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Title: Koshoku Ichidai Onna
Author: Ihara, Saikaku
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Sachiko Iwabuchi, Japanese Text Initiative
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Note: In the copy-text a few passages are replaced by circles in place of words. For these brief passages we note the corresponding text in Saikakushu: Jo (Nihon Koten Bungaku Taikei, vol. 47; Tokyo: Iwanami Shoten, 1957).
©1998 by the Rector and Visitors of the University of Virginia
好色一代女卷一目録
老女のかくれ家美女は命を斷斧と古人もいへり。心の花散ゆふべの燒木となれるは何れか是をのがれじ。されども時節の外なる朝の嵐とは。色道におぼれ若死の人こそ愚なれ。其種はつきもせず人の日のはじめ。都のにし嵯峨に行事ありしに。春も今ぞと花の口びるうごく梅津川を渡りし時うつくしげなる當世男の采體しどけなく。色青ざめて戀に貌をせめられ行末頼みすくなく。追付親に跡やるべき人の願ひ。我萬の事に何の不足もなかりき。此川の流れのごとく契水絶ずもあらまほしきといへば。友とせし人驚き我は又女のなき國もがな。其所に行て閑居を極め惜き身をながらへ。移り替れる世のさま%\を見る事もといふ。此二人生死各別のおもはく違ひ人命短長の間。今に見果ぬ夢に歩み現に言葉をかはすがごとく。邪氣亂つのつて縹行れし道は一筋の岸根づたひに。防風莇など萌出るを用捨もなく踏分。里離なる北の山陰に入られしに何とやらゆかしく。其跡をしたひしに女松村立萩の枯垣まばらに。笹の編戸に犬のくゞり道のあらけなく。それより奥に自然の岩の洞静に片びさしをおろして軒はしのぶ草すぎにし秋の蔦の葉殘れり。東の柳がもとに筧音なしてまかせ水の清げに。爰に住なせるあるじはいかなる御法師ぞと見しに。思ひの外なる女のらふ蘭て三輪組。髪は霜を抓つて眼は入かたの月影かすかに。天色のむかし小袖に八重菊の鹿子紋をちらし。大内菱の中幅帯前にむすびて。今でも此よそひさりとては醜からず。寢間とおもふなげしのうへに瀑板の額掛て好色菴としるせり。いつ燒捨のすがりまでも聞傳へし初音是なるべし。なほ心も窓より飛いるおもひに成て。しばし覗しうちに最前の二人の男。案内しつた皃にものもも乞ずして入ける。老女忍笑てけふも亦我を問れし。世には惱の深き調謔もあるに。なんぞ朽木に音信の風聞に耳うとく語るに口おもければ。今の世間むつかしく爰に引籠て七とせ。開ける梅暦に春を覺え。青山かはつて白雪の埋む時冬とはしられぬ。邂逅にも人を見る事絶たり。いかにして尋ねわたられしといへば。それは戀に責られ是はおもひに沈み。いまだ諸色のかぎりをわきまへがたし。或人傳て此道にきたるなれば。身のうへの昔を時勢に語り給へと。竹葉の一滴を玉なす金盃に移し。是非の斷りなしに進めけるに老女いつとなく亂れて。常弄し繩ならして戀慕の詩をうたへる事しばらくなり。其あまりに一代の身のいたづらさま%\になりかはりし事ども。夢のごとくに語る。自そも/\はいやしからず。母こそ筋なけれ父は後花園院の御時。殿上のまじはり近き人のすゑ%\。世のならひとておとろひあるにも甲斐なかりしに我自然と面子逶やかにうまれ付しとて大内のまたうへもなき官女につかへて。花車なる事ども有増にくらからず。なほ年をかさね勤めての後は。かならず惡かるまじき身を十一歳の夏はじめより。わけもなく取亂して人まかせの髪結すがたも氣にいらず。つとなしのなげしまだ隱しむすびの浮世髻といふ事も我改ての物好み。御所染の時花しも明暮雛形に心をつくせし以來なり。されば公家がたの御暮しは哥のさま鞠も色にちかく。枕隙なきその事のみ見るに浮れ聞にときめき。おのづと戀を求し情にもとづく折から。あなたこなたの通はせ文皆あはれにかなしく。後は捨置所もなく物毎いはぬ衞士を頼みてあだなる煙となすに。諸神書込し所は消ずも吉田の御社に散行ぬ。戀程をかしきはなし我をしのぶ人。色作りて美男ならざるはなかりしに。是にはさもなくて去御方の青侍共身はしたなくて。いやらしき事なるに初通よりして文章命も取程に次第/\に書越ぬ。いつの比かもだ/\とおもひ初逢れぬ首尾をかしこく。それに身をまかせて浮名の立事をやめかたく。ある朝ぼらけにあらはれ渡り。宇治橋の邊に追出されて身をこらしめけるに。墓なや其男は此事に命をとられし。其四五日は現にもあらず寢もせぬ枕に。物はいはざる姿を幾度かおそろしく。心にこたへ身も捨んとおもふうちに。又日數をふりて其人の事はさらにわすれける是を思ふに女程あさましく心の變るものはなし。自其時は十三なれば人も見ゆるして。よもやそんな事はとおもはるゝこそをかしけれ。古代は縁付の首途には親里の別れをかなしみ。泪に袖をしたしけるに。今時の娘さかしくなりて仲人をもどかしく。身拵へ取いそぎ駕籠待兼。尻がるに乘移りて悦喜鼻の先にあらはなり。此四十年跡迄は女子十八九までも。竹馬に乘りて門に遊び。男の子も定まつて廿五にて元服せしに。かくもまたせはしく變る世や。我も戀のつほみより色しる山吹の瀬/\に氣を濁して。おもふまゝ身を持くすしてすむもよしなし 舞ぎよくの遊興萬上京と下京の違ひありと耳功者なる人のいへり。明衣染の花の色も移りて小町踊を見しに。里の總角なるふり袖に太皷の拍子。四条通迄は静にゆたかにいかさま都めきけり。それより下は町筋かぎりて聲せはしく。足音ばたつきかくもかはる物ぞかし。ひとつうつ手も間をよく調子を覺え。すぐれて見えける人は人の中にての人なり。萬治年中に駿河國あべ川のあたりより。酒樂といへる座頭江戸にくだりて。屋敷方の御慰に紙帳のうちに入て。鳴物八人の役を獨して間をあはせける。其後都にのぼり藝をひろめけるに。殊更風流の舞曲を工夫して人のために指南をするに。小女あつまりて是を世わたりにならへり。女歌舞妃にはあらずうるはしき娘を此業に仕入て。うへつかたの御前さまへ一夜づゝ御なぐさみにあげける。衣しやうも大かたに定まれり。紅がへしの下着に箔形の白小袖をかさね。黒きそぎゑりを掛て帯は。三色ひだり繩うしろむすびにして。金作りの木脇差印籠きんちやくをさげて。髪は中剃するも有つとして若衆のごとく仕立ける。小哥うたはせ踊らせ酒のあいさつ。後には吸物の通ひもする事なり。諸國の侍衆又はお年よられたるかたを。東山の出振舞の折ふし五七人もうちませたる風情は。また是よりはあるまじき遊興ものぞかし。男ざかりの座敷へはすこしぬる過て見えける。壹人を金一角に定め置しはかるゆきなる呼物也。いづれを見ても十一二三までの美少女なるが。よく/\是にそまり都の人馴て。客の氣をとる事難波の色里の禿よりはかしこし。次第におとなしうなりて十四五の時は客只はかへさじ。それも押付業にはおもひもよらず。人の心 まかせなるやうにじやらつきて、かんじんのぬれかゝれば、手をよくはづし。其人になづませ我おぼしめさば。忍びてお獨親かたへ御入あらば。よき首尾見合酒に醉出し前後覺ぬ風情 寢かけたる時はやしかたの若い者どもにすこしの御心付ありて。御機嫌とるさはぎのうちになる事と。深くおもはせおもく仕掛て遠國衆にしたゝか取事也。素人しりたまはぬ事どれにても自由になるものぞかし。名を取し舞子も銀壹枚に定めし。我としの若かりし時是に身をなすにはあらずして。此子共の風俗を好て宇治の里より通ひ。世のはやり事をならひしに。すぐれて踊る事を得たれば。人皆ほめそやすにしたがひ。つのりておもしろさ後無用との異見を聞ず。此道のかぶき者となりたま/\は。さし出たる座敷に面影を見せける。されども母の親つき添て外なる女と同じき。いたづらげはみぢんなかりし。人なほならぬに氣をなやみて戀がれ死もありける。ある時西國がたの女中川原町に養生座敷をかりて。涼みの比より北の山/\雪になる迄。さのみ藥程の御氣色にもあらず。毎日樂乘物つらせて出られしに。高瀬川のそこにて我を見そめ給ひて。人傳をたのみめしよせられ。明暮其夫婦の人かはゆがられ取まはしのいやしからずとて。國なる獨子のよめにしてもくるしからじと。我もらはれて行すゑはめでたき事に極りぬ。此奥の姿を見るに京には目なれず。田舎にもあれ程ふつゝかなるは又有まじ。其殿のうつくしさ今の大内にも誰かはおよびがたし。我いまだ何心もあるまじきと。二人の中に寢さゝれて たはぶれの折からは心におかしくて、我もそんな事は三年前よりよく覚し物をと齒切をしてこらへける。さびしき寢覺に、彼殿の片足身にさはる時、もは何の事もわすれて、内義の鼾きゝすまし、殿の夜着よりしたに入て、其人をそゝなかしてひたもの戀 のやめがたく程なくしれて。さても/\油斷のならぬは都。我國かたのあの時分の娘は。いまだ門にて竹馬に乘あそびしと。大笑ひをいとまにして又親里に追出されける
國主の艶妾松の風江戸をならさす。東國づめのとしある大名の御前死去の後。家中は若殿なき事をかなしみ。色よき女の筋目たゞしきを四十餘人。おつぼねの才覺にて御機嫌程見合。御寢間ちかく戀を仕掛奉りしに。皆初櫻の花のまへかた一雨のぬれに。ひらきて盛を見する面影いづれか詠めあくべきにあらず。されども此うちの獨も御氣にいらざる事をなげきぬ。是をおもふに東そだちのすゑ%\の女は。あまねくふつゝかに足ひらたく。くびすぢかならずふとく肌へかたく。心に如在もなくて情にうとく。欲をしらす物に恐れず。心底まことはありながらかつて色道の慰みにはなりがたし。女は都にまして何國を沙汰すべし。ひとつは物越程可愛はなし。是わざとならず王城に傳へていひならへり。其ためしは八雲立國中の男女。言葉のあやぎれせぬ事のみ多し。是よりはなれ嶋の隱岐の國の人は。その貌はひなびたれども。物いひ都の人にかはる事なし。やさしくも女の琴碁香歌の道にも心ざしのありしは。むかし此嶋に二の宮親王流れまし/\。萬其時の風義今に殘れり。よき事は京にあるべしと家ひさしき奥横目。七十餘歳をすぎて物見るには目がねを掛。向齒まばらにして鮹の風味をわすれ。かうの物さへ細におろさせ世に樂しみなき朝夕をおくり。ましてや色の道ふんどしかきながら。女中同前の男心のうき立程大口いふより外はなし。然ども武士の勤め迚袴かた絹刀わきざしはゆるさず。腰ぬけ役の銀錠をあづかりける。是を京女の目利にのぼさるゝは猫に石佛そばに置てから何の氣遣もなし。若ければ釋迦にも預られぬ道具ぞかし。寂光の都室町の呉服所笹屋の何がしにつきて。此度の御用は若代の手代衆には申渡さじ。御隱居夫婦にひそかなる内談と申出さるる迄は何事かと心元なし。律義千萬なる皃つきして殿樣お目掛を見立にと申されけれは。それはいづれの大名がたにもある事なり。扨いかなる風俗を御望みと尋ねければ。彼親仁しま梧の掛物筥より女繪を取出し。大かたは是にあはせて抱へたきとの品好み。是を見るに先年は十五より十八迄。當世皃はすこし丸く色は薄花櫻にして面道具の四つふそくなく揃へて。目は細きを好まず眉あつく。鼻の間せはしからず次第高に。口ちひさく齒並あら/\として白く。耳長みあつて縁あさく身をはなれて根迄見えすき。額はわざとならずじねんのはへどまり。首筋立のびておくれなしの後髪。手の指はたよはく長みあつて爪薄く。足は八もん三分に定め親指反てうらすきて。胴間つねの人よりながく腰しまりて肉置たくましからず尻付ゆたやかに。物越衣しやうつきよく。姿に位そなはり心立おとなしく。女に定まりし藝すぐれて萬にくらからず。身にほくろひとつもなきをのぞみとあれば。都は廣く女はつきせざる中にも。是程の御物好み稀なるべし。然ども國の守の御願ひ千金に替させ給へば。世にさへあらばさがし出す。其道を鍛錬したる人置竹屋町の花屋角右衞門に内證を申わたしぬ。そも/\奉公人の肝煎渡世とする事。捨金百兩の内拾兩とるなり。此十兩の内を又銀にして拾匁使する口鼻が取ぞかし。目見えの間衣類なき人はかり衣しやう自由なる事也。白小袖ひとつあるひは黒りんず上着に惣鹿子。帯は唐織の大幅にひぢりめんのふたの物。御所被に乘物ぶとん迄揃て一日を銀貳拾目にて借なり。其女御奉公濟ば銀壹枚とる事なり。いやしき者の娘には取親とて。小家持し町人を頼み其子分にして出すなり。此徳はあなたよりの御祝義をもらひ。すゑずゑ若殿などもふけ御持米の出し時も取親の仕合也。奉公人もよろしき事をのぞめば目見えするもむつかし。小袖のそんりやう貳十目六尺二人の乘物三匁五分。京のうちはいづかた迄も同じ事なり。小女六分大女八分二度の食は手前にて振舞也。折角目見えをしても首尾せされば。二十四匁九分のそん銀かなしき世渡りぞかし。あるは又興に乘じ大坂堺の町衆嶋原四条川原ぐるひの隙に太皷持の坊主を西國衆に仕立。京中の見せ女を集め慰にせられける。目に入しを引とゞめしめやかに亭主をたのみ。當座ばかりの執心さりとはおもひよらず。口惜く立歸るをさま/\いひふせられて。さもしくも欲にひかれかりなる枕にしたがひ。其諸分とて金子貳分に身を切賣是非もなき事のみ。それもまづしからぬ人の息女はさもなし。彼人置のかたより兼て見立し美女を百七十餘見せけれども。ひとりも氣に入ざる事をなげき。我を傳へ聞て小幡の里人より。住隱れし宇治にきて我を迎て歸り。とりつくろひなしについ見せけるに。江戸より持てまゐりし女繪にまさりければ。外又せんさくやめて此方のぞみの通万事を定めて濟ける是を國上らふといへり。はる%\武藏につれくだられ淺草のお下屋しきに入て。晝夜たのしみ唐のよし野を移す花に暮し。堺町の芝居を呼寄笑ひ明し。世にまた望みはなき榮花なりしに。女はあさましくその事をわすれがたし。されども武士は掟ただしく奥なる女中は。男見るさへ稀なればましてふんどしの匂ひもしらず。 菱川が書しこきみのよき姿枕を見ては、我を覺ず上氣して、いたづら心もなき足の跟手のたか/\指を引なびけ、ひとりあそびもむつかしくまことなる戀をお願ひし。惣じて大名は面むきの御勤めしげく。朝夕ちかうめしつかはれし前髪に。いつとなく御ふびんかゝり女には各別の哀ふかく。御本妻の御事外になりける。是をおもふに下%\のごとくりんきといふ事もなきゆゑぞかし。上下萬人戀をとがめる女程世におそろしきはなし。我薄命の身なから殿樣の御情あさからずして。うれしく 御枕をかはせしその甲斐もなく。いまた御年も若うして地黄丸の御せんせく。ひとつも埓の明ざる事のみ。此上ながらの不仕合人には語られず明暮是を悔むうちに。殿次第にやせさせ給ひ御風情醜かりしに。都の女のすきなるゆゑぞと。思ひの外にうたがはれて。戀しらずの家老どもが心得にして。俄に御暇出され又親里におくられける。世間を見るにかならず生れつきて。男のよわ藏は女の身にしてはかなしき物ぞかし
淫婦の美形清水の西門にて三味線ひきてうたひけるを聞ばつらきは浮世あはれや我身。惜まじ命露にかはらんと其聲やさしく袖乞の女。夏ながら綿入を身に掛冬とは覺てひとへなる物を着事。はけしき四方の山風今。むかしはいかなる者ぞとたづねけるに。遊女町六条にありし時の後の葛城と名に立太夫がなりはつるならひぞかし。その秋櫻の紅葉見に行しがそれに指さしあまたの女まじりに笑ひつるが。人の因果はしれがたし我もかなしき親の難義。人の頼むとて何心もなく商賣事請にたゝれし。其人行方なくてめいわくせられし金の替り五拾兩にて我を自由とするかたもなく。嶋原のかんばやしといへるに身を賣。おもひもよらざる勤め姿年もはや十六夜の月の都にならびなき迚親かたゆくすゑをよろこぶ。惣じて流れのこと業禿立より見ならひわぞとをしへる迄もなし其道のかしこさをしりぬ。我はつき出しとて俄に風俗を作れり。萬町がたの物好とは違へり眉そりて置墨こく。こまくらなしの大嶋田ひとすぢ掛のかくしむすび。細疊の平もとゆひをくれはかりにも嫌ひてぬき揃へ。貳尺五寸袖の當世じたて腰に綿入ずすそひろがりに。尻付あふきにひらたく見ゆるをこのみしんなし大幅帯しどけなくついむすびて。三布なる下紐つねの女より高くむすびてみつがさねの衣しやう着こなし。素足道中くり出しの浮歩。宿や入の飛足座敷つきのぬき足。階子のぼりのはやめ足。兎角草履は見ずにはきて。さきからくる人をよけず。情目づかひ迚近付にもあらぬ人の辻立にも。見かへりてすいた男のやうにおもはせ。揚屋の夕暮はしゐしてしる人あらば。それに遠くより目をやりて思案なく腰掛て人さへ見ずは町の太皷にも手に手をさし。其折を得て紋所をほめ又は髪ゆふたるさま。あるひははやり扇何にてもしほらしき所に心を付。命をとる男目誰にとふて此あまたつきと。ひつしやりほんとたゝき立にして行事。いかなる帥もいやといはぬこかし也。いつぞの首尾にくどきかゝらば。我物とおもひつくより。物もろふ欲を捨大じんの手前よしなに申なし。世上のとり沙汰の時も身に替てひくぞかし。すたる文ひきさきてかいまろめて。是をうちつけて人によろこばす程の事は。物も入ずしていとやすきなれども。うつけたる女郎はせぬ事也。其形は人にもおとらずして定りの紋日も宿やへ身あがりの御無心。男ありて待皃には見せけれども。宿よりそこ/\にあしらひ片陰によりて當座漬の茄に生醤油を掛て膳なしにひえ食くふなど外の人が見ねばこそなれ。内へ歸りても内義の皃つき見て。行水とれといふも小聲なつて。其外くるしき事のみありしに。銀遣ふ客をおろそかにして不斷隙で暮すは。主だふし我身しらずのなんひんなり。只興女は酒なんどの一座は所%\にて。りくつづめなるつめひらきすこし勿體も付。むつかしく見せて物數いはぬこそよけれ。物に馴たる客は各別。まだしき素人帥はおそれてこなす事ならず。 床に入ても其男鼻息斗せはしく身うごきもせず、たま/\いふにも声をふるはし、我物も遣ひながら此せつなさ。茶の湯こゝろへぬ人に上座のさばきさすに同じ。此男嫌うてふるにはあらず。かしらに帥皃をせらるゝによつて。こなたからもむつかしく 仕掛、帯をもとかずゐんぎんにあしらひて、空寢入などしてゐるを、大かたの男近く寄添て、かた足もたすをなをだまりて、それから後の樣子を見るに、身もだへして汗をかき、相床をきけばあるひは愛染又は初對面から上手にてうちとけさせ。女郎の聲して見た所よりやせ給はぬ 御肌」とひきしめる音、男は屏風まくらにゑんりよもなく所作次第にあらくなれば、女もまことなる泣声、をのづと枕をとつて捨、乱れて正しく指櫛のをれたる音、二階の床にはあゝ是迄といふて鼻紙の音。隣の床には心よく寢入たる男を挑おこし、「やがて明る夜の名残もおしき」などいへば、男は現に、「ゆるしたまへ。もはひとつもならぬ」といふを、酒かときけば下帯とく音おもひの外なる好目。是女郎にそなはつての仕合ぞかし。あたりにこゝちよげなる事のみ。なほ目のあはぬあまりに女郎起し。九月の節句というても間のない事じやが。定めてお約束が御座らうと。女郎の好問ぐすりを申せど。そんな事などちよろく見えすき。九月も正月も去方さまの御やつかいに成ますと。取あへぬ返事にかさねて寄添言葉もなく。殘念ながら人並に起別て。髪を茶筅にほどき帯を仕直し。分立たるやうに見せけるこそをかしけれ。此男下心女郎をふかくうらみ。かさねては外なる女郎をよびて。五日も七日もつゞけて物の見事なるさばきして。けふの傾城目に心を殘さすか。 又は此里ふつとやめて野郎ぐるひに仕替んと思ひ定め。友とせし人ども夜の明るに戀を惜むを。せはしく呼立大かたにして歸さいそげと。是切に女郎すて行を取留る仕掛有。相客の見る所にしてそゝけし鬢を撫付てやりさまに。耳とらへて小語は我を我に立て。 人に帯とけともいはずにかへる男目。にくやと背をたゝきて足早に臺所に出れば。其跡にていづれも氣を付はじめてのしこなし。どうで御座るといへば男よろこび命掛て間夫といふ。殊更夜前のまはりやう此程つかへたる肩迄ひねらせた。是程我等にくる事何とも合點がゆかぬ。定めし汝等が取持て身體よきに咄して聞したか。いや/\欲斗にして女郎の左樣にはせぬ物。是は見捨難しとのぼされ。其後まんまと物になしける。此無首尾さへかくなしければ。ましてや分のよき女郎に身を捨るは斷りぞかし。別の事もなき男を初對面なればとてふるにはあらず。其男大夫に氣をのまれ 仕掛る時分のしほあひぬけ。しらけて起別るゝ事なり。流れの身として男よくて惱事にはあらず。京の何がし名代のある御かた。たとへば年寄法體のそれにはかまはず。又若き御かたの諸事の付届よく。然も姿のよきは此うへの願ひ何かあるべし。こんなうまい事斗揃へてはないはづ也。今の世のよねの好ぬる風俗は。千筋染の黄むくの上に黒羽二重の紋付すそみじかに。帯は龍門の薄椛羽織は紅鳶にして八丈紬のひつかへし。素足にわら草履はき捨。座敷つきゆたかに脇差すこしぬき出し。扇遣ひして袖口より風を入しはしありて手水に立。石鉢に水はありとも改めて水かへさせて静に口中などあらひ。禿いひやりて供の者に持せ置し白き奉書包の煙草とりよせ呑など。のべの鼻紙ひざちかく置てかりそめ遣ひ捨。引舟女郎をまねきよせ手をすこしかりたいと。袂より内に入させけんべけにすゑたる灸をかゝせ。太皷女郎に加賀ぶし望みてうたうて引を。それをも心をとめて聞ず小哥の半に末社に咄掛きのふの和布苅の脇は高安はだしとほめ。此中の古哥を大納言殿におたづね申たが拙者きいた通り在原の元方に極まりたなど。いたり物語りふたつみつかしらにそゝらずして。萬事おとしつけて居たる客には大夫氣をのまれて我と身にたしなみ心の出來て。其男する程の事かしこく見えておそろしく。位とる事は脇になりて機嫌をとる事になりぬ。一切の女郎の威は客からの付次第にして奢物なり。江戸の色町さかんの時坂倉といへる物師。大夫ちとせにしたしくあひける。此人酒よく呑なしていつとても肴に。東なる最上川にすみける花蟹といへるを鹽漬にして是を好る。有時坂倉此蟹のこまかなる甲に。金粉をもつて狩野の筆にて笹の丸の定紋かゝせける。此繪代ひとつを金子一分つゝに極め。年中ことのかけざる程千とせかたへ遣しける。京にては石子といへる分知大夫の野風にしみて。世になき物時花物人よりはやく調へける。野風秋の小袖ゆるし色にして惣鹿子此辻をひとつ%\紙燭にてこがしぬき。紅井に染し中綿穴より見えすき。又もなき物好着物ひとつに銀三貫目入けるとなり。大坂にてもすぎにし長崎屋出羽。あげづめにせし二三といへる男。九軒に折ふしの秋の淋しき女郎あまた慈悲買にして。大夫出羽をなぐさめける庭に一むらの萩咲て。晝は露にもあらぬにうち水の葉末にとまりしを大夫ふかく哀み。此花の陰こそ妻思ひの鹿のかり床なれ。角のありとてもおそろしからじ。其生たる姿を見る事もがなといひければ。それ何より安しとて俄にうら座敷をこぼたせ千本の萩を植て野を内になし。夜通しに丹波なる山人にいひやりて。女鹿男鹿の數をとりよせ明の日見せて。跡はむかしの座敷となりけると傳へし。身にそなはりし徳もなくて。貴人もなるまじき事を思へば天もいつぞはとがめ給はん。然も又すかぬ男には身を賣ながら身をまかせず。つらくあたりむごくおもはせ勤めけるうちに。いつとなく人我を見はなし明暮隙になりて。おのづから大夫職をとりてすぎにし事どもゆかし。男嫌ひをするは人もてはやしてはやる時こそ。淋しくなりては。人手代鉦たヽき。短足すぐちにかぎらずあふをうれしく。おもへば世に此道の勤め程かなしきはなし
好色一代女巻二目録
淫婦中位朱雀の新細道をゆきて。嶋原の門口につひに見ぬ圖なる事あり。大津馬に四斗入の酒樽を乘下に付。立嶋の布子に鍔なしの脇指竹の小笠をかづき。右に手綱ひだりに鞭持て心のゆくにまかせてあゆませ行に。揚屋町の丸屋七左衞門方へ馬かた先立て送り状をわたしぬ。越後の村上より此人女郎買にのぼらるゝのよし。隨分御馳走申其里の遊興の後大坂も見るべきとの望み。住吉屋か井筒屋へそれより人を添らるべし。諸事其元わけよく我等同前に頼むと御状付られし御かたは。越後の幅さまとて前の吉野さまの御客。今の世には稀なる大じんさま。中二階の普請をおひとりしてあそばしよき事は今にわすれず。それよりの御引合すこしも如在は先是へと。馬引掛て樣子を見るによねぐるひの風義にはあらず。都のものに馴たる男ども何とやら心元なく。おまへさまの傾城ぐるひなされますかといへば。田舎大臣にがい皃をして此人が買れますと。革袋ひとつなげ出せば梧のとの角なる物三升程うち明。今くれかぬる一歩を一握づゝまきければ。かたじけなしと夕暮の寒空になる質どもを請ける。其後お盃といへば我國酒を呑つけて外なるは氣に入ず。扨はる%\より樽二つ此酒の有切にあそぶなれば。始末して我獨に呑せよといへば、京の酒がお氣にいらずは女らふさまもやはらかにしてお氣に入まじ。いかなるお物好大夫さまお目に掛よといふ。大じん笑つて床もかまはず心入もしまぬ物。是よりうつくしきは此里に又なきといふ大夫を。見る迄もなし取寄よといふ。しかしお慰にもと此夕ざれの出掛姿はしゐして見せまゐらすに金銀の團にてひとり/\の御名ををしえける。大夫とはいはで金の團をかざし天職は銀の團にてしらす。其道にかしこき仕業なり。我大夫とよばれし時いやしからぬ先祖を鼻に掛ぬ。公家の娘やら紙屑拾ひの子やら人はしらぬ昔ぞかし。殊には姿自慢して手の見えたる男には言葉もかけず。高うとまつて鶏鳴別れにも客をおくらず。いづれの人もいやな皃してすましければ。おのづと此沙汰あしく次第に淋しく。勤め かけければ親かた持こたへず、一門内談して天神におろしけるにはや其日より引舟女郎もなく。寢道具も替りてふとんふたつになし。すゑ%\も腰をかゞめず樣付し人も殿になり。座付も上へはあげず口をしき事日に幾度か。大夫の時は一日も宿にて暮さず。廿日も前より遣手を頼み日に四五軒からもらはれ。揚屋から人橋かけてそこからそこに行にも。向ひ人送り人さゞめき渡りしに今はまた。ちひさき禿ひとりつれて足音も静かに大勢の中にまじりてゆきしに。丸屋の見せなる越後の客はじめて見し戀となり。あの君よといひしにけふより天職にさがり給ふといふ。我等は國元のぜいばかりなれば大夫てなくば望みなし。あまた見つくせし中にあれ程うつくしきはまたもなきに。天神になしけるは内證に惡き事のありやと。是非にかなはぬ取沙汰せられてきのふ迄嫌ひし男にあひ。座敷もしめて見ても脇からくづされ。持馴し盃を取おとしする事いふ程の不出來に。床も客おそろしくなつて氣に入心の仕掛。身ごしらへもはやく伽羅も始末心つきて燒かね。上する男お床は二階へと呼立れは只一二度にて尻がるに立行。宿のかゝつい戸口までつきてぎよしんなりましたかと。お客に申女郎にはお休みなされませいと。口ばやに云捨てはしごおりさまに。爰は蝋燭けして油火にせよ。高蒔繪の重肴は大座敷へ出せといふたに。誰才覺ぞと下女白眼など。しれたる事ながら聞をかまはずいはれしは。是女郎の威のなきゆゑに萬かくこそかはれ。むやくしき事此外聞寢入にするを。男に起され心まかせの首尾して後。情らしく親里をたづねけるに欲の心から殘さず語りて。おのづとうちとけ正月の仕舞も我とたのみ。大かたに請あふをうれしく二度目になれし別れには。出口の門迄おくり面影見はつる迄立つくし。其跡より便求めて三枚がさねの文遣しける。大夫の時は五七度も心よく逢馴し後もたよりはせざりき。引舟遣手氣を付それさまへ御状ひとつと。機嫌のよき折ふしを見あはせ。お硯の墨すりて奉書取てあてがひけるに。お定りの文章そこ/\に書ちらし人に疊ませてむすばせて上書してなげやるさへ。かたじけなく拜しまゐらすいよ/\今迄に替らすかはゆがられたしなと。返事をひきふねかた迄遣しやり手迄大判三枚。小袖代として給はりし事。其時は世にほしがる金銀もめづらしからずそれ/\にとらせけるに何惜からじ。大夫の人に物やるもおもへば博奕の場にての錢のごとし。ない時の今は耻捨て御無心申甲斐なし。惣別傾城買その分際より仕過す物なり。有銀五百貫目より上のふりまはしの人大夫にもあふべし。貳百貫目迄の人天職くるしからず。五十貫目迄の人十五に出合てよしそれも其銀はたらかずして居喰の人は思ひもよらぬ事。近年の世上を見るに半年つゞかざる人無分別にさわぎ出し。二割三割の利銀に出しあげ主人親類の難義となしぬ。かやうになるを覺えての慰み何かおもしろかるべし。うき世とてさま%\我天職つとめけるうちに。頼みに掛し客三人迄ありしに。ひとりは大坂の人なるが檳榔子の買置して家をうしなはれける。又一人は狂言芝居の銀元にて大分のそん立。またのひとりは銀山にかゝる所あしく。廿四のうちに三人ともに埓明此里の音信も絶て俄に淋しきさへうきに耳の下に霜ふり月の比。粟粒程なる物いつとなくなやまして。其跡見ぐるしく是又つらきにはやり風にして。我黒髪うすくなりて人なほ見捨ければ。うらみて朝夕の鏡も見捨にける
分里數女町人のすゑ/\迄脇指といふ物さしけるによりて。云分喧嘩もなくておさまりぬ。世に武士の外刃物さす事ならずは。小兵なる者は大男の力のつよきに。いつとても嫐れものになるべき。一腰おそろしく人に心を置によりて。いかなる闇の夜も獨は通るぞかし。傾城はうは氣なる男をすけるによりて。小尻とがめ出來達にして命のはつるをも更に覺えず。我女郎なれば迚義理には身を捨る事。其座はさらじと明暮思ひ極めしに。是程身のかなしきにも相手なしには死れぬ物ぞ。自大夫から天神におろされけるさへ口惜かりしに。今又十五になされ勤めけるに。むかしの氣立入替り萬事其時の心になる物ぞかし。はじめてのお客と呼にくるとひとつも賣を仕合に。其男見にやる迄もなくもし又入ぬとてへんがへせられては。けふの隙日のせつなさに取いそぎゆくさへ。揚屋の男目が耳こすりいふは十五位の女郎は。人やるといなや使とつれてくる人をよべ。惡女郎のくせに身拵へそれだけそんじやは。十八匁の物を九匁も人が出すにこそと聲高にわめくもつらし。内義も見ぬ皃して言葉をも掛られず。手持わるく臺所にあがれば。丹波口の茶屋がそこに居あはせ。其二階へあがれとさしづをする片手に。尻さくるなどすこしは腹立ながら座敷に入て見れば大じんの數程大夫も有。つれ衆には天神かたづき。お機嫌とりの若男四五人もありしが。其中へつきまぜによばれてどれにあふともさだめもせず。下座になほりて行所のない時の盃さゝれ。酒はかいしき請ねども誰氣をつけてあいさつする人もなく。つい隣の太皷女郎にさして日の暮を待兼。 ひとつふとんの床に入れば若い男のこいきすぎたる風俗。正しく町の髪結らしくおもはれける。此男やう/\細奥町上八軒の茶屋あそびの諸分ならではしらずや。 床のおかしさ帯とけひろげになって鼻紙手元へ取まはし我へのぜんせいとおもふか。枕のともし火ちかくよせて前巾着より二歩ひとつまめいた三拾目程。幾度か數讀て見せける是はあまりなる男目。物云かくるに俄に腹いたむとて返事もせず。そむきて寢入ば此男つめひらきはおもひもよらず。私のにが手藥なりと夜明がた迄さすりける程に。あまりいたはしくおもはれ 引よせ心よく首尾せんと、こちらへ寢かへる時、大じんの聲して夜の明るに程近し。我は先へ歸れ髪結人も待かねんと。何のゑんりよもなく起されける是を聞と。又心ざし替り先に見立し職の人なれば。かさねて浮名の出る事をうたてく其通に起別れぬる。大夫天神迄勤めしうちはさのみ此道迚もうきながらうきとも覺えず。今の身のかなしき事かくもまたむかしに替る物哉。やぼはいやなり中位なる客はあはず。帥なる男目にたま/\あへば 床に入とかしらから何のつやもなく。 「女郎帯とき給へ」 といふさてもせはしや。おふくろさまの腹に十月よくも御入ましましたなどいうてすこしは子細らしく持てまゐれば此男いひも果ぬに。 「腹にやどるも是からはじめての事。神代此來、此嫌ひ成女郎はわるい物じや」と、はや仕掛て來る。それを四の五のいへばむづかしい事は御座らぬ。さらりといんでもらひまして女郎かへて見ましよといふが。鼻息に見えすき此男こはく身揚なほおそろしく。帥とおもふとちやくと言葉に色を付て。わけもない事あそばしてお敵さまへのもれての御申分は。こちはぞんじませぬなどゝいふが十五女郎のかならずおとしなり。それよりしなくだりてはしつぼねの事共いふにかぎりもなく聞ておもしろからず。それもそれ/\に大かた仕掛さだまつての床言葉有。先三匁取はさのみいやしからず客あがれば。ゆたかに内に入其跡にてもめんぎる物着たる禿が 床取。中紅のふとんの脇に、鼻紙見ぐるしからぬ程折たるを置捨油火ほそくむきてさし さし枕ふたつなをして。是へ御ざりましておろくにと申て切戸より内に行。同し見世の女郎ながら是にたよる男もむしやうなる野人にはあらず。遣ひすごして揚屋の門を闇に通る男。又は内證のよき人の手代か武士は中ごしやうの掛るものなり。女郎 寢てしばしは帯をもとかず手をたゝきて禿をよび其着物お跡へむさくとも着ませいといふしほらしく。扇に心をつけ此袖笠の公家は。さのゝわたりの雪の夕暮で御ざんすかなどゝ問より。男 寄添たよりとなりいかにも袖うち拂ふ雪の肌に。 すこしさはりましよか と、それから戀となる。かへりさま迄女郎の名をとはざる人はかならず暦々なり。是に跡ひかする事別れさまに、「かうしへ御座りましておあひなされます時分」と、しばし見おくる事よかなる男もぜいにて。作り口舌して重て咄しにくる事手にとつたる客也。又親かた掛りの人と見し時はお供もつれられずお獨は。道氣遣しなどいふに拙者は人持ませぬといふ者なし。かくのせ置ばなじみて挟箱もらふ時人がないとはいはせぬためなり。貳匁取は手づからともし火細め枕に敷紙して嘉太夫ぶしのなづむ所を語りけりして。其引口におまへさまはどれさまにおあひなされます。をかしからぬ是にしばしもおきづまりなるべし宿屋はどれへおこしなされますといふがいづれもさし定まつてのあいさつなり。壹匁取は其時のつくり小哥うたひながら。 屏風の陰なる寢莚を取出し、ひそかに帯をはじめからときて客のおもはくもかへり見ず内からのいひ付の通り。着物着替て ふたのもとき掛てくろめ宵かとおもへば今の鐘は四つじやげな。おまへさまはどれ迄おかへりなされますとせはし男に氣を付。やりくりの後やり手よびて天目二つながらにくんで來て。お茶しんぜましやと口ばやにいふもをかし。五分取は自戸をさして豊嶋莚のせまきを。片手にして敷足にて煙草盆をなほし。男引こかしてあの人さまはふるうはあれど。絹の下帯かいてゐさんす奢たお人さまじや。こなたさまを何する人じや違へずいうて見せましよ。月夜で風のふかぬ時隙じやさかいに夜番さしやりますか。大商人心太の中買じやといへば。よいかげんな事をいはしやれところてん賣が。此暑い夜あそんで居てよいもので御座るか。然も今夜は高津の夏神樂仕合がわるくとも。八十もまうけがあらふ物とその道/\に。さてもせちがしこき事を我も京より。十五をくだりて新町にうられて二年も見せを勤めしうちに。世のさま%\見および十三の年明て。頼む島なき淀の川ぶねに乘て二たび古里にかへる
世間寺大黒脇ふさぎを又明てむかしの姿にかへるは。女鐵拐といはれしは小作りなるうまれつきの徳なり。折ふし佛法の晝も人を忍ばすお寺小性といふ者こそあれ。我耻かしくも若衆髪に中剃して。男の聲遣ひならひ身振も大かたに見て覺え。下帯かくも似物かな上帯もつねの細きにかへて刀脇指腰さだめかね羽織編笠もこゝろをかしく。作り髭の奴に草履もたすなど物に馴たる太皷持をつれ。世間寺のうとく成を聞出し庭櫻見る氣色に。塀重門に入ければ太皷方丈に行て隙なる長老に何か小語客殿へよばれて彼男引あはすは。こなたは御牢人衆なるが御奉公濟ざるうちは。折ふし氣慰に御入あるべし萬事頼あげるなどいへば。住持はや現になつて夜前あなた方入ひて叶はぬ。下風藥を。去人に習うて參つたというて跡にて口ふさぐもをかし。後は酒に亂れ勝手より醒き風もかよひ。一夜づゝの情代金子貳歩に定め置諸山の八宗。此一宗をすゝめまはりしにいづれの出家も珠數切ざるはなし。其後はさる寺のなづみ給ひ三年切て銀三貫目にして。お大黒さまになりぬ此日數ふるうちに浮世寺のをかしさ。むかしは念比なる坊中ばかり集りて諸佛祖師の命日をよげ一月に六齋づゝ。是より外はと誓文のうへ魚鳥も喰。女ぐるひも其夜にかぎりて三条の鯉屋などにてあそび。常は出家の身持なる時は佛も合點にてゆるし給ひ。何のさはりもなかりき。近年はんじやうに付て亂りかはしく。 晝の衣を夜は羽織になし、手前に女の置所、居間のかた隅をふかくほりて、明取の隱し窓ほそく、天井も置土して、壁壱尺あまり厚く付て。物いふ聲の外へもらさず奥深に拵へ。晝は是に押込られ夜は 寢間迄も出ける。此氣のつまる事戀の外なる身過なればひとしほかなしかり。いや風坊主に身をまかせて 昼夜間もなく首尾して、後にはおもしろさもやみ、おかしさも絶て、次第にをとろへ姿やせけるも長老は更に用捨もなく。死だらば手前にて土葬と思ふ皃つきおそろし。なるればそれも惡からず待夜參のふけるを待かね灰よせの曙も別れと思へばしばしもうたてき。なほ白小袖の坊主くさきも身に添移香のしたしくもなりぬ。末%\は淋しさ忘れて最前は耳塞し鉦女鉢の音も。聞馴て慰む態となれり。人燒煙も鼻に入ず無常の重る程お寺の仕合を嬉しく。夕暮の肴賣ほねつきぬきの小鴨鰒汁椙燒。外へはかほりのせざる火鉢に盖をかけて少は人を忍ぶ也。じだらく見習ひ小僧等迄も赤鰯袖にかくして。佛名書すてし反古に包燒して朝夕おくればこそ。艶よく身もうるほひ有て勤る事も達者也。世をはなれ山林に取籠。木食又は貧僧のおのづから精進する人の皃つきは。朽木のごとく成て其隱れなし。我此寺に春より秋の初めつかた迄奉公せしに。そも/\は深く疑ひて外にゆかるゝ時は戸ざしにも錠をおろされしに。今は庫裏迄ものぞく程に心をゆるされ。いつとなく大短者に成て諸旦那の參られしにもはやくは迯ず。ある夕暮に風梢をならしばせを葉亂れ。物すごき竹縁に世の移り替を觀じて。獨手枕の夢もまだ見ずまぼろしにかしらは黒き筋なく皃に浪をかさね手足火箸のごとく。腰もかなはず這出聞え兼つる聲の哀に。我此寺に年ひさしく住寺の母親ぶんになつて。身もさのみいやしからぬを態と見ぐるしく持なし。長老とは二十年も違へば物事耻しき事ながら。世を渡る種ばかりに 人しれず夜の契の淺からず。かず/\の申かはしもあだになしかくなればとて。片陰に押やられて佛の食のあげたるをあたへ。死かねる我をうらめしさうなる皃つきさりとてはむごくおもへど。それはさもなくうらみの日をつもるはそなたは我をしられぬ事ながら。 住寺と枕物語聞時は、此年此身になりても此道をやめがたくそなたに喰付おもひ晴すべき胸定めて今宵のうちといふ事身にこたへ兎角は無用の居所そと爰を出てゆく手くだもをかし。常なる着物の下がへに綿をふくませ。其姿おもくれて今迄はかくせしが我が身持も月のかさなり。いつを定めがたしといへば長老おどろき。はやく里にゆきて無事になりて又歸れと。布施のたまりを取集め其間の事ども心をつけて。いかなる少年親になげかして泪は袖殘るもつらき迚。あがり物の小袖を産着よと有程惜まず、名は石千代とうまれぬ先から祝ひける。此寺もあき果て年も明ぬにかへらず出家のかなしさはそれとても公事にはならず
諸禮女祐筆見事の花菖蒲おくり給はり。かず/\御うれしく詠め入まゐらせ候。京に女祐筆とて上づかた萬につけて年中の諸禮覺え。みやづかひつかふまつりて後かならず身のおさめ所よき人あまた。是を見ならへとて少女をかよはせける。我むかしはやごとなき御方にありし。其ゆかりなればとて女子の手習所に取立られける。我宿として暮する事のうれしく。門柱に女筆指南の張紙して一間なる小座敷見よげに住なし。山出しの下女ひとり遣ひて人の息女をあづかる事大かたならずと。毎日おこたらず清書をあらため女に入程の所作ををしへ。身のいたづらふつ/\とやめて何の氣もなかりしに。戀を盛の若男やりくりの文章をたのまれ。むかし勤めし遊女の道はさして取ひよく連理の根ごゝろをわきまへて。其壼へはまりたる文がらに惱せまたは人の娘なる氣を見すかし。あるひは物馴手たれのうき世女にも。それ/\の仕掛ありていづれかなびけざる事なし。文程情しる便ほかにあらじ其國里はるかなるにも。思ふを筆に物いはせけるいかに書つゞけし玉章も。僞り勝なるはおのづから見覺のして捨りて惜まず。實なる筆のあゆみには自然と肝にこたへ其人にまざ/\とあへるこゝちせり。我色里につとめし時あまたの客の中にもすぐれて惡からず此人にあふ時は更に身を遊女とはおもはず。うちまかせて萬しらけて物を語りけるに。其男も我を見捨てざりしに。事つのりてあはれぬ首尾をかなしく。日毎に音信の文しのばせけるに。男あひ見る心して幾度かくり返して後。獨寢の肌に抱ていつとなく見し夢に。此文みづからが面影となり夜すがら物語せしを。そばちかく寢たる人ども耳おどろかしぬ。其後彼客御身の自由になりてむかしに替らずあひける時。此あらましをかたられしに。毎日思ひやりたる事どもたがはず通じける。さもあるべきかならず文書つゞくる時。外なる事をわすれ一念に思ひ籠たる事脇へは行ぬはづぞかし。我たのまれて文書からはいかに心なき相手なりとも。おそらくは此戀おもひのまゝにと請合て文章つくせしうちに。いつとなく亂れて此男かはいらしくなれり。有時筆持ながらしばらく物おもふ皃なるが。耻捨て語り出しけるは。そなたさまに氣をなやませつれなくも御心にしたがはぬは。世にまたもなき情しらずといふ女なり。はかどらぬそれよりは我に思ひ替たまはんか。爰が談合づく女のよしあしはともあれかし。心立のよきと今の間に戀のかなふと。さしあたつてお徳と申せは此男おどろき。物いはざる事しばらくなりしが。先はしれぬ事近道に是もましぞと思ひ。殊には此女髪のちゞみて足の親指反て口元のちいさきに思ひつき。かくす事にもあらず仕掛し戀も。金銀の入る事には思ひよらず。こなたとても帯一筋の心付ならず。中/\なじみて後近付の呉服屋有かなど。御たづねありても絹一疋紅半端。かならず共請合はならずはじめからいはぬ事は聞えぬといふ。よき事させながらあまり成言葉がため。にくしさもしく此廣き都の町に。男日照はせまじ又外にもと思ふ折ふし。五月雨のふり出よりいとしめやかに。窓よりやぶ雀の飛入ともし火むなし。闇となるを幸に此男 ひしと取つき、はや鼻息せはしく、枕ちかく小杉原を取まはし、我よは腰をしとやかに扣てそなた百迄といふ。をかしや命しらず目。おのれを九十九迄置べきか。最前の云分も惡し一年立ぬうちに。杖突せて腮ほそらせて。うき世の隙を明んと 昼夜のわかちもなくたはぶれ掛て、よはれはどじやう汁・卵・山の芋を仕掛、あんのごとく此男次第にたたまれて。不便や明年の卯月の毛世上の更衣にもかまはず。大布子のかさね着醫者も幾人かはなちて。髭ぼう/\と爪ながく耳に手を當。きみよき女の咄しをするをもうらめしさうに皃をふりける
好色一代女卷三目録
町人腰元十九土用とて人皆しのぎかね。夏なき國もがな汗かゝぬ里もありやと。いうて叶はぬ處へ鉦女鉢を打鳴し。添輿したる人さのみ愁にも沈まず跡取らしき者も見えず。町衆はふしやうの袴肩衣を着て珠數は手に持ながら掛目安の談合。あるは又米の相場三尺坊の天狗咄し若い人は跡にさがりて。遊山茶屋の献立禮場よりすぐに惡所落の内談それよりすゑ%\は棚借の者と見えて。うら付の上に麻の袴を着るも有。もめん足袋はけども脇指をさゝず。手織嶋のかたびらのうへに綿入羽織きるもをかし。とりまぜての高聲に。鯨油の光のよしあし判事物團の沙汰。すこしは人の哀もしれかし。何國にもあれ脇から聞にあさましくおもひ侍る。有増皃を見しりて御幸町通誓願寺上る町の人といふ。それならば此死人は西輪の軒に橘屋といへる有。そこの亭主なるべし子細は其家の内義すぐれてうつくしさにそれ見るばかりの便に。入もせぬ唐紙を調へに行などをかし。一生の詠物ながら女の姿過たるはあしからめと。祇園甚太が申せしを何仲人口とおもひしに。男の身にして心がゝりなる事のみ。只留守を預くるためなればあながち改むるにおよばし。美女美景なればとて不斷見るにはかならずあく事。身に覺て一年松嶋にゆきて。はじめの程は横手を打見せばや爰哥人詩人にと思ひしに。明暮詠めて後は千嶋も礒くさく。末の松山の浪も耳にかしましく鹽竈の櫻も見ずに散し。金花山の雪のあけぼのに長寢小嶋の月の夕もなにとも思はず。入江なる白黒の玉を拾ひて。子ども相手に六つむさし氣をつくす事にもなりぬ。たとへば難波に住馴し人都に行て稀に東山を見し心。京の人は又浦めづらしく見てこそ萬おもしろからめ。此ごとく人の妻も男の手前たしなむうちこそまだしもなれ。後は髪をもそこ/\にして諸肌をぬぎて。脇腹にある瘤を見出され。有時は樣子なしにありきて左の足の少長いしられひとつ%\よろしき事はなきに子といふ者生れて。なほまたあいそをつかしぬ。是をおもふに持ましきは女なれども世をたつるからはなくてもならす。有時吉野の奥山を見しにそこには花さへなくて。順の岑入より外に哀しる人影も見ざりき。はるかなる岨づたひに一つ庵片びさしにむすびて。晝は杉の嵐夜は割松のひかり見るより。何のたのしみもなかりしに廣き世界なるに。都には住でかゝる所にはと尋しに。野夫うち笑ひて淋しさも口鼻をたよりにわするゝと語る。さも有べき捨がたくやめがたきは此道ぞかし。女も獨過のおもしろからず手習の子どもをやめて。大文字屋といへる呉服所へ腰元づかひに出ぬ。むかしは十二三四五迄を腰元ざかりといへり。近年は勝手づくにて中女を置ば寢道具の揚下風。乘物の前後につれても見よげなるとて。十八九より廿四五迄なるをつかへり。我後帯は嫌ひなれどもそれそれの風義に替て。黄唐茶に刻稲妻の中形身せばに仕立。平曲の中嶋田に掛捨のもとゆひ。よろづ初心にして雪といふ物には何がなつてあのごとくにふりますと。家さばかるゝお姥さまにとへばもまた其年も年なるに。あだなや親の懷そだちぞと其後は萬に心をゆるしてつかはれける。人手をとれば上氣をし袖にさはればおどろき。座興いふにも態と聲あぐれば。すゑ%\名は呼でうつくしき姿の花は咲ながら。梢の生猿/\といひふれて。まんまと素人女になしぬ。をかしや愚なる世間の人はや子斗八人おろせしにと。心には耻かはしくおそばちかく勤しうちに。 夜毎に奥さまのたはぶれ、殊更旦那は性惡、誰しのぶともなくに枕屏風あらけなく、戸障子のうごくにこらへかねて用もなき自由に起て勝手見れども男ぎれのないこそうたてけれ。廣敷の片隅にお家久しき親仁肴入の番の爲に獨うづくまひてふしける。 是になりとも思ひ出させんと覺えて胴骨の中程を踏越れば。南無あみだ/\と申て火もともしてあるに年寄を迷惑といふ。けかに踏しが堪忍ならずはどうなり共しやれ。科は此足と 親仁がふところへさし込ば。是はとびくりして身をすくめ。南無觀世音此難すくはせ給へと口ばやにいふにぞ。此戀埓はあかずと横づらをくはして身をもだへてかへり。夜の明るを待兼けるやう/\廿八日の空星まだ殘るより。佛壇のさうじせよなど仰ける 奥さまはゆふべけにて、今に御枕もあがらず旦那はつよ藏にて氷くだきて皃を洗ひ。かた絹ばかり掛ておぶくまだかと。お文さまを持ながらとひ給ふに近寄。此お文はぬれの一通りで御入候かといへば。あるじ興覺て返事もなし。すこし笑て表の嫌ひはなきものと。 しどけなく帯とき掛て、もや/\の風情見せければ、あるじたまり兼て、肩衣かけながら分もなき事に仕なして、あらけなき所作に御眞向樣をうごかし、蝋燭立の鶴龜をころばせ佛の事をもわすれさせて。それよりしのび/\に旦那をなびけて。おのづから奢つきて奥さまの用など尻に聞せ。後にはさらするたくみ心ながらおそろしや。去山伏を頼みててうぶくすれども其甲斐なく。我と身を燃せしがなほ此事つのりて。齒黒付たる口にから竹のやうじ遣て祈れども。更にしるしもなかりきかへつて其身に當り。いつとなく口ばしりてそも/\よりの僞り。殘らず耻をふるひて申せば亭主浮名たちて。年月のいたづら一度にあらはれける。人たる人嗜むべきは是ぞかし。それより狂ひ出てけふは五條の橋におもてをさらし。きのふは紫野に身をやつし。夢のごとくうかれてほしや男をとこほしやと。踊小町のむかしを今にうたひける一ふしにも。れんぼより外はなく情しりの腰元がなれの果と。舞扇の風しん/\と椙村のこなたは稲荷の鳥居のほとりにて。裸身を覺えてまこと成心ざしに替り。惡心さつて扨も/\我あさましく。人をのろひしむくひ立所をさらずと。さんげして歸りぬ女程はかなきものはなし。是おそろしの世や
妖はひの寛濶女蹴鞠のあそびは男の態なりしに。さる御かたに表使の女役を勤めし時。淺草の御下屋形へ。御前樣の御供つかふまつりてまかりしに。廣庭きり嶋の躑躅咲初て。野も山も紅井の袴を召たる女らうあまた。沓音静に鞠垣に袖をひるがへして。櫻がさね山越などいへる美曲をあそばしける。女の身ながら女のめづらしく。かゝる事どもはしめて詠めし。都にて大内の官女楊弓ものし給ふさへ。替り過たる慰のやうにおもひしは。是はそも/\楊貴妃のもてあそび給へると傳へければ。今も女中の遊興に似あはしき事にぞ鞠は聖徳太子のあそばしそめての此かた。女の態にはためしなき事なるに。國の守の奥がたこそ自由に花麗なれ。其日も暮深く諸木の嵐はげしく。心ならず横切して色をうしなひけるに。しやう束ぬぎ捨給ひておはしけるが。何かおぼしめし出されける。俄に御前樣の御面子あらけなく變らせ給ひ。御機嫌取ぐるしくつき%\の女らう達おのづから鳴をしづめて。起居動止も身をひそめしに。御家に年をかさねられし。葛井の局と申せし人輕薄なる言葉つきして。かしらを振膝を震せ。こよひも亦長蝋燭の立切まで。悋氣講あれかしと進め給へば。忽に御皃持よろしく。それよ/\と浮れ出させけるに。吉岡の局女らうがしら成けるが。廊下に掛りし唐房の鈴の緒をひかせ給ふに。御末女渡し女にいたる迄憚りなく。三十四五人車坐に見えわたりし中へ我もうちまじりて事の樣子を見しに。吉岡の御局おの/\におほせ聞られしは。何によらず身のうへの事を懴悔して女を遮て惡み男を妬しくそしりて。戀の無首尾を御悦喜とありしは。各別なる御事とは思ひながら。何事も主命なれば笑れもせず。其後しだれ柳を書し眞木の戸を明て。形を生移しなる女人形取出されけるに。いづれの工か作りなせる姿の婀娜も。面影美花を欺き。見しうちに女さへ是に奪れける。それよりひとり/\おもはくを申き。其中にも岩橋どのといへる女らうは。妖はひまねく皃形さりとは醜かりし。此人に 昼の濡事はおもひもよらず。夜の契も絶てひさしく。男といふ者見た事もなき女房。人より我勝にさし出。自は生國大和の十市の里にして夫婦のかたらひせしに其男目。奈良の都に行て春日の弥宜の娘にすぐれたる艶女ありとて通ひける程に。僣に胸動かし行て立聞せしに。其女切戸を明て引入。今宵はしきりに眉根痒ぬればよき事にあふべきためしぞと。耻通風情もなく細腰ゆたかに。靠りをる所をそれはおれが男じやといひさま。かねつけたる口をあいて。女に喰つきしと彼姿人形にしかみ付るは。其時を今のやうにおもはれ恐さかぎりなかりき。是を悋氣の初めとして。我を忘れて如鷺々々と進て。女ごゝろの無墓やいへばいふ事とて。私は若い時に播磨の國明石にありしが。姪に入縁を取しに其聟目。なんともならぬ性惡すゑ%\の女迄只をかねば。晝夜わかちなく居眠ける。それをきれいにさばき其まゝに置ける。姪が心底のもとかしさに。夜毎に我行て吟味して。寢間の戸ざしを外から肱壼うたせて。姪と聟とを入置て無理に宵から寢よと。錠をおろしてかへりしに。姪程なく。やつれて男の貌を見るもうらめしさうに。 兎角は命がつゞかぬと身ぶるひしける。然もひのえ午の女なれどもそれにはよらず。男に喰れてこゝ地なやみしに。其つよ藏目も此女に掛て。間なくころさせたしと彼人形をつきころはし。姦しく立噪てやむ事なし。又袖垣殿といへる女らうは。本國伊勢の桑名の人なるが。縁付せぬ先から悋氣ふかく下女どもの色つくるさへせかれて。鏡なしに髪をゆはせ身に白粉をぬらせず。いやしからぬ生付を惡くなしてめしつかひしを。世間に聞及て人うとみ果ければ。是非なく生女房にて爰にくだりぬ。こんな姿の女目が氣を通し過て。男の夜どまりするをもかまはぬ物じやと。科もなき彼人形をいためける。銘々に云がちなれども中/\こんな悋氣は。御前さまの御氣に入事にあらず。それがしが番に當る時くだんの人形を。あたまから引ふせ其うへに乘かゝつて。おのれ手掛の分として殿の氣に入。本妻を脇になしておもふまゝなる長枕。おのれ只置やつにあらずと。白眼つけて齒切をして。骨髄通してうらみし有樣。御前さまの不斷おぼしめし入の直中へ持てまいれば。それよ/\此人形にこそ子細あれ。殿樣我をありなしにあそばし。御國本より美女取よせ給ひ。明暮是に惱せ給へども女の身のかなしさは申て甲斐なき恨み。せめてはそれ目が形を作らせて。此ごとくさいなむと御言葉の下より。不思義や人形眼をひらき。左右の手をさしのべ。座中を見まはし立あがりぬる氣色。見とめる人もなく踏所さだめずにけさりしに。御前さまの上がへのつまに取つきしを。やう/\に引わけ何の事もなかりし。是ゆゑか後の日なやませ給ひ。凄しく口ばしせらるゝ人形の一念にもあるやらんと。いづれも推量して此まゝに置せ給ひなば。なほ此後執心すかぬ事ぞ。菟角は煙になして捨よなど内談極め。御屋敷の片陰にて燒拂ひ其跡。灰も殘さず土中に埋みし。いつとなく其塚の恐るゝにしたがひ。夕暮毎に喚叫事嫌疑なく。是を傳へて世の嘲哢とはなりぬ。此事御中屋敷に洩聞て殿樣おどろかせ給ひ。有増を御たづねなさるべきとて。表使の女をめされけるに。役目なれば是非もなく御前に出て今は隱しがたくてありのまゝに。人形の事を申上しに皆/\横手をうたせ給ひ。女の所存程うたてかる物はなし。定めて國女も其思ひ入に命を取るゝ事程はあらじ。此事聞せて國元へ歸せと仰せける。此女嬋娟にして跪づける風情。最前の姿人形のおよぶべき事にはあらず。それがしもすこしは自慢をせしに。女を女の見るさへ瞬くなりぬ。是程の美女なるを奥さま御心入ひとつにて。悋氣講にてのろひころしける。殿も女はおそろしくおぼしめし入られて。それよりして奥に入せ給はず生別れの後家分にならせ給ふ。是を見て此御奉公にも氣を懲し。御暇申請て出家にも成程のおもひして。又上方に歸る。さら/\せまじき物は悋氣。是女のたしなむべき一とつなり
調謔哥船多くても見ぐるしからぬとは書つれども人の住家に塵五木の溜る程。世にうるさき物なし。難波津や入江も次第に埋れて。水串も見えずなりにき。都鳥は陸にまどひ。蜆とる濱も抄菜の畠とはなりぬ。むかしに替り新川の夕詠め。鐵眼の釋迦堂是ぞ佛法の晝にすぎ芝居の果より御座ぶねをさしよせ。呑掛て酒機嫌やう/\ゑびす橋よりにしに。ゆく水につれて半町ばかりさげしに。はや此舟すわりてさま%\うごかせども其甲斐なく。けふの慰みあさなくりておもしろからず。爰に汐時まつとや心當なるれうりもばらりと違ひ。三五の十八燒物のあまた數讀て。膳出し前に下風鱠の子もなくあへて。先のしれぬ三軒屋より。爰でくうて仕舞と夕日の影ほそくなりしに。竿さしつれて棚なし舟のかぎりもなくいそぐを見しに。是かや今度の芥捨舟。よき事を仕出し人の心の深く川も埋らず。末%\かゝる遊興の爲ぞとよろこぶ折ふし。此五木の中にわけらしき文反古ありしに。其舟へ手のとゞくを幸につい取て見しに。京から銀借につかはせし文章をかしや。銀八拾目にさしつまり内證借にして。其代には朝夕念ずる。弘法大師の御作の如來を濟す迄預け置べし。うき世の戀はたがひ事さる女を久しくだました替りに。いやといはれぬ首尾になりて子を産うちの入目。是非に頼たてまつる平野屋傳左衞門樣まゐる。加茂屋八兵衞より。此文の届賃此方にて十文魚荷に。相わたし申候との斷り書。よくよくなればこそ目安書やうなる樣書てはる%\十三里の所を。無心は申つかはしけるに。しらぬ事ながら是はかしてもとらさいで。京にもない所にはない物は銀ぞと。おの/\腹包て大笑ひしばらくやむ事なし。人を笑ふ人々を町代かなじやくし吸物椀を持ながら。身體の程をおもひやるに。京のかね借者よりはいづれも身のうへのあぶなし。ひとりは來月晦日切に家質の流るゝ人。又ひとりは安札にて普請する人。今獨は北濱のはた商する人。年中僞と横と欲とを元手にして世をわたり。それにも色道のやまぬはよい氣やとつぶやくを聞て。皆々心のはづかしく向後身にあまりての色をやめぶんと。おもひ定めしうちにもなほやめがたき此道ぞかし。そも/\川口に西國船のいかりおろして。我古里の嚊おもひやりて淋しき枕の浪を見掛て。其人にぬれ袖の哥びくに迚。此津に入みだれての姿舟。艫に年がまへなる親仁居ながら楫とりて。比丘尼は。大かた淺黄のもめん布子に。龍門の中幅帯まへむすびにして。黒羽二重のあたまがくし。深江のお七ざしの加賀笠。うねたびはかぬといふ事なし。絹のふたのゝすそみじかく。とりなりひとつに拵へ文臺に入しは。熊野の牛王酢貝耳がしましき四つ竹。小比丘尼に定りての一升びしやく。勸進といふ聲も引きらず。はやり節をうたひそれに氣を取。外より見るもかまはず元ぶねに乘移り分立て後。百つなぎの錢を袂へなげ入けるもをかし。あるはまた割木を其あたひに取又はさし鯖にも替。同じ流れとはいひながら是を思へば。すぐれてさもしき業なれども。昔日より此所に目馴てをかしからず人の行すゑは更にしれぬものぞ我もいつとなく。いたづらの數つくして今惜き黒髪を剃て。高津の宮の北にあたり高原といへる町に。軒は笹に葺て幽なる奥に。此道に身をふれしおりやうをたのみ。勤めてかくも淺ましくなるものかな。雨の日嵐のふく日にもゆるさず。かうしたあたま役に白米一升に錢五十。それよりしもづかたの子共にも。定て五合づゝ毎日取られければ。おのづといやしくなりてむかしはかゝる事にはあらざりしに。近年遊女のごとくなりぬ。是もうるはしきは大坂の屋形町まはり。おもはしからぬは河内津の國里%\をめぐり麥秋綿時を戀のさかりとはちぎりぬ。我どこやらにすぎにし時の樣子も殘れば。彼ふねよりまねかれ。それをかりそめの縁にして後は小宿のたはふれ。一夜を三匁すこしの露に何ぞと思へど。戀草のしげくして間もなう三人ながらたゝきあげさせて。跡はしらぬ小哥ぶしつらやつめたや。そのはづの事。いかなる諸方にもつかへばかさのあがる物。その心得せよ上氣八助合點か 金紙匕髻結鳥羽黒の髪の落。みだれ箱十寸鏡の二面。見しや假粧べやの風情。女は髪かしら姿のうはもりといへり。我いつとなく人の形振を見ならひ。當世の下嶋田惣釣といふ事を結出し。去御かたへ御梳にみやづかひをつかふまつりける。其時にかはり兵庫曲ふるし。五段曲も見にくし。むかしは律義千万なるを。人の女房かた氣と申侍りき。近年は人の嫁子もおとなしからずして。遊女かぶき者のなりさまを移し。男のすなる袖口ひろく居腰蹴出しの道中。我身を我ままにもせず人の見るべくを大事に掛。脇皃にうまれつきしあざをかくし。足くびのふときを裾長にして包み。口の大きなるを俄にすぼめ云たい物ををもいはず。思ひの外なる苦勞をするは今時の女ぞかし。つれそふ男さへ堪忍せば。ゆがみなりにやれ扨浮世と思へども。ふたつ取には見よきにしかじ。惣じて九所共に揃ふたる女は稀なるに。見よく大かたなる娘に敷銀付ての縁組。いつの世にはじめて是程無分別はなし。其ようぎ次第に男のかたより金銀とるはずの事なるべし。我四度の御仕着に八拾目に定め。一とせ勤めし初の日二月二日に曙はやく其御屋形にまかりしに。奥さまは朝湯殿に入らせられ。しばらくあつて自をこぶかき納戸にめさせられ御目見えいたしけるに其御年比は。いまだ廿にもたり給ふまじさりとてはやさしく。御ものごししほらしく又世の中にかゝる女らうもあるものかと。女ながらもうらやましく見とれつるうちに。したしき御事ども仰られて後。ちかごろ申かねつれども内證の事ども何によらず。外へもらさじと日本の諸神を書込。誓紙との御のぞみすゑ%\の樣子はしらぬ事ながら。主人に頼み身をまかせつるうへは。それをもるゝにあらず御心にしたがひ。筆取て書つるうちにも。我さだまる男もなければ。いたづらは佛神もゆるし給へと。心中に觀念しておぼしめさるゝまゝに書あげゝる。此うへは身の程を語べし人におとらぬ我ながら。髪のすくなくかれ%\なる事のなげかし。是見よと引ほどき給へば。かもじいくつか落て地髪は十筋右衞門と。うらめしさうに御泪に袖くれて。はや四年も殿とはなじみまゐらせ。折ふしは夜ふけての御かへり只事にあらねば。すこし腹立て枕遠のけて。空寢入仕掛口舌の種とはなしけれども。もしや髪とかれては戀の覺ぎはをかしく。思へば口惜年ひさしくかくしぬるせつなさ。かまへて沙汰する事なかれ。女はたがひと打掛給ひし地なしの御小袖をくだし給はりし。よく/\耻給へばこそとひとしほ御いとしさまさりて。影身に添て萬をくろめ見せざりしに。其程すぎて筋なきりんきあそばし。我髪のわざとならず長くうるはしきをそねみ給ひ。切とはめいわくながら主命是非なく。見ぐるしき程になしけれども。それも亦むかしのごとく頓てなりやすし。額のうすくなる程抜捨よとは。仰せながら情なく兎角は御暇乞しに。それも御ひま出されずして。明暮さいなみ給へは。身はやつれてうらみ深く。よからぬ事のみたくみいかにしてか。奥さまの髪の事を殿樣にしらせて。あかせましてとおもふより。飼猫なつけて夜もすがら結髪にそばへかしける程に。後は夜毎に肩へしなだれける。あるとき雨の淋しく女まじりに殿も宵より。御機嫌のよろしく琴のつれびきあそばしける時。彼猫を仕かけけるに。何の用捨もなく奥さまのおぐしにかきつき。かんざしこまくらおとせば五年の戀興覺し。うつくしき皃ばせかはり絹引かづきものおもはせける。其後はちぎりもうとくなり給ひ。よの事になして御里へおくらせける。其跡を我物にして首尾を仕掛ける。雨おたやみなく人稀なる暮がたに。旦那は物淋し氣に御居間の床縁を枕にし給ひ。心よく夢を見かゝり給ふ折ふしを。濡のはじめのけふこそはとおもはれ。呼もあそばさぬにあい/\と御返事申て。おそばちかく行て申/\と起したてまつり。御呼なされましたが何の御用と申せば。おれはよばぬがと仰せける程に。さては私の聞違へましたなど申て。其まゝはかへらずしどけなく見せかけ。おあとへおふとんきせまして本の御枕にしかえさせまゐらせければ。そこらに人ないかと尋させらるゝ時。けふにかぎつて誰もをりませぬと申せば。 我手を取給ふより手に入て、こちの物になしける
好色一代女巻四目録
身替長枕今時の縁組すゑ%\の町人百姓迄。うへづかたの榮花を見および聞傳へて。それ/\の分限より奢て。衣類諸道具美をつくして仕付ける。是當世の風俗身の程をしらぬぞかし。惣じて母の親鼻の先智惠にて。大かたに生付し娘自慢はや十一二より。各別に色つくりなしおのづから筋目濃に爪端うるはしく。人の目立采體とぞなりける。移變る芝居の噂狂言のうまい仕組を實に見なし一切のよめ子浮氣になりて外なる心も是よりおこりぬ。なほ風俗もそれを見習ひ一丈貳尺の帯むすぶも氣のつきる事ぞ。むかしは女帯六尺五寸にかぎりしに近年長うしての物好見よげになりぬ。小袖の紋がらも此程の仕出しに縫切の櫻鹿子。脇よりは染着物のやうに見せて。中/\百色の美糸をつくしける。此一表金子五兩づゝにして出來ぬ。萬の事此ごとく人しらぬ物入次第にいたりせんさくの世なり。此程下寺町にて南都東大寺大佛の縁起讀給ふに貴賤袖をつらねける中に。女の盛はすぎゆく花も香もなき人然も馬皃にして横へひろがりし面影。ひとつ%\見る程に耳世間なみにて其外は皆いやなり。されどもよろしき所へ出生して風流なる出立。肌にりんずの白無垢中に紫がのこの兩面うへに菖蒲八丈に紅のかくし裏を付てならべ島の大幅帯いつれか女のかざり小道具のこる所もなし。折ふし呉服商賣の若き者が是を見て沙汰しけるはあの身のまはりを買ねうちにして。壹貫三百七十目が物と其道覺て申き。さても奢の世の中や此衣裳の代銀にては。南脇にて六七間口の家屋敷を求めけるに。したり/\寛濶者目と皆うち詠めける。我夏季より奉公をやめて難波津や横堀のあたりに。小宿をたのみて住にはあらずあなたこなたの御息女よめ入の替添女にやとはれしに。大坂はおもふより人の心うはかぶきにして。末の算用あふもあはぬも縁組くわれいを好めり。娘の親は相應よりよろしき聟をのぞみ。むすこの親は我より棟のたかき縁者を好み。取むすぶより無用の外聞斗をつくろひ。聟のかたには俄普請よめのかたには衣類のこしらへ。一門の女談合よろづおもはく違ひ内證ふるうて百貫目のしんだいの中より。敷銀拾貫目入用銀拾五貫目。それのみならず末々の物入年中のとりやり。鰤も丹後の一番さし鯖も能登のすぐれ者を調へ何角に付て氣にやるせなく。又其妹もやり時になりはじめの拵へ程こそなけれ。大かたに仕付られしに其弟によびどきになり。はや初産して。逆音いふより守刀産着をかさね。親類つきあひ彼是隙なくいつともなしに。目には見えずして金銀へらして娘縁に付てよりしんしやうつぶす人數をしらず。聟の母親も其ごとくぶんざいより大ていに見せかけ。日比はそこ/\に氣をつけて申せし始末もいひやみ。油火の所を蝋燭になしこたつももめんぶとんをかけずそれにつれて聟殿も一生つるゝ女を。遊女などかりそめの契のやうにおもひなして。隱すまじき事を包み欲徳外になし。男振身よげに我女の手前のぜんせいこそ愚なれ。自幾所か替添して見およびしに。戀の外さま%\心のはづかしき世間氣いづれの人も替る事なし。或時中の嶋何屋とかやへ替添せしが。此子息ばかり我に近寄たまはず。見掛より諸事をうちばにして。初枕の夜も何のつくろひなしに。首尾調ひけるをさもしくおもひしが。此家今にかはらず其外は皆其時よりはあさましく奥さまも駕籠なしに見えける 墨繪浮氣袖女の衣服の縫樣は。仁和四十六代孝謙てんわうの御時。はじめて是を定めさせ給ひ。和國の風俗見よげにはなりぬ。惣じて貴人の御小袖など仕立あげけるには。そも/\鍼刺の數を改め置て。仕舞時又針を讀て萬を大事に掛。殊更に身を清めさはりある女は。此座敷出べき事にあらず。自もいつとなく手のきゝければ。お物師役の勤めをせしに。心静に身ををさめ色道は氣さんじにやみて南明の窓をたのしみ。石菖蒲に目をよろこばし。中間買の安部茶飯田町の鶴屋がまんぢゆう。女ばかりの一日暮し何の罪もなく。心にかゝる山の手の月も曇なく。是が佛常樂我浄の身ぞとおもひしに。若殿樣の御下に召とてねり島のうら形にいかなる繪師か筆をうごかせし。男女 のまじはり裸身のしゝをき、女は妖淫き肌を白地になし、跟を空に指先かゞめ、其戲れ見るに瞬くなつてさながら人形とはおもはれず。 うごかぬ口から睦語をもいふかと嫌疑れ、もや/\と上氣してしばし針筥に靠りて殿心の發り。指貫糸巻も手につかずして。御小袖縫事は外になしうか/\と思ひ暮してまだ惜夜を。今から獨寢もさびしく。ありこしぬるむかしの事ひとつひとつおもふに。我心ながら哀れにかなしく。潜然しは實笑ふは僞りなりしが虚實のふたつ共に皆惡からぬ男のみ。いと愛あまりて契の程なく。婬酒美食に身を捨させ。ながき浮世を短く見せしを今おもへばうたてし。子細ありて思ひ出す程の男も。數折につきず世には一生の間に男ひとりの外をしらず。縁なき別れに後夫を求めず無常の別れに出家となり。かく身をかためて愛別離苦のことはりをしる女も有に。我口惜きこゝろさし今迄の事さへかぎりのなきに。是非堪忍と心中を極めしうちに。夜も曙になりて同し枕の女ほうばいも目覺して。手づから寢道具を疊揚て一合食を待かね宵の燃杭さがして莨宕はしたなく呑ちらし誰に見すべき姿にもあらぬ。黒髪の亂しをそこ/\に取集て。古もとゆひかけていそがし態にゆがむもかまはず。鬢水を捨る時窓のくれ竹の陰より覗ば。長屋住ゐの侍衆にめしつかはれし。中間と見えしが朝の買物芝肴をかごに入。片手に酢徳利付木を持添。人の見るをもしらず立ながら紺のだいなしの 妻をまくりあげて、逆手に持て小便をする音羽の瀧のごとく溝石をこかし。地のほるゝ事おもひの淵となりて。あゝあの男目あたら 鑓先を都の嶋原陣の役にも立ず何の高名もなく其まゝに年の寄なむ事ををしみ悔みて。忽に此事募て御奉公も成難く。季中に病つくりて御暇請て。本郷六丁目の裏棚へ宿下をして。露路口の柱に此奥に萬物ぬひ仕立屋と張札をして。そればかりに身を自由に持て。いかなる男成とも來るを幸とおもひしに。無用の女らう衆斗たづねよりて。當世衣裳の縫好みいやながら請とりて。一丁三所にくけてやりしも無理なり。明暮こゝろだまにいたづらおこれど。さながらそれとは云がたく。或時思ひ出して。下女に小袋もたせて。本町に行て我勤めし時屋形へお出入申されし越後屋といへる呉服所に尋ねよりて。自牢人の身となり今程は獨暮せしが。内には猫もなく東隣は不斷留守。にし隣は七十あまりの姥然も耳遠し。向ひは五加木の生垣にて人ぎれなし。あの筋の屋敷へ商にお出あらば。かならずお寄なされて休みて御座れと申て。兩加賀半疋紅の片袖龍門のおひ一筋取て行。棚商に掛はかたくせぬ事なれども。此女にほだされ若い口からいやとは云兼て。代銀のとんじやくなしに遣しける。其程なく九月八日になりて此賣掛とれなどいひて。十四五人の手代此物縫屋へ行事をあらそひける。其中に年がまへなる男戀も情もわきまへず。夢にも十露盤現にも掛硯をわすれず。京の旦那の爲に白鼠といはれて。大黒柱に寄添て人の善惡を見て。其のかしこさ又もなき人なるが。おの/\が沙汰するを聞てもどかしく。其女の掛銀は我にまかせよ。濟さすば首ひきぬいても取て歸らんと。こらへずたづね行てあらけなく言葉をあらせば。彼女さはぐけしきもなく。すこしの事に遠く歩ませまして。近比/\迷惑なりといひもあへず。梅がへしの着物をぬぎて。物好に染ましてきのふけふ二日ならでは肌につけず。帯も是なりとなげ出し。さし當りて銀子もなければ御ふしやうながら是をと泪ぐみて。 丸裸になつて、くれなゐの二布ばかりになりし。其身のうるはしくしろ%\と肥もせずやせもせず灸の跡さへ脂きつたる有樣を見て。隨分物がたき男じた/\とふるひ出し。そもやそも是がとつてかへらるゝ物か。風かなひかうとおもうてと彼着物をとりて着するを。 はや女手に入て、「神ぞ情しりさま」と、もたれかゝれば此親仁颯出して久六呼て。挾筥を明させこまがね五匁四五分抓出し。是を汝にとらするなり下谷通に行て。吉原を見てまゐれしばらくの隙を出すといへば。久六胸動かし更に眞言にはおもはれず。赤面してお返事も申かねつるが。やう/\合點ゆきて扨は此人 やりくりの間我をじやまとや日比のこまかさねだる折を得て。いかにしても分里へもめんふんどしにてはかゝられずといふ。さもあるべしとてひのぎぬの幅廣を中づもりにして。とらせければはし縫なしに先かきて。心のゆくにまかせてはしり出ける。其跡は戸に掛がね窓に菅笠を蓋して 媒もなき戀を取むすびて其後は欲徳外になりて取乱し若げの至りとも申されず。江戸棚さん%\にしほうけて京へのぼされける。女も御物師と名に寄てあなたこなたの御氣を取。一日一歩に定め針筥持せて行ながら。つひにそれはせずして手をよく世をわたりけるが。是も尻をむすばぬ糸なるべし
屋敷琢澁皮時代ばとて今時の女。尻桁に掛たる端紫の鹿子帯。目にしみ渡りてさりとてはいや風也。自もよる年にしたがひ身を持下て。茶の間女となり壹年切に勤めける。不斷は下に洗ひ小袖上にもめん着物に成て。御上臺所の御次に居て。見えわたりたる諸道具を取さばきの奉公也。黒米に走汁に朝夕おくれば。いつとなくつやらしき形をうしなひ。我ながらかくもまた采體いやしくなりぬ。されども家父入の春秋をたのしみ。宿下して隱し男に逢時は。年に稀なる織姫のこゝちして。裏の御門の棚橋をわたる時の嬉しさ。足ばやに出て行風俗も常とは仕替て黄無垢に紋嶋をひとつ前にかさね。紺地の今織後帯それがうへをことりました。紫の抱帯して髪は引下て匕髻結を掛。額際を火塔に取て置墨こく。きどく頭巾より目斗あらはし。年がまへなる中間につぎ/\の袋を持せり。其中に上扶持はね三升四五合。鹽鶴の骨すこし菓子杉重のからまでも取集て。小宿の口鼻が機嫌取に心をつくるもをかし。櫻田の御門を通時我袖よりはした錢取出し。召つれし親仁がけふの骨折おもひやられて。わづかなれども莨宕成とも買て呑れとさし出しけるに。いかにお心付なればとておもひもよらず。くだされました御同前わたくし事は主命なれば。御供つかまつりませねば外に水扱役あり。更に御こゝろにかけ給ふなと下/\にはきどく成道理を申ける。それより丸の内の屋形/\を過て。町筋にかゝり女の足のはかどらず心せはしく縹行に。此中間我こやどの新橋へはつれゆかずして。同じ所を四五返も右行左行とつれてまはりけれども町の案内はしらずうか/\とありきて。うち仰上て見れば日影も西の丸にかたぶくに驚き。氣をつけ見るにめしつれし親仁。何やら物を云掛たき風情。皺の寄たる鼻の先にあらはれし。さてはと人の透間を見あはせ釘貫木隱にて彼中間耳ちかく我等に何ぞ用があるかと小語ければ中間嬉しさうなる顏つきして。子細は語らず破鞘の脇指をひねくりまはし。君の御事ならばそれがし目が命惜からず。國かたの姥がうらみもかへり見ず。七十二になつて虚は申さぬ大瞻者とおぼしめさばそれからそれまで。神佛は正直今まで申た念佛が無になり。人さまの楊枝壹本それは/\違やうともおもはぬと。上髭のある口から長こと云程こそをかしけれ。そなた我等にほれたといふ一言にて濟事ではないかといへば。親仁潜然てそれ程人のおもはく推量なされましてから。難面人にべん/\と詢せられしは聞えませぬと。無理なる恨を申もはや惡からず。律義千萬なる年寄のおもひ入もいたましく。移氣になつて小宿に行ばしたい事するにそれを待兼。數寄屋橋のかしばたなる煮賣屋に。耻を捨てかけ込温飩すこしと云さま。亭主が目遣ひ見れば階の子をしへける。二階にあがれば内義がおつぶり/\と氣を付けるに。何事ぞとおもへば軒ひくうして立事不自由なり。疊貳枚敷の所を澁紙にてかこひ。片隅に明り窓を請て 木枕ふたつ置けるは。けふにかぎらず曲者とおもはれける。 彼親仁に添臥して、うれしがりぬる事を限もなく氣のつきぬる程語りぬれども、身をすくめて上氣する折ふしを見あはせ、かたい帯のむすびめなりとときかけぬれば、親仁すこしはうかれて、「下帯むさきとおぼし召すな。四五日跡に洗ひました」と、無用の云分おかし。耳とらへて引よせ、腰の骨のいたむ程なでさすりて、もや/\仕掛ぬれども、さりとは不埒、かくなるからは殘多く、まだ日が高いと云て聞かして、脇の下へ手をさしこめば、親仁むく/\と起あがるを、首尾かと待兼しに、「昔の劔今の菜刀、寶の山へ入ながら、むなしく歸る」と、古いたとへ事云さま帯するを引こかし、なんのかの言葉かさなるうちに、茶屋の阿爺階子ふたつ目に揚りて。申/\あたら温飩が延過ますかとせはしくいふにぞなほ親仁おもひ切ける。下を覗ば天窓剃下たる奴が。二十四五になる前髪の草履取をつれ來て。是も ぬれとは見えすきて座敷入と聞えて。さてこそとおもはれひねりぶくさよりこまがね取出して。丸盆の片脇に置てかたじけなう御座ると。そこ/\に云立いまだ門へも出ぬに。今の親仁目は夢見たやうなる仕合。廣い江戸じやと大笑ひする。いたうもない腹さぐられて口惜や何事も若い時年よりてはならぬ物ぞ。親仁も科でないと穴のはたちかき無常觀じ行に。新橋の小宿に入て何事も御座らぬかといへば。あれさまのかはゆがりやつたこちのお龜が。冬年二三日わづらうて死んだが。おばは/\そなたの事を息引取まで云たと泣出す。まだ男心をしつた子ではなしまゝで御座る。おれはそんな事はたま/\の隙に聞にはきませぬ。先度逢た歩行の人より若い男は御ざらぬか
榮耀願男女ながら渡り奉公程をかしきはなし。我ひさ/\江戸京大坂の勤めも。秋の出替りより泉しう堺に行て此所にも住ば又めづらしき事もやとおもひ。錦の町の中濱といふにしがはに。人置の善九郎といへる有しに。此許に頼み居て一日六分づゝの集禮せはしく。日數をふるうちに大道筋の何がし殿の御隱居とかや。中居分にして御寢間ちかくの夜の道具のあげおろし斗に召かゝへられしとて。たづね來りて自を見しより是ぞ年の程。はづれうるはしく身の取まはし。ひとつとしてあしき所なく。御氣に入給ふ女房衆なりと取替銀もねぎらず其お家ひさしき姥らしき人よろこびてつれかへる道すがら。はや我ためになるこゝろをいうて聞されける。其皃は惡さげなれどもやさしき心入。世間に鬼はなしと嬉しく耳をすまして聞に。第一内かたは悋氣ふかし面屋の若い衆と物云事も嫌ひ給ふなり。それゆへ人の情らしき噂は申までもなし。鶏のわけもなき事も見ぬ皃をするぞかし。法花宗なればかりにも念佛を申さぬがよし。首玉の入し白猫御ひさうなれば。たとへ肴を引とても追ぬ事なり。面の奥の大きに出られて横平なる言葉は尻に聞かしたまへ。はじめの奥さまのめしつれられし。しゆんといふ腰元目をおくさま時花風にてお果なされました後。旦那物好にてあれがよい女でもあればなり。今はなりあがり者のくせに我まゝをぬかして。駕籠にかさねぶとん腰の骨がをれぬが不思義と。さん%\にそしり行耳の役に聞程をかしや。朝夕も余所は皆赤米なれども。此方は播しうの天守米味噌も入次第聟殿が酒屋にてとる。毎日湯風呂は燒其身無詳で洗ぬそん。大節季に一門中から寄餅なら肴物なら。それは/\堺がひろけれども大小路かぎつて南に。此方の銀からぬ者はひとりもなし。是から二町行て鬼門角も内かたから出た手代衆。こなた住吉の祭を見さしやつた事が有まい。長い事じやが其時はさだまつて宵宮から。家内ゆく所があるそれより追付湊の藤見に。大重箱に南天を敷て赤飯山のやうにして行ます。とても奉公をする身もこんな内かたに居ますが仕合。此内から世帯持て出やうとおもはしやれ。只御隱居さまおひとりの御氣に入て。何事をおほせられますともすこしも背かず内證の事努々外へもらし給ふな。尤お年寄れたれば物毎氣短かなれどもそれは水のでばなのごとく。跡もなく御機嫌なほるなり。隨分おこゝろに叶ふやうにしたまへ。人はしらぬ事隱居銀大ぶん御座れは明日でも目をふさぎ給はゞ。いかなる果報にかなるべし。もはや七十におよび身は皺だらけにして。先のしれたる年寄何をいうても心斗。なじみはなけれどそなたをいとしさに。萬事を底たゝいて語ける。ざらりと聞て合點して。そんな年寄男は此方のあしらひとつなり。縁あつて手をかさねば透間を見て脇に男を拵へ腹かむつかしう成なば。其親仁さまの子にかづけて御隱居の跡を我物に書置させましてすゑ%\世わたりと。分別おちつけて行程にさあ爰じやはいり給へと。姥先に立て入ける中戸に草履ぬぎて。廣敷にまはりて腰掛けるに。年は七十斗にて成程堅固に見えしかみさま出させ給ひ。我姿を穴のあく程見させ給ひ。どこも尋常にて嬉しやと仰ける。是はおもふたと各別の違ひかみさまへの奉公ならばこまいものと悔し。されども情らしき御言葉に半季の立は今の事。此浦の鹽をも踏だがよいと爰に心を届ける。面むきは京に變る事なく内はせはしく。下男は臺唐臼下女はさし足袋にいとまなし。惣じてしつけがたゞしき所也。此お家に五七人もめしつかひの女ありしが。それ/\の役有自ばかり隙あり皃に樣子を見あわせけるに。夜に入てお床をとれと有ける是までは聞えしが。 かみさまと同じ枕に寢よとは心得がたし。是も主命なればいやとはいはず、お腰などさすれかとおもへば、さはなくて我を女にして、おぬしさまは男になりて、夜もすがらの御調謔、さてもきのどくなるめにあひぬる事ぞかし。うき世は廣しさま%\の所に勤めける。此かみさまの願ひに一度は又の世に男とうまれてしたい事をとおほせける
好色一代女卷五目録
石垣の戀くづれ色勤めにふつ/\と飽果しか。ならぬ時には元の木阿彌。胡桃屋の二木がやりくりを見習ひ身をそれになして都の茶屋者とはなりぬ。又脇明きる事もいやながら。小作りなる女の徳は年はふれどもむかしに成かへりぬ。唐土本朝ともに若いを好事替る所なし。扨こそ東破も二八佳人巧樣粧と作れり。まことに一双玉臂千人枕。晝夜のかぎりもなく首尾床のせはし。されとも好女はをかしき勤め。或時は人手代職人なを出家衆又は役者。客の品替りてたはふるゝをも殊更に嬉しき事なく。諸人に逢馴ししばしの間を思へば。すいた人も心に乘らぬ人も舟渡しの岸に着迄のこゝろざしなり。我氣に入れば咄しを仕掛それもうちとくるにあらす。いやな男には皃振て ひとつの埓あけさすまでは、天井の縁をかぞへて、外なる事に心をなして、うき世に濁りて水の流るゝごとく身を持。石垣町に在し時は色白にして全盛の男、しのび慰みの花車座敷。伽羅でかためし御肌豊なる風情。跡にてことしりにたづねしに。あれは都の分ある大臣と聞に我ながら耻ける。折ふしは形艶なる風俗して見えさせ給ふが是もいかなる御方なるべし。茶屋とはいへと此所には一軒に七八人づゝも有て衣類の仕出しよき人相手に分里の事も聞覺えて盃のまはりもすこしはさばきて。上京の歴々にも氣のつきぬやつといはれて。願西にもまれ神樂に太皷を見習ひ。亂酒に付ざしあふむにかる口。おのづから移して此道はかしこくはなりぬ。是又いつとなく醜き姿となりて。隙出されて同じ流れもかく變る物ぞ。祇薗町八坂はせはしく。簾越に色聲掛てよらしやりませいといふもよしなや。爰を又心掛て清水より坂の下迄くだりてあかり。五七度も見競て草臥足の棒組客は。白かね細工の氣晴し屋ね葺の雨日和に申あはせて宿を出より壹人前を貳匁千年に一度の遊山岩に花代ぞかし。貳人あるよねに客五人座に着よりはや前後の鬮取。酒より先に鹽貝喰て仕舞。手元に塵籠もあるに栢のから莨宕盆に捨。花生の水に鬢櫛をひたし。飲でさせば正月やうに元の所へもどし。さばけぬ人の長座敷あくびも思はず出。さりとてはうたてかりしに又次の間の客をあげて。奥の衆は追付立人先是へ/\と口鼻がもてなし。又一連茶釜のほとりに腰掛てお内義是は御はんじやうと申せば。あれはくるしからぬお客さあ是へと中二階へあげ置。又門から二三人立よりて靈山へまゐる程に下向にとしらせて行。さてもいそがしき遊興 角にかたつき屏風引廻し、さし枕二つ、立ながら帯とき捨、つらきながらも勤めとて、ふし所を口ばやに語り、すこし位を取男を耳引、「錢の入事でもないに、こゝらを少洗はんせ。こちらへ御ざんせ。さてもうたてや、つめたい足手と」、そこ/\に身動して其男起出れば、「どなた成とも御ざんせ」といふ言葉のしたより半分寢入し、鼾かくを又こそぐりおこされ、其人の心まかせになりて、やう/\手水つかへば。すぐに待客へおし出されそこを仕舞ば。二階からせはしく手をたゝきて、酒が飲れぬかせめてひとり成とも出ぬか。たゞしかへれといふ事か同じ銀遣ひながら。淋しきめをいたすは迷惑。おそらく我等百十九軒の茶屋いづれへまゐつても。蜆やなど吸物唐海月ばかりで酒飲だ事はない。一代に惡銀つかまして立た事もなし。傘借てかへさぬ事もなし。ゑりつき見立らるゝが口惜いもめん布子でこそあれ。繼の當たを着事は御ざらぬと。八寸五分の袖口をひけらかして腹立るを。とやかく是をなだめるうちに。お龜殿干でありしきやふが落たととやく。猫が今出す鮒鮨を引たとわめく。奥からはさい前の客立ながら一包置て出て行。手ばしかく取内に大かた銀目引て。いまだ面影の見ゆるうちに秤の上目に掛。隣へ見せに行など獨狂言よりはいそがし。いかに世をわたる業なればとて。是程まで身をこらし淺ましき勤め。尤給銀は三百目五百目八百目までも段々取しがそれ/\に手前拵への衣類。うへしたの帯ふたの物鼻紙さし櫛。楊枝壹本髪の油迄も銘々に買なれば。身に付る事にはあらずそれのみか親のかたへ遣し。隙の夜の集錢出し萬に物の入事のみ。何始末して縁につくべきしがくもなく。年月酒にくれて更に身の程を我ながら覺ず。美形おとろひて後若女房の煩ひのうち。客しげき内へ三十日切にやとはれて色はつくれどすぢ骨たつて鳥肌にさはりて。人の聞をもかまはずあの女は賃でもいやと。いはれては身にことへてかなしく。是より外に身過はなき事かと愛染明王をうらみ。次第にしほるゝ戀草なるに又蓼喰むし有て。ふるき我におもひつきて情かさねて。黒茶うの着物をしてくだされ。おもはくの外なる仕合なほ見捨給はずして。此勤めやめさせて門前町の御下屋敷におかれ折ふしの御通ひ女とはなりぬ。其御かたさまは廣い京にもかくれなき。分知大臣にして今に高橋にあひ給ひて。大夫に不斷肩骨うたせてしたい事しておはせしに。我縁ありてのうれしさどこぞにお氣に入た所ありしや。殊京都は女自由なるに我又あまらぬ事は。よき目利のないかとおもはれし。新茶入新筆の繪をかづきながら其家にて。よき物になりぬ吟味するは賣物にする女也
小哥の傳受女一夜を銀六匁にて呼子鳥是傳受女なり。覺束なくてたづねけるに。風呂屋者を猿といふなるべし。此女のこゝろざし風俗諸國ともに大かた變る事なし。身持は手のものにて日毎に洗ひ。押下て大嶋田幅疊のもとゆひを菱むすびにして其はしをきり/\と曲て五分櫛の眞那板程なるをさし。暮方より人被ける皃なればとて。白粉にくぼたまりを埋み口紅用捨なくぬりくり。おのづから薄鼠となりし加賀絹の下紐を。こどりまはしに裾みじかく。柳に鞠五所しほりあるひは袖石疊。思ひ/\の明衣きびすうつてゆきみしかに。龍門の二つ割を後にむすび。番手に板の間を勤めける。入に來人の名を口ばやに御ざんせとゆふべ/\のぬれ氣色座をとつて風呂敷のうへになほれば。分のあるかたへもなき人にも。揚場の女ちかよりて今日は芝居へお越か。色里のおかへりかなど外の人聞程に。御機嫌とれば何の役にも立ぬぜいに。鼻紙入より女郎の文出して大夫が文章。どこやら各別と見せかくる。荻野よし田藤山井筒武藏通路長橋三舟小大夫が筆跡やら。三笠巴住江豊等。大和哥仙清原玉かづら。八重霧清橋こむらさき志賀か手をも見しらず。はしつぼねの吉野に書せたる文見せらるゝにしてから。犬に伽羅聞すごとくひとつも埒はあかずあひもせぬ大夫天神の紋櫛など持事。心はづかしき事なれども若い時には。遣ひたき金銀はまゝならずせんしやうはしたし。我も人もかならずする事ぞかし。それ/\に又供をつれざる和き者も。新しき下帯を見せかけ預ゆかたを拵へおもはく。女銘々に出しを入するも。相應のたのしみ是程の事もやさし。あがれば莨宕盆片手にちらしを扱てひとしほ水ぎはを立もてなす風情。似せ幽禪繪の扇にして凉風をまねき。後にまはりて灸の盖を仕替鬢のそゝけをなでつけ。當座入の人の鼻であしらふなどかりなる事ながら是を羨敷。戀の中宿を求て此君達をよぶに。仕舞風呂に入て身をあらため色つくるまに茶漬食をこしらへ箸したに置と。借着物始末にかまはず引しめ。久六挑灯ともせば揚口よりばた/\歩み宵は綿帽子更ては地髪夜ありき足音かるく其宿に入て。耻ず座敷になほりゆるさんせ着物三つが過たと肌着は殘してぬき掛して。是こなたきれいにして。水をひとつ飲さしやれ。今宵程氣のつまる事はない。屋ねに煙出しのない所はわるいと。用捨もなく物好して身を自由にくつろぎしはさりとはそれと思ひながらあまりなり。されとも菓子には手をかけす盃をあさう持ならい。肴も生貝燒玉子はありながら。にしめ大豆三椒の皮などはさむは。色町を見たやうにおもはれてしほらしければ盃のくるたび/\にちと押へましよ。是非さはりますとお仕着の通り。百座の參會にもすこしも色の替りたる事なし。ことかけなれはこそ堪忍すれ。是を思ふに難波に住なれて。前の鯛を喰なれし人の熊野に行て。盆のさし鯖を九月の比も珍敷心に成ごとく。傾城見たる目を爰にはわすれ給へぼんなうの垢をかゝせて水の流るゝに同し遊興なり。世間にはやる言葉を云勝に。夜半の鐘に氣をつけ皆寢さんせぬか。こちらは毎夜のはたらき身はかねてした物でもなし。夜食も望みなしとはいへども。そば切是よしと取居の膳の音。其跡は床入女三人に嶋のふとんひとつの布子貳つ。木枕さへたらぬ貧家の寢道具。戀は外に川堀の咄し身のうへの親里。跡はいつとても芝居の役者噂。肌に添ばおもひなしか手足ひえあがりて鼾はなはだしく我身を人にうちまかせ。男女の婬樂は互に臭骸を懷といへるも。かゝる亂姿の風情なるべし。我も亦其身になりて心の水を濁しぬ 美扇戀風くすし。此ごとく看板掛て。四条通新町下る所に女ながら醫者をして住ける。表に竹がうしを付て奥深に小闇き家作り。盆山に那智石を蒔て。石菖蒲のねがらみ青々としたる葉末を詠め。淫酒のふたつをかたくやめさせ樂寢をさせず壁に寄添目の養生する女爰に集る。常の聲にして角大夫節佐夜之助が哥を移し。立居もいそがず腹立ず萬事心ながうと申渡しぬ。淋しき折ふし銘々身のうへの事を語りし。獨は室町の數間女。是は諸國の人遊山作病の逗留。借座敷を心がけさま%\の染衣賣しが。男ありなしにかぎらず目にたゝぬ色つくりて。相手次第の御機嫌をとりて浮氣を見すまし酒の友にもなりて。其跡は首尾によりて分もなき事。世をわたる業とて胸算用して。たとへば九匁五分の抱帯一筋十五匁に賣も。買人も其合點つくなり。又ひとりは糸屋者是も見せ女に拵へ侍衆をあしらはせ樣子によりて。お宿までも持せて遣しける。時の首尾によりて名古屋打の帯重打の下緒おもひの外なる商事をするぞかし。鹿子屋の仕手殿も見へける。是はさのみおし出してのいたづらにはあらず。紅むらさきに色を移して物やはらかに人のおかためきたる仕掛是を珍重がりて好人ありて。仕着合力にてしのび逢の男絶ず。此外かやうのたぐひの女身をぞんざいに持なし。むかしの惡病山歸來などにして置しが土用八專つらく寄年にしたがひて上へとりあげてしつけ目を煩ひいづれもすぎにし身の耻を語り慰ぬ。我も亦同じ病難を請て此宿に來て。髪はつひ角ぐり皃に白粉絶て。早川織にそぎ衣裏をかけて。さのみ見ぐるしからぬ目の中の雫を。黄色なる絹の切にてすこしうつふき拭たる風情。何とやらおもはくらしきものぞかし。折から五條橋筋にかくれもなき大扇屋有ける。此亭主子細者にて敷銀付女房もよばず。京のことなればうるはしき娘も有に。是を皃ふつて金銀は涌物と色好うちに。五十余歳になりぬ。自を見るより身をもだえ。葛籠片荷櫛筥ひとつなくとも。丸裸で我女房にほしきとしきりにこがれ。色々と氣をつくして媒を入て。頼樽をしかけておくられける。女はしれぬ仕合のある物にて。扇屋のお内義さまとよばれて。あまたの折手まじりに見世に出。目に立程の姿自慢諸人爰にたよりて。五本地三本といふまゝにねぎらず。出家は禮扇あつらへ此女房見に。さんじも人絶なくていへ榮え御影堂も物さび幽禪繪もふるされ。當流の仕出しもやう隱し繪の獨わらひ。うつくしき所見えすきて此家の風をふかしける。はじめの程はつれあひも合點にして。人の手にさはり腰を扣く程の事は。余所見して置しが色ある男。毎日壹本一歩の扇調へにくる人有。心にはなきたはふれ後にはいつとなく眞言になつて。夫婦の中をうたてく身が自由にならぬを。明暮悔を見かねて追出れ彼男たつねてもしれずして。いたづらの身かなしかりき。それより是非もなく御池通に牢人して。有程の身のかはを日算用すまして。よき事を願へど京に多きものは寺と女にておもはしき奉公もあらず當分の世わたりに。西陣に糸くりにやとはれ。月に六さいの 夜間男、是もをかしからず。上長者町にさる御隱居のぜんもん樣。七八軒の借家賃とりて酢にも味噌にも慰みにも。是を年中にもりつけて明暮干肴より外なく。遊ぶを仕事に女壹人猫一疋。是へ二瀬の約束して晝は水扱茶をわかし。夜は親仁さまの足でもさするはずに極めし。何も手いたき事はなし外に機嫌とるかたもなし。此うへの仕合にあのぼんさま四十斗年若にして。夜の淋しさをわするゝ事ならばと。女ごゝろにくや/\といふても叶ぬ罪つくりし。此親仁衣裏にわたばうしをまき夏冬なしのほうらくづきん。揚口より下へおりるに一時もかゝり。立居不自由さ年は寄まじきものと。いとしきおもひながらそこ/\にあしらひ。風ひかぬやうにして寢さしやれませひ若も目がまはゞ起し給へ是に寢ますと。戀慕の道おもひ切て九月五日までの事をおもひしに。此親仁 つよ藏にして、夜もすがらすこしもまどろむ事もなく、今時の若いやつらがうまれつきおかしやと、明暮こそぐられ、色々佗てかまはず、いまだ廿日も立ぬに、明ても枕あがらず、鉢巻して色青く、やう/\御斷を申て。せめては死ぬうちにとおそろしく中宿へ人におはれて歸りぬ。地黄丸呑若き人に語れば齒切をして口惜がりぬ
濡問屋硯萬賣帳なにはの浦は、日本第一の大湊にして諸國の商人爰に集りぬ。上問屋下問屋數をしらず。客馳走のために蓮葉女といふ者を拵へ置ぬ是は食炊女の見よげなるか。下に薄綿の小袖上に紺染の無紋に。黒き大幅おひあかまへたれ。吹鬢の京かうがひ伽羅の油にかためて細緒の雪踏延の鼻紙を見せ掛。其身持それとはかくれなく隨分つらのかはあつうして。人中をおそれず尻居てのちよこ/\ありき。びらしやらするがゆゑに此名を付ぬ。物のよろしからぬを蓮の葉物といふ心也。遊女になほ身をぞんざいに持なし。旦那の内にしては朱唇万客嘗させ。浮世小路の小宿に出ては閨中無量の枕をかはし。正月着物してもらふ男有盆帷子の約束もあり。小遣錢くるゝ人有一年中のもとゆひ白粉つづけるちいん有。はうばいの若い者に絹のきやふかきつき。久三郎にあうても只は通さず。繼煙管を無理取に合羽の切の莨宕入をしてやり。貳分が物もとらぬがそんと欲ばかりにたはふれ。されどもすゑ/\身のために金銀ほしがるにもあらず。出替の中宿あそび女ながら美食好み。鶴屋のまんぢゆう川口屋のむしそば小濱屋の藥酒。天滿の大佛餅日本橋の釣瓶鮨椀屋の蒲鉾樗木筋の仕出し辨當横堀のかし御座芝居行にも駕籠でやらせ。當座拂ひのかり棧敷見てかへりての役者なづみ。角のうちに小の字舞鶴香の圖無用の紋所を移し。姿つくるに一生夢の暮し人に浮されて親の日をかまはず。兄弟の死目にもあそびかゝつてはゆかず。不義したい程する女ぞかし。春めきて人の心も見えわたる淀屋橋を越て中の嶋の氣色雲静にして風絶。福嶋川の蛙聲ゆたかに雨は傘のしめりもやらぬ程ふりて。願ふ所の日和萬の相場定まりて。米市の人立もなくて若い者けふの淋しさ。掛硯に寄添て十露盤を枕として。小竹集をひらきて尻扣て拍子を取。ぬれの段程おもしろきはなしと語るに付て。家々に勤めし上女の品定めいづれもならべて貳つ紋といへる惡口。見るにをかしげなる皃つき八橋の吉と濱芝居の千歳老。不斷眠れど見よきもの。くだり玉が風俗お裏の御堂の海棠。とうから出來いてかなはぬ物。金平のはつが唐瘡高津の凉み茶屋。夜光て世に重寶。猫のりんが眼ざし杖に仕込挑灯にぎやかに見えて跡の淋しき女。釋迦がしらの久米座摩のねり物。泣てからおもしろうないもの。徳利のこまんが床今宮の松の烏。長けれど只なら聞物。越後なへが寢物語道久が太平記。花車に見せて切賣。にせむらさきのさつが無心谷町の藤の花。明て見て其まゝにおかれぬ物。合力のしゆんが古裏。松はやしの觸状。是非ともにくさい物鰐口の小よしが息づかひ長町の西かは。ひがし北南その方角に奉公せし蓮葉女數百人かそふるにくどし。年よれば其身は梧の引下駄の踏捨のことく。行がたしれずなりて朽果るならひぞかし。我又京の扇屋を出てひとりの閨も戀しく。此津に來りて此道に身をなし。人をよく燒とて野墓のるりと名によばれて。はじめの程は主を大事に酒さへ洒さず通ひせしに。じだらく見ならひて後には。燭臺夜着のうへにこけかゝるをもかまはず。菓子の胡桃を床のぬり縁にて割くらひ。椀近敷のめげるをかまはず。いそがし業にふすましやうじ引さきてこよりにし。ぬれたる所を蚊帳にて拭ひ。家に費をかまはずなげやりにする事なれば惣じての問屋長者に似たり。中々あやうき世わたりふたつどりには聟にはいやなものなり。自一二年同じ家につかはれしうちに。秋田の一客を見すまして晝夜御機嫌をとりて。おぼしめしの正中へ諸分を持てまゐる程に衣類寢道具かず/\のはづみ。酒のまぎれどさくさに硯紙とりよせて。墨すりあてがひ一代見すてじとの誓紙をにぎり。おろかなる田舎人をおどし。ちんともかんともいはせずお歸りにお國へつれられたがひに北國の土にと申程に。國元の首尾迷惑していろ/\詫ても堪忍せず。けもない事をお中にお子さまがやどり給ふなどいひて。よろこびてつきりと男子には覺えあり。お名はこなたさまのかしら字新左衞門さまをかたどり。新太郎さま追付五月の節句。幟出して菖蒲刀をさゝせましてといふをうたてく。ひそかに重手代のあたまにばかり智慧の有男を頼み。跡腹やまずに仕切銀のうち。貳貫目出してつくばはれける 好色一代女卷六目録
暗女は晝の化物秋の彼岸に入日も西の海原。くれなゐの立浪を目の下に上町よりの詠め。花見し藤もうら枯て物の哀れも折ふしの氣色。おのづから無常にもとづくかねの聲太皷念佛とて。其曉の雲晴ねども西へ行極樂浄土ありがたくも殊勝さも。入拍子の撥鐘木聞人山をなして立かさなりしに。此あたりのうら借屋に住る女の物見強くて。細露路より立出しをさのみいやしからざる形を。人の目だゝぬやうにはしけれど皃に白粉眉の置墨。尺長のひらもとゆひを廣疊に掛て梅花香の雫をふくませ象牙のさし櫛大きに萬氣をつけて拵へ。衣類とかしらは各別に違ひ合點頸のごとし。是いかなる女房やらんと子細を尋しにいづれも世間をしのぶ暗物女といへり。名を聞さへうるさかりしに我また身の置所なくて。居物宿に行て分の勤めも耻かし。すゑものは其内へ客を取込外の出合にゆかず。分とは其花代宿とふたつに分るなるべし。月掛りの男万金丹一角づゝに定めて。當座の男は相對づくにてじたらく沙汰なしにする事ぞかし。又暗物といふは戀の中宿によばれてかりそめの慰みを銀貳匁中にも形の見よきに衣類のうつくしげなるをきせて。銀壹兩とすこし位を付置ぬ。爰にたよる男は面屋渡せし親仁の寺參にことよせ。養子にきたる人の萬に氣かねて忍び行など。世間恐れぬ人のたよるへき所にはあらず。此自由なる大坂にして詫てもかゝる物好是をおもふに始末よりおこれり。此宿の仕掛面住ゐなれ壹間見せに貳枚障子を入て。竹簾に中古の鐵鍔鑄掫の目貫。羽織の胸紐むかし扇の地紙又は唐獅子の根付。取集て錢二百斗が物を見せ掛て。夫婦ながら繼のあたらぬ物着て。以上五六人口ゆるりと暮し。五月の比まで冬の寢道具を長持のうへにつみかさね。節句前をも朔日二日にしやんと仕舞て。二三連の粽巻など幟は紙をつぎて。素人繪を頼み千人斬の所を書けるに。弁慶は目をほそく牛若丸はおそろしく。あちらこちらへ取違へて萬事にわけはなかりき。されども手の届棚のはしに臺盃間鍋をならへ。堀江燒のはちに飛魚の干物盖茶碗ににしめ大豆。絶ず取肴のある事ひとつなる客は是も喜悦也。爰にたよる人の言葉十人ともに變る事なし。何とお内義めづらしいものはないかと庭に立ながらいへば。京の石垣くづれなりと。さる御牢人衆の娘御なりと。新町で天神して居た女郎の果なりと。おまへさまも見しらしやつて御さんす事もと。跡形もなき作り物それとは思ひながらこのもしくなつて。其牢人娘年比は首筋は白いか。女房すぐれたといふは無理じや只きれいにさへあらばようでおじやれといふ是がお氣に入ずば。壹兩の銀子は私かまどひますと慥に請合て。十一二なる我娘に小語を聞ばお花どのに見よいやうにして今來てくだされというてこい余所の人があらは帷子をたちます程に。ちつとの間やとひましよといへば合点じやぞ。是々其戻りに酢買てこよと口ばやにいふもをかし。阿爺は泣子を抱て隣へ四文八文の雙六うちに行。口鼻は奥の一間をかたよせて暦張の勝手屏風を引立。小倉立のふとん木枕も新しきふたつ。別してもてなしけるは銀壹兩の内壹匁五分目振間のまうけぞかし。しばしありて裏口より雪踏の音の聞えしが。かゝ目彈して立向ひ揚り口にて色つくるもせはし。其女もめん淺黄のひとへなる脇ふさぎを着て。手づから風呂敷づゝみを抱しがそれを明れば。しろき肌かたびら地紅に御所車の縫ある振袖。牡丹がら草の金入の帯前結にせしを。牢人衆の娘といふて置たと後帯に仕替さすも氣が付過てをかし。野郎紐のうねたびはくなど。延の二折似金の黒骨を持て。忽に姿なほし立出るよりすこし物云なまりて。いつ見ならひけるつまなげ出しの居ずまひ。白羽二重の下紐を態と見せるはさもし。酒も身をよけて初心に飲て床も子細なく。男の請太刀ばかりして侍の子といふをわすれず。小櫻をどしといふ具足を京へ染なほしにやらしやつたとの。問ず物語聞に腹いたし聞ぬ皃もならずそちの名字はとたづねければ浄土宗といふ振袖は着ども年は二十四五ならめ。是程の事はしるべき物をとふびんなり。きどくに座敷をいそがぬは四匁が所と思ふにやしほらし。又かりそめを貳匁の女はそれ程に。嶋曝のかたびらに薄玉子の帯やはらかにむすび宿へあがるより身をもだえけふの暑はひの行水せうとおもうて小釜の下へ燒付る所へ人が來て。まつゆるさんせ汗を入て座敷へと兩肌ぬぐなど興覺ぬ。是は貳匁の内八分宿へ。とらるゝとかや。又當座百の女は此内四分とらるゝぞかし。正味八分の女身持いやしくきやふのつぎをくろめるも尤ぞかし。是はかしらからしらけて奈良苧も氣がつきます。客はなし喰ねばひだるしと摺ばちあたり見渡して今の薤まゐるなお中にあたります。はあ淺瓜/\見るもことしの初物。まだひとつ五文程といふ聞もいやなり。此女も客を勤めてかなしうない事をないて。跡取置て男は 下帯もかゝぬうちに立出御縁が御ざらば又もと。歸りさまに花代といふもせはしや
旅泊の人詐旅はうき物ながら泊り定めて一夜妻の情。是をおもふに夢もむすばぬたはふれなれど。晝の草臥を取かへし古里の事をも忘るゝは是ぞかし。我また流れの道有程は立つくして。諸佛にも見かぎられ神風や伊勢の古市中の地藏といふ所の。遊山宿に身をなして世間は娘といはれて内證は地の御客を勤めける。衣類は都上代の嶋原大夫職の着捨し物にかはらず。所からとて間の山節あさましや往來の人に名をながすと。いづれがうたふも同音にしてをかしかりき。座つきも春中は芝居ありて上がたの藝子に見ならひさのみいやしからず酒の友ともなしける。自爰に勤めてすぎにし上手を出して。帥こかし颯人の氣を取けれど。脇皃の小皺見出れ若きを花と好る世なれば。後には問ふ人稀に無首尾次第にかなし。片里も今は戀にかしこく年寄女は闇にかづかず、明野が原の茶屋風俗さりとてはをかしげに似せ紫のしつこくさま%\の染入。赤根の衣裏付て表のかたへ見せ掛。そばからさへ目に耻かはしきに。脇明の徳には諸国の道者をまねきよせぬ。我古市を立のき流れは同じ道筋。松坂に行て旅籠屋の人待女となりて晝は心まかせの樂寢して八つさがりより身を拵へ所からの伊勢白粉髪は正直のかうべに油を付。天の岩戸の小闇より出女の面しろ%\と見せて。講參の通し馬を引込是播摩の旦那。それは備後のおつれさまと其國里を。ひとりも見違へる事なく其所言葉をつかひ。うれしがる濡掛はや宵朝の極めもなく。爰に腰をぬかし誠はなきたはふれ。女はすけるやうにむつれ荷物を取込。旅人おちつくと松吹風にあしらひ。大かたの事は返事もせず莨宕の火ひとつといふも。行燈が鼻の先に御ざるといふ。水風呂がおそいといそげば。腹に十月はよう御ざつた事と笑ふ。すこし頼む用があると座敷によびよせ。むつかしながら痃癖の盖を仕替てと肩をぬげば。此二三日はそら手が發ましたと見ぬ皃をする。明衣の袖の。ほころびを出して。針糸をかせといへば肝のつふれし皃つきしていかに我々いやしき奉公すればとて。よもや物縫針もちさうなる女とおぼしめすかと。座を立て行をとらへてせめて宵の程。是にて酒まゐれなどすゝめて我國かたの名物。それ/\の鹽肴取出しかりそめのたのしみ。醉のまぎれに懷までは手を入させ。旅やつられでさへいとしらしき男と。笠の緒のあたりしほうげたをさすり。わらんぢ摺の跟をもんでやれば。いかなる人も晝遣ひし胸算用を忘れ貫ざしを取まはし百紙に包て女の袂に入けるもをかし。三文ねぎつて戻り馬に乘らぬ身さへ此道は各別也。惣じて客のために抱し女親方の手前より。きふぶん取にもあらず。口ばかり養はれて其替りに、泊り留てやる事なり一夜切に身を賣ば。外に抱への主人あつて其もとへ遣しける。身のまはりの仕着の外それ/\にちゐんを持て。其人にもろふ事世間晴ての諸方なり。食燒下女も見るを見まねに色つくりて。大客の折ふしは次の間に行て。御機嫌を取。是を二瀬女とはいふなり。流れてはやき月日を勤め是も夕暮に見る形のいやしきとて隙を出されて。同國桑名といへる濱邊に行て。舟のあがり場に立まぎれ紅や針賣するもをかし。旅女の見ゆるかたにはゆかずして。苫葺たるかゝり舟の中に入て。風呂敷包み小袋は明ずして商ひ事をしてくるとは戀草の種になるべし 夜發の付聲今ははや身に引請し世に有程の勤めつきて。老の浪立戀の梅津の國の色所新町にへめぐりて。昔此身に覺えし道筋なれば。よしみある人に情を頼み遣手奉公をする事。以前に引替て耻かし風俗そなはつて隱れなし。薄色のまへだれ中幅の帯を左の脇にむすび。萬の鎰をさげ内懷より手を入後をすこし引あげて大かたは置手拭。足音なしの忍びありき。不斷作り皃して心の外におそろしがられ。大夫引まはす事よはきうまれつきをも。間もなくかしこくなして客の好やうにもつてまゐり。隙日なく親かたのためによきものとなりぬ。女郎の子細をしりすぎて後にはやりくりを見とがめ。大夫も是におそれ客もきのどくさに。節季をまたず貳角づゝ。鬼に六道錢をとらるゝごとく思ひぬ。人にあしき事の末のつゞきしはなし。惣じて惡み出し此里の住憂。玉造といふ町はずれ見せなしの小家がちなる。物の淋しく晝さへ蝙蝠の飛。うらがし屋を隱住に世をわたるかくまへもなくて。ひとつもある衣類を賣絶て。明日の薪に棚板をくだきゆふべは素湯に煎大豆齒にのせるより外なし。夜の雨に人はおそるゝ神鳴を。哀れをしらば爰に落て我を掴よかし。惜からぬは命今といふ今浮世にふつ/\とあきぬ。ゆく年はもはや六十五なるに。うち見には四十餘と人のいふは。皮薄にして小作りなる女の徳なり。それも嬉しからず。一生の間さま/\のたはふれせしを。おもひ出して觀念の窓より覗ば。蓮の葉笠を着るやうなる子共の面影。腰より下は血に染て。九十五六程も立ならび。聲のあやぎれもなくおはりよ/\と泣ぬ。是かや聞傳へし孕女なるべしと氣を留て見しうちに。むごいかゝさまと銘々に恨申にぞ。扨はむかし血荒をせし親なし子かとかなし。無事にそだて見ば和田の一門より多くて。めでたかるべき物をと過し事どもなつかし。暫有て消て跡はなかりき。是を見るにもいよ/\世をかぎりと思ひしに。其夜明ればつれなや命の捨がたくおもはれし。壁隣を聞に合住の鼻口三人年の程は皆五十とばかりと見えしが。晝前まで長寢をして何を身過ともしれず。不思議さに樣子心懸て見しに。朝夕おのれが相應より美食を好み。堺より賣くる磯の小肴を調へ。小半酒もなんともおもはず。世のせはしき物語をやめて。行向の正月着物は薄玉子にして。隱し紋に帆掛舟と唐團と染込に。帯は夜目に立やうに鼠色に左巻を五色にと。まだ間の有事を今からいふは。内證のよき所あれば也。夕食過より姿を作りなし。土白粉なんべんかぬりくり。硯の墨に額のきはをつけ。口紅をひからせ首筋をたしなみ。胸より乳房のあたり皺のよれるを。隨分しろくなして髪はわづかなるを。いくつか添入て引しめしまだに忍びもとゆひ三筋まはし。そのうへに長平紙を幅廣を掛紺の大振袖に白もめんの帯うしろむすび。ふとさし足袋にわら草履。すきかへしの鼻紙を入きやふの紐がてらに腹帯をしめて。人皃のうす/\と見えし夕暮を待あわせけるに。達者なる若男三人羽織に鉢巻又はほほかぶり。あるひは長頭巾を引込。ふとき竹杖に股引きやはんわらんぢをはきて。御座莚の細長き巻持て時分は今ぞとつれて行。南隣は合羽のこはぜけづりて世渡をせし夫婦なるが。是も内義を色をつくりて五つ斗の娘の子に。餅など買てあてがひ阿爺も鼻口も余所へいてくるぞ。留守をせよと合點させて二つばかりの子をとゝが懷に抱は。かゝは古帷子うはばりにして少は近所をしのぶふりにてはしり行。何の事ともわきまへがたし。夜の明がたに宿にかへる風情宵とは各別につかみさがされ。 ふな/\と腰も定めかね息つぎせはしく。素湯に鹽入て飲など白粥をいそぎ。行水しばらくして胸を押下。其後彼男の袖より見だけ錢を取出し。十文で五文つゝの間錢めのこ算用してとつてかへる。其跡にしてうちよりてさんげばなし。すぎし夜は不仕合にて 鼻紙持たる男にひとりもあはざる」といふ。「我は又けつきさかんの若い者に斗出合、四十六人目の男の時は命もたへ%\に、是ではつゞかぬと身をこらしけるが、欲にはかぎりなし。それからも相手のあるを幸に、また七八人も勤めてかへる」と語る。又ひとりの女われながらくつ/\笑ひ出して。物をもいはざるを何事かとおの/\尋ねけるに。我等は昨夜程迷惑したる事はなし。出がけにいつもの道筋天滿の市に立。河内の百姓舟を心掛てゆきしに。庄屋の三番子ぐらゐならめ。いまだ年比は十六七なるが角さへ入ぬ前髪。在郷人にはつやある若衆。然もかはゆらしき風俗して女房めづらしさうに。同じ里の野夫とつれて出しが。彼男あれ是目利をして定りの十文にて。各別のほり出しありといふを其間を待兼て。それがしは此子を好たと我にむつれて。棚なし舟に引こまれおのづからの 波枕、かず/\の首尾のうへに、やはらかなる手して脇腹を心よくさすりて、そなたはいくつぞと。年とはれし時身にこたへて耻しく。物しづかに作り聲をして十七になりますといへば。さては我等と同年とうれしがりぬ。闇の夜なればこそ此形をかくしもすれもはや五十九になりて十七といふ事は。四十二の大僞世の後に鬼がとがめて舌をぬくべし。是も身をすぐる種なればゆるしたまへ。それより長町に浮れまはりて。順禮宿に呼込れて四五人も念佛講のごとくならび居て。燈かゞやかせし中へ皃はそむけて出けれども。皆々興を覺して言葉もかけず。田舎者の目にも是は合點のゆかぬはずなり。此時のせつなさ是非もなくどれさまぞお慰みなされませぬか。泊りは各別さきへいそぎますといへば。此聲を聞てなほなほおそれて身をちゞめける。其中に子細らしき親仁三指を突て。女郎若い者ともかくおそるゝを。努々おこゝろに掛給ひそ。宵に猫またの姥に化たる咄しをせしか。此事をおもひ出しておそろしがるなり。いづれも後世の道をいそぎ三十三所をまはるものが。わかげにて女ぐるひに氣をなすがゆゑに。こなたをよふでまゐつた是觀音の御ばちぞかし。こなたに戀も恨も御ざらぬ只はやうかへつてくだされいといふ。腹は立ながら此まゝかへるもそんと思ひ。庭を見まはし手元にある物。十文に加賀笠一かい取てかへつたと語りぬ。免角は若いが花もせゝしよき娘もあり。風義天職に見かはすもありける。此女になるこそつたなけれ。上中下なしに十文に極まりしものなれば。よい程がそれ/\の身のそんなり。此勤めに願はくは月夜のない國もかなといふこそをかしけれ。其物語をこまかに聞にぞさては人の申せし。惣嫁といへる女なるべし。いかに世をわたる業なればとて。あの年をして天おそろしき事ぞと。其身を笑ひ死ば濟事ぞと思ひしが。扨も惜からぬ命さへ捨がたくてつらし。同じ借家の奥住ゐして七十あまりの姥。かなしき煙を立かね明暮足の立ぬをなげき。我にいさめられしはそなたの姿ながら。うか/\と暮し給ふは愚かなり。ひらさら人なみに夜出給へと進めける。此年になりて誰が請取者のあるべきといへば。彼姥赤面して我等さへ足の立事ならば。白髪に添髪して後家らしく作りなして。いつぱい掴す事なれども身が不自由なれば口惜や。こなた是非/\と申けるにぞ。又こゝろひかされて喰で死るかなしさよりはと。それに身をなすべし。されども此姿にて。なりがたしといへばそれは今の間調へる子細ありと。いふ言葉の下より仁體らしき人をつれきて。我を見せけるに此親仁よく/\のみ込て。なる程闇には錢になるべしと。宿に歸りてから風呂敷包みを遣しける。此中に大振袖のきるもの帯一筋二布物壹つもめん足袋一そく。是皆かし物に拵へ置てそれ/\のそんれう。布子ひとつを一夜を三分帯一つを壹分五リきやふ壹分足袋壹分。雨夜になれば傘一本十二文ぬりぼくり一そく五文に極め。何にても此道にことのかけざるかり道具ありて。ざんじが程に品形をそれ仕替て。此勤めを見覺え聞ならひ君が寢巻の一ふし。うたうて見しに聲をかしげなれば牛夫に付聲させ。霜夜の橋々をわたりかねたる世なればとていと口惜かりぬ。今時は人もかしこくなりて是程の事ながら。大臣の大夫をかりて見るより念を入。往來の挑灯を待あはせ又は番屋の行燈の影につれ行かりなる事にも吟味つよく。むかしと替り是も惡女年寄はつかまず。目明千人めくらはなかりき。やう/\東雲の天鐘かぞふるに八つ七つにせはしく。馬かたの出掛る音鍛冶屋とうふやに見せ明る比迄。せつかくありきしに是にそなはらぬ風のあしきにや。ひとりもとふ男なくて。これを浮世の色勤めのおさめに思切てぞやめける
皆思謂の五百羅漢萬木眠れる山となつて櫻の梢も雪の夕暮とはなりぬ。是は明ぼのゝ春待時節もあるぞかし。人斗年をかさねて何の樂しみなかりき。殊更我身のうへさりとてはむかしを思ふに耻かしせめては後の世の願ひこそ眞言なれと。又もや都にかへり爰ぞ目前の浄土大雲寺に參詣殊勝さも今。佛名の折ふし我もとなへて本堂を下向して。見わたしに五百羅漢の堂ありしに。是を立覗ば諸の佛達いづれの細工のけづりなせる。さま%\に其形の替りける。是程多き事なれば。必ずおもひ當る人の皃ある物ぞと語り傳へし。さもあるべきと氣をつけて見しに。すぎにしころ我女ざかりに枕ならべし男に。まざ/\と生移なる面影あり。氣を留て見しにあれは遊女の時。又もなく申かはし手首に隱しぼくろせし。長者町の吉さまに似てすぎにし事を思ひやれば。又岩の片陰に座して居給ふ人は。上京に腰元奉公せし時の旦那殿にそのまゝ。是には色々の情あつて忘れがたし。あちらを見れば一たび世帯持し男。五兵衞殿に鼻高い所迄違はず。是は眞言のありし年月の契一しほなつかし。こちらを詠めけるに横太たる男。片肌ぬぎして淺黄の衣しやう姿。誰やらさまにとおもひ出せばそれよ/\。江戸に勤めし時月に六さいの忍び男。糀町の團平にまがふ所なし。なほ奥の岩組の上に色のしろい佛皃その美男是もおもひ當りしは。四條の川原ものさる藝子あがりの人なりしか。茶屋に勤めし折から女房はじめに我に掛りさま%\所作をつくされ間もなくたゝまれ。挑灯の消るがごとく廿四にて鳥邊野におくりしがおとがいほそり目は落入それにうたがふべくはなし。又上髭ありて赤みはしり天窓はきんかなる人有。是は大黒になりてさいなまれし寺の長老さまにあの髭なくば取違ゆべし。なんぼの調謔にも身をなれしが此御坊に晝夜おびやかされてらうさいかたきに成けるが。人間にはかぎりあり其つよ藏さまも煙とはなり給ひし。又枯木の下に小才覺らしき皃つきをして。出額のかしらを自剃して居所。物いはぬ斗足手もさながら動くがごとし。是も見る程思ひし御かたに似てこそあれ。我哥比丘尼せし時日毎に逢人替りし中にある西國の藏屋敷衆身も捨給ふ程御なづみ深かりき。何事もかなしき事嬉しき事わすれじ。人の惜む物を給はりてお寮の手前を勤めける。惣じて五百の佛を心静に見とめしに。皆々逢馴し人の姿に思ひ當らぬは獨もなし。すぎし年月浮流れの事どもひとつ/\おもひめぐらし。さても勤めの女程我身ながらおそろしきものはなし。一生の男數万人にあまり身はひとつを今に。世に長生の耻なれや淺ましやと。胸に火の車をとゞろかし泪は湯玉散ごとく。忽に夢中の心になりて。御寺にあるとも覺えずして。ふしまろびしを法師のあまた立寄。日も暮におよびけるはと撞鐘におどろかされ。やう/\魂ひたしかなる時。是なる老女は何をかなげきぬ此羅漢の中に。其身より先立し一子又は契夫に似たる形もありて。落涙かと。いとやさしく問れて殊更に耻かはし。それに言葉もかへさず足ばやに門外に出。此時身の一大事を覺えて。誠なるかな名は留まつて皃なし。骨は灰となる草澤邊。鳴瀧の梺に來て菩提の山に入道のほだしもなければ煩惱の海をわたる艫綱をとき捨て彼岸に願ひ是なる池に入水せんと。一筋にかけ出るをむかしのよしみある人引留て。かくまた笹葺をしつらひ。死は時節にまかせ今迄の虚僞本心にかへつて佛の道に入とすゝめ殊勝におもひ込。外なく念佛三昧に明暮の板戸を。稀なる人音づれにひかされて。酒は氣を亂すのひとつなり。みじかき世とは覺えて長物語のよしなや。よし/\是も懺悔に身の曇晴て。心の月の清く春の夜の慰み人。我は一代女なれば何をか隱して益なしと。胸の蓮華ひらけてしぼむまでの身の事。たとへ流れを立たればとて心は濁りぬべきや 貞享三丙寅歳 大坂眞齋橋筋呉服町角 林鐘中浣日 書林 岡田三郎右衞門版 |