蒲団


 田中は翌朝時雄を訪うた。かれは大勢たいせいの既に定まったのを知らずに、己の事情の帰国に適せぬことを縷々るるとして説こうとした。霊肉共に許した恋人のならいとして、いかようにしても離れまいとするのである。

 時雄の顔には得意の色がのぼった。

「いや、もうその問題は決着したです。芳子が一伍一什をすっかり話した。君等は僕を欺いていたということが解った。大変な神聖な恋でしたナ」

 田中の顔はにわかに変った。羞恥しゅうちの念と激昂げっこうの情と絶望のもだえとがその胸をいた。かれは言うところを知らなかった。

「もう、止むを得んです」と時雄は言葉をいで、「僕はこの恋に関係することが出来ません。いや、もういやです。芳子を父親の監督に移したです」

 男は黙って坐っていた。あおいその顔には肉の戦慄せんりつ歴々ありありと見えた。不図ふと、急に、辞儀をして、こうしてはいられぬという態度で、此処ここを出て行った。

 午前十時頃、父親は芳子を伴うて来た。[26] 愈※いよいよ今夜六時の神戸急行で帰国するので、大体の荷物は後から送ってもらうとして、手廻の物だけまとめて行こうというのであった。芳子は自分の二階に上って、そのまま荷物の整理に取懸った。

 時雄の胸は激してはおったが、以前よりは軽快であった。二百余里の山川を隔てて、もうその美しい表情をも見ることが出来なくなると思うと、言うに言われぬわびしさを感ずるが、その恋せる女を競争者の手から父親の手に移したことはすくなくとも愉快であった。で、時雄は父親とむしろ快活に種々なる物語にふけった。父親は田舎の紳士によく見るような書画道楽、雪舟、応挙、容斎の絵画、山陽、竹田ちくでん海屋かいおく山茶さざんの書を愛し、その名幅を無数に蔵していた。話はおのずからそれに移った。平凡なる書画物語は、この一室に一時栄えた。

 田中が来て、時雄に逢いたいと言った。八畳と六畳との中じきりを閉めて、八畳で逢った。父親は六畳に居た。芳子は二階の一室に居た。

「御帰国になるんでしょうか」

「え、どうせ、帰るんでしょう」

「芳さんも一緒に」

「それはそうでしょう」

何時いつですか、お話下されますまいか」

「どうも今の場合、お話することは出来ませんナ」

「それでは一寸ちょっとでも……芳さんに逢わせて頂く訳には参りますまいか」

「それは駄目でしょう」

「では、お父様は何方へお泊りですか、一寸番地をうかがいたいですが」

「それも僕には教えて好いか悪いか解らんですから」

 取附く島がない。田中は黙ってしばし坐っていたが、そのまま辞儀をして去った。

 昼飯のぜんがやがて八畳に並んだ。これがお別れだと云うので、細君はことに注意して酒肴さけさかなそろえた。時雄も別れのしるしに、三人相並んで会食しようとしたのである。けれど芳子はどうしても食べたくないという。細君が説勧ときすすめても来ない。時雄は自身二階に上った。

 東の窓を一枚明けたばかり、暗い一室には本やら、雑誌やら、着物やら、帯やら、びんやら、行李こうりやら、支那鞄しなかばんやらが足のも無い程に散らばっていて、塵埃ほこりの香がおびただしく鼻をく中に、芳子は眼を泣腫なきはらして荷物の整理を為ていた。三年前、青春の希望くがごとき心をいだいて東京に出て来た時のさまに比べて、何等の悲惨、何等の暗黒であろう。すぐれた作品一つ得ず、こうして田舎に帰る運命かと思うと、堪らなく悲しくならずにはいられまい。

「折角支度したから、食ったらどうです。もう暫くは一緒に飯も食べられんから」

「先生──」

 と、芳子は泣出した。

 時雄も胸をいた。師としての温情と責任とを尽したかと烈しく反省した。かれも泣きたいほどわびしくなった。光線の暗い一室、行李や書籍の散逸せる中に、恋せる女の帰国の涙、これを慰むる言葉も無かった。

 午後三時、車が三台来た。玄関に出した行李、支那鞄、信玄袋を車夫は運んで車に乗せた。芳子は栗梅くりうめ被布ひふを着て、白いリボンを髪に[27]して、眼を泣腫なきはらしていた。送って出た細君の手を堅く握って、

「奥さん、左様なら……私、またきっと来てよ、きっと来てよ、来ないでおきはしないわ」

「本当にね、又出ていらっしゃいよ。一年位したら、きっとね」

 と、細君も堅く手を握りかえした。その眼には涙があふれた。女心の弱く、同情の念はその小さい胸にみなぎり渡ったのである。

 冬の日のやや薄寒き牛込の屋敷町、最先まっさきに父親、次に芳子、次に時雄という順序で車は走り出した。細君と下婢とは名残なごりを惜んでその車の後影を見送っていた。その後に隣の細君がこのにわかの出立を何事かと思って見ていた。猶その後の小路の曲り角に、茶色の帽子をかぶった男が立っていた。芳子は二度、三度まで振返った。

 車が麹町こうじまちの通を日比谷へ向う時、時雄の胸に、今の女学生ということが浮んだ。前に行く車上の芳子、高い二百三高地巻、白いリボン、やや猫背勝なる姿、こういう形をして、こういう事情の下に、荷物と共に父にれられて帰国する女学生はさぞ多いことであろう。芳子、あの意志の強い芳子でさえこうした運命を得た。教育家のやかましく女子問題を言うのも無理はない。時雄は父親の苦痛と芳子の涙とその身の荒涼たる生活とを思った。路行く人の中にはこの荷物を満載して、父親と中年の男子に保護されて行く花の如き女学生を意味ありげに見送るものもあった。

 京橋の旅館に着いて、荷物をまとめ、会計を済ました。この家は三年前、芳子が始めて父に伴れられて出京した時泊った旅館で、時雄は此処に二人を訪問したことがあった。三人はその時と今とを胸に比較して感慨多端であったが、しかも互に避けておもてにあらわさなかった。五時には新橋の停車場に行って、二等待合室に入った。

 混雑また混雑、群衆また群衆、行く人送る人の心は皆そらになって、天井に響く物音が更に旅客の胸に反響した。悲哀かなしみ喜悦よろこびと好奇心とが停車場の到る処に巴渦うずを巻いていた。一刻毎に集り来る人の群、殊に六時の神戸急行は乗客が多く、二等室も時の間に肩摩轂撃けんまこくげきの光景となった。時雄は二階の壺屋つぼやからサンドウィッチを二箱買って芳子に渡した。切符と入場切符も買った。手荷物のチッキも貰った。今は時刻を待つばかりである。

 この群集の中に、もしや田中の姿が見えはせぬかと三人皆思った。けれどその姿は見えなかった。

 ベルが鳴った。群集はぞろぞろと改札口に集った。一刻も早く乗込もうとする心が燃えて、焦立いらだって、その混雑は一通りでなかった。三人はその間をかろうじて抜けて、広いプラットホオムに出た。そして最も近い二等室に入った。

 後からも続々と旅客が入って来た。長い旅を寝て行こうとする商人もあった。くれあたりに帰るらしい軍人の佐官もあった。大阪言葉を露骨に、蝶々ちょうちょうと雑話にける女連もあった。父親は白い毛布を長く敷いて、傍に小さい鞄を置いて、芳子と相並んで腰を掛けた。電気の光が車内に差渡って、芳子の白い顔がまるで浮彫のように見えた。父親は窓際に来て、幾度も厚意のほどを謝し、後に残ることに就いて、万事をしょくした。時雄は茶色の中折帽、七子ななこ三紋みつもんの羽織という扮装いでたちで、窓際に立尽していた。

 発車の時間は刻々に迫った。時雄は二人のこの旅を思い、芳子の将来のことを思った。その身と芳子とは尽きざるえにしがあるように思われる。妻が無ければ、無論自分は芳子を貰ったに相違ない。芳子もまた喜んで自分の妻になったであろう。理想の生活、文学的の生活、堪え難き創作の煩悶はんもんをも慰めてくれるだろう。今の荒涼たる胸をも救ってくれる事が出来るだろう。「何故、もう少し早く生れなかったでしょう、私も奥様時分に生れていれば面白かったでしょうに……」と妻に言った芳子の言葉を思い出した。この芳子を妻にするような運命は永久その身に来ぬであろうか。この父親を自分のしゅうとと呼ぶような時は来ぬだろうか。人生は長い、運命はしき力を持っている。処女でないということが──一度節操を破ったということが、かえって年多く子供ある自分の妻たることを容易ならしむる条件となるかも知れぬ。運命、人生──曽かつて芳子に教えたツルゲネーフの「プニンとバブリン」が時雄の胸にのぼった。露西亜ロシアすぐれた作家の描いた人生の意味が今更のように胸をった。

 時雄の後に、一群の見送人が居た。その蔭に、柱の傍に、いつ来たか、一箇の古い中折帽を冠った男が立っていた。芳子はこれを認めて胸をとどろかした。父親は不快な感を抱いた。けれど、空想にふけって立尽した時雄は、その後にその男が居るのを夢にも知らなかった。

 車掌は発車の笛を吹いた。

 汽車は動き出した。

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Last Modified:Thursday, February 13, 2025
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