千載和歌集卷第十七 雜歌中
1049
鳥羽院御製
五十の御賀過ぎて又のとしの春鳥羽殿の櫻のさかりに御前の花を御らんじてよませ給うける
心あらば匂をそへよ櫻ばなのちの春をばたれか見るべき
1050
仁和寺後入道法親王覺性
落花の心をよみ侍りける
はかなさを恨みもはてじ櫻花うき世はたれも心ならねば
1051
僧正尋範
僧都頼實身まかりて後又の年の春禅定院の花盛りなるを見てよみ侍りける
宿もやど花も昔に匂へどもぬしなきいろは寂しかりけり
1052
前中納言基長
かしらおろして後東山の花見ありき侍りけるに圓城寺の花おもしろかりけるを見てよみ侍りける
古にかはらざりけり山ざくら花は我をばいかゞ見るらむ
1053
皇太后宮大夫俊成
遁世の後はなのうたとてよめる
雲のうへの春こそ更に忘られね花は數にも思ひいでじを
1054
東三條院
清水のもとに御車とゞめてこのたびばかりやと心ぼそく御らんじてよませ給うける
あまたゝび行きあふ坂の關水にいまは限の影ぞかなしき
1055
前大納言公任
山にのぼりて志ばし行ひなど志侍りける時よみ侍りける
今はとて入りなむ後ぞ思ほゆる山路を深みとふ人もなし
1056
春のころあはだにまかりてよめる
うき世をば峯の霞や隔つらむなほ山里は住みよかりけり
1057
和泉式部
歎く事侍りける比よめる
花さかぬ谷の底にもすまなくに深くもものを思ふ春かな
1058
法性寺入道前太政大臣
前大納言公任長谷といふ所にこもりゐける時つかはしける
谷の戸をとぢやはてつる鶯のまつに音せで春のくれぬる
1059
道命法師
山寺にこもりて侍りける比雨降りて心ぼそかりけるに人のまうできて歌などよみけるついでによめる
かくてだになほ哀なる奥山に君こぬよゝを思ひ志らなむ
1060
大江公資
除目の比つかさ給はらで歎き侍りける時範永がもとに遣はしける
年毎に涙の川に浮べども身はなげかれぬ物にぞありける
1061
源仲正
寄霞述懷の心をよめる
思ふ事なくてや春をすぐさましうき世隔つる霞なりせば
1062
圓位法師
世をのがれて後白川の花をみてよめる
ちるを見て歸る心や櫻花むかしにかはる志るしなるらむ
1063
花の歌あまたよみ侍りける時
花にそむ心のいかで殘りけむ捨果てゝきと思ふわが身に
1064
佛には櫻のはなをたてまつれわが後の世を人とぶらはゞ
1065
寂然法師
世をそむきて又の年の春花を見てよめる
この春ぞおもひはかへす櫻花むなしきいろにそめし心を
1066
題志らず
世中を常なき物と思はずばいかでか花のちるに堪へまし
1067
讀人志らず
都うつりなどきこえける又のとしのはる白川の花ざかりにをんなの手にて花の下におとしおきて侍りける
かくばかり憂世の末にいかにして春は櫻のなほ匂ふらむ
1068
皇太后宮大夫俊成
花ざかりに法性寺にまゐり金堂のまへの花のちるを見てよみ侍りける
ふりにけむ昔を志らば櫻花ちりの末をもあはれとは見よ
1069
源定宗朝臣
依花待客といへる心をよめる
山櫻花をあるじと
[1]おもはずば 10 人をまつべき志ばの庵かは
1070
藤原定家
圓位法師がすゝめ侍りける百首の歌の中に花の歌とてよめる
いづくにて風をも世をも恨みまし吉野の奥も花はちり鳬
1071
源季廣
花の歌とてよめる
深く思ふ事し叶はゞこむ世にも花見る身とや成むとす覽
1072
源師教朝臣
家に櫻をうゑてよみ侍りける
老が世にやどに櫻を移植ゑて猶こゝろみに花をまつかな
1073
權中納言實守
高倉院春宮の御時權亮に侍りけるを參議にてほどへ侍りける比賀茂の社の歌合とて人々よみ侍りけるに述懷の歌とてよみ侍りける
位山花をまつこそ久しけれ春のみやこにとしはへしかど
1074
右兵衛督公行
崇徳院の御時十五首の歌奉りける時述懷の心をよみ侍りける
春日山まつに頼みをかくるかな藤の末葉の數ならねども
1075
前左衛門督公光
歎く事侍りける比よみ侍りける
物思ふ心や身にも先だちて憂世をいでむしるべなるべき
1076
俊惠法師
述懷の歌とてよめる
數ならで年へぬる身は今更に世をうしとだに思はざり鳬
1077
道因法師
いつとても身のうきことは變らねど昔は老を歎きやはせし
1078
藤原家基法名素覺
述懷の歌よみ侍りける時昔白川院につかうまつりける事を思ひ出でゝよめる
古も底に志づみし身なれどもなほ戀しきは志らかはの水
1079
藤原盛方朝臣
廣田の社の歌合によめる
哀てふ人もなき身をうしとても我さへいかゞ厭果つべき
1080
中原師尚
右大將實房中將に侍りける時十首の歌よませ侍りけるに述懷の歌とてよめる
數ならぬ身を浮雲の晴れぬ哉さすがに家の風はふけども
1081
大江匡範
學文料申し侍りけるをたまはらず侍りける時人のとぶらへるかへり事によみてつかはしける
思ひやれとよにあまれる燈火のかゝげかねたる心細さを
1082
藤原公重朝臣
題志らず
世のうさを思忍ぶと人も見よかくてふるやの軒の氣色を
1083
菅原是忠
ひく人もなくて捨てつる梓弓心づよきもかひなかりけり
1084
一條院内侍參河
いかでわれひまゆく駒を引止めて昔に歸るみちを尋ねむ
1085
源師光
攝政右大臣のとき家の歌合に述懷の歌とてよめる
今は唯いけらぬ物に身をなして生れぬ後の世にもふる哉
1086
源俊重
つかさめしに伊勢になりけるを辭し申しける時大僧正行尊がもとに遣はしける
いかにせむいせの濱荻水隱れて思はぬ磯の浪にくちなば
1087
源俊頼朝臣
たながみの山ざとに住み侍りける比風はげしかりける夜よめる
眞木の戸をみ山颪に叩かれてとふにつけてもぬるゝ袖哉
1088
橘盛長
山田の庵にけぶりのたちけるをみてよめる
小山田の庵に焚く火のありなしにたつ煙もや雲となる覽
1089
二條太皇太后宮肥後
堀川院の御時百首の歌奉りける時山家の心をよめる
山里の柴をり/\に立つけぶり人稀なりと空に志るかな
1090
藤原基俊
長月のつごもりがたに煩らふことありてたのもしげなく覺えければ久しくとはぬ人につかはしける
秋はつる枯野の虫の聲たえば有や無しやを人のとへかし
1091
藤原道信朝臣
女のもとにまかりて月のあかく侍りけるに空のけしき物心細く侍りければよみ侍りける
此世には住むべき程や盡ぬらむ世の常ならず物の悲しき
1092
和泉式部
題志らず
命あらばいか樣にせむ世を志らぬ虫だに秋はなきに社なけ
1093
紫式部
かずならで心に身をばまかせねど身に隨ふは心なりけり
1094
藤原兼房朝臣
つねよりも世間はかなく聞えける頃さがみがもとに遣はしける
哀とも誰かは我を思出でむある世をだにもとふ人もなし
1095
中納言定頼
前大納言公任ながたにゝ住み侍りける比風はげしかりける夜の朝つかはしける
故郷の板間の風にねざめして谷のあらしを思ひこそやれ
1096
前大納言公任
かへし
谷風の身に志むごとに故郷のこの本をこそ思ひやりつれ
1097
法成寺入道前太政大臣
前大納言公任入道志侍りてながたにゝ侍りけるとき僧の裝束法服などおくるとて遣はしける
古は思ひかけきやとりかはしかくきむものとのりの衣を
1098
入道大納言公任
かへし
同じとし契りしあれば君がきる法の衣をたちおくれめや
おなじとしの人になむ侍りける。
1099
辨のめのと
三條院かくれさせ給うて後かの院のまへを過ぎけるに松の梢はおなじさまにてついがき所々くづれたるにむぐらの茂りたるをみて其うちに江侍從が侍りけるに遣はしける
昔見し松の梢はそれながらむぐらの門をさしてけるかな
1100
輔仁のみこ
一品聰子内親王仁和寺に住み侍りける冬比かけひのこほりを三のみこのもとにおくられて侍りければ遣はしける
山ざとの筧の水の氷れるは音きくよりもさびしかりけり
1101
聰子内親王
かへし
やま里のさびしき宿の住かにも筧の水のとくるをぞまつ
1102
太皇太后宮
大納言實家のもとに三十六人集をかりて返しつかはしけるなかに、故大炊御門右大臣のかきて侍りけるさうしにかきておしつけられて侍りける
この本にかき集めたる言の葉を別れし秋の形見とぞ見る
1103
權大納言實家
かへし
この本にかく言の葉を見る度に頼みし蔭のなきぞ悲しき
1104
仁和寺法親王守覺
高野にまうで侍りける時山路にてよみ侍りける
あとたえて世を遁るべき道なれや岩さへ苔の衣きにけり
1105
述懷の心をよみ侍りける
思ひ出のあらば心もとまりなむ厭ひやすきは憂世なり鳬
1106
前大僧正覺忠
大峰とほり侍りける時笙の岩屋といふ宿にてよみ侍りける
やどりする岩屋の床の苔莚幾夜になりぬいこそねられぬ
1107
大納言宗家
述懷の歌とてよみ侍りける
身の程をしらずと人や思ふ覽かく憂ながら年をへぬれば
1108
右近中將忠良
背かばやまことの道はしらずとも憂世を厭ふしるし計に
1109
二條太皇太后宮別當
杣川におろす筏のうきながら過ぎゆく物はわが身なり鳬
1110
藤原定家
百首の歌の中に述懷の歌とてよめる
自からあればある世に長らへて惜むと人に見えぬべき哉
1111
攝政家丹後
うしとても厭ひもはてぬ世間をなか/\何に思知りけむ
1112
法印倫圓
題志らず
のぼるべき道にぞ迷ふ位山これより奥のしるべなければ
1113
中納言長方
十月に重服になりて侍りける又のとしの春傍官どもかゝいし侍りけるを聞きてよめる
諸人の花さく春をよそに見て猶しぐるゝは椎しばのそで
1114
藤原顯方
題志らず
憂き世にもうれしき世にも先にたつ涙は同じ涙なりけり
1115
前右兵衛督惟方
遠き國に侍りける時[2]なおじ 11 さまなる物どもことなほりてのぼると聞えける時そのうちにもれにけりときゝて都の人のもとに遣はしける
此瀬にも沈むときけば涙川ながれしよりもぬるゝ袖かな
1116
空人法師
世を背かむと思立ちける比よめる
かく計憂身なれども捨果てむと思ふになれば悲しかり鳬
1117
平康頼
心の外なることにてしらぬ國にまかりけるをことなほりて京にのぼりて後日吉のやしろにまゐりてよみ侍りける
思ひきや志賀の浦浪立返り又あふみともならむものとは
1118
登蓮法師
述懷の歌よみ侍りける時
かく計憂世の中を忍びてもまつべきことの末にあるかは
1119
覺禅法師
修行にまかりありきける時よめる
思兼ねあくがれ出てゆく道はあゆぐ草葉に露ぞこぼるゝ
1120
權僧正永縁
世のつねなきことを思ひてよめる
夢とのみ此世の事の見ゆる哉さむべき程はいつとなけれど
1121
良暹法師
わづらふことありて雲林院なる所にまかりけるに人のとぶらへりければ遣はしける
此世をばくもの林に首途して煙とならむゆふべをぞ待つ
1122
讀人志らず
題志らず
憂事のまどろむ程は忘られてさむれば夢の心地こそすれ
1123
紫式部
孰く共身を遣方のしられねばうしと見つゝも長らふる哉
1124
皇太后宮大夫俊成
述懷百首の歌の中に夢の歌とてよめる
うき夢は名殘までこそ悲しけれこの世の後も猶や歎かむ
1125
藤原季通朝臣
百首の歌奉りける時無常の心をよめる
現をも現といかゞ定むべき夢にも夢をみずばこそあらめ
1126
厭ひても猶忍ばるゝ我身かな再び來べきこの世ならねば
1127
上西門院兵衛
これや夢いづれか現儚さを思ひわかでもすぎぬべきかな
1128
花薗左大臣家小大進
明日しらぬみ室の峯の根無草何あだし世に生ひ始めけむ
1129
前大納言成道
前大僧正覺忠御たけより大峯にまかり入りて神仙といふ所にて金泥法花經の書奉りて埋み侍るとて五十日ばかりとゞまりて侍りけるに房覺熊野のかたよりまかり侍りけるにつけて云ひおくりける
惜からぬ命ぞ更にをしまるゝ君がみやこに歸り來るまで
1130
前大僧正覺忠
かへし
憂世をば捨て入にし山なれど君がとふにやいでむとす覽
1131
仁和寺法親王守覺
閑居水聲といへる心をよみ侍りける
岩そゝぐ水よりほかに音せねば心一つにすましてぞきく
1132
權大納言實國
高野にまゐりて侍りけるに奥院の靜蓮法師が庵室にまかりたりけるに哀に見えければ歸りてつかはしける
誰も昔露の身ぞかしと思ふにも心とまりしくさの庵かな
1133
藤原公衡朝臣
秋の比山に昇りて横川の安樂の五僧の許にまかれりけるに正法房の障子に書き付け侍りける
なほざりに歸る袂はかはらねど心ばかりぞすみ染のそで
1134
法印慈圓
題志らず
おほけなく浮世の民におほふかなわがたつ杣に墨染の袖
1135
寂蓮法師
さびしさに憂世をかへて忍ばずば獨聞くべき松の風かは
1136
殷富門院大輔
つく%\と思へば悲し曉の寐覺も夢をみるにぞありける
1137
西住法師
まどろみて偖も止みなば如何せむ寐覺ぞあらぬ命也ける
1138
六條院宣旨
先だつを見るは猶社悲しけれ後れ果つべき此世ならねば
1139
二條太皇太后宮式部
さまかへむと思ひたつ人の物あはれなる夕ぐれに箏の琴ひくをきゝて
今はとてかきなす琴のはての緒の心細くもなりまさる哉
1140
空仁法師
題志らず
大井川となせの瀧に身をなげて早くと人にいはせてしがな
1141
大江公景
病ありて東山なる所に侍りけるをよろしくなりて後いかゞと人のとひて侍りける返りごとによめる
鳥邊山君たづぬとも朽ちはてゝ苔の下には答へざらまし
1142
法眼兼覺
題志らず
分け侘びて厭ひし庭の蓬生も枯れぬと思へば哀なりけり
1143
寂蓮法師
賀茂の社の歌合に述懷の歌とてよめる
世中のうきは今こそ嬉しけれ思ひしらずばいとはましやは
1144
覺俊上人
山寺にこもりゐ侍りけるに房にとゞまりたる人のいつかいでむずるといひて侍りければ遣はしける
世をそむき草の庵にすみ染の衣のいろはかへるものかは
1145
源通清
源清雅九月ばかりにさまかへて山寺に侍りけるを人のとひて侍りける返事せよと申し侍りければよみて遣はしける
思ひやれならはぬ山に墨染のそでに露おく秋のけしきを
1146
圓位法師
題志らず
あかつきの嵐にたぐふ鐘の音を心のそこに答へてぞきく
1147
孰くにか身を隱さまし厭ひ出て浮世に深き山なかりせば
1148
皇太后宮大夫俊成
述懷百首の歌よみ侍りける時鹿の歌とてよめる
世中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にもしかぞなくなる
1149
藤原良清
秋比山寺にてよみ侍りける
思ふこと有明方の鹿の音はなほ山ふかくいへゐせよとや
1150
藤原宗隆
題志らず
見る夢のすぎにし方をさそひきてさむる枕も昔なりせば
1151
藤原有家朝臣
太宰大貳重家入道身まかりて後山寺懷舊といへる心をよめる
初瀬山入あひの鐘を聞くたびに昔の遠くなるぞかなしき
1152
權中納言通親
春比久我にまかれりけるついでに父のおとゞの墓所のあたりの花ちりけるを見てむかし花をしみ侍りける心ざしなど思ひ出でゝよみ侍りける
ちりつもる苔の下にも櫻花をしむこゝろやなほ殘るらむ
1153
入道前中納言雅兼
かしらおろし侍りて後前中納言雅頼まだ小男に侍りける時はじめて昇殿申させ侍りけるをゆるされて侍りければよみて奏せさせ侍りける
嬉しさを返す%\も包むべき苔の袂のせばくもあるかな
1154
藤原季經朝臣
還昇して侍りける人のもとに遣はし侍りける
嬉しさをよその袖までつゝむかなたち歸りぬる天の羽衣
1155
今上の御時五節の程侍從定家あやまちあるさまに聞しめすことありて殿上のぞかれて侍りけるそのとしも暮れにける又の年の彌生のついたち比院におほむけしき給ふべきよし左少辨定長がもとに申し侍りけるにそへて侍りける
あしたづの雲路迷ひし年暮て霞をさへやへだてはつべき
1156
藤原定長朝臣
この由を奏し申し侍りければいとかしこく哀れがらせおましまして今ははや還昇位を下すべきよし御けしきありて心はるゝよしのかへし仰せつかはせと仰せ出されければよみて遣はしける
蘆たづは霞をわけて歸るなり迷ひし雲路けふやはるらむ
この道の御あはれびむかしの聖代にもことならずとなむときの人申し侍りける。
10 [1] Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1; hereafter cited as SKT) reds おもはずは.