源順
身の沈みぬることをなげきて勘解由判官にて
あらたまの 年のはたちに たらざりし ときはの山の やまさむみ 風もさはらぬ ふぢごろも ふた度たちし あさぎりに こゝろも空に まどひそめ みなしこ草に なりしより 物思ふことの 葉をしげみ けぬべき露の よるはおきて 夏はみぎはに もえわたる ほたるを袖に ひろひつゝ ふゆは花かと 見えまがひ このもかのもに ふりつもる 雪をたもとに あつめつゝ 文みていでし みちはなほ 身の憂にのみ ありければ 爰もかしこも あしねはふ 下にのみこそ しづみけれ 誰こゝのつの さはみづに なくたづの音を ひさかたの 雲のうへまで かくれなみ たかく聞ゆる かひありて いひ流しけむ ひとはなほ かひも渚に みつしほの 世には辛くて すみのえの 松はいたづら 老いぬれど みどりの衣 ぬぎすてむ 春はいつとも しらなみの 浪路にいたく ゆきかよひ ゆも取敢へず なりにける 舟のわれをし きみしらば あはれいまだに しづめじと 天のつりなは 打ちはへて ひくとしきかば 物は思はじ
能宣
返し
よのなかを 思へばくるし わするれば えも忘られず たれもみな 同じみやまの まつが枝と かるゝ事なく すべらぎの 千代も八千代も つかへむと たかき頼みを かくれぬの したよりねざす あやめぐさ 綾なき身にも ひとなみに かゝる心を おもひつゝ よにふる雪を きみはしも 冬はとりつみ なつはまた 草のほたるを あつめつゝ 光さやけき ひさかたの 月のかつらを をるまでに 時雨にそぼち つゆにぬれ へにけむ袖の ふかみどり 色あせがたに いまはなり かつ下葉より くれなゐに うつろひはてむ 秋にあはゞ 先ひらけなむ はなよりも 木高きかげと あふがれむ 物とこそみし しほがまの うら寂しげに なぞもかく 世をしも思ひ なすのゆの 絶ゆる故をも かまへつゝ わが身を人の 身になして 思ひくらべよ もゝしきに あかし暮して とこなつの 雲居はるけき ひとなみに おくれて靡く 我もあるらし
讀人志らず
ある男の物いひ侍りける女の忍びてにげ侍りて年頃ありて消息して侍りけるに男よみ侍りける
いまはとも いはざりしかど やをとめの 立つや春日の ふるさとに 歸りやくると まつちやま 待つ程過ぎて かりがねの 雲のよそにも きこえねば 我はむなしき たまづさを 斯てもたゆく 結び置きて つてやる風の たよりだに 渚にきゐる ゆふちどり うらみは深く みつしほに 袖のみいとゞ ぬれつゝぞ あとも思はぬ きみにより かひなき戀に なにしかも われのみ獨 うきふねの 焦れてよには わたるらむ とさへぞはては かやり火の くゆる心も つきぬべく 思ひなるまで おとづれず 覺束なくて かへれども けふ水ぐきの あとみれば 契りしことは きみもまた 忘れざりけり 暫しあらば 誰もうきよの あさつゆに 光待つまの 身にしあれば 思はじいかで とこなつの 花のうつろふ あきもなく 同じわたりに すみの江の 岸のひめまつ ねをむすび 世々をへつゝも しもゆきの ふるにもぬれぬ なかとなりなむ
東三條太政大臣
圓融院の御時大將はなれ侍りて後久しく參らで奏せさせ侍りける
あはれわれ いつゝの宮の みやびとゝ その數ならぬ 身をなして 思ひしことは かけまくも かしこけれ共 たのもしき かげに二たび おくれたる ふたばの草を ふくかぜの 荒きかたには あてじとて せばき袂を ふせぎつゝ ちりも据じと みがきては 玉のひかりを 誰れかみむ とおもふ心に おほけなく かみつ枝をば さしこえて はな咲く春の みやびとゝ なりし時はゝ いかばかり しげき影とか たのまれし 末の世までと おもひつゝ こゝの重ねの そのなかに いつきすべしも ことてしも 誰ならなくに をやまだを 人にまかせて われはたゞ 袂そほづに 身をなして ふたはる三春 すぐしつゝ その秋ふゆの あさぎりの 絶間にだにも と思ひしを みねのしら雲 よこさまに 立ち變りぬと みてしかば 身を限とは おもひにき 命あらばと たのみしは 人におくるゝ ななりけり 思ふもしるし やまがはの みなしもなりし もろびとも 動かぬきしに 守りあげて 沈むみくづの はて/\は かき流されし かみなづき 薄きこほりに とぢられて とまれる方も なきわぶる なみだ沈みて かぞふれば ふゆも三月に なりにけり 長きよな/\ しきたへの ふさず休まず 明けくらし 思へどもなほ かなしきは やそうぢ人も あたらよの 例なりとぞ さわぐなる 况てかすがの すぎむらに 未だかれたる 枝はあらじ おほ原のべの つぼすみれ つみ犯しある ものならば 照日もみよと いふことを 年のをはりに きよめずば わが身ぞ遂に くちぬべき 谷のうもれ木 はるくとも 偖ややみなむ 年のうちに 春ふくかぜも 心あらば 袖のこほりを とけとふかなむ
これが御返したゞいなぶねのと仰せられたりければ又御返し
いかにせむ我身くだれる稻舟のしばしばかりの命堪ずば
[1] Shinpen kokka Taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol.1) reads 旋頭歌.