風雅和歌集

Fūga wakashū

作者複数 Various

風雅和歌集卷第二十
賀歌

2146

民部卿爲定

百首の歌奉りし時

かぎりなき惠を四方に敷島のやまと志まねは今榮ゆなり
2147

皇太后宮大夫俊成

慶賀の歌とてよめる

誠にや松は十かへり花さくと君にぞ人のとはむとすらむ
2148

俊頼朝臣

題しらず

大よどの濱の眞砂を君が代の數にとれとや波もよすらむ
2149

大藏卿行宗

君が代の程は定めじ千年ともいふは愚になりぬべければ
2150

從三位頼政

前參議經盛、賀茂の社にて歌合し侍りけるに、祝の心を

斧のえをくたす仙人歸りきて見るとも君が御代は變らじ
2151

冷泉前太政大臣

寳治の百首の歌の中に、寄日祝といふことを

三笠山峯たちのぼる朝日影空にくもらぬよろづよのはる
2152

山階入道前左大臣

岩戸出でし日影は今も曇らねば畏き御代をさぞ照すらむ
2153

花山院前内大臣

わが君の大和島根を出づる日は唐までもあふがざらめや
2154

大江宗秀

おなじ心を

天の下誰かはもれむ日のごとくやぶしもわかぬ君が惠に
2155

前大納言俊定

山月を

千世ふべき龜のを山の秋の月くもらぬ影は君がためかも
2156

後山本前左大臣

嘉元の百首の歌に、祝

曇なく照しのぞめる君が代は月日と共に盡きじとぞ思ふ
2157

春宮大夫實夏

寄月祝を

曇なく高天の原に出でしつき八百萬代のかゞみなりけり
2158

二品法親王慈道

叙品の後、題をさぐりて歌よみ侍りけるに、禁中月といふ事を

祈りこし雲居の月もあきらけき御代の光に身を照すかな
2159

貫之

延喜の御時、御屏風の歌

あたらしく明くる年をば百年の春の始とうぐひすぞなく
2160

能宣朝臣

正月の頃ある所のうぶやにてよめる

時しもあれ春の始に生ひたてる松は八千世の色もそへなむ
2161

法橋顯昭

人の家に子の日の小松をうゑて侍りけるに雪のふりかゝるを見てむすびつけゝる

雪ふれば花さきにけり姫小松二葉ながらや千世をへぬ覽
2162

能宣朝臣

清愼公の七十の賀の屏風の歌

はる%\と遠き匂ひは梅の花風にそへてぞ傳ふべらなる
2163

權大納言長家

長元六年、内裏にて翫新成櫻花といふことを

色かへぬ松も何なり萬代にときはに匂ふはなもさければ
2164

中務

廉義公賀志侍りける時、屏風の繪に、人の花みてかへる所

飽かでけふ歸ると思へど花櫻折るべき春やつきせざりける
2165

前大納言爲氏

寳治元年三月三日西園寺へ御幸ありて翫花といふことを講ぜられけるに

千年ふるためしを今に始めおきて花の御幸の春ぞ久しき
2166

山階入道前左大臣

君が代に逢ふもかひある糸櫻年のを長く折りてかざゝむ
2167

右近大將通忠

櫻花千年の春のをりにあひて君がときはの色ならはなむ
2168

深心院關白前左大臣

正和三年西園寺にて一切經供養せられける次の日、翫花といふ事を講ぜられけるに

けふよりは散らでしにほへ櫻花君が千年の春をちぎりて
2169

山階入道前左大臣

君が爲移しうゑける花なれば千世のみゆきの春も限らじ
2170

後深草院少將内侍

櫻花あまた千年のかざしとやけふの御幸の春にあふらむ
2171

入道前關白左大臣

藤を

行末を松の緑に契りおきて木高くかゝれやどのふぢなみ
2172

從二位隆博

文永八年正月叙位に一級ゆるされ侍りけるに内裏にて、禁庭松久といふ事を講ぜられけるによみ侍りける

千世ふべき雲居の松にみつる哉一志ほまさるはるの惠は
2173

圓光院入道前關白太政大臣

嘉元二年、伏見院に三十首の歌奉りける時、社頭祝

大原や神代の松の深みどり千世もと祈るすゑのはるけさ
2174

祝部成仲

七十の賀しけるに人々の歌おくりて侍りければよみ侍りける

諸人の祝ふことの葉みるをりぞ老木に花のさく心ちする
2175

建禮門院右京大夫

小松内大臣の家に菊合し侍りけるに人にかはりてよみ侍りける

移しうゝる宿の主人も此の花も共に老せぬ秋ぞかさねむ
2176

康資王母

前中納言匡房二度帥になりたるよろこび申しつかはすとて

かくしあらば千年の數もそひぬらむ二度みつる箱崎の松
2177

土御門院小宰相

寳治の百首の歌の中に、寄松祝

神路山もゝえの松もさらに又いく千代君に契りおくらむ
2178

後京極攝政前太政大臣

建仁元年三月、歌合に、寄神祇祝といふ事を

君が代の志るしとこれを宮川の岸の杉むら色もかはらず
2179

民部卿爲定

文保三年、百首の歌の中に

九重のみ垣に志げるくれ竹の生ひそふ數は千世の數かも
2180

前大納言尊氏

建武元年中殿にて竹有佳色といふ事を講ぜられけるに

百敷や生ひそふ竹の數ごとに變らぬ千世の色ぞみえける
2181

從二位爲子

後伏見院立坊のはじめつかた遊義門院よりたかむなのはうきを奉られて、これはすゞか、竹か、いづれと見わきてと女房の中へ仰事ありければ、つゝみ紙にかきつけ侍りける

春秋の宮居色そふ時にあひて萬代ちぎるたけとこそみれ
2182

宮内卿永範

法性寺入道前關白の家にて鶴契遐年といふ事をよみ侍りける

葦たづは千年までとや契るらむ限らぬ物を君がよはひは
2183

冷泉前太政大臣

續古今の竟宴に

むかし今ひろへる玉藻數々に光をそふるわかのうらなみ
2184

後京極攝政前太政大臣

和歌所にて皇太后宮大夫俊成に九十の賀給はせける時

百年に十年およばぬ苔の袖けふのこゝろや包みかねぬる
2185

祝部成茂

七十の賀の後よみ侍りける

君がため又七十ぢを保ちてもあかずや祈る神につかへむ
2186

藤原光俊朝臣

寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、杣山を

世を照す日高の杣の宮木もり繁きみかげに今か逢ふらし
2187

院御歌

百首の御歌の中に

水上の定めし末は絶えもせずみもすそ川の一つながれに
2188

寄國祝を

あし原やみだれし國の風をかへて民の草葉も今なびく也
2189

前左大臣

河といふ事を

くちなしの色に流るゝ河水も十度すむべき君がみよかな
2190

祭主定忠

雜の歌に

みことのりみだれぬ道の障りなく豐葦原の國ぞをさまる
2191

如願法師

後鳥羽院の御時五人に二十首の歌をめして百首にかきなされける時、祝の歌

あひ難き御代にあふみの鏡山曇なしとはひともみるらむ
2192

兼盛

天禄元年大甞會の悠紀方の屏風の歌、近江國勢多の橋をよめる

御調物たえずそなふる東路の勢多のなが橋音もとゞろに
2193

前中納言匡房

承保元年大甞會の巳の日の退出の音聲の樂急、ふなせのはし

御調物はこぶふなせのかけ橋に駒の蹄のおとぞたえせぬ
2194

おなじ屏風の歌、人の家の門田にいねかる所あり。

君が代は賤の門田にかる稻の高くら山にみちぬべきかな
2195

ひおきのむら人おほき所

曇なき君が御代にはあかねさす日おきの里も賑ひにけり
2196

寛治元年、大甞會の屏風に、小松原のもとにながるる水あり、その所にすむ人あり。

小松原したゆく水の凉しきに千年のかずを結びつるかな
2197

皇太后宮大夫俊成

仁安元年大甞會の辰の日の退出の音聲、音高山

吹く風は枝もならさで萬代とよばふ聲のみおとたかの山
2198

正二位隆博

正應元年大甞會の主基方の屏風に、奈加良川岸菊盛開行人汲下流

汲む人のよはひもさこそ長月やながらの川の菊のした水
2199

前大納言俊光

永仁六年大甞會の悠紀方の屏風、長澤池端午日採菖蒲

君が代の長き例に長澤のいけのあやめも今日ぞひかるゝ
2200

正二位隆博

おなじ大甞會の主基方の屏風、増井納凉の人あり。

凉しさをます井の清水結ぶ手にまづ通ひくる萬代のあき
2201

正二位隆教

暦應元年大甞會の悠紀方の神樂の歌、近江國鏡山

岩戸あけし八咫の鏡の山かづらかけて現しき明けき世は
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Last Modified: Thursday, January 09, 2014
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