「不思議な御縁で、何とも心嬉しく存じますが、なかなかお話相手にはなりません。ただ
承りまするだけで、それがしかし何より私には結構でございます。」
と僧は慇懃である。
明は少し俯向いた。瘠せた顋に襟狭く、
「そのお話と云いますのが、実に取留めのない事で、貴僧の前では申すのもお恥かしい。」
「決して、さような事はございません。茶店の婆さんはこの邸に憑物の――ええ、ただ聞きましたばかりでも、成程、浮ばれそうもない、少い仏たちの回向も頼む。ついては貴下のお話も出ましてな。何か御覚悟がおありなさるそうで、熟と辛抱をしてはござるが、怪しい事が重なるかして、お顔の色も、日ごとに悪い。
と申せば、庭先の柿の広葉が映るせいで、それで蒼白く見えるんだから、気にするな、とおっしゃるが、お身体も弱そうゆえに、老寄夫婦で一層のこと気にかかる。
昼の内は宰八なり、誰か、時々お伺いはいたしますが、この頃は気怯れがして、それさえ不沙汰がちじゃに因って、私によくお見舞い申してくれ、と云う、くれぐれもその託でございました。が何か、最初の内、貴方が御逗留というのに元気づいて、血気な村の若い者が、三人五人、夜食の惣菜ものの持寄り、一升徳利なんぞ提げて、お話対手、夜伽はまだ穏な内、やがて、刃物切物、鉄砲持参、手覚えのあるのは、係羂に鼠の天麩羅を仕掛けて、ぐびぐび飲みながら、夜更けに植込みを狙うなんという事がありますそうで?――
婆さんが話しました。」
「私は酒はいけず、対手は出来ませんから、皆さんの車座を、よく蚊帳の中から見ては寝ました。一時は随分賑でした。
まあ、入かわり立かわり、十日ばかり続いて、三人四人ずつ参りましたが、この頃は、ばったり来なくなりましたんです。」
「と申す事でございますな。ええ、時にその入り交り立ち交りにつけて、何か怪しい、」
と言いかけて偶と見返った、次の室と隔ての襖は、二枚だけ山のように、行燈の左右に峰を分けて、隣国までは灯が届かぬ。
心も置かれ、後髪も引かれた状に、僧は首に気を入れて、ぐっと硬くなって、向直って、
「その怪しいものの方でも、手をかえ、品をかえ、怯かす。――何かその……畳がひとりでに持上りますそうでありますが、まったくでございますかな。」
熟と視て聞くと、また俯向いて、
「ですから、お話しも極りが悪い、取留めのない事だと申すんです。」
「ははあ、」
と胸を引いて、僧は寛いだ状に打笑い、
「あるいはそうであろうかにも思いましたよ。では、ただ村のものが可い加減な百物語。その実、嘘説なのでございますので?」
「いいえ、それは事実です。畳は上りますとも。貴僧、今にも動くかも分りません。」
「ええ!や、それは、」
と思わず、膝を辷らした手で、はたはたと圧えると、爪も立ちそうにない上床の固い事。
「これが、動くでございますか。」
「ですから、取留めのない事ではありませんか。」
と静に云うと、黙って、ややあって瞬して、
「さよう、余り取留めなくもないようでございます。すると、坐っているものはいかがな儀に相成りましょうか。」
「騒がないで、熟としていさえすれば、何事もありません。動くと申して、別に倒に立って、裏返しになるというんじゃないのですから、」
「いかにも、まともにそれじゃ、人間が縁の下へ投込まれる事になりますものな。」
「そうですとも。そうなった日には、足の裏を膠で附着けておかねばなりません。
何ともないから、お騒ぎなさるなと云っても、村の人が肯かないで、畳のこの合せ目が、」
と手を支いて、ずっと掌を辷らしながら、
「はじめに、長い三角だの、小さな四角に、縁を開けて、きしきしと合ったり、がらがらと離れたり、しかし、その疾い事は、稲妻のように見えます。
そうするともう、わっと言って、飛ぶやら刎ねるやら、やあ!と踏張って両方の握拳で押えつける者もあれば、いきなり三宝火箸でも火吹竹でも宙で振廻す人もある――まあ一人や二人は、きっとそれだけで縁から飛出して遁げて行きます。」









