後拾遺和歌集 (Goshūi wakashū) — 後拾遺和歌集第十三 戀三 作者複数 (Various) 1086 Goshūi wakashū 後拾遺和歌集 Various 作者複数 Heian Period 中古 11th century 11世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1086 ごしゅういわかしゅう Goshūi wakashū 後拾遺和歌集 ごしゅういわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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後拾遺和歌集 Goshūi wakashū
作者複数 Various
後拾遺和歌集第十三 戀三
715
後朱雀院御製
陽明門院皇后宮と申しける時久しく内に參らせ給はざりければ五月五日うちよりたてまつらせ給ひける
あやめ草かけし袂のねを絶えて更に戀路にまよふころ哉
716
清原元輔
ぶくに侍りけるころ忍びたる人につかはしける
藤衣はつるゝ袖の糸よわみたえてあひみぬ程ぞわりなき
717
伊勢大輔
高階成順石山にこもりて久しうおとし侍らざりければよめる
みるめこそ近江の海に難からめ吹きだに通へ志がの浦風
718
叡覺法師
あひそめて又も逢ひ侍らざりける女につかはしける
秋風になびき乍も葛の葉の恨めしくのみなどかみゆらむ
719
大江匡衡朝臣
津の國にあからさまにまかりて京なる女につかはしける
戀しきに難波のことも思ほえずたれ住吉の松といひけむ
720
祭主輔親
源遠古が娘に物いひわたり侍りけるに彼が許にありける女を又つかへ人あひすみ侍りけり。伊勢の國に下りて都こひしうおぼえけるにつかへ人もおなじ心にや思ふらむとおしはかりてよめる
わが思ふ都の花のとぶさゆゑ君も志づえの志づ心
[1]あちじ 13
721
光朝法師母
橘則光の朝臣陸奥守にて侍りけるにおくのこほりにまかりいるとて春なむ歸るべきといひおこせて侍りければ女のよめる
片しきの衣の裾は氷りつゝいかですぐさむ解くる春まで
722
藤原國房
遠き所なる女につかはしける
戀しさは思ひやるだに慰むを心におとる身こそつらけれ
723
大中臣能宣朝臣
人の語らふ女を忍びて物いひ侍りけるに物にまかりて歸りける道に此女を男田舎へゐて下り侍りけり。逢坂の關にゆきあひてせむ方なく思ひ侘びて人をかへしていひつかはしける
いづ方をわれながめまし邂逅にゆき逢坂の關なかりせば
724
讀人志らず
かへし
行歸り後に逢ふとも此度はこれよりこゆる物思ひぞなき
725
民部卿經信
あづまに侍りける人に遣しける
東路の旅の空をぞ思ひやるそなたにいづる月をながめて
726
康資王母
かへし
思ひやれ志らぬ雲ぢも入方の月より外のながめやはある
727
左近中將隆綱
おなじ人につかはしける
歸るべき程を數へてまつ人は過ぐる月日ぞ嬉しかりける
728
康資王母
かへし
東屋のかやが下にし亂るれば今や月日の行くも志られず
729
藤原惟規
題志らず
霜枯のかやが下をれとにかくに思亂れてすぐすころかな
730
増基法師
ものへまかりけるになるみの渡りといふ所にて人を思ひ出でゝよみ侍りける
かひなきは猶人志れず逢事のはるかなるみの恨なりけり
731
右大辨通俊
遠き所に侍りける女に遣しける
おもひやる心の空にゆき歸り覺束なさをかたらましかば
732
讀人志らず
清家が父の許にあはの國に下りて侍りける時彼國の女に物いひわたり侍りけり。父津の國になり移りて罷り上りければ女便りにつけて遣しける
心をば生田の杜にかくれ共戀しきにこそ志ぬべかりけれ
733
律師慶意
たのめたるわらはの久しう見え侍らざりければよみ侍りける
頼めしを待つに日數の過ぬれば玉の緒弱み絶えぬべき哉
734
讀人志らず
源頼綱の朝臣父のともに美濃國に下り侍りける時彼の國の女にあひて又おともし侍らざりければ女のよめる
淺ましや見しは夢かととふ程に驚かすにも成ぬべきかな
735
大和宣旨
中納言定頼が許に遣はしける
はる%\と野中に見ゆる忘れ水絶間々々をなげく頃かな
736
大納言忠家
題志らず
如何計嬉しからまし面影に見ゆるばかりの逢夜なりせば
737
讀人志らず
男有りける女を忍びて物いふ人侍りけり。ひまなきさまを見てかれ%\に成り侍りければ女のいひつかはしける
我宿の軒のしのぶにことよせてやがても茂るわすれ草かな
738
皇太后宮陸奥
成資の朝臣大和守にて侍りける時物いひわたり侍りけり。たえて年へにける後、宮にまゐりて侍りける車にいれさせて侍りける
あふ事を今は限とみわの山杉の過ぎにしかたぞこひしき
739
讀人志らず
五せちに出で侍りける人をかならずたづねむといふ男侍りけれど[2]音せざりけれは女にかはりで 14 つかはしける
杉村といひて志るしもなかりけり人の尋ねぬみわの山本
740
相模
題志らず
住吉の岸ならねども人志れぬ心のうちのまつぞわびしき
741
僧都遍救
思ひけるわらはの三井寺にまかりて久しう音もし侍らざりければよみ侍りける
逢坂の關の清水や濁るらむ入りにし人のかげもみえぬは
742
左京大夫道雅
題志らず
涙やは又も逢ふべきつまならむなくより外の慰めぞなき
743
前律師慶暹
語らひ侍りけるわらはのこと人に思ひつきければ久しう音もせで侍りけるにさすがにおぼえければよみて遣はしける
よそ人に成果てぬとや思ふ覽恨むるからに忘れやはする
744
大中臣輔弘
忘れじとちぎりたる女の久しうあひ侍らざりければつかはしける
つらし共思ひしらでぞやみなまし我も果てなき心也せば
745
和泉式部
久しうとはぬ人の音づれて又音もせずなり侍りにければいひつかはしける
中々にうかりし儘にやみにせば忘るゝ程に成も志なまし
746
題志らず
憂世をもまた誰にかは慰めむ思ひ志らずもとはぬ君かな
747
源政成
物いひわたり侍りける女おやなどにつゝむ事ありて心にもかなはざりければよめる
逢迄や限なる覽と思ひしを戀はつきせぬ物にぞありける
748
左京大夫道雅
伊勢の齋宮わたりよりまかり上りて侍りける人に忍びて通ひける事をおほやけもきこしめしてまもりめなどつけさせ給ひて忍びにも通はずなりにければよみ侍りける
逢坂は東路とこそきゝしかど心盡しのせきにぞありける
749
榊葉のゆふしでかけしそのかみに押返しても渡る頃かな
750
今は唯思絶えなむとばかりを人傳ならでいふよしもがな
751
又おなじ所にむすびつけさせ侍りける
陸奥のをだえの橋や是ならむふみゝふまずみ心まどはす
752
前大納言經輔
心ざし侍りける女のことざまに成りて後石山に籠りあひて侍りければよみ侍りける
こひしさも忘れやはする中々に心さわがす志賀のうら波
753
相模
中納言定頼いまは更にこじなどいひて歸りて音もし侍らざりければつかはしける
こじとだにいはで絶なばうかりける人の誠を爭で志らまし
754
題志らず
たが袖に君かさぬらむ唐衣夜な/\我にかたしかせつゝ
755
和泉式部
黒髮の亂れて志らず打臥せばまづかきやりし人ぞ戀しき
756
清原元輔
ある女に
移香の薄くなり行くたき物のくゆる思に消えぬべきかな
757
和泉式部
男に忘られてさうぞくなどつゝみておくり侍りけるにかはの帶に結びつけ侍りける
泣き流す涙に堪へで絶えぬればはなだの帶の心地社すれ
758
相模
題志らず
中たゆる葛城山の岩橋はふみ見る事もかたくぞありける
759
大貳良基
二條院に侍りける人のもとにつかはしける
忘れなむと思ふさへ社思ふ事叶はぬ身には叶はざりけれ
760
高橋良成
題志らず
忘れなむとおもふにぬるゝ袂かな心ながきは涙なりけり
761
大納言忠家母
如何計覺束なさを嘆かましこの世のつねと思ひなさずば
762
權僧正靜圓
あふ事のたゞひたぶるの夢ならば同じ枕に又もねなまし
763
和泉式部
心地れいならず侍りけるころ人のもとにつかはしける
あらざらむ此世のほかの思出に今一たびの逢ふ事もがな
764
藤原惟規
父の許に越の國に侍りける時重くわづらひて京に侍りける齋院の中將が許に遣しける
都にも戀しき事の多かれば猶このたびはいかむとぞ思ふ
765
周防内侍
心變りける人の許に遣はしける
契りしに非ぬつらさも逢事のなきにはえ社恨みざりけれ
766
西宮前左大臣
題志らず
忘れなむそれも恨みず思ふ覽戀ふ覽とだに思ひおこせよ
767
藤原道信朝臣
七月七日女の許に遣はしける
年の内にあはぬ例の名をたてゝ我れ棚機にいまるべき哉
768
増基法師
棚機をもどかしとのみ我がみしも果は逢見ぬ例とぞなる
769
馬内侍
題志らず
蜘蛛手さへかきたえにける笹蟹の命を今は何にかけまし
13 [1] Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1; hereafter cited as SKT) reads あらじ.
14 [2] SKT reads 音せざりければ女にかはりて.