太平記 (Taiheiki) — 太平記(国民文庫) 太平記巻第二十五 不明 (Anonymous) 1366-1379 Taiheiki 太平記 Anonymous 不明 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Fiction フィクション Japanese 日本語 Text 本文 1368 たいへいき Taiheiki 太平記 たいへいき Anonymous 不明 ふめい
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太平記 › 太平記(国民文庫) 太平記巻第二十五 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
太平記( 国民文庫 ) 太平記巻第二十五○持明院殿( ぢみやうゐんどのの ) 御即位( ごそくゐの ) 事( こと ) 付( つけたり ) 仙洞( せんとう ) 妖怪( えうくわいの ) 事( こと ) 貞和( ぢやうわ ) 四年十月二十七日( にじふしちにち ) 、後伏見( ごふしみの ) 院( ゐんの ) 御孫( おんまご ) 御年十六( じふろく ) にて御譲( おんゆづり ) を受( うけ ) させ給( たまひ ) て、同日内裏( だいり ) にて御元服( みげんぶく ) あり。剣璽( けんし ) を被渡て後、同二十八日( にじふはちにち ) に、萩原( はぎはらの ) 法皇の第一( だいいち ) の御子( みこ ) 、春宮( とうぐう ) に立( たた ) せ給ふ。御歳十三にぞ成( なら ) せ給ひける。卜部宿禰兼前( うらべのしくねかねさき ) 、軒廊( こんらう ) の御占( みうら ) を奉り、国郡( こくぐん ) を卜定有( ぼくぢやうあつ ) て、抜穂( ぬきぼ ) の使を丹波( たんばの ) 国( くに ) へ下さる。其( その ) 十月に行事所( ぎやうじところ ) 始め有( あつ ) て、已( すで ) に斉庁場所( さいちやうぢやうしよ ) を作らむとしける時、院の御所( ごしよ ) に、一( ひとつ ) の不思議( ふしぎ ) あり。二三歳許( ばかり ) なる童部( わらんべ ) の頭( かしら ) を、斑( まだら ) なる犬が噛( くはへ ) て、院の御所の南殿の大床の上にぞ居たりける。平明( へいめい ) に御隔子進( みかうしまゐら ) せける御所侍( ごしよさぶらひ ) 、箒( はうき ) を以て是( これ ) を打( うた ) むとするに、此( この ) 犬孫廂( まごびさし ) の方より御殿の棟木( むなぎ ) に上( のぼつ ) て、西に向ひ三声( みこゑ ) 吠( ほえ ) てかき消様( けすよう ) に失( うせ ) にけり。加様( かやう ) の夭怪( えうくわい ) 、触穢( しよくゑ ) に可成、今年の大甞会( だいじやうゑ ) を可被停止、且( かつう ) は先例を引( ひき ) 、且( かつう ) は法令に任( まかせ ) て可勘申、法家( ほふけ ) の輩( ともがら ) に被尋下。皆、「一年の触穢( しよくゑ ) にて候べし。」と勘申( かんがへまうし ) ける中に、前( さき ) の大判事( だいはんじ ) 明清( あききよ ) が勘状( かんじやう ) に、法令の文( ぶん ) を引( ひい ) て云( いはく ) 、「神道は依王道所用といへり。然らば只宜( よろしく ) 在叡慮。」とぞ勘申( かんがへまうし ) たりける。爰( ここ ) に神祇大副( しんぎのたいふ ) 卜部宿禰兼豊( うらべのしくねかねとよ ) 一人、大( おほき ) に忿( いかつ ) て申( まうし ) けるは、「如法意勘進( かんしん ) して非触穢儀、神道は無き物にてこそ候へ。凡( およそ ) 一陽( いちやう ) 分( わか ) れて後、清濁汚穢( せいだくわゑ ) を忌慎( いみつつし ) む事、故( ことさ ) ら是( これ ) 神道の所重也( なり ) 。而( しか ) るを無触穢儀、大礼( たいれい ) の神事無為( ぶゐに ) 被行、一流( ひとながれ ) の神書( しんしよ ) を火に入( いれ ) て、出家遁世( しゆつけとんせい ) の身と可罷成。」と無所憚申( まうし ) ける。若殿上人( わかてんじやうびと ) など是( これ ) を聞( きき ) て、「余( あま ) りに厳重なる申言( まうしこと ) 哉( かな ) 、少々は存( ぞんず ) る処有( あり ) とも残せかし。四海( しかい ) 若( もし ) 無事にして、一事( いちじ ) の無違乱大甞会( だいじやうゑ ) を被行ば、兼豊( かねとよ ) が髻( もとどり ) は不便( ふびん ) の事哉( かな ) 。」とぞ被笑ける。され共( ども ) 主上( しゆしやう ) も上皇も、此明清( このあききよ ) が勘文( かんもん ) 御心( おんこころ ) に叶ひてげにもと被思召ければ、今年( ことし ) 大甞会( だいじやうゑ ) を可被行とて武家へ院宣( ゐんぜん ) を被成下。武家是( これ ) を施行( しかう ) して、国々へ大甞会米( だいじやうゑまい ) を宛課( あておほ ) せて、不日( ふじつ ) に責( せめ ) はたる。近年は天下( てんが ) の兵乱打続( うちつづい ) て、国弊( つひえ ) 民苦( くるし ) める処に、君の御位恒( つね ) に替( かはつ ) て、大礼( たいれい ) 止時( やむとき ) 無( なか ) りしかば、人の歎( なげき ) のみ有( あつ ) て、聊( いささか ) も是( これ ) こそ仁政なれと思ふ事もなし。されば事騒( ことさわ ) がしの大甞会( だいじやうゑ ) や、今年( ことし ) は無( なく ) ても有( あり ) なんと、世皆脣( くちびる ) を翻( ひるがへ ) せり。
○宮方( みやかたの ) 怨霊( をんりやう ) 会六本杉事( こと ) 付( つけたり ) 医師( いし ) 評定( ひやうぢやうの ) 事( こと ) 仙洞( せんとう ) の夭怪( えうくわい ) をこそ、希代( きたい ) の事と聞( きく ) 処に、又仁和寺( にんわじ ) に一( ひとつ ) の不思議( ふしぎ ) あり。往来の禅僧、嵯峨より京へ返りけるが、夕立( ゆふだち ) に逢( あひ ) て可立寄方も無( なか ) りければ、仁和寺( にんわじ ) の六本杉の木陰( こかげ ) にて、雨の晴間( はれま ) を待( まち ) 居たりけるが、角( かく ) て日已( すで ) に暮( くれ ) にければ行前( ゆくさき ) 恐( おそろ ) しくて、よしさらば、今夜は御堂( みだう ) の傍( かたはら ) にても明( あか ) せかしと思( おもひ ) て、本堂の縁( えん ) に寄居( よりゐ ) つゝ、閑( しづか ) に念誦( ねんじゆ ) して心を澄( すま ) したる処に、夜( よ ) 痛く深( ふけ ) て月清明( せいめい ) たるに見れば、愛宕( あたご ) の山比叡の岳( だけ ) の方より、四方輿( しはうごし ) に乗( のり ) たる者、虚空( こくう ) より来集( きつどひ ) て、此( この ) 六本杉の梢にぞ並居( なみゐ ) たる。座定( さだまつ ) て後、虚空に引( ひき ) たる幔( まん ) を、風の颯( さつ ) と吹上( ふきあげ ) たるに、座中の人々を見れば、上座に先帝の御外戚( ごぐわいせき ) 、峯( みね ) の僧正( そうじやう ) 春雅( しゆんが ) 、香( かう ) の衣( ころも ) に袈裟( けさ ) かけて、眼は如日月光り渡り、觜( くちばし ) 長( ながう ) して鳶( とび ) の如( ごと ) くなるが、水精( すゐしやう ) の珠数( じゆず ) 爪操( つまぐり ) て坐し給へり。其( その ) 次に南都の智教( ちけう ) 上人、浄土寺( じやうどじ ) の忠円( ちゆうゑん ) 僧正( そうじやう ) 、左右に著座( ちやくざ ) し給へり。皆古( いにし ) へ見奉( たてまつり ) し形にては有( あり ) ながら、眼の光( ひかり ) 尋常( よのつね ) に替( かはつ ) て左右の脇より長翅( ながきつばさ ) 生出( おひいで ) たり。往来の僧是( これ ) を見て、怪( あや ) しや我( われ ) 天狗道( てんぐだう ) に落( おち ) ぬるか、将( はた ) 天狗( てんぐ ) の我( わが ) 眼に遮( さへぎ ) るかはと、肝心( きもたましひ ) も身にそはで、目もはなたず守( まも ) り居たる程に又空中より五緒( いつつを ) の車の鮮( あざやか ) なるに乗( のつ ) て来( きた ) る客( きやく ) あり。榻( しぢ ) を践( ふん ) で下( おるる ) を見れば、兵部卿( ひやうぶきやうの ) 親王( しんわう ) の未( いまだ ) 法体( ほつたい ) にて御座( ござ ) 有( あり ) し御貌( おんかたち ) 也( なり ) 。先に座( ざ ) して待( まち ) 奉る天狗共( てんぐども ) 、皆席を去( さつ ) て蹲踞( そんこ ) す。暫( しばらく ) 有( あつ ) て坊官かと覚( おぼ ) しき者一人、銀の銚子( てうし ) に金の盃( さかづき ) を取副( とりそへ ) て御酌( おんしやく ) に立( たち ) たり。大塔宮( おほたふのみや ) 御盃を召( めさ ) れて、左右に屹( きつ ) と礼有( あつ ) て、三度( さんど ) 聞召( きこしめし ) て閣( さしおか ) せ給へば、峯( みねの ) 僧正( そうじやう ) 以下( いげ ) の人人次第に飲流( のみなが ) して、さしも興( きよう ) ある気色( けしき ) もなし。良( やや ) 遥( はるか ) に有( あつ ) て、同時にわつと喚( をめ ) く声しけるが、手を挙( あげ ) て足を引( ひき ) かゝめ、頭( かしら ) より黒烟( くろけぶり ) 燃出( もえいで ) て、悶絶■地( もんぜつびやくぢ ) する事半時許( ばかり ) 有( あつ ) て、皆火に入る夏の虫の如くにて、焦( こが ) れ死( じに ) にこそ死( しにに ) けれ。穴( あな ) 恐しや、是( これ ) なめり、天狗( てんぐ ) 道の苦患( くげん ) に、熱鉄( ねつてつ ) のまろかしを日に三度( さんど ) 呑( のむ ) なる事はと思( おもひ ) て見( み ) 居たれば、二時計( ふたときばかり ) 有( あつ ) て、皆生出( いきいで ) 給へり。爰( ここ ) に峯( みねの ) 僧正( そうじやう ) 春雅( しゆんが ) 苦( くる ) し気( げ ) なる息をついて、「さても此( この ) 世中( よのなか ) を如何( いかが ) して又騒動せさすべき。」と宣( のたま ) へば、忠円僧正( そうじやう ) 末座より進出( すすみいで ) て、「其( それ ) こそ最( いと ) 安き事にて候へ。先( まづ ) 左兵衛( さひやうゑの ) 督( かみ ) 直義( ただよし ) は他犯戒( たぼんかい ) を持( たもつ ) て候間、俗人に於ては我( われ ) 程禁戒( きんかい ) を犯( をか ) さぬ者なしと思ふ我慢心( がまんしん ) 深く候。是( これ ) を我等( われら ) が依( よる ) 所なる大塔宮( おほたふのみや ) 、直義が内室( ないしつ ) の腹に、男子と成( なつ ) て生( うま ) れさせ給ひ候べし。又夢窓( むさう ) の法眷( ほつけん ) に妙吉侍者( めうきつじしや ) と云( いふ ) 僧あり。道行( だうぎやう ) 共( ども ) に不足して、我( われ ) 程の学解( がくげ ) の人なしと思へり。此( この ) 慢心我等( われら ) が伺( うかがふ ) 処にて候へば、峯の僧正( そうじやう ) 御房( ごばう ) 其( その ) 心に入替( いりかは ) り給( たまひ ) て、政道を輔佐( ふさ ) し邪法を説破( せつは ) させ給( たまふ ) べし。智教上人は上杉伊豆( いづの ) 守( かみ ) 重能( しげよし ) ・畠山( はたけやま ) 大蔵( おほくらの ) 少輔( せう ) が心に依託( えたく ) して、師直・師泰を失( うしな ) はんと計らはれ候べし。忠円は武蔵守( むさしのかみ ) ・越後( ゑちごの ) 守( かみ ) が心に入替( いりかはつ ) て、上杉畠山を亡( ほろ ) ぼし候べし。依之( これによつて ) 直義兄弟の中悪( なかあし ) く成り、師直主従( しうじゆう ) の礼に背( そむ ) かば、天下( てんが ) に又大( おほき ) なる合戦出来( いでき ) て、暫く見物は絶( たえ ) 候はじ。」と申せば、大塔宮( おほたふのみや ) を始進( はじめまゐら ) せて、我慢( がまん ) ・邪慢( じやまん ) の小天狗共( こてんぐども ) に至るまで、「いしくも計( はから ) ひ申( まうし ) たる哉( かな ) 。」と、一同に皆入興( じゆきよう ) して幻( うつつ ) の如( ごとく ) に成( なり ) にけり。夜( よ ) 明( あけ ) ければ、往来の僧京に出( いで ) 、施薬院師( せやくゐんし ) 嗣成( つぐなり ) に、此( この ) 事をこそ語りたりけれ。四五日有( あつ ) て後( のち ) 、足利左兵衛( さひやうゑの ) 督( かみ ) の北方( きたのかた ) 、相労( あひいたは ) る事有( あつ ) て、和気( わけ ) ・丹波の両流の博士( はかせ ) 、本道・外科( ぐくわ ) 一代の名医数十人( すじふにん ) 被招請て脈を取( とら ) せらるゝに、或( あるひ ) は、「御労( おんいたは ) り風より起( おこつ ) て候へば、風を治( ぢ ) する薬には、牛黄金虎丹( ごわうきんこたん ) ・辰沙天麻円( しんしやてんまゑん ) を合( あは ) せて御療治候べし。」と申す。或( あるひ ) は、「諸病は気より起る事にて候へば、気を収( をさむ ) る薬には、兪山人降気湯( ゆさんじんががうきたう ) ・神仙沈麝円( しんせんちんじやゑん ) を合( あは ) せてまいり候べし。」と申( まうす ) 。或( あるひ ) は、「此御労( このおんいたはり ) は腹の御病( おんやまひ ) にて候へば、腹病( ふくびやう ) を治( ぢ ) 〔す〕る薬には、金鎖正元丹( きんさしやうげんたん ) ・秘伝玉鎖円( ひでんぎよくさゑん ) を合( あはせ ) て御療治( おんれうぢ ) 候べし。」とぞ申( まうし ) ける。斯( かか ) る処に、施薬院師( せやくゐんし ) 嗣成( つぐなり ) 少( すこ ) し遅参( ちさん ) して、脈を取進( とりまゐら ) せけるが、何( いか ) なる病( やまひ ) とも不弁。病( やまひ ) 多しといへ共( ども ) 束( つかね ) て四種を不出。雖然泯散( びんさん ) の中に於て致料簡をけれ共( ども ) 、更に何( いづ ) れの病( やまひ ) 共( とも ) 不見、心中に不審を成( なす ) 処に、天狗共( てんぐども ) の仁和寺( にんわじ ) の六本杉にて評定しける事を屹( きつ ) と思出( おもひだ ) して、「是( これ ) 御懐姙( ごくわいにん ) の御脈( おんみやく ) にて候( さふらひ ) ける。しかも男子にて御渡( おんわたり ) 候べし。」とぞさゝやきける。当座に聞( きき ) ける者共( ものども ) 、「あら悪( にく ) の嗣成が追従( つゐしよう ) や、女房の四十に余( あまつ ) て始( はじめ ) て懐姙( くわいにん ) する事や可有。」口を噤( つく ) めぬ者は無( なか ) りけり。去( さる ) 程( ほど ) に月日重( かさなり ) 、誠( まこと ) に只ならず成( なり ) にければ、そゞろなる御労( おんいたは ) りとて、大薬を合( あは ) せし医師( いし ) は皆面目( めんぼく ) を失( うしなひ ) て、嗣成一人所領を給( たまは ) り、俸禄に預( あづか ) るのみならず、軈( やが ) て典薬頭( てんやくのかみ ) にぞ申成( まうしな ) されける。猶( なほ ) 懐姙誠( まこと ) しからず、月比( つきころ ) にならば、何( いか ) なる人の産( うみ ) たらむ子を、是( これ ) こそよとて懐( いだ ) き冊( かしづ ) かれむずらんとて、偏執( へんしふ ) の族( やから ) は申( まうし ) 合ひける処に、六月八日の朝、生産( せいざん ) 容易( たやすく ) して、而( しか ) も男子にてぞ坐( おは ) しける。蓬矢( よもぎのや ) の慶賀( けいが ) 天下( てんが ) に聞( きこ ) へしかば、源家の御一族( ごいちぞく ) 、其門葉( そのもんえふ ) 、国々の大名は中々不申及、人と肩をも双( なら ) べ、世に名をも知られたる公家武家の人々は、鎧・腹巻( はらまき ) ・太刀・々・馬・車・綾羅( りようら ) ・金銀( きんぎん ) 、我( われ ) 人にまさらんと、引出物( ひきでもの ) を先立( さきだて ) て、賀し申されける間、賓客( ひんかく ) 堂上( だうじやう ) に群集( くんじゆ ) し、僧俗門に立列( たちつらな ) る。後の禍( わざはひ ) をば未知( いまだしらず ) 、「哀( あつばれ ) 大果報( だいくわはう ) の少( をさな ) き人や。」と、云はぬ者こそ無( なか ) りけれ。
○藤井寺合戦( ふぢゐでらかつせんの ) 事( こと ) 楠帯刀( たてはき ) 正行( まさつら ) は、父正成( まさしげ ) が先年湊川へ下( くだ ) りし時、「思様( おもふやう ) あれば、今度の合戦に我は必ず打死すべし。汝( なんぢ ) は河内へ帰( かへつ ) て、君の何( いか ) にも成( なら ) せ給はんずる御様( おんさま ) を、見はて進( まゐら ) せよ。」と申含( まうしふく ) めしかば、其庭訓( そのていきん ) を不忘、此( この ) 十( じふ ) 余年( よねん ) 我( わが ) 身の長( ひととなる ) を待( まち ) 、討死せし郎従共( らうじゆうども ) の子孫を扶持( ふち ) して、何( いか ) にも父の敵を滅( ほろぼ ) し君の御憤( おんいきどほり ) を休( やす ) め奉らんと、明暮( あけくれ ) 肺肝( はいかん ) を苦( くる ) しめて思ひける。光陰過安( すぎやす ) ければ、年積( つもつ ) て正行( まさつら ) 已( すで ) に二十五、今年は殊更父が十三年の遠忌( ゑんき ) に当( あた ) りしかば、供仏施僧( くぶつせそう ) の作善( さぜん ) 如所存致して、今は命惜( をし ) とも不思ければ、其( その ) 勢五百( ごひやく ) 余騎( よき ) を率( そつ ) し、時々住吉( すみよし ) 天王寺( てんわうじ ) 辺( へん ) へ打出( うちいで ) 々々( うちいで ) 、中島( なかじま ) の在家少々焼払( やきはらつ ) て、京勢( きやうぜい ) や懸( かか ) ると待( まち ) たりける。将軍是( これ ) を聞給( ききたまひ ) て、「楠が勢( せい ) の分際( ぶんざい ) 思ふにさこそ有( あ ) らめ。是( これ ) に辺境( へんきやう ) を侵奪( をかしうばは ) れて、洛中( らくちゆう ) 驚き騒ぐこと、天下( てんがの ) 嘲哢( てうろう ) 武将の恥辱也( なり ) 。急ぎ馳向( はせむかつ ) て退治( たいぢ ) せよ。」とて、細川陸奥( むつの ) 守( かみ ) 顕氏( あきうぢ ) を大将にて、宇都宮( うつのみや ) 三河( みかはの ) 入道( にふだう ) ・佐々木( ささきの ) 六角判官・長( ちやうの ) 左衛門・松田次郎左衛門( じらうざゑもん ) ・赤松信濃( しなのの ) 守( かみ ) 範資( のりすけ ) ・舎弟( しやてい ) 筑前( ちくぜんの ) 守( かみ ) 範貞( のりさだ ) ・村田・奈良崎・坂西( ばんぜい ) ・坂東( ばんどう ) ・菅家( くわんけの ) 一族共( いちぞくども ) 、都合三千( さんぜん ) 余騎( よき ) 、河内( かはちの ) 国( くに ) へ差下( さしくだ ) さる。此( この ) 勢八月十四日の午剋( むまのこく ) に、藤井寺にぞ著( つい ) たりける。此( この ) 陣より楠が館( たち ) へは七里( しちり ) を隔( へだて ) たれば、縦( たと ) ひ急々に寄する共( とも ) 、明日か明後日かの間にぞ寄せんずらんと、京勢( きやうぜい ) 由断( ゆだん ) して或( あるひ ) は物具( もののぐ ) を解( とき ) て休息し、或( あるひ ) は馬鞍( むまのくら ) をおろして休める処に、誉田( こんだ ) の八幡宮の後( うし ) ろなる山陰( やまかげ ) に、菊水の旗一流( ひとながれ ) ほの見( み ) へて、ひた甲( かぶと ) の兵七百( しちひやく ) 余騎( よき ) 、閑々( しづしづ ) と馬を歩( あゆ ) ませて打寄( うちよ ) せたり。「すはや敵の寄( よせ ) たるは。馬に鞍をけ物具( もののぐ ) せよ。」とひしめき色めく処へ、正行真前( まつさき ) に進( すすん ) で、喚( をめい ) て懸入( かけい ) る。大将細川陸奥( むつの ) 守( かみ ) よろいをば肩に懸( かけ ) たれ共( ども ) 未( いまだ ) 上帯( うはおび ) をもしめ得ず、太刀を帯( はく ) べき隙( ひま ) もなく見へ給( たまひ ) ける間、村田の一族( いちぞく ) 六騎小具足計( こぐそくばかり ) にて、誰( た ) が馬ともなくひた/\と打乗( うちのつ ) て、如雲霞群りて磬( ひか ) へたる敵の中へ懸入( かけいつ ) て、火を散( ちら ) してぞ戦( たたかう ) たる。され共( ども ) つゞく御方なければ、大勢の中に被取篭、村田の一族( いちぞく ) 六騎は一所( いつしよ ) にて討( うた ) れにけり。其( その ) 間に大将も物具( もののぐ ) 堅( かた ) め、馬に打乗( うちのつ ) て、相順( あひしたが ) ふ兵百( ひやく ) 余騎( よき ) しばし支( ささへ ) て戦ふたり。敵は小勢( こぜい ) 也( なり ) 。御方( みかた ) は大勢( おほぜい ) 也( なり ) 。縦( たとひ ) 進( すすん ) で懸合( かけあは ) するまではなく共、引退( ひきしりぞ ) く兵だに無( なか ) りせば、此軍( このいくさ ) に京勢( きやうぜい ) 惣( すべ ) て負( まく ) まじかりけるを、四国中国より駈集( かりあつめ ) たる葉武者( はむしや ) 、前に支( ささ ) へて戦へば、後( うし ) ろには捨鞭( すてむち ) を打( うつ ) て引( ひき ) ける間、無力大将も猛卒も同様( おなじやう ) にぞ落行( おちゆき ) ける。勝( かつ ) に乗( のつ ) て時( とき ) を作懸( つくりかけ ) 々々( つくりかけ ) 追( おひ ) ける間、大将已( すで ) に天王寺( てんわうじ ) 渡部( わたなべ ) の辺( へん ) にては危( あやふ ) く見へけるを、六角判官舎弟( しやてい ) 六郎左衛門( ろくらうざゑもん ) 、返合( かへしあはせ ) て討( うた ) れにけり。又赤松信濃( しなのの ) 守( かみ ) 範資( のりすけ ) ・舎弟( しやてい ) 筑前( ちくぜんの ) 守( かみ ) 三百( さんびやく ) 余騎( よき ) 命を名に替( かへ ) て討死せんと、取( とつ ) ては返( かへ ) し/\、七八度( しちはちど ) まで蹈留( ふみとどまつ ) て戦( たたかひ ) けるに、奈良崎も主従三騎討( うた ) れぬ。粟生田( あふた ) 小太郎も馬を射られて討( うた ) れにけり。此等( これら ) に度々被支て、敵さまでも不追ければ、大将も士卒も危( あやふ ) き命を助( たすかつ ) て、皆京へぞ返( かへ ) り上( のぼ ) りにける。
○自伊勢進宝剣事( こと ) 付( つけたり ) 黄粱( くわうりやう ) 夢( ゆめの ) 事( こと ) 今年( ことし ) 、古( いにしへ ) 安徳( あんとく ) 天皇( てんわう ) の壇( だん ) の浦にて海底に沈( しづ ) めさせ給( たまひ ) し宝剣出来( いできた ) れりとて、伊勢( いせの ) 国( くに ) より進奏( しんそう ) す。其( その ) 子細を能々( よくよく ) 尋ぬれば、伊勢( いせの ) 国( くに ) の国崎神戸( くさきかんべ ) に、下野( しもつけの ) 阿闍梨( あじやり ) 円成( ゑんじやう ) と云( いふ ) 山法師( やまほふし ) あり。大神宮へ千日参詣の志有( あり ) ける間、毎日に潮( うしほ ) を垢離( こり ) にかいて、隔夜( かくや ) 詣( まうで ) をしけるが、已( すでに ) 千日に満( まんじ ) ける夜、又こりをかゝんとて、礒へ行( ゆき ) て遥( はるか ) の澳( おき ) を見るに、一( ひとつ ) の光物( ひかりもの ) あり。怪( あやし ) く思( おもひ ) て、釣( つり ) する海人( あま ) に、「あれは何物( なにもの ) の光りたるぞ。」と問( とひ ) ければ、「いさとよ何とは不知候。此( この ) 二三日が間毎夜( まいよ ) 此光物( このひかりもの ) 浪の上に浮( うかん ) で、彼方此方( かなたこなた ) へ流( ながれ ) ありき候間、船を漕( こぎ ) 寄せて取らんとし候へば、打失( うちうせ ) 候也( なり ) 。」とぞ答へける。かれを聞( きく ) に弥( いよいよ ) 不思議( ふしぎ ) に思( おもひ ) て、目も不放是( これ ) を守( まもり ) て、遠渚( とほきなぎさの ) 海づらを遥々( はるばる ) と歩行( あゆみゆく ) 処に、此( この ) 光物次第に礒へ寄( よつ ) て、円成( ゑんじやう ) が歩( あゆ ) むに随( したがひ ) てぞ流( ながれ ) て来( きたり ) ける。さては子細有( あり ) と思( おもひ ) て立留( たちとまり ) たれば、光物些( ちと ) 少( ちいさ ) く成( なつ ) て、円成( ゑんじやう ) が足許( もと ) に来( きた ) れり。懼( おそろ ) しながら立寄( たちよつ ) て取上( とりあげ ) たれば、金にも非( あら ) ず石にも非( あらざ ) る物( もの ) の、三鈷柄( さんこえ ) の剣( けん ) なんどのなりにて、長さ二尺( にしやく ) 五六寸( ごろくすん ) なる物にてぞ有( あり ) ける。是( これ ) は明月( めいげつ ) に当( あたつ ) て光を含( ふくむ ) なる犀( さい ) の角( つの ) か、不然海底に生( おふ ) るなる珊瑚樹( さんごじゆ ) の枝かなんど思( おもひ ) て、手に提( ひつさげ ) て大神宮へ参( まゐり ) たりける。爰( ここ ) に年十二三許( ばかり ) なる童部( わらんべ ) 一人、俄( にはか ) に物に狂( くるひ ) て四五丈飛上( とびあがり ) 々々( とびあがり ) けるが、思ふ事など問ふ人のなかるらんあふげば空に月ぞさやけきと云( いふ ) 歌を高らかに詠じける間、社人村老( そんらう ) 数百人( すひやくにん ) 集( あつまり ) て、「何( いか ) なる神の託( たく ) させ給ひたるぞ。」と問( とふ ) に、物付( つ ) き口走申( くちばしりまうし ) けるは、「神代( かみよ ) より伝( つたへ ) て我( わが ) 国( くに ) に三種( さんじゆ ) の神器( じんぎ ) あり。縦( たと ) ひ継体( けいたい ) の天子、位を継( つが ) せ給ふといへ共( ども ) 、此三( このみつ ) の宝なき時は、君も君たらず、世も世たらず。汝等是( これ ) を見ずや、承久( しようきう ) 以後代々( だいだい ) の王位軽( かろ ) くして、武家の為に威を失( うしなは ) せ給へる事、偏( ひとへ ) に宝剣の君の御守( おんまもり ) と成( なら ) せ給はで海底に沈( しづ ) める故( ゆゑ ) 也( なり ) 。剰( あまつさ ) へ今内侍所( ないしところ ) ・璽( しるし ) の御箱( みはこ ) さへ外都の塵に埋( うづも ) れて、登極( とうきよくの ) 天子空( むなし ) く九五( きうご ) の位( くらゐ ) に臨ませ給へり。依之( これによつて ) 四海( しかい ) 弥( いよいよ ) 乱( みだれ ) て一天( いつてん ) 未静( いまだしづかならず ) 。爰( ここ ) に百王鎮護( ちんご ) の崇廟( そうべう ) の神( かみ ) 、竜宮に神勅を被下て、元暦( げんりやく ) の古( いにし ) へ海底に沈( しづみ ) し宝剣を被召出たる者也( なり ) 。すは爰( ここ ) に立( たち ) て我を見るあの法師の手に持( もち ) たるぞ。便宜( びんぎ ) の伝奏( てんそう ) に属( つけ ) て此( この ) 宝剣を内裏( だいり ) へ進( まゐ ) らすべし。云処( いふところ ) 不審あらば是( これ ) を見よ。」とて、円成( ゑんじやう ) に走懸( はしりかかつ ) て、手に持( もち ) たる光物を取( とつ ) て、涙をはら/\と流し額より汗を流しけるが、暫く死入( しにいり ) たる体( てい ) に見へて、物( もの ) の気( け ) は則( すなはち ) 去( さり ) にけり。神託不審あるべきに非( あらざ ) れば、斎所( さいしよ ) を始として、見及( およぶ ) 処の神人等( じんにんら ) 連署( れんしよ ) の起請( きしやう ) を書( かい ) て、円成に与ふ。円成是( これ ) を錦( にしき ) の袋に入( いれ ) て懸頚、任託宣先( まづ ) 南都( なんと ) へぞ赴きける。春日( かすが ) の社( やしろ ) に七日参篭( さんろう ) して有( あり ) けるが、是( これ ) こそ事の可顕端( はし ) よと思ふ験( しるし ) も無( なか ) りければ、又初瀬( はつせ ) へ参( まゐり ) て、三日断食( だんじき ) をして篭( こも ) りたるに、京家( きやうけ ) の人よと覚( おぼ ) しくて、拝殿の脇に通夜( つや ) したる人の有( あり ) けるが、円成を呼寄( よびよせ ) て、「今夜の夢に伊勢の国より参( まゐつ ) て、此( この ) 三日断食( だんじき ) したる法師の申さんずる事を、伝奏( てんそう ) に挙達( きよたつ ) せよと云( いふ ) 示現( じげん ) を蒙( かうむつ ) て候。御辺( ごへん ) は若( もし ) 伊勢( いせの ) 国( くに ) よりや被参て候。」とぞ問( とひ ) ける。円成うれしく思( おもひ ) て、始( はじめ ) よりの有様を委細( ゐさい ) に語りければ、「我こそ日野( ひのの ) 大納言殿( だいなごんどの ) の所縁( しよえん ) にて候へ。此( この ) 人に属( つけ ) て被経奏聞候はん事、最( いと ) 安かるべきにて候。」とて、軈( やが ) て円成を同道し京に上( のぼつ ) て、日野( ひのの ) 前( さきの ) 大納言( だいなごん ) 資明( すけあきらの ) 卿( きやう ) に属( つい ) て、宝剣と斎所( さいしよ ) が起請( きしやう ) とをぞ出( いだし ) たりける。資明( すけあきらの ) 卿( きやう ) 事の様を能々( よくよく ) 聞給( ききたまひ ) て、「誠( まこと ) に不思議( ふしぎ ) の神託( しんたく ) 也( なり ) 。但( ただし ) 加様( かやう ) の事には、何( いか ) にも横句謀計( わうくぼうけい ) 有( あつ ) て、伝奏( てんそう ) の短才、人の嘲哢( てうろう ) となす事多ければ、能々事の実否( じつぶ ) を尋聞( たづねきき ) て、諸卿げにもと信( しん ) を取( とる ) 程の事あらば可奏聞。何様( いかさま ) 天下静謐( せいひつ ) の奇瑞なれば引出物( ひきでもの ) せよ。」とて、銀剣( ぎんけん ) 三振( みふり ) ・被物( きもの ) 十重( とかさね ) 、円成にたびて、宝剣をば前栽( せんざい ) に崇( あが ) め給へる春日( かすが ) の神殿にぞ納められける。神代の事をば、何( いか ) にも日本記( にほんぎ ) の家に可存知事なれば、委( くはし ) く尋( たづね ) 給はんとて、平野の社( やしろ ) の神主( かんぬし ) 、神祇( しんぎ ) の大副兼員( たいふかねかず ) をぞ召( めさ ) れける。大納言、兼員に向( むかつ ) て宣( のたま ) ひけるは、「抑( そもそも ) 三種( さんじゆ ) の神器( じんぎ ) の事、家々に相伝( さうでん ) し来( きた ) る義逼( まちまち ) 也( なり ) といへ共、資明( すけあきら ) は未是信( いまだこれをしんぜず ) 。画工闘牛( ぐわこうとうぎう ) の尾を誤( あやまつ ) て牧童に笑( わらは ) れたる事なれば、御辺( ごへん ) の被申候はん義を正路( せいろ ) とすべきにて候。聊以( いささかもつて ) 事( ことの ) 次( ついで ) に、此( この ) 事存知度( ぞんちしたき ) 事あり。委( くはし ) く宣説( せんせつ ) 候へ。」とぞ被仰ける。兼員( かねかず ) 畏( かしこまつ ) て申( まうし ) けるは、「御前( おんまへ ) にて加様( かやう ) の事を申( まうし ) 候はんは、只養由( やういう ) に弓を教へ、羲之( ぎし ) に筆を授( さづ ) けんとするに相似て候へ共( ども ) 、御尋( おんたづね ) ある事を申さゞらむも、又恐( おそれ ) にて候へば、伝( つたは ) る処の儀一事( いちじ ) も不残申さんずるにて候。先( まづ ) 天神七代と申( まうす ) は、第一( だいいち ) 国常立尊( くにとこたちのみこと ) 、第二( だいに ) 国挟槌尊( くにさづちのみこと ) 、第三( だいさん ) 豊斟渟尊( とよくんぬのみこと ) 。此( この ) 時天地( あめつち ) 開( ひら ) け始( はじめ ) て空中に物あり、葦芽( あしかび ) の如しといへり。其( その ) 後男神( をかみ ) に泥土瓊( うひぢにの ) 尊( みこと ) ・大戸之道( おほとのちの ) 尊( みこと ) ・面足( おもたるの ) 尊( みこと ) 、女神( めかみ ) に沙土瓊( すひぢにの ) 尊( みこと ) ・大戸間辺( おほとまべの ) 尊( みこと ) ・惶根( かしこねの ) 尊( みこと ) 。此( この ) 時男女の形( かたち ) 有( あり ) といへ共( ども ) 更に婚合( こんがふ ) の儀なし。其後( そののち ) 伊弉諾伊弉冊( いざなぎいざなみ ) の男神( をかみ ) 女神( めかみ ) の二神( ふたはしら ) 、天( あま ) の浮橋( うきはし ) の上にして、此下( このした ) に豈( あに ) 国( くに ) なからむやとて、天瓊鉾( あまのぬほこ ) を差下( さしおろ ) して、大海を掻捜( かきさぐ ) り給ふ。其鉾( そのほこさき ) の滴( しただり ) 、凝( こごつ ) て一( ひとつ ) の島となる、をのころ島是( これ ) 也( なり ) 。次に一( ひとつ ) の州( くに ) を産( うみ ) 給ふ。此州( このくに ) 余( あま ) りに少( ちひさ ) かりし故、淡路州( あはぢのくに ) と名付( なづく ) 、吾恥( わがはぢ ) の国と云( いふ ) 心なるべし。二神( ふたはしら ) 此( この ) 島に天降( あまくだ ) り給( たまひ ) て、宮造( みやつく ) りせんとし給ふに、葦原生繁( おひしげつ ) て所も無( なか ) りしかば、此葦( このあし ) を引捨( ひきすて ) 給ふに、葦を置( おき ) たる所は山となり、引捨( ひきすて ) たる跡( あと ) は河と成( なる ) 。二神( ふたはしら ) 夫婦( をつとめ ) と成( なつ ) て栖( すみ ) 給ふといへ共( ども ) 、未( いまだ ) 陰陽和合( いんやうわがふ ) の道を不知給。時に鶺鴒( にはくなぶり ) と云( いふ ) 鳥の、尾を土に敲( たたき ) けるを見給( たまひ ) て、始( はじめ ) て嫁( とつ ) ぐ事を習( ならひ ) て、喜哉( あなにえや ) 遇可美小女焉( と ) 読給( よみたまふ ) 。是( これ ) 和歌の始( はじめ ) なり。角( かく ) て四神( ししん ) を生( うみ ) 給ふ。日神( ひのかみ ) ・月( つきの ) 神・蛭子( ひるこ ) ・素盞烏尊( そさのをのみこと ) 是( これ ) 也( なり ) 。日( ひの ) 神と申( まうす ) は天照太神( あまてらすおほんがみ ) 、是( これ ) 日天子( につてんし ) の垂跡( すゐしやく ) 、月( つきの ) 神と申( まうす ) は、月読( つきよみ ) の明神( みやうじん ) 也( なり ) 。此御形( このおんかたち ) 余( あま ) りにうつくしく御坐( おはしまし ) 、人間の類( たぐひ ) にあらざりしかば、二親( にしん ) の御計( おんはから ) ひにて天に登( のぼ ) せ奉る。蛭子( ひるこ ) と申( まうす ) は、今の西宮( にしのみや ) の大明神( だいみやうじん ) にて坐( ましま ) す。生( うま ) れ給ひし後、三年迄御足不立して、片輪( かたは ) に坐( おは ) せしかば、いはくす船に乗( の ) せて海に放( はな ) ち奉る。かぞいろは何( いか ) に哀( あはれ ) と思ふらん三年( みとせ ) に成( なり ) ぬ足立( たた ) ずしてと読( よめ ) る歌是( これ ) 也( なり ) 。素盞烏( そさのをの ) 尊( みこと ) は、出雲の大社( おほやしろ ) にて御坐( おはしま ) す。此尊( このみこと ) 草木を枯( から ) し、禽獣の命を失ひ、諸( もろもろ ) 荒く坐( おは ) せし間、出雲の国へ流し奉る。三神如此或( あるひ ) は天に上( のぼ ) り、或( あるひ ) は海に放たれ、或( あるひは ) 流し給( たまひ ) し間、天照太神( あまてらすおほむかみ ) 此( この ) 国( くに ) の主( あるじ ) と成( なり ) 給ふ。爰( ここ ) に素盞烏( そさのをの ) 尊( みこと ) 、吾( われ ) 国( くに ) を取らんとて軍( いくさ ) を起( おこし ) て、小蝿( さばへ ) なす一千( いちせん ) の悪神を率( そつ ) して、大和( やまとの ) 国( くに ) 宇多野( うだの ) に、一千( いつせん ) の剣( つるぎ ) を掘り立( たて ) て、城郭( じやうくわく ) として楯篭( たてこも ) り給ふ。天照太神( あまてらすおほむかみ ) 是( これ ) をよしなき事に思召( おぼしめし ) て、八百万神達( やほよろづのかみたち ) を引具して、葛城( かづらき ) の天( あま ) の岩戸( いはと ) に閉( と ) ぢ篭( こも ) らせ給ひければ、六合内( くにのうち ) 皆常闇( とこやみ ) に成( なつ ) て、日月の光も見へざりけり。此( この ) 時に島根見尊( しまねみのみこと ) 是( これ ) を歎( なげき ) て、香久山( かぐやま ) の鹿を捕( とら ) へて肩の骨を抜き、合歓( はわか ) の木を焼( やい ) て、此( この ) 事可有如何と占( うら ) なはせ給ふに、鏡を鋳( い ) て岩戸の前にかけ、歌をうたはゞ可有御出( おんいで ) と、占( うら ) に出( いで ) たり。香久山の葉若( はわか ) の下( もと ) に占( うら ) とけて肩抜( かたぬく ) 鹿は妻恋( つまごひ ) なせそと読( よめ ) る歌は則( すなはち ) 此( この ) 意也( なり ) 。さて島根見( しまねみの ) 尊( みこと ) 、一千( いちち ) の神達( かみたち ) を語( かたら ) ひて、大和( やまとの ) 国( くに ) 天( あま ) の香久山に庭火( にはび ) を焼( た ) き、一面の鏡を鋳( い ) させ給ふ。此( この ) 鏡は思ふ様( やう ) にもなしとて被捨ぬ。今の紀州日前宮( にちぜんぐう ) の神体( しんたい ) 也( なり ) 。次に鋳( い ) 給ひし鏡よかるべしとて、榊( さかき ) の枝に著( つけ ) て、一千( いつせん ) の神達( かみたち ) を引( ひき ) 調子を調( そろ ) へて、神歌( かみうた ) を歌ひ給( たまひ ) ければ、天照太神( あまてらすおほんがみ ) 是( これ ) にめで給( たまひ ) て、岩根手力雄尊( いはねたぢからをのみこと ) に岩戸を少し開( ひら ) かせて、御顔を差出( さしいだ ) させ給へば、世界忽( たちまち ) に明( あきらか ) に成( なつ ) て、鏡に移( うつ ) りける御形永く消( きえ ) ざりけり。此( この ) 鏡を名付( なづけ ) て八咫( やた ) の鏡とも又は内侍所( ないしところ ) とも申( まうす ) 也( なり ) 。天照太神( あまてらすおほんがみ ) 岩戸を出( いで ) させ給て、八百万( やほよろづの ) 神達( かみたち ) を遣( つかは ) し、宇多野( うだの ) の城( じやう ) に掘立( ほりたて ) たる千の剣( つるぎ ) を皆蹴破( けやぶつ ) て捨( すて ) 給ふ。是( これ ) よりして千剣破( ちはやぶる ) とは申( まうし ) つゞくる也( なり ) 。此( この ) 時一千( いつせん ) の悪神は、小蛇( さばへ ) と成( なつ ) て失( うせ ) ぬ。素盞烏( そさのをの ) 尊( みこと ) 一人に成( なつ ) て、彼方此方( かなたこなた ) に迷行玉( まよひゆきたま ) ふ程に、出雲( いづもの ) 国( くに ) に行玉( ゆきたま ) ひぬ。海上に浮( うかん ) で流るゝ島あり。此( この ) 島は天照太神( あまてらすおほんがみ ) も知( しら ) せ給( たまふ ) べき所ならずとて、尊( みこと ) 御手( おんて ) にて撫留( なでとどめ ) て栖( すみ ) 給ふ。故( ゆゑ ) に此( この ) 島をば手摩島( たましま ) とは申( まうす ) 也( なり ) 。爰( ここ ) にて遥( はるか ) に見玉へば、清地( すが ) の郷( さと ) の奥( おく ) 、簸( ひ ) の川上( かはかみ ) に八色( やいろ ) の雲あり。尊( みこと ) 怪( あやし ) く思( おもひ ) て行( ゆき ) て見玉へば、老翁老婆( おきなうば ) 二人( ににん ) うつくしき小女( をとめ ) を中( なか ) に置( おき ) て、泣悲( なきかなし ) む事切( せつ ) 也( なり ) 。尊彼泣( かのなく ) 故を問( とひ ) 給へば、老翁( おきな ) 答( こたへ ) て曰( いはく ) 、「我をば脚摩乳( あしなづち ) 、うばをば手摩乳( てなづち ) と申( まうす ) 也( なり ) 。此( この ) 姫は老翁老婆( おきなうば ) が儲( まうけ ) たる孤子( ひとりご ) 也( なり ) 。名をば稲田姫( いなたひめ ) と申( まうす ) 也( なり ) 。近比( このごろ ) 此( この ) 所に八岐大蛇( やまたのをろち ) とて、八( やつ ) の頭( かしら ) ある大蛇( をろち ) 、山( やまの ) 尾七( ななつ ) 谷七( ななつ ) にはい渡( わたり ) て候が、毎夜( まいよ ) 人を以て食とし候間、野人村老( やじんそんらう ) 皆食尽( くひつくし ) 、今日を限( かぎり ) の別路( わかれぢ ) の遣方( やるかた ) もなき悲( かなし ) さに、泣臥( なきふす ) 也( なり ) 。」とぞ語( かたり ) ける。尊( みこと ) 哀( あはれ ) と思食( おぼしめし ) て、「此( この ) 姫を我にえさせば、此大蛇( このをろち ) を退治( たいぢ ) して、姫が命を可助。」と宣( のたまふ ) に、老翁( おきな ) 悦( よろこび ) て、「子細( しさい ) 候はじ。」と申( まうし ) ければ、湯津爪櫛( ゆづつまぐし ) を八作( やつつくつ ) て、姫が髻( もとどり ) にさし、八■( やしぼり ) の酒を槽( さかぶね ) に湛( たたへ ) て、其( その ) 上( うへ ) に棚( たな ) を掻( かき ) て姫を置奉( おきたてまつり ) 、其( その ) 影を酒に移( うつ ) してぞ待給( まちたまひ ) ける。夜半( よは ) 過( すぐ ) る程に、雨荒( あらく ) 風烈( はげしく ) 吹過( ふきすぎ ) て、大山の如動なる物来( きた ) る勢( いきほ ) ひあり。電( いなづま ) の光に是( これ ) を見れば、八( やつ ) の頭( かしら ) に各二( ふたつ ) の角有( あり ) て、あはいに松栢( まつかや ) 生茂( おひしげり ) たり。十八( じふはち ) の眼( まなこ ) は、日月の光に不異、喉( のんど ) の下なる鱗( いろこ ) は、夕日を浸( ひた ) せる大洋( たいやう ) の波に不異。暫( しばし ) は槽( さかぶね ) の底なる稲田姫( いなたひめ ) の影を望見( のぞみみ ) て、生牲( いけにへ ) 爰( ここ ) に有( あり ) とや思( おもひ ) けん、八千( はつせん ) 石( ごく ) 湛( たた ) へたる酒を少しも不残飲尽( のみつく ) す。尽( つき ) ぬれば余所( よそ ) より筧( かけひ ) を懸( かけ ) て、数万石( すまんごく ) の酒をぞ呑( のま ) せたる。大蛇( をろち ) 忽( たちまち ) に飲酔( のみゑひ ) て惘然( ほれぼれ ) としてぞ臥( ふし ) たりける。此( この ) 時に尊( みこと ) 剣( けん ) を抜( ぬい ) て、大蛇( をろち ) を寸々( つだつだ ) に切( きり ) 給ふ。至尾剣( つるぎ ) の刃( やいば ) 少し折( をれ ) て切れず。尊怪( あやし ) みて剣を取直( とりなほ ) し、尾を立様( たてさま ) に割( さき ) て見玉へば、尾の中に一( ひとつ ) の剣( けん ) あり。此( これ ) 所謂( いはゆる ) 天叢雲剣( あまのむらくものつるぎ ) 也( なり ) 。尊是( これ ) を取( とつ ) て天照太神( あまてらすおほむがみ ) に奉り玉ふ。「是( これ ) は初当( そのかみ ) 我( われ ) 高天( たかまの ) 原より落したりし剣( つるぎ ) 也( なり ) 。」と悦( よろこび ) 玉ふ。其後( そののち ) 尊( みこと ) 出雲( いづもの ) 国( くに ) に宮作( みやつくり ) し玉( たまひ ) て、稲田姫を妻( つま ) とし玉ふ。八雲立( やくもたつ ) 出雲( いづも ) 八重垣( やへがき ) 妻( つま ) 篭( こめ ) にやへ垣造( つく ) る其( その ) やへ垣を是( これ ) 三十一字( みそじひともじ ) に定( さだまり ) たる歌の始( はじめ ) 也( なり ) 。其( それ ) より以来( このかた ) 此剣( このけん ) 代代天子の御宝( みたから ) と成( なつ ) て、代十( よと ) つぎを経( へ ) たり。時に第十代の帝( みかど ) 、崇神( しゆじん ) 天皇( てんわう ) の御宇( ぎよう ) に、是( これ ) を伊勢太神宮に献( たてまつ ) り給ふ。十二代の帝( みかど ) 景行天皇( てんわう ) 四十年( しじふねん ) 六月に、東夷( とうい ) 乱( みだれ ) て天下不静。依之( これによつて ) 第二( だいに ) の王子( わうじ ) 日本武( やまとたけるの ) 尊( みこと ) 東夷征罰( とういせいばつ ) の為に東国に下り給ふ。先( まづ ) 伊勢太神宮に参( まゐつ ) て、事の由を奏し給ひけるに、「慎( つつしん ) で勿懈。」直( ぢき ) に神勅有( あつ ) て件( くだん ) の剣( けん ) を下さる。尊( みこと ) 、剣を給( たまはり ) て、武蔵野を過( すぎ ) 給ひける時、賊徒( ぞくと ) 相謀( あひはかつ ) て広野( ひろの ) に火を放( はなし ) て、尊を焼殺( やきころ ) し奉らんとす。燎原( のび ) 焔( ほのほ ) 盛りにして、可遁方( かた ) も無( なか ) りければ、尊( みこと ) 剣を抜( ぬい ) て打払ひ給ふに、刃( やいば ) の向ふ方の草木二三里が間、己( おの ) れと薙伏( なぎふせ ) られて、烟( ほのほ ) 忽( たちまち ) に賊徒( ぞくと ) の方に靡( なび ) きしかば、尊( みこと ) 死を遁( のがれ ) させ給( たまひ ) て朝敵( てうてき ) 若干( そくばく ) 亡( ほろび ) にけり。依之( これによつて ) 草薙( くさなぎ ) の剣( けん ) とは申( まうす ) 也( なり ) 。此( この ) 剣未( いまだ ) 大蛇( をろち ) の尾の中に有( あり ) し程、簸( ひ ) の河上( かはかみ ) に雲懸( かか ) りて、天更に不晴しかば、天( あま ) の群雲( むらくも ) の剣とも名付( なづ ) く。其尺( そのしやく ) 僅( わづか ) に十束( とつか ) なれば又十束( とつか ) の剣とも名付( なづけ ) たり。天武( てんむ ) 天皇( てんわう ) の御宇、朱鳥元年に亦( また ) 被召( めされ ) て、内裏( だいり ) に収( をさめ ) られしより以来( このかた ) 、代々( だいだい ) の天子の御宝( みたから ) なればとて、又宝剣とは申( まうす ) 也( なり ) 。神璽( しいし ) は、天照太神( あまてらすおほんがみ ) 、素盞烏( そさのをの ) 尊( みこと ) と、共為夫婦( みとのまぐはひ ) ありて、八坂瓊( やさかに ) の曲玉( まがたま ) をねふり給( たまひ ) しかば、陰陽( いんやう ) 成生( せいせい ) して、正哉吾勝勝速日天忍穂耳( まさやあかつかつはやひあまのおしほみみの ) 尊( みこと ) を生( うみ ) 給ふ。此( この ) 玉をば神璽( しいし ) と申( まうす ) 也( なり ) 。何( いづ ) れも異説多端( たたんなり ) 、委細( ゐさい ) 尽( つく ) すに不遑。蓬■( ほうひつ ) に伝( つたふ ) る所の一説、大概是( これ ) にて候。」と委細にぞ答申( こたへまうし ) たりける。大納言能々( よくよく ) 聞給( ききたまひ ) て、「只今何の次( つい ) でとしもなきに、御辺( ごへん ) を呼( よび ) 候( さふらひ ) て、三種( さんじゆ ) の神器( じんぎ ) の様を委( くはし ) く問( とひ ) つる事は、別の子細なし。昨日伊勢( いせの ) 国( くに ) より、宝剣と云( いふ ) 物を持参したる事ある間、不審を開( ひら ) かん為に尋申( たづねまうし ) つる也( なり ) 。委細の説大畧日来( ひごろ ) より誰も存知( ぞんち ) の前なれば、別に異儀なし。但( ただし ) 此( この ) 説の中に、十束( とつか ) の剣( けん ) と名付( なづけ ) しは、十束ある故( ゆゑ ) 也( なり ) と聞( きき ) つるぞ。人の無左右可知事ならずと覚( おぼゆ ) る。其剣( そのけん ) 取出( とりいだ ) せ。」とて、南庭( なんてい ) に崇( あがめ ) 給へる春日( かすが ) の社( やしろ ) より、錦の袋に入( いれ ) たる剣を取出( とりいだ ) して、尺をさゝせて見給ふに、果( はた ) して十束( とつか ) 有( あり ) けり。「さては無不審宝剣と覚( おぼゆ ) 。但( ただし ) 奏聞( そうもん ) の段は一( ひとつ ) の奇瑞( きずゐ ) なくば叡信( えいしん ) 不可立。暫( しばらく ) 此( この ) 剣を御辺( ごへん ) の許( もと ) に置( おい ) て、何( いか ) なる不思議( ふしぎ ) も一( ひとつ ) 祈出( いのりいだ ) されよかし。」と宣( のたま ) へば、兼員( かねかず ) 、「世は澆季( げうき ) に及( および ) て仏神の威徳も有( あつ ) て無きが如くに成( なつ ) て候へば、何( いか ) に祈( いのり ) 候とも、誠( まこと ) に天下の人を驚( おどろか ) す程の瑞相( ずゐさう ) 、可出来覚( おぼえ ) 候はず、但( ただし ) 今も仏神の威光を顕( あらは ) して人の信心を催( もよほ ) すは、夢に過( すぎ ) たる事はなきにて候。所詮( しよせん ) 先( まづ ) 此( この ) 剣を預け給( たまひ ) て、三七日が間幣帛( へいはく ) を捧( ささ ) げ礼奠( れいてん ) を調( ととのへ ) 、祈誓( きせい ) を致し候はんずる最中( さいちゆう ) 、先( まづ ) は両上皇、関白殿下、院司( ゐんじ ) の公卿( くぎやう ) 、若( もしく ) は将軍、左兵衛( さひやうゑの ) 督( かみ ) なんどの夢に、此( この ) 剣誠( まこと ) に宝剣也( なり ) けりと、不審( ふしん ) を散ずる程の夢想( むさう ) を被御覧候はゞ、御奏聞候へかし。」と申( まうし ) て、卜部宿禰兼員( うらべのしくねかねかず ) 此( この ) 剣を給( たまはり ) てぞ帰りける。翌日( つぎのひ ) より兼員此( この ) 剣を平野( ひらの ) の社の神殿に安( あん ) じ、十二人( じふににん ) の社僧に真読( しんどく ) の大般若経( だいはんにやきやう ) を読( よま ) せ、三十六人の神子( みこ ) に、長時( ぢやうじ ) の御神楽( みかぐら ) を奉らしむるに、殷々( いんいん ) たる梵音( ぼんおん ) は、本地三身( ほんぢさんしん ) の高聴( ちやう ) にも達し、玲々( れいれい ) たる鈴( すず ) の声は垂迹五能( すゐしやくごのう ) の応化( おうくわ ) をも助くらんとぞ聞( きこ ) へける。其( その ) 外金銀弊帛( へいはく ) の奠( てん ) 、蘋■蘊藻( ひんはんうんさう ) の礼、神( しん ) 其神( そのしん ) たらば、などか奇瑞( きずゐ ) もこゝに現( げん ) ぜざらんと覚( おぼゆ ) る程にぞ祈りける。已( すで ) に三七日に満( まん ) じける夜、鎌倉( かまくら ) 左兵衛( さひやうゑの ) 督( かみ ) 直義( ただよし ) 朝臣( あそん ) の見給( たまひ ) ける夢こそ不思議( ふしぎ ) なれ。所は大内( だいだい ) の神祇( しんぎ ) 官かと覚( おぼ ) へたるに、三公( さんこう ) ・九卿( きうけい ) ・百司( はくし ) ・千官、位に依( よつ ) て列座( れつざ ) す。纛( たう ) の旗を建( たて ) 幔( まん ) の坐( ざ ) を布( しい ) て、伶倫( れいりん ) 楽( がく ) を奏し、文人( ぶんじん ) 詩を献ず。事の儀式厳重( げんぢゆう ) にして大礼( たいれい ) を被行体( てい ) 也( なり ) 。直義朝臣( あそん ) 夢心地( ゆめここち ) に、是( これ ) は何事の有( ある ) やらんと怪( あやし ) く思( おもひ ) て、竜尾堂( りようびだう ) の傍( かたはら ) に徘徊( はいくわい ) したれば、権( ごんの ) 大納言( だいなごん ) 経顕( つねあき ) 卿( きやう ) 出来( いできた ) り給へるに、直義朝臣( あそん ) 、「是( これ ) は何事の大礼( たいれい ) を被行候やらん。」と問( とひ ) 給へば、「伊勢太神宮より宝剣を進( まゐ ) らせらるべしとて、中議( ちゆうぎ ) の節会( せちゑ ) を被行候也( なり ) 。」とぞ被答ける。さては希代( きたい ) の大慶( たいけい ) 哉( かな ) と思( おもひ ) て、暫( しばらく ) 見居たる処に、南方より五色の雲一群( ひとむら ) 立出( たちいで ) て、中に光明赫奕( かくやく ) たる日輪( にちりん ) あり。其( その ) 光の上に宝剣よと覚( おぼ ) へたる一( ひとつ ) の剣立( たち ) たり。梵天( ぼんてん ) ・四王・竜神八部( りゆうじんはちぶ ) 蓋( かい ) を捧げ列を引( ひい ) て前後左右に囲遶( ゐねう ) し給( たま ) へりと見て、夢は則( すなはち ) 覚( さめ ) にけり。直義朝臣( あそん ) 、夙( つと ) に起( おき ) て、此( この ) 夢を語給( かたりたまふ ) に、聞( きく ) 人皆、「静謐( せいひつ ) の御夢想( ごむさう ) 也( なり ) 。」と賀( が ) し申さぬは無( なか ) りけり。其聞( そのきこ ) へ洛中( らくちゆう ) に満( みち ) て、次第に語( かたり ) 伝へければ、卜部宿禰兼員( うらべのしくねかねかず ) 、急ぎ夢の記録を書( かき ) て、日野( ひの ) 大納言殿( だいなごんどの ) に進覧( しんらん ) す。大納言此( この ) 夢想の記録を以て、仙洞( せんとう ) に奏聞( そうもん ) せらる。事の次第御不審( ごふしん ) を非可被残とて、八月十八日の早旦( さうたん ) に、諸卿参列して宝剣を奉請取。翌日( よくじつ ) 是( これ ) を取進( とりまゐら ) せし円成阿闍梨( ゑんじやうあじやり ) 、次第を不経直任( ぢきにん ) の僧都になされ、河内( かはちの ) 国( くに ) 葛葉( くずは ) の関所( せきところ ) を恩賞にぞ被下ける。只周( しう ) の代に宝鼎( はうてい ) を掘出( ほりいだし ) 、夏( か ) の時に河図( かと ) を得たりし祥瑞( しやうずゐ ) も是( これ ) には過( すぎ ) じとぞ見へし。此比( このころ ) 朝庭( てうてい ) に賢才輔佐( ふさ ) の臣多( おほし ) といへ共( ども ) 、君の不義を諌( いさ ) め政( まつりこと ) の不善を誡( いまし ) めらるゝは、坊城大納言経顕( つねあき ) ・日野( ひのの ) 大納言( だいなごん ) 資明( すけあきら ) 二人( ににん ) のみ也( なり ) 。夫( それ ) 両雄は必( かならず ) 諍( あらそ ) ふ習( ならひ ) なれば、互に威勢を被競けるにや、経顕卿被申沙汰たる事をば、資明( すけあきらの ) 卿( きやう ) 申破( まうしやぶ ) らむとし、資明( すけあきらの ) 卿( きやう ) の被執奏たる事をば経顕卿支申( ささへまう ) されけり。爰( ここ ) に伊勢( いせの ) 国( くに ) より宝剣進奏( しんそう ) の事、日野( ひのの ) 大納言( だいなごん ) 被執申たりと聞へしかば、坊城大納言経顕卿、院参( ゐんざん ) して被申けるは、「宝剣執奏の事、委細に尋承( たづねうけたまはり ) 候へば、一向( ひたすら ) 資明( すけあきら ) が阿党( あたう ) の所より事起( おこつ ) て候なる。佞臣( ねいしん ) 仕朝国有不義政とは是( これ ) にて候也( なり ) 。先( まづ ) 思( おもひ ) て見候に、素盞烏( そさのをの ) 尊( みこと ) 古( いにし ) へ簸( ひ ) の河上( かはかみ ) にて切られし八岐( やまた ) の蛇( をろち ) 、元暦( げんりやく ) の比( ころ ) 安徳( あんとく ) 天皇( てんわう ) と成( なつ ) て、此( この ) 宝剣を執( とつ ) て竜宮城へ帰り給ひぬ。其( それ ) より後君( きみ ) 十九代春秋百六十( ひやくろくじふ ) 余年( よねん ) 、政( まつりこと ) 盛( さかん ) に徳豊( ゆたか ) なりし時だにも、遂( つひ ) に不出現宝剣の、何故( なにゆゑ ) に斯( かか ) る乱世無道( ぶだう ) の時に当( あたつ ) て出来( いできた ) り候べき。若( もし ) 我( わが ) 君の聖徳に感じて出現せりと申さば、其( それ ) よりも先( まづ ) 天下の静謐こそ有( ある ) べく候へ。若( もし ) 又直義が夢を以て、可有御信用にて候はゞ、世間( よのなか ) に無定相事をば夢幻( ゆめうつつ ) と申( まうし ) 候はずや。されば聖人に無夢とは、是( ここ ) を以て申( まうす ) にて候。昔漢朝( かんてう ) にして富貴を願ふ客あり。楚国の君賢才( けんさい ) の臣を求( もとめ ) 給ふ由を聞( きき ) て、恩爵( おんしやく ) を貪( むさぼ ) らん為に則( すなはち ) 楚国へぞ趣( おもむき ) ける。路に歩疲( あゆみつかれ ) て邯鄲( かんたん ) の旅亭に暫( しばらく ) 休( やすみ ) けるを、呂洞賓( りよとうびん ) と云( いふ ) 仙術の人、此( この ) 客の心に願ふ事暗( あん ) に悟( さとつ ) て、富貴の夢を見する一( ひとつ ) の枕をぞ借したりける。客此( この ) 枕に寝( いね ) て一睡( いつすゐ ) したる夢に、楚国の侯王( こうわう ) より勅使来( きたり ) て客を被召。其( その ) 礼其贈物( そのおくりもの ) 甚( はなはだ ) 厚し。客悦( よろこん ) で則( すなはち ) 楚国の侯門( こうもん ) に参ずるに、楚王席を近付( ちかづけ ) て、道を計り武を問( とひ ) 給ふ。客答ふる度毎( たびごと ) に、諸卿皆頭( かうべ ) を屈して旨( むね ) を承くれば、楚王不斜( なのめならず ) 是( これ ) を貴寵( きちよう ) して、将相( しやうじやう ) の位に昇( のぼ ) せ給ふ。角( かく ) て三十年( さんじふねん ) を経て後、楚王隠れ給( たまひ ) ける刻( きざみ ) 、第一( だいいち ) の姫宮を客に妻( めあは ) せ給ひければ、従官使令( しようくわんしれい ) 、好衣珍膳( かういちんぜん ) 、心に不叶云( いふ ) 事なく、不令目悦云( いふ ) 事はなし。座上に客常( つねに ) 満( みち ) 、樽中( そんちゆう ) に酒不空。楽( たのし ) み身に余( あま ) り遊び日を尽( つく ) して五十一年と申すに、夫人( ふじん ) 独( ひとり ) の太子を産( うみ ) 給ふ。楚王に位を可継御子( みこ ) なくして、此孫子( このそんし ) 出来( いでき ) にければ、公卿( くぎやう ) 大臣皆相計( はかつ ) て、楚国の王に成( な ) し奉る。蛮夷( ばんい ) 率服( そつふく ) し、諸侯の来朝する事、只秦の始皇の六国( りつこく ) を合( あはせ ) 、漢の文慧( ぶんけい ) の九夷( きうい ) を順( したが ) へしに不異。王子( わうじ ) 已( すで ) に三歳に成給( なりたまひ ) ける時、洞庭( とうてい ) の波上( はじやう ) に三千( さんぜん ) 余艘( よさう ) の舟を双( なら ) べ、数百万人の好客( かうかく ) を集( あつめ ) て、三年三月の遊( あそび ) をし給ふ。紫髯( しぜん ) の老将は解錦纜、青蛾( せいが ) の御女( おんむすめ ) は唱棹歌。彼( かれ ) をさへや大梵高台( だいぼんかうたい ) の花喜見城宮( きけんじやうぐう ) の月も、不足見不足翫と、遊び戯( たはぶ ) れ舞歌( まひうたう ) て、三年三月の歓娯( くわんご ) 已( すで ) に終( をはり ) ける時、夫人( ふじん ) 彼( かの ) 三歳の太子を懐( いだい ) て、舷( ふなばた ) に立給( たちたまひ ) たるが、踏( ふみ ) はづして太子夫人( ふじん ) 諸共( もろとも ) に、海底に落入( おちいり ) 給ひてげり。数万の侍臣周章( あわて ) て一同に、「あらや/\。」と云( いふ ) 声に、客の夢忽( たちまち ) に覚( さめ ) てげり。倩( つらつら ) 夢中の楽( たのし ) みを計( はか ) れば、遥( はるか ) に天位五十年( ごじふねん ) を経( へ ) たりといへ共( ども ) 、覚( さめ ) て枕の上の睡( ねぶり ) を思へば、僅( わづか ) に午炊( ごすゐ ) 一黄粱( いちくわうりやう ) の間を不過けり。客云( ここに ) 人間百年の楽( たのしみ ) も、皆枕頭片時( しんとうへんし ) の夢なる事を悟り得て、是( これ ) より楚国へは不越、忽( たちまち ) に身を捨( すて ) て、世を避( さく ) る人と成( なつ ) て、遂( つひ ) に名利に繋( つなが ) るゝ心は無( なか ) りけり。是( これ ) を揚亀山( やうきさん ) が謝日月詩( しに ) 作( つくつ ) て云( いは ) く、少年力学志須張。得失由来一夢長。試問邯鄲欹枕客。人間幾度熟黄粱。是( これ ) を邯鄲午炊( ごすゐ ) の夢とは申也( なり ) 。就中( なかんづく ) 葛葉( くずは ) の関は、年来( としごろ ) 南都の管領( くわんりやう ) の地にて候を、無謂召放( めしはなさ ) れん事、衆徒の嗷訴( がうそ ) を招くにて候はずや。綸言再( ふたたび ) し難しといへ共、過( あやまつては ) 則勿憚改と申( まうす ) 事候へば、速( すみやか ) に以前の勅裁を被召返、南都の嗷訴( がうそ ) 事未萌前( いまだきざさざるさき ) に可被止や候らん。」と委細に奏申( そうしまう ) されければ、上皇もげにもとや思召( おぼしめし ) けん、則( すなはち ) 院宣( ゐんぜん ) を被成返ければ、宝剣をば平野社( ひらののやしろ ) の神主( かんぬし ) 卜部宿禰兼員( うらべのしくねかねかず ) に被預、葛葉( くずは ) の関所( せきところ ) をば如元又南都へぞ被付ける。
○住吉( すみよし ) 合戦( かつせんの ) 事( こと ) 去( さんぬる ) 九月十七日( じふしちにち ) に、河内( かはちの ) 国( くに ) 藤井寺の合戦に、細川陸奥( むつの ) 守( かみ ) 顕氏( あきうぢ ) 、無甲斐打負( うちまけ ) て引退( しりぞき ) し後、楠帯刀( たてはき ) 左衛門正行( まさつら ) 、勢( いきほ ) ひ機に乗( のつ ) て、辺境( へんきやう ) 常に侵( をか ) し奪( うば ) はるといへ共( ども ) 、年内は寒気( かんき ) 甚( はなはだしく ) して兵( つはもの ) 皆指を墜( おと ) し、手( て ) 亀( かがま ) る事有( あり ) ぬべければ、暫( しばし ) とて閣( さしおか ) れけるが、さのみ延引せば敵に勢( せい ) 著( つき ) ぬべしとて、十一月二十三日( にじふさんにち ) に軍評定( いくさひやうぢやう ) 有( あつ ) て、同( おなじき ) 二十五日、山名伊豆( いづの ) 守( かみ ) 時氏・細川陸奥( むつの ) 守( かみ ) 顕氏を両大将にて、六千( ろくせん ) 余騎( よき ) を住吉( すみよし ) 天王寺( てんわうじ ) へ被差下。顕氏は去( さん ) ぬる九月の合戦に、楠帯刀左衛門正行に打負( うちまけ ) て、天下の人口( じんこう ) に落( おち ) ぬる事、生涯( しやうがい ) の恥辱( ちじよく ) 也( なり ) と被思ければ、四国の兵共( つはものども ) を召集( めしあつめ ) て、「今度の合戦又如先して帰りなば、万人の嘲哢( てうろう ) たるべし。相構( あひかまへ ) て面々( めんめん ) 身命を軽( かろん ) じて、以前の恥を洗( すす ) がるべし。」と、衆を勇( いさ ) め気を励( はげま ) されければ、坂東( ばんどう ) ・坂西( ばんせい ) ・藤( とう ) ・橘( きつ ) ・伴( ばん ) の者共( ものども ) 、五百騎( ごひやくき ) づゝ一揆( いつき ) を結( むす ) んで、大旗( おほはた ) 小旗( こはた ) 下濃( すそご ) の旗三流立( たて ) て三手( みて ) に分け、一足( ひとあし ) も不引可討死と、神水( じんすゐ ) を飲( のみ ) てぞ打立( うちたち ) ける。事の■( おぎろ ) 実( まこと ) に思切( おもひきつ ) たる体( てい ) 哉( かな ) と、先( まづ ) 涼( すず ) しくぞ見( みえ ) たりける。大手( おほて ) の大将山名伊豆( いづの ) 守( かみ ) 時氏、千( せん ) 余騎( よき ) にて住吉( すみよし ) に陣をとれば、搦手( からめて ) の大将細川陸奥守顕氏、八百( はつぴやく ) 余騎( よき ) にて天王寺( てんわうじ ) に陣を取る。楠帯刀正行是( これ ) を聞( きき ) て、「敵に足をためさせて、住吉( すみよし ) ・天王寺( てんわうじ ) 両所に城郭( じやうくわく ) を被構なば、向神向仏挽弓放矢恐( おそれ ) 有( あり ) ぬべし。不日( ふじつ ) に押寄( おしよせ ) て、先( まづ ) 住吉( すみよし ) の敵を追払( おひはらひ ) 、只攻( つめ ) につめ立( たて ) て、急に追懸( おつかく ) る程ならば、天王寺( てんわうじ ) の敵は戦はで引退( ひきしりぞき ) ぬと覚( おぼゆ ) るぞ。」とて、同( おなじき ) 二十六日( にじふろくにち ) の暁天( げうてん ) に、五百( ごひやく ) 余騎( よき ) を率( そつ ) し、先( まづ ) 住吉( すみよし ) の敵を追出( おひいだ ) さんと、石津( いしづ ) の在家( ざいけ ) に火を懸( かけ ) て、瓜生野( うりふの ) の北より押寄( おしよせ ) たり。山名伊豆( いづの ) 守( かみ ) 是( これ ) を見て、「敵一方よりよも寄せじ。手を分( わけ ) て相( あひ ) 戦へ。」とて、赤松筑前( ちくぜんの ) 守( かみ ) 範貞に、摂津国( つのくに ) 播磨両国の勢を差副( さしそへ ) て、八百( はつぴやく ) 余騎( よき ) 浜の手を防( ふせが ) んと、住吉( すみよし ) の浦の南に陣を取( とる ) 。土岐周済房( ときしゆさいばう ) ・明智( あけち ) 兵庫( ひやうごの ) 助( すけ ) ・佐々木( ささきの ) 四郎左衛門( しらうざゑもん ) 、其( その ) 勢三千( さんぜん ) 余騎( よき ) にて、安部野( あべの ) の東西両所に陣を張る。搦手( からめて ) の大将細川陸奥( むつの ) 守( かみ ) は、手勢( てぜい ) の外( ほか ) 、四国の兵五千( ごせん ) 余騎( よき ) を率( そつ ) して、態( わざ ) と本陣を不離、荒手( あらて ) に入替( いれかはら ) ん為に、天王寺( てんわうじ ) に磬( ひか ) へたり。大手の大将山名伊豆( いづの ) 守( かみ ) ・舎弟( しやてい ) 三河( みかはの ) 守( かみ ) ・原( はらの ) 四郎太郎( しらうたらう ) ・同四郎次郎( しらうじらう ) ・同四郎三郎は、千( せん ) 余騎( よき ) にて、只今馬烟( むまけぶり ) を挙( あげ ) て進みたる先蒐( さきがけ ) の敵に懸合( かけあは ) せんと、瓜生野( うりふの ) の東に懸出( かけいで ) たり。楠帯刀は敵の馬烟を見て、陣の在所四箇所( しかしよ ) に有( あり ) と見てければ、多からぬ我勢( わがせい ) を数( あま ) たに分( わけ ) ば、中々可悪とて、本( もと ) 五手( いつて ) に分( わけ ) たりける二千( にせん ) 余騎( よき ) の勢を、只一手( ひとて ) に集( あつめ ) て、瓜生野へ打( うつ ) てかゝる。此( この ) 陣東西南北野遠( とほく ) して疋馬( ひつば ) 蹄( ひづめ ) を労( らう ) せしかば、両陣互に射手( いて ) を進( すすめ ) て、時の声を一声挙( あぐ ) る程こそあれ、敵御方( みかた ) 六千( ろくせん ) 余騎( よき ) 一度( いちど ) に颯( さつ ) と懸合( かけあつ ) て、思々( おもひおもひ ) に相戦( あひたたかふ ) 。半時許( はんじばかり ) 切合( きりあつ ) て、互に勝時( かちどき ) をあげ、四五町( しごちやう ) が程両方へ引分( ひきわか ) れ、敵御方( みかた ) を見渡( わたせ ) ば、両陣過半滅( ほろ ) びて、死人( しにん ) 戦場に充満( みちみち ) たり。又大将山名伊豆( いづの ) 守( かみ ) 、切疵射疵( きりきずいきず ) 七所迄負( お ) はれたれば、兵( つはもの ) 前( まへ ) に立隠( たちかく ) して、疵をすひ血を拭( のご ) ふ程、少し猶預( いうよ ) したる処へ、楠が勢の中より、年の程二十許( はたちばかり ) なる若武者( わかむしや ) 、和田新発意源秀( わだしんぼちげんしう ) と名乗( なのつ ) て、洗皮( あらひかは ) の鎧( よろひ ) に、大太刀小太刀二振( ふたふり ) 帯( はい ) て、六尺( ろくしやく ) 余( あまり ) の長刀( なぎなた ) を小脇( こわき ) に挟( さしはさ ) み、閑々( しづしづ ) と馬を歩( あゆ ) ませて小哥( こうた ) 歌( うたひ ) て進みたり。其( その ) 次に一人、是( これ ) も法師武者の長( たけ ) 七尺( しちしやく ) 余( あまり ) も有( ある ) らんと覚( おぼえ ) たるが、阿間了願( あまのれうぐわん ) と名乗( なのつ ) て、唐綾威( からあやおどし ) の鎧に小太刀帯( はい ) て、柄( え ) の長( ながさ ) 一丈( いちぢやう ) 許( ばかり ) に見へたる鑓( やり ) を馬の平頚( ひらくび ) に引副( ひきそへ ) て、少しも不擬議懸出( かけいで ) たり。其( その ) 勢( せい ) 事がら、尋常( よのつね ) の者には非( あら ) ずと見へながら、跡( あと ) に続く勢無ければ、あれやと許( ばかり ) 云( いひ ) て、山名が大勢さしも驚かで控( ひかへ ) たる中へ、只二騎つと懸入( かけいつ ) て、前後左右を突( つい ) て廻( まはる ) に、小手の迦( はづれ ) ・髄当( すねあて ) の余( あま ) り・手反( てへん ) の直中( ただなか ) ・内甲( うちかぶと ) 、一分もあきたる所をはづさず、矢庭( やには ) に三十六騎( さんじふろくき ) 突( つき ) 落して、大将に近付( ちかづか ) んと目を賦( くば ) る。三河( みかはの ) 守( かみ ) 是( これ ) を見て、一騎合( あ ) ひの勝負は叶はじとや被思けん。「以大勢是( これ ) を取篭( とりこめ ) よ。」と、百四五十騎にて横合( よこあひ ) に被懸たり。楠又是( これ ) を見て、「和田討( うた ) すな続けや。」とて、相懸( あひがかり ) に懸( かかつ ) て責( せめ ) 戦ふ。太刀の鐔音( つばおと ) 天に響き、汗馬( かんば ) の足音地を動( うごか ) す。互に御方( みかた ) を恥( はぢ ) しめて、「引( ひく ) な進め。」と云( いふ ) 声に退( しりぞく ) 兵無( なか ) りけり。されども大将山名伊豆( いづの ) 守( かみ ) 已( すで ) に疵を被( かうむ ) り、又入替( いれかは ) る御方( みかた ) の勢( せい ) はなし、可叶共( とも ) 覚( おぼ ) へざりければ、歩立( かちだち ) になる兵共( つはものども ) 、伊豆( いづの ) 守( かみ ) の馬の口を引向( ひきむけ ) て、後陣( ごぢん ) の御方( みかた ) と一処( いつしよ ) にならんと、天王寺( てんわうじ ) を差( さし ) て引退( ひきしりぞ ) く。楠弥( いよいよ ) 気に乗( のつ ) て、追懸( おつかけ ) 々々( おつかけ ) 責( せめ ) ける間、山名三川( みかはの ) 守( かみ ) ・原( はらの ) 四郎太郎( しらうたらう ) ・同四郎次郎( しらうじらう ) 、兄弟二騎、犬飼( いぬかひ ) 六郎( ろくらう ) 、主従三騎、返合( かへしあは ) せて討( うた ) れにけり。二陣に控( ひかへ ) たる土岐周済房( ときしゆさいばう ) ・佐々木( ささきの ) 六郎左衛門( ろくらうざゑもん ) 三百( さんびやく ) 余騎( よき ) にて安部野( あべの ) の南に懸出( かけいで ) て、暫( しば ) し支( ささへ ) て戦( たたかひ ) けるが、目賀田( めかだ ) ・馬淵( まぶち ) の者共( ものども ) 、三十八騎一所( いつしよ ) にて討( うた ) れにける間、此( この ) 陣をも被破( やぶられ ) て共に天王寺( てんわうじ ) へと引( ひき ) しさる。一陣二陣如此なりしかば、浜の手も天王寺( てんわうじ ) の勢も、大河後( うしろ ) にあり両陣前に破れぬ。敵に橋を引( ひか ) れなば一人も生( いき ) て帰る者不可有。先( まづ ) 橋を警固( けいご ) せよとて、渡辺( わたなべ ) を差( さし ) て引( ひき ) けるが、大勢の靡立( なびきたち ) たる習( ならひ ) にて、一度( いちど ) も更に不返得、行先( ゆくさき ) 狭( せば ) き橋の上を、落( おつ ) とも云はずせき合( あひ ) たり。山名伊豆( いづの ) 守( かみ ) は我( わが ) 身深手( ふかて ) を負( おふ ) のみならず、馬の三頭( さんづ ) を二太刀切られて、馬は弱( よわ ) りぬ、敵は手繁( てしげ ) く懸る。今は落延( おちのび ) じとや被思けん、橋爪( はじづめ ) にて已( すで ) に腹を切らんとせられけるを、河村山城( やましろの ) 守( かみ ) 只一騎返合( かへしあは ) せて近付( ちかづく ) 敵二騎切( きつ ) て落し、三騎に手を負( おはせ ) て、暫し支( ささ ) へたりける間に、安田弾正走寄( わしりよつ ) て、「何( いか ) なる事にて候ぞ。大将の腹切( きる ) 所にては候はぬ者を。」と云( いひ ) て、己( おの ) が六尺( ろくしやく ) 三寸( さんずん ) の太刀を守木( もりき ) に成( な ) し、鎧武者を鎧の上に掻負( かいおう ) て橋の上を渡るに、守木( もりき ) の太刀にせき落されて、水に溺( おぼ ) るゝ者数を不知( しらず ) 。播磨国( はりまのくに ) 住人( ぢゆうにん ) 小松原( こまつばら ) 刑部左衛門は、主の三河( みかはの ) 守( かみ ) 討( うた ) れたる事をも不知、天神の松原まで落延( おちのび ) たりけるが、三川( みかはの ) 守( かみ ) の乗( のり ) 給ひたりける馬の平頚( ひらくび ) 、二太刀切( きら ) れて放( はなさ ) れたりけるを見て、「さては三川( みかはの ) 守( かみ ) 殿( どの ) は討( うた ) れ給ひけり。落( おち ) ては誰( た ) が為に命を可惜。」とて、只一騎天神の松原より引返( ひつかへ ) し、向ふ敵に矢二筋( ふたすぢ ) 射懸( いかけ ) て、腹掻切( かききつ ) て死( しに ) にけり。其外( そのほか ) の兵共( つはものども ) 、親討( うた ) れ共子は不知、主( しゆ ) 討死すれ共( ども ) 郎従( らうじゆう ) 是( これ ) を不助、物具( もののぐ ) を脱( ぬ ) ぎ棄( すて ) 弓を杖に突( つい ) て、夜中に京へ逃上( にげのぼ ) る。見苦( みぐる ) しかりし分野( ありさま ) 也( なり ) 。