新勅撰和歌集 (Shin Chokusen wakashū) — 新勅撰和歌集卷第十七 雜歌二 作者複数 (Various) 13th Century Shin Chokusen wakashū 新勅撰和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 13th century 13世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1232 しんちょくせんわかしゅう Shin Chokusen wakashū 新勅撰和歌集 しんちょくせんわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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新勅撰和歌集 Shin Chokusen wakashū
作者複数 Various
新勅撰和歌集卷第十七 雜歌二
1125
題志らず
業平朝臣
我袖は草の庵にあらねども暮るれば露のやどりなりけり
1126
思ふこと 爭で唯にぞやみぬべき我とひとしき人しなければ
1127
讀人志らず
朝なげによの憂き事を忍ぶとて歎せしまに年ぞへにける
1128
和泉式部
更に又物をぞ思ふさならでも歎かぬ時のある身ともがな
1129
いかにせむ天の下社住憂けれふれば袖のみまなく濡つゝ
1130
相模
淺茅原野分にあへる露よりも猶あり難き身をいかにせむ
1131
戀ふれども行きも歸らぬ古に今は爭でかあはむとすらむ
1132
俊頼朝臣
戀しともいはでとぞ思ふ玉きはる立歸るべき昔ならねば
1133
基俊
堀河院に百首の歌奉りける時
古を思ひいづるのかなしきはなけども空にしる人ぞなき
1134
成尋法師母
成尋宋朝に渡り侍りにけるを歎きてよみ侍りける
歎きつゝ我身はなきになりはてぬ今は此世を忘にしか な
1135
鎌倉右大臣
述懷の心をよみ侍りける
思出でゝ夜はすがらに音をぞなく有し昔の世々の
[15] 15 ふる
ごと
1136
世にふればうき言のはの數毎にたえず涙の露ぞ置きける
1137
惟明親王
百首の歌の中に、述懷
なべて世の習と人や思ふらむうしといひてもあまる涙を
1138
前大納言忠良
題志らず
かすが山今ひとたびと尋ねきて道みえぬまでふる涙かな
1139
皇太后宮大夫俊成
春日山いかにながれし谷水のすゑを氷のとぢはてつらむ
1140
四方の海を硯の水につくすとも我思ふこと 書きもやられじ
1141
源師光
行末に斯らむ身共志らずして我垂乳根のおほしたてけむ
1142
前大僧正慈圓
年わかく侍りける時始めて百首の歌よみ侍りける述懷の歌
さし離れ三笠の山を出しより身をしる雨に濡ぬ日ぞなき
1143
大僧正行尊
題志らず
かばかりと思ひ出でにし世中に何ゆゑとまる心なるらむ
1144
僧正行意
徒に四十のさかを越えにけり昔もしらぬながめせしまに
1145
如願法師
涙もてたれかおりけむ唐衣たちてもゐてもぬるゝ袖かな
1146
藤原光俊朝臣
しのぶるも我が理といひながらさても昔をとふ人ぞなき
1147
後徳大寺左大臣
壽永の頃ほひ思ふゆゑや侍りけむ、人に遣しける
荒き風ふきやをやむと待つ程にもとのこゝろの滯りぬる
1148
後法性寺入道前關白太政大臣
右大臣に侍りける時百首の歌よみ侍りける、述懷
古の戀しきたびにおもふかなさらぬ別はげにうかりけり
1149
左近中將公衡
述懷の心をよみ侍りける
身の果よいかにかならむ人しれぬ心にはづる心ならずば
1150
後京極攝政前太政大臣
題志らず
さてもさはすまば住むべき世中に人の心の濁りはてぬる
1151
寂蓮法師
さても又いくよかはへむ世中にうき身一つのおき所なき
1152
藤原行能
文集、天可渡の心をよみ侍りける
わたつうみの鹽干にたてる澪標人の心ぞしるしだになき
1153
法印聖覺
しばし世を遁れて大原山いな室の谷などにすみわたり侍りける頃熊野御幸の御經供養の導師のがれかたちもよほし侍りて都に出で侍りけるに時雨のし侍りければよ河の木蔭に立ちよりてよみ侍りける
諸共に山邊をめぐる村時雨さてもうき世にふるぞ悲しき
1154
平泰時
題志らず
世中にあさはあとなくなりにけり心のまゝの蓬のみして
1155
西行法師
高倉院の御時つたへ奏せさする事侍りけるにかきそへて侍りける
跡とめて古きを慕ふ世ならなむ今もありへば昔なるべし
1156
頼もしな君きみにます時にあひて心の色を筆に染めつる
1157
中原師季
醍醐の山にのぼりて延喜の御願寺を見てよみ侍りける
名をとむる世々の昔にたえね共すぐれし跡ぞみるも畏き
1158
前關白
内大臣に侍りける時家の百首の歌に述懷の心を
河浪をいかゞはからむ舟人のとわたる梶の跡はたえねど
1159
御製
をのこども述懷の歌つかうまつりける次でに
くり返し賤のをだまき幾たびも遠き昔を戀ひぬ日ぞなき
1160
内大臣
述懷の心をよみ侍りける
いかさまに契置きてし三笠山かげ靡くまで月を見るらむ
1161
權中納言定家母
定家少將になり侍りて月あかき夜悦申し侍りけるを見侍りてあしたに遣しける
三笠山みちふみそめし月影にいまぞ心のやみは晴れぬる
1162
二條院讃岐
千五百番歌合に
影たけて悔しかるべき秋の月やみ路近くもなりやしぬ覽
1163
後の世の身をしる雨のかき曇り苔の袂にふらぬ日ぞなき
1164
道信朝臣
源爲相一臈藏人にてかうぶりの程ちかくなり侍りけるによみ侍りける
雲のうへの鶴の毛衣ぬぎすてゝ澤に年へむほどぞ久しき
1165
謙徳公
頭中將に侍りける宰相になりて内よりいで侍りて内侍のかみの許に遣しける
おりきつる雲の上のみ戀しくて天つ空なる心地こそすれ
1166
藤原相如
藏人にてかうぶり給はりていかゞ思ふと仰事侍りければ
年へぬる雲ゐ離れて芦鶴のいかなる澤に住まむとすらむ
1167
圓融院御製
聞しめして仰せられ侍りける
葦鶴の雲の上にしなれぬれば澤にすむとも歸らざらめや
1168
内大臣
行幸に參りて大將にて年久しくなりぬること を心のうちに思ひ續け侍りける
忘れめや使のをさをさきだてゝ渡るみはしに匂ふたち花
1169
權中納言定家
老の後年久しくしづみ侍りてはからざるほかに官給はりて外記のまつり事に參りて出で侍りけるに
をさまれる民のつかさの御調物二たびきくも命なりけり
1170
關白左大臣の家の百首の歌よみ侍りける眺望の歌
百敷のとのへを出づる宵々はまたぬにむかふ山のはの月
1171
參議雅經
建保四年百首の歌奉りけるに
嬉しさも包みなれにし袖に又はては餘りの身をぞ恨むる
1172
正三位知家
日吉の社にて述懷の心をよみ侍りける
あふ坂の木綿附島もわが如やこえ行く人の跡に鳴くらむ
1173
前中納言匡房
曉の歌とてよみ侍りける
まどろまで物思ふ宿の長き夜は鳥のね計うれしきはなし
1174
按察使隆衡
鐘のおとをなにとてむかし恨みけむ今は心も明がたの空
1175
參議雅經
身の上にふりゆく霜の鐘の音を聞きおどろかぬ曉ぞなき
1176
藤原宗經朝臣
あかつきの鐘ぞ哀を打ちそふるうき世の夢のさむる枕に
1177
入道二品親王道助
遠鐘幽といへる心を
初瀬山あらしの道の遠ければいたりいたらぬ鐘の音かな
1178
正三位家隆
曉述懷の心をよみ侍りける
思ふこと まだつきはてぬ長き夜のね覺にまくる鐘の音かな
1179
法印覺寛
身のうさを思ひつゞけぬ曉に置くらむ露の程を知らばや
1180
俊頼朝臣
題志らず
何となく朽木の杣の山くたしくたす日暮は音ぞ泣れける
1181
寂然法師
つく%\とむなしき空を眺めつゝ入相の鐘にぬるゝ袖哉
1182
法橋行賢
つく%\と暮るゝ空こそ悲けれあすも聞べき鐘の音かは
1183
前參議俊憲
あすもありと思ふ心に謀られて今日を空しく暮しつる哉
1184
源光行
あすもあらば今日をもかくや思出む昨日の暮ぞ昔なり ける
1185
入道二 品親王道助
家の五十首の歌、閑中燈
これのみと伴なふ影もさ夜ふけてひかりぞうすき窓の灯
1186
從三位範宗
ながき夜の夢路たえゆく窓のうちに猶のこりける秋の灯
1187
侍從具定
述懷の歌の中によみ侍りける
あつめこし螢も雪も年ふれど身をばてらさぬ光なりけり
1188
上西門院武藏
方磬をうち侍りけるが老の後すたれておぼえ侍らざりければよめる
更けにける我世の程の悲しきは鐘の聲さへうち忘れつゝ
1189
相模
題志らず
月影を心のうちに待つほどはうはの空なる眺めをぞする
1190
霜氷る冬の河瀬にゐる鴛鴦のうへした物を思はずもがな
1191
俊頼朝臣
難波潟あしまの氷けぬがうへに雪ふりかさぬ面白の身や
1192
流れ蘆のうきこと をのみ三島江に跡留むべき心地こそせね
1193
權大僧都經圓
僧正圓玄病に沈みて久しく侍りける時よみ侍りける
法の道をしへし山は霧こめてふみみし跡に猶やまよはむ
1194
尊圓法師
文治の頃ほひ父の千載集撰び侍りしとき定家がもとに遣すとてよみ侍りける
わが深く苔の下まで思ひおくうづもれぬ名は君や殘さむ
1195
荒木田成長
同じ時よみ侍りける
かきつむる神路の山のこと のはの空しく朽ちむ跡ぞ悲しき
1196
平行盛
壽永二年大方の世しづかならず侍りし頃よみ置きて侍りける歌を定家がもとに遣すとてつゝみ紙に書き付けて侍りし
流れての名だにも止れ行く水の哀はかなき身は消えぬ共
1197
法眼宗圓
題志らず
和歌の浦にしられぬ蜑の藻汐草すさび計に朽や果てなむ
1198
行念法師
藻汐草かき置く跡やいかならむ我身によらむ和歌の浦浪
1199
皇太后宮大夫俊成
西行法師自歌を歌合につがひ侍りて判の詞あつらへ侍りけるに書きそへて遣しける
契りおきし契の上にそへおかむわかの浦路の蜑のもしほ木
1200
西行法師
返し
わかの浦に汐木重ぬる契をばかけるたくもの跡にてぞみる
2201
[16] 16 從一位麗子
源氏の物語をかきて奥に書き付けられて侍りける
はかもなき鳥の跡とは思ふ共わがすゑ%\は哀とも見よ
1202
和泉式部
題志らず
春やくる花や咲くともしらざりき谷の底なる埋木の身は
1203
貫之
春やいにし秋やはくらむ覺束な陰の朽木と世を過す身は
1204
後京極攝政前太政大臣
歎くこと侍りける時、述懷の歌
數ならば春をしらましみ山木の深くや苔に埋れはてなむ
1205
曇りなき星の光を仰ぎてもあやまたぬ身を猶ぞうたがふ
1206
鎌倉右大臣
ひとり懷を述べ侍りける歌
山はさけ海はあせなむ世なり共君に二心わがあらめやも
16 [16] SKT assigns number 1201 to this poem.