後撰和歌集 (Gosen wakashū) — 後撰和歌集卷第十九 離別 覊旅 作者複数 (Various) 951 Gosen wakashū 後撰和歌集 Various 作者複数 Heian Period 中古 10th century 10世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 951 ごせんわかしゅう Gosen wakashū 後撰和歌集 ごせんわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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後撰和歌集 › 後撰和歌集卷第十九 離別 覊旅 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
後撰和歌集 Gosen wakashū
作者複数 Various
後撰和歌集卷第十九
離別 覊旅
1305
貫之
みちのくにへまかりける人に火うちを遣はすとてかきつけゝる
折々にうちてたく火の煙あらば心さすがに忍べとぞ思ふ
1306
讀人志らず
あひ知りて侍りける人の東の方へまかりけるに櫻の花のかたに幣をさして遣しける
仇人の手向にをれる櫻花逢ふ坂まではちらずもあらなむ
1307
橘直幹
遠くまかりける人に餞し侍りける所にて
思ひやる心ばかりはさはらじをなにへだつらむ峯の白雲
1308
讀人志らず
下野にまかりける女に鏡にそへてつかはしける
ふたご山共にこえねど増鏡そこなる影をたぐへてぞやる
1309
するが
信濃へまかりける人にたき物つかはすとて
信濃なる淺間の山ももゆなればふじの煙のかひやなか覽
1310
讀人志らず
遠き國へまかりける友達に火うちにそへて遣はしける
このたびも我を忘れぬ物ならば打見む度に思ひ出でなむ
1311
むすめ
京に侍りける女子をいかなる事か侍りけむ心うしとて留め置きて因幡國へまかりければ
打捨てゝ君し稻葉の露の身は消えぬ計りぞありと頼むな
1312
伊勢へまかりける人とくいなむと心もとながると聞きて旅の調度などとらする物からたゝん紙にかきてとらする名をばうまといひけるに
をしと思ふ心はなくて此度は行く馬に鞭をおほせつる哉
1313
かへし
君が手をかれ行く秋の末にしも野飼に放つ馬ぞかなしき
1314
藤原清正
同じ家に久しう侍りける女の美濃の國に親の侍りけるとぶらひにまかりけるに
今はとて立返りゆく古里のふはの關路にみやこわするな
1315
大窪則善
遠き國にまかりける人に旅の具つかはしける鏡の箱のうらにかきつけて遣はしける
身をわくることのかたさに増鏡影ばかりをぞ君にそへつる
1316
讀人志らず
此たびのいでたちなむものうく覺ゆるといひければ
初雁の我も空なる程なれば君も物うきたびにやあるらむ
1317
公忠朝臣
あひ志りて侍りける女の人の國にまかりけるにつかはしける
いとせめてこひしき旅の唐衣程なくかへす人もあらなむ
1318
女
かへし
唐衣たつ日をよそにきく人はかへす計りの程もこひしき
1319
讀人志らず
三月ばかりこしの國へまかりける人に酒たうべけるついでに
戀しくは言傳もせむ歸るさの雁がねはまづ我が宿になけ
1320
伊勢
善祐法師の伊豆國に流され侍りけるに
別れてはいつ逢見むと思ふらむ限りあるよの命ともなし
1321
讀人志らず
題志らず
背かれぬ松の千年の程よりも共々とだにしたはれぞせし
1322
かへし
共々としたふ涙のそふ水はいかなる色に見えて行くらむ
1323
伊勢
亭子院のみかどおりゐ給うける年の秋弘徽殿のかべにかきつけゝる
別るれどあひも惜まぬ百敷を見ざらむことの何か悲しき
1324
帝御覽じて御かへし
身一つにあらぬ計を押なべて行廻りてもなどか見ざらむ
1325
讀人志らず
みちのくにへまかりける人に扇てうじて歌繪にかゝせ侍りける
別れゆく道の雲居になりゆけばとまる心も空にこそなれ
1326
宗于の朝臣のむすめみちのくにへ下りけるに
1327
かへし
笠取の山とたのみし君をおきて涙の雨にぬれつゝぞ行く
1328
をとこの伊勢國へまかりけるに
君が行く方にありてふ涙川まづは袖にぞながるべらなる
1329
旅にまかりける人に裝束遣はすとて添へてつかはしける
袖ぬれて別れはす共唐衣ゆくとないひそきたりとをみむ
1330
かへし
わかれぢは心もゆかずから衣きては涙ぞさきにたちける
1331
旅にまかりける人に扇つかはすとて
そへてやる扇の風し心あらば我が思ふ人の手をな離れそ
1332
藤原滋幹が女
友則がむすめのみちのくにへまかりけるに遣はしける
君をのみ忍ぶの里へ行くものを會津の山の遙けきやなぞ
1333
小野好古朝臣
つくしへまかるとてきよいこの命婦におくりける
年をへて逢見る人の別れには惜しきものこそ命なりけれ
1334
源濟
出羽よりのぼりけるにこれかれ馬のはなむけしけるにかはらけとりて
行くさきを知らぬ涙の悲しきは唯めの前に落つるなり けり
1335
平高遠がいやしき名とりて人の國へまかりけるにわするなといへりければ高遠が妻のいへる
忘るなといふに流るゝ涙川憂名をすゝぐ瀬ともならなむ
1336
讀人志らず
あひ志りて侍りける人のあからさまにこしの國へまかりけるにぬさ心ざすとて
我をのみ思ひつるがの越ならば歸るの山は惑はざらまし
1337
かへし
君をのみ五幡と思ひこしなれば往來の道は遙けからじを
1338
秋旅にまかりける人にぬさをもみぢの枝につけてつかはしける
秋深く旅ゆくひとの手向には紅葉にまさる幣なかりけり
1339
大輔
西四條の齋宮の九月晦日くだり侍りけるともなる人にぬさつかはすとて
紅葉ばを幣とたむけて散しつゝ秋と共にや行かむとす覽
1340
伊勢
物へまかりける人に遣はしける
待侘びて戀しくならば尋ぬべく跡なき水の上ならでゆけ
1341
贈太政大臣
題志らず
こむと云て別るゝだにもある物を志られぬ今朝の増て侘しき
1342
伊勢
かへし
さらばよと別し時にいはませば我も涙におぼゝれなまし
1343
讀人志らず
春霞はかなく立ちて別るとも風より外にたれかとふべき
1344
伊勢
かへし
めに見えぬ風に心をたぐへつゝやらば霞の隔てこそせめ
1345
甲斐へまかりける人につかはしける
君が代はつるの郡にあえてきねさだめ無き世の疑もなく
1346
舟にて物へまかりける人に遣はしける
後れずぞ心にのりて焦るべき浪にもとめよ舟みえす とも
1347
讀人志らず
かへし
舟なくば天の川迄求めてむこぎつゝ汐のなかにきえずば
1348
舟にて物へまかりける人
兼ねてより涙ぞ袖を打濡らす浮べる舟にのらむと思へば
1349
伊勢
かへし
抑へつゝ我は袖にぞ堰き止むる舟こす汐になさじと思へば
1350
貫之
遠き所にまかるとて女の許へつかはしける
忘れじとことに結びて別るれば逢ひ見むまでは思ひ亂るな
1351
覊旅歌
讀人志らず
ある人いやしき名とりて遠江國へまかるとてはつせ川を渡るとてよみ侍りける
初瀬川渡る瀬さへや濁るらむよに住み難き我身と思へば
1352
たはれ島をみて
名にしおはゞあだにぞ思ふ戯れ島浪の濡衣いく世きつ覽
1353
業平朝臣
東へ罷りけるにすぎぬる方戀しく覺えける程に川を渡りけるに浪の立ちけるを見て
いとゞしく過ぎ行く方の戀しきに羨ましくもかへる浪哉
1354
讀人志らず
白山へまうでけるに道中よりたよりの人につけてつかはしける
都までおとにふりくる白山はゆきつきがたき所なりけり
1355
中原宗興
中原宗興が美濃國へまかり下り侍りける道に女の家に宿りていひつきてさりがたく覺えければ二三日侍りてやむことなき事によりてまかり立ちければきぬを包みてそれが上にかきて送り侍りける
山里の草葉の露はしげからむみのしろ衣ぬはずともきよ
1356
貫之
土左よりまかりのぼりける舟のうちにて見侍りけるに山のはならで月の浪のなかより出づるやうにみえければ昔安倍仲麿が唐土にてふりさけみればといへることをおもひやりて
都にて山の端にみし月なれど海より出でゝ海にこそいれ
1357
菅原右大臣
法皇宮の瀧といふ所御覽じける御供にて
みづひきの白糸はへておる機は旅の衣にたちやかさねむ
1358
道まかりけるついでにひぐらしの山をまかりはべりて
日暮の山路を暗みさ夜更て木の末ごとにもみぢてらせる
1359
伊勢
初瀬へ詣づとて山のべといふわたりにてよみ侍りける
草まくら旅となりなば山のべに白雲ならぬわれや宿らむ
1360
宇治の殿といふ所を
水もせに浮きぬる時は柵のうちのとのともみえぬ紅葉ば
1361
小町
海のほとりにてこれかれ逍遙し侍りけるついでに
花さきてみならぬ物は渡つ海のかざしにさせる沖つ白浪
1632
眞靜法師
東なる人の許へまかりける道に相摸の足柄の關にて女の京にまかり上りけるにあひて
足柄の關の山路を行く人は志るも志らぬもうとからぬ哉
1363
僧正聖寶
法皇遠き所に山ぶみ志給うて京に歸り給ふに旅のやどり志給うて御供にさぶらふ道俗に歌よませ給うけるに
人毎にけふ/\とのみこひらるゝ都近くもなりにける哉
1364
貫之
土左より任はてゝのぼり侍りけるに舟の中にて月を見て
照る月の流るゝ見れば天の河出づる湊は海にぞありける
1365
亭子院御製
題志らず
草枕もみぢむしろに代へたらば心を碎くものならましや
1366
讀人志らず
京に思ふ人侍りて遠き所よりかへりまうできける道にとゞまりて九月ばかりに
思ふ人ありて歸ればいつしかの妻待つよひの秋ぞ悲しき
1367
草枕ゆふ手ばかりは何なれやつゆも涙もおきかへりつゝ
1368
素性法師
宮のたきといふ所に法皇おはしましたりけるにおほせごとありて
秋山にまどふ心をみやたきの瀧の白沫にけちやはてゝむ