一
むかし、おとこ、うゐかうぶりして、ならの京、かすがのさとに、しるよしゝて、かりにいにけり。そのさとに、いとなまめいたるをむなはらからすみけり。このおとこかいまみてけり。おもほえずふるさとにいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。おとこのきたりけるかりぎぬのすそをきりて、うたをかきてやる。そのおとこ、しのぶずりのかりぎぬをなむきたりける。
となむをいづきていひやりける。ついでおもしろきことゝもやおもひけむ。
といふ哥のこゝろばへ也。むかし人は、かくいちはやき、みやびをなむしける。
二
むかし、おとこありけり。ならの京はゝなれ、この京は人のいゑまださだまらざりける時に、ゝしの京に女ありけり。その女世人にはまされりけり。その人、かたちよりはこゝろなむまさりたりける。ひとりのみもあらざりけらし、それをかのまめおとこ、うちものがたらひて、かへりきていかゞおもひけむ、時はやよひのついたち、あめそをふるにやりける。
三
むかし、おとこありけり。けさうじける女のもとに、ひじきもといふ物をやるとて、
二条のきさきの、まだみかどにもつかうまつりたまはで、たゞ人にておはしましける時のことなり。
四
むかし、ひむがしの五条に、おほきさいの宮おはしましけるにしのたいに、すむ人ありけり。それをほいにはあらで、心ざしふかゝりける人、ゆきとぶらひけるを、む月の十日許のほどに、ほかにかくれにけり。ありどころはきけど、人のいきかよふべき所にもあらざりければ、なをうしとおもひつゝなむ有ける。又の年のむ月に、むめのはなざかりに、こぞをこひていきて、たちて見、ゐて見ゝれど、こぞにゝるべくもあらず。うちなきて、あばらなるいたじきに月のかたぶくまでふせりて、こぞを思いでゝよめる。
とよみて、よのほのぼのとあくるに、なくなくかへりにけり。
五
むかし、おとこ有けり。ひむがしの五条わたりに、いとしのびていきけり。みそかなるところなれば、かどよりもえいらで、わらはべのふみあけたるついひぢのくづれよりかよひけり。ひとしげくもあらねど、たびかさなりければ、あるじきゝつけて、そのかよひぢに、夜ごとに人をすへてまもらせければ、いけどえあはでかへりけり。さてよめる。
とよめりければいといたくこゝろやみけり。あるじゆるしてけり。二条のきさきにしのびてまいりけるを、世のきこえありければ、せうとたちのまもらせたまひけるとぞ。
六
昔おとこありけり。女のえうまじかりけるを、としをへてよばひわたりけるを、からうじてぬすみいでゝ、いとくらきにきけり。あくた河といふかはをゐていきければ、くさのうへにをきたりけるつゆを、かれはなにぞとなむおとこにとひける。ゆくさきおほく、夜もふけにければ、おにある所ともしらで、神さへいといみじうなり、あめもいたうふりければ、あばらなるくらに、女をばおくにをしいれて、おとこ、ゆみ、やなぐひをおひて、とぐちにをり。はや夜もあけなむと思つゝゐたりけるに、おにはやひとくちにくひてけり。あなやといひけれど、神なるさはぎにえきかざりけり。やうやう夜もあけゆくに、見ればゐてこし女もなし。あしずりをしてなけどもかひなし。
これは、二条のきさきの、いとこの女御の御もとに、つかうまつるやうにてゐたまへりけるを、かたちのいとめでたくおはしければ、ぬすみておひていでたりけるを、御せうとほりかはのおとゞ、たらうくにつねの大納言、まだ下らうにて内へまいりたまふに、いみじうなく人あるをきゝつけて、とゞめてとりかへしたまうてけり。それをかくおにとはいふなり。まだいとわかうて、きさきのたゞにおはしましける時とや。
七
むかし、おとこありけり。京にありわびて、あづまにいきけるに、伊勢おはりのあはひのうみづらをゆくに、なみのいとしろくたつを見て、
となむよめりける。
八
むかし、おとこありけり。京やすみうかりけむ、あづまのかたにゆきて、すみ所もとむとて、ともとする人ひとりふたりしてゆきけり。しなのゝくに、あさまのたけにけぶりのたつを見て、
九
むかし、おとこありけり。そのおとこ、身をえうなきものに思なして、京にはあらじ、あづまの方にすむべきくにもとめにとてゆきけり。もとよりともとする人、ひとりふたりしていきけり。みちしれる人もなくて、まどひいきけり。みかはのくに、やつはしといふ所にいたりぬ。そこをやつはしといひけるは、水ゆく河のくもでなれば、はしをやつわたせるによりてなむ、やつはしとはいひける。そのさはのほとりの木のかげにおりゐて、かれいひくひけり。そのさはにかきつばたいとおもしろくさきたり。それを見て、ある人のいはく、かきつばたといふいつもじをくのかみにすへて、たびのこゝろをよめ、といひければよめる。
とよめりければ、みなひと、かれいひのうへになみだおとしてほとびにけり。ゆきゆきて、するがのくにゝいたりぬ。うつの山にいたりて、わがいらむとするみちは、いとくらうほそきに、つた、かえではしげり、ものごゝろぼそく、すゞろなるめを見ることゝおもふ、す行者あひたり。かゝるみちはいかでかいまする、といふを見れば見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、ふみかきてつく。
ふじの山を見れば、さ月のつごもりに、雪いとしろうふれり。
その山は、こゝにたとへば、ひえの山をはたち許かさねあげたらむほどして、なりはしほじりのやうになむありける。なをゆきゆきて、むさしのくにとしもつふさのくにとの中に、いとおほきなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりにむれゐておもひやれば、かぎりなくとをくもきにけるかなとわびあへるに、わたしもり、はやふねにのれ、日もくれぬ、といふに、のりてわたらむとするに、みなひと、ものわびしくて、京におもふ人なきにしもあらず。さるおりしも、しろきとりのはしとあしとあかき、しぎのおほきさなる、水のうへにあそびつゝいをゝくふ。京には見えぬとりなれば、みな人、見しらず。わたしもりにとひければ、これなむ宮こどり、といふをきゝて、
とよめりければ、ふねこぞりてなきにけり。
十
むかし、おとこ、むさしのくにまでまどひありきけり。さて、そのくにゝある女をよばひけり。ちゝはこと人にあはせむといひけるを、はゝなむあてなる人に心つけたりける。ちゝはなお人にて、はゝなむふぢはらなりける。さてなむあてなる人にとおもひける。このむこがねによみてをこせたりける。すむところなむ、いるまのこほり、みよしのゝさとなりける。
むこがねかへし、
となむ。人のくにゝても、猶かゝる事なむ、やまざりける。
十一
昔おとこ、あづまへゆきけるに、ともだちどもに、みちよりいひをこせける。
十二
むかし、おとこ有けり。人のむすめをぬすみて武蔵野へゐてゆくほどに、ぬす人なりければ、くにのかみにからめられにけり。女をばくさむらの中にをきて、にげにけり。みちくる人、このゝはぬす人あなりとて、火つけむとす。女、わびて、
とよみけるをきゝて、女をばとりて、ともにゐていにけり
十三
昔、武蔵なるおとこ、京なる女のもとに、きこゆればゝづかし、きこえねばくるし、とかきて、うはがきにむさしあぶみとかきて、をこせてのち、をともせずなりにければ、京より女、
とあるを見てなむ、たへがたき心地しける。
十四
むかし、おとこ、みちのくにゝ、すゞろにゆきいたりにけり。そこなる女、京の人はめづらかにやおぼえけむ、せちにおもへる心なむありける。さてかの女、
うたさへぞひなびたりける。さすがにあはれとやおもひけむ、いきてねにけり。夜ふかくいでにけれは、女
といへるに、おとこ、京へなむまかるとて、
といへりければ、よろこぼひて、おもひけらし、とぞいひをりける
十五
昔 みちのくにゝて、なでうことなき人のめにかよひけるに、あやしうさやうにてあるべき女ともあらず見えければ、
女、かぎりなくめでたしとおもへど、さるさがなきえびす心を見ては、いかゞはせむは。
十六
むかし、きのありつねといふ人ありけり。みよのみかどにつかうまつりて、時にあひけれど、のちは世かはり、時うつりにければ、世のつねの人のごともあらず、人がらは、心うつくしうあてはかなることをこのみて、ことに人にもにず、まづしくへても、猶昔よかりし時の心ながら、世のつねのこともしらず。としごろあひなれたるめ、やうやうとこはなれて、つゐにあまになりて、あねのさきだちてなりたるところへゆくを、おとこ、まことにむつまじき事こそなかりけれ、いまはとゆくを、いとあはれと思けれど、まづしければするわざもなかりけり。おもひわびて、ねむごろにあひかたらひけるともだちのもとに、かうかういまはとてまかるを、なにごともいさゝかなることもえせで、つかはすことゝかきて、おくに、
かのともだちこれを見て、いとあはれとおもひて、よるのものまでをくりてよめる。
かくいひやりたりければ、
よろこびにたへで、又、
十七
としごろ、をとづれざりける人の、さくらのさかりに見にきたりければ、あるじ
返し、
十八
むかし、まな心ある女ありけり。おとこちかうありけり。女、うたよむ人なりければ、心見むとて、きくの花のうつろへるをゝりて、おとこのもとへやる。
おとこ、しらずによみによみける。
十九
むかし、おとこ、みやづかへしける女のかたに、ごたちなりける人をあひしりたりける。ほどもなくかれにけり。おなじ所なれば、女のめには見ゆるものから、おとこはある物かとも思たらず、女、
とよめりければ、おとこ、返し、
とよめりけるは、またおとこなる人なむといひける。
二○
むかし、おとこ やまとにある女を見て、よばひてあひにけり。さてほどへて、宮づかへする人なりければ、かへりくるみちに、やよひばかりに、かえでのもみぢのいとおもしろきをゝりて、女のもとにみちよりいひやる。
とてやりたりければ、返事は京にきつきてなむ、もてきたりける。
二一
むかし、おとこ女、いとかしこくおもひかはして、こと心なかりけり。さるをいかなる事かありけむ、いさゝかなることにつけて、世中をうしと思て、いでゝいなむと思て、かゝる哥をなむよみて、ものにかきつけゝる。
とよみをきて、いでゝいにけり。この女かくかきをきたるを、けしう心をくべきこともおばえぬを、なにゝよりてかかゝらむといといたうなきて、いづ方にもとめゆかむとかどにいでゝ、と見かう見ゝけれど、いづこをばかりともおぼえざりければ、かへりいりて、
といひてながめをり。
この女いとひさしくありて、ねむじわびてにやありけむ、いひをこせたる。
返し
又々ありしよりけにいひかはして、おとこ
返し、
とはいひけれど、をのが世ゝになりにければ、うとくなりにけり。
二二
むかし、はかなくてたえにけるなか、猶やわすれざりけむ、女のもとより、
といへりければ、さればよといひて、おとこ、
とはいひけれど、そのよいにけり。いにしへゆくさきのことゞもなどいひて、
返し、
いにしへよりもあはれにてなむかよひける。
二三
昔、ゐなかわたらひしける人のこども、ゐのもとにいでゝあそびけるを、おとなになりにければ、おとこも女もはぢかはしてありけれど、おとこはこの女をこそえめとおもふ。女はこのおとこをとおもひつゝ、おやのあはすれどもきかでなむありける。さて、このとなりのおとこのもとよりかくなむ。
をむな、返し
などいひいひて、つゐにほいのごとくあひにけり。さてとしごろふるほどに、女、おやなくたよりなくなるまゝに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、かうちのくに、たかやすのこほりに、いきかよふ所いできにけり。さりけれど、このもとの女、あしとおもへるけしきもなくて、いだしやりければ、おとこ、こと心ありてかゝるにやあらむと思ひうたがひて、せんざいのなかにかくれゐて、かうちへいぬるかほにて見れば、この女、いとようけさうじて、うちながめて
とよみけるをきゝて、かぎりなくかなしと思て、かうちへもいかずなりにけり。まれまれかのたかやすにきて見れば、はじめこそ心にくもつくりけれ、いまはうちとけて、ゝづからいゐがひとりて、けこのうつはものにもりけるを見て、心うがりていかずなりにけり。さりければ、かの女、やまとの方を見やりて、
といひて見いだすに、からうじてやまと人、こむといへり。よろこびてまつにたびたびすぎぬれば、
といひけれど、おとこすまずなりにけり。
二四
昔、おとこ、かたゐなかにすみけり。おとこ、宮づかへしにとて、わかれおしみてゆきにけるまゝに三とせこざりければ、まちわびたりけるに、いとねむごろにいひける人に、こよひあはむとちぎりたりけるを、このおとこきたりけり。このとあけたまへとたゝきけれど、あけで、うたをなむよみていだしたりける。
といひいだしたりければ、
といひて、いなむとしければ、女、
といひけれど、おとこかへりにけり。女いとかなしくて、しりにたちてをひゆけど、えをひつかで、し水のある所にふしにけり。そこなりけるいはに、およびのちしてかきつけゝる。
とかきて、そこにいたづらになりにけり。
二五
むかし、おとこありけり。あはじともいはざりける女の、さすがなりけるがもとにいひやりける。
いろごのみなる女、返し、
二六
むかし、おとこ、五条わたりなりける女を、えゝずなりにけることゝ、わびたりける人の返ごとに、
二七
むかし、おとこ、女のもとにひとよいきて、又もいかずなりにければ、女のてあらふところにぬきすをうちやりて、たらひのかげに見えけるを、みづから、
とよむをかのこざりけるおとこたちきゝて、
二八
むかし、いろごのみなりける女、いでゝいにければ、
二九
むかし春宮の女御の御方の花の賀に、めしあづけられたりけるに
三○
むかし、おとこ、はつかなりける女のもとに、
三一
昔、宮のうちにて、あるごたちのつぼねのまへをわたりけるに、なにのあたにかおもひけむ、よしやくさばなのならむさが見む、といふ。おとこ
といふを、ねたむ女もありけり。
三二
むかし、ものいひける女に、としごろありて、
といへりけれど、なにともおもはずやありけむ。
三三
むかし、おとこ、つのくに、むばらのこほりにかよひける女、このたびいきては又はこじと思へるけしきなれば、おとこ、
返し、
ゐなか人の事にては、よしやあしや。
三四
昔、おとこ、つれなかりける人のもとに
おもなくていへるなるべし。
三五
むかし、心にもあらでたえたる人のもとに
三六
むかし、わすれぬるなめりと、ゝひごとしける女のもとに、
三七
むかし、おとこ、いろごのみなりける女にあへりけり。うしろめたくやおもひけむ。
返し、
三八
むかし、紀の有つねがりいきたるに、ありきてをそくきけるに、よみてやりける。
返し、
三九
むかし、さいゐんのみかどゝ申すみかどおはしましけり。そのみかどのみこ、たかいこと申すいまそかりけり。そのみこうせたまひて、おほむはふりの夜、その宮のとなりなりけるおとこ、御はふり見むとて、女くるまにあひのりていでたりけり。いとひさしうゐていでたてまつらず。うちなきて、やみぬべかりかるあひだに、あめのしたのいろこのみ、源のいたるといふ人、これもゝの見るに、この車を女くるまと見て、よりきてとかくなまめくあひだに、かのいたる、ほたるをとりて、女のくるまにいれたりけるを、くるまなりける人、このほたるのともす火にや見ゆるらむ、ともしけちなむずるとて、のれるおとこのよめる。
かのいたる、かへし、
あめのしたのいろごのみのうたにては、猶ぞ有ける。いたるは、したがふがおほぢ也。みこのほいなし。
四○
むかし、わかきおとこ、けしうはあらぬ女を思ひけり。さかしらするおやありて、おもひもぞつくとて、この女をほかへをひやらむとす。さこそいへ、いまだをいやらず。人のこなれば、まだこゝろいきおひなかりければ、とゞむるいきおひなし。女もいやしければ、すまふちからなし。さるあひだに、おもひはいやまさりにまさる。にはかにおや、この女をゝひうつ。おとこ、ちのなみだをながせども、とゞむるよしなし。ゐていでゝいぬ。おとこ、なくなくよめる。
とよみてたえいりにけり。おやあはてにけり。猶思ひてこそいひしか、いとかくしもあらじとおもふに、しんじちにたえいりにければ、まどひて願たてけり。けふのいりあひ許にたえいりて、又の日のいぬの時ばかりになむ、からうじていきいでたりける。むかしのわか人は、さるすける物おもひをなむしける。いまのおきな、まさにしなむや
四一
昔、女はらからふたりありけり。ひとりはいやしきおとこのまづしき、ひとりはあてなるおとこもたりけり。いやしきおとこもたる、しはすのつごもりに、うへのきぬをあらひてゝづからはりけり。心ざしはいたしけれど、さるいやしきわざもならはざりければ、うへのきぬのかたをはりやりてけり。せむかたもなくて、たゞなきになきけり。これをかのあてなるおとこきゝて、いと心ぐるしかりければ、いときよらなるろうさうのうへのきぬを、見いでゝやるとて、
むさしのゝ心なるべし。
四二
昔、おとこ、いろごのみとしるしる、女をあひいへりけり。されどにくゝはたあらざりけり。しばしばいきけれど、猶いとうしろめたく、さりとて、いかではたえあるまじかりけり。なをはたえあらざりけるなかなりければふつかみか許、さはることありて、えいかでかくなむ。
ものうたがはしさによめるなりけり。
四三
むかし、かやのみこと申すみこおはしましけり。そのみこ、女をおぼしめして、いとかしこくめぐみつかうたまひけるを、人なまめきてありけるを、われのみと思けるを、又人きゝつけてふみやる。ほとゝぎすのかたをかきて、
といへり。この女、けしきをとりて、
時はさ月になむありける。おとこ、返し、
四四
むかし、あがたへゆく人にむまのはなむけせむとて、よびて、うとき人にしあらざりければ、いゑとうじさか月さゝせて、女のさうぞくかづけむとす。あるじのおとこ、うたよみて、ものこしにゆひつけさす。
このうたは、あるがなかにおもしろければ、心とゞめてよます、はらにあぢはひて。
四五
むかし、おとこありけり。人のむすめのかしづく、いかでこのおとこにものいはむと思けり。うちいでむことかたくやありけむ、ものやみになりて、しぬべき時に、かくこそ思ひしか、といひけるを、おやきゝつけて、なくなくつげたりければ、まどひきたりけれどしにければ、つれづれとこもりをりけり。時はみな月のつごもり、いとあつきころをひに、よゐはあそびをりて、夜ふけて、やゝすゞしき風ふきけり。ほたるたかうとびあがる。このおとこ、見ふせりて、
四六
むかし、おとこ、いとうるはしきともありけり。かた時さらずあひおもひけるを、人のくにへいきけるを、いとあはれと思て、わかれにけり。月日へてをこせたるふみに、あさましくえたいめんせで、月日のへにけること、わすれやしたまひにけむといたくおもひわびてなむ侍。世中の人の心は、めかるればわすれぬべきものにこそあれめ、といへりければ、よみてやる。
四七
むかし、おとこ、ねむごろにいかでと思女ありけり。されど、このおとこをあだなりときゝて、つれなさのみまさりつゝいへる。
返し、おとこ、
四八
むかし、おとこありけり。むまのはなむけせむとて、人をまちけるに、こざりければ、
四九
むかし、おとこ、いもうとのいとおかしげなりけるを見をりて、
ときこえけり。返し、
五○
むかし、おとこ有けり。うらむる人をうらみて、
といへりければ
又、おとこ、
又、女、返し、
又、おとこ、
あだくらべ、かたみにしけるおとこ女の、しのびありきしけることなるべし。
五一
むかし、おとこ、人のせんざいにきくうへけるに、
五二
むかし、おとこありけり。人のもとよりかざりちまきをゝこせたりける返ごとに
とて、きじをなむやりける。
五三
むかし、おとこ、あひがたき女にあひて、物がたりなどするほどに、とりのなきければ、
五四
むかし、おとこ、つれなかりける女にいひやりける。
五五
むかし、おとこ、思ひかけたる女の、えうまじうなりてのよに、
五六
昔、おとこ、ふしておもひおきておもひ、おもひあまりて、
五七
むかし、おとこ、人しれぬ物思ひけり。つれなき人のもとに、
五八
むかし、心つきていろごのみなるをとこ、ながをかといふ所に、いゑつくりてをりけり。そこのとなりとなりける宮はらに、こともなき女どもの、ゐなかなりければ、田からむとて、このをとこのあるを見て、いみじのすきものゝしわざやとて、あつまりていりきければ、このおとこ、にげておくにかくれにければ、女、
といひて、この宮にあつまりきゐてありければ、おとこ
とてなむいだしたりける。この女ども、ほひろはむといひければ、
五九
むかし、おとこ、京をいかゞおもひけむ、ひむがし山にすまむとおもひいりて、
かくて、物いたくやみて、しにいりたりければ、おもてに水そゝぎなどして、いきいでゝ、
となむいひて、いきいでたりける。
六○
昔、をとこ有けり。宮づかへいそがしく、心もまめならざりけるほどのいへとうじ、まめにおもはむといふ人につきて、人のくにへいにけり。このおとこ、宇佐のつかひにていきけるに、あるくにのしぞうの官人のめにてなむあるときゝて、女あるじにかはらけとらせよ、さらずはのまじ、といひければ、かはらけとりていだしたりけるに、さかなゝりけるたちばなをとりて、
といひけるにぞ思ひいでゝ、あまになりて、山にいりてぞありける。
六一
むかし、をとこ、つくしまでいきたりけるに、これはいろこのむといふすき物とすだれのうちなる人のいひけるをきゝて、
女、返し、
六二
むかし、年ごろをとづれざりける女、心かしこくやあらざりけむ、はかなき人の事につきて、人のくになりける人につかはれて、もと見し人のまへにいできて、物くはせなどしけり。よさり、この有つる人たまへ、とあるじにいひければ、をこせたりけり。おとこ、われをばしるやとて、
といふをいとはづかしと思ひて、いらへもせでゐたるを、などいらへもせぬといへば、なみだのこぼるゝにめを見えず、物もいはれず、といふ。
といひて、きぬゝぎてとらせけれど、すてゝにげにけり。いづちいぬらむともしらず。
六三
むかし、世心づける女、いかで心なさけあらむおとこにあひえてしがなとおもへど、いひいでむもたよりなさに、まことならぬゆめがたりをす。子三人をよびてかたりけり。ふたりのこは、なさけなくいらへてやみぬ。さぶらうなりける子なむ、よき御おとこぞいでこむ、とあはするに、この女けしきいとよし。こと人はいとなさけなし。いかでこの在五中将にあはせてしがなと思ふ心あり、かりしありきけるに、いきあひて、道にてむまのくちをとりて、かうかうなむ思ふ、といひければ、あはれがりて、きてねにけり。さてのち、おとこ見えざりければ女、おとこのいゑにいきてかいまみけるを、をとこほのかに見て、
とていでたつけしきを見て、むばら、からたちにかゝりて、いゑにきてうちふせり。おとこ、かの女のせしやうにしのびてたてりて見れば、女なげきてぬとて、
とよみけるを、ゝとこあはれと思ひて、そのよはねにけり。世中のれいとして、おもふをば思ひ、おもはぬをばおもはぬものを、この人は、思ふをもおもはぬをも、けぢめ見せぬ心なむ有りける。
六四
昔、おとこ女、みそかにかたらふわざもせざりければ、いづくなりけむ、あやしさによめる。
返し、
六五
むかし、おほやけおぼして、つかうたまふ女の、いろゆるされたるありけり。おほみやすん所とていますかりけるいとこなりけり。殿上にさぶらひけるありはらなりけるおとこの、まだいとわかゝりけるを、この女あひしりたりけり。おとこ、女がたゆるされたりければ、女のある所にきて、むかひをりければ、女、いとかたはなり、身もほろびなむ、かくなせそ、といひければ、
といひて、ざうしにおりたまへれば、れいのこのみざうしには、人の見るをもしらでのぼりゐければ、この女、おもひわびてさとへゆく。されば、なにのよき事と思ひて、いきかよひければ、みなひときゝてわらひけり。つとめて、とのもづかさの見るに、くつはとりて、おくになげいれてのぼりぬ。かくかたはにしつゝありわたるに、身もいたづらになりぬべければ、つゐにほろびぬべしとて、このおとこ、いかにせむ、わがかゝるこゝろやめたまへと、ほとけ神にも申けれど、いやまさりにのみおぼえつゝ、なをわりなくこひしうのみおぼえければ、おむやうじ、かむなぎよびて、こひせじといふはらへのぐしてなむいきける。はらへけるまゝに、いとかなしきことかずまさりて、ありしよりけにこひしくのみおぼえければ
といひてなむいにける。このみかどはかほかたちよくおはしまして、ほとけの御なを御心にいれて、御こゑはいとたうとくて申たまふをきゝて、女はいたうなきけり。かゝるきみにつかうまつらで、すくせつたなくかなしきこと、このおとこにほだされてとてなむなきける。かゝるほどに、みかどきこしめしつけて、このおとこをば、ながしつかはしてければ、この女のいとこのみやすどころ、女をばまかでさせて、くらにこめてしおりたまふければ、くらにこもりてなく。
となきをれば、このおとこは、人のくにより夜ごとにきつゝ、ふえをいとおもしろくふきて、こゑはおかしうてぞあはれにうたひける。かゝれば、この女はくらにこもりながら、それにぞあなるとはきけど、あひ見るべきにもあらでなむありける。
とおもひをり。おとこは女しあはねば、かくしありきつゝ、人のくにゝありきてかくうたふ。
水のおの御時なるべし。おほみやすん所もそめどのゝきさきなり。五条のきさきとも。
六六
むかし、おとこ、つのくにゝしる所ありけるに、あにおとゝともだちひきゐて、なにはの方にいきけり。なぎさを見れば、舟どものあるを見て、
これをあはれがりて、人々かへりにけり。
六七
昔、男、せうえうしに、おもふどちかいつらねて、いづみのくにへきさらぎ許にいきけり。かうちのくに、いこまの山を見れば、くもりみ、はれみ、たちゐるくもやまず、あしたよりくもりて、ひるはれたり。雪いとしろう木のすゑにふりたり。それを見て、かのゆく人のなかに、たゞひとりよみける。
六八
むかし、おとこ、いづみのくにへいきけり。すみよしのこほり、すみよしのさと、すみよしのはまをゆくに、いとおもしろければ、おりゐつゝゆく。ある人、すみよしのはまとよめといふ。
とよめりければ、みな人々よまずなりにけり。
六九
昔、おとこ有けり。そのおとこ、伊勢のくにゝかりのつかひにいきけるに、かのいせの斎宮なりける人のおや、つねのつかひよりは、この人よくいたはれ、といひやれりければ、おやのことなりければ、いとねむごろにいたはりけり。あしたにはかりにいだしたてゝやり、ゆふさりはかへりつゝ、そこにこさせけり。かくてねむごろにいたづきけり。二日といふ夜、おとこ、われてあはむ、といふ。女もはた、あはじともおもへらず。されど、人めしげゝればえあはず。つかひざねとある人なれば、とをくもやどさず、女のねやもちかくありければ、女、ひとをしづめて、ねひとつ許に、おとこのもとにきたりけり。おとこ、はたねられざりければ、との方を見いだしてふせるに、月のおぼろげなるに、ちひさきわらはをさきにたてゝ、人たてり。おとこ、いとうれしくて、わがぬるところにゐていりて、ねひとつより、うしみつまであるに、まだなにごともかたらはぬにかへりにけり。おとこ、いとかなしくて、ねずなりにけり。つとめて、いぶかしけれど、わが人をやるべきにしあらねば、いと心もとなくてまちをれば、あけはなれてしばしあるに、女のもとより、ことばゝなくて、
おとこ、いといたうなきてよめる。
とよみてやりて、かりにいでぬ。野にありけど心はそらにて、こよひだに人しづめて、いととくあはむとおもふに、くにのかみ、いつきの宮のかみかけたる、かりのつかひありときゝて、よひとよ、さけのみしければ、もはらあひ事もえせで、あけばおはりのくにへたちなむとすれば、おとこも人しれずちのなみだをながせど、えあはず。夜やうやうあけなむとするほどに、女がたよりいだすさかづきのさらに、うたをかきていだしたり。とりて見れば、
とかきて、すゑはなし。そのさか月のさらに、ついまつのすみして、うたのすゑをかきつぐ。
とて、あくればおはりのくにへこえにけり。斎宮は水のおの御時。文徳天皇の御女、これたかのみこのいもうと。
七○
むかし、おとこ、かりのつかひよりかへりきけるに、おほよどのわたりにやどりて、いつきの宮のわらはべにいひかけゝる。
七一
むかし、おとこ、伊勢の斎宮に、内の御つかひにてまいれりければ、かの宮にすきごといひける女、わたくし事にて、
おとこ、
七二
むかし、おとこ、伊勢のくになりける女、又えあはで、となりのくにへいくとていみじううらみければ、女
七三
昔、そこにはありときけど、せうそこをだにいふべくもあらぬ女のあたりを思ひける。
七四
むかし、おとこ、女をいたうゝらみて、
七五
むかし、おとこ、伊勢のくにゝゐていきてあらむ、といひければ女、
といひて、ましてつれなかりければ、おとこ、
女、
又、おとこ、
世にあふことかたき女になむ。
七六
むかし、二条のきさきの、まだ春宮のみやすん所と申ける時、氏神にまうで給けるに、このゑづかさにさぶらひけるおきな、人々のろくたまはるついでに、御くるまよりたまはりて、よみてたてまつりける。
とて、心にもかなしとや思ひけむ、いかゞ思ひけむ、しらずかし。
七七
むかし、田むらのみかどゝ申すみかどおはしましけり。その時の女御、たかきこと申すみまそかりけり。それうせたまひて、安祥寺にて、みわざしけり。人々さゝげものたてまつりけり。たてまつりあつめたる物、ちさゝげばかりあり。そこばくのさゝげものを木のえだにつけて、だうのまへにたてたれば、山もさらにだうのまへにうごきいでたるやうになむ見えける。それを、右大将にいまそかりけるふぢはらのつねゆきと申すいまそかりて、かうのをはるほどに、うたよむ人々をめしあつめて、けふのみわざを題にて、春の心ばえあるうたゝてまつらせ給。右のむまのかみなりけるおきな、めはたがひながらよみける。
とよみたりけるを、いま見ればよくもあらざりけり。そのかみはこれやまさりけむ、あはれがりけり。
七八
むかし、たかきこと申す女御おはしましけり。うせ給て、なゝなぬかのみわざ安祥寺にてしけり。右大将ふぢはらのつねゆきといふ人いまそかりけり。そのみわざにまうで給ひて、かへさに山しなのぜんじのみこおはします、その山しなの宮に、たきおとし、水はしらせなどして、おもしろくつくられたるにまうでたまうて、としごろよそにはつかうまつれど、ちかくはいまだつかうまつらず。こよひはこゝにさぶらはむ、と申したまふ。みこよろこびたまうて、よるのおましのまうけせさせたまふ。さるに、この大将、いでゝたばかりたまふやう、宮づかへのはじめに、たゞなをやはあるべき。三条のおほみゆきせし時、きのくにの千里のはまにありける、いとおもしろきいしたてまつれりき。おほみゆきのゝちたてまつれりしかば、ある人のみざうしのまへのみぞにすへたりしを、しまこのみたまふきみなり。このいしをたてまつらむ、とのたまひて、みずいじん、とねりしてとりにつかはす。いくばくもなくてもてきぬ。このいし、きゝしよりは、見るはまされり。これをたゞにたてまつらばすゞろなるべしとて、人ゞにうたをよませたまふ。みぎのむまのかみなりける人のをなむ、あおきこけをきざみて、まきゑのかたにこのうたをつけてたてまつりける。
となむよめりける。
七九
むかし、うぢのなかにみこうまれたまへりけり。御うぶやに人々うたよみけり。御おほぢがたなりけるおきなのよめる。
これはさだかずのみこ、時の人、中将のことなむいひける。あにの中納言、ゆきはらのむすめのはら也。
八○
むかし、おとろへたるいへに、ふぢのはなうへたる人ありけり。やよひのつごもりに、その日あめそぼふるに、人のもとへおりてたてまつらすとてよめる。
八一
むかし、左のおほいまうちぎみいまそかりけり。かもがはのほとりに、六条わたりに、家をいとおもしろくつくりてすみたまひけり。神な月のつごもりかた、きくの花うつろひさかりなるに、もみぢのちぐさに見ゆるおり、みこたちおはしまさせて、夜ひとよさけのみしあそびて、夜あけもてゆくほどに、このとのゝおもしろきをほむるうたよむ。そこにありけるかたゐをきな、いたじきのしたにはひありきて、人にみなよませはてゝよめる。
となむよみける。みちのくにゝいきたりけるに、あやしくおもしろきところどころおほかりけり。わがみかど六十よこくの中に、しほがまといふ所にゝたるところなかりけり。さればなむ、かのおきなさらにこゝをめでゝ、しほがまにいつかきにけむとよめりける。
八二
むかし、これたかのみこと申すみこおはしましけり。山ざきのあなたに、みなせといふ所に宮ありけり。年ごとのさくらの花ざかりには、その宮へなむおはしましける。その時、みぎのむまのかみなりける人を、つねにゐておはしましけり。時よへてひさしくなりにければ、その人の名わすれにけり。かりはねむごろにもせで、さけをのみのみつゝ、やまとうたにかゝれりけり。いまかりするかたのゝなぎさのいへ、そのゐんのさくらことにおもしろし。その木のもとにおりゐて、えだをおりてかざしにさして、かみなかしも、みなうたよみけり、うまのかみなりける人のよめる、
となむよみたりける。又人のうた、
とて、その木のもとはたちてかへるに、日ぐれになりぬ。御ともなる人、さけをもたせて野よりいできたり。このさけをのみてむとて、よきところをもとめゆくに、あまのがはといふ所にいたりぬ。みこにむまのかみおほみきまいる。みこのゝたまひける。かたのをかりて、あまのがはのほとりにいたるをだいにて、うたよみてさかづきはさせ、とのたまうければ、かのむまのかみよみてたてまつりける。
みこ、哥を返ゞずじたまうて、返しえしたまはず、きのありつね御ともにつかうまつれり。それが返し、
かへりて宮にいらせたまひぬ。夜ふくるまでさけのみものがたりして、あるじのみこ、ゑひていりたまひなむとす。十一日の月もかくれなむとすれば、かのむまのかみのよめる。
みこにかはりたてまつりて、きのありつね、
八三
むかし、みなせにかよひたまひしこれたかのみこ、れいのかりしにおはしますともに、うまのかみなるおきなつかうまつれり。日ごろへて、宮にかへりたまうけり。御をくりしてとくいなむと思に、おほみきたまひ、ろくたまはむとて、つかはさゞりけり。このむまのかみ心もとながりて、
とよみける。時はやよひのつごもりなりけり。みこ、おほとのごもらであかしたまうてけり。かくしつゝまうでつかうまつりけるを、おもひのほかに、御ぐしおろしたまうてけり。む月におがみたてまつらむとて、をのにまうでたるに、ひえの山のふもとなれば、雪いとたかし。しゐてみむろにまうでゝおがみたてまつるに、つれづれといとものがなしくておはしましければ、やゝひさしくさぶらひて、いにしへの事など思ひいでゝきこえけり。さてもさぶらひてしがなとおもへど、おほやけごとゞもありければ、えさぶらはで、ゆふぐれにかへるとて、
とてなむなくなくきにける。
八四
むかし、おとこありけり。身はいやしながら、はゝなむ宮なりける。そのはゝ、ながをかといふ所にすみ給けり。子は京に宮づかへしければ、まうづとしけれど、しばしばえまうでず。ひとつごにさへありければ、いとかなしうしたまひけり。さるに、しはす許に、とみの事とて御ふみあり。おどろきて見れば、うたあり。
かの子、いたうゝちなきてよめる。
八五
むかし、おとこありけり。わらはよりつかうまつりけるきみ、御ぐしおろしたまうてけり。む月にはかならずまうでけり。おほやけの宮づかへしければ、つねにはえまうでず。されど、もとの心うしなはでまうでけるになむありける。むかしつかうまつりし人、ぞくなる、ぜんじなる、あまたまいりあつまりて、む月なれば事だつとて、おほみきたまひけり。ゆきこぼすがごとふりて、ひねもすにやまず。みな人ゑひて、雪にふりこめられたり、といふを題にて、うたありけり。
とよめりければ、みこいといたうあはれがりたまうて、御ぞぬぎてたまへりけり。
八六
むかし、いとわかきおとこ、わかき女をあひいへりけり。をのをのおやありければ、つゝみていひさしてやみにけり。年ごろへて女のもとに、猶心ざしはたさむとや思ひけむ、おとこ、うたをよみてやれりける。
とてやみにけり。おとこも女も、あひはなれぬ宮づかへになむいでにける。
八七
昔、男、つのくにむばらのこほり、あしやのさとにしるよしゝて、いきてすみけり。むかしのうたに、
とよみけるぞ、このさとをよみける。こゝをなむあしやのなだとはいひける。このおとこ、なまみやづかへしければ、それをたよりにて、ゑふのすけどもあつまりきにけり。このおとこのこのかみもゑふのかみなりけり。そのいへのまへの海のほとりにあそびありきて、いざ、この山のかみにありといふ、ぬのびきのたき見にのぼらむ、といひてのぼりて見るに、そのたき、物よりことなり。ながさ二十丈、ひろさ五丈ばかりなるいしのおもてに、しらぎぬにいはをつゝめらむやうになむありける。さるたきのかみに、わらうだのおほきさして、さしいでたるいしあり。そのいしのうへにはしりかゝる水は、せうかうじ、くりのおほきさにてこぼれおつ。そこなる人にみなたきのうたよます。かのゑふのかみまづよむ。
あるじ、つぎによむ。
とよめりければ、かたへの人、わらふ事にやありけむ、このうたにめでゝやみにけり。かへりくるみちとをくて、うせにし宮内卿もちよしが家のまへくるに、日くれぬ。やどりのかたを見やれば、あまのいさりする火、おほく見ゆるに、かのあるじのおとこよむ。
とよみて、家にかへりきぬ。その夜、みなみのかぜふきて、なみいとたかし。つとめて、その家のめのこどもいでゝ、うきみるの浪によせられたるひろひて、いへのうちにもてきぬ。女がたより、そのみるをたかつきにもりて、かしはをおほひていだしたる、かしはにかけり。
ゐなかびとのうたにては、あまれりやたらずや。
八八
むかし、いとわかきにはあらぬ、これかれともだちどもあつまりて、月を見て、それがなかにひとり、
八九
むかし、いやしからぬおとこ、われよりはまさりたる人を思ひかけて、としへける。
九○
むかし、つれなき人をいかでと思ひわたりければ、あはれとや思ひけむ、さらばあすものごしにても、といへりけるを、かぎりなくうれしく、又うたがはしかりければ、おもしろかりけるさくらにつけて、
といふ心ばへもあるべし。
九一
むかし、月日のゆくをさへなげくおとこ、三月つごもりがたに、
九二
むかし、こひしさにきつゝかへれど、女にせうそこをだにえせでよめる。
九三
むかし、おとこ、身はいやしくて、いとになき人を思ひかけたりけり。すこしたのみぬべきさまにやありけむ、ふしておもひ、おきておもひ、思ひわびてよめる。
むかしもかゝる事は、世のことはりにや有けむ。
九四
昔、おとこ有けり。いかゞありけむ、そのおとこすまずなりにけり。のちにおとこありけれど、子あるなかなりければ、こまかにこそあらねど、時ゞ物いひをこせけり。女がたに、ゑかく人なりければ、かきにやれりけるを、いまのおとこのものすとて、ひとひふつかをこせざりけり。かのおとこ、いとつらく、をのがきこゆる事をばいままでたまはねば、ことはりとおもへど、猶人をばうらみつべき物になむありけるとて、ろうじてよみてやれりける。時は秋になむありける。
となむよめりける。女、返し、
九五
昔、二条の后につかうまつるおとこありけり。女のつかうまつるを、つねに見かはして、よばひわたりけり。いかでものごしにたいめんして、おぼつかなく思ひつめたること、すこしはるかさむ、といひければ、をむな、いとしのびて、ものごしにあひにけり。物がたりなどして、おとこ
このうたにめでゝあひにけり。
九六
昔、男ありけり。女をとかくいふこと月日へにけり。いは木にしあらねば、心ぐるしとや思ひけむ、やうやうあはれと思ひけり。そのころ、みな月のもちばかりなりければ、女、身にかさひとつふたついできにけり。女、いひをこせたる。今はなにの心もなし。身にかさもひとつふたついでたり。時もいとあつし。すこし、秋風ふきたちなむとき、かならずあはむ、といへりけり。秋たつころをひに、こゝかしこより、その人のもとへいなむずなりとて、くぜちいできにけり。さりければ、この女のせうと、にはかにむかへにきたり。さればこの女かえでのはつもみぢをひろはせて、うたをよみて、かきつけてをこせたり。
とかきをきて、かしこより人をこせば、これをやれ、とていぬ。さて、やがてのちつゐにけふまでしらず。よくてやあらむ、あしくてやあらむ、いにし所もしらず。かのおとこはあまのさかてをうちてなむのろひをるなる。むくつけきこと、人のゝろひごとはおふ物にやあらむ、おはぬものにやあらむ、いまこそは見め、とぞいふなる。
九七
むかし、ほりかはのおほいまうちぎみと申、いまそかりけり。四十の賀、九条の家にてせられける日、中将なりけるおきな、
九八
むかし、おほきおほいまうちぎみときこゆる、おはしけり。つかうまつるおとこ、なが月許に、むめのつくりえだにきじをつけてたてまつるとて、
とよみたてまつりたりければ、いとかしこくをかしがりたまひて、つかひにろくたまへりけり。
九九
むかし、右近の馬場のひをりの日、むかひにたてたりけるくるまに、女のかほのしたすだれよりほのかに見えければ、中将なりけるおとこのよみてやりける。
返し、
のちはたれとしりにけり。
一○○
昔、男、後涼殿のはさまをわたりければ、あるやむごとなき人の御つぼねより、わすれぐさをしのぶぐさとやいふ、とて、いださせたまへりければ、たまはりて、
一○一
むかし、左兵衛督なりけるありはらのゆきひらといふ、ありけり。その人の家によきさけありと、うへにありける左中弁ふぢはらのまさちかといふをなむ、まらうどざねにて、その日はあるじまうけしたりける。なさけある人にて、かめに花をさせり。その花のなかに、あやしきふぢの花有けり。花のしなひ三尺六寸ばかりなむ有ける。それをだいにてよむ。よみはてがたに、あるじのはらからなる、あるじゝたまふときゝてきたりければ、とらへてよませける。もとよりうたのことはしらざりければ、すまひけれど、しゐてよませければ、かくなむ、
などかくしもよむ、といひければ、おほきおとゞのゑい花のさかりにみまそかりて、藤氏のことにさかゆるを思ひてよめる、となむいひける。みな人、そしらずなりにけり。
一○二
むかし、おとこ有けり。うたはよまざりけれど、世中を思ひしりたりけり。あてなる女のあまになりて、世中を思ひうんじて、京にもあらず、はるかなる山ざとにすみけり。もとしぞくなりければ、よみてやりける。
となむいひやりける。斎宮のみやなり。
一○三
むかし、おとこありけり。いとまめにじちようにて、あだなる心なかりけり。ふかくさのみかどになむつかうまつりける。心あやまりやしたりけむ、みこたちのつかひたまひける人をあひいへりけり。さて、
となむよみてやりける。さるうたのきたなげさよ。
一○四
昔、ことなる事なくてあまになれる人有けり。かたちをやつしたれど、ものやゆかしかりけむ、かものまつり見にいでたりけるを、おとこうたよみてやる。
これは斎宮の物見たまひけるくるまに、かくきこえたりければ、見さしてかへりたまひにけりとなむ。
一○五
昔、男、かくてはしぬべし、といひやりたりければ、女
といへりければ、いとなめしと思ひけれど、心ざしはいやまさりけり。
一○六
むかし、おとこ、みこたちのせうえうし給所にまうでゝ、たつたがはのほとりにて、
一○七
昔、あてなるおとこ有けり。そのおとこのもとなりける人を、内記にありけるふぢはらのとしゆきといふ人よばひけり。されどまだわかければ、ふみもおさおさしからず、ことばもいひしらず、いはむやうたはよまざりければ、このあるじなる人、あんをかきてかゝせてやりけり。めでまどひにけり。さて、おとこのよめる。
返し、れいのおとこ、女にかはりて、
といへりければ、おとこいといたうめでゝ、いまゝでまきて、ふばこにいれてありとなむいふなる。おとこ、ふみをこせたり。えてのちの事なりけり。あめのふりぬべきになむ見わづらひ侍。みさいはひあらば、このあめはふらじ、といへりければ、れいのおとこ、女にかはりてよみてやらす。
とよみてやれりければ、みのもかさもとりあへで、しとゞにぬれてまどひきにけり。
一○八
むかし、女、ひとの心をうらみて、
とつねのことぐさにいひけるを、きゝおひけるおとこ、
一○九
むかし、おとこ、ともだちの人をうしなへるがもとにやりける。
一一○
昔、おとこ、みそかにかよふ女ありけり。それがもとより、こよひゆめになむ見えたまひつる、といへりければ、おとこ、
一一一
むかし、おとこ、やむごとなき女のもとに、なくなりにけるをとぶらふやうにていひやりける。
返し、
又、返し
一一二
むかし、おとこ、ねむごろにいひちぎれる女の、ことざまになりにければ
一一三
むかし、おとこ、やもめにてゐて、
一一四
むかし、仁和のみかど、せり河に行かうし給ける時、いまはさる事にげなく思ひけれど、もとつきにける事なれば、おほたかのたかがひにてさぶらはせたまひける。すりかりぎぬのたもとにかきつけゝる。
おほやけの御けしきあしかりけり。をのがよはひを思ひけれど、わかゝらぬ人はきゝおひけりとや。
一一五
むかし、みちのくにゝて、おとこ女すみけり。おとこ、みやこへいなむといふ。この女、いとかなしうて、うまのはなむけをだにせむとて、おきのゐ宮こじまといふ所にて、さけのませてよめる。
一一六
昔、男、すゞろにみちのくにまでまどひいにけり。京に、おもふ人にいひやる。
なにごとも、みなよくなりにけり、となむいひやりける。
一一七
むかし、みかど、すみよしに行幸したまひけり。
おほむ神、げぎやうし給て、
一一八
むかし、をこと、ひさしくをともせで、わするゝ心もなし、まいりこむ、といへりければ、
一一九
むかし、女の、あだなるおとこのかたみとて、をきたる物どもを見て、
一二○
むかし、おとこ、女のまだよへずとおぼえたるが、人の御もとにしのびてものきこえて、のちほどへて、
一二一
むかし、おとこ、梅壷よりあめにぬれて、人のまかりいづるを見て、
返し、
一二二
むかし、をとこ、ちぎれる事あやまれる人に、
といひやれど、いらへもせず。
一二三
むかし、おとこありけり。深草にすみける女を、やうやうあきがたにや思ひけむ、かゝるうたをよみける。
女、返し、
とよめりけるにめでゝ、ゆかむと思ふ心なくなりにけり。
一二四
むかし、おとこ、いかなりける事を、おもひけるおりにかよめる。
一二五
昔、おとこ、わづらひて、心地しぬべくおぼえければ、



