夏相聞
[題詞]大伴坂上郎女歌一首
[原文]無暇 不来之君尓 霍公鳥 吾如此戀常 徃而告社
[訓読]暇なみ来まさぬ君に霍公鳥我れかく恋ふと行きて告げこそ
[仮名],いとまなみ,きまさぬきみに,ほととぎす,あれかくこふと,ゆきてつげこそ
[題詞]大伴四縄宴吟歌一首
[原文]事繁 君者不来益 霍公鳥 汝太尓来鳴 朝戸将開
[訓読]言繁み君は来まさず霍公鳥汝れだに来鳴け朝戸開かむ
[仮名],ことしげみ,きみはきまさず,ほととぎす,なれだにきなけ,あさとひらかむ
[題詞]大伴坂上郎女歌一首
[原文]夏野<之> 繁見丹開有 姫由理乃 不所知戀者 苦物曽
[訓読]夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ
[仮名],なつののの,しげみにさける,ひめゆりの,しらえぬこひは,くるしきものぞ
[題詞]小治田朝臣廣耳歌一首
[原文]霍公鳥 鳴峯乃上能 宇乃花之 Q事有哉 君之不来益
[訓読]霍公鳥鳴く峰の上の卯の花の憂きことあれや君が来まさぬ
[仮名],ほととぎす,なくをのうへの,うのはなの,うきことあれや,きみがきまさぬ
[題詞]大伴坂上郎女歌一首
[原文]五月之 花橘乎 為君 珠尓社貫 零巻惜美
[訓読]五月の花橘を君がため玉にこそ貫け散らまく惜しみ
[仮名],さつきの,はなたちばなを,きみがため,たまにこそぬけ,ちらまくをしみ
[題詞]紀朝臣豊河歌一首
[原文]吾妹兒之 家乃垣内乃 佐由理花 由利登云者 不<欲>云二似
[訓読]我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る
[仮名],わぎもこが,いへのかきつの,さゆりばな,ゆりといへるは,いなといふににる
[題詞]高安歌一首
[原文]暇無 五月乎尚尓 吾妹兒我 花橘乎 不見可将過
[訓読]暇なみ五月をすらに我妹子が花橘を見ずか過ぎなむ
[仮名],いとまなみ,さつきをすらに,わぎもこが,はなたちばなを,みずかすぎなむ
[題詞]大神女郎贈大伴家持歌一首
[原文]霍公鳥 鳴之登時 君之家尓 徃跡追者 将至鴨
[訓読]霍公鳥鳴きしすなはち君が家に行けと追ひしは至りけむかも
[仮名],ほととぎす,なきしすなはち,きみがいへに,ゆけとおひしは,いたりけむかも
[題詞]大伴田村大嬢与妹坂上大嬢歌一首
[原文]古郷之 奈良思乃岳能 霍公鳥 言告遣之 何如告寸八
[訓読]故郷の奈良思の岡の霍公鳥言告げ遣りしいかに告げきや
[仮名],ふるさとの,ならしのをかの,ほととぎす,ことつげやりし,いかにつげきや
[題詞]大伴家持<攀>橘花贈坂上大嬢歌一首[并短歌]
[原文]伊加登伊可等 有吾屋前尓 百枝刺 於布流橘 玉尓貫 五月乎近美 安要奴我尓 花咲尓家里 朝尓食尓 出見毎 氣緒尓 吾念妹尓 銅鏡 清月夜尓 直一眼 令覩麻而尓波 落許須奈 由<米>登云管 幾許 吾守物乎 宇礼多伎也 志許霍公鳥 暁之 裏悲尓 雖追雖追 尚来鳴而 徒 地尓令散者 為便乎奈美 <攀>而手折都 見末世吾妹兒
[訓読]いかといかと ある我が宿に 百枝さし 生ふる橘 玉に貫く 五月を近み あえぬがに 花咲きにけり 朝に日に 出で見るごとに 息の緒に 我が思ふ妹に まそ鏡 清き月夜に ただ一目 見するまでには 散りこすな ゆめと言ひつつ ここだくも 我が守るものを うれたきや 醜霍公鳥 暁の うら悲しきに 追へど追へど なほし来鳴きて いたづらに 地に散らせば すべをなみ 攀ぢて手折りつ 見ませ我妹子
[仮名],いかといかと,あるわがやどに,ももえさし,おふるたちばな,たまにぬく,さつきをちかみ,あえぬがに,はなさきにけり,あさにけに,いでみるごとに,いきのをに,あがおもふいもに,まそかがみ,きよきつくよに,ただひとめ,みするまでには,ちりこすな,ゆめといひつつ,ここだくも,わがもるものを,うれたきや,しこほととぎす,あかときの,うらがなしきに,おへどおへど,なほしきなきて,いたづらに,つちにちらせば,すべをなみ,よぢてたをりつ,みませわぎもこ
[題詞](大伴家持<攀>橘花贈坂上大嬢歌一首[并短歌])反歌
[原文]望降 清月夜尓 吾妹兒尓 令覩常念之 屋前之橘
[訓読]望ぐたち清き月夜に我妹子に見せむと思ひしやどの橘
[仮名],もちぐたち,きよきつくよに,わぎもこに,みせむとおもひし,やどのたちばな
[題詞]((大伴家持<攀>橘花贈坂上大嬢歌一首[并短歌])反歌)
[原文]妹之見而 後毛将鳴 霍公鳥 花橘乎 地尓落津
[訓読]妹が見て後も鳴かなむ霍公鳥花橘を地に散らしつ
[仮名],いもがみて,のちもなかなむ,ほととぎす,はなたちばなを,つちにちらしつ
[題詞]大伴家持贈紀女郎歌一首
[原文]瞿麥者 咲而落去常 人者雖言 吾標之野乃 花尓有目八方
[訓読]なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標めし野の花にあらめやも
[仮名],なでしこは,さきてちりぬと,ひとはいへど,わがしめしのの,はなにあらめやも



