訓導は苦笑いして、
「可い加減な事を云う、狂気の嘉吉以来だ。お前は悪く変なものに知己のように話をするが、水潜りをするなんて、猫化けの怪談にも、ついに聞いた事はないじゃないか。」
「お前様もね、当前だあこれ、空を飛ぼうが、泳ごうが、活きた猫なら秋谷中私ら知己だ。何も厭な事はねえけんど、水ひたしの毛がよれよれ、前足のつけ根なぞは、あか膚よ。げっそり骨の出た死骸でねえかね。」
訓導は打棄るように、
「何だい、死骸か。」
「何だ死骸か、言わっしゃるが、死骸だけに厭なこんだ。金壺眼を塞がねえ。その人が毬を取ると、三毛の斑が、ぶよ、ぶよ、一度、ぷくりと腹を出いて、目がぎょろりと光ッたけ。そこら鼠色の汚え泡だらけになって、どんみりと流れたわ、水とハイ摺々での――その方は岸へ上って、腰までずぶ濡れの衣を絞るとって、帽子を脱いで仰向けにして、その中さ、入れさしった、傍で見ると、紫もありゃ黄色い糸もかがってある、五色の――手毬は、さまで濡れてはいねえだっけよ。」
「なあよ、宰八、」
「何だえ。」
仁右衛門は沈んだ声で、
「その手毬はどうしたよ。」
「今でもその学生が持ってるかね。」
背後から、訓導がまた聞き挟む。
「忽然として消え失せただ。夢に拾った金子のようだね。へ、へ、へ、」
とおかしな笑い方。
「ふん、」
と苦虫は苦ったなりで、てくてくと歩行き出す。
「嘘を吐け、またはじめた。大方、お前が目の前で、しゃぼん球のように、ぱっと消えてでもなくなったろう、不思議さな。」
「違えます、違えますとも!」
仁右衛門の後を打ちながら、
「その人が、
(爺様、この里では、今時分手毬をつくか。)
(何でね?)
(小児たちが、優しい声、懐しい節で唄うている。
一件ものをの、優しい声、懐しい声じゃ云うて、手毬を突くか、と問わっしゃるだ。
とんでもねえ、あれはお前様、[9]芋※の葉が、と言おうとしたが、待ちろ、芸もねえ、村方の内証を饒舌って、恥掻くは知慧でねえと、
(何お前様、学校で体操するだ。おたま杓子で球をすくって、ひるてんの飛っこをすればちゅッて、手毬なんか突きっこねえ、)と、先生様の前だけんど、私一ツ威張ったよ。」
「何だ、見ともない、ひるてんの飛びっことは。テニスだよ、テニスと言えば可い。」
「かね……私また西洋の雀躍か、と思ったけ、まあ、可え。」
「ちっとも可かあない、」
と訓導は唾をする。
「それにしても、奥床しい、誰が突いた毬だろう、と若え方問わっしゃるだが。
のっけから見当はつかねえ、けんど、主が袂から滝のように水が出るのを見るにつけても、何とかハイ勘考せねばなんねえで、その手毬を持って見た、」
と黄母衣を一つ揺上げて、
「濡れちゃいねえが、ヒヤリとしたでね、可い塩梅よ、引込んだのは手棒の方、」
へへ、とまた独りで可笑がり、
「こっちの手で、ハイ海へ落ちさっしゃるお日様と、黒門の森に掛ったお月様の真中へ、高くこう透かして見っけ。
しゃぼん球ではねえよ。真円な手毬の、影も、草に映ったでね。」
「それがまたどうして消えた、馬鹿な!」
と勢込む、つき反らした杖の尖が、ストンと蟹の穴へ狭ったので、厭な顔をした訓導は、抜きざまに一足飛ぶ。
「まあ、聞かっせえ。
玉味噌の鑑定とは、ちくと物が違うでな、幾ら私が捻くっても、どこのものだか当りは着かねえ。
(霞のような小川の波に、常夏の影がさして、遠くに……(細道)が聞える処へ、手毬が浮いて……三年五年、旅から旅を歩行いたが、またこんな嬉しい里は見ない、)
と、ずぶ濡の衣を垂れる雫さえ、身体から玉がこぼれでもするほどに若え方は喜ばっしゃる。」









