Title: Tosa nikki
Author: Ki no Tsurayuki
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Charlottesville, Virginia
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2002
©2003 by the Rector and Visitors of the University of Virginia
About the original source:
Title: Tosa nikki
Title: Koten bunko, vol. 23
Author: Ki no Tsurayuki
Koten bunko
Tokyo
1949
Source copy consulted: University of Michigan
Note: This particular volume contains two versions of Tosa nikki. This is one of these versions. The other is called KinSeik.EUC.
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Title: Library of Congress Subject Headings
ca. 935
Japanese
fiction
prose
masculine
LCSH
October 2002
corrector
Atsuko Nakamoto and Sachiko Iwabuchi
- Proofread the etext.
October 2002
corrector
Sachiko Iwabuchi
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土佐日記(宮内府圖書寮本・近衞家本)
おとこもすなる日記といふものを、ゝむなもしてみむとてするなり。それのとしのしはすのはつかあまりひとひのいぬのときに、かどです。そのよし、いさゝかにものにかきつく。あるひと、あがたのよとせいつとせはてゝ、れいのことゞもみなしをへて、げゆなどゝりて、すむたちよりいでゝ、ふねにのるべき所へわたる。かれこれ、しるしらぬ、おくりす。としごろよくみへつる人%\なん別がたくおもひて、日しきりにとかくしつゝ、のゝしるうちによふけぬ。
廿二日に、いづみのくにまでと、たひらかに願たつ。ふぢはらのときざね、ふなぢなれどむまのはなむけす。かみなかしもゑひすぎて、いとあやしく、しほうみのほとりにてあざれあへり。
廿三日。やぎのやすのりといふひとあり。このひと、くにゝかならずしもいひつかふものにもあらざなり。これぞたゝはしきやうにて、むまのはなむけしたる。かみがらにやあらむ、くにひとのこゝろのつねとして、「いまは」とてみつざなるを、こゝろあるものはゝぢずになんにける。これはものによりてほむるにしもあらず。
廿四日。講師、むまのはなむけしにいでませり。ありとあるかみしもわらはまでゑひしれて、一文字をだにしらぬものしが、あらは十文字にふみてぞあそぶ。
廿五日。かみのたちより、よびにふみもてきたなり。よばれていたりて、ひゝとひ、よひとよ、とかくあそぶやうにてあけにけり。
廿六日。なをかみのたちにてあるじゝのゝしりて、郎等までにものかづけたり。からうた、こゑあげていひけり。やまとうた、あるじもまらうどもこと人もいひあへりけり。からうたはこれにえからず。やまとうた、あるじのかみのよめりける、
都いでゝ君にあはむとこし物をこしかひもなくわかれぬるかな
となんありければ、かへるさきのかみのよめりける、
白妙の浪ぢをとをくゆきかひてわれにゝべきはたれなるなくに
こと人々のもありけれど、さかしきもなかるべし。とかくいひて、さきののかみ、いまのももろともにおりて、いまのあるじも、さきのもてとりかはして、ゑひごとに心よげなることして、いでにけり。
廿七日。おほつよりうらどもさしてこぎいづ。かくあるうちに、京にてうまれたりしをんなご、くにゝてにはかにうせにしかば、このころのいでたちいそぎもみれど、なにごともいはず。京へかへるに、をんなごのなきのみぞかなしびこふる。ある人々もえたへず。このあひだにある人のかきていだせるうた、
都へとおもふをものゝかなしきはかへらぬ人のあればなりけり
またある時には、
あるものとわすれつゝなをなき人をいづらとゝふぞかなしかりける
といひけるあひだに、かごのさきといふ所に、かみのはらから、またこと人、これかれさけなにともておひきて、いそにおりゐて、わかれがたきことをいふ。かみのたちの人々のなかに、このきたる人%\ぞ、心あるやうにはいはれほのめく。かく別がたくいひて、かの人%\のくちあみもゝろはちにて、このうみべにてになひいだせるうた、
おしとおもふ人やとまるとあしがものうちむれてこそわれはきにけれ
といひてありければ、いといたくめでゝ、ゆく人のよめりける、
さをさせどそこひもしらぬわたつみのふかき心を君にみるかな
といふあひだに、かぢとりものゝあはれもしらで、おのれしさけをくらひつれば、ゝやくいなんとて、「しほみちぬ。風もふけぬべし。」とさはげば、ふねにのりなんとす。このをりに、ある人%\をりふしにつけて、からうたども、ときにつかはしきいふ。またある人、にしぐになれど、かひうたなどいふ。かくうたふに、ふなやかたのちりもちり、空ゆく雲もたゞよひぬとぞいふなる。こよひうらどにとまる。ふぢはらのときざね、たちばなのすゑひら、こと人々おひきたり。
廿八日。うらどよりこぎいでゝ、おほみなとをおふ。このあひだに、はやくのかみのこ、やまぐちのちみね、さけよき物どももてきて、ふねにいれたり。ゆく/\のみくふ。
廿九日。おほみなとにとまれり。くすしふりはへて、とうそ、白散、さけくはへてもてきたり。心ざしあるにゝたり。
元日。なほおなじとまりなり。白散をあるもの、「よのま」とて、ふなやかたにさしはさめりければ、かぜにふきならさせて、うみにいれて、えのまずなりぬ。いもじあらめも、はがためもなし。からやうの物なきくになり。もとめしもをかず。たゞおしあゆのくちをのみぞすふ。このすふ人びとのくちを、おしあゆもしおもふやうあらんや。「けふは都のみぞおもひやらるゝ。こへのかどのしりくべなはのよしのかしら、ひゝら木ら、いらにぞ。」とぞいひあつなる。
二日。なをおほみなとにとまれり。講師、ものさけをこせたり。
三日。おなじ所なり。もしかぜ浪のしばしとおしむ心やあらん、心もとなし。
四日。かぜふけば、えいでたゝず。まさつら、さけよき物たてまつれり。このからやうにものもてくる人に、なをしもえあらで、いさゝけわざせさすものもなし。にぎはゝしきやうなれど、まくる心ちす。
五日。風やまねば、なをおなじ所にあり。人%\たえずとぶらひにく。
六日。きのふのごとし。
七日になりぬ。おなじみなとにあり。けふはあをむまをおもへど、かひなし。たゞ浪のしろきのみぞみゆる。かゝるあひだに、人のいへのいけとなある所より、こひはなくて、ふなよりはじめて、かはのもうみのも、ことものども、ながびつにゝなひつゞけておこせたり。わかなぞけふをばしらせたる。うたあり、そのうた、
あさぢふの野べにしあれば水もなきいけにつみつるわかなゝりけり
いとをかしかし。このいけといふは、所の名なり。よき人の、おとこにつきてくだりてすみけるなり。このながびつものは、みな人、わらはまでにくれたれば、あきみちて、ふなこどもははらつゞみうちて、うみをさへおどろかして、浪たてつべし。かくて、このあひだにことおほかり。けふわりごもたせてきたる人、そのなゝどぞや、いまおもひいでむ。この人、うたよまむとおもふ心ありてなりけり。とかくいひ/\て、「なみのたつなること。」ゝをるへいひて、よめるうた、
ゆくさきにたつしら浪のこゑよりもをくれてなかむわれやまさらむ
とぞよめる。いとおほごゑよりなるべし。もてきたる物よりは、うたはいかゞあらん。このうたをこれかれあはれがれども、ひとりもかへしせず。しつべき人もまじれゝど、これをのみいたがり、ものをのみくひて、よふけぬ。このうたぬし、「またまからず。」といひてたちぬ。ある人のこのわらはなる、ひそかにいふ。「まろ、このうたのかへしせむ。」といふ。おどろきて、「いとをかしき事かな。よみてむやは。よみつべくば、はやいへかし。」といふ。「『まからず。』とてたちぬる人をまちてよまむ。」とてもとめけるを、よふけぬとにやありけむ、やがていにけり。「そも/\いかゞよむだる。」と、いぶかしがりてとふ。このわらは、さすがにはぢていはず。しゐてとへば、いへるうた、
ゆく人もとまるもそでのなみだがはみぎはのみこそぬれまさりけれ
となんよめる。かくはいふものか。うつくしければにやあらん、いとおもはずなり。わらはごとにてはなにかはせむ。おんなおきなでをしつべし。あしくもあれ、いかにもあれ、たよりあらばやらむとて、おかれぬめり。
八日。さはる事ありて、なをおなじ所。こよひ月はうみにぞいる。これをみて、なりひらの君の、「山のはにげていれずもあらなん。」ともよみてましや。いまこのうたをおもひいでゝ、ある人のよめりける、
てる月のながるゝみればあまの河いづるみなとはうみにざりける
とや。
九日のつとめて、おほみなとよりなはのとまりをおはんとて、こぎいでけり。これかれたがひに、くにのさかひのうちはとて、みおくりにくる人あまたがなかに、ふぢはらのときざね、たちばなのすゑひら、はせべのゆきまさらなん、みたちよりいでたうびしひより、こゝかしこにおひくる。この人々ぞ心ざしある人なりける。この人%\のふかき心ざしは、このうみにもおとらざるべし。これよりいまはこぎはなれてゆく。これをみをくらむとてぞ、この人どもはおひきける。かくてこぎゆくまに/\、うみのほとりにとまれる人もとほくなりぬ。ふねの人もみえずなりぬ。きしにもいふことあるべし。ふねにもおもふことあれどかひなし。かゝれど、このうたもひとりごとにしてやみぬ。
おもひやる心はうみをわたれどもふみしなければしらずやあるらむ
かくて宇多のまつばらをゆきすぐ。そのまつのかず、いくそばく、いくちとせへたりとしらず。もとごとに浪うちよせ、えだごとにつるぞとびかよふ。おもしろしとみるにたへずして、ふなびとのよめるうた、
みわたせばまつのうれにときすむつるはちよのどちとぞおもふべらなる
とや。このうたは、ところをみるにえまさらず。かくあるをみつゝこぎゆくまに/\、やまもうみもみなくれ、よふけて、にしひんがしもみえずして、
[1]Aのこと、かぢとりの心にまかせつ。おのこもならはぬは、いともこゝろぼそし。ましてをんなは、ふなぞこにかしらをつきあてゝ、ねをのみぞなく。かくおもへば、ふなこかぢとりは、ふなうたうたひて、なにともおもへらず。そのうたふうたは、
はるのゝにてぞねばなく。わかすゝきに、てきる/\へんだるなを、おやゝまぼるらむ。しうとめやくふらん。かへらや。
よんべのうなゐもがな、ぜにこはん。そらごとをして、おぎのりわざをして、ぜにもゝてここず、おのれだにこず。
これならずおほかれどもからず。これらを人のわらふをきゝて、うみはあるれども、心はすこしなぎぬ。かくゆきくらしてとまるにいたりて、おきなびとひとり、たうめひとり、あるがなかにこゝちあしみして、ものもゝのしたばでひそまりぬ。
十日。けふは、このなはのとまりにとまりぬ。
十一日。あかつきにふねをいだして、むろへをおふ。ひとみなまだねたれば、うみのありやうもみへず。たゞつきをみてぞ、にしひんがしをばしりける。かゝるあひだに、みなよあけて、手あらひ、れいのことゞもして、ひるになりぬ。いましはねといふところにきぬ。わかきわらは、この所のなをきゝて、「はねといふところは、とりのはねのやうにやある。」といふ。まだをさなきわらはのことなれば、ひと%\わらふときに、ありけるをんなわらはなん、このうたをよめる、
まことにてなにきく所はねならばとぶがごとくにみやこへもがな
とぞいへる。おとこもをんなも、いかでとく京へもがなとおもふこゝろあれば、このうたよしとにはあらねど、げにとおもひてひと%\わすれず。このはねといふところとふわらはのつゐでにぞ、またむかしへびとをおもひいでゝ、いづれのときにかわするゝ。けふはましてはゝのかなしがらるゝことは、くだりしときの人のかずたらねば、ふるうたに、「かずはたらでぞかへるべらなる。」といふことをおもひいでゝ、人のよめる、
よのなかにおもひやれどもこをこふるおもひにまさるおもひなきかな
といひつゝなん。
十二日。あめふらず。ふんとき、これもちがふねのをくれたりし、ならしづよりむろつにきぬ。
十三日のあかつきに、いさゝかにあめふる。しばしありてやみぬ。をんなこれかれゆあみなどせむとて、あたりのよろしき所におりてゆく。うみをみやれば、
くもゝみな浪とぞみゆるあまもがないづれかうみとゝひてしるべく
となんうたよめる。さてとうかあまりなれば、つきおもしろし。ふねにのりはじめしひより、ふねにはくれなゐこくよきゝぬきず。それはうみのかみにおぢてといひて。なにのあしかげにことづけて、ほやのつまのいずし、すしあはびをぞ、こゝろにもあらぬはぎにあげてみせける。
十四日。あかつきよりあめふれば、おなじところにとまれり。ふなぎみせちみす。さうじものなれば、むまときよりのちに、かぢとりのきのふつりたりしたひに、ぜになければ、よねをとりかけておちられぬ。かゝることなほありぬ。かぢとりまたゝひもてきたり。よねさけしば/\くる。かぢとりけしきあしからず。
十五日。けふあづきがゆにず。くちをしく、なほひのあしければ、ゐざるほどにぞ、けふはつかあまりへぬる。いたづらにひをふれば、人々うみをながめつゝぞある。めのわらはのいへる、
たてばたつゐればまたゐるふくかぜとなみとはおもふどちにやあるらん
いふかひなきものゝいへるに、いとにつかはし。
十六日。かぜなみやまねば、なほおなじ所にとまれり。たゞうみになみなくして、いつしかみさきといふところわたらむとのみなんおもふ。かぜなみとにゝやむべくもあらず。あるひとの、このなみたつをみてよめるうた、
しもだにもおかぬかたぞといふなれどなみのなかにはゆきぞふりける
さてふねにのりしひよりけふまでに、はつかあまりいつかになりにけり。
十七日。くもれるくもなくなりて、あかつきづくよいともおもしろければ、ふねをいだしてこぎゆく。このあひだに、くものうへもうみのそこも、おなじごとくになん有ける。むべもむかしのおとこは、「さをはうがつなみのうへの月を、ふねはおそふうみのうちのそらを。」とはいひけむ、きゝされにきけるなり。またある人のよめるうた、
みなそこのつきのうへよりこぐふねのさをにさはるはかつらなるらし
これをきゝて、あるひとのまたよめる、
かげみればなみのそこなるひさかたのそらこぎわたるわれぞわびしき
かくいふあひだに、よやうやくあけゆくに、かぢとりら、「くろきくもにはかにいできぬ。かぜふきぬべし。みふねかへしてむ。」といひて、ふねかへる。このあひだにあめふりぬ。いとわびし。
十八日。なほおなじ所にあり。うみあらければ、ふねいださず。このとまり、とほくみれども、ちかくみれども、いとおもしろし。かゝれどもくるしければ、なにごともおもほえず。おとこどちはこゝろやりにやあらん、からうたなどいふべし。ふねもいださでいたづらなれば、ある人のよめる、
いそふりのよするいそにはとしつきをいつともわかぬゆきのみぞふる
このうたはつねせぬひとのことなり。またひとのよめる、
かぜによるなみのいそにはうぐひすもはるもえしらぬはなのみぞさく
このうたどもをすこしよろしときゝて、ふねのをさしけるおきな、つきひごろのくるしき心やりによめる、
たつなみをゆきかはなかとふくかぜぞよせつゝひとをはかるべらなる
このうたどもをひとのなにかといふを、あるひときゝふけりてよめり。そのうた、よめるもじ、みそもじあまりなゝもじ。ひとみなえあらでわらふやうなり。うたぬし、いとけしきあしくてえず。まねべどもえまねばず。かけりともえよみすゑがたかるべし。けふだにいひがたし。ましてのちにはいかならん。
十九日。ひあしければ、ふねいださず。
廿日。きのふのやうなれば、ふねいださず。みなひと%\うれへなげく。くるしくこゝろもとなければ、たゞひのへぬるかずを、けふいくか、はつか、みそかとかぞふれば、およびもそこなはれぬべし。いとわびし。よるはいもねず。はつかのよのつきいでにけり。やまのはもなくて、うみのなかよりいでくる。からやうなるをみてや、むかしあべのなかまろといひけるひとは、もろこしにわたりて、かへりきけるときに、ふねにのるべきところにて、かのくにひと、むまのはなむけし、わかれをしみて、かしこのからうたつくりなどしける。あかずやありけん、はつかのよのつきいづるまでぞありける。そのつきは、うみよりぞいでける。これをみてぞなかまろのぬし、「わがくにゝかゝるうたをなむ、かみよゝりかみもよんたび、いまはかみなかしものひとも、かうやうにわかれをしみ、よろこびもあり、かなしびもあるときにはよむ。」とて、よめりけるうた、
あをうなばらふりさけみればかすがなるみかさのやまにいでしつきかも
とぞよめりける。このくにひと、きゝしるまじくおもほへたれども、ことのこゝろをおとこもじに、さまをかきいだして、こゝのことばつたへたるひとにいひしらせければ、こゝろをやきゝえたりけん、いとおもひのほかになんめでける。もろこしとこのくにとは、ことことなるものなれど、つきのかげはおなじことなるべければ、ひとの心もおなじことにやあらん。さて、いまそのかみをおもひやりて、あるひとのよめるうた、
みやこにてやまのはにみしつきなれどなみよりいでゝなみにこそいれ
廿一日。うのときばかりにふねいだす。みなひと%\のふいづ。これをみれば、はるのうみに、あきのこのはしもちれるやうにぞありける。おぼろげの願によりてにやあらん、かぜもふかず、よきひいできてこぎゆく。このあひだに、つかはれんとて、つきてくるわらはあり。それがうたうふなうた、
なほこそくにのかたはみやらるれ、わがちゝはゝありとしおもへば。かへらや。
とうたふぞあはれなる。かくうたふをきゝつゝこぎくるに、くろとりといふとり、いはのうへにあつまりをり。そのいはのもとに、なみしろくうちよす。かぢとりのいふやう、「くろとりのもとに、しろきなみをよす。」とぞいふ。このことばなにとにはなけれども、ものいふやうこそきこへたる。ひとのほどにあはねば、とがむるなり。かくいひつゝゆくに、ふなぎみなるひとなみをみて、くによりはじめて、かいぞくむくゐせんといふなることをおもふうへに、うみのまたおそろしければ、かしらもみなしらけぬ。なゝそぢやそぢは、うみにあるものなりけり。
わがゝみのゆきといそべのしらなみといづれまされりおきつしまもり
かぢとりいへ。
廿二日。よんべのとまりより、ことゝまりをおひてゆく。はるかにやまみぬ。としこゝのつばかりなるをのわらは、としよりはをさなくぞある。このわらは、ふねをこぐまにやまもゆくとみゆるをみて、あやしきことうたをぞよめる。そのうた、
こぎてゆくふねにてみればあしひきのやまさへゆくをまつはしらずや
とぞいへる。おさなきわらはのことにては、につかはし。けふうみあらけにて、いそにゆきふり、なみのはなさけり。あるひとのよめる、
なみとのみひとへにきけどいろみればゆきとはなとにまがひけるかな
廿三日。ひてりてくもりぬ。このわたりかいぞくのおそりありといへば、かみほとけをいのる。
廿四日。きのふのおなじところなり。
廿五日。かぢとりこの、「きたかぜあし。」といへば、ふねいださず。かいぞくおひくといふこと、たへずきこゆ。
廿六日。まことにやあらん、かいぞくおふといへば、よなかばかりよりふねをいだしてこぎくるみちに、たむけするところあり。かぢとりしてぬさたいまつらするに、ぬさのひむがしへちれば、かぢとりのまうしてたてまつることは、「このぬさのちるかたに、みふねすみやかにこがしめたまへ。」とまうしてたてまつる。これをきゝて、あるめのわらはのよめる、
わたつみのちふかみのかみにたむけするぬさのおひかぜやまずふかなん
とぞよめる。このあひだに、かぜのよければ、かぢとりいたくほこりて、ふねにほあげなどよろこぶ。そのをとをきゝて、わらはもをんなも、いつしかとしおもへばにやあらん、いたくよろこぶ。このなかに、あはぢのたうめといふひとのよめるうた、
おひかぜのふきぬるときはゆくふねのほてうちてこそうれしかりけれ
とぞ、いけのことにつけてつゝいのる。
廿七日。かぜふきなみあらければ、ふねいださず。これかれかしこくなげく。おとこたちのこゝろなぐさめに、からうたに、「日をのぞめばみやことほし。」などいふなることのさまをきゝて、あるをんなのよめるうた、
ふくかぜのたへぬかぎりしたちくればなみぢはいとゞはるけかりけり
ひゝとひかぜやまず。つまはじきしてねぬ。
廿八日。よもすがらあめやまず。けさも。
廿九日。ふねいだしてゆく。うち/\とてりてこぎゆく。つめのいとながくなりにたるをみて、ひをかぞふれば、けふは子日なりければきらず。むつきなれば、京のねのびのこといひいでゝ、こまつもがなといへど、うみなかなればかたしかし。あるをんなのかきていだせるうた、
おぼつかなけふはねのひかあまならばうみまつをだにひかましものを
とぞいへる。うみにて子日のうたにては、いかゞあらん。またあるひとのよめるうた、
けふなれどわかなもつまずかすがのゝわがこぎわたるうらになければ
かくいひつゝこぎゆく。おもしろきところにふねをよせて、「こゝやいどこ。」とゝひければ、「とさのとまり。」といひけり。むかしとさといひけるところにすみけるをんな、このふねにまじれりける。そがいひけらく、「むかし、しばしありしところのなくひにぞあなる。あはれ。」といひてよめるうた、
としごろをすみしところのなにしおへばきよるなみをもあはれとぞみる
とぞいへる。
卅日。あめかぜふかず。かいぞくはよるあるきせざるりときゝて、よなかばかりにふねをいだして、あはのみとをわたる。よなかなれば、にしひんがしもみえず。おとこをんな、からくかみほとけをいのりて、このみとをわたりぬ。とらうのときばかりにぬしまといふところをすぎて、たなかはといふところをわたる。からくいそぎて、いづみのなだといふところにいたりぬ。けふ、うみになみにゝたるものなし。かみほとけのめぐみかうぶれるにゝたり。けふゝねにのりしひよりかぞふれば、みそかあまりこゝぬかになりにけり。いまはいづみのくにゝきぬれば、かいぞくものならず。
二月一日。あしたのまあめふる。むまときばかりにやみぬれば、いづみのなだといふところよりいでゝこぎゆく。うみのうへ、きのふのごとくにかぜなみゝへず。くろさきのまつばらをへてゆく。ところのなはくろく、まつのいろはあをく、いそのなみはゆきのごとくに、かひのいろはすはうに、五色にいまひといろたらぬ。このあひだに、けふはこのうらといふところよりつなでひきてゆく。かくゆくあひだに、あるひとのよめるうた、
たまくしげはこのうらなみたゝぬ日はうみをかゞみとたれかみざらん
またふなぎみのいはく、「このつきまでなりぬること。」ゝなげきて、くるしきにたえずして、ひともいふことゝて、心やりにいへる、
ひくふねのつなでのながさはるのひをよそかいかまでわれはへにけり
きくひとのおもへるやう、「なぞたゞごとなる。」とひそかにいふべし。「ふなぎみのからくひねりいだしてよしとおもへることを、ゑじもこそしたべ。」とて、つゝめきてやみぬ。にはかにかぜなみたかければ、とゞまりぬ。
二日。あめかぜやまず。ひゝとひ、よもすがら、かみほとけをいのる。
三日。うみのうへきのふのやうなれば、ふねいださず。かぜのふくことやまねば、きしのなみたちかへる。これにつけてよめるうた、
をゝよりてかひなきものはおちつもるなみだのたまをぬかぬなりけり
かくてけふくれぬ。
四日。かぢとり、「けふ、かぜくものけしきはなはだあし。」といひて、ふねいださずなりぬ。しかれども、ひねもすになみかぜたゝず。このかぢとりは、ひもえはからぬかたゐなりけり。このとまりのはまには、くさ%\のうるわしきかひいしなどおほかり。かゝれば、たゞむかしのひとをのみこひつゝ、ふねなるひとのよめる、
よするなみうちもよせなんわがこふるひとわすれがいおりてひろはむ
といへれば、あるひとのたへずして、ふねのこゝろやりによめる、
わすれがいひろいしもせじしらたまをこふるをだにもかたみとおもはむ
となんいへる。をんなごのためには、おやをさなくなりぬべし。「たまならずもありけむを。」とひといはんや。されども、「しゝしこ、かほよかりき。」といふやうもあり。なほおなじところにひをふることをなげきて、あるをんなのよめるうた、
てをひでゝさむさもしらぬいづみにぞくむとはなしにひごろへにける
五日。けふからくして、いづみのなだよりをづのとまりをおふ。まつばらめもはる%\なり。これかれくるしければよめるうた、
ゆけどなほゆきやられぬはいもがうむをづのうらなるきしのまつばら
かくいひつゝくるほどに、「ふねとくこげ、ひのよきに。」ともよほせば、かぢとり、ふなこどもにいはく、「みふねよりおふせたぶなる、あさきたのいでこぬさきにつなではやひけ。」といふ。このことばのうたのやうなるは、かぢとりのおのづからのことばなり。かぢとりはうつたへに、われうたのやうなることいふとにもあらず。きくひとの、「あやしくうためきてもいひつるかな。」とてかきいだせれば、げにみそもじあまりなりけり。「けふなみなたちそ。」とひと%\ひねもすにいのるしるしありて、かぜなみたゝず。いまし、かもめむれゐてあそぶところあり。京のちかづくよろこびのあまりに、あるわらはのよめるうた、
いのりくるかざまともふねをあやなくもかもめさへだになみとみゆらむ
といひてゆくあひだに、いしべといふところのまつばらおもしろくて、はまべとほし。またすみよしのわたりをこぎゆく。あるひとのよめるうた、
いまみてぞみをばしりぬるすみの江のまつよりさきにわれはへにけり
こゝにむかしへびとのはゝ、ひとひかたときもわすれねばよめる、
すみの江にふねさしよせよわすれぐさしるしありやとつみてゆくべく
となん。うつたへにわすれなんとにはあらで、こひしきこゝちしばしやすめて、またもこふるちからにせむとなるべし。かくいひてながめつゝくるあひだに、ゆくりなくかぜふきて、こげども/\しりしぞきにしぞきて、ほと/\しくうちはめつべし。かぢとりのいはく、「このすみよしの明神は、れゐのみぞかし。ほしきものぞおほすらむ。」とはいまめくものか。さて、「ぬさをたてまつりたまへ。」といふ。いふにしたがひて、ぬさたいまつる。かくたいまつれどももはらかぜやまで、いやふきに、いやたちに、かぜなみのあやふければ、かぢとりまたいはく、「ぬさにはみこゝろのいかねば、みふねもゆかぬなり。なほうれしとおもひたぶべきものたいまつりたべ。」といふ。またいふにしたがひて、「いかゞはせむ。」とて、「まなこもこそふたつあれ。たゞひとつあるかゞみをたいまつる。」とて、うみにうちはめつればくちをし。されば、うちつけにうみはかゞみのおもてのごとなりぬれば、あるひとのよめるうた、
ちはやふるかみのこゝろをあるゝうみにかゞみをいれてかつみつるかな
いた、すみの江、はすれぐさ、きしのひめまつなどいふかみにはあらずかし。めもうつら/\、かゞみにかみのこゝろをこそはみつれ。かぢとりのこゝろは、かみのみ心なりけり。
六日。みをつくしのもとよりいでゝ、なにはにつきて、かはじりにいる。みなひと%\、おんなおきな、ひたひにてをあてゝよろこぶことふたつなし。かのふなゑひのあはぢのしまのおほいこ、みやこちかくなりぬといふをよろこびて、ふなぞこよりかしらをもたげて、かくぞいへる、
いつしかといぶせかりつるなにはがたあしこぎそけてみふねきにけり
いとおもひのほかなる人のいへれば、ひと%\あやしがる。これがなかに、こゝちなやむふなぎみいたくめでゝ、「ふなゑひしたうべりしみかほには、にずもあるかな。」といひける。
七日。けふかはじりにふねいりたちてこぎのぼるに、かはのみづひてなやみわずらふ。ふねのゝぼることいとかたし。かゝるあひだに、ふなぎみの病者、もとよりこち%\しきひとにて、かうやうのことさらにしらざりけり。かゝれども、あはぢたうめのうたにめでゝ、みやこほこりにもやあらむ、からくしてあやしきうたひねりいだせり。そのうたは、
きときてはかはのぼりぢのみづをあさみふねもわがみもなづむけふかな
これはやまひをすればよめるなるべし。ひとうたにことのあかねば、いまひとつ、
とくとおもふふねなやますはわがためにみづのこゝろのあさきなりけり
このうたは、みやこちかくなりぬるよろこびにたへずして、いへるなるべし。あはぢのごのうたにおとれり。「ねたき。いはざらましものを。」とくやしがるうちに、よるになりてねにけり。
八日。なほかはのぼりになづみて、とりかひのみまきといふほとりにとまる。こよひ、ふなぎみれいのやまひおこりて、いたくなやむ。あるひとあざらかなるものもてきたり。よねしてかへりごとす。おとこどもひそかにいふなり。「いひぼしてもつゝる。」とや。かうやうのことゝころ%\にあり。けふせちみすれば、いを不用。
九日。こゝろもとなさに、あけぬから、ふねをひきつゝのぼれども、かはのみづなければ、ゐざりにのみぞゐざる。このあひだに、わだのとまりのあかれのところといふ所あり。よねいをなどこえば、おこなひつ。かくてふねひきのぼるに、なぎさの院といふところをみつゝゆく。その院、むかしおもひやりてみれば、おもしろかりけるところなり。しりへなるおかには、まつのきどもあり。なかのにはには、むめのはなさけり。こゝにひと%\のいはく、「このむかしなだかくきこへたるところなり。故これたかのみこの
[2]ほんともに、故ありはらのなりひらの中將の、『よのなかにたえてさくらのさかざらばゝるのこゝろはのどけからまし』といふうたによめるところなりけり。」いま、けふあるひと、ところにゝたるうたよめり。
千よへたるまつにはあれどいにしへのこゑのさむさはかはらざりけり
またあるひとのよめる、
きみこひてよをふるやどのむめのはなむかしのかにぞなほにほひける
といひつゝぞ、みやこのちかづくをよろこびつゝのぼる。かくのぼるひと%\のなかに、京よりくだりしときに、みなひと子どもなかりき。いたれりしくにゝてぞ、子うめるものどもありあへる。ひとみなふねのとまるところに、こをいだきつゝおりのりす。これをみて、むかしのこのはゝ、かなしきにたへずして、
なかりしもありつゝかへるひとのこをありしもなくてくるがゝなしさ
といひてぞなきける。ちゝもこれをきゝていかゞあらむ。かうやうのこともうたも、このむとてあるにもあらざるべし。もろこしもこゝも、おもふことにたへぬときのわざとり。こよひうどのといふところにとまる。
十日。さはることありてのぼらず。
十一日。あめいさゝかにふりてやみぬ。かくてさしのぼるに、ひんがしのかたにやまのよこほれるをみて、ひとにとへば、「やはたのみや。」といふ。これをきゝてよろこびて、ひと%\をがみたてまつる。やまざきのはしみゆ。うれしきことかぎりなし。こゝに相應寺のほとりに、しばしふねをとゞめて、とかくさだむることあり。このてらのきしほとりに、やなぎおほくあり。あるひと、のやなぎのかげのかはのそこにうつれるをみてよめるうた、
さゞれなみよするあやをばあをやぎのかげのいとしておるかとぞみる
十二日。やまざきにとまれり。
十三日。なほやまざきに。
十四日。あめふる。けふくるま京へとりにやる。
十五日。けふくるまゐてきたり。ふねのむつかしさに、ふねよりひとのいへにうつる。このひとのいへ、よろこべるやうにてあるじしたり。このあるじの、またあるじのよきをみるに、うたておもほゆ。いろ/\にかへりごとす。いへのひとのいでいりにくげならず、ゐやゝかなり。
十六日。けふのようさつかた、京へのぼるついでにみれば、やまざきのこひつのゑも、まがりのおほちのかたもかはらざりけり。うりびとのこゝろをぞしらぬとぞいふなる。かくて京へいくに、しまさかにて、ひとあるじゝたり。かならずしもあるまじきわざなり。たちてゆきしときよりは、くるときぞひとはとかくありける。これにもかへりごとす。よるになして京へはいらんとおもへば、いそぎしもせぬほどにつきいでぬ。かつらがは、あすかゞはにあらねば、ふちせさらにかはらざりけり。」といひて、あるひとのよめるうた、
ひさかたのつきにおひたるかつらがはそこなるかげもかはらざりけり
またあるひとのいへる、
あまぐものはるかなりつるかつらがはそでをひでゝもわたりぬるかな
またあるひとよめり。
かつらがはわがこゝろにもかよはねどおなじふかさにながるべらなり
京のうれしきあまりに、うたもあまりぞおほかる。よふけてくれば、ところ%\もみへず。京にいりたちてうれし。いへにいたりてかどにいるに、つきあかければ、いとよくありさまみゆ。きゝしよりもまして、いふかひなくぞこぼれやぶれたる。いへにあづけたりつるひとのこゝろも、あれたるなりけり。なかゞきこそあれ、ひとついへのやうなれば、のぞみてあづかれるなり。さるは、たよりごとに、ものもたへずえさせたり。こよひかゝることゝ、こわだかにものもいはせず。いとはつらくみゆれど、こゝろざしはせんとす。さていけめいてくぼまり、みづゝけるところあり。ほとりにまつもありき。いつとせむとせのうちに、千とせやすぎにけむ、かたへはなくなりにけり。いまおひたるぞまじれる。おほかたの、みなあれにたれば、「あはれ。」とぞひと%\いふ。おもひいでぬことなく、おもひこひしきがうちに、このいへにうまれしをんなごのもろともにかへらねば、はかなしき。ふなびともみなこたかりてのゝしる。かゝるうちに、なほかなしきにたへずして、ひそかにこゝろしれるひとゝいへりけるうた、
むまれしもかへらぬものをわがやどにこまつのあるをみるがゝなしさ
とぞいへる。なほあかずやあらむ、またかくなん。
みしひとのまつのちとせにみましかばとほくかなしきわかれせましや
わすれがたく、ゝちをしきことおほかれど、衣つくさず。とまれかうまれ、とくやりてん。
[1] A character in place of A is not available in the JIS code table. Iwanami's Nihon koten bungaku taikei reads てけ. Nihon koten bungaku taikei (Tokyo: Iwanami Shoten, 1965-66).
[2] A character here in our copy-text is illegible.