Author: Miyamoto, Yuriko
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About the original source:
Title: Miyamoto Yuriko zenshu dai jukkan
Author: Yuriko Miyamoto
Publisher: Tokyo : Shin nihon shuppansha , 1980
Publication Note: The copy-text is based on Miyamoto Yuriko zenshu dai hakkan (Tokyo: Kawade Shobo, 1952).
好きな物語の好きな
大体、外国の本当に偉い作家たちはよく女性を描いているので感心します。トルストイも実に生きた女を描いたし、このロマン・ローランもジャン・クリストフの中に面白い沢山の活々した女性を描写している。ロマン・ローランは本当に女性を細かく理解している。例えば、生れつき
どれも興味ある女性たちですが、アンネットの面白さは、彼女が現代の知識階級の女性の代表である点です。クリストフの中に現れる女性は、各々豊富な感情や性格をもっていたが、現代女性の理智に欠けていた。彼女達は我知らず性格のままに生き、境遇につまりは順応した。
アンネットは、自分の心がどのような生活を欲しているかをはっきり自覚し、その為に境遇の膳立てに逆ってでも、自己の生活方向、方法、内容を自力で決定しようとする女性なのです。時代的にいえば、アルノー夫人の後進者です。そして彼女の腹違いの妹のシルヴィが、生粋のパリの市民で――プロレタリアートで、イリュージョンを持たず、機智的で実務家で、恋愛と結婚とをはっきり区別し、「そりゃ恋人には危っかしくたって面白い人がいいけど、良人には、一寸退屈だって永持ちのする
アンネットは美しい。若い。然し恋愛を或る点恐怖している。アンネットは一旦自分を譲ったら徹底的に譲歩する自分の性質、並に必ず反抗するに違いない自分の自由を欲する魂をよく知っている。
中年に成って、アンネットはその恋愛に征服された。彼女は精力的な、社会の下層から身をのし上げた、有名な、派手な、素晴らしく天才的な外科医を愛するようになった。アンネットは、その男が征服的な、革命的な、精力に満ちた社会的闘士でなかったら愛するようにはならなかったろう。その男も、アンネットがアンネットでなかったら愛しはしなかったであろう。彼は自分の美しい若い妻を、女に知識は必要ないという主義で馴らしていたから、アンネットの裡に全然別種な、自分と共鳴することによって異常な興味を呼び醒された一箇の女性を発見したのであった。
この恋愛も破滅した。原因は、男の強大な主我主義と肉情によって、アンネットは自分が彼の愛人として人格的に陥りかかっている屈辱の深淵を見透し、自分の健康な自尊心をとりかえさずにいられなくなったのであった。――アンネットが確実に彼のものとなった後、彼は、アンネットの誠実な、熱烈な純一を愛する心を無視した一つずつの肉的な抱擁が、どんなにアンネットの霊魂を傷つけるかまるで考え得なかったのであった。アンネットは、大きな、死ぬばかりの苦痛を味った。
彼女の傍で、息子は次第に大きくなって来た。彼の青年期が始りかけている。――ここで第二巻は終っている。欧州戦争が始る。アンネットは母とし、一箇の自由主義者、理想主義者としてどう行動するであろうか。
私が感興を感じるのはアンネットが今日の進歩せる知識階級の女性の来ているところまで来ている点です。彼女は先天的な精神力によって階級のコムベンションを打破し、家族制度や過去の道徳に反抗している。彼女は自分一人の自由は或る程度まで完うし得た。然し、彼女はこれからどのように発展し、明日の女性に向ってどんな予言を与えるか? 次の時代に役立つどんな生活の新しき拠りどころを見出すであろうか?
有産階級から出たアンネットは、その思想の母体がブルジョアであるアナーキスティックな思想に止るであろうか――これは、作家がそこに止ることを同時に意味するが――更にどの方向に進展するであろうか。私はそこを見ものと思い楽しんでいる訳です。
〔一九二七年十月〕