新後撰和歌集 (Shin Gosen wakashū) — 新後撰和歌集卷第十九 雜歌下 作者複数 (Various) 1303 Shin Gosen wakashū 新後撰和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1303 しんごせんわかしゅう Shin Gosen wakashū 新後撰和歌集 しんごせんわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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新後撰和歌集 › 新後撰和歌集卷第十九 雜歌下 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
新後撰和歌集 Shin Gosen wakashū
作者複数 Various
新後撰和歌集卷第十九 雜歌下
1465
前關白太政大臣
題志らず
忘れずと誰にいひてか慰めむ心にうかぶむかしがたりを
1466
前大納言爲家
弘長元年百首の歌奉りける時、松
昔とてかたるばかりの友もなしみのゝを山の松の古木は
1467
天台座主道玄
廣澤の池にまかりてよみ侍りける
老いてみる我影のみや變るらむ昔ながらのひろさはの池
1468
前大僧正源惠
題志らず
思出のなき人だにも古へを忍ぶならひはありとこそ聞け
1469
讀人志らず
かくて又憂身のはてのいかならむ過にし方は思出もなし
1470
源兼氏朝臣
立ちかへり又古を戀ふるかな頼みし末のうきにつけても
1471
平政長
誰も皆昔を忍ぶことわりのあるにすぎても濡るゝ袖かな
1472
津守國助
賤しきもよきも盛の過ぎぬれば老いて戀しき昔なりけり
1473
藤原忠能
年月の隔たるまゝにこ しかたの忘られはせで猶ぞ悲しき
1474
前大納言基良女
思ひ出もなきいにしへを忍ぶこそ憂を忘るゝ心なるらめ
1475
平行氏
人はいさ戀しからでやこし方を昔とばかり思ひいづらむ
1476
前大僧正禪助
法眼行濟よませ侍りける熊野の十二首の歌の中に
忍ぶべきならひと思ふこと わりに過ぎて戀しき昔なりけり
1477
藤原忠資朝臣
懷舊の心を
その事の故とはなしに戀しきは我身に過ぎし昔なりけり
1478
讀人志らず
ながらへてわが身に過ぎし昔をも心ならでは誰か忍ばむ
1479
前參議雅有
弘安元年百首の歌奉りし時
まどろまぬ現ながらに見る夢は思ひつゞくる昔なりけり
1480
讀人志らず
題志らず
哀れにも見し世に通ふ夢路かなまどろむ程や昔なるらむ
1481
法眼慶融
見しことを寐覺の床におどろけば老の枕の夢ぞみじかき
1482
源通有朝臣
幾かへり秋の夜ながき寐覺にも昔をひとり思ひ出づらむ
1483
後一條入道前關白左大臣
物思はでながめし秋のありがほに何と昔の月を戀ふらむ
1484
前右衞門督基顯
いたづらにかくては獨みざらまし今夜の月の昔なりせば
1485
前大僧正禪助
御持僧に加はりて二間に侍りける事を思ひ出でゝよみ侍りける
天の下千代に八千代と祈るこそ夜居の昔に變らざりけれ
1486
讀人志らず
懷舊の心を
何とかく思ひもわかで忍ぶらむ過ぎにし方も同じ浮世を
1487
高階基政朝臣
いかなれば戀しとおもふ古の月日にそへて遠ざかるらむ
1488
惟宗盛長
出家すとてよめる
年月はいはで心に思ひこしこの世を今ぞそむき果てぬる
1489
三條入道内大臣
世をそむきて後人の音づれて侍りける返事に
今更に袖の色にや知らるらむかねても染めし心なれども
1490
權中納言公雄
前大納言爲氏かしらおろし侍る由を聞きて遣しける
身を捨てしわが墨染は歎かれでよそに悲しき袖の色かな
1491
前大納言爲氏
返し
なにゆゑかよそに歎かむ心より思ひ立ちぬる墨ぞめの袖
1492
前大納言爲世
平貞時朝臣かしらおろし侍りけるに宣時朝臣同じく出家の由聞きて申し遣しける
世をすつる一方をこそ歎きつれ共に背くと聞くぞ悲しき
1493
平宣時朝臣
返し
年たけぬ人だに背く世中に老いてつれなくいかゞ殘らむ
1494
讀人志らず
題志らず
何とまた心に物を思ふらむかゝらじとてぞ世をば厭ひし
1495
藤原景綱
寐ぬにみる此世の夢よいかならむ驚けばとて現ともなし
1496
法眼源承
如何せむ此世の夢のさめやらで又重ならむ長きねぶりを
1497
後光明峰寺前攝政左大臣
源親長朝臣身まかりにける時をはり亂れぬよし聞きて源邦長朝臣に遣しける
夢の世に迷ふと聞かばうつゝにもなほ慰まぬ別ならまし
1498
源邦長朝臣
返し
見し人の捨てゝ出にし夢の世に止る歎ぞさむるともなき
1499
典侍親子朝臣
平親清の女身まかりて後いもうとの許に申し遣しける
よそに聞く人は驚く夢の世を我のみさめず猶なげくかな
1500
藤原爲道朝臣
題志らず
仇野や風まつ露をよそに見て消えむ物とも身をば思はず
1501
經乘法師
道助法親王かくれ侍りにける頃僧正玄瑜のもとへ申し遣しける
思ひ入るみ山がくれの苔の袖數ならずとて置かぬ露かは
1502
道供法師
性助法親王かくれ侍りて後法眼行濟高野に侍りけるに遣しける
人よりも志たふ心は君もさぞあはれと苔の下に見るらむ
1503
典侍光子
題志らず
哀なり我が身に近き鳥部野の烟をよそにいつまでか見む
1504
荒木田氏忠
おくれじと思ふ心やなき人の迷ふやみぢの友となるらむ
1505
土御門入道内大臣
少將内侍身まかりて後佛事のついでに辨内侍人々に勸めてよませ侍りける歌の中に
跡をとふ人だになくば友千鳥しらぬ浦路に猶やまよはむ
1506
性瑜上人
同行身まかりける跡にまかりて
思ひきやこの秋迄になれ/\て今なき跡をとはむ物とは
1507
衣笠内大臣
後世の事など申しける人に
行止るいづくをつひの宿とてかとへ共人に契り置くべき
1508
法印聖勝
同じ法衆をむすびて跡をとふべきよし契り侍りけるにさきだつ人侍りけるを病にわづらひてさゝげ物調じて遣しけるつゝみ紙にかき付けゝる
いきて社有るにも非ぬ身なり 共なき人數にいつかとはれむ
1509
前大納言爲氏
前關白太政大臣なげく事侍りける頃程へて申し遣しける
問はずとて愚なるにや思ひけむ心をかへて嘆きこし身を
1510
前關白太政大臣
返し
訪れぬも歎にそへてつらかりき心をかふる程をしらねば
1511
僧正慈順
題志らず
かねてなど厭ふ心のなかる覽遂に行くべき道と聞けども
1512
貞空上人
大宮院かくれさせ給ひて後高野山にをさめ奉られける時よみ侍りける
君もまた契ありてや高野山そのあかつきを共に待つらむ
1513
平行氏
題志らず
つひに行く道を誠の別にてうき世にさらば歸らずもがな
1514
藤原秀茂
惜めどもさらぬならひの命にてうきは此世の別なりけり
1515
中務卿宗尊親王
素暹法師わづらふ事侍りけるがかぎりに聞え侍りければ遣しける
限ぞと聞くぞ悲しきあだし世の別はさらぬ習ひなれども
1516
素暹法師
返し
かくつらき別も知らであだし世の習とばかり何思ふらむ
1517
天台座主道玄
普光園入道前關白かくれ侍りて後よみ侍りける
垂乳根のありし其世に哀など思ふばかりも仕へざりけむ
1518
法印覺寛
題志らず
逢坂の關にはあらでしるしらず遂に行くなる道ぞ悲しき
1519
前中納言定家
後京極攝政かくれ侍りけるあくる日從二位家隆とぶらひて侍りければ
昨日までかけて頼みしさくら花ひと夜の夢の春の山かぜ
1520
從二位家隆
返し
悲しさの昨日の夢にくらぶれば移ろふ花も今日のやま風
1521
從三位氏久
後嵯峨院かくれさせ給ひける春、山里の花を見て
さもこそはみ山隱れの花ならめ憂世もしらぬ春の色かな
1522
平親世
おなじ頃龜山殿より花にそへて光俊朝臣の許に遣しける
すみぞめに咲かぬもつらし山櫻花はなげきの外の物かは
1523
大藏卿行家
郁芳門院かくれさせ給ひて又の年の秋御前の萩をみて
萩が花おなじ匂に咲きにけりうかりし秋の露もさながら
1524
讀人志らず
返し
見る度に露けさまさる萩が花をりしりがほに何匂ふらむ
1525
後光明峰寺前攝政左大臣
秋の比圓明寺にて後一條入道前關白の事を思ひ出でゝよみ侍りける
かくばかりなき跡忍ぶ人もあらじわが世の後の秋の山里
1526
前大僧正慈鎭
九條内大臣身まかりて後の秋さがの墓所にまかりてよみ侍りける
山ざとは袖の紅葉のいろぞこき昔を戀ふる秋のなみだに
1527
平時高
題志らず
消えぬまも見るぞはかなきなき人の昔の跡につもる白雪
1528
前關白太政大臣
京極院の十三年に一品經かきて女房の中に遣すとて
跡忍ぶ心をいかであらはさむかゝる御法の知べならずば
1529
法皇御製
後嵯峨院の御事ののち龜山殿にてよませ給ひける
大井川ゆく瀬の浪もおなじくば昔にかへれ君がかげ見む
1530
後一條入道前關白左大臣
從一位倫子のおもひに侍りける頃よみ侍りける
はかなくもこれを形見と慰めて身にそふ物は涙なりけり
1531
津守國助
津守國平身まかりて後よめる
ある世にも斯やはそひし面影の立ちも離れぬ昨日けふ哉
1532
前大僧正良覺
權中納言公宗身まかりて後三月の盡に山階入道左大臣の許に遣しける
うかりける春の別と思ふにも涙にくるゝ今日のかなしさ
1533
法印定爲
藤原爲道朝臣の第三年に結縁經供養し侍りけるついでに、寄菖蒲懷舊を
かけてだに思ひやはせし菖蒲草ながき別の形見なれとは
1534
常磐井入道前太政大臣
東二條院の半物川浪もの申しける男身まかりにけるが教へ置きけるとてかつらの緒の琵琶をひきけるを聞きて
なかばなる月の桂の面かげを思ひ出でゝやかき曇るらむ
1535
東二條院半物川浪
返し
かきくもるなみだも悲し今さらに半の月を袖にやどして
1536
前大納言實冬
前大僧正隆辨八月十五夜身まかりて侍りける一周忌に結縁經の歌そへて秋懷舊と云ふ事を
めぐりあふこぞの今夜の月みてやなき面影を思出づらむ
1537
前權僧正教範
安嘉門院御忌にこもりて侍りける九月十三夜藤原道信朝臣月みるよし申して侍りければ
今夜とて涙のひまもなき物をいかなる人の月を見るらむ
1538
平時範
平時茂都にて身まかりにける後あづまの月を見てよみ侍りける
めぐり逢ふこれや昔の跡ぞともいつか都の月に見るべき
1539
中臣祐親
題志らず
垂乳根の親の見しよの秋ならば月にも袖は絞らざらまし
1540
法眼行濟
戀ひしのぶむかしの秋の月影を苔のたもとの涙にぞ見る
1541
山階入道左大臣
西園寺入道前太政大臣身まかりて第三年の秋常磐井入道前太政大臣の家にて三首の歌よみ侍りけるに、暮秋雨といふ事を
ふりにける年の三とせの秋の雨さらに夕の空ぞかなしき
1542
大藏卿隆博
八月十五夜後一條入道前關白の事思ひ出でゝよみ侍りける
もろ共に見し夜の秋の面影も忘れぬ月にねをのみぞなく
1543
安喜門院大貳
從三位爲繼身まかりて後日數過ぎて人のつぶらひ侍りければ
今さらに悲しき物は遠ざかるわかれの後の月日なりけり
1544
源兼孝朝臣
源時長朝臣身まかりて後第三年の春いもうとの許に申し遣しける
わかれにし後の三とせの春の月面影かすむ夜半ぞ悲しき
1545
中原行實朝臣
後嵯峨院かくれさせ給ひける時素服給ひてよめる
かすむ夜の空よりも猶すみぞめの袖にもくもる春の月影
1546
前大納言爲氏
性助法親王身まかりにける頃法眼行濟が許に申し遣しける
さこそげに夢の別のかなしきは忘るゝまなき現なるらめ
1547
法眼行濟
返し
なにと又驚かすらむうつゝとは思ひもわかぬ夢の別れ路
1548
前大納言成道
西行法師後世の事など申したりければ
驚かす君によりてぞ長き夜の久しき夏はさむべかりける
1549
西行法師
返し
驚かぬ心なりせば世のなかを夢ぞと語るかひなからまし
1550
藤原景綱
題志らず
何かその人の哀もよそならむ浮世の外にすまぬ身なれば
1551
辨内侍
少將の内侍身まかりにける時さまかへて後いく程なくて信實朝臣に後れてよみ侍りける
呉竹のうき一節に身を捨てつ又いかさまに世を背かまし
1552
蓮生法師
なき人を夢に見て人々歌よみ侍りけるに
諸共に行くべき道に先だちて定めなき世の知べをぞする
1553
前太政大臣
京極院かくれさせ給ひての頃雁を聞きて
身を志れば雲居の雁の一つらも後れ先だつねをや鳴く覽
1554
中務卿宗尊親王家三河
わづらひ侍りける時郭公を聞きて
ことゝへよ誰かしのばむ郭公なからむ跡の宿のたちばな
1555
待賢門院堀川
夏のころ西行法師がもとへ遣しける
この世にて語らひ置かむ時鳥志での山路の知べともなれ
1556
大納言師頼
五月のころ大藏卿行宗父の忌日にて侍りけるに遣しける
あしびきの山郭公けふしこそ昔を戀ふるねをば鳴くらめ
1557
入道前太政大臣
前大納言爲家身まかりて後日數過ぐるほどに前大納言爲氏の許に申し遣しける
五月雨の日數はよそに過ぎながらはれぬ涙や袖ぬらす覽
1558
如圓法師
題志らず
なぞもかく露の命といひ置きて消ゆれば人の袖ぬらす覽
1559
法印乘雅
はかなくも消え殘りては歎くかな誰も行くべき道芝の露
1560
興信法師
何としてうき身ひとつの殘るらむ同じ昔の人はなき世に
1561
源兼氏朝臣
九條右大臣身まかりての頃おなじ心になげきける人の許に申し遣しける
君ゆゑに身に惜まれし命こそ後れて殘る今日はつらけれ
1562
法眼慶融
前大納言爲家に後れて後懷舊の歌よみ侍りけるに
たらちねのさらぬ別の涙より見しよ忘れず濡るゝ袖かな
1563
我身いかにするがの山の現にも夢にも今はとふ人のなき
これは寂蓮法師が歌とて僧正道譽が夢に見え侍りけるとなむ。
1564
讀人志らず
題志らず
苔のしたに埋れぬ名を殘しつゝ跡とふ袖に露ぞこぼるゝ