「お帰り」の前触れ勇ましく、先刻玄関先に二人びきをおりし山木は、早湯に入りて、早咲きの花菖蒲の活けられし床を後ろに、ふうわりとした座ぶとんにあぐらをかきて、さあこれからがようようこっちのからだになりしという風情。欲には酌人がちと無意気と思い貌に、しかし愉快らしく、妻のお隅の顔じろりと見て、まず三四杯傾くるところに、婢が持て来し新聞の号外ランプの光にてらし見つ。
「うう朝鮮か……東学党ますます猖獗……なに清国が出兵したと……。さあ大分おもしろくなッて来たぞ。これで我邦も出兵する――戦争になる――さあもうかるぜ。お隅、前祝いだ、卿も一つ飲め」
「あんた、ほんまに戦争になりますやろか」
「なるとも。愉快、愉快、実に愉快。――愉快といや、なあお隅、今日ちょっと千々岩に会ったがの、例の一条も大分捗が行きそうだて」
「まあ、そうかいな。若旦那が納得しやはったのかいな」
「なあに、武男さんはまだ帰って来ないから、相談も納得もありゃしないが、お浪さんがまた血を喀いたンだ。ところで御隠居ももうだめだ、武男が帰らんうちに断行するといっているそうだ。も一度千々岩につッついてもらえば、大丈夫できる。武男さんが帰りゃなかなか断行もむずかしいからね、そこで帰らんうちにすっかり処置をつけてしまおうと御隠居も思っとるのだて。もうそうなりゃアこっちのものだ。――さ、御台所、お酌だ」
「お浪はんもかあいそうやな」
「お前もよっぽど変ちきな女だ。お豊がかあいそうだからお浪さんを退いてもらおうというかと思えば、もうできそうになると今度アお浪さんがかあいそう! そんなばかな事は中止として、今度はお豊を後釜に据える計略が肝心だ」
「でもあんた、留守にお浪はんを離縁して、武男はん――若旦那が承知しなはろまいがな、なああんた――」
「さあ、武男さんが帰ったら怒るだろうが、離縁してしまッて置けば、帰って来てどう怒ってもしようがない。それに武男さんは親孝行だから、御隠居が泣いて見せなさりア、まあ泣き寝入りだな。そっちはそれでよいとして、さて肝心要のお豊姫の一条だが、とにかく武男さんの火の手が少ししずまってから、食糧つきの行儀見習いとでもいう口実で、無理に押しかけるだな。なあに、むずかしいようでもやすいものさ。御隠居の機嫌さえとりアできるこった。お豊がいよいよ川島男爵夫人になりア、彼女は恋がかなうというものだし、おれはさしより舅役で、武男さんはあんな坊ちゃんだから、川島家の財産はまずおれが扱ってやらなけりゃならん。すこぶる妙――いや妙な役を受け持って、迷惑じゃが、それはまあ仕方がないとして、さてお豊だがな」
「あんた、もう御飯になはれな」
「まあいいさ。取るとやるの前祝いだ。――ところでお豊だがの、卿もっと躾をせんと困るぜ。あの通り毎日駄々をこねてばかりいちゃ、先方行ってからが実際思われるぞ。観音様が姑だッて、ああじゃ愛想をつかすぜ」
「それじゃてて、あんた、躾はわたしばかいじゃでけまへんがな。いつでもあんたは――」
「おっとその言い訳が拙者大きらいでござるて。はははははは。論より証拠、おれが躾をして見せる。さ、お豊をここに呼びなさい」