晩餐が終り、程よい時が経つと当夜の主人である高畠子爵は、
「どれ――」
と云いながら客夫妻、夫人を見廻し
「書斎へでもおいで願いますかな」
「どうぞ……」
「お飲物は彼方にさしあげるように申しつけてございますから……」
「じゃあいかがです日下部さん――日本流に早速婦人方も御一緒願うとして
「お先に」
「いや、どうぞ子爵から……」
戸口でおきまりの譲り合いの後、高畠子爵が先に立って部屋を出た。後から日下部太郎が続く。彼の艶のよい、後頭部にだけ軟かな半白な髪がもしゃもしゃと遺っているペテロのような禿頭は、前を行く子爵のすらりとした羽織の渋いけし
彼の風采には、快活な眼付から真白なカフスの輝に至る迄、一種渾然と陽気さと
殊にその晩、彼の特徴は華やかに発揮された。彼は自ら座談のリーダーとなった。相手をいかにして面白がらせようなどという考慮は一切忘れ先ず自ら喋る話題に打ち込み、活溌な楽しそうに話す調子に傍の者はひとりでに巻き込まれた。その上、彼の条件がその晩はよかった。皆の体に苦情がなく、晩餐の白葡萄酒が稀に美味なものであったというばかりではない。日下部太郎はつい先頃、高畠子爵の二十六になった長女を、伊勢の豪家へ縁付ける媒酌をした。三日ばかり前に正式の結納が取り換わされたところであった。当時、高畠夫妻にとって、その未婚の長女は何より苦労の種であった。長男の妻となるべき令嬢は定っていた。昨年学習院を出たばかりの次女の縁談さえ名望ある青年貴族との間に整ったのに、
「あれは幾つになっても無色透明だな。あれでもよしわるしだ」
と述懐した、その通りの娘なのであった。どうかして、難しい小姑という地位に置かれないうち、自分だけ幸福に見すてられたと妹の島田を見て思わないうち、晨子の運命を明るくしたいという親心を、日下部太郎は同情を以て推察した。彼は、広い交際の網目を彼方此方と注意した。そして、彼が
高畠子爵は、青年が有望な外務省書記官であるのを喜んだ。夫人は、爵位のない先方が大槻伯爵の親戚であるので安心した。
日下部太郎は今晩、その礼心として内輪の招待を受けたのであった。
書斎に行くと、日下部は待っていた小間使の手をかりず、気軽に自分で椅子を煖炉の前に持ち出した。
「さあ、どうぞおこのみの席におつき下さい。御婦人がたは火のお近くに」
「いや君、それはいけない」
子爵が真面目くさって日下部を遮った。
「我々は細君方より少くも五つや六つは年上だ。年長者の特権というものは、煖炉の近くで最もいい場所を占めるにある。どれ――では失礼」
子爵は、皆を笑わせながら、どっかり安楽椅子に納まった。









