女が一人
「何を考へていらつしやるんです。」と彼女に一言訊ねてみるが良い。
彼女は袖口を胸に重ねて、
「秋の歌。」
もし彼女がそのやうに答へたなら
「あなたは春の来るのを考へねばなりません。家へ帰つてお茶でもお煎れになつてはどうですか。春の着物の御用意はいかゞです。湯のしん/\と沸き立つた銅壷の傍で縫物をして下さい。あなたの良人は間もなく手先を赤くして帰つて来るでせう。それまであなたは過ぎ去つた秋の物思ひに耽つてはいけません。秋には幸福がありません。さア家の中へ這入らうではありませんか。もし炭箱へ手を入れることがお嫌ひなら手袋を借しませう。水は冷めたくとも間もなく帰る良人の手先を考へておやりなさい。花々はまだ花屋の窓の中で凋んではをりません。暖炉の上の花瓶から埃りをとつて先づ一輪の水仙を差し給へ。縁の上では暖く日光が猫を眠らせ、小犬は明るい自分の影に戯れてゐる筈です。だが、あなたはあの山茶花を見てはなりません。あの花はあれは淋しい。物置の影で黙然と咲きながら散つて行きます。あなたは快活に白い息をお吐きなさい。あの散り行く花弁に驚いて飛び立つ鳥のやうに。眼をくる/\むいて白い