六十四
「どうです、こんな仕事を少し助けてくれられないでしょうか」と、小野田がそう言って、持って来てくれた仕事は、これから寒さに向って来る戦地の軍隊に着せるような物ばかりであった。
それまで仕売物ばかり拵えている或工場に働いていた小野田は、そんな仕事が仲間の手に溢れるようになってから、それを請負うことになった工場の註文を自分にも仕上げ、方々人にも頼んであるいた。
「仕事はいっくらでも出ます。引受けきれないほどあります」
小野田はお島がやってみることになった、毛布の方の仕事を背負いこんで来ると、そう言ってその遣方を彼女に教えて行った。
毛布というのは兵士が頭から着る柿色の防寒外套であった。女の手に出来るようなその纏めに最初働いていたお島は、縫あがった毛布にホックや釦をつけたり、穴かがりをしたりすることに敏捷な指頭を慣した。「これのまとめ[24]24が一つで十三銭ずつです」小野田がそう云って配っていった仕事を、お島は普通の女の四倍も五倍もの十四五枚を一日で仕上げた。
手ばしこく針を動かしているお島の傍へ来て、忙しいなかを出来上りの納ものを取りに来た小野田はこくりこくりと居睡をしていた。
平気で日に二円ばかりの働きをするお島の帯のあいだの財布のなかには、いつも自分の指頭から産出した金がざくざくしていた。
「こんな女を情婦にもっていれば、小遣に不自由するようなことはありませんな」
小野田は眠からさめると、せっせと穴かがりをやっている手の働きを眺めながら、そう言ってお島の働きぶりに舌を捲いていた。
「どうです、私を情婦にもってみちゃ」お島は笑いながら言った。
「結構ですな」
小野田はそう言いながら、品物を受取って、自転車で帰っていった。
ホックづけや穴かがりが、お島には慣れてくると段々間弛っこくて為方がなくなって来た。
年の暮には、お島はそれらの仕事を請負っている小野田の傭われ先の工場で、ミシン台に坐ることを覚えていた。むずかしい将校服などにも、綺麗にミシンをかけることが出来てきた。
「訳あないや、こんなもの、男は意気地がないね」
お島はのろのろしている、仲間を笑った。
車につんで、溜池の方にある被服廠の下請をしている役所へ搬びこまれて行く、それらの納めものが、気むずかしい役員等のために非をつけられて、素直に納まらないようなことがざら[25]25にあった。
「こんなものが納まらなくちゃ為方がないじゃありませんか」
男達に代って、それらの納めものを持って行くことになったとき、お島はそう言って、ミシンが利いていないとか、服地が粗悪だとか、何だかんだといって、品物を突返そうとする役員をよく丸め込んだ。
お島のおしゃべりで、品物が何の苦もなく通過した。



