續千載和歌集 (Shoku Senzai wakashū) — 續千載和歌集卷第十六 雜歌上 作者複数 (Various) Early 14th Century Shoku Senzai wakashū 續千載和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1319 しょくせんざいわかしゅう Shoku Senzai wakashū 續千載和歌集 しょくせんざいわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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續千載和歌集 › 續千載和歌集卷第十六 雜歌上 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
續千載和歌集 Shoku Senzai wakashū
作者複数 Various
續千載和歌集卷第十六 雜歌上
1629
圓光院入道前關白太政大臣
嶺松と云ふ事を
春日山ふりさけ見れば嶺に生ふる松は木高く年ふりに鳬
1630
法皇御製
嘉元の百首の歌めされしついでに
誰しかも松の心にたぐへけむ我に相生の身をあはせつゝ
1631
前大納言爲世
年もへぬ何をか今は斯て身の老となるをのまつことにせむ
1632
前大納言爲家
弘長の百首の歌奉りける時、曉
いたづらに老の寐覺のながき夜は我泪にぞ鳥もなきける
1633
正三位爲實
百首の歌奉りし時
いたづらに八聲の鳥はなれにけり仕へで聞かむ曉もがな
1634
前權僧正雲雅
名所の歌よみ侍りける中に
朝夕にあふぐ心にかゝるかなながらの山の峰のしらくも
1635
法皇御製
山中瀧水といふ事を
分入れば深きみ山の高嶺より落ちくる瀧の音のさやけさ
1636
西園寺入道前太政大臣
布引の瀧を見て
山ひめの手玉もゆらにおりはへて千尋にさらす布引の瀧
1637
按察使資平
題志らず
あま小舟今や出づらむ大島のなだの潮風ふきすさぶなり
1638
井手左大臣
元正天皇難波の宮におましましける時
堀江には玉志かましを大君の御舟こがむと豫てしりせば
1639
讀人志らず
題志らず
芦の屋のなだの汐路を漕ぐ舟の跡なき浪に雲ぞかゝれる
1640
後二條院御製
難波潟あしべ遙に晴るゝ日は聲も長閑にたづぞ鳴くなる
1641
太宰權帥爲理
寳治の百首の歌奉りける時、岸苔
住吉のきしの岩根にむす苔のみどりに松の色やそふらむ
1642
讀人志らず
題志らず
朝日影さすや岡べの松の雪も消えあへぬまに春はきに鳬
1643
法皇御製
嘉元の百首の歌めされしついでに
いとゞ又民安かれといはふかな我が身世にたつ春の始は
1644
權中納言爲藤
前參議にて年久しく侍りしが還任の頃鶯をよみ侍りける
谷蔭にあらはれ初むる鶯のおなじ古巣に音こそなかるれ
1645
圓光院入道前關白太政大臣
嘉元の百首の歌奉りし時、鶯
九重のたけのそのよも忘られずきゝてなれにし鶯のこゑ
1646
前大納言資季
鶯の歌とてよみ侍りける
我身世にふりゆく年を重ねきて幾春きゝつうぐひすの聲
1647
法務公紹
春の歌の中に
いたづらに我が身年ふる山かげになほ春志らで殘る白雪
1648
入道前太政大臣
春くれば外山のみ雪消えにけり我が老らくの年は積れど
1649
正三位實綱
山はなほみ雪しふれどかげろふのもゆる野原の春の早蕨
1650
山本入道前太政大臣女
河の瀬に亂れてうつる青柳のみどりは波の色かとぞ見る
1651
平時村朝臣
たが里にまづ咲く梅の匂ひきてかぜの便に人さそふらむ
1652
念阿法師
咲き殘る老木の梅に忍ぶかな難波の春のむかしがたりを
1653
入道前太政大臣
嘉元の百首の歌奉りし時、梅
色も香も忘れはてにし墨染の袖におどろく梅のしたかぜ
1654
土御門院御製
おなじ心を
植ゑ置きし梅のそのふや荒れぬらむ匂もよその故郷の春
1655
從二位家隆
吹きおくる朧月夜の春風に梅が香のみぞかすまざりける
1656
太政大臣
正應六年、内大臣にて、踏歌節會の内辨のつとめ侍りて程なく大臣辭し申して後、春月をよみ侍りける
今はとて雲居を出でしいざよひの睦月の月の影ぞ忘れぬ
1657
大江宗秀
題志らず
須磨の蜑の藻鹽の烟そのまゝに霞みなれたる春の夜の月
1658
前大僧正實超
哀れなる五十ぢの後の泪かなむかしも霞む月は見しかど
1659
道洪法師
かすむ夜のつきは昔の春ながらもとの身ならぬ墨染の袖
1660
如願法師
山里にこもりゐて侍りける頃述懷の歌よみ侍りけるに、歸雁を
故郷になきて歎くとことづてよ道行きぶりの春の雁がね
1661
法印覺寛
おなじ心を
歸る雁越路の空のしら雲にみやこの花のおもかげやたつ
1662
西園寺入道前太政大臣
建保四年百首の歌奉りける時
春雨は四方の草木をわかねども滋き惠は我が身なりけり
1663
後二條院御製
春雨を
淺みどりあまねき惠色に出でゝ野なる草木に春雨ぞふる
1664
法皇御製
侍花といへる心をよませ給うける
老が身の猶ながらへて今年又ふたゝび春の花や見るべき
1665
前大僧正禪助
寄花述懷といふ事を
花を見し身の思出をいざさらば六十ぢの春と人に語らむ
1666
後光明峰寺前攝政左大臣
花の歌の中に
後に又誰か忍ばむ植ゑ置きし花はやとせの春ぞへにける
1667
權少僧都能信
春ははや志た紐とけてからごろも龍田の山に匂ふ春かぜ
1668
平宗宣朝臣
開花をよめる
あふさかの山の櫻や咲きぬらむ雲間に見ゆる關の杉むら
1669
藤原隆氏朝臣
遠尋花といへる心を
誰か又花かとよそにたどるらむ分けつる跡の峰のしら雲
1670
法印長舜
前大納言爲世賀茂の社にて三首の歌合し侍りし時尋花と云ふ事を
匂はずば花のところも白雲のかさなる山に猶やまよはむ
1671
僧正道順
題志らず
分入りてこれより奥と思はねばみ山は花を長閑にぞ見る
1672
能譽法師
あくがるゝ心のまゝに尋ねきて山路のはてを花に見る哉
1673
大江宗秀
立ちまよふ色も匂も一つにて花にへだてぬ峰の志らくも
1674
祝部行親
よしさらばさながら花といひなさむ同じ梢の嶺のしら雲
1675
源重泰
吉野山おなじ櫻のいろながら折られぬ花や峯のしらくも
1676
祝部行氏
折らずとも人に語らむ山ざくら見る面影を家づとにして
1677
中臣祐親
老らくの挿頭に折らむさくら花この春ばかり人な咎めそ
1678
山田法師
人々あつまりて櫻の花の下に居てよめる
珍らしき物かはあやな櫻花こゝらの春にあかずもある哉
1679
赤染衛門
題志らず
志のぶべき人なき身こそ悲しけれ花は哀と誰か見ざらむ
1680
津守國助
ありて世のうきを知ればや山櫻芳野の奥の花となりけむ
1681
藤原泰宗
木のもとの暮れぬる後も山櫻殘るは花のひかりなりけり
1682
藤原定成朝臣
さくら色に山わけ衣うつろひぬかつ散りかゝる花の下道
1683
京極入道前關白家肥後
堀河院かくれさせ給うて後の春花をみけるついでに權中納言俊忠の許へ歌遣したりける返事を、中宮の女房の中に送りける由聞きて申し遣しける
櫻花雪と山路に降りしけばむべこそ人の踏みたがへけれ
1684
權中納言俊忠
返し
雪とふる花ならねども古を戀ふるなみだに迷ふとを知れ
1685
中務卿具平親王
題志らず
花散るとかけてもいはじ鶯の最ど音せずなりもこそすれ
1686
萬秋門院
定なき世を宇治河の瀧つ瀬にことわり知れと散る櫻かな
1687
光俊朝臣
花の枝に付けて民部卿資直がもとへ遣しける
今年猶ちり行く花を惜むまで殘るべき身と思ひやはせし
1688
平行氏
花の歌とてよめる
又とだに老いて頼まぬ別にはいよ/\散るも惜しき花哉
1689
順西法師
身のよその春とや風も思ふらむ宿にとめじと花さそふなり
1690
平師親
吹く風の誘はゞせめていかゞせむ心と花の散るぞ悲しき
1691
法眼兼譽
前大納言爲世よませ侍りし三首の歌に、落花を
花は皆散りはてぬらし筑波嶺の木のもとごとに積る白雪
1692
在原業平朝臣
山吹を
山吹の花も心のあればこそいはぬ色には咲きはじめけめ
1693
藤原爲顯
弘安の百首の歌奉りける時
墨ぞめの袂は春のよそなれば夏立ちかはる色だにもなし
1694
權中納言公雄
前僧正道性よませ侍りける三首の歌の中に、夏藤を
七十ぢの夏にかゝれる藤の花かざして老の波にまがへむ
1695
伏見院御製
夕卯花を
月と見てよるもやこえむ夕ぐれの籬の山にさけるうの花
1696
法印定爲
前大納言爲世よませ侍りし三首の歌に、卯花
身を隱すかひこそなけれ卯の花の浮世隔てぬ同じ垣根に
1697
法眼慶融
夏の歌の中に
世の中を厭ふ宿には植ゑ置きて身を卯の花の影に隱さむ
1698
右兵衞督基氏
昔こそ心にかゝれあふひ草神のみあれにいつかざしけむ
1699
法皇御製
道ありて亂れずもがな夏草のことしげき世に又も交らば
1700
後一條入道前關白左大臣
さゆりばのしられぬ宿と成やせむ跡なき庭の草の茂みに
1701
權大納言經繼
百首の歌奉りし時
おろかなる老の泪の露けきは夕日の影のやまとなでしこ
1702
賀茂定宣
題志らず
つれなさを我も語らむ時鳥おなじこゝろにまつ人もがな
1703
平時香
待ちわぶる山郭公ひと聲も鳴かぬに明くるみじか夜の空
1704
安部忠顯
思ひ寐の夢のたゞぢの時鳥覺めてもおなじ聲を聞かばや
1705
藤原景綱
故郷に誰聞きつらむほとゝぎす軒端の草の忍ぶはつ音を
1706
前中納言資名
此里を鳴きて過ぎつる郭公よそにもこよひ誰か聞くらむ
1707
高階宗俊朝臣
待つ程の心かよはゞほとゝぎす同じ初音を人もきくらむ
1708
尊空上人
まどろまで待ちつるものを時鳥夢かと聞きて驚かれぬる
1709
藤原頼氏
宵のまの月待ちいづる山の端にこゑもほのめく子規かな
1710
平義政
時鳥はつかの月の山の端を出でゝ夜ふかき空に鳴くなり
1711
眞淨法師
一こゑを人にはつげずほとゝぎす聞き定めむと思ふ心に
1712
藤原長經
聞けばまづそでこそぬるれ子規おのれや人に泪かすらむ
1713
藤原隆祐朝臣
故郷時鳥と云ふ事を
故郷と思ひな捨てそほとゝぎすなれも昔の聲はかはらじ
1714
藤原時親
題志らず
ほとゝぎす花たちばなに聞ゆなり昔忘れぬよゝのふる聲
1715
贈從三位爲子
五月四日昔今の事などのどかに申したりけるあしたに菖蒲につけて
とにかくに昔をかけし昨日より袖のうきねは猶も乾かず
1716
萬秋門院
御返し
我のみと昔をかけし袖の上に今日は浮根を又ぞ添へける
1717
入道前太政大臣
出家の後おとづれざりける人のもとへ、五月五日菖蒲の根を遣すとて
菖蒲草かけ離れても墨染の袖にはあらぬねぞかゝりける
1718
讀人志らず
返し
墨染の袖にかこちてあやめ草思はぬ方ぞかけはなれける
1719
法印宗圓
前大納言爲世よませ侍りし春日の社の三十首の歌の中に
たちばなの花もにほはぬ宿ならば何に昔を思ひ出でまし
1720
平宗宣朝臣
盧橘をよめる
行く末にさてもや人の忍ぶとてわが袖觸るゝ軒のたち花
1721
祝部成賢
にほひくるはな橘の袖の香にこの里人もむかし變ふらし
1722
藤原秀茂
羇中五月雨を
ぬれつゝもいくかきぬらむ旅衣かさなる山の五月雨の空
1723
前大納言爲家
弘長の百首の歌奉りけるとき、五月雨
五月雨の草の庵のよるの袖しづくも露もさてや朽ちなむ
1724
西音法師
題志らず
かくてしも世にふる身こそ哀なれ草の庵の五月雨のそら
1725
平貞宗
汐くまぬ隙だに袖や濡すらむ海士のとまやの五月雨の頃
1726
大江廣房
五月雨の雲のとだえの山の端に暫し見えつる月の影かな
1727
眞昭法師
みじか夜の月に浦こぐ舟人の浪路程なく明くるしのゝめ
1728
前大納言有房
嘉元の百首の歌奉りし時、螢
あつめこし窓の螢の光もて思ひしよりも身をてらすかな
1729
惟宗忠宗
題志らず
風わたるなつみの河の夕暮に山陰すゞし日ぐらしのこゑ
1730
靜仁法親王
御祓河なつ行く水の早き瀬にかけて凉しき波のしらゆふ
1731
後二條院御製
水邊納凉
凉しさは夕暮かけてむすぶ手の袖にせかるゝ山のした水
1732
惟康親王家右衛門督
世を遁れて後六月つごもりの日よみ侍りける
御祓せではや幾年になりぬらむ祈るべき身の命ならねば
1733
權大僧都聖尋母
初秋の心を
三島江の玉江のあしの一夜にも音こそかはれ秋のはつ風
1734
平時夏女
秋の歌の中に
思ひやるよそまで苦し織女の暮まつ程の今日のこゝろは
1735
前大僧正良信
いかにせむ秋にもあらぬ夕だにもの思ふ身はぬるゝ袂を
1736
紀宗信
さのみなど泪のとがとかこつらむ露にもぬるゝ老の袂を
1737
津守國夏
志ら玉か何ぞと問はむ打ちわたす遠方野べの秋の夕つゆ
1738
中務卿宗尊親王
あはれとも大方にこそ思ひしか今はうき身の秋の夕ぐれ
1739
伏見院御製
ふく風のうきになしてやかこたまし夕はまさる秋の哀を
1740
後二條院御製
いつ志かと初秋風の吹きしより袖にたまらぬ露の志ら玉
1741
前大僧正良信
人とはで年ふる軒の忘れ草身をあきかぜに露ぞこぼるゝ
1742
前大僧正道玄
心なきわが衣手に置く露や草のたもとのたぐひなるらむ
1743
入道二品法親王性助
家に五十首の歌よませ侍りけるに、述懷
世の中は秋の草葉をふく風の露もこゝろぞ止らざりける
1744
常磐井入道前太政大臣
修明門院四辻殿におはしましける頃庭のくさむら茂りて昔にもあらず見え侍りければ人の許へ申し遣しける
わけわびし露のかけても思ひきや君なきやどの庭の蓬生
1745
讀人志らず
返し
尋ねきて人の分けゝむ白露の頓て袖にもかゝりぬるかな
1746
式子内親王
正治の百首の歌奉りける時
荒れにける伏見の里の淺茅原むなしき露のかゝる袖かな
1747
太政大臣室
題志らず
露をだにはらひかねたる小山田の庵もる袖にすぐる村雨
1748
左大臣
幾夜われ稻葉の風を身にしめて露もる庵に寐覺しつらむ
1749
承空上人
秋きても訪はれずとてや津の國の生田の杜に鹿の鳴く覽
1750
今出河院近衛
侘び人の秋の寐覺はかなしきに鹿の音とほき山里もがな
1751
讀人志らず
天喜二年四月藏人所の歌合に、風
待つ人もなき宿なれど秋風の吹來る夜半はいこそ寐られね
1752
大江政國女
題志らず
芦火たく難波のこやに立つ烟月待つよひの空なへだてそ
1753
藤原親範
かつ晴るゝ霧のたえまの秋風を便になして出づる月かな
1754
行胤法師
あらし吹く峯にかゝれる浮雲の晴るゝ方より出づる月影
1755
前僧正道性
月送客と云ふ事を
歸るさの袖まで月はしたひきぬ人はおくらぬ秋の山路に
1756
津守國平
山家月
年經ぬる松のとぼそは朽ちぬとも獨やすまむ山の端の月
1757
藤原頼景
秋の歌の中に
雲はみなあらしの山の麓にてかつらの袖に月ぞくまなき
1758
源親長朝臣
秋をへて人もこぬみの濱風に幾夜の月のひとりすむらむ
1759
行觀法師
志賀の蜑の釣する袖に月さへて雲吹きかへす比良の山風
1760
入道前太政大臣
百首の歌奉りし時
喞つべきことわりもなき泪かな月見ぬ里はぬれぬ物かは
1761
平親世
前大納言爲氏月の頃まかるべき由申しけるがさも侍らざりければ申し遣しける
契り置く月の頃さへ過ぎ行けば廻り逢ふべき頼だになし
1762
前大納言爲氏
返し
山の端の月ははつかに成ぬれど廻り逢ふべき契をぞ待つ
1763
祝部成久
題志らず
夜もすがら袖の泪になれにけり物思ふころの秋の月かげ
1764
平行氏
宿るとも袖わく秋の月ならばうき身慰むかげやなからむ
1765
本如法師
うき事を思へばくもる泪かな身を忘れてぞ月は見るべき
1766
前大納言爲世
月前述懷を
いとゞ猶泪をそへて身の爲のうきを志らする月の影かな
1767
二品法親王覺助
弘安の百首の歌奉りける時
雲晴れてのどけき空の秋の月おもひなきよの光とぞ見る
1768
藤原保能
題志らず
見るまゝに光もよそになりにけりかづらき山の有明の月
1769
法印靜伊
誰かまた心とむらむきよみがた關もる波の秋の夜のつき
1770
中臣祐殖
さやかなる名をばとゞめて清見潟傾ぶく月に關守ぞなき
1771
藤原忠能
面影ぞなほ殘りけるいもが島かたみの浦のありあけの月
1772
法印清壽
かたしきの袖の秋風夜をさむみ寐ざめて聞けば衣うつ也
1773
大江經親
霜結ぶすゞの志のやの麻衣うつにつけてや夜寒なるらむ
1774
前大納言基良
我が袖に素より深き色を見よ峯の木の葉は今ぞしぐるゝ
1775
源清兼朝臣
色増る程こそ見えね村時雨そめてくれぬる山のもみぢ葉
1776
大中臣永胤朝臣
身のうさを思へば最ど世を秋の袖の時雨の晴るゝまぞなき
1777
清原元輔
風早み秋果て方の葛の葉のうらみつゝのみ世をもふる哉
1778
菅原孝標女
紅葉を人の折りて見せければ
孰くにも劣らじ物を我宿のよをあき果つる景色ばかりは
1779
前大納言實冬
永仁元年龜山殿の十首の歌に、幽居暮秋
世をすつる住みかにも猶惜む哉思ひなれにし秋の名殘を
1780
中原師宗朝臣
題志らず
暮れて行く秋の名殘を小鹽山志かも今宵や鳴き明すらむ
1781
高階成朝朝臣
後近衛關白前右大臣の家の歌合に、朝時雨
明けぬとて峯にわかるゝ横雲を空に殘してふる時雨かな
1782
權中納言公雄
時雨を
ながき夜の老の寐覺の泪だにかわかぬ袖に降る時雨かな
1783
院御製
三十首の歌よませ給うける時、初冬時雨
今日よりの時雨よ何の爲ならむ木葉は秋に染め盡してき
1784
前大納言基良
題志らず
いかにせむ頼む木蔭の時雨にもふりてなれにし秋の泪を
1785
大江廣茂
志がらきの外山にかゝる浮雲の行く方見えてふる時雨哉
1786
中臣祐臣
過ぎやすき時雨を風にさきだてゝ雲の跡行く冬の夜の月
1787
丹波尚長朝臣
とだえしてよそに成ぬと見る雲の又しぐれくる葛城の山
1788
大江貞廣
さらでだに時雨かさなる山の端に猶雲おくるよその木枯
1789
前大納言俊光
神無月のころ老會のもりを過ぐとて
我が身さへ老會の杜の木がらしに木の葉より猶降る泪哉
1790
藤原秀長
路落葉を
散るたびにもとこし道は埋れて木の葉の上をかよふ山人
1791
藤原經清朝臣
冬の歌の中に
苔衣猶袖さむし身のうへにふりゆく霜をはらひすてゝも
1792
前僧正道性
前大納言爲世人々にすゝめ侍りし春日の社の三十首の歌の中に
ふくとても秋にや歸る置く霜のしたはふくずに殘る夕風
1793
前大納言爲家
弘長二年龜山殿の十首の歌に、朝寒蘆
難波江や朝おく霜に折れふして殘るともなきよゝの葦原
1794
土御門院御製
題志らず
陽炎のをのゝ草葉の枯しより有るか無きかと問ふ人もなし
1795
永福門院
天少女袖ふる夜半の風さむみ月を雲居におもひやるかな
1796
權中納言兼信
さえくらす嵐の空の雲間よりかげも雪げにこほる月かな
1797
讀人志らず
浦風や吹きまさるらむこゆるぎの磯の波間に千鳥なくなり
1798
藤原範秀
滿つ潮に浦の干潟は見えわかで波より上に立つ千鳥かな
1799
津守經國
いにしへの和歌の浦ぢの友千鳥跡ふむ程の言の葉もがな
1800
式乾門院御匣
忍ぶべき人もやあると濱千鳥かき置く跡を世に殘すかな
1801
龜山院御製
弘安の百首の歌めされける次でに
にほの海や汀の干どりこゑ立てゝ歸らぬ波に昔戀ひつゝ
1802
雪の深く積りて侍りけるに性助法親王のもとに遣されける
むかしより今もかはらず頼みつる心の跡ぞ雪に見ゆべき
1803
入道二品法親王性助
御返し
たのみつる心の色のあとみえて雪にしらるゝ君が言の葉
1804
法眼行濟
前大納言爲世よませ侍りし春日の社の三十首の歌の中に
今は世にふりはてにける老が身の山とし高くつもる白雪
1805
二品法親王覺助
嘉元の百首の歌奉りし時、雪
降る雪といくへかうづむ吉野山見しは昔のすゞの志た道
1806
頓阿法師
題志らず
積れたゞ入りにし山の峰の雪うき世に歸る道もなきまで
1807
讀人志らず
ふりにける跡とも見えず葛城や豐浦の寺の雪のあけぼの
1808
前大納言爲家
爐火を
消えずとて頼むべきかは老がよのふくるに殘る閨の埋火
1809
藤原基任
歳暮の心を
老となるつらさも知らでいそがれし昔の年の暮ぞ戀しき
1810
津守國冬
嘉元の百首の歌奉りし時、歳暮
行きめぐる年は限もなき物を暮るゝをはてと何か思はむ
1811
從三位氏久
題志らず
この冬も氷をふみて暮れにけりいつか心の春に逢ふべき
1812
二品法親王覺助
嘉元の百首の歌奉りし時、歳暮
鏡山見てもものうき霜雪のかさなるまゝに暮るゝ年かな
1813
前大納言爲氏
弘安の百首の歌奉りし時
いまは身の雪につけても徒につもれば老の年もふりつゝ