「そうふらふらさしちゃ燈が消えます。貸しなさい、私がその手燭を持とうで。」
「頼んます、はい、どうぞお前様持たっせえて、ついでにその法衣着さっせえ姿から、光明赫燿と願えてえだ。」
僧は燭を取って一足出たが、
「お爺さん、」
と呼んだのが、驚破事ありげに聞えたので、手んぼうならぬ手を引込め、不具の方と同一処で、掌をあけながら、据腰で顔を見上げる、と皺面ばかりが燭の影に真赤になった。――この赤親仁と、青坊主が、廊下はずれに物言う状は、鬼が囁くに異ならず。
「ええ、」
「どこか呻吟くような声がするよ。」
「芸もねえ、威かしてどうさっせる。」
「聞きなさい、それ……」
「う、う、う、」
と厭な声。
「爺さん、お前が呻吟くのかい。」
「いんね、」
と変な顔色で、鼻をしかめ、
「ふん、難産の呻吟声だ。はあ、御新姐が唸らしっけえ、姑獲鳥になって鳴くだあよ。もの、奥の小座敷の方で聞えべいがね。」
「奥も小座敷も私は知らんが、障子の方ではないようだ、便所かな、」
「ひええ、今、お前様が入らっしたばかりでねえかね、」
「されば、」
と斜めに聞澄まして、
「おお、庭だ、庭だ、雨戸の外だ。」
「はあ、」
と宰八も、聞定めて、吻と息して、
「まず構外だ、この雨戸がハイ鉄壁だぞ。」と、ぐいと圧えてまた蹈張り、
「野郎、入ってみやがれ、野郎、活仏さまが附いてござるだ。」
「仏ではなお打棄っては措かれない、人の声じゃ、お爺さん、明けて見よう、誰か苦んでいるようだよ。」
「これ、静かにさっせえ、術だ、術だてね。ものその術で、背負引き出して、お前様天窓から塩よ。私は手足い引捩いで、月夜蟹で肉がねえ、と遣ろうとするだ。ほってもない、開けさっしゃるな。早く座敷へ行きますべい。」
「あれ、聞きなさい、助けてくれ……と云うではないか。」
「へ、疾いもんだ。人の気を引きくさる、坊様と知って慈悲で釣るだね、開けまいぞ。」
と云う時……判然聞えたが、しわがれた声であった。
「助けてくれ……」
「…………」
「…………」
「宰八よう、」――
と、葎がくれに虫の声。
手ぼう蟹ふるえ上って、
「ひゃあ、苦虫が呼ぶ。」
「何、虫が呼ぶ?」
「ええ、仁右衛門の声だ。南無阿弥陀仏、ソ、ソレ見さっせえ。宵に門前から遁帰った親仁めが、今時分何しにここへ来るもんだ。見ろ、畜生、さ、さすが畜生の浅間しさに、そこまでは心着かねえ。へい、人間様だぞ。おのれ、荒神様がついてござる、猿智慧だね、打棄っておかっせえまし。」
と雨戸を離れて、肩を一つ揺って行こうとする。広縁のはずれと覚しき彼方へ、板敷を離るること二尺ばかり、消え残った燈籠のような白紙がふらりと出て、真四角に、燈が歩行き出した。
「はッあ、」
と退って、僧に背を摺寄せながら、
「経文を唱えて下せえ、入って来たわ、南無まいだ、なんまいだ。」
僧も爪立って、浮腰に透かして見たが、
「行燈だよ、余り手間が取れるから、座敷から葉越さんが見においでだ。さあ、三人となると私も大きに心強い――ここは開くかい。」
「ええ、これ、開けてはなんねえちゅうに、」
「だって、あれ、あれ、助けてくれ、と云うものを。鬼神に横道なし、と云う、情に抵抗う刃はない筈、」
枢をかたかた、ぐっと、さるを上げて、ずずん、かたりと開ける、袖を絞って蔽い果さず、燈は颯と夜風に消えた。が、吉野紙を蔽えるごとき、薄曇りの月の影を、隈ある暗き葎の中、底を分け出でて、打傾いて、その光を宿している、目の前の飛石の上を、四つに這廻るは、そもいかなるものぞ。









