失ひて飛ぶ能はず。屡々之を求むるにあたへず。遂に相約して衣を神 女に授く。悦びて飛び去る。其後又來る。ここに於て土人祠を立てて之を奉ず。」。本 朝神社考にいはく。「風土記に。古老傳へて言ふ。昔神女あり。天より降り來りて羽衣 を松の枝に曝らす。漁人拾ひ得て之を見るに。其の輕軟なること言ふべからず。謂はゆ る六銖衣か。織女機中の物か。神女之を乞へども漁人興へず。神女天に上らんと欲して 羽衣なし。ここに於て遂に漁人と夫婦と爲る。蓋し已むを得ざるなり。其後一旦。 女羽衣を取り雲に乘りて去る。其漁人亦登仙す。」鴨長明の海道記にいはく。「むかし 稻河太夫といふ人。天人濱松の下に樂を調べて舞ひけるを見て。學び舞ひけり。かの天 女人の見るやと思ひて。飛び去りて雲に入る。其跡を見れば。一つの面形を落せり。太 夫拾ひ取りて濱松寺の寳物とす。それより此寺に舞樂しらべて法會を執行す。その太夫 が子孫舞人氏とす。二月十二日常樂會とて。寺中の大榮なり。」丹波風土記にいはく。 此沼山の頂に井あり。其名を眞井といふ。今既に沼と成る。此井に天女八人降り來たり 水に浴す。時に老夫婦あり。其名を和奈佐老夫。和奈佐老婦と曰ふ。此老等この井に至 りて。 窩 に天女一人の衣裳を取り藏す。即ち衣裳ある者皆飛び上る。但だ衣裳なき女娘 一人。即ち身を水に隱して獨り愧を懷き居る。ここに老夫天女に謂うて曰く。吾兒な し。請ふ天女娘。汝兒と爲れ。天女答て曰く。妾獨り人間に留まる。何ぞ敢て從はざら ん。請ふ衣裳を許せ。老夫曰く。天女娘何ぞ疑心を存ず。天女のいはく。凡そ天人の 志。信を以て本と爲す。何ぞ疑心多くして衣裳を許さざる。老夫答へて曰く。疑多く信 なきは卒土の常。故に此心を以て許さざるのみと。遂に許す。云々。後老夫婦等天女に 謂うて曰く。汝は吾兒に非ず。暫く借り住むのみ。早く出で去るべし。此に於て天女天 に仰ぎて哭慟し。地に俯して哀吟し。即ち老夫等に謂うて曰く 、妾私意を以て來るに 非ず。是れ老夫等の願ふ所。何ぞ厭惡の心を發し。忽に 出去の痛を存ずると。老夫ま すます瞋を發し去らん事を願ふ。天女涙を流して門外に退き。郷人に謂うて曰く。久し く人間に沈み。天に還るを得ず。また親なし。故に由つて居る所を知らず。吾いかにせ んやと。涙を拭うて磋歎し。天を仰ぎて歌うて曰く。天の原ふりさげみれば霞立ち。家 路まどひて行方知らずも。」新井白石の樂對にいはく。「東遊といふ事は。和舞の内に して。風俗の部の第一なり。其事の始は。駿河の有渡郡有渡濱に神女降りて。舞ひ遊ぶ 事ありしに起れると傳ふるなり。されば又 之を駿河舞とも申し。能因法師が。有渡濱 に天の羽衣昔着て。振りけん袖や今日の事ぶり。などよみしも。その事をよめるな り。」などいふ種々の傳説を取り集めて作れるなり。もとより右に引ける書は。謠の作 より後なるものあれば。その書の本文に因りてといふには非ず。本文の材料たりし語り 傳へを本としていへるのみ。


ワキ
漁夫白龍
ツレワキ
同行漁夫
シテ
天人

地は

駿河

季は





ワキ、ツレ一聲
風早 の。三穗浦 回をこぐの。浦人さわぐ浪路か な。





ワキサシ
三保松原 に。白龍漁夫にて





ワキツレ
萬里好山雲忽に おこり。 一樓明月 はじめて れり。げにのどかなる しもや。 のけしき 松原 の。 浪立ちつづく 朝霞ものこりの なき のながめ にも。 そらなるけしきかな。





下歌
「わすれめや。山路 をわけて清見がた。はるかに三保松原に。たち つれいざやかよはん。





上歌
風向ふ。 浮浪たつ とて。雲の浮浪たつと見て。せで人やかへるら ん。てしばしならば。くものどけき朝風の。常盤ぞ かし。なきなぎに。釣人おほき小舟か な。釣人おほき小舟かな。





ワキ詞
「われ三保松原にあがり。のけしきをながむるに。虚空ふり音樂きこえ。靈香四方 ず。ただことと思はに。これなる にうつくしきかかれり。よりてみれば色香たへにしてにあらず。いかさまりてかへりにも せ。 となさばやと





シテ詞
なふその衣 はこなたのにてしにめされ候ふぞ。





ワキ
はひろひた るにて候ふ りて候ふ よ。





シテ
「それは天人羽衣とて。たやすく人 間にあたふべきにあらず。のごとくに給へ





ワキ
「そも此衣ぬしとは。さては天人にてましますかや。さもあらば末世奇特にとど めおき。となすべきなり。衣をかへすあるまじ。





シテ
「かなしやな羽衣 なくては飛行え。天上にかへらんこともふまじ。さりとてはしたび給へ





ワキ
此御詞くよりも。いよいよ白龍力より此身なき。羽衣とりかくし。かなふまじとて立ちのけば。





シテ
はさなが ら天人も。羽根 なきくにて。あがらんとすればなし。





ワキ
にまた めば下界 なり。





シテ
「とやあらんかくやあらんとしめど。





ワキ
白龍衣をかへ さねば。





シテ
力及ば ず。





ワキ
「せんかたも。





玉鬘。かざし のもしをしをと。天人五衰も。 のまへにえてあさましや。





シテ
ふりさけみれば霞た つ。雲路まどひゆくへ知らずも。





下歌地
れしに いつしかゆくの。ましきけしきかな。





上歌
迦陵頻迦の なれなれし。迦陵頻迦のなれなれし。聲今さらに わづかなる。鴈金のかへりゆく。天路けばなつ かしや。千鳥鴎。ゆくかるか春風の。 く までなつかしや。空に吹くまでなつかしや。





ワキ詞
「いかに 御姿たてまつれば。あまりに 御痛はしく 候ふ に。 衣をかへし 申さうずるにて 候。





シテ
「あらうれしやこなたへ給はり候へ





ワキ
「しばらく。うけた まはり及びたる天人舞樂。ただここ にて給は ば。か へし申すべし。





シテ
「うれしやさては天 上かへらん事をえたり。よろこびにとてもさらば。人間御遊のかた みの月宮 をめぐらす舞曲あり。ただここにてし つつ。のうき傳ふべしさりながら。なくては叶ふ まじ。さりとてはかへし給へ





ワキ
「いや此衣をかへし なば。舞曲をなさでままに。にや あがり給ふべき。





シテ
「いや疑ひ人間にあり。りなきを。





ワキ
「あらかし やさらばとて。羽衣しあたふれば。





シテ
少女しつ つ。霓裳羽衣をなし。





ワキ
羽衣風し。





シテ
濕ふ





ワキ
一曲をかな で。





シテ
舞ふとか や。





地次第
東遊駿河舞。東遊の駿河舞。此時めなるら ん。





クリ
「それ 久堅といつぱ。 二神 出世のいにしへ十方世界をさだめし に。 はかぎりもなければとて。 久方のそらとは づけたり。





シテサシ
「しかるに月宮 殿のありさま。玉斧修理とこしなへにして。






白衣黒衣天人の。三五にわかつて。一月夜々天乙女奉仕をさだめをなす。





シテ
ある天乙女






けて。駿河舞傳へ たるとかや。





クセ
春霞。た なびきにけりかたの。やさく。げに かづら。めくはのしるしかや。おもしろやならで。 ここもなり天 津風通路吹きとぢよ。乙女 姿しばしまりて。此松原 の。のいろを三保月清見潟富士。いづれやのあけぼの。たぐひ浪松風 も。のどかなるのありさま。そのうへ天地は。てん玉垣 の。内外御末にて。 ら ぬ や。





シテ
は。 羽衣 まれに て。






づとも きぬぞ と。くもなり東歌 聲そへてかずかずの。笙笛琴箜篌孤雲滿滿ちて。 落日 は。蘇命路をうつして。浮島が。 払ふふりて。げにをめぐらす。白雲なる。





シテ
南無歸命月天子 本地大勢至






東遊。( 序の舞)





シテワカ
あるひは。 天御空






春立





シテ
色香なり乙女左右左左右 颯々の。をかざしの羽袖。なびく もかへすも舞。 (破の舞)






あそびの かずかずに。東あそびのかずかずに。その色人 は。三五夜中滿願 眞如となり。御願圓滿國土成就七 寳充滿らし。國土をほどこし給 ふ。さるほどにうつつて。羽衣浦風 に。たなびきたなびく三保松原浮島の。足高山 富士 高嶺。かすかになりてつみそらの。 にまぎれてせにけり。