新後撰和歌集 (Shin Gosen wakashū) — 新後撰和歌集卷第二十 賀歌 作者複数 (Various) 1303 Shin Gosen wakashū 新後撰和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1303 しんごせんわかしゅう Shin Gosen wakashū 新後撰和歌集 しんごせんわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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新後撰和歌集 Shin Gosen wakashū
作者複数 Various
新後撰和歌集卷第二十 賀歌
1565
後鳥羽院御製
百首の歌よませ給ひける中に
龜の尾の岩根を落つるしら玉の數かぎりなき千代の行末
1566
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、山
君がすむ龜のを山の瀧つせは千代を心にさぞまかすらむ
1567
後京極攝政前太政大臣
建仁二年鳥羽殿にて池上松風といふ事をはじめて講ぜられけるに
つかへこし深きながれの池水に猶千代までと松風ぞ吹く
1568
大納言通方
西園寺入道前太政大臣のもとへ松の生ひ立ちける石をつかはすとて
千年まで木高き陰のたねしあれば岩にぞ見ゆる松の行末
1569
西園寺入道前太政大臣
返し
岩の上に豫て植ゑける種しあれば千年の松も例とぞ見る
1570
西行法師
題志らず
君が世のためしに何を思はまし變らぬ松の色なかりせば
1571
基俊
鶴老爭齡といふ事をよみ侍りける
松のはな十かへり咲ける君が代に何を爭ふ鶴のよはひぞ
1572
大藏卿行宗
子日の心を
二葉なる子日の小松ゆく末に花さくまでは君ぞ見るべき
1573
院御製
春日野の子日の松に契置かむ神に引れて千世ふべき身は
1574
土御門院御製
春の野の初子の松の若葉よりさしそふ千代の陰は見え鳬
1575
右近大將道平
題志らず
春日山めぐみも志るき松が枝にさこそさかえめ北の藤浪
1576
惟明親王
千五百番歌合に
朝夕に千とせの數ぞ聞えける松と竹とにかよふあらしは
1577
後京極攝政前太政大臣
建仁三年和歌所にて釋阿に九十の賀給はせける時の屏風の歌に
この頃は秋つ島人ときをえて君がひかりの月を見るかな
1578
前大納言雅言
白河殿の七百首の歌に、磯月
鹽の山さしでの磯の秋の月八千代すむべき影ぞ見えける
1579
法皇御製
祝の心をよませ給ひける
三笠山いのる心のくもらねば月日と共に千世やめぐらむ
1580
前中納言定家
建保六年八月中殿にて池月久明といふ事を講ぜられ侍りけるに
いく千世ぞ袖ふる山のみづがきも及ばぬ池にすめる月影
1581
西園寺入道前太政大臣
千々の秋さやけき月のかげまでも畏き御代にすめる池水
1582
前太政大臣
弘安元年八月に月與秋久といへる心を
君が爲曇らぬ影にすむ月のさやかに千世の秋ぞ知らるゝ
1583
前大納言經任
千とせとも限らぬ御代の例とや秋を契りて月もすむらむ
1584
法皇御製
弘安三年九月十三夜人々に十首の歌めされしついでに、月前祝
諸共におなじ雲居にすむ月のなれて千とせの秋ぞ久しき
1585
院御製
おなじ心をよませ給うける
幾千世もかくこそは見めすむ月の影もくもらぬ秋の行末
1586
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
咲きにけり君が見るべきゆく末は遠里小野の秋はぎの花
1587
正三位家衡
名所の歌奉りける時
久しかれなびく稻葉の末までもとはたの面の世々の秋風
1588
後一條入道前關白左大臣
題志らず
菊の露積りて淵となるまでに老いせぬ花を君のみぞ見む
1589
後京極攝政前太政大臣
文治六年女御入内の屏風に
君が代に匂ふ山路の白菊はいくたび露のぬれてほすらむ
1590
西園寺入道前太政大臣
前中納言定家歳の暮にはじめて京極の家に移りけるに遣しける
新しき春を近しとさきぐさの三葉四葉に兼ねて志らるゝ
1591
前中納言定家
返し
頼む哉春と君としまぢかくば三葉四葉の千世のとなりを
1592
藤原景綱
平時範が常磐の山莊にて、寄花祝と云ふ事をよみける
うつろはで萬代匂へ山ざくら花もときはの宿の志るしに
1593
入道前太政大臣
弘安元年百首の歌奉りし時
水上も末もはるけし大井河君すむやどの絶えぬながれは
1594
太上天皇
寄鶴祝言といふ事を
芦鶴の雲居に通ふ聲のうちにかねても志るし千世の行末
1595
法皇御製
弘安元年百首の歌めされしついでに
草香江の入江のたづも諸聲に千世に八千代と空に鳴くなり
1596
寂蓮法師
千五百番歌合に
浪の上に藥求めし人もあらばはこやの山に道志るべせよ
1597
遊義門院
法皇六十ぢにみたせ給ひけるに壽命經供養せられけるついでに銀の杖奉らるとて
つく杖に六十ぢこえ行く今年より千年の坂の末ぞ久しき
1598
照念院入道前關白太政大臣
弘安八年三月從一位貞子九十の賀給はせける時よみ侍りける
年へぬる老木の花も此春のみゆきに逢ひて千世や重ねむ
1599
前關白左大臣
九十ぢにふるかひありて君が爲けふのみゆきも萬代の春
1600
太上天皇
東二條院七十ぢにみたせ給ひける時よみ給ひける
百年に君が七十ぢ逢ひにあひて共に八千世の春や待つ覽
1601
院御製
祝ひそむる今日をや千代の始とて契る齡の末ぞはるけき
1602
入道前太政大臣
從一位貞子九十の賀給はせける時よみ侍りける
代々の跡に猶立越ゆる老の波よりけむ年は今日の爲かも
1603
津守經國
後鳥羽院の御時八十島のまつりによみ侍りける
天の下のどけかるべし難波がた田蓑の島に御祓志つれば
1604
前中納言家光
嘉禎元年大甞會の悠紀の神樂の歌、石戸山
神代より祈るまことの志るしには岩戸の山の榊をぞとる
1605
民部卿經光
寛元四年悠紀の風俗の歌、三神山
玉椿かはらぬ色を八千代とも三神の山ぞときはなるべき
1606
前中納言兼仲
正安三年悠紀の風俗の神樂の歌、三神山
榊とる三神の山にゆふかけて祈るひつぎの猶やさかえむ
新後撰和歌集終