藤原定家朝臣
水無瀬恋十五首哥合に
しろたへの袖のわかれにつゆおちて身にしむいろの秋風ぞふく
藤原家隆朝臣
思いる身はふかくさのあきのつゆたのめしすゑやこがらしの風
前大僧正慈円
野辺のつゆはいろもなくてやこぼれつるそでよりすぐるおぎのうは風
左近中将公衡
題しらず
こひわびて野辺のつゆとはきえぬともたれか草葉を哀とはみん
右衛門督通具
とへかしなお花がもとのおもひぐさしほるゝ野辺のつゆはいかにと
権中納言俊忠
家に恋十首哥よみ侍ける時
よのまにもきゆべき物をつゆじものいかにしのべとたのめをくらん
道信朝臣
題しらず
あだなりとおもひしかども君よりはものわすれせぬ袖のうはつゆ
藤原元真
おなじくはわが身もつゆときえなゝんきえなばつらきことの葉も見じ/
和泉式部
たのめて侍ける女の、のちに返事をだにせず侍ければ、かのおとこにかはりて
いまこんといふことの葉もかれゆくによなよなつゆのなにゝをくらん
藤原長能
たのめたることあとなくなり侍にけるをんなの、ひさしくありてとひて侍ける返事に
あだことのはにをくつゆのきえにしをある物とてや人のとふらん
読人しらず
藤原惟成につかはしける
うちはへていやはねらるゝ宮木のゝこはぎがした葉いろにいでしより
藤原惟成
返し
はぎの葉やつゆのけしきもうちつけにもとよりかはる心ある物を\
華山院御哥
題しらず
よもすがらきえかへりつるわが身かななみだのつゆにむすぼゝれつゝ
光孝天皇御哥
ひさしうまいらぬ人に
君がせぬわがたまくらは草なれやなみだのつゆのよなよなぞをく\
読人しらず
御返し
つゆばかりをくらん袖はたのまれずなみだの河のたきつせなれば
重之
みちのくにのあだちに侍ける女に、九月ばかりつかはしける
思ひやるよそのむら雲しぐれつゝあだちのはらにもみぢしぬらん
六条右大臣室
おもふこと侍ける秋のゆふぐれ、ひとりながめてよみ侍ける
身にちかくきにけるものを色かはる秋をばよそにおもひしかども
相模
題しらず
色かはるはぎのした葉を見てもまづ人の心の秋ぞしらるゝ
いなづまはてらさぬよゐもなかりけりいづらほのかにみえしかげろふ
謙徳公
人しれぬねざめの涙ふりみちてさもしぐれつるよはのそらかな
光孝天皇御哥
なみだのみうきいづるあまのつりざほのながきよすがらこひつゝぞぬる
坂上是則
まくらのみうくとおもひしなみだがはいまはわが身のしづむなりけり\
読人しらず
おもほえず袖にみなとのさはぐかなもろこし舟のよりしばかりに
いもが袖わかれし日よりしろたへの衣かたしきこひつゝぞぬる
あふことのなみのした草みがくれてしづ心なくねこそなかるれ\
うらにたくもしほの煙なびかめやよものかたより風はふくとも
わするらんとおもふ心のうたがひにありしよりけに物ぞかなしき
うきながら人をばえしもわすれねばかつうらみつゝなをぞこひしき
いのちをばあだなるものときゝしかどつらきがためは長もあるかな
いづかたにゆきかくれなんよの中に身のあればこそ人もつらけれ\
いまゝでにわすれぬ人はよにもあらじをのがさまざまとしのへぬれば
たま水をてにむすびてもこゝろみんぬるくはいしの中もたのまじ
山しろの井での玉水てにくみてたのみしかひもなきよなりけり
君があたり見つゝをゝらんいこま山雲なかくしそ雨はふるとも\
なかぞらに立ゐる雲のあともなく身のはかなくもなりぬべきかな
雲のゐるとを山どりのよそにてもありとしきけばわびつゝぞぬる
ひるはきてよるはわかるゝ山どりのかげ見る時ぞねはなかれける
われもしかなきてぞ人にこひられしいまこそよそに声をのみきけ
人麿
夏野ゆくをしかのつのゝつかのまもわすれずおもへいもが心を
夏草のつゆわけ衣きもせぬになどわが袖のかはく時なき
八代女王
みそぎするならのおがはの河風にいのりぞわたるしたにたえじと
清原深養父
うらみつゝぬるよの袖のかはかぬはまくらのしたにしほやみつらん
山口女王
中納言家持につかはしける
あし辺よりみちくるしほのいやましにおもふか君をわすれかねつる
しほがまのまへにうきたるうきしまのうきておもひのあるよなりけり\
赤染衛門
題しらず
いかにねて見えしなるらんうたゝねの夢より後は物をこそおもへ
参議篁
うちとけてねぬものゆへに夢を見てものおもひまさる比にもあるかな
伊勢
春のよの夢にありつと見えつればおもひたえにし人ぞまたるゝ\
盛明親王
はるのよの夢のしるしはつらくとも見しばかりだにあらばたのまん
女御徽子女王
ぬる夢にうつゝのうさもわすられておもひなぐさむほどぞはかなき
能宣朝臣
春夜、女のもとにまかりて、あしたにつかはしける
かくばかりねであかしつる春のよにいかに見えつる夢にかあるらん
寂蓮法師
題しらず
なみだがは身もうきぬべきねざめかなはかなき夢のなごりばかりに
家隆朝臣
百首哥たてまつりしに
あふと見てことぞともなくあけぬなりはかなの夢の忘がたみや
基俊
題しらず
ゆかちかしあなかまよはのきりぎりす夢にも人のみえもこそすれ
皇太后宮大夫俊成
千五百番哥合に
あはれなりうたゝねにのみ見しゆめの長きおもひにむすぼゝれなん
定家朝臣
題しらず
かきやりしそのくろかみのすぢごとにうちふすほどはおもかげぞたつ\
皇太后宮大夫俊成女
和哥所哥合に、遇不逢恋の心を
夢かとよ見しおもかげもちぎりしもわすれずながらうつゝならねば
式子内親王
恋哥とて
はかなくぞしらぬいのちをなげきこしわがゝねことのかゝりけるよに
弁
すぎにけるよゝの契もわすられていとふうき身のはてぞはかなき\
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首哥たてまつりける時、恋哥
おもひわび見しおもかげはさてをきてこひせざりけんおりぞこひしき\
相模
題しらず
ながれいでんうき名にしばしよどむかなもとめぬ袖のふちはあれども
馬内侍
おとこのひさしくをとづれざりけるが、わすれてやと申侍ければ、よめる
つらからばこひしきことはわすれなでそへてはなどかしづ心なき
むかし見ける人、かものまつりのしだいしにいでたちてなん、まかりわたるといひて侍ければ
きみしまれみちのゆきゝをさだむらんすぎにし人をかつ忘つゝ
藤原仲文
としごろたえ侍にける女の、くれといふものたづねたりける、つかはすとて
花さかぬくち木のそまのそま人のいかなるくれに思ひいづらん
大納言経信母
ひさしくをとせぬ人に
をのづからさこそはあれとおもふまにまことに人のとはずなりぬる
前中納言教盛母
忠盛朝臣かれがれになりてのち、いかゞおもひけん、ひさしくをとづれぬ事をうらめしくやなどいひて侍ければ、返事に
ならはねば人のとはぬもつらからでくやしきにこそ袖はぬれけれ
皇嘉門院尾張
題しらず
なげかじなおもへば人につらかりしこのよながらのむくひなりけり
和泉式部
いかにしていかにこのよにありへばかしばしもゝのをおもはざるべき
深養父
うれしくはわするゝこともありなましつらきぞながきかたみなりける
素性法師
あふことのかたみをだにも見てしかな人はたゆともみつゝしのばん
小野小町
わが身こそあらぬかとのみたどらるれとふべき人にわすられしより
能宣朝臣
かづらきやくめぢにわたすいはゞしのたえにし中となりやはてなん
祭主輔親
今はともおもひなたえそ野中なる水のながれはゆきてたづねん
伊勢
おもひいづやみのゝを山のひとつ松契しことはいつもわすれず
業平朝臣
いでゝいにしあとだにいまだかはらぬにたがゝよひぢと今はなるらん
むめの花かをのみ袖にとゞめをきてわがおもふ人はをとづれもせぬ
天暦御哥
斎宮女御につかはしける
あまのはらそこともしらぬおほぞらにおぼつかなさをなげきつるかな
女御徽子女王
御返し
なげくらん心をそらに見てしかなたつあさぎりに身をやなさまし
光孝天皇御哥
題しらず
あはずしてふるころをひのあまたあればはるけきそらにながめをぞする
兵部卿致平親王
をんなのほかへまかるをきゝて
おもひやる心もそらに白雲のいでたつかたをしらせやはせぬ
躬恒
題しらず
雲井よりとを山どりのなきてゆく声ほのかなるこひもするかな
延喜御哥
弁更衣ひさしくまいらざりけるに、たまはせける
雲ゐなる雁だになきてくる秋になどかは人のをとづれもせぬ
天暦御哥
斎宮女御、はるごろまかりいでゝ、ひさしうまいり侍らざりければ
春ゆきて秋までとやはおもひけんかりにはあらず契し物を
西宮前左大臣
題しらず
はつかりのはつかにきゝしことつても雲ぢにたえてわぶる比かな
藤原惟成
五節のころ、うちにて見侍ける人に、又のとしつかはしける
をみごろもこぞばかりこそなれざらめけふの日かげのかけてだにとへ
藤原元真
題しらず
すみよしのこひわすれ草たねたえてなきよにあへるわれぞかなしき
天暦御哥
斎宮女御まいり侍りけるに、いかなる事かありけん
水のうへのはかなきかずもおもほえずふかき心しそこにとまれば/
謙徳公
ひさしくなりにける人のもとへ
ながきよのつきぬなげきのたえざらばなにゝいのちをかへてわすれん
権中納言敦忠
題しらず
心にもまかせざりけるいのちもてたのめもをかじつねならぬよを
藤原元真
世のうきも人のつらきもしのぶるにこひしきにこそ思ひわびぬれ
参議篁
しのびてかたらひける女のおや、きゝていさめ侍ければ
かずならばかゝらましやはよの中にいとかなしきはしづのをだまき
藤原惟成
題しらず
人ならばおもふ心をいひてましよしやさこそはしづのをだまき\
よみ人しらず
わがよはひおとろへゆけばしろたへの袖のなれにし君をしぞ思\
いまよりはあはじとすれやしろたへのわが衣手のかはく時なき\
たまくしげあけまくおしきあたら夜を衣でかれでひとりかもねん
あふことをおぼつかなくてすぐすかな草葉のつゆのをきかはるまで
秋の田のほむけの風のかたよりにわれは物おもふつれなきものを\
はしたかの野もりのかゞみえてしかなおもひおもはずよそながらみん
おほよどの松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへるなみかな
白浪はたちさはぐともこりずまのうらのみるめはからんとぞおもふ
さしてゆくかたはみなとのなみたかみうらみてかへるあまのつりぶね
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