巻第八
哀傷哥
僧正遍昭
題しらず
小野小町
中納言兼輔
醍醐のみかどかくれたまひてのち、やよひのつごもりに、三条右大臣につかはしける
実方朝臣
正暦二年諒闇の春、さくらのえだにつけて、道信朝臣につかはしける
道信朝臣
返し
成尋法師
やよひのころ、人にをくれてなげきける人のもとへつかはしける
大江嘉言
人の、さくらをうへをきて、そのとしの四月になくなりにける、又のとしはじめて花さきたるを見て
左京大夫顕輔
としごろすみ侍ける女の身まかりにける四十九日はてゝ、なを山ざとにこもりゐてよみ侍ける
後徳大寺左大臣
公守朝臣母、身まかりてのちの春、法金剛院の花を見て
摂政太政大臣
定家朝臣、母のおもひに侍ける春のくれにつかはしける
前左兵衛督惟方
前大納言光頼、はる身まかりにけるを、かつらなるところにてとかくしてかへり侍けるに
大宰大弐重家
六条摂政かくれ侍りてのち、うへをきて侍りける牡丹のさきて侍けるをおりて、女房のもとよりつかはして侍ければ
高陽院木綿四手
おさなきこのうせにけるがうへをきたりける昌蒲を見て、よみ侍りける
上西門院兵衛
なげくこと侍りけるころ、五月五日、人のもとへ申つかはしける
九条院
近衛院かくれたまひにければ、よをそむきてのち、五月五日、皇嘉門院にたてまつられける
皇嘉門院
返し
小野宮右大臣
すみ侍りける女なくなりにけるころ、藤原為頼朝臣妻、身まかりにけるにつかはしける
藤原為頼朝臣
返し
和泉式部
小式部内侍、つゆをきたるはぎをりたるからぎぬをきて侍りけるを、身まかりてのち、上東門院よりたづねさせたまひける、たてまつるとて
上東門院
御返し
周防内侍
白河院御時、中宮おはしまさでのち、その御方は草のみしげりて侍りけるに、七月七日、わらはべのつゆとり侍けるを見て
女御徽子女王
一品資子内親王にあひて、むかしのことゞも申いだしてよみ侍ける
一条院御哥
れいならぬことをもくなりて、御ぐしおろしたまひける日、上東門院、中宮と申ける時、つかはしける
大弐三位
秋のころ、おさなきこにをくれたる人に
読人しらず
返し
清慎公
廉義公の母なくなりてのち、をみなへしを見て
和泉式部
弾正尹為尊親王にをくれてなげき侍けるころ
知足院入道前関白太政大臣
従一位源師子かくれ侍りて、宇治より新少将がもとにつかはしける
権中納言俊忠
法輪寺にまうで侍とて、さがのに大納言忠家がはかの侍けるほどに、まかりてよみ侍ける
後徳大寺左大臣
公時卿母、身まかりてなげき侍けるころ、大納言実国もとに申つかはしける
皇太后宮大夫俊成女
母の身まかりにけるをさがのへんにおさめ侍ける夜、よみける
定家朝臣
母身まかりにける秋、のわきしける日、もとすみ侍りけるところにまかりて
藤原秀能
ちゝ秀宗身まかりての秋、寄風懐旧といふことをよみ侍ける
殷富門院大輔
久我内大臣、春ごろうせて侍けるとしの秋、土御門内大臣、中将に侍ける時、つかはしける
土御門内大臣
返し
大納言実家
しのびてもの申ける女、身まかりてのち、そのいゑにとまりてよみ侍ける
西行法師
みちのくにへまかれりける野中に、めにたつさまなるつかの侍けるを、とはせ侍ければ、これなん中将のつかと申すとこたへければ、中将とはいづれの人ぞととひ侍ければ、実方朝臣の事となん申けるに、冬の事にて、しもがれのすゝきほのぼの見えわたりて、おりふしものがなしうおぼえ侍ければ
前大僧正慈円
同行なりける人、うちつゞきはかなくなりにければ、おもひいでゝよめる
皇太后宮大夫俊成
母のおもひに侍ける秋、法輪にこもりて、あらしのいたくふきければ
定家朝臣母、身まかりてのち、秋ごろ墓所ちかき堂にとまりてよみ侍ける
久我太政大臣
堀河院かくれ給てのち、神な月、風のをとあはれにきこえければ
藤原定通身まかりてのち、月あかき夜、人のゆめに殿上になん侍とて、よみ侍ける哥
能因法師
源為善朝臣身まかりにける又のとし、月を見て
前大納言公任
世中はかなく、人々おほくなくなり侍けるころ、中将宣方朝臣身まかりて、十月許、白河の家にまかれりけるに、紅葉のひとはのこれるを見侍て
太上天皇
十月許、みなせに侍しころ、前大僧正慈円のもとへ、ぬれてしぐれのなど申つかはして、つぎのとしの神無月に、無常の哥あまたよみてつかはし侍し中に
前大僧正慈円
返し
太上天皇
雨中無常といふことを
相模
枇杷皇太后宮かくれてのち、十月許、かの家の人々の中に、たれともなくてさしをかせける
土御門右大臣女
右大将通房身まかりてのち、てならひすさびて侍けるあふぎを見いだして、よみ侍ける
馬内侍
斎宮女御のもとにて、先帝のかゝせたまへりけるさうしを見侍て
女御徽子女王
返し
道信朝臣
恒徳公かくれてのち、女のもとに、月あかき夜しのびてまかりてよみ侍ける
東三条院
入道摂政のために万灯会をこなはれ侍けるに
源信明朝臣
公忠朝臣身まかりにけるころ、よみ侍ける
上東門院
一条院かくれたまひにければ、その御事をのみこひなげき給て、ゆめにほのみえたまひければ
女御藤原生子大二条関白女
後朱雀院かくれ給て、上東門院、白河にこもり給にけるをきゝて
和泉式部
題しらず
源道済
おさなかりけるこの身まかりにけるに
後一条院中宮かくれ給てのち、人のゆめに
盛明親王
醍醐のみかどかくれ給てのころ、人のもとにつかはしける
権大納言長家
小野宮右大臣身まかりぬときゝてよめる
和泉式部
小式部内侍身まかりてのち、つねにもちて侍けるてばこを誦経にせさすとて、よみ侍ける
紫式部
上東門院小少将身まかりてのち、つねにうちとけてかきかはしけるふみの、ものゝ中に侍けるを見いでゝ、加賀少納言がもとへつかはしける
加賀少納言
返し
律師慶暹
僧正明尊かくれてのち、ひさしくなりて、房などもいはくらにとりわたして、くさおひしげりて、ことざまになりにけるをみて
紫式部
よのはかなきことをなげくころ、みちのくにゝ名あるところどころかきたるゑを見侍りて
弁乳母
後朱雀院かくれたまひて、源三位がもとにつかはしける
源三位
返し
能因法師
大江嘉言、つしまになりてくだるとて、なにはほりえのあしのうらばにとよみてくだり侍にけるほどに、国にてなくなりにけりときゝて
大江匡衡朝臣
題しらず
新少将
俊頼朝臣身まかりてのち、つねに見ける鏡を仏につくらせ侍とてよめる
按察使公通
かよひける女のはかなくなり侍にけるころ、かきをきたるふみども、経のれうしになさんとてとりいでゝ見侍けるに
中院右大臣
禎子内親王かくれ侍てのち、
子内親王かはりゐ侍ぬときゝて、まかりて見ければ、なに事もかはらぬやうに侍けるも、いとゞむかしおもひいでられて、女房に申侍ける
皇太后宮大夫俊成
権中納言道家母、かくれ侍にける秋、摂政太政大臣のもとにつかはしける
摂政太政大臣
返し
清輔朝臣
母のおもひに侍けるころ、又なくなりにける人のあたりよりとひて侍ければ、つかはしける
西行法師
無常のこゝろを
前大僧正慈円
寂蓮法師
前参議教長、高野にこもりゐて侍けるが、やまひかぎりになり侍ぬときゝて、頼輔卿まかりけるほどに身まかりぬときゝて、つかはしける
西行法師
人にをくれてなげきける人につかはしける
なげくこと侍ける人、とはずとうらみ侍ければ
入道左大臣
無常のこゝろを
土御門内大臣
左近中将通宗が墓所にまかりて、よみ侍ける
前大僧正慈円
覚快法親王かくれ侍て、周忌のはてに墓所にまかりて、よみ侍ける
右大将忠経
母のためにあはたぐちの家にて仏くやうし侍ける時、はらからみなまうできあひて、ふるきおもかげなどさらにしのび侍けるおりふしゝも、あめかきくらしふり侍ければ、かへるとて、かの堂の障子にかきつけ侍ける
法橋行遍
なくなりたる人のかずをそとばにかきて、哥よみ侍けるに
祝部成仲
子の身まかりにけるつぎのとしの夏、かの家にまかりたりけるに、はなたちばなのかほりければよめる
藤原兼房朝臣
能因法師身まかりてのち、よみ侍ける
権中納言通俊
妻なくなりて又のとしの秋ごろ、周防内侍がもとへつかはしける
権中納言国信
堀河院かくれ給ひてのち、よめる
左京大夫顕輔
かよひける女、山ざとにてはかなくなりにければ、つれづれとこもりゐて侍けるが、あからさまに京へまかりて、あか月かへるに、とりなきぬ、と人々いそがし侍ければ
人麿
ならのみかどをおさめたてまつりけるをみて
小野小町
題しらず
業平朝臣
延喜御哥
更衣の服にてまいれりけるを見たまひて
中納言兼輔
おもひにて人のいゑにやどれりけるを、その家にわすれぐさのおほく侍りければ、あるじにつかはしける
藤原季縄
やまひにしづみて、ひさしくこもりゐて侍けるが、たまたまよろしくなりて、うちにまいりて、右大弁公忠、蔵人に侍けるに、あひて、又あさてばかりまいるべきよし申て、まかりいでにけるまゝに、やまひをもくなりてかぎりに侍ければ、公忠朝臣につかはしける
中務卿具平親王
母の女御かくれ侍りて、七月七日よみ侍ける
紫式部
うせにける人のふみの、ものゝ中なるを見いでゝ、そのゆかりなる人のもとにつかはしける



