「占者が卦を立てて、こりゃ死霊の祟がある。この鬼に負けてはならぬぞ。この方から逆寄せして、別宅のその産屋へ、守刀を真先に露払いで乗込めさ、と古袴の股立ちを取って、突立上りますのに勢づいて、お産婦を褥のまま、四隅と両方、六人の手で密と舁いて、釣台へ。
お先立ちがその易者殿、御幣を、ト襟へさしたものでござります。筮竹の長袋を前半じゃ、小刀のように挟んで、馬乗提灯の古びたのに算木を顕しましたので、黒雲の蔽かぶさった、蒸暑い畦を照し、大手を掉って参ります。
嫁入道具に附いて来た、藍貝柄の長刀を、柄払いして、仁右衛門親仁が担ぎました。真中へ、お産婦の釣台を。そのわきへ、喜太郎様が、帽子かぶりで、蒼くなって附添った、背後へ持明院の坊様が緋の衣じゃ。あとから下男下女どもがぞろぞろと従きました。[6]取揚姿さんは前へ早や駆抜けて、黒門のお部屋へ産所の用意。
途中、何とも希有な通りものでござりまして、あの蛍がまたむらむらと、蠅がなぶるように御病人の寝姿に集りますと、おなじ煩うても、美しい人の心かして、夢中で、こう小児のように、手で取っちゃ見さしっけ。
上へ手を上げさっしゃるのも、御容体を聞くにつけ、空をつかんで悶えさっしゃるようで、目も当てられぬ。
それでも祟りに負けるなと、言うて、一生懸命、仰向かしった枕をこぼれて、さまで瘠せも見えぬ白い頬へかかる髪の先を、しっかり白歯で噛ましったが、お馴染じゃ、私が藪の下で待つけて、御新造様しっかりなさりまし、と釣台に縋ったれば、アイと、細い声で云うて莞爾と笑わしった。橋を渡って向うへ通る、暗の晩の、榛の木の下あたり、蛍の数の宙へいかいことちらちらして、常夏の花の俤立つのが、貴方の顔のあたりじゃ、と目を瞑って、おめでたを祈りましたに……」
声も寂しゅう、
「お寺の鐘が聞えました。」
「南無阿弥陀仏、」
「お可哀相に、初産で、その晩、のう。
厭な事でござります。黒門へ着かしって、産所へ据えよう、としますとの、それ、出養生の嬢様の、お産の床と同一じゃ。(ああ、青い顱巻をした方が、寝てでござんす、ちっと傍へ)と……まあ、難産の嫁御がそう言わしっけ。
其奴に、負けるな、押潰せ、と構わず褥を据えましたが、夜露を受けたが悪かったか、もうお医者でも間に合わず。
(あなたも。……口惜い、)と恍惚して、枕にひしと喰つかしって、うむと云うが最期で、の、身二ツになりはならしったが、産声も聞えず、両方ともそれなりけり。
余りの事に、取逆上せさしったものと見えまして、喜太郎様はその明方、裏の井戸へ身を投げてしまわしった。
井戸替もしたなれど、不気味じゃで、誰も、はい、その水を飲みたがりませぬ処から、井桁も早や、青芒にかくれましたよ。
七日に一度、十日に一度、仁右衛門親仁や、私がとこの宰八――少いものは初から恐ろしがって寄つきませぬで――年役に出かけては、雨戸を明けたり、引窓を繰ったり、日も入れ、風も通したなれど、この間のその、のう、嘉吉が気が違いました一件の時から、いい年をしたものまで、黒門を向うの奥へ、木下闇を覗きますと、足が縮んで、一寸も前へ出はいたしませぬ。
簪の蒼い光った珠も、大方蛍であろう、などと、ひそひそ風説をします処へ、[7]芋※の葉に目口のある、小さいのがふらふら歩行いて、そのお前様、
でござりましょう。人足が絶えるとなれば、草が生えるばっかりじゃ。ハテ黒門の別宅は是非に及ばぬ。秋谷邸の本家だけは、人足が絶やしとうないものを、どうした時節か知らぬけれど、鶴谷の寿命が来たのか、と喜十郎様は、かさねがさねおつむりが真白で。おふくろ様も好いお方、おいとしい事でござります。
おお、おお、つい長話になりまして、そちこち刻限、ああ、可厭な[8]芋※の葉が、唄うて歩行く時分になりました。」
と姥は四辺を[24]※した。浪の色が蒼くなった。
寂然として、果は目を瞑って聞入った旅僧は、夢ならぬ顔を上げて、葭簀から街道の前後を視めたが、日脚を仰ぐまでもない。
「身に染む話に聞惚れて、人通りがもう影法師じゃ。世の中には種々な事がある。お婆さん、お庇で沢山学問をした、難有う、どれ……」









