千載和歌集卷第十六 雜歌上
956
法成寺入道前太政大臣
上東門院より六十賀おこなひ給ひける時よみ侍りける
數へ志る人なかりせばおく山の谷の松とや年をつまゝし
957
大納言齊信
上東門院入内の時の御屏風に松ある家に笛ふき遊び志たる人ある所を詠み侍りける
笛竹のよふかき聲ぞきこゆなる峰の松風ふきやそふらむ
958
皇后宮清少納言
一條院の御時皇后宮五節奉られける時、辰の日かしづき十二人わらは下づかへまで青ずりをなむ着せられたりけるに、兵衛といふがあかひものとけたりけるをこれむすばゞやといふをきゝて、中將實方朝臣よりてつくろふとて、足びきの山井のみづはこほれるをいかなるひものとくるなるらむといふをきゝて返事によみ侍りける
上氷あはに結べる紐なればかざす日影にゆるぶばかりぞ
959
上東門院紫式部
十二月ばかりに門をたゝきかねてなむ歸りにしと恨みたりける男、としかへりてかどは明きぬらむやといひて侍りければ遣はしける
たが里の春のたよりに鶯のかすみにとづる宿をとふらむ
960
藤原道信朝臣
藤原實方朝臣のとのゐ所にもろともにふしてあかつきかへりて朝につかはしける
妹とねておきゆく朝の道よりもなか/\物の思はしき哉
961
周防内侍
二月ばかり月のあかき夜二條院にて人々あまたゐあかして物語などし侍りけるに、内侍周防よりふして枕をがなと忍びやかにいふを聞きて、大納言忠家是を枕にとてかひなをみすの下よりさし入れて侍りければよみ侍りける
春の夜の夢計なる手枕にかひなくたゝむ名こそをしけれ
962
大納言忠家
といひ出し侍りければ返事によめる
契ありて春の夜深き手枕をいかゞかひなき夢になすべき
963
皇后宮定子
一條院の御時皇后宮に清少納言はじめて侍りけるに比三月計に二三日まかり出で侍りける
いかにして過ぎにし方を過し劔暮しわぶてふ昨日今日哉
964
清少納言
御かへし
雲の上も暮らしかねける春の日を所がら共詠めつるかな
965
選子内親王
[1]いぶがしく 6 おぼされける人のむすめの女房のつぼねにゆかりありて忍びてかたゝがへにまゐれりけるをあかつきとく出でにければつかはしける
逢見むと思ひしことをたがふればつらき方にも定めつる哉
966
齋院中將
選子内親王に侍りける右近、後の齋院にまゐりて御禊のいだし車にのるときゝて又の日つかはしける
みそぎせし鴨の川浪立ち返り早く見し世に袖はぬれきや
967
藤原實方朝臣
まつりのつかひにて神だちの宿所より齋院の女房につかはしける
千早振いつきの宮の旅寐にはあふひぞくさの枕なりける
968
和泉式部
彈正尹爲尊のみこかくれ侍りて後太宰帥敦道のみこ花たちばなをつかはしていかゞ見るといひて侍りければつかはしける
馨る香によそふるよりは時鳥きかばや同じ聲やしたると
969
八條前太政大臣
上西門院かものいつきと申しけるをかはらせ給ひてからさきにはらへし給ひける御ともにて女房のもとにつかはしける
昨日まで御手洗河にせしみそぎしがの浦浪立ちぞ變れる
970
式子内親王
かものいつきかはり給うて後からさきのはらへ侍りける又の日雙林寺のみこのもとより昨日は何事かなど侍りけるかへり事につかはされ侍りける
御手洗や影絶果つる心地してしがの浪路に袖ぞぬれこし
971
大宮前太政大臣
右兵衛督に侍りける時中院右大臣中納言に侍りけるにゆみをかりおきて侍りけるをつかさ辭し申してこもりゐ侍りける時かの弓を返しおくるとてそへて遣はしける
八年まで手慣したりし梓弓歸るをみるにねぞ泣かれける
972
中院の右のおほいまうち君
かへし
何かそれ思ひ捨つべき梓弓またひきかへす時もありなむ
973
左京大輔顯輔
[2] 7
右大將兼長春日のまつりの上卿に立ち侍りけるともに藤原範綱が子清綱が六位に侍りけるに忍摺の狩衣をきせて侍りけるをおかしく[3]見えけれ又ばの日 8 のりつながもとにさしおかせ侍りける
昨日見し忍ぶもぢずり誰ならむ心のほどぞ限りしられぬ
974
紫式部
上東門院に侍りけるをさとに出でたりけるころ女房の、せうそこのついでに箏つたへにまうでむといひて侍りければ遣はしける
露しげき蓬がもとの虫の音をおぼろげにてや人の尋ねむ
975
從三位頼政
二條院の御時とし比おほうちまもることをうけたまはりてみかきのうちに侍りながら昇殿はゆるされざりければ、行幸ありける夜月のあかゝりけるに女房のもとに申し侍りける
人しれぬ大内山の山もりは木がくれてのみ月を見るかな
976
權中納言實綱
三條の女御〓子遁世の後あふぎがみに月見だしてつかはし侍りけるとそへて侍りける
秋をへて光をませと思ひしに思はぬ月の影にもあるかな
977
仁和寺後入道法親王
月爲友といへる心を
とふ人に思ひよそへて見る月の曇るは歸る心地こそすれ
978
法性寺入道前太政大臣
月の歌あまたよませ侍りける時よみ侍りける
さゞ浪や國津御神のうらさびて古きみやこに月獨りすむ
979
天の原空ゆく月はひとつにて宿らぬ水のいかでなからむ
980
中務卿具平親王
題志らず
獨ゐて月をながむる秋の夜はなにごとをかは思ひ殘さむ
981
赤染衛門
物思はぬ人もや今宵詠むらむねられぬ儘に月を見るかな
982
相模
眺めつゝ昔も月は見し物をかくやは袖のひまなかるべき
983
和泉式部
獨のみ哀なるかとわれならぬ人にこよひの月をみせばや
984
久我内大臣
おもふこと侍りける比月のいみじくあかく侍りけるによみ侍りける
かく計浮世の中の思ひ出に見よともすめる夜半の月かな
985
皇太后宮大夫俊成
山家月といへる心をよみ侍りける
住侘びて身を隱すべき山里にあまり隈なき夜半の月かな
986
前參議親隆
百首の歌奉りける時月の歌とてよめる
播磨潟須磨の月よみ空さえて繪島がさきに雪ふりにけり
987
藤原家基
月の歌十首よみ侍りける時
さよ千鳥ふけひの浦に音づれて繪島がいそに月傾ぶきぬ
988
俊惠法師
筏おろす清龍川にすむ月は棹にさはらぬこほりなりけり
989
賀茂成保
天の原すめるけしきは長閑にて早くも月の西へゆくかな
990
顯昭法師
寂しさに哀もいとゞまさりけり獨ぞ月はみるべかりける
991
藤原清輔朝臣
今よりは更行くまでに月は見じその事となく涙おちけり
992
登蓮法師
とし比修行にまかりありきけるがかへりまうで來て月前述懷といへる心をよめる
諸共に見し人いかになりにけむ月は昔にかはらざりけり
993
法印靜賢
都をはなれて遠くまかる事侍りける時月をみてよみ侍りける
あかなくに又も此世にめぐりこば面變りすな山の端の月
994
源仲正
月の歌あまたよみ侍りける時いざよひの月の心をよめる
儚くも我世の更けを知らずしていざよふ月を侍渡るかな
995
源仲綱
見月戀故人といへる心をよめる
先だちし人は闇にや迷ふらむいつまでわれも月を眺めむ
996
待賢門院堀川
百首の歌奉りける時月の歌とてよめる
殘なく我世更けぬと思ふにも傾ぶく月にすむこゝろかな
997
近衛院御製
從一位藤原宗子やまひおもくなりて久しくまゐり侍らで心ぼそきよしなど奏せさせて侍りけるに遣はしける
浮雲のかゝる程だにあるものをかくれなはてそ有明の月
998
仁和寺後入道法親王覺性
みのをの山寺に日頃こもりて出て侍りけるあかつき月のおもしろく侍りければよめる
木の間もる有明の月のおくらずば獨や山の峰をいでまし
999
道性法親王
月の歌とてよみ侍りける
琴の音を雪に志らぶと聞ゆなり月さゆる夜のみねの松風
1000
權中納言長方
あかでいらむ名殘を最ど思へとや傾ぶく儘にすめる月哉
1001
藤原定家
殷富門殷にて人々百首の歌よみ侍りける時月の歌とてよめる
いかにせむさらで憂世は慰まずたのみし月も涙おちけり
1002
藤原家隆
題志らず
山ふかき松の嵐を身に志めてたれか寐覺に月をみるらむ
1003
八條院六條
まつほどもいとゞ心ぞなぐさまぬ姨捨やまの有明のつき
1004
法印實修
世を厭ふ心は月を志たへばや山のはにのみ思ひいるらむ
1005
藤原隆親
寂しさも月見るほどは慰みぬいりなむ後をとふ人もがな
1006
圓位法師
寒夜月といへる心をよみ侍りける
霜さゆる庭の木葉を踏分けて月は見るやと問ふ人もがな
1007
平實重
世をのがれて後西山にまかりこもるとて人につかはしける
住馴れし宿をば出て西へゆく月を志たひて山にこそ入れ
1008
俊惠法師
故郷月をよめる
古郷の板井の清水水草ゐて月さへすまずなりにけるかな
1009
藤原家基
水上月といへる心を
さもこそは影とゞむべき世ならねど跡なき水に宿る月哉
1010
藤原親盛
賀茂の社の後番の歌合に月の歌とてよめる
何となくながむる袖のかわかぬは月の桂の露やおくらむ
1011
大江公景
山家曉霰といへる心をよめる
ましばふく宿の霰に夢さめて有明がたのつきを見るかな
1012
靜蓮法師
山家月をよめる
足曳の山の端近くすむとてもまたでやは見る有明のつき
1013
紀康宗
月照寒草といへる心をよめる
諸共に秋をや志のぶ霜がれの荻の上葉をてらすつきかげ
1014
法眼長眞
月照山水といへるこゝろを
眞菅おふる山下水に宿る夜は月さへ草のいほりをぞさす
1015
藤原爲忠朝臣
山のはの月といへる心をよめる
ふかき夜の露ふき結ぶ木枯に空さえのぼるやまのはの月
1016
覺延法師
荒屋月といへる心を
山風にまやのあしぶきあれにけり枕にやどる夜半の月影
1017
法圓慈印
題志らず
山深み誰又かゝるすまひして槇の葉わくる月を見るらむ
1018
月影のいりぬる後におもふかな迷はむ闇のゆくすゑの空
1019
俊惠法師
攝政前右大臣の家に百首の歌よませ侍りける時月の歌の中によめる
此世にて六十ぢはなれぬ秋の月志での山路も面變りすな
1020
圓位法師
月の歌とてよめる
來む世には心のうちに現はさむあかでやみぬる月の光を
1021
皇太后宮大夫俊成
二條院の御時四代まで侍りつることをおもひてよみ侍りける
いかなれば沈み乍に年をへてよゝの雲居の月をみるらむ
1022
藤原基俊
堀川院の御時百首の歌奉りける時述懷の心をよめる
唐國に沈みし人もわが如くみよまであはぬ歎きをばせし
1023
[4]僧都 9 光覺維摩會の講師の請を申しけるをたび/\もれにければ法性寺入道前太政大臣に恨み申しけるを志めぢがはらと侍りけれど又その年も漏れにければ遣はしける
契置きしさせもが露を命にて哀れことしの秋もいぬめり
1024
源俊頼朝臣
運をいづる百首の歌よみ侍りける中によめる
世間のありしにもあらず成行けば涙さへこそ色變りけれ
1025
覺審法師
述懷の心をよめる
すぎ來にしよそぢの春の夢の世は憂より外の思出ぞなき
1026
經因法師
儚しや憂身ながらは過ぎぬべき此世をさへも忍兼ぬらむ
1027
源俊頼朝臣
天王寺にまうでゝ侍りけるにながらにてこゝなむ橋のあとゝ申すを聞きてよみ侍りける
行末を思へばかなし津の國のながらの橋も名が殘りけり
1028
道命法師
長柄の橋のわたりにて
何事もかはりゆくめる世の中に昔ながらの橋ばしらかな
1029
道因法師
おなじ所にて
今日見れば長柄の橋は跡もなし昔ありきときゝ渡れども
1030
津守景基
津守國基身まかりて後住吉にも住まずなりにけるを有基にぐしてあからさまに下りて侍りけるに人の心もかはりて見え侍りければ松のもとをけづりてかきつけ侍りける
人心あらずなれども住吉の松のけしきはかはらざりけり
1031
中納言經忠
吉野の瀧をよめる
白雲にまがひやせまし吉野山おちくる瀧の音なかりせば
1032
前大納言公任
さがの大覺寺にまかりてこれかれ歌よみ侍りけるによみ侍りける
瀧の音はたえて久しくなりぬれど名社流れて猶聞えけれ
1033
藤原長能
屏風に瀧落ちたる所をよめる
ぬけばちるぬかねばみだる足曳の山よりおつる瀧の白玉
1034
六條右大臣
京極前太政大臣布引の瀧見侍りける時よみ侍りける
水の色のたゞ白雲と見ゆるかなたれ さらしけむ布引の瀧
1035
能因法師
龍門寺にまうでゝ仙室に書き付け侍りける
芦田鶴にのりて通へる宿なれば跡だに人は見えぬなり鳬
1036
藤原清輔朝臣
おなじ龍門のこゝろをよめる
仙人の昔のあとを來てみればむなしき床をはらふ谷かぜ
1037
藤原良清
布引の瀧をよめる
音にのみきゝしはことの數ならで名よりも高き布引の瀧
1038
藤原顯方
むろのやしまをよめる
たえずたつ室の屋島の煙かないかにつきせぬ思なるらむ
1039
大納言師頼
堀川院の御時百首の歌奉りける時橋の歌とてよみ侍りける
葛城やわたしもはてぬもの故にくめの岩橋苔生ひにけり
1040
權中納言俊忠
同じ御時うへのをのこども題をさぐりて歌つかうまつりけるに釣舟をとりてよみ侍りける
いはおろす方社なけれ伊勢の海の鹽瀬にかゝる蜑の釣舟
1041
修理大夫顯季
百首の歌の中に松をよめる
玉藻かるいらこが崎の岩眼松幾世までにか年のへぬらむ
1042
源俊頼朝臣
夏草をよめる
潮みてば野島が崎の小百合葉に浪こす風の吹かぬ日ぞなき
1043
權大納言實家
廣田の社の歌合とて人々よみ侍りける時海上眺望といへる心をよみ侍りける
けふこそは都の方の山の端も見えず鳴尾の沖に出でけれ
1044
權中納言實宗
播磨潟須磨の晴間に見渡せば浪は雲居の物にぞありける
1045
右衛門督頼實
はる%\とおまへの沖をみ渡せば雲居にまがふ蜑の釣舟
1046
圓玄法師
眺望の心をよめる
なにはがた潮路はるかに見わたせば霞にうかぶ沖の釣舟
1047
藤原重綱
春霞繪島がさきをこめつれば浪のかくとも見えぬ今朝哉
1048
祝部宿禰成仲
和歌の浦をよみ侍りける
ゆく年は浪とともにやかへるらむ面變りせぬ和歌の浦哉
6 [1]Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1; hereafter cited as SKT) reads いぶかしく.
8 [3] SKT reads みえければ、又の日.