三十四
鶴さんは、その当座外で酒など飲んで来た晩などには、時々お島が自分のところへ来るまでの、長い歳月の間のことを、根掘葉掘して聴くことに興味を感じた。結婚届まですましてあったお島と作太郎との関係についての鶴さんの疑いは、お島が説明して聴す作太郎の様子などで、その時はそれで釈けるのであったが、その疑いは護謨毬のように、時が経つと、また旧に復った。
「嘘だと思うなら、まあ一度私の養家へ往ってごらんなさい。へえ、あんな奴がと思うくらいですよ。そうね、何といって可いでしょう......」お島は身顫が出るような様子をして、その男のことを話した。
「嫌う嫌わないは別問題さ。左に右結婚したと云うのは事実だろう」
「だから、それが親達の勝手でそうしたんですよ。そんな届がしてあろうとは、私は夢にも知らなかったんです」
「しかもお前達夫婦の籍は、お前の養家じゃなくて、亭主の家の方にあるんだから可怪しいよ」
最初は心にもかけなかったその籍のことを、二度も三度も鶴さんの口から聴されてから、お島は養家の人達の、作太郎を自分に押つけようとしていた真意が、漸と朧げに見えすいて来たように思えた。
「そうして見ると、あの人達は、そっくり私に迹を譲る気はなかったもんでしょうかね」お島は長いあいだ自分一人で極込んでいた、養家やその周囲に於ける自分の信用が、今になって根柢からぐらついて来たような失望を感じた。
お島は、最近の養家の人達の、自分に対するその時々の素振や言に、それと思い当ることばかり、憶出せて来た。
「畜生、今度往ったら、一捫着してやらなくちゃ承知しない」お島はそれを考えると、不人情な養母達の機嫌を取り取りして来た、自分の愚しさが腹立しかったが、それよりも鶴さんの目にみえて狎々しくなった様子に、厭気のさして来ていることが可悔かった。
二年の余も床についていた前の上さんの生きているうちから、ちょいちょい逢っていた下谷の方の女と、鶴さんが時々媾曳していることが、店のものの口吻から、お島にも漸く感づけて来た。お島はそれらの店の者に、時々思いきった小遣をくれたり、食物を奢ったりした。彼等はどうかすると、鼻ッ張の強い女主人から頭ごなしに呶鳴りつけられて、ちりちりするような事があったが、思いがけない気前を見せられることも、希らしくなかった。
鶴さんの出ていった後から、自身で得意先を一循巡って見て来たりするお島は、時には鶴さんと二人で、夜おそく土産などを提げて、好い機嫌で帰って来た。